- 1二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:22:31
- 2二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:23:15
芸能事務所283プロは潰れた。
始まりは小さな不祥事。
それが瞬く間に広がり、世間から大バッシングを受けた。
無論、所属アイドル達への影響も大きく、仕事は殆どなくなり、283プロは業界から完全に干された。
ほどなくして経営が傾き、世間の信頼を回復する間もなく事務所の閉鎖を余儀なくされた。
小さな事務所は潰れるのもあっという間のことだった。
所属アイドル達は散り散りに。
他所の事務所からのスカウトを受ける者。
芸能界に残りアイドルとは別の道に進む者。
アイドルになる前の普通の女の子に戻る者。
大崎甘奈は後者だった。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:32:52
「な、なーちゃん……洗い物、できたよ……」
「甜花ちゃんありがと〜。めっちゃ助かるよ〜!」
「う、うん……にへへ……」
「なーちゃんは、これから……お出かけ……?」
「うん。ちょっと行ってくるね」
アイドルを辞めて元の生活に戻った大崎姉妹。
けれど変わったものもある。
甜花は以前より少し活動的になり、進んで家事の手伝いを申し出ることもある。
そして甘奈は……
「…………なーちゃん……」 - 4二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:33:11
甘奈は電車を乗り継ぎ、都内のある駅で降りると、あるマンションの一室を訪ねた。
慣れたように持っていた合鍵で鍵を開けると、家主に断りもなく中へ入る。
「来たよ〜」
「あー、またこんなに散らかして。仕方ないなぁ」
「ご飯はちゃんと食べてる?」
「ねぇ……プロデューサーさん」
「…………甘奈か」
プロデューサーは以前の面影もなく、力のない声で応えた。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:39:10
あんまりないんだよ
純愛だのイチャラブだのと暴力が並ぶこと - 6二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:47:52
大崎甘奈はプロデューサーと付き合っている。
283プロの経営が傾き始めた頃、失意のプロデューサーを甘奈はひどく心配し、そして気遣った。
勿論それは甘奈に限ったことではないのだが、それゆえに甘奈は焦り、そして好機だと思った。
この非常事態を、事務所存続の危機を……
プロデューサーと担当アイドルの関係から、はみだす好機だと、思ってしまった。
それからすぐに283プロは崩壊した。
甘奈にとってもそれはショックなことだった。
芸能界でやりたいことはまだたくさんあった。
夢も、憧れも、全てが閉ざされてしまった。
甘奈は失意のどん底にいるプロデューサーを慰め、甘奈もまたプロデューサーを求めた。
そして、二人は傷を舐め合うように結ばれた。
既に高校を卒業し『大人』になることを求められ始める、そんな時分のことだった。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 20:58:47
「お髭、全然剃ってないでしょ〜」
「髪も伸びたね〜」
「甘奈がシャンプーしてあげよっか?」
「…………」
事務所が潰れて暫く経つ。
けれどプロデューサーは未だ立ち直れずにいた。
担当アイドル達を守れなかった不甲斐なさか。
彼女達の夢を途絶えさせてしまった自責の念か。
あるいはかつての担当アイドルに手を出してしまったことへの絶望。
その全てかもしれない。
……それは甘奈にはどうでもいいことだった。
プロデューサーの胸の内がどうであれ、今のプロデューサーは、大崎甘奈なくしては生きられないのだから。
甘奈は座り込んだままのプロデューサーに手を差し伸べ、立ち上がるよう促し、洗面所へ手を引いた。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 21:11:03
甘奈はプロデューサーを洗面台の前に座らせ、シャンプーを泡立たせ、優しく丁寧に、マッサージでもするように洗った。
それをお湯で洗い流し、またシャンプーを繰り返す。
無精髭も綺麗に剃ってみせた。
「さっぱりしたね〜! うん、かっこいいよ☆」
「…………」
「じゃあ甘奈はご飯作るから、プロデューサーさんはTVでも観ながら待っててね」
そう言って台所に向かおうとする甘奈を、プロデューサーは腕を掴んで引き留めた。
「え〜? これじゃご飯作れないよ?」
