- 1聖杯の魔女25/02/23(日) 13:00:21
皆様、ご無沙汰しております。”聖杯の魔女”です。
もうAI関係ないじゃないかというのは一旦置いといてください。
過去スレは>>2に貼ります。
これまで大小クソミスをお届けしてきましたが、今回で一区切りとなります。
前回の新しさは超えないものの、俺の”好き”を詰め込んだ作品です。
いつも通り大目に見てくださると幸いです。
最初に、大きな注意事項があります。
今回の物語は過去のゲーム盤をお目通しくださった方向けとなっております。
今から全部読んでもまだ当スレは続いておるはずですので、どうか先にご一読ください。
そうでないと、スレ主が痛い奴になります。
- 2聖杯の魔女25/02/23(日) 13:00:34
↓過去スレ(まず読んでください)↓
① 《汝ら呷れ、さかづきを》
AIが考えたミステリーを解いてほしい【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板ChatGPTo1に屁理屈推理合戦を学習させたら、そこそこの難問が完成した。俺がリザインした出題をみんなにも解いてほしいと思う……大筋はAIが考えたトリックのまま。足りない部分を俺が修正・加筆してるか…bbs.animanch.comAIが考えたストーリーを解いてほしい2【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板ChatGPTが考えたミステリーに脚色を加えたものを、皆さんに解いていただいています。題名は《汝ら呷れ、さかづきを》です。(これは自分で名付けました)現状、大きな謎として①何故神父は密室内で死亡してい…bbs.animanch.com② 《イッツ・マジック! あなたに贈る万華鏡》
AIと共作のミステリーを解いてほしい【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板以前「AIが考えたミステリーを解いてほしい」でスレ立てした者です。過去スレは>>2に貼ります。これまで何回かゲームしてみましたが、俺側の負担が大きい!AIに任せればラクラク簡単に屁理屈推理…bbs.animanch.comAIと共作のミステリーを解いてほしい2【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板さあ、第3幕を始めましょう。このスレは>>2の続きとなります。ぜひ前スレをご覧ください。脱出不可能な水槽で、首をちぎられた支配人。尽きし摩天楼の頂上で、塵芥と化したマジシャン。そして舞い降…bbs.animanch.comAIと共作のミステリーを解いてほしい3【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板万華鏡が同じ文様を映し出す確率は、人の一生の内には訪れないと言います。さっきまで見ていた景色も、証明不可能な泡沫の夢でしかないのです。それでは、謎の答えへ迫りましょう。bbs.animanch.comAIと共作のミステリーを解いてほしい(解決編)【屁理屈推理合戦】|あにまん掲示板大変お待たせいたしました。聖杯の魔女です。宣言通り過去最長になってしまったこの物語……第1幕、水槽に沈む首なし死体。第2幕、万華鏡に照らされた潰死体。そして第3幕、無垢に横たわる謎の死体。その謎の全て…bbs.animanch.com↓屁理屈推理合戦のルール↓
屁理屈推理合戦屁理屈推理合戦とは、ゲーム「うみねこのなく頃に」から派生した推理ゲームである。dic.pixiv.net【赤き真実】: 魔女の特権。物語における絶対の真実。
『青き真実』: 人間側の特権で、魔女の幻想を破る屁理屈。
「復唱要求」: 魔女へ問い掛けたい時は、ご随意に。
~魔女は青き真実に対してのみ、赤き真実による返答の義務を負う~
- 3二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 13:09:01
待ってました!
- 4聖杯の魔女25/02/23(日) 13:09:06
次に、小さな注意事項があります。
人間様の皆様を縛る意図はないので、ご参加はお好きなように。
・本ゲーム盤では特殊なゲーム設定が用いられます。
端的に言うと、普通の屁理屈推理合戦ではありません。
そこんところ前回のゲーム盤に参加された方はご存知のはず。
まだの方はまずご覧いただいて、”あー……”となってください。
・人間様の皆様の出番はしばらく先となります。
何故なら、冗長な小説が続くからです。
これらは一部リアルタイムのため、投稿に時間が掛かることがあります。
ご了承くださいませ。
・スレ主は皆様の野次、ツッコミ、リアクションを好みます。
反応が帰ってこないのは虚無です。
そのため地の文に割り込んでいただいても一向に構いません。
しかしそうは言えレスを使うのは……という方のため、以下の場を設けます。
↓《うちの探偵と屁理屈推理合戦 実況スレ》↓
うちの探偵と屁理屈推理合戦 実況・考察スレ|あにまん掲示板人間様の皆様、お疲れ様でございます。ここはゲーム盤の外側。思うことを自由に書き込んでください。念のため以下のルールを規定いたします。1.【このスレッドへの書き込みはゲーム盤の進行に関係しない】2.【こ…bbs.animanch.com考察でもチラシの裏でも何でもいいので、盛り上げてくださると嬉しいです。
・前回いわゆる”探偵権限”は存在するのか?という質問がありました。
センシティブな部分なので、今回は先にハッキリさせておきます。
【この物語において、探偵は犯人ではない】
【探偵が偽証したり、犯人に協力するといったことはない】
【このルールは、物語中において探偵である全人物に及ぶ】
これで、皆様がムダに疑獄へ陥る心配が省けるものかと思われます。
- 5二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 13:12:44
長く続いてるだけにちょっと敷居高くなってきたな
本スレ参加せずに実況スレで野次馬だけでも大丈夫?
いけそうならいく感じで - 6聖杯の魔女25/02/23(日) 13:17:00
- 7聖杯の魔女25/02/23(日) 13:20:52
それでは、長々とお目汚し失礼いたしました。
これから更なるお目汚しを披露してまいります。
様々な表現が飛び交うかと思われますが、
その理由と目的はたった1人を傷付けるがため。
皆様に累を及ぼす意図は一切ございませんので、ご安心ください。
なお前回は何人か死にましたが、今回の犠牲者はたった2人だけです。
皆様次第では3人になるかもしれませんが、大した事ではありません。
どうかリラックスしてお見届けくださいませ。 - 8聖杯の魔女25/02/23(日) 13:28:00
- 9聖杯の魔女25/02/23(日) 13:39:32
「あの……何ですか、これは?」
【6月20日、昼】。
えらくピリ付いた冷ややかな声に”探偵”は顔を上げた。
スポーツ新聞を脇に置き、机に乗せていた脚をゆっくり下ろす。
そして、聞いてもいなかったラジオの電源を切った。
「あぁ。もう来て……」
「”何ですかコレは”って聞きましたっ!」
バンと細い指が机を叩く。
どうもガラスの灰皿にこんもりと積もった、シケモクの山を指しているらしい。
「何って、タバコの吸い殻じゃないか」
「事務所の中では吸わないって約束しましたよね!?
