【SS】あたしとアタシの歩む道

  • 1◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:27:23

    ここは地下バ道……栄光の舞台へと進む道。
    今回のレースに参加するウマ娘達が一人、また一人と地下バ道を歩いていく。
    誰もが緊張と決意に満ちた足取りで進む中、一人軽やかに歩んでいくウマ娘が一人。
    しかしその軽やかさは決して慢心によるものではなく、自らの走りの自信から来るものである。
    そんな彼女が歩いていると目の前に一人のウマ娘が背を向けて仁王立ちをしていた。

    【葛城英主】

    黒字の上着に金色の文字で刻まれたその文字を見て彼女はニコリと笑う。

    「アタシの思った通り、キミもここに来たんだね」
    「あたしもだ。やっぱりここに来たんだな」

    そう言いながら仁王立ちをしていたウマ娘はその構えを解いて後ろを振り返る。

    「こんな感じで話すのも久しぶりだな、シービー」
    「エースこそ、卒業前以来だっけ?」

    "カツラギエース"と"ミスターシービー"
    かつてトゥインクルシリーズでライバルとして凌ぎを削り合ってきた二人が再びこの場所で相見える。

    「ま、ここで長話するよりも……」
    「アタシ達には語り合う場所があるからね」

    多くは語らず二人は横に並んで地下バ道の出口へと進んでいった。

  • 2◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:27:47

    外へ出ると二人の眼前に広がる変わらぬコース、そして天地を揺るがす程の大声援。
    これから二人が臨むはドリームトロフィーリーグ。トゥインクルシリーズで好成績を残したウマ娘のみが走る事を許されるレーシングプログラムである。
    以前から開かれているこのレース、かつての強者達が集うという事で多くの人が集まっていたが今回はそれよりも大勢が集まっていた。
    それもその筈、あのカツラギエースとミスターシービーが再び同じレースで勝負をするのだから。

    「あたしの背中、もう一回その目に焼き付けてやるからな」
    「ならアタシはその背中、間近で見てからすぐに追い越してあげる」

    そんな揶揄い半分、本気半分なやり取りを返して二人はゲートに入る。

    (この瞬間が一番緊張するんだよな……)
    (でも一度開けばそこから先はアタシ達の世界……)

    ゲートの位置は離れているのに全く同じタイミングで目を一瞬瞑り、深呼吸し不敵に笑い目を開く二人。

    「それじゃ、行くか!」
    「見せてあげる……アタシの走り!」

    ———ガコン

    そして大歓声と共にゲートが開かれ、今か今かと待っていた者達は一斉に駆け出していった。

  • 3◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:28:09

    『さぁ始まりました!先頭はカツラギエース!勢いよく集団を突き放していきます!』

    (手加減なんて無しだ!全力で行くぜ!)

    最初に先頭に立ったのはエース。得意な逃げの戦法で他を突き放す。
    背中に刻まれた【葛城英主】の文字を背後にいる全員に見せつけ、今追いかけているのが誰の背中か…あの"皇帝"にすら最後まで見せつけた背中だと言う事をはっきりと分からせていく。
    当然他も負けじと追いかけるが、まるで激しく燃え盛る"炎"のようなその勢いに誰も近寄り追いつく事が出来ないでいた。
    しかしエースはその勢いを緩める事なく走り続ける。

    (まだ仕掛けてこない……なら更に突き放す!)

    燃え盛る自らの"炎"の勢いに体力と気合という名の薪を絶え間なく焚べていき、その脚の動きを維持しつつけるエース。
    彼女は確信していた、"これでもまだ足りない"と。
    そう、彼女は自らの"炎"の勢いに唯一届き、吹き消す事が出来る"風"の存在を背後から感じていたのである。
    まだ聞こえない、しかし絶対に迫ってくる足音の主をエースは心待ちにしていた。

  • 4◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:28:33

    (流石だね……でも、そうこなくっちゃ)

