- 1二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:31:44
「ララちゃんララちゃん! これ見たよ!」
少しずつ、賑やかさを増して行く朝の教室。
机へと辿り着いたラッキーライラックを出迎えたのは、良く話をするクラスメートだった。
尻尾をぶんぶんと振りながら、待っていたと言わんばかりに駆け寄ってくる。
その様子に少し驚きながらも、彼女は落ちついた態度を崩さず、冷静に挨拶をした。
「おはようさんです、朝からえらく賑やかですけど、どないしましたか?」
「賑やかにもなるって~! ほら、コレ見たよっ! すごく大きく取り上げられてるじゃん!」
「ああ、今日発売でしたなあ…………ふふ、ちょっと恥ずかしいわあ」
ラッキーライラックは上品に口元を隠しながら、嬉しそうに目を細めた。
クラスメートの手の中にあったもの、それは一冊の雑誌。
見せびらかすように捲られた紙面には、ラッキーライラックその人の写真がでかでかと載せられていた。
先日────彼女はとある出版社からのインタビューを受けている。
前回のレースにおいて、彼女は他のウマ娘達を寄せ付けない、完勝劇を演じてみせた。
圧倒的ともいえるパフォーマンスに見せた彼女に対して、世間の注目度は大いに高まっているのだった。
今年期待のウマ娘ランキングナンバーワン、という見出しがきらりと光る。 - 2二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:32:00
「すごいなあ~、こんな記事になったらララちゃんも嬉しいでしょ?」
「……いえ、もちろん光栄とは思いますが、大事なのは、ここからやから」
「あっ、そっ、そうだったね、さすがはララちゃん、このくらいじゃ動じないんだなあ」
「…………そや、一つお願いしてもええでしょうか?」
「ん? いいよ、私に出来ることだったら!」
「その雑誌、ちょっとだけ貸してもろても良いですか? まだ、実際の紙面を読んでなくてなあ」
「OK! 私はもう殆ど読んだから、明日返してくれれば!」
「おおきに、では遠慮なくお借りさせていただきましょ」
「うん、どうぞ! それじゃあ次のレースも頑張ってね、私も応援しに行くからさっ!」
クラスメートは雑誌を机の上に置くと、手を振りながら自分の席へと戻っていく。
ラッキーライラックは小さく手を振り返しながら見送ると、椅子に腰を落として雑誌を手に取った。
そして、ゆっくりとページを捲りながら、静かに紙面へと視線を落とす。
その様子は傍から見れば、まるで深窓の令嬢そのものといえた。
(いや~、うちも気づいたら人気者になったもんやなあ! めっちゃページ割いてもろてるやんか! え~なになに? 『余裕たっぷりの走りで鮮やかに美しく完勝!』やて! いややわあ~! もう言い過ぎやって~! こんなん照れてまうやろー!? こないに期待されたら、もっともっと頑張らなあかんなあ!)
あくまで、傍から見れば、の話であったが。
ラッキーライラックは平静を装いながらも、熱心に、心躍らせながら雑誌を読み進めて行く。
やがて自身の記事が終わり、トゥインクルシリーズ関係の別の記事が始まって、満足そうに息をついた。
そして、他に面白そうな記事がないかパラパラとページを捲っていき────とある写真が、彼女の目に留まる。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:32:14
「…………トレーナー、さん?」
そこにあったのは、ラッキーライラックの担当トレーナーの写真だった。
彼女の記事とは違い、他のトレーナーの写真とともに載っていたが、彼の写真はその一番上にある。
(まさか、トレーナーさんも取材を受けてはったとはなあ…………うちのこととか、話してへんやろか?)
