【SS】トリカスがアリモブを助ける話

  • 1125/03/12(水) 20:35:23

    悲しいことに、私たちは生きたいと思っている。

    ※スレタイ通り、トリカスがアリモブを助ける話です
    ※ネームドキャラは名前しか出ない予定です。先生も出ません
    ※毎日夜に更新する予定です。できない状況になったら報告します
    ※まだ全部書き上げてません。スレ内で終わらせる予定です
    ※以上を踏まえてご覧ください

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 20:36:26

    おけい、期待

  • 3125/03/12(水) 20:39:04

     それは、夜の路地の中でゴミのように蹲っていた。

     月もなく星もない、ゴウゴウとよく分からない重低音を立てながら空が動く中、私の眼は残念ながらそれを見逃さなかった。
     それは、私がしばらく傍で見ていても警戒して立つような素振りをせず、時折「うぅ」だの「あぁ」だの意味を為さない呻き声を挙げながら、頭髪の上でもぞもぞぐしゃぐしゃと指を動かしているだけだった。

    「あなた」

     私の口から出た言葉に、それはびくりと身震いをしてみせた。しかしその生理的な反応もすぐに消失し、またそれはごそごそ動くだけの何かになった。

    「ねえ、そこのあなた」

     強めの口調で声をかけると、それは顔だけをこちらに向けてきた。身体の下にガスマスクのような仮面が転がっているのが、街灯の微かな灯りに照らされて見えた。

  • 4125/03/12(水) 20:40:47

     夜闇の中でも分かった。その服装は、かつて「アリウス分校」を名乗って大事件を起こした者たちのそれと一致していた。背格好からしてあれらも私たちと同じような生徒なのだろうとは思っていたが、実物を目にしてみると肉付きや目の濁り具合など、私の知る「生徒」とは明確に違う部分がいくらか見受けられた。

    「死にかけているのですか」

     相手は古今未曽有のテロリストの1人だというのに、私はなぜか静かにそう問うた。

     愛用のショットガンは背中のギターケースにしまってある。今取り出そうとしたら目の前の誰かしらを刺激することにもなりかねないし、そもそもその合間に反撃を喰らって気絶する未来しか見えない。正義実現委員会の所属でもない、鉄火場がそれほど得意でもない自分の前に突然現れた「チェックメイト」の状況は、むしろ私にある種の諦観を生じさせるに十分なものだった。
     足元に這い蹲る彼女は、私を死人のような目つきで睨みつけたまま動かない。それが妙に苛立ち、私は再度伺いを立てる。

    「あなた、死にかけているのですか」

     彼女はなおも沈黙を破らなかった。路肩の店群は既に閉まり、通りには人どころかロボットの気配もない。
     「このもはや女であるかも疑わしい見た目の生徒が、ここで死にかけていた」という事実を知る者は、現状私しかいない。

  • 5125/03/12(水) 20:42:34

    「お腹は空いていますか」

     明らかに栄養不足で痩せこけた表情の彼女に、私は努めて平坦にそう訊いた。彼女は怪訝そうに私を見つめ、そして呆れたように大きく息をついた。

    「…………何を」
    「いえ、だってあなた、飢え死にしかけているのでしょう」
    「……誰も、そんなことは言っていない」
    「ええ、私の予測でしかありませんが」

     強がりなのかそうでないのか、彼女は自分が餓死しつつあるということを拒みたがっていた。それがどうにもじれったくて、私は話を次のステップに進める。

    「あなた、私の部屋に来なさい」
    「…………は?」
    「食料があります。来なさい」
    「はぁ……?」

  • 6125/03/12(水) 20:44:24

     死んだ眼が大きく見開かれた。墨汁のような瞳に街灯の光が反射して、一瞬だけきらりと橙色に光る。

    「お前、何を言っているんだ? 正気か?」
    「正気で生きていられる人が、このキヴォトスにいるとでも?」
    「じゃあ狂っているのか、お前。こんなのを助けようとするのか」
    「ある意味では、そうかもしれませんね」

     彼女は戸惑いながらも、足に力を入れてよろよろと立ち上がろうとする。しかしどうにも力が入らないのだろう、膝から大きくバランスを崩した。
     私は、今まで生きてきた中でおそらく1位を獲れるだろう反応速度で、彼女の左手首を掴む。それによって彼女は辛うじてまた路地に倒れ込むことを免れた。

    「放せ」
    「放しません。あなた身体を自由に動かせないでしょう」
    「だから何だ」
    「これで放したら、またここで倒れるでしょう」
    「そうだ。だから何だ」
    「そうしたらあなたは今度こそ死ぬでしょうから、一旦私の部屋に来てください」

     彼女は腕を弱弱しく振り回して私の手を振り払おうとするが、この程度の力で掴まれた手首を解けるとは到底思えない。万が一振り解けたとしても、足の速さで私に追い着かれるのがオチだ。
     そのうち彼女は無駄な抵抗をやめ、諦めたようにぎゅっと目を瞑る。その眦には涙がにじんでいるようにも見えた。

  • 7125/03/12(水) 20:45:53

    「……拒否権は」
    「本当に嫌なら構いませんよ。どうぞ銃でも何でも使って」
    「……………………」
    「では、連れていきますよ」

     そして私は彼女の手首を引っ張って、私の首に腕を回させる。夜闇でよく分からなかったが、近くで見ると薄汚れた制服だ。袖が破れかけている。
     それに鼻にツンと来る悪臭が私の足を鈍らせる。私は早速この女に手を差し伸べたことを後悔していた。

    「普通に歩いてここから5分くらいですので、大体10分くらいを見てくださいな」
    「……………………」

     2人で歩く最中、私たちは誰ともすれ違わなかった。それは私にとっても彼女にとっても幸運だったのだろう。
     彼女は私に肩を借りながらたどたどしく歩き続け、そして何の抵抗も示さなかった。目立ったアクションといえば時折嗚咽のような、喉に何かが引っかかったような呼吸音を響かせるだけだった。

     まるで三流ペットショップの檻の中にいる仔犬のようだ、と私は思った。

  • 8125/03/12(水) 20:46:50

    以上、現在の書き溜め分でした
    もうちょい書き続けるので、今晩投稿するかもしれません

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 20:53:33

    乙、ここから暖かな物語か濃厚な百合かまた一難か気になる所であります

    ところでトリカスのカス要素どこ・・・?
    アリモブをペットショップの犬呼ばわりするところ・・・?

  • 10125/03/12(水) 22:31:17

    続きができたので投稿します

  • 11125/03/12(水) 22:32:02

     自室に辿り着き、あの捨て犬のような彼女にシャワーを浴びるよう促してシャワー室に放り込み、独りになった部屋で私はオムライスを作る。
     とは言っても簡単なものだ。バターで薄焼いた卵を、ミートソース・ケチャップを混ぜた米に乗せるだけ。招かれざる客人をもてなすための料理とはとても思えないクオリティだ。

     ボウルの中の紅白を切るように乱雑に混ぜながら、私はシャワー音に耳を澄ませる。
     自分しか受け入れることのなかったシャワー室の中に他人がいる。その状況に慣れず、1回勢い余ってボウルを倒しかけた。

    「なぜ、私はアレを助けてしまったの」

     とてもじゃないが、助けたとして何か見返りがあるとも思えない。ホームレスの可能性が高い他人を部屋に入れたのだから、むしろ後足で砂をかける真似をされると考えていいだろう。
     なら、なぜ私は無理矢理彼女の命を繋ぐようなことをしたのだろうか。

    「どうせ答えが分かっているのに、私はどうしてこんな自問自答をしているのかしら」

     ああそうだ。私はその答えを知っている。それでも問わずにはいられない。
     それは食費がかさむことへの嘆きでもあるし、自分らしからぬ行動を起こしてしまったことへの当惑だった。

  • 12125/03/12(水) 22:33:30

     バターを熱したフライパンに落として卵液を焼く。ジュウジュウプツプツ。これを作るのは果たして1週間ぶりだったろうか。それとももっと昔だっただろうか。
     そもそも、料理をするのもいつぶりだっただろう。

    「おい」
    「ああ……あ?」

     声のした方を振り向くと、扉に隠れるように彼女がいた。その肩は濡れそぼり、少し下に目線を向けると女性らしい腰がそのまんま視界に入る。

  • 13125/03/12(水) 22:34:06

    「あの、服は?」
    「服はなかった。何を着たらいいんだ」
    「タオルは」
    「使っていいのか、あれを」
    「私が『使うな』と言うとでも?」
    「言うやつもいるだろう」
    「ああはいそうですかそうですね、では分かりやすいように申し上げましょう」

     怒りと驚きで目の前が真っ赤に染まる。そこから私が再起動を果たせたのは、偏に卵の焦げる臭いが鼻を刺激したからだった。

    「今すぐ脱衣室にあるバスタオルを使って身体を拭いてください。濡らした廊下も拭き上げてください、簡単にでいいので」
    「服は。制服はアレの中に……」

     彼女はゴトンゴトンと揺れる洗濯乾燥機を指差す。終わりのサイレンが鳴るのは3時間後か、5時間後か。

    「…………用意します」

     言われて私は、彼女の着替えを用意していなかったことに気が付いた。焦げかけた薄焼き卵を急いでチキンライスもどきの上に避難させ、洋服ダンスをひっくり返す。
     その間彼女は身体を拭きながら、眉を顰めてぼーっと私を見つめていた。私はいつだか参加した講演会で、「指示待ち人間にはならないように」と偉そうな人が言っていたのを思い出した。

