『冬は過ぎ去った』というには少し早いとリーリヤは思った

  • 1二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:38:32

    「春の風物詩ですか……?」

    お出かけしている時、不意にセンパイがそう訊ねてきた。
    ファミレスでお昼を摂っている最中に急に切り出されたので少し呆けてしまった。

    「ええ、気が早いとは思いますがスウェーデンのクリスマス――冬については聞けたので春はどうかと思いまして」

    そう言うとセンパイは、窓越しに外の風景に目を向ける。
    追うようにして見るとそこにはまだ残っている積雪がちらほらとあった。
    センパイが言うには日本ではその地域によって積雪量が変わるようで北国はともかくこっちではあまり降らないらしい。
    そのあまり降らない雪が降り、その名残りがこうして残っている。
    まだ肌寒いものの溶けてどんどん小さくなっていくそれを見て、センパイはふとそう思ったのかもしれない。

    「そうですね……改めて言われると……」

    センパイがわたしの故郷に興味を持ってくれるのは嬉しい。
    だからこそ何かなかったと考えるものの……自分にとっての日常や当たり前を言語化するのは難しい。
    そもそも、語れるようなイベントってあったかな……?

    「参考として日本で有名なのはお花見でしょうか」

    うんうんと悩むわたしに助け舟でも出すようにセンパイは一例として日本の風物詩をあげてくれた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:40:17

    「あ、知ってます! アニメで観ました! 桜の木の下でお弁当を食べたりするんですね。……いいなぁ」

    知っているものだったおかげかすぐに頭の中にイメージが浮かぶ。
    日常物や春が題材の作品や話だと高確率で出てくるそれをわたしは何度もみていた。
    その度に羨ましく思ってた。
    スウェーデンにも桜が咲く場所はあるけど少なくともアニメのような風情を味わえはしないから。……だってそこ、王立公園だもん。
    そんな事情でわたしは日本のお花見に少なからず憧れがあって……だからか、その気持ちが溢れてしまった。

    「興味がお有りでしたら予定に組み込むことはできますよ?」

    「えっ? いいんですか!?」

    そんなわたしの姿を見てか、センパイはそんな提案をしてくれた。
    確かにわたしにとっては嬉しいことだけど……。

    「はい。今からであれば、当日余程の急用がない限りはスケジュールに組み込むことはできます」

    わたしの不安を払拭するようにセンパイはスケジュール帳を取り出すと、確認するように目を通した後はっきりと言ってくれた。

    「お、お願いします!」

    願ってもいないチャンスに、わたしは二の句もなく返事をする。

    「……センパイとお花見……わたし、腕によりをこめてお弁当作りますね!」

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:41:27

    そうして憧れだったお花見に、センパイと一緒に行けるという事実にわたしの頭の中は一足早い春を迎えていた。
    まだ先だというのにもう当日のお弁当のメニューのことを考えてしまっている。

    「はい。それは嬉しく楽しみですが……」

    「?」

    そんなわたしを微笑ましく眺めつつも、センパイは一言。

    「質問に答えてくれてはいませんね」

    「あ……」

    それにより、ようやくわたしの頭は『今』に帰ってきた。

    「すみません……つい、嬉しくて……」

    センパイとお花見……それを想像しただけで気持ちがはやちゃった……。

    「いえ、俺も楽しみが増えたのは僥倖でした」

    「……センパイ」

    落ち込みかけた所にセンパイも同じ気持ちであることを知ったわたしは自然と口元が緩んでいた。

    「あ、そうだ。スウェーデンの春の風物詩……イベントの話ですよね?」

    少し気恥ずかしくなったわたしは話題を変えるべく、そして本来の話題に戻る為にそう切り出す。

    「うーん……パッと思い浮かぶのだとイースターと……あとはValborg(ヴァルボォリ)くらいでしょうか……」

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:42:38

    頭に過るのはその二つ。わたしが知らないだけで他にもあるかもしれないけど、それでもたぶんスウェーデンの春といったらこの二つだと思う。

    「ヴァルボォリですか?」

    そうして出た単語の一つにセンパイはピクリと眉を顰める。

    「あ、知りませんか? 春の訪れを祝うお祭りなんです。篝火を焚いて、みんなが見守る中聖歌隊が歌うんです。特にVintern rasatという曲がみんな大好きだから盛り上がって――あ」

    センパイの様子からたぶん知らないと思ったわたしは口早に説明していた。
    その時の情景を思い返しながら話していたせいか、気付いたらセンパイのことそっちのけになっちゃった……。

    「すみません……一人ではしゃいじゃって……」

    「いえ、聞いたのは俺ですから。それに、葛城さんが楽しく語る姿を見るとそれだけで俺も嬉しくなります」

    ガクリと肩を落とすわたしにセンパイはそう告げる。
    センパイの表情からそれが本心からのものなのは理解できる。

    「……もう、センパイったら」

    気を遣っているのも事実だと思うけど、それでもセンパイがわたしの言葉に耳を傾けて、そして喜んでくれている。
    それが嬉しくて、そしてこそばゆくて……わたしは思わず頬を緩ませていた。