好奇心と期待と、若干の不安。
そんな感情に、少しだけ心臓の鼓動を早くしながら、ラッキーライラックは記事に目を滑らせる。
そして────眉間に皺を寄せながら、渋い声を漏らしてしまうのだった。
「抱かれたい、トレーナーランキング、第一位……?」 - 4二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:32:34
「次も見据えて、今後はスタミナトレーニングも積んでいきたいと思っているんだ」
「せやなあ」
「だっ、だから、こんな感じのスケジュールが立ててみたんだけど」
「そやなあ」
「……えっと、とりあえず、この方向で進めても良いかな?」
「ほうでんなあ」
「…………ララ、もしかして何か怒ってる?」
「…………別に、怒ってへんよ」
放課後、トレーナー室。
ラッキーライラックの担当トレーナーは、物珍しいものを見るような表情を浮かべていた。
常に気品のある振る舞いをしようとする彼女が、ここまであからさまな態度を取るのは初めてだったからだ。
彼女は不満げに眉を歪ませながら、ジトーっと彼のことを見つめている。
しかし、彼にはその意図も原因も掴むことが出来ず、ただただ困惑する他なかった。
やがて────ラッキーライラックの方が、大きくため息をついた。
「はあ…………すまへん、うちがちっと大人げなかったわ、堪忍してな?」
「ううん、俺は気にしてないけど、何かあったの?」
「……ほんま、うちはどないしたんやろなあ」
「?」
トレーナーは不思議そうな表情で首を傾げた。
そんな彼を見ながら、申し訳ない気持ちに苛まれつつ、ラッキーライラックは今朝読んだ記事のことを思い出す。
『抱かれたいトレーナーランキング』。
どうやら、レース場に来たファンを対象に取って行われたアンケートだったらしい。
極めて俗な内容で、調べた側も、恐らくは聞かれた側も、そこまで真面目には取り組んでいないだろう。
そのことは、彼女も重々承知をしている、はずなのだが。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:32:49
(……どうして、うちはこんなにイライラしとるんや?)
確かに、彼女から見ても、トレーナーの顔立ちは悪くなかった。
物腰は柔らかく、身嗜みも十分整っていて、体格も引き締まっていて、女性に対しても人当たりが良い。
そもそも若手で新進気鋭のトレーナー、それだけでも、そういう人気を集める理由にはなるだろう。
今思い出せば、前回のレースの時も女性ファンからサインを求められていたような気がする。
そのことを十分に理解していながらも、彼女には腹が煮え返るような気分になっていた。
(そもそも、これを答えた人はトレーナーさんの何を知っとるんや? いつも車道側を歩いてくれはるとか、喜んどる時の笑顔が案外子どもっぽくてかいらしいとか、頭撫でてるん時の手つきがめっちゃ気持ちええとか、そういうことなーんも知らんわけやろ? せやのに抱かれたいとか、おかしいとちゃうんか?)
考えれば考えるほど、ラッキーライラックの苛立ちは増して行く一方だった。
そんな彼女を見かねてか、トレーナーは何かを思い出したように、自らの鞄の中からあるものを取り出す。
「そうだ! これでも読んで、ちょっと気分転換しないか?」
「……トレーナーさん、それは」
トレーナーが取り出したもの。
それは今朝、ラッキーライラックも読んだ、件の雑誌であった。 - 6二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:33:06
雑誌自体は少し前に贈られてきていたが、休養日もあって渡す時間がなかった、とトレーナーは話す。
うちはもう読んだからええわ────そう断ろうと、ラッキーライラックは思ったのだが。
「いやあ、取材があった日から楽しみにしてたんだ、絶対にキミと一緒に読みたいと思っててさ」
「……そか」
きらきらと目を輝かせながら、わくわくとした表情を浮かべている彼の前に、言葉が引っ込んでしまう。
先に読んでしまったことが申し訳なくなってしまうような、純真な笑顔。
それを見ていると、彼女の中の苛立ちは少しだけ和らいでいった。
二人は長椅子に隣り合って座ると、テーブルの上へと雑誌を広げる。
「おお! なんか、すごく大きく取り上げてもらってるな!」
「……せやな、うちが一番ページをもろてるんちゃうかな?」
「それにこないだのレースも凄い褒めてもらってるね! 前哨戦とはいえすごい勝ち方だったからな~!」
「トレーナーさんのおかげもあって、うちとしても会心の走りがやったわ」
「本番でも同じ走り、いや、それ以上の走りを見せて、みんなの期待に応えないとね」
「うん、改めて、よろしゅうな?」
「もちろん……それにしても、やっぱりララって、本当に綺麗だよね────」
「はっ、はあ!? いっ、いいいきなり、何言うとんねん……っ!」
「────写真映りがさ、どの写真も格好良く映ってるというか、ってどうしたの、急に机に突っ伏して」
「…………なんでもあらへん、もう、ベタなリアクションしてもうたわ」
ラッキーライラックは複雑な感情を抱きながら、顔をぷいっと逸らす。
トレーナーの言葉を、勘違いしてしまったこと。
それでも綺麗と言われて、ちょっと嬉しいと思ってしまったこと。
