- 1二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:05:58
Rick Astley - Together Forever (Official Music Video)
「海を、見に行きませんか」
何でもないお出かけのお誘いであるハズの言葉に、一瞬顔が強張ってしまったのは不覚と言う他ない。
しかし、彼女────アストンマーチャンが辿ってきた日々を想うと、どうしてもあの暗い海に向かう彼女の背中が脳裏を過ってしまうのだ。
彼女の担当となってもう三年以上経っていると言うのに、未だにあの時の、自分から大切なモノが抜け落ちたような感覚は不意に顔をのぞかせ、私の心に影を落としていた。
こぼれ落ちていく記憶をかき集め、彼女を必死に追いかけて辿り着いた海でのこと。一緒に描いてきた夢を、これから始まるキラキラした希望を、背を向ける彼女に届くよう祈りながら言葉に乗せて送った。
返ってきたのは、彼女が海に背を向けると同時にゆっくりと白んでいった空と、朝日に照らされて煌めく水面を背負った彼女の微笑み。なんとも言いようのない想いが胸の奥からあふれ出したのを、よく覚えている。
きっと、もう大丈夫。ここから始まるんだ、ここからトゥインクル・シリーズに、世界にあまねくウルトラスーパーマスコット・アストンマーチャンの名を広めていくんだ。
そう、心に刻み込んだ誓いの言葉から、じっとりと染み出してくるこの感情を、私は未だに止めることが出来ずにいる。
情けなくも、私はそんな時、あるものを頼ることにしていた。それは────。
「はい、どうぞ」
不意に私の目の前に差し出されたのは、彼女にとって初めて手にした夢の形。それを、彼女は私に差し出した。
私達の日々が節目を迎えた頃、もしいつか、遠い未来で、例え彼女の事を忘れそうになったとしても、あの頃一緒にいた日々の事を思い出して欲しいと、彼女は言った。
私の中から消えかけた彼女を記憶の海から呼び起こし、彼女に手を伸ばせたのも、間違いなくこの子のおかげだ。
だから、あの時の思い出がどろりと染み出して、私の脚に纏わりついてくる時は、この人形をそっと撫でることにしている。そうすれば、こう思えるのだ。
「マーちゃんは、貴方の側にいます」
- 2二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:06:19
つまるところ、彼女にはとっくの昔にお見通しだったんだろう。私の心中も、この習慣も。そうでなければ、人形を携えたままそっと頭を差し出して撫でられ待ちをしたりはしない。
私はニコニコと笑みを浮かべながら人形を抱えるマーチャンの頭を、優しく撫でた。さらさらとした感触、柔らかな質感、撫でる度ふわりと漂ってハナをくすぐる甘い香り。そして、溢れ出す暖かな想い。彼女は、アストンマーチャンは、ここにいる。ふわりふわりと、微笑みを浮かべながら。
足元に絡みつく泥のような感情が、降り積もった澱が、少しずつ消えていくような気がした。
「……ありがとう、マーチャン。私はもう大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「うん、本当」
「本当に? 本当ですか? 本当ですね?」
それなりに自信を持って答えたハズだったのだが、ずいずいと顔と身体とを近づけてくるマーチャンに、思わず一歩後退。その一歩でトレーナー室の壁に背中が当たってしまったのだが、マーチャンはお構いなしだ。
更にずいと身体を近づけ、遂には私と、マーチャンとマーチャン人形第一号が相対して顔を突き合わせる形になる。
「大丈夫ですね?」
「……はい」
マーチャンは変わらず笑顔なのだが、なんというか、圧のようなものさえ感じる。心の中身はとっくに見透かされているとは思うのだが、それにしてもここまでぐいぐい来るのは珍しい。
じぃ、と私の瞳を覗き込むマーチャンに、私は目を逸らさず向き合う。永遠と見まごうばかりの10秒が過ぎて、ようやくマーチャンは納得したのか、私を解放してくれた。
「では、行きましょうか」
自身の手でマーチャン人形の手をピコピコと振って、彼女は私をお出かけへと促した。
私はほっと息をつくと、手っ取り早く外出届を作成し、冬のお出かけ用コートを手に取った。
