- 1二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:51:14
- 2二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:51:55
チセ…本燃やしたのか……?
- 3二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:52:48
燃やすね〜(焚書)
- 4二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:52:51
し…始皇帝…
- 5二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:53:10
すいませんこれ原作通りなら服がボロボロになるんですが...
- 6二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:54:42
おかしい、チセも本は好きだったはず・・・
好みの差か? - 7二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:55:07
チセ*テラーかもしれぬ
- 8二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:57:10
ウイは、村の司書である。本を読み、古文書を解読して暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ウイは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。
- 9二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:59:23
ウイには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹のdice1d159=55 (55) と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人のdice1d159=50 (50) を、近々、花婿として迎える事になっていた。
- 10二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 19:59:51
ほう、スズセリですか
- 11二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 20:00:14
この村トリニティ村だろ
- 12二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 20:01:43
結婚式も間近かなのである。ウイは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。ウイには竹馬の友があった。dice1d159=86 (86) である。
- 13二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 20:06:29
今は此のシラクスの市で、警官をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにウイは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなウイも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆(dice3d159=10 21 73 (104) )をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。
- 14二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 20:08:46
若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてdice1d159=66 (66) に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。
- 15二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 20:21:43
老爺は答えなかった。ウイは両手でナギサのからだをゆすぶって質問を重ねた。ナギサは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「王様は、本を燃やします。」
「なぜ燃やすのだ。」
「悪書を持っている、というのですが、誰もそんな、悪書を持っては居りませぬ。」
「たくさんの本を燃やしたのか。」
「はい、はじめは王様の妹婿さま(dice1d159=101 (101) )の本を。それから、御自身のお世嗣よつぎ(dice1d159=139 (139) )の本を。それから、妹さま(dice1d159=20 (20) )の本を。それから、妹さまの御子(dice1d159=60 (60) )さまの本を。それから、皇后さま(dice1d159=121 (121) )の本を。それから、賢臣のdice1d159=149 (149) 様の本を。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、本ひとつずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば無理矢理奪われて、燃やされます。きょうは、六十六冊燃やされました。」
聞いて、ウイは激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」
- 16二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 22:07:50
ここまで被りゼロ
- 17二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 22:46:18
ウイは、単純な女であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼女は、巡邏の警吏(dice1d159=133 (133) )に捕縛された。調べられて、ウイの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ウイは、王の前に引き出された。
- 18二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 22:48:58
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君チセは静かに、けれども威厳を以って問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
- 19二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:00:12
「本を暴君の手から救うのだ。」とウイは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」チセは、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、私の孤独がわからぬ。」
「言うな!」とウイは、いきり立って反駁した。「本の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、私に教えてくれたのは、おまえたちだ。本の心は、あてにならない。本は、もともと偽物のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟やき、ほっと溜息をついた。「私だって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどはウイが嘲笑した。「罪の無い本を燃やして、何が平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。私には、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、本を燃やし尽くしてから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」 - 20二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:03:20
「ああ、王は悧巧だ。自惚ぼれているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市に合歓垣フブキいう警官がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人の本を燃やして下さい。たのむ、そうして下さい。」 - 21二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:10:09
それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの女の本を、三日目に燃やしてやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、私は悲しい顔して、その身代りの女の本を焚書に処してやるのだ。世の中の、司書とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りの本を、燃やすぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。本が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
ウイは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
竹馬の友、合歓垣フブキは、深夜、王城に召された。暴君チセの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ウイは、友に一切の事情を語った。フブキは混乱しながらも無言で首肯き、ウイをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。フブキは、縄打たれた\ガッ/。ウイは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。 - 22二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:13:13
ウイはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹、セリナも、きょうは姉の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る姉の、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく姉に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」ウイは無理に笑おうと努めた。「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
ウイは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。 - 23二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:21:04
眼が覚めたのは夜だった。ウイは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。スズミは驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。ウイは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気に歌をうたい、手を拍った。ウイも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。ウイは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。ウイは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。ウイほどの女にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
- 24二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:21:19
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの姉の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの姉は、たぶん偉い女なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
花嫁は、夢見心地で首肯ずいた。ウイは、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹とこの子(本)たちだけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、私の妹になったことを誇ってくれ。」
花婿は揉み手して、てれていた。ウイは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。 - 25二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:23:27
ここのウイは信じられないくらい活動的だな
- 26二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:27:08
