(SS・幻覚注意)とあるウマ娘の勝利

  • 1二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:29:56

    「私だ、入るぞ?」

     サウジアラビア、キングアブドゥルアジーズレース場。
     その控室のドアを、栗毛のウマ娘は軽くノックして声をかけた。
     丁寧とはいえない態度だが、相手は彼女にとって気の知れた相手。
     同じ日本のトレセン学園に通い、同じ部屋で過ごし、同じチームに所属しているウマ娘。
     どうせ、いつも通り無駄に元気で騒がしい返事が返ってくるだろう。
     そう、栗毛のウマ娘は考えていたのだが。

    「────はい」

     聞こえて来たのは、静かな、そして張り詰めた声。
     予想が外れた栗毛のウマ娘は少しだけ眉を顰めながら、ドアを開けた。
     中にいたのは、椅子に腰かける一人のウマ娘。
     さらさらとしたショートヘア、赤地に白い文字の入ったキャップ、どこか明るい黒い瞳。
     鹿毛のウマ娘は汗と砂に塗れた勝負服姿のまま、激戦の熱気を冷まさぬまま、そこにいた。

    「…………おめでとう、素晴らしいレースだったな」

     恐らくは、レース中の気迫が、今もなお残り続けているのだろう。
     一瞬だけ言葉に詰まりながらも、栗毛のウマ娘は笑みを作って、賛辞と小さな拍手を送る。
     それに対して────鹿毛のウマ娘は目を大きく見開き、ぽかんと口を開け、少し間の抜けた表情を浮かべた。
     
    「……どうした?」

     何か様子がおかしい、と栗毛のウマ娘は感じた。
     客席から見ていただけでも手に汗握るほどの、まさしく熱戦。
     実際にその場で走って見せた鹿毛のウマ娘にとっては、どれほどのものだったか。
     いかに海外慣れをしている彼女でも堪えたのではないか────そう、栗毛のウマ娘は考えた。
     トレーナーを呼ぶべきか、そう逡巡し始めた直後、鹿毛のウマ娘はハッとした顔になる。

  • 2二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:30:25

    「あっ、いや、ごめんごめん……ちょっとびっくりしちゃってさ」
    「何か、驚かせたか?」
    「ううん、でもキミがこうしてレース直後に来てくれるの、何か久しぶりだなーって」

     鹿毛のウマ娘は嬉しそうに口元を緩ませながら、そう言葉を紡ぐ。
     同時に、張り詰めていた雰囲気が柔らかくなり、栗毛のウマ娘も少しだけ肩の力を抜き、微笑みを浮かべた。

    「ふっ、言われてみれば、そうかもしれないな」
    「うん、ジュニアの時以来じゃないかな? その後しばらくはあたしが海外に出ててー」
    「お前が帰って来た頃には私が海外に出ていて、また入れ違いで……大井の時は行けそうだったんだが」
    「あはは、引っ越しのお手伝いで急に呼び出されたんだっけ? お姉さんはもう日本には来てるの?」
    「いや、姉上が日本に来るのはもう少し先になりそうで────」

     一度空気が戻れば、もはや異国の地であることを忘れるほどであった。
     彼女達はしばらく他愛のない会話を続けた後、栗毛のウマ娘はふと何かを思い出したかのように耳を立てる。
     そして、手に持っていた小さな紙の箱を鹿毛のウマ娘に差し出した。

    「そうだ、これをトレーナーからお前に渡すように言われていてな」
    「えっ、あのトレーナーから贈り物? 珍しいね? 戦勝祝い的な?」
    「…………兼、誕生日プレゼントだそうだ」

     北の大地、北海道の緑豊かな地で鹿毛のウマ娘が生まれた日。
     丁度、翌日がそれに当たる日だったため、『ついでに』とチームトレーナーから託されたものであった。
     ────動機といい中身といい、少し女性に対する配慮が欠けているのでは、栗毛のウマ娘は考えるのだが。

  • 3二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:30:42

    「わっ! ドーナッツじゃん! やった! お腹ペコペコだったんだよね、いただきまーすっ!」
    「……まあお前がそれで良いなら良いが、というか、よくもまあレース後すぐに食べられるな」
    「ふぁっへふっほいやふぁいれーふへはいへんはったんはから」
    「…………喋るならちゃんと食べてから喋れ」

