- 1二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:53:57
- 2二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:54:12
真昼時の太陽が、アビドスの砂漠を照り付ける。
砂原は地平線まで広がっていた。熱された砂から陽炎が立ち上り、大地と空の境目を曖昧にしていた。なだらかな斜面の砂丘が幾つも連なり、それらに半ば埋もれて古い家屋や、傾いた電柱が建っている。
時折、風が吹く。乾いた強い風は砂を巻き上げ砂丘の形を変え、あるいはそうして巻き上げた砂を降らせ、家屋を一層埋もれさせようとした。風の通った後の砂原には波の様な紋様が残るが、それも程なく別の風に崩され、形を刻々と変えていく。
そんな砂漠の只中に、取り残されたように佇む廃墟があった。
それは複数のビルからなる商業施設の跡地だった。ビルの壁面に掲げられた色褪せた有名ブランドの看板が、その名残を主張している。立ち並ぶビルの中には。まだ建築途中だったのか、幌と鉄骨で組まれた足場に囲まれているものもあった。砂漠から吹く風によって、その幌が捲れ上がり壁にぶつかってばたばたと物寂しい音を奏でている。
ビル群から少し離れた地面には大きな穴が開いていた。直径は二十メートル程で、そこを覆うように、鉄骨が目の広い格子状に組まれている。かつては、その鉄骨を支えにして強化ガラスが張られていたが、今はその殆どが割れて砕けてしまっている。
穴の中は水で満たされていた。凪いだ水面に日差しが落ちて、キラキラとした輝きになって周囲に散っている。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:54:44
その穴の縁、ビルの影が掛かる部分に一人の少女が腰かけていた。
腰元まで伸ばした桃色の髪に、華奢とすら言える小柄な体格。瞳は柔らかく目尻が垂れ下がり、右が橙、左が青色のオッドアイ。着ている制服は、薄水色のネクタイが目にも鮮やかだった。
少女は釣竿を手にしていた。釣り糸は穴の中の水面へと延びている。彼女はウキをじっと見つめ、時折反射した陽射しに目を刺されて瞬きをした。その傍ら、手の届く場所にはストック付きのショットガンと折り畳み式の盾、ラベルを剥かれた水のペットボトルが置かれていた。
「ふぁ……」
少女──小鳥遊ホシノは小さく欠伸をして、ペットボトルを手に取り喉を潤す。
それからホシノは体を小さく緊張させた。彼女の耳が、さくさくと砂を踏む足音を捉えたからだ。誰かが来る。ホシノは釣竿を地面に置くと、ショットガンと盾を手繰り寄せ足音のする方を振り返る。そして彼女は、両目を見開いた。
「先生!?どうしたのさ、こんなところに来るなんて……」
「やあ、ホシノ」
そこにいたのは、一人の大人だった。毛先が無造作に跳ねた短い髪に、黒縁の眼鏡をかけている。若いが、何処か老成したような……くたびれた雰囲気を纏っていた。
面食らった様な表情を浮かべているのは、声をかける前にホシノが振り向いたからだろう。
先生はひらりと片手を振ると、ホシノの方へと歩み寄った。 - 4二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:55:17
「シロコが教えてくれたんだ。釣竿を借りていったから、ここに居るんじゃないかってね」
「うへ、もしかして何かあった?」
「ああ、そういう訳じゃないよ」
「そうなの?」
「うん、ここに来たのは私の興味」
ホシノの傍まで来た先生は、彼女の隣に腰を下ろした。そして釣竿と穴の中へと目を向けた。
「釣果、どうだい?」
「ん~……ぼちぼちだよ。場所が良くないのかもね」
先生の問いに冗談めかしてホシノが答える。そのやりとりを見計らったかの様に、太陽に雲がかかる。すると、水面の眩しい照り返しが消えて、透き通った水の中にショッピングモールの廃墟が沈んでいるのが見えた。
「……すごいね」
眼下に広がる光景に、先生は息を吞む。穴の正体が、かつてショッピングモールの吹き抜けの天井部であったことを、先生は理解した。
ホシノが曖昧に笑う。
ね、釣れそうもないでしょ?そう言っているように見えた。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:56:10
「元々、大型の複合レジャー施設になる予定だったんだ」
雲が切れ、再び太陽が顔を覗かせる。水面が眩しく煌いてショッピングモールが見えなくなる。
それを待って、ホシノは切り出した。
「それがまあ、結構ずさんな計画だったらしいよ~。工事業者が何度も変わって工期が伸びに伸びてね。トドメがコレ。水道管が破裂して、ぜーんぶ水びたし」
ざぶーん、と擬音を口にしてホシノは細く息を吐いた。
「それで業者も逃げちゃって、後に残ったのは使い物にならないビルと溜池だけ。もー、やんなっちゃうよね」
施設の来歴を語ったホシノは口を閉じる。先生も咄嗟に何も言えなかった。
束の間、二人の間に沈黙が横たわる。その気まずさを誤魔化す為に、ホシノはペットボトルの水を飲む。くぴくぴと喉の鳴る音が先生の耳朶を打った。
「……ホシノは、なんでここに?」
「ん?……パトロールの一環だよー」
ぷは、と息を吐いてホシノが答える。
「ビルで砂と風をとりあえずしのげるから、不良が根城にしていることがあるんだ。後、地下があるから危ないし。踏み抜いたら真っ逆さまだよ。」
「そっか。ホシノの言う通りだね」
