- 1◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:27:24
他の方が建てたダイススレにて生まれた
こちらの世界線が舞台のトレバリSSになります。
トレ父「そういうわけで向こうの父親と意気投合してな」|あにまん掲示板「卒業したらdice1d107=@106 (106)@ と結婚することになったからよろしく。担担当みたいだしよかったよかった」「ちょっ!!」現在dice1d2=@1 (1)@ 1中等部2高等部dice…bbs.animanch.com元スレにて、辻ながらSSを書かせて頂きましたが、未だにこのネタで書きたくてウズウズしたので、勝手ながら書かせて頂きました。
元スレッドよりも独自解釈(バリトレのバックボーンやオルトレのキャラ設定)や、キャラストや育成シナリオを元にした素人による脚色が目立ち、さらに人を選ぶと思うので、元スレで書かせてもらった物のほうが比較的読みやすいかと思われます。
- 2◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:28:20
「この子がウチの娘だ。君のとこの子と仲良くなれるといいけど。……ほら、シオン。挨拶なさい」
真っ赤な頭髪、少し不安そうにペタリと閉じる耳。忙しなく彼女の尻尾は動いていた。
「う、ウインバリアシオン、ですっ」
──ウインバリアシオン 現在7歳(小学1年生)
「君がシオンちゃんか。可愛らしいお嬢さんだ。……ほら、お前も挨拶しなさい」
「あぁ。……初めまして。──って言うんだ、よろしくね」
「! うん……!」
──(トレーナー) 現在15歳(中学3年生)
不思議と、彼女とはすぐに仲良くなった。怖がらせないよう、可能な限り柔らかな雰囲気を作った成果なのか。はたまた『運命的ななにか』なのか。
「……お兄ちゃん、優しいね」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「うぅん。優しいよ。……ねぇ。また、会える?」
「うん。会えるよ。またお話しよう」
「うん! ……お兄ちゃん、すき……!」
「ふふっ。ありがとう。僕もシオンのこと好きだよ」
まるで本当の妹のようだった。きっとシオンも、このときは俺を兄のように慕ってくれていたと思う。 - 3◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:29:26
シオン──ウインバリアシオンは小さい頃からバレエを習っていた。俺の親父がシオンのお父さんと仲が良く、親同士の付き合いがあったため、ときおり彼女のバレエを見せてもらっていたこともある。それはとても綺麗で、俺の目を奪うには十分だった。
『お兄ちゃん! 今日もあたしのバレエ見てくれる?』
『うん。父さん達が戻ってくるまでなら大丈夫だよ』
『えへへ……ありがとう! じゃあ見ててね! 今日はね、これ習ったの!』
俺にはバレエのことは正直わからなかった。
でも、シオンが輝いていることは俺にも分かる。
(……綺麗だ……)
『──っと! どぉ!? 上手だった!?』
『うん。すごい綺麗だったよ。えっと……』
どう褒めようかと言葉を探す。少しでも彼女の好きなことを知ろうと、かじっただけだが、調べた言葉を思い出す。
確か、これはバレエ用語だったはずだ。
『シオンは、俺にバレエを見せてくれるプリンシパルだね』
『! そう! プリンシパル! あたしね、プリンシパルになりたいの!』
彼女の瞳が輝いた。キラキラと、憧れを目にした輝きだった。
思えば、あの日からだったのか。それとも、俺よりも出会う前からバレエの主役【プリンシパル】に憧れていたのか。
恐らく後者だろうが、それでもいい。なんだっていい。
彼女が【プリンシパル】として輝ければ── - 4◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:30:35
「……ダメだ……全然表現できない……。やっぱり、センスないのかな……」
いつからか、シオンがバレエの練習を楽しんでいる姿はどこにもなく、ただ苦しんでいることが増えた。
「ごめんね、兄さん。わざわざ付き合わせちゃって……こんな、下手なバレエ見てもらって……」
「そんなことない。とっても素敵だよ」
「……ありがとう。でも、これじゃあダメなんす……。目指してるプリンシパルには……父さんみたいには……なれないんだ……」
シオンは自分を表現をするのが苦手だった。コンテンポラリーダンス、いわば創作ダンスが大の苦手だった。セオリーや法則性があるもの、大体の手本があるものなら、それを完璧にこなすことは出来た。けれど、オリジナリティを必要とされたり、クリエイティブな面を求められると壁にぶつかってしまう。
「……バレエ……辞めようかな……」
「! っ……」
胸が苦しい。彼女の悲しむ顔が、見ていられない。
あの頃はあんなに純粋な笑顔で踊っていたのに。
笑って、憧れのプリンシパルを追いかけていたのに。
俺は必死に考えた。俺の願望の押し付けに近いが、彼女には諦めてほしくない。たとえ舞台が違えど、シオンが主役になれる可能性がある場所を──
「……シオン。気分転換、になるかは分からないけど……」
──レース、見に行ってみないか? - 5◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:31:42
「……すごい……。すごい、すごい! めちゃくちゃ熱いっす! これがレース……!!」
「すごいよな。みんな、自分の夢や理想を目指して走ってるんだ。俺はウマ娘じゃないから走れないけど……俺にも、夢があるんだ」
「兄さんの、夢……。ね、ねぇ! 兄さんの夢ってなに? あたし、知りたい!」
キラキラと輝く目で俺を見るシオン。
……これだ。この純粋で、眩しいシオンを見たかったんだ。
「俺は、トレーナーになりたい。人が夢を叶える手伝いをしたい」
本当は、少し違うのかもしれない。
トレーナーとなってウマ娘の夢を叶える為に支えてやりたい。頑張る子を支え、大舞台であるG1レースを勝たせてやりたい。そして、その子と喜びを分かち合いたい。
そのウマ娘がシオンだったら、どんなに幸せなことだろうか。
俺はただ、シオンの夢を叶えてあげたかった。
他の誰でもないシオンが──ウインバリアシオンが【プリンシパル】になる。
彼女の夢が、俺の夢だったんだ。
「……走りたい……。走りたい……! あたしも、レースで1着をとって、舞台の真ん中に立ちたい!」
「! シオン……!」
「──決めた。兄さんの夢、あたしの夢にしたい! 兄さんのためにも頑張りたい! そして、たくさん見せてあげたい! 兄さんに……あたしが【プリンシパル】として輝くところ!」
