【SS】恋人同士になった星南さんと学Pの話

  • 1◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:35:34

    以前書いたssの続きがついさっきいい感じに書けたから見て欲しくてスレ立てました。
    P星南の砂糖漬けです。

  • 2◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:36:05
  • 3◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:38:49

    恋人同士になった星南さんと学Pの最初の一日です。

    ↓↓↓以下連投↓↓↓

  • 4◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:40:12

    私の二十歳の誕生日。
    先輩…私のプロデューサーと、想いを交わした夜。

    彼と愛を伝えあい、少し経った頃。
    グラスに注がれた、かすかに泡立つ淡いピンク色のワインが少しだけ量を減らした頃。
    大きなソファで二人、膝が触れるような距離で、私と彼はこれからのことを話していた。

    「星南さん、俺たちは恋人になることを約束したとはいえ、アイドルを明日から引退というわけにはいきません」
    初めて飲むお酒の苦み、渋みを味わいながらグラスを傾ける私に、彼が言う。
    私たちは、ようやく お互いの照れも収まって、正面を向いて話せるようになっていた。
    彼はワインの一杯程度で酔っ払うことは無いと言っていたけれど、あれだけ緊張したり泣いたりと慌ただしかったからか、ほんのりと顔を赤くしている。
    私も彼も、今日はこの一杯だけ。二人で楽しむほど飲めるのは、きっともっと味わいを覚えてからだと思う。
    「ええ、もちろん。 私の大切なファンに、しっかりと筋を通してからでないといけないわ」
    …そう、ただでさえ私は今、アイドルであることよりも一人のひとを愛すると決め、多くのファンを裏切ってしまっている。
    だからこそ、私はもう二度と裏切ってはいけない。
    最後の瞬間まで、全力でアイドルとして輝き燃え尽きる。それが私の…アイドルとしての最後の使命。
    私は彼にそう返しながら、少しずつお酒を口にする。
    なんとなくだけれど、今飲んでいるお酒には慣れてきた私は、少しずつ飲み進めるペースを早めていた。

  • 5◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:40:48

    なんとなく顔が熱くなっているのは、熱意か先ほどのやりとりのせいか、はては お酒が原因かは、ちょっと分からない。
    けれど、こんなふうに彼と話ができて、これからのことを話し合えて…とっても安心する。
    想いを伝える前はもしかすると、すべてを失ってしまう可能性がちらついていて、どうしようもない不安が付き纏っていたから。
    だから、こんな幸せを手に入れてしまった私は、十王星南という責任を果たさなければならない。
    彼と私の、二人で。

    「つまり、引退までは大手を振って恋人同士というわけにはいかない…ということになります」
    彼はグラスのワインをスッと飲み干すと、冷静に現状の認識合わせを進めていく。
    その飲む姿がなんだか大人を感じさせて、その喉の動きに見惚れてしまった。
    彼のなんでもない仕草が、どうしてかは分からないけれど、なんかだとっても素敵に思える。

    …いや、そんな話をしているんじゃない。私の引退が完了するまでは、あくまでも彼は私のプロデューサーだということだ。
    私のアイドルとしての矜持を、信念を尊重してくれているからこそ、彼はプロデューサーとしての責任を最後まで果たす覚悟なのだろう。
    「そう、…そうよね」
    少しだけ、ほんの少しだけ寂しさが襲い、うつむいてしまう。
    彼は私の恋人なのに、引退まで、我慢なんて。
    …そんなこと、本当にできるのかしら?
    誰にも見つからないようにすることも許されないの? 本当に?
    燕も、パフォーマンスに影響するからって言っていたけれど、私は、がんばったらできる気がする。
    彼にもファンにも、みんなに愛を届けて引退まで駆け抜けてみせるから。
    …だから、もっと、恋人らしくしたい…。

  • 6◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:41:28

    「引退時期については、諸々調整は必要ですが…来年に予定していたライブツアーを、引退ツアーとすることになる可能性が高いですね」
    彼の声が、聞こえているようで聞こえてこない。耳に入らず音が滑っていく感覚。
    どうしたんだろう。ぽーっとして、彼の低い声が私の胸を打ち、その姿がとても愛おしく見えてきて…。
    私は、そんなに、彼と話もできないほど、ばかになっちゃうほど好きなのかしら…。
    「まだ星南さんのご家族にも報告していませんから、帰ってからは忙しくなりますよ」
    彼が、なにか言っている。きっと私に愛を囁いては、いない。
    どうして? 私はこんなにあなたを愛しているのに。何かを喋るあなたに夢中になっているのに。
    あなたはどうして、少し頬を赤くするだけで、涼しい顔をしているの?

    「お父様は、どう仰るかしらね…。あなたのこと、気に入っているみたいだけれど…」
    私ではない私が、返事をしている。
    ふわふわと、他人事のように聞こえる自分の言葉を聞き流しながら、私はグラスのお酒を飲もうとした。
    けれど話をしながら飲み続けていたから、気がつけば私のグラスは空になっている。
    ぜんぶ、飲んじゃった。
    でも、けっこう美味しかったな。こんなにふわふわな気分が、ほろ酔いってことなら、もっと飲んでみたかったな。
    彼にお願いしても、ダメって言われてしまいそう。
    そういうところは、優しくないから…。

  • 7◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:42:24

    「俺も責任を持ってお話ししにいきますから、きっと大丈夫ですよ。 星南さんは、担当アイドル達にもお話し頂く必要がありますね」
    …まだ、なにか、言っている。
    少しだけ顔を上げて、彼の顔を見る。
    先輩、すてきね。その顔も、首も肩も体も、ぜんぶ、格好良くて、好き。
    なんだっけ。そう、担当アイドルに説明しないと。私の可愛い…ことね達に。
    「わたしの、可愛いことねに…ね。 世界一可愛い、私のライバルに…」

    そう言うと、彼は不思議そうな顔をして、はい?と返事をしてきた。
    どうして? 何がおかしいというの?
    「私のことねは、世界一可愛いじゃない!」
    彼を、じろりと睨みつけてやる。顔をいっぱい近づけて、すごく怖がらせるくらい。
    私のことねを馬鹿にしたら、許さないんだから。

    「は、はい。 藤田さんはとても可愛い方ですね…」
    彼が、困った顔でそう答えた。
    そうでしょう?ことねはとっても可愛いもの。
    …でも、なぜだか、もやもやしちゃう。
    彼が、ことねのこと、可愛いって認めてくれたのに。
    …なんで、私以外の女の子にかわいいっていうの?
    彼と、恋人になってから、私…まだ、かわいいって言ってもらってないのに。
    他の女の子にばっかり言っちゃ、やだ。

    「私はぁ?」
    不意に、ワッと大きな声がでた。
    驚かせてしまったのか、彼は え?と気が抜けた返事をする。
    …え?って、なに?
    なんで、わたしのきもち、わからないの?
    プロデューサーなら、わたしの気持ち、わかって当然でしょう…。わたしの、恋人なのだし!

  • 8◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:43:15

    「どうして、ことねにだけ可愛いって言うの? 私が、あなたの恋人なのに…」
    ふらふらと頭を揺らしながら、私は彼を問い詰め続ける。
    私を一番に褒めてくれない彼にもやもやしてしまって、なんだか悲しい気持ちになってしゅんとしてしまった。
    わたしは、彼のこと、いちばんかっこいいって思ってるのにな。

    頭がゆらゆらと落ち着かないから、彼の肩に乗せてしまった。
    彼の肩だ。頼もしくって、優しくって、ときどき意地悪だけど、わたしのかかえていたもの、半分こしてくれた肩。
    大好きだな、この肩も、彼も。ずっとこうしていたいな。
    「なるほど、ワイン一杯でこうなりますか…」
    そんなしあわせな気持ちなのに、彼は余計なことばっかり言うのだから、困ってしまう。
    まだあなたのこと、許してあげてないのに、余計なことばっかり!
    「話の腰を折らないでちょうだい!」
    そう言って叱ると、彼はまた眉間をつまみながら頭を悩ませ始めた。
    ふん、私以外の女の子ばっかり褒めるからよ。せいぜい困りなさい!

    「…星南さんが、いちばん可愛いですよ」
    彼は、困ったような、けれど柔らかい笑顔で、わたしにそう言った。
    …うれしい。先輩がわたしのこと、褒めてくれてる。
    でも、本当に思っているのかな。あなたって、口が上手だから、ごまかされているかも。
    とっても、とっても不安になってしまう。
    だって、ことねのこと可愛いって言って、わたしのこと可愛いって、なかなか言わないから。
    そんなの、恋人なのに、ずるい。

  • 9◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:44:01

    「…ねえ、ごまかしてない…?」
    彼の肩にもたれたまま、彼の服を掴む。
    掴んだり、ひねったり、いじくりまわしていると、なんだか楽しくなる。
    彼の肩に頭をぐりぐりと擦り付けて、いっぱい甘えてみる。
    …なんだか、また私ばっかり。あなたも、もっとわたしにさわったり、甘えたりして欲しい。

    「んん~~〜………もっと私に触れて…」
    ぐりぐりするのを止めずに、彼に気持ちを伝える。
    すると彼は、小さい溜め息をついたあと、私の頭を撫で始めた。
    …うれしい。彼に触ってもらえている。だいすきなひとに触ってもらえるのって、ほんとうに幸せ。
    「ふふっ、だいすき…♪」
    うれしくて、顔がふにゃふにゃになってしまうのがわかった。
    彼はなんだか変な顔をしているみたいだけれど、きっとわたしと触れ合ってしあわせなんだとおもう。
    こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
    時間が溶けていくような、そんな感覚の中で、私は彼に撫でられている幸せを噛み締めていた。

    ずっと噛み締めていた。
    彼が立ち上がって、歩き始めたときも。
    わたしは彼の腕を掴んではなしてあげなかった。わたしから離れようなんて百年早いんだから。
    けっこうおおきな声で喋ったつもりでも、なんだか声が聞こえにくい。声が小さくなっているのかも。
    わたしは彼に届けたい愛情を言葉に乗せて、彼に聞こえるようにたくさんたくさん喋った。
    たくさん、たくさん、喋り続けた。

    十王家の、迎えの車の中で、正気に戻る瞬間まで。


    ーーー

  • 10◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 02:46:27

    寝落ちしそうなので残りは明日起きてからにします🙏🙏🙏

  • 11二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 02:52:30

    にやけが止まらない

  • 12◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:39:47

    続きいきます!
    ↓↓↓以下連投↓↓↓

  • 13◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:41:22

    帰りの車の中。
    私は、後部座席で彼の腕にしがみついている状態で、正気を取り戻した。

    冷や汗が止まらない。
    経験したことがないから分からないけれど、たぶんこれは悪酔いというものではない。
    少し眠いくらいで、頭痛は無いし、気持ち悪さも無い。
    原因らしいものといえば、迎えに来た屋敷の運転士に醜態をさらし続けていたということ。
    そして、彼に対して行ったことの記憶が、完全に残っているということ…。

    彼の顔を見ることができない。何も言わないのは、きっと呆れて物が言えないのかも知れない。
    いまさら飛び退いたって、かえって状況を際立たせるようで恥ずかし過ぎる。
    かといってこのまま腕にしがみついた状態で屋敷に到着してしまうと、それはそれで非常にまずい。私はもうおしまいよ。

    「星南さん、そろそろ酔いは覚めましたか?」
    彼が、優しいけれど少しだけ呆れた声色で、私に話しかける。
    年貢の納めどきだった。嘘を貫くにはあまりにも間抜けな状況だから。
    「…ごめんなさい」
    私は、体を起こしてそっと彼から離れた。
    彼から伝わっていた体温が、私の体から失われていく。
    …恥ずかしかったけれど、寂しい。寂しいから彼にもう一度触れたいけれど、屋敷の者の前でそんなことはできない。
    なんだか情けなくって、私は窓際に肘をついて外を見た。

    「今日は初めての飲酒ですから、無理はしないで下さいね。 まだ顔も赤いですよ」
    恥ずかしいから彼の顔が見られないけれど、あの すまし顔で言っているのが想像できた。
    癪だけれど、自分が招いたことだから、仕返しはしないでおいてあげる。
    赤い顔を隠すために、私は肘をついたまま髪で口元を隠した。
    「…まだ、酔っているだけよ」


    ーーー

  • 14◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:41:59

    「十王社長。私と星南さんは、星南さんのアイドル引退をもって正式に交際させて頂く約束をしました」

    翌日。
    私たちは、100プロダクションの社長室を訪れていた。
    お父様に、彼との交際を認めて頂くために。
    私の今後について報告するために。

    お母様には昨晩、帰ったその足で直接報告したけれど、やっぱりぜんぶお見通しだった。
    酔ってもいないのに赤い顔をした私を見て笑っていたお母様は、なんだか嬉しそうで…少しだけ寂しそうだった。
    別に、まだお付き合いをするだけなのにそんな顔をしなくても、と思ったけれど。
    それだけで終わりそうにないと、お母様から見れば一目瞭然だったのかも知れない。

    そして今。ちらっと隣に立っている先輩を見ると、息を呑んだのが分かった。
    ただでさえ緊張するであろう相手に、報告が報告だからだろうか、彼の緊張たるや凄まじいように見える。
    普段の仏頂面に見えて、明らかにそれよりも固まった顔で冷や汗をかいていて、ちょっとだけ不憫だ。
    けれど、私たちのために、これだけの緊張を押してこの場に立ってくれているという事実だけで、私は嬉しくなる。
    私の恋人が、私との交際を認めてもらうために、私のお父様にご挨拶を、なんて。
    なんだか仰々しくって、嘘みたいだけれど。
    そんなシチュエーションが私にも来るなんて、と、そんなことに感慨深さを覚えていた。

  • 15◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:42:42

    「妻から大体の話は聞いている。 おめでとう」
    しかし、私たちが交際するに至ったことを彼が報告すると、お父様は一言目にそう言った。
    感慨深さもあっという間に飛んでいく速度で交際は認められてしまい、呆気にとられてしまった。
    お父様もお父様で完全な仏頂面だから、まったく祝われている感覚が湧き上がってこない。
    彼も完全に面食らってしまっているようだけれど、目一杯の平静を装っているのは見て取れた。
    「…ありがとう、ございます。 失礼ながら、反対されてもやむを得ないと思っていましたが…」
    安堵しながらも動揺を隠せない様子で彼はそう返すも、お父様は淡々とした様子を崩さない。

    「なんの覚悟もなく交際を申し込み、星南をアイドルから引退させるような人間ではないだろう、君は」
    当然のように、お父様は彼をそう評価した。
    その言葉には、私としてもまったく異論は無いのだけれど、お父様がそんなふうに誰かを評価することは驚きだった。
    彼とお父様が仕事中どんな様子でコミュニケーションを取っているのかは見たことが無いけれど。
    既にお父様に信頼されている彼を…恋人を、私はことさら頼もしく感じていた。

  • 16◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:43:18

    「二人の意見が一致しているのなら、好きにしなさい」
    お父様は表情一つ変えず、淡々と言葉を並べる。
    相変わらず部屋の空気が重く圧しかかるようだけれど、決して否定的で刺すような重圧を感じない。
    きっとこれは、私たちが勝手に緊張しているだけなのかも知れない。
    自分のやりたいことを言って、否定されませんように。なんていう子供心。

    「引退までのプランは早めに提出しなさい。 来年のライブツアーを引退ツアーにする想定だろうが、告知を考えるともう動かなくてはいけない」
    私たちの感情が整理されるのも待たず、お父様はつらつらと言葉を続ける。
    彼とおおよそ計画していた内容も言い当てられ、彼も返事に窮しているようだった。

    「…はい、その想定です。 では早急に星南さんの引退までのプランを作成して、提出致します」
    そう言った彼の目を見たお父様は、数秒、黙っていた。
    彼の様子から何かを察したのか、普段の社長としての父とは少し違う空気を醸し出している。
    「忘れていそうだから言っておくが、君のご両親への報告を忘れないように。子が独立するのは我が家だけではない」
    またもや意外な言葉に、彼が面食らう。
    私も、お父様がこんなことを言うのか、という驚きで、咄嗟に言葉が出なかった。
    なんだか今日は、お父様のイメージが二転三転する日だ。

  • 17◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:44:02

    「それと星南、引退まで節度は守るように。 親としての助言は以上だ」
    それだけ言うと、お父様はいつも通り、話は終わったと目線をデスクに向けた。
    …親としての助言。最後の言葉は余計だけれど。
    お父様の、時折見せる意外な人間性には、そのギャップに毎回驚かされる。
    けれど、なんだか温かくて、不思議な気持ち。
    親子らしい交流は少なくなって久しいけれど、お父様は心から祝福してくれていると感じていた。
    だってお父様、"わかった"でも"構わない"でもなく、"おめでとう"って言ってくれたもの。

    心の底から、ほっとする。
    ああ、よかった…。例えどんな結果でも、彼と添い遂げる気持ちは曲げないつもりでいたけれど。
    それでも、大切な家族に祝福してもらえるかどうかは、とっても大きなこと。
    ありがとう、お母様、お父様。
    私は、彼と一緒に、幸せになるわね。


    ーーー

  • 18◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:45:26

    夜。
    私の両親に、交際を報告した夜。
    私は、彼の部屋を訪れていた。
    恋人になって初めての、彼の部屋に。

    「プロデューサー、私、ずっと前からこうしていたかったの」
    私と彼は、同じソファに隣り合って座っていた。昨晩のように、肩を寄せ合って。
    夕食を食べ終わって、お風呂に入っている時間さえも なんとなく寂しく思えてしまって。
    私はお風呂を出て身支度を終えたあと、その足で先輩の部屋を訪れてしまっていた。

    「あなたと一緒にいて、声を聞いて、肩を触れ合って。私、とっても幸せよ」
    先輩とは、これからのことを話した。
    引退までは、お互いの部屋でだけ恋人同士でいよう、ということ。
    だから、いまこの部屋にいる私たちは、正真正銘の恋人同士だ。
    私は、我慢してきていたことから解放されたことが嬉しくて、ずっと彼に愛を伝えていた。
    私の気持ちをたっぷり乗せた、愛の言葉を。

    「あなたはいつも私に触れないけれど、私だってこうして恋人同士になるまでは、ずっと我慢していたのよ?」
    彼が難しい顔をしても、照れた顔をしても、この想いを伝えることを諦めなくていいなんて。
    あなたに、もっと伝えてあげたい。私の気持ち。
    きっと彼も、ずっと我慢していたはず。 今日だって、私から愛を伝えられる時間なんて、一度も無かったもの。

    「あなたが難しい顔をするときは、きっと我慢していたんでしょう? もう、そんな顔しなくてもいいわ」
    彼の肩に頭を乗せ、指先で少しだけ彼の腕に触れる。
    まだ、そんなにたくさん触れるのは、ちょっと難しいけれど…。でも、例え指先でも彼を感じるには十分だ。
    「…あなたの息遣いも、声も、とっても安心するの。 あなたがちょっとだけ意地悪な時の声色も、本当は大好き」
    この部屋では恋人同士でも、それでもまだ、何もかもを手放したわけではないから節度は守る。
    べたべたと、みっともないスキンシップはしない。私たちはまだ、担当アイドルとプロデューサーでもあるのだから。
    だから、私はせめてもの想いで、私の愛を彼に伝えるの。

  • 19◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:46:27

    「ねえ、プロデューサー。 …あなたの、その目が好き。声も好き。手も、髪も、振る舞いも、ぜんぶぜんぶ大好きよ」
    彼の腕を指でなぞったり、つんつんと押してみたり、私は彼をたくさん感じていた。
    彼が私のプロデューサーでいられるのは、あと一年くらいだから。それまでに、たくさんプロデューサーって呼んでおこう。
    お付き合いなんて、今まで想像もしていなかったから…実際にどんなことをするのか分からないけれど。
    私は、こうして彼に愛を伝えて触れているだけで、生きてきた中で最も幸せだと確信している。
    「あなたは、私のどんなところが好き?」
    彼にも、私に愛を伝えて欲しい。
    どんなところでもいい。彼が好きな私を教えて欲しい。
    その口で、声で、私に愛を囁いて欲しい。

    「………星南さん」
    彼は私の名を呼ぶと、私に体を向けて、私の横髪に手を添えた。
    彼のきれいな瞳が、私をじっと見つめている。私の心は釘付けになって、目を逸らすこともできない。
    正面からなんて、そんなの、私でも恥ずかしくて言えないのに。
    いったいどんなことを、私に伝えてくれるの?