どうして平然かつ堂々と破れるんですか!?」
「……御影ちゃんは厳しいなぁ」
そんな約束なら多分した。だが覚えていない。
ということは、【その時限りの約束に過ぎない】のだ。
それを永遠の契約かのように言うのはそっちの落ち度である。
なんて減らず口を思い付いては飲み込んで、汐留康一は身を起こした。 - 10聖杯の魔女25/02/23(日) 13:47:01
対し、馳河御影は割と真剣に怒っていた。
彼女にはこの世で最も嫌いなものが2つあり、その片方がタバコなのだ。
昔から事務所に来ると、こいつらは部屋が白く見えるくらい吸っていた。
その片方が足早に天国へ飛んで行ってしまってから5年。
2人しかいないこの探偵事務所は、落ちるところまで落ちていた。
「……仕事してください」
「ないよそんなの。知ってるクセに酷いなぁ」
「だったら取ってきてくださいよ!
このままテナントばっか払い続けると、3ヶ月後には廃業確定だって言いましたよね!?
こうしてる間も、あなたにだって人件費が……」
「君に言われなくてもなぁ。払い主は僕なんだから」
どうしてこいつが所長なのか。御影は唇を噛んだ。
前所長……馳河石英の遺言だというが、信じられなかった。
彼は頭が良かったのではないのか? どうして後継がこの人なのか。
いっそのこと自分に譲ってくれれば……なんて思うものの、
父親急逝当時の御影は14歳。何もかもそれどころではなかった。
彼のような探偵になりたいと願ったところで、
探偵事務所を運営出来るかどうかはまた別なのである。
それは今も同じだ。大学に通いながら探偵業は営めない。
石英は大して資産を残さず、御影は母と2人苦労しているのだ。 - 11聖杯の魔女25/02/23(日) 13:56:36
「このまま、事務所がなくなったらどうする気なんですか。あなたは」
「君は知らないだろうけどね、そんなの過去20年で数十回あったんだよ。
ところがその数十回を全部生き延びちゃってこのザマさ。
今回も場合によっちゃ、まあ何とかなるんじゃないのかな」
「……ならなかったら?」
「そりゃ、そん時ゃ運がなかったって話だよ」
何もかも行き当たりばったり。計画性マイナス273度。
それがこの男・汐留であった。石英にとって往年の助手に当たる。
馳河石英といえば、数々の難事件を解明した名探偵で有名だ。
一方で、この人が何かしたという武勇伝は全く聞いたことがない。
御影は額を手のひらで押さえながら、自分の即席デスクに腰掛ける。
ダンボールで作られた屈辱的な席だった。
「来週は税理士さんとの面談です。
まだ書類出来てないですよね?
私も大学の隙間見つけて来てるんですから、もうちょっと感謝を」
「ホントに探偵、なっちゃうのかい? 御影ちゃん」
「……はあ?」
汐留がばさっと新聞記事を広げる。
そこには、大きな見出しでこう書いてあった。
《女子大生が大手柄! “回る万華鏡事件”解決の背景に名探偵の影》 - 12聖杯の魔女25/02/23(日) 14:05:21
「1ヶ月も前の記事じゃないですか。
さすがに、もう世間だって忘れてますよ」
「君は忘れてないんだろう。自分の記事、全部集めてたくらいだし」
「……」
頭の奥でカチンと音が鳴った。それが何だと言うのか。
1ヶ月前、御影は1つの事件を解いた。3人の怪死とその陰謀、背後に存在した愛。
亡くなったのは彼女の唯一無二の親友だった。
以前から”友達に持ちたくない奴”と噂される御影にとって、大切な人。
彼女を喪った実感がまだなくて、今だ大学ではその面影を探してしまう。
あの事件は探偵としての仕事ではない。
1円も入らないどころか、彼女は最も大事なものを手放したのだ。
だから、そんな風に言われると……安い喧嘩でも、買わざるを得ない。
「……今度は説教ですか。私が調子に乗ってるって?」
「探偵なんてロクな仕事じゃないぞぉ。
懐はキツいし、やり方は汚いし、時たま危険だし。
まんまと現代に生き残った3Kってやつだね」
「ロクに探偵やってないあなたが言う資格ないです」
「いやぁ。僕だって昔はなぁー……」
最悪の形で昔話が始まろうとしている。
御影は深い不快な溜め息と共に、片手を伸ばした。 - 13聖杯の魔女25/02/23(日) 14:16:39
「いいから、書類っ! やればいいんでしょ、やれば」
「はい」
ぱし、と封筒が手渡される。御影の眉がぴくりと動く。
税理士宛の書類ではなかった。汐留宛でもない。
その宛先には、”馳河御影様”と書いてあったのだ。
「……これは?」
「なんか届いてた。ファンレターみたいだね」
「……」
相変わらず含みのある言い方をする。
封は切ってあるし、彼が先に読んだのは間違いない。
この前やられた冷蔵庫のプリンといい……手癖の悪い探偵だ。
封筒には、ある美術館の銘が印刷されていた。
送り主は”東 林之助”。そこの館長であるということらしい。
小洒落た便箋が数枚入っている。御影はさっそく文面に目を走らせた。 - 14聖杯の魔女25/02/23(日) 14:17:17
《探偵 馳河御影 様》
新宿にございます”教会跡美術館”の東と申します。
この度は貴殿の知恵をお貸しいただきたく、こうしてお手紙いたしました。
端的に申しますと、とある事件を解いていただきたいのです。
その事件の様相はあまりに奇怪。まさしく人の手に余る殺人事件です。
当時、貴殿の父君であらせられる馳河石英様のお力もお借りいたしました。
しかしその叡智を以てさえしても事件の謎を解くに至らず、
過去20年間に渡って事件は封印されたのでございます。
事件解明のため、あなたのお知恵をお貸しいただきたい。
契約金ほか当方の用意は別紙に纏めております。
何卒、当美術館にご足労賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。 - 15聖杯の魔女25/02/23(日) 14:23:48
最初の1枚を読み終え、御影はぽかんと口を開けていた。
これは……自分の目と脳が間違っていなければ。
「私への、依頼……!?」
猫探しでも事務所の掃除でも経理書類の取りまとめでもない。
“探偵”として、彼女を名指しした初めての仕事ということになる。
「あの、えぇっと、これって」
「書いてある通りなんじゃないの、多分。知らんけど」
汐留は頬杖を突いた。その態度が全てを物語っていた。
さっきからの態度の悪さは、恐らくこれのせいだったのだろう。
急いで残りの便箋を手繰る御影。そこには契約内容の提案があった。
「け、契約金150万円!? 破格の高報酬ですよ!」
「そうだね」
「向こう半年の家賃になります! 今すぐ受注しましょう!」
「君って、詐欺とか疑ったことないタイプの人?」
「……う」
白けた視線を送られ、御影は面食らう。