彼女の夢が、俺の夢だった。
そして、俺の夢が彼女の夢になった。
素敵なことだと、当時の俺は思っていた。
これが、彼女を苦しめる呪いになることを知らずに。 - 6◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:32:36
🍎無事、トレセン学園に中等部で入学できた。けど、中央のトレーナーになるには、かなりのハードルなんだとか。確か兄さんは、3年制のトレーナー専門学校をあと1年で卒業って言っていた。今はもう成人してるのかな。
この1年間は兄さん無しで、一人で頑張らないといけない。
不安もあるけど、トレーナーとして再会する兄さんを驚かせるために頑張ろう。
お互い同じ舞台に上がるための、少し寂しい、辛抱の時期。
だからかな。暫く会わない間に、兄さんへの想いが一層強くなったのは。
「もう無理〜!」「し、シオンちゃん早ぁ〜」
「へへっ。毎日トレーニングしてるっすからね」
「これでスカウト断ってるんでしょ? 本格化が来てないならデビューの時期遅らせればいいんじゃないかな?」
「そ、それは、えっとー……ちょっと訳ありで……あはは……」
クラスの子たちから囃し立てられても、毎日欠かさずトレーニングに励む。父さんがそうだったように。そして、今も努力を続けている兄さんの前で胸を張れるように。
「……っし! もう一本!」
彼を驚かせる為に、今日もあたしは走り続ける。 - 7◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:33:36
「まだ本格化を迎えていないのに、そこまで……。……どうかな、俺のスカウト受けてくれないか?」
🍎有り難いことに、とあるトレーナーさんから契約の申し出を受けた。普通なら喜んで受けるのだろうけど……──。
あたしはそのお誘いを断った。
トレーナーさんは少し驚いた様で、理由を尋ねる。
そりゃそうだ。折角のスカウトを断ったのなら、理由を聞かれても当然だろう。あたしは「笑わないで聞いてくれますか?」と問うと、相手も「勿論」と真剣な顔で答えてくれた。
「……あたし、約束してるんです。あたしの夢は今、あたしだけのものじゃない。……一緒に勝ちたい、一緒に歩みたい人が、居るんです」
「……ウイン、バリア、シオン……。! そうか……! きみが彼の……納得した」
トレーナーさんは何か思い出し、納得したように、ひとり頷く。時間を取ったことを謝るトレーナーさんは、去り際に一言添えた。
「ウインバリアシオン。君の活躍は、陰から応援させてもらうよ。……彼との活躍と共にね」
今思えば、あのトレーナーさんの目は、どこか【アイツ】に似ていた。 - 8◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:34:28
トレーナーになる為の知識や技術を学ぶ専門学校。俺はここで学年内で2位だった。
俺はそれが悔しかった。
あと少しで届きそうで、俺よりも先に理想に手をつけた【アイツ】が──憎かった。
「そろそろ休憩したらどう? 集中力も限界だろ」
「……お前が話し掛けなきゃ、まだやれた」
【天才】【才能】そんな言葉を首席と共に全てを掻っ攫っていくアイツ。
「……君はなんでトレーナーになりたいんだ? 中には給料が良いとか、職としてのネームバリューが欲しいとか、副産物狙いの奴もまま居る。……でも、君は違うだろ。俺には分かる」
最初は憧れていた。コイツの様になりたいと。
だが、憧れるだけじゃあダメなんだ。
俺は──俺達は、憧れを越えなくては──
「……約束してるんだ。シオンの夢を叶えるって。夢を叶える、その険しい道を行く彼女を支え、導く。夢を叶えてあげられるトレーナーになりたい」
思わず彼女の名前を出してしまった。だが、あいつは気に留めず、俺の理由に満足したらしい。
「なるほど、立派な理由で安心した。これで君も金や実利が目当てだったら失望するところだった」
「勝手にしてろ。……そういうお前の夢はなんだ」
「俺か。俺は──」 - 9◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:35:34
「俺は『王』を誕生させる。見る人全員が魅了され、王の歩む道を見たいと思える──【覇道】を突き進むウマ娘を育てる。俺は王の専属【金細工師】として頂きを目指す。──凱旋門賞の制覇。それが俺と、彼女の夢だ」
俺とて、嫌いな相手だからといって人の夢を貶すような人間ではない。
コイツも、俺のように誰かの夢を背負っていた。
「……そうか」
「素っ気ないな。まぁ、もし俺の担当ウマ娘と、君の担当ウマ娘が競い合うことになったら──」
──まるごと叩き潰してあげるよ。
俺は怯まない。ここで怯んでは、彼女をプリンシパルになんて出来やしないから。
コイツへの憎しみの籠もった憧れも、妬み嫉みも、俺自身が抱えている劣等感も、全て俺の力に変える。
「上等だ。お前の王も、綺麗に飾ったお前の金細工も、全部まとめてぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「そうこなくちゃ!! あぁ! やはり君は焚き付ければ業火のように燃えてくれる!! 今から楽しみだ!!」
「あぁ、楽しみにしてな。負かしてやる、見下ろしてやる。お前らが座りたがってる玉座で……!」
──【主役】は /【王】は──
「「俺達だ」」 - 10◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:36:51
🍎中等部の1年目を終え、2年目を迎えようとしている。いわゆる春休みシーズンというやつだ。しかし、あたしには関係ない。日々の努力を積み重ねるために、あたしは普段通り早朝ランニングへと向かう。
同室だった先輩は卒業し、新たな自分の道へと歩み進めた。
当時、国内最強とも謳われた無敗の三冠ウマ娘。そんな相手に初めて土をつけたのは彼女だった。数多の強敵たちと戦い続け、辛酸を舐め続けた彼女の走る姿は──心の叫び、そのものだった。
右も左も分からなかったあたしに優しくしてくれて、勇気を与えてくれた先輩に感謝しながら、彼女が居た空のベッドに挨拶をする。
「……今日も頑張ります。行ってきます!」
日が昇ったばかりで、ほんのり薄暗い。でも、この後は明るくなることが約束されている。
止まない雨はないように、明けない夜もない。いつか必ず光は訪れる。そう思えると自然と希望が、勇気が湧いてくる。
学園から少し離れた高台にまで走ってきた。やはりここからの眺めは壮観だ。
反対側から誰かがやって来る。おそらく男性、ランニング中だろう。しかし……妙に胸がざわつく。けど、感じるのは不安ではなく……安堵……?
