手毬「プロデューサー、耳かきしてあげます」【SS】

  • 1書いた人25/03/08(土) 18:24:05

    ……って言われたらどうする?

    ちなみにSSはもう出来てる

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 18:33:17

    余計な力が入ってpの耳の中がグロテスクになって自分からわめき散らしそうな感じがする

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 18:33:37

    怖い怖い怖い無理

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 18:34:37

    >>2

    ていうのを瞬時にプロデューサーが考えて、手毬にお断りしますと言う感じになりそう

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 18:36:48

    お願いしてみたい

  • 6書いた人25/03/08(土) 18:38:08

    アイマスカテで投稿するの初めてだから大目に見てね

  • 7書いた人25/03/08(土) 18:38:46

    「……今、何と?」

    「聞こえてたでしょ。耳かきしてあげる、って言ったんです」

    教室に入ってくるなり月村さんはそう言った。
    腕組みをしながら、デスクに腰掛けた俺を見下ろしている。
    どうしてそう得意げなのかは分からない。いつものことながら。

    数秒の硬直の後、俺はパソコンに視線を戻した。

    「結構です」

    「え? どういう意味。それ」

    「お断りします」

    「なんで……!?」

    案の定、ずいっと詰め寄ってくる。聞きたいのは俺の方だ。
    彼女との付き合いも短くない。こんなやり取りには慣れている。
    それこそ、仕事のメールを打ちながらでも対応出来るくらいには。

    「私が耳かきしてあげるって言ってるんですよ?」

    「確かにそう聞きました。検討の結果、答えはノーです」

    「少しも検討してないでしょ!?」

  • 8書いた人25/03/08(土) 18:41:18

    「……耳元で騒がないでください。それこそ耳がおかしくなります」

    月村さんは焦ったようにこっちを睨んでいる。
    俺が「是非お願いします」とでも言うと思ったのだろうか?
    そもそも、彼女にとって今日は休日のはず。レッスンも授業もない。
    わざわざ白昼堂々ここまでやってきて、何を言うかと思えば……。

    「どうしてですかっ!? 私のプロデューサーでしょ?」

    「そうですが」

    「だったら、耳かきくらい……いいじゃないですか」

    「アイドルに耳かきしてもらうプロデューサーがどこにいるんですか。寡聞にして聞きませんね」

    「います。姫崎先輩がそういうことしてるって聞いたよ」

    何をしてるんだ……あそこのコンビは。
    確かに脳裏をよぎらないでもなかったが……こちらへ影響を及ぼさないでいただきたいものだ。

    しかし、噂は噂。真実かどうかなどどうでもいい。問題はまさに目の前で起きている。
    このどこか物欲しげな担当アイドルを、どうやっていなすかだ。

    「よそはよそ、うちはうちです。どうして俺があなたに耳かきされなきゃならないんですか」

    「まるで罰みたいに言わないでくれる? 私に耳かきしてほしくないんですか?」

    「はい」

    「なんでっ……!?」

  • 9書いた人25/03/08(土) 18:44:05

    何でも何も。月村手毬に耳かきしてほしい人がどこにいるんですか?
    ……とまでは言わない。彼女には中学時代からの熱烈なファンもいることだし、
    一部の人間にはそういった需要がないでもないだろう。
    俺にはないだけ、なのかもしれない。

    だが。先ほど論われた姫崎さんにはあって、月村さんにないものがある。
    お姉さん力というか。甘えたくなる感というか。包容力というか。
    そう、とにかく自分の身を預けたい相手ではないのだ。

    「ふーん……さては、遠慮してるんだ」

    「してないです。月村さんにだけはされたくありません」

    「酷ぉっ!? だからなんで!?」

    「あのですね……人間にとって鼓膜というのは重要な器官なんです。
    痛覚は非常に敏感ですし、損傷の程度によっては完全に再生しないことすらあるんですよ」

    「どうして鼓膜を破ることが前提なんですかっ!?」

    耳元で叫ばないでほしい。本当に鼓膜が破けてしまう。
    この人の歌声は何度聞いたって美しい。それはプロデューサーである俺が保証する。
    だけれど、耳かきしてほしいかは別だ。別なんだ。