  • 14125/03/12(水) 22:34:44

     放り投げた下着とジャージを着るよう指示すると、彼女は表情らしい表情を見せないまま無言で袖を通し始める。私はもう何が何だか分からなくなって、無心でもう1つオムライスのような料理を作った。
     綺麗にできた方を差し出し、2人でテーブルにつく。私と彼女、向かい合う。「仮面の下が絶世の美少女」なんてこともなく、中の下から中の中あたりの顔が2人対面して正座しているこの状況は何なのだろうか。

    「……食べていいのか、これ」
    「その状況で『食べるな』と言うと」
    「そう言う人は、昔いた」
    「そうですか、では食べてください?」

     そうして彼女は、オムライスをスプーンで作って口に運んだ。

    「…………うむ、ふむ」
    「久しぶりの食事はいかがですか」
    「……これは、お前が作ったのか」
    「ええ、もちろん」
    「なるほど。美味くはないが、不味くはない」
    「でしょうね。私はプロの料理人でもありませんから」

     食器の擦れる音が、ぽつぽつとした会話の中に混じって響く。

  • 15125/03/12(水) 22:35:11

     彼女の食べるペースは私よりも速い。よほど空腹だったのだろう。ならば消化のよい粥の方が適切だっただろうかと少し思案し、しかし「もう過ぎたこと」とその思考を放棄した。

    「他人の作った料理を食うのは、初めてだ」
    「はぁ」
    「慣れない」
    「私も、他人の手料理なんて食べたいと思いません」
    「毒が入っているかもしれない」
    「理解しないでもありませんね」

     外食ならばマニュアル化された料理の手順に沿っているから信頼がある。自分で作ったら味は良くないが、全ての材料が分かっているから信用ができる。
     だが、他人の手料理は別だ。何がどれくらい入っているか分からない。そこにあるのはただのブラックボックスだ。そんなギャンブルをやろうとは思えない。

    「なら、なぜこれを作ったんだ」
    「生卵とケチャップを直で飲むのがお好き?」
    「お前が料理をしたのは、なぜだ」
    「今この部屋にある食材がこれしかありませんでしたから」
    「普段何を食べているんだ」
    「外食や出来合いの惣菜がほとんど」
    「……金持ちの生活だな」
    「我ながら嫌になります」

     自分で作るのも何だか疲れてしまい、以来外食や付き合いの食事で誤魔化してきた。目の前にあるのは、自分の料理スキルのなさの証明そのものだ。
     半ば詰め込むようにして食事を掻き込んでいると、もうオムライスを平らげたらしき彼女が再び「おい」と問いかけてきた。

    「お前……なぜ、私を助けたんだ」

  • 16125/03/12(水) 22:36:19

     先程の問いと変わらない、淡々とした声の調子。感情を悟られないようにするのが、生存のための重要手段だったのだろうか。

    「あなた、死にたかったんですか?」
    「そうだと言ったら」
    「ああ、本当に死にたかったのですか」
    「あのままでいたら、私は〇ねたかもしれない」

     こいつは何を言っているのだろう。苦笑を噛み殺しながら私は応答する。

    「そんな簡単には〇ねませんよ、私たちは」
    「……痛感している」
    「どうせ今晩中にも〇ねませんでしたよ。翌朝あそこを通る人が何人いると思っているんですか。どうせ見かねた誰かがあなたを助けたでしょう」
    「でも、お前は今私を助けた。なぜだ」

     口の中のケチャップの風味が消えかけている。後1欠片の食事を乗せたスプーンを皿の上に置き、私は大きく一呼吸した。
     なぜ私が目前の、何のゆかりもない彼女を助けたのか。それに対する答えなんて1つしかない。

    「助けたかったからです」

  • 17125/03/12(水) 22:36:52

     そして彼女は、放心して口角を引き攣らせた。

    「…………助け、たかった?」
    「はい、あなたを」
    「私を、助けたかった? 見ず知らずの私を? たまたま通りがかっただけのお前が?」
    「そうですよ」
    「……何だ、それ。そんなの」

     ――――ただの、気まぐれじゃないか。

  • 18125/03/12(水) 22:37:41

     私は、その口から思わず零れたらしき発言に応える。

    「ええ、気まぐれです」
    「…………何で」
    「助けたかったから助けたんです。これ以上説明は必要でして?」
    「お前の気分で、私は助けられたって言うのか」
    「そう言ってるのですが」
    「……は、はは。はははははは」

     おそらく自分が生き残ったことを、彼女は笑っている。自分が生かされたということを、まるで親を目の前で殺された子供のように。

    「ははっ、はははは……」

     残念ながら、私の行動に正義感はない。慈悲の皮を被った傲慢に救われた事実は、さぞかし彼女のなけなしのプライドを傷つけたことだろう。
     ○ねたなら、誰に助けられることもなく飢え死にできたなら、いっそ何も分からずにいられたのに。

  • 19125/03/12(水) 22:39:23

    「食べ終わりました?」
    「見れば、分かるだろう……」

     双方空になった皿がピカピカと光っている。洗うのは明日でいいだろう。今日は私も何だか疲れた。

    「それでは、お腹が落ち着いたらそこのベッドでお眠りなさい」
    「…………お前はどこで寝るんだ」
    「ソファーで寝ます。タオルケットもありますから」
    「……そうか。お前は、優しいんだな」

     そうして彼女はよろよろと私の指し示したベッドに潜り込み、布団の中で赤子のように身を屈める。壁の方を向いているので顔は見えない。まあ、私も興味がないので見る気はないが。

    「ああ、1つだけ」

     ソファーに横たわったまま、ベッドの方角に投げかける。

    「……何だ」
    「私が寝ている間に、貴重品など盗まないでくださいね?」
    「…………そこまで堕ちているつもりはない」

     テロリストにも誇りはあるのか、と一瞬だけ思った。

  • 20125/03/12(水) 22:40:19

    以上です。お付き合いありがとうございました
    スレが残っていたら明日のこれくらいの時間に続きを投稿します

  • 21二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 05:26:29

    トリカスも陰のある人生を歩んでそうな感じ

  • 22二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 10:49:37

    保守

  • 23125/03/13(木) 18:25:24

    今日の投稿分の見直しが完了しましたので、これから投稿します

  • 24125/03/13(木) 18:26:00

    「えぇ……。はい、少し体調が優れなくて」

     瞼の裏に焼き付く光と畏まった声に脳を刺激され、私は目を覚ます。
     身体にのしかかる厚手の掛け布団、清潔な天井、ふかふかの枕。どうやら昨晩の出会いは、ただの邯鄲の夢ではなかったようだ。

    「教師の皆様方にもそう言っていただけると……ええ、お手数をおかけしますが」

     声のする方に目を向けると、アイツは何者かに電話をしているようだった。
     「すみません」「よろしくお願い致します」と口にする度、その身体が水飲み鳥のように上下する。その仕草が妙に滑稽で、思わず鼻で笑ってしまった。

    「……………………」

     そんなことをしていたら、凄まじい目つきで睨まれてしまった。肩を竦めてアイツの動向を見守る。

  • 25125/03/13(木) 18:26:39

    「……ああ、申し訳ありません。少々気が遠くなってしまって。はい、食料等については心配要りません。備蓄とミルク粥で何とか凌ぎます」

     備蓄? ミルク粥? 昨晩の発言からはとても考えられない語句が飛び出してきた。
     ヤツは面倒臭そうに腰に手を当て、爪先で床をトントンと突きながら溜息交じりに電話を続ける。その様はとても「体調が悪い」ようには見えなかった。

    「ええ、では今日明日と2日分ノートは……その代わりに2日分学食を奢ります。2日分ですよ。ではそういうことで。はい、はーい、それでは、えぇ、失礼致します……」

     そう言ってスマホを親指で強くタップしたヤツは小さく舌打ちの音を響かせ、そして大きく溜息をつきながらソファーにドカッと腰を下ろした。

    「笑いましたね、あなた」
    「笑ったな。面白かったのだから仕方ないだろう」
    「あなたのために今日明日休むことに決めたんですよ」
    「私は頼んでいないからな。お前が勝手に私を拾ったのだろう」
    「ああ……あぁ、そうでしたね」

     そのままヤツは、呆れたように再びソファーに倒れ込んだ。いい気味だ。

  • 26125/03/13(木) 18:27:36

    「誰と電話していたんだ」
    「友人とです。……友人? ええ、友人です。便宜上は」

     苦々しい表情で怠そうに吐き捨てる様子は、友人を語るものとは到底思えない。
     私は布団から身体を抜き出し、ベッドの縁に座り直す。それを一頻り見つめて再びヤツは溜息をついた。

    「この世界では人から逃れられませんの。ご存知?」
    「そりゃあ、そこかしこにいるからな」
    「そういう意味ではなく。……繋がり、絆と言った方がよろしかったですね」

     世を恨むようにヤツは言う。

    「円滑な社会生活を歩むためには、長いものに巻かれたり、貸し借りを作って人を繋ぎ止めておいた方が便利なんです」
    「そうなのか。面倒そうだな」
    「知らなかったんですか?」
    「悪いが、私にはさしたる友人もいない。庇護者だった『大人』もいつの間にか消えていた」
    「……ご愁傷様ね」
    「おかげでウチはボロボロだ」

     荒廃したアリウス自治区の光景が目に浮かぶ。路地裏を覗き見ればゴミ箱を漁る子供、通りを歩けば私と同じようにガスマスクを被った訓練中の生徒とすれ違う。
     そこに光はない。あるのは灰色の薄汚れた空ばかりだ。昔も、今も、私の上に閃いているのは鈍重な雲ばかり。
     ヤツの眼は相変わらず倦怠に膿んだ、あるいは悲しみを少しばかり湛えたものだ。それが何だか無性に癪に障って、私は話を元に戻す。