そして何より────少し彼と会話をしただけで、苛立ちが大分抜けている自分に対して。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:33:25
(我ながら、やっすい女やなあ、ほんまに)
ラッキーライラックは呆れたような、それでもどこか楽しそうに苦笑する。
そんな彼女を見て、トレーナーも笑顔を浮かべながら、ページを捲りつつ、話を続けた。
「俺はどうにも写真映りが良くないみたいでさ、何度も撮り直しになっちゃって」
その言葉を聞いた瞬間────ラッキーライラックの胸の奥からもやもやしたものがせり上がって来る。
抜けて行ったはずの苛立ちがあっという間に戻って来て、緩んでいた口元も引き締まってしまう。
気が付けば、彼女は妙に低い声で、トレーナーへと問いかけていた。
「……トレーナーさんも取材受け取ったんやね、『抱かれたいトレーナーランキング』やったっけ?」
「えっ、知っていたのか? いやまあ、取材ってほどじゃないよ、半分冗談みたいな企画で、ちょっとアンケートに答えただけで」
トレーナーは頬を掻きながら、少し困ったようにはにかんでみせる。
恥ずかしいけれど、嬉しいは嬉しい、そんな表情。
それを見たラッキーライラックの胸の奥が、ちくりと、小さく痛む。
渦巻く気持ちが混沌とし過ぎていて、何を言って良いかがわからず、結局彼女は────見栄を張ることにした。
「……一位、おめでとうさん」
「あっ、ありがとう、まあだからなんだって感じだけどね」
「これからもっとサインを求められるんとちゃう? 練習しておかなあかんで?」
「そんなことなはないと思うけど……まあそれなら、キミから教わろうかな、なんてね」
ラッキーライラックは、思い浮かべる。
レースで勝利を収めて、ウイナーズサークルへ向かう自分。
そして、それを待っている────たくさんの女性に囲まれた、トレーナーの姿。
彼女にとって、それはすごく、嫌な光景であった。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:33:40
「…………やっぱり、こういうの、トレーナーも嬉しいんか?」
嬉しくない、と言って欲しい。
そんなのには興味がない、迷惑だと、言い切って欲しい。
そんな、身勝手な想いを込めながら、ラッキーライラックは問いかけた。
その質問に、トレーナーは即答する。
「そりゃあ、嬉しいよ」
「……っ」
せやろな、と彼女は思った。
人気がある、と言われて嫌だと思う人なんて少数派だろう。
普通に考えれば、嬉しくないはずがない。
そんなことは分かり切っているはずなのに、神経が苛立ち、胸が苦しくなる。
(これ、あかんわ)
このままだと、また先ほどのように失礼な態度を取ってしまう。
そう考えたラッキーライラックは、席を立とうと決断し、足に力を入れて。
「それだけ、キミの人気があるってことだからね」
「…………は?」
思わぬ言葉に、その力はするりと抜けてしまうのだった。 - 9二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:34:06
「……何言うとるんや? これはウマ娘やのうて、トレーナーのランキングやろ?」
「そうだけど、選ばれてるのは俺じゃなくて『ラッキーライラックのトレーナー』だよ」
「…………いやいやいや、トレーナーかてサイン求められとったやんか」
「それこそキミが勝ったからだよ、キミの担当じゃなかった見向きもされてないって」
「まあ、そうかもしれへんけども……!」
確かに彼の人気は、ラッキーライラックの実績あってのものであることは間違いない。
しかし、担当ウマ娘の実績があれば世間で人気が出るかといえば、無論、そんなわけではない。
外見か人柄か、あるいは能力か、彼個人の何らかの要因があるはずなのだが、何故か、彼はそれを度外視していた。
やがて、彼は困ったように微笑んで、彼女を真っ直ぐに見つめながら言葉を紡ぐ。
「それに、今はキミに夢中だからね、よそ見なんかしている暇はないよ」
「……! トレーナーさん、そういうとこやで?」
「……えっ、どういうとこ?」
不思議そうに首を傾げるトレーナーを尻目に、ラッキーライラックは大きなため息をついた。
色々な感情は一気に霧散してしまい、今まで苛立っていたのが嘘のように、穏やかな気持ちになっていく。
(なんやあほらしくなってもうた…………それにしても、トレーナーさんも勿体ないなあ)
冗談半分の企画とはいえ、一位は一位。
それなりに、想いを込めてサインを求めたり、近づいたりする女性もいるのだろう。
その気になれば、より取り見取りといった状況だ。
けれど、当の本人は興味がなく、それどころか眼中にないと言わんばかりの有様であった。
そう考えるとラッキーライラックは────何故か、嬉しくて仕方がなかった。
ぱたぱたと尻尾を揺らめかせながら、そっと彼の肩に頭を乗せて、心地良さそうに表情を緩める。
「………………つまり当面は、うちの独り占め、ちゅーことやな?」
「ん? 何か言った?」
「ふふ、なーんも言うてへんよー♪」 - 10二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:34:25
二人で雑誌を読み終えた後。
「ララ、お茶をどうぞ」