確かにこの苦境でそんな美味い話……そうそうあるものではない。 - 16聖杯の魔女25/02/23(日) 14:30:08
あの事件後、御影目当ての取材が殺到した。
警察発表による情報は最低限だったものの、ああした話は漏れるものだ。
中にはグラビアアイドルとしての勧誘なんてものもあった。
世間が御影を単なる探偵として見ようとしていないことは明白だった。
父・石英もメディア露出の多い人だった。
人気最盛期はバラエティ番組に出演したことだってある。
当時は嬉しかったが、今になって思う点がないでもない。
大人の汚いやり口は御影も熟知しているつもりだ。
そうは言え……いや、むしろ、だからこそ。
“探偵”として自分に送られてきたこの依頼を、無視することは出来ない。 - 17聖杯の魔女25/02/23(日) 14:36:41
翌日、御影は美術館の正門前にいた。
新宿区・”教会跡美術館”。華美ではないが、そこそこの構えである。
空はまさしく曇り模様。風の吹き方からしても降り出すのは間違いない。
そこへ、ルーズなパーカーを着た汐留がぽてぽてと歩いてきた。
「……遅いっ! 探偵なんですから、時間は守ってください!」
「んー? 時間を守る私立探偵なんてこの世にいないよぉ」
ポケットに手を突っ込み、髪もロクに整えずやってきた中年。
確かに誰もこれが探偵とは思うまい。
ある意味、偽装工作としては優秀な恰好かもしれなかった。
今回は身分を隠す必要はないし、むしろ信用を得る必要があるのだが。
「へぇー。これがその美術館? 随分と人、入ってるじゃない」
「来たことあるんですよね? 20年前に」
「そんな昔のこと覚えてるわけないじゃん。まず向こうの嘘かもよ」
「失敗だったかな……連れてきたの」
当然、御影の気掛かりはあの手紙の一文に掛かっている。
色々と情報を聞き出すためにも、当時の人物は重要である。
この”探偵”とて事務所で昼寝させているよりはマシだと思ったのだ。
ともかく、【美術館の敷地は外壁で覆われている】。
【外壁はコンクリート製。2メートルはあるだろう】。
【外壁を越えた内側に、2棟の建物が建っている】のが見えた。 - 18聖杯の魔女25/02/23(日) 14:43:12
正門を抜け、建物に差し掛かる。
汐留の言った通り、夜から嵐だというのに随分な人入りだ。
建物入って正面の受付には行列が出来ている。
確かに立地として悪条件ではないものの、ただの私立美術館。
いつもこんなに観客が入っているとは思えない。
不思議に思って見回していると、御影はとある掲示を見つけた。
「え? “名探偵・馳河石英展”?」
「おやおや」
「ど、どういうことですか? 何で美術館がお父さんを……」
往年の馳河石英、その姿が載った企画展のポスター。
どうも今週頭から始まっているようで、今日が最終日に当たるらしい。
寝耳に水、である。
「……私、聞いてないですが?」
「そんな目で見られても困るなぁ。僕だって今知ったよ」
「事務所や家族の許可もなく、こんなことしていいんですか。
いいわけないですよね。明らかに営利目的ですし」
「そうは言っても、故人だからね」
脳内でロジックを組み立ててみる。確かに……違法とは言い難い。
御影がその気なら民事で訴えられそうな気もするが、死後5年だ。
展示の権利関係さえ適切なら、付け入る隙はない。 - 19聖杯の魔女25/02/23(日) 14:47:16
- 20聖杯の魔女25/02/23(日) 15:01:43
「馳河御影様ですか! お越しいただけないものかと……!」
「……えぇっと。来ました」
御影は愛想の良いタイプではない。
表面だけでもそういう雰囲気を作るのは、実優の方が得意だった。
恋人はおろか友人付き合いも大してないのが実情である。
そんな御影にとって、探偵デビューは当然緊張を伴うものだった。
対し、受付から出てきた中年の女性は丁寧に頭を下げる。
「事務局長の中西と申します。この度は何卒」
「は……はい」 - 21聖杯の魔女25/02/23(日) 15:01:59
雰囲気に呑まれまいとするものの、身体はこわばっている。
この人たちが今回のクライアントになるのだと思うと、不安が拭えない。
中西が名刺を差し出してくるにあたって、御影は汐留を盾にした。
「……私、名刺がなくて。こっちが探偵、なので」
「あら、さようでしたか。ええと」
「汐留と言います。御影ちゃんの目付け役みたいなもんですわ」
「ああ! 失礼いたしました。よろしくお願いいたしますね」
順番は間違ってない。私は気後れしてるわけじゃない。
ごくりと唾を飲み下し、御影は切り返した。
「本来、お約束はしばらく後でしたね。
良ければ先に館内を見せていただこうかなと……思いまして」
「もちろんでございます。ご案内いたしますので、是非」
「あ。えぇっと……1人で大丈夫です。集中、したいので」 - 22聖杯の魔女25/02/23(日) 15:12:36
「ふぅん……大人の対応ねぇ……」
汐留がじろじろ見下ろしてくる。
御影は展示室入ってすぐの壁に背中を付け、ぶつぶつと呟いた。
「いや、クライアントだからと言って警戒を怠らないのは当然の危機管理意識ですし……前乗りしてるわけですから、先方の予定を崩すのは失礼ですし……所長であるあなたがまず矢面に立つのは当然ですし……」
「はいはい。それで、何か気になることでも?」
「はぁ……とにかく……ですね……」
落ち着かない様子で咳払いをしつつ、御影は周囲を見回した。
【この美術館には本館と別館があり、渡り廊下で接続されている】。
【観客の順路は受付向かって左方向。
そのまま時計回りに別館方向へ進んでいくことになる】。
本館の展示室には幾多の絵画の他、
企画展示として馳河石英展が実施されていた。
御影は汐留の顔色をちらちらと見ながら聞く。
「はぐらかさずに答えてください。ここ、来たことあるんですよね?」
「まあねぇ。ただ20年前だよ? そんなに細かく覚えてないって。
そん時ゃここは宗教施設だったしねぇ。多分色々と変わってるよ」
「……お父さんが解けなかった事件というのは、本当ですか?」
心臓が小動物のように鳴りまくっている。
その質問は、彼女にとって大きかった。 - 23聖杯の魔女25/02/23(日) 15:19:28
「イサさんだって神様じゃないからねぇ。そういう事件は他にもあるよ。
ただここは……そうだなぁ……」
「何ですか? 今更言いにくいことでも?」
「20年前だろ。”探偵”として脂が乗ってくる前の話だね。
探偵はやってたけど、まだ事務所らしい事務所もなかった頃だよ」
「……どんな経緯で依頼に繋がったんです?」
「さあなぁ。イサさんが取ってきた案件だったからね」
汐留はつまらなさそうに”敷地内禁煙”の張り紙を眺める。
外が降り出してくるのはもう間もなくといったところだろう。
「ま、1人にしてほしんだろ?
