- 1二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:51:37
ごろりと音を立てて、透明な容器の中に小さく切り分けられた果物が入れられた。
次いで、牛乳が流し込まれて、かちりと蓋が閉められる。
そしてスイッチを入れると、けたたましい音が鳴り響き、攪拌されていった。
いわゆる、ミキサーである。
容器の中で瞬く間に形を失くしていく果物に、徐々に色を変えていく白い液体。
しばらくしてスイッチを止めると、中身は少しだけドロッとしたミックスジュースで満たされていた。
「お待たせ―、“ネイチャーメイド”でーす……なんちゃって」
ツリ目がちの優し気な瞳、ふんわりとした赤毛のお下げ、赤と緑のメンコ。
担当ウマ娘のナイスネイチャは、くすりと微笑みを浮かべながら、ミックスジュースを二つのグラスへ注いでいく。
それを作り上げた機材、すなわちミキサーを横目で見ながら俺は片方のグラスを手に取った。
牛乳と各種果物の匂いが、程よく調和した香り。
上手いことを言い表せないけれど、とても美味しそうに感じられた。
「よし、それじゃあトレーナーさん、かんぱーい」
「あっ、ああ、かんぱーい」
ネイチャに促されるまま、カツンとグラスを合わせた。
……こういうところは流石スナックの娘というべきなのか、と思わず感心をしてしまう。
そして、彼女はグラスを持ったまま────じいっと、こちらを見つめていた。
少しばかり緊張した面持ちで、グラスに口を付けようともせず。
その様子が少し気になってしまい、俺は声をかけた。 - 2二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:52:18
「えっと、どうかしたの?」
「にゃっ!? あっ、いや、その、ほっ、ほら、トレーナーさん! ぐいっと行っちゃってよ! ね!」
「……いただきます」
耳をピンと立てたネイチャは、慌てた様子で誤魔化し始めた。
不思議には感じるものの、せっかく作ってくれたものを放っておくのも良くないだろう。
俺は一先ず疑問を横に置いて、フルーツジュースを一口頂いた。
まず最初に感じたのは、とろっとした濃厚な口当たり。
しっかりとした甘みがあって、果物の瑞々しさもちゃんと感じられた。
それでいてすっきりしていて、喉越しも良く、飲みやすい。
初めての味なのに、どこか懐かしさも感じられて────なんだか、感動的な味わいであった。
「んっ! ネイチャ! これすごい美味しいよ!」
「……ふふっ、トレーナーさんったらハシャいじゃって、そんなに美味しかった?」
ネイチャはくすりと笑みを浮かべると、子どもの食事を見守る母親のように俺を見やる。
……確かに、少しテンションが上がり過ぎてしまったようだ。
いい歳した大人の態度ではなかったな、と自省しながら俺は言葉を続けた。
「ごめん、でも美味しかったのは本当だから」
「うんうん、わかってますよー……作った側からすれば、素直に喜んでくれた方が嬉しいしね」
そう言いながらネイチャは安堵したように眉を下げて、グラスを口元へと運んだ。
なるほど、何故飲まないかと思ったら、俺の反応を待っていたのかもしれない。
そして、彼女はそのまま風呂上りの一杯のように、ジュースをあおる。
何だか、妙に堂に入った、気持ちの良い飲みっぷりであった。 - 3二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:52:38
「ぷっはーっ! うん、分量とか適当だったけど、なかなかイケるものですな~!」
「正直、期待以上に美味しかったよ、キミが作ったからかもしれないけど」
「いやいやいや、ミキサー調理なんて誰がやっても変わらないって、ちゃんとレシピもあるしさ」
「そうかなあ……?」
ネイチャの言う通り、入れるものを変えなければ、さほど味の違いは出ないのだろう。
理屈的にはそうなのだが、俺が自分でやっても多分ここまで美味しくは出来ない────何故かそんな確信があった。
彼女はジュースを飲み干すと、調理に使ったミキサーを労わるようにそっと撫でつける。
「それじゃあこの子は置いて行くから……これ使って、ちゃーんと野菜や果物も取ることっ!」
「……あっ、ああ、わかったよ」
「…………多分あんまり使わないだろうなー、って考えてるっしょ?」
「うっ」
ジトーっとした目つきのまま、図星を突いて来るネイチャ。
確かにミキサーは便利かもしれないが、そもそも料理自体を俺はあまりやらない。
故に、ちゃんと習慣づけられるかというと、正直なところ自信がなかった。
彼女は小さくため息をついて、困ったような笑みを浮かべる、
何故か、尻尾をゆらゆらと大きく揺らめかせながら。 - 4二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:52:54