「……兄さん……?」
「……えっ……シオン……?」 - 11◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:37:51
トレーナーも肉体労働なのには変わらない。今日からでも鍛えようと早朝ランニングを初めた。
坂を登りきり、壮観な景色が見られると噂の高台へと辿り着いた。登りきったら呼吸を整えようと思っていたが──
「……兄さん?」
「えっ……シオン……?」
そこには、自分の後ろをテトテトついてくる妹ではなく、トレーニングによって少し凛々しくなったものの、やはり、どこか幼さは抜けきっていないシオンが居た。
「おはよ、兄さん。……一年振りかな?」
「そうだね。……思ったこと言ってもいい?」
「? なんすか?」
「……めっちゃ可愛くなったね」
「ふぇっ!? く、口説かれちゃった……」
紅潮するシオンの様子がとても愛らしく、心が暖まる。ふと景色を見ようと視線を向けると、ちょうど山の谷間を登りきり、己の輝きで全てを照らさんとする太陽の全貌が姿を現した。
「……ふふっ。眩しいっすね」
「……あぁ。そうだな」
俺達の目指す輝きは、この太陽すらも超えるもの。
けど今は、この自然が、生きている者たち全てに平等にもたらす恵みを享受しよう。 - 12◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:38:45
入学シーズンということもあり、新入生らしき子達が学園内を散策する姿がチラホラ……。そして俺は早々に自分のトレーナー室に向かう。新人の俺にすら丸々1部屋用意されてるのは流石にビビったが、それほどトレーナーというのは期待されているのだろう。
まずは備品等の整理……をすべきなんだろうが、俺は真っ先にスマホの通知を確認する。
「……ははっ。早いなぁ。今日、休みだよな? 全く、どこで聞いたのやら」
俺のスマホに連絡を寄越した人物が、このトレーナー室に訪れるようだ。興奮気味に送られ、誤字のあるメッセージに笑みを零しながら、彼女を待つことにした。
「ふふっ! 驚いてくれたかな……!」
返信には、彼の居るトレーナー室の所在が書かれてあった。
ついこの間入学したばかりの子達が校内を探検している。……本当にでっかいなぁ、この学園。歴史の深みにも思わずビビってしまった。
でも、あたしも──あたし達も、その歴史の1ページになる。
彼となら──貴方となら、きっとなれる。
ノックの後、トレーナー室の扉が開かれる。
「やぁ、昨日ぶり。……待たせた、かな」
中央トレセン学園のトレーナーであることを示すバッジが、真新しく輝いている。
「うぅん。信じてたっす。兄さん」
彼女の髪飾りの羽がふわりと揺れ、りんごのように真っ赤な髪が心を奪う。
俺/あたし達の舞台が始まる────。 - 13◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:39:45
トレセン学園でシオンと二人三脚の日々を過ごす。トレーニングを行い、座学も修め、休息日には共に出かけたり等など……。
大きなトラブルや問題はなく、あとは本格化のタイミングとデビューを合わせるといった、時間が解決してくれる問題だけだった。
俺が──俺たちが『とある関係』になる、とお互いの父親から知らされるまでは……。
「んえっ!? ま、待ってくれ親父!? い、今なんて言った!?」
『そんなに驚くことか? 僕と彼……あぁ、シオンちゃんのお父さんのことだ。僕らが仲良いのは知ってるだろう? この前一緒に食事に行ったんだが、会話が弾んでな』
──違う、そこじゃない。それは知ってる。重要なのはその後だ。
俺は自分の生みの親である父親の言葉を聞き間違えないよう、意識を集中させた。
『そういうわけで、向こうの父親と意気投合してな。卒業したらウインバリアシオンちゃんと結婚することになったからよろしく。現担当みたいだし、よかったよかった。それじゃ』
「ちょっ!?」
通話はかなり一方的に切れてしまった。
──シオンはまだ中等部の2年だぞ!? しかも親同士が仲いいからって本人達に確認もない!
この話はシオンは聞かされているのだろうか。
そして何より──
「シオンは俺のこと……どう思ってるんだ……?」 - 14◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:41:04
🍎父さんからの電話は、あたしを動揺させるには十分すぎるくらいには衝撃的だった。
「あ……あたしと……兄さんが……けっ……結婚……っ!? ふぇぇえぇぇ……!?」
──どどど、どうしてそんなことに!? そもそも、あたし、まだ中等部だし! そんな、結婚とか……考えられるわけないじゃん!! 両親ともに認めてるとは言っても、そもそもそんな話は兄さんからも聞いてないのにっ!!
「うぅ〜……に、兄さんはこの話、知ってるのかな……」
彼の顔が脳裏をよぎる。いつも優しく見守ってくれて、でも強い意志を感じられる強い目で……そんな頼りになる兄さんが、あたしは──……。
「……うぅ……す……好き……だけどぉ……!」
あたしのように同室の先輩が卒業し、一人部屋だった先輩が同室になったが、その彼女も今日は遠征で居ない。……居なくて良かった。騒がしくして迷惑かけてしまうところだった。
──と、とりあえず寝よう……! また早朝に走ろう……!
「……。兄さんは……あたしのことどう思ってるのかな……」 - 15◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:42:31
🍎その日は暫く、お互い微妙な距離感で過ごすことになった。そんな場面をクラスメイト達に見られた。
「シオンちゃん、トレーナーさんと何かあったの?」
「あ、い、いやっ、何でもないっすよ!?」
「その反応で何も無いは嘘でしょ〜」「頬赤らめちゃって……なるほど、さては恋色沙汰だね」
恋色で済めば良かったかもしれない。恋すらすっ飛ばした展開に、あたしはこの場を切り抜けることに必死だった。
⏱
お互いに微妙な距離感だった1日。おそらくシオンも父親から話が行ってるのだろう……。
「……シオン、その……あの話って聞いた……?」
「は、はい……。あれっすよね? あたし達の……こ……婚約の……話……」
案の定だった。
俺はシオンのことは好きだし、大切に思っている。言ってしまえば、むしろ歓迎なのだが──
「全く……。父さんたち、気が早すぎるっすよね。あたしなんて、まだ中等部なのに。でも……あたしは兄さんを──貴方を選びたいっす。親の選択とか関係なく……あたしのために」
あの時──俺が夢を語った時と同じように、シオンは俺を選んでくれた。
……本当は先に俺が声をかけようと思っていたのだが、あの時と同じように、このことは黙っておこう。 - 16◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:43:53
🍎本格化の兆しは、未だに見られない。
焦ってもしょうがない。分かっている。
分かってる……けど……っ!!
クラスメイト達は既にデビューし、トゥインクルシリーズの真っ只中。
──あたしだけ置いていかれて……。
ダメだ……! こ、こんな時こそ兄さんに頼るべきだ! そのためのトレーナーじゃないか! あたし一人にできることなんか限られているんだから!