僕はパトロールに行ってくるから、よろしく」
「ちょっと、まだ聞きたいことが……あぁ、もう」
汐留は、そそくさとライターを片手に飛び出して行ってしまった。
取り残された御影は胸に手を置きながら深呼吸を繰り返す。 - 24聖杯の魔女25/02/23(日) 15:21:30
……大丈夫。
この前だって乗り越えられた。あの地獄から生きて帰ったんだ。
あんなことはもう起きない。今回だって、何とかなるはず。
たとえそれが……お父さんに解けなかった謎だとしても。
とりあえず、御影の意志は固まった。
最初のステップとして、ここ。”教会跡美術館”をよく知る必要がある。
美術には詳しくないが、展示品には何かしらの傾向があるはず。
そこから今回の依頼へ繋がる背景を導き出すことは可能だ。
御影の視線は、初っ端に飾ってある絵画へと注がれた。
そして、彼女は肩を竦ませる。 - 25聖杯の魔女25/02/23(日) 15:24:35
- 26二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 15:30:29
聖杯協会がらみ…!?
- 27聖杯の魔女25/02/23(日) 15:35:21
「……何、これ」
見たところ油絵だ。しかしその様相はあまりに暗い。
描かれているのは教会? 聖堂? 柱の立ち並ぶ場所。
暗い雰囲気の中、1人の人間が倒れている。
しかもその上に、視線を誘導するかのように何か置いてある。
御影の想像が正しければ……銀器だ。
「”汝ら呷れ、さかづきを”」
思わず、キャプションを声に出して読んでしまう。
そうでもしないと吸い込まれてしまいそうな不気味さがあった。
少なくとも入って1発目に見せる様相の絵画ではない。
視線を横にズラすと、他にも何枚か似た様子の絵があった。
人の死に絶える王国……血まみれの学校……そんなのばかり。
一言で表すなら、陰惨。室温は低くないのに、背筋が冷える。
「……」
「ばあ!」
「ぃ~~~っ!!?」
突如、緊張が弾ける。声にならない悲鳴が上がる。
背後から刺し貫かれたかのような感覚だった。しかし痛みはない。
真っ青な顔で振り返ると、そこにはニヤけ顔の男性が立っていた。
「……おっとっと。こいつは最初から飛ばし過ぎたかな」 - 28聖杯の魔女25/02/23(日) 15:40:03
「……」
御影はしばらく何も言えず、視線による抗議を続けた。
あり得ない。初対面で、ていうか美術館で、急に驚かせてくるなんて。
しかも冷え切った脳細胞で類推するに、相手は職員だ。
首にネームプレートを掛けているのが最たる証拠。
「失礼失礼。そんなに驚くとは思わなくてね。
俺は北野、ここの学芸員さ。あんたが馳河さんだろ? よろしくな」
「……どうも」
彼が差し出してくる手に対し、御影は真心からの視線を返した。
すなわち純粋な軽蔑と嫌悪である。
「学芸員さん……ですか。あなたが」
「そ。この辺の展示は俺が集めたもんさ。
その絵は有名な画家さんでね。色々と斬新な手法が」
「父の特別展も……あなたの企画ということで?」
「ん? おう。そこにあるから見てってくれな」
謎に納得してしまう。怒りと呆れと驚きがないまぜになっている。
とりあえず目の前の北野という人間について、御影の印象は定まった。
だがそれはそれ。これはこれ。
一呼吸置き、頭の中で”大人の対応”と反復する。 - 29聖杯の魔女25/02/23(日) 15:52:43
「……お招きいただいてありがとうございます。
私のことは、よくご存知みたいですね」
「こないだの事件、ビックリしたもん。まさか馳河石英にこんな娘がなぁ。
そんで今回の特別展を思い付いたワケよ」
「そうですか。あの……この絵について聞いても?」
「あぁ、館長が一番大切にしてるヤツだよ。
見てるだけでゾーッとするだろ? だがしかし、お化け屋敷じゃないぜ」
「だから、この絵について聞いても?」
“大人の対応”はやっぱり難しかった。何せ相手が子供みたいだ。
御影の苛立ちが伝わったのか、それとも生来の質か。
北野は饒舌を加速させていく。
「館長直々に、ここが教会だった頃の話を絵にしてほしいって頼んでね。
俺は最初に置くのは反対したんだが、全く聞き入れなくって。
教会ってのは“聖杯記念教会”のことだよ。場所のモデルはここの地下さ」
「……地下があるんですか」
この美術館について、ネット上に書かれている情報は多くない。
御影がほとんど下調べもなしに臨んでいるのはそのためである。
そんな彼女に対して、北野は以下のような説明をした。
【教会跡美術館の最大の特徴は、”地下聖堂”の存在である】。
【地下聖堂の階段は本館と別館の両方に繋がっている】。
【そこは20年前、実際に絵画の事件が起きた現場である】。 - 30二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 15:59:34
中世とかじゃなく現代の話なのかよ……
- 31聖杯の魔女25/02/23(日) 16:01:50
御影は彼の話を聞くにつけ、表情を険しくした。
それが本当なら、ここは殺人現場の上に立つ美術館ということになる。
どうりでこんな悪趣味な展示をするわけだ。
「それでね、この絵を描いたのはね……」
北野は聞いてもいない話を再開するが、御影はそれどころではない。
少しでも情報を得ようと絵画に視線を滑らせる。
【絵が描かれたのは5年前】。
【ちょうど、この美術館が始まった頃と重なる】。
絵には複数人が携わっているらしく、特定の画家の作品ではないらしい。
館長の東が情熱を注ぎ、様々な修正を加えて完成したとか。
東という人、一筋縄に行かないことがよく伝わってくる。
ご丁寧に出資者の名前までもが列挙されている。
この悪趣味な絵を作るのに、まともなスポンサーが付くものだろうか?