「仕方ない人ですなー? ……そっ、それじゃあ、ネイチャさんが定期チェックをしてあげても、いい、よ?」
「……それは助かるけど、そこまでしてもらうのは」
「いっ、いいっていいって! いつもお世話になってるわけですますし!? はい、決まりっ!」
「あっはい、えっと、じゃあ、お願いするね」
ネイチャは少し頬を染めて、身を乗り出すようにしながら、言葉を並べる。
その勢いと圧に押されて、俺はついつい、頷いてしまった。
すると、彼女は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべてから────ふにゃりと、はにかんだ微笑みを浮かべる。
「……えへへ」 - 5二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:53:24
「……でも、これ本当に貰っていいのか?」
俺は洗い終えたグラス拭いながら、そう問いかける。
台所には、先ほど活躍をしてくれた、洗浄済のミキサー。
パッと見た感じ高級品、というほどのものではないけれど、決して安物というわけでもないだろう。
汚れや傷一つ見受けられる新品同然、というか、本当に今日箱から出したばかりのものであった。
隣で洗い物をしているネイチャは、泡を水で流したグラスを渡しながら、口を開く。
「ほい、これもよろしくー……まあ、寮の部屋じゃ使いづらいしね、マーベラスは気にしないだろうけど」
「任されたっと、そっか、音が結構響くもんな、ここほどよりは壁も薄いだろうし」
「うん、かといって寮の調理室じゃコレがあってもねえ、って感じだから遠慮せずに貰ってよ」
「……でもキミ頂いたものなのに、俺が貰うのも何だかな」
「気にしない気にしない、元々アタシのレース勝利祝いなんだから、半分はトレーナーさんのものでしょ?」
「……まあ、そういうことにしておこうか、それにしてもあの人達も豪気というか太っ腹というか」
「…………まあ一割くらいは在庫処分も兼ねてそうデスケドネー」
ネイチャは蛇口を捻りながら、ちらりとミキサーが入っていた箱を見やる。
それは日に焼けて色褪せていて、少しばかりの年季を感じさせた。
……まあ、使う分には問題ない品だったわけだし、そこは気にしなくても良いだろう、うん。
それよりも気になるのは、と拭き終えたグラスを置きつつ、俺はリビングの方へ視線を向けた。
「しかしまあ、量もすごいね」
「これでもある程度は対処したんだけど……というわけで、しばらくの間、置かせてもらえると」
「OK、構わないよ」
「ありがとうございまーす、全く、あの人達ってばもう」 - 6二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:53:54
部屋の片隅には、積み上げられたプレゼントの山。
休日の昼間からネイチャがいきなり大荷物を持って来た時は、驚いてしまった、
まあ、それだけ彼女が色んな人から愛されている証拠だ、と考えるとむしろ嬉しいものである。
ネイチャも、何だかかんだで満更でもなさそうな表情を浮かべていた。
耳をぴょこぴょこと動かしながら、彼女は言葉を続ける。
「スルメやらマムシの粉末やら、花の乙女をなんだと思ってるんだが…………まあ、嬉しいデスケド」
「みんなキミのことを祝いたいって思ってるんだよ、今度お礼に行かないと」
「またイベントのお手伝いでもやったりますか、まあ貰ったあの服は、着てあげないけどね?」
「……あの服?」
「あっ」
思いがけない言葉に、つい、聞き返してしまう。
するとネイチャはハッとした表情になり、わたわたと慌てた様子で視線を彷徨わせる。
そしてその視線が辿り着いた先は、山になった荷物の中にある、一つの大きな紙袋だった。
「服も貰ったの?」
「いや、その、まあ貰ったんだけど、ちょっとフリフリで、アタシには似合わない、というか」
「でもバレンタインの時は似合ってたし」
「うにゃあああああああ!? あっ、あの時はあれきりの特別だからセーフなの! 普段はアウト!」
「そっか……でも、あの時のネイチャ、すごい可愛かったんだけどな」
「んな……っ!?」
「もちろん普段から可愛いけど、キミの新しい可愛さや魅力を見つけられたというか、なんというか」
「うう、うううう、うー…………っ!」 - 7二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:54:07
威嚇する猫のような唸り声が聞こえて来たと思ったら、顔を真っ赤にしたネイチャだった。
彼女はお下げで熱のこもった頬を隠しながら、目を逸らしている。
いかん、ちょっと正直に、色んなことを話し過ぎてしまったのかもしれない。
