【SS】地下生活者「くるしい……くるしい……」

  • 1125/02/26(水) 23:27:04

     ぽたり、と冷や汗が頬を伝う。

    「くるしい……」

     いったい何度繰り返されたであろう男の呟きを聞く者は何処にもおらず、自分しか居ないこの暗闇の中へと滲んで消えるばかりである。血走った瞳に映るのは彼の居る地下室ではない、別の空間だ。

     そこは夕暮れの砂漠であった。
     砂の混じった風が時折吹くだけのその場所を、男は地下室に居ながら尋常ならざる力で以て眺め続ける。
     もちろん風景を楽しんでいるわけでは決してない。男が監視していたのは砂漠のただ中で物々し気な兵器を担いで笑うアビドス自治区の不良たちである。

    【いや~良いもん拾ったな~】

     フルフェイスヘルメットを被った少女が快活に笑う。後ろに続く数名の少女たちも釣られて笑う。
     それだけならば何ら不思議でもない日常だ。そしてそれだけならば、男がわざわざ監視する必要もなかった。そしてそうではなかったから男の精神は誰よりも追い詰められていた。

    【これだけの大物だったら、あのアビドスにだって負けないな!】
    【ああそうさ! こいつをアビドスの校舎に叩き込んでやればあいつらだって流石に逃げ出すだろ!】

     物騒極まりない発言が飛び交う。男はその光景を前に、何度も喉から出かけた言葉を呑み込み続けた。でなければ頭がおかしくなりそうだったからだ。
     だが、そんな男の抵抗を吹き飛ばすように、監視されていることなぞ露と知れない少女が言った。

    【まさか、砂漠にショレフ155mm自走榴弾砲が埋まってるなんてな~!】
    「いや!! なんで埋まっているんだそんなものが!!」

  • 2125/02/26(水) 23:27:17

     もしあの自走砲から放たれた榴弾がアビドスの校舎を破壊したら、なんて思うと恐ろしくてたまらない。
     それだけではない。もしうっかりあのヘルメット団たちがアビドスに通う生徒を傷付け、そして重傷なんて負ったりしたらと考えるだけでも息が止まりそうになる。

    「なっ、何か攻略法があるはずだっ!! アビドスが無傷で済む何かが!!」

     『RULE BOOK』をひっくり返して今なおアビドスへと迫るヘルメット団付近で起こり得る"可能性"を探し続ける。
     アビドスに傷が付くなどあってはならない。何せあのアビドスは男にとっては地雷原そのものである。もし傷が付き、そしてそれが『死の神』の逆鱗に触れたのなら――

    (殺される……! 小生の仕業だと誤認されて小生が殺される……!!)

     男はかつて、列車砲にまつわる事件においてアビドスの生徒たちを絶望の淵まで追い詰めた大罪人である。
     そして先生たちに敗北し、異なるキヴォトスより到来した死の神にその命を握られた哀れな存在である。

     その名を、地下生活者という。

    -----

  • 3125/02/26(水) 23:27:30

     始まりは、一連の事件の幕が下った直後。『死の神』に「二度はない」と忠告され、少しばかりの冷静さを取り戻した後、ひとつの疑問を覚えたときである。

    「次はない……と言ってましたが、その次を『死の神』は認識できるのでしょうか……?」

     もちろん叛意なんてあるわけがない。そこまでの気骨があるのであれば、最初から地下に封じられることもなかっただろう。故に感じたのは純粋な疑問である。

    「起こる事象に対して彼女たちが私の関与を認識できたのはシッテムの箱あってのこと……。それ以外の手段を用いて小生の関与を知る術など彼女たちは持ち合わせていないはず……」

     ふと、嫌な予感がした。

    「ならば、小生が関与していなくても、誤認し、『死の神』が再び乗り込んでくることがあるのでは……」

     いやいやと想像を追い出すように首を振る。そんなわけがない。そんな理不尽なことがあってはならないのだ。
     だが――地下生活者は知っている。先生の持つ『大人のカード』のように、理不尽とはいつだって一方的にやってくる。最悪の想像を遥かに上回る形で訪れる。そのことを身を以て体験した直後なのだ。

     だから彼は覗いた。アビドスの中を。
     アビドスの生徒たちにあの戦闘の何らかの後遺症が発覚し、怒り狂った『死の神』が「今日のところは見逃すっていったけど、あれは嘘」などと言って殺しに来ても何らおかしくはない。
     全員無事で、自分の身もまた無事であるのだという確証を求めて、地下生活者はうっかり手を伸ばしてしまったのだ。

     伸ばした手が掴んだのは、穏やかな対策委員会室の風景だった。
     小鳥遊ホシノを始めとした対策委員会のメンバーが揃い、これからのことを話しているように見える。
     立ちあがって説明を行うのは奥空アヤネという生徒だ。どうやらアビドスの復興状況を共有しているようである。

    【ハイランダーの投資を聞きつけた人々がアビドスに帰ってきているようですよ】
    【この調子でいけば復興なんてすぐに出来ちゃうわよ!】
    【そんな簡単な話じゃないと思うけどな~】
    【でも一歩は進めました。初めての快挙ですね~♧】
    【ビラ配りなら、まかせて】

     和気藹々と話す彼女たちを見て、地下生活者は胸を撫で下ろした。これならどう見たって問題ない。ならばこれ以上覗き続けるリスクを負う必要もない。そっと視線を外そうとした、その時だった。