「…………いいから」
「も〜……仕方ないなぁ……☆」 - 9二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 21:32:44
こうして身体を重ねるのは何度目だろう。
二人は獣のようにお互いを求め合った。
「プロデューサーさん……! プロデューサーさん……!」
甘奈は幾度となく、愛する男を呼んだ。
「…………ッ」
愛する男の名前でなく、そのかつての肩書きを。
呼び慣れたその肩書きで……『プロデューサー』と、そう呼んだ。
「……その名前で……! 呼ぶな……ッ」
そしてプロデューサーの、かつてプロデューサーだった男のその手が、甘奈のか細く、綺麗な首に伸びた。
「…………!? …………苦し……っ」 - 10二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 21:36:37
プロデューサーは腕に精一杯の力を込めた。
甘奈は声にならない声をあげる。
みるみる内に顔色が悪くなっていく。
苦しくて、痛くて、抵抗する気も起きない。
「…………ぁ」
プロデューサーが我に帰ったのは、甘奈が気絶しそうになる寸前だった。
「…………あまっ」
「甘奈…………ッ」
プロデューサーは慌てて手を離し、甘奈の身体を揺すった。
「けほっ けほっ!」 - 11二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 21:44:35
「ごめん……甘奈……ごめん……」
行為が終わると、プロデューサーは決まっていつも許しを乞う。
甘奈はそんなプロデューサーを見ると、愛おしく思い、そっと優しく抱き締めるのだった。
「大丈夫だよー……甘奈、全然嫌じゃないもん」
「だって……甘奈……痕が!!」
甘奈の首元には、強く絞められた痕が目立っていた。 - 12二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 21:45:06
「甘奈ね、プロデューサーに傷付けられるの好きだよ?」
「え……」
「プロデューサーさんの所有物だーって、印を付けてもらったみたいでしょ?」
甘奈はそう言って気丈に笑ってみせた。
「…………ははっ……」
「なんだよそれ……甘奈はおかしいな……」
プロデューサーもまた笑った。
甘奈は笑った時のプロデューサーが好きだった。
この時だけは元気だった頃の、あの頃のプロデューサーのままの顔をしていた。
二人は外では会わず、二人で過ごす時はいつだってこの小さなマンションの一室だった。
この部屋にいる間は外界から隔絶されたような心持ちでいられた。 - 13二次元好きの匿名さん25/03/07(金) 22:59:58
>>7から察するに嘗てシャニPが手を出してスキャンダルの元になった担当アイドルは甘奈ではなさそう…?
- 14二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 06:39:28
保守
- 15二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 09:50:32
数日後、甘奈は再びプロデューサーの部屋を訪れた。
「……甘奈、首……見せてくれないか?」
「…………ああ良かった。綺麗に消えたな」
「うん。消えちゃった」
「消え『ちゃった』?」
「あっ……ううん! なんでもないの」
甘奈の返答を訝しむプロデューサーだったが、それを深くは追及しなかった。
それは大切な人を傷つけてしまった負い目によるもので、言葉の違和感よりも罪の意識と、もうこんなことは繰り返さないという誓うことの方に思考が向いていた。
「ねぇプロデューサーさん。それより今日も……する?」
そして、今日もまた過ちを、後悔を繰り返す。 - 16二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 09:51:04
「ねぇプロデューサーさん。あれって煙草だよね?」
ベッドに寝そべりながら、卓上に見慣れない小さな紙の箱が置いてあるのを甘奈は見つけた。
「え? あぁ……うん」
プロデューサーは「しまった」といった表情を浮かべながら答える。
「プロデューサーさんって煙草吸うんだね。甘奈知らなかったよ〜」
「昔ちょっとな。……283プロに入ってからはやめてたんだけど」
学生時代に友人から勧められて吸い始めたのがきっかけで、それから数年は続けていた。
283プロにいる間禁煙していたのは担当アイドル達への気遣いによるものだった。
副流煙は身体に良いものではないし、そもそも臭いを嫌う子も多いだろう。 - 17二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 09:51:33