コンコンコン「失礼します。……あの……兄さん」
「! シオン? ……何か悩んでそうだね」
「あ……か、顔に出てたっすかね……」
「なるほど、本格化の時期か……」
「どうしようもないことは分かってるんす。でも……どうしても周りの子達に置いていかれてる気がしちゃって……」
兄さんは考える仕草を見せ、ゆっくりと口を開く。やはり、兄さんでもどうすることもできないことはある。だけど──
「シオン、おいで」
言われるがまま近づくと、兄さんは優しくあたしを抱きしめる。
「その不安や焦りに対して俺が出来ることは、少しでも気持ちを紛らわすこと、癒してあげることぐらいだ……。……大丈夫。俺がついてる」
懐かしい暖かさが、あたしを包む。少しずつ焦りや不安は紛らわされていく。しかし──
(あたしは、こんなにされるほど、彼に何か返せているのだろうか)
そんな思いがよぎるほどに、兄さんの優しい抱擁は温かく、トレーナー室から見える夕焼けの空は美しかった。 - 17◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:45:21
🍎中等部の過程を修め、来たる春と共に、あたしは高等部に移ろうとしている。不安に思っていた本格化についても、まだ兆しは見えては居ないものの、不安や焦燥感に駆られることは少なくなった。
無事に中等部を過ごした事への感謝と、高等部へと移り変わるため、兄さんと共に神社にやってきた。
あたしと兄さんは黙々と、祈祷を捧げる。
「……。よし。行こうか」
「うっす!」
他の参拝客がやってきた。
その時、不意にピリッと空気がヒリついた。
「──────。」「──────。」
──なんだ……? 今の……。
それに今すれ違った、あのウマ娘の放つ気迫は──
「……行くぞシオン」ギュッ……
「あっ、に、兄さんっ」
あたしの手をギュッと引っ張るようにして握り、帰路へ就こうとする兄さん。いつも暖かく、優しい兄さんらしからぬ行動に戸惑ってしまう。
振り向くことすら許されない、足早な兄さんの歩調から感じ取ったものが確かにあった。
──これは……何……?
兄さんは今、何を抱えているの……? - 18◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:46:31
🍎高等部へと移り、今日も兄さんとトレーニングに励もうとしていた。しかし、今日は一段と騒がしい。
「なんなんすかね? あの人だかり──」
「気にしなくていい。シオン」
「え……? で、でも──」
「いいから。惑わされちゃダメだ」
どうしたの……? 兄さん……?
瞬間──風があたしの後ろを吹き抜けていった。
いや、駆け抜けていった。
「っ!? な……っ!」
「っ……」
結果的に、今日のあたしの走りは精彩を欠いてしまった。その様子を見ていた友人数名が兄さんとあたしの近くに集まった。
「シオンちゃん、脚とか怪我してない?」
「い、いや! 全然大丈夫っす! むしろ、もっと走れるっす! 走れる……はずなのに……」
「今日はちょっと騒がしかったもんね」「確かオルフェーヴルさんだったよね。すっごい速かった……デビュー前なのに記者まで来てたし」
チラリと様子を盗み見ると、兄さんの表情が僅かに動いた。これは──
「確かあのトレーナーさんも凄い人なんだってね。名前は──」
「アイツは関係ないッッッ!」
耐えきれず、裂けたように声を漏らしたのは他の誰でもない兄さんだった。 - 19◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:47:45
「……すまない……少し、席を外す……」
「あっ……に、兄さんっ! …………。」
あれほど激しい感情を表に出す兄さんは初めて見た。吐き出された感情は、あの優しい兄さんには似合わない、ドロドロしてて、どす黒く、醜いもののように感じた。
兄さんを追おうとすると、あの時感じた気迫を向けられたことに気づいた。
「──ウインバリアシオンという者は、どの者だ」
「っ!? ……あ、あたしっす……!」
「ふむ。良い。では──」
──余と併走せよ。負かすつもりで来い。
⏱
────惨敗した。みるみるうちに背が小さくなっていき、彼女の──アイツの放つ輝きが、あたしの影を伸ばし、濃くしていった。
「ハァーッ……ハァーッ……!」
「……王の前に立つ者にしては脆弱だな。……次は、余を退屈させてくれるなよ」
「ッ! ──オル、フェーヴル……!!」
あたしは自覚した。そして、理解した。
──兄さんはコレを感じたんだ。
そして、抱えたんだ。
自分の中に生まれた、どす黒くて、醜い感情を。 - 20◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:48:28
──みっともない。あんな感情、ウマ娘達の前だけでなく、よりにもよってシオンにも見せてしまった。
「どうしたんだ? 何やら苦しそうだが」
「ッッッ! お前……ッッッ」
──何故、今顔を合わせなきゃならないんだ。
「ウインバリアシオン……彼女は類稀なる才能を秘めている。俺がトレセンに来た時、声をかけさせてもらったよ」
なんで──どうしてそんなことをわざわざ俺に言うんだコイツは───
「安心してくれ。迷わず断られた。彼女、君との約束を果たそうとしている。……彼女は『王』になる器を持っている」
やめろ……。
「勿論、本人の努力も必要だ。しかし、彼女は努力の天才だ。何も心配は要らない」
やめてくれ。
「あとは、きみ次第だ」
「分かってることをわざわざ突きつけるんじゃない!」
「……。君達が業火に至るまで、楽しみにしてるよ」
俺の指導一つで、シオンが至宝と成るかが掛かっている。
この重圧に、俺は耐えきれるだろうか。 - 21◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:50:57
息を切らしながら高台へと走る。ペースなんか関係なく、ただただ走る。何かから逃げるように。
登りきり、ひどく乱れた呼吸を整えようとするものの、最後は勢いのまま走ったので戻すのに苦労しそうだ。
「兄さんっ!? だ、大丈夫っすか!?」
シオンも早朝ランニングでこの高台に来たらしい。……また情けないところを見せてしまった。
俺は彼女に「大丈夫」とだけ伝えるが、優しい彼女は俺の背を擦り続けた。
「……兄さん……感じたよ」
「……何を、かな、シオン」
「……この感情は……抑えなきゃ、いけないのかな……綺麗じゃない……悪いものなの……?」
そんな──シオンまで、そんな顔をしないでくれ。君には笑顔で居て欲しいだけなのに。
だが、彼女はもう、守られるだけの存在じゃなかった。
「兄さん。今度、父さんに話を聞きに行きたい。……いっしょに来て欲しいの」
彼女は何か、この醜い感情に対しての打開策を掴もうとしていた。 - 22◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:52:28
🍎父さんに話を聞いたあたし達は正直驚いた。まさか、あの父さんでも醜くてどす黒い感情を抱えていたなんて。
いつも父さんは『彼が居たから』と言っていた。それはきっと、お互いに切磋琢磨して、助け合ったんだと、思い込んでいた。でも、それはあくまで結果的に、と言っていた。相手とは表に出せない口喧嘩もしたと。
醜い感情を、全て──全て力に変えた、と。
「……兄さん。あたしの走り、また見てほしい」
「……シオン……」
「上手くいくか分からないけど……父さんの話からヒントは貰えたっす。だから、兄さん──兄さんも、コレに立ち向かおう」
あたし一人では挫けてしまうかもしれない。でも、兄さんとなら。
──貴方となら、行けるはずなんだ。
シオンは走り出した。
苦しそうだ。辛そうだ。今にも押しつぶされそうだ。
──嫌だ。見たくない。辛そうなシオンは、俺は求めてない。
今すぐ止めたい。無理するなと言ってやりたい。
でも……そんなんじゃ届くわけがない……。
……本当に俺達は、輝けるのか────
「叫べ! ウインバリアシオン!!」
「──先輩……!」「──君は……!」
「お前の叫びを──心の叫びを! 想いを力に変えるんだ!!」
シオンを見て大声で言う彼女は、俺にも視線を向け──
「……君も、叫んでみたらどうだ? 彼女の、心の叫びと共に」 - 23◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:55:04
──ずっと……ずっと抑え込んでた。ひたむきで、真っすぐであれ。努力しろ、黒い感情に塗れてる場合じゃない。
でも────!!
