- 1125/03/09(日) 12:32:08
- 2125/03/09(日) 12:32:29
- 3125/03/09(日) 12:32:44
- 4125/03/09(日) 12:32:59
- 5125/03/09(日) 12:34:28
まだ前半戦終わってないです
続くぜ - 6二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:34:41
たておつ!
続き楽しみ - 7125/03/09(日) 12:34:54
‡
蓮と彰が家中の写真を撮り、どこが一番盛れるかを考え、写真撮影大会が始まり約二時間後。ついに光木の雷が落ちて全員風呂に入ってからの就寝と言う形になった。
「俺はお風呂入ると温度上げちゃうから最後に入るよ」
「マジ? 一緒に入らねえの?」
「うん」
頑なに一緒に風呂に入りたがらない拓哉を置いて四人で入り、各々服を着替えて家事AIに通された客間で横になる。
今朝の段階では一つしかなかったベッドが五個に増え、なんとなく間取りも変わっているように思えた。どんな技術が使われているかはわからないが、まあ深いことは気にしない。
「クロウラーは?」
「外で見張りだって」
「うわマジ? ご苦労様すぎる」
この暑い中本当にご苦労様だ。
朝一で風呂に入って送り届けると言ってくれているし、なんだかんだあの男はきちんと護衛としての役割を果たしていた。
蓮の体がベッドにダイブする。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:35:06
ついに20か…
- 9125/03/09(日) 12:36:09
「あ~布団ふっかふか~。これ欲しい~」
「オールマイトに会った時強請っとけば?」
「ショータ~、俺の代わりにこのマットレス下さいって言っといてくんねえ?」
「言えるわけねえだろそんな恥知らず……」
彰と蓮のテンションは上がりすぎて修学旅行のようだった。光木がスキンケアを終えて上がり、ほぼ同時に拓哉も上がってくる。布団に寝転がっていると拓哉が一歩後ずさった。
「あ゙? どうした拓哉」
「い゙っ、ゃ、なんでもない、よ」
「そうかぁ……?」
どう見ても何でもある状態だ。
蓮と彰はこちらを見てにやにやしていて気持ち悪い。ベッドに寝転がって枕を抱えていると、光木の叱責が飛んでくる。
「ショータ! 格好がだらしないですよ。下ちゃんと履きなさい」
「履いてんだろパンツ」
「それがだらしないって言っているんです。せっかくお腹冷やさないようにってオールマイトが上下に分かれたパジャマ用意してくださってるんですからちゃんと履きなさい」
「……へいへい」
光木の説教が鬱陶しくて渋々履いた。別に見苦しいもんでもないし良いだろうと思うが、まあ男の生足なんぞ見たい物でもないか。
- 10125/03/09(日) 12:37:11
履き終わると拓哉部屋の隅に居た拓哉の姿が消えていることに気付く。
「拓哉は?」
「あ~アイツ情緒中学生だから」
「しょうがねえよなあ~」
「なんだよお前ら気持ち悪ぃな……」
「まあ汚さないようには言ってあるので大丈夫ですよ」
「何の話だ?」
言っている意味がわからず問いかけるが全員から帰ってくるのは生暖かい笑みだ。それが気色悪いのとなんとなく仲間外れにされている感じがして不気味だった。
十分ぐらいたつと妙にすっきりとした顔の拓哉が戻ってくる。
彰が茶化すようにして声をかけた。
「ゴミどうした?」
「全部察した家事AIがもってってくれた」
「死にてえ~」
「ゴミ?」
「さっき服汚したの思い出してシミ抜きしてたんだけどそれに使った布がゴミになっちゃったんだよ。すごい恥ずかしいシミだったからショータに見せたくなくて」
「お、おう、そうか」
- 11二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:37:33
拓哉不意打ちの試練きててわろた
- 12二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:37:44
拓哉が...うん......
一緒にお風呂入ったら隠すの大変だろうし生足も十分刺激強い - 13二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:37:50
草
- 14125/03/09(日) 12:38:08
恥ずかしいという割にはとても饒舌に喋ってくれるな。まああまり詮索をしない方が良いことだろう。
全員が揃ったのを見て光木が電気を消す。体調を考慮して設定された空調は激動の一日を過ごした俺たちの体を眠りに誘うには十分だった。
「……なあ、これ修学旅行っぽくね?」
一人を除いて。
「蓮、明日フェスですから……」
「でも明日の出番ってかなり後じゃん。ならちょっとくらい遅く出ても良くね?」
「遅くても九時には出ますからね」
「三時間くらいしかかからないのに!?」
「道中何が起きるかわからないでしょう」
「え~、なんか話そうぜ、俺高校行ってないから分かんねえけどこういう時って好きな子の話とかするんだろ!?」
蓮がみっともなく駄々をこね始める。高校に行ってないということを聞くと少し同情的になってしまうが、明日仕事である以上早めに寝たほうが良い。
だというのに。
「お、俺もちょっと気になるな……高校の修学旅行ってこういう感じなの……?」
「拓哉……」
「そっか拓哉も中卒だもんなあ! 気になるよなあ!」
「好きな人の話題……とかは俺らアイドルだし置いとくとして、みんなの個人的な話とかしたいな」
「個人的な話?」
- 15125/03/09(日) 12:39:02
拓哉が存外乗り気なのに辟易するが、どうにも蓮とは少し様子が違った。おうむ返しに聞いてみると「うん」と暗闇の中に返事を一つして彼が話し始める。
「ほら……今回の騒動ってさ、俺らがあんまりプライベートの話をしてこなかったから起こったようなもんじゃない? ちゃんと話して、俺ら自身のことを知る努力をしてたらこんなことにはならなかったんじゃないかなってずっと思ってて」
「拓哉……」
「だからこれからたくさん個人的な話をして、いろんなことを共有していきたいと思ったんだ。おかしいかな」
そう言われると、反論しづらい。
特に自分や光木のように精神に爆弾を抱えているのであれば、出来るだけメンバーに周知しておくべきだったというのはもっともな話だ。
光木も同じことを思ったのか、反論を噤んでいた。
口うるさい二人が何も言わないことを了承と判断したのか、拓哉が話し始める。
「それでさあ……こういう時どういう話すればいい?」
「そっから?」
「俺ちょっと実家に閉じ込められてた系男子だから友達と世間話自体したことないんだよね」
「重いなあお前のバックボーン」
- 16125/03/09(日) 12:40:11
彰が深刻な話を適度に流しつつ「そうだなあ」と天井を見上げながら話し始めた。
「例えば……家のこと、とか?」
「家のこと……」
「こういうの共有しておけば後々テレビでメンバーの話振られた時も便利じゃね?」
「なるほど……彰はなんかある?」
この流れで拓哉からではないのか。
彰は一瞬言い淀んで、「うーん」とうなってから話し始めた。
「俺の家ノルウェージャンフォレストキャットを二匹飼ってるんだけどさ」
「は!?」
「うわ急にでかい声出すなよショータ」
知らない情報をいきなり出されて思わず声が出る。
ノルウェージャンフォレストキャットと言えばあれだ、北欧生まれのデカい猫だ。当然猫好きである以上食いつかないわけにはいかなかった。
「知らねえぞ俺そんなこと」
「言う必要なかったし。でさあ、そいつらがお豆と大福って言うんだけどちょー可愛くて。すげえ人懐っこいから今度メンバーのみんなも連れてきて写真撮ろうよって妹が言ってんだけど」
「行く」
「お前妹いんの!?」
「居る。妹二人と姉が一人」
「“無個性”は?」
「俺だけ。でも健全な家庭で精神をはぐくまれたからこの俺が居るってわけ」
- 17125/03/09(日) 12:41:18
秒で行くと答えたが、すぐに兄妹の話に移ってしまう。この話が流れていないようにと祈った。
「じゃあオフ重なったらウチ来いよ。ちなみに我が家は長野県にあります」
「遠いな~」
「長野ってなんかある?」
「スキー場がある。夏はなんもねえ」
「地元をそんな風に言うもんじゃないですよ」
彰の話が終わるとうずうずしていたのか蓮が「次俺! 俺!」と話し始めた。
「俺んちは出来の良い兄貴が居んだけどさあ、昔っから兄貴はかなり俺のこと心配してくれてて、そんでみんなにめちゃくちゃ感謝してんのね」
「知らないところで特積んでるなあ俺ら」
「出来が良いってどんなもん?」
「商社勤めでなんか昇進? しまくって今ニューヨークの支店長やってるらしい」
「出来が良いどころじゃねえ情報来たな」
ニューヨークの支店長とはどういうレベルか。蓮と見た目が似ているとしたらかなり顔立ちも良いだろうし、きっと蓮とは全く違う人生を歩んでいたのだろう。
「芸能界に入るって言った時親がめちゃくちゃ反対したんだけど、それを説得してくれたのも兄貴なんだわ。親はせめて安定した普通の職に就いてほしかったみたいなんだけど、兄貴が「こいつはたぶんそういう職は出来ない。特性を生かしたところに行った方が良い」って説得してくれて」
「良い話過ぎるなあ」
「そんで今俺が有名になれてるのはBLACK CASEのみんなのおかげだから一度ちゃんとお礼がしたいんだって」
「おや、良いんですか?」
「うん。そんで、こっちに来てもらうのは申し訳ないし、好きな旅行地を教えてくれたらその土地のホテルをとるからそこでお会いしませんかって言ってた」
「言って『た』?」
「それいつの話?」
「え……去年の八月……?」
「ほぼ丸一年前じゃねえか!」
「お兄さんめちゃくちゃ悲しがってんぞ! 今度ちゃんと話しあいすっからちゃんと送れよ!」
- 18二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:41:26
ちょっとハラハラしてたのに猫に過激に反応するショー立て笑った
- 19125/03/09(日) 12:43:14
蓮から爆弾を落とされて全員が抗議をする。