  • 27125/03/13(木) 18:28:06

    「お前は友達と話していたんだろ」
    「そう定義できる存在とね」
    「お前認めないな。何でそう遠回しな言い方ばかりするんだ」
    「……先程言ったでしょう。人は社会的な繋がり抜きで生きていけません。言い換えると、私たちは契約に雁字搦めなんです」

     ヤツはソファーの上で寝返りを打ち、仰向けになる。その目線につられて思わず私も目線を上に移したが、そこには蛍光灯以外何もない。
     その向こう……きっと、今のこの現実のどこにもない何かを凝視しながら、コイツは続けた。

    「私とあの子たちは、契約という絆で繋がってます」
    「友達料ってのか」
    「そんなものではありません。ああ、たとえば……『困った時は助ける』『その分助けられた人はお返しをする』とか、そんなものです。小さなものを積み重ねて、ようやく私たちは息をすることを許される」

     世間一般では美徳とされるだろうことを、コイツはさも忌々しいもののように言う。

    「面倒でしょう?」
    「知らん」
    「面倒なんです。だから最低限のことだけ守って生きていたかったのに」

     そうしてコイツはもんどり打って私に向き直った。服は床擦れで皺塗れになっていて、このままトリニティに行こうものなら陰で指を差されることには相違ないだろう。

    「あなたの面倒を見るために、貸しを作ってしまいました」
    「そうか、大変だな」
    「えぇ大変なんです。億劫なんです。とてもとても」

     疲労以外の感情をにじませずに、コイツは私の目の前できっぱりと言い捨てる。

  • 28125/03/13(木) 18:30:10

    「面倒そうだな」
    「面倒なんです」
    「じゃあ何で私を助けたんだ」
    「……私がやりたかったからですよ」
    「そうか」
    「ええ、非常に腹立たしいですが」

     そう言ってコイツはやにわに脚を振り上げ勢いをつけ、「よいしょ」と言いながら起き上がった。
     リンスを欠かしていないだろう髪は今やあちらこちらに飛び散って、シルエットだけ見れば妖怪の類にしか見えないだろう。

    「お前、本当にトリニティ生か?」
    「この制服が偽物とでも?」
    「お前の行動を見ていると、むしろゲヘナの方がしっくり来る」
    「ふっ、ふふふ。私があんな猿共と同じだと」

     コイツの眼に一瞬怒りが宿ったのを、私は見逃さなかった。とはいえヤツはその感情を噛み殺し、そのまま数回の呼気と共に吐き出した。
     そして数秒ほど経った後、ヤツは今までの中でもとりわけ不快そうに言葉を紡ぎ出した。

    「…………その通り、ですね」
    「何でお前トリニティにいるんだ」
    「ルールを守らないカスより、ルールを守って呼吸困難で死ぬ方が人間らしいでしょう」
    「そんなものか」
    「そんなものです」

     ヤツは背もたれにもたれかかったままだ。私にはヤツの発言の意図がよく分からなかったが、自分の選んだ道に苦しめられているのはざまぁないと思った。

    「どうせ人間なら、人間らしく生きた方がいいでしょう」

     そしてヤツは、そんな生き方に誇りすら持っているように思えた。

  • 29125/03/13(木) 18:30:43

    「救えないな」
    「知ってますよ」

     私を「気まぐれに」助けたことといい、おそらく自分で理解していながらトリニティ総合学園に入ったことといい。
     何かにつけて後悔をしているのはどうかと思うが。

    「羨ましいな」

     それでも、私はその背中をほんの少しだけ美しいと思った。だから私は、無意識にそう話していた。
     それを聞いたヤツは、心底理解できないものを見る目をしていた。初めて見るその表情が愉快だ。

    「……なぜ?」
    「生き方を選べるのは、いいことだ」
    「……アリウスの暮らしは」
    「昨晩の私に自由があると思うか」
    「でしょうね」

     バツが悪そうに、ヤツは後頭部に手を当てる。戦闘訓練の最中に、マウントポジションを獲ったような快感が私の背中を走った。
     沈黙が部屋を支配する。何かを持て余しているような、何かを愉しんでいるような、そんな時に流れる空気。
     ああ、これは確か。

    「…………ああ、もう」

     あの人に怒られている時は、こんな感じだったっけな。

  • 30125/03/13(木) 18:31:06

    「おい」
    「何です」
    「朝食は?」
    「はぁ?」
    「腹が減った」
    「私は空腹ではありませんので」
    「拾ったくせに面倒見ないのか」
    「犬や猫ならともかく、あなたは人間でしょう」
    「無責任」
    「言ってなさいクソ犬」

     ああ、それでも少し違う。だって私は殴られていない。
     腹が減ったのは本当だ。だが、ひもじくはない。生まれて初めての体験だった。

    「ミルク粥がいいなぁ、私は」
    「ふざけろ」

     少なくとも、冗談を言うなんてことは、特に。

  • 31125/03/13(木) 18:31:31

    今日の投稿は以上です。また明日

  • 32二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 21:12:46

    何とも言えない乾いた空気感
    続きが気になる

  • 33二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 03:38:53

    ブラックマーケットにでも潜んでそうなトリカス?ちゃん

  • 34二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 04:02:41

    しっとりしてんなあ

  • 35二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 13:20:49

    なかなか面倒な性格をしているトリカスちゃん

  • 36125/03/14(金) 19:31:11

    続きを投稿します。ちょっとだけよ

  • 37125/03/14(金) 19:31:46

     結局、私は朝食を作らなかった。
     そもそも授業を休んでいる身分なのだから、登校する生徒の多い朝に通りを歩くわけにはいかない。ましてや「アリウス分校の生徒」などという厄ネタと一緒に歩いているのを見られた日には、どういう強請りを受けるか分かったものではないからだ。

     そのような意思表明をしたら、「文句はないが……」と不満げな顔をされた。当然か。

    「では昼食の話をしましょうか」
    「ここに食料はないんだろ」
    「だから外に食べに行くんです。無論時間帯をずらして」
    「じゃあ早めにずらしてくれ。腹が減って仕方ない」
    「では11時頃に」

     さあどこに行こうか。もしものことを考えると学園の周辺には行けない。ならそこから少し離れ、かつ学生が昼食を食べに来ないような場所。
     地図アプリを開いていい店がないかを物色していると、彼女は何かを思い出したように呟きだした。

    「コンソメスープ……」

  • 38125/03/14(金) 19:32:13

    「はい?」
    「コンソメスープがあるところがいい」
    「考えておきます」

     コンソメスープなら、ファミレスか何かで食べられそうだ。検索をかけるといい具合の距離にあるチェーン店がヒットした。この要望を無視してあーだこーだ言われるのも面倒だし、昼食はここでいいだろう。

    「しかし、なぜコンソメスープなんですか。他にもあるでしょう、あなたの知ってる料理は」
    「知ってはいる。ボロネーゼ風味のレーションなんかはご馳走だ」
    「じゃあボロネーゼでいいじゃないですか。なぜよりにもよってコンソメスープ? 好物か何かで?」
    「……好物ではない」

     彼女は眉を顰めながら言う。

    「苦手でも嫌いでもない。だが、嫌な思い出がある」
    「やめておきます? コンソメスープ」
    「いや、だからこそ上書きしたい。いい思い出にはならないだろうが、私が生涯で食べたコンソメスープがあれだけだというのも不快だ」
    「あなたどうせ私のおごりだからって贅沢しようとしてません?」
    「バレたか」
    「バレますよ」

  • 39125/03/14(金) 19:32:51

     目的のファミレスのメニュー表を開くと、さまざまな種類のパスタが私の脳を出迎えてくれた。
     きらきらと光る美味しそうなパスタの写真を見ていると、噛み潰していた空腹がまた首をもたげてきそうだ。スマホの電源を落として天井を見上げる。相変わらずの寒々しい色をした天井だった。

    「……いつだったか、炊き出しをしているところを通ったんだ」

     ぽつぽつと彼女が語り出す。興味はないが、耳を傾ける。

    「あれはシスターフッドか? シスター服の」
    「やっていますね、彼女たちは」
    「どうやら毎週やっているようだな」
    「らしいですね。私は聞いたことしかありませんが」

     同級生にシスターフッド所属の生徒がいたのを思い出す。関わりが薄いからよく知らないが、いつもいつも慈母のような笑みを浮かべていたことだけは覚えている。

    「あそこで振る舞っていたのが、コンソメスープだった」

     言われて得心する。大鍋で作れて、ほどほどに野菜も摂れて、温かくて、何より旨味がある。まともな食の楽しみを満たすにはうってつけだ。
     肌寒い冬なんかに外で熱いスープを啜った日には、その一日が優しい光で満たされることは確実だろう。もちろん、それで腹がいっぱいになることはまあないのだが。

    「美味しかったんですか、それ」
    「美味かった」
    「では、なぜそんなに苦しそうな顔をしているんですか」
    「…………それは」

     彼女は溜息をつき、机の1点を凝視しながら言った。

  • 40125/03/14(金) 19:33:57

    「アイツら、タダでくれるって言うんだ」
    「……それは、炊き出しですから。言ってしまえばボランティアです」
    「ボランティア。ボランティアね」

     空笑い。面白いことなんて全く言っていないし、彼女も面白いなんて微塵も思っていないだろう。
     それでも笑うのは、笑わなければやっていけないほどの激情があるからか。

    「ボランティアとは、どういう意味だ」
    「無償、あるいは好意・善意で人助けをすること、でしょうか」
    「そうだ。そうだな。ヤツらには悪意なんてないだろう。私たちを利用しようだなんて少しも思ってないだろう」