「ごめん。嫌だったか?」
「ううん。ちょっとびっくりしただけ」
「プロデューサーさんが吸いたいなら、甘奈 嫌じゃないよ」
本心を言えば甘奈は煙草の臭いが好きではなかった。
家族や親しい知人に吸っている人はいなかったし、昨今の学校教育に於いては散々「百害あって一理なし」といった指導が繰り返し行われている。
その為煙草そのものにあまり良い印象を抱いていなかった。
だが…………甘奈の関心はあるものに向いていた。 - 18二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 18:41:36
保守
- 19二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 20:19:43
重い
- 20二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 20:53:58
「ね、煙草吸ってるとこ見せてほしいな」
「え……そんなの見ても何も面白いことなんでないぞ?」
「副流煙だってあるし……」
プロデューサーにとって、受動喫煙によって他者の健康を害することは忌避感があった。
それが担当アイドルや恋人ともなれば尚更だ。
だからこそ禁煙だってしていたのだ。
「いいの。甘奈が見たいんだから」
「ダメ……?」
甘奈は弱々しく訊ねる。
そんな顔をされたら、その目で見られたら断れる男はいないだろう。
プロデューサーは渋々承諾した。 - 21二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 20:54:35
「…………少しだけだからな」
そう言ってプロデューサーは小さな箱から紙巻き煙草を一本取り出し、安っぽい100均ライターで火を灯した。
そして煙を吸って、吐く。
それを繰り返す。
「おぉ〜……」
甘奈はそれを、一つ一つの動作をじっくりと観察する。
まるで楽しみにしていた映画を、ポップコーンをつまむ手も止めて見入るように。
「なんか……いつものプロデューサーさんじゃないみたい」
「渋くてかっこいいよ」
「ははっ……そうか?」
「ねぇプロデューサーさん」
「うん?」
「それ……甘奈の腕に当ててみて」 - 22二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:54:32
共依存ワクワク
- 23二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:57:59
救いはないのか…
- 24二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 07:59:46
「は……?」
「えっ、何を言ってるんだ……?」
プロデューサーは始め、甘奈の言っていることが、甘奈が何を指しているのか理解できなかった。
まもなく甘奈の指すそれが、自身が手に持っている煙草だと察するが、やはりその思考が理解できない。
「どれだけ熱いか分かってるのか? 普通の火傷とは違うんだぞ……?」
煙草の温度は900度ほどにもなる。
故にそれを皮膚に押し当てる行為を“根性焼き”等と俗に呼ばれているが……
“不良(ヤンキー)”の世界においても、“軟弱者(チキン野郎)”の増加した近年では、それを好き好んでやろうとする者はそうはいないだろう。 - 25二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 08:00:18
プロデューサーが呆気に取られていると、甘奈は何も言わずに煙草を持ったプロデューサーの手首を握り、それを自らの腕に押し当てた。
「…………ッ」
「あ…………!?」
「何してるんだッ!!」
思わず両の手で甘奈の身体を押し倒し、無理矢理引き離す。
この生活になってから思考が、判断が遅い。そんな自らを呪った。
「えへへ……結構痛いんだね〜」
時間にして数秒。
それでも深い火傷痕を残すには充分だ。
「す、すぐに冷やさないと……!」 - 26二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 08:01:08
「これ……痕残るかな……?」
応急処置を済ませた腕を眺め、甘奈は言った。
「どうだろう……程度にもよるけど、酷ければ痕はずっと残るらしい」
「あ……でもできるだけ目立たないようにする手術とかもあるから……」
「甘奈……消さないよ」
「は…………?」
「この傷は、消さない」
プロデューサーには甘奈の考えが理解できなかった。
痛いはずなのに、どうしてそんなにも……
火傷の傷を愛おしそうに見つめていられる?
