(SS注意)寝たふり

  • 1二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:51:34

    「ただいまー……って、あれ?」

     すっかりと日が落ちてしまった頃合い。
     我が家の扉を開けるものの、いつもの出迎えが来てくれることはなかった。
     家の中から彼女の気配を感じるものの、待っていても来る様子はない。
     
     つまりは、いつものアレ、ということだろう。

     今日は一体、何をしてくれるのだろう、と少しわくわくしながらも靴を脱ぐ。
     そして、静まり返っている廊下を通り、灯りのついているリビングへと入った。

    「……クロノ?」
    「すう、すう」

     ソファーの上、そこにはエプロンを付けたまま座っている、一人のウマ娘。
     しなやかな銀色の長い髪、左耳にはムーブメントを模した髪飾り、後ろには赤いリボン。
     “元”担当ウマ娘で、今はともに歴史を刻む伴侶であるクロノジェネシスは、静かな寝息を立てていた。
     なるほど、今日の出迎えがなかったのは、居眠りをしていたからだったか。
     愛らしい彼女の寝顔に笑みを緩めながら、とりあえず毛布でもかけてあげようと近づいて、俺は気づいた。
     テーブルの上に、一枚の小さな紙が置いてあることに。

    「なんだろう、これ」

     拾い上げてみれば、そこには達筆な字、クロノの字で短い文章が書かれていた。
     俺はそれを何も考えずに、そのまま読み上げる。
     声を発した瞬間、彼女の耳がぴくんと動いた、気がした。

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:51:48

    「『接吻をしていただかないと、目覚めない呪いにかかってしまいました』」
    「……っ」
    「……なるほど、今日はそういう感じなんだね」

     俺がちらりとクロノを見やると、彼女はおもむろに顔を逸らした。
     自分で書いた文章を読み上げられたのが恥ずかしいのか、ほんのりと頬に赤みが差している。
     
     同棲してからというもの────クロノは帰ってくる俺に対して悪戯を仕掛けて来るようになった。

     隠れて、彼女を探す俺に後ろから抱き着いてみたり。
     昼寝をしている俺の布団の中に、潜り込んで来たり。
     のんびりとお風呂に入っている最中、いきなり突入して来たり。
     まあ、なんというか、付き合いたてのカップルみたいというか、そんな悪戯をしてくるのだ。
     現役時代は生真面目で、そういうことを好むタイプではなかったと思うだけど。
     とはいえ、そんなどこか可愛らしい悪戯ばかりだったので、好きなようにさせていた。
     ……俺も正直、色々と楽しみになってきているのもある。

    「呪いかあ、困ったなあ」
    「すや、すや」

     俺はわざとらしい寝息を立てるクロノの隣へと腰掛ける。
     すると、こてんと彼女の頭が俺の肩へと寄り添った。
     幸せそうな顔をしている彼女を横目に見守りながら、俺は鞄から荷物を取り出す。
     そして、テーブルの上へと置いて、こちらもわざとらしく話しかけるのであった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:52:01

    「せっかく今日発売の『伝説の名レース100選 限定生産版』を買ってきたのに」
    「!」

     その瞬間、ぴくんと、クロノの耳が大きく反応を示す。

    「昔のレースも4Kリマスターされていて、あのレジェンドウマ娘の解説もあるんだって」
    「……!」

     言葉を続けていくと、クロノの耳はぴょこぴょこと忙しなく動き始めた。
     俺は笑いを何とか堪えながら、更に追い打ちをかけていく。

    「クロノと一緒に観たいんだけどな、でも起きないなら、俺だけで観ちゃおうかな?」
    「……~~っ!」

     突然、クロノの小さな手が俺の服を、きゅっと掴んだ。
     そして、尻尾でぺしぺしと背中を撫でるように叩きながら、ぷくっと頬を膨らませる。
     その、あまりの愛らしさに、気づけば俺は彼女の頭にそっと手を伸ばしてしまっていた。
     さらさらとした、艶やかで滑らかな髪を、優しく撫でていく。

