トレーナーさん、貴方のを吸わせてくれるかな？

1二次元好きの匿名さん22/03/20(日) 20:52:56

　甘い匂いが鼻を過るが、くどくはない。普段の呼吸より少し長めに、水がブクブクと音を立てるくらいの強さで吸うようにとトレーナーさんが教えてくれるので、吸う。

「けほ………凄いね、これ」

「シーシャは慣れないと、ちょっときついかもね。でもお酒を飲みながら、ゆっくりとこれを吸うのが結構好きなんだ」

　成人になってから、偉い人から煙草勧められることが増えた。その度にトレーナーさんや自分がアスリートだから強く断ってきたのだが、ちょっと興味が湧いたのだ。

　だからって、私もアスリートの端くれ。煙草など買うなんてもってのほかだ。とはいえ気になるものも気になるのでトレーナーさんに相談したら、彼は眉を顰めて、暫く唸った後に、一回だけ。と条件付きで彼のお気に入りの店を紹介してくれた。

「フジキセキ。無理はしないでくれ。普通の煙草に比べればだけど、体に害がない訳じゃないんだ」

「わかってるよ。私はもういいかな。すみません、シンデレラください」

　ノンアルコールカクテルを傾けながら、トレーナーさんがシーシャを吸う姿に目を向ければ甘い香りが届く。それは彼がつけている香料からではない。

「そのシーシャ甘い匂いがするよね」

「ああ、煙草の匂いを漂わせるよりも幾分かいいだろう？　本来は煙草自体ご法度だけどな」

　彼は目を閉じ、これ以上美味いものは無いかのようにゆっくりと丁寧に煙を吸い込んでいく。
あまりにも美味そうに吸う彼を、他に見るべくものない私はまじまじと見る。

　ゆっくりと吸い込み吐き出された紫煙と共に、ふわりとしたバニラの香りが２人の間を縫うようにして広がっていった。

2カルビ22/03/20(日) 20:57:41

　──煙草を吸う姿が綺麗だと思った。

　すぱすぱとせわしなく吸う者や、ぼそぼそと背筋を丸めて吸う者を見る度に、私は煙草を吸う姿を好ましいとは思えなかった。

　吐き出す煙の匂いが染み付く以上に、その姿が見っともなく、『汚い』とさえ思っていた。
だが、彼は静かに、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

　時間にせっつかれているわけでもなく、煙草に飢えて飢えて仕方がないというわけでもない。
　何となく、吸いたくなったから吸っている。さり気無く。

「好きだなぁ………」

　彼の姿に思わず洩れた言葉、それに気づいて慌てて口を塞ぐが、意地悪そうに笑った彼を見て聞こえていた事を察する。

「いや、あまりにもトレーナーさんの姿がかっこよくて、つい──」

「フジキセキ」

　取り繕うような言葉を遮るように、私の顔にシーシャの煙を浴びせられる。その意味を知ってか、知らずか、少なくとも私は知っていて。

「お会計を」

　彼は私の頭を撫でて、お会計へ足を進ませる。残された私は帰って来るまで、顔から熱がひかなかった。