    一方、レース開始直後から後方を一定のペースで走っていたシービー。後方にいながらも焦らず自らの全力を叩きつけるその機会を虎視眈々と窺っていた。
    しかし一定のペースを保つとはいえ、レースの戦況は水の流れや風のように変わりゆくもの。先頭で燃え盛る"炎"の存在によって慌しく全体の速度が引き上げられていく。
    そんな状況下でも対応し、一定のポジションを維持し続けるシービーのその姿は先を走る者達にとって得体の知れないプレッシャーとして存在し続けていた。

    先頭で絶え間なく燃え盛る"炎"
    周囲を寄せ付けない状況でも薪を焚べるかのように勢いを強めていくその姿は後方に位置するシービーにもよく見えていた。
    だが焚べるものも無限ではない。焚べるものを用意するための一呼吸が、一瞬とはいえその"炎"の勢いが一瞬弱まった瞬間をシービーは見逃さない。

    (アタシの全部を……キミにぶつける!)

    すうっと呼吸を整え、次に踏み出す一歩に全力を込める。大地を踏み締めたその脚の勢いを限界まで抑え込まれたバネのように一気に解き放った。

  • 5◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:28:51

    (行くよ!カツラギエース!)

    『ここでミスターシービーが一気に追い上げてきた!』

    瞬間、コースに一陣の"風"が吹き抜ける。
    シービーが残していた力を全て込めてスパートをかけたのだ。そのまま彼女の先を走っていた者達を一人、また一人と追い越していく。
    しかし追い越していった者達に脇目も振らずシービーは更に加速していく。
    狙うは先頭で燃え盛る"炎"……
    それを超えた先にある勝利ただ一つ。

    先頭で背後の様子を感じ取ったエース。
    彼女もまた、後ろからの"風"を感じていた。
    しかしその表情は驚愕ではなく寧ろ満面の笑顔。かつての憧れが、今は並び立つ好敵手としてここにいる。
    そして今誰も追いつけていないこの状況にシービーただ一人だけが全力で追いついてきている……その事実が堪らなく嬉しかったのだ。
    一瞬振り向かなくとも、横に目を走らせる必要などない。もうその"風"はすぐそこまで来ていると聞こえる足音と息遣いで分かっていたのだから。

    (来い!ミスターシービー!)

    『カツラギエース!勢いはまだ衰えない!』

    呼吸を整え、残された体力と気合を自らの"炎"に放り込み全身全霊、最後の加速にエースは全てを託す。

  • 6◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:29:09

    『カツラギエース!ミスターシービー!この二人が並んでいる!後ろからは誰も追いつけない!』

    レースは最終直線、ついに隣り合う二人。会場のボルテージも最高潮である。

    (あたしが……勝つ!)
    (アタシは……負けない!)

    「くっ…うおぁぁぁぁぁっ!!!!」
    「はぁっ…あぁぁぁぁぁっ!!!!」

    既に死力を尽くしている二人は最後の力を振り絞り、"風"は"疾風"に"炎"は"焔"へと変わる。
    もはや他の誰もその"疾風"に追いつけず、その"焔"に近寄ることすらままならない。
    完全にエースとシービーの二人だけの世界がそこにはあった。