私の心に巣食っていたあの感情は、気づいた時にはきれいさっぱりなくなっていた。 - 3二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:07:43
*
コートを着て来たものの、今日は冬の海にしては随分と凪いでいるように思う。
昼下がりが過ぎて間もなく夕方という時間帯のおかげか、そこまで寒さも感じなかった。
「むふふ、本日も晴天なり、本日もマーちゃん晴れなり。天気が良くて何よりでした」
「本当にね」
嬉しそうに笑いながらぴょこぴょこと波打ち際の側を歩くマーチャンを見ていると、感慨も一入。
胸の奥に残っていた澱の残りを、ふう、と吐き出して、私は彼女に向って脚を速めた。
「それにしても、どうしたの? 急に海へ行こうだなんて」
「……トレーナーさんは、覚えていますか。前、ここにマーちゃんを迎えに来た時の事」
「もちろん」
心の風通しを良くしたおかげか、不意の問いかけにも迷わず芯のある声で応えられた。脚を止め、海を見つめるマーチャンの隣に、そっと寄り添う。
「あの時のことは、多分一生忘れられないと思う」
「……はい。マーちゃんもです」
そうぽつりと呟いて、マーチャンは私のコートをきゅ、と指先で引いた。トレーナーとウマ娘、例え女同士でも近づきすぎるのはご法度と言うが、それでも今は、マーチャンのしたいようにさせてあげることにした。
きっとこれから、その口元からゆっくりこぼれ出すであろう想いを、ひとかけらも失くさずとっておきたいと思ったから。
「……いつか」
「うん?」
「いつか、ずっと遠い未来。トレーナーさんがおばあちゃんになるくらいの未来で……ふとあのお人形を見て、一緒に過ごしたマーちゃんのことを思い出して欲しい、と言いましたね」
「うん、必ず思い出すよ。マーチャンとも約束したから」
そう言って、私はそっと右手の小指を差し出して揺らした。少しだけマーチャンに似せるように、首を傾げて可愛らしくしてみたりして。
マーチャンは、そんな私の様子に少しだけ驚いたような顔をしてから、嬉しそうに笑った。 - 4二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:08:26
「はい、そうです。約束してくれました。ですが、どうでしょう。それからと言うもの、マーチャンの頭の中にはマーちゃんアラートがりんりんと鳴っていたのです」
マーちゃんアラート。マーチャンはよくトレーニング終わりにそのアラートを鳴らしていた。レースに向けて追込みのタイミング等、トレーニングの強度を上げた時などによく『ひへー』と鳴らして私に疲れを訴えるのだ。
それが、トレーニングでもなく、二人で約束を結んでも尚鳴っているというのは、どうしたことだろう。
「……もしかして、春が近いから?」
「いいえ、違います。春とは、きっとこれからはずっと仲良しでいられると思います。何故ならばマーちゃんは、トレーナーさんと言う専属のレンズが春風に舞うさくらマーちゃんをきっとそのファインダーに収めてくれると知っているからです」
得意げにくるりと一回転して、マーチャンは両手でピースを作った。可愛らしさに口元が思わず綻ぶが、マーチャンはすぐにそれを収める。
「そう、マーちゃんアラートの原因は、だかだかだか……ズバリ、トレーナーさんです!」
「……私?」
突然の宣告。一瞬戸惑いつつも、すぐに心当たりを探る。
URAファイナルズ短距離の部を優勝した時も、その後のインタビューでも特に下手な事は言っていない、と思う。URA公式マスコットになったおかげで、インタビューでグッズやブログの宣伝をしても随分受け入れられるようになったし、マーチャンもしっかり乗ってくれている。
次走を高松宮記念に定めたインタビューでも、おかしな所は無かったハズだ。たづなさんの笑顔が怖くてマーチャン着ぐるみを使えなかったのが残念だけど、それは一先ずおいておこう。
そんな風に悶々と考えていると、マーチャンがずいと私の顔を覗き込んだ。
「ふふふ、マーちゃん専属のレンズであるトレーナーさんアイをもってしても、この謎を解くのは至難の業のようですね」
「……うん、困ったことに」
「そうでしょう、そうでしょう。マーちゃんも、気づいたのはつい最近ですから」
「そうなの?」
マーチャンは静かに頷いて、それからこちらの様子を伺うように静かに紡ぎだした。 - 5二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:09:42
