- 1◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:47:12
- 2◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:48:00
- 3◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:50:34
諸々ざっくり設定
・現場トラブルとか色々あって学Pが十王家に同居中
・星南さんが学Pに恋
・学Pも星南さんに恋 - 4◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:52:52
1個目
星南さんが燕に恋愛相談する話
↓↓以下連投します↓↓ - 5◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:53:29
先輩と同居して数ヶ月が経った。
彼に恋をして、数ヶ月。
あいも変わらず先輩の気持ちは分からないけれど。
親愛なのか、恋愛なのかも分からないけれど。
少なからず向けられる好意的な素振りに、気をよくして満たされる日々が続いていた。
…なのに私は、また壁に直面しようとしている。
まだぶつかってはいないけれど、少し先に見えている大きな壁。
近頃の私は、アイドルとして…本当の意味で集中できていないのだ。
ミスは無いし、ステージから発する熱に陰りは無いのに、なにか違う。
ファンでもない、他のアイドル達でもない、大きな何かが私の心を持ち去っている。
内に秘めた想いを感じさせてミステリアスなんて、好意的な声もあるようだけれど。
私にとっては、私を応援してくれているみんなに対して、あまりにも失礼だと感じていた。
これはきっと、大きな悩みを一つ抱えたままであることが原因。
けれど、その悩みを解決するということは。
その悩みに結論を出すということは。
私と彼は、選択しなければいけないということだ。
それは…それがアイドルの義務。
アイドルとして生きている私が負うべき、責任だから。
ーーー - 6◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:53:49
季節は夏を迎え、ぎらぎらとした日差しが中庭を眩しく照らしている。
私は中庭の見える応接間で、客人の到着を待っていた。
外はすっかり暑くなって、軽く冷房の効いた部屋が心地よい。
アイドルとしても、十王星南としても中途半端な現状に対して、自分なりに向き合って答えを出さないといけない。
でも、アイドルとしての生き方しか知らない私には、分からないことばかりだから。
私は相談相手として、最も信頼の置ける人を呼び出すことにした。
そう、雨夜燕…私の幼馴染。
私の最大の理解者で、同僚のアイドル。
彼女に一世一代の相談をすると決めた。
アイドルとして、十王星南として…一世一代の、恋愛相談を。
ーーー - 7◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:54:29
暑い日の昼下がり、私は十王の家に到着した。
眩しく刺すような日差しは、もうすっかり夏になったと感じさせる。
今日はノースリーブとはいえ、ジャケットは少し厚手だから、体が熱をもちそうだ。
この程度で音を上げる私ではないが、この日差しは日焼けのもとになる。早めに屋敷へ入るとしよう。
一昨日、星南から連絡があり、その深刻な様子に急遽予定を空けてやってきた。
"直接会って話がしたいの。私…もう、どうしたらいいのか分からない…"
そう言って勝手に通話を切ったあいつは、一体なんの話があるというのだろうか…。
顔馴染みの十王家の使用人に扉を開けてもらい、私は応接間に通される。
そこには、あいも変わらず美しい…完全無欠のトップアイドル、十王星南が座っていた。
可愛らしい白のワンピースが、トップアイドルらしい純真さと透き通る美しさを両立させているようだ。
「会いたかったわ、燕!」
星南はすっと立ち上がり、小走りで駆け寄ってきた。
ずいぶんと元気そうな様子に拍子抜けのような感覚と、また振り回される予感に少し寒気がした。
連絡を受けた時の深刻さが嘘のような笑顔で私を出迎えた星南は、数ヶ月前に仕事でトラブルがあったと聞いている。
あのくだらん男が甘い管理をしていたのが原因とのことだが…。
まぁ、その後すぐにこうして元気な様子を見せているのだから、ひとまず快復したのだろう。
まったく、頼りない男だ。あのような男が今も星南のプロデューサーとしてのさばっている事実が、私を苛立たせる。
「この間のソロライブも、関係者席で見ていたのよ? とっても素敵だったわ!」
それにしても星南はぐいぐいと迫ってくる。
まるで長いこと会っていないような言い方をしているが、同じ事務所だからときどき遭遇しては立ち話もしている。
この、やたらと距離を詰めてくる感覚。厄介事に巻き込まれそうな予感が大いに増した。
頭が痛くなるのを誤魔化すために、眉間をおさえる。
「あら、難しい顔をしてどうしたの? せっかくのきれいな顔が台無しだわ」 - 8◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:54:52
「分かった。私に会えたことが嬉しくって、にやけてしまいそうなのでしょう?」
呑気にそう言ってくる星南にいい加減腹が立ってきたので、問いただすことにした。
「貴様が! …わざわざ"直接会って相談したいことがある"と、思い詰めた様子で連絡してくるから来たのだ!」
星南が私に相談事など、ろくでもないことに決まっている。
どうせまた、自分で答えを得ているのに自信がなくて背を押して欲しいか、決意表明をしたいか、だ。
どちらでもいい、私は私の言葉で意見させてもらうとしよう。
「まさか、一芝居打って呼び出しておいて、私と茶を飲みたいだけ…などと言うつもりではあるまいな…」
そう問うと、星南は少しだけ困ったような顔をして、私を席に案内した。
「あなたとお茶をしたいのは合っているけれど、相談があるのは本当よ」
席に腰かけながら、星南の表情を伺う。
ろくでもないことではあるが、くだらないことではない。
わざわざこんな場を用意して二人になっていることを考慮すれば、おそらくあのくだらん男にも相談できぬ事なのだろう。
それはつまり、あの男が関係しているということだ。事と次第によっては許すまい。
「…なら聞かせてもらおうか、我らが100プロを代表するトップアイドルの相談とやらを」
星南は深呼吸をし、不安げな顔を隠そうともせず私に問う。
「燕、その…絶対に、からかわないって。ばかにしないで答えるって、約束してくれるかしら…?」
トップアイドルとしてステージに立つ星南からは考えられないような、弱々しい雰囲気。
こんな姿を晒しているようでは、まだまだトップアイドルの自覚が足りていない…と、普段の私ならそう返すところだ。
不安げだが、少しもじもじとして恥じらっているようにも見える。
「あ、あぁ……。もとよりそんなつもりはないが、約束しよう」
そう返すと、星南の顔がぱぁっと明るくなる。
初星で3年生の頃に取り戻した この愛嬌は、昔と同じだ。
「ありがとう!こんなことを相談できるのは燕だけだもの!」
その信頼に誇らしさと恐怖を同時に覚えなければいけないのは、長年の経験だろうか…。 - 9◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:55:25
「燕…あなたは、もし、その…」
私は息を呑んだ。
深刻な様子の星南を見て、珍しく心配になってしまう。
一体、どんな相談が飛び出すのだ?
そう構えていると、星南はたっぷりと溜めてから口を開いた。
「…恋をしたら、どうするのかしら…」
…?
ん?何と言った?
「…こ?」
なんと言った!? こっ、恋!?
「…こっ…!」
私は想定外の方向から飛んできたボールに全く反応できず、言葉がうまく出ない。
「け、けしか……くっ!」
絶対にばかにしないという約束を思い出し、叫びそうになるのをこらえた。
奥歯が割れんばかりに食いしばってこらえる。
「恋だと!? わ、私が!? 誰がそんな…恋なんて、するかっ! 私はアイドルだぞ!」
そもそも、こいつは何を聞いているんだ。
なんだ?私を馬鹿にしているのか?いや、こいつは相談の場でそんなことはしない。
私が、恋をしたら、どうするか、だと?