    「本当は誘ってますか?」
    彼が、胸に響く艶っぽい声色でそう言うと、私の肩を優しく掴んだ。
    私はすぐに意味を理解できなかった。誘っているって、何を?
    視界がすべて、彼になる。
    どうして、あなたは…少しずつ、近づいて…。

  • 20◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:47:22

    「だ、ダメっ!」
    彼の意図を察した私は、咄嗟に彼の唇を指で押し留めた。
    「だ、まだダメっ、駄目よ、そんなの!」
    彼が私の肩を離し、姿勢を戻すと、一気に自分の心臓の音がうるさく感じるのが分かった。
    また、そんな急に…キス、しようとするなんて!
    心の準備、できたって、まだ言ってないのに!
    「駄目ですか…。 一番、俺の気持ちが伝わると思ったのですが」
    彼は、これみよがしにしょげて見せる。
    怒ろうと思ったのに、そんな姿、可愛いくてずるい。これじゃ怒るに怒れないじゃない!
    私だって、なんでもしてあげたいけれど…こればかりはまだ、私が怖いのだもの。仕方ないでしょう?
    「不意打ちなんてしたら、絶対許さないんだから…」
    怒る顔をし損ねた私は、睨もうとした表情だけはうまく戻せず、拗ねたような顔をしてしまう。

    「では、今日はこのくらいにしておきましょう」
    そう言うと、彼はスッと立ち上がり、私から少し離れた。
    途端、寂しさと恋しさがふつふつと沸き上がり、彼に追いすがりたくなる。
    …でも、なんだか彼の掌の上みたいで、ちょっと癪だ。だから、まだ行かない。

  • 21◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:48:12

    ふと、自分の指に残った感触を思い出す。
    さっき彼の唇を押さえた私の指は、彼の唇にそのまま触れていた。
    …私の、指に、彼の唇が…。
    彼はどこか、よそを向いていた。
    私は心臓が大きく跳ね始めたことにも気づかないフリをして、彼の唇に触れた自分の指を、自分の唇に近づけた。
    心臓の音が大きすぎて、何も聞こえない。
    彼の唇に触れた、自分の指。彼の唇は、まだそこに…少しでも残っているかしら。
    まだキスは怖いけれど、私だってしたくないわけじゃない。
    だから、いまはこれで…彼の唇を、少しだけ感じられれば…。
    そして私は、自分の指で唇に触れた。 彼がそこに残っているかなんて、何も分からない。
    分からないけれど、どうしてこんなに、のぼせそうなくらい体が熱いのだろう。
    彼の本当の唇は、一体どんな感触で、どんな温かさで…。

    「星南さん」
    彼の声を聞いて、急激に正気に戻される。
    私は、心臓が破裂したのかと思うくらい驚いて、ひゃっ、と悲鳴を上げてしまった。
    もしかして、見られていたの!? どうしよう。こんなの、こんな はしたないこと…。
    「あ、これは、違うの…」
    みっともなくて、涙が出そうになる。恥ずかしくて耐えられない。
    彼のキスを拒絶しておいて、こんな はしたない…我慢できないような素振りを見せて。
    どうしよう、彼に呆れられてしまったら。そんなの、悲しいなんてものじゃない。

  • 22◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:48:56

    上目遣いで彼の顔を覗き見ると、彼は恋人になる前でも見なかったような、格段に難しい顔をして眉間に皺をよせていた。
    「…では、こうしましょう」
    気を取り直したようにいつもの表情に戻ると、彼は私の手を引いて立たせた。
    彼に手を握られて驚いた私は、つい力を入れて握り返してしまう。
    不安も何も、一瞬で吹き飛んでしまった。手を握られただけなのに、我ながら単純で少し情けない。
    「立ち上がって何を…あっ」
    何をするの?と言い終わる前に、彼に力強く引き寄せられ…抱きしめられた。

    彼の体が、腕が、私を包み込む。
    彼の体温が私の心を溶かし、彼の匂いが私の思考を溶かし、彼の力強さが私の緊張を溶かしていく。
    温かい。いい香り。大好きな人に抱きしめられるのって、こんなに幸せなのね。
    告白したときは、気持ちが わぁっとなっていたから、しっかりと感じ取れていなかったけれど。
    彼の腕の中は、とっても優しくて幸せな空間なのね。

    彼は、私の背中に回した手の片方で、私の頭を撫で始めた。
    彼の手が私の髪を梳かすたびに、とても心地よい。
    頭のてっぺんまで彼という海に沈んでいるような感覚に陥る。
    少しだけどきどきしたり、髪を梳く彼の指が時折私の肌に触れる瞬間は、背筋にぴりぴりとしたものが走ったりして。
    ルームウェア越しの彼の胸板が、スーツの時よりもずっと生々しい存在感を放っているのも、ここを離れられなくするスパイスだ。
    「俺だって必死で我慢しているんですよ。これくらいは許して下さい」
    そう言って、彼は私を抱く腕に力を込めた。
    少しだけ苦しくなる感覚が、彼との距離を失っていることを意識させ、私は彼におぼれてしまいそう。
    …嬉しい。とっても嬉しい。彼が私を求めてくれている。私を感じようとしている。
    「…もう。本当に仕方のない人…」
    私も、彼の背に手を回して力いっぱい抱きしめた。
    私と彼の心臓は、私たちの体を揺らしていそうなくらい強い鼓動で、交互に鳴り響く音は聴覚を麻痺させる。
    幸せ…。ほんとうに幸せ。
    たった一晩の逢瀬で、生まれてきたことに感謝してしまうくらい、私の心は満たされていた。

  • 23◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:49:46

    私が彼との抱擁に心満たされていると、彼は少しずつもぞもぞと動き始めた。
    どうしたのだろう?私が彼を押しすぎた?姿勢を直すのかしら?
    そんなことを思っていると、彼は少し私を抱く力を緩め、顔の位置を変えようとした。
    「…?あなた、どうしーー」
    どうしたの?と聞く前に、彼は私の左の首元に顔を埋めた。
    首に、自分の髪が押し付けられる感覚と、彼の息づかいで熱くなる感覚が襲いかかる。

    「そっ、んっ…!」
    彼は、そのまま深呼吸を始めた。
    私の首元に冷たい空気が流れ込み、ひやりとする。
    思考が追いつかない。状況が理解できない。
    なに?どうして?なにをしているの?
    やだ、匂いなんて、嗅がないで!汗をかいてるかも、しれないのに。
    彼が大きく息を吸うと、私の体の力も吸い取られるように体が弛緩し、ぞくぞくとした感覚が背筋を走る。
    吐く息は熱く湿っていて、私は首で じんわりとした温かさを感じ取る。
    こんなの、彼に、食べられているみたいで。
    こんな、いやらしいの、私は知らない!

    「だ、そんなの…あっ!んっ…!」
    何度も彼を押し返そうとするけれど、彼の息が私の首をくすぐり、変な声が出てしまう。
    彼に抵抗できない。私を抱く力は、力の抜けた私ではどうにもならない。
    なんだか倒錯的で、私は徐々に頭の奥がじんじんと麻痺し始めてきていて。
    このまま私はずっと、彼に抵抗できないまま、弄ばれるのかも知れないなんて思ってしまって。
    ぞくぞくとした感覚を、心地よく感じ始めてしまっていた。

  • 24◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:50:37

    「…ありがとうございました」
    私が、何もかも諦めて彼に身を委ねようとする寸前、彼は姿勢を戻してパッと手を離した。
    足に力が入らない私がその場で崩れそうになると、彼は慌てて私の体を支えてくれる。
    「大丈夫ですか?」
    とぼけた顔で私にそんなことを言いながら、ソファまで連れてきてくれた。
    …なにが、大丈夫か、よ!
    あんな、いやらしい…私を貪るようなことをして…。

    「大丈夫なわけ、ないでしょう!…ばか」
    息も絶え絶えに、腰に力が入らない私はソファに身を預けながら彼に言い返す。
    情けなさと恥ずかしさで涙が出そうになるけれど、ぐっとこらえて彼を睨みつけた。
    「申し訳ありません。星南さんをたくさん補充しておかないと、明日から頑張れないと思いまして」
    なのに、そんなことを しゅんとした顔で言うものだから。
    私は胸が苦しくなって、もう彼を許してあげなきゃと思ってしまって。
    その姿が愛らしくて、本当に仕方のない人、なんて思ってしまった。
    首元に残った熱く湿っぽい感覚は、今も私を弄んでいるようだ。

    「もう!…こんなの、どきどきし過ぎて死んでしまいそうよ。抱きしめるだけなら、大丈夫だから…」
    私が、彼の様子に心をかき乱されながらも、落ち込んだ彼に提案する。
    その言葉を聞いた彼は先ほどまでの落ち込んだ様子はどこへ行ったのか、けろりとした顔で言った。
    「では、そこからスタートといきましょうか」

    そう言うと、彼は私の隣に腰掛けた。
    なんだか余裕の表情で、まだ力の入らない私を面白がっているようだ。
    「あなたのそういうところ、どうかと思うのだけれどっ!」
    なによ、全然落ち込んでないじゃない!
    そこからスタートといきましょうか、なんて、涼しい顔で言わないで。
    私はこんなにも、いっぱいいっぱいなのに!

  • 25◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:51:05

    私が彼の言葉に噛みつくと、彼は柔らかな笑みを浮かべる。
    私の横髪に手を添えると、今日何度目か、私の目を正面から見つめて言った。
    「俺は星南さんのそういうところ、とても可愛いと思いますよ」

    その言葉に顔を赤くして、気をよくして、それが情けない私は、語彙を失った。
    「もう、嫌いっ!」


    ーーー


    結局、キスなんてまだまだ出来なくて。
    彼から、男性が垣間見えただけで、私は慌てふためいてしまって。
    けれど、決して嫌じゃない。とっても心地よい時間だった。

    引退まであと一年、大手を振って彼と交際することは出来ないけれど。
    恋愛のことなんて何も知らない私に、歩調を合わせてくれる彼を信頼しながら。
    二人で少しずつ進んでいこう。そう思った。

    そして、私は今日の出来事を改めて心と記憶に刻み込み、明日の自分が今日よりも素敵になっていることを確信して眠りについた。

    明日も、彼をたくさん感じられますように。

  • 26◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 07:51:58

    以上、お付き合いして初日 -完- です!
    次はことね達との絡みを書きたいので砂糖出し中です!

  • 27二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 08:08:07

    よかったで

  • 28◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 08:26:25

    >>27

    ありがとう!😭

  • 29二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 08:37:56

    いっぱいいっぱい星南ちゃんはいいな
    Side学Pも見たくなる

  • 30二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 08:56:34

    キスが最後の堤防になってるからした瞬間反動で一切の歯止めが効かなくなりそう

  • 31二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 09:07:34

    >>29

    余裕ぶってる学Pもベタ惚れで必死に我慢してるのを書きたいのだけど、星南さん視点で次になにするか分からない鬼畜眼鏡なのも味わい深いから構成にものすごく悩む…。


    >>30

    キスはさ…ホラ…引退するまで節度を守らないといけないからさ…

  • 32◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 13:05:42

    相手に隠さなくてよくなったから好きなところ発表会を相手に直接食らわせる星南さんが書けて満足じゃ

  • 33◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 16:23:31

    久々に書きながら投下もしてみようと思い、次話書けたところから順次投下していきます!

  • 34二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 16:53:34

    ↓↓↓次話↓↓↓

    星南先輩が引退を発表して一週間。
    星南先輩が、プロデューサーさんとお付き合いをすることになって、一週間。

    「…今日はこんなところね、何か確認しておきたいことはあるかしら」
    あたしは、クリスマスライブに向けてのレッスン計画についてミーティングをしていた。
    あたしの大切なプロデューサーで、大好きなアイドルの、星南先輩と。
    つい数日前、来年のライブツアーで引退すると突然発表した、星南先輩と。

    ファンの反応は、そりゃあエライことになってる。
    もともと、将来はプロデューサー志望ってインタビューでも話してたから、もしかするとって話は上がってたみたいだけど。
    それでも、突然推しのアイドルが引退するなんてこと、どんなタイミングでもみんな辛くて当たり前だった。

    あたしだって、最初はムカついた。
    プロになってもあたしとライバルで居てくれて、ずっと競い合っていけるって思ってたから。
    あたしと一緒にステージに立って、世界一を取り合うものだって思ってたから。
    だから、あたしを置いて辞めちゃうのかって、星南先輩にめっちゃムカついたし。
    なんで、あたしから星南先輩を持ってっちゃうのって、星南先輩のプロデューサーさんを蹴飛ばしたくなった。

    でも、そんなの最初だけ。
    だってあたしに、プロデューサーさんとお付き合いするって言ってきた時の星南先輩、めっちゃ幸せそうで。
    星南先輩、ずっとアイドルだったから、恋愛とかそいうのはたぶん諦めてるんだろうなって思ってたけど。
    ずっとプロデューサーさんのこと好きだったのは、見ててすぐ分かっちゃったから。
    だから、せっかく掴めた幸せなら、あたしは絶対そのほうが良いって思っちゃったんだよね。

  • 35◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 16:53:57

    >>34

    酉わすれた、スレ主です🙏

  • 36◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 16:54:23

    「ことね? 特に無ければ、今日はこのまま解散だけれど…」
    あたしが返答しないのを見ると、そう言って星南先輩は立ち上がろうとする。
    …でもあたしもちょっとは仕返ししたいから。担当アイドルの特権で、からかってやる。
    あたしは、とびっきりの意地悪な笑顔を作って、星南先輩の目をじっと見た。

    「星南先輩、プロデューサーさんとぉ、どこまで進んだんですか?」
    そう聞いた途端、星南先輩が固まって、みるみるうちに顔が赤くなる。
    あはっ、かんわいい♪ こんなうぶで、あの大人なプロデューサーさんとやっていけんのかぁ?
    「ど、どこまでって…私たちは、まだ担当アイドルとプロデューサーなのよ?」
    星南先輩が取り繕った顔で冷静に返してくるけど、赤い顔も震えた声も何も隠せてない。

    「そんなの、家では恋人解禁してるって言ってたじゃないですか。 もうキスより先まで行っちゃってたり?」
    聞くところによると、誕生日にホテルでディナーデートして、そのまま屋上のバーで勝負に出たとか。
    なんだそりゃ、めっちゃくちゃ羨ましいじゃねーか! そんなオトナな展開味わってみてーわ!
    そんな流れで付き合うことになったってコトは、たぶんプロデューサーさんがグイグイ行ってるはず。
    …でも星南先輩めっちゃ乙女だし、プロデューサーさんもあんな感じだから、まだキスまでとかなんだろーな…。

    「そっ、そんな はしたないことしていないわよ! キスだって、まだ…なのに…」
    そう言うと、星南先輩は赤い顔を…口元を髪で隠した。
    思わぬ返答に、私は逆に困惑してしまう。
    えっ?キス、まだなの?なんで?
    「えっ、でもディナーの日になんか、プロデューサーさんのネクタイ汚したとかシャツ汚したとか、言ってませんでした?」
    素朴な疑問を返す。
    そう聞かれた星南先輩は、口元を隠したまま もじもじし始めて、言いづらそうに答えた。
    「…抱きしめたけど、キスはしてない…」

  • 37◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 17:47:09

    めちゃくちゃ恥ずかしそうに答える星南先輩はめっちゃ可愛くて、なんかもうそれだけでご馳走様なんだけど。
    でも流石にそれは、星南先輩が全力拒否したってこと?
    イヤイヤそんなわけない、星南先輩ぜったい我慢できないタイプだし。
    あたしも別に経験ないけど、夜のデートで告白成功して抱きしめあうとか、それって絶対キスする流れじゃんか。
    「その流れで、プロデューサーさんからなんかアクションありませんでした…?」
    ちょっとだけ引いてしまっているあたしは、ちょっとだけ微妙な顔をしてしまっている自覚をしながら確認する。
    流石に、というか絶対、プロデューサーさんは仕掛けたはずだ。星南先輩が気づいていなかったのかも。

    「…あったけど、こわくなって、してない…」
    星南先輩は、そう言って もじもじしながら椅子に座りなおした。
    さっきからしてないしてないって、なんもしてねーじゃねーの!プロデューサーさん仕掛けてるのに!
    でも恥ずかしそうに口元を隠してうつむいてる星南先輩を見ると、なんだかホッとした。
    じれったいけど、ちゃんと仕事に手ぇ抜かないようにしたいってのが分かるっていうか。
    そういう所でマジメだから、プロデューサーさんも無理強いしなかったんだろうし。
    なんか良いな、この二人…。あたしも彼氏ほしーな…。

    「ハァ~そですか…。んじゃ、家でイチャイチャするとき何してるんですか?」
    当てつけで、これみよがしに溜め息をつきながらテーブルに肘をついた。
    憧れのアイドル星南ちゃんも、こうなればもうケトルみたいにアチアチになって全然冷めないから、今がイジりどきだ。
    こわくなってキスしてないとか、そんな中学生みたいな恋愛してるようじゃ逆に想像できない。
    どんな甘酸っぱい話が飛び出すのかと、イジり甲斐がありそうな状況にあたしはワクワクしていた。

  • 38◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 18:48:26

    「い、イチャイチャなんて はしたないこと、していないわ!」
    星南先輩は、慌てたように反論してきた。
    どんなこと想像してんだろーか?と思いもしたけど、たぶん基準がほかと違うんだろーな、という直感も働く。
    さっきから赤い顔して もじもじもじもじしてるし、本当にうぶな恋愛をしてるのが想像できた。
    「んじゃ、肩寄せあったりお話したり?」
    最大限、手心を加えてそう聞くと、星南先輩は ぱあっと明るい顔をして、そうなのよ!なんて答えて話し始める。
    「お話っていうか、その、彼にたくさん、好きって言ったり」
    もう一発目から甘酸っぱい話が飛び出す。
    そんなんじゃプロデューサーさん物足りないんじゃないですか?なんて言ってやろうとタイミングを見計らっているけど、いつ言えるかな。

    「彼の好きなところを、たくさん伝えたりね、少しでも好きって思ったら、すぐに伝えたりね。 彼も少しずつ伝えてくれるようになってね」
    照れながら、言葉を選んでるのか選んでないのか分からない説明を次々としてくれる。
    星南先輩は顔は赤いままだけど、どんどん楽しげな表情になっていって、これが醍醐味よね、なんて言いたげな様子だ。
    イヤイヤ、っていうかそれって…星南先輩らしいけど、ストレート過ぎない?
    「あとはね、先輩がどうしてもって言うから、毎晩必ず抱きしめあうの。 彼が、私の心の準備ができるまで待ってくれるって言うから、せめてそれくらいはって…」
    イヤイヤイヤイヤ!それってさぁ!