    「耳かきくらいちゃんと出来るよ。舐めないでくれる?」

    「どうしてそんなにやりたいんですか……はぁ」

  • 10書いた人25/03/08(土) 18:51:14

    俺が観念してノートパソコンを閉じると、月村さんは目を細めた。
    どんな意図があるのか知らないが……誰かに触発されたのは間違いない。
    その元凶は姫崎さんではなく、もっと身近な何者かであるはずだ。
    そうでなければこうも意固地にはなるまい。月村さんの負けず嫌いは筋金入りなのだ。

    俺は頬を膨らませた彼女を見上げる。

    「花海咲季さんに何か言われたんですか」

    「どうして咲季が出てくるんですか。話を逸らさないでくれる?」

    「では、藤田ことねさんに?」

    「ことねは関係ないよ。だから早く」

    「秦谷美鈴さんですね」

    「……どうして分かるの」

    思った通りだ。彼女の影響か、はたまた入れ知恵か。
    現在、秦谷さんは月村さんのルームメイト。ということは……

    「なるほど。秦谷さんに耳かきを?」

    「や、やり方を教えてもらっただけ! 美鈴がどうしてもって言うから! プロデューサーの考えてるようなことは一つもありません!」

    確かに、秦谷さんはそういうことをしそうな気配がある。
    男性に対してというよりは、もっぱら月村さんにだが。
    彼女の落ち着いた雰囲気や声音は確かに「癒し系」と言っていい。
    しかし……。

  • 11書いた人25/03/08(土) 19:02:15

    「美鈴から盗んだスキルを試してみたいって言ってるだけ。今後の活動にも役に立つんじゃないですか? だから」

    「月村手毬はそういう路線のアイドルじゃないでしょう」

    「研究としては。アリ、かも」

    「月村さん……」

    「こ、これだけ言ってるのに……! じゃあもういいっ! さよなら!」

    くるりと踵を返し、月村さんは駆け出した。
    教室の扉が乱暴に開く。そして強烈に閉じる。

    ああ、やってしまった……と思うのだろう。他のプロデューサーなら。
    しかし相手は月村手毬。そして俺は彼女のプロデューサー。こういうことは残念ながらよくある。特に、最近は多いような気がしなくもない。

    仲を深めれば深めるほど、信頼し合えばし合うほど難しくなっていく。それが月村さんのプロデュースなのだ。

    「……はぁ」

    こうなっても、彼女の後を追ってはいけない。追うと逃げるからだ。
    じゃあどうするか?

    俺は再びパソコンを開き、メールの続きを打ち始めた。
    相手は企業の役職者。粗相のないよう丁寧な対応をしなくてはならない。
    ただでさえ彼女は高校生だし、俺は大学生だ。舐められるなら舐められて当然。その前提で信頼を勝ち取らなくてはいけない。だからメール1つ送るにも、あさり先生のアドバイスを仰ぎつつ対応している。

    しかし時候のあいさつっていうのは、どう書いてもしっくり来ないな……。
    いきなり本題に入ったとして誰が困るんだ? いや、栓ない愚痴ではあるのだけれど。
    そうやって首を捻っていると、案外早くその時は訪れた。

  • 12書いた人25/03/08(土) 19:09:53

    コツリ、と教室の扉に何か当たった音。
    指の間からちらりと確認する。廊下の方に人影はない。

    ……ないのだが、扉の窓からちょこんと何かはみ出している。
    アッシュグリーンの長髪。それ自体は落ち着いた雰囲気だと思う。
    その下に付いてる翡翠のような瞳も、吸い込まれるような美しさだ。
    「黙ってれば美人」なんていうネットの軽率な書き込みも、まあ一抹の正しさを含んではいるのかもしれない。

    月村さんが、扉越しに恨めしそうかつ寂しそうな視線を送ってくる。
    まるで捨てられた子犬みたいだ。なんて言ったらもっと怒るだろうか?

