- 1二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:28:38
「……?」
トレーナー室の扉をノックをしても、中からの反応はなかった。
今日はこれからミーティングの予定なのだけれど、トレーナーさんは外出しているのかもしれない。
出直すべきか、それとも中で彼を待っているべきか。
少しだけ悩み、相手を待たせてしまうよりはと後者を選ぶことにして、私は気づく。
部屋の鍵が、開いていることに。
「…………失礼、します」
もしかして、と思いながら静かに扉を開ける。
中からはふわりと漂う優しい花の香り、どこか暖かく感じる空気。
私の挨拶に対して言葉は返って来ず────代わりに、小さな寝息の音が聞こえて来た。
「やっぱり、お休み中でしたか」
部屋を見れば、デスクの上で突っ伏しているトレーナーさんの姿。
日溜まりに当たっていて、どこか気持ち良さそうに見える。
そんな彼の姿に私はくすりと微笑みを浮かべ、直後、慌てて目を逸らした。
……他人の寝顔なんてあまり見て良いものではない、私が見られたから、きっと赤くなってしまう。
あまり彼を見ないようにしながら、引き出しからブランケットを取り出す。
お日様の暖かさがあっても、まだ少し肌寒い、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
そして、起こさないようにそっと、彼の身体にかけてあげる。
デスクの上を見やれば、そこにはたくさんの資料。
私のレースのデータから同じレースに出走しそうな子達のものまで、その数は膨大。
きっと、今日も私のために、心を砕いてくれていたのだろう。 - 2二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:28:53
「……いつも、ありがとうございます」
眠っているトレーナーさんの耳元で、小さく感謝を囁いて、離れた。
ミーティングの予定時刻まで30分ほどだけれど、ゆっくり寝かしておいてあげたい。
出来るだけ物音を立てないようにしながら窓を開けたり、花瓶の水を開けたり、掃除をしたり。
そんなことをして時を過ごしていたけれど、すぐに手持ち無沙汰となってしまう。
ソファーへと腰掛けながら、ふと、デスクの方へと視線を向けた。
眠っているトレーナーさんと────その周囲にある、たくさんの花々。
ドライフラワーに、ハーバリウムに、切り花も。
いっぱいありすぎて、彼の周りだけ、お花畑みたいになってしまっている。
「自重を、しないとですね」
少しだけ、頬が熱くなる。
トレーナー室にある花々の殆どは、私がトレーナーさんに贈ったものだった。
一緒に作ったものも飾ってあるけれど、ほんの2、3個ほど。
感謝の想いや喜びの気持ちを伝えたくなると、ついつい、手が動いてしまう。
そして、それを見た彼は子どものように喜んでくれるので、また、その顔が見たくなってしまうのだ。
幸せの、悪循環。
良くないことだと自覚しながらも、是正しようとする気持ちになれなかった。
「……」
ふと、私は立ち上がり、ゆっくりとデスクへと近づいて行った。
そもそも何故、私はトレーナー室に留まっているのだろうか。
トレーナーさんを起こしたくないというならば、部屋を出ていくべきなのだ。
メモの一つでも残しておけば彼に迷惑をかけることもない、それが最適解だと、自分でも思う。
では、どうしてそうしないのかといえば、答えはとてもシンプルだった。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:29:09
ただ────私がここに居たいから、彼とともに過ごしたいから。
ああ、私はいつから、こんなにも他人に対して我儘になってしまったのだろう。
「……あなたの、せいですよ?」
デスクの前で屈んで、眠っているトレーナーさんに顔の高さを合わせる。
短い髪、長めのまつ毛、優しげな巨泉を描く眉、ちょっぴり乾いた唇、柔らかそうな頬。
何も知らず、幸せそうに寝息を立てている彼の鼻先を、私はちょんと突いた。
一瞬だけ表情が歪むものの、すぐにまた、穏やかな表情に戻る。
「ふふ」
その様子が何だか可笑しくて、思わず顔が緩み、尻尾が揺らめいてしまう。
どうしても他人に遠慮してしまう私を、私のままで、導いてくれる人。
共に居ると、穏やかな気持ちになれて、心を暖かくしてくれる人。
私という花が咲き誇るまで、傍で見守ってくれる人。
私が花束を贈る度に、私のことを、幸せにしてしまう人。
贈ることの出来るブーケは────もう、一つくらいしかないというのに。
「……」
気が付くと、ふらふらと、私はトレーナーさんの寝顔に顔を寄せていた。