でも、それだけじゃないでしょ?と先生はホシノの二色の瞳をじっと見つめる。
ホシノは居心地悪そうに小さく体を揺すり、目を泳がせて……ややあって観念したように肩を竦めた。
「うへ、聞きたいのはそこじゃないでしょ。先生」
「……バレた?」
「そんなに物欲しそうな目をしてたらねぇ……」
ホシノは釣竿を手に取ると手首のスナップを聞かせて糸を引き上げた。針に餌は付いていなかった。 - 6二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:56:45
「たまに、色々考えるんだ」
そう言いながらホシノは周囲を見渡す。
砂、砂、砂。一面に広がる砂。アビドスに、我が物顔で横たわる砂漠。その果てを見通そうとするかのように、ホシノは目を細めた。
「どうにもならなかったこと。どうにかできたかもしれないこと。そういう色々なのが頭に溢れて、収拾がつかなくなって……シロコちゃんに釣竿を借りるのはそういう時」
先生は何も言わず、先を促すように小さく頷いた。
ホシノは手馴れた様子で、竿の仕掛けを片付け始めた。
「釣竿を投げて、浮きに集中する。そうするとね、頭がすっきりするんだ。取り留めもない考えが、順番を守って来てくれる……そんな感じ。だから、おじさんは釣りをするんだ~」
「……そっか。ふふ」
「ちょっと、笑うことないじゃない~!」
思わず笑い声を上げた先生にホシノは頬を膨らませて抗議する。
先生はごめん、ごめんと宥めつつ言葉を続けた。
「安心したんだ、それでつい」
「うへ、安心できる要素あった~?」
ホシノが訝し気に眉根を寄せる。
「折り合いの付け方っていうのかな。自分じゃままならない事に向き合うやり方を、ホシノは見つけている。誰にでもできる事じゃないんだよ、それは」
「そうなの?」
「そうだよ。私でも難しい事だ……もういいの?」
先生は朗らかに笑い、それから片付けられつつある釣竿を見て問いかけた。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:57:04
「もう大丈夫だよ~、それに……」
ホシノは、先生をじっと見つめた。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:57:21
「望外の大物も、釣れたことだしね~」
そうしてホシノは、にへらと笑った。 - 9二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:58:03
ホシノが魚の居ない水場に釣竿を垂れて物思いに耽る話が読めると聞いたので自分で書きました……
- 10二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 11:58:06
不味い当店案内を挟む隙間の刹那すら与えられなかった
情報圧と初速に溺れる - 11二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:00:20
あ、内容は素晴らしかったです
なんか水没したアビドスの建物に腰掛けて釣り竿垂らすホシノを昔夢想していたのでこういうの大好物ですあざす - 12二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:08:19
すいません当店セルフサご利用ありがとうございましたー
- 13二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:09:32
仕事ができる奴だ
- 14二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:30:30
恒常ホシノがすり抜けてきたのでうほほひゃっほいwの気持ちで筆をとりました
この概念個人的にカヨコも似合うんじゃないかと思ってるので誰か書いてください - 15二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:41:01
そちらセルフサービスとなっております…
- 16二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:42:22
最近事前用意して入店する人多くない?
- 17二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:50:34
>……いいやまどろっこしい説明する前にとりあえず書いたもの投げる
>>1のこの何とも言えない強者感
- 18二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:01:21
入店芸もここまできたか…
- 19二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:30:23
釣果:1、素敵な話をありがとう。悪く言われること多いけど、本当に強い子だよなぁ。
- 20二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 17:09:32
既に書き上げてる…だと
- 21二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 17:11:39
マナーが良いと言うべきだろうか……
- 22二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 19:47:51