(SS注意)悩み

  • 1二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:48:22

     アーモンドアイは、悩んでいた。
     トレーニングも、勉学も、学園生活もおおむね順調。
     他人から見れば順風満帆といったところであるが、問題は、本人の中にあった。

    「時々、〝彼”の顔を見ると、ぼーっとしてしまうことがあるのよね」

     例えば、先日のお出かけの時もそうだった。
     アーモンドアイが〝彼”と一緒にシューズを選びに行った時、たまたま新しく出来たドールショップを見つけた。
     時間もあったので何となく立ち寄り、時より愛でながらも回っていた最中、〝彼”はくすりと笑う。
     突然どうしたのだろう、と彼女が問いかけれ見れば、〝彼”は柔らかく眉を曲げながら口元を緩めた。

    『人形を見ている時のアイには、いつもとは違うかわいらしさがあるよね』

     〝彼”の微笑みを見た瞬間、アーモンドアイの頭の中は真っ白になってしまった。
     頬に熱がこもり、視線を外せなくなって、胸が苦しくなり、息が詰まる。
     そんなことは、彼女にとって初めての感覚だった。

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:48:43

    「それに最近は、夢にまで出てくるようになったの」

     おかしな夢でもない。
     ただ〝彼”とともに、なんてこともない普段通りの日常を過ごすだけの夢。
     静かで、和やかで、穏やかで、暖かで────それに、幸せで。
     そのおかげで目覚めは良くて、とても爽やかなのだけれど、少しだけ寂しさを感じてしまう。
     こんなことも、今まではなかった。
     自分の中にある、初めての感情が、どうしても引っかかっているのだった。

    「貴方はこれを、何だと思う?」
    「…………それを、なんでうちに聞くんや?」

     極めて真剣な表情で問いかけるアーモンドアイ。
     教室の、机を挟んだ向かい側には、一人のウマ娘の姿がある。
     栗毛のサイドテール、茶色のメンコ、左耳には五弁の紫丁香花の耳飾り。
     ラッキーライラックは、そんな彼女に対して呆れた表情を浮かべていた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:49:10

    「こういう相談するならララが一番良いって、なんとなく思ったから」
    「……そか」

     ストレートな言葉に、ラッキーライラックは思わず顔を逸らしてしまう。
     あまりにも直感的な理由ではあるが、信頼されているというのは悪い気はしない。
     ニヤけそうになる顔を押さえつつも、彼女は少しだけ悩んでいた。

     ────これ、どないしようかな。

     アーモンドアイの悩みの正体、それに関して、ラッキーライラックには、すでに当たりがついていた。
     しかし、それを正直に指摘して良いものか、そもそも他人が教えて良いものなのか。
     そもそも、それを指摘すること自体がちょっと恥ずかしい。
     そんな理由で言葉を濁していると、アーモンドアイは何かを察したように、ぽんと胸に手を当てた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:50:07

    「遠慮せずに思ったことを言って、ちゃんとに受け止めて、改善してみせるから」
    「改善とかそういう問題ちゃうと思うけど……ほな、そうさせてもらうわ」

     アーモンドアイ本人がそう言っている。
     それに、いつまでも引きずって、腑抜けられても困ってしまう。
     自分が勝つまでは、途方もない負けず嫌いで完璧主義者のアーモンドアイで居てもらわなくては。
     そう思ったラッキーライラックは深呼吸を一つ。意を決して、言葉を紡いだ。

    「────それはな、恋やで」
    「……鯉なら、捌いたことがあるけど?」
    「そそ、今の時期の寒鯉は脂が乗っててうま煮や鯉こくにするとえらい美味しゅうてな……ってちゃうわ、何やらせとんねん」
    「…………貴方が勝手に始めたのだけれど」
    「………………せやったな」

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:50:31

     ラッキーライラックは恥ずかしそうに、こほんと咳払いをした。
     まさか、あんなベタなボケで返されると思わず、変なノリで応えてしまったのである。
     彼女は気を取り直して、困惑の表情を浮かべているアーモンドアイを見つめた。