    「シービィィィィッ!!!!」
    「エースゥゥゥゥッ!!!!」

    ゴールまで残り数メートル。
    "焔"が焼き尽くすか、"疾風"が突き抜けるか。
    そして———

  • 7◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:29:26

    『一着はカツラギエース!ミスターシービーとの大接戦を制しました!二着ミスターシービー!三着は………』

    死力を尽くした大接戦に打ち勝ったのはエースの方でだった。とはいえその差は僅かハナ差、どちらが勝ってもおかしくはなかったのである。

    「つっ……よっしゃぁぁっ!!!」

    大歓声に負けない程の歓喜の叫びをあげるエース。

    「へっ、あたしの勝ちだぜシービー……あれ?」

    しかし振り向いた瞬間足元がふらつき……

    「大丈夫、エース?」

    エースの視線は倒れずそのままの状態であった。
    見ると倒れかけたエースの身体をシービーが抱きつく形で支えていたのだ。

    「サンキューシービー……ちょっと眩んだだけだ。もう大丈夫だから」
    「ヤダ、このまま」

    エースが離れようとするとシービーがそれを許さない。シービーが抱きついているため走った直後の互いの息遣いが大歓声よりもよく聞こえる。

  • 8◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:29:57

    「ありがとなシービー、こうして走ってくれて」
    「アタシの方こそ、また一緒に走ってくれてありがとねエース」

    呼吸も落ち着き、そのままの状態で話しかけるエースとそれに答えるシービー。
    エースが視線を移すと二人のトレーナーが互いに健闘を讃え泣きながら握手をしているのが見えた。

    「トレーナーさん達も嬉しそうだな」
    「むっ、今はアタシの方を見てよ」
    「おっと悪い悪い」
    「……ねぇエース」

    未だ止まぬ大歓声と若干の黄色い声に包まれながらシービーは語り出す。普段調子の声ではあるが周囲のどの声よりもはっきりとエースには聞こえていた。

    「覚えてる?アタシ達が初めて会った時にエースが言った言葉」
    「ああ、覚えてるさ」

  • 9◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:30:24

    『あたしはカツラギエースだ。覚えろよ——あんたと走るために来た、ウマ娘の名前だ!』

    「あの時周りがアタシのあり方から距離を置いていた……それは別にアタシも良しとしていたんだけどさ、その時エースがアタシの事を見てくれて、走りに来たって言ってくれて……嬉しかった」
    「あたしも、シービーがいたからここまで頑張れた。シービーがあたしに力をくれたんだぜ?」

    気付けばエースもシービーの事を抱きしめ返していた。交わし合う言葉に二人の感情がより深くこもっていく。

    「アタシさ、エースと一緒に走ると凄く楽しい」
    「そう言われちゃあもっと頑張らないとな!」
    「それに今のアタシ、凄く嬉しいし凄く悔しい」
    「シービー……」

    「だから———次はアタシが勝つからね?」
    「上等、次もあたしが勝ってやるからな!」

    抱きしめていた身体を離して固い握手を交わす二人。
    そんな二人を讃えるかのようにより一層の声援がレース場全体に響き渡ったのであった………。

  • 10◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:31:06

    「……あの後本当にシービーが勝つんだもんな」
    「言ったでしょ?『次はアタシが勝つ』って」

    あのレースから時が過ぎ、エースとシービーは咲き誇る桜の木の下であの時の事を語り合っていた。

    「その後あたし達のレースを見てたルドルフが緊急参戦するもんだからみんな大騒ぎだったよな」
    「そうそう!そうしたらマルゼンやラモーヌやシリウスも参加したいって言ってたからみんな同じだねって」

    シービーがレースに勝った後日、シンボリルドルフがリーグへの参加を表明。それに続くかの様に多くのマルゼンスキー達も参加を表明したのである。
    皆リーグへの参加資格は満たしており、全員口を揃えて「あの二人に負けてはいられない」と語っていた。

    皆とリーグレースで競い合った後、エースとシービーは周りから惜しまれつつも現役を完全に引退。そして今に至るのである。

  • 11◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:31:26

    「そういえばエースの方はどうなの?」
    「こっちはまずまずって感じだな」

    現役引退後、エースは大学を卒業してトレーナーと結婚。
    現在はトレセン学園で地方と中央との交流強化のアドバイザーを務めており、同時に農業の知識を活かして大豊食祭や畑の管理を手伝っている。
    また学園内だけではなく地方のトレセンにも足を運び、「食からはじまる身体作り」として走りだけではなく野菜や畑作りの指導も行なっているのである。

    「あたしの旦那さんと一緒に頑張ってさ、少しずつだけど確実に地方は変わりつつあるんだ」

    エースの夫であるトレーナーも現在はエースと同じ様に地方と中央の橋渡しを行なっており、地方に赴いてはトレーニング環境の確認や現状の情報公開と対応策を考案して実施するといった形に地方トレセンの発展に貢献している。
    エースの両親も二人の事を応援しており、地元の人々と助け合いながらより農業に励んでいるとの事。