    「……♪」

     クロノは一瞬にして表情を緩ませて、幸せそうにすりすりと顔を擦りつけて来た。

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:52:17

     その後、しばらくはクロノの髪を梳いたり、耳を揉んであげたりしながら時間を過ごしていた。
     ずっとこうしてても良いのだけれど、お腹が空いて来たし、買ってきた映像も一緒に観たい。
     だからそろそろ、目覚めてもらうことにした。
     
    「クロノ、呪いを解いてあげるから、顔をこっちへ向けて」

     俺の言葉に、クロノの身体がびくりと跳ねる。
     そして、彼女はこちらを向けて、顔を少しだけ上げると唇を小さく尖らせた。
     もう学園を卒業しているというのに、どこか幼さを残す、あどけない顔立ち。
     柔らかそうで、ふっくらとして、色合いが鮮やかな、薄い唇。
     それが、俺へと差し出されているという事実が、心臓の鼓動を早く、大きくしていく。

    「……っ」

     顔を赤く染めながら、クロノは目をきゅっと閉じていた。
     もうキスなんて何度も重ねているのに、何故かこういうところはあまり変わっていない。
     緊張も、早く解いてあげないと────そう思って、彼女の肩へそっと手を置いた。
     そして、そのままゆっくりと顔を近づけていく。

    「クロノ、するよ」

     クロノの小さな身体が、ぴくっと震える。
     ふわりと漂う甘い匂いに、微かに感じる醤油の匂い。
     今日の晩御飯は和食だろうか、そんなことをついつい、考えてしまう。
     そして、俺はゆっくりと焦らすように顔を寄せていき、優しく静かに、彼女と唇を合わせた。

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:52:32

    「んっ……ちゅ……はっ……ちゅ……っ」

     触れ合った唇から、クロノの小さな声と甘い吐息が漏れる。
     吸い付くような瑞々しさと、マシュマロのような柔らかさ、そして火傷しそうなほどの温もり。
     何度も味わっているのに、何度でも夢中になってしまう、あまりにも甘美な感触。
     それは彼女も同じなのか、その両手はいつの間にか俺の首の後ろへと回され、積極的に唇を押し付けて来ていた。
     尻尾をゆらゆらと妖しく揺らし、耳をぴこぴこと動かして、眉尻は骨抜きになったように垂れている。
     出来ることならば、もっとじっくり、もっと深く、もっと濃厚に、クロノを堪能していたい。
     でも、それは後のお楽しみに、しないといけない。
     俺は名残惜しさを感じながらも、とんとんと、彼女の肩を軽く叩く。
     そして、後ろ髪を引かれながらも、ゆっくりと顔を離した。

    「目は、覚めた?」

     目の前には、とろんと蕩けた目で、物欲しそうな顔で呆けているクロノ。
     しかし、しばらくすると耳がぴんと立ち上がり、その青緑の瞳が大きく見開く。
     そして────彼女はふにゃりと、微笑みを浮かべた。
     
    「はい……お帰りなさいませ、えへへ」

     柔らかく目を細めるクロノに、俺は小さく、ただいまと伝えるのであった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:52:50

    「そういえば、どうして同棲するようになってから、ああいう悪戯をするようになったの?」

     食事を終えて、片付けをして、件の映像を再生する直前。
     ふと気になって、俺はクロノへと問いかけることにした。
     彼女はその質問に対してきょとんとした表情を浮かべると、やがて照れたように顔を逸らした。

    「それは、ですね…………貴方と、その、今の関係になってから、私達の歴史を紐解いてみたんです」
    「うん」
    「そうしたら、出会った頃からずっとレースの記憶しかないなと、思いまして」
    「……まあ、それは」

