- 1◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:11:24
ぜんぶあなたのためなのよ
どうしていちどもれーすでかてないの
あなたがわたしからあのひとをうばったのよ
おかあさんのくちぐせはそればっかりだった
でもわたしはおかあさんがだいすき
わたしがれーすでまけちゃっても、わたしをしかったあとも、いつもぎゅってだきしめてくれるから
おかあさんがわたしをしかるのは、きまっていつもの「けんきゅうしつ」
いまはとおくにおでかけしてるけど、おとうさんがぜんぶつくってくれたんだって
こっへるとかめすとかせっしとか、いろんな「おもちゃ」がころがって、まるでおおきなこどもべや
でも「けんきゅうしつ」はくさくていたくてこわいから、わたしはきらい
むえいとうがまぶしくて、いたみだってくるしみだってわたしはたえられなくなっちゃう
おかあさんは「けんきゅうしつ」でいろんなことをおしえてくれた
いらない「もの」をいっぱいきりとって、ひつような「もの」をいっぱいはりつけて、わたしはおかあさんとそっくり
おとうさんはそんなわたしをじっとみてきてちょっとこわかったけど
でもわたしはおとうさんもだいすき - 2◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:12:04
おんなのこみたいだねってまるはだかのわたしをだいてくれたから
そんなおもいでもきょうでおしまい
おうちはもうあかくもえちゃった
あかくなったおうちはうみにきらきらかがやいてとってもきれい
ふりかえると、おかあさんはもうそこにいた
おなかから「おもちゃ」がぶっすりはえたおかあさんが、にこりとわたしをゆびさした
どうやらわたしのからだもずぶずぶくさってくずれてきちゃったみたい
しかたがないからおかあさんとあのもんへあるいていこう
きっとおとうさんもあのさきでまってるよね
そうだ、そのまえに
ねぇ、おかあさん、
わたしねーーー - 3◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:14:08
10分前。
俺は中山レース場近くの、廃ビルの前に来ていた。
ビルの見た目は建てたばかりのように綺麗なものだ。
しかし、ガラス戸から見える散乱した段ボールと垂れ下がるコードが雄弁に主の不在を告げている。
どうやら再開発に失敗した区画らしく、あたりに人の気配は見当たらない。
すぐ横に海を望める絶好の場所だろうに、もったいない。
そんなことを考えながら俺は端末を片手にビルへと入っていく。
エレベーターなど動くはずもなく、屋上へ行くには階段を使うほかないらしい。
一度だけ俺は大きく息を吸い込み、一段高くなったタイルに足を乗せた。
ちょうど端末画面には、会場に現れる桜色の髪の少女。
シンプルながら彼女らしい、赤と白を基調とした勝負服に身を包んだ彼女。
その姿は、この世で一番と行っても良いだろう、それほど美しかった。
そんな彼女は、今緊張の面持ちでゲートへ入る瞬間を待っている。
今日、ハルウララは有馬記念を走る。
最強と噂される黄金の世代が、ずらりと出馬表に並ぶ中、羨望や嫉妬、蔑視の目が注がれる中、
ファン投票1位という枠で彼女は走る。 - 4◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:15:38
この日のために、ハルウララには俺の持てる全てを叩き込んできた。
走り方も、コース情報も、対戦相手の全ての情報も、ありとあらゆるレース展開への対策も。
あの数えきれない敗北はここに集約される。
だからこれ以上は俺は何もできない、してはいけない。
後は同室のキングヘイローに任せてきた。
母親役がいれば彼女も安心するだろう。
それにしても母親、か。
最後のレースだというのに、結局俺は彼女に支配されたままなのだろう。
そう自嘲して、止めてしまった足をまた動かし始めた。
母はなんてことはない、普通のウマ娘だった。
ゴール板の先の、無人の景色を見たことがないだけの、ありふれたウマ娘。
父はいつのまにかいなくなっていて、俺と母は二人だった。
そんな母も火に焼かれて死んだ。
焼け落ちる家からなんとか逃げ出して、「わたし」は「俺」になったのだ。
何もかもが遠い日のはずだ。 - 5◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:17:43
