- 1125/02/23(日) 20:18:04
- 2125/02/23(日) 20:18:28
可汗はその噂を家臣から聞くなり、その若い楽師を宮廷に呼びつけるよう言いました。
「やい大臣、今度の楽師は弓運びを間違える事はあるまいな。」
「はい可汗様、今度の楽師は国民からも上手い上手いと持て囃される優れた楽師でございます。」
「やい大臣、今度の楽師も弓運びを間違えたらお前を縄で縛って狼に食わせてやろう。」
「はい可汗様、承知しております。」
可汗は泣いた事がありません。
父が死んだ時も、子が産まれた時も、泣いた事がありません。
誰彼構わず涙を流すのならば、この私を泣かせてみせよ。
可汗はそう考えたのです。 - 3125/02/23(日) 20:18:54
かくして、楽師は王宮に来ました。
ボロボロの服を来て、顔には布がぐるぐるに巻かれて人相など分からない有様でしたが、背中に背負うバ頭琴はみすぼらしい見た目に似合わず綺麗に磨かれておりました。
「お初にお目にかかります。私はバルタというしがない楽師でございます。此度はお招きして貰い恐縮の極みにございます。」
楽師は丁寧に挨拶をしました。
しかし、可汗は気にせず楽師に問いました。
「なんだその服は。
私は可汗であるぞ。
顔も見せずに謁見するなど、不敬であるぞ。」
それに楽師はこう答えます。
「生まれついて、私の顔は歪んでいるのです。
とてもとても可汗様にはお見せする事など出来ないほど醜うございます。
どうか、ご容赦ください。」
と。
可汗は答えます。 - 4125/02/23(日) 20:19:16
「ふん、そうか。ならば特別に許してやろう。
だが、お前はどんな者でも涙を流せるそうだな。
もしこの可汗を泣かせる事が出来ねば許さぬ。
この場で殺してくれよう。」
冷徹に可汗は言います。
「構いません。元より死んだ身でございます。」
怯えた様子もなく、楽師は答えました。
「ならば心残りも無かろうな。さっさと引け。」
可汗もまた突き放すように命じます。
言われたとおりに、楽師は背負ったバ頭琴と弓を構えます。
美しい飴色の本体に張られた真っ白い雪のような色の弦。
見た目にそぐわない、名品のように可汗には見えました。
「では、引かせて頂きます。」
一言、楽師は告げて弓を引きました。 - 5125/02/23(日) 20:19:53
──────瞬間、美しい女の歌声のような伸びやかな音が部屋の中に響いたのです。
深みのある、それでいてどことなく軽快さもあるような音。
それはまるで一人で草原に立ち、沈み行く夕日を眺めているような。
友が去っていくのを見届けていく時のような。
そういう郷愁を誘うような音でございました。
「……なんと美しい音色だ。」
可汗は目を閉じながら呟きました。
今までどんな哀しい事があっても泣く事のなかった可汗。
その可汗の氷のような心に、そのバ頭琴の音色はひどく染みました。
こんなに心を動かされたのは生まれてはじめてだったのです。
可汗は思いました。
(この楽師の奏でる音を隣で聞いていたい)
と。
今までは近くに楽師を置くなど考えた事もありません。
そんな可汗を動かす程の調を、この楽師は奏でいたのです。 - 6125/02/23(日) 20:20:16
演奏が終わると、可汗はすっかり感激した様子で拍手しました。
「なるほど!これは確かに良い演奏だ!ここまで心を震わされた事はない!」
「恐縮の限りでございます。」
「どうだ?私の元で宮廷直近の楽師にはならぬかバルタよ。私はお前のバ頭琴をずっと聞いていたい。」
可汗は立場を考える事なく、楽師に頼み込みました。
「─────いえ、私は可汗様を泣かせる事が出来ませんでした。約束の通り殺してください。」
「すまない。あれは私がお前を侮っていたが故の言葉だ。本当に申し訳ない。必要なら何か褒美も取らせよう。
だから私の側で仕えてくれ。」
すると楽師は低い声でこう言いました。
「では──────白毛のウマ娘が欲しいです。」
「ほう、何人だ。とびきりの美人を連れてこよう。」
「いえ、一人で良いです。とびっきり真っ白い娘。
──────────お前が射掛けて殺したウマ娘のような娘を。」 - 7二次元好きの匿名さん25/02/23(日) 20:20:29
汗血バ!?
- 8125/02/23(日) 20:20:38
瞬時、可汗の顔が引き攣った。
同時に楽師は懐に隠していた短剣を抜き放ち、可汗の胸元に飛び込んだ。
ずぶり、と刃が皮を突き破り肉を裂き穿つ感触を
可汗は胸に感じた。
どろりと赤黒い血が、短剣を握りしめた楽師の────スーホの手をまとわりつくように濡らした。
布の隙間から見える眼は、まっすぐと────
獲物を捉えた狼や鷲のように可汗を睨めつけていた。
かつて可汗が殺すように命じたウマ娘の、走りを支えていた男の────縋るような目でやめるように願った男とは思えない、流れる血のように憎悪の篭った眼。
「────やっと泣きましたね────可汗様。」 - 9125/02/23(日) 20:21:29
可汗は、あまりの恐ろしさで僅かに潤ませていた。
命の灯火が消える恐怖。
血という命の源が消えていく恐怖。
身体が徐々に冷たくなる恐怖。
「そうやって、アイツは死にましたよ。
──────それでは、ご拝聴して頂きありがとうございました。
もう二度とこの世で会うことはないでしょう。」 - 10125/02/23(日) 20:22:13
はじめて相見えた時に、可汗がこの男に向けた言葉のようにスーホは冷たく言い放った。
短剣をズルリと抜き取ると、血は一層可汗の胸から流れ出る。
「すまない、すまなかった。許してくれ。お前の大事なウマ娘を奪おうとして悪かった。すまない。すまない。」
可汗は蹲りながら────縋るようにスーホに乞いた。
スーホが、それに耳を貸すことなど無い。 - 11125/02/23(日) 20:23:57
口から血のあぶくを吐きながら、暫くの間床を這って────可汗は息絶えたのです。
スーホは、そのまま宮廷を出ました。
大臣が事切れた可汗を見つける頃には、最早宮廷にも、
それどころか近くの集落にさえその姿はありませんでした。
可汗の息子が兵を差し向け必死でスーホを探しましたが、彼を見かけたという声すらありません。
煙のように─────かつて共に訓練した駿馬のように消えてしまったのです。
スーホの行方は、可汗の息子が亡くなった後も、分からずじまいでした。
もちろん、あのバ頭琴が見つかることも──────。
とっぴんぱらりのぷう
参考スレ
スーホと白いウマ娘|あにまん掲示板http://hukumusume.com/douwa/betu/world/05/05.htmhttps://www.nhk.or.jp/school/kokugo/ohanashi/kyouzai…bbs.animanch.com - 12125/02/23(日) 20:24:48
ちょっと口語と言い切り混ざっちゃいましたね……
次は気をつけます