(SS注意)遅刻

  • 1二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:09:23

    「はっ、はっ、はっ……!」

     息を切らせながら、走る、走る、走る。
     すれ違う人達は驚いたような目で見るけれど、そんなことを気にしている余裕もない。
     何とかぶつからないまま、待ち合わせ場所へと辿り着く。
     腕時計を確認すれば、本来到着していなくてはいけない時間から20分以上経過していた。
     もう先に行ってしまっているかもしれないな、そう思いながら目印であるお店の前に視線を向ける。

     そして、そこには、いた。

     サングラスなどで変装しているものの、一目でわかる。
     怒っています、と周囲に宣言しているようなオーラを立ち昇らせている、一人のウマ娘。
     所々にピンクの入り混じった赤毛の長い髪、ハートを模した耳飾り、首筋のホクロ。
     彼女が発するあまりの圧に、通行人も無意識にそこを避けていて、ぽっかりと空間が開いている状態だった。
     ヤバイな、と思いつつ、俺は笑顔を浮かべながら彼女へと近づいた。

    「ごっ、ごめん、遅くなった……!」

     声をかけた瞬間、彼女の耳がぴくんと反応する。
     そして、ゆっくりとした動きでこちらを向くと、微笑むように口元を緩めた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:09:35

    「あっ、トレーナーさん、やっと来た♪」

     鼓膜に響いてくる、柔らかな声色。
     良かった、思ってたよりも怒ってないみたい────と、判断するのは素人。
     “元”担当トレーナーとして彼女とのそれなり長く付き合っていれば、それが誤りであることがすぐにわかった。
     現に、静かに外されたサングラスの奥の目は、全くもって笑っていなかったのだから。

    「────ごめんどころの話じゃないよね?」

     “元”担当ウマ娘のラヴズオンリーユーは、静かな怒りを込めながらそう言った。
     俺は即座に、その場で深く頭を下げる他なかった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:10:00

    「せっかくのデートを、何だと思ってるの?」
    「本当に悪かったよ、出る時に色々とトラブっちゃって」
    「それと遅れるなら連絡すること! …………心配しちゃうから」
    「……すいませんでした」

     不安そうに眉を垂らしたラヴズに対して、俺は再び、頭を深く下げる。
     ぐうの音も出ないほどの正論である、遅刻したことで焦った結果、当然のことが出来ていなかった。
     さぞや呆れているだろう、と考えた矢先、くすっと、小さな笑い声が聞こえて来る。

    「もう……ほら、髪の毛がボサボサよ?」
    「えっ、ちょ?」
    「直してあげてるから、動いちゃだーめ♡」

     ラヴズの柔らかくて暖かな手のひらが、優しく俺の髪に触れていく。
     それは頭を撫でられているかのようで、心地良いながらも、気恥ずかしい。
     止めてもらおうかとも思ったが、触れるごとに口元を緩めていく彼女に、言葉が出なくなってしまう。
     ……まあ、散々待ってもらっていたのだ、これで少しでも気持ちが和らいでくれるなら、安い物だろう。

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:10:12

    「うん、髪の毛はこれで大丈夫……あっ、服も乱れてる、じっとしてて」
    「……!」

     髪の毛を直し終えたのか、ラヴズの細い指先が頬を通って、ぞっと首筋へと触れた。
     襟首を丁寧に揃えて、上着の乱れをゆっくりと整えて、腰に触れながら裾を伸ばす。
     一つ一つの行為そのものは特におかしな行為ではないのに、妙に動きがねっとりしてて、くすぐったい。
     奇妙の刺激を何とか堪えていると、ふと、彼女の耳がぴんと反応した。

    「……ちょっと、ごめんね?」
    「うわっ!?」

     突然、ラヴスは腰に巻き付くように、正面からぎゅっと抱き着いて来た。
     押し付けられる二つのむっちりとした膨らみ、伝わってくる暖かな体温、鼻腔をくすぐる清潔で甘美な香り。
     彼女がすりすりとお腹に顔をすり寄せるごとに、俺の心臓はバクバクと音を大きくしてしまう。
     しばらくすると、顔を上げた────至極、真面目な表情を浮かべて。

    「トレーナーさん、ちょっとお腹周りがふっくらとしてきた?」

     ……食べる量と運動時間の見直しをしようと、心に決めたのであった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:10:27

     ラヴズとともにトゥインクルシリーズを駆け抜けて、はや数年。
     俺は彼女との実績が評価されて、チームトレーナーになることが出来た。
     対する彼女は相変わらずファンクラブを運営しつつも、マルチな方面で多彩な活躍を続けている。
     ファンクラブのメンバーもうなぎ上りで、もうすぐ一兆人も見えてくるとか。
     ファル子さんのライブには届かないけどいつかは、とLANEでの通話で良く語っている。

