- 1二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:28:55
「……さてと、もう着いているって話だけども」
朝の駅、改札口からは老若男女問わず、たくさんの人が流れていく。
そして、彼らは足を止めることなく、全員同じ方向へと歩いていった。
俺はそんないつもの光景を横目にみながら、周囲を見回す。
「あっ、いた」
目的の人物は、すぐに見つけ出すことが出来た。
人の流れから外れた位置、駅構外の隅の方に、一人の少女がぽつんと立っている。
さらさらとした芦毛の長い髪、青緑色の綺麗な瞳、左耳にはムーブメントを模した耳飾り。
担当ウマ娘のクロノジェネシスは新聞を大きく広げて、真剣な眼差しを向けていた。
うん、これもまた、いつもの光景だろう。
俺は彼女に近づいて声をかけようとして、ふと、悪戯心が湧き出して来た。
「……黙って隣にいたら、クロノも驚くかな」
我ながら小学生か、とツッコミを入れたくなるところだが、好奇心は止められない。
俺はあえて正面から行かず、少しだけ遠回りをして、横から接近するように歩いていく。
ドキドキとした気持ちとワクワクとした気持ちを抱えながら、ゆっくりと静かに、クロノへ近づいた。
後数歩で辿りつく────そう考えた瞬間、彼女の耳がぴょんと跳ねる。 - 2二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:29:26
「あっ、トレーナーさん、こんにちは」
「……こんにちは、待たせちゃったね」
「いえ、私もちょっと前に来たばかりですので……えっと、何で残念そうにしているのですか?」
「…………ごめん、気にしないで」
「?」
不思議そうな顔をしながら、こてんと首を傾げるクロノ。
誤魔化そうとも考えたが、これから頭を使うというのに、妙な懸念を残すのは良くない。
俺は苦笑いを浮かべながら、正直に全てを話すことにした。
「あー、実はさ、ちょっとキミを驚かそうかなって思っててさ」
「まあ……でも、そのような素振りは感じられませんでしたが」
俺の言葉を聞いたクロノはきょとんとした表情を浮かべる。
まあ、驚かそうとしたのは俺視点での話で、彼女からしてみれば普通に来ただけにしか見えなかっただろう。
照れ隠しをするように頬をかきながら、言葉を続ける。
「うん、先にキミが気づいてくれたからね、新聞に集中しているなら気づかれないかもって考えたんだけど」
「ああ、そういうことでしたか」
クロノはぽんと手を合わせて、ピンと両耳を立てる。
そして、さも当然と言わんばかりの表情で、疑問に対する答えを口にした。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:29:39
「私、トレーナーさんの匂いなら、遠くからでもわかりますから」
「……俺、そんな匂う?」
「……あっ、いや、ちっ、違います! むしろ良い匂いで、って、わわっ、そうじゃなくて!?」
「…………ぷっ、ふふっ、あはは! 大丈夫だよ、ちゃんとわかってるってば」
わたわたとするクロノがあまりにも可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。
俺に匂いがどうこう、というわけではなく、単純に親しい人の匂いに反応したということだろう。
揶揄われていたことに気づいたクロノは、不満気に唇を尖らせながら、顔を背ける。
「……トレーナーさん、意地悪です」
「ごめんごめん、お詫びにキミの好きな“アレ”を奢るからさ、許して欲しいな」
「…………赤と白、両方じゃないと許しません」
「りょーかい」
俺がそう答えると、クロノはちらりとこちらへ視線を向けた。
そして柔らかな微笑みを浮かべて、こちらへそっと手を差し伸べて来る。
「それなら許してあげます、ではトレーナーさん、早速行きましょうか──────レース場へと」
刹那、クロノの双眸が鋭くなり、表情が一瞬にして引き締まる。
それはまさしく、彼女の勝負師としての顔。
そう、俺達は今日、二人でレースの予想をしに来ていたのだった。 - 4二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:30:03
「……4番の子どう思う?」
「デキは良さそうですが距離が向くかどうか、内枠も気になります、押さえまででしょうか」
「やっぱそこだよなあ、コースは向いてると思うんだけど……俺は切りかなあ」
「トレーナーさんから見て8番はどうですか、間隔は短いものの、上積みを感じさせる高気配ですが」