     彼女は膝の上で両拳を握り締める。力が込められるあまり、その腕がカタカタと震えているのがはっきりと見えた。

    「…………だから惨めになるんだよ」

     ここまでの会話で分かったことが1つある。
     彼女は、自尊心が高い。ホームレス同然なのに……いや、ホームレスだからこそだろう。何もかもを奪われ尽くし、それでも残った僅かばかりの尊厳を必死に守ろうとしている。

     それは、何とも人間らしい。

  • 41125/03/14(金) 19:34:36

    「私は、ハハハ……他人のそういう善意に縋らなければ生きていけないほどの存在か」

     できる限りの鉄面皮を取り繕いながら、私は彼女の話を黙って聴く。
     彼女は顔中の筋肉を引き攣らせている。ギシギシと音すら聴こえてきそうに。

    「そうだ。そうだろうな。私は宿無しだ。やることと言えばヘルメット団の抗争に十把一絡げで1日2日雇われて、傭兵同然に暮らすくらいしかない」
    「……………………」
    「ああそうだそうだろうとも、私は憐れまれるに値する存在だ。だがな……」

     そうして彼女は、幼子のように頭を抱えて蹲った。
     まるでいつか廊下でリンチを喰らっていたいじめられっ子のようだと思った。

  • 42125/03/14(金) 19:36:17

    「…………あの笑顔を見ると、嫌でも自分がどういう存在なのかを思い知らされる」


     用があって教会に足を運んだ時のことを思い出す。

     橙色の髪をした下級生らしい彼女は、私の「ここで何をしているのか」という問いに対して平然と「祈っています」としか答えなかった。

     私は理解してしまったのだ。彼女は、本気で祈っていた。神の慈悲を、もしくは人の幸福を。


    「だから嫌なんだ。いっそ金をとってくれた方がどれだけよかったか」


     人はこれほどまでに他人を優しく思えるものなのか、他人のために祈れるものなのかと衝撃を受けたのだ。

     あの穏やかな光は、それでも確かに何者かに影を落とさずにいられないものだ。そう感じた。


    「あれを食べてから、私は何だったのか、それだけを考えてしまう。知りたくなかったんだ」

    「……………………」

    「知らないまま、野垂れ死んでしまいたかった。消えたかった」


     彼女は無垢で清楚が故に、知らず知らずのうちに罪深い。

  • 43125/03/14(金) 19:36:50

    「美味かった。美味かったんだよ。人生で一番美味かった。生まれて初めて、あんなに人に優しくされた……だから、死にたい…………」

     この六畳間は懺悔室ではない。
     私も、目の前の彼女の心痛をどうでもいいと思っている。
     だから、私は彼女を赦すことはない。

    「……昼に行くファミレス」
    「…………あぁ」
    「美味しいと評判ですから。ほら、口コミ3.3です」
    「……高いのか、それ」
    「口コミなら高い方です」

     全て、どうでもよいのだ。どうしようもないのだ。

    「パスタとドリア、どれが食べたいですか」
    「……コンソメスープは」
    「それだけで腹を満たすわけじゃないでしょう」
    「…………他にはないのか」
    「ピザなんかいいかもしれませんね。シェアできますし」

     だから、私にできることは、笑わずにいることしかないのだ。

  • 44125/03/14(金) 19:37:35

    以上です。ありがとうございました

  • 45二次元好きの匿名さん25/03/14(金) 22:37:59

    お互いになんとなく打ち解けられたようなそうでもないような風で、もっと続きを読みたい感じがするけどここで終わるのも色々その後が想像できていいね

  • 46二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 06:02:14

    優しさで傷つくこともある 人の心は難儀だなあ

  • 47二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 14:06:12

    今日も不安定ですね

  • 48125/03/15(土) 17:53:36

    今日は少し更新が難しいかもしれません
    ちょっとした会話だけにするかもです

  • 49125/03/15(土) 21:19:27

    小噺を投稿します

  • 50125/03/15(土) 21:20:06

    【小噺 トリカスとゲーム】

    「お前、ゲームとかやるのか」
    「ゲーム? なぜ突然そんな話に」
    「そこの戸棚にあったから」
    「ああ、ありましたねそんなのが」
    「よく見ると随分埃を被ってるようだが。どれくらい触ってないんだこれ。層になってるぞ」
    「そりゃあ、大してやってませんからね。ゲームは趣味ですが、今時スマホでも手慰みにできますし」
    「ふぅん……」
    「やれば楽しいものはきっとあるのでしょうが、あいにく私にはわざわざそれを玉石混淆の中から探し出す体力というものがありませんので」
    「何でそんなに疲れてるんだ、お前は」
    「生きるのって疲れません?」
    「……否定はしない。だがお前が言うのか」
    「私も私で疲れるんです。理解は求めませんが」
    「……いや、お前は疲れるんだろうよ。何となく分かる」
    「『理解は求めない』と言ったでしょう」

  • 51125/03/15(土) 21:20:36

    「そういえば、ミレニアムには『ゲーム開発部』というのがあるらしいな」
    「……………………」
    「そこもゲームを出していると風の噂で聞いたんだが、お前知ってたか」
    「……知っていますよ。『テイルズ・サガ・クロニクル』というゲームを出していますね」
    「ああ、よく見ればこれそのゲームじゃないか。何だやったことあるのか」
    「…………そのゲーム、端的に言って面白くありませんよ」
    「そうなのか?」
    「不親切、独善、意味不明。なるほどこれを作った人間は『ゲームが好き』なだけなのだと理解しました」

  • 52125/03/15(土) 21:21:18

    「ゲームが好きなことの何がいけないんだ。別にいいと思うが」
    「『ゲームをプレイするのが好き』と『ゲームを作れる』とは違う系統なんです。尤も、次作では何らかの権威ある賞を獲ったそうですが」
    「その『次の作品』とやらはプレイしたのか、お前」
    「作者に信用が置けなかったのでプレイしませんでした。おそらくゲーム開発部の作品をやることは一生ないでしょうね」
    「おい」
    「あんな酷評を受けておいて次を作ろうと勇気を出せたのは称賛に値すると思いますが。私には理解できません」
    「……単純に、好きだからだろ」
    「ふむ」
    「好きだから、やりたいんだろう。それ以外に理由は要らない気がする」

  • 53125/03/15(土) 21:22:27

    「……………………」
    「それに、お前はゲームを作ったことがあるのか?」
    「……ありませんね」
    「なら作っている人間の方が百倍偉いと思うのだが、違うのか」
    「……それを言うなら、世に蔓延る人間の大多数はク○ゲーを黙って貪る羽目になりますよ」
    「それもそうか」
    「作る人間の苦労も分からないでもありませんがね」
    「だが……うん? 『分からないでもない』だと?」

  • 54125/03/15(土) 21:22:57

    「……黒歴史になるのですが、私も昔小説を書こうとしたことがあるんです」
    「へえ、素敵じゃないか。私には想像もつかない領域だ」
    「筆ペンを買って、お洒落なメモ帳も買って……それで、少しばかり書き上げたんです」
    「いいと思う。それのどこが黒歴史なんだ」
    「…………1週間後に見返してみたら、あまりの稚拙さに絶句しまして」
    「……………………」
    「思わず破り捨ててしまいました。私には文筆の才能はなかったようです」
    「…………あの、『見るのと作るのは別』ってのは」
    「はい」
    「ありゃあお前の経験談か」
    「……恥ずかしながら」
    「あー…………」
    「口外は、無用ですよ」
    「言うか。何のネタにもならない」

  • 55125/03/15(土) 21:23:47

    以上です。明日もできたら投稿します

  • 56二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 23:28:54

    もうちょっと続くとは思わなかった!
    アリモブは意外と色々知ってる子だね

  • 57二次元好きの匿名さん25/03/15(土) 23:32:35

    生きる力が必要なのはトリカスちゃんの方なのでは?

  • 58二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 06:21:08

    普段は好きだからやるみたいに単純に考えられないけどアリモブは助けたいから助けたなのいい

  • 59二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 15:31:10

    自分から探しにいかないのに最初から評判悪かったTSCやったことあるのは怖いもの見たさだったんだろうか

  • 60二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 15:38:11

    テイルズ・サガ・クロニクルをプレイしたことのあるトリモブは結構ゲーム好きだね

  • 61125/03/16(日) 22:28:55

    またちょっとだけ小噺を投稿します

  • 62125/03/16(日) 22:30:04

    【小噺 アリモブとガスマスク】


    「……そのマスク」

    「これがどうかしたのか」

    「以前『氷の魔女』が似たようなものを着用して銃撃戦をしていたのを思い出しました」

    「『氷の』……? 何だそのけったいな綽名は」

    「ご存知? 『白洲アズサ』という子なのですけど」

    「ああ……名前は知っている。アリウス分校にいたはずだ」

    「そうなんですか? なぜそんな子が今トリニティに……」

    「…………知りたいか」

    「聞かないでおきます。面倒なので」

  • 63125/03/16(日) 22:30:28

    「そうか。……その『氷の魔女』は元気にやっているのか」
    「補習の常連らしいですが、いいご友人に恵まれたようですよ。この前仲良さげに下校しているところを見かけました」
    「……………………」
    「正義実現委員会と真正面から衝突したと伺っていましたからさぞかし武骨な方なのだろうと思いましたが……あんな風に笑う子でしたのね」
    「……アリウス分校には、生徒の笑顔なぞなかったがな」
    「それは……」
    「……笑えている生徒もいるのか。そうか、そうか」
    「彼女の幸福を言祝ぐにしては、目から光がありませんね」
    「そりゃそうだ、大して知らない人間の幸福なんぞ何の利益にもならない」
    「同感です。むしろ腹立たしいまでありますね」
    「そこまでではない。興味がないから感情も湧かん。それだけだ」
    「興味がないならなぜ今の話題を深掘りしようと思ったんですか」
    「…………さあな」