  • 4125/02/26(水) 23:28:07

    【違うよみんな。おじさんが気にしているのはそこじゃないんだよね~】
    【と、言いますと?】

     小鳥遊ホシノの言葉に首を傾げる奥空アヤネ。何か妙な雰囲気が流れ始めた。

    【確かに、ハイランダーも手を貸してくれてるしアビドス中央線も稼働するよ? 交通網はこれからも広がっていくだろうし、そうなれば砂漠化自体は無理でも街中の清掃のための機材だって買えるかも知れない。きっとこれから色んなことが上手くいくと思うんだ】

     どこか含みを持った言い回し。黒見セリカは少しばかり苛立ったような視線を向けた。

    【はっきり言いなさいよ! 何が不安なの!?】
    【あぁ……そういうことですかぁ~】
    【ノノミ?】

     砂狼シロコも小鳥遊ホシノの危惧するところが分からない様子で、しかし十六夜ノノミは納得したと言わんばかりに薄く笑った。

    【上手くいく。上手くいかないわけがない。そんな時ほど足元を掬われる。……掬われたばかりじゃないですか、私も、皆さんも】
    【……まさか】

     奥空アヤネが唾を呑み込み、こう続けた。

    【また、地下生活者の妨害が起こり得る……?】

    「……………………なに?」

     地下生活者は一瞬、その言葉が理解できなかった。

  • 5125/02/26(水) 23:28:18

    (小生が、なんだって?)

     そんなことはあり得ないのだ。わざわざ『死の神』の恐怖を味わうような“もの好き”は何処にもいるはずがない。そして自分もまた、虎の尾を踏むような真似をするつもりは毛頭ない。
     にも関わらず何故、どうして小鳥遊ホシノは静かに皆を見渡しているのだろうか? 何故否定しない。そんな荒唐無稽な発想を。何故――

    【あいつは確かに先生が倒した。けど、知ってる? 黒服だってまだキヴォトスにいるし、また何かしてくるか全然分からないんだよ。だから……地下生活者だってきっとまた何かしてくるはず――】
    「馬鹿な!? そんなわけがないだろう!?」
    【債券市場の見通しだって思いっきり外れたでしょ? でもあれだって地下生活者が手を回してたからそうなったの、皆は覚えているよね?】
    「それは――そうだがぁっ!?」

     地下生活者の叫びも虚しく、小鳥遊ホシノの言葉に頷く一同。
     頭を抱える地下生活者を置き去りに、奥空アヤネが言葉を紡いだ。

  • 6125/02/26(水) 23:29:26

    【もし商店街の誘致計画が妙な横やりで頓挫したら……】

     小鳥遊ホシノが頷く。

    【地下生活者の仕業、かもね】
    「ぐっ――そ、そんなわけ……ないだろう……!!」

     地下生活者もなまじ覚えがあるため呻く。
     砂狼シロコがぽつりと呟く。

    【もし自転車のブレーキが突然利かなくなったら……】

     小鳥遊ホシノが頷く。

    【地下生活者の仕業、だね】
    「そ、それは……っ」

     いや、まだ、分からなくもない。しかしメンテナンス不足の可能性も視野に入れて欲しい。

  • 7125/02/26(水) 23:29:48

     十六夜ノノミが"はっ"とした顔で口を開く。

    【もしネフティス・グループがネフティスとしてアビドスへの投資を拒絶したら……】

     小鳥遊ホシノが頷く。

    【地下生活者だね】
    「家庭の問題に小生を巻き込むなぁ!!」

     地下生活者は叫んだ。むしろハイランダーを挟んでの事業再開だって奇跡だというのにこれ以上何を望むのだと頭を抱えた。
     黒見セリカが震える声で言葉を発する。

    【じゃ、じゃあ……私が詐欺によく遭うのも……】

     小鳥遊ホシノが渋々頷く。

    【…………そう、地下生活者】
    「絶対違うと分かっているよなぁ!?」

     個人の資質まで負わされて溜まるものかと憤慨したとて、アビドスの生徒たちに囁こうものなら流石に勘付かれる恐れがある。何せ彼女たちは知っているのだ。囁きという手段を自分が持っていることを。

  • 8125/02/26(水) 23:30:22

    (それはそれとして何なのだこいつらは!?)

     あらぬ罪さえ押し付けられそうな状況に汗が頬を伝う。
     一歩彼女らが疑念を抱けば自動的に自分の死刑が決定されるのだ。それも客観ではなく主観でのみ決まる罪状。聞いてしまったからこそ、もう安心できる逃げ場がない。いったい何がきっかけで『死の神』がやって来るか分からないことを知ってしまったからだ。

    【ともかく、調子が良い時こそ油断はしないように。美味しい話にはむやみに飛びついちゃ駄目だからね?】

     そう小鳥遊ホシノが締めくくり、ぱん、と手を打った。

    【それじゃあ、今日もがんばろっか!】
    【おー!!】

    「いや散るな!! 固まって動け!!」

     それ以降、地下生活者は死の恐怖に突き動かされるようにアビドスおよびその生徒たちの監視を始めた。
     気の休まらない日々が続いて幾星霜。もう何日眠っていないかすら数えられなくなった頃に起こる自走砲発掘事件。

     フォーカスを当てたのはアビドスの後方支援担当、奥空アヤネであった。

    -----

  • 9二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 23:31:36

    俺がハゲてるのも地下生活者の仕業だったのか…

  • 10二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 23:35:20

    地下生活者は俺なんだ
    あまりいじめないでやってくれ

  • 11二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 23:38:42

    このレスは削除されています

  • 12二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 23:43:19

    仮に干渉を見抜けた場合、アビドスメンバーを覗いてるのを干渉と誤認される可能性

  • 13二次元好きの匿名さん25/02/26(水) 23:57:51

    このレスは削除されています

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