「だから、もしもの話よ! 知りたいの!」
星南の顔は至って真剣だ。
冗談や酔狂で聞いているのではないのは分かっているが、質問の内容があまりにも突飛で頭がついてこない。
「~っ! 待て、話が見えてこない!一体何の話をしているんだ貴様は!」
そう問うと、少し頬を染めた星南が、私の目を見て真剣な顔で言った。
「"アイドルである雨夜燕は、誰かに恋をしたらどう行動するのか"と、聞いているの!」 - 10◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:56:08
星南は、冗談では言っていない。
本気で何かの助言…見解を、私の恋愛観から得ようとしている。
ならば…いや、その前に問わねばならないことが一つある。
「待て、星南。…事情を先に言わないのは、理由があるな?」
私は混乱する頭をなんとか鎮めると、そう問いただす。
すると星南は、染めた頬はそのままに私の目を真っ直ぐに見つめて、答えた。
「ーーええ、そうよ」
ため息をつく燕。
どうせ"そういうこと"だ。ある程度覚悟はしていたが、思っていたよりも早い。
十王星南を最後までプロデュースするとのたまった、あの男。とうとう理性を失い担当アイドルを歯牙にかけようというのか。
「…まったく」
いや、早計か。こいつはこいつで一人で暴走するタイプでもある。
こうして真剣に相談して来ている以上、ひとまず向き合って答えてやるほかにあるまい。
「誰かに…恋、だと? 少し待て、考えてみるが…」
足を組み直す。
自分の顔つきが厳しいのはいい加減自覚しているが、今は自分でもやり過ぎなくらい厳しい顔をしているのが分かった。
「…私も、もう何年もアイドルとして生きてきた。恋愛などというものに触れてはいないからな…」
星南と共に初星に入学して以来、私はアイドルとして生き始めた。
それからの人生で、おそよ恋愛らしい経験をしたことは全くないと言っていいだろう。
「燕は、中等部の頃はどうだったのかしら?」
星南は、テーブルに前のめりになって私に問う。
「ないに決まっているだろう馬鹿者。中等部は共学とはいえ、アイドルコース受講者に言い寄る馬鹿は居まい」
事実、そのような輩が入学せんように厳格な試験が行われているはずだ。
私も、異性から好意を示されたことなどないし、恒常的に付き合いのある異性の友人はいない。 - 11◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:56:28
「そう…燕は男の子に、その、とても好かれていたのかと思っていたけれど」
頬を染めた星南は、興味津々といった様子で私に問う。
「それを言うなら貴様だ、馬鹿者。私がどれほど苦労したか…」
幼少期からこいつは、ひらすら無遠慮に人々を魅了して止まないアイドルだった。
誰も彼もを惹きつけて、驕らず、夢に向かって走り続ける女だった。
私は誰よりもこいつのそばに居たからこそ、振り回されながらも よこしまな輩から守り続けていたのだ。
そんな私が、恋愛などにうつつを抜かす暇があってたまるものか。
…まったく、馬鹿にしてくれる。
肝心なときは一人で悩み、私の手をすり抜けた挙げ句、あのような男に絆されて。
「私はアイドルだ。誰かと恋愛をするということは、すべてのファンを平等に愛することは出来なくなるだろう」
私は精一杯の想像力を働かせ、星南の質問に答える。
「どうしても恋愛をするのならば、まったく完全に隠し通すか、アイドルでは無くなるか…だ」
私の、アイドルとしての当然の見解。
「私は不器用だからな、完全に隠すことはできないだろう。 必ずパフォーマンスにも影響する」
…なるほど。それが悩みか。
私には、そこまで入れ込む男に出会ったことはないから、実感は湧かないが。
「だから、私なら…その恋は諦める。アイドルとしてな」
それが、どれほど大きな決断かは想像がついた。
星南は、そう…、とつぶやきながら目を伏せた。
きっと、迷っているのだろう。
「…そもそも、こういった相談はもっと適任者がいるだろうが。姫崎とか…それこそ藤田でも良いだろうに」
そうだ、あの二人のほうが遥かに建設的ではないのか。
あの二人もアイドルとして恋愛なんぞにうつつを抜かしては居ないだろうが、私たちよりも俗な話に詳しいだろう。
「その二人は、全面的に応援してくれるだろうけれど、厳しい意見は出ないでしょうし…」
星南は困ったような笑顔で答える。
確かに、姫崎は相手を肯定して背を押すことには長けているが、厳しいことは不得手だ。
藤田のことは、私は詳しくは知らないが、後輩として星南の決断を左右するようなことを述べるのはハードルが高いか。 - 12◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:56:58
…などと考えてみるものの、埒が明かない。私は核心を問うことにした。
「…なら、貴様のプロデューサーは?」
星南は少しだけ深刻そうな顔をすると、口をつぐんで下を向いた。
頬は赤らみ、それが何を意味するかは明白だ。
…まったく、やはり"それ"だ。
私の大切な幼馴染に、そんな顔をさせる男は、一体どれほどの人間だというのだ?
許せない。認めたくない。なぜ貴様なんだ。
私は、頭に血が昇っていくのがハッキリと分かった。
ーーー - 13◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:57:31
「…あの男なのだな?」
私が答える前に、燕は理解した様子だった。
いかにも怒りが高まっていく彼女は、勢いよく立ち上がり声を張り上げる。
「やはりあの男か! 貴様をアイドルとして振り回すだけに飽き足らず!」
その様子は、私に対してか、先輩に対してか。どちらにも怒っているようにも見えた。
「プロデューサーが立場を利用して担当アイドルを誑かすだと!? あの男…けしからん!」
燕らしい言葉で怒りをあらわにすると、肩で息をし始める。
やっぱり、こう言ってくれると思っていた。なんとなく予想通りで、いつもの燕だと安心する。
「燕、私は別に誑かされてなんて…」
燕をなだめようとした私の言葉を、彼女は遮って話し続けた。
「貴様をトップアイドルとして飛躍させ、さらなる高みへ導いたからこそ!…私は、あの男をかろうじて認めたのだ」
そう言うと、彼女は怒りをそのままに勢いよく椅子に座り直す。
「十王星南のプロデューサーに足るもの、とな」
少しだけ、テーブルが揺れた。
燕は、私の目をじっと見ている。
燕は怒っている。私の…私と先輩の、今の体たらくに。
燕はいつだって、アイドル"十王星南"の一番のファンで居てくれたから。
「…答えろ、十王星南」
私たちが曖昧な答えを出して、それを軽んじることを許さないと言ってくれている。
そして、私が決断できないのならば。
「貴様はアイドルだ、違うか?」
きっと燕は、私の代わりに答えを示そうとしてくれるのだ。 - 14◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:57:47
自分が恥ずかしい。
物心ついた頃から、ずっとアイドルとして育ってきて。
アイドルの義務も、"一番星"の責任も。
トップアイドルの輝きを身にまとい、愛しい後輩達の道しるべになるという夢も。
自分で選び、戦い、手に入れてきたそれらすべてを。
私は、何もかも脇において…違うものを見ようとしている。
新しいおもちゃに気を取られ、大切にしてきたものに目を向けない子どものように。
ましてや、私はアイドルだ。
アイドルは観る人すべてに愛情を注ぐもの。
誰か一人だけを愛してしまってはいけない。
近頃はあまり言われないけれど、私自身もそうありたいと思ったから。
私はそれを自分の言葉に変えて、ずっと大事にしてきた。