仕事の話ならば常にこの中で共有されているから、完全に忘れていたが蓮は平気で伝え忘れのある人物だ。見たこともない兄の顔を思い浮かべて合掌した。
まあ、蓮の特性を良くわかっているだろうし、きっと大して気にしていないだろうという願望を込めておく。
「じゃあ次俺ね」
手を挙げたのは拓哉だった。部屋の中にちょっとした緊張が走る。
「ごめん俺が「家のこと」って言ったせいなんだけどさ、お前はそれ喋るの平気?」
「うーん……まあ大丈夫だと思う。ただ今回のことを踏まえて、ちゃんとみんなで共有しとかないと後々面倒かなって思うから話しときたくて」
会話の端々から拓哉の家庭環境が劣悪なことはわかっていた。皆が緊張していると、彼が訥々と話し始める。
そして途中、家を飛び出す下りになったあたりで光木の嗚咽が漏れ始めた。
「あ、ごめん光木大丈夫?」
「だ、大丈夫です。あの、拓哉はこの話人にしてても負担有りませんか……?」
「負担……どっちかって言うと、言っていいことなのかわかんなくて、それも含めてみんなに考えてほしいかなって」
拓哉はぼんやりと話す。
- 20125/03/09(日) 12:44:16
「俺中学まで家に監禁されてたから、本当に人との接し方がわからないんだよね。祖母ちゃんが話し相手になってくれてたのと、親に内緒で買い与えてくれたPCでネット上の会話をしてどうにか会話を学んではいたんだけど、やっぱり対面での経験値は全然なくてさ。これを今人に言っていいのかどうかわかんないって場面が多すぎて」
「あー、それわかるわ」
「蓮に納得されるのやだなあ」
「んだとこら」
重い内容を感じさせない軽い口調に少しだけほっとする。視線を天井に向けると眠気が徐々に降りて来た。それを振りほどくようにして声を出す。
「……拓哉の家庭環境は、言う場面を選んだ方が良いとは思う」
「場面?」
「例えば……幾らお前が人に知られるのに抵抗がないとしても、一般人や付き合う相手にいきなり言うのはやめた方が良い。だけどBLACK CASEの公式チャンネルとかで告白するって形をとったりするのは良いと思う。お前の境遇を聞いて勇気を貰える人は多くいるだろうから」
ふと、相澤消太時代の記憶が脳裏をかすめた。
- 21125/03/09(日) 12:45:12
「あとは……テンタコルみたいな、異形“個性”の差別解消に向けて戦ってるヒーローに、こういう差別があった、って伝えるのは有益なんじゃねえか。多分ああいうヒーローが今把握してる差別って田舎とか閉鎖環境での差別で、上流階級の人間による囲い込みみたいな秘匿はそこにあることすら気づかれてないと思う」
「気付かれてない……」
「お前の存在自体が、ヒーローの活動に光を指すかもしれないってことだ」
実際、今話を聞いていただけでもかなり驚きがあった。
相澤消太時代の生徒たちの活動を見る為、いくつか記事を当たったことがあるけれど、その中で異形“個性”の差別解消に向けて活動している障子の活躍は同期の中でも特に異質で目を引いた。
けれどその殆どは閉鎖環境が招く無知故に起きた差別ばかりだった。逆に都会では彼の活動は報告されていない。
「……俺が、そっかぁ。へへ」
「じゃあ次僕ですね」
- 22125/03/09(日) 12:46:12
誇らし気に拓哉が笑ったあとを引き継ぐ形で光木が喋り出す。こういうことに乗り気ではない男だから珍しい光景だ。
「僕の家は……その、かなり平凡でして」
「兄妹は?」
「姉が一人」
「なんか光木って滅茶苦茶お兄ちゃん感あるのにな」
癖の強いBLACK CASEのメンバーをまとめ上げているのだからてっきり兄だと思ったが、そうではないらしい。かなり意外だと思いながら話に耳を傾ける。
「実は……かなり昔から殆ど家に帰ってなくて、家族のエピソードがあんまり」
「かなり昔っていつぐらい?」
「五年くらい前までは年一で帰っていたんですけど、事務所の寮に入ったのが十五歳くらいのことで……さらにその前からほぼ事務所に入り浸っていたので小学校五年くらいからあんまり家に居ないんですよ」
「ヤバすぎ」
「もう実家じゃないじゃんそれ」
「そうなんですよねえ」
子供の時から寮生活をするという人はそこまで珍しくないが、それでも小学校暗いから殆ど家に帰らないというのは異常だ。だが光木ははははと乾いた笑いを漏らす。
「姉との連絡先も交換して無くて。母くらいですかね、連絡とってるの」
「姉ちゃん泣くぞ」
「泣いてくれるほどの思い出が無いのが難点でして。これ家帰ったほうが良いと思います?」
「帰れ帰れ。出来れば一ヵ月くらい家から通え」
「一ヵ月と言わず一年くらいは入り浸ったほうが良いよ。光木死んでも葬式挙げてもらえないよそれだと」
「そ、そこまでですか……」
「そこまでだろ」
- 23125/03/09(日) 12:47:27
怒涛のツッコミに光木もたじろいでいる。
相澤消太時代は下宿をし、家にほとんど帰らなかった身としては出来るだけ家での思い出を増やしたほうが良いというのは同意見だった。
「じゃあ最後、ショータは?」
「俺? 俺かあ……」
目線をぼんやりと天井にあげる。
問いかけられても、頭が眠気でふわふわしていて上手く答えられる気がしなかった。
「俺、事故にあってから自分の髪と目の色が怖くなったんだ。それでずっと、この髪とカラコンにしてるわけなんだけど」
「今はカラコン外してる?」
「つけてるわけねえだろ」
「ちょっと聞いただけじゃん怒んないでよ」
ここで言ってしまおうか、とも思った。実は自分は相澤消太の生まれ変わりで、白雲霞はとっくに死んでて、彼の夢を代わりに叶えるために生きているのだと。
そう思って、やはり口を噤む。
霞のことを言えば彼らはきっと同情的になるだろう。この性格も相俟ってもしかしたら生まれ変わりのことも信じてくれるかもしれない。
けれど、それはダメだ。
- 24二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:48:15
ダメか〜
- 25125/03/09(日) 12:48:23
「……その頃から俺、自分が何者なのかわからなくなることが増えて」
「どゆこと?」
「なんていうか、自分が誰なのかっていうのが掴みにくくなったんだ。白雲霞って名前がしっくりこなくなったって言うか……自分が、別の誰かな気がしてならない」
白雲霞どころか、相澤消太であるかもわからない。夢の中で呼ばれる名前を贖罪の証として背負っているけれど、これが正しいことなのかも今の自分にはわからなかった。
「解離性同一性障害というやつでしょうか」
「二重人格っていうの?」
「さあ……詳しいことはわからなくて。ただ、時々無性に怖くなる。今喋ってるのが俺なのか、別の誰かなのか、そもそも俺って何なのか、地に足がつかないみたいになって不安になるんだ」
イキった中二病と片づけられるならばそれでも良かった。だが、今回のことを引き起こしてしまった以上自分の中の爆弾はきちんと話しておくべきだ。
バクバクと心臓がうるさくなっていく。せっかく来た眠気が引きそうになる。
- 26二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:48:29
これは寝落ちしちゃうかなショータ
- 27125/03/09(日) 12:49:33
「それは、今も?」
「え」
「今も、その感覚は続いているんですか?」
光木の問いかけに「……ああ」と答えると彼が息をつめたのが分かった。申し訳ないことをしている、間接的にとはいえ霞の死に関わった彼により多くの責任を上乗せしているようで心苦しかった。
沈黙が部屋を支配する。静まり返った中で彰が口を開く。
「今回のパニックってそれが原因?」
「……まあ、そうだな」
「自分が何なのかわからねえから自分の見た目も怖くなったってこと?」
「……そう、なる」
「そっか。大変だな」
他人事のように扱われてほっとした。
親身になられればなられるほど、怖くなる。
「ショータって名前はどっからきたの?」
「……事故にあってから、夢の中で俺をそう呼ぶ人が居て。その前からちょっと白雲霞を名乗るが精神的にキツかったから、それを使うようにしたんだ」
拓哉の問いかけに答えると「そっか、有難う」とこれもまた他人事のように答えられた。彼らなりに気を遣っているのが伝わってくる。
- 28125/03/09(日) 12:50:20
「……その人が出てくる夢は、いつも冬の空なんだ」
「冬?」
つい、言わなくて良いことまで行ってしまう。冬の空、彩度の低い薄いグレーを上にかぶせたような青空。寒々しい、命の気配がしない季節。
「なんか意味があるのかなって思っちまって。こないだの敵事件までは暫く見なかったんだけどな、その夢」
「ショータ……」
「悪い、湿っぽい話しちまった。もう寝ようぜ」
この爆弾をそのままにしておいて良いわけではない。だが、解決方法なんてなかった。これはきっと、自分が生涯時間を掛けて向き合っていかなければいけないことだ。
話を一方的に切り上げて「おやすみ」と告げ眠りに入る。二秒で眠れるはずの特技は、その日に限って三十分くらい役に立たなかった。
- 29125/03/09(日) 12:51:08
‡
目を覚ますと時間はすでに八時を回っていた。全員で片づけをしてから準備をし、車に乗り込む。
灰廻の仕事は五人をこの別荘から国道に乗るまで見届けることだった。そこから先は光木の運転で東京まで向かう。
「じゃあみんな準備大丈夫?」
「途中道の駅とか寄れる?」
「寄りません、PAにはいきますけどトイレだけですよ」
「えーケチ」
「準備大丈夫です」
「オッケーオッケー! 元気で良いね!」
フリーダムな面子に特に何も言うことはなく、灰廻は引率する軽自動車に乗り込んだ。助手席に乗った【彼】も、シートベルトをしっかりと締める。
車が発進し、どんどんオールマイトの別邸が小さくなっていく。この三日で見慣れた景色が変わっていき、国道に繋がる道が見えて来た。
「あれ……?」
だが、前方を走っているクロウラーの乗った軽自動車が急にハザードランプを点けて路肩に停まった。光木も追従する形で路肩に停める。目にギリギリ見える速度で灰廻は車から飛び出すと、道路のど真ん中に躍り出た。
その時車内にいる全員に状況が伝わる。
- 30二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:51:39
何かが起こる予感…!