「「う……ぅあァァァッッッ!!」」
『くそっ……くそっ、くそッ! クソッッッ!
【オルフェーヴル】/【あの野郎】……ッ!
【オルフェーヴル】/【あんの野郎】ッッ!!
嫌いだ! 大ッッッ嫌いだ!!
何が【王】/【才能】だ! 誰が【民】/【天才】だ!
いつも、いつもいつもいつもいつもッッ!!
【あたし】/【俺】を見下すなぁッ!!!!
ぶち抜いてやる!! 見下ろしてやる!!
その金ピカ、ぐちゃぐちゃにしてやるッッ!!
【主役】は──【あたし/俺】達だァァァッッ!!』
「……心配して来てみたが、杞憂だったかな。……忘れるな。最後は結局──自分との戦いなんだ」
「ハァーッ……ハァーッ……。! に、兄さん! 先輩は!?」
「! 確か彼女は──……あれ? 居ない……」
「えぇっ!? で、でも確かに先輩の声が……」
顔を見合わせると、つい先ほどまでの叫びを思い出し、つい吹き出してしまった。
「ちょっと言い過ぎってか、どうなんだって感じはしたっすけど……」
「正直、かなりスッキリしたな……はは……」
俺達はまだ、歩みを進められそうだ。 - 24◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 16:56:37
某日。俺とシオンは互いに心の叫びを響かせた。情けないところを見せてしまったが、将来俺達は結婚する。ともなれば、嫌でも見せてしまうことはあるだろう。
俺は引き出しに仕舞っておいた指輪ケースを手に取る。
「……覚悟は決めないとな」
自ら退路を断つ。そして、誓おう。彼女を俺が主役に──プリンシパルにすると。
礼儀正しいノックの後、シオンが姿を現した。
「失礼します。お疲れ様っす、兄さん」
「……おつかれ」
「! なんかあったんすか?」
「あ、いや! ごめん! ちょっと……覚悟を決めようと思って」
俺は後ろ手に指輪ケースを持ち、シオンの前まで歩み寄り、片膝をつける。
「え……? に、兄さん……?」
「シオン。これから俺達は厳しい戦いに挑むことになる。情けない姿を見せてしまうと思う。シオンに苦しい思いをさせてしまうかもしれない。でも俺は君を、シオンを支え続けると誓う。……これは、俺の覚悟だ」
ケースを開き、親から受け継いだ婚約指輪を、シオンの目前に差し出す。
「! っ〜!! ……はいっ……! あ、あたしも、兄さんを──……貴方を支えるって誓うっす……!」
口を押さえた後、頬は紅潮し、目を潤ませながらもシオンは手を差し出す。
「……貴方の覚悟、あたしに着けてくれますか?」
「……もちろんだ」
俺は彼女の左手、薬指に指輪を通す。
この輝きに相応しい自分たちにならなければ。 - 25◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:00:35
「ごめん、兄さん……。あたし……今度の日経賞を最後に……引退したい」
──違う。そんな顔をさせたかったんじゃない。
「ごめんなさい……あの日、兄さんの夢を、あたしの夢にしたいって言ったのに……でも、もう……」
俺の夢は、彼女の重荷になってしまっていた。
「……気づいたんだ。昔、あたしのバレエの練習見ててくれた頃のこと、覚えてる?」
「もちろん覚えてる。小さい頃から見せてくれた、とっても綺麗な──」
「そのバレエ……あたし、どうしたんだっけ……」
言葉を失った。
今でも思い出す。諦めようとした、あの辛そうな表情を。俺はそれをまた見ている。
俺は間違えたのか? 今度は他の誰でもない、俺自身がシオンを追い詰めたのか?
「……ヴィルシーナさんを、見たんすよ。ジェンティルさんと併走してて……どんどん離されて行くのを見て、あたしとオルフェーヴルみたいだって。でもヴィルシーナさんは諦めないで加速して……差をどんどん縮めて行って……あたしだけ、置いていかれて……
──もう、頑張らないでくれ。って……。……最低っすよね。頑張る人に向けていい感情じゃない……。それは、貴方にも思ったんです。トレーナーさん」
「……シオン……?」
「あたしのために遅くまで仕事してること知ってるんす。だからこそ……こんなあたしなんか……貴方に……この指輪の持ち主に、相応しくない」
どうして……──
「引退したら、契約解除して──」
どうして俺は──
「婚約も……破棄しましょう」
こうなった今ですら、手を差し伸べられないんだ。 - 26◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:03:15
その日が来るまで、俺は全力で出来る限りのサポートを尽くした。
今だってシオンに考え直してくれないかと思っている。だが、俺の独りよがりでこれ以上シオンを苦しめるわけにはいかない。
『引退したら、契約解除して……婚約も破棄しましょう』
彼女の言葉が何度も何度も脳内で繰り返される。
受け入れるほかない。
彼女をここまで苦しめた俺なんかが、シオンを幸せになんか出来るはずがない。
シオンに相応しくないのは、俺の方だ。
「……。」「…………。」
「それじゃ、行ってきますね」
「あぁ」
日経賞、当日。彼女は至って冷静だった。
彼女の言葉は一人のウマ娘として発せられた。
いつも感じていた、あの子の情緒はどこか遠く感じ──
「これで、最後。……最後、なんで。あたしの全力を、このレースにぶつけます……!」
「あぁ……! がんばれ!」
「……はい。今日まで……ありがとうございました!」
俺のことを、一人のトレーナーとしか見ていないような話し方をしていた。
──本当に終わるんだ。俺と、シオンの関係も。
そう、受け入れ始めていた。それなのに──
「今まで……本当に、ありがとう……──さん」
どうして、俺を諦めさせてくれないんだ。
── - 27◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:05:07
諦められない理由は、目の前にあった。
彼女のもがくように勝利を掴んだ姿が──
やはり、あまりにも美しかった。
俺にとって彼女は夢であり、主役だった。
諦めたくない。諦めさせたくない。
「……お疲れさまでした。トレーナーさん。最後だっていうのに1着獲っちゃいました……。歓声だって、今までで一番で……」
どうすれば引き止められる──!?
