- 1◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:03:19
ねぇ、トレーナーさ……あらやだ、また言っちゃったよ。九年も使ってきた呼び方だから慣れちゃって。今はこう言った方がいいんだろうねぇ……あなた。
ねぇあなた、この前二人で見た映画にこんな場面があったのを覚えてるかい? ええ、ボクシングのやつ。試合が終わった主人公が、体の火照りを覚ますために女の人と……ふふ、あれはちょっと気まずくなっちゃったねぇ。主人公は何も言わずに相手の服を脱がしにかかって、女の人も負けじとうなじに噛みついたりして……もちろんお芝居ではあるんだけど、お互いがお互いを強く求めあってるってことが、台詞無しでも伝わって来たよ。
それを見ながら、あたしちょっと思ったんよ。もしこれをしてるのが、あたしとあなたの二人だったらって。
でもねぇ、ダメだったの。あなたがあんなギラギラした獣の目であたしを求めてくるところなんて、どうしても想像できなかったんよ。 - 2◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:03:40
だってあなたがあたしを女として求めてくることなんて、あんまり無かったじゃろ? あたしがレース人生を走り切って、あなたと好い人同士になった後も……やることといったら、二人で公園をお散歩したり、レースを見に行ったり、父ちゃんのジムで汗を流したりで。
ああ、もちろんそんな時間がつまんなかったなんてことは無いんじゃよ? お出かけした先であなたが、はいからが分からないあたしを助けてくれたり、あたしの作ったお弁当やぽりぽりさんを美味しそうに食べてくれるのを見るたびに、あたしの中でぽかぽかした気持ちが大きくなっていって……ああ、あたしはこの人の、この人だけの添え木になってあげたいんじゃなあって、そう思ったの。
ちょっと話がわき道にそれちゃったかね。ええと、あたしが言いたいのはねぇ、あなたがあたしの体を触ったり、口吸いをしたりしてこないのは……“おばあちゃん”をそんな目で見れないからなんじゃないかって。
あたし知っとるんよ。男の人が「ふほー!」ってなる女の人の体つきは、お胸もお尻も大きくて、でもお腹はキュッと締まってるような……例えばほら、トランさんやタルマエちゃんみたいなのでしょ? それなのにあたしは、お胸もお尻もそんなに大きく無いし、お腹もキュッ、というよりバキバキだものねぇ……。
ねぇ、正直に答えてくださいな。こんな“おばあちゃん”と一緒にいて、物足りないって感じたことはないかい? - 3◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:04:08
二人用の布団の上で、俺とアキュートは向かい合って座っていた。
俺もアキュートも浴衣を着ていて、覗く肌はほんのりと赤い。
窓の外では、降り積もった雪が月の光を反射して淡く光っている。
アキュートのトレーナーになって9年、そこから男女の仲になって364日、明日で彼女と出会って10年になる、そんな夜のことだった。
事の発端は、アキュートが俺を一泊二日の温泉旅行に誘ったのが始まりだった。
もちろん断る理由は無く、俺はアキュートと観光バスに乗り込んだ。
宿にチェックインを済ませると、俺たちは近辺の観光スポットを巡り、名物に舌鼓を打ち、宿に戻れば露天風呂で旅塵を洗い流し、さあ寝るぞ、となったその時。
「……ちょっと話したいことがあるのだけど、いいかい?」
そう、アキュートが切り出してきたのだ。
早寝早起きなアキュートが、眠い目を擦ってまでしたい話があるというのは珍しい事で、そしてなにより、意を決したようなその表情に、俺は一も二もなく頷いた。 - 4◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:04:35
そうしてアキュートがポツリポツリと吐露した内容を纏めると、「自分に女性としての魅力があるのか自信が持てない」ということで、その理由は、俺がいまだにアキュートに手を出していないからというのだ。
話を終えたアキュートは、羽織ったどてらの前をキュッと閉めながら、不安そうに俺の言葉を待っている。
「ああ……」
それを聞いて、俺はいつかと同じ過ちを犯してしまったと気づく。よかれと思うことを相手に押し付け、結果、相手を傷つけてしまうという過ち。もしオペラオーに知られれば、今度は背負い投げじゃ済まないだろう。
もっとも覇王の断罪を受けなくとも、恋人にこんな表情をさせる自分は許せない。
しかし、今は自己嫌悪に浸るよりもするべきことがある。
俺はアキュートに息のかかる距離までにじり寄ると、その両肩に手を置いた。今から話す言葉が、一つの誤解も無く相手に届くように、と。
「―――――っ」
突然の俺の行動に、アキュートが目を丸くした。碧い瞳が、上目遣いにこちらを見ている。こんな時に思うことではないのかもしれないが、いつ見ても彼女の瞳は綺麗だ。初めて出会った頃から、ずっと。 - 5◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:04:56
「アキュート、違うんだ。俺がアキュートにそういうことをしてないのは、君に魅力が無いからじゃなくて……」
「…………」
「アキュートに嫌な思いをさせたくなかったんだよ!」
「………………はい?」
そう、俺には思い込みがあった。
きっと古風なアキュートなら婚前交渉なんて嫌がるだろう、と。
だからこそこれまで過剰なスキンシップは避けて、手を繋いだり添い寝までに留めておいたのだ。キスやらなんやらは結婚した後だ、そう己に言い聞かせながら。
「そ、そうじゃったんかいねぇ。あたしはてっきり……ん?」 - 6◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:05:25
俺の言葉を聞いて、アキュートは安心したようだった。
しかし、今度は顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。それは俺も同じだった。
おそらくアキュートは気づいたのだろう。