「彼女はいい脚を長く使えるから今日の馬場は向いてるんじゃないかな、1番と6番がハナ切ってペース上がりそうだし」
「なるほど……しかし、そういうレース展開になるとすれば……やはりあの子を軸にするべきでしょうか……?」
たくさんの人に囲まれたパドック。
クロノは七味をたっぷりかけたモツ串を頬張りながら、炭酸飲料の入った紙コップ片手に真剣な視線を向けていた。
せっかくの休日だというのに、トレーニング中を思わせるような張り詰めた顔つき。
しかし、これこそが彼女にとってのリフレッシュ方法であることを、俺は良く知っている。
クロノジェネシスは歴史を、とりわけ『レース史』を好むウマ娘だ。
好きが高じすぎて、毎週のようにレースの予想をしたり、カメラを担いでレース場へと足を運んでいたりしている。
そういうこともあって、契約してからというもの、週末になると彼女の趣味に付き合わせてもらっていた。
やがて、彼女は紙コップの中身を一気に飲み干すと、串をその中へと放り込む。
「後はレース前のウォーミングアップを見てから判断しましょう、良い位置も取りたいですしね」
「わかった、ゴミは俺が持つよ、途中で捨てておくからさ」
ゴミそのもの大した荷物ではないが、クロノにはもう一つ持ち運ばないといけないものがある。
彼女の傍らに置かれている、その小柄な体躯には不釣り合いな、大きめの鞄。
そこには、彼女がレース観戦時に愛用しているカメラが入っていた。
俺はカメラに関しては素人なので、よっぽどなことがない限りは触らないようにしている。
「ありがとうございます……あっ」
クロノは礼を告げながら紙コップを渡そうとして、ぴしりと固まった。
見れば、発走時間が近づいて気が高ぶったせいなのか、紙コップは彼女の小さな手にくしゃりと握り潰されている。
恥ずかしそうに小さくなる彼女を見て、俺は思わず吹き出してしまい────後ほどウマ天を奢るハメになるのであった。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:30:20
「……荒れたね」
「……荒れましたね」
「最初に印を打ってて、最後まで残そうか迷った子だったのになあ、何で消しちゃったんだろ」
「来る要素は確かにあったはずなのに、何故気づくことが出来なかったのでしょう」
俺達はフードコートのテーブルを囲みながら、先のレースの反省会をしていた。
上位人気のウマ娘が軒並み飛んで、二桁人気のウマ娘が勝つという大荒れ具合。
しかし、後から考えれば大金星も不思議ではない根拠があり、自身の未熟さを思い知らされてしまう。
まあ、それはそれとして、悔しいものは悔しい。
そのことは彼女も同じだったようで、しばらく渋い顔をしてから、こくりと頷いた。
「うん、こういうのを予想できる人は、きっとトータルでは負けています」
「ソダネ」
「私達は次のレースへと切り替えましょうか」
クロノは爽やかな笑みを浮かべて、そう言った。
こういう割り切りの良さという部分を見習うべきなのかもしれない。
それじゃあ俺も気を取り直して────と思った矢先、くう、と小さく虫が鳴った。
どうにも、彼女の食べっぷりを見ていて、俺も小腹が空いて来たようである。
「ごめん、ちょっと何か食べ物買って来るね?」
「わかりました、では私はこちらでお待ちしています」
「ついでに何か買って来るものはある?」
「では、フライドチキンをお願い出来ますか?」
「……OK!」
実は飲み物のつもりで聞いた、ということは胸の中に仕舞っておくことにした。 - 6二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:30:40
「お待たせクロノ、買って来たよ」
「記者さんの評価は高い……けれど陣営のコメントが……距離短縮も気になる……頭は怖い……」
「……クロノ?」
買い物を終えてクロノの下に戻ってきたが、彼女は新聞を読んだまま俺に気づく様子がない。
不思議に思いながらも周囲を見回すと、お昼時のせいか、にわかに食事を摂る人が増え始めていた。
なるほど、周りに色んな食べ物の匂いが充満してるから、俺の匂いに気づけないのだろうか。
……そわりと、今日の朝に感じた悪戯心が疼き始める。
「……」
俺は無言のまま、テーブルの上にビニール袋を置く。
中には骨なしのフライドチキンに、フライドポテトとバゲット、ストロー付きのドリンク。
その中からポテトを一本だけ摘まみ上げて、ゆっくりとクロノの口元へと寄せてみた。
「こちらの子は……一週前追い切りは猛時計……しかしこのラップは……あむ」
「おお」
分析を呟いていたクロノは、寄せられたポテトにぱくりと食いついた。