「…………う」
吐き気がする。
逃げ出すように、トイレに駆け込んだ。 - 27二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 08:01:52
「ねぇプロデューサーさん」
「うん?」
「どこにも行かないでね?」
「え? あぁ、うん。どこにも行かないよ」
「ほんと? 約束だからね」
「いっそ甘奈もここに住んじゃおうかな。甜花ちゃんはもう甘奈がお世話しなくても大丈夫だし……」
「…………うん。それもいいかもな」
「いいの? えへへ……そしたらずっと一緒にいられるね★」
「…………」
「…………あぁ。ずっと一緒だよ」 - 28二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:17:27
まだプロデューサーは正気に戻れそうか…
- 29二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:21:54
甜花が「姉」を見せるところやな
- 30二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:21:35
「…………んん」
「あれ……プロデューサーさん……?」
翌朝、甘奈が目が覚ますとプロデューサーの姿がなかった。
すぐ隣で寝ていたはずのプロデューサーの姿がなかった。
トイレに起きたのかもしれない。
外で煙草を吸っているのかもしれない。
少しコンビニにでも出たのかもしれない。
ただベッドにいないだけなら、そういった可能性の方が高いだろう。
しかし、甘奈にはなんとなく分かってしまった。
これはそういうのではない、と。
もう……プロデューサーは「いない」のだと。 - 31二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:21:55
「もしもしプロデューサーさん!?」
『あぁ……甘奈』
慌てて電話を掛ける。
ちゃんとプロデューサーが電話に出たことにまずは胸を撫で下ろした。
「今どこにいるの……!?」
「…………帰って来るよね…………?」
『…………』
『…………ごめん』
たった一言。
その一言に甘奈は青褪めた。 - 32二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:22:12
『俺、しばらく遠くに行くことにしたんだ』
『家にも当分帰らないと思う』
「どうして……?」
『どこか遠くで、一からやり直したい』
「あ、甘奈も一緒に行くよ……!」
「ずっと側にいて、プロデューサーさんの望むこと、なんだってしてあげる……」
「だから……!」
『ははっ』
『それじゃ駄目なんだよ』 - 33二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:22:33
「え……?」
『このまま一緒にいたら駄目になるだけだ。俺も、甘奈も』
『だから俺達は……離れた方がいいんだよ』
「やだ……やだよ…………」
「甘奈、捨てられちゃうの……?」
『そうじゃないんだ。甘奈……!』
『…………甘奈、俺の望むこと……なんでもしてくれるって言ったよな』
「…………!」
「う、うん……! なんでもするよ……!」
『……だったら……頼みがあるんだ』
『俺の背中を押して欲しい』 - 34二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:22:56
「え…………?」
プロデューサーを引き留められると思っていた。
甘奈は……その『お願い』に虚を突かれた。
『怖いんだ。これからどうなるか分からない。ちゃんとやり直せるか分からない』
『折れそうになる。今だって本当は帰りたい。甘奈に縋りたい』
『だから、背中を押してほしい』
『大切な人に……甘奈に背中を押して貰えたら、きっと頑張れるから』
プロデューサーは考えていた。
優しくて、世話焼きで、寂しがりで、案外恥ずかしがり。
そして……だらしない俺を、叱ってくれる女の子。
大崎甘奈なら、自分の知っている甘奈なら、きっと背中を押してくれる。 - 35二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:23:39
「………………」
「何それ………ズルいよ」
『…………うん』
「ずっと一緒だって言ったのに」
『…………うん』
「嘘つき……」
『…………うん』
「嘘つき嘘つき大嘘つき……!」
『………………うん』
「…………プロデューサーさん」
「頑張れ……! プロデューサーさんなら、大丈夫だよ……☆」
『…………ありがとう、甘奈。大好きだ』 - 36二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:24:47
「当然だよ……!」
「だって、甘奈達……付き合ってますから……」
声が震えている。
電話越しにも、無理をしているのが伝わった。
『…………甘奈』
優しい言葉を掛けたい。今すぐ帰って抱きしめてやりたい。
でもそれじゃ元通りだ。
だからプロデューサーは気づかない振りをする。
『じゃあ……もう切るよ』
「…………うん」
「さようなら。プロデューサーさん」
既に通話の切れたスマホに向かって、そう呟いた。
腕の火傷が痛い。
それを包帯の上からそっと撫でた。
いつか、きっとこの傷の痛みも消えてなくなるだろう。 - 37福丸は俺25/03/09(日) 20:26:55
これにて完結となります
保守等ありがとうございました
余裕があれば後日蛇足となる後日談を書くかもしれません - 38二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:52:59
これって売れないバンドマンを支えてた彼女を捨てて、新しい女とくっつくみたいなことにならないよね……?
- 39二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:56:52
「頑張れ……! プロデューサーさんなら、大丈夫だよ……☆」
ここで「☆」が復活するのがにくい… - 40二次元好きの匿名さん25/03/10(月) 00:37:48
よかった!
