【SS】曇夜、先生と二人で

  • 1二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:05:20

    どろりとした珈琲を流し込む、午前零時。
    曇天故、星も月も輝いておらず、人工の光が部屋を照らしていた。
    眼下の街は未だネオンを唸らせており、より暗い夜を泳いでいた。

    「テッペン、回っちゃったなぁ・・・・・」

    隣に座していた先生が、項垂れるように机に突っ伏した。
    出涸らしのような声を搾り出すと、弱々しく背伸びをし、再びパソコンへ向かい合った。
    バベルの塔が如く積み上がっていた書類たちも粗方片付け終わっており、現在は仕上げといった風だ。

  • 2二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:05:48

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  • 3二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:06:14

    「申し訳ないね、仕事に付き合わせちゃって」
    「いえいえ、私も溜まっていた業務を処理したいところでしたし」
    「ん、ノアもお疲れ」

    つい先程片付けたばかりの書類が、クリアファイルの中で眠りに付いている。
    使い古したお気に入りのペンが自身の栄誉を誇るように、光沢を示している。
    先生より先に仕事を終わらせたので、こうして改めて夜景を観察していたところであった。

    夜も更けてしまった。
    家まで距離もある。
    こういう時先生は決まって、送っていくよ、と口にする。
    女の子が夜に一人じゃ危ないからね、という台詞もオマケと言わんばかりに付いてくる。

  • 4二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:07:16

    「しかし、ノアが仕事を溜めるなんて珍しいね、いつもは真っ先に片すのに」
    「ふふ、私だってそういう日はあるんですよ?」
    「・・・それもそうだね!」

    嘘だ。
    私は、先生の優しい言詞を食むために、セミナーの仕事を溜め込んでしまった。
    一緒に仕事をしませんか、それを言う為がだけに。
    夜まで先生と居る、その言い訳を作る為がだけに。
    本当に、浅ましい。
    自分は、寓話の蛇みたいに卑怯者だ。

  • 5二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:07:55

    「終わ・・・・・ったあ!」

    小気味良いエンターキーの音と共に、気の抜けた声を漏らす。
    椅子から立ち上がり、くるりくるりと回る。
    作り立ての絵の具のように鮮明な赤い瞳を輝かせ、鼻唄混じりに片付けを行っている。
    右人差し指に嵌めている指輪が机に当たり、かたりと響いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:08:41

    「・・・?どうしたの?」
    「いえ、何でもありません」
    「それなら大丈夫だけど」

    無邪気に自由の確保へ歓喜する先生を、じいっと、見詰める。
    僅かに皺の入ったワイシャツに、草臥れた紺色のスーツベスト。
    片目を隠しているウェーブがかかった髪も、昼間と比べて艶が弱い。
    総じて、一目見て疲労困憊なのが分かるほどの状態である。
    小腹でも空いたのか、冷蔵庫を物色している。

  • 7二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:09:24

    先生のこんな姿を見るのは、私が初めてではない筈である。
    他の学園の生徒が、ミレニアムの生徒が、セミナーの誰かが。
    きっと、幾人もこの画を鑑賞したのだろう。
    それが途轍もなく、悔しくて、妬ましい。

    嗚呼、私は何処まで行っても。
    何時になっても。
    馬鹿みたいに、嫉妬に狂っている。

  • 8二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:09:53

    「さて、そろそろ帰りましょ———
    「おっと、その前に・・・・・あった!」

    私を呼び止めると、先生は冷蔵庫から何かを取り出した。
    水色と白の食器の上には、一つのカップケーキが載っていた。
    少し形の崩れた茶色のスポンジケーキの上にホイップクリーム、キャラメルソースが掛けられている。

    どれも、これも。
    食器のデザインも、選ばれたスイーツも、ケーキのトッピングも。
    私の好きなものばかりだ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:10:24

    「じゃん、頭脳労働の後はスイーツって相場が決まっているでしょう?」
    「・・・・・もしかして、先生の手作りですか?」
    「そうだね、口に合えば良いんだけど」

    目を丸くしたまま、椅子に座る。
    手渡されたフォークを使い、一部を切り取る。
    欠片をホイップクリームに沈めたのち、口へ運ぶ。
    噛み締め、擦り潰し、ごくりと飲み込む。
    綿毛のように柔らかい甘味が口内いっぱいに広がった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:11:06