  • 64125/03/16(日) 22:31:13

    「しかし、アリウス分校の制服にはそのマスクも含まれているのですか」
    「さあな。私の時にはもう既にこれが制服の一部だった」
    「随分と奇妙な制服ですね」
    「お前からすればこれは奇妙に映るんだろうな。だが私たちはこれを着けて暮らすのがデフォルトだった」
    「日常生活に支障をきたしそうですね」
    「そうでもない。戦闘行動にも訓練にも支障はない。顔面への銃撃を防ぐこともできる。着ける上で損はない」
    「…………そうなんですね」
    「それに、仲間の傷つく顔も見なくて済んだからな」
    「……………………」
    「呻き声も悲鳴も、くぐもってよく聞こえない。だから容赦なくトドメを刺せた。尤も、これは私がやられる時にも同様に言えるのだがな」

  • 65125/03/16(日) 22:32:03

    「……まるで軍隊ですね」
    「『まるで』ではない。私たちは『兵士』だった。生徒会長の望みを実現させるためのな」
    「ろくな生徒会長ではなさそうですね、その人は」
    「ああ、そうだ。本当に最悪だった。今だからこそそう思える」
    「……………………」
    「……だが、不思議なことにな。こうして流浪の身になってみると、時折あの日々が懐かしく思えてくるんだ」
    「…………それは」
    「あの時は自由こそなかったが、同じように苦しむ仲間がいた。レーションはご馳走だった。班であれを隠れるように食べたあの時のことは生涯忘れられないだろう」
    「その、お仲間さんは」
    「分からん。今頃どこにいるのか……死んでいるかもしれないな。あいつらは私と同じように不器用だったから」
    「……………………」

  • 66125/03/16(日) 22:32:31

    「……………………」
    「お前の考えていることは分かる。一般的に考えたら、私の状況は劣悪だったんだろう。アリウス分校は崩壊して然るべきだったんだろう」
    「……ええ、そう思っています。そしてそれは間違いではないでしょうね」
    「私もそう思う。だがな、あれは私にとっては『故郷』だ。どうしようもなく懐かしく、愛おしい。生徒会長の怒鳴り声も、いざ消えてみたら寂しいものだ」
    「……………………」
    「……このマスクは、その象徴だ」
    「あなたたちは追われる身です。そのマスクはさっさと処分するべきだと思います」
    「私もそう思う。……それでも、どうしても捨てられない。これは私が『私』であることの証明だ」
    「……………………」
    「今更、他の生き方なんてできっこないんだよ。彼女と違ってな」

  • 67125/03/16(日) 22:32:55

    以上です。明日も時間があれば投稿します
    次投稿するのは本編でありたいものです

  • 68二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 05:16:07

    郷愁って理屈じゃないよな

  • 69二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 12:35:36

    このアリモブに限らずいつか元アリウス生達がガスマスクを脱いで生きられる日が来ると良いな…

  • 70二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 18:02:38
  • 71125/03/17(月) 23:41:26

    申し訳ありません、私用で立て込んで今日は投稿できませんでした
    明日頑張って投稿します

  • 72二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 23:42:11

    お疲れ様です

  • 73二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 08:46:14

    ほしゅ

  • 74二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 17:08:36

    保守

  • 75二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 20:55:38

    おお…
    保守

  • 76125/03/18(火) 21:07:19

    本編を投稿します

  • 77125/03/18(火) 21:07:51

     帰り道。本物のパスタやピザで腹を満たし、分不相応にも眠気すら感じそうになっていた昼下がり。

    「期待を裏切らない、安っぽいパスタでしたね」
    「そうなのか?」
    「あのソースには生麺が合っているでしょうに、商品開発をサボったのでしょうか」
    「私は美味しく食べられたが」
    「……まあ、あなたが美味しく感じられたのならよろしいのではなくて?」

     隣で歩くコイツは、料理に対してブツブツと愚痴を溢している。舌が肥えると世間一般の食事では満足できないのだろうか。それは何とも憐れなことだと思う。

    「お前はグルメを追究したりしているのか。美味いものを食べるために遠出したりとか金を出したりとか、するのか」
    「私にそんな趣味はありません。結局胃の中に消えるものにどうして浪費できましょう」
    「……なら、お前が美味いと感じたものはどんなものなんだ」

     その問いにコイツは困ったように目線を泳がせ、口から言葉にならない声を断続的に漏らしながら逡巡した。
     そうしてしばらく考え込んだ後、コイツは諦観を表情に含ませながら首を振った。

  • 78125/03/18(火) 21:08:16

    「ないのか、美味いもの」
    「結局胃に入って満腹感を得られたら十分ではないですか?」
    「そんなものじゃないぞ。どんな状況でも、美味いものはそのまま士気に直結する。飯がまずいとその雇い主に反抗したくなるのは自明の理だ」
    「……そうなんですか」
    「だから傭兵を雇う者は、金の次に飯を重視する。食というものはそれほどに大事なんだ」

     「豪華まかない付き」という条件につられて入った日雇い労働が、ただの残飯処理だったこともあった。乱暴にズイと出されたお椀の中に、「アリウス分校時代のがマシだ」と思えるほどに水っぽく味のないお粥が入っていた時の衝撃は忘れられない。
     あの時は本当に腹が減っていたものだから、苛立ちと悲しみに任せてオフィスを爆破して帰ったっけ。

    「さすが、餓死しかけていた人の言うことは違いますね」
    「飢え死にしかけていたからこんなことが言えるんだ」
    「死にたかったのではありませんの」
    「……機会があったら、死のうと思う」
    「どうだか」

  • 79125/03/18(火) 21:08:48

     学園からはだいぶ離れているが、ここもトリニティ自治区である。上品な街並みに豊かな品揃え、ショーウィンドウの中にはラメを拵えてドレスがキラキラと光っている。
     キヴォトスは今日も全域晴れ。嫌になるくらいの晴天である。そんな中を私は、パーカーのフードを被ってオフスタイルのコイツと歩いている。

    「ここは、いつもこんな感じなのか」

     訊くまでもない。私は場違いだろう。
     トリニティ総合学園というのはお嬢様学校だ。多少の例外こそあるだろうが、入学金授業費その他諸々にかかる金は安易な覚悟で賄いきれるようなものではない。
     大体は実家のパイプが太いか、奨学金を貰っているか。どちらにせよ、孤児出身テロリスト擬きの私が立ち入っていい領域ではない。

     そして目の前で仏頂面を崩さないコイツも、本来なら私が話しかけられるような身分ではないのは確かだ。

    「何というか、朗らかだな。人の陽気が溢れている」
    「……雨が降った時は今よりもっと静かですがね」
    「そういう問題じゃない」

     いい学校だと思う。こういう学校に入ることができたらどれほど幸福だろう。
     ミレニアムサイエンススクールに入れるほどの脳味噌はない。ゲヘナ学園は……よく分からない。この学園都市キヴォトスには他にも学校は数多あるが、今のところトリニティ自治区の雰囲気が一番いい。
     まあ、どれほど夢見たところで「私がここに入学する」なんてことはあり得ないのだが。

  • 80125/03/18(火) 21:09:17

    「…………そうでもありませんよ」

     謙遜、というにも照れのない口調でコイツは呟いた。

     そうこうしているうちに、私たちはいつの間にか公園のような場所に出た。
     噴水がある。緑がある。子供が走って遊べるほどの広さのスペースがある。少し歩けば遊具もきっと見えてくるのだろう。

    「少し散歩しないか」
    「早く帰りたいのですが」
    「腹ごなしに運動がしたい。太るぞ」
    「喧しいですね。分かりましたよ、ちょうどトリニティは授業の時間ですし、小一時間くらいなら付き合います」

     鳥の囀りが遠く聞こえる。身分を隠しながらではあるが、今この時だけ私は罪人ではない。
     背にいつもあったはずの荷物が離れているこの身軽さは、私にとって慣れないものであり、心地良くも気持ち悪い。
     背反する感覚を引きずりながら、私たちは無言で公園を散策する。他に人はいない。もう2,3時間したらここも人の笑い声でいっぱいになるのだろう。

  • 81125/03/18(火) 21:09:42

    「お前、やっぱり太りたくないのか」

     軽口のつもりで、私はヤツに声をかける。
     それにヤツは仏頂面をさらに険しくして返してくる。

    「当然でしょう。女性がなぜ望み好んで太りたいものですか」
    「ふくよかさは豊かさの表れと見ているんだが」
    「見た目が悪いと、それがそのままコミュニケーションの難易度に直結するんです。あなたブスと仲良くなりたいのですか」
    「ブスだと人と仲良くなれないのか」
    「少なくとも、それは村八分になるには十分すぎる理由なんですよ」

     アリウスにいた頃はそんな文化はなかった。もっと正確に言うなら、そのような文化を育めるような土壌もなかった。
     ある意味ではそれもいいことなのだろう、とコイツは言う。

    「少なくとも、あなたはそれほど醜くはないのでしょうね」
    「私がブスだと言っているのか」
    「そういう話ではなく」
    「冗談だ」

  • 82125/03/18(火) 21:10:40

     少し右を見てみると、小川がさらさらと流れている。
     これは人工河川だろうか。それにしては水が綺麗だ。そのまま飲めてしまえそうなほどに。

    「念のため言っておきますが、あの水を飲もうとは思わないことですね」
    「……飲めないのか」
    「腹を下しますよ。雨水をそのまま飲みたいのですか」
    「飲んだことはある」
    「あるのですか」
    「……だが、腹を壊すのは願い下げだ」