- 41二次元好きの匿名さん25/03/10(月) 10:09:18
よし、ちゃんと純愛だな
- 42二次元好きの匿名さん25/03/10(月) 19:15:19
- 43二次元好きの匿名さん25/03/10(月) 21:34:43
保守
- 44二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 06:56:44
【蛇足篇】
──2年後 春。
プロデューサーがいなくなった後、しばらく甘奈は不安定な時期が続いた。
自傷行為といった破滅的な行動を取ることはなかったものの、不眠症やストレス過敏症等の症状に悩まされた。
しかしそれらも快復し、今では何の問題のない生活を送れるようにまでなった。
姉の甜花や両親の尽力によるものが大きかった。
「なーちゃん……おはよう……」
「あっ、甜花ちゃん。おはよー」 - 45二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 06:57:46
「……これから大学?」
「うん。そうだよー」
「そっか……甜花は、朝ご飯食べて、二度寝……にへへ……」
「あ……サボりじゃ、ないよ……?」
「分かってる。今日はちゃんとお休みなんだよね?」
「大変、そろそろ行かなきゃ」
「あっ……なーちゃん……!」
「なーに?」
「…………や、やっぱなんでもない……!」
「…………?」
何かを言い掛けるも、言うのをやめる甜花。
明らかに不自然だ。
しかし甘奈は急いでいたし、大方甘奈のプリンを間違えて食べたのを言い出せなかったとか、そういうことだろうと思い、特に気にも留めなかった。 - 46二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 14:40:27
ほ
- 47二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 21:32:27
大崎甘奈はモテる。
学年一、学部一、もしかすると、学内全体で見ても一番かもしれない。
整った顔立ちとスタイル。
抜群のファッションセンス。
明るく面倒見の良い、嫌味のない性格。
“元”が付くとはいえ、男女問わず若者から支持を受けていた人気アイドル。
何も不思議なことではない。
当然他の学生から声を掛けられたり、誘いを受けることも多くあった。
けれどこの2年間、学内で甘奈に浮ついた話は一切なかった。 - 48二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 21:32:47
「あーまなっ。今日の講義終わったら、服買いに行かない?」
仲の良い友人の一人が甘奈に声を掛けた。
「ごめーん。 今日はちょっと用事があるんだー」
「えー、そっかー。何か大事な用?」
「…………大事、かな……分かんないや」
「…………もしかして彼氏さんの所?」
「うん。そう」
甘奈は少し寂しそうに笑う。
「あ……えっと……そういえばこの前のセールでサァ……」
友人は気まずそうに無理矢理話題を変える。
気を遣われているのは分かっている。
それでも甘奈には有り難かった。
誰にも触れて欲しくなかったから。
誰にも詮索されたくなかったから。 - 49二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 07:13:36
保守
- 50二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 14:27:25
ほ
- 51二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 22:14:33
あれから2年間、プロデューサーから連絡はなかった。
甘奈の方から連絡をすることもない。
してはいけないと思ったから。
無視をされるのが、拒絶されるのが怖かったから。
捨てられた可能性を考えたくなかったから。
だから甘奈は時々、プロデューサーの部屋を訪れる。
あの頃二人で過ごしたままの部屋。
家というものは誰も住まなければあっという間にボロボロになるものだ。
甘奈は定期的にこの部屋を訪れ、掃除をする。
それが今の甘奈にとって、唯一できる「恋人らしいこと」だった。
これまで退去等の勧告がないことから、どうやら家賃は払い続けていて、つまり健康に働いてはいるようだ。 - 52二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 22:14:51
それはプロデューサーの部屋へ向かう途中のことだった。
「もしかして……甘奈ちゃん?」
不意に名前を呼ばれ、振り向く甘奈。
そこにいたのは……
「わぁ、嬉しい。 ちょうど会えたらなって思っていたの」
──尊敬する大人の女性で、大好きだった人。
──甘奈にとってもう一人のお姉さんのように慕っていた人。