    「イチャイチャしてんじゃねーか!それ!」
    たまらず、あたしはツッコミを入れてしまう。
    星南先輩は、そんなことは欠片も思っていなかったのか、驚いた表情を隠せていなかった。
    「なぁんで毎日好き好き言い合って抱きしめあってんのにキスしてないんだよぉ! なんでぇ!?」
    そんなこと知ったこっちゃない、言わずにはいられない。
    そんなんでプロデューサーさん、大丈夫なの?生殺しじゃん!
    別に二人がどんなペースで進展したって構わないけど、これで星南先輩が呆れられたり愛想尽かされたりしたら目も当てられない。
    そんなことになったら、せっかく応援しようと思ったあたしの気持ちまで台無しだ。
    目の前で鳩が豆鉄砲くらったみたいになっている、あたしのプロデューサーにちゃんと言ってやらないと。

  • 39◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 22:46:06

    ーーー


    「…星南先輩、プロデューサーさんを焦らすのそんなに楽しいですか?」
    私が彼との逢瀬について説明していると、ことねは突然怒りを滲ませ始めた。
    私の何かを疑うような、訝しむような気配のことねを見て、まったく予想外の反応に驚きを隠せない。
    どうして? だって、大好きな人と恋人になれたのだから、大好きな気持ちをたくさん伝えたいじゃない。
    それに焦らすって、き、キスのこと?でもそれは、私もまだ心の準備が…。
    「毎晩、プロデューサーさんの部屋行くときって、どんな格好なんすか?」
    ことねはまるで詰問するように、私に言葉を投げかける。
    今までにない凄みを見せることねに、私はたじろいでしまった。
    どんな格好って、それは…。
    「こ、ことねに選んでもらった、一番可愛いルームウェア、とか…」
    そう、一番可愛いあれをよく着ている。
    大事なときに着てくださいって言ってくれた、あのとっておき。
    夜、彼の部屋でだけの特別な時間。彼と二人で恋人同士になれる特別な時間だから。
    私はほとんど毎晩あのルームウェアで、あるいは形が似たものを着ていた。
    「足とか肩とかっ!出てるやつっ!あんなの着て抱き合ってたら誘ってるじゃん!」

    さ、誘ってなんて…誘ってなんていないわよ!
    最初の夜にだけ、彼に誘ってるのかって、疑われてしまったけれど。
    「で、でも!彼は別に、私の…その、素肌には無闇に触れないし、いやらしい目でなんて、見ないもの…」
    あれからは、彼は一度もそんなこと言わないし、私に不意打ちでキスしようなんて、していないし。
    だから、誘ってるってことには、なっていないと、思うけれど…。
    そう返したところで、ことねは全く納得していない様子で私をじろじろと見つめていた。
    「それ、プロデューサーさんめっちゃ我慢してません? 油断したら襲っちゃいそうで」

  • 40◆0CQ58f2SFMUP25/03/12(水) 23:51:42

    ことねの言葉を、すぐには理解できなかった。
    数秒、頭を巡らせ、その言葉の意味を理解すると私は、急激に不安に襲われた。
    ――我慢、しているのかしら。
    私はもしかして、彼に無防備を晒して、彼の…その、そういう気持ちを燻らせて、我慢させていた?
    私は、独りよがりな愛をぶつけてばかりで、彼の気持ちを考えてあげられていなかったの?
    悲しく、恐ろしくなって涙がこみ上げる。彼に呆れられてしまったらどうしよう。
    そんな気持ちで、助けを求めるように、うつむいた顔を上げてことねの方を見た。

    ことねは、私をじろじろと見ていた表情がいつの間にか、とびきり意地悪な顔に変わっていた。
    「星南先輩が無防備にえっちな格好ばっかりしてたら、プロデューサーさんが狼になっちゃうかもですよ~」
    明らかに私をからかうような声色で、こんなことを言うものだから。
    私は、どう考えてもことねに弄ばれていたことに気がついて、真っ赤な顔のまま言い返した。
    「えっちな格好なんてしていないわよ!」


    ーーー

  • 41◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 00:19:59

    寝ます!また明日〜🛌

  • 42二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 00:22:54

    たのしみに!!!!!たのしみにまってます!!!!!!!!!!

  • 43二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 02:29:53

    藤田よ…どこでデートの情報を仕入れたんだ…

  • 44◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 08:31:15

    「も~、許してくださいよ~プロデューサーちゃ~ん♪」
    ことねが、机に頭を乗せたまま甘えた声で、私に許しを請うている。
    誰が見ても許してしまいそうな、とっても可愛い仕草だけれど、今の私には意地悪な小悪魔にしか見えない。
    「もう、絶対に許してあげない!」
    そんなに可愛く謝ったって、私の怒りは収まらない。
    私を、不安にさせて…本当に怖かったんだから!
    こんなめそめそしたり、顔を赤くして、今更威厳も何もないかもしれないけれど。
    たまには私も厳しいところを見せておかないと、ことねがどんどん悪い子になってしまうもの。

    「星南先輩がプロデューサーさんに愛想尽かされないか心配だったのは本当なんですよ!」
    ことねが、ぱんっ、と手を叩き合わせて謝罪のポーズをとる。金色のふわふわしたおさげが可愛らしく揺れた。
    彼女は、一応、本当に申し訳なさそうな顔をしている。
    ことねに甘い自覚はあるけれど、そんな顔をされたら、もう許してしまいそうな自分がいて。
    …けれど、本当かしら。最近のことねは、油断しているとすぐに私をからかうから…。

    「あと、星南先輩がラブラブ自慢してくるから、ちょっと意地悪したくなっちゃったんですってぇ♪」
    ことねの表情が一転して、とっても可愛くって意地悪な顔になる。
    ほら!やっぱり反省してないじゃない!それに、ラブラブ…って…。
    「そっ、そんな いやらしい言い方しないでちょうだい! …その、愛を、伝えあっているのよ…」
    怒りと恥ずかしさで混乱してしまい、まともな言葉が浮かばなくて妙な反論をしてしまう。
    反論、できているのかも分からないけれど、ラブラブなんてそんな…私と彼はちゃんと、節度をもっているし…。
    「そっちのが小っ恥ずかしいわ! う~んなかなか許して貰えないなぁ~。どうしたらいいですか?プロデューサーさん!」
    私の反論を聞いて、ほんのり顔を赤らめた彼女は、私の背後に声をかけた。
    いま、私が最も話を聞いていて欲しくなかった相手に。

  • 45◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 09:28:43

    「プロデューサー!? あなた、いつから!?」
    慌てて振り返ると、そこにはとびきり難しい顔をして、冷や汗をかいた私の愛しい人が佇んでいた。
    今日は、講義が終わったらこの事務所に来るって、待ち合わせの約束をしていたから。
    本当は、もっと早くにミーティングが終わって、ことねは居ても良いのだけれど、普通の会話をするはずだったのに。
    彼は、私の…赤いのか青いのか分からない混乱した顔を見ると、申し訳なさそうに口を開いた。
    「………俺が我慢しているとか、その辺りからです」

    その答えを聞いて、私は頭が真っ白になる。
    よりにもよって、どうして、そんなところから!
    もし彼にその気がなかったなら、こんなに失礼なことはないし。
    もし、その気だったとしたら、私は…どうしたらいいか、分からないし。

    少しの沈黙が流れる。
    彼は、先ほどの話を、どれも否定するようなこともなくて。
    私はどんどん不安になって、恥ずかしくなって、心はぐちゃぐちゃ。
    どうして?本当に我慢していたの?私に…そういう感情を、抱いていたの?
    分からない。お付き合いするって、そういうこと?
    何も知らない自分が情けなくって、思い描いていた恋愛のように、全然スマートには出来なくって。
    でもそんなの、誰も教えてくれなかったし、千奈が貸してくれた漫画にも描かれていなかったし。
    もし彼が、私の…少し、肌を晒した格好を見て、いやらしいと思っていたとしたら。
    私はショックなの?嬉しいの?…分からない。
    私は、彼の…本音が知りたい…。

    「ね~プロデューサーさぁん、プロデューサーさんの彼女サンがぁ全然許してくれないんですケド、どうしたらいいです?」
    沈黙を破ったことねは、椅子から立ち上がると彼に駆け寄った。
    その愛らしい意地悪な顔のまま、私に見せつけるように、彼の腕にわずかに手を触れる。
    その瞬間、私はどうしようもない不安を感じてしまった。
    私よりずっと可愛らしくて、恋愛のこともよく知っていそうな彼女に、彼を奪われてしまうんじゃないかって。
    ことねは、そんな悪い子じゃないって分かっているはずなのに。
    もしかして、私は…ことねに嫉妬しているの?

  • 46◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 11:28:45

    「仲取り持ってくださぁい♪」
    ことねはそう言うと、さらに彼と距離を詰め…彼の腕に軽く頭をもたれかけた。
    二人が並んだ姿は、なんだかお似合いで。
    背が高くて中性的で素敵な彼と、小柄でとびきり可愛らしい彼女の並ぶ姿は、とってもお似合いに見えてしまって。
    私は、心の奥がざわざわと騒がしくなるのを感じていた。

    「こ、ことね? 彼に少し、その…距離が、近すぎないかしら?」
    ことねがずっと意地悪な顔をしているから保てている、わずかな冷静さに頼って、離れるように忠告する。
    わなわなと震える声で、忠告というには余りにも弱々しい声だけれど。
    一刻も早くこんな、不安から逃げ出したいから。
    お願いだから、それ以上彼を魅了しないで…。あなたも、どうして、じっと立っているのよ!

    「え~?でも、家の外では恋人同士じゃないって聞きましたけど? ね、プロデューサーさぁん♡」
    ことねは、そう言うと私に見せつけるように、彼の腕に手を回した。
    彼は完全に対応を決めあぐねている様子で、無抵抗のままだ。
    完全に頭が真っ白になった私は、咄嗟に彼の胸に飛び込んだ。
    「だ、だめっ!」
    彼を少しだけ押し飛ばし、よろめかせてしまう。
    彼はすぐに立て直し、勢いのまま密着している私を支えるように手を越しに回した。

    ことねは、上手にかわして、私たちを楽しげな様子で眺めている。
    頬は少し赤らんでいるけれど、心の底から楽しんでいるような顔をしていた。
    涙目の私を見て、可愛いものを愛でるような、そんな顔。

  • 47◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 11:29:54

    「私の…恋人なのに、私じゃない女の子とくっついたら、嫌…」
    もう恥ずかしさでいっぱいで、ことねの顔を見ていられない私は、代わりに彼を上目遣いで睨む。
    こんな、情けない姿、彼や後輩に見せてしまうなんて…。
    けれど本当に胸がざわざわして、苦しくなってしまったのだもの。
    あのまま放っておいたら、あなたはもしかすると ことねに奪われてしまうかも知れなくて。
    そんなことになったら、私はきっと生きていられなくなるくらい辛いのだもの。

    彼は、そんな私の様子を見ると、苦虫を噛み潰したような複雑な顔をして言った。
    「俺が愛している女性は、あなただけですよ、星南さん」
    そう言って彼は私の頭を撫で、背中を優しくとんとんと叩き始めた。
    …こんな、子どもみたいな扱い、とっても恥ずかしいけれど。
    でも、安心する。私はやっぱり、彼の腕の中が、とっても好き。

    ようやく落ち着きを取り戻した私を腕に抱きながら、彼は頭上でことねに言った。
    「藤田さん、俺の恋人をあまりいじめないで下さいね」
    そう言われると、私はなんだか耐えきれないくらい恥ずかしくなってしまって、彼の胸に額を押し付けて顔を隠した。
    彼の服を掴む手に力が入り、とてもではないけれど、ことねに顔を見せられない。
    情けなさと安堵の両方で、私は今めちゃくちゃな表情になっている気がするから。
    「はい、ゴメンなさい!」
    彼の叱責に、素直に謝ることねの元気な声が響く。
    顔を隠してしまったから、ことねの顔は見えないけれど、本当に心から反省しているのだろうか?
    とっても疑わしい。信じてあげない。
    私は、意を決して彼から額を離さないままずりずりと顔を横に向ける。
    …そこには、私をじっと見ていることねが居た。
    「…ゴチソーさまでっす♪」
    ちっとも反省の色がない、満面の笑みの、ことねが。

    「ばかっ!許してあげない!」

    ーーー

  • 48◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 15:55:50

    夜。
    ことねに、意地悪された夜。
    私は今夜も、彼の部屋を訪れていた。
    もやもやと苛立ちを、心に抱えたまま。

    「…星南さん、どうしてそんなに隅っこにいるんですか?」
    部屋の隅に立っている私に、部屋の真ん中から、彼が声をかけてくる。
    今日のことで、色々ともやもやしていて、まだ言ってやりたいことの整理がついていないから。
    まだ、彼に近寄ってあげない。
    私は隅に立ったまま、じっと彼の目を睨みつけ続ける。

    「…ことねと密着して、私に嫉妬させるのは、さぞかし楽しかったでしょうね、プロデューサー」
    言葉にたっぷりのトゲを含ませて、彼に投げつける。
    こんなの、彼からすればとばっちりだというのは分かっているのだけれど。
    なんだかすっきりしなくて、心のもやもやを彼にぶつけてしまう。
    私…こんなに、情けない人間だったかしら。
    恋をして、弱くなってしまったのかしら。

    「…慌てて振り払っては、かえって誤解を生むかと思いましたが…判断を誤りました。 申し訳ありません」
    彼が、遠くから私に軽く頭を下げる。
    …あまり、すっきりはしない。きっと私は、彼に謝ってほしいわけではないから。
    本当は今すぐにでも、彼の胸に飛び込んで…その腕で強く抱きしめて欲しいだけだから。
    だから、早く彼のそばへ行けばいいのに。
    ことねの言葉を思い出して、前に進めない。
    「星南さん? まだ信じて頂けないなら、俺がそちらに…」
    彼が一歩踏み出す。
    その様子を見た私は、咄嗟に声を上げてしまった。

  • 49◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 15:59:40

    「ま、待って!」
    彼の動きがぴたりと止まる。少しの戸惑いと、不安げな表情。
    ごめんなさい。でも私、これは聞いてしまわないと、きっと前に進めない…。
    私は、絞り出したか細い声で、彼を問いただした。
    「…あなたは…私を、襲いたい…と思っているの…?」
    聞いた。彼の本心を、きちんと知りたいから。
    彼が私に、どんなに黒い感情を抱いていても、私は受け止めてあげないといけない気がするから。
    だから、教えてちょうだい。あなたの気持ちを。

    彼は、そんな私の様子を見ると、小さく溜め息をついた。
    再び彼が私の目を見つめたとき、その目はとても真剣な眼差しで…その目に、私は息を呑む。
    「襲いたい、とは思いません。 そんな乱暴なことは、したくありませんから」
    穏やかな声で、けれどはっきりと、その想いを吐露し始める。
    その言葉に私は、ひとまずの安堵を得ることができた。
    「けれど、ずっと言っているように…あなたのすべてが欲しい。それは本心です」
    彼は決して目をそらさずに、私に対する願望を告げる。
    それは彼と想いを交わしたときにも言っていたこと。
    "あなたのすべてが欲しい"。 それは、彼と私の、共通の願い。

    「それは、でも、私はとっくにあなたの恋人で…」
    そうだ、私たちはもう恋人同士なのだから。
    とっくに、彼にすべてを受け渡している。
    今は、担当アイドルとプロデューサーだから、何もかもというわけにはいかないけれど…。

    私がそう言うと、彼はみるみるうちに私に接近する。
    お互いが胸先に立っているような距離にやってきたとき、彼は今までとは違う目をした。
    いつもの、冷たいようで優しいあの目ではなく、とても深みを感じさせる、どこか妖艶な目を。
    その目に射竦められた私は、体が固まってしまって動けなくなる。
    「いいえ、すべてです。 心も、体も、すべて独り占めしたい」
    彼の手が私の頭に伸び、ガラス細工を触れるかのように、優しく私の髪へ指を落とした。

  • 50◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 16:24:03

    「あなたの…この髪。目も、耳も、鼻も。…唇も」
    彼の指が、私の髪を梳かし、そのまま流れるように私の顔に触れ始める。
    彼の指先が、私のまぶたに触れ、耳と鼻を撫で、そして…唇に、そっと触れた。
    彼の指先が、私を堪能するたびに、私は あっ、と声を漏らしてしまう。
    恥ずかしい…けれど、止めることができない。
    彼の言葉も、彼に触れられている事実も、ぜんぶ、ぜんぶ幸せだから。
    彼の指先から、私に幸せが流れ込んでくるから。

    「それだけではありません。 この肩も、腕も、指先に至るまで」
    彼の手が私の顔を離れ、肩に触れた。
    今日はなんだか意識してしまって、肩の出ていない服を着ているけれど。
    その指が、私の腕に届いたとき、そこには遮るものなんてなくて。
    今まで直接触れられたことのない場所を、彼の…少しだけいやらしく、けれど全く不躾ではないその指で触れらてしまった。
    彼の指が私の腕をつたっていく間、私は身動き一つとれない。
    彼の指が私の体をなぞるたびに、心は悲鳴をあげている気がするのに、その場所は悦びを隠せないような、奇妙な感覚。
    どうして? 彼は、一体なにをしているの?
    彼が私の手をとり、手の甲を、手のひらを、指先から爪先まで逃がすことなく触れていく。
    私の体はもう、すべて彼のものにされてしまったような感覚に陥ってしまった。
    その倒錯的な状況と、自分の はしたない感情に晒され、思考が乱れて呼吸が荒くなっている。

    しかし、彼はそれで終わらせない。
    「そして、それ以外もすべて、です」
    不意に手を離したと思うと、彼は私の腰にそっと手を添えた。
    「ひぁっ!」
    薄手の服越しに触れられた彼の手の感触と温度を感じ、体がびくんと跳ねてしまう。
    私はたまらず彼の背に手を回して、体に走った緊張を逃そうとした。
    彼の体にすがりつき、許してほしいと懇願するように。

  • 51◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:00:55

    そして、そんな私を見た彼は、少しずつ顔の位置を下げていく。
    少しかがんだ彼が、ゆっくりと私の視界を横切り、静止したとき。
    「…力ずくではなく、あなたから受け取りたい」
    そう、耳元で囁いた。
    私の耳に、熱い吐息を吹きかけるように。
    彼は、彼の願望を私に浴びせた。

    背筋に電気が走ったように、私の体が強張る。
    彼の背に回していた手は、彼の服をぎゅっと強く握りしめた。
    ぎちぎちと体に力が入る感覚と、ふっと力が抜けて立てなくなるような感覚が同時に襲いかかる。
    脚に力が入らない。けれど、手は硬直して彼の服から離せない。
    必死に、必死に彼にしがみつく。手の力だけで、彼から剥がれ落ちたくない一心で。

    いつまで、いつまでこうしていたらいいの?
    胸が苦しい。息が苦しい。声が出ない。
    いえ、正しくは出ているけれど、言葉にならない声しか出ない。
    彼の吐息が私の耳を溶かすたびに。
    彼の匂いが私の脳を溶かすたびに。
    首を絞められたように、あえぐような声しか出ない。
    たったの、たったのこれだけなのに。 こんなの、私には耐えられない。

    でも、受け止めたい。
    彼を…彼のしたいこと、少しでも多く。
    どのくらい時間が経ったかも分からないまま、崩れ落ちないことしかできないまま。
    ついに私の手が限界を迎えようとしていたとき、彼は私の耳元で、また囁いた。
    「星南さんは、俺に何をしてほしいですか?」
    背筋に走るぞくぞくとした感覚をなんとかこらえて、彼に応えようとする。
    私は…。私が、いま、彼にして欲しいことは。
    彼に与えてもらいたいことは。
    「…ぎゅって、して…」