そして、そのまま少しずつ食べ進めながらも、視線は記事の文面から離れることはない。
小さな口でサクサクと食べていく様子は、小さい頃にやったウサギへと餌やり体験を思い出させる。
ぶっちゃけると、すごい楽しい。
「飲み物もどうぞ」
「……ちゅう」
「フライドチキンは……熱いからやめておこう、バゲットなら千切ればいけるかな」
好奇心が、止まらない。
俺はバゲットを小さく千切ると、それをクロノの口へと運ぶ。
結論からいえば、それは大失策だった。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:31:27
「はむ……っ?」
「あ」
クロノはバゲットを、俺の指先ごとぱくりと咥えた。
指がふわふわとした彼女の唇に挟み込まれて、指先には生暖かい湿り気を感じる。
いかに集中状態にあるとはいえど、この異物の存在を、彼女は無視することが出来なかった。
ぴんと耳が立ち上がり、新聞へと向けられていた彼女の視線が、俺へと向かう。
そして、しばらくじっとこちらを見つめて────刹那、その二つの瞳が大きく見開かれた。
「!!??」
俺の指を咥えたまま、クロノの視線はきょろきょろと彷徨い始めた。
顔が真っ赤に染め上がり、それに伴って口の中の温度も上がったような気がする。
やがて、彼女の舌先はバゲットの欠片を掬い取り、ちゅるんと薄い唇は俺の指から離れて行った。
「…………トレーナー、さん?」
クロノはジトっとした目つきで、俺のことを睨みつけた。
蛇に睨まれた蛙というべきだろうか、可愛らしい目つきであるが、それだけで俺は言葉を詰まらせてしまう。
無言のまま狼狽えて、何とか弁明をしようと脳漿を絞るが何も出てこない。そして、苦し紛れに出て来た言葉は────。
「えっと、もっと食べる?」
そんな間抜けなものであった。
さすがに怒られるかなと思ったが、意外にもクロノからそういう言葉は返って来ない。
代わりに彼女は口を開いて、てらてらと照り返す血色の良い真っ赤な咥内を、俺へ向けて晒した。
「…………あーん」
結果として、俺は買って来たもの殆どを、クロノに食べさせてあげるハメになったのだった。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:31:55
「とりあえず生にんじんジュースを、それとやはり枝豆と煮込みは外せませんね、トレーナーさんは何か?」
「……キムチで、飲み物はキミと同じものを」
最終レースを終えて、俺達はレース場近くのこじんまりとした飲食店へと足を運んだ。
同じ場所からの帰り道の客が多いのか、周囲では賑やかな様子で今日のレースのことを話している。
注文をして、すぐにジョッキに入ったにんじんジュースが運ばれてきた。
「トレーナーさん、乾杯」
「かんぱい」
俺だけダブルミーニングだな、と自嘲しながらかつんとジョッキを合わせる。
二人揃ってくびりと飲んだ後、クロノは待ってましたと言わんばかりにスマホを取り出し、こちらへと向けた。
「今日の私の結果は+60000、メインで8番が来てれば6桁もあったんですけど……トレーナーさんは?」
にっこりと微笑みながら、クロノはそう問いかける。
ただし、その口元がにまにまと微かに蠢いているのを、俺は見逃さなかった。
そもそも、一緒に予想をしていたのだから、大体の結果は彼女も把握しているのである。
俺は苦笑いをしながらも、渋々スマホを取り出して、画面を見せる。
「……-12000、当ててもガミって、外す時はかすりもしない、今日は散々だったな」
「それでは今日も私の勝ち、ということですね?」
そう言うと、クロノは嬉しそうに耳や尻尾をぴょこぴょこと動かした。
今の俺達が述べた数値は、俺達の予想した結果を人気などの要素を加味した上で評価したものである。
Hitting Race Investigation Model Date System。
通称HRIMDSポイントと呼ばれるそれは界隈では有名な指標である、というのは彼女の談。
もう何度もレース場で予想をしてきたが、このポイントで彼女に勝ったことは殆どなかった。
それだけ、彼女の分析が優れているということだろう。
……言い訳をするなら、そんな彼女の予想にあえて被せないようにしている、負け越している原因だった。 - 9二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:32:13
「ふふっ……にんじんジュースが、一際美味しく感じますね♪」
勝利の美酒に酔うクロノの、無邪気な笑顔。
まあ、これが見られた時点俺の勝ちみたいなものだな。