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- 6(5はミスです。すみません)25/02/21(金) 22:11:14
「……きっかけは、先日マルゼンさんとドライブにお出かけした時のことでした」
「えっ」
素で驚きの声が漏れる。しかし、それも致し方あるまい。何故ならば、マーチャンは一度マルゼンスキーの愛車こと『タッちゃん』に乗り込み、びっくりするくらい恐ろしい目にあっていたから。
覚えていて欲しい、忘れられたくない、どうか思い出して欲しい。そんな想いがウマ娘として形になったようなマーチャンが、今日の事は絶対に忘れると宣言するのだから、相当である。
そんな相手からのお誘いとなると、否が応でもトラウマを呼び起こされそうなものであるが。
「ええ、そうですね。マーちゃんも最初はトレーナーさんと同じ反応でした。もう少し言うと、マーちゃんアラートがリンリンを通り越してリンゴンリンゴンと頭の中に鳴り響いていました」
「うん、まあ、そうなるよね」
「ですが、マルゼンさんもそれは承知の上。折角スーパーカーでドライブした思い出が苦いままなのは申し訳ないから、と仰って下さいまして」
そこで、ようやく腑に落ちる。マルゼンスキーの運転が、好意的に表現して痛快無比なのはマーチャンの感想からも伝わってくる。それでもし同乗者が目を回したとして、そのアフターフォローを忘れるような人でないことも、よく承知していた。
元より面倒見の良い彼女の事、折角マーチャンが自身の相棒に憧れて将来スーパーカーに乗りたい、と言ってくれたのならば、そのキラキラした想いを大切にして欲しいと思うのも、当然のことだろう。
「なので、あの時のような運転をしないのなら、としっかり、それはもうしっかりと念押しした上で、マーちゃんはもう一度助手席に腰を落としたのです」
何度も何度も、絶対ですよ、絶対ですからね、と強く念を押しつつマーチャン人形を抱きしめて恐る恐るタッちゃんの助手席に乗り込むマーチャンの姿が目に浮かぶ。それが何とも言えず可愛らしくて、思わず口元が緩んだ。
「あ、トレーナーさん、笑いましたね。ぴぴー、ここでマーちゃん指導入ります」
「ああ、ごめんね、その時のことを想像したら、つい。それで、どうだったの? マルゼンさんとのドライブは」
「それはもう……」
そこで、マーチャンは敢えてすぐには答えず、静かに私の瞳を見つめる。真剣な表情に、こちらの背にも緊張感が過った。 - 7二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:12:04
しかし、次の瞬間、マーチャンはパッと笑みを浮かべた。
「それはもう、素敵な時間を過ごすことができました。軽やかな加速、軽快なコーナリング、運転の楽しさを全身で感じられるひと時でした」
そこで思わずホッと息がこぼれる。今回は調子が上がりすぎて車が縦に跳ねるような事態にはならなかったようだ。
やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる。
「まったく、普段からあの運転を心がけてほしいものです。しかし今思えば、あの時の世界がぐるぐる回るような運転も、すべてマーチャンをこの境地に至らせるための段取りだったのかもしれません。もしいつか本当にエージェント・マーとして世界を股に駆ける時が来たら、あの運転を経験したのが役に立つかもしれませんし」
その時は、マルゼン師匠とお呼びすることになるかもしれませんね、と、マーチャンは楽し気にドライブの思い出を紡いでゆく。そんなマーチャンに安堵の想いが溢れると同時に、心には疑問符が浮かんだ。
マーチャンは先程、マーちゃんアラートの原因が私にあると言っていたが、まだその話には至っていない。その疑問を読み取ってか、マーチャンは再び私の瞳を覗き込んだ。
「ふふふ、まだ答え合わせをしていない、という表情ですね。マーちゃんには分かりますとも」
ズバリ言い当てられて思わず口元を押さえるが、対するマーチャンはお見通しです、とばかりにニコニコ笑みを浮かべている。
そして、すっと海風を吸い込んで、改めて私に向き直った。
「マーちゃんがドライブを少しずつ楽しみ始めた時、マルゼンさんが、ドライブにはご機嫌なミュージックがなくっちゃね、と仰って、カーラジオのスイッチを入れました。その時です、あの曲が流れたのは」