──ずっと会いたかった人。
──けれど会うのが怖かった人。
同じユニットのメンバーで──
──同じ異性を好きだった人。
「…………千雪さん……」 - 53二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 07:41:39
かーーーっ
- 54二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 14:46:53
ほ
- 55二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 21:21:50
千雪は「立ち話もなんだから」と、甘奈を近くの喫茶店に誘い、甘奈もそれを承諾した。
甘奈にはそれを断るだけの理由もなく、何より千雪に対して負い目があった。
「283プロがなくなって以来だから……もう2年以上前かしら」
「うん……そうだね」
「久し振りなのに、チラッと見えただけですぐに甘奈ちゃんだって分かっちゃった」
「でも、前より大人っぽくなったね」
「ほんと? えへへ……めっちゃ嬉しい」
「千雪さんは今も昔も綺麗だよねー」
二人は暫し他愛もない世間話、思い出話に花を咲かせる。
けれど、甘奈には千雪と会って話す以上、どうしても確かめなければならないことがあった。 - 56二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 21:22:14
「…………あのね、千雪さん」
「うん。なぁに?」
「…………ごめんなさい」
「………………」
「…………どうして謝るの?」
「それは──」
「プロデューサーさんのこと?」
「…………うん」
「甘奈ね。千雪さんがプロデューサーさんのこと好きだったの知ってた」
「だからあの時、早くしないと取られちゃうって思ったの」
「…………だから……抜け駆けしちゃった」 - 57二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 00:23:44
保守
- 58二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 08:07:27
サーバーが不安定だから怖いな
- 59二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 16:00:46
ほ
- 60二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 21:39:18
「…………そうね。私、プロデューサーさんが好きだった」
「…………っ」
「私だけじゃない。きっと……他にもたくさんの子が」
「プロデューサーさん、素敵な人だったから」
千雪は懐かしむように語る。
「そう…………甘奈ちゃん、ずっとそんなことを気にしていたのね」
「だって……気にするよ……」
抜け駆けしたから、千雪を……他のプロデューサーに想いを寄せるアイドル達を悲しませた。
付き合ったから、プロデューサーを追い詰めた。 - 61二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 21:40:20
「…………ねぇ甘奈ちゃん」
「アルストロメリア。楽しかったね」
「…………え?」
想定外の言葉に、甘奈は目を丸くした。
「甘奈ちゃんは違った?」
「ううん。違わないよ。楽しかった。すっごく」
「甜花ちゃんも千雪さんも、アルストロメリアもファンのみんなも大好きだった」
「ずっとあんな日々が続けば良いのにって思った」
「嬉しいな…………私達、同じ気持ち」
「甘奈ちゃん。アイドルになってたくさんの物を貰ったよね」
夢。 目標。 やりがい。
大好きな人。 大好きな場所。
たくさんの大切なもの。 - 62二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 21:41:36
「…………うん」
「私達はアイドルだった」
「アイドルになるためにあの小さな事務所に集まって……」
「アイドルとして、たくさんの経験をした」
「…………うん」
「それでいいの。確かに失恋は悲しいけれど……」
「私はアイドルとして幸せだった。だからそれでいいの」
「恋をするためにアイドルになったんじゃないもの」
「他の人の失恋に、甘奈ちゃんが責任を感じる必要なんてないんだから」
「そう……なのかな……でも、甘奈……」
千雪は甘奈の声が震えているのに、目が潤んでいるのに気がついた。
「ごめんね……甘奈ちゃん。 もっと早く言ってあげられたらよかったね」
そう言って、そっと甘奈を抱き締めた。
「千雪、さん…………」 - 63二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 04:18:57
なーちゃん...