- 31125/03/09(日) 12:52:07
「な、なんだあれ」
「でっかい丸……?」
巨大な球体が爆発を起こした形で道路に沈み込んでいた。余りも見たことない光景に外に出ようとする全員を、【彼】は大声で引き止めた。
「出るな!」
「え、な、なに」
「出るな、敵の攻撃かもわからん。クロウラーが戻ってくるまで待て」
「ええ、でも」
「ショータの言う通りですよ。何が起こっているか把握するのはプロに任せましょう」
光木の言葉の横で【彼】は目を光らせていた。陥没した道路の周りにはギャラリーが多くいるが、幸いにも負傷者はいなさそうだった。だが陥没に後輪が巻き込まれる形でバスが沈んでいる。
血痕や動員されている人の数からみて死者は出ていないだろう。ギャラリーの人々を見てみると、殆どが雄英高校の制服……とりわけサポート科の制服を着ている生徒が多く見られた。
「まさか……」
- 32二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:52:31
ヴィラン出没か...?
- 33二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:53:11
商店街の…?
- 34125/03/09(日) 12:53:14
嫌な予感がしてしまう。
ぞわりと這いあがる悪寒を窘めていると、状況を確認した灰廻が戻ってきた。光木が車の窓を開ける。
「どうでしたか?」
「ごめんねいきなりいなくなって! いや、死人とかは出てないんだけど……今日のお祭りで使う花火の火薬がバスと接触して一部暴発しちゃったみたいで。車は持ち上げて向こうまで持っていけるから大丈夫だよ」
「そうですか」
「あのっ!」
光木がほっとした表情を見せた横で、【彼】は酷く緊迫した顔になる。道路とバス、それから花火の火薬。全てが嫌な連なりを見せていた。
「お祭りは、大丈夫なんですか」
「……わ、わからない」
灰廻は視線を逸らした。
光木が隣で眉根を寄せる。
「お祭りって言うのは?」
「近くの商店街でやる予定の祭りだ。……この辺りは交通の便が悪くて、このルートを通るバスがないと駅から人は来ないって言う難点がある」
「バスって、もしかして……」
彰の視線が、陥没している道路に向かった。後輪がひしゃげていてとても動け無さそうなバスがそこにはあった。
- 35二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:53:58
発目ちゃん登場しそうな予感
- 36125/03/09(日) 12:55:01
「……この道が封鎖されたらどうなるの?」
「一応遠回りはある。でもその道を使うと三倍くらい時間がかかるんだ」
「しかもバスが一台お釈迦になってる……」
祭り自体は昼十時から夜まで行われる。今の時刻は九時、そろそろ人が集まり始める時間だ。
「今のままだとどうなるんですか?」
「遠回りの道を案内する形になるけど……殆どの人はそんなに歩くならいいやって諦める可能性もある」
「駅前で諦められるなら帰る可能性は高いですね」
エリたちの演奏時間を聞いていなかった。すぐに祭りの公式ホームページを開いて確認すると、昼間に一度演奏をし、夜にもう一度出て来るらしい。
二度も演奏を許されているということはかなり気合を入れているだろう、そして彼女たちが集客できると踏んで呼ばれている以上、これから先ここでの悪評はついて回る。
「道路の復旧はどれくらいで?」
「最低でも三時間はかかるって。昼のステージが十二時からだから、お客さんが来てくれるかどうか……それに朝道路が陥没してるってニュース見たらみんな帰っちゃうかも」
- 37125/03/09(日) 12:55:55
「朝の人を逃したら取りこぼしが増えるってことか」
暗い顔をしていると、拓哉が後部座席から声をかけた。
「その祭り、何かあるの、ショータ」
「……今日がメジャーデビュー初仕事のバンドの人が、居る」
「そっか、災難だね」
そう、災難だ。それで終わらせるべきことだ。
自分たちにだって時間はないし、すぐにでもフェスに向かわないといけない。ただでさえ【彼】は昨日のリハを飛ばしている。
わかっている、のだが。
「……その、みんなにお願いが、あるんだが」
「お願い? ショータが?」
珍しいこともあるものだ、と光木が目を丸くする。
言うべきではない、わかっている。わかっているけれどどうしても口に出してしまう。
願いを込めた言葉に、全員があんぐりと大きな口を開いた。
- 38125/03/09(日) 12:56:22
- 39二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:56:53
おお!
楽しみすぎる! - 40二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 12:57:36
遅刻覚悟でゲリラライブか!?
続きが気になるところで切ってくれるじゃんかスレ主! - 41125/03/09(日) 12:58:33
- 42二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:02:38
今回の前編もめっちゃ面白かった
ショータがどんなお願いしたのか気になるしエリちゃんのこともあって見捨てられないとこが先生って感じでいいな - 43二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:08:57
アイドルとしての蟠りは光木と和解したことでとけたけど自分が何者なのかっていう根本の部分はまだ残ってるってことなのか
自分が誰なのかって難しいよね…転生のことを話すつもりもないみたいだし - 44二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:17:13
関係ないけど11話が前編・光木過去編・幕間・中編・後編1になってるの笑うんだよな
実質11話だけで既に5話書いてる - 45二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 13:46:37
二次創作の長編小説ってだいたいエタるからこんなちゃんと完結するところを目撃できるだけで感動してる
21時待ち遠しいぜ - 46二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 15:02:15
普段殆ど小説読まない雑魚の感想なんだけどスレ主の書いた話誰がどこで何やってるかがわかってすごい読みやすくて助かる
続き凄い楽しみや - 47二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 16:30:56
前半のオルマイとマネさんの話、マネさん思ってたより辛い幼少期でオルマイに救助される場面で良かったねってなってた
- 48二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 17:05:43
スレ主結構凄惨な過去とか書くけど「まあそれ本編には関係ないんで」と言わんばかりにさらっと流していくところあるよね
好き - 49二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 19:17:25
マネさんもただの仕事人間じゃなくて結構情に厚い人なのが分かったからあのシーン好き
熱い部分はあるけど感情に流され過ぎず冷静に大人として対処しようとするところ相澤先生とちょっと似てるなって思った - 50二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 20:29:21
あと30分か…遅れる報告ないってことは21時開始でええんよな…?
ドキドキしてきた - 51125/03/09(日) 21:00:06
‡
セメントス先生は今出張中で近くに居ない。いつもなら居る建築系“個性”のヒーローも出払っていた。ライトリーラボに問い合わせれば一人くらい入るだろうが、今研究の大詰めだと言っていた。八方ふさがりだ。
「うう……折角の初仕事だったのに」
「エリ……」
二人が心配して声をかけてくれるけれど、エリの耳には届かない。
このお祭りはあくまで商店街の催しで、バスと経路が確保されてるから『来てくれる』人がいるだけだ。遠回りになってもわざわざ来たいという熱意のある人は少ない。
電車で駅を二つほど移動すれば繁華街に出ることも出来る、はっきり言ってこのままでは人が来ることは見込めなかった。
「耳郎さんにも今日ライブだって伝えてるのに……」
憧れの人は今日わざわざ休みを取ってこっちに向かってきてくれているらしい。開始時間ギリギリになるけど必ず行くから、というメッセージを思い出すと胸が痛い。
A組のみんなに見てもらうにはまだ未熟だから来なくていいと言ったエリに、それでも私が見たいからと言ってくれた耳郎。今日はBLACK CASEのライブもあるのにこっちを優先してくれた。それなのに、見せるのが観客もまばらなステージになるなんて。
- 52125/03/09(日) 21:00:50
立派になったところを見せたかったのに、どうすればいいのかわからない。涙が大きな瞳の縁から零れ落ちそうになっていた。
「エリ!」
「……なに?」
「ちょ、ちょっと! これ見て!」
焦った声を出すドラムのアキに言われて、彼女が差し出してきた携帯を見る。ものすごい速さで流れていくのはSNSに投稿されたポストの数々だ。
あまりにも早く流れていくのでエリはアキに一言断りを入れてから画面に触れ、その流れを止める。文字を読み、そして認識し始めると、エリもアキと同じような顔になっていった。
「え、これ……!」
映し出されていたのは、画像と、文字。
画像に映っているのはよく見知った男性五人組と、自分たちを芸能事務所に引き入れてくれた恩人でもあるコーイチ。そして一緒に書き込まれている文字群に、エリは手を震わせた。
- 53125/03/09(日) 21:01:42
『道路陥没で死って思ってたらBLACK CASEが道案内してくれた~! めっちゃ歩くけど逆にお得でしょこれ。ナマのレンアキ顔良すぎて寿命百年延びる』
『今日のフェスに出るはずのBLACK CASEが何故か静岡の商店街お祭りに居る件についてw』
『バス無いって言うから帰ろうと思ったけどまんまとMITUKI様の「来ないんですか?」に釣られて三キロ歩くことになった私』
『今静岡行けばTAKUYAに会えるってこと!?』
『いや、案内終わったらすぐフェス向かうって言ってる』