    「美味しい、です」
    「喜んで貰えたなら幸いだよ、本当に」
    「それにしても、私の好きなものがこんなに・・・・・」
    「はっはっはっ、ワタシがどれだけノアと一緒に居ると思ってるのさ」

    自慢気に笑う。
    朗らかに笑う。
    柔和に笑う。

    幸せを心底尊いモノだと信じている表情だ。
    骨の髄まで善でないと、あんな素敵な表情筋に成れない。
    ふと、頬を撫でる。
    私は、あんな顔で笑えるだろうか。
    本音を包み隠す、私に。

  • 11二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:11:54

    「ノアが良い反応する物覚えといて、ノアが好きなモノだけ詰め込んだスイーツを作ったんだよ」
    「よく、覚えていてくれましたね」
    「何せ記憶力良いからね、ワタシ」

    真夜中に向日葵が咲いた。
    種が沢山実っている。

    表情が読みにくい、と何度も言われてきた。
    諦念を腹に抱えたまま、此処まで健康的に生きてきた。
    先生は、私を普通の女の子みたいに扱ってくれる。
    これが、どんなに愛おしい行為か。
    先生は分かっているのだろうか。

  • 12二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:12:39

    「・・・・・・・・・」
    「にしても、夜に一人は危ないよね」

    良くない自分を、珈琲で流し込む。
    砂糖水に溺れそうになっている小さい自分を殺す為、マグカップに残っていたブラックコーヒーで。
    まだ熱を残しているそれを、嚥下する。
    しかし、甘味が襲う。
    角砂糖を数十個入れたみたいに、甘ったるい。
    どうも、舌がおかしくなったみたいだ。
    幾ら足掻いても、甘依存から逃げられない。

  • 13二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:13:18

    「食べ終わったら、ワタシが家まで送る———」
    「好きです」
    「・・・・・え?」

    愛してる、だけじゃ。
    愛してることを伝えられない。

    だから、手を握る。
    熱病に罹患したのも気にせず、瞳孔を覗き込む。
    蛇みたいに舌舐めずりした、真っ赤な顔で淫靡を浮かべる自分がそこにいた。

  • 14二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:14:14

    「愛してます、愛してます、本当に愛してます」
    「の、あ?」

    鉄の枷とは言え、いつか壊れてしまう。
    偶々、それが今日だっただけだ。
    雨でも降った後なのか、手錠が少しばかし錆びていた。
    だから、外してしまった。
    そして、飛び交ってしまった。

    乱暴に唇を重ねる。
    舌を奥へ這入り込ませる。
    砂糖たっぷりのコーヒーの残り味を堪能し、口内を蹂躙し尽くす。
    甘い、甘い。
    今夜は、本当に甘いものづくめだ。

    涎で橋を作る。
    茜色の瞳がさらに真っ赤に染まっている。
    蕩けに蕩けた顔に口付けを行うと、顔がさらに紅潮した。
    素敵だ。

  • 15二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:15:09

    「好きです、先生、だから、今日だけで良いですから・・・」
    「今日だけ、で良いの?」
    「・・・・・・・・先生?」

    肩を掴まれた瞬間、雲が晴れた。
    無垢な月光が差す。
    私が愛した人が、妖艶に溺死したような姿で立っていた。

    応えてくれた、先生が応えてくれた。
    卑怯で、臆病で、浅慮で。
    狡い私を、それでも。
    好き、と言ってくれた。

  • 16二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:15:30

    「好きです、先生」
    「ワタシもだよ、死ぬまで一緒に居てくれる?」

    後は、二人。
    仲睦まじく。
    堕ちて、落ちて、陥って。
    獣になってしまうだけだ。

  • 17パスワードはNOAです25/02/21(金) 01:16:24
  • 18二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:17:01

    𝒲𝒶𝓅𝓅𝓎 ℰ𝓃𝒹

    ……それはそれとしてお前はゆるさない。

  • 19二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:17:29

    いや最後に笑わせてもらったよ
    あといいものをありがとう

  • 20二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 01:37:13

    なんちゅうもんを……
    なんちゅうもん見させてくれたんや……

  • 21二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 07:54:42

    エッロ

  • 22二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 11:42:23

    持ち上げます

  • 23二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 12:51:15

    文章がきれい
    韻の踏み方とかとってもすき
    またいつかお目にかかれますように

  • 24二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 21:42:00

    クソ!
    どういうオチだよコレ!

スレッドは2/22 07:42頃に落ちます

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