その時、どんな音楽が流れたのかは定かではないが、マルゼンスキーのお墨付きなら、それはそれは素敵な曲が流れたのだろう。
その時の事を思い出しているのか、マーチャンは楽し気に身体を揺らしている。 - 8二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:13:00
「素敵な歌だなぁ、って思いました。すると、マルゼンさんが歌手の方について教えてくれました」
「歌曲じゃなくて、歌手の方?」
「はい、その方の歌は、一時期ちょっと珍しい使われ方をしたそうです」
不思議そうに首を傾げた私に、マーチャンは続ける。
聞くと、その歌手はデビューから甘いルックスとそれに似合わずソウルフルな歌声で人気を博したが、一時期は人気が低迷し、一時は休業もしていたらしい。
しかし、新しいアルバムを引っ提げて復活して再びスターに返り咲いた。そして、その頃になって彼の歌はマーチャンの言う珍しい使われ方をされるようになる。
「いわゆる、釣り動画というモノですね。可愛らしいマーちゃんフェイスのサムネイルをクリックしたら、この人がデビューした当時のミュージックビデオに飛ぶようになったりしたそうです」
「そうなんだ……」
使われ方としては、あまり印象が良くないように思える。しかし、マーチャンはそんな思いを巡らせた私に応えるように続ける。
「そして、それを見た人たちは思い出しました。その人の素晴らしい歌声と、心に響く最高の音楽の数々を」
私の意識に、眩い閃光が差した。理由はどうあれ、その時人々がこぞって歌声に感動の声を挙げ、数々の名曲を手に取って再生する様子を見聞きして、彼はどう思っただろう。
きっと、きっとすごく嬉しかったに違いない。彼を側で支え続けてきた人達と共に、その気持ちを分かち合ったに違いない。そのエピソードを聞いて、マーチャンが感慨深い想いを抱いた事も、容易に想像できた。
私がその時の気持ちに寄り添っているのを知ってか知らずか、マーチャンは嬉しそうに肩を寄せる。
「どうですか、トレーナーさん。今の話を聞いて、その曲を聞きたくなりましたか? 聞きたくなりましたよね?」
ピコピコと耳を揺らしながら私の袖を引っ張ってくるマーチャンに対し、私の返事はとっくに決まっていた。 - 9二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:14:27
*
「ではでは、いきますよ」
「……これで聞くの?」
「モチのロンです。何故ならマーちゃんアラートの原因であるトレーナーさんにはマーちゃんの側でしっかり聞いて頂かなくてはいけないので」
むふふ、と笑みを浮かべるマーチャンに、困ったように笑顔を返す。イヤホンの片方はマーちゃんの右耳に、もう片方は私の左耳に。イヤホンが届くようしっかり寄り添い合って座り、夕陽を浴びながら素敵な音楽を共有する。これではまるで恋人同士だ。意識した途端、胸の音が加速したのが分かった。
マーチャンはと言うと、変わらず嬉しそうにしながらスマホを操作して、再生ボタンをタップする。
「ではでは、ミュージック・スタート!」
そうして始まったのは、軽やかなリズムでオーディエンスを引き込むダンス・ポップ。思わず、身体が揺れそうになる。
曲が売り出された頃には、大勢の人がこの曲を聴いて躍ったのかもしれない。そして時が経ち、再び思い出されるようになった時にはあの頃を懐かしんだり、再び身体が動いた人だって大勢居るはずだ。
風を切り、アスファルトを駆け抜けるタッちゃんの助手席でこの曲とそのエピソードを聴いたマーチャンの想いを、私は静かに感じていた。
マーチャンの左手に添えられた私の右手に、少しだけ力が入る。それに応えるように、マーチャンの左手にも力が入った。
「どうですか? とっても素敵な曲でしょう?」
「うん、とっても」
そうでしょう、そうでしょう、と満足げなマーチャンの笑顔に、私の口角も上がる。躊躇いなく愛を語りかける歌詞はマーチャンとの距離感もあって少し恥ずかしい気持ちもあったが、そんな事はすぐ気にならなくなった。
『決して離れることはない、二人はずっと一緒さ。僕は何だってできるよ、君と一緒に人生を駆けてゆけるのなら』
そうして一番が終わった所で、ふと心に閃くものがあった。まるで恋人のような距離感、軽快なダンス・ポップで心を通わせ、愛を語らう歌詞に酔う。