『なんでフェス当日に案内してるんだよ』
『近くで商店街のお祭りあるんだけど、どうやら大きな道路が陥没して客が帰りそうになったのを誘導するために頑張ってるらしい』
『人助けじゃん、そう言うところ好きだぜ』
『SHOTAがメガホン使って一生懸命案内してくれてるの可愛すぎる。食べちゃお』
『なんでザ・クロウラーがいるんだ?』
BLACK CASEがここまでの道を案内してくれているという情報が次々流れてくる。
- 54125/03/09(日) 21:02:42
「エリ! お客さんこっち来てるって!」
言われるがまま外を見てみると、例年と同じくらいの人が来ていた。商店街の人たちがみんな気を効かせて、休憩スペースを増設している。
賑わいで言えばいつも以上の様相をエリが呆然と見ていると、サポート科の生徒たちが走り寄って来た。
「エリさん!」
「サポート科の……」
「ごめんなさい、こんなことになっちゃって!」
「ううん、事故だって聞いてるもん、みんなは悪くないよ」
涙目になりながら謝ってくるサポート科の生徒に胸が痛む。まるで自分だけが悲劇のヒロインのようなありさまだったが、今日のお祭りにかける思いは皆一緒だった。
彼女たちにとってあの花火は自分たちの技術の結晶だった。
「……今回のことは残念だったね」
「いいえ! さっき商店街の方と市長から許可をもらってきました!」
彼女たちの手に握られているのはスマートフォンだ。きっとそこには、エリが見た物と同じBLACK CASEの頑張りが映っているに違いない。
首に巻いたタオルを涙で濡らした彼女は強い目でエリを見る。
- 55125/03/09(日) 21:03:20
「残った火薬で花火打ち上げできます! 調整はちょっと必要ですけど……お祭りの最後は最高のフィナーレにしましょう!」
「みんな……」
エリの目が涙で滲む。
けれど、それを流すことなく袖でふき取って「じゃあ昼ライブの準備をしてくるから」と彼女たちに背を向けた。
最後に一度合わせようと二人に声をかけ、ベースを手に取る。慣れ親しんだ重みを首からかけたときに思い出したのは、昨日の彼の言葉だ。
『今もお歌、好きですか』
どうして彼がそんなことを聞いたのかはわからない。
だがきっと、あの質問と今日の行動は別の問題ではないはずだ。昨日泣きそうな子供の顔で問いかけて来た彼の声が鼓膜にこびりついている。
ならば。
ドラムの音が鳴る、ギターが高鳴る。ベースの弦に指をあてたエリが、感情を発散させるように力強く弾き始めた。
自分たちにできることはきっと、これだけだ。
- 56125/03/09(日) 21:04:12
‡
ネットニュースを見てマネージャーは頭を抱えていた。鬼のように連絡をするが誰も電話には出ない。電話にでんわということか、やかましい。
ここまで胃が痛くなるとは予想がつかず、ライムがもってきてくれた茶も喉を通らなかった。
「何やってんだあいつらは……!」
「心中お察ししします」
幸いにも現場スタッフには「直前にどうしても断れない仕事が入り、恐らく現地で色々と巻き込まれたのだろう」と説明をしてあるが、それだって本人たちが来れなければ意味がない。
結局、本番にちゃんと居るかどうかというのが問題なのだ。
さらに、道路状況を確認して胃痛が加速する。目の前が暗くなるような感覚に襲われた。
「どうする……?」
「空から連れていけるヒーローを探すべきじゃないですか?」
「このあたりのヒーローはみんなフェスの警備で出払ってる。ザ・クロウラーは空中戦が出来るがあまり大人数を運ぶには適さないし車ごと運ぶのは法に触れる……」
頭の奥がぐるぐるとする。
こういう時、自分に超パワーがあったらと思わずにはいられない。時刻は既に三時を回っていた。だが、彼らのGPSは静岡付近から動けていない。
- 57125/03/09(日) 21:05:10
道路状況が真っ赤に染まっている地図を見て、下唇を噛んだ。
「くそ……!」
この仕事にはどうしても穴を開けられない。
絶対に、何があっても登場しなくてはいけない。それなのに、どうして。もしかして説得が失敗したのだろうか、最悪の結末が頭の隅を過る。
「君が信じなくてどうするんだい」
俯き、苛立ち、胸を痛めているマネージャーの耳に低く良く通る声が届いた。
ばっと顔をあげると、そこに立っていたのは青園ら瞳を持った彼だった。ストライプ柄のスーツに身を包み、関係者パスを首から下げた彼はいつもの笑みを浮かべて蹲るマネージャーに手を差し伸べる。
「オールマイト……」
「彼らとは連絡がつかないのか?」
彼の手をとって立ち上がった。自分の身長を考えればかなり力が必要だろうに微動だにしない彼の体幹には惚れ惚れする。やはり衰えてもオールマイトはオールマイトだった。
彼の後ろには苦笑した表情のプレゼント・マイクがいる。なるほど、関係者パスの発行に一役買ったのはこの男か。
- 58125/03/09(日) 21:06:04
「はい。……一時間前に静岡は出たと連絡があったんですが。どうやら渋滞にハマったのと、混雑のせいで電波も通じないみたいで」
ことのあらましはこうだった。
朝の九時には向こうを出発するはずだったメンバー達と、予定時刻になってからいきなり連絡が取れなくなった。代わりにSNSに流れてくるのは静岡の商店街で道の誘導をする彼らの映像。
どういうことかと説明を求めたら、道路が陥没して地元のお祭りに客が来れない事態が発生しており、アイドルとしての宣伝力を使って遠回りな道を客に歩いてもらうよう誘導していたのだという。
その後、道路が復活してから出発したのだが、連休初日の道路は混んでいて、軽度な事故も起き大渋滞が発生してしまっている。
そして混雑のせいで電波も通らず、いまどうしているのかわからない状況となっていた。
「ふむ……」
「もう空から助けに行くしかないんですが、そんなことも出来る状況ではなくて……」
どうしてこんな大事な時に道案内なんてことをしてしまったのか。責めたい気持ちになるが、きっと現地の彼らでなければわからないことだろう。
歯噛みするしかない事態に、オールマイトの指先が動いた。端末を懐から取り出し、どこかへと連絡をする。
- 59125/03/09(日) 21:08:01
「オールマイト?」
「ああもしもし? 私だよ。ああ、うん。それで例の物はどうかな、たしか今日には動かせるって話だったけれど……うん、うん。じゃあ座標を送るから頼めるかい、少年」
電話を掛け終わると、オールマイトはこちらに笑顔を向けた。あの眩しいほどの笑みに、力が抜けそうになる。
「私はSHOTA少年と約束したからね、必ず送り届けると」
「……ど、どうやって」
「まあそれはお楽しみだ。それよりも、彼らがいなくても舞台の準備はしないといけないんだろう? 早くいくと良い」
彼に背中を押されて、ライムと目を合わせた。
「で、ですが」
「見せてくれるんだろう、今日のフェスで。それなのに、彼らを受け入れる君たちが十全じゃないのは良くないな」
絶対にここで聞きだしておいた方が良いと思うのに、オールマイトが笑っているとそれだけで本当に大丈夫だと思ってしまう。
「……あいつらを、よろしくお願いします」
「ああ、任された!」
にかっと大きな笑顔を見せられて涙が出そうになる。
- 60125/03/09(日) 21:09:02
渋るライムを引き摺ってステージ袖へと駆けて行った。まだ、準備をしたりないところが多い。一応昨日のうちに話は付けておいたが、彼らが戻ってくるのが直前だと考えると、事前説明をする時間はない。
ステージに出るだけで十分な効果が得られるようにしないといけなかった。
「だ、大丈夫なんですかマネージャーさん!?」
「ええ、大丈夫です!」
彼の狼狽する声を置いて私は他のアイドルたちの動線を確認する。彼らのステージの時はより一層スムーズな移動が求められる。
しっかりと頭に叩き込まなければいけない。後ろでそれでもまだ渋るライムに、私は自信をもって答えるしかなかった。
「だってヒーローが大丈夫だと言ったんですよ。私たちはそれを信じるしかないでしょう」
オールマイトが、ヒーローが。
必ず彼らをここに送り届けると言ったのだ。ならばそれを信じて、アイドルを導く準備をするのが裏方の勤めだ。
いつか憧れたあのステージには届かなかったけれど、彼らを自由な空の下で羽ばたかせられるのは、自分たちしかいないのだから。
- 61125/03/09(日) 21:10:12
マネージャーたちが去った場所で、マイクとオールマイトは二人並んであわただしい裏方を見ていた。出番が終わってほっとしているアイドルや、もうすぐ出番が来るとソワソワしているアイドル、次の現場に行くために急いで着替えている者もいた。
そんな時間の流れが速い空間の中で、唯一停滞した二人は壁に背をつけて光景を眺めている。
「オールマイト」
「なんだい?」
「アンタはどこまで知ってる?」
マイクの声はいつものヴォイスではなく、地声に近かった。プレゼント・マイクというよりは山田ひざしに近い表情で言われた言葉に、けれどオールマイトの心は揺れ動かない。
「どこまで、というのは?」
「ショータのことだよ」
「彼は結構秘密主義者でね。私は彼のご両親からかつての災害でトラウマを負っているということだけは知っているよ」
- 62125/03/09(日) 21:11:04
はぐらかされているとすぐにわかるが、マイクは決して声を荒らげない。ただ小さく「そうかよ」と吐き捨てた。
「君はどうなんだい、マイク」
「俺?」
「君は、SHOTA少年の何を知っている?」
責めるような声音にならないよう、出来る限りの優しさで包み込んだ言葉だとすぐにわかり、マイクは眉根を顰めた。クーラーも大して効いていないバックヤードに嫌な湿気が入り込む。
人々の熱狂が地鳴りのように耳に届き、汗と磯の香りが鼻につく。溺れるような海の雰囲気に、マイクの言葉は奪われていた。
「……さあ、何だろうな」
また、不愛想な言葉になってしまった。
マイクは目を閉じる。記憶を辿ると鼻につくのはたった一つの菌すらも許さない病的なまでに清潔な部屋の香りだ。薬剤と死の匂いが入り混じった、真っ白な香りだ。
その香りがする部屋には一人の男が横たわっている。微弱に心臓を動かす音だけが響いている。その男が、不意に目を覚ますのだ、そして酸素マスク越しにマイクの名前を呼ぶ。
- 63125/03/09(日) 21:12:05
そのあとの口がなんと動いたのかはわからない。唇だけが無意味に震えるようにして動いて、結局音にならなかったからだ。
空気をほんの少しでも震わせてくれれば、この耳が聞き逃すことなんてなかったのに。
結局その言葉の意味を問いただすことも出来ないまま男はその目を閉じて再び開くことはなかった。あの時のマイクの耳に残っているのは悲痛なまでの子供たちの悲鳴だけだ。