それはまるで、蜜に誘われる蝶の如く。
甘い花の香りの中、鼻先をくすぐる柑橘系の香りと、そこに混ざる微かな汗の匂い。
トレーナーさんの匂い、男の人の匂い。
私の、好きな匂い。 - 4二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:29:26
「…………っ」
胸がドキドキする、耳がぴょこぴょこと動いてしまう、尻尾が止まらない。
寝顔を近くで見たいのか、匂いを嗅ぎたいのか、触れたいのか、あるいはその全部か。
明確な理由もわからぬまま、私は更に顔を近づけていって─────。
その時、突然“うまぴょい伝説”のメロディーが鳴り響いた。
「!?」
心臓と、耳と、尻尾がびくんと飛び跳ねて、思考が停止する。
瞬間、息がかかるほどの距離にあったトレーナーさんの目が、ぱちりと開いた。
彼は反射的に側へ置いてあったスマホに触れて、鳴り響いていた音楽を停止させる。
……そうですよね、ミーティングを予定しているのだから、アラームくらいは用意しますよね。
結果として残ったのは、きょとんとした顔の彼と、それを間近で見つめている私だけ。
「……ブーケ?」
「……っ!」
トレーナーさんの言葉に、ようやく我に返る。
慌てて私は立ち上がり、跳ね返るように距離を取って、顔を隠すように背中を向けた。
頬に手を当てれば、火傷しそうなほどに熱くなっている。
────私は一体、何をしようとしていたのでしょう……!?
考えれば考えるほど、思考は混乱していく、顔の熱は高くなっていく。
そんな私に対して、トレーナーさんはどこか暢気な声色で、言葉を投げかけてきた。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:29:39
「あはは、ごめん、顔になんか付いてたかな…………涎とか出てなかったよね」
「……」
「あと、ブランケットありがとう、キミがかけてくれたんだろ?」
「…………」
「……えっと、ブーケ、もしかしてなんか怒っている?」
私がこんな想いをしているというのに、トレーナーさんは至って、いつも通りだった。
もちろん、私が勝手な行動を起こした結果なので、それは当然のことなのだけれど、少しだけムッとしてしまう。
ああ、私はいつから、こんなにも理不尽で、身勝手で、我儘になってしまったのだろう。
ちらりと彼を見やりながら、色々な意味を込めて、私はぽそりと呟いた。
「…………あなたの、せいですよ」 - 6二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:30:27
お わ り
下記のスレの書き込みを参考にして書きました シチュが若干変わったのでスレを立てています
あ、トレーナーがトレーナー室のソファで気持ちよさそうに寝てる…|あにまん掲示板ゴクリbbs.animanch.com - 7二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 22:38:49
しゅき(語彙力放棄)
- 8二次元好きの匿名さん25/03/06(木) 23:00:32
ブーケはすごい意識してるのにトレーナーは特に気にしてなさそうなのが、片思いの淡さが出ててよき……
- 9125/03/07(金) 00:23:07
- 10二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 00:25:32
夜更かしと明日への影響を犠牲にしてブーケSSを摂取できた
ありがとうございます…!!!
花に鼻を添えて嗅ぐように…いつか直接触れられる機会があるとバクアゲなのです…
ご馳走様ッ - 11二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 00:57:32
- 12二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:50:39
独占欲見せるカレブーいいぞ
- 13125/03/07(金) 09:01:33
- 14二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 12:32:58
ありがとう、ありがとう
寿命が延びた - 15125/03/07(金) 20:06:09
ブーケちゃんはいずれ老衰に効くようになる
- 16二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:32:00
- 17125/03/07(金) 20:39:39