北野の話をそこそこに、御影はキャプションを覗き込んだ。
「え?」
「おっ、さっそく気付いたかい。さすがは探偵さんだねぇ」
「……」
“まともな、スポンサー”……御影は今一度、頭の中で反復する。
【出資・寄贈として記されている人の名は、星神幻蔵】。
背中に、悪い冷や汗の伝う気持ちがした。 - 32聖杯の魔女25/02/23(日) 16:11:51
しばらく本館の展示を見て回り、御影は別館に移った。
馳河石英展については、特に言うこともなかった。
本場のミステリーファンとやらが詰め寄せていたものの、衝撃はない。
昔から石英にはストーカーに近い熱狂的な支持者が多かったからだ。
展示の内容は、御影も当然知っている有名な事件の数々。
【一部の展示スペースが空白にされていた】のは気掛かりだったが、
石英でも解けなかった事件の現場が地下にある……という衝撃に
比較すれば、さして拾い上げるべきものもなかった。 - 33聖杯の魔女25/02/23(日) 16:17:54
渡り廊下を抜けた先、別館はあまり広くないようだった。
ぽつぽつと展示はされているものの、廊下という印象を拭えない。
“教会”と呼ばれていた建物を無理やり美術館にした。
そんな情報にも納得感がある。
トイレを左手に見て廊下を進もうとする御影。
その時、進行方向からまたも1人の男がやってきた。
「……お前か」
「えっ」
北野とは違う。厳つい雰囲気の男だった。
ネームプレートは提げていないが、職員であることはすく分かった。
手にはバケツ。ワークキャップを被っている。
何より順路を憚らず逆行してきたことがその証だ。
「お前に解けるのか。あの事件が」
「……え、えぇっと?」
すれ違いざまに、その男はそう言った。御影の胸がどきりと鳴る。
真意を問う間もなく男は行ってしまう。
そして警備室の扉を開け、御影の視界から失せてしまうのだった。 - 34聖杯の魔女25/02/23(日) 16:24:08
「すぅー……はぁー……」
外の空気は生温いが、ここは思ったよりひんやりしている。
それもそのはず。何メートルか降りてきた先の地下だ。
【別館から降りた先は廊下。右手に木製の扉がある】。
【廊下の奥には上り階段。本館に繋がっている】らしい。
その扉の奥には、まさしく”地下聖堂”とやらが存在する。
周りにはちょうど誰もいない。観客に邪魔されず中を拝むチャンスだ。
しかし、御影の足は凍て付いたように動かなかった。
「い、行け……行けってば……!」
汐留がいなくて良かった。だけど出来ればいてほしかった。
あんな頼りない中年でも、存在すれば賑やかしにはなるのだ。
御影はごつごつした石畳をローファーで踏み締めつつ、1歩を踏み出す。 - 35聖杯の魔女25/02/23(日) 16:25:20
- 36聖杯の魔女25/02/23(日) 16:37:05
天井に蛍光灯が点いているのは廊下までで、中は薄暗かった。
ハロゲンランプが黄色い光で聖堂の床を照らしている。
天井から仄かな明かりが舞い降りている。
見たところ、【嵌め殺しの天窓が中庭に繋がっている】ようだ。
【聖堂両脇には何本もの円柱】。
【聖堂奥には石造りの台座】。
【スポットライトが照らすその台座には、何も乗せられていない】。
まさしくあの絵は、この地下聖堂を模っていた。
違いに関して言うならば2つ。
倒れている人物も、崇高に鎮座する銀器も現実にはないことだ。
「……聖、杯……」
ズキリと頭が痛む。きっと過呼吸のせいだ。
今一度、御影は埃っぽい地下の空気をゆっくりと吸い込んだ。
推理どころではなかった。結局、御影は足早に地下を立ち去るのだった。 - 37聖杯の魔女25/02/23(日) 16:44:02
「既に一通り観ていただいたんですか。それはそれは」
「……はい」
【時刻は15時00分】。御影と汐留は美術館の応接室にいた。
正面に座るのは館長の東。見通せない質の笑顔を浮かべている。
ピシッと決まったスーツは派手ではないものの、高級そうだ。
果たしてこの依頼が金持ちの酔狂か、重大な事件なのか。
それを図る時がやってきたのである。
「いかがでしたか? 当館の展示は」
「楽しませてもらいました。馳河石英展。よく調べてくださいましたね」
「ああ、北野の……お気を悪くされたなら申し訳ありません。
彼は若干独断専行といいますか、空気の読めないところがありまして」
「んま、イサさんも構ってもらえて喜んでるんじゃないですか」
中西の出したアイスコーヒーをぐいっと傾け、汐留は笑う。
隠しようのないタバコの臭い。御影は表情を引きつらせる。
ともかく、世間話から入る気分にはなれなかった。
「さっそくで恐縮なんですが、天気の件もあることですし……
単刀直入に、私へお声掛けくださった理由を教えてくれませんか」 - 38聖杯の魔女25/02/23(日) 16:52:45
前のめりになっているのは丸分かりだろう。
それが向こうの作戦かもしれない。
見たところ、東は抜け目のないタイプの大人だ。
丁寧な言葉遣いの裏に、どんな打算があるか分からない。
東は指と指とを組み、ゆっくりと答える。余裕だった。
「手紙にお書きした通りです。誰でもない、あなたに解いてほしいのです。
探偵・馳河石英に解けなかった殺人事件の真相を」
「ハハ、大任だね」
「……探偵の専門は殺人事件の解明ではありません。
石英がそうした風評を作り上げたことは事実ですけど……私が期待に応えられるかどうか。
今日こうして伺ったのは、私の知らない父の話を聞きたかったからです」
敢えて遜った、それでいて挑発的な言い方をした。
それで向こうがどう出るか気になった。
しかし東は、貼り付けたような笑顔を崩さなかった。
「何なりと。私も、御影様にこの話が出来る日を楽しみに思っていたんです」
「19のガキに殺人事件の話をですかい」
「じゃ、お話しください?」
ローテーブルの下で、御影は汐留の足を蹴った。
これは私の依頼だと言わんばかりに。
そんな一幕すら意に介さないように、東は滔々と語り出すのだった。 - 39聖杯の魔女25/02/23(日) 17:07:40
今からお話しするのは、20年前にこの建物内で起きた事件です。