今、亡霊は俺に取り憑こうとしている。
俺が振り返らないのを知っているのか、階段を音もなく近づいてくる。
亡霊は何も語りかけはしない。
ただ俺が気づくのを待っている。
意味はないと分かってはいるが、急かされるように足を早めてしまった。
最上階に着いて振り向いてみても、やはり誰もいないようで。
レースは始まったばかりのようだった。
目をギラつかせたウマ娘達が、一斉に真冬の芝草を跳ね飛ばしてゆく。
そんな中でも、彼女はいつだって彼女のままで、必死な顔で走っている。
負け組の星。
無数の屍の、醜い心の拠り所。
愚者どもの想いを浴びて、彼女は走る。
それが、ハルウララという偶像。
だから、その視界を白いベールで覆ってやるのだ。
ありとあらゆる方法で、彼女を強者に作り変えてやるのだ。 - 6◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:19:23
全ては彼女の勝利のために。
ドドドド、と急勾配を下る無数の蹄鉄の音を聞きながら、屋上の扉を開けた。
眼前に広がるのは、師走の遠い空と深い海。
あまりの存在感に、俺はしばらく圧倒されていた。
と、この期に及んで俺はなんだか怖くなってしまったようで、つい治りかけの古傷を掻きむしる。
長い髪で隠れていた"耳"と"ミミ"の痕から黄白色が滲み出した。
そのまま髪にへばりついて、ばりばりに乾く。
いつまで経っても慣れることのなかった痛みと気持ち悪さに、俺はため息をひとつだけついた。
先団が第四コーナーを曲がって短い直線に差し掛かった、との声が耳に入った。
見なくても、わぁっと場内が熱気を帯びたのがわかる。
マイク越しの絶叫が、差してくる一人のウマ娘の存在を声高に伝えている。
目を瞑ると、のぼせるような温度の粘液が腹中に集まって来るのを感じた。
無知で、可憐で、劣弱で、純麗な、ただの少女が、強靭なる化け物達を踏みにじっているのだろう。
想像するだけで、数々の受難の日々を全て忘れられるような気がする。
あぁ、今この腑でぐろぐろと渦巻く汚い膿を吐精出来るのなら、どれだけ気持ちのいいことか。 - 7◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:21:35
そう期待して、最後に手元を見やった。
画面がフォーカスする先には、背後に後退してゆくバ群をつゆ知らぬ彼女の懸命な顔。
がむしゃらな彼女のでたらめな走りに、巻きおこるハルウララのコールに、俺は目を見開いた。
ーーーわたしね、わたしがかつところを、みんなにみてほしいんだ!
ーーーどんなにまけてもね、みんなたのしくおうえんしてくれるの!
ーーーだからね、わたしがかったらもーっとよろこんでくれると思うんだ!
そんな彼女の笑顔を思い出し、昂りはどこへやら、思わず苦笑が漏れてしまった。
そうだった。
ハルウララは、ハルウララのままだったのだ。
全く、こんな今更になって気づくとは。 - 8◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:22:00
漏れ出る笑い声をなんとか抑えて、息を整える。
そしてやっと俺は走り出した。
実況の慌てふためく声も、観客のどよめきも、そして湧き上がる歓声も、何も聞こえなくなった。
そのままゴールを駆け抜ける。
肺へ流れ込む濁流が意識を吹き飛ばし、
うしろからわたしをよぶなつかしいこえがした。
わたしはえがおでふりかえった
ねぇ、おかあさん、
わたしね、おかあさんといっしょだったよ - 9◆wYUuBm6d7Q25/02/27(木) 02:23:23
- 10二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 02:36:45
……怪文書?
- 11二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 02:50:02
乙でした
あのスレは最初の方にちょっと除いた程度だったけどたぶんそれを元にしたんだろうなと思ったよ
そのままでいられたウララとそのままではいられなかった(?)トレーナーか… - 12二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 07:47:11
徹底的に変えられてしまったトレーナーと、ずっとそのままだったハルウララか
結局母親が自分にやってきたことと同じ道を辿ろうとしているのに気づいてしまったんだな…