「アイツと……ショータと会った時は、嬉しかった。白雲の親戚だから、ちゃんと面倒見てやりてえって思ったんだ」
初めて会った時、そして違和感の点と線がつながった時、運命だと思った。置いて行かれるばかりの人生でやっと、自分にも報われる日が来たのだとそう思った。
出会った当初のショータは想像以上に相澤だった。不愛想で不器用で、ファンサも碌に出来ないし炎上も良くする。それでもアイドルにならなければというクソ真面目な使命感に突き動かされている、相澤消太らしい男だった。
けれど。
彼が相澤の親に会ってからと言う物、それは徐々に崩れ始めた。自分の存在に疑問を持った彼が戸惑いながらも変わろうとしていくことが分かってしまった。
- 64125/03/09(日) 21:12:56
正直、少しずつ相澤消太ではない何かに変わりつつある彼を見て恐怖が勝った。どうして、自分から友人を奪っていくのだろうと、そんな理不尽な感情すら湧いた。
「……でも、その期待が、きっとあいつには負担だった。俺はそのことに気付けなくて……俺の理想のショータを勝手に夢見て、アイツの人生を邪魔した」
白雲の甥であることを知らないふりをしたのはわざとだった。彼にそんなことを自覚させたくなかった。白雲霞ではなく、SHOTAでもなく、十五年間友人をしていた相澤消太に、イレイザーヘッドに戻ってきてほしかったから。
ただそれは、彼に不幸になってほしかったわけではない。
「あの病室であんなパニックになったあいつを見て、俺ぁ何してんだろうって思った。もっと俺があいつを支えてれば、もっと親身になって相談に乗ってれば、あんなことは起こらなかったはずだって」
この世の全部を拒絶して、自分がどこにいるか完全にわからなくなった子供を見て、ヒーローである自分が何をしたのか理解して、その罪悪感に溺れた。
オールマイトから今日のフェスを見に行きたいと誘われた時、本当は心底嫌で断ろうとした。だが、これ以上逃げるわけにはいかないと思ったのも事実で、彼の誘いに乗る形で関係者パスを発行した。
- 65125/03/09(日) 21:14:00
今はそれが正しいことなのかどうかも、わからない。
「……俺は、アイツのことなんかなんもわかってねえ。合わせる顔も、ない」
死んだ人間にばかり縋って、今目の前にある大切なものから目を逸らした。心地いい関係を保つために、彼の心を守ろうとしなかった。友人としても、ヒーローとしても、失格だ。
「たしかにそうだろうな、君のやったことは褒められることではない」
「ははっ……オールマイトに言われんの、きついっすわ」
叱責が飛んできて、力なく笑う。
今は叱られている方が心が楽だった。
「でも、同じことをSHOTA少年が思っているとは限らない。違うかい、マイク」
「……思ってるよ。じゃなきゃ俺から逃げたりしないだろ」
「あの時本当に彼は君から逃げたのか? 私には彼は自分自身の課題から逃げたように見えたけどな」
オールマイト。
彼は本当にどこまで知っているのだろう。ショータが自分から打ち明けるとは思えないし、何も知らないにしては芯を食った発言が多い。
問い詰めることすら野暮な気がして、彼の言葉を聞いた。
- 66125/03/09(日) 21:15:06
「マイク、どれだけ周りの人間が肩を貸しても結局自分のことは自分で結論を出すしかないんだ。私たちがどれだけ言葉を尽くしたって、そんなものには意味がないんだよ」
「意味がない……」
「そう。自分がだれかわからないと泣き果てる子供に、君はこういう人間だよ、なんて言っても意味はない。時間を与え、環境を与え、少しずつ自分で判断できる状況を作ってやることしか我々部外者には出来ないんだ」
自分のことを部外者と表現するオールマイトはあの元気の出る笑みではなく、大人の男らしい口端を釣り上げた色気のある笑みを浮かべた。
夏の香りが似合う笑みだった。
「じゃあ俺らにできることってなにもないのか?」
「ああ。私たちには、だが」
含みを持たせた言い方に少しいら立ちが募る。それが伝わったのか、今度彼は豪快に笑った。
「HAHAHA! 悪いなマイク、あまり勿体ぶった言い方は得意じゃないんだが、つい言い回しを考えてしまう」
「……誰なら出来ると思ってんすか?」
不機嫌を隠せなくなったマイクにオールマイトが怯むことはない。アメリカンな笑い方を納めて、彼は自分より幾分下に居るマイクの目を見た。
- 67125/03/09(日) 21:16:02
「彼の居るべき場所の人々さ」
「……っ」
「私は……彼に芸能界は向いていないと、居るべきではないと思った。だから、遠ざけて少しでも心を癒してやれればと思った。だけどそれは間違いなのかもしれない」
あくまでオールマイトは推量で話す。きっと彼の中でもまだ判断を決めあぐねているのだろう。
「……それは、いつわかるって?」
「今日のフェスで。少なくとも彼女はそこで証明すると言っていたよ」
彼女。
恐らくマネージャーのことだろうか。
マイクは幾つかのことを考えて、結局言葉に出すことを諦めた。自分は所詮、彼のことをまだ相澤消太としてどうしても見てしまう。
この世に生を受けた少年として見ることができない。
「じゃあ俺も、お手並み拝見とさせて貰うぜ」
「そうしたほうが良い。きっとそれが答えだろうから」
日が暮れていくにつれて、潮の匂いが濃くなっていく。
もうすぐ夜が始まって、彼らの出番も来るだろう。
まだ、BLACK CASEは到着していない。
けれど、彼らを応援するかのように新しい輝きがニュースとなって通知を齎していた。
- 68125/03/09(日) 21:17:52
‡
完全な誤算だった、
まさか渋滞に巻き込まれるとは思っておらず、心臓が痛くなってしょうがない。車内も焦りと緊張が入り混じっていた。
「連休でまさか事故が発生するとは……」
「なあこれ間に合う?」
「ぎりっぎりですかね……」
「高速降りた瞬間にクロウラー呼び出して車ごと運んでもらうのはどう?」
「うーん、最終手段としてはアリ」
そのクロウラーとも連絡を取ろうとするが、渋滞による電波障害でつながらない。きっと5Gのスマホならばどうにかなっただろうが、生憎とここには機種に拘らない人間しかおらず、4G回線のままで見事に障害に巻き込まれていた。
「高速降りるまであと二時間ちょっと、ってところでしょうか。そこから下道行けば……なんとか出番直前にはつけるはずです」
「本当か? 本当につけるか?」
「もうここまで来たら賭けるしかないってのはある」
- 69125/03/09(日) 21:19:07
一向に進まない車の列に全員が焦りの声を漏らしつつ、ピリピリとした雰囲気は出さないよう努める。【彼】は助手席で死にそうな顔をしてうつむくしかなかった。
ここに来る前、エリのバンドが台無しになってしまうと悟って四人にお願いをした。「どうか道路状況が改善するまで案内を手伝ってくれないか」と。
無理なお願いであることは承知の上だった。それでも彼らは「お前がそこまで言うならしょうがねえな」と笑って了承してくれた。
元々自分の至らなさから始まった逃避行だというのに、ここまで付き合ってくれたメンバーたちに申し訳が立たない。
「謝んなよ、ショータ」
「え……」
「いやさっきから死にそうな顔してたから」
後ろから彰の声が飛び、飲み物が差し出される。それを受け取ってルームミラー越しに彼と目を合わせた。
「なんだっけ? ガールズバンドの子に酷いこと言っちゃったんだろ? だったらあれでチャラにしてもらうのは別に悪いことじゃねえし。俺らだって納得して今回のことはやった。気に病むなよ」
「人に感謝されるの悪くなかったしね」
「人助けして遅れましたっつったらまあみんな許してくれるっしょ! 知らんけど」
「……悪い」
「だから謝らなくて良いんですよ」
穏やかな四人の言葉に少しずつ冷静さを取り戻し始める。こうなるくらいならば光木には悪いが車を置いて新幹線と言う手もあった。
- 70125/03/09(日) 21:20:13
だが、彼のライフスタイルに食い込んでいる車を置き去りにするという選択肢は【彼】には存在せず、結局こうして渋滞に巻き込まれてしまっている。
高速道路の上に掲示されている事故状況を示す電光掲示板を見て、光木は眉を顰めた。。
「……まずいですね」
「どうした?」
「さらに先で事故がまた発生したみたいです。二車線道路が完全に一車線になってさらに渋滞情報が追加……」
「そんな」
今ですらギリギリ間に合うかどうかだというのに、これ以上遅れてしまったら絶対に間に合わない。
悲痛な表情を浮かべる【彼】に、光木は暫く思案をして喋り出した。
「一度高速を降りましょう。そして一番近い駅まで走らせて、公共交通機関を使っていけばギリギリ間に合います」
「えっ、光木そしたら車……」
「駅周辺ならぼったくりでも駐車場くらいはあるはずですよ。あとで皆さんに駐車場代請求しますからね」
こんな辺鄙なところで高級車の部類である光木の車を置いていったらどうなるだろうか。【彼】はそう言おうと思ったが、光木がウインクをして自分の唇に人差し指を当てるので何も言えなくなってしまう。
- 71125/03/09(日) 21:21:16
もしこれが相澤消太だったら、捕縛布を使って空を飛んでいくことが出来たというのに。
……いや、それではダメだ。結局自分だけでどうにかするという域からは抜け出せない。ここにいる【彼】は一人でどうにかするのではなく、みんなで切り抜けなければいけないのだ。
このあとの降りる場所を探していると、不意に窓がコンコンと叩かれる。
「……?」
視線をずらすと、そこには壮年の男性が立っていた。
「え、なに?」
「煽り運転……?」
「煽れねえだろこの距離」
男性はふくよかな体型をしていて、顔は少ししわがれていた。光木が全員を下がらせて窓を開ける。
「はい、どうしました?」
「アンタらBLACK CASEって人らだろ?」
「は、はい……」
「やっぱそうだ! おーい! やっぱこの人らそうだってよ!」
男性が光木に確認を取ると、大声で叫ぶ。
すると、渋滞に巻き込まれた人々がわらわらと車から出てきて車を取り囲んだ。
- 72125/03/09(日) 21:22:04
「えっなになになになに!? 怖いんだけど!」
「あ、あの……これは……」
少しだけ窓を狭めながらも、きっと誰かがカメラを回しているだろうからと光木は笑顔で対応をする。その怯えを知ってか知らずか、男性は唾を飛ばす豪快な笑いを見せた。
「いやよぉ! アンタらこれからフェスなのに渋滞巻き込まれて大変だって言われてたから! なんか助けらんねえかって思ってよ!」
周りの人々も同調するように笑う。「そうそう」「凄い格好いいことしてくれたんだって?」「フェス間に合いそう?」と口々に言う彼らに、理解が追い付かない。