  • 52◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:01:44

    震えながら絞り出した声はとってもか細いものだったけれど、彼はしっかりと聞き届けてくれた。
    「はい、もちろんです」
    とびきり優しい、温かい声で彼はそう答えると、彼は姿勢をそのままに。
    そして、私の手が離れてしまうのと同時に、私を力強く抱きしめた。

    一瞬、頭の先まで、びりびりとした感覚に襲われる。
    けれどそれは一瞬のこと。すぐに私は息を吹き返したように、はっきりと呼吸ができるようになった。
    崩れ落ちないように震えながら立っていた脚は、ついに力を失う。
    けれど、彼の腕に抱かれた私は、倒れることなく彼の胸に沈み込んだ。

    彼の服を握りしめていた手は緩やかに弛緩し、彼の背を慈しむように開かれていた。
    さっきまでの、恐怖と快感がせめぎ合うような心のざわめきは鳴りを潜めていて。
    とても穏やかに、彼との調和を楽しむような鼓動へと変わっていった。

    不意に、涙が流れてしまう。
    これは、なんの涙だろう。
    情けなさか、申し訳なさか、それとも幸せなのか。
    自分の気持ちもしっかり整理がつかないままで、けれど彼には隠したくなくって。
    だから私は、いま思っていることをきちんと伝えようと思った。

    「ごめんなさい…私、こんなものしか、あげられなくって…」
    彼が欲しいと言ってくれたものは、まだほんの少ししかあげられていない。
    本当は、きっと彼は、私を…ぐちゃぐちゃにしてしまいたいくらい、欲しがっていて。
    それなのに私が差し出せたのは、たったのこれだけ。
    私はこんなにたくさん貰っているのに。
    私が欲しいもの、あなたは全部くれているのに。

  • 53◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:02:42

    「これで良いんです。 俺がずっと欲しかったものを、少しずつ大事に貰っているんですよ」
    どうして、あなたはそうやって、優しく抱いてくれるの?
    私を受け入れて、優しい言葉をかけてくれるの?
    「それに、こんな星南さんを見られるのは、恋人の特権ですから」
    彼の手が、私の髪を梳き、背中をさすってくれる。
    心が満たされていく。
    毎晩彼と抱きしめあっていたけれど。そのたびに心はいっぱいに満たされていたけれど。
    今、これまでにないほど彼の愛情が注がれる私の器は、昨日よりもはるかに大きくなっていて。
    それなのに、今日もまた満たされていく。
    「だから焦らないで下さい。 俺はずっとあなた一人のものです」

    涙があふれる。
    涙は彼の肩を濡らし、嗚咽が二人の体を揺らす。
    我慢していたのに。
    これ以上泣いてばかりでは、みっともないと思って我慢していたのに。
    こんなの、我慢なんてできない。
    だって、どれだけ器を大きくしたとしても。
    それ以上に彼から注がれる愛情を、抱えることが出来ないから。
    だから、こうやってあふれてしまうの。

    彼の腕に包まれながら、彼を私の愛情で包みながら。
    私たちはまた、恋人として一つだけ歩を進めた。
    大人がするには、あまりにも幼稚な恋愛かも知れないけれど、構わない。
    一生の一度の機会に、一生に一度の相手に出会えた私たちにとっては。
    たった一度だけの、大切な一歩なのだから。

    だから、私たちはきっと次の一歩も、二人で一緒に踏みしめていく。
    たった一度しか歩めない、この大切な道を、二人で一緒に。

    ーーー

  • 54◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:03:41

    「落ち着きましたか?」
    あれから少し経ち、ソファに腰を落ち着けた私に向かって、いつもの声色で彼が言った。
    「…なんだか、あなたと恋人になってから、自分がどんどん情けなくなっている気がするわ」
    涙で腫れた顔を少しだけ伏せながら、先ほどまでの自分に悪態をつく。
    その様子に、彼はほんの少しだけ顔を緩めて私の顔を見た。
    「星南さんは、いつもそんな感じですよ」

    からかうような口調でそう言うものだから、少しだけ腹が立って噛みついてみせた。
    「そんなわけが無いでしょう! 私はトップアイドルで、十王家の長女なのよ? 私にも立場なりの気品が…なに」
    言い返している途中で、彼が笑い始めるので、つい睨んでしまう。
    ばかにされたような、けれどなんだかいつもの調子が戻ったようで楽しくもあり。
    彼のその様子に、私も少しだけつられてしまった。

    「まったくもう。 私が泣き虫になったのは、あなたのせいでは無いかしら?」
    そう言うと、彼は心外のような顔をしてみせる。
    とんだとばっちりとでも言いたげな彼は、何かを思いついたのか、みるみるうちにいつものすまし顔になっていく。
    また、ろくでもないことを思いついたのかも知れない。私を困らせるような何かを。

  • 55◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:04:16

    「では、次のオフの日はデートをしましょう。 汚名を返上させて下さい」
    そしてそれは大抵、私の想像を超えてくる。
    えっ?デート?…って、二人でお出かけ、ということ?
    でも、それは…。
    「で…デート…は、ダメよ! まだ私たちはアイドルとプロデューサーで…!」
    そう、あと一年ほどは、私たちの交際が世間に知れては絶対にいけない。
    だから私も、デートは引退後だと思っていたのに。
    それなのに、どうして?

    「はい、決して見つかってはいけません。 楽しみですね、お忍びデート」
    どうして彼は、そんなににこにこ笑って、そんなことが堂々と言えるのだろう。
    私のほしかったもの、憧れたものを、持ってきてくれるのだろう。
    ちょっとだけ意地悪な笑顔は、それでもとっても清々しくて。
    「ふふっ。…なら、素敵なお忍びデート、楽しみにしているわね」
    そう言って私は、また彼につられて笑ってしまった。

    今日のもやもやなんて、とっくにどこかへ吹き飛んでいた。
    明日もその先も、希望が溢れている予感に包まれているから。

  • 56◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 17:07:19

    ↑↑↑以上↑↑↑
    星南さんが藤田さんにイジられたり学Pに骨抜きにされる話 -完-

    です!過去最速で書けた…。
    不自然なところとか気になる所は加筆修正したのを渋とかに置くと思うので
    こちらは第1稿という感じで!

  • 57二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 18:41:05

    お疲れ様です!!!!!
    佐藤ドバドバでたすかる……たすかった……

  • 58◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 18:43:44

    学Pの部屋入ってからは鼻から砂糖垂らしながら書いてました

  • 59◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 20:48:00

    学P視点が少なくなったのは、砂糖マシマシのとき学Pの脳内を描写するとドスケベ妄想垂れ流しみたいになってジャンルが変わってしまいそうだからです…

  • 60二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 20:56:28

    質の良いP星南で糖分補給出来ました
    P心情描写で多少官能的にしてもいいのよ(小声)

  • 61二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 21:07:08

    むしろそのドロドロした不埒な感情と戦っているところこそ面白そう

  • 62◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 21:22:39

    今回めっちゃ全年齢版S◯Xみたいなことしてたし、学P部屋のパートでSide学Pチャレンジしてみますか…!
    星南視点だと急に全身マーキングしてきた感じになってるしな…

  • 63◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 21:28:23

    ちなみに、腕をなぞってる辺りからめちゃくちゃ書いてて楽しかったです…

  • 64二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 21:49:17

    キミ、やっぱり素質あるよ

  • 65◆0CQ58f2SFMUP25/03/13(木) 23:52:24

    ちょっと慣れない描写が多いので明日までお待ちを…

  • 66二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 08:11:29

    ほしゆ

  • 67◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 11:57:37

    「…あなたは…私を、襲いたい…と思っているの…?」
    星南さんは、部屋の隅で佇んだままそう言った。
    不安げに怯えた顔を隠すこともせず。
    俺という男が、自分によこしまな願望を抱いているのかどうか、確認するために。

    平静を装うつもりはあるらしいけれど、身を守るように腕を組む姿は、見るからに俺に対して怯えていた。
    当然だ、一人の女性として…特にアイドルとして、異性との関係性を深めることなく生きてきた彼女にとっては。
    プロデューサーがそのような目を向けるなんてことは、想像するだけで理解不能な恐ろしいものだろうから。

    それでも、恋人として受け止めなければ、と語るその目が。
    震えながらも俺の目を見つめ続けるその目が、彼女の絞り出した勇気そのものであるならば。
    俺は、恋人として、プロデューサーとして、正面から向き合いたい。

    …怖い。
    情けない気持ちだけれど、本当は怖い。
    星南さんに失望されるかもしれない恐怖は、常に渦巻いている。。
    女性との交際経験なんて無い自分にとっても、プロデューサーではない俺に自信が無い自分にとっても。
    プロデューサーとして接してきた自分を好きになってくれた彼女に、そうではない自分をさらけ出すのは、とても怖い。
    ましてやそれが、彼女を独り占めしたい、などと自分勝手な欲望であるなら、尚更だ。

    静かに、深く息をする。彼女から目を離さず、できるだけ冷静に。
    「襲いたい、とは思いません。 そんな乱暴なことは、したくありませんから」
    プロデューサーとして、恋人として、彼女を決して傷つけたくない。
    俺と星南さん、二人の歩みならば、ともに望んでから、ゆっくりと進みたい。

    ——本当に?
    いま、目の前にいる。俺の夢を叶え、俺の夢を奪ったアイドルが。
    誰よりも強い輝きを身にまとい、何者をも超えんと研鑽を積み上げるトップアイドルが。
    高みに立ってなお、俺一人を欲しいと望み、全てを捨てる覚悟を決めてくれた最愛の人が、そこにいる。
    "あなたの望みを叶える"と覚悟を決めて、そこにいるぞ。

  • 68◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 12:02:39

    「けれど、ずっと言っているように…あなたのすべてが欲しい。それは本心です」
    よこしまな感情を振り払うように、心からの言葉を並べる。
    彼女は安堵したような、それでも不安を拭いきれないような、複雑な表情をしている。
    その顔は、怯えているようで…俺にすがるようで。
    俺の奥で燻る黒いものを、掘り起こしかねない、恐ろしいものだった。

    彼女は、一歩も動かないまま、一瞬も俺から目を離さないまま口を開く。
    「それは、でも、私はとっくにあなたの恋人で…」
    美しい声。日々その美しさを増しながらも可憐で、少女のような無邪気さを感じさせる声。
    とっくに恋人だから、すべてを明け渡している。
    そう、そうだ。それが俺と星南さんの約束だ。
    これからのすべてを誓いあったのだから、"今すぐに手に入れたい"なんて、あまりにも身勝手な欲望だ。

    一歩、前に出る。
    彼女の手を取り、再び安心させるために。
    ――本当に?

    一歩、また前に出る。
    本当だ、彼女を安心させたい。彼女の心に寄り添いたい。
    ――愛する人を、その手で弄びたいから?

    一歩、また一歩、歩みは止まらない。
    自分が分からない。
    プロデューサーとして、彼女の先輩として強く貼り付けていた仮面は、とっくにヒビだらけで。
    自分が今、"どちら"なのかも分からない。
    自分が今、"俺"なのだとしたら。素顔が晒された俺は、彼女に何をしたい?

    彼女の胸先に立つ。
    今日、数時間ぶりに間近で見る星南さんの姿は、とてもきれいで。
    怯えながらも覚悟を決める、その健気な姿は…容易に、俺のヒビだらけの仮面を欠けさせた。

  • 69◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 12:11:52

    ――欲しい。あなたが欲しい。
    心がよこしまな感情に満たされるまま、彼女の姿をもう一度見た。
    あの日、あの屋上で、あなたがアイドルとして生きる覚悟を決めたときから。
    成長に成長を重ね、トップアイドルとして君臨する現在も、あなたは何も変わらない。
    その生き様も、高潔な精神も、磨き上げられた肉体も。
    俺にとっては、あの時からずっと、心の奥底で愛し続けてきた十王星南そのものだ。

    星南さんは俺の視線を感じてか、一瞬、身を縮めた。
    俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
    目の前の愛する人を、安心させたいのに。
    目の前の愛する人を、俺の精一杯の愛情で、塗りつぶしてあげたいのに。
    なぜ、彼女は目の前で、俺の心を掻き立てる姿を見せるのだろうか。

    「いいえ、すべてです。 心も、体も、すべて独り占めしたい」
    彼女の姿に溶かされた理性から、俺の欲望が顔を覗かせて言葉を放つ。
    そうだ、俺は彼女を自分だけのものにしたい。
    その繊細な、簡単に壊れてしまいそうな本心を隠して、誰よりも強い覚悟で頂に立つ星南さんを。
    俺の手で恋人に、一人の女性にするために。今…この場で。
    彼女は自分のものだと証明したい。

    彼女に手を伸ばす。
    指先で髪に触れた。彼女は一瞬、ぴくんと体を跳ねさせるが、それ以上の抵抗は見せなかった。
    「あなたの…この髪」
    優しく、優しく髪に触れる。
    彼女の、シルクのように滑らかな金色の髪に指を通す。
    ひんやりとした感触が心地よい。
    彼女の髪が揺れるたび、甘く、爽やかな香りが立ち昇った。
    その香りは、俺の理性を着実に梳かし続けている。
    今すぐにでも顔を埋め、その香りを貪りたいと、俺の心を掻き立てる。

  • 70◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 12:23:35

    指先が彼女の髪を通り抜けてしまい、行き先を失った手を彼女の頬に添えた。
    次は反対の手で、彼女の顔に触れる。
    温かい。ほんのりと赤らんだ頬は、手のひらで触れると彼女の温度を感じさせる。
    彼女の顔に触れたい。
    目も、耳も、鼻も、…唇も、すべてに触れたい。
    積もった雪に足跡をつけるように。俺の跡をあなたに残したい。

    指先で、彼女が痛くないように、彼女が逃げ出さないように、丁寧に、丁寧に触る。
    少しだけ切れ上がった大きな目は少しだけ潤んでいて、瞳はまるで透き通った湖のようだ。
    目は驚きで大きく開かれていて、じっと俺の顔を見つめている。許されるなら、その瞳にも触れてしまいたいほどに美しい。
    耳も、鼻も、その形に添って、流れるように指を這わせる。

    白くきめ細やかな肌を、薄いメイク越しに堪能し続ける。
    彼女の顔をなぞり、何かに触れるたび、彼女は小さな小さな嬌声を上げた。
    その声が俺の耳を叩くたび、どす黒い感情はより大きな波となって押し寄せて来て。
    「――は、あっ」
    唇に触れた途端、彼女は熱い呼吸とともに、少しだけ大きな声を漏らした。
    どうして、そんな声を?
    …そんなに触れてほしいのなら。
    ――今すぐにでも奪って、ぐちゃぐちゃにしてしまいたいのに。

    ひとしきり星南さんの顔を堪能すると、俺は少しだけ両手を離した。
    星南さんの頬は赤く染め上がり、とろんとした表情で俺を見続けている。
    先ほどまでの、睨んだり怯えたりといった表情ではない。
    恍惚と、満たされているような。
    "俺に触れられて、悦んでいるような"。
    そんな顔、してはいけない。
    歯止めが効かなくなる。本当に、引き返せなくなる。

  • 71◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 12:41:14

    その様子に満足した俺は片手で彼女の手を取ると、反対の手の指先を星南さんの鎖骨に添えた。
    いつもは肩の出ている服だけれど、今日は首周りが隠れていて、もどかしい。
    もどかしいけれど、その先に待つ腕の素肌が、メイクすらも無い紛うことなき素肌が無防備に待ち構えている。
    服越しに、鎖骨からゆっくりと指を這わせ、肩をなぞる。
    そのまま腕に向かって指を滑らせ続けていると、彼女は時折、体をぴくんと揺らした。
    熱い吐息を漏らしながら、小さな嬌声をあげ続けている彼女は。
    涙を流しそうになりながらも、必死に俺から逃げまいとする彼女は、ひどく官能的だ。
    たまらない。本当に、まるで彼女のすべてが自分の思うがままと勘違いさせる。

    そして、ついに彼女の腕に触れた。
    薄い脂肪の奥に感じるしなやかな筋肉は、彼女がアイドルとして磨き続けた理想的な肉体で。
    それなのに柔らかで、生まれたてのように感じる白い肌に触れていると、ぞわぞわとした感覚が腹の底から湧き上がる。
    こんなにも尊いこの人を、その体を。
    俺は、自分の意志で、汚すことができる。

    おぞましく魅力的な妄想にわずかな怖気を覚えるが、そんなものを掻き消すほどに、彼女の姿に夢中になっていた。
    決して、決して乱暴にだけはならないように、彼女の肌を慈しむように。
    丁寧に丁寧に、繊細な料理を仕上げるように。

    指先は彼女の手に到達し、両手で彼女の手を弄ぶ。
    白く細い指を愛で、よく手入れされみずみずしい爪を撫で、彼女の手を我が物にする。
    もう、ダメだ。
    指先で触れるだけなんて、耐えられない。

  • 72◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:24:47

    俺は、不意に手を離すと、星南さんの腰に手を回した。
    いつものように支えるのではなく、そこに俺が触れていることを意識させるように。
    「ひぁっ!」
    驚いた彼女が、ひときわ大きく体を跳ねさせると、大きな声を出した。
    今までに聞いたことのない、体が"何か"を感じたような、大きな声を。

    彼女はそのまま俺の体に腕を回し、すがりついた。
    距離が一気に縮まる。
    彼女の熱い吐息が俺の胸元に浴びせられ、ぴくぴくと小刻みに緊張する様子が、触れた腰から伝わってくる。
    ――きっと堕ちる。
    きっと彼女は今日、俺のどす黒い欲にのまれ、溺れていく。
    その感触に、とめどない罪悪感と背徳感が体中を駆け巡る。

    明け渡して欲しい。
    あなたのすべてを、俺に差し出して欲しい。
    その欲望に駆られた俺は、自分にしがみつく星南さんの耳元へ頭を下げていく。
    襲うのではない、奪うのではない。
    その気高い心と美しい仮面を脱ぎ捨てて。
    どうか、"自ら差し出して欲しい"。

    顔が、彼女の耳元にたどり着く。
    俺は、とっくに溶けきった理性を熱に変え、彼女の耳に、浴びせかけた。
    「…力ずくではなく、あなたから受け取りたい」
    彼女の理性を溶かすために、俺の熱を。

  • 73◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:25:13

    「…う、あっ!」
    星南さんは、声にならない悲鳴のような喘ぎ声を出すと、その華奢な体を大きく跳ねさせた。
    俺の背に回していた手は、俺の服を千切れそうなほど強く握っている。
    足には力が入らないのか、何度もがくんと位置を下げては、必死に立て直そうとしていた。
    ――もう少し。
    俺が息を荒くし、熱い吐息を耳に浴びせるたび、彼女は体を震わせ、喘ぎ声を上げる。
    それは時折泣き声にも聞こえるような。
    たとえ不本意でも相手を"そそらせる"、淫らな声だった。

    星南さんは倒れない。何度も何度も足から崩れそうになっては立て直す。
    愛する人が自分にすがりつき、押し寄せる未知の悦楽を受け入れられずにいる姿は、あまりにも背徳的だ。
    彼女の吐息が俺の耳にかかる。
    まるで溺れているかのように酸素を求める荒い呼吸が、俺の耳を溶かていく。
    彼女の体が熱を帯びる。
    体から放たれる甘く淫らな香りが、俺の脳を溶かそうとする。
    彼女の体が跳ねる。
    体越しに響く激しい鼓動が、俺の心臓すらも過剰に打ち鳴らし、心をかき乱す。

    星南さんは、必死に俺の服を掴み、離れまいとしている。
    恐怖に耐えながら、快楽に耐えながら、しがみつく。
    俺を受け入れるために、俺を愛するために。
    俺のどす黒い感情を、その身を以て受け止めるために。