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:44:34

    「しかし、ヴァルボォリですか……他国の文化ということもあってあまり聞き馴染みがない言葉ですね」

    照れているわたしを微笑ましく眺めていたセンパイは、少しした後本題に戻るべく咳払いを一つしてから話しを再開させる。
    センパイの言う通り、日本では馴染みがないと思う。
    そもそも日本だと春に炎を焚くという文化はないらしい。
    『うーん、どちらというと秋かな? 日本で焚き火するのって』そう清夏ちゃんも言ってし、やっぱり文化の違いを感じるな……。

    「そうですよね……。あ、でもこっちの名前なら知ってるかも……」

    「……別の名称があるんですか?」

    ちょっと気落ちしてしまったけど、そういえばヴァルボォリには違う呼び名があったなと思い出す。
    気になったらしいセンパイは促すような訊ねてくれる。……うん、たぶんこっちなら博識なセンパイは知ってるかも。

    「はい。ヨーロッパの方では聖人に因んだ名前になってるんです。センパイも聞いたことはありませんか? ヴァルプルギスの夜っていうんですけど?」

    日本だとワルプルギスの夜の方が有名かも。
    わたしがその名を口にするとセンパイは得心が言ったように「ああ」と短い声を漏らした。

    「ああ、なるほど。たしかにそれなら知っています」

    「……やっぱり、こっちの方が有名ですよね?」

  • 6二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:46:41

    案の定の反応にちょっと乾いた笑いが零れる。
    地元のお祭りがそういう形で知られるのはちょっと複雑。呼び方が違うだけだけどそれでもセンパイにはValborgの方で覚えてほしいな……。
    そんなワガママな一面が心の内で顔を覗かせたことにセンパイは気付いていない。

    「ええ。それに創作物に関してもこちらの方が使われてるイメージですね。それこそ昔流行ったアニメにもその名称の敵が出てきましたし――」

    その証拠にセンパイはわたしにも共有できるような話題を出して――

    「センパイもあの作品を観たんですか!? どういうところが良かったですか? 敵だと思ってた子が実は……とか、マスコットの正体とか、魔女に関わるわる設定とかも――」

    まんまとわたしはそれに飛びついてしまった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:48:58

    ――数分後。

    「…………すみません、センパイ。またわたし……」

    「いえ、大丈夫ですよ。語る機会が少ないのも原因でしょうから存分に語ってください。俺でよければ付き合います」

    そこには項垂れるわたしと宥めるセンパイの姿があった。
    センパイの言う通り普段抑圧しているからだとは思うけど……うぅ……センパイの前ではあまり見せたくないのに……。

    「……ありがとうございます。でも、流石にわたしだけ一方的に話すのは……」

    センパイが優しいのも言ってることも事実だけど、それでもそん理由でセンパイに迷惑を掛けたくない……。

    「いえ、プロデューサーたるもの担当アイドルのことを理解したいと思うのは当然です。それに俺が幾ら調べ、予想を立てようとも葛城さんの心の内を真に理解することはできませんから」

    そう思って、申し訳なさそうにしているわたしに対してセンパイはプロデューサーとしてそう言ってくれる。

    「だからこうして心の内をさらけ出してくれた方が俺は嬉しいです」

    そして付け足すように紡いだ言葉はセンパイとしてのもので……。

    「……ありがとうございます、センパイ。じゃあ……その、少し付き合ってもらってもいいですか?」

    ダメだと思っていても、その言葉と優しさに甘えたい自分がいるのも確かだった。

    「よろこんで」

    そんないつもとは違うワガママをセンパイは微笑を浮かべて受け入れてくれる。
    その関係が、空間が心地良くて……暫くの間わたしはセンパイと語り合うのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:50:34

    「そういえば」

    ファミレスからの帰り。
    日が暮れて、帰路に着いていると不意にセンパイは思い出したように呟いた。

    「春の訪れを祝うと言っていましたが、いつ行なうのですか?」

    そうしてセンパイは疑問を口にする。
    確かに一言で『春』と言っても国によってその時期が変わることはある。
    実際日本では3月か4月辺りを指すのが一般的らしいけど……。

    「えっと、4月30日です」

    そう、スウェーデンの春は日本と比べると一足遅い。

    「……意外と遅いですね」

    「はい。スウェーデンは4月までは寒くて5月から春って認識なんです。だからその前……4月の終わりにValborgをするんです」

    元々日本よりも北に位置していることもあり、スウェーデンの冬は長い。そうなると必然春の到来も遅くなる。
    わたしにとっては普通のことだったけどセンパイにとってはそうでないらしい。
    クリスマスの時もそうだけど、やっぱりこういう所めカルチャーギャップを感じてしまう。

    「なるほど」

    わたしの拙い説明でも納得出来たらしいセンパイは静かに頷いた。
    すると少しの間悩んだ後――

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:51:59

    「そうなると、日本だと難しそうですね」

    ポツリとそんな言葉を零した。

    「え? センパイやってみたいんですか?」

    「……少し興味がありましたので」

    「……ふふ」

    照れくさそうにメガネをくいっと上げるセンパイを見て、微笑ましくなってしまった。
    いつもは頼りになるのに、こういう偶に見せる歳相応の姿を見るとわたしとあまり歳が離れていないことを実感する。
    そういう時、ちょっとかわいいなって感じていることは言わないでおこう。
    それよりも、Valborgにはより現実的な問題があることを伝えないと。