そう一人微笑んでいると、いつの間にか店内の賑やかさは増してきていることに気づいた。
夜も更けて、レース場帰りの人達以外の客が増えて来たのだろう。
彼女の門限にも気を付けないとな────そう考えた時、ふと、疑問が浮かび上がる。
「そういえばさ、何でいちいち駅で待ち合わせをしているんだ?」
「え」
そう問いかけた瞬間、クロノの笑顔と動きが凍り付いたように止まる。
何時からそうだったかは思い出せないが、いつの間にか、必ず駅で待ち合わせをするようになっていた。
中山など学園から離れた場所ならともかく、今日は東京レース場、つまり学園と近い場所。
わざわざ駅なんて経由せずとも、直接レース場の方で落ち合った方が早いだろう。
「その、えっと、それは、あの」
クロノは先ほどまでの様子が嘘のように、しどろもどろになり始めた。
顔を赤くしながら俯いて、もじもじと指を揉みながら、右へ左へ視線を泳がす。
やがて彼女は、絞り出すような小さな声で、ぽそりと言葉を紡いだ。 - 10二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:32:26
「だって、その方が…………じゃないですか」
「……え? なんて?」
「……っ! なっ、なんでもありません! そんなことより、歴史の話をしませんか!?」
「すごい舵取りしてくるね」
「フリーメイソン! イルミナティ! 歴史の本当の真実とはなんなのでしょう!?」
目をぐるぐると回しながら、良く分からないことを口走っていくクロノ。
俺はその様子を眺めながら、手で口元を隠して、恐らくは赤くなっているであろう頬を誤魔化す。
実のところ、先ほどの彼女の言葉は、しっかりと聞こえてしまっていたのだ。
彼女の恥ずかしげな声が、頭の中でリフレインする。
────だって、その方が、デートみたいじゃないですか。 - 11二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:33:09
お わ り
最初に奢る食べ物をモカソフトにしようか悩みましたがこっちの方がらしいと思ったのでこうなりました - 12二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:33:27
トータルで負ける……?
負けるってなんだよ!? - 13二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:35:32
- 14二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:38:46
HRIMDS…払い戻s、おっと誰か来たようだ
- 15二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:44:24
セキアキオジェネシス
- 16二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:45:03
HRIMDSポイントだよ
- 17二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:49:25
再現しにくい要素はTDN表記すればセーフってRKSTポイントで示されてるからな……
- 18二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 00:50:45
ポイントがどうなるかよく分かりませんが皆さんあちらの方へ行かれますね
- 19二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 01:21:41
このレスは削除されています
- 20二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 02:23:11
最後に鞍上の迷言をブッ込んでて芝2500
- 21二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 09:21:02
唐突な机要素にワロタ
でもクロノと机のラストは悲しいから、ウマではトレといい感じになって欲しい - 22二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 10:39:11
Hitting Race Investigation Model Date System。
通称HRIMDSポイント
すごいそれっぽいの出てきてて芝
いつかほんとに出てくるんじゃないか
あ、俺もクロノちゃんに餌付けしたいです