あんな走りを、あんな輝きを見て……諦められるわけないだろ……!!
「あいつが居ない方が……って、嫌だなぁ……。こんなときにまでオルフェーヴルのこと……。兄さんとは、これで最後なのに……」
ハッとした。俺にとっての輝きはシオンだ。
では、シオンにとっての輝きは、憧れはなんだ。
「……? トレーナーさん……?」
「最後に1度だけ、オルフェーヴルと走ってほしい」
「……え? で、でも……もうずっと、今日で終わるつもりで──兄さんとの関係も……終わることを覚悟、して……」
より辛い思いをさせるかもしれない。今度こそ、完全に心が折れるかもしれない。
土壇場になってから頼み込み、引き止めるなんて最悪だ。だけど……なりふり構っていられない。
俺は彼女のトレーナーで、それ以上に──
彼女を支え続ける、一生のパートナーになるんだ。
「……ごめん。でも、頼む。──── - 28◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:06:58
天皇賞・春。シオンは圧勝した。だが、彼女たちの間には燃えきらない原因があった。
そしてそれは────
「ふざけるなッッッ!」
「ぐっ……!」
俺達トレーナーの間にも存在していた。
俺はアイツに胸ぐらを掴まれながら詰められていた。
「何をしていたんだ貴様はッッッ!! あの子を──そんな、ギリギリの瀬戸際まで……お前はッッッ……!」
コイツの怒りは理解できる。至らない俺のせいで、シオンの競技者としての道が絶とうとされていたのだから。
コイツもシオンに声をかけたことがある。だからこそ、シオンという才能を、宝を大切に思い、俺を怒鳴ったのだ。
「……返す言葉はない。俺の落ち度だ」
「……。それで、宝塚記念は走るんだな?」
「あぁ。もう迷わない。俺とシオンは走り続ける。……改めて誓い合った」
彼は俺の目を覗き込むようにして睨みつけると、大きく息を吐き、俺から距離を取った。
「……信じよう、お前の目を」
「……。…………。なぁ」
「……なんだ」
「……。────」
──シオンを、思ってくれて……ありがとう。
初めて俺は、彼に感謝の言葉を投げかけた。 - 29◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:08:25
🍎宝塚記念では、あいつも復調していた。
──あぁ……! これだ……! この感覚……!
灼熱の輝きが迫ってくる。それをあたしは──
更に──突き放すッッッ!!
──追って来い……! オルフェーヴルッッ!!
⏱
「本日は素晴らしいレースでした! おめでとうございました!!」
「ありがとうございます!」
宝塚記念を終え、勝利者インタビューとして記者たちからフラッシュを焚かれるあたし達。次の次走を問われ、あたしは兄さんと顔を合わせ、有マ記念と答えた。
「今日、かなり手応えを感じたんす。あたしを見てくれる人、あいつと同じくらい増えたんじゃないか、って。だから、次の有マ記念で……主役の座を奪い取ります。ここまでずっと支え続けてきてくれた最高の──」
──最高の『パートナー』であるトレーナーさんと!
そう言って兄さんを見ると、少し驚いた様子であたしを見ていた。
そんな兄さんにあたしは、ニコッと笑って見せた。 - 30◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:09:38
「……クリスマス、だな。そういえば」
「! 言われてみれば。最近はそれどころじゃなかったっすね……」
「……デートも、あまりしてこなかったよな……。甲斐性なくてごめん」
「で、デー、ト!? で、でも仕方ないっす! レースにトレーニング……あと親公認と言えど、立場もあるっすから……! でも……そうっすね……あたし達……婚約、してるんすよね」
シオンはソワソワし始めた。先ほど偶然出会ったファンからの声援。脚部の回復。以前より深まった俺達の絆。それらを思い出しているようだ。
「叫びたい?」と尋ねると、照れながら癖になっている、その衝動を噛み締めていた。
俺はシオンに、小さな声なら大丈夫と助言し、気持ちの吐露を促した。それに彼女は応えるように、小さな声で有マ記念に向けての決意を呟く。あはは……と小さく笑う彼女は、ふと思い出したように俺を見る。
「もういっこ、言いたいことあるんすけど……その……一応耳、塞いでてもらっても、いいすか……?」
「? うん。どうぞ」
俺は隣にいるシオンを横目に見ていた。……そう、目を瞑るのを忘れていた。シオンの呟いた言葉を、彼女の唇の動きから読み取ってしまった。
(『──さんと出会えて、あたしは、幸せだ』)
それに倣って、俺も一言。ウマ娘の聴力で聞かれないよう、心の中で呟いた。
──生まれてきてくれて、ありがとう。 - 31◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:11:29
昔、親父の言っていたことを思い出した。
『僕には、絶対に負けたくない相手が居たんだ。彼は仲間であり、最高の友で……強大なライバルだった。彼が居たからこそ、僕は辿り着けた。真っすぐと向かい続けられた。美しく、最も輝かしい存在──プリンシパルに』
あの時の言葉は今の今まで正直、他人事だと少しながら思っていた。俺はその立場にはなれない、と。
でも、あれは──父さんなりの指南だったんだな。
【ウインバリアシオン先頭!! オルフェーヴル差し返す!!】