     元々は、トレセン学園に所属するウマ娘とトレーナーの関係。
     俺と彼女を繋ぐ接点は、レースに他ならない。
     そして、彼女の趣味の一つはレースの歴史を調べたり、分析や予想を行うこと。
     それ故に当時からお出かけする場所はレース場、それは卒業してからもあまり変わらなかった。
     現に、今もレースの映像を見ようとしている。
     ……もしかして、思う所があったのだろうか。
     そう考えた刹那、クロノは慌てた表情で、手をわたわたと振ってみせた。

    「いえ、それはもちろん楽しかったですし、欠かすことの出来ない、私達の歴史の一ページです」
    「そっ、そっか、それは良かった」
    「ただ、えっと、その、ですね………………もっと、恋人らしいことも、してみたいな、って」

     もじもじと手を揉みながら、クロノは真っ赤な顔で小さくそう呟いた。
     どきりと俺の心臓が高鳴り、一瞬、言葉を忘れてしまう。

  • 7二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:53:04

    「それでラヴちゃんから色々と聞いて、悪戯をするようになったんです」
    「……」
    「あの……迷惑、でしたか?」
    「えっ!? いやいやいや! そんなことはない、全くないから!」

     不安そうに瞳を揺らすクロノに対して、慌てて俺は弁明をした。
     あまりのいじらしさというか可愛らしさに、頭が真っ白になっていた、とは流石に言えない。
     それに、元々控え目だった彼女がこれほど積極的になってくれたのは、とても喜ばしいこと。

     …………まあ、それに、俺として、そういうことがしたいという気持ちは、否定出来ない。

     俺は無言のまま、クロノの肩を抱いて寄せた。
     彼女は一瞬だけ驚くも、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべ、耳をぴこぴこさせながら抱き着いてくる。
     ぎゅうっと全身に伝わってくる、小さくて、暖かくて、柔らかな彼女の感触。
     これもまた一つの、恋人らしいこと、のような気がする。
     俺は彼女の耳元に顔を寄せると、そっと囁いた。

    「俺も、楽しみにしてるからさ」
    「……はい、頑張りますね?」

     クロノはこくりと頷いて────流れるような動きでリモコンの再生ボタンを押した。
     ……まあ、それはそれとして観るよね、うん、全然いいんだけども、俺も観たくて買ってきたんだし、別に変なこと考えてないし。
     自分に言い訳をしながらテレビへと視線を向けると、くすりと声が聞こえてくる。
     どこか妖艶な笑みを浮かべたクロノが、ゆっくりとその身を押し付けながら顔を俺の耳元へと近づけた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:53:17

    「…………この後も、楽しみにしてくださいね?」
    「……っ!」

     耳の中に流される、暖かな息吹と小さな囁き声と、殺し文句。
     真っ赤な髪のウマ娘の影を確かに感じながら、くすくすと微笑むクロノに、俺は白旗を上げる他なかった。

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:53:44

    素晴らしい・・・。

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:54:36
  • 11二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 08:58:18

    朝から元気になれる良いSSだぁ....

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 09:05:10

    ありがとう ありがとう
    助かる命がここにあります

  • 13二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 12:31:41

    良かったよ ありがてえ

  • 14二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 18:05:31

    家に帰ると死んだフリする妻の歌だったか小話だったかがあった気がするがそれを思い出した。

  • 15125/03/07(金) 20:05:34

    >>9

    そう言っていただけると幸いです

    >>11

    朝から投げた甲斐がありました

    >>12

    しなないで・・・

    >>13

    こちらこそ読んでいただきありがとうございます

    >>14

    元スレでも言及されていて少しオマージュした感じになっています

  • 16二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 00:41:19

    この後何をおたのしみにするんですかねぇ

  • 17二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 00:56:54

    いいよね・・・クロノ・・・

  • 18二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 02:26:16

    ウマ娘になってから日も浅いのにこの完成度…素晴らしい…

  • 19125/03/08(土) 07:24:58

    >>16

    レース予想でしょ(すっとぼけ)

    >>17

    いいよね…

    >>18

    もっと情報が欲しいです

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