「え……」
「誰が……そんなことを?」
「ほら、これ」
光木がどうにか質問をすると、即座に別の男性があるSNSの画面を見せた。5G通信の出来る携帯に映し出されていたのは、イヤホン=ジャックの公式SNSの動画だ。
「イヤホン=ジャック……」
だが、彼女が投稿しているにもかかわらず映っているのは別の女性だった。白い髪に片側だけ出た角、赤いヒイラギの瞳。
- 73125/03/09(日) 21:23:05
エリが、真剣な面持ちでこちらを見つめている。
『イヤホン=ジャックのファンの皆さん。彼女の公式SNSを使用させてもらって申し訳ありません。どうしても緊急で、出来るだけ多くの人にこの声明を届けたくてアカウントをお借りしました』
彼女は自分の名前やバンド名は宣伝になってしまうからと言って伏せて話す。
『SNSを見て知っていらっしゃるかたも多いと思いますが、今日静岡県○○市で行われるお祭りにて、道路陥没が起こり多くの人が会場にたどり着けない事態が発生しておりました。それを解決するために動いてくださったBLACK CASEの皆さん、本当にありがとうございます』
「これ、ショータが言ってた子?」
「あ、ああ……」
【彼】は驚きながらも返事をする。
画面の中のエリはまっすぐにこちらを見る。笑いを取ろうとしたり、上手くしゃべろうとする様子は見せず、只管に誠実に言葉を重ねる。
『彼らのおかげで、昼のライブは大成功でした。感謝してもしきれません。……ですが、BLACK CASEの皆さんは今危機に直面しています』
画面の中、彼女の握る拳に力が入ったのが伝わる。
- 74125/03/09(日) 21:23:56
『私たちのせいで出発が遅れてしまったBLACK CASEの皆さんが、今大渋滞に巻き込まれて会場に到着するのが遅れてしまっています。連絡を取ろうにも電波が悪くて繋がらず、今の状況を知ることも出来ません。もしお近くに居る方の中でBLACK CASEの皆さんにお力添えできる方がいらっしゃったら、どうか彼らを助けてくれないでしょうか』
深く彼女が頭を下げる。
それは相澤消太が知っているエリの顔ではない。立派な成人女性のそれだった。動画を見終わった五人は言葉を失い、代わりに見せてくれた男性たちが声をかける。
「身分証明書を見せるからさ、車を俺らに預けて君らは近くの出口にいる車に乗せてもらって一回降りたらどう?」
「このままじゃ東京まで間に合わねえって。下道なら俺らは詳しいし、幾らでも案内できる」
「い、いやそれは……」
高速道路で人が降りることは禁止されている。有難い提案だが、今ですら彼らに罪がかぶさってしまうかもしれない。
だが、提案自体は魅力的だった。
心が揺れ動いてしまう。人の善意に甘えたくなってしまう。どうする? と車内で声が出るが、ショータはその誘惑を振り切った。
- 75125/03/09(日) 21:24:59
「有難うございます。でも、もしそれで皆さんが罰せられるようなことが合ったら俺たちは立ち直れません」
「お、おお、そうかい……?」
「申し訳ないのですが、代わりにある人に連絡を取ってもらうことは出来ますか? 俺たちの携帯は電波が4Gしか繋がらないせいで電波障害に巻き込まれてしまって」
「お安い御用だぜ!」
気の良い男性から携帯を借りて灰廻に電話をかける。だが、彼も用事があるのか一向に繋がる気配はない。正式な形でヒーローに依頼をしなければ彼ら一般人を巻き込んでしまう。
だが、今のままではその善意すら無駄にしてしまうかもしれない。どうする。どうすればいい。
心臓がバクバクと音を立てる。怖くなって指が震える。
目を瞑り、繋がれ、繋がれ、と祈るように電話をかけていた時だった。
「おい、あれ、あれなんだ……!?」
誰かが、空を指さした。
五人が窓を開けて指さす方向を見上げる。眩しいくらいの青空に、飛行機型の影が落ちていた。
- 76125/03/09(日) 21:25:38
十年前の大災害で、入り組んだ立地にヒーローや物資を届けることの難しさを人々は学んだ。
だが当時の技術は大きな物量を運ぶにはそれだけ大きな輸送機が必要で、それは重量の関係上入り組んだ土地には入りずらい性質を持っていた。
それを解決するに至ったのが、ウラビティの“個性”『無重力』だった。
研究の結果、彼女の『無重力』は無重力性を人に付与するのではなく、重力が作用しない膜のようなものを付与することができる“個性”だった。
この原理を解明した天才発目明はこういった。
「じゃあ、浮かせられますね!」
雄英高校と技術提携を結び、僅か五年で『無重力』を物に付与する施設を開発した彼女はもう五年をかけてたった一つ空を飛べる“個性”さえあれば、どんな重い物でも持ち運ぶことのできる巨大飛行艇の開発に成功した。
その名は『スキーズブラズニル』
あの災禍の末開発された、人を救う大きな翼だ。
- 77125/03/09(日) 21:26:32
重力を感じさせないその大きな機体はゆっくりと光木たちの乗る車に着陸した。どうみても何十トンもありそうな見た目をしているのに、それは全く重さを感じさせない。
真っ白な機体が着陸すると、それをけん引していたであろうデクが降りてくる。
「SHOTAくん! みんな!」
「うわあデクだ!」
「デクいる!」
「マジ!? デクだあ!」
あたりは英雄の出現にパニックになっていた。だが、彼は大衆にファンサを返しつつ車の中に居る彼らのお元へと舞い降りる。
助手席から窓を開けた【彼】は緑の癖っ毛をそのままにこちらに手を伸ばすデクを見た。
「デク……」
「遅くなってごめんねSHOTAくん!」
涙目になる彼に、あの黄金を思い出させる笑顔を彼は見せた。
「僕らが、来たよ!」
機体からは大・爆・殺・神ダイナマイトと、ザ・クロウラーも現れた。太陽を背にして笑顔を浮かべる彼らに、思わず【彼】も笑って手を伸ばす。
眩しいくらい、彼らはヒーローだった。
- 78125/03/09(日) 21:27:22
‡
人を乗せるためには少しばかり時間がかかるらしい。
【彼】らは機体の準備が整うまでの間車内で待機と言う形になった。周りは野次馬が大勢車から降りて機体の撮影をしている。
「……ダイナマイトとデクがライトリーラボから協力要請を受けて新サポートアイテムの開発に取り組んでるって記事を見たんだが、まさかこのことだったとはな」
「そう言えばナイトハイドもそんなこと言ってたっけ」
彰と蓮が機体の調整に夢中で外に出て見学をし、光木はそのストッパーとしてついていった。拓哉と【彼】は同じ車内の後部座席に凭れ掛かりながら準備ができるのを待っている。
「こっから飛ばせば大体三時間くらいで着くって」
「結構ギリギリだな……」
「そう、それでさ。もうギリギリなら登場演出を変えちゃわない? って話になってて……」
拓哉から耳打ちをされ、その内容に思わず飛びのく。そんなことをしても良いと思っているのかと見てみれば「ちなみに光木は良いんじゃないですかって言ってたよ」と言われ更に驚いた。
- 79125/03/09(日) 21:28:34
「電波が通じにくいからマネさんたちには相談できてないけど、まあそこまで言ったら許してくれるでしょ」
「事後承諾かよ……」
「クロウラーが車運転してくれるからその時話してくれるし大丈夫だって」
余りにも楽観視が過ぎる言葉に少し驚くが、それでも台無しになるよりはましかと【彼】は口を噤む。
再び車内に沈黙が蔓延り、外で二人がはしゃぐ声がここまで聞こえてくる。
拓哉が手持無沙汰になったのか電波の通じない手元の携帯を弄っていると、SNSの画面が更新されている。
「……あ、電波通じた」
「ああ、そういや小型基地局も持って来たんだっけか」
デクたちがやってきた一番の理由は大規模な渋滞による人々の支援だった。どうやら得ていた情報よりもこの渋滞はかなりひどい状況らしく、これからしばらくは解消される見込みがないとのことだ。
このままでは一晩明かす者も出てくるだろうということで食料の配布と、これからさらに移動式トイレもくるらしい。
自分たちの送り迎えはどうやらついでのようだった。
早速マネージャーに拓哉は連絡をする。向こうも忙しいのか電話に出られないので、メッセージだけを送った。
- 80125/03/09(日) 21:29:22
「空飛んだら多分電波通じないんだよね?」
「通じねえな」
「出る前に話しておきたかったけど無理かあ」
拓哉は大して残念がらずにSNSを立ち上げた。
携帯画面をスワイプする音と、外の喧騒だけが響く車内は嫌に静かで心がざわつく。
「そういえばさ」
「ん?」
「昨日の夜のこと、俺なりに考えたんだけど」
どくり、と。
心臓の音が強くなった。拓哉を見ると彼もまた、【彼】の目を見ている。褐色の肌が背後の青空に映えて美しかった。
「昨日の……」
「ほら、昨日……夢に出てくる人がずっと冬の季節に居るって言ってたじゃない?」
「あ、ああ……」
そっちか、とは言わなかった。
拓哉は動揺した【彼】にあまり気を配らないようにした。SNSの画面は点いたまま動く様子はない。
「ショータはさ、あんまり冬に良い印象がないんだよね」
「……まあ、そうだな。空の色も暗いし、青空もあんまりきれいじゃねえし」
- 81125/03/09(日) 21:30:01
寒々しくて灰色がかった青空。
彩度の低い日常、まるでそれ自体が不吉なことであるかのような色彩。
頭上に広がる夏の青空とは全く違うその色を、夢の中で何度も見続けた。
「……実はさ、それって間違いなんだよね」
「は?」
「実は冬の空と夏の空って、夏のほうが彩度が低いんだって」
いきなりの雑学に【彼】は目を瞬かせる。
彩度、と言ったか。彩度はつまるところ色の鮮やかさを示すものだ。冬なのだからそれが低いのは当たり前だが、いや、今拓哉は確かに「夏の方が低い」と言わなかっただろうか。
「ね、驚くよね」
驚いて言葉が出ない【彼】に拓哉は笑う。
「なんだっけな……レイリー散乱だかミー散乱だかのせいで白っぽく見えるんだっけ? まあとにかく、空の青さは冬のほうが上らしいよ」
「そう……なのか」
「ショータでも知らないことがあるんだね、なんかちょっと嬉しいな」
- 82125/03/09(日) 21:30:53
拓哉はそう言うが、顔はあまり嬉しそうではなかった。どちらかと言えば、緊張している。
【彼】のことを傷つけてしまうのではと言う恐れがそこにはあった。それだけの決意をもって話してくれているのだとわかるだけで、胸が張り裂けそうになった。
「でさ、じゃあなんで夏の空のほうが青く感じるのか調べたんだけど、これはあんまり科学的な理由はないみたいなんだよね。だからここからはたぶんそうかなっていう予想になるんだけど」
拓哉は窓の外を指さす。