     澄んだように見える水の中にも、目に見えないほど小さな生き物がたくさんいるらしい。そしてその中には、食中毒を引き起こすような菌も存在するそうだ。

    「どれだけ綺麗でも、奥深く見てみると溝のように濁っているものです」

     ヤツはいつもの平坦な口調で、無感情にそう言ってのける。その一種の凄味に気圧されて、私は反論らしい反論も言えなかった。
     コイツは時折、特に他人について語る時、「他人の意見なんぞ求めない」「自分の中ではもう既にこうと決まっているのだ」と言わんばかりのオーラを放つ。さっきの言葉は、自分の中の何かをこの川に投影したものだろう。
     おそらくコイツの根っこにあるこの不信を和らげることは誰もできない。コイツ自身を除いて。

  • 83125/03/18(火) 21:11:10

    「お前、友達いないのか」
    「はぁ?」
    「友達いないからそういうこと思うんだろ」
    「そう定義できる存在はいる、と前に申し上げたでしょう」

     それは言外に「いない」と言っているのと同義だ、ということは本人も気付いているのだろう。

    「なってやろうか、友達」
    「はい?」
    「私はお前に損をさせない。その代わり得ももたらさない」
    「……………………」
    「損得勘定が嫌いなんだろ、お前は」

     ヤツの瞳の奥が、少しだけ揺れる。
     その時私は、コイツの心に深く刺さっている刃に指先が触れたような感覚を覚えた。

    「……結構です」

     そしてヤツは、ぴしゃりとそう拒絶した。

  • 84125/03/18(火) 21:11:47

    「私にも、人を選ぶ自由はありますので」
    「そうか」
    「悔しかったらホームレスな状況を脱してからもう一度どうぞ。明日にはあなたを追い出しますので」
    「残念だ」

     そう言われることを頭のどこかで分かっていた。コイツはそういう女だ。たった1日の付き合いでも……いや、そんな短い付き合いだからこそ、私はコイツの弱さを直視できた。私も、生涯の恥であろう炊き出しでの出来事を話せた。
     だから、私たちは友人足り得ない。「友人」であるには、私たちはあまりに近づき過ぎた。

     木漏れ日が頭上で眩しく光る。目前には推測通り、小さな子供向けの遊具が設置された空間が広がっていた。

    「…………っ」

     ふと、ヤツの足が止まった。私はそれに遅れて数歩ほど先を歩き、そして立ち止まって振り返る。
     ヤツの表情は、よく分からなかった。怯え、歓喜、哀しみ、怒り。そんな様々な一緒くたに詰め込まれ、まるで坩堝のようにぐつぐつと超高温で煮込まれているような、強張った顔。

     ヤツの目線の先に、私も目を向けた。
     人がいた。いつか擦り切れた図鑑で見た、銀河を象ったようなヘイロー。本来なら風に揺れて煌めいているだろうピンク色の長髪が、2つの団子にまとめられている。
     トリニティ指定のジャージに身を包んだ彼女は、汗と土塗れになりながら芝生の上で雑草を毟っていた。

  • 85125/03/18(火) 21:12:14

    「あれは…………」

     ヤツは両手を拳に握り固め、立ち尽くして動かない。

    「……聖園、ミカ」

     私がその名前を出した瞬間、後ろのヤツがビクリと身震いしたのが分かった。
     確かにアリウスに顔を出していた彼女が、今は私たちに目もくれずせっせと下人のような作業に励んでいる。その様は本来なら汚らしいはずなのに、なぜか私は神聖さすら感じていた。
     それこそ、気を抜いてしまったら拝み倒してしまいそうなほどに。

    「…………ミカ様」

     その声色は、まるで迷子が歩き尽くした末に親を見つけたような、そんな声だった。
     ヤツはそうしてハッとしたように首を横に振り、踵を返してツカツカと歩き去る。呆気に取られていた私はすぐに意識を取り戻し、慌ててヤツの後を追う。

    「おい」

     私がいくら後ろから声をかけても、ヤツの歩みは揺るがない。それどころかむしろ速くなってさえいる。
     この場所から一刻も早くおさらばしてしまいたい。そんな思いが小さな背中からひしひしと感じる。

  • 86125/03/18(火) 21:13:17

    「おい……おいっ!」

     そして公園の入り口まで戻ったところで、私はようやくヤツの右手首を掴んだ。

    「どうしたんだお前」

     ヤツは口を真一文字に結んで、顔を真っ青にしながら目線を私から逸らす。こんなに弱った表情をコイツがするだなんて思わなかった。
     おそらく私の手を振り払うだけの精神的余裕もないのだろうコイツは、身体中から力を抜いて今にもその場に座り込みだしそうだった。

    「……ミカ様、彼女は」
    「アイツがどうかしたってのか」
    「あの人のせいで、私は」
    「あ……? あっ? お前、まさか」

     そう言えば聖園ミカ、アイツはティーパーティーの元ホストだったなと今更思い至った。

    「パテル派は、ミカ様のせいで瓦解しました」

     だから、このような縁がある可能性を考え付かなかったのは、偏に私の愚かさゆえだった。

  • 87125/03/18(火) 21:14:33

    今日の投稿は以上です。続きはまた明日
    「本作にキャラヘイトを意図した表現・展開等はない」ということをここで強調しておきます

  • 88二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 21:15:30

    カス要素はパテモブだったのか。

  • 89二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 22:35:58

    好き
    続き待ってる

  • 90二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 05:51:46

    肩身の狭そうな立場だなあ

  • 91二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 11:10:55

    なんか・・・いいな、こういうの
    ああ、ちゃんと皆"生きてるんだな"って感じ

  • 92二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 19:54:15

    保守しとく

  • 93二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 22:52:18

    トリカスが無気力気味なのは派閥関係の影響かな…

  • 94125/03/19(水) 23:58:30

    申し訳ありません、今日も投下できませんでした
    明日頑張って投稿します

  • 95二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 00:39:38

    当たり前の事だ、皆生きてる、故に泥臭く乾ききっていても、それはとてもとても素晴らしいことだ

  • 96二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 09:01:33

    保守

  • 97125/03/20(木) 15:01:46

    何度も申し訳ありません、今日は投稿できなさそうです
    明日こそ投稿します。後2回分くらいの投稿で終わりそうなので、頑張ります

  • 98二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 17:11:55

    無理せずに

  • 99二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 17:14:00

    現状若干擦れて斜に構えてるだけに見えるし、この子がエデンの時のトリモブみたいな暴れ方をすると思えないが、果たしてどうなるか

  • 100二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 21:30:44

    ほしゅ

  • 101二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 23:46:37
  • 102二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 00:07:23

    さて、どう転ぶか…

  • 103二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 09:27:03

    ほしゅ

  • 104125/03/21(金) 09:45:37

    朝ですが投稿します

  • 105125/03/21(金) 09:46:17

     ――――人に対して夢を見ようとしなくなったのは、いつ頃だったか。

     昔の私は、有り体に言ってしまえば愚か者だったのだろう。

    「どんな人であろうとも、その奥底には善性が眠っている」
    「善く生きていれば、その人は必ず報われる」

     公平世界仮説。弱者の遠吠えとしか思えないようなその言説を、かつての私は無邪気に信じていた。

     では、「善く生きる」とは何だろう。人に親切にしましょう、他人の悪口を言わないようにしましょう。道徳として表される項目を1つ1つ見ていけば、人間として生きるにあたって当然のこととしか映らない。
     だからこそ、私はそれを容易く踏み外す人間たちを内心で嫌悪し、軽蔑した。このキヴォトスで生徒による爆発や傷害が起こる度、私はそれに関わった全ての人間に罪人の烙印を押し、遠巻きにした。

    「道を外れたのなら、それ相応に罰が下るはずだ」
    「彼女が被害者となったのは、何か悪いことをしていたに違いない」

     因果関係のない、他力本願な呪い。しかし私はそのことを理解せず……いや、内心で「そんなことはない」と理解しながら、そのような「正しい」生き方を続けていた。
     生徒が我が物のように幅を利かせ、弱肉強食の理が蔓延るこの街で、せめて私だけは「正しく」いようと、そう決めていた。なぜなら、正しい人間はいつか報われるのだから。

  • 106125/03/21(金) 09:47:01

     その誤謬がいよいよ正されたのは、パテル派の失脚が起こってからだった。

     私は校内政治に特段の興味があったわけではない。ただ、どこかに属した方がいい。そうしなければ3派どちらからも爪弾きにされ、この煌びやかな世界で生きにくくなる。そんなくだらない理由で私はどれに入るかを決めたのだった。

     パテル派に属したのは、リーダーであったミカ様がゲヘナへの嫌悪をスタンスとして標榜していたからだった。
     私はゲヘナが嫌いだ。街で好き勝手するアイツらが嫌いだ。他人の迷惑なぞ考えず、ただただ自分の快楽のみを追究するヤツらが嫌いだ。彼女らはルールを守っていないにも関わらず、相応の裁きが下っているようには見えなかった。だから嫌いだった。
     そう生きるのが一番楽で楽しいと本能で分かっているにも関わらず、その生き方を選ぶことができない自分が嫌いだった。

     だから、「エデン条約を契機にミカ様が何事かをするらしい」という噂を聞いた時は、同級生らと一緒にはしゃぎまわったものだ。ミカ様の強さは折り紙付きである。そんな権力も暴力も兼ね備えた彼女が動くのなら、状況は一気に改善に動くはずである。
     条約が無事に締結されるなら、少なくともトリニティとゲヘナ間の争いごとはなくなり、キヴォトスは平和に一歩近付く。締結されずとも、まさかテーブルをひっくり返すような惨事は起こらないはずだ。