    俺は一通りため息をついてから立ち上がった。

    「分かりましたから。入ってください」

    「……」

    さっきとは打って変わってそろりと引き戸が開いた。
    仏頂面とも泣き顔とも取れない絶妙な表情で、月村さんが再登場する。
    アイドル界広しといえ、こんなアンコールはなかなか見られない。

    「……何が分かったんですか」

    「一度だけですよ。月村さんの練習台になりますから、機嫌を直してください」

    「ほんと……?」

    どうして毎回こうなるんだ。
    そんな落胆も、明るくなる彼女の表情には逆らえないのだった。

  • 13書いた人25/03/08(土) 19:28:05

    「本当にこれでいいんですか?」

    「う、うるさいっ。じっとしててください」

    月村さんはソファーに行儀良く座り、俺は横になっている。
    横になっていると言ってもリラックス出来る状態ではない。臨戦態勢とでも言おうか?
    一つは彼女がしくじった時すぐ逃げられるように。
    もう一つは誰か入ってこようとした時ただちに対処出来るように。
    まるで草食動物の睡眠のごとく、俺は中途半端な寝姿勢で待機していた。

    「何だかやたらと力んでない?リラックスしてくださいって言ったじゃないですか」

    「……」

    色々な意味で、俺は緊張していた。
    その最たる要因は痛みへの恐怖だが、次点の次点くらいにそれはある。
    ……月村さんの膝枕。

    ライブ後しばらくだ。若干制限を甘めにはしていたが、何とか節制出来ているらしい。パッと見にも、レッスン中の動きを見ても、体重の増加はないようだ。
    持ち前の身体はハリが良く、脚はすらりとしていて美しい。頭を乗せたその膝もクッション性は抜群と言える。

    しかし文句というか、何というか。言いたいことはある。そのつもりで来たのなら……どうしていつもの私服を選んだんですか?
    月村さんのスカートはあまり長くない。というか、相当短い。だから俺の側頭部は自然と、彼女の露わな太ももに乗せられている。
    その柔らかさと温かさが寸分の狂いなく伝わってくるのだ。

    「あの……」

    「は、始めるよ。いいよね?」

    「……はい」

  • 14書いた人25/03/08(土) 19:46:13

    わざわざ自室から耳かきを持ってきたという月村さん。何の変哲もない木製のそれが、俺には凶器に見えてならない。
    そっと丁寧に触れてくれるのはいい。しかしその手が震えているのはどんな了見なのか?

    「う、動かないでよ」

    「やったことあるんですよね? 初めてではないですよね」

    「……」

    「秦谷さんは何と?」

    「自分はいいって言ってた」

    絶望的な情報と共に、先端が耳へ入ってきた。
    こうなってくるとアイドルの太ももがどうとかではない……
    どうせ、そんなことだろうとは思ったけど! 思ったけれども!

    「んー……」

    ぎこちない動きで、月村さんが耳の中をかき混ぜてくる。
    まだ悲鳴を上げるほどではない。比較的浅い場所をつついているだけだ。
    これを耳かきだと言い張るのは苦しいが、慣れていないなら微笑ましい気もする。
    すると、上から月村さんの声。

    「き、気持ちいいでしょ? 褒めたければ褒めてもいいよ」

    「……はい…………」

    率直な感想を言ったところで何になる?
    俺は汗の滲む手でクッションを握り締め、耐え続けた。

  • 15'25/03/08(土) 19:51:29

    なんか手毬だとドキドキはドキドキでも不安からのドキドキだな

  • 16書いた人25/03/08(土) 19:54:47

    「プロデューサー、ちゃんと耳掃除してないね。たくさん溜まってるよ」

    「……本当にちゃんと見えてます?」

    「ふっ。多分ね」

    多分? いま多分って言ったのか? 見えてないのか?
    耳かきにも色々あるが、彼女の道具はライトもカメラも付いていない。
    まさか聞きかじりのセリフを嬉々として披露している? さすがにそんなことは……。

    「月村さんは、自分でよく耳掃除をするんですか?」

    「そんなの今は関係ないでしょ。変なこと聞かないでください」

    「関係ない!?」

    何だか、月村さんの声音に不穏なものが乗り始めていないだろうか。
    具体的に言うと……調子に乗り始めていないだろうか?