    「うちが言ってるのは、恋愛的な意味での〝恋”のことや」
    「……え?」
    「笑顔を見てるとぽやぽやしてまう、どきどきする、夢にまで見る、どう考えても恋やろ、これは」
    「でっ、でも、〝彼”とそれ以上の関係になりたいとか、そういうことは考えてないのよ?」
    「……ほな、恋ちゃうか、恋だったらその人と付き合いたいとか、結婚したいとか思うやろうしな」
    「…………ただ、〝彼”が望むのなら、嫌じゃない、かも」
    「やっぱり恋やんか! 何やそのかいらし反応! こらもう、恋に決まりや!」
    「ちっ、違うわ! 〝彼”に対する感情は感謝とか信頼とか、もっと純粋なもので!」
    「そやったら恋とは違うか…………って、いい加減にせえや、もうやめさせてもらうわ!」
    「……ううー」
    「……いや、ほんまにやめるわけやあらへんよ、このネタを止めるだけで、な?」
    「…………アイ、ネタじゃないもん」
    「あーあー、せやな、アイは真剣やもんな、うちが悪かったわ、堪忍、堪忍な?」

  • 6二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:51:03

     見捨てられた子犬のような表情から、頬を膨らませた子供のような表情へ。
     勉強やレースではあんなに完全無欠なのに、こういうことに関しては妙に年相応の顔を見せる。
     そゆとこずっこいわあ、とラッキーライラックは内心思いながらも、どこか優しげな笑みを浮かべた。

    「…………うちらかて花の乙女や、別におかしなことやないと思うで?」
    「そう、かな」
    「まっ、アイが悪い男に引っ掛かりそうなら止めてやるさかい」
    「トレーナーは、悪い人なんかじゃ……! あっ」
    「……ふふ、今のは聞かんかったことにしとくわ」

     むっとした表情を浮かべた立ち上がったアーモンドアイは、即座に顔を赤く染めて腰を落としてしまう。
     そして、もじもじと俯いたまま、黙ってしまった。
     そんな彼女を見て、ラッキーライラックは笑みを隠すことが出来ない。

     ────ええもん見させてもらったわ、この子も、こんな顔するんやな。

     これだけで相談に乗った甲斐があった、とラッキーライラックは満足そうに目を細めていた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:51:48

    「…………ありがとうララ、感服したわ」

     しかし、ラッキーライラックは忘れていた。
     自身が目の前にしているのが、あのアーモンドアイであるということを、一瞬だけ失念していた。
     顔を上げたアーモンドアイは、目をきらきらと輝かせながら、向き直る。

    「まさか、貴方がそんな恋愛上級者だったなんて、思いもしなかった」
    「は?」

     うちも思いもせんかったわ、とラッキーライラックはぽかんとした表情をする。
     実際のところ、互いの恋愛経験はどちらもゼロに等しい、どんぐりの背比べであった。
     ただ、ラッキーライラックは少女漫画などの知識を重ねており、いわゆる、耳年増なところがあっただけである。
     しかし、そんな相手の様子を全く気にも留めず、アーモンドアイは尊敬の念を込めた目で、言葉を続けた。
     否、尊敬の念だけではない。
     そこには、燃え盛るような、負けず嫌いの本能が灯っていた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:52:09

    「今のわたしでは、貴方の足元にも及ばない、ライバルと呼ぶのも烏滸がましいわね」
    「……は?」
    「感謝と尊敬込めて、しばらく貴方のことは〝恋愛マスター”と呼ばせてもらうわ」
    「…………はああ!?」
    「けれど、いずれ貴方と並んで────越えて見せる、わたしは恋愛でも負けたくないから」
    「ちょっ、アイ、ちょい待ち、真面目な顔しながら急に変なキャラをうちに付けんといて……っ!」
    「相談に乗ってくれてありがとうララ、いえ、恋愛マスター! このお礼はいずれするわララ、いえ、恋愛マスター!」
    「いちいち人の名前呼んでからデカい声で訂正すんなやっ! ちょ、ほんま待って、待てっ!」

     呼び止める声も虚しく、アーモンドアイは威風堂々と教室から立ち去っていく。
     残されたのは呆然とした顔をして立ち尽くすラッキーライラックと、ひそひそとしているクラスメート達だけだった。