     そう、思っていた。

  • 107125/03/21(金) 09:47:34

     巡航ミサイルの教会への直撃。ミカ様の蜂起。……そして、敗北。それら全てを、私はテレビの画面を見て知った。
     どうやらこれでパテル派は3派の中でも大きく地位を落とされるらしい。私の中でそんな結論が導き出されたのは、情報の整理が終わって1時間ほど経ったあたりだったろうか。

     日頃からゲヘナへの嫌悪を声高に語り、ミカ様に対して心酔していた彼女は、モモトークのグループで言った。

    「あんな頭の緩い女をリーダーにしていたのが間違いだった」

     彼女を皮切りに、友人が次々に語り出す。

    「あの女を赦すことはできない」
    「闇討ちしてしまおうか」
    「言葉でひたすらに傷つけよう」
    「教科書を破り捨てよう」
    「体操服をドブ池に放り込もう」
    「どうか」「どうか」「お願いだから」
    「彼女が平和な人生を送れませんように」

     画面上で踊る字句の理解をしている間に、事態はどんどん深刻になっていく。
     私の友人が……いや、友人「だったものたち」が、明らかに道を踏み外している。

  • 108125/03/21(金) 09:48:08

     ミカ様は重罪人だ。パテル派のリーダーとしてやってはいけないことをしでかした。私も彼女を「ごめんなさい」「いいよ」で赦すことなんてできない。私のトリニティでの生活が懸かっていたのだから。
     だが、罰は下った。地位を追われ、下人がやるような仕事に従事し続けることとなった。その罰の量に不満こそあれど、それが公的な裁きであるのならば私に言えることは何もなかった。
     だから、意味が分からなかった。私と同じように、悪を嫌い、善を好み、秩序に従い、混沌を避ける彼女たちが、「善と秩序の回復」をお題目に「悪」……否、それ以下の代物に手を出していた。この矛盾を「人間にはよくあることだ」と諦観の色眼鏡で片付けるには、私の精神はあまりに幼過ぎた。

     そして、何より絶望したのは。彼女たちの中で燃え上がる炎を、どこか湧き立つような気持ちで見ている自分を見つけた時だった。

    「ああ、私はこれと同じか」

  • 109125/03/21(金) 09:48:39

     あの騒動の後、草むしりに励むミカ様に詰め寄ったことがある。その時彼女は「ごめんね」と寂し気に眉を顰めながら首を横に振るばかりだった。
     そんなことが聞きたいわけではなかった。謝罪でもなく、懺悔でもなく、私が聞きたいのはその先。

    「私は、この先どうやって生きたらいいのですか」

     その愚かな問いに、ミカ様はやはり苦渋に堪えるように目を伏せるだけだった。
     その時私は、何か不可思議な力に突き動かされたように右手を掲げ、そのまま彼女の柔らかな頬に振り下ろした。

     パチン、と乾いた音が響いた。
     彼女の真っ白な頬は、私のせいで真っ赤に染まる。
     それでも彼女は下手人たる私を見ることなく、「ここでの草むしりはもう終わったから」とポリ袋を持って立ち去っていった。

     その帰りの最中も、叩いた右手がじんじんと痛む。
     ミカ様にとってはきっと、児戯に等しいような打撃だっただろう。痛くも痒くもないはずだ。それでも彼女は確かにあの瞬間、この世界で一番の罪を背負ったような表情で、私に向けて謝意を示したのだ。

     足取りが歪む。視界が歪む。ぼやけて、雫が革靴にぽたぽたと垂れていく。

  • 110125/03/21(金) 09:49:09

     善く生きるとは何だったのか。
     私の善性とは、何だったのか。

     いや、そもそも私と彼女たちと何が違ったのだろうか。
     同じだ。全て、同じだった。私も、彼女たちも、同じ人間だった。
     人間だから。人間だからこそ、私たちは他人を害することを悦び、その時こそ無類の絆を発揮するのだろう。

     ――――生きていたくないと思ったのは、この頃からだったか。

     銃を自身の頭につきつけ、発砲した。それでもそれは拳で自身の頭を打ち据えるようなもので、脳震盪を起こすほどの衝撃と眩暈に激痛が私を揺らすだけだった。
     飛び降りる勇気はなかった。電車に撥ねられたら周囲の迷惑になる。樹海へ行こうにも……首を吊るには準備が……。
     結局、ゴタゴタで休みになった1週間ほどは、どうにかして楽にあの世に逝けないかを試行錯誤していた。それでもそんな方法はなかった。どの死に方にも、「命を懸けたギャンブル」に失敗した時点でまともな対価は残されていないのだ。

     生きるしかない。私は、この醜いまま。
     腹が減り、喉が渇き、身体が「生きたい」「よりよいコンディションを」「どうか、早く」と不相応にも声を張り上げている。
     それを悟った時、私は泣いた。10代になってから初めて、声を震わせ蹲り、拳を床に何度も何度も打ちつけて、あらん限りに泣いた。脳が沸騰したような心地で、気分がよかったのを覚えている。

     そして、泣いて泣いて泣いて、生まれ変わったように涙が引っ込んでも、私のやれることは変わらなかった。
     「善く生きる」、もっと正確に言うなら「ルールを守って生きる」。守ったところで何にもならないと分かっていながら、それでも私にはこの生き方しか残されていなかった。
     この世界はどう足掻いても弱肉強食であり、道徳を遵守していても人は簡単に他人を害し得る。それでも私は「善く生き」、そしてそのまま呼吸困難になって死のう。

     そんな決意とも呼べないような決意を固めたのが、1か月前くらいだったか。

  • 111125/03/21(金) 09:49:56

     あれから友人たちとは距離を置き、独りで死んだように横になって過ごすことが多くなった。ルールには「友達を作れ、ずっと仲良くしろ」なんてことは書いていない。だから無理にする必要性はない、と私自身が判断した。


     自分がそうであるように、私の友人だった彼女たちも醜い。この世界に生きる誰も彼もが醜悪で、どうしようもない生き物だ。それでも、そのうちの何人かは、きっと心の中に美しいものがあるのだろう。

     その「美しいもの」が自分の中にもあるのだと証明するように、私は人助けに精を出すようになった。それは例えばゴミ拾いだったり、迷子の手助けだったり。小さなことではあるが概ね「善」とされるようなことを進んでやるようになった。


    「あなたは、優しいんですね」


     その言葉に私は、曖昧に笑って返すことしかできなかった。

     私は優しくない。努力してそうあろうとする人間のどこを「優しい」と評することができるだろう。

     むしろ逆だ。私は全てがどうでもいいのだ。だからルール・道徳の範疇内で、自分の好きなように生きることに決めたのだ。


     だから、あの日も私は当然のように彼女に手を差し伸べた。

    「あなた、私の部屋に来なさい」

    「…………は?」

    「食料があります。来なさい」


     だって、そうでしょう?

     飢えた人間に食料を差し出すことは、絶対に「善」であるはずなのだから。

  • 112125/03/21(金) 09:50:18

    以上です。夜も頑張れたら投稿します

  • 113二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 15:48:06

    この空気好きだな

  • 114125/03/21(金) 18:33:04

    最終話を投稿します

  • 115125/03/21(金) 18:33:26

     あの後、私は彼女に連れられるままに通りを走り抜け、気が付いたら自室のど真ん中で呆然と座っていた。

    「……すまなかった」
    「何が、ですか」

     沈痛な面持ちの彼女をよそに、私は彼女の「償い」を目にした衝撃で揺れた脳をどうにか平常に戻そうと試行錯誤していた。
     ミカ様は、今も奉仕活動を続けている。ミカ様の償いはいつ終わるのだろう。……そもそも、終わることはあるのだろうか。

    「パテル派の失脚は、アリウスが引き起こしたようなものだ」
    「…………そう、なのですね」

     あの事件の後、私の周囲は大きく変わった。友人だと思っていた人がそうではなくなり、陰で私たちについてあれこれと画策するようになった。私も友人のことを友人とも思わなくなり、うわべだけの優雅な付き合いのみに終始するようになった。
     秩序の上に生きる人間は、自分の傍でミスをした人間に厳しい。当然だ。普通に生きていたら「ミス」なんてしないのだから。

  • 116125/03/21(金) 18:33:47

     では、「普通に生きる」とは何なのだろうか。
     少なくとも、今の私が「普通に生きていない」のは確かだ。そして、「前の暮らしに戻りたい」と思うのと同じくらいに「もう何もかもが面倒だ、放り出したい」とも考えていることも。

    「……私のことを、恨まないのか」
    「なぜ? 私があなたの何を恨むというのです」
    「私たちのせいで、お前たちは苦労しただろう」
    「ああ、そのこと……」

     それにしても、くだらないことで悩む。こんなに真面目なら、選んだ生き方を変えられないというのも頷ける。
     そしてその言葉は、そっくりそのまま私に返ってくるのだ。思わず苦笑した。

    「何がおかしいんだ、お前。さっきまでの顔の蒼白さはどうした」
    「ああ……気分は、戻りました。はい、大丈夫です」
    「大丈夫な人間は『大丈夫だ』なんて言わないぞ」
    「本当に平気です。ええ、本当に……」

     強いて言うなら、かつてミカ様の頬を張った右手。
     あの時の痛みが、またチクチクと襲ってきている。これは幻に近しい痛みで、罪を償わねば一生この痛みと付き合い続けるのだということは理解できた。

  • 117125/03/21(金) 18:34:05

    「…………ねえ、あなた」
    「何だ」

     ふと思い出して、彼女に問う。

    「あなた、死にたかったの?」
    「は?」
    「死にたかったって、前に言ってたじゃないですか」
    「あ、あぁ……言ったな、確かに」
    「何で、死にたかったんですか?」