    いや、俺は何を聞いている? この人が自分で耳掃除をするわけない。恐らく幼少から医者全般を怖がって避けてきたタイプだ。
    そういう人種にとって、歯科はもちろんのこと耳鼻咽喉科だって……!

    「えーと……うーん……もう少し奥に、何か」

    「月村さん。も、もういいですから……!」

    「ちょ、動かないで! あっ」

    がりっ。ぐさっ。
    その音や衝撃と共に、俺は白目を向くのだった。

  • 17二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 20:02:35

    R.I.P

  • 18書いた人25/03/08(土) 20:15:31

    「づぎむ゛ら゛、ざん゛っ゛……」

    フローリングの床を搔きむしる俺を、月村さんは見下ろしている。
    ようやく平衡感覚が戻ってきたところだ。幸いなことに彼女の悪態がよく聞こえる。

    「だから動くなって言ったのに……プロデューサーって授業中とかじっと出来ないタイプ? そういうクセは直した方がいいよ」

    「善処、します」

    額の脂汗を拭いながら、何とか起き上がることに成功した。月村さんに言いたいことは山ほどあるが……まずは生還を優先しよう。
    呆れた様子の彼女を一瞥し、俺は仕事に戻ろうとする。

    「ちょっとプロデューサー。まだ終わってないけど?」

    「はあ? さすがにもう十分で……」

    「そっちこそ何言ってるの? 反対側の耳がまだだよ」

    「……」

    さっき鼓膜貫通未遂事件をやらかした人の発言とは思えない。
    自信があるのかないのか、どっちなんだ?

    「ほら早く。私、急いでるんだけど」

    「急いでる方がすべきことですか? これが?」

    「いいから。今度こそ気持ち良くしてあげる。ほら、来なよ」

    そう言って口角を吊り上げる月村さんを、俺は初めて怖いと感じた。

  • 19書いた人25/03/08(土) 20:23:52

    〜10分後〜

    「ふふ。どうだった? 完璧じゃないですか?」

    「ぁ、ぎ」

    「もう声も出せないんだね。プロデューサーって意外と耳、弱いんだ」

    痛かった。辛かった。苦しかった。地獄のひと時だった。
    この試練を乗り越えて得たものって何だろう? 月村さんの自尊心? 何らかの教訓?
    俺は血の気の引いた顔でソファーの背もたれに身を委ねた。

    「うぐ……っ」

    「もしかして眠いの? 寝ちゃダメだよ。まだ仕事残ってるんでしょ」

    「ええ。全くです」

    「……」

    しばらく回復に神経を集中させていた。月村さんの顔は見られない。
    朦朧とする意識を叩き起こし、メールのことを思い出す。まだ途中だったんだ。
    とにかくこれで完全に終わり。もう有無は言わせない。
    一区切り付けて立ち上がろうとした瞬間だった。

    「あの」

    「はい……?」

    月村さんに、袖を掴まれた。

  • 20書いた人25/03/08(土) 20:40:18

    彼女はソファーに腰掛けたまま、上目でこちらを見ている。
    何やら物欲しそうに映るが……一体? 未だに頭がクラクラする。

    「私、プロデューサーのこと気持ち良くしてあげましたよね」

    「ええ、後少しで天国行きでした」

    「お礼とか……ないんですか?」

    「そこになければないですね」

    何を言っているんだ、俺は。というか彼女は何を言っているんだ?
    月村さんは俺を引き留めるもう片手で、そわそわと何か動かしている。
    それは……例によって耳かき棒だった。