私がアイドルでいるということは、そんな自分や支えてきてくれたみんなの想いを裏切らない、ということだ。
…こんな相談、燕は怒るに決まっている。…怒ってくれるに、決まっているのに。
昔から、彼女に甘えてばかりの私はきっと…言って欲しかったんだ。
"十王星南はアイドルだ"と。
「…ありがとう、燕」
言わなければ。
私はアイドルだ、と。 - 15◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:58:11
「…私は」
アイドルだ。
だから、彼とは、これからもずっと。
担当アイドルと、プロデューサーだ。
さあ、昔のように、一番のファンに宣言しなければ。
たくさんの人に支えられて、たくさんのものを手に入れてきた私だから。
私の人生は、アイドルそのものだったのだから。
一度は諦めかけたけれど、彼のおかげでまた歩み始めたのだから。
それを、今になって捨てるようなこと…それは、みんなへの裏切りだ。
…なのに、私は声が出ず。
気がつけば涙が溢れていた。
ーーー - 16◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:58:25
嫌だ。
それがどれだけ、今までのファンを、家族を、自分を裏切ることになると分かっていても。
私を生涯プロデュースしたいと言ってくれた彼を、裏切ることになると分かっていても。
私は、彼との恋を諦めるなんて、そんなのは。
…絶対に、嫌。
恋愛に無縁な私に舞い降りた恋だからじゃない。
今まで受け取ってきたたくさんの想いが、いらなくなったからじゃない。
私は今までに得たすべてを愛しているのに。
それでも私は、今までに愛したすべてよりも、あの人を愛しているから。
例えそれが、彼自身の夢を捨てさせることになるとしても。
私の、他の全部を置き去りにすることになったとしても。
その結果、すべてを失うかもしれなくても。
私は、アイドルではなく一人の人間として。
彼を、私のすべてで愛したい。
ーーー - 17◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:58:49
「お、おいっ!? なぜ泣いて…」
目の前で燕が動揺している。
無理もない。燕から見れば、私が唐突に泣き始めたのだから。
私の、アイドルであり続けるべきだという気持ちを察し、その背中を押してくれた彼女からすれば、異常事態だ。
けれど、伝えないと。
涙でぐちゃぐちゃでも、それでも、伝えないと。
私のために、私の代わりに、恋を諦めろと言ってくれた燕に。
「燕…ごめんなさい」
燕は戸惑いながらも、私の言葉を待ってくれている。
私の目を見て、最後まで聞こうと、私の決意を聞こうとしてくれている。
一番のファンを裏切り、たとえ見限られることになったとしても。
私の決意を、伝えなきゃ。
「私…先輩のこと、諦められない。…諦めたく、ない」
私は止まらない涙を、とっくに濡れそぼったハンカチで拭いながら、嗚咽まじりに言葉をつなげる。
「私の、全部を…なくしても、私が、先輩の、夢を…台無しに、しても…」
燕は何も言わず、私の言葉を聞いている。
視界が滲んで、怒っているのか呆れているのかも分からないけれど、静かに私の言葉を待ってくれていた。
「私は、先輩のことが、ほんとうの、ほんとうに、好きだから…」 - 18◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:59:05
「だから…燕。あなたの優しさを、裏切って、ごめんなさい…」
そう言い終わったとき、私はもう、泣き声をおさえることもできなくなってしまった。
伝えた。私の決意を。
燕の優しさを台無しにして、自分勝手なわがままを伝えた。
親友さえ失ってしまうかもしれない怖さと、自らの決断の重さに、気持ちがおさまらない。
子どものように泣きじゃくる私を見て、燕は深い溜め息をついた。
「………そうか」
燕は短くそう言うと、静かに立ち上がる。
行ってしまう。
私が裏切った、私の親友…大切な人が。
でも、これは…私が招いたことだから。
どれだけ悲しくても、受け止めないと。
けれど、立ち去ると思った燕は、私の隣に来て膝をついた。
呆気にとられた私は、ただ涙を流しながら燕の顔を見る。
「私のを使え」
そう言った燕は、自分のハンカチを私に差し出す。
「…そんなに洋服を濡らしたら、茶をこぼしたでは通じんだろうが、まったく」
どうして?
アイドルである私を応援し続けてくれたあなたを、裏切ってしまったのに。
あなたに背を押させて、その優しさすらも裏切ってしまったのに。
どうして、私のそばに居てくれるの?
「貴様が何を考えて泣いているのかは知らんがな」
ぼうっとしてハンカチを受け取れないでいた私の涙を、燕はそっと拭ってくれた。
呆れたような溜め息をついて、燕は言う。
「貴様が、アイドルではない自分を決断したというのなら…私は尊重する。友として」
そう言った彼女の顔は、いつもの厳しい様子はなく。
幼い頃によく見た、優しい微笑みだった。 - 19◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:59:29
「つばめ…」
気持ちが、涙が溢れてやまない。
私の代わりに決断してくれて、私のわがままを受け入れてくれて。
私をまだ、友達と言ってくれて…。
「ごめんなさい…私、あなたに甘えてばかりで…」
せめてもの謝罪を伝える。
穏やかな表情を変えずに私の流す涙をただ拭う燕は、やれやれとこぼしながら私に言う。
「昔からそうだろうが、貴様は」
胸の内に、温かいものを感じる。
止まらない涙も、いつしか悲しい色を失い、その意味を変えていた。
私の涙を拭ってくれていた彼女の手を、ぎゅっと握り自分の頬に押し当てる。
先輩と出会ってから、少しだけ忘れてしまっていたけれど。
この手はずっと、私を支えてくれていたのね。
「だいすきよ、燕」
心からの感謝と想いを伝える。
だって、こんなにも優しく私を支えてくれる人が、二人もいるのだもの。
こんなに幸せなことって、きっとない。
「気色の悪いことを言うな。まったく世話の焼ける」
そう言った燕は、少しだけいつもの、凛とした顔つきに戻っていた。
涙を拭ってくれていた手を私が掴んでしまったから、また涙がぽろぽろとこぼれてしまっているけれど。
これは嬉しい涙だから、このままでいいの。 - 20◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 08:59:52
涙を流した日は、いつも幸せな思い出になってくれるなんて。
私は、とっても幸せ者。
ーーー
「もう泣かなくていいのか、昔みたいに」
さんざん泣いて、もう何も出なくなって泣き止んだ私を見て燕は笑う。
私がおおかた泣ききった頃には、燕は自分の椅子に座り直していた。
「私、今とんでもない顔をしている気がするわね…」
涙で崩れてめちゃくちゃになってしまったお化粧も、さんざん泣き腫らしてぱんぱんになってしまっている顔も。
触らなくても分かるくらいになっている。
その様子を見た燕は、ふんと鼻を鳴らすと言った。
「その顔、あのくだらん男に見せてやればいい。幻滅するやもしれんな」
燕は少しだけ、意地悪な顔をする。
意地悪なのに、私の心はずっと温かいまま満たされていた。 - 21◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 09:00:12
「それはそうと貴様、これからどうするんだ?」
燕が、お茶を飲みながら私に言った。
どうする、とは、つまり…"いつ想いを伝えるのか"、ということだ。
「………………どうしようかしら」
全く、そこは考えていなかった。
えっ、いつがいいのかしら? 早いほうがいい? 今日? 明日?