- 64二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 10:11:21
ほ
- 65二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 19:11:00
ほしゅ
- 66二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 21:40:57
たくさんの話をした。
楽しかった仕事。大好きな曲。
3人だけでした旅行。夜更かしして遊ぶつもりが疲れて眠ってしまったこと。
気持ち全部吐き出した反対ごっこ。
言葉にすれば思い出の一つ一つが色鮮やかに蘇り、それはまるで花束のよう。
「もうこんな時間。今日はそろそろお開きにしましょうか」
「ねぇ千雪さん。また会える?」
「今度は甜花ちゃんと3人でお話ししたいな」
「うん。きっと近いうちに」
「他のみんなとも会いたいよね」
「そうね。またみんなで集まれたら楽しそう」
「みんな会ってくれるかな?」
「……大丈夫。みんな甘奈ちゃんが大好きなんだから」
「……ありがとう。千雪さん」
「…………大好き☆」 - 67二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:16:09
千雪と別れた後、甘奈は当初の予定通りプロデューサーの部屋へ向かう。
喫茶店で話すのに夢中になって、辺りはすっかり暗くなっていた。
日を改めることも考えたが、もう近くまで来ているのでせっかくだからと、遅くなることだけ甜花にチェインで連絡した。
プロデューサーの部屋に着くと、甘奈は電気も点けずにベッドに横たわった。
掃除をしに来たのだが、どうしてもそんな気分にはなれなかった。
「やっぱり……帰ってないよね……」
「もう……一度くらい連絡してよ」
「帰ってきたら、めーっちゃ文句言ってやるんだから」 - 68二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:16:33
枕を抱き抱え、延々と愚痴を零す。
そんなことも今まではできなかった。
プロデューサーを追い詰めてしまったから。
プロデューサーの背中を押してしまったから。
そんな資格もないと思っていた。
だからずっと溜め込んでいた。
「お願い……早く帰ってきてよ……」
「もう甘奈のこと好きじゃなくてもいいから………」
「会いたいよ…………」
決壊したダムのように、我慢していた言葉が溢れ出す。 - 69二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:16:58
そのとき……
「え……?」
フッ……と風が吹いた。
そんな気がした。
窓は閉まっている。そんな筈はない。
しかし甘奈にはそう感じられた。
そして、甘奈の元にひらひらと、一枚のメモ用紙が落ちてきた。
甘奈はそれを掴み取り、部屋の電気を点けて見るとそこには……
『事務所で待ってる』
そう書かれていた。
メモ用紙が置かれていたであろうテーブルには、3本の花が花瓶にさしてあった。
「…………アルストロメリア……」 - 70二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:17:19
前回来た時にはこんなものはなかった。
じゃあ誰が?
そんなものは決まっている。
事務所で待つ?
そんなのあそこしかない。
「…………ッ」
甘奈は思わず部屋を飛び出した。
「いるの……? 本当に……ッ」
駅まで息を切らせて走る。
電車の待ち時間すら煩わしい。
早く会いたい。
話したいことも、言ってやりたい文句もたくさんある。 - 71二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:17:45
「電気……点いてる……」
懐かしの聖蹟桜ヶ丘。
283プロが撤去され、それ以降来ることのなかった。
事務所が入っていたビルを外から眺めると、確かに明かりが灯っていた。
階段を上がり、その入り口へ。
窓ガラスにも入り口にも何も書かれていない。
恐る恐る扉を開けて中に入ると──
「…………嘘……」
この明るい部屋には かつて、そこに、あったものが並んでいた。
全部がそっくりそのままという訳ではないけど、ここはあの頃の283プロだ。
283プロが閉まるとき、みんな撤去したはずなのに。
夢でも見ているのではないだろうか。
甘奈はそう思いつつ、更に奥へと進んでいく。 - 72二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:18:15
「おっ 甘奈。待ってたよ」
あの男がいた。
「ははっ、びっくりしただろ?」
零落れていたあの頃の面影もなく。
「やり直すなら……やっぱりここが良いと思ったんだよ。まだ空いていて良かった」
「色々な所を周って、頭を下げて協力してもらって」
「随分待たせちゃったけど、これでようやくやり直せる」
かつてのプロデューサーのように、ぴっちりとスーツがきまっていて。
「みんなにも声を掛けてる。全員が戻って来るのは難しいかもしれないけど」
「…………甘奈?」
言いたいことはたくさんある。今だって、そんなことより近況報告くらいしてよね、と言ってやりたい。
でも、顔を見たらそんなことはもう、どうでもよくなってしまった。
だから……たった一言でいい。
「プロデューサーさん…………お帰りなさいっ☆」 - 73二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 07:18:37
蛇足篇 終
- 74二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 11:32:29
えがった
- 75二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 12:55:25
じわりとした良さがある
お疲れ様でした - 76二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 21:19:29
ハッピーエンドだ…