    「何か心残りでも?」

    「その……えっとぉ……」

    「ダメです」

    「まだ何も言ってませんっ!」

    月村さんの言動は、予測出来る時と出来ない時とで両極端だ。
    そしてこの場合に何を言いたいかはわりあい歴然としている。

    「だからっ。私にも……してくださいよ」

    俺は深く肩を落とした。
    それはさっきよりもっとダメだ。ちゃんと合理的な理由もある。

  • 21書いた人25/03/08(土) 20:52:48

    「あのですね。月村さんはアイドルでありアーティストでしょう?」

    「うん」

    「アーティストは耳が命です。分かりますか」

    「……うん」

    「耳かきというのは、あなたが思うより危険な行為です。医療的には全く推奨されていません。特に素人が行う耳掃除は、かえって逆効果になるケースもある」

    広く行われている行為でありながら、実は体に良くない対応。
    そういったものはいくつかあるが、代表例が耳かきだと言っていいくらいだ。
    ひと昔前ならともかく……今や、耳かきを勧める医者なんて存在しない。
    過度な耳掃除でケガや難聴を負ったという症例がいくつもあるからだ。

    「さっきは、アイドルの研究として必要と言うから付き合ったんです。ですが活動に差し障るとあってはとても容認出来ない。秦谷さんとの行為を含め、耳かきといった行為には慎重になってください」

    「……いじわる」

    月村さんは眉をひそめた。俺がのたうち回る姿を見てなかったのだろうか? それともああなりたいのか。苦悶や激痛を有難がるアイドルなんて、これも寡聞にして聞かないが。

    言いたいのはそういうことじゃない……とでも言いたげに、彼女は腕を引っ張ってきた。

    「じゃあ、耳掃除はいいです」

    「でしょう? だから」

    「膝枕。して」

  • 22書いた人25/03/08(土) 20:59:14

    顔を赤らめる彼女の様子に、俺は一瞬硬直した。
    それを隙と見たか何とするか……月村さんはぐいっと身を寄せてくる。

    「私もしてあげたんですから、お返し。するべきでしょ」

    「ちょっ」

    「……」

    まるで倒れ込むようにして、彼女は俺の方へと体を投げ出す。
    これまた抵抗出来るはずがない。そのまま月村さんの頭が、俺の膝に収まってしまった。
    ふわりとシャンプーの匂いが漂ってくる。さっきまでは気にする余裕がなかった、女性ならではの香りだ。

    「ん……」

    「あ、あの」

    「何?」

    「これは……俺の領分を越えていますので」

    「うるさい。いいって言うまでこのままだから」

    俺の反対側を向いたまま、月村さんはぶっきらぼうに言い放つ。
    ……ステージで振り撒いていた愛想はどこへ行ったんだ。
    そして、俺はこの状況でどうすればいいんだ。

    気付くと彼女は靴を脱ぎ、全身をソファーに横たえている。
    ここは実家でもなければ彼女の寮の部屋でもないのだが……。
    時おり脚へ擦り付けてくる頬がくすぐったい。

  • 23書いた人25/03/08(土) 21:16:31

    「その……仕事の邪魔なんですが」

    「私は休みだから。ちゃんと休ませるのがプロデューサーの役目でしょ」

    「休みたいなら帰ってくれませんか? 邪魔……なので」

    「嫌です」

    いつもの棘ある口調が、どこか柔らかく骨抜きに聞こえる。だから強く言えない。
    邪魔だ。凄く邪魔だ。膝に乗せられた小さな顔も、血が通った重さも、長く綺麗な髪も。
    髪の間から覗く首筋も……どう見たって赤く染まっている頬も。本当に邪魔過ぎる。邪魔過ぎて、目が離せそうにない。