告白なんて、したこともされたこともないから、まったく分からない。
「貴様…今日とか明日とか、言うつもりじゃないだろうな」
図星を言い当てられて、どきっとする。
その様子を察した燕は、今日何度目か分からない溜め息をついている。
「一度決めたら止まらないのは貴様らしいがな。こういうのは、その…あるだろう、心の準備とか、雰囲気作りとかっ」
やれやれといった様子で私に言う燕も、なんだか少しずつふわふわとしていく。
燕も、こういった話題には慣れていないらしかった。
その様子がなんだかおかしくて、私はつい、くすくすと笑ってしまう。
「貴様の人生を決する告白なら尚更…なんだ?」
突然笑い始めた私を見て、馬鹿にされたのかと燕は少しだけ睨む。
「もう、怒らないで頂戴。燕と本当の恋バナをする日が来るなんて、と思ってしまっのよ」
そう言うと、燕は頬を染めて顔を逸らしてしまった。
「貴様に付き合わされているだけだ、馬鹿者!」
結局、私の最愛の親友は、一度も私の想いを否定しなかった。
最初から、私が何を決断しても、受け入れてくれるつもりだったのかもしれない。
「そうね…。私の誕生日、なんてどうかしら…」
ーーー - 22◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 09:01:02
時間を忘れて すっかり話し込んでいたころ、時計を見た。
いまは16時、もうすぐ先輩が帰宅する頃だ。
「いけない、先輩が帰ってきてしまうわね。 お化粧だけでも直さないと、合わせる顔がないわ」
そう言って顔を隠す素振りを見せると、燕の反応がなかった。
なにかおかしなことを言ったかしら、と思うと同時に、まだ燕に大事な話をしていないことを思い出した。
燕の表情がみるみるうちに険しくなる。
「帰って…来る…? あの男、まさか居候の噂は真実か!?」
そう。私はまだ、燕に同居の件を話していなかった。
…噂では、聞いていたみたいだけれど。
「燕、違うのよ。 お父様が先輩に、この屋敷で住むように指示したものだから…」
慌ててなだめようとするが、時すでに遅し。燕は顔を赤くして怒りを爆発させた。
「それで のこのこアイドルの家に引っ越してくる馬鹿がいるか!」
燕の怒りは止まらない。ただでさえ硬派な彼女にとって、衝撃が大きすぎたみたいだ。
私も、最初はかなり戸惑ったのだけれど、今では違和感なく先輩と同じ屋敷に暮らしている。
…慣れというのは怖いものね。
「でも燕、あなたは私の決断を尊重してくれるって言ったじゃない」
なんだか、すっかりいつもの燕だ。
私もいつも通り…いや、とても心が軽い。
理由は明らかだ。私はもう、心を決めることが出来たから。
「それとこれとは話が別だ!け、結婚もしていない男女が同居だと!? 破廉恥なっ!」
燕は怒りが冷めやらぬ様子でまくしたてている。
私は、もうすぐ帰宅してくるであろう先輩に、この状況をどう説明するか。
いつお化粧を直すか、どうやって彼女をなだめようか。そんなことを考えていた。
私の歩みを止めるような悩みは、もう、どこにも無い。
清々しい気持ちだ。これから起きる何もかもに感謝して、受け入れられる気がした。
だから先輩、待っていてね。
私は、あなたを手放さないから。 - 23◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 09:02:43
↑↑以上↑↑
恋愛相談のお話です、お目汚し失礼しました!
また今日中に続きも投下しようかなと思います。 - 24二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 09:53:09
おお!おお!
- 25二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 10:32:58
某所でも続きもずっと追っていました
最高ですありがとうございます - 26◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:16:56
次話ちょっと長めで砂糖多めです
- 27二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 12:18:48
砂糖も長さも盛れるだけ盛ってくれ
こちらとしては何も返せないが、本当に楽しく読ませてもらってます - 28◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:21:27
では2個目!
星南さんと学Pが告白する話!
↓↓以下連投します↓↓ - 29◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:21:57
先輩と同居を始めて数ヶ月。
燕に決意表明をして、しばらく経った。
秋の終わり頃、冬が訪れそうな気配がする季節。
日中はまだ少し暖かいのに、夜になるともう一枚羽織らないと肌寒いような季節。
そんな夜に、夕食とお風呂を終えた私は自室で一人、計画を立てることに集中していた。
そう、先輩をどうやって誘い出すか…先輩にどうやって想いを伝えるかの、とっても重要な計画。
私は燕と相談してからというもの、様々なプランを計画してきたけれど、なかなか決心がつかないでいた。
"いつ伝えるか"。それだけは一応、決まっている。私の誕生日。
親族が多忙な私は、誕生日に大きなイベントは無いけれど、お母様や祖父母はできる限り時間を作ってくれていた。
例年で言えば、お母様とお祖母様との三人で食事をする可能性が高い。
だから今年は、日を改めてもらうことにする。
私の計画のため…つまり、誕生日に先輩と食事に行き、その夜に、私の想いを伝えるという計画のために。
ただ、問題はそこではない。
大枠はそれでいいのだけれど、ものすごく単純な課題が残っている。
先輩に何と言って誘うのか、ということ。
"今年は家族の食事を中止にしたから一緒に食事に行きましょう"、なんて言うのは、いくら何でもあからさまで唐突過ぎると思うし。
先輩は、例年私が家族との食事をしているのは知っているから、必ずその前提でいるでしょうし。
自然な流れで誘うというのは、案外難しいことを痛感していた。 - 30◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:22:19
…そもそも、どんな誘い方をしても、誕生日に二人きりの食事に誘うというのは、どうしても意識してしまうのでは?
むしろ意識してしまう方が良いのではないかしら?
いえ、もっとサプライズな演出の方が良いのかしら?
などと堂々巡りに考えてしまい、なかなか答えが出ない。
別に、肝心なのは想いを伝えるということだから、場所や時期は本来いつでも良いのでしょうけれど。
せっかく人生の大きな決断なのだし、素敵な場所に二人きりで、もし上手くいった場合にはとっておきの記念日になるようにしたい。
彼から誘われるように待つ…なんて言うのも悪くはないけれど、私はそれほど受け身ではない。
私の思い描く最高の計画にする。自分が望むものを他人に委ねるなんて、そんなのは私じゃない。
"十王星南"のやり方じゃない。自分の力で手に入れたい。
私が、彼に想いを伝えるにふさわしい計画で、彼を手に入れるのよ!
そんなことを考えていると、ふと気がつく。
二十歳の誕生日ということは、お酒が飲める年齢になるのよね?
一気にピースがはまった気がする。そうか、それはうまく使えそう!
ならば場所のセッティングはさておき、先にスケジュールを押さえなければいけない。
お母様への根回しと、彼に正式なお誘いをしに行こう。 - 31◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:22:33
そう決心した私は、早速行動に移すため部屋を出た。
行き先は先輩の部屋か、お母様の部屋…へ行く前に、ドレッシングルームへ。
ひとまず、少しだけメイクをしよう。
いまさら、彼にノーメイクを見せるのは恥ずかしくないけれど、これは気合を入れるためだから。
髪は…きっと彼は下ろしている方が好きだから、ヘアクリップを外してしっかり梳いておく。
ルームウェアも、もう少し可愛いものに…いえ、ことねに選んでもらった、とっておきの可愛いものにしよう。
大事なときに着て下さいって、彼女も言っていたもの。
ことさら肌を出すような はしたないことはしないけれど、このルームウェアはショートパンツだし、オフショルダーなのだから、仕方ない。
上からガウンを羽織って少し隠せば、決していやらしくないはず。
…ちょっと、意識し過ぎかも知れないけれど、これでいいの。
もう自分には、自分の気持ちを隠さないって決めたのだし。
それにこれは、私が彼に愛を伝えるための、一世一代の作戦なのだから!