    「最初は大変だったけどさ、二人で諦めねぇぞって気合いで頑張ったんだ。」

    二人の尽力の結果、地方のレースのレベルも上がり中央へ向かう者も増えていったのである。
    また中央の方も「地方のレースだとしても勝ちに行くのなら全力を尽くせ」という認識になっており、二人の貢献度合いがより深く刻まれていた。

  • 12◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:31:47

    「シービーの方は……ってよく会うだろあたし達」
    「ま、それでもやってる仕事は違うからね」

    シービーもエースと同じく引退、大学卒業後はトレーナーと結婚。
    現在は現役であるトレーナーのサポートと学園やレース教室のコーチを行なっているという。
    旦那である彼も現在は大人数のチームを受け持つトレーナーであり、一人で対応しきれない所をシービーが補っているのである。

    「アタシはアタシで他人じゃないからやっぱり目的とか誰かの為とかに走るってよく分からないんだけどさ、走る事は楽しい事だってみんなに伝えたかったんだ」

    実際走る事の楽しさを教えているシービーのアドバイスは技術面だけでなく目標や期待に押し潰れそうなウマ娘達を幾度もなく救っており、その事はエースもよく耳にしていた。
    またレース教室でもそれは発揮され、将来学園に入りたいと思う幼いウマ娘達も多く彼女は憧れの存在となっている。

    「それとこれ、買ってきたけどどう?」
    「おっ、この前のあれか!サンキュー!」

    そう言ってシービーから手渡されたのは可愛らしいアクセサリー。店の手作り品だとシービーは話す。
    シービーはトレーナーと遠征先に出かけた時などにふらりと立ち寄った店や景色を写真と共に紹介しており、それもまた人気を集めているのだ。

  • 13◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:32:16

    「大変な時もあるけどさ、シービーも頑張ってるって思うと負けられない!って力が湧いてくるんだ」
    「アタシもエースには負けられないって強く思うとどんな事でも頑張れるって思うんだ」

    二人が語り合っていると向こう側からこちらへ向かって全速力で走ってくる幼いウマ娘が二人。

    「おかあさぁぁん!」
    「ママぁぁっ!」

    全速力で走ってきた二人の内一人はエースに、もう一人はシービーに飛びついた。

    「よしよし、楽しく遊んできたかい?」
    「ふふっ、いっぱい走ってきたでしょ?」
    「うん!ふたりでたくさんはしってきた!」
    「おとうさんたちとれーすごっこした!」

    この二人はそれぞれエースとシービーの娘。
    二人とも母親同様仲が良く、こうして走って遊ぶ事が多いのである。将来は学園に入ってレースを頑張ると揃って言っていたので将来が楽しみだとエースとシービーは語っていた。
    エース達が向こうを見るとこちらに向かってくる男性二人……それぞれの旦那がヘトヘトになりながら娘達を追いかけてくる。そんな二人が追いついてきて息を整えたところでエースが口を開く。

  • 14◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:32:35

    「さて、みんな揃った事だし帰ってご飯の用意でもするか!シービー達も来るか?」
    「オッケー!それならアタシ達も料理を振る舞っちゃいますか!」
    「そりゃ楽しみだ、こっちも負けてられないな!」

    そうして二組の家族は一緒になって賑やかに話しながらエースの家に向かったのであった……



    選んだ道は違えど、未来に向かって真っ直ぐに進むカツラギエースとミスターシービー。
    きっとこの先も二人が選んだ道は互いに交わり、そして共に駆け抜けていくのだろう。

    「これからもずっとよろしくね、エース」
    「当然だろシービー。分かってるくせによ」
    「そうだね、だってアタシ達は……」
    「ああ、だってあたし達は……」

  • 15◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:32:46

    『誰よりも一番のライバルで……』

    『そして誰よりも一番の…親友だから!』

  • 16◆v.9FZ0qjGc25/03/03(月) 23:33:53
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