    「何か、お望みが?」

    「……別に」

    こっちの気も知らず、勝手ばかり言って。
    俺は月村さんの髪を軽く指で梳いた後、彼女の耳をそっと出した。

    「んっ」

    耳たぶに触れると、吐息を漏らす。さっきの台詞。秦谷さんに言われた通りか。

    「今回だけですよ。それに、期待しないでください。俺はド素人ですから」

    「初めてなんだ」

    「一体この世のどの女の子に、俺がこんなことをすると?」

    「……うん」

  • 24書いた人25/03/08(土) 21:24:06

    俺は耳かきを受け取り、そっと月村さんの耳に挿し入れた。
    こういう展開はアニメや漫画でなら見たことがある。しかし自分でやることになるとは。
    確かに難しい。どこまで突っ込んでいいものか、どこに耳垢があるものか。

    目を凝らして見る限り、月村さんの耳は綺麗だ。
    秦谷さんがお世話をしてやったのはまさに昨夜と見ていいだろう。
    そうなると俺の役目は耳掃除ですらないわけだ。

    「っ……んぅ……」

    かり、かり。
    外耳道を掻いてあげると、月村さんは悩ましい声を漏らした。
    目をつむり、手をぎゅっと握っている。
    何とか心地良い部分を見つけられたらしい。しばらく、そこをほぐすように続けた。

    「ぁ……ふっ」

    空いた手でそっと頭を撫でてやると、眉間が緩む。緊張が和らいだか。
    途中遊ぶように髪を指に絡めてみるものの、月村さんは何も言わなかった。

    「ね……もっと」

    「奥、ですか?」

    「うん……」

    この甘えた声。ああ、確かに……正真正銘の月村手毬だ。

  • 25書いた人25/03/08(土) 21:33:41

    「痛かったら言ってくださいね」

    こす、こす。痛いのと気持ちいいのは恐らく紙一重。
    その境界を探るためアプローチを続ける。ある意味、人間関係に似ているかもしれない。
    ……ああ、だから下手なのか。

    「はぅぅ……!」

    いつでも精一杯、自分の全力をぶつけないと気が済まない。
    それでも跳ね返ってくる相手にだけ、ようやく心を許せるのがこの娘だ。
    誰かに合わせてとか、自分を抑えてとか。そんな器用は出来ないし似合わない。
    間違いない。世界で最も耳掃除に向いてない人だ。

    意識してか、せずにかは分からない。
    月村さんは俺の膝小僧に手を添えていた。

    「……もっとですか?」

    「お願い」

    あなたがそんなに不器用一直線だから、俺は器用一直線に徹しなきゃならない。
    全く疲れる相手だ。にも関わらず、癒してもくれないなんて。
    そんな体たらくで許されるとでも? 世の中をモノに出来るとでも?

    俺を、虜にでも、したつもりですか……?

    「んっ……!」

  • 26書いた人25/03/08(土) 21:39:02

    彼女を悦ばせるためだけの時間は、しばらく続いた。
    そろりと耳かき棒を引き抜くと、彼女は深く息をつく。そしてごろりと上を向き……俺の方を見た。

    「……まだまだだね。美鈴の方が上手だったよ」

    「先ほど初めて秦谷さんに同情しました」

    「は? どういう意味、それ」

    「そのままの意味ですよ。ほら、どうせもう片方もするんでしょう」

    「……ん」

    彼女はそのまま俺の方向を向いた。確かにこの方がやりやすいが……
    月村さんは身体がずり落ちないよう、腰のベルトにしがみ付いてくる。
    何というか、健全な状況とは言い難い気がする。