     私も死にたかった。実際に自殺も企図して、行動した。結局私は本格的にそちら側に踏み切る度胸がなくて生き残ったが、「元アリウス分校の生徒、現傭兵」という悲惨な生い立ちとそれに伴う絶望を持つ彼女が、なぜ「餓死」などという苦しく成功確率の低い手段をとったのかが疑問だった。
     彼女はバツが悪そうに後頭部を掻き、1つ息をついてから話し出した。

  • 118125/03/21(金) 18:34:22

    「……死にたかったわけじゃない。消えたかったんだ」
    「同じでは……いえ、同じではありませんね。失礼しました」
    「物分かりがいいじゃないか。あのまま眠れたらそのままスッと消えられるんじゃないかと思ったんだ」
    「そうなのですか」
    「今ここにいるということに感謝はしている。今日のメシは……美味かった。ありがとう」
    「いいえ、それほどでも。私が作ったわけではありませんし」

     結局のところ、そういうことなのだ。
     私たちは本質的に生き物だ。「生きたい」と願っている。たとえ心が挫けても、身体はそれでも明日を生きるための糧を本能的、あるいは機械的に欲している。

     生まれてきてしまった以上、私たちは生きるしかないのだろう。
     生まれ、生きて、その上に「お前はどんな風に生きるんだ」という問いがくっついてくるのであって。

    「……だが、いつまでもこうしてぐずぐずしてはいられないな」

     そうして彼女は立ち上がり、ぐっと大きく伸びをした。私よりも少し低いくらいのその身長が、床に座っている私にはとても大きく見えた。

  • 119125/03/21(金) 18:34:44

    「どこかへ行くんですか」
    「生きるために金は必要だろう。だからこれから稼ぎに行く」
    「どうやって稼ぐんですか」
    「さあ、どうやってだろうな。工事現場の日雇いかもしれないし、今までのように傭兵稼業かもしれない」

     彼女は遠くを、私の部屋の玄関の向こうを見ながら言う。
     理解した。彼女は、この部屋を出ていこうとしている。

    「行くんですね、あなた」
    「ああ、行く」
    「別に明日までならここにいてもいいんですよ」
    「やめとく。いつまでもここでお前の厄介になっていたら気が狂いそうだ」

     彼女の眼が、鼻が、口が、ガスマスクで隠れる。真昼のこの時間、この区域は人通りも少ない。彼女がこの格好で出て行ったとしても、私とのつながりが見咎められることはないだろう。

    「コンソメスープも飲めたし、な」
    「あれは美味しかったですね」
    「シスターフッドの炊き出しと、どっちが美味いかな」
    「材料が違うでしょうし、どっちもどっちでいいじゃないですか」
    「それもそうだな」

     私たちは十年来の親友のように笑い合う。
     きっとそれは互いが互いを惜しいと思っているからだ。1日にも満たない付き合いだったにも関わらず、私たちはそれまでの友人の中の誰よりも近い存在となった。
     それでも、私たちは他人だ。他人である以上、手をつないだままではいられない。

  • 120125/03/21(金) 18:35:13

    「ここには、もう近寄らないことにするよ」

     身支度を整えながら、彼女がそう私に誓う。

    「ここにいたら、またお前と会ってしまうだろう」
    「分かりませんよ。私も学校がありますから」
    「そうだったな、お前は今日休んでるんだった」
    「いるかどうか分からないのですから、来てもいいんですよ」
    「いい、いいんだ。そういう問題じゃない」

     真昼の暖かな陽射しが、カーテンをすり抜けて部屋を満たす。
     冬は去り、もうじき春が来る。それでもこの部屋が暖かいのは、きっとそれだけが原因ではないのだろう。
     2人分の体温が、この部屋にはあった。そして今1人分になり、その直後には0人分となるのだろう。冷え込みまっしぐらだ。

    「お前に、いつもの私を見られたくない」
    「いいんですよ。どうせ興味もないですし。何なら今も見てますし」
    「だからそういうことじゃない。……私の個人的な感覚だ。だから不確かな言語化しかできない」
    「……そうですか。なら私は何も言いません」
    「ああ、そうしてくれ」

     談笑しながらも玄関に向かう。それは確実な別れの気配。それでも陰気さなんてものは全くない。なぜなら私たちは他人だからだ。
     そしていよいよ彼女が扉を開ける。最後に振り向いた彼女の表情が逆光で見えない。あまりの眩しさに、私も右手で顔を遮ってしまった。

  • 121125/03/21(金) 18:35:44

    「じゃあな、ありがとう」

    「ええ、さようなら。お元気で」

    「お前もな。生きろよ」


     そんな言葉の交換を最後にステンレス製の重い扉はガチャンと閉まり、後の部屋には私1人が残された。

     玄関から引き返し、ベッドに腰かける。私のものではない布団のへこみ方。寂しくはない。それでもここに見ず知らずの他人が1人、確かに息をしていたのだ。それが妙にむずがゆかった。


    「…………さて」


     私は明日も休みをとってしまった。彼女はもう少しここにいるものだと思っていたから。きっと迷惑をかけたくないと思ったのだろう。せめてその理由の中に「私がパテル派だったから」というものが入っていて欲しくはないものだ。

     明日は何をしようか。ゲームを久しぶりに引っ張り出すのもいいかもしれない。本を買いに電車で遠出するのもおつなものだろう。


    「……いえ、それよりも先に、やるべきことがありますね」

  • 122125/03/21(金) 18:36:08

     そうして私は着の身着のまま、財布も持たずに飛び出した。
     向かうは先程の公園。あれからまだ時間はそれほど経っていない。あの人がまだあそこにいることを信じて走る。
     通りを走り抜け、広場を過ぎ去り、木陰を潜り抜ける。そうしてその先に、ああ、屈んでいた腰を反らせて治そうとしている彼女がいた。

    「――――ミカ様!」

     彼女が私の方を見る。その表情は目を見開いたもので、「誰だっけ?」という単純な疑問にも、「何であなたがここに?」という驚愕にも見えた。
     どちらでもよかった。私がやるべきことは、ただ1つだったから。

    「ミカ様、あの時は――――」

     どうせ生きるしかないのだ。悲しいことに、私たちはこの世界に生まれてきてしまったのだから。

     ならば、罪を償わずに生きるよりも、償って引きずりながら生きる方がいいはずだ。

     そっちの方が、きっと楽しい。

  • 123125/03/21(金) 18:36:25

    ……………………

  • 124125/03/21(金) 18:36:51

     1か月後、アーケード街を歩いていた時のこと。

     買ったもののいまひとつだった漫画本を売り飛ばし、空になった両手を痛みと共に握っては開いていた私は、遠くのショーウィンドウの前にあの子の面影を見た。
     彼女は友人らしき子と、銃や爆弾についての論議を開いていたようだ。彼女たちの声が、ちょうどその時通りすがった私の耳に届いた。

     驚いてそちらの方を振り向くと、彼女たちのうちの1人と目が合った。

    「あっ」

     そんな互いの声が、昼の人混みの中でも確かに聞こえた。あちらもきっと、私の目線に気付いたのだろう。
     だがそんなか細い反応は、すぐに人々の雑音と大きな背に呑まれて消える。それでも私はあれが誰だったのかを確認しようとしたが、彼女たちは居た堪れなさでも感じたのか場所を移してしまったようだ。

  • 125125/03/21(金) 18:37:04

     そうしてしばらくそこに立ち尽くした後、私は苦笑いしながらまた歩き始めた。

     あれが本当は誰だったのか分からない。ひょっとしたら彼女と背格好のよく似た別人だったのかもしれない。見慣れない制服を着ていたのはどういうわけだったのか、私には分かることはないだろう。
     でも、それでもいいのだ。彼女はどこかで生きている。きっと、あの場で潰えかけていた命は、今この世界で幸せを噛み締めている。

     そんなくだらない妄想に浸りながら、私はまた新しい本屋へと歩を進めた。
     今日は好きな作家の新作が発売される日。これを楽しみに生きてきたのだ。

  • 126125/03/21(金) 18:37:34

    これで本編の投稿を終了します。ありがとうございました
    深夜に暇ならあとがき的なものを投稿します

  • 127二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 18:39:25

    生きる理由って些細なものでいいよね

  • 128二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 00:06:04

    銃や爆弾の議論してるのちゃんとアリウス生だったんだなぁって思う

  • 129125/03/22(土) 00:41:44

    以下、本編の余韻をぶち壊す可能性があります。
    興味のある方だけご覧ください。

  • 130125/03/22(土) 00:42:49

    【あとがき】
    本作をご覧いただきありがとうございました。
    本作で私が心掛けていたのは「ドラマの無さ」です。
    彼女たちは「ブルーアーカイブ」という作品の主人公でもメインキャラクターでもないので、その人生に明確なドラマ性というのは存在しないでしょう。

    そこに存在するのは誰の人生においてもあり得るイベントです。
    絶望や挫折を経験しなかった人間はいません。彼女らにとってそういう意味での大きな出来事というのがエデン条約編におけるゴタゴタだったというだけです。
    彼女らに主人公力はないので、何かドラマがあって乗り越えるというようなことはありませんでした。
    もし彼女らがそれを乗り越えたと思われるのならば、きっと彼女らはそれに値する強さを最初から持っていたのでしょう。

    改めて、ここまで本作をご覧いただきありがとうございました。
    ここまで書き上げることができたのは偏に感想を下さった皆様のおかげです。
    また会えることがあったら会いましょう。SSの案どこかにないかな……

  • 131125/03/22(土) 00:45:36
  • 132二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 10:13:55

    完結お疲れ様です!
    ある意味似た者同士だったトリカスとアリモブが交流したことで、2人とも前を向いて進んでいけるようになったのは良かったね

オススメ

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