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。ウイは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って王の前に立ってやる。ウイは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、ウイは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友と本を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から本を守れ。さらば、ふるさと。若いウイは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。ウイは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。 - 27二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:29:11
妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、ウイの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵こっぱみじんに橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に浚さらわれて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。ウイは川岸にうずくまり、泣きに泣きながらサクラコ様に手を挙げて哀願した。
- 28二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:32:05
「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達の本が、私のために燃えるのです。」
濁流は、ウイの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はウイも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、シスターフッドも照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。ウイは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、サクラコ様も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。ウイは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。 - 29二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:33:33
一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊(dice5d159=8 121 118 141 19 (407) )が躍り出た。
- 30二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:34:59
- 31二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:37:42
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「放しません。持ちもの全部を置いて行きなさい。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
山賊たちは、ものも言わず一斉に銃を構えた。ウイはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その銃を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を撃ち倒し、残る者のひるむ隙すきに、さっさと走って峠を下った。 - 32二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:41:36
一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、ウイは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たウイよ。真の勇者、ウイよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友の本は、おまえを信じたばかりに、やがて燃やされなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしくチセの思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。サクラコ様も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
- 33二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:43:32
けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な女だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。フブキよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、フブキ。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。
- 34二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:46:10
フブキ、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りの本を燃やして、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。
- 35二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:48:31
私は、おくれて行くだろう。チセは、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。フブキよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。あの子たちもある。妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それがキヴォトスの定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
- 36二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:50:56
ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにウイは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労回復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を犠牲に、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! ウイ。
- 37二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:54:08
私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。ウイ、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、本を守る司書として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、サクラコ様よ。私は生れた時から正直な女であった。正直な女のままにして死なせて下さい。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、ウイは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯さっとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの女の本も、焚き火にかかっているよ。」ああ、その本、その女の本のために私は、いまこんなに走っているのだ。その本を燃やさせてはならない。急げ、ウイ。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。ウイは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。 - 38二次元好きの匿名さん25/03/11(火) 23:55:13
「ああ、ウイ様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」ウイは走りながら尋ねた。
「dice1d159=137 (137) でございます。貴方のお友達合歓垣フブキ様の弟子でございます。」
- 39二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 00:52:47
「もう、駄目だ。走ってももう、あの方をお助けになることは出来ない。」
「いや、まだ陽は沈まない。」
「ちょうど今、あの方の本が焚書になるところです。ああ、お前は遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まない。」ウイは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめろ!走るのは、やめろと言っているんだ…!いまは自分自身の命が大事だ。あの方は、お前を信じて居たんだ。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、ウイは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子だった。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い!朝霧スオウ。」
「ああ、お前は気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。もしかしたら間に合うかもしれないからな。走るがいい。」 - 40二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 00:55:52
言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、ウイは走った。ウイの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、ウイは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その本を燃やしてはならぬ。ウイが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれて嗄がれた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに焚き火の火は燃え上がり、フブキの最初の本がくべられようとしてゆく。 - 41二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 00:58:19
ウイはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、刑吏! 燃やされるのは、私だ。ウイだ。彼と本を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、火の中に飛び込みそうな本を、掴んだ。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。合歓垣フブキの本は、守られたのである。 - 42二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 01:00:46
「フブキ。」ウイは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
フブキは、すべてを察した様子で首肯ずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くウイの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑ほほえみ、
「ウイ、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
ウイは腕に唸うなりをつけてフブキの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。 - 43二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 01:03:11
群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君チセは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは、私の心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、私をも仲間に入れてくれまいか。どうか、私の願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、王様万歳。」
ひとりの少女(dice1d159=40 (40) )が、緋のマントをウイに捧げた。ウイは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
- 44二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 01:04:09
「ウイ、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、ウイの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
司書は、ひどく赤面した。 - 45二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 01:04:42
_____終_____