そこには白い雲が青空を悠々と横切っていた。
「夏の青空はさ、白い雲が手前にくるでしょ? それが青空とコントラストみたいになって……それでまぶしいくらいの青になるんじゃないかな」
白い雲。
言外に言わんとしていることが伝わって、喉が渇く。強がりの言葉が出た。
「だ、から何だよ」
「ショータの地毛って白くて雲みたいにふわふわしてるんでしょ?」
だが拓哉は手を緩めない。
その目は緊張しながらもうっとりと【彼】の髪を見ていた。今は真っ黒で真っ直ぐなそれに、優しく手が触れる。
- 83125/03/09(日) 21:31:54
「きっとさ、冬の深い青の空にショータの白が映えて……その人から見る青空は、もっともっと奇麗な色だったのかもしれないよ」
それを聞いて、ショータは茫然とした。
「あ、もしかして失礼なことだったかな……?」
「いや……俺には考え付かないことだったから、少し驚いて」
失礼、ではなかった。
ただ純粋に驚いた。自分の意識の外にある言葉を持ってこられた気がして。
言葉にすれば「そんなことあるわけがない。きっと冬を選んで白雲が現れたのは俺を責める意味があるはずだ」と言えたのだが、その言葉がどれ程マイナスの意味で自意識過剰なのかを自覚してしまった。
別に冬に嫌な思い出があったわけではない。それなのに、白雲朧が出てくる夢が冬だから、きっとネガティブな意味だろうと勝手に考えていた。
自分はいつから、そうやって物事を決めつけて見ていたのだろう。
あるはずのない冬の季節の夢をどうして見るのか、など。考えてもわかるわけがないことをどうして自分は今まで悲観的にだけ考えていたのだろう。
冬の背景に白雲朧がいる。ただそれだけの事実を、自分は相澤消太の贖罪の為に勝手に捻じ曲げていたのではないだろうか。
- 84125/03/09(日) 21:32:43
「……馬鹿見てえだ」
「ショータ?」
「いや、なんでもない」
こちらを心配そうに見る拓哉に笑いかける。
「そんなの意味なんてないよ」と誰かに言われるよりもずっと、胸にすとんと落ちる表現だった。
「有難う、拓哉」
「え、え、何が」
「いやな、ちょっと……物事の見方が変わったって言うか」
「え、そう?」
照れた様子の拓哉に「おう」と返事をする。
ちょうどよく、外から「準備できたぞ!」と元気な声が聞こえた来た。外では光木がクロウラーに車のキーを渡している。
「じゃあ、あとは頼みます」
「任せて! 安全運転で東京まで運ぶよ!」
声に誘われて外に出た【彼】の後を拓哉も追いかける。その時、SNS上に流れて来た一つのライブ動画が誤タップで再生されてしまった。
- 85125/03/09(日) 21:33:37
『ここまで聞いてくれてありがとうございます。今から言う言葉は、ファンの皆さんに当てた言葉じゃありません、ごめんなさい』
それは、白髪の少女が青空を背景にしているライブの動画だ。慌てて止めようとして、間違えて音量が上がっていく。
『私! まだお歌好きだよ!』
【彼】の体がぴくりと揺れた。
音源の方へと視線を送れば、拓哉が酷く気まずそうに携帯を持っている。音が喧騒の中に負けじと大きく響いて、しっかりと【彼】の耳に音を届けた。
『辛いこと沢山あった! 悲しいことも! お別れも! それでも! 今でもお歌が大好き!』
ベースの低い音が響き始める。悲鳴にも似た叫び声が、【彼】の胸を貫いていく。
『これまでも、きっとこれからも! 私は、私はきっと……!』
すう、と彼女は大きく息を吸った。
- 86125/03/09(日) 21:34:05
- 87125/03/09(日) 21:34:58
透き通るような彼女の声が、力強く人々の群れの中に響いていく。【彼】はそれを聞いて、何かを堪えるように笑った。
眉根を寄せて、堰を切りそうな感情を抑え込んで、唇の端をぎゅっと結ぶ。
少女の宣誓に促されるように、外に出ていた人々から口々に声が出始めた。
「頑張れ!」
それは、一人の少年から出た声だった。
一人の声が伝搬するように、次々に繋がっていく。
「フェス間に合えー!」
「行ってらっしゃい!」
応援が一つずつ連なって、大きな波へと変わる。
「頑張れBLACK CASE!」
「MITUKIくん頑張って!」
「TAKUYAー! ミスするなよ!」
「めっちゃ応援してるよREN!」
「頑張ってAKIRA!」
波は力となって、機体に乗り込んでいく彼らの背中を押していく。【彼】も涙を拭い、自分たちを待っている機体の中へと足を踏み入れた。
「SHOTA!」
後ろから、自分を呼ぶ声がする。振り向くと小さな少年が【彼】に手を振っていた。
- 88125/03/09(日) 21:35:42
- 89125/03/09(日) 21:36:24
‡
あたりはすっかり暗くなっていた。
BLACK CASEの出番は次だというのにまだ到着の報告はない。今到着したとしても、きっと大したことはできないだろう。
マイクは少しばかり落胆していた。
きっとオールマイトの言葉に必要以上に期待をしてしまっていたのだ。
もうすぐ前のグループの出番が終わる。つまらないものを見る目でステージを見ていると、袖の方が騒がしくなっているのに気付いた。
「なんだぁ……?」
視線を凝らすと、紫の髪に灰色の捕縛布を身に付けた青年が何本かの無線マイクを持ってステージ上へと駆けあがり人々の死角になるライトの陰に走っていくのが見えた。
ナイトハイドだ、と思った頃には前のグループのパフォーマンスが終わっていた。すると次の瞬間、ステージが真っ暗になる。
そして響き始めるのはBLACK CASEの音源。だがいつもと様子が少し違っていた。
「いつもより前奏が長い……?」
『さあ皆さんお待ちかね! ついにこいつらの登場だ!』
MCの大きな声が真っ暗闇の中に響く。
お待ちかねも何も、まだ誰も到着していないのに何をみせるというのか。そう思っていたマイクのどこか冷めた思考を、MCの次の言葉が打ち砕く。
『みんな、上を見な!』
言われて、上空を見上げた。言葉と同時に天上から光が落ちてくる。
そこには、巨大な飛行艇と……そこから飛び降りるBLACK CASE五人の姿があった。
- 90二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:36:31
涙腺の刺激され具合やばい
泣きそう - 91125/03/09(日) 21:37:08
‡
今から一時間ほど前、上空にて。
「空から登場!? この機体を使って!?」
「良いんじゃねえの派手でよ」
外で推進力として飛行艇を動かすデクと、中で万一に備えて出動準備を整えるダイナマイトの反応は両極端だった。
「でも実際、今から移動して向こうでヘアセットして衣装着替えて……ってことは無理なんですよ。なのでもうここから飛び降りて登場! したほうが良いかなと思いまして」
「衣装はどうするんですか?」
「万が一に備えて予備の衣装を持ってるので大丈夫です」
用意周到に鞄から五人分の衣装を取り出してくる光木に「お前苦労してんな」とダイナマイトから労いの言葉が漏れた。
光木はそれを軽く流すと、真剣な表情をする。
「ただ、もう上空なので携帯は通じません。細かい打ち合わせができる人はそちらにいらっしゃいませんか……?」
「そ、そんなことを言われても……」
「いや、いる」
ダイナマイトは仏頂面でそう言うと、すぐに無線を繋げた。これもまたライトリーラボが開発した、ヒーロー間で即座に繋がることのできる超長距離用インカムだった。
- 92二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:37:46
ワイはもう泣いてる
- 93125/03/09(日) 21:38:27
‡
マイクは知る由もないが、休日でフェスのチケットを自力で当てたナイトハイドは急な要請で無線マイクを現場で手渡す係にされていた。後日このことを大変申し訳なく思ったメンバーから個人的なお礼の場を設けられた彼は「まあプラスマイナスで言ったら超プラスだよね」と笑顔で答えている。
空から飛び降りて来た彼らはナイトハイドから手渡された無線マイクを手にライムの花火を背負ってステージに降り立った。
その瞬間、華やかなライトアップがされ、眩しいくらいの光を背負う。
「……相澤」
そこに居るのは、マイクの知っている相澤消太ではなかった。
キラキラの笑顔で、美しいサイリウムの海に懸命にパフォーマンスをする姿は、相澤消太などではない。
彼は、BLACK CASEのSHOTAだ。
何か脱力したようにそのステージを見ていた。ぼんやりと眺めていると、横から声がかかる。
- 94125/03/09(日) 21:39:06
「凄いね、彼」
「オールマイト」
「キラキラしてる。凄いな、別人みたいだ」
誰と比べての別人かは聞かなかった。マイクはオールマイトに適当に返事をしてステージを見る。奇麗な衣装を着てファンサをして懸命に歌う少年は、どこをどう見ても相澤消太ではなかった。
「……俺は、あいつに変わらないでほしかった」
変わっていく彼が怖かった。
また友人を失うのかと思うと辛かった。
ずっと同じところに居てほしいと、そう願ってしまっていた。
「それは無理だよマイク。人は変わっていくものだ」
「そうなんだよな、わかってた。わかってたはずだったのに」
それでも、彼を求めてしまった。
大戦が終わって、その先の幸せな未来をこれからも一緒に当たり前にみられると思ってしまっていた。
それがどれだけ浅はかな事だっただろうかと、今やっとわかる。
立て続けに二曲が終わるとMCに入る。今日は珍しく最年少の彼が喋り始めた。
- 95125/03/09(日) 21:39:53
『皆さんこんばんは、BLACK CASEです。今日は遅い時間まで居てくださってありがとうございます』
彼は話し始めた。
被災をした時のこと、大きな怪我を負ったこと、沢山辛い目に合ってきたこと。それでも決してあきらめずにアイドルを目指してきたこと。
『……最近、忙しすぎて忘れていたんです。自分がどうしてアイドルを目指したのか』
マイクの知る限り、それは白雲霞の為だったはずだ。
だが彼は一つ苦笑いをして、想像を超える言葉を放つ。
『あの日、怪我をして何もかもを投げ出したくなった時、このフェスの原点でもあるライブを見ました。凄く、凄く奇麗だった……』
彼の声はしっとりと場内に響く。
『あの時俺は自分を取り戻すために、アイドルにならなくちゃって……昔夢見ていた『キラキラしてみんなを笑顔に出来る人』にならなくちゃって思って、この夢を目指し始めたと、そう思い込んだんです』
「思い込んだ……?」
マイクの疑問は彼に届かない。
だが、彼の声は返事をするかのように響く。
『あの時、あの景色に感動したのは間違いなく俺だった』
.
