- 1二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:10:21
- 2二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:11:40
「……もう食べちゃダメなのだ?」
「明日や明日、今はこれまで」
菓子盆のチ□ルをいくつか掴み取ってウインディの前に転がし、アタシも一つ開いて口に運んだ。
カロリーと運動量を綿密に計算し、ウエイトを増やさず負担をかけすぎず、万全を期して臨む。なお且つその中でモチベーションを保たせる。両方やらなアカンのがトレーナーの辛いところやわな。
トレーニング後の休息タイム、ウインディは何度も見返したカタログを再び開いとった。
「飽きん事っちゃなぁ」
「□イズにモ□ゾフ、ゴンチャ□フ……来年が楽しみなのだ」
「その前に今年の、やな。アタシもこれだけ楽しみになった事ないで」
量を控えなアカンぶん、普段なら選ばんような上物を、二人して悩み尽くして決めた。これで意気が上がってくれれば言う事なし、さにあらずとも単純に“甘いは美味い”や。
アタシらかて競技者であり女の子やもんな――と、ウインディが突如カバンを開いた。
「そうそう、お母さんが歯ブラシを送ってくれたの、忘れるとこだったのだ」
「あ、せやった。アレ安うなってた?」
「バッチリなのだ!」
地元の個人店でたまに大幅値引きされる事があると聞いて、便乗させてもらったのが昨日届いたんやった。
「レシートも入れてくれてるか?後で精算するわな」
「このくらいお気になさらず、って言ってたのだ」
「そうもいかんやろ。前と同じ値段やろか……今度何か送ろかな」
歯ブラシ買うだけなら近場で済むけども、使い心地が気に入った品というのは他に代えがたい。
「これ具合エエよなぁ。口の中が生まれ変わったみたいやわ……歯磨きって習慣は」
「うわぁあ?バッチィのだ!」
「冗談や」 - 3二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:12:43
バ鹿話で騒いでいるところに、やや大きなノックが来客を知らせた。
「お邪魔するヨ」
「邪魔すんなら帰ってや〜」
「じゃあまたナ〜」
「いや待ったらんかい」
おおかた予想通りの時間、中堅のチームトレーナーが訪ねて来た。コイツはネーサンとやたら距離が近いと言うか、まあ、そういう仲だって事くらいは理解している。
正直あんまり面白くはない。しかし、合同練習やら何やら色々と世話になっている手前、無碍にも出来ない。今日だってそうだ。
「ほい、ウチの子ん時のノートと録画。役に立つと良いがネ」
「ありがとさん。いつも助かるわ」
コイツが過去に専属契約していたウマ娘、グランドグリズリー。通称『グラとグリ』の記録。
170cm半ばの長身に出る所の出た巨躯でありながら、適正がかなり近かったため、何かと参考にさせてもらっている。
卒業後の現在は覆面ウマレスラー『ナルカミ』として活動中。一度だけ試合に連れられて対面したが、よくよくレース適正以外は全てが別物のド迫力だった。
縁あってその唯一の共通項の恩恵にあずかり、コイツの今のチームとも何かと関わっている身としては、上辺を取り繕うくらいは仕方ない。
仕方ないが、やっぱり限度はあるのだ。
「……今、見てもいいのか?」
「おう。昔のは色々と勝手が違うかも知れねェが、とっくと見てくれ」
デッキにセットさせるように仕向け、その間にさり気なくネーサンの隣を詰めてソファの反対側を空けた。
――我ながらつまらない事をする。大の大人が二人きりの時はどう過ごしているかを思えば、何の意味もありはしないのに。 - 4二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:14:11
「……この脚力、レース運び、グリちゃんが現役の時に直接観たかったなぁ……」
モニターの中で砂を蹴り上げるその姿は圧巻の一言。自分に同じ事は出来ないが、しかし同じ事をする訳でもない。
唯一にして全員共通の目的である一着を取るために、必要な事を取捨選択するのみなのだが――
「ちょうどグリの卒業と入れ替わりだッけか、キミが学園入りしたのは」
「せやね。その時まではダートにそんなに目を向けてなかったから、よう知らんかったわ」
「当時のレース格からしても皆そこまで注目はしてなかったンじゃねェかな?……今の、ウインディちゃンと違ってヨ」
さっきから雑念が止められない。来たるレースに勝つためだけに動いているハズなのに。自分も、ネーサンも、コイツだってわざわざ協力してくれているのに。
自分だけが集中出来ていない事がイラつきを更に加速させる。
いや、そもそも自分に協力する理由は何だと言えば――ソレがまた雑念の元なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再生が一通り終わり、レコーダーにも録画完了の表示が出ている。
「コレはダビングした奴だから、このまま置いてくヨ。寮でも見るだろ?」
「……あんがと、なのだ」
「ほな休憩しよか。お茶入れるわ」
「そう言えばさっきから気になってたンだけど、この甘い香り……」
「あっ!」
言いつつコイツが顔を向けた先には、明日のために用意されたお宝があった。急いで菓子盆のチ□ルを一つ剥いてねじ込む。
「それは女の子だけのナイショなのだ!引っ込んでるのだ!」
「……お手ずからどうも。アーモンドか、好きなヤツだヨ」
「ふふん、お前にはコレくらいがお似合いなのだ」
背中から視線を感じる。ネーサンは今どんな顔をしているのだろう。
ソレを見ているコイツの顔から推し量るのは、少々難しい事だった。 - 5二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:15:54
「そー言や、そこの歯ブラシの山はどしたン?」
「おか……実家から送ってくれたのだ」
「アタシの分もな。お気に入りがあるから一緒に頼んでん」
「ふーン、そんなに良いなら俺もやってみるか。……歯磨きッてヤツを」
「うげっ?」
「ソレはさっきやったわ!」
他愛もないやり取りの中に何と言うか――通じ合ってる、と言おうか。
隠しようもなく滲み出すモノが、毎度チクチクとこちらを苛んで来る。
「おや、プリファイにキャロットマンに……まさかこの小さいヤツもかい?」
「ソレは奥歯用や。この可愛らしいお口に大人ブラシじゃ、横側が磨き辛いんよ」
「そっか、俺ァまた近々入り用になるのか……と……」
「なんでやねん!……ッ、……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黙って出て来たのはさすがに拙かったかも知れない。しかしトレーナー室に流れた妙な空気に耐えられなかった。
気が付けばグリさんの資料を掴んで立ち上がり、こうして足早に寮に向かっている。ズレ始めた資料の束を直すと小さな塊が転がり出た。
急いだせいで一つ紛れていたらしいソレを、苛立ちを抑えるように荒々しく噛み砕く。
「……甘くない……。
苦っ……痛ぅ……二月……いや面白くはないのだ。会長だってこんな事言わないだろ、シッカリしろ。
胸に穴が開いたみたいだ……なんで辛いのだ?どうしてこんな思いをしなきゃならないのだ?
許さない……絶対に許さない……!
獲ってやるぞフェブラリーS」 - 6二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:16:27
終了 バレンタイン12日目――
どうしてこうなった - 7二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 21:43:44
- 8二次元好きの匿名さん25/02/25(火) 22:31:07
密かな想いにちょいちょいネタが入って…w
グリちゃんには元ネタがあるんですか? - 9125/02/25(火) 23:44:18
- 10二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 01:13:23
おかしい……伏せ字なのに読めてしまう……