マーちゃんアラートの原因、それが私とマーチャンは言った。そして、そのきっかけの説明から、この状況。つまり、マーチャンが私に伝えたいこと。それは────。 - 10二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:15:52
そこまで考えてマーチャンに振り向くと、マーチャンは少しずつ海の向こうへと往く夕陽を浴びて、満開の花のように微笑んでいた。ようやく気付いてくれましたね、と言わんばかりに。
「……マーちゃんは確かに、トレーナーさんがいつか、おばあちゃんになった時、ふとしまい込んでいた人形を見て、マーちゃんの事を思い出して欲しい、と言いました。でも……この曲を聴いて、気づいてしまいました。もう、マーちゃんは、それだけでは満足できなくなっていたのです」
マーチャンの指が、人差し指から順に私の指へとするする絡まって、触れたところが一気に熱を持ち始める。それと同時に、マーチャンはゆっくりと私に顔を近づけてきた。
「例えほんの一瞬でも、トレーナーさんにマーちゃんを……わたしを忘れてほしくない。どんな時も、ずっとずっと、その瞳にわたしを映していて欲しい。その為なら、こうして身体を寄せることだってできる。そんな気持ちが、あの日からずっと溢れて、溢れて止まらないのです。だから────」
指と指が絡まって、しっかりと互いに握り合う。そして、マーチャンは私の目の前にやってきた。
「────わたしと、ずっと、いつまでもずっと、一緒にいてくれませんか」 - 11二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:16:37
初めてアストンマーチャンに出会った日の事を思い出した。そして、その走りに、在り方に、夢に惹かれて共に過ごした日々の事を。
そして、今。私はもう一度、アストンマーチャンの前に居る。この胸に溢れる想いは……嗚呼、きっとそうだ。私は彼女に、そのキラキラと煌めく姿に、ずっと心惹かれていたんだ。そんな想いでいっぱいになった胸に、辛うじて息を送り込み、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「私で、良いの?」
「はい。貴方でなければ、ダメなんです」
私も、きっとマーチャンも、力を抜いたら胸いっぱいに詰まったものが瞳から溢れてしまって、言葉が出てこなくなりそうだった。
応えなければ、その一心で、もう一度しっかりと、口を開く。
「ありがとう、マーチャン。嬉しいよ、本当に────」
刹那、夕陽に照らされた私たちの影が、一つになった。決して離さないように、握った手に力を込める。柔らかな感触と共に伝わる想いが溢れないように、そして、二人の想いを永遠にするために。
瞳から溢れ出た想いの欠片が、夕陽に煌めいてこぼれ落ちる。そうして、私達は夕陽が沈むまで、ずっと目の前の愛しい人を抱きしめていたのだった。
『────決して離れることはない、二人はずっと一緒さ。僕は何だってできるよ、君と一緒に人生を駆けてゆけるのなら』 - 12二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:17:47
*
「マーチャンのウマスタ、最近トレーナーと一緒のが増えたわよね」
自室でくつろいでいたダイワスカーレットが、不意に目の前でベッドに寝転んだライバルに声を掛ける。
いきなり話題をパスされたウオッカは、バイク雑誌を広げたままスカーレットに応えた。
「そうか? 前からそうじゃなかったっけ?」
「ちょいちょい出てはいたけど、最近は特に多い気がするわ」
「あー、そういやトレーナーのこと気にするコメントも増えた気がするな」
「でしょ? それに、ホラ」
スカーレットが突き出したスマホを横目に見ると、マーチャンとトレーナーがスマホの中で寄り添い合っていた。
ウマスタ用、兼グッズ宣伝用の写真にしても、大分距離感が近い気がする。
「……こんなに近かったっけ、マーチャンとトレーナー」
「やっぱアンタもそう思うわよね? こうなったら、アタシも負けてられないわ」
「いや、何の勝負だよ」
「ふふん、決まってるでしょ?」
不敵な笑みを浮かべ、スカーレットは再びスマホをすいすいと操作してウオッカに向ける。その中で、今度はスカーレットとそのトレーナーがツーショットで映っていた。