    「あ、でも日本でするのは難しいと思います……Valborgの篝火って結構強いんです。……あ、これ去年撮った写真なんですけど……」

    そうしてわたしはスマホに保存されていた写真をセンパイに見せる。

    「……軽く2、3メートルはありますね」

    そこに写っているのは去年撮った篝火の姿。
    周囲に人がいるおかげで大きさの比較もし易く、センパイの言った通りその火柱は3mは超えている。

    「はい。だから消防団も配置されているんです」

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:53:18

    Valborgの篝火に使うのは一般的な葉っぱや木の枝なのは変わりないけど、問題なのはその量。
    それぞれの家から庭で冬の間に折れた木々の枝や葉っぱ、ガーデニングで出たゴミなどを集めて燃やすから焚き火やキャンプファイヤーの比じゃない程に燃え上がる。それこそ消防団が待機してる程に火の勢いは強い。

    「……日本で同じことをしようとしたら市の協力や結構な金額が必要になりますね」

    「そうですよね……」

    日本でやってたら間違いなく小火騒ぎ所の話じゃない。
    もし勝手にやったら消防団どころか下手したら警察に捕まってしまうかも……。

    「……わかりました。ありがとうございます、葛城さん」

    そう言ってセンパイは少し残念そうにわたしにスマホを返してくれた。

    「そうなると見る方法はネットに上げられている動画か……もしくは実際に行くくらいしかないようですね」

    それでも諦めきれないのか、考えてを口にしている。

    「えぇっ!? 実際に来るんですか!!」

    まさかそれを見たいが為にスウェーデンに行くとは思っていなかったからつい驚いてしまった。

    「はい。葛城さんが体験したものを俺も経験すれば理解を深められるかと思いまして。それに、一度は行っていますから」

    純粋な好奇心だけではなく、根底ではわたしのことを考えてくれていることにちょっと嬉しくなる。

  • 11二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:55:03

    「……えっと、それなら……その……その時はわたしも連れて行ってください」

    だからその想いに応えようとわたしはお願いする。

    「……そうですね。葛城さんにとっても家族に会える機会でしょうから、その場合はきちんと予定を組むことに――」

    「あ、そうじゃなくて……!」

    どうやら実家に帰りたいから付いて行くと思われたみたい。

    「いえ、そういうのも嬉しいんです、けど……」

    勘違いでもセンパイの気遣いは嬉しいし、お世話になっているセンパイをお父さんとお母さんに会わせたいという気持ちがないわけではないけど……。
    でも、今はわたしが伝えたいのはそういうのじゃなくて――

    「その、センパイの隣でちゃんと教えたいなって……知って欲しいなって……そう思ったんです」

    わたしの生まれ育った町を。わたしが生きてきた軌跡を。
    少しでも『わたし』を知って欲しいと……そう思ったから。

    あの道をセンパイと一緒に歩いて、あそこでは昔あんなことがあったんですよって……そんな他愛ない『昔のわたし』のことも知って欲しいから。

    「……そうですね。では、その時はお願いします。葛城さん」

    「はい!」

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:56:09

    その想いを汲み取ってくれたのかはわからないけど、それでもセンパイはわたしと一緒にいつかスウェーデンに行ってくれると約束してくれた。
    今はその約束だけでも嬉しい……。

    「そういえば、どんな歌なんですかそのVintern rasatというのは?」

    「……はい。ちょっと恥ずかしいけど、こういう感じです」

    その時が来るのはまだだけど。春はまだちょっと早いけど。
    わたしは春の到来を喜ぶ歌を歌った。

    いつかセンパイとValborgを見れる日を願って――
    わたしがこの学園で育んだ歌を――
    風に乗せて遠い遠い故郷へと――


    Vintern rasat(冬は過ぎ去った)

  • 13二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:57:06

    終わりましたわ〜〜
    誰ですの、季節物だからってギリギリまで書き終わらなかったお馬鹿さんは?
    わたくしですわ〜〜〜〜!!

    あ、ヴァルボォリに関してはネット知識ですので誤ったところがあったらごめんなさいですわ

  • 14二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 20:58:20

    良かったで

  • 15二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 21:04:15

    癒される…

  • 16二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 22:01:42

    こういう良質なssが突然生えてくるから掲示板覗くの止められねぇんだ…

  • 17二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 22:11:11

    なんだこれは!(なんなんだこれは!)
    開いて見たら超良質なリーリヤ視点のSSじゃあないか!
    もう、リーリヤの一挙一動が愛おしい

  • 18二次元好きの匿名さん25/03/03(月) 22:19:22

    お疲れ様です、とても素晴らしいSSでした!
    画像の様に、コロコロと表情が変わるリーリヤの顔が目に浮かびますね

  • 19二次元好きの匿名さん25/03/04(火) 05:48:03

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