ーーー - 32◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:22:49
先輩の部屋をノックする。
お母様には、さっき事情を説明しに行った。
見るからに気合の入った装いの私を見て笑っていたから、きっと何もかも察していたと思うけれど。
二人きりの食事に先輩を誘おうと思う、と打ち明けたときは、"あなたらしいわね"と一言返されただけだった。
お父様と祖父母にはうまく説明すると言って頂けたから、お母様はきっと反対ではないのかも知れない。
そのうえで、あたなの決断ならばやってみなさいと、言葉にせずともそう仰っていたように感じた。
ーーだから、なんとしてでも、誘ってみせる。
好きなひと一人、食事に誘えないなんて…そんな情けないことはない。
私は、トップアイドル"十王星南"なのだから。
「はい、星南さんですか?」
そんなことを考えて気持ちを高めていると、中から扉が開いた。
もう先輩もお風呂を済ませたのか、さらさらとした黒髪は普段よりもおさまりが良くなっている。
シャツタイプのルームウェアに薄手のカーディガンを羽織っている彼は、普段のスーツよりも首元が露わになっていて、私の目を奪う。
白い首元に浮き上がる鎖骨が、喉仏が、お風呂に入った後だからか少しだけしっとりとしていた。
そんなところに、ほくろがあったりして、目のやり場に困ってしまう。
慌てて少し目線を上げると、彼の唇が目に入った。
いつも私を導いてくれたり、勇気づけてくれるその口で、私に愛を囁いてくれたらどれほど幸せだろう。
「こんばんは先輩。少し相談があるのだけれど、入ってもいいかしら?」
つい、意識してしまって、変に湿ったような声が出てしまう。
それを聞いた彼は、ちょっとだけ困ったような顔をして どうぞ、と部屋の中へと招いてくれた。
ときどき相談と称して、こうして彼の部屋を訪れてはいるが、彼はいつも決まった表情で出迎えてくれる。
それが呆れているのか戸惑っているのか、喜んでいるのか嫌がっているのか、何も確証はないけれど。
こうして中に入れてくれるということは、彼に拒絶されているということは無いと安心できる。 - 33◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:23:07
「今日はどうされました? 藤田さんと倉本さんの年末に向けての計画は、先日おおよそ固まったと思いましたが…」
そう言いながら先に奥に入った彼は、テーブルに置いていたティーカップを手に取り、口をつけた。
いい香り。何のハーブティーかしら。
彼は袖をまくっているから、彼の腕すじがよく見える。
ティーカップを持っているのは、白いのに無骨な手。長い指。
ああ、その手に触れたい。その手で、いつか私に、もっともっと触れて欲しい。
「星南さん?」
そんな気持ちも知らない彼は、ティーカップをテーブルに置くと、少しぼーっとしていた私の目の前まで接近した。
私は、不意を打たれて心臓が跳ね上がる。
だめよ、十王星南。彼のペースに飲まれてはだめ。
そんなきれいな瞳で見つめられたって、今日はひるんであげないから。
「…あの、先輩? 今年の、私の誕生日なのだけれど…」
心臓が静まるのを待たず、私は彼に本題を切り出した。
彼は ああ、と呟き、テーブルの上の手帳を手にとって答える。
「星南さんの誕生日でしたら、ご家族でお食事される予定は把握しています。 ちゃんと空けてありますよ」
…違う。それは助かるけれど、そうじゃない。
私が今から言うのは、その予定を白紙にする、大事な話。
私の、一世一代の計画の話。
「そうではなくて…。 その、今年の誕生日は、私の二十歳の誕生日でしょう?」
どきどきと、心臓の音がうるさくなる。
この先は、彼が絶対に"分かりました"と言うかは分からないから、怖い。
やんわりと断られたり、取り付く島もなかったらどうしよう、と思ってしまう。
けれど…諦める理由には、ならない。
彼を手に入れるために、勇気を出して前に進むんだ。 - 34◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:23:28
「せっかくだから、その、初めてのお酒は、先輩と一緒がいいな、と思って」
体がだんだん熱くなり、ガウンを羽織ってきたことを少しだけ後悔してしまう。
もじもじと体をよじってしまい、はだけて肩が見えてしまうのを、何度も手でなおした。
彼は、そんな私の姿を見て、だんだんと難しい顔を深めていっている。変に思われていたらどうしよう。
これ以上時間をかけると、言葉に詰まってしまいそうだから、私は意を決して決定的な言葉を繰り出した。
「だから、私と…二人で、食事なんて、どうかしら…?」
…言った。
誘った、食事に、先輩を。
自信も声も尻すぼみになって、声が上ずって上目遣いになってしまったけれど。
彼は、とても難しい顔をしているけれど。
それでも私は、誘った。誘ったのよ。
だからあとは、彼の答えを待つだけ。
数秒、数分、待つ時間が尋常ではなく長く感じる。
彼はしばらく難しい顔を続けたあと、ぽつりと口を開いた。
「それは、俺と二人でなければ、いけませんか?」
食事会に同席するか、別の夕食のときではいけないのか…という意味だろうか。
でも、それではいけない。
それでは、本来の目的が果たせないから。
「あなたと、二人きりがいいの」
一度言ってしまえば、もう怖いものはない。必要な言葉が自然と口から流れ出る。
ここ数ヶ月で一番難しい顔をしていた彼は、観念したように何度か軽く頷いた。
「………………分かりました。ご一緒させて頂きます」
彼の返答を聞き、心がぱあっと明るくなったのが分かった。
やった!私は最初の勝負に勝ったのよ!
嬉しさが抑えきれなくなっていた私は、先輩の服の袖を掴んだ。
そういった行動は大抵、自滅につながることも忘れて。 - 35◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:23:53
「嬉しいわ! きっと素敵な日にするから、期待していてちょうだい!」
掴んだその勢いで、先輩にぐっと顔を近づけた。
先輩は私の首元をちらっと見ると、また難しい顔をして目を逸らす。
舞い上がって忘れていたが、先ほどまでもじもじしていたせいで、また肩が丸出しになっていた。
しかも、緊張で汗をかいていたから、首元がしっとりしているのが自分でも分かる。
「…! ご、ごめんなさい! こんな、みっともない、格好で…」
私は彼の袖をぱっと放すと、彼の顔を見ていられずうつむいた。
下品だと思われていたら、どうしよう。
でも先輩も悪いのよ。そんな、私の肩も足も衣装でしょっちゅう出しているのに、意識しなくっても良いじゃない。
そんなことに頭をぐるぐるさせていると、先輩は軽い溜め息を吐いた。
先輩の白い無骨な手が、私のガウンをそっと整えて肩を隠してくれる。
私の肌に触れるか触れないか、ぎりぎりの距離。
結局、触れはしないのだけれど…こんな些細な瞬間に、いちいちどきどきしてしまう。
なんだか、みっともないやらバカらしいやらで、いつもながら恥ずかしい…。
「…俺以外の前では、本当に気をつけて下さいね」
そう言われた私は、えっ?と彼の顔を見た。
顔は逸らしていないけれど、苦虫を噛み潰したような表情で、感情は読み取れない。
なに、それは?
どうしてそんな、私を独り占めしたいの?
どうして、私のガウンの襟から、まだ手を離さないの?