    「あっ、そうだ……ラヴズ、この間はありがとう」

     俺も頑張らないと、と思った矢先、ラヴズにお礼を伝えなくてはいけないことを思い出した。
     街を歩きながら、彼女はきょとんとした顔でこちらを見る。
     何のことを言われているのかわからない、といった表情だ。
     配信向けの表情を素敵だけれど、こういった素の表情もなかなかに魅力的である……まあ、それはさておき。

    「先週、ウチのチームの子を叱ってくれたんだろ?」
    「叱るって、それとなくお話しだだけよ…………彼女、気を悪くしてなかった?」
    「いや全然、むしろ憧れのキミに話しかけられて、前よりも聞き分けが良くなったくらいだよ」

     先週末のレースにて、俺の担当ウマ娘の一人が勝利を収めている。
     それ自体は喜ばしいことだったのだが─、その勝ち方が、あまり良くなかった。
     というのも、その子はフィジカルでは抜けた点を持っているが、メンタルはまだまだ未熟。
     能力に任せて勝ち上がりは出来ても、その上を目指していくにはその辺りの改善は必須であった。
     それ故に、今回は中団からのレースを指示していたのだが、結果は逃げ切り勝ち。
     俺は別のレース場で他のウマ娘に同行していたため、帰ったら話をしないと────と考えた矢先、件の話を聞いたのである。
     ラヴスは、少しだけバツの悪そうな表情をしながら、口を開いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:10:41

    「……ああいう勝ち方だと、トレーナーさんは喜ばないだろうなって、思って」
    「まあね、それに正直助かったよ、このケースだと注意をするのが難しくてね、今日はそのお礼もしないとな」

     トゥインクルシリーズにおいて、一勝は重い。
     殆どのウマ娘はその一度の経験を得られず、何度も勝てるウマ娘はほんの一握り。
     故に、その一勝に対して注意をする、というのはとても気を遣わなくてはいけないのである。
     相手が年頃の女の子であるとなれば、尚更。
     それをラヴズが後腐れのない形でフォローをしてくれたのは、有難い話であった。
     ……まあ、情けない話でもあるが。

    「このくらい別に構わないわ、現役の時は、たくさんお世話になったんだもの」
    「それは俺も同じだと思うし、やっぱり────」
    「……あっ、トレーナーさん、アレ見てっ!」
    「げっ」

     話を逸らすように、通りがかった店先を指差すラヴズ。
     その指先に誘われるように俺は視線を動かして、直後、呻き声を上げて固まってしまう。
     そんな俺を横目に、彼女はくすくすと微笑みながら、悪戯っぽく言葉を紡いだ。

    「へえ、『当店オススメの一冊!』だってさ♪」
    「……他にオススメする本なんて、いくらでもあるだろうに」

     ラヴズが指差した先には、色んなところで見かけるような全国チェーンの本屋。
     そこの店頭に平積みされている本の表紙には────俺の写真と名前があった。
     ……まあ、なんというか、自著を出版したのである。
     出版社の人から頼み込まれたのと、ラヴズとの日々で得た経験を、何かの形で残したかったという想いを込めて。
     思ったよりも売れてしまったのは、何とも想定外だったけれども。

  • 7二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:10:57

    「私もちゃーんと一冊買ったよ♡ …………くれなかったから」

     ちくりと刺してくるラヴズ。
     本当は今日渡すつもりで持って来ていたのだが、一足遅かったようである。
     ただ、彼女の表情は怒っているわけではなく、揶揄っているような雰囲気だった。
     当時、良く見た顔。
     懐かしい気持ちが込み上げて来て、何となく、俺は冗談を飛ばして見せた。

    「一冊? たくさんお世話になったのに、一冊しか買ってくれてないの?」

     ラヴズは俺の言葉に、一瞬だけ驚いた表情を見せるが、すぐににやりと余裕の笑みを浮かべみせた。

    「ええ────あなたへの愛を込めた、全力の一冊よ?」
    「……っ」

     ああ、これは勝てない。
     頬が熱くなるのを感じながら、俺はただ閉口するしかなかった。

  • 8二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:11:15

    「そういえば、トレーナーさんウマスタ始めたよね?」
    「……良く知ってるね」
    「昔は、私がいくら誘っても、俺はやらないってあれほど強く言ってたのにねぇ?」
    「…………いやまあ、チームの告知用だからね?」
    「ふふっ、人の気持ちや考え方って、柔軟に変わって行くものよね?」

     とある、小洒落た喫茶店。
     以前から行きたかった、というラヴズからの要望で俺達はその店に立ち寄っていた。
     時間帯のせいなのか、俺達以外にお客さんはいない。
     落ち着いた雰囲気でありながら、気取り過ぎていない、居心地の良さを感じるお店。
     多分、ラヴズが俺の好みに合ったお店を選んでくれたのだろう。
     しかし、レースの件といい、ウマスタの件といい、お店の件といい。

    「キミは、今でも俺のことを気にかけてくれてるんだね」
    「……トレーナーさんだって、そうでしょう?」
    「……キミほどじゃないよ」

     その瞬間、ラヴズはテーブルの上に軽く身を乗り出して、指を伸ばす。

    「────う・そ♡」

     ぴとりと、ラヴズの人差し指によって、唇を塞がれてしまう。
     彼女は柔らかく目を細め、尻尾をゆっくりと揺らめかせながら、言葉を紡いだ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:11:32