  • 74◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:26:05

    ――愛おしい。
    不意に、涙が出そうになる。
    彼女から伝わる愛情が、胸に突き刺さる。
    与えたい。愛情を。
    これ以上ないほどに、愛していると伝えないと。
    …だって俺は、恋人なのだから。

    二つの心が猛烈に湧き上がり、欲望に支配されていた俺の精神とぐちゃぐちゃに混ざり合う。
    自分が何を考えているかも分からない。
    分からないが、俺は彼女に問いたくなった。
    何を与えて欲しいのか、俺の何が欲しいのかを。

    俺はもう一度、彼女の耳元にしっかりと口を近寄せると、問を浴びせた。
    「星南さんは、俺に何をしてほしいですか?」
    その声と吐息に、いま一度大きく体を跳ねさせた星南さんは、それでもなお俺にしがみつき。
    そして、熱い吐息とともに、俺に願いを浴びせた。
    「…ぎゅって、して…」

    ――その瞬間。
    俺の奥底から湧き上がっていた、どす黒いものは、鳴りを潜め。
    ただ、名も知らない尊い感情が込み上げてくるのを感じた。

  • 75◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:26:29

    いまにも崩れ落ちそうなまま、それでもなお離れまいとすがりつく彼女に。
    そんなことを懇願する彼女に、俺は一体、何をしている?
    震える彼女の腰に触れていた手に力を込め、彼女を支える。
    俺は、自分にできる最も穏やかな声で、彼女に応えた。
    「はい、もちろんです」

    俺の声に、先程までの余韻が残った彼女の体が、一瞬だけ跳ねる。
    けれど、そんなことはもういい。
    とうとう崩れ落ちた彼女を支えるため、俺は力強く、精一杯の慈しみを込めて、彼女を抱擁した。
    先ほどまでの、濁流のような感情が嘘のように穏やかで。
    俺と彼女の鼓動は、少しずつ調和を取り戻していった。

    俺の胸に抱かれている彼女の体が、わずかに震える。
    きっと、涙を流しているのだろう。
    恐怖か、安堵か、涙の理由はわからないけれど。
    一つだけ確かなことは、俺はまた彼女の強さに甘え、追い詰めてしまったということ。
    だから、いま俺が流している涙は、彼女には決して見せてはいけない。
    これはきっと、彼女の想いにつけ込んだ罰だから。

  • 76◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:26:50

    「ごめんなさい…私、こんなものしか、あげられなくって…」
    彼女はまだ、そんなことを言う。
    俺の欲望のため、恐怖をおして差し出そうとした彼女が謝る必要なんて、なにもない。
    だから、伝えないと。
    あなたのすべてが欲しいけれど、それはとっても大切なものだから。
    「これで良いんです。 俺がずっと欲しかったものを、少しずつ大事に貰っているんですよ」
    だから、それで良い。そうしたい。
    一生に一度の愛する人なのだから。
    一生に一度の一歩ずつを、二人で歩まなければ。

    涙を流し、嗚咽する星南さんの背中をさする。
    乱れた髪を指で梳く。彼女を少しでも癒やすために。
    「こんな星南さんを見られるのは、恋人の特権ですから。…だから、焦らないで下さい」
    あなたが俺に見せるすべてが、俺にとっては大切なものだから。
    この部屋であなたが見せる、甘酸っぱい愛の言葉も。
    時折見せる慌てた姿も。
    俺にしか見せない、俺だけのあなたなのだから。
    「俺はずっと、あなた一人のものですよ」
    だから、安心して欲しい。
    俺も、あなただけの俺だと。

    彼女の嗚咽が体を揺らす。
    彼女の優しさが、涙となって溢れ出している。
    俺は、その涙の冷たさと、彼女の体温を腕に抱きながら。
    彼女の愛情に、心を包まれていた。

  • 77◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 14:37:00

    ↑↑↑以上↑↑↑

    自分の部屋で調子に乗って反省する学Pでした!
    か、書けた…

  • 78二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 15:18:03

    理性と欲望が入り交じった良い心理描写だぁ……

  • 79二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 15:25:49

    なるほど…砂糖というよりは蜂蜜…

  • 80二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 18:57:20

    閲注…いや、手を出してないから全年齢…

  • 81◆0CQ58f2SFMUP25/03/14(金) 20:18:55

    ありがとうございます!!
    せっかく書けたから8話目に組み込みたいけど、過去最長になってしまう…

  • 82二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 23:32:25

    長くても我々の砂糖摂取量が増えるだけなので気にしなくていいのよ

  • 83二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 23:43:18

    ドスケベP!ドスケベP!

  • 84◆0CQ58f2SFMUP25/03/15(土) 02:21:26

    次話シチュどうやって砂糖盛るペコしようか悩んだけど
    クリスマス合同ライブと打ち上げで終わると思ってたら、今から帰れば日が変わるまで少しだけ時間が残ってることが
    その時間を恋人同士で過ごすために慌てて二人は帰って頂き物のお酒で乾杯!
    案の定ちょっと寄っちゃった星南さんが「プレゼントはあなた!私にちょうだい!」ってなって
    学Pは、やれやれいくらでもどうぞ、する
    みたいなやつが良い気がしてきた

  • 85◆0CQ58f2SFMUP25/03/15(土) 08:59:58

    20時半頃にライブが終わったとして演者はそれなりにとっとと帰らされるとして
    100プロのクリスマスライブなら事務所でやるみたいな流れが基本だとすると21時には始まって22時半くらいにはそろそろ終わる感じになって
    帰ったら23時―23時半?まだ時間があるわ!
    くらいのタイムスケジュールになるのかな…

  • 86◆0CQ58f2SFMUP25/03/15(土) 15:18:45

    12月25日、クリスマス。
    彼と恋人同士になって、初めてのクリスマスの日。
    私と彼は、急いで帰路についていた。

    今日は100プロダクション所属アイドル達による、クリスマスライブが行われていた。
    昨日と今日で二日間行われたライブは大盛況のうちに終わり、先ほどまで事務所で打ち上げが行われていたのだけれど…。

    「クリスマスだというのに、ムードもなにも無いわね、プロデューサー?」
    迎えの車の中、私の隣で少しだけ汗ばんだ彼に、笑いながら声を掛けた。
    車窓から覗き見る世間は、誰も彼も穏やかに手を繋いで歩いているというのに。
    私たちはコートも荷物もぐちゃぐちゃで、慌てて乗り込んだことが丸わかりの様子に、なんだか可笑しくなってしまう。

    いま、時間はあと少しで23時を迎えようとしている。
    クリスマスが終わるまで、あと一時間と少し。
    私と彼は、残り僅かなクリスマスを二人きりで過ごすために、屋敷へと急いでいた。

    「少々慌ただしく出てきましたから、事情を知らない方に怪しまれた可能性はありますが…」
    そう言いながら彼は、手に持っていた紙袋から、可愛らしくリボンが巻かれたワインボトルを少しだけ取り出した。
    それは出発前、お酒を一滴も飲まなかった私たちに、ことねが渡してくれたもの。
    開けずに残っていたシャンパンに、いつの間にかリボンを巻いてくれていたもの。

    「藤田さんのご厚意です。 残りの時間を楽しみましょう」
    穏やかに笑う彼を見て、私もなんだか顔がほころんでしまう。
    アイドル、十王星南のクリスマスは素晴らしいものにできたのだから。
    私と彼のクリスマス本番はこれからだ。

  • 87◆0CQ58f2SFMUP25/03/15(土) 15:19:38

    こんな感じの入りでいきます

  • 88◆0CQ58f2SFMUP25/03/15(土) 19:53:52

    ーーー


    「これよ。準備をお願いね」
    車が屋敷に到着すると、私は出迎えの者にシャンパンを渡した。

    積み込んだ荷物は運転士に任せ、彼とともに ぱたぱたと屋敷へと駆け込む。
    靴を脱ぎ捨てるなんて何年ぶりだろう。彼はそうもいかないのか、少しだけ手こずっているのが横目に見えた。
    玄関をくぐると、彼とは別れて逆方向へ。

    少しだけ名残惜しくって、一瞬だけ振り向いてしまったけれど、一歩遅れていた彼も私をちらっと見ていて。
    彼と目が合った奇跡に満足した私は、もう一度駆け出した。
    足取りが軽くなったのは気のせい?どうかしら♪
    私と彼の部屋は反対側だから、私は私のドレッシングルームへ。
    集合場所は、私の部屋!

    廊下を走る。
    スリッパだから転ばないように、少しだけ走る。
    なんだか、とっても楽しい。
    私は別に、それほど厳格な育てられ方をしたわけではないけれど。
    こんな子どもみたいな、秘密の作戦のような慌ただしさが、幼い頃を思い出して…とっても楽しい。
    僅かなクリスマスの残り時間も今の私には、ひたすらにわくわくさせるスパイスだ。
    すれ違う使用人が皆、私を見てくすくすと笑っていた。
    屋敷の長女が騒がしくて呆れているのか、それとも、釣られてしまうくらいに私が笑顔になってしまっているのか。
    ふふっ、きっとそれは両方ね。

    駆け込んだドレッシングルームで、ちらっと時計を見た。
    いま、23時を少し過ぎた頃。

  • 89二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 01:02:28

    保守

  • 90二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 04:07:52

    保守

  • 91二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 06:53:09

    砂糖が…砂糖が止まらない…

  • 92◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 08:50:03

    少しだけ。ほんの少しだけ身支度を整えよう。
    車の中でおおよそ考えておいたから、洋服はもう選び終わっているもの。

    仰々しい上着と汗ばんだブラウスを脱ぐ。
    リラックスしたいし、堅苦しいパンツもやめだ。
    きれいめのAラインスカートと、薄手のニットをクローゼットから取り出す。
    足元は、少し気になるけれど…。いまさらストッキングだけを履き替えても仕方ない。
    ゆるめのソックスを上から履いておいて、スカートを履く。
    最後に、薄手のニットを着てストールを肩にかけた。

    よし、服装はこれでいい。次はお化粧!
    一旦ストールを外して脇に置き、ドレッサーの前に座った。
    ライブ中のメイクは、会場を出る前にオフしてある。
    今日は、おうちデート…というものだろうし、下地とパウダーだけで良い。
    ワイングラスに付けたくないし、リップはマットなものをほんの少しだけ。
    いま、時間は…23時20分。
    想定通りだけれどギリギリの計画に、焦りと高揚感が止まらない。
    最後に髪にヘアオイルを少し馴染ませ、しっかり梳いて完了だ!

    さぁ、片付けはそこそこで良いから、早く行こう。
    リボンが付いた可愛らしいルームシューズに履き替え、私は部屋を飛び出した。
    もう、彼は待っているかしら?
    どんな格好かしら、意外とスーツのままだったりして。
    それとも、いつものルームウェア?
    そこまでリラックスはしないと思うけれど、それも可愛い。
    サンタクロースの格好なんてしていたら、きっと笑いが止まらなくなってしまうだろう。
    …たったの20分ぶりに会うだけなのに、もう彼に会えることにわくわくしている。
    私の恋人は、私を夢中にさせるのが本当に上手。

    ーーー

  • 93◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 11:50:43

    私の部屋に飛び込むと、そこにはテーブルコーディネートを済ませて佇む使用人がいた。
    すでに席についていた先輩は、私が入ってくるのを見るとゆっくりと立ち上がる。
    テーブルのシャンパンクーラーには、先ほど出迎えの者に手渡したシャンパンが冷やされていた。

    「間に合ったわね!」
    少し息が乱れていた私は、思わず声が大きくなってしまう。
    そんな私を見て、彼はくすくすと笑っていた。
    だって、仕方がないでしょう?
    生まれて初めての恋人と、生まれて初めてのクリスマスデートなのだから。
    それが運命の人なのだから、なおさら素敵。

    私がテーブルにつくのを見た使用人は、早速シャンパンをクーラーから取り出して、封を切った。
    私は彼の様子を、ちらちらと伺う。
    シンプルなシャツとスラックスに、ニットのベスト。
    慌ただしくて暑かったのか、袖を折っていた。
    白い肌が覗き、前腕からは男性的な筋肉を見せつけていて、少し…どきどきする。
    彼に触れたいけれど、まだ使用人の前では、はしたないことはしない。
    少しだけ乱れた髪と、上手に隠しているけれど くたびれた表情からは、今日のライブでの疲労を感じさせた。
    色々あって、ばたばたと騒がしい十二月だったけれど…今日で大きな仕事は終わり。
    ともに駆け抜けた慰労会も兼ねて、残りの穏やかな時間を彼と過ごそう。

  • 94◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 12:13:00

    コルクを締め上げる針金が、手早く解かれていく。
    「担当アイドルの前で飲まないのは、俺の決めたことなので…星南さんは飲んでも構わなかったんですよ?」
    その様子を眺めていた彼は、ちらりと私を見て言った。
    わかっているくせに、意地悪。
    先ほどの打ち上げで私が一滴も飲まなかったのは…もちろん、彼に倣っているというのもあるのだれけど、
    「事情を知らない子たちがあんなに居るのに、醜態を晒せないでしょう?」
    彼に反論してみせるけれど、酔うと威厳が保てなくなるのは自分なのだから、あまり強気には出られない。
    つい睨もうとしてみるものの、困ったような顔しかできていない気がした。
    今日は大きなライブだったから、私と彼の関係を知らないアイドルも沢山居たもの。
    だから、あの子たちの前で酔って、彼に甘えてしまうなんて…とてもじゃないけれど、いけないわ。

    ボトルにはナプキンが被せられ、少しずつコルクが抜き出されていく。
    だから、せっかく酔ってしまうなら、あの子たちの前じゃなくて。
    「あなたと、二人きりで酔いたいの」
    あなたに見せるなら、醜態なんかじゃないから。
    私の答えを聞いた彼は、少しだけ眉間にしわを寄せた。
    ふふっ、今回は私の勝ちね。その顔、とっても愛おしい。
    あなたが難しい顔をするときは、私のことを愛おしいと思ってくれているときでしょう?

  • 95◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 15:17:53

    ボトルから天使の溜め息が漏れた頃には、私はもうすっかり、クリスマスデートの気分だった。
    まるで今日一日、クリスマスを彼とともに過ごしてきた最後のひと時のような。
    グラスに注がれるシャンパンの音も、私を浸らせるにはうってつけだ。
    ことねが気を回してくれて、今から帰ればまだクリスマスですよ、なんて押し付けてくれたシャンパン。
    銘柄なんて分からないけれど、その思い出だけで、とっても特別なお酒になっていた。
    難しい顔をやめ、注がれる様子を穏やかな表情で眺める彼も、同じことを思っているのかも知れない。
    同じ時を過ごしながら、私と同じことを考えているなんて。
    あなたも、案外ロマンチストなのかしらね。

    シャンパンが注ぎ終わった。
    「では、失礼致します。 御用があればお申し付けください」
    使用人がそう言って会釈をすると、シャンパンをクーラーに戻した。
    部屋から退室する後ろ姿を見送るように、天使の拍手が静かに鳴り響いている。
    二人きりになる寸前まで、私と彼は静寂と拍手の二重奏に耳を傾けていた。

  • 96◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 15:19:01

    部屋に、彼と二人きりになった。
    私と彼はグラスを手に取る。
    待ちわびたシャンパンと、彼との時間。
    しゅわしゅわと軽やかな音、透き通った黄金色、さわやかな香り。
    自然と笑みがこぼれ、子どもの頃のように胸が躍る。
    「では…プロデューサー?」
    彼を促し、目で伝える。
    せっかくなのだから、一緒に。
    私たちの、記念すべき日だもの。

    彼と、私はグラスを向けあった。
    いま、時間は23時30分。
    「メリークリスマス」
    私たちの声が重なり合ったとき、人生で初めてのクリスマスデートが始まった。


    ーーー

  • 97二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 22:30:49

    なんとなしにスレ開いたらどハマりしちゃった……
    デレデレ甘々になってる星南さんはいいですね

  • 98◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 22:50:44

    他愛もない話をした。
    今日のライブのこと。
    私がことねのファンサを受けたかどうかとか、千奈と篠澤さんのMCが良かったとか。
    燕のステージと私のステージ、どちらが盛り上がっていたかとか、ファンのコールはどちらが大きかったかとか。
    これが、最後のクリスマスライブになるのよね、なんてこととか。

    昨日のこと、日々のちょっとしたことも話した。
    昨日の朝のうちにプレゼンとを交換してしまったこととか。
    そのプレゼントが手作りだったから、私も今度は手作りのものに挑戦してみたいとか。
    年末は十王家はどう過ごしているのかとか、どんな行事があるのか、とか。

    そんな、他愛もないこと。
    愛しい人との、そんな他愛もない話が、最高の肴になって。
    こんなにも素敵な時間を過ごせている幸福を、噛み締めている。

    「今日は一杯とは言いませんが、気分が悪くなる前にストップしましょうね」
    彼は、意気揚々と手酌で二杯目を注いでいる私に言った。
    もう、とってもいい気分なのに、水を差さないでちょうだい。
    結局、私は彼と交際してからというもの、食前酒程度しかお酒を口にしておらず。
    簡単に酔っ払わないように、なんて彼のアドバイスに一応は従ってあげていた。
    だから。今日はとっても特別なお酒の席なのだから、とっても美味しいお酒と肴があるのだから。
    あなたと二人きりのクリスマスデートなのだから、少しくらい羽目を外してもいいでしょう?