謝罪を伝えようとした直前、彼女の視線がこちらへと向く、
熱っぽく潤みながらも、どこか期待しているような、そんな瞳。
そして彼女は小さな声で、ぽそりと呟くように問いかけた。
「…………ああいう服を来たアタシ、見たい?」
どんな服なのかは、皆目見当もつかない。
ただ、彼女の見たくない姿など、あるはずもなかった。
気が付いたら、俺はこくりと頷いていた。 - 8二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:54:24
その後、ネイチャは紙袋をぎゅっと抱きかかえて、別室に籠もってしまった。
恐らくは着替えているのだろうが、何だか妙に落ち着かない。
どんな服を着て来てくれるのだろうという、期待と緊張で心臓が大きく鳴り響く。
……ジュースでも作っていようかな、と台所のミキサーに目を向ける、その瞬間だった。
ふと、ゆっくりと控えめな小さな足音が、鼓膜を揺らす。
「……っ」
立ち上がりかけていた身体を、再び降ろす。
そうして、少しずつ近づいて来る足音を、俺はじっと待った。
リビングの扉の前、その足音がぴたりと止まる。
迷っているのだろうか、人の気配はするものの、入って来る素振りは全くない。
しばらくして。
「あーもー、あーーもぉぉぉぉ……っ!」
ドアの向こうからは、何時か聞いたような嘆息。
やがて、ぱちんと軽く頬を張るような音が聞こえてきて、がちゃりとドアノブが回る。
そこでもまた一瞬だけ間が開いて、ついに腹を決めたのか、勢い良く扉が開いた。
「おっ、おいっすー! ネイチャーメイドでーすっ! …………なっ、なんちゃって」
威勢の良い挨拶とともに入って来て、引きつった笑みを浮かべるネイチャ。
その頭には白いレース付きのカチューシャ。
丈の長いスカートが印象的な、質素な黒いロングワンピース。
フリルを各所にあしらい、愛らしさとともに清楚さを感じさせる白いエプロン。 - 9二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:54:49
それはいわゆる────メイド服、と呼ばれるものであった。
あまりに予想外の方向からの衝撃。
俺の頭は真っ白になり、ネイチャのメイド服へと目を完全に奪われてしまう。
言葉をかけてくる、彼女の言葉すら聞こえないほどに。
「あっ、あのー、トレーナー、さん? 何か言って欲しいなあ、って」
「……」
「……こういうの、似合ってないのはわかってるからさ、いっそ笑ってもらえると、ね?」
「…………」
「………………脱ぐ」
「………………えっ!? ちょっと待ってネイチャ! ストップストップ!」
涙目でぷるぷると震えながら、おもむろに服を脱ごうとするネイチャ。
我に返った俺は、慌てて彼女の下へと駆け寄り、抱き寄せるようにしてその行動を制止する。
震えていた彼女の身体がぴたりと止まり、ぽかんと大きく目を見開きながら俺を見上げた。
「ふえ?」
「似合ってる、似合ってるから、あまりにも似合い過ぎてて、見惚れちゃってただけだから」
「……ゴメン、言わせちゃったね、アタシが勝手に着てみせたっていうのにさ」
「……ネイチャ」
「大丈夫、もう落ち着いたからちゃんと戻って着替えるよ……お世辞でも似合ってるって言ってくれて、嬉しかった」
「…………」
「だから、ね、もっ、もう離してもらった方がって、アッ、アタシは、嫌とかじゃ、ないんだけど」
「────俺は、嫌だな」
「えっ?」
「ネイチャにちゃんと伝わらないまま、離すのは嫌だな」
「えっ、えっ、えっ? トッ、トレーナー、さん?」 - 10二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:55:28
困惑するネイチャを、ぎゅっと、逃がさないようにしっかりと抱き締める。
柔らかな感触、暖かな温もり、そして守らなきゃいけないと思うほどに、小さな体躯。
そんな彼女を傷つけたままで話すのは、絶対に、嫌だと思った。
俺は彼女の耳元へ、囁くようにしながら言葉を紡ぐ。
「ネイチャ、すごく可愛いよ」
「……っ!?」
ぴくんと、ネイチャの身体が痺れたように大きく跳ねた。
メンコの外された赤毛の耳が忙しなく動き始めて、その瞳が揺れていく。
頬が再び赤く染まり始めて、触れ合う体温もどんどんと高くなっていった。
「キミの素朴な雰囲気とクラシカルなメイド服が良くマッチしてて、とても似合ってる」
「ひゃっ、こっ、声が近い……! 耳に息が入って、ぞくぞくって、にゃっ、あう……っ!」
「キミみたいなメイドさんにお世話をされたら、最高に素敵な日々が過ごせるだろうね」
「言いすぎ、わかった、わかったから……っ!」
「…………本当に可愛いよ、ネイチャ」
「うにゃああああ……! 今の絶対言う必要なかったじゃん……っ!」