- 96125/03/09(日) 21:40:37
それはハンマーで頭を殴られたかのような衝撃だった。
彼はサイリウムで作られた夜空を見ている。どういう風に映っているのだろうか。カラーコンタクト越しの青い瞳に、どれだけの星がきらめいているのだろうか。
『俺が、自分の意志でアイドルになりたいと願った。これは誰に強制されたからでもない、誰のせいでもない、俺が抱いた夢だったんです』
マイクの目が見開かれる。
何かを言おうと口を開くが、何を言えばいいかわからない。会場内はただ感動的な言葉だと思っているが、マイクにとっては違った。
ああそうか。
「お前は……あの時から、相澤じゃなかったんだな」
それはただ、納得だった。
ずっと、相澤消太が失われていくと思っていた。そうではなかった。最初から、白雲霞と相澤消太は少しずつ混ざり合ってマイクの知らない別人になっていた。
それを、かつての友人の記憶を持っているからと言う理由だけで、相澤消太であることを押し付けた。
あんなにも彼は夢に向かって走っていたというのに。
『沢山の人の声を聞いて、この偉大なステージに立って、やっと気づけた。やっと思い出せた。まだ俺は不完全だけど、これからたくさんのことを吸収して、たくさんの景色を見て、いつか誰にも似てない【俺】になっていきます』
- 97125/03/09(日) 21:41:14
- 98125/03/09(日) 21:42:09
‡
ステージが終わり、マネさんの説教を受けた【俺】はバックヤードを走る。きっとこの辺りに居るはずだと思って死線を彷徨わせていると、暗闇から「よお」と声がした。
「山田……」
「ステージお疲れさん」
山田はそう言って缶コーヒーを投げてよこした。ベンチに座っている彼の横に座り、プルタブを上げる。
「ステージ、見たよ」
「……そうか」
「ごめんな、今まで」
出てきた言葉に、特に驚くことはなかった。
【俺】も、山田もずっとそうだったから。相澤消太と言う過去に縋って、変化を恐れて傷をなめ合った。もし今回の件に誰が悪いかという話をするのなら、それはきっと【俺】たちの共犯だろう。
「俺の方こそ、ごめん」
「なんで謝るのよ、お前が」
「お前はずっと俺を支えてくれてただろ」
「……俺は、お前が相澤だから支えてただけだよ」
それもきっと本心だろう。
- 99125/03/09(日) 21:42:43
白雲朧の甥で、相澤消太の記憶を持っている【俺】だから山田は献身的に支えてくれていた。
それがなくなったのなら、もう。
「悪いが荷物は適当にまとめてお前の家に送り返す。理由は……精神的に不安定なお宅のお子さんをお預かりするのは無理だ、ってことで親御さんには俺から」
「山田!」
話を進めようとする山田の前に立ちふさがる。コーヒーは一気飲みした。そのせいで口の中が苦い。
「……ショータ?」
「家……はたしかに出ていく必要がある。今のままだと俺はまたお前に甘えて、楽な方に流されちまうから」
「……ああ」
「でもっ!」
座ったままのマイクの目を見て、【俺】は自分のカラーコンタクトを外して床に捨てた。久しぶりにレンズ越しではない視界で世界を見る。
「お、おい」
「でも、友達のお前まで、失いたくない!」
「っ……」
山田が優しくしてくれたのは相澤消太だったからなのは間違いない。それならばこれから先、【俺】が一緒に居るメリットはこいつにはない。
- 100125/03/09(日) 21:43:42
それでも。
そうだとしても!
「お前と一緒に食べる飯美味かったよ」
「そ、そりゃ……」
「一緒に馬鹿みてえな話をした時も、凄い楽しかった」
「それは、お前が相澤だと思ってたからで」
「公開ラジオで『Hero too』を歌った時は!? あれもお前はおれを相澤だって思ってたか!?」
山田の言葉が詰まる。
そうだ、山田だって無意識に気づいていたはずだ。全部が全部、あの頃の俺じゃないって。それでも、一緒に居るのが心地いいって。
「また飯を食いに行きたい」
山田の瞳が揺れる。
「また一緒に遊びに行きたい」
何かを堪えるように目を瞑る。
「またお前と、お前と馬鹿みてえなことがしたい!」
大きく、大きく、山田が項垂れた。
「……山田」
「……わかってんだよ、俺だって。お前のこと、相澤じゃない普通の友達だと思い始めてたって」
- 101125/03/09(日) 21:44:51
それを力強く握り返してやれば、年を取って皴のある顔がくしゃりと歪んだ。
「こんなおっさんが友達で良いのか?」
「お前が友達なのが良いんだろ」
「そっか……そっか。そうだな、俺も、それが良い」
たくさんある感情を飲み込んで、山田は俺の手を握って立ち上がった。
恋人よりも遠くて、他人よりは近い距離で、俺の隣に立つ。その瞳は何よりも優しくて、コイツの中で俺はもう相澤消太ではないのだとわかってしまった。
自分で自覚したことなのに、それでも胸が痛む。
「俺も、お前と友達でいたいよ。だってお前といると楽しいんだからよ」
楽しいから一緒に居る、そんな単純なことですら【俺】たちは難しくなってしまった。
- 102125/03/09(日) 21:45:29
- 103二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:46:13
うわぁぁぁぁぁあ(´;ω;`)
- 104125/03/09(日) 21:47:23
- 105125/03/09(日) 21:50:48
- 106二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:53:11
- 107二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:57:08
泣いた
鳥肌が凄いよ…
そうだよね…
死んだ人は生き返らないから受け入れなきゃいけないから…
絶対的な不変はないし…
なんか人生の教科書みたいなテーマだった
とりあえずお疲れ様スレ主
最高の小説をありがとう - 108二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 21:58:52
余韻がすごいわ
今まで勝手にショータだけに焦点当ててたけど確かに山田もずっと相澤消太に縋り付いてたんだよな
2人の置いてけぼりだった気持ちに一区切りつけてやっと前向いていけるって感じが明るいけどちょっと寂しい感じもあって、なんかこう、、凄かった、、、
色々感想浮かんでたけど感動で語彙消えちゃった - 109二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:04:26
余韻が…余韻が凄い…
終わったけどここからがまたスタート感があるの凄い
俺らが知らんところで成長してくんだなって…ごめん感情移入やばくて語彙力が…
時々自分にもぶっ刺さる文章書くから余計に読み言ってしまう - 110二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:05:37
>一人の男が横たわっている。微弱に心臓を動かす音だけが響いている。その男が、不意に目を覚ますのだ、そして酸素マスク越しにマイクの名前を呼ぶ。
あ…この世界の先生は死んだんだ…
っていう事実を突きつけてくるような文だった
語彙力が足りないけど
スレ主の表現力が凄かった
なんだろう、マイクの不安とかそういう感情が入り混じった感じが凄い分かる
ありがとうスレ主
- 111二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:12:13
これ本当に無料で読めてええんか?
めちゃくちゃ語りたいけどまだ余韻に浸っていたくもある…でもめちゃくちゃ語りたい…
本当にいい話だった… - 112二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:15:39
スレ主の過去と今を繋ぐ表現がめちゃくちゃ好き
上でも出てるマイクが死にかけの先生を見てるところだったり光木が小さい頃のショータの手を引くところだったり
ほんまこの人すげえよ…ありがとう…ありがとう… - 113二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:24:24
マイクの懺悔で泣きそうになってエリちゃんの言葉で泣いたところに最後の2人のやり取りで涙腺にとどめ刺された
まだ余韻で言葉がまとめられないけど本当にこの話が読めてよかった
ありがとうスレ主 - 114二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:25:58
> たくさんある感情を飲み込んで、山田は俺の手を握って立ち上がった。
> 恋人よりも遠くて、他人よりは近い距離で、俺の隣に立つ。その瞳は何よりも優しくて、コイツの中で俺はもう相澤消太ではないのだとわかってしまった。
ここの言葉選び美しすぎんか?
- 115二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:39:24
このレスは削除されています
- 116125/03/09(日) 22:42:13
感想いっぱいありがとう
でもごめん本当眠い力尽きた寝るね
このスレでシリーズに関しての感想は好きなだけ書いてもらって構わないんだけど来週以降は暫くドル澤更新しないのでもし熱が冷めそうになかったら単独で感想スレ立てるよ
ここまで付き合ってくれてありがとう
おやすみ - 117二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:50:30
うそ...後日談ないの...?
いや教え子たちにバレるのは面白いけどせっかく前を向いてるところを振り向かせちゃ悪いかぁ
どうしても見たいなら妄想で我慢かな - 118二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 22:58:30
前世バレ正直期待してたけどこのエンディング見たらそれは野暮だな…になっちゃった派
スレ主の体力が持つなら後日談はめちゃくちゃ見たい - 119二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 23:09:46
こんな超大作書いたらそりゃ疲れるわ
ゆっくり休んでくれスレ主
また好きたように好きな話書いてくれ - 120二次元好きの匿名さん25/03/09(日) 23:40:30
定かではないけど2万文字以上は確定だからな…
ゆっくり休んでくれスレ主