    「ならないわ、とっても美味しいもの。 あなたも二杯目はいかが?」
    そう言って、少しだけ誤魔化しながら、彼にもおかわりを勧めた。
    ありがとうございます、なんて余裕たっぷりの顔で言うものだから、なんだか癪だけれど。
    彼にもお酒を注いであげた。
    トップアイドルに注いでもらったお酒ですね、なんて彼に言われながら。
    それを言う彼の表情が、とっても可愛らしい笑顔だったものだから、私もちょっとだけ照れてしまった。

  • 99◆0CQ58f2SFMUP25/03/16(日) 23:21:26

    照れてしまったら、仕方ない。
    もう、目で追ってしまう。彼の一挙手一投足を。
    シャンパングラスを掴む彼の、白く長い指。ごつごつとした手の甲。
    私の顔に触れ、体に触れ、…心を乱し、私を、弄んだ手。
    …私の体を滑るように走り、その身を差し出させんとした手。
    あの日を思い出し、顔が熱くなる。
    いいえ、これは酔っているから。あの日を思い出してなんて、あげないから。

    グラスに近づく…。グラスについた、彼の唇。
    その香りを、しゅわしゅわとした舌触りを、味わいを堪能するために、彼の口に流し込まれるシャンパン。
    あの唇は、いつも私を狙っているのに。
    そんなグラスで、…そんなところで、満足気にしないで。
    …何、考えているのかしら。 ちょっと酔っているのかも。

    シャンパンが飲み込まれて、彼の喉が動く。
    彼の喉は、やっぱり白くて、中性的なのに少し太くて。
    喉仏がくっきりと見えていて、鎖骨の近くにほくろがあった。
    どうして、私は…何度も見ている彼の姿に、こんなにも夢中になってしまうのだろう。
    照れ隠しのように、手に持ったグラスを何度も傾けてしまう。
    とっても美味しいお酒。でも、さっきよりちょっとだけふわふわして、味がくっきりとは分からない。
    ばかね、私。彼に夢中になって、味がぼやけちゃうなんて。

    「星南さん、少しペースが…」
    彼が何か言っているけれど、聞こえないフリをしてお酒を口にする。
    あなたに夢中になっているなんて気づかれたら、恥ずかしすぎるもの。


    ーーー

  • 100◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 00:26:36

    私のグラスが、三杯目の終わりを迎えている頃。
    なんだか記憶にあるような、無いような、ふわふわした気持ちのいい気分だった。
    「こんな時間がつくれるなら、プレゼント交換、今日にしていたのだけれど」
    まだ全然だいじょうぶ。思考もはっきりしているし、言葉もすらすらとでてくるから。
    彼は、すこしだけ私を心配そうに見ているけれど。
    普段通りに話せそうな私を見て、ちょっとだけ安心したみたい。

    「あなたと過ごせる時間は、どんなプレゼントよりも魅力的ですから」
    私を見て、くすっとだけ笑った彼は、少しだけ柔らかいすまし顔でそう言った。
    なによ、それ。そんなの私も思ってるもの。
    そんなすまし顔で言ったって、そんなことで私はどきっとしてあげないわ。
    「ふふっ♪ 気障なセリフもさまになるわね、プロデューサー」
    私も、余裕たっぷりで返してあげた。
    今日は彼に負けてあげないから。私がどきどきさせてやるって、さっき決めた…気がする。
    だから、その…私を見る、呆れたような、子どもを見るような目、やめなさいよね。

    彼は、三杯目を飲み干したグラスを置いて、私ほうを向いた。
    その真っ直ぐな目で見れば、私をどきっとさせられるなんて、思ってないでしょうね?
    でも、きれいな瞳。その瞳が大好き。
    「星南さんは、いかがですか?」
    そのきれいな瞳で私を釘付けにしながら、彼はよくわからないことを言う。
    いかがって、なぁに? って、ぼうっとしていると。
    「いま、俺から欲しいものは、ありますか?」
    彼は、そんなことを言ってきた。

  • 101◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 00:27:55

    ――そんなの。
    ある。あるわよ、当たり前じゃない。
    でも、それを貰ってしまったら…プレゼントが、二つ目になってしまうわ。
    そんなことを、ぼそぼそとこぼしていたら、彼はテーブルに腕をついて。
    「構いませんよ、何個でも差し上げます」
    なんて言うものだから、私は、つい嬉しくなってしまって。
    欲張りになってしまって。
    目を輝かせて立ち上がり、彼の手を引いた。

    少しだけ、足取りがおぼつかないけれど。
    彼はそんな私を支えるようにしながら、私についてきてくれた。
    やった。今日ずっと欲しかったもの、くれるんだ。
    私の恋人って、普段はとっても仏頂面で、私を困らせてばかりなのに。
    こんなときはぜったい、私に優しくって、大好きなの。

    そして私は、彼を連れて、大きめのソファにたどり着いた。
    あんまり力が入らなくて、飛び込むように座ってしまった私の隣に、彼はゆっくりと座ってくれる。
    隣にぴったりくっついて、私の欲しいもの、もう分かってるみたいに。
    そういうところ、何でもお見通しで…大好き。
    大好きだから、私は、彼の腕にそっと触れた。
    「…あなたに、もっと触れていたいわ…」
    彼が答える前に、我慢できなくて触れてしまう。
    今日は忙しくって、ほとんど彼と二人の時間がなかったから、なおさら。
    私の大好きなプロデューサー。私の大好きな先輩。私の大好きな、恋人。
    そういえば、まだクリスマスなのかしら。
    もう、日をまたいでしまった?だったら、クリスマスプレゼントを貰ってはいけないわ。

  • 102◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 00:28:47

    「はい、こんなものでよければ」
    ちょっとだけ不安が湧き上がった私に、彼は優しい声色で言ってくれた。
    そうだ、時間なんて関係ない。私たちは恋人同士なのだから、いくらでも与え合えばいいんだ。
    「こんなものなんかじゃ、ないわ」
    彼の腕に、肩に、もたれかかるように手で触れた。
    彼を諌めるように、慰めるように、私の気持ちを伝えて、彼を安心させられるように、私も伝える。
    「これじゃないと、だめになっちゃったもの」

    そう言って、私は彼の胸元に倒れ込んだ。
    唐突に倒れ込んできた私に押され、彼はソファに仰向けに滑り込み…私も、彼とともに倒れ込んだ。
    咄嗟に、足元の姿勢を直した彼だけれど、私は彼に寝そべるように乗りかかってしまう。
    私の顔はちょうど、彼の胸元か少し下のあたりで。
    なんだか私が、彼を従えているような。ちょっとだけ背徳的な気分になった。
    「汗臭くありませんか?」
    彼が、頭の上のほうでそんなことを言う。
    汗臭くなんて、ぜんぜんない。とっても好きな匂いがする。
    「私がだいすきな、あなたの匂いがする…」

    彼の胸板に、甘えるように顔をこすりつけてしまう。
    わずかに残った香水の匂いも、ほのかに香る彼の疲れた匂いも。
    安心するのに、心がそわそわして、夢中になる。
    幸せな香りがする。この香りが好きだから、彼といつも抱きしめ合いたくなってしまって。
    毎晩、毎晩、彼の腕に抱かれていたくなるの。

  • 103◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 00:43:05

    私は彼に乗ったまま、まさぐるように彼の体を撫でた。
    胸板の硬さも、シャツの首元から覗く白い肌も、私を支えている腕も肩も。
    彼がここにいる。ここにある。それを実感できるいま、この瞬間が、私の心を満たしていく。
    「…少し、くすぐったいですよ」
    彼が、そんなことを言って身をよじった。
    もう、私を振り落とそうとしているんじゃないでしょうね?
    私も負けじと彼の体によじ登り、彼の脚の間で、もぞもぞと姿勢を直す。
    「だめよ、はなれないで」
    なんだか少し、私の体を支える彼の手に力が入っているけれど、どうしてかは分からない。
    少しだけ呻くような、こらえるような声が聞こえるけれど、それよりも私は彼の体を堪能することに夢中だった。
    もっと、腕に力を入れていいのに。もっと、ぎゅっとして欲しいのに。
    彼の体温を、もっともっと感じたいのに。
    私はそれを訴えるように、胸元にいるまま、彼の肩に手を回した。
    「もっと、あなたを感じたい」

    深呼吸をする。
    彼の香りが、私の心を刺激する。
    体に触れる。
    彼の感触が、私を安心させる。
    なんだか夢中になってしまって、くすくすと笑ってしまった。

    そうして、彼からのプレゼントを心ゆくまで堪能しているとき。
    彼が少しだけ身を起こし、私にこう言った。
    「俺も一つ、プレゼントが欲しくなりました」


    ーーー

  • 104◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 00:43:48

    一旦寝ます!明日には書き切れるかな~

  • 105二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 03:41:55

    保守

  • 106◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 09:01:07

    プレゼント?あなたも、プレゼントがほしいの?
    いいじゃない! せっかくだもの、プレゼント交換だわ。
    あなたも欲張りになってしまったの?なんて言いながら。
    けらけらと笑って、彼に何が欲しいかを聞いてみた。
    すると彼は、寝転んでいた私を押し上げて、ともに座り込み。

    彼の足の間に、私がちょこんと座り込むような体勢になってしまった。
    甘えられなくなって残念だけれど、彼の顔が近くなって、嬉しい。
    私が彼の顔を眺めて見惚れていると、彼はだんだんと熱っぽい顔になっていく。
    「星南さんに甘えたい…、というのはいかがでしょうか」
    そのまま彼は、私にプレゼントをねだってきた。

    甘えたい?あなたが、そんな私を頼ってくれるなんて珍しい。
    もちろん、構わないわ!…って思ったけれど。ちょっとまって。
    甘えるって、さっきの私みたいに?
    それって、抱き合ったり…は良いけれど、匂いをかいだり、するの?

    「そ、それは…その…」
    いつもなら、いやじゃ、ないけれど。
    今日はライブが終わったまま、帰ってきたそのままだから。
    「…お風呂にも、まだ入っていないから…」
    彼に、汗臭いなんて思われたら、悲しいもの。
    あなただって、そんな私のにおい、いやでしょう?って、もじもじと身を隠しながら聞いてみると。
    その様子を見た彼は、小さく、けれどはっきりと、喉をごくりと鳴らしたのが見えた。

    彼は、かまいません、なんて言って。いつもよりなんだか赤くて、余裕のない顔で。
    そんな可愛い顔で私の気を引いて、不意を打たれた私は何もわからないまま。
    私の肩をぐいっと押して、私はソファに、押し倒された。

  • 107◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 09:15:28

    勢いで一瞬、目を閉じてしまう。何が起きたの?
    倒れたあと、目を開くと眼の前に彼の顔があって、あっ、と声が漏れてしまう。
    彼が、とっても近い。
    うれしいのに、彼の瞳に射竦められてしまって、彼から目が離せない。

    彼の視線が、私の唇を舐めるように見た。
    キス、したいの?けれど、それは…。
    「…酔っているときは、嫌…」
    自分でも驚くくらい弱々しい、震えた声で彼に忠告する。
    だめよ、もっと強く言わないと。彼、こんなときは少しだけ強引だから。
    それに酔っているときは…って、何度も言っているでしょう? あなた、我慢できなくなってしまったの?
    どうして? でも、だめよ? 約束でしょう?
    彼から必死に顔を逸らして、戸惑う心を誤魔化すために、彼に唇を奪われないために抵抗する。

    けれど、こんな体勢…、いけないことを、しているみたいで…。
    身をよじりたいのに、彼に押さえられた肩が動かなくって、身動きがとれない。
    この感覚、知っている。ことねにそそのかされて、彼をいたずらに誘ってしまった日。
    あの時と同じに気配がする。場の空気で分かる。
    …でも、あの時とは違って、私はいま、彼に押し倒されている。

    酔って力が入らないから、絶対に押し返せないのが本能で分かる。
    彼の胸元を押してみるけれど、撫でるだけのようになり、ぜんぜん動かなかった。
    普段は意識しない、彼との体格差に、心がぞわぞわする。
    その体に組み伏せられたら、私は、どうなってしまうのだろう。

    押し倒されているから、私はもう逃げられないと頭で理解した。
    肩を押さえている手に触れてみるけれど、彼の手はまったく力を緩めることはなくて。
    私はむしろ、彼の…そのきれいな手が、私を押さえつけることに夢中になっていることに、どきどきしてしまって。
    私が、ぜったいに力では敵わないと、彼に思い知らされているようで。
    鼓動はどんどん大きくなり、胸はぎゅうぎゅう苦しくなっていく。

  • 108◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 09:16:56

    いま、なにをされても…私は、抵抗できない。
    そう思ってしまった私は、彼にいいようにされてしまうかもしれない自分を、想像してしまって。
    よこしまな、背徳的な感覚に陥ってしまい。顔も体も、どんどん熱くなっていくのを感じた。

    どうして? 私、プレゼントをもらっていただけなのに。
    彼と、クリスマスデートで…お酒をすこしだけ飲んだだけ、それだけなのに。
    私、今日はぜんぜん誘っていないはずなのに。
    混乱してしまう。頭がぐるぐると巡り、思考がまとまらない。
    酔っているから? そうかも知れない。
    本当はうれしいの? 分からない。
    でも、今日は何だかふわふわしてるから、今までで一番、こわくない。

    「キスは、しません。 約束ですから」
    彼は、私を安心させるように、やさしい声色で言う。
    けれど、やさしいだけではなくて…。なんだか、妖艶な、色気が感じられて。
    そのいやらしさに、私の胸は高鳴った。
    ほんとうに?キスしない?
    じゃあ、大丈夫かな。彼のこと、しんじているもの。
    私を押さえる彼の腕も、その熱っぽくて潤んだ目も、たくましく、愛おしく見えて。
    流されても良いかなって、だめな私になってしまいそう。

    「では、プレゼントを頂きますね」
    そう言うと、彼は肩から手を離し、私の頭を撫で始めた。
    でも、それは撫でるためじゃなくて、私を動かさないための手だと気がついたときには。
    彼はもう私の首元に触れるところまで顔を動かしていた。

    あっ、と声が漏れてしまう。
    彼から少し顔を逸らしていたから、受け入れるようになってしまって。
    彼はすんなりと、私の首元にたどり着き、私の髪と首元の感触を堪能していた。
    それは彼が、私を食べてしまうときの、あの…。

  • 109◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 09:48:15

    私が心の準備をする前に、彼は私の首元で、深く息をし始めた。
    冷たい空気が首元を撫でる感覚に、どきどきと胸は痛くなるほど打ち鳴らす。
    「あ、あぁあっ」
    彼の熱い息と、冷たい外気が入れ替わるたび、私の首元をぞわぞわと刺激して、たくさん声が漏れてしまう。
    恥ずかしい。大好き。たすけて。うれしい。
    感情がぐちゃぐちゃになりながら、私は必死に、必死に呼吸する。
    まるで彼に、息を盗られているみたいに。彼が私を吸うたびに、私は息が苦しくなってしまって。
    彼はいつもより、荒々しくって、呼吸も激しい。 どうして? ねえ、どうして?
    あっ、あっ、って声が漏れてしまって、そのたびに恥ずかしさで死んでしまいそうで。
    でも、彼はなんだかうれしそうで、私もそれが、ちょっとだけうれしい。
    どうしてそんなに、私が欲しくなってしまったの?
    私、そんなにいい匂い、するの?

    「んっ…あっ…あぅ…」
    変な声が漏れるのを、ぜんぜん止められない。
    私、いやらしい子になってしまったのかしら。 そんなの、みっともなくて恥ずかしい。
    彼が、顔をぐりぐりと押しつけるたびに、深く息を吸うたびに、何度も何度も声が出る。
    くすぐったくて、いやらしくて、ぞわぞわして。
    だめ、だめ! もう、ほんとうにだめ!
    さっきから、変な感じがして。背筋がしびれる感じがして。
    足が、もじもじして、太ももをこすり合わせてしまう。
    これ、いやだ。こわい。

  • 110◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 09:48:35

    「いやっ…あせ、かいたから…」
    首をすこしだけひねったりして、抵抗する。
    でも、彼に頭をやさしく掴まれていて、大きくは動けない。
    いつもは優しく撫でてくれる彼の手が、私の動きを抑えるために使われていて。
    いやなのに、逃げたいのに、私はそんな彼に、かえってどきどきしていて。
    自分の抵抗は無駄だと思い知らされていて、私は変な気持ちになってしまう。

    なんだかそれが、恥ずかしくて、情けなくて。
    お腹の下のほうが、ぎゅうって苦しくなるのが、やっぱり怖くって。
    私は、気がつくと手が震えて…彼の服を掴んでいた。


    ーーー

  • 111◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 11:05:40

    私の手が震えていることに気がついた彼は、私の頭に置いていた手を、優しく動かし始めた。
    あやすように、慰めるように、私の髪を指で梳いてくれる。
    私の方を押さえる手も、もう力は抜けていて…私の頬を撫でてくれた。
    …まただ。
    また私は、彼を受け止めることができなかった。
    「星南さん」
    とってもやさしい、とびきりやさしい声。
    その声を聞いた私は、もっと安心したくて、彼を引き寄せる。
    彼は抵抗なく、すっと私に覆いかぶさってくれて。 私は彼と頬を合わせ、少しだけ涙を流した。
    「なぁに…?」
    彼が、私の名前をやさしく呼んでくれたから、私も、できるだけ涙をこらえて返事をする。
    ごめんなさい。また怖くなってしまって。
    あなたのしたいこと、ほんの少ししかさせてあげられない。

    「…好きです」
    私が自責の念に囚われていると、彼は私の耳元で吐息を吹きかけながら言った。
    耳にかけられた熱い吐息が、私の脳に、体に、びりびりと電気を走らせる。
    「は、あぁっ…!」
    大きな、はしたない声が出てしまった。
    恥ずかしい。恥ずかしいけれど、我慢なんてできない。
    だって、私を安心させるために言ってくれた言葉なのに、構えるなんて出来なくて。
    正面から、受け取ろうと思ったのに。
    …そんな、いやらしい声で、言わないで。

    「そんなの、ずるい…」
    いつもみたいに、もう終わりなのかと思っていたら、そんな不意打ちをするなんて。
    でも、そんなうれしい言葉を言われたら、やめてなんて言えないじゃない。
    「もう、やめましょうか?」
    彼は私の首元から顔を離し、私の正面に来ると、とびきり意地悪な顔で私に言った。

  • 112◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 11:06:09

    「いじわる…」
    もう、それしか言えない。
    意地悪な顔で、けれど赤くて余裕なんて感じられない、必死な顔で言われたら。
    そんな可愛くて愛おしい顔で言われたら、もっともっと言って欲しくなってしまう。
    私に言わせたいの? あなたって、本当にいじわるな人ね。

    「意地悪なのは、星南さんですよ」
    顔が熱いまま むくれた私に、そんなふうに…私のせいみたいに言う彼は。
    ちょっとだけほっとしたような、満足したような。
    けれど、まだその奥に何かを秘めているような。
    複雑な笑みをこぼして、少しずつ体を起こした。
    私が意地悪って、どこが意地悪だというの? …まったく、人のせいにして。

    心のなかで悪態をつきながら、乱れた服を整える。
    スカートは太もものあたりまで捲れていて、ニットもインナーごとずり上がっていた。
    もう少しで彼にとんでもない姿を見せてしまうところだったと理解して、慌てて肌を隠す。
    彼を見ると、シャツのボタンがいくらか外れていた。
    隙間から覗いていた白い肌は、今は露わになっていて。
    もう少し見るのが早かったら、きっと、よくないことが起きていたかもしれない。
    そんなことを考えながら私は、もう自分がほとんど酔っていないことに気がついていた。


    ーーー

  • 113◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 12:01:08

    夜。
    時間は、もう深夜の2時を過ぎている。
    ソファに二人で。離れるのは寂しいから、彼の肩に頭を乗せて座っていた。
    すっかり酔いは覚めてしまって、先ほどまでの自分の痴態を思い出しては苦悩する。

    …本当に、どうかしていた。
    はしたないとか、みっともないとか、そんなレベルのことではなくって。
    もう少しで私たちは、"どうにか"なっていた。ということを、嫌と言うほど実感していて。
    もう、恥ずかしと情けなさで、頭はぐるぐると回り続けている。
    清らかなクリスマスデートのつもりが、どうしてこんなことに…。

    「申し訳ございません、調子に乗ってしまいました」
    涼しい顔で私に謝罪している彼も、先ほどより赤みは引いていて。
    彼も、少し酔っていたのであろうことは推察できた。
    じっと睨んでみると、少しだけ申し訳無さそうに頭を掻いたりしているけれど。
    もう、本当に怖かったんだから!