「…先輩?」
心が揺さぶられるような感覚に、私は少し上ずった声を出してしまう。
その様子を見た先輩は、一度だけ咳払いをすると、ぱっと手を離した。
少しだけ残念な気持ちだけれど、私もようやく正気を取り戻す。
…ばか。なにが、独り占めよ。 - 36◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:24:22
今日、幾度目かの沈黙が数秒流れたが、気を取り直した先輩がそれを破った。
「…お誘い頂きましたが、星南さんの誕生日ですし、俺の方で手配しましょうか?」
彼は私に向かってそう言うと、なんとかひねり出したような仏頂面で私を見ていた。
私も、少しだけ名残惜しい感覚を振り払い、負けじと気を取り直す。
「嬉しい提案だけれど、今回は私に任せてちょうだい。 とっておきの計画をしているから!」
そう、これは私の大一番。彼に任せるときじゃない。
彼にエスコートしてもらうのは、とってもわくわくするけれど、今回じゃなくていい。
それは、私の願いが成就して、彼が自ら計画してくれたものでなくては。
そして彼の約束を取り付けた私は、残ったささやかな夜の時間を彼と過ごし、自室に戻った。
ここまでくれば、あとは私次第。
運命の日まで、私はじっくりと計画を練るのだった。
ーーー - 37◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:24:52
そして、数ヶ月が経った。
今日は運命の日、十二月七日。
私の二十歳の誕生日。
私は今、先輩と二人で天川市内のホテルにいた。
正確には、そのホテルの屋上にあるバー、その一角だ。
大きなソファと、テーブルが一つだけの個室に、私たちは二人きりだった。
個室の大きな窓からは、天川市内の夜景が一望できる。
まさか、こんなに素敵な場所で、先輩と二人きりで初めてのお酒を飲めることになるとは思ってもみなかった。
ホテルのレストランで食事をした私たちは、そのまま屋上階のバーを訪れていた。
このホテル自体には、家族の食事で何度か訪れたこともあったけれど、屋上のバーに来るのは初めて。
彼と二人で過ごすレストランの食事も、とても美味しかったし、楽しい時間だった。
彼も、最近はお父様に連れられて時折こういった場所での会食に行くことがあるからか、あまり緊張はしていない様子でほっとした。
けれど、まだお酒は飲んでいない。飲んでどうなるのか私にもまだ分からないから。
確実に、絶対に今日、勝負に臨むために。
今のところは、完璧。
そう、今日は勝負の日。私の決断を、彼に伝える日。
そして、私というアイドルの終わりを、彼に告げる日。
私は千奈に一緒に選んでもらったとっておきのドレスを着ている。
どう見ても本気だけれど、ここまでくればもう本気であることが伝わるほうが絶対に良い。
彼は、とっておきだと言っていたスーツを…私の卒業式に合わせて仕立てたものを着ていた。
あの日を思い出して、なんだか懐かしくなる。
私がプレゼントしたネクタイと、ネクタイピンもつけていて、きっと彼にとっても、何か特別な意味がある装いだと思う。
珍しく髪をセットしていたりして、らしくないけれど、可愛い。
そんな彼の様子が、私にはなんとも嬉しかった。
何かあると察していても、私が何を言うつもりかなんて、彼は分からないでしょうけれど。
例えそうで無くとも、私の誕生日を、共に過ごす夜を、特別だと思ってくれていることが嬉しかった。 - 38◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:25:14
だから私は、逃げずに彼に伝えないと。
あのとき見た彼の横顔が、私の勘違いではなかったと証明するために。
彼のすべてを、手に入れるために。
私は、ソファに座ったまま移動して、彼に近寄った。
膝を彼の方へ向けて、少しだけ前のめりになる。
…さあ、言うのよ。十王星南。
「…あ、え、と…」
切り出そうと、勇気を出そうと思ったけれど、ほんの少しだけひるんでしまった。
…怖い。
私と彼の夢を終わらせるということが現実味を帯びて、恐怖が増す。
彼の目をちらちらと見ては、心の中で何度も勇気を振り絞るけど、うまく言葉が出てくれない。
どうしてだろう。あんなに頭の中で練習したのに。
燕にあんな啖呵を切って、私は彼を愛したいなんて言ったのに。
私はやっぱり、臆病者で…また、足踏みをしてしまうの?
伝えたいのに。彼に、私の気持ち。
もう少し、もう少しだけ待って…勇気を出すから。
私がそんな様子でうつむいていると、彼は一度、大きく深呼吸をした。
それはなんだか、私よりも大きな勇気を振り絞ったことを感じさせるもので。
「星南さん」
彼は、はっきりとした声色で私を呼んだ。 - 39◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:25:46
私は、心臓が握られたような心地だった。
「あ、 ええ、その、お酒は、どうしようかしらって…」
私は咄嗟に誤魔化したけれど、目が泳いで声も上ずっているのは、先輩にもきっと伝わっているだろう。
違う。こんなこと、言いたいんじゃない。
私の願いなのだから。きちんと正面から言うって、燕に打ち明けたときから決めていたのに。
そんな私を知ってか知らずか。先輩は、いつになく熱っぽい真剣な目で、私を見た。
「お酒は…まだお待ちを。酔っていたことを、言い訳にしたくありませんから」
そう言うと、彼はソファを降り、私に向かって膝をついた。
えっ?それは、どういうこと?
「星南さんからお誘い頂いたので、お言葉を待とうと思っていました。…が、やはりこれは、男として俺から言わせて下さい」
その言葉を聞いて、私は理解した。
彼が"先に言う"。
それもきっと、私が言おうとしていたことを、彼自身の言葉で。
私があんなにも沢山の時間と迷惑をかけて、ようやく決意が出来たと思っていても、本当はまだ怖がっているのに。
あなたは、一人で決意を固めて、言えてしまうの?
「今から、俺の…あなたに対する気持ちをお伝えします」
彼が、すくい上げるように私の手を取る。
私は心臓が跳ね上がる感覚とともに、彼の手がとても冷たく、震えていることに気がついた。
緊張、している?
こんなに震えている彼は、初めて見た。
「ーーそれ、は、私が…」
私が言う、と。それだけの言葉が出てこない。
言わなきゃいけないのに。私のわがままを聞いてもらうのだから。
「俺に、言わせてください。俺が言いたい」
彼は、その震えた眼差しで私をまっすぐに見た。 - 40◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:26:14
私はただ、息を呑んで頷くことしか出来ない。
これから伝えられるであろう言葉に、私は足がすくんで、呼吸が浅くなるのが分かった。
あなたも、同じ気持ちなの?