【ウインバリアシオン!! ウインバリアシオンだ!! ウインバリアシオン!! いま一着でゴールイン!!!!】
……終わらないでよかった。
──終わらせてくれないやつでよかった。
──シオン。君もよく諦めないでくれて、本当に、ありがとう。
「本当に……諦めなくて、本当に良かった……!」
「……おめでとう。正直妬ましいよ。これが君たちの力の源か。確かに、とんでもないな。……こんなもの見せられちゃあ……みっともなくとも、足掻きたくなる。……さぁ行け。彼女が待ってるぞ、ヒーロー」
涙は拭わず流しながら、おそらく彼女に向けたであろう礼をするシオンの姿は──ざわめきとともに多くの人の視線と心を奪っていった。
彼女が俺に気づき、俺は彼女を迎えるためにウィナーズサークルへと2人で歩み行く。
彼女は俺を、俺は彼女を抱きしめる。
特等席なんかじゃない。
彼女は──俺にも、最高の舞台を踏ませてくれた。 - 32◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:14:01
「温泉旅行……あ! もしかして、これっすか?」
聖蹄祭が終わりを迎えようとしている夕方。トレーナー室で、俺はシオンに温泉旅行へ行こうと誘った。
年始に福引をまわした際に引いた戦利品。しかし、券には有効期限がある。活用する他ないだろう。
俺は少し勇気を持って、言葉を発しようとする。
彼女に、少しでも意識してほしいから。
「気が早いかもしれないけど……婚前旅行、ってことで……どうかな」
「こっ……こここっ、こ、こっ──婚前旅行ッ!?」
動揺しすぎてニワトリみたいになってしまったシオン。見る見るうちに顔も赤くなっていき、窓から射し込む夕日も相まって、りんごと同じように見える。
「ふふっ。そんなにドキドキしてくれるのか。嬉しいよ」
「だ、だって! その……い、言っておくっすけど!! あ、あたしは兄さんのこと大好きなんすからね……!? じゃないと結婚しないっす! い、いくら尊敬する父さんが認めた相手でも、あたしだって、結婚相手は選びたいっす!」
「……それもそうだな。けど、神のイタズラか、はたまた気まぐれか……俺達は出会った」
「……そして、婚約相手として選ばれた。……あの……兄さん」
「どうしたの? シオン」
聖蹄祭の余韻を感じさせるような音楽が、俺達二人だけのトレーナー室にも薄っすらと聞こえてきた。
「……あたしと生涯をかけた『パ・ド・ドゥ』……踊ってください」
あの日、握ってあげられなかった、小さな手。
差し伸べられた手を、俺は今度こそ掴んだ。 - 33◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:15:38
「温泉饅頭、美味しかったな」
「ね。甘みもあって……幸せの味……」
旅館の部屋に戻ってきた。俺とシオンが同じ部屋に居るのは、本来であれば避けるべきだろうが、今の俺達はトレーナーとウマ娘ではない。
普段の立場から解放され、幼い頃のようにシオンが俺に抱き着いて甘えてくれている。
「……へへっ……兄さんの匂いだ……」
「温泉の匂いじゃない?」
「もぉ……野暮なこと言わないでほしいっす」
シオンは俺の鼻を優しく摘みながら釘を刺す。そのシオンの手を見て、思い出した。
「あ。そういえばシオン。指輪は無くしてない?」
「……ぁ……。……ごめんなさい……あの時から外したままだった……」
「いや、いいんだよ。大変だったもんな」
トレーニング中やレース本番など、紛失する恐れがある時は外して、専用ケースに入れていたが、あの日以来、シオンは指輪を外していた。
そして対照的に、俺は未練がましく着けたままだ。
「い、今は着けてないっすけど、ちゃんと大切に持ってるんす! ほ、本当で──」
「シオン。……これを」
「……え? 兄さ──え……?」
「知り合いの金細工師に頼み込んで、新しく作ってもらったんだ。ちょっと気が早いけど……また今度、次は俺達2人の指輪を作ってもらおう」
「あ……あぁ……! ッ〜……!! あ、あたし……あたし……っ……!!」
「俺の主役【プリンシパル】はきみだ、シオン。今度は俺の口から言わせてくれ。──」
──結婚しよう。俺と、生涯の『パ・ド・ドゥ』を踊ってくれないか。 - 34◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:17:46
兄さんがあの日、教えてくれた夢。『ウマ娘のトレーナーになり、夢を叶える手伝いをしたい』。
兄さんの優しい人柄が表れてるなぁって思った。
純粋に、兄さんともっと一緒に居たかった。少し年の離れた男の子に、憧れに近い恋心のようなものを抱くことは、まぁよくある話だ。
レースを見た日から数日後。兄さんに支えられるウマ娘は誰か。その誰かを想像した時、あたしは胸が痛んだ。
──嫌だ。兄さんの隣はあたしだ。兄さんを奪うな。
あの時……小学生の高学年くらいの頃から既に、あたしの中には、どす黒い感情が生まれていたのかもしれない。
トレセン学園に中等部で入学。そして2年目を迎えた年の1月。兄さんはこの1ヶ月後に知らされたらしいけど……本当に突然。運命の悪戯なのか、神の気まぐれなのか。実家に帰った際、父さん達がこんな事を言いだした。
『卒業したら、彼と結婚するといい。彼なら、私も母さんも、心配せずシオンを任せられる』
全く、気が早すぎるよ。あたし、まだ中等部だよ?