    ふと、彼が私の手に触れた。
    温かい手。さっきまでのことがあったから、ちょっとだけどきっとしたけれど。
    なに?なんて、まんまと安心させられた私が彼の顔を見ると、少しだけ心配そうな顔をした彼が居た。
    「どうしたら、許して頂けますか?」
    …そんなの。別に、怒ってはいないわよ。
    でも、ちょっとだけこわかったから。
    もし、次があるなら…。もっと、優しいほうが良いなって、思っただけだもの。

  • 114◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 12:01:25

    でも、私のこと意地悪とか言った彼を、そのまま許しちゃうのはちょっと癪な気がして。
    だから、とっておきの罰を思いついた。
    私は彼の手から自分の手を抜き取ると、もう一度握り返した。
    一瞬、呆気に取られた彼の隙をついて、彼の耳元に滑り込む。
    「もっと、たくさん好きって言って」
    ほんの少しだけ、いやらしくないように、吐息を浴びせた。
    彼の口から、えっ、と少しだけ声が漏れたのが聞こえる。

    咄嗟に彼から身を離した私は、彼の顔を覗き込んだ。
    さっきまでの涼しい顔はどこへやら。ほんのり赤らんで、照れている様子だった。
    その顔を見られた私は、今日一番の仕返しができた喜びに胸を躍らせ。
    彼の意地悪のことなんて、もうすっかり許してしまっていた。

    彼は軽く咳払いをして、難しい顔をせずはにかんだ。
    「…もちろんです、何度でも言いましょう」
    照れ隠しもせずそう言う彼は、他の誰も見たことがないその姿は、私だけの特権で。
    どんなプレゼントよりも、心が温かくなるのが分かった。


    ーーー

  • 115◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 12:14:01

    翌朝。
    眩しい朝日に照らされて、目が覚めた。
    体は、なんだかくたくたで、そこかしこの関節が軋んでいる。

    意識が少しずつはっきりすると、理由は明白だった。
    昨日はそのまま、ソファで寝てしまっていたのね。
    彼と…その、大好きって、伝え合いながら。
    念の為、衣服を着ていることを確認した。
    そんなつもりはなかったけれど、私が寝ている間に彼が悪さをしていたら…なんて、ちょっとだけ思ってしまったから。

    ふと、私の体に毛布がかけられていることに気がついた。
    彼がかけてくれたのかしら、なんて思って、まだ少しぼーっとする体を起こす。

    そして目に入ったのは、私にかけてくれた毛布にもたれるように眠る彼の姿と。
    その姿が、爽やかな朝日に照らされた、美しい光景だった。

    顔がゆるんでしまう。
    笑みがこぼれてしまう。お風呂にも入らず、服も髪もぐしゃぐしゃで、部屋も散らかったままなのに。
    慌ただしくって、散々心乱されたクリスマスデートだったのに。
    朝、起きて…こんなに素敵なクリスマスプレゼントが用意されているなんて、思ってもみなかったから。

    そして私は、未だ眠る彼の髪を撫でた。
    いつ起きるのかな、なんて思いながら。
    起きたとき、私が彼のクリスマスプレゼントになれたら良いな、なんて思いながら。
    私は静かに、彼が目覚めるのを待ち続ける。

  • 116◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 12:15:04

    ↑↑↑以上↑↑↑

    クリスマスデートで酔って調子にのった二人がギリギリセーフの話でした!!
    ギリギリセーフです。(断言)

  • 117二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 12:22:30

    今後とんでもなくハードになるから相対的にセーフなのかもしれない

  • 118◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 12:29:26

    本番してないだけでほぼセッやんけ。が大好きなので
    その雰囲気が少しでも感じて頂けたらうれしいです!

  • 119二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 13:22:01

    良かった

  • 120◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 13:43:45

    >>119

    ありがとう😭読んでもらえてうれし

  • 121二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 13:43:58

    あっ…あっ、…どうしてくれるんや…こんな素敵な作品を書いてくださって…最近俺星南さんと学Pの砂糖成分が無いと生きていけなくなりつつあるんだ…責任とってこれからも供給してください(懇願)

  • 122◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 13:49:15

    >>121

    ありがとうございます😭この二人が一緒にいたら砂糖は生み出され続ける...

    クリスマスデートはちょっと…ここまでやったらキスしろやってちょっと書いてて思ってしまったけど...

  • 123二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 16:04:02

    す、すげぇ…
    最初から最後までイチャイチャしかしてねぇ…

  • 124二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 18:44:32

    全世界の甜菜農家と砂糖黍農家が廃業した

  • 125◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 19:39:53

    ことねにイジられて学Pがはみ出しそうになる話、再構成してみたらよりいい感じになってめっちゃ読んでもらいたい欲が湧いてるんですが
    話被るけど、あとで投下しちゃってもいいやろか…?

  • 126◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:23:13

    見せたい欲が我慢できない!見てくれ!投下します!

  • 127◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:26:24

    星南先輩が引退を発表して一週間。
    星南先輩が、プロデューサーさんとお付き合いをすることになって、一週間。
    あたしは、クリスマスライブに向けてのレッスン計画について、ミーティングをしていた。

    「…今日はこんなところね、何か確認しておきたいことはあるかしら」
    そう言って資料を挟んだバインダーから目線を上げたのは、あたしの大切なプロデューサー。
    あたしの大好きな、憧れのトップアイドル、十王星南。
    つい数日前、来年のライブツアーで引退すると突然発表した、その星南先輩だ。

    星南先輩の引退発表で、ファンの反応は…そりゃあエライことになってる。
    もともと、将来はプロデューサー志望っていうのは、最近のインタビューでも話してたから。
    もしかすると引退が近いんじゃ?って話は、ファンの間では上がってたみたいなんだけど。
    それでも、突然推しのアイドルが引退するなんてこと、どんなタイミングでもみんな辛くて当たり前だから。
    だから、騒ぎになるのなんて、しょうがないコトだ。

    あたしだって、最初はムカついたし、けっこー本気で怒った。
    プロになってもあたしとライバルで居てくれて、ずっと競い合っていけるって思ってたから。
    あたしと一緒にステージに立って、世界一を取り合うものだって思ってたから。
    だから、あたしを置いて辞めちゃうのかって、星南先輩にめっちゃムカついたし、キレた。
    なんで、あたしから星南先輩を持ってっちゃうのって、星南先輩のプロデューサーさんを蹴飛ばしたくなった。
    プロデューサーさんに掴みかかったことは、ちょっとだけ申し訳なくて、ちゃんと謝ったけどさ。

    でも、そんなの最初だけ。
    だってあたし、プロデューサーさんとお付き合いするって言ってきた時の星南先輩、見ちゃったから。
    めっちゃ幸せそうで、運命みたいなの、見つけちゃったんだなぁって感じだった。
    星南先輩、ずっとアイドルだったから、恋愛とかそいうのはたぶん諦めてるんだろうなって思ってたけど。
    ずっとプロデューサーさんのこと好きだったのは、見ててすぐ分かっちゃってたし。
    だから、せっかく掴めた幸せなら、あたしは絶対そのほうが良いって思っちゃったんだよね。
    それにさ、推しのアイドルが人生かけて決断したことなんだから、背中押してやるかって。

  • 128◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:27:45

    「ことね? 特に無ければ、今日はこれで解散だけれど…」
    あたしが返答しないのを見ると、そう言って星南先輩は場を終わらせようとしていた。
    いつもなら、このあとお茶でも…なんて言い始めてる星南先輩が、もう終わらせようとしてるってのは怪しい。
    たぶん、プロデューサーさんがここに来るってことだ。
    …でも、あたしもちょっとは仕返ししたいから。担当アイドルの特権で、からかってやる。
    あたしは、とびっきりの意地悪な笑顔を作って、星南先輩の目をじっと見た。

    「星南先輩、今日そんなに急ぐってことはぁ、プロデューサーさんとデートですか?」
    そう聞いた途端、星南先輩が固まった。
    みるみるうちに顔が赤くなるのを見てると、あたしはもう、しめしめって感じだ。
    あはっ、かんわいい♪ こんなうぶで、あのオトナなプロデューサーさんと恋人やれてんのかぁ?
    星南先輩には悪いと思ってるけど、反応が可愛いからついつい意地悪しちゃう。

    「そ、そんなわけないでしょう!私たちは、まだ担当アイドルとプロデューサーなのに!」
    慌てて言い返してくる星南先輩は、一番星の威厳なんてどっかに飛んでってて。
    不満げに見えるその表情も、よーく見ると何かを思い出すような顔をして。
    プロデューサーさんのこと考えてんの、一発で分かっちゃう。こんなの隠せんのか?引退まで。

    自分で言ってたけど、誕生日にホテルでディナーデートして、そのまま屋上のバーで勝負に出たとか。
    しかも自分から告白しようとしたら、それを遮ってプロデューサーさんから告ってきたって。
    なんだそりゃ、めっちゃくちゃ羨ましいじゃん! そんなオトナな展開味わってみてーわ!
    しかもドレス着て、そのあと抱きしめあって…めっちゃ事細かに教えられたから、無駄に具体的なイメージ湧くし。
    そんな流れで付き合うことになったってコトは、たぶんプロデューサーさんはグイグイ行くでしょ。
    …でも、星南先輩めっちゃ乙女だし、プロデューサーさん優しーから、まだキスまでとかなんだろーな…。

  • 129◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:28:06

    「キスだって、まだ…なのに…」
    星南先輩はそう言うと、赤い顔はそのままに、口元を髪で隠した。
    思わぬ返答に、あたしは逆に困惑してしまう。
    えっ?キス、まだなの?なんで?
    「えっ、でもディナーの日になんか、抱きしめあったとか、言ってませんでした?」
    想像していた告白シーンが間違っていたらしい事実に混乱し、素朴な疑問を返す。
    その時のことを聞かれた星南先輩は、口元を隠したまま もじもじし始めて、言いづらそうに答えた。
    「…抱きしめたけど、キスはしてない…」

    めちゃくちゃ恥ずかしそうに答える星南先輩はめっちゃ可愛くて、なんかもうそれだけでご馳走様なんだけど。
    星南先輩、ぜったいキスとか我慢できないタイプだと思ってたのに、そこは奥手なんだなぁ。
    あたしも別に経験ないけど、夜のデートで告白成功して抱きしめあうとか、それって絶対キスする流れじゃんか。
    憧れのシチュエーションじゃんか!
    …でも、恥ずかしそうに口元を隠してうつむいてる星南先輩を見ると、ちょっとだけホッとする気持ちも湧いてくる。
    じれったいけど、引退まできっちり仕事に手ぇ抜かないようにしたいのが分かるっていうか。
    そういう所でマジメだから、プロデューサーさんも無理強いしなかったんだろうし。
    なんか良いな、この二人。あたしも、プロデューサーさんみたいないい人、降ってこないかナ~。

    「でも夜に…お互いの部屋でだけ解禁、でしたっけ? そういうとき何してるんです?」
    そう聞くと、星南先輩は ぱあっと明るい顔をした。それはね!なんて言いながら、彼部屋デートの話を始める始末。
    さっきまでの恥ずかしそうな顔はどこへやら。赤い頬はそのままに甘酸っぱい空気を醸し出す。
    「お話っていうか、その、彼にたくさん、好きって言ったりね」
    空気だけじゃない、エピソードも相当甘酸っぱい。
    照れながらそんなことを楽しげに話す星南先輩は、めっちゃうぶな恋愛をしているのはよく分かった。

  • 130◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:28:20

    「彼の好きなところを、たくさん伝えたりね、少しでも好きって思ったら、すぐに伝えたりね。 彼も少しずつ伝えてくれるようになってね」
    言葉を選んでるのか選んでないのか分からないけど、甘々なデート風景を次々と説明してくれる。
    プロデューサーさんが好きを伝えるってのが全然想像できないけど、二人きりのときは変貌するんだろうか。
    あのプロデューサーさんが…星南さん、好きです。愛してる。とか? 想像できねー!ギャップか!?
    あのクールな仏頂面が、実は二人きりのときだけは隙を見せて相手を夢中にさせる的なやつ!?

    「あとはね、毎晩必ず抱きしめあうの」
    星南先輩は、話の流れでさらっとすごいことを言う。
    毎晩、必ず、好き好き言い合って、抱きしめあう。が、キスはしていない。
    …どゆこと? だんだん逆に、自分が常識外れなのかもと思うくらい星南先輩は当然のように話し続ける。
    「彼が、誘ってるのか、なんて言ってきてね…そんなわけがないのに!彼ってば、私の首元に顔を埋めて匂いを嗅ごうとするのよ?」
    星南先輩は、話し続ける。たぶんそろそろ、聞かないほうが良さそうな話だ。
    でも、なんか幸せそうで腹立つから…ちょっとだけ、意地悪マシマシにしちゃお。
    「それ、プロデューサーさんがぁ…」
    あたしは、星南先輩にだけ聞こえるように。部屋には誰もいないけど、内緒話の声で、星南先輩に言う。
    「星南先輩に、えっちなことしたいんじゃないですかぁ?」

    あたしがぶっ込んだら、星南先輩はまた、5秒くらい固まって。
    固まっていたと思ったら、爆発したのかってくらい真っ赤になった。
    なっ、とか、そっ、とか、言葉になってない声しか出せなくなってたから、悪戯心がくすぐられて、追い打ちをしたくなる。
    「毎晩プロデューサーさんの部屋に行くときってぇ、前に一緒に選んだアレとか着てますよねぇ♪」
    絶対にあれだ、と確信をもって聞いてみると、案の定星南先輩は目が泳ぎまくっていて。
    返事を待たなくても、YESって言ってるようなもんだ。

  • 131◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:28:38

    「だ、だって…ことねが、大事なときに着てって…」
    さっきから赤くなったりもじもじしたりして、ずっと言葉にならない声しか出てなかった星南先輩が、やっと言葉を発した。
    でも、かろうじて絞り出した言葉は想定通りで、まぁそうだろうなって思ったけどさ。
    大事なときって、彼氏を生殺しにするときだったっけ?
    肩とか脚とか出まくってるアレだ。オトしにかかるときに着たらいいと思って選んであげたけど、逆に毎晩とか。
    っていうかトップアイドルにそんな格好で迫られて、勢いで手ぇ出さないってプロデューサーさん何者だよ?
    でも、プロデューサーさんも男の人だし、絶対なんか…そんな気持ちはあるだろうし。
    だから、これはちょっと背中押して、面白い…じゃなくて、ラブラブな感じにしてあげないとね?
    「えっちな格好してたら、プロデューサーさんに襲われちゃうかもですねっ♪」


    ーーー

  • 132◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:29:29

    「も~、許してくださいよ~プロデューサーちゃ~ん♪」
    ことねが、机に頭を乗せたまま甘えた声で、私に許しを請うている。
    誰が見ても許してしまいそうな、とっても可愛い仕草だけれど、今の私には意地悪な小悪魔にしか見えない。
    「えっちな格好なんて、していないわよっ!」
    そんなに可愛く謝ったって、私の怒りは収まらない。
    からかうのもいい加減にしなさい!本当に…そんな、いやらしいことしてないのだから!
    こんな顔を赤くして、何度も固まってしまって、今更威厳も何もないかもしれないけれど。
    たまには私も厳しいところを見せておかないと、ことねがどんどん悪い子になってしまうもの。

    「星南先輩がラブラブ自慢してくるから、ちょっと意地悪したくなっちゃったんですってぇ♪」
    ことねの表情が一転して、とっても可愛くって意地悪な顔になる。
    全然、反省していないじゃない!それに、ラブラブ…って…。
    「そっ、そんな いやらしい言い方しないでちょうだい! …その、愛を、伝えあっているのよ…」
    怒りと恥ずかしさで混乱してしまい、まともな言葉が浮かばなくて妙な反論をしてしまう。
    反論、できているのかも分からないけれど、ラブラブなんてそんな…私と彼はちゃんと、節度をもっているし…。
    「そっちのが小っ恥ずかしいわ! う~んなかなか許して貰えないなぁ~。どうしたらいいですか?プロデューサーさん!」
    私の反論を聞いて、ほんのり顔を赤らめた彼女は、私の背後に声をかけた。
    いま、私が最も話を聞いていて欲しくなかった相手に。

    「プロデューサー!? あなた、いつからそこに!?」
    慌てて振り返ると、そこにはとびきり難しい顔をして、冷や汗をかいた私の愛しい人が佇んでいた。
    今日は、講義が終わったらこの事務所に来るって、待ち合わせの約束をしていたから。
    本当は、もっと早くにミーティングが終わって、ことねは居ても良いのだけれど、普通の会話をするはずだったのに。
    彼は、私の…赤いのか青いのか分からない混乱した顔を見ると、申し訳なさそうに口を開いた。
    「………星南さんが毎晩のことを赤裸々に語ってらっしゃる辺りからです」

  • 133◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:29:49

    その答えを聞いて、私は頭が真っ白になる。
    よりによって、どうして、そんなに…ほとんど最初からじゃないの!
    しかも最後のほうの話、完全に聞かれていたの!?
    もし彼にその気がなかったなら、こんなに失礼なことはないし。
    もし、その気だったとしたら、私は…どうしたらいいか、分からないし。

    少しの沈黙が流れる。
    彼は、先ほどの話を、どれも否定するようなこともなくて。
    私はどんどん不安になって、恥ずかしくなって、心はぐちゃぐちゃ。
    どうして?本当に…その、そういう気持ちを我慢していたの? 私に…そういう感情を、抱いていたの?
    分からない。お付き合いするって、そういうこと?
    何も知らない自分が情けなくって、思い描いていた恋愛のように、全然スマートには出来てないのを痛感して。
    でもそんなの、誰も教えてくれなかったし、千奈が貸してくれた漫画にも描かれていなかったし。
    もし彼が、私の…少し、肌を晒した格好を見て、いやらしいと思っていたとしたら。
    私はショックなの?嬉しいの?…分からない。
    彼の、本音を聞かないと、分からないじゃない。

    「ね~、プロデューサーさぁん」
    その時、ことねは椅子から立ち上がると、沈黙を破った。
    「プロデューサーさんの彼女サンがぁ、全然許してくれないんですケド、どうしたらいいです?」
    彼に、ぱたぱたと駆け寄りながら、そんなことを言った。
    その愛らしい意地悪な顔のまま、私に見せつけるように、彼の腕にわずかに手を触れる。
    その瞬間、私はどうしようもない不安を感じてしまった。
    私よりずっと可愛らしくて、恋愛のこともよく知っていそうな彼女に、彼を奪われてしまうんじゃないか、と。
    ことねは、そんな悪い子じゃないって分かっているはずなのに。
    まるで私が、ことねに嫉妬しているみたいに。

  • 134◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:30:07

    ことねは、さらに彼と距離を詰め…彼の腕に軽く頭をもたれかけた。
    「仲取り持ってくださぁい♪」
    二人が並んだ姿は、なんだかお似合いで。
    背が高くて中性的で素敵な彼と、小柄でとびきり可愛らしい彼女の並ぶ姿は、とってもお似合いに見えてしまって。
    私は、心の奥がざわざわと騒がしくなるのを感じていた。
    「こ、ことね? 彼に少し、その…距離が、近すぎないかしら?」
    ことねがずっと意地悪な顔をしているから保てている、わずかな冷静さに頼って、離れるように忠告する。
    わなわなと震える声で、忠告というには余りにも弱々しい声だけれど。
    一刻も早くこんな、不安から逃げ出したいから。
    お願いだから、それ以上彼を魅了しないで…。あなたも、どうして、じっと立っているのよ!