    「この前のライブも、ちゃんと見に来てくれてたよね」
    「たまたまチケットが取れて、予定が空いてたからだよ」
    「私が深夜にメン限の配信をした次の日には、眠そうな顔で学園に来ていたらしいし」
    「……待って、もしかして俺のチームに内通者いるの?」
    「本当はどこの誰よりも──────私の傍に居たい、トレーナーさんだもんね?」

     サングラスを外したラヴズの、愛を感じさせる瞳が、煌めく。
     俺は彼女の言葉に対して、何も言うことが出来なかった。
     そんな、執着を感じさせるような想いは一切ない、なんてことはなかったから。
     ただ、それを肯定することも出来ず、故に沈黙することしか出来なかった。

    「……ふふっ♪」

     しかし、それはラヴズにとってみれば、何よりも雄弁だったようである。
     彼女は妖艶に微笑むと、おもむろに席を立ち、俺が座る壁際のソファー席へと移動した。
     そして、ゆっくりとした動きで、俺の隣にぴったりと身体を寄せる。
     ふぁさふぁさと、背中を撫でつけて来る尻尾。
     彼女は身体ごと腕を絡ませてきて、その柔らかさを、暖かさを、甘い匂いを、存分に伝えて来る。

    「誤魔化さなくて大丈夫よ、私も、だから」

     ぎゅっと、ラヴズは俺の腕を胸元に寄せる。
     俺の心臓の鼓動と同じくらいの速度で、彼女の心臓を、とくんとくんと早鐘を鳴らしていた。
     見れば、彼女の瞳は微かに熱っぽく潤み、彼女の頬はほんのりと紅潮している。

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:11:46

    「…………このお店、今日は貸し切りなの」

     その言葉に、ハッとする。
     他のお客さんの姿は最初からなかったが、店員の気配さえもなくなっていることに今、気が付いた。
     反射的に危機感を覚えるものの、身体はぴくりとも動かない。
     抑えつけられている、わけではなかった。
     ただ、動こうとする意志が、働かなかった。

    「ラヴは止められない、でしょ?」

     その言葉とともに、まるで蠢く蛇のように、ラヴズの唇が耳元へと近づいてくる。
     そして彼女は、熱い息とともに、いつもの決まり文句を愉しげに吐き出すのであった。

    「ラヴミー♡ ラヴユー♡」

  • 11二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:12:03

    お わ り
    特に深い意味はないです

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:13:01

    ありがとう
    めちゃくちゃありがとう

  • 13二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:13:20

    最高のトレウマSSなのに次々と元ネタが透けて来るせいで笑ってしまう

  • 14二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:13:48

    寝る前に良いものを見た
    ラヴズオンリーユーは絶対に強い(確信)

  • 15二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:15:37

    サブリミナル効果が凄い

  • 16二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:17:50
  • 17二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:17:55

    いい・・・


    それはそれとしてこのトレーナーなんか見たことある人ですね

  • 18二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 00:23:43

    色々言いたいことはあるけどファンクラブ1兆人のところで不覚にも笑ってしまったし純粋にSSとして良すぎる

  • 19二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 01:03:53

    なんでこんなにかわいいトレウマSSなのにおっさんたちの顔が透けるんやろなぁ…
    ネタの使い方が絶妙すぎる

  • 20二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 01:19:22

    これは良い(?)鞍上因子の使い方

  • 21二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 03:45:22

    ねえこれって川d(グハァ

  • 22二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 04:11:05

    ねぇ、そのトレーナーの本に「岩田康誠」って章ない?

  • 23125/03/02(日) 07:37:54

    >>12

    こちらこそ読んでいただきありがとうございました

    >>13

    なんのことでしょう(すっとぼけ)

    >>14

    絶対つよつよだよね・・・

    >>15

    サブリミナルの方が映ってる時間長そう

    >>17

    気のせいじゃないですか・・・(目を逸らしながら)

    >>18

    改めて書くとファル子はおかしい

    >>19

    なんでやろうなあ・・・

    >>20

    ラヴズの話なのに明らかに関係ない人の因子が乗ってる・・・

    >>21

    ラヴズだからね 仕方ないね

    >>22

    良い車乗ってる近所の兄ちゃんに憧れてトレーナーになってそう

  • 24二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 11:42:37

    こんな文才あにまんにいてええんか?って気持ちとまぁ内容的にはあにまんの方が盛り上がるか…?という気持ちが半々

  • 25二次元好きの匿名さん25/03/02(日) 18:06:03

    アラフォーとアラフィフの男達がやってた行動がラブコメとして違和感なさ過ぎて草

  • 26125/03/02(日) 22:29:07

    >>24

    まあツッコミが入るのが前提みたいなネタではありますね

    >>25

    思いの外しっくり来ましたね

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