- 11◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 22:38:11
「──はい、綺麗になったわ」
鈴のような声が、異物のなくなった耳をまっすぐ流れていく。
「次は反対側ね。ごろーんってできる? なんなら、わたしが転がしてあげましょうか?」
悪戯っぽい笑いを片耳で聞きながら、力の入らない身体でどうにか寝返りを打つ。
「やっ、ふふ、髪くすぐったい」
サイハイソックスの脚が、頭の下でぱたぱたと揺れる。
「それじゃ、こっちもまずは耳の外側からね」
我が愛バ──アーモンドアイは、耳かきを手に目を輝かせていた。
数多のレースを駆け抜け、あらゆる困難をふたりで乗り越えてきた後の、ある休日。
アイは何に触発されたのか、トレーナー室に来るなり耳かきをさせろと言い出した。
が、初めてやることは得てしてうまくいかないもので、竹の耳かき棒は力強く外耳道を叩き、耳垢以外もえぐり取らんばかりの勢いで、
「っぐ──!」
「──っ! ごめんなさい、痛かった?」
強がって平気なふりをしようと思ったが、奮闘むなしくうめき声を聞かせてしまう結果となったのだ。
幸い傷はついておらず、自分以上に泣きそうな顔をするアイをどうにかなだめてその日は収まったのだが。
アーモンドアイが──超超超超超超超超、超負けず嫌いのウマ娘が、この程度で諦めるはずはなく、翌週リベンジを申し出てきた。
手際よくアロマキャンドルを灯すと、ノンアルコールのウェットティッシュ、金属製の耳かき棒──後で知ったのだが、日本橋の某百貨店で購入した、なんと銀製の耳かきだそうな──、それになにかの瓶を並べ、仮眠用ベッドの枕元に座って、ぽんぽんと膝を叩く。
──断るなんてさせないわ。
──きっと満足させてみせる。
──だからお願い、そのチャンスをちょうだい。
自ら輝いているかのような瞳は何よりも雄弁で、その光に吸い寄せられるように、リベンジを承諾したのだった。 - 21◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 22:38:42
こうして膝枕──珍しく縦向きで、こうすると頭が安定するらしい──のもと、アイに耳かきをしてもらっているのだが。
正直──めちゃくちゃ上手い。
「かりかり……さりさり……」
先週の惨事が嘘のようだ。フェザータッチのような絶妙な力加減を、この1週間で相当練習したのだろうか。
時に遊ぶように入口をくすぐられ、時に甘やかすように耳の壁を引っかかれ、時に奥の方をひんやりした金属の感触が駆ける。
「おっきいの発見。…………取れたっ!」
そうしている間に、耳垢だけがするすると削り取られていく。
脱力した身体が自然とアロマを深く吸い込み、さらに全身をほぐしていく。
まずい。最後まで味わっていたいのに、このままでは眠ってしまいそうだ。
睡魔への抵抗として、思いついたことを声に出してみることにした。
「……そういえば、どうして耳かき?」
「え? んー、……そうね」
アイは手を止めずに少し考えると、片手でこちらの襟を軽くつまんだ。
「シャツがよれてるわ。先週もそうだったけど、昨日家に帰ってないでしょ」
「う゛」
脇が甘かった。シャワーはトレーナー室のものを使ったのだが、この仮眠用ベッドを仮でない用途に使ったことを、アイはとっくに看破していたのだ。
「“アーモンドアイのトレーナー”として評価されたのはわたしも嬉しいけど、そのぶん講演とかで忙しくさせちゃったから。……せめて、少しでも癒やしてあげたいなって、思ったの」
「……アイのせいじゃないよ。むしろ、君のおかげで認められたんだから」
「それでも、わたしがそうしたいのよ。それにね……」
言葉が途切れる。続きを聞こうと耳を澄ませた瞬間、
「……ふ~っ♪」
「~~~~~っ!!」
鼓膜まで届く風の感触。突然息を吹きかけられ、身体が勝手に跳ね上がる。アイがころころと笑うのが聞こえた。
「実は……何でもよかったのよ。ふたりでゆっくり時間を使えたらなんでも」
手櫛で髪を梳きながら、慈愛を乗せた声で言う。
「せっかく大きなレースもしばらくないのに、ふたりの時間が全然取れなかったでしょ? ……大変なことも、嬉しいことも分け合っていたいわ。長年のパートナーですもの」
「アイ……」
胸がいっぱいで、名前を呼ぶことしかできなかった。自分がどれほど果報者かということを、今更に思い知らされたのだった。 - 31◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 22:39:01
「さ、次は耳のオイルマッサージね」