     即座にドーナッツを口いっぱいに頬張る鹿毛のウマ娘。
     これがあのマッチレースを制したやつと同一人物とはな────と、栗毛のウマ娘は楽しそうに苦笑を浮かべた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:31:04

    「それで、あの勇士達を倒して、勝利した感想は?」

     紙箱の中身が空になった頃合いを見計らい、栗毛のウマ娘はそう問いかける。
     問いかけられた鹿毛のウマ娘は、口元を拭いながら少しだけ考えを巡らせ、ゆっくりと語り始める。

    「……正直に言えば、アメリカで走った時より重圧や緊張は感じなかったかな」
    「ほう」
    「あそこには積み重ねた長い歴史の重みが、砂の一粒一粒染み込んでいるようだったから」
    「まあ、あのレースの歴史は凱旋門賞よりも遥かに長い、由緒正しき、格式あるレースだからな」

     G1サウジカップ。
     このレースはある種の頂点であることは間違いないが、その歴史はまだまだ浅い。
     鹿毛のウマ娘が過去に走ったとあるレースと比較するならば、その差は大人と赤子、それ以上であった。
     
    「でも、ここにも、ちゃんと夢があったよ」

     ぎゅっと、鹿毛のウマ娘の拳が握られる。
     自身が掴み取ったものを確かめるように、震えるほどに力強く。
     天井を見上げる彼女の顔は、まだレースの最中であるかのように興奮を抑えきれない様子だった。

    「割れんばかりの歓声が響いて、全てがきらきら輝きだして、胸のどきどきが止まらなくて」

     鹿毛のウマ娘は静かに目を閉じて、拳を開く。
     そして、万感の思いを整理するように静かな呼吸をして、ゆっくりと瞼を上げて、眩しそうに微笑んだ
     まるで夢から覚めるように、千の夜にも匹敵するような一夜を抜けて、朝日を見つめるかのように。

  • 5二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:31:19

    「きっと、あたしも、あの子も、みんなも────浪漫を求めて、この地にやって来たんだろうね」

     その笑顔を見て、栗毛のウマ娘は思い出す。
     東京の地にて、溢れるほどの観客の前で走り抜けたレースのことを。
     鹿毛のウマ娘は浪漫を掴み取った、栗毛のウマ娘は夢に追いつかれてしまった。
     それは大きな違いではあれど、走っている最中に感じた気持ちは、きっと同じものだったのだろう。

    「……だな」

     栗毛のウマ娘は頷く。
     少しばかりの寂しさと悔しさを滲ませながら。

  • 6二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:31:41

    「でもさー、トレーナーも吹きすぎだよねー! あたしにとってはむしろ、あっちがプレッシャーだったよー!」
    「まあ、あの人はいつもあんな感じだろう、私の時もそうだったし」
    「皆の前では余裕ぶるくせに、人がいないところではレース映像のチェックは欠かさないんだから……ああいう所をもっと見せれば良いのに」
    「………………まあ、レース映像のチェックには変わりないが」

     不満そうな、嬉しそうな、複雑な表情で唇を尖らせる鹿毛のウマ娘。
     栗毛のウマ娘はそれ以上に複雑な表情を浮かべながら、数日前、熱心にスマホの画面を見ていたトレーナーのことを思い出す。
     寝る間も惜しんで研究を続けるトレーナーに対して、掃除でもしてやろうと、背後から彼女は近づいた。
     見ていたのは────全く別のスポーツの、レース映像だった。
     ……まあ、わざわざトレーナーとウマ娘の信頼を崩す必要はないだろう、と栗毛のウマ娘は口を噤む。
     そして、視線の逸らしがてら、ちらりと時計を見やる。
     
    「おい、そろそろ記者会見の時間じゃないか?」
    「えっ!? もうそんな時間!? やばっ、まだ汚れたまんまだ、早くシャワー浴びに行かないと…………あっ、あれ?」
    「……大丈夫か?」