ネイチャは、俺の腕の中でじたばたとし始める。
けれど、その動きはささやかなもので、本気で離れたいという意思を全く感じない。
そもそも、ウマ娘の力をもってすれば、俺の拘束など何の枷にもならないのだ。
俺はそんな微笑ましい彼女の姿を見て、小さく問いかける。 - 11二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:55:42
「ちゃんと、伝わった?」
「……」
問いかけに対して、またぴたりと動きを止めるネイチャ。
しばらくこちらを、ジトっと恨めしそうな目つきで見つめて、やがて小さくため息をつく。
そして彼女はぽふんと俺の胸元へ顔を埋めて、すりすりと鼻先を擦らせながら、呟いた。
「…………もうちょっとだけ、伝えて欲しい、デス」 - 12二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:56:02
「もー、ちょっとぎゅうってしすぎ、皺に出来ちゃってるじゃん」
「……すいませんでした」
「まあ、これくらいならすぐ直せるから良いけどねー」
しばらくして、名残惜しくも離れて、隣り合ってソファーに腰かけて。
ネイチャは自身が身に纏うメイド服を見ながら、不満げにそう話した。
何事もなかったように振舞っているが────顔はまだ真っ赤で、耳や尻尾をぴょこぴょこ動き続けている。
そんな自分の様子も視界に入れながら、彼女は誤魔化すように、ぽんと手を叩いた。
「そっ、それじゃあお昼にしよっか! チャーハンにしようかと思ったけど、何かリクエストある?」
「じゃあオムライスで」
「……トレーナーさんって、もしかして、単純にメイドさんが好きなの? そういうお店の常連さん?」
「いやいやいや、行ったことないし、何となくイメージで出て来ちゃっただけだから…………本当だよ?」
「ふーん」
「…………また何度も伝えようか?」
「うわあ、悪いことを覚えた大人がいる」
ネイチャは悪戯っぽく微笑みながら、立ち上がる。
そして見せびらかすようにくるりとターンをしてから、ふと、ぴんと耳を立てた。
「あっ、このメイド服はやっぱり、トレーナーさんの家に置いておくから」
「……せっかく似合ってるのに、持ち帰らないのか?」
「……寮で着ろと?」
「…………いや、そうだね、うん、何を言ってるんだ俺は」
自分の浅はかさが恥ずかしくなってきて、思わず顔を伏せてしまう。
いくら似合っているとはいえ、日常生活で着るような服ではない。
ネイチャのように寮生活をしているならば、尚更だろう。
しかしまあ、少し勿体ないというか、残念というか。 - 13二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:56:19
「────それに、ここに置いておけば、また来た時に着られるでしょ?」
ふと、聞こえてくる小さな囁き。
顔を上げれば、いつの間にか前に立っていたネイチャが、じっと俺を見下ろしていた。
にまーっと嬉しそうに、愉しそうに微笑みながら、どこか妖艶に目を細めている。
彼女はそっと俺の耳元へと顔を寄せると、温い吐息とともに、ゆっくりと言葉を伝えて来るのであった。
「ネイチャーメイドは何時でも味わえますから、安心してくださいねー? …………ご主人様♪」 - 14二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 14:56:38
お わ り
マルチビタミン - 15二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 15:02:36
嗚呼〜尊いんじゃ〜
甘いSSをどうもありがとう - 16二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 15:17:54
- 17二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 16:07:07
あえての!!ロングスカート!!!クラシカルメイドネイチャ!!!!!
イイよね……………… - 18二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 16:24:48
好き……よき……
- 19二次元好きの匿名さん25/02/27(木) 16:32:08
可愛い服を着たネイチャはいっぱい褒めろと三女神の言い伝えにも残っている
- 20二次元好きの匿名さん25/02/28(金) 00:01:14
心の栄養だ…
- 21二次元好きの匿名さん25/02/28(金) 00:53:39
??「ネイチャ先生~、これも入れたらジュースがもっとカワイクなりませんか?」