しかも、二人の手を合わせてハートマークを作るポーズのおおまけ付きである。スカーレットのトレーナーの、恥ずかしそうにはにかむ紅潮した頬が何とも言えず魅力的であった。
「うわっ!? お前、コレ……!」
いきなりお熱い写真を見せられたウオッカの受けた衝撃は、察して余りある。
そんなウオッカに対し、スカーレットは我が意を得たりとばかりに得意げに笑った。 - 13二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:19:30
「アンタももっとグイグイいかないと、置いてかれても知らないわよ」
「何を……! いや、そもそも俺とトレーナーは相棒であってだな!」
「ふーん、それはつまりトゥインクル・シリーズを引退するまでの相棒ってことかしら?」
「なッ……ンな訳ねーだろ! 見てろよ!?」
スカーレットに煽られあっという間に沸騰したウオッカは、雑誌をベッドに放るとすぐさまLANEでメッセージを送った。相手は言わずもがな、自身のトレーナーである。
それから時間にして数分後、ウオッカのスマホからLANEの通知音が鳴った。
「……ッ! よっしゃ! 週末の予定ゲット!」
「へぇー、アンタにしてはやるじゃない」
「へっ、見てろよ? 俺と相棒の走りでお前らもマーチャンも、あっと言う間に追い抜いてやるからな!」
「言うじゃない、やれるもんならやってみなさいよ!」
いつものようにヒートアップした二人は、互いに顔を突き合わせて睨み合った。とは言え、これもいつも通り友達以上、仲間でライバルという関係性の現れである。
恐らくは、二人の胸に秘めた(?)想いも、きっとすぐに花咲き実を結ぶことだろう。
そんなスカーレットとウオッカであるが、それぞれ週末に自身のトレーナーと楽しく過ごした後、マーチャンとそのトレーナーが投稿したウマスタの写真を見ることとなる。
そして、左手の永遠の愛を誓う位置にお揃いのリングをしていることに気付きトレーナー共々揃って叫び声を上げることになるのだが、それはまた別の話である。 - 14二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:22:00
以上です、ありがとうございました。
ちょっと遠回しだったり意味深だったりするマーチャンから貰う超ストレートな告白からしか摂取できない栄養素がある。
この尊さはDNAに素早く届く。 - 15二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 22:23:35
- 16二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 23:04:56
タイトルに釣られてサムネで見事にやられたわ。乙です
思い出の海からまた2人で一歩目を踏み出すのがなんかこう、イイ……ってなった - 17二次元好きの匿名さん25/02/21(金) 23:08:31
互いに想い想われ、二人はずっと一緒なのですね
大変良い𝕃𝕆𝕍𝔼をごちそうさまでした──── - 18二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 00:21:45
出たな釣りであって釣りじゃないリックロールSS書き
ここに貴殿への賞賛の意を示す - 19二次元好きの匿名さん25/02/22(土) 08:11:46
♀トレとマーチャンの尊さはあと一歩春を待つ寒い日に効く
Give you upが有名だけどTogether Foreverも超名曲よね - 20125/02/22(土) 16:03:24
皆様、お読みいただきありがとうございます。
はい、今回もリックです。Together Foreverは神曲です。
アストンマーチャンはここからなんだよ、と言ってくれたのがマーチャンの心にしっかり残ってると良いなと思います。
ここから二人はずっと一緒に人生を駆けてゆくのです。
嬉しいお言葉ありがとうございます。
釣ると同時にお話もお楽しみ頂けるよう精進しております。
これからも良きと言って頂けるようなお話を目指していきたいと思います。
この尊さは寒波を乗り越える活力になる。
Never Gonna Give You Upもそうですが、思わず身体が動く音楽とストレートな歌詞が大変良きでございます。