    「え~?でも、家の外では恋人同士じゃないって聞きましたけど? ね、プロデューサーさぁん♡」
    ことねは、そう言うと私に見せつけるように、彼の腕に手を回した。
    彼は完全に対応を決めあぐねている様子で、無抵抗のままだ。
    完全に頭が真っ白になった私は、咄嗟に彼の胸に飛び込んだ。
    「だ、だめっ!」
    彼を少しだけ押し飛ばし、よろめかせてしまう。
    彼はすぐに立て直し、勢いのまま密着している私を支えるように手を腰に回した。

    ことねは、上手にかわして、私たちを楽しげな様子で眺めている。
    頬は少し赤らんでいるけれど、心の底から楽しんでいるような顔をしていた。
    涙目の私を見て、可愛いものを愛でるような、そんな顔。

    「私じゃない女の子と、くっついたら、嫌…」
    もう恥ずかしさでいっぱいで、ことねの顔を見ていられない私は、代わりに彼を上目遣いで睨む。
    こんな、情けない姿、彼や後輩に見せてしまうなんて…。
    けれど本当に胸がざわざわして、苦しくなってしまったのだもの。
    あのまま放っておいたら、あなたはもしかすると ことねに奪われてしまうかも知れなくて。
    そんなことになったら、私はきっと生きていられなくなるくらい辛いのだもの。

  • 135◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:30:24

    彼は、そんな私の様子を見ると、いつもみたいに複雑な顔をして言った。
    「俺が愛している女性は、あなただけですよ、星南さん」
    そう言って彼は私の頭を撫で、背中を優しくとんとんと叩き始めた。
    …こんな、子どもみたいな扱い、とっても恥ずかしいけれど。
    でも、安心する。私はやっぱり彼の腕の中が、一番安心する。

    ようやく落ち着きを取り戻した私を腕に抱きながら、彼は頭上でことねに言った。
    「藤田さん、俺の恋人をあまりいじめないで下さいね」
    そう言われると、私はなんだか耐えきれないくらい恥ずかしくなってしまって、彼の胸に額を押し付けて顔を隠した。
    彼の服を掴む手に力が入り、とてもではないけれど、ことねに顔を見せられない。
    情けなさと安堵の両方で、私は今めちゃくちゃな表情になっている気がするから。
    「はい、ゴメンなさい!」
    彼の叱責に、素直に謝ることねの元気な声が響く。
    顔を隠してしまったから、ことねの顔は見えないけれど、本当に心から反省しているのだろうか?
    とっても疑わしい。信じてあげない。
    私は、意を決して彼から額を離さないままずりずりと顔を横に向ける。
    …そこには、私をじっと見ていることねが居た。
    「…ゴチソーさまでっす♪」
    ちっとも反省の色がない、満面の笑みの、ことねが。

    「ばかっ!許してあげない!」


    ーーー

  • 136◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:31:19

    夜。ことねに、意地悪された夜。
    私は今夜も、彼の部屋を訪れていた。
    もやもやと苛立ちを、心に抱えたまま。

    「…星南さん、どうしてそんなに隅っこにいるんですか?」
    部屋の隅に立っている私に、部屋の真ん中から、彼が声をかけてくる。
    今日のことで、色々ともやもやしていて、まだ言ってやりたいことの整理がついていないから。
    まだ、彼に近寄れない。 …ではなくて、近寄ってあげない。
    私は隅に立ったまま、じっと彼の目を睨みつけ続ける。

    私は、言葉にたっぷりのトゲを含ませて、彼に投げつけることにした。
    「…ことねと密着して、私に嫉妬させるのは、さぞかし楽しかったでしょうね。プロデューサー?」
    こんなの、彼からすればとばっちりだというのは分かっているのだけれど。
    なんだかすっきりしなくて、心のもやもやを彼にぶつけてしまう。
    私…こんなに、情けない人間だったかしら。
    彼はいつも、私の恋人だと、私が好きだと言ってくれているのに。
    こんなに、やきもちを焼くような人間だったかしら…。

    「…慌てて振り払っては、かえって誤解を生むかと思いましたが」
    そう言って、彼は遠くに立ったまま、私に向けて軽く頭を下げた。
    「判断を誤りました。 申し訳ありません」
    …あまり、すっきりはしない。きっと、彼に謝ってもらうのは、本題ではないから。
    どうせ本心は、本当は今すぐにでも、彼の胸に飛び込んで…その腕で強く抱きしめて欲しいだけだから。
    だから、早く彼のそばへ行けばいいのに。
    ことねの言葉を思い出して、前に進めない。
    「星南さん? まだ信じて頂けないなら、俺がそちらに…」
    彼が一歩、踏み出した。
    その様子を見た私は、今、一番抱えている問題に直面する心の準備が、まだできていなくて。
    「ま、待って!」
    咄嗟に、制止の声を上げてしまった。

  • 137◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:31:40

    「…あなたは…私を、襲いたい…と思っているの…?」
    うつむいて、自分の服を掴みながら、それでも聞いた。彼の本心を、きちんと知りたいから。
    彼が私に、どんなに黒い感情を抱いていても、私は受け止めてあげないといけない気がするから。
    だから、教えてちょうだい。あなたの本当の気持ちを。

    彼は、そんな私の様子を見ると、小さく溜め息をついた。
    再び彼が私の目を見つめたとき、その目はとても真剣な眼差しで…その目に、私は息を呑む。
    「襲いたい、とは思いません。 そんな乱暴なことは、したくありませんから」
    穏やかな声で、けれどはっきりと、その想いを吐露し始める。
    その言葉に私は、ひとまず安堵した。でもまだ、言葉は続いている。最後まで聞き届けないと。
    「けれど、ずっと言っているように…あなたのすべてが欲しい。それは本心です」
    彼は決して目をそらさずに、私に対する願望を告げる。
    それは彼と想いを交わしたときにも言っていたこと。
    "あなたのすべてが欲しい"。 それは、彼と私の、共通の願い。

    でもそれは、私の残りの人生を、アイドルではない私の人生をあなたに捧げると、もう誓っている。
    だから、これ以上のものなんて、私には無い…と、思うのだけれど。
    「それは、私はとっくに、あなたの恋人で…」
    そうだ、私たちはもう恋人同士なのだから。
    とっくに、彼にすべてを受け渡している。
    今は、担当アイドルとプロデューサーだから、何もかも今すぐ、というわけにはいかないけれど。
    私がそう言うと、彼は一歩、二歩、少しずつ私に近づいてくる。
    その真剣な表情は、徐々に様子を変えつつあることに、あと数歩のところで気がついた。

  • 138◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:31:59

    お互いが胸先に立っているような距離にやってきたとき、彼はもう、今までとは違う目をしていた。
    いつもの、冷たいようで優しいあの目ではなく、とても深みを感じさせる、どこか妖艶な目を。
    その目に射竦められた私は、一瞬、身を縮めてしまって。体が固まって、動けなくなった。
    なに? 私に、どんなことをしようとしているの?
    「だからこそ。 心も、体も、すべて独り占めしたい」
    彼の手が私の頭に伸びる。
    その手は、指先は、ガラス細工を触れるかのように、優しく私の髪へと舞い降りた。

    彼の指が、私の髪を梳かし始める。
    髪の一本までも自らの所有物であるとでも言いたげに。
    彼の独占欲が先走るように、彼の指が私の髪を揺らし、弄ぶ。
    その時間で、私は急激に理解した。
    彼は、これから証明する気だ。 私のことを、自分の所有物であると。 自分だけのものであると。

    髪を通り抜けた指が、流れるように私の頬に添えられた。
    もう、私は彼に射竦められてしまって、逆らえなくなっている。
    彼にされるがまま、彼の指先が、私のまぶたに触れ、耳と鼻を撫でる。
    砂の城を触るように、丁寧に。雪に足跡をつけるように、無邪気に。
    彼の指先が私を堪能するたびに、私は あっ、と変な声を漏らしてしまって、恥ずかしくって、苦しい。
    そして、彼は私の唇に、そっと触れた。
    「――は、あっ」
    恥ずかしい声が、大きくなって漏れた。 けれど、止めることができない。
    彼の独占欲も、彼に触れられている事実も、ぜんぶ、ぜんぶ幸せだと思うから。
    彼の指先が私を弄ぶたびに、私はとっても恥ずかしいけれど、嫌だとは、思わないから。

  • 139◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:32:29

    ひとしきり私の顔を弄ぶと、彼の手が私の顔を離れた。
    私は、どんな顔をしているだろうか。 彼に弄ばれ、彼に独り占めされ、のぼせたような顔をしている気がする。
    ――もっと、触って欲しい。
    私の期待に応えるように。…いいえ、彼は自らの欲望を叶えるために、片手で私の手を取る。
    そして、反対の手で、私の鎖骨に触れた。
    今日はなんだか意識してしまって、首周りの出ていない服を着ているけれど。
    彼に、鎖骨を、肩をなぞられる感覚が、ぞわぞわと心を騒がせて、私から奪っていく。
    彼になぞられる間、体がぴくぴくと動いてしまう感覚が、羞恥心を刺激して、私はどんどん…堕ちていく感覚に陥った。

    熱い吐息を漏らして、涙が滲んで視界がぼやけて、それでも、彼を止めることなんてもう、出来なくて。
    その指が、私の腕に届いたとき、遮るもののない素肌に彼が触れたとき。
    私は、どうしようもない背徳感が浮かび上がってくるのを、本能で感じていた。
    今まで、彼に直接触れられたことのない肌を、彼の…少しだけいやらしく、けれど全く不躾ではないその指で、触れられてしまっている。
    彼の指が私の腕をつたっていく間、私は身動き一つとれない。
    彼の指が私の体をなぞるたびに、心は悲鳴をあげている気がするのに、その場所は悦びを隠せないような、奇妙な感覚。
    やさしいのに、こわい。わけがわからないけど、うれしい。
    これは、どうして? 彼は、一体なにをしているの?
    手先にたどり着いた彼は、私の手をとる。
    手の甲を、手のひらを、指先から爪先まで逃がすことなく触れていく。
    私の体はもう、すべて彼のものにされてしまった。 彼の目が、熱っぽく私を貪ろうとする目が、私を見ている。
    その倒錯的な状況と、自分の はしたない感情に晒され、思考が乱れ続けていた。
    彼も私も、呼吸が荒くなっていて…。 それはきっと、取り返しのつかないどこかへ繋がる道を、歩いてしまっているような…。

  • 140◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:32:45

    不意に、彼がまた手を離す。
    終わったのか、と。 安堵とも切なさとも分からない感情が湧き上がる。
    けれど、その感情が成り立つよりも早く、彼は私の腰にそっと手を添えた。
    「ひぁっ!」
    薄手の服越しに触れられた彼の手の感触と温度を感じ、体が大きく跳ねてしまう。
    彼の、ごつごつとした細長い指で、優しく体を掴まれて。 私は、今までに感じたことのない感覚に襲われた。
    "支配される"。
    私は、その感覚から目を背けるように、たまらず彼の背に手を回した。
    体に走った緊張を逃そうと彼の体にすがりつく。 まるで許してほしいと、彼に懇願するように。

    彼の胸元に飛び込んだ私は、ざわざわと騒がしい頭で、彼の匂いを急激に感じてしまった。
    自分の熱い吐息が、彼の胸元を湿らせる。 彼の汗ばんだ体からは、いつもとは違う、とても刺激的な香りがして。
    呼吸をするだけでも大変なのに。ふーっ、ふーっと、空気が漏れるような呼吸をするたびに、頭も心もめちゃくちゃにかき乱されていく。

    そして、そんな私を見た彼は、少しずつ顔の位置を下げていった。
    私の心を摘み取るために、最後の一石を投じようとしているのは、本能で感じる。
    だめ、絶対だめ、これ以上は本当にだめ。
    あなたのこと、あなたのしたいこと、受け止めてあげたいのに。
    私、もう…とっくに限界なのよ。 ねえ、どうして?

    少しかがんだ彼が、ゆっくりと私の視界を横切り、静止したとき。
    「…力ずくではなく、あなたから受け取りたい」
    私の耳に、熱い吐息を吹きかけながら、耳元で囁いた。

  • 141◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:33:18

    「…う、あっ!」
    背筋に電気が走ったように、私の体が強張る。
    浴びせられた彼の願望が、吐息が、私の耳を伝って全身を痺れさせた。
    彼の背に回していた手は、彼の服をぎゅっと強く握りしめる。
    ぎちぎちと体に力が入る感覚と、ふっと力が抜けて立てなくなるような感覚が同時に襲いかかり、パニックになってしまう。
    脚に力が入らない。けれど、手は硬直してしまって、彼の服を手離せない。
    必死に、必死に彼にしがみつく。手の力だけで、彼から剥がれ落ちたくない一心で。
    彼を受け止めるために、彼の願いを叶えるために。

    胸が苦しい。息が苦しい。
    いつまで、いつまでこうしていたらいいの?
    言葉にならない声しか出ない。
    荒い息だけを彼に浴びせ続けてしまう。
    苦しくって、涙がいっぱい溜まっているのが分かる。
    彼の吐息が、私の耳を溶かすたびに、体は言うことをきかなくなって。
    彼の髪の匂いが、私の脳を溶かすたびに、私の頭は真っ白になって。
    首を絞められたように、あえぐような声しか出ない。
    たったの、たったのこれだけなのに。 こんなの、私には耐えられない。

    でも、受け止めたい。
    彼を…彼のしたいこと、少しでも多く。
    だって、彼と約束したのだもの。
    私のすべてを、あなたにあげるって。

    どのくらい時間が経ったかも分からないまま、崩れ落ちないことしかできないまま。
    私の手が限界を迎えようとしていたとき、彼の手は少しだけ私を支えて。
    私の耳元で、また囁いた。
    「星南さんは、俺に何をしてほしいですか?」
    その声と、吐息が、また私の耳を刺激する。
    背筋に走るぞくぞくとした感覚をなんとかこらえて、彼に応えようとした。

  • 142◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:33:36

    私は…。私が、いま、彼にして欲しいことは。
    彼に、与えてもらいたいことは。
    「…ぎゅって、して…」

    震えながら絞り出した声はとってもか細いものだったけれど、彼はしっかりと聞き届けてくれた。
    「はい、もちろんです」
    とびきり優しい、温かい声で彼はそう答えると、彼は姿勢をそのままに。
    そして、私の手が離れてしまうのと同時に、私を力強く抱きしめた。

    一瞬、頭の先まで、びりびりとした感覚に襲われる。
    けれどそれは一瞬のこと。
    私は、ようやくあの時間が、こわい時間が終わったことを理解した。
    鼓動が、少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
    息を吹き返したように、はっきりと呼吸ができるようになっていく。
    崩れ落ちないように震えながら立っていた脚は、ついに力を失ってしまったけれど。
    彼の腕に抱かれた私は、倒れることなく彼の胸に沈み込んだ。

    彼の服を握りしめていた手は緩やかに弛緩し、彼の背を慈しむように開かれていた。
    さっきまでの、恐怖と快感がせめぎ合うような心のざわめきは少しずつ鳴りを潜め。
    とても穏やかに、彼の鼓動と合わさるように、落ち着いていった。

  • 143◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:33:51

    不意に、涙が流れてしまう。
    これは、なんの涙だろう。
    情けなさか、申し訳なさか、それとも幸せなのか。
    自分の気持ちもしっかり整理がつかないままで、けれど彼には隠したくなくって。
    だから私は、いま思っていることをきちんと伝えようと思った。

    「ごめんなさい…私、こんなものしか、あげられなくって…」
    彼が欲しいと言ってくれたものは、まだほんの少ししかあげられていない。
    本当は、きっと彼は、私を…ぐちゃぐちゃにしてしまいたいくらい、欲しがっていたのに。
    それなのに私が差し出せたのは、たったのこれだけ。
    私は、いつもたくさん貰っているのに。
    私が欲しいもの、あなたは全部くれているのに。

    「謝るのは、俺の方です。 俺がずっと欲しかったものを、少しずつ大事に貰っているのに」
    どうして、あなたはそうやって、優しく抱いてくれるの?
    私を受け入れて、優しい言葉をかけてくれるの?
    「星南さんの優しさに甘えて、取り返しがつかないことをしてしまうところでした」
    彼の手が、私の髪を梳き、背中をさすってくれる。
    彼の手が、心を癒やしていく。
    そんなことない。私は、あなたのしたいこと、受け止めたいって気持ちは本当だもの。
    けれど今日は、ちょっとだけ、こわくなってしまっただけ。
    「…もっと、ぎゅってして?」
    安心するために。彼を許してあげるために。彼が、彼自身を許せるために。
    私は、彼を求めた。
    毎晩彼と抱きしめあっていたけれど。そのたびに心はいっぱいに満たされていたけれど。
    今、二人で一緒に注ぎ合う愛情は、とてもじゃないけれど私たちの器には収まりきらなくて。

  • 144◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:34:05

    涙が、堰を切ったようにあふれ出す。
    涙は彼の肩を濡らし、嗚咽が二人の体を揺らしていた。
    我慢していたのに。
    これ以上泣いてばかりでは、みっともないと思って我慢していたのに。
    こんなの、我慢なんてできない。
    だって、どれだけみっともなくっても、これは悲しい涙じゃないから。
    私と彼の、二人の愛情があふれているだけだから。
    だから、こうやって涙もあふれてしまう。 それだけのこと。

    彼の腕に包まれながら、彼を私の愛情で包みながら。
    私たちは恋人として、また一つだけ歩を進めた。
    大人がするには、あまりにも幼稚な恋愛かも知れないけれど、構わない。
    一生の一度の機会に、一生に一度の相手に出会えた私たちにとっては。
    たった一度だけの、大切な一歩なのだから。

    だから、私たちはきっと次の一歩も、二人で一緒に踏みしめていく。
    たった一度しか歩めない、この大切な道を、二人で一緒に。


    ーーー

  • 145◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:34:52

    「落ち着きましたか、星南さん?」
    あれから少し経ち、ソファに腰を落ち着けた私に向かって、いつもの声色で彼が言った。
    「…なんだか、あなたと同居してから、自分がどんどん泣き虫になっている気がするわ」
    涙で腫れた顔を少しだけ伏せながら、先ほどまでの自分に悪態をつく。
    その様子に、彼はほんの少しだけ顔を緩めて私の顔を見た。
    「そうですね、俺もなんだかみっともない大人になっている気がします」
    自嘲するような、けれど軽口のような口調でそう言うものだから、そうね、なんて返してみたり。
    私がみっともないのは、あなたのせいよ、なんて押し付けあってみたりして。
    「私もあなたも、これからの100プロを支える二柱なのにね? ふふっ、笑ってしまうわ♪」
    くすくすと、自分たちの体たらくを見て、釣り合わなさに笑ってしまう。

    そんな他愛もない話をしていると、彼はなにかを思いついたように、はっとした顔をする。
    「次のオフの日、デートをしましょう。 汚名返上のチャンスを下さい」
    私が想像もしなかったことを口走る彼に、私はつい硬直する。
    えっ?デート?…って、二人でお出かけ、ということ?でも、それは…。
    「デートは…ダメよ。 まだ私たちはアイドルとプロデューサーで…」
    そう、あと一年ほどは、私たちの交際が世間に知れては絶対にいけない。
    だから私も、デートは引退後だと思っていたし、あなたも分かっているでしょう?
    それなのに、どうして?

    「はい、決して見つかってはいけません。 楽しみですね、お忍びデート」
    そう言った彼は、にこにこと笑っていて。私の不安なんて、どこかに忘れてきてしまうくらい、あっけらかんとしていた。
    どうして彼は、私のほしかったものを、諦めそうなものを、探してきてくれるのだろう。
    その提案に、私の胸が温かくなる感覚を覚える。
    私はもう、デートのことが楽しみでしょうがない気持ちになっていて。
    「素敵なお忍びデート、楽しみにしているわね」
    そう言って私は、また彼につられて笑ってしまった。

    もやもやなんて、どこかへ吹き飛ばしながら歩んでいく。私たちは二人一緒、恋人同士だから。
    そうして私たちは、次の一歩を…お忍びデートをどうするかについて、花を咲かせるのだった。

  • 146◆0CQ58f2SFMUP25/03/17(月) 20:37:47

    ↑↑↑以上↑↑↑

    藤田さんにやきもち焼いたり学Pがえっちなことしそうになる話の改訂版でした!
    藤田さんが怒るとこ不自然だった気がしたのと、えっちなところ学P視点を書いてもっと良くできそうだったので追記修正したり、決着のところ学Pがドヤってるのちょっと変だったので仲直り的な感じに落ち着けました!

    今スレは一旦砂糖は打ち止めかなと思いますので、また湧いてきたらスレ立てしようかなと思います。
    長々と何話も読んで頂けて嬉しかったです~ありがとうございました!

  • 147二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 20:51:30

    はぁ…好き…まってる

  • 148二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 22:43:30

    あー深煎りの濃いブラックコーヒーが飲みてえ…

  • 149二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 23:31:25

    寸止めじゃないと得られない砂糖がある

  • 150二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 09:14:03

    いいね
    グー👍️

オススメ

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