世間には公になっていませんが、私は”聖杯消失事件”と呼んでいます。
ご存知の通り、かつてここは”聖杯記念教会”と呼ばれていました。
事件によって指導者を失い、一度は解散することになったのです。
その後も有志によって敷地自体は管理されていました。
我々は、この場所をより有意義に活用出来ないかと考えました。
それで準備を進め、5年前に美術館として改装したのです。
ええ、私も教会関係者でした。
当時の教会を指導していたのは”神父”。皆がそう呼びます。
私は神父の下で教えを学ぶ、言わば青年司祭の立ち位置だったのです。
教会は名前の通り、”聖杯”を管理していました。
聖杯にはこの世の叡智が詰まっていると神父は申しておりました。
安置されていたのはもちろん地下聖堂。
しかしある嵐の夜、事件が起こったのです。
……ああ、その前に申し上げますと。
現在の地下聖堂は当時と形を異にいたします。
【これがその当時の地下聖堂です】。 - 40聖杯の魔女25/02/23(日) 17:20:01
さて、話を戻しますが、その夜。
神父は地下聖堂から出てまいりませんでした。
私は夜通し祈祷を行うものと聞き及んでおりました。
そのため様子を見に参ることもしなかったのです。
翌朝になっても、神父は地下から出てきませんでした。
こんなことは今までありませんでしたので、私は扉越しに呼び掛けました。
それでも神父は出て来られないものですから……鍵穴を覗いたのです。
中で、神父が倒れておりました。
地下聖堂の扉には、内側から鍵が掛かっておりました。
鍵は神父の持つものしかありませんので、私は扉を破ることにしました。
一筋縄には行きませんでしたが、扉は内開きです。
何度か身体をぶつけて、ようやく扉を開けることが出来たのでした。
しかし、ようやく開かれた聖堂の内部は酷い有様でした。
床には禍々しい魔法陣が描かれ、神父はその中心で倒れていました。
慌てて神父を引き摺り出したものの、彼は既に事切れていたのです。
顔は焼け爛れ、口元には夥しい煤。
挙句に目玉も……いや、よしておきましょう。
とにかく。中には誰もいませんでしたし、鍵も掛かっていたわけです。
唯一の鍵は神父の傍らに落ちておりました。
にも関わらず神父は亡くなっており……それに。
我々が大事に守ってきた”聖杯”までもが消え去っていました。
何故、どうしてこんなことになったのか。パニック状態でしたよ。 - 41聖杯の魔女25/02/23(日) 17:35:37
その後、馳河石英さんに推理を披露していただきました。
彼と偶然繋がりを得ることが出来ましたからね。
ですが、お答えは以下のようなものでした。
『神父は自殺した』。ただ、それだけです。
はっきり言って、信じることが出来ません。
あんな自殺の仕方がありますか? 焼身自殺の有様じゃありませんよ。
地下聖堂で火事が起こった証拠は何もないんです。
それどころか、神父が自殺を行った証拠だってありません。
地下にはそれを裏付ける証拠は一切ない。私がこの目で見てます。
なのに、あの”探偵”は神父を自殺と断定したんです。 - 42二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 17:39:50
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- 43聖杯の魔女25/02/23(日) 17:42:54
……以上が事件の全貌です。
20年前とはいえ、私には昨日のことのように思い出されます。
死んだ神父の顔が目に焼き付いて離れないのです。
去って行った教会の仲間には、様々なことを言う者がおります。
“これは祟りだ”とか、”聖杯が悪魔に姿を変えた”だとか……。
そうした風評もひとえに聖杯への信仰が為せる業。
全てを全て否定する気はございません。
しかし神父が自ら命を絶ったなどという推理は……受け入れ難い。
あなたにはこの謎を、今一度解いていただきたいのです。
今こうして検分することで、新たな真相が見えてくるのか否か。
それとも彼と同様、『神父の自殺』なる結論に行き着いてしまうのか。
いかなる答えが出るにせよ、あなたに依頼を持ち掛けたのは事実。
契約書の通り報酬をお支払いすることを約束いたします。
ですが、くれぐれも私の疑問に答え得る推理を。期待しております。 - 44聖杯の魔女25/02/23(日) 17:49:21
東は原稿もなしに、最後まで途切れることもなく語った。
最も印象的だったのは彼の話が佳境へ向かうに連れ、
仮面のようであった表情が鬼気迫る様相へ変わっていったことだった。
かつて青年司祭であったという彼の訓練がそうさせるのか?
ようやく話が落ち着いた頃、御影の肩はまたもこわばっていた。
「……よく、分かりました」
それしか言えなかった。
大量の情報が頭の中で渦巻いている。
彼と話しながらそれを纏めるなんて芸当が出来るはずなかった。
石英は違う。御影にとって、彼はまさしく名探偵だった。
彼は事件について話している間、突然答えを話し始めることさえあった。
脳の回転速度が異常なのだ。
御影は腕を組み、東から視線を逸らす。
「推理するのに……時間をください。明日には、一旦」
「おいおい、御影ちゃん。一晩あれば解けるってのかい?
依頼人サマが20年間悩み続けたっていう謎だぜ」
「分かってますよ……! だから、その。
私にこの謎が解けるのかどうか、一晩考えさせてほしいって話です!」
かなり苦しい屁理屈だった。
こんなものがいつどこで身に付いたのか、思わず自分が恥ずかしくなる。
しかしその条件に、東は元の貼り付いた笑顔でゆっくりと頷くのだった。 - 45聖杯の魔女25/02/23(日) 18:03:48
……おやおや。
何かと思えば、どこかで聞いたような話じゃないですか。
あちこちでいろんな方が頭を悩ましてくださっているようで、
“聖杯の魔女”たる俺としては喜ばしい限りですよ。
さて。どうも東氏、”探偵”様の推理がお気に召さない様子。
『聖杯が悪魔に姿を変えた』は良くて、『神父が自殺した』はダメ?