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:52:29

     その日から、アーモンドアイの研鑽の日々が始まった。
     本を読むことによる研究、他者からの情報収集、実体験の聞き取り調査。
     元々聡明で、積極的な彼女のことである、あっと言う間にスポンジの如く知識を吸収していく。
     それによって、いつものように、彼女は恋を克服してみせた────はずだった。

    「あら?」

     アーモンドアイは、トレーナー室の前で思わず首を傾げる。
     先ほどから妙に身嗜みが気になってしまう。
     頬が燃えるように熱くなって、心臓はばくばくと音を鳴らし、尻尾がぱたぱたと揺らめく。
     自分のトレーナーと会おうとする時は、最近、いつもこうなってしまっていた。
     
    「…………おかしいわ、前より、悪化している気が」

     確かに、アーモンドアイは恋愛に関する知識を深めて、恋愛に関する意識を明瞭にした。
     しかしそれによって、彼女は自身の気持ちを、より正確に自覚してしまう結果となったのである。
     暴れまわる胸の内を押さえるように手を当てて、彼女は大きく深呼吸をした。

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:52:54

    「すう、はあ……アイ、行きます」

     こんな醜態をトレーナーに見せることは出来ない。
     気持ちを落ち着かせてから、アーモンドアイはドアを軽くノックする────直前だった。

    「こんにちは、今日は早いんだね」
    「ひゃあ!?」

     突然、背後から声をかけられて、アーモンドアイは可愛らしい悲鳴を上げてしまう。
     ピンと耳と尻尾を立てながら、反射的に後ろを振り向くと、そこには穏やかな微笑みを浮かべる男性。
     どこか日本人離れした目鼻立ち、少しだけ小さな顔、ほっそりとした体つき。
     アーモンドアイの担当トレーナーは、ゆっくりとした足取りで、固まるアーモンドアイへと近づいた。

    「ちょっと飲み物を買いに行ってて、今開けるから……アイ?」
    「えっ、あっ、ごっ、ごめんなさい、すぐに動くから!」
    「……そんな慌てなくても良いけど」

     わたわたとドアの前から移動するアーモンドアイに、トレーナーは不思議そうな顔をしていた。
     やがてちらちらと彼女の様子を伺いつつ、トレーナー室のドアの鍵を外す。
     その間、彼女のドキドキは更に大きくなっていき、顔の熱さもより強くなっていった。

  • 11二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:53:24

    「……っ」

     アーモンドアイは両手で頬を押さえて何とか冷やそうとするものの、手のひらも熱いためどうしようもない。
     そうこうしている内に、ガチャリと、ドアが開かれる。

    「どうぞ」
    「……えっ、ええ」

     導かれるまま、アーモンドアイはトレーナー室へと入った。
     次いでトレーナーも部屋へと入り、ばたんとドアを閉めて、再び鍵をかける。
     慣れ親しんだ部屋の中、アーモンドアイの気持ちはどうしても落ち着かない。
     髪の毛は乱れてないだろうか、服におかしなところはないだろうか、匂いは変じゃないか、態度はおかしくないか。
     そんなことが、気になって気になって、仕方がない。
     一旦、お茶でも頂こうかしら、彼女がそう考えた時であった。

    「アイ、少しいいかな?」
    「……えっ?」

     アーモンドアイが我に返ると、いつの間にか目の前にトレーナーが立っていた。
     真剣な眼差しで、じっと見つめている。
     綺麗な瞳を真っすぐに向けられて、彼女は思わず、視線を逸らしてしまった。
     やがて、肩にポンと手を置かれる。
     強くはないけれど、大きくて、ごつごつとしている、男の人の手。
     ただ触れられただけなのに、彼女の身体はぴくんと震えて、そのままぴしりと固まり、俯いてしまう。

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:53:46

    「顔、こっちに向けて」

     優しくも、どこか圧を感じられる声色が、アーモンドアイの耳に響いた。
     頭の中はすでに真っ白だけれど、ここで研鑽の日々が活きてくる。
     様々な知識を蓄えた彼女は、この状況を反射的に分析して、聡明な思考で一つの結論を導き出した。

     ────これは、ちゅーされる、流れじゃ……!?