声にならない言葉が伝わったのか、彼は少しだけ頷く。
そして彼は、私に、自身の想いを告げる儀式を始めた。
「星南さん。 俺は…あなたを、愛しています」
私に愛を告げる彼は、震える声を絞り出して、その声を私の心に届かせる。
私の手を握る彼の手は、まだ少しだけ震えているけれど。
私は、絶対に最後まで聞いてあげないと。
「あなたの事を、一人の女性として愛しているんです」
私に愛を告げる聖なる言葉が、私に向けて続けられた。
彼が告げた愛情が、私の心にゆっくりと染み渡っていくのが分かる。
たった二言で、彼は私を幸福で包み込んだ。
もう、それだけでも十分なのに。
それだけで、生まれてきて良かったと思えるほどに、とっくに幸せなのに。
「ほんとうに…いいの? だって、あなたの夢は…」
でも、きちんと聞かないと。
私の夢を叶えてくれたあなたに報いたくて、私があなたを縛り付けた夢を。
あなたの夢を、諦めていいのか、と。 - 41◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:26:36
「はい、プロデューサーとしての俺にとっては、あなたを世界の頂点に立つアイドルにすることが夢でした」
そして、彼はもう一度深く呼吸した。
もう、ここから先は、戻ることはできない。
それが分かっているのに、彼を止めることが出来ないでいた。
だってそれは、私とあなたの同じ願い、同じ想いだから。
それを止めるなんて、できない。
「それを諦めてでも…今まで積み上げたすべてを置き去りにすることになったとしても」
あなたを夢で縛り付けたのが私だから、私が言わないといけないのに。
あなたはいつも私の前を歩いて、導いてくれる。
「あなたの夢を終わらせることになっても俺は、一人の人間として、あなたが欲しい」
それが彼の、私たちの願い。
彼の手は、もう震えていない。
彼の冷たかった手は、いつしか私と同じ温度をもっていた。
私は、彼の言葉を、受け止める。絶対に。
「だから、どうか」
彼の手に力が入る。
私の手から何かを受け取っているかのように。
温かさを、勇気をいつも貰っているのは私なのに。
「アイドルを引退し、あなたの全てを俺にください」
彼は、私の目を真っ直ぐに見つめて、そう告げた。
目には涙が滲み、頬は赤く染まっている。
…彼は、彼の願いを、私に言った。
いつもの涼しい顔も出来ないほど、緊張を隠せないままに。
彼は、プロデューサーとしての夢を自ら諦めてでも、私一人が欲しいと、そう言ってくれたんだ。
ーーー - 42◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:27:05
そんな、こと。
私が、私が言わなきゃいけないのに。
私があなたに、夢を諦めて、私のものになってと、言おうと思っていたのに。
私のせいで良いから、代わりに私の願いを叶えて欲しいと、そう思っていたのに…。
彼の言葉を受けて、私の心には幸せと罪悪感が押し寄せてきた。
一つだけ確かなのは、私の心はもう全てを、彼の愛を受け入れているということ。
だから、私も言わないと。
私は、彼と目を合わせたまま、彼の手を引いてゆっくりと立ち上がった。
一緒に立ち上がった彼を見ながら、深く、深く、深呼吸をする。
今日は少し高いヒールを履いているから、彼の顔と距離が近い。
頬を染めて、目に涙をにじませて、不安気な顔。
彼のこんな顔は、初めて見た。
私をスカウトしたときも、私をトップアイドルにしてくれたときも、私を守ると誓ってくれたときも、いつも自信に溢れて泰然としていた彼が。
いま、私に愛を告げたこの瞬間、プロデューサーの仮面を外した彼は、不安を隠すことも出来なくて。
無防備で、自信がなくて、いつも通りなのは真摯な言葉だけ。
そんな彼の姿は、私にもう一度、覚悟を決めさせるには十分過ぎるものだった。
「先輩…いいえ、プロデューサー」
声は出る。
心臓が止まりそう。
呼吸だって、できているか分からない。
怖気づいてしまいそうで、足が震える。
でも彼が、今も私の手を握ってくれているから。
この手が私を支えてくれているなら、私は必ず前に進める。
「私も、あなたが好き」 - 43◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:27:43
涙がこぼれそうだけれど、ぐっと我慢して伝えた。
彼もきっと、同じだったんだ。
だから、私も最後まで言わないと。
あなたが先に伝えてくれたから、何も怖がることなんてないのだから。
「私の夢を、ぜんぶ、ぜんぶ置き去りにしてでも、私はあなたを愛したい」
言葉を、一つ一つ大切に伝えていく。私の覚悟を、心からの言葉を。
「あなたの夢を終わらせることになったとしても、私はあなたが欲しい。だから…」
彼の言葉に重ねるように、私の想いを届けていく。
彼の手を、両手で包むように握った。
支えてもらうだけじゃない。私もあなたを支えたいから。
私とあなたの、二人で決めたわがままなのだと、伝えてあげたいから。
だから、言うわね。プロデューサー。
「どうか、あなたの夢を諦めて…これからの全てを、私にちょうだい」
伝えた。
お互いの目を一度も逸らさずに、心からの愛と願いを伝えあった。
いつのまにか、静かに涙を流している彼を見て、私もこらえきれず涙をあふれさせた。
もう、心で理解できる。これは、幸せが溢れだした涙。
「はい。俺のすべてを、あなたに差し上げます。ですから…」
涙を流して、ほんの少しだけ声が震えている彼は、それでも私から目を逸らさずに言った。
私の手を握る彼の手に、力が入る。
彼は、私の手を自分の胸元に引き寄せると、最後の言葉を告げた。
「俺の恋人になって下さい、星南さん」
儀式が終わりを迎える。
彼と私の涙は拭うことなく流れて、スーツを、ドレスを濡らしていた。
けれど止めない、拭わない。
いま私たちの流している涙は、一滴たりとも無駄ではない幸せの雫だから。
「私で、ほんとうに、いいの?」
分かりきったことを聞く。こんなことに意味はないと分かっていても、聞きたい。彼の口から。
「はい、あなたがいいんです。…あなたが、好きなんです」 - 44◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:28:06
彼の、震えて籠もった声に心が満たされていく。
とっくにいっぱいになっているはずの心に、次々と幸せが注ぎ込まれていく。
もういっぱいなのに、私はわがままになって、もっと彼の言葉を聞きたくなってしまう。
「アイドルじゃない私は、こんな泣き虫で、弱くって…」
分かっているのに、何度も聞き返してしまう。彼はきっと言ってくれるから。
「何度でも言います。あなたが好きです」
そう言って、涙を流しながら微笑んだ彼の姿は、とても美しくて。
この尊い気持ちを、今度は私が彼に与えてあげたい。そう思った私は、彼の手を握ることをやめた。
少しだけ、彼が不安げな顔をした。
大丈夫よ、大丈夫。今度は私の番だから、手を離さないと。
そして私は、ヒールを脱ぎ捨てて一歩踏み出し、彼の胸に飛び込んだ。
「っ、 星南、さん」
一瞬、彼の体が揺らいだけれど、私の肩を抱いて受け止めてくれた。
彼の服に涙が、お化粧がついてしまうことも忘れて、ただ彼の胸の鼓動を感じるくらいに寄り添う。
彼の胸元に添えた私の手のひらと耳は、彼の心臓の鼓動をしっかりを伝えてくれる。
きっと、普通なら驚くほど速い彼の鼓動は、彼の私への想いの強さを感じさせて、とても心地よいものだった。
ああ、やっと言える。
あなたに私の気持ちを、そのまま。
「先輩、あなたが好きよ。大好き。ずっとずっと、好きだったの」
先輩のシャツを涙で濡らしながら、私は思うがままの言葉を彼にぶつける。
「あなたじゃないと、嫌なの。あなたがいいの」
彼の表情は見えないけれど、心臓の鼓動が教えてくれる。
私と彼の気持ちはいま、間違いなく一つだと。
「だから、これからもずっと一緒に居て。私の、恋人として」 - 45◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:28:18
私はそう言うと、彼の胸に添えていた手を、彼の背中に滑らせるように回す。
追いかけるように、彼の手が私の背中を支えるように移動し、片手が頭に添えられた。
身も心も彼との距離を失い、心が溶けあっていく。
ああ、好き。ほんとうに大好き。
私の愛する人、一生を共にする人。
こんなにも素敵な、私を愛してくれる人。
時が止まったようなこの感覚を、私は知っている。
彼の鼓動は私と同じになってゆき、いつしか聞こえなくなっていた。
私と彼の、すすり泣く音だけが聞こえるこの空間で、私たちは幸せを噛み締め続ける。
私は少しだけ間違っていた。
聖なる瞬間は一度きりではなく、もう一度やってきた。
人生で最も愛する人と心を交わした、今この瞬間に。
ーーー - 46◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:28:48
どれほどの時間、そうしていたか分からない。
涙も止まり、安らぎが気恥ずかしさに変わり始めた頃、私はそっと彼の胸元から顔を離した。
体はほとんど密着したまま、彼の顔を見上げる。
いつもの仏頂面とは違う穏やか笑顔の彼は、少しだけ泣き跡を残していた。
見惚れてしまう。
私の愛する人だと、恋人だと思って見る彼の姿は、私を釘付けにする。
彼の手が、私の耳をかすめて横髪をかき上げて止まった。
そのまま添えられた手にわずかに力が入り、彼の視線が一瞬、私の唇を見つめたことに気がついた。
それはーー。
そして、次の瞬間、私は咄嗟に彼の胸に顔を埋めていた。
私の頭に添えていた手が弾いて、イヤリングを落としてしまう。
…逃げてしまった。
何をするか、分かってしまったから。
「…それは、まだ、こわい」
そう言うと、なんだか情けないやら恥ずかしいやらで、顔が一気に熱くなるのが分かった。
いま彼にキスなんてしたら、自分の心臓が張り裂けるんじゃないかと思うくらい、どうすればいいのか分からない。
だって、もう今日はいっぱいもらったから。
これ以上なんて、わからなくなってしまう。
そんなの、勿体ないし…上手なキスの仕方なんて、知らないし。
お化粧も崩れてるし、泣いて顔もちょっと腫れているし。
そんな、頭をぐいってされたら、どきどきし過ぎて、こわい。
そんなことを一人でもやもやしていると、頭の上で彼がくすっと笑った。
「星南さん。良いですよ、急がなくて」 - 47◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:29:02
きっと笑っている。私の頭の上で、あの笑顔が想像できる。
ちょっとだけ腹が立つ。どうして彼はそんなに落ち着いているのか。
さっきまで一緒に泣いていたのに、どうして。
さっきまで、一緒に、顔を赤くしていたのに。
「もう、星南さんのすべてを貰うって、約束しましたからね」
どうしてそんなことが、言えてしまうのよ!