何でまたそんな思考回路になっちゃうんでしょ。
やっぱ宗教やってる人ってそうなんですかね? ふふふ。 - 46聖杯の魔女25/02/23(日) 18:08:17
おっと、つい幕間のボヤキが入ってしまいました。
人間様の皆様としては言いたいことが山ほどあるのでは?
しかしそいつはもう少しだけ、脳漿に溜め込んでおきましょう。
何故って? そりゃあもう……
【これは、探偵と共に解くミステリー】だからですよ。 - 47聖杯の魔女25/02/23(日) 18:11:56
それじゃ、引き続きツマラナイ小説をお楽しみください。
皆様の前に主役が登壇する、その時まで……。 - 48聖杯の魔女25/02/23(日) 18:27:37
「うぅ……どうしよ……」
【時刻は18時00分】。
東の去った応接室で、御影は膝を抱えていた。
かたや汐留。
彼は窓の外で吹き荒れる黒い風を眺めつつ、貧乏ゆすりをしていた。
「ホントまいったなぁ。中で吸ったらさすがにバレるか?」
「あなたの悩みなんてどうでもいいですよっ!
吸うなら出てってください!」
「無茶言うなよ。御影ちゃんがうんうん唸ってる間に、もう大嵐だぜ」
もう東との会話からしばらく経つが、御影はここを出ようとしなかった。
彼女が同時に出来ることには限界がある。
大学の課題をやりながらテレビを観ることくらいは可能だ。
でも150万円と父の名誉が掛かった状況で、
推理を進めつつ台風からの帰路を考えるなんて芸当はさすがに出来ない。
そんなこんなで、まんまと嵐に降り込められてしまったのだった。 - 49聖杯の魔女25/02/23(日) 18:43:43
「ねぇ、教えてくださいよ。
どうしてお父さんは自殺って推理したんですか?」
「むしろそれ以外にどんな可能性があるんだい」
「それはもう色々とありますけど……。
だけど、何て言えば東さんが納得するのかなんて分かりませんよぉ」
「『聖杯が悪魔に姿を変えた』って言えばいいんじゃないの?」
「ふざけないでください。それでも探偵ですか……?」
魔法の存在を認める。それだけは絶対に出来ない。
もうその退路はとっくのとうに投げ捨てたのだ。
あの時……星神幻蔵の限りない悪意に陥れられたあの事件。
“これは魔法の産物です”なんて、口が裂けても言いたくなかった。
たった1つの真実があると追い求め……それは確かに存在した。
だから、今になって後戻りは出来ない。出来ない、のだけれど。 - 50聖杯の魔女25/02/23(日) 18:50:20
「うーん、うーん……」
「ここの人らも今日は泊まるんだとさ。
御影ちゃんはここで寝ていいってよ? お母さんに連絡しときな」
「思考が散ります。協力する気がないなら出てってください」
「お、おう」
さすがの汐留とて、彼女と寝所を共にする気はない。
東の手配で、別館の宿直室を使わせてもらえることになっていた。
タバコの残数を数えながら立ち上がる汐留。
「まあ……何だ。こんなことに根詰めなくたっていいんだよ。
150万なんて最初からなかったと思っときな?
探偵なんかハナっから儲かる仕事じゃないんだからさ」
「聞かないと分かってて、言わないでください」
「そこまで言うかい。君にとって、探偵ってのは何なの?」
「……」 - 51聖杯の魔女25/02/23(日) 18:53:48
「金の生る木? 父親の嗣業? 人の役に立つ仕事? 小さい時からの夢?
僕ぁイサさんとは大学ん時からの付き合いだけどさ……
あの人ぁ随分と勝手気ままだったもんよ。君も知ってるでしょうよ」
「……」
「あの人がここの連中とどんな付き合いだったのか、僕もよく分からん。
僕ぁ宗教には詳しくないし、20年経っても分からんことばかりだ。
自殺って推理が正しかったのかどうかもな」
「……」
「人間、分からんことは分からんもんよ。
“分からないということが分かった”って境地もあるんじゃないのかね?
イサさんもあれで苦労してたみたいだし、さ」
「それで諦められたら、苦労しないです」
「ん」
「【探偵とは、真実の探求者である】。私はそう思います」
「……そうかい」
御影は潤んだ瞳で、汐留の眉間を睨んだ。
彼の口角が吊り上がる。
「やっぱ、イサさんの子だねぇ」
それがこの日、汐留との最後の会話になった。 - 52聖杯の魔女25/02/23(日) 19:10:07
『それで、何で俺に電話が来るんだよ?』
【時刻は進み、22時00分】。
台風の最接近は日付が変わる頃だという。
外では黒い疾風が建物を切り刻もうとしていた。
結局、【御影は一度も部屋から出ていない】。
夕食にさえあり付いていないが、そんな気すらしなかった。
口にしたのはこんなこともあろうかと持ち込んでいたチョコレートくらいだ。
「あのですね……私がどんな気持ちでここにいるのか、
これだけ説明してもまだご理解いただけてないんですか?」
『要するに怖いんだろ? お前、昔からホント暗いとこ苦手だもんな』
「そういう意味じゃありませんっ!」
電話口は馳河葉一。彼女の従兄が面倒臭げに応対している。
鎧戸がガタガタ音を立てる度、御影は声を大きくした。
「部屋は明るくしてますし、殺人事件なんか怖くないですよ。今更です」
『嵐の中、曰くつきの美術館に閉じ込められてる状況なんだろ。
その上オッサンを追っ払っちまったから、俺に電話してきたんだろ』
「ねぇお兄さん、意地悪はいいから私の話だけ聞いて……!」 - 53二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 19:22:46
かわいい
- 54聖杯の魔女25/02/23(日) 19:25:24
葉一は新宿警察署の刑事である。家に帰れず署内にいるという。
何とも社畜、いや署畜の様相。それが辛うじて御影の心を支えていた。
しかし、せっかく繋がっているのだから話題が必要だ。
御影の意識は、再び”聖杯消失事件”に戻っていった。
「実際、こんなことが可能なんでしょうか?
犯行を終えてから鍵を掛けて、煙のように消え去るなんて……」
『現場を見てないから何ともな。本当にそこからは出られないのか?