     時計を見て、慌てだした鹿毛のウマ娘は、椅子から上手く立ち上がることが出来ない様子だった。
     あれほどの死闘を演じた後、いかに頑強な彼女であってもノーダメージとはいかないのだろう。
     そう思った栗毛のウマ娘は、彼女に手を差し伸べて─────。

    「ほっ、と! あはは、ずっと座ってたから足が痺れちゃった……どうしたの、その手?」

     あっさりと立ち上がった鹿毛のウマ娘は、差し出された手のひらを見てきょとんとした表情を浮かべた。
     栗毛のウマ娘は一瞬ぴしりと停止して、行き場を失った手を引っ込めようとする、その直前。

  • 7二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:32:00

    「ああ、そっか!」

     ぴょんと、鹿毛のウマ娘の両耳が跳ねた。
     そして彼女は満面の笑みを見せると、自らの手を握りしめて、栗毛のウマ娘に向けて突き出す。
     期待に目を輝かせて、尻尾をぶんぶんと振りながら。
     今度は、栗毛のウマ娘がきょとんとした顔になる番だった。

    「……なんだ?」
    「昔は勝った後にやったじゃん! キミも勝った後にカメラに向けてやってたでしょ!? あたしもやりたいっ!」
    「…………見ていたのか」
    「もっちろん! ね、やろやろ!? せっかく、あの日の夢が叶った日なんだからさ!」
    「夢?」
    「忘れたのっ!? いつか二人で一緒に、海外のレースで勝とうねって、流星を背に誓ったじゃんっ!」
    「ああ」

     それは、クラシック期に入る前に語った目標。
     栗毛のウマ娘とて、その誓いを忘れた時など一時もなかった────のだが。

    「いや待て、その時、私は流星なんて背にしてない、そもそもチームの新年会の場で屋内だっただろ」
    「……そうだっけ?」
    「目標を言い合ったのもチーム全員だしな、まあ、ほぼ全員未達成だったが」

     彼女達のチームでは、新年会で一年の目標を全員で発表する。
     ただ、何故か全員が競い合うように目標を吊り上げ始めるので、殆ど達成できないのが恒例だった。
     栗毛のウマ娘はこめかみに手を当てながら、口を開く。

  • 8二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:32:27

    「……前から思っていたが、お前って妙に思い出を美化するというか、脚色するところあるよな」
    「えっ、そうなの……でっ、でもでも! 夢を叶えたのは事実じゃん、キミだって今日はここで勝ったわけだしさ!」
    「確かに勝ったが─────私がお前と誓い合ったのは、海外の“G1レース”のつもりだったんだが?」

     G2ネオムターフカップ。
     この日、栗毛のウマ娘が一年振りの勝利を収めたレースの名前だった。
     もちろん、彼女自身このレースの勝利そのものは、誇りに思っている。
     しかし、ここを夢の到達点とするつもりは一切なかった。
     二度も三度も勝たれたままで終わらせないために、自らの名前に込められた願いを証明するために。

    「そっか、そうだね」

     その気持ちは、鹿毛のウマ娘にも、痛いほど伝わっていた。
     残念そうに眉を垂らしながらも、それ以上食い下がらず、素直に頷く。
     そんな彼女に対して─────栗毛のウマ娘はそっぽを向きながら、すっと、拳を差し出した。

    「えっ?」
    「だからこれは、お互いの勝利を祝して、だな」
    「……! うんっ!」

     二人のウマ娘の拳が近づいていく。
     鹿毛のウマ娘は、心の底から満面の笑みを浮かべながら。
     栗毛のウマ娘は、少し照れた様子ながらも、口元を緩ませながら。

    「えへへ、今度はドバイだね」
    「ああ、次こそは、夢を叶えるぞ」

     こつんと、拳がぶつかる音が響いた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:33:34
  • 10二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:34:14
  • 11二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:40:31

    落差が激しすぎて風邪ひくわサウジ公式めぇ!!

  • 12二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 10:40:57

    公 式 が 掛 か っ て い る ぞ ! !

  • 13二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 13:04:58

    こんなエモいやり取りをした後にあの会見

  • 14二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 15:33:00

    流星を背に誓うってそういうこと?

スレッドは2/26 01:33頃に落ちます

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