    それでも彼女の軽口に安堵して、俺は会話を続けることにした。

    「疲れてませんか、この頃」

    「急に何の話? プロデューサーこそ、疲れたの」

    「俺には癒してくれる存在がいませんからね。あなたには2人もいる、裏ましい限りです」

    「そんな言い方……」

    「痛かったら言ってください?」

    「……痛い」

  • 27書いた人25/03/08(土) 21:50:50

    「どうするんですか、この先。俺に限界が来ないとも限りませんよ」

    「限界が来たらどうなるの?」

    「来てみないと分かりませんが、月村さんにとってはマイナスでしょう」

    「じゃあずっと……このままでいて」

    「善処はします。見返りを求めてプロデューサーに就いたわけではないですからね」

    「じゃ、なんで?」

    「お互いの自己実現のためですよ。もう忘れたんですか」

    「それだけ……?」

    「それだけじゃ嫌ですか」

    「やだ」

    「はぁ。また言ってほしいんですか」

    「……うん」

    「不器用で、怠惰で、一方的で、破滅的で、面倒極まりないアイドルですよ。あなたって人は」

    「それでも……私が、いい?」

    「ええ。あなたが……いいです」

  • 28書いた人25/03/08(土) 22:17:23

    「……ふふっ」

    「ですが、それにあぐらを掻いてもらっては困る。多少は耳かきも上手になってください」

    「まだ不足なんですか? 私が傍にいるのに?」

    俺が頬へと触れた手に、月村さんの手が重なる。程よく温かい手だ。
    両方の感触を味わわせてもらったものの、まだ足りない。
    俺だって機械じゃない。人間なんだから。

    「あなたの翼はいつか燃え尽きる。ですが落ちる時は一緒に落ちましょう。その覚悟はあります」

    「それで?」

    「現状、その後の面倒まで見る気はありませんよ」

    「えーっ!?」

    月村さんが情けない目でこっちを見上げてくる。
    危ないな。動くなと言ったのはそっちの方なのに。

    「アイドルじゃなくなった後まで俺に耳かきしてもらうつもりですか? そんなの筋が通らないでしょう」

    「だ、だって……そんなこと言われてもぉ」

    「あなたの近くには他の耳かき上手がいますからね。今はまだしも、ゆくゆくは彼女のお誘いに乗ってしまうかも……」

    「ぷ、プロデューサー!? それはダメっ! ダメだからね!?」

  • 29書いた人25/03/08(土) 22:18:26

    耳かきを抜くと、月村さんはそのまま青い顔で縋り付いてきた。
    どうも冗談が通じない人だ。相当先の話をしたつもりだが……。

    「ちゃんと最後まで責任取ってくださいっ! 耳かきくらい、すぐにマスターしてみせますから!」

    「そうですか。ただ、俺はもう練習相手にはなりませんよ。次は本番のつもりで来てください」

    「ぷろでゅーさぁ……」

    「そんな顔してもダメです。いいですか?」

    俺は人差し指を立て、月村さんとの間に置く。
    何事もレッスンだ。これもまた一つ、彼女の成長に繋がると信じて。

    「耳かきに必要不可欠なものは、思いやりと距離感。そして忍耐です。この話の続きはそれを身に着けてからということで」

    「むぅ……やればいいんでしょ、やれば。せいぜい次の耳かきを楽しみにしておきなよ」

    「焦ることはない。ゆっくりと学んでいけばいいですからね」

    「ふん。その余裕、明日には打ち壊してあげるから!」

    俺はゆっくり立ち上がり、メールの続きを打ちに行く。
    月村さんは耳かき棒を片手に、また教室を飛び出していく。
    全く……何度も何度も。目が離せないアイドルとはよく言ったものだ。

    時候のあいさつは、まだ思い浮かびそうにない。

    【END】

  • 30二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:20:04

    とてもよかった

    でも学Pはすぐ耳鼻科行って鼓膜の治療受けてこような

  • 31書いた人25/03/08(土) 22:21:09
  • 32二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:33:16

  • 33二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:45:01


    ちなみに手毬のあれスカートじゃないぞ
    私服で踊らせれば短パンなのがわかる

  • 34書いた人25/03/08(土) 22:50:22

    >>33

    マ? そういや私服で踊らせたことなかったわ……!

  • 35二次元好きの匿名さん25/03/08(土) 22:59:38

    キュロットスカートって言うんだよねああいうの

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