合鍵とか隠し通路とか、何ならピッキングとか。可能性はあるだろ』
「そんな単純な話じゃないですよ。バカにしないでください」
『何でそういうのがないって言い切れるんだ? そこまで調べたのか』
「むぅ……」
彼女の不安は、ある1つの問題に起因している。
東から聞かされた事件には、確定的な情報が全くないのだ。
彼が最も状況を知る人物とはいえ、それを検証する余地がない。
実は彼の思い違いだったとか、知らなかった事実があるとか……
そういう”X”を排除することが出来ないのだ。だから推理のしようがない。 - 55聖杯の魔女25/02/23(日) 19:34:12
「だったら世渡りについて教えてくださいよ。
私、あの人に何て言ったらいいんですか?」
『たった1つの真実を暴くのが探偵なんじゃなかったのか』
「ねぇ、お兄さん……」
不安げな溜め息が続々漏れて止まらない。
果たして葉一に、彼女の危機感は伝わっているのかどうか。
「こんなの解きようがないですよ。証拠が何にもないんですから」
『こないだだってそうじゃなかったか?
むしろどうしてお前、あんな複雑な事件が解けたんだよ』
「それは……」
汐留なら”もしかして君が真犯人?”などと嘯くところ。
だが葉一は常識人である。御影が母の次に気を許せる相手だ。
色々と伝えたいが、どうしても口に出せないことだってある。
「その。何か、降りてきたっていうか」
『はあ』
信じていない反応。それも当然か、と御影は天井を仰ぐ。
何せ御影が無限に近い時間と感じていた……”回る万華鏡事件”。
あれはたった3時間程度の間の出来事でしかなかったのだ。
御影はその間に、3人の死の真相を解いた。
単純計算で言うと、今は5人分の殺人事件を暴いていないとおかしい。 - 56聖杯の魔女25/02/23(日) 19:45:59
「……赤き真実」
『ん?』
「まあその、やっぱり手掛かりが不充分です。
指紋に監視カメラ、アリバイ証言……刑事だって情報が大事でしょ」
『当然だ。むしろ探偵にこんな依頼してくる方がおかしいな。
当時の警察が匙を投げたなら、後は占い師にでも頼むしかないんじゃないのか』
スマートフォンをきゅっと握り締めて、御影は頷いた。
謎は解けるはずがない。だって、誰も真実を保証してくれないのだから。
そう思うと少しだけ安心する。
だがその時、外で大きな音が鳴った。
「きゃぁっ!?」
『うお、びっくりした。何だ急に』
「そ、外で今、何か壊れた音が……バキバキッて言いましたよ?」
『何か壊れたりもするだろ。この後は台風のピークなんだから』
「はぁ……あの。お兄さん」
『今度は何だよ?』
「私から返事がなくなるまで絶対に切っちゃダメですよ」
御影はソファーへ横になり、溜め息をつくのだった。 - 57聖杯の魔女25/02/23(日) 20:08:17
【御影が首の痛みと共に目覚めたのは、翌朝6時55分だった】。
喉の渇きを感じて起き上がる。部屋には夜通し明かりが点いたままだった。
「ん……」
スマートフォンが鳴る直前の起床である。慣れた手つきでアラームを削除。
次に、外の世界へと耳を澄ませてみる。
鎧戸の格子の間から、朝の目映い光が降り注いでいた。
雨の音も風の音もない。とりあえず暗黒の夜は越えたらしい。
簡単に手元で寝癖を直してから、御影は応接室を出ることにした。
「あら、御影様。おはようございます。お休みになれました?」
「……中西さん、おはようございます。おかげ様で何とか。
昨日、何だか凄い音しませんでしたか」
「しました、しました。外だと思うけれど……何か壊れてないかしら。
南部さんが見に行こうとしたので、必死に止めたんですよぉ」
事務所の前に中西がいた。【彼女も事務所内で音を聞いた】らしい。
一夜明けて吹っ切れたような気もするが、御影は一応突っ込んだ。
「南部さんって……?」
「あら、昨日は会われませんでしたか。当館の管理人ですよ」
昨日別館ですれ違った、不愛想な男。彼のことらしい。
とにかく朝はまだ早い。御影はとりあえず、応接室に留まることにした。
館長の東が出てきたら、暇を貰うつもりで。 - 58聖杯の魔女25/02/23(日) 20:26:05
「……物置、めちゃくちゃになってましたね」
「ええ。どうしたものかしら? あれは私じゃとても……
やっぱり後で、南部さんに見ていただかないと」
【朝9時00分】。
ソファーで二度寝というわけにも行かず、御影はうろうろしていた。
物置の扉が外圧で壊れているのを発見したのはその途上である。
コンビニで買ってきた菓子パンを食べ終わり、御影は腕を組む。
今日は美術館の閉館日。電車も復旧しているし、もう帰れる。
一晩悩んだ結果、御影の中では結論が出ていた。
”現状は父親と同じ結論しか出せない”。東の期待には沿えない。
とりあえず入館料をタダにしてもらったのと泊めてもらったのと、
その2つを以て今回の手打ちにしたいと思っていた。
150万円なんて、汐留の言う通り最初からなかったのだ。
そんな大金が事務所に入ったところで、彼が競馬に使ってしまうだけだ。
真実を導けないなら、潔く身を引くのもまた探偵。
もしかすると石英には何か見えていたのかもしれない。
でもそれはそれ。これはこれ。御影の近付ける真実ではなかった。
たったそれだけのことだ。だから、御影の心中は晴れやかだった。 - 59聖杯の魔女25/02/23(日) 20:40:12
そのことを話すと、中西は一通り残念がった。
しかし何せ20年も前のこと。御影の判断が正しいだろう、そう言った。
気掛かりなのは、館長が事務所に顔を見せないことだった。
彼は夜中の内に館長室に向かったという。
「館長室、なんてありましたっけ?」
「地下聖堂の東側に、小部屋があるでしょう? あそこが館長室です。
東さん地下が一番落ち着くっていつも仰るんですよ」
「あ、あそこにオフィスを……?」
全く理解出来なかった。あそこには電気すら通っていないはず。
聖堂内のハロゲンランプは全部コードで配線していたし、何という無駄。
絶対、そこの会議室辺りを潰して館長室にした方がいい。
そんなお節介もそこそこに、御影は顔を上げた。
「じゃ、館長室へ案内お願いしてもいいですか?
東さんにサッとご挨拶だけさせていただきます」
「もちろんですよ。それでは、こちらへ」
中西は愛想笑いを浮かべ、手で廊下の奥を指し示す。
売店横、通常の順路では地下からの出口となる階段だ。
御影は父の探偵カバンを片手に、地下へと向かうのだった。