     そんなシチュエーションを、アーモンドアイはたくさんの少女漫画で目にした。
     だからそうだと、強く思いこんだ。
     しかし、彼女はそういうことをしたいと思っているわけではない。
     確かに、これまで公私ともに支えてくれたトレーナーを、慕ってはいる、恋と呼べるべき感情かもしれない。
     だとしても、今はトゥインクルシリーズで集中するべき時、そんなことに現を抜かしている暇などはない。
     ────ただし、それを彼が望んでいる、というのならば。

  • 13二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:54:19

    「……んっ」

     アーモンドアイは静かに目を閉じて、顔を少しだけ上げて、唇を差し出すように尖らせた。
     今まで以上に心臓の鼓動が大きく鳴り響いて、身体がぷるぷると小さく震える。
     けれど、逃げたいという気持ちは一切起こらず、むしろ待ち遠しいとさえ考えている自分がいた。
     一秒、二秒と待ち続ける中、トレーナー室には時計の音が小さく響き渡る。
     そして、ついに触れた────トレーナーの手のひらが、アーモンドアイの額へと。

    「やっぱり熱いな……体温は計ってる? 頭痛とか、鼻詰まりとかの症状は?」
    「…………え?」

     アーモンドアイが目を開けると、そこには心配そうに覗き込んでくる、トレーナーの顔。
     額に当てられた手のひらは少しだけひんやりとして、心地良い。
     そのおかげか、熱暴走を起こしかけていた彼女の思考は、少しばかり冷静になることが出来た。
     次のレースも近く、このタイミングでの発熱は回避を検討しなくてはならない可能性がある。
     それを考えれると、彼の行動は、自然といえば自然な行動。
     つまり、彼女は勝手な思い込みで、彼へと晒してしまったことになる。

     ────いわゆる、キス待ちの顔を。

  • 14二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:54:48

    「~~~~~~っ!!」
    「うわ、アイ!? どうしたの!?」

     声にならない悲鳴を上げながら、アーモンドアイは逃げ出すようにトレーナーから距離を取った。
     そして、彼から背中を向け、しゃがみこんで、顔を両手を覆い隠す。
     手のひらには、今までの比べ物にならないほどの熱が、じんわりと広がっていった。

     ────トレーナーに、見られ、ちゃった。

     投げキスをする時の顔などは、とある曲の振付にもあるから、そこまで気にならない。
     しかし、誰かからのキスを待つ顔というのは、特別な関係の相手にしか、見せない顔。
     それを晒すというのは、一糸まとわぬ姿を晒すことと、同義。
     少なくとも、彼女はそう考えていた。

  • 15二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:55:13

    「ごっ、ごめんね、わざわざ触るべきじゃなかった、嫌だったよな、もうやらないから」

     慌てた様子で、見当違いの弁明をするトレーナー。
     そんな彼を、アーモンドアイは真っ赤な顔のまま、ジトっとした目つきで見つける。
     そして小さな声で、ぽそりと呟くのだった。

    「トレーナーのばか……………………えっち」

  • 16二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:56:11

    お わ り

    下記のスレに投げる予定だったSSの供養です ラララの姉ちゃんわかんないや

    トレーナーのばか………|あにまん掲示板………………………えっちbbs.animanch.com
  • 17二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 01:57:38

    実装前からいっぱいSS生えてくるの助かる

  • 18二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 02:01:31

    >>16

    わからん今だからこそ書けるものもある

    大変良かったです

  • 19二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 07:43:10

    かわよ 乙てした

  • 20二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 08:51:40

    可愛い〜!!!!

    乙です!

  • 21二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 08:58:14

    突然えっち野郎にされるトレーナーと恋愛マスターにされるララさんに謂れのある風評被害が

  • 22二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 09:25:39

    (´・ω・`).;:…(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..

  • 23二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 10:07:53

    乙女アイちゃん好き

    ここからララちゃんも恋愛ついて意識しだすようになってトレーナーと出会うたびにドキドキするんだよね・・・

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