頭のてっぺんまで熱くなり、先ほどまでとは違う理由で心臓がどきどきと大きな音を立て始める。
「…やっぱり、嫌いよ。ばか」
手玉に取られているような状況が癪だったので、彼に身を預けながら悪態をつく。
彼の服をつまんでいるから、格好はつかないけれど。
ちょっとだけ、仕返してやった。
言葉とは裏腹に、私の心臓の音はどんどんうるさくなって、彼に気づかれてしまいそう。
「はい、俺も星南さんが好きですよ」
それなのに、彼はからかうような口調で、そんなことを言うものだから。
どうして分かるのだろう、私の言いたいことが。なんて、みっともなくときめいてしまって。
私はつい、彼の服をつかむ力が強くなり、余計に顔が離せなくなる。
だから、私は彼の胸元で、精一杯絞り出した声で言い返してやった。
「…私も、すき」
ーーー - 48◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:29:21
結局、それからしばらく寄り添いあっていて、ようやく離れた頃には私のお化粧も髪もぐしゃぐしゃになっていた。
彼のシャツもネクタイも、私のお化粧がついてしまって、今はもうネクタイを外している。
私も、お化粧を直しにいって、ようやくひと心地ついたという状況だ。
さあ、祝杯も兼ねて、いよいよ初めてのお酒に挑戦するわよ!
私がメニューを眺めていると、その様子をじっと見ていた彼が口を開いた。
「星南さん。まだお酒に強いか弱いかも分かりませんので、今日は一杯だけですよ」
私が何かを言う前に念押しをしてくる彼。
そんなこと分かっているけれど、すまし顔で言われると、なんだか悔しい。
1年しか変わらないのに、自分だけ飲み慣れています、みたいな顔をして。
「…酔ってしまったら、あなたがしっかりとエスコートしてくれれば良いのではないかしら?」
じっとりとした目で彼に言ってやる。
すると彼は、私の横髪をそっと撫でて言った。
「構いませんが、酔って無防備なあなたに何をしてしまうか分かりませんよ」
その言葉を理解するのに数秒かかると、私は顔も体も一気に熱くなるのが分かった。
まるで爆発したみたいに真っ赤になった私は、メニューで顔を半分隠した。
なに言っているのよ、もう!
だっ、ダメよ!そんなの、まだ、手を繋いだり、デートに行ったり…。
そんなのも、まだなのに…。
勝手に、酔っている私に、キス…とか、そんなの、だめ。
想像と反論で頭の中がやかましくなり、目がぐるぐると回り始めた私を見て、彼はくすくすと笑っていた。
なんだかくやしいけれど、頭もぐるぐるして、なんて返せばいいのか全然分からない。
けれど、そう。もう隠さなくて良いのなら、思ったことを言ってしまおう。
私は、メニューを置いて手を伸ばした。
手を握るのはどきどきするから、彼の袖をつまむだけ。
それで精一杯の睨みを彼に向けて、私の気持ちをこぼした。
「…覚えていたいから、酔っているときは、嫌」 - 49◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:29:36
私がそう言うと、彼の表情から余裕が消えて、私から目を逸らした。
顔は私に向いたままだから、私は正面からその様子を見た。
頬を染めた彼はあの時の様子と同じで、眼鏡を直すふりをして少しだけ顔を隠している。
その様子を見た私は、もう何度目かも分からないけれど、見惚れてしまって。
また、胸がぎゅうっと苦しくなってしまった。
何よ、それ。
そんなの、反則じゃない。
そんな顔されたら、私、もっと好きになってしまうじゃない!
きっと今私は、ばかみたいにぽーっとした顔をしている。
「…すき」
私は何度、あなたに恋をすればいいの?
「すきよ、先輩」
彼の顔がどんどん赤くなる。
もっと見せて、あなたの、そんな顔。
それを伝えることも、もう我慢しなくていいなんて。
「あなたの、そういうところ、だいすき」
そんな素敵なことって、ない。
私たちはようやく、本当の意味で、二度と離れないことを約束できた。
最愛の人と、生涯をともにするという約束を。
ーーー - 50◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:29:48
「…注文、しましょうか」
彼が、精一杯の冷静を装って話を逸らした。
彼は少しだけ悔しそうで、頬はまだ赤いままで。
その様子が、なんだかおかしくって、ぷっと吹き出してしまう。
こんな彼を見ることができるのは、私だけの特権。そう思うと、とっても愛おしい。
私は、少しだけ仕返しに成功したことを喜びながらも。
これからのこと、みんなのことを考えていた。
お母様は、私の恋が実ったことを喜んでくれるかしら。
お父様は、私の引退と彼のこと、ちゃんと受け入れてくれるかしら。
燕にも、ちゃんと伝えられたって、想いが通じ合ったって報告しないと。
きっと彼女は、また怒ったような顔をするでしょうけれど。
ことねや、私の可愛いアイドルたちには、これからのこと、きちんと話さないといけない。
彼女たちをプロデュースすることは、むしろ本格化できるけれど。
プロになった彼女たちとライバルでいる期間は、ほとんどなくなってしまうでしょうから。
私たちの決断を受け入れてもらえるように、私たちの言葉で、きちんと伝えよう。
これからどんなことが待っていても、絶対に大丈夫。
私たちは、愛し合っているのだから。 - 51◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:32:46
↑↑↑以上↑↑↑
2個目、星南さんと学Pが告白し合う話でした!
砂糖増量100%中の100%を目指しました、お目汚し失礼しました。
別に最終回のつもりでは書いてないので、また砂糖を湧かせて続きも書きたい気持ちでいます! - 52二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 12:34:27
ありがとうございます
告白しあってなおもどかしいところもある2人の関係が最高でした
これからの話も楽しみにしてます - 53◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:34:36
- 54◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 12:36:11
P星南の砂糖漬けです。どうぞご堪能下さい…。
- 55◆0CQ58f2SFMUP25/03/06(木) 13:30:38
「好き」とか「愛してる」とか言ってもいい関係になった瞬間言いまくる星南さんが書けてよかった
- 56二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 15:08:25
血糖値も尿糖も激増したわ