アイは耳かきを置き、今度は瓶を手に取った。
「使うのはこのホワイトセサミオイル。──なんてカッコつけた名前だけど、正体はなんと白ごま油よ」
「ご?」
「体をあっためる効果があって、リラックスにはバッチリなのよ。このまま上を向いてくれるかしら?」
言われた通り仰向けになると、アイが逆さまの顔でこちらを見下ろしていた。宝石のような目と正面から視線がぶつかり、思わず心臓が高鳴る。
「見つめ合いながらだと、なんだかドキドキするわね。──でも、ドキドキしたまま続けるわ。貴方もめいっぱい、ドキドキしてて」
アイはオイルを手に取り、しばらく手に塗り拡げていた。やがて人肌に温まったのだろうそれで、ゆっくりと耳を覆った。
耳たぶをつままれると、熱がじんわりと流れてくる。
耳の溝をなぞられると、くすぐったさに思わず身をよじる。
軽く引っ張ってもらうと、疲労が栓を抜いたように流れ出していく。
少しだけ耳に指を入れられ、ごおーっという指の音に耳を傾ける。
耳を通じて、何もかもをアイに支配されているような感覚に陥っていく。
思考すら快感に奪われ始めたとき、ふっと視界が暗くなった。見ると、アイの顔が眼前に迫り、プラチナブロンドの髪が垂れて周囲を覆っていた。
インナーカラーのスカイブルーが逆光に陰り、さながら夜の帳のようにふたりを包む。
目にアイしか映らなくなる。自分の世界が、アイだけのものになる。
アイの指先の感触。
アイのアロマの甘い香り。
アイが耳を撫でる音。
アイの目が至近距離で煌めく。
そして──
「ふふっ。蕩けた顔、かわいい」
アイがゆっくりと目を閉じ、顔を近づける。自分もそれに倣う。
「────」
五感のすべてが、アイで満たされた。 - 41◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 22:39:29
その後もしばらく、アイのオイルマッサージは続いた。けれど、いつもはぱっちりと開いている目が、なんだかとろんとし始めている。
「……ひょっとして、アイも眠い?」
「……っ、そんなこと……いえ、そうね。耳かきの研究に熱中しすぎたみたい。喜んでほしい、癒やされてほしいって思ったら、つい」
負けず嫌いとは、すなわち凝り性でもある。頑張りすぎてしまうところは、自分もアイも同じらしい。マッサージされる側でないとはいえ、心地よい音と香りに包まれ、身を寄せ合っているのは同じなのだから、睡魔もやってくるだろう。
となれば、打つ手はたったひとつ。
「もう十分だよ、ありがとう」
「え──」
寒空に放り出された子どものような顔をするアイに、思わず吹き出しそうになるのをなんとかこらえ、逆さに向き合ったままの顔へ両手を広げる。
「おいで」
「……!!」
ぱああとエフェクトでも出そうなくらい、アイの瞳が輝く。アイの身体越しに、尻尾が揺れる音がした。
アイはどこかそわそわした手つきで、自分の手とこちらの耳を拭くと、そのままベッドへ入り込んだ。隣へぴたりと収まり、足元の掛け布団を二人へ引っ張ると、腕を迷いなく背中へ回す。
さらさらの髪を撫でながら、布団を肩までかけてあげると、抱きつく力がいっそう強くなった。抱き返すと、柔らかくて温かい身体がぎゅっと押し付けられる。高揚と安堵のはざまが、途方もなく心地良い。
「おやすみ」
「ええ──おやすみなさい」
これ以上の言葉も行為も、今日はいらない。互いの匂いに包まれながら、深く、深く息をする。
ふたりが溶け合い、夢の世界に旅立つまで、時間はかからなかった。 - 51◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 22:41:01
彼女のアーモンドアイとゆったりまったりいちゃいちゃらぶらぶグルーミングしたいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!
満足しました - 6二次元好きの匿名さん25/02/28(金) 22:46:16
グッドグルーミング!
- 7二次元好きの匿名さん25/02/28(金) 23:01:52
贅沢な時間じゃないか…GJ
- 81◆kuWdYcINuNh225/02/28(金) 23:59:54
- 9二次元好きの匿名さん25/03/01(土) 00:18:41
あのー五感のすべてってつまり……
- 10二次元好きの匿名さん25/03/01(土) 00:20:58
言わぬが花よ
- 111◆kuWdYcINuNh225/03/01(土) 07:21:36
- 12二次元好きの匿名さん25/03/01(土) 12:32:52
髪で覆い隠してキスはちょっと叡智が過ぎる