でも、嬉しかった。父さんたちも、兄さんの事を良く思ってくれていた。認めてくれていた。そのことが嬉しかった。
でも……
「……シオンは、なんで俺を選んでくれたんだ?」
婚約なんかしなくても、あたしは兄さんを選ぶ。
だって── - 35◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:19:16
バレンタインデー。大切な人に想いを伝える日。その動機づけやキッカケ作りにはもってこいの日。せっかくなので少し違うものを用意してみた。が……もしイマイチだったら嫌なので、お口直しにいつもの手作りのアップルパイも作っていた。兄さんのことだから、美味しく食べてくれると思うけど……。
「失礼します。お疲れさま、兄さん」
「やあ、シオン。今日もお疲れ様」
机の上に紙袋が置いてあり、誰かから貰ったのだろうと気になって聞いてみた。どうやら貰ったわけではなく、あたしへのバレンタインプレゼントなんだとか。
『男から贈っちゃいけないルールなんてないし』
昔からそうだった。兄さんはあたしにはない視点とか発想で毎回驚かされる。
「あの時言ってた、りんご1個を丸ごと包んだパイ。買えたんだ。シオンと一緒に食べたい」
「! 覚えててくれてたんすね! 是非ぜひ! 一緒に食べたいっす!」
それはもう、幸せの詰まった時間だった。りんごの話。あたし達の昔話。それから、どうでもいい話を、お互いに用意したバレンタインプレゼントを味わいながら。
「どうだった? 俺のバレンタインプレゼント」
「すごく美味しかったっす! やっぱり、りんごは至高の食べ物っす……!」
「ふふっ、そっか。でも、本当の贈り物は別にあったんだ」
「あっ、そ、そうなんすか?」
「うん。……この時間だよ」
「え……? ──ぁ……」
彼はあたしを抱きしめて──
「どうでもいい話をしたり、こうやってシオンと一緒に居られる時間。それが一番『昔から』俺が欲しかったもの。『シオンが居なきゃ叶わない夢』なんだ」
──なんだ、それ。そんなの……そんなの──
「……貴方って人は……ズルいっすよ……本当に……」
知らなかった。気付かなかった。あの時から既に、あたしは貴方の【プリンシパル】だったなんて。 - 36◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:20:39
昼休みに彼とトレーナー室で過ごしたが、放課後は出掛けようと誘われたので、二人で街へ繰り出す。
世間はバレンタインの雰囲気で浮ついており、あたし達もその一部だった。
「シオン。どこか行きたい場所あるんじゃない? 例えば……りんごピューレのショコラが美味しいお店とか」
「……もしかして分かってて誘いました?」
「好きそうだなって思って調べておいた」
あたしを喜ばせるために生きてるのかと勘違いしてしまうからやめてほしい。それに、そのお店あたしが誘おうと思ってたのに……。
何でもかんでも彼の思惑通りなのは少し面白くないので、ほんの少しだけ悪態をついてやる。
「兄さんは本当、あたしのこと大好きっすねぇ」
「そりゃ……まぁ……好きだからこうして……デートに……誘った……」
歯切れの悪い返答をする彼は、少し顔を逸しながら頬を赤らめていた。そんな反応をされると思ってもいなかった為、あたしまで恥ずかしくなってきた。
「いや……うん……そう、すよね……。あたしも……嬉しい、っす。……デートのお誘い……」
幼い頃や『トレーナー』の彼は、頼りになるお兄さんだったのに、今あたしの隣を歩いている彼はただの『あたしの婚約者』になっていた。
なら、あたしも『担当ウマ娘』ではなく、ただの『彼の婚約者』になろう。 - 37◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:23:05
街デートからトレーナー室に帰ってきた。今日は本当に幸せな時間を過ごせた。
けど、シオンはまだ落ち着かないようだった。
ソワソワしているのでどうしたのかを聞こうとすると──
「こ、これ! う、受け取って欲しいっす!!」
そう言ってシオンは紙袋から可愛らしくリボンで結ばれている箱を取り出し、俺に差し出す。
「えっ……? でも、その紙袋……授業で作った友達に渡す用のクッキーって……」
「う……す、すみません……ちょっと、日和っちゃって……。ほ、本当はコッチを渡すつもりだったんす!」
彼女の遠慮と葛藤が俺にも伝わった。でも、なによりシオンが勇気を出してくれたことが嬉しかった。
「……ありがとう。喜んで受け取るよ。……開けるね?」
「は、はいっ。どうぞ、っす……」
シオンが意を決して渡してくれた物だ。
俺もそれに相応しい覚悟を持ってリボンを解いた。
自分の実力や風格に自信の持てないシオンが精一杯がんばって作ったチョコ。それには、シオンの悩みと、もどかしさ、そして彼女の誓いが込められていた。
「貴方あてのチョコは正直、なんて呼べばいいのか分かんないんすけど……頼りにさせてもらってますチョコ、で! ……いずれ、貴方に見合うようになる、誓いを込めて。それで今は……お願いします」
──あぁ。よかった。
俺は心から安心した。
──俺は『ウインバリアシオンのトレーナー』としても、彼女と共に成長できていたんだな。 - 38◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:25:15
シオンの次の出走はG2レース。彼女と俺の再スタートを切る、重要なレースだ。躓かないよう気をつけなければ──
「へぇ。綺麗な指輪をしているな」
「うわぁっ!? お、お前っ、なんでここに!?」
「なんで、って……俺もトレーナーだからに決まっているだろ」
「い、いや、そりゃそうだが……。……な、なぁ! 時間あるなら、少し話さないか? 珈琲、奢るよ」
⏱
「俺、ちょっと後悔してるんだ。もし色々と話せてたら、もっと仲良くできたんじゃないか、って……」
「なるほど。それで、凱旋門を控える俺の貴重な時間を取ったってことか」
「あっ、いや、それは──」
「ははっ、悪い。冗談だよ。……君らには感謝してるんだ。オルフェも俺も、君たち二人の姿を見て、思案していたんだ。凱旋門賞を穫るために必要なものを。その知見を、君たちから得たんだから」
──……。…………。
「……何か言いなよ」
「あ、いや、悪い。なんというか……お前らも、一人のトレーナーとウマ娘なんだな」
「は?」
「悩んだり、反省したり……そういうふうにしてたんだなって。……凱旋門賞、頑張ってな。……なんて」
「……ははっ。あぁ、当たり前だ。俺は君の──ライバルだからな」 - 39◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:28:47
「ふーっ……集中……!」
「……ふふっ。緊張してる?」
「あ、あはは……実は、少し……」
🍎ここから再スタートと思うと、失敗できないな、とつい頑張ってしまった。
「あぁ、分かるよ……。俺も正直……。でもシオンなら──俺達なら大丈夫だ」
「そうっすよね。この日のために頑張ってきたんすもん。怖がってなんかいられない!」
「あぁ! シオン──」
──胸を張って、走っておいで。
「……ん? その言葉どこかで……」
──あ、そうか。その言葉はあたしの──
「あはは……っ!」
「ん……? どうかした? シオン」
「いえ! なんでも! ふふっ……元気出ました。ありがとう兄さん! それじゃあ──行ってきます」
──誰よりも輝く、史上最高の【プリンシパル】になるために!
レースはスローペースで進んでいる。じっくり機をうかがうウインバリアシオン。
そうして第3コーナーを過ぎ──
(今だ、シオン)(ここだね、兄さん)
彼女が体を一瞬、ぐんと沈める。そして──!
光のように駆け抜けていく!
豪快で、暴力的なその捲りはまさに── - 40◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:35:34
- 41二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 17:35:48
すごくすごい力作だ…
- 42◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 17:44:30
鉄は熱いうちに──とは違うかもですけど、書きたいという意欲だけで書き進めました。
初めて1つのSS(っていう長さじゃないな……?)に多分、1週間ほど頭使いましたね……まぁ公式のキャラストと育成シナリオが神すぎて殆ど改変とか脚色ばっかですけど!
- 43◆AaXDbFpS7A25/02/23(日) 20:59:52
(今更ながらタイトル変に凝らなかった方が元スレへのリスペクトとして良かったかな、等と書ききってから思うなど)