「ありがとうさん、うん、ええ香りやな」
ラッキーライラックは暖かなお茶を受け取りながら、じっと横目でトレーナーの姿を見つめた。
身長は少しだけ高めで、細身だけど意外に筋肉質で、腕や脚もがっしりとしている。
確かに魅力的だとは思うが、それほどのものだろうか。
それは、件のランキングに対する、ちょっとした疑問。
もやもやも苛立ちもなくなったけど、まだ密かに残っていたそれを、彼女は何気なく口に出した。
「なあ、トレーナーさん」
丁度お茶を飲み始めるところだったトレーナーは、視線だけで反応を返す。
それを相槌を見なしたラッキーライラックは、予防線を張るように悪戯っぽいを浮かべて、問いかけた。
「うちのこと────抱いてみいひん?」
「ぶっ!?」
刹那、トレーナーは口に含んでいたお茶を盛大に吹き出した。
激しく咳き込んでいる彼を前に、ラッキーライラックはティッシュを持って、慌てて立ち上がる。 - 11二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:34:41
「ごほ! げほ!」
「うわっ!? もー、何をしとるんよ……大丈夫かいな?」
「あっ、ああ、大丈夫、じゃなくて! ダメに決まってるでしょ!? キミこそ何を言ってるんだ!?」
「……ただの冗談やないか、そこまで、力強く拒否らんでも」
「……ララ、冗談にも言っていいものと悪いものがあるんだよ、それがわからないキミじゃないでしょ?」
「…………そこまで目くじら立てることか? レース場でも、たまに感極まってやってる子とかおるやんか」
「はあ!?」
驚愕のあまり、思わず目を見開いて、大きな声を出してしまうトレーナー。
しかし、しゅんとしていながらも、可愛らしく唇を尖らせるラッキーライラックに違和感を覚える。
致命的に何かが噛み合っていない、そんな直感だった。
乱れてしまった呼吸を整えて、出来る限り冷静に思考を巡らせ────彼はやがて、一つの可能性に辿り着いた。
「…………ララ、セクハラになるかもしれないが、一つだけ聞かせてくれ、嫌なら答えなくて良いから」
「……そんな前置き初めて聞いたわ、どうしたん?」
「……抱くって、どういう意味だと思う」
「なんや、物々しい言い方すると思うたらそんなことかいな、そらもちろん────」
ほっと安堵のため息をついて、ラッキーライラックは自信に満ち溢れたドヤ顔で堂々と言い放った。
「ハグのことやろ?」
彼女は疑問に思っていた。
抱かれる、というのはどういう心地なのだろう、と。
確かに彼の身体は暖かくて、包まれたら安心するだろうけども、それを他の人は知らないだろう。
それでもなお、抱かれたいと思う人が多いということは、何か隠れた魅力があるのではないか。
…………という建前をもって、自分で体感してみたいと考えていたのである。
そこに、致命的なミスマッチがあったことを、彼女は気づいていなかった。 - 12二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:34:55
「……嘘でしょ」
「トレーナーさん?」
「…………とっ、とにかくダメだから、ウチはウチ、他所は他所ってことで」
「まあ、しゃーないなあ………………ちょっと、残念やけども」
口振りとは裏腹に、とても残念そうな顔をするラッキーライラック。
そんな彼女を、トレーナーはだらだらと冷や汗を流しながら、見つめていた。
────なお翌日の朝、顔を真っ赤にした彼女がトレーナー室に駆け込んでくるのは、別の話。 - 13二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:35:30
お わ り
担当トレーナーと二人きりの時は素で喋っていて欲しいなあと思ってます - 14二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:37:44
よきSSでした
ラッキーライラック、どんな育成ストーリーになるか楽しみで仕方ない - 15二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:40:35
クール雰囲気を漂わせるラッキーライラックが拗ねたり顔を真っ赤にしたり
かわいいリアクションを見せる時にしか摂れない栄養素があります
ありがとう - 16二次元好きの匿名さん25/03/12(水) 23:43:31
???????「……えっと、ララさん? その『抱かれる』はね………………ぶ、ブラストが説明してくれるわ」
- 17二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 07:30:48
- 18二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 16:24:11
気づいた後の反応も絶対かわいい
- 19二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 16:52:01
因子がミッキーでも丸内さんでもまぁイケメンだよね
- 20二次元好きの匿名さん25/03/13(木) 19:47:20
そういや鞍上が抱かれたい騎手1位だったな
- 21125/03/13(木) 21:11:28