「これまでアキュートに手を出してこなかったのは、彼女が嫌がるだろうと思ったからで、決して彼女に魅力が無いわけではない」
この言葉を裏返せば、「自分はアキュートに魅力を感じているし、彼女が嫌がりさえしなければそういうことをしたいと思ってる」ということになる。
お互いに無言のまま、数分が経過した。
このままではらちが明かないので、こちらから切り出すことにする。
「アキュートこそ俺とそういうことがしたいの?」
「ほえっ!?」
普段は絶対にしないような質問。しかし今の俺に怖いものは無い。
アキュートはすっとんきょうな声を上げると、目線を宙に泳がせ、癖っ毛を指で弄り回す。
そうして時計の秒針が一周した後、彼女はこちらを向くと、こくんと頷いた。 - 7◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:06:08
次の瞬間、俺の中で今まで堰き止められていたものが一気に放流される。
その流れに背を押されるようにして、俺はアキュートの唇を奪っていた。
「~~~~~~~~っ」
初めての口吸いは、とても甘く、それでいてどこか懐かしい味がした。さくらんぼ、ナツメグ、そのどれでもない。それが何なのか知りたくて、一度唇を離し、アキュートに尋ねる。
「――ぷはっ、ねえ、アキュート。さっき飴かなんか舐めた?」
「――歯磨きが終わってるのに、飴さんなんか舐めないよぉ……!」
(ああ、じゃあ、これはアキュートの味か……)
そう意識した時、俺の中で更に思いが膨れ上がった。
もっとアキュートを味わって堪能したい、と。
ふと時計を見ると、針は12時を指していた。
アキュートと出会って、これで10年。 - 8◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:06:31
「アキュート、俺のせいで今まで不安な思いをさせてしまってごめん。君はちゃんと魅力的な女の子だ。そのことをアキュート自身にも知ってもらいたい」
そう言うやいなや、俺はアキュートを布団に押し倒すと、浴衣の帯を解いた。浴衣の下には可愛らしい花柄の下着と、現役を退いてなお、くっきりと浮かび上がった腹筋があった。彼女と俺の二人で作り上げたシックスパック。その腹筋に、俺は顔を埋めた。
「あ、あなた……?」
心地の良い温もりと弾力に、つい眠ってしまいそうになる。
さっきアキュートは「こんなバキバキのお腹じゃ男の人は興奮しない」というようなことを言っていたが、そんなはずがあるか、と思う。
俺は舌先をアキュートのへその上あたりに添えると、腹筋の割れ目をなぞるように動かした。漬物とはまた別種の塩味が舌を通して伝わってくる。
「ひぃんっ!?」
アキュートが、瑞々しく、それでいて艶やかな声を上げた。
現役時代、レース前によくやっていた“闘魂注入”でも、アキュートがこんな声を上げた記憶はない。トレーナーと担当ウマ娘の関係では聴けなかった、男女の関係になったからこそ聴けた声だった。 - 9◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:07:00
腹筋から顔を上げて、アキュートの顔を見る。
アキュートは手で顔を覆い隠していた。
その指の合間から、上気した頬と、こちらを見ている蕩けた瞳が分かる。
そういえば、前に見たボクシング映画の濡れ場でも、女優はそんな表情をしていたような気がする。
ならばそれを見る、俺の目はきっと――
「アキュート」
「はぇ……?」
「俺の中にも、獣はいるんだよ」 - 10◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:07:25
早朝、俺はアキュートと客室に備え付けられた露天風呂に入っていた。
俺の足腰は生まれたての小鹿の様に震え、うなじから背中にかけてはいくつもの歯形や爪痕が刻まれている。
「うぅ……」
「乱暴にしてごめんよぉ。痛かったじゃろ……?」
隣では、俺を満身創痍にさせた張本人が申し訳なさそうな顔をしていた。
結局のところ、人間がウマ娘に勝てるはずが無かった。
俺の中の獣など、所詮チワワやダックスフンドに過ぎず、それがイキがって狼の尾に噛みついたのなら、後はどうなるかなど火を見るよりも明らかだった。
結局のところ目の前の彼女は、“おばあちゃん”でも“女の子”でも無く、一匹の獣だった。いや、それら全てがワンダーアキュートであると言った方が正しいのかもしれない。
「あたしねぇ、勘違いしてたんよ。男女の仲について」
唐突に、アキュートが話し出した。 - 11◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:07:45
「最初は若い勢いのまま燃え上がることができるけど、いつかは花の盛りは失われて、“女の子”から“おばあちゃん”になってしまう。そして“おばあちゃん”になったら最後、もう若い頃のように燃え上がることは無いって。でも、昨日あなたが気づかせてくれたんよ? レースと同じじゃって」
アキュートは俺の方に身を寄せると、腕を絡ませてきた。決して大きくは無いが確かに存在する女体の感触が、バスタオル越しに伝わってくる。するり、と足に巻き付いてきたのは彼女の尻尾だろうか。
「最初から“おばあちゃん”のあたしは、ずうぅーっと、末永く燃え上がることができるんよ」
そういって俺を覗き込む彼女の目は、紛れも無い“獣”のものだった。 - 12◆SPf6VwxpDQ25/03/16(日) 23:08:44
終わりです
本当は誕生日に上げられれば良かったんだけど - 13二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 23:12:44
とってもドキドキした、良かった
- 14二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 23:15:26
アキュートはこういう時ガチめに獣だと思う
終わればめちゃくちゃ労わってくれるだろうけど - 15二次元好きの匿名さん25/03/16(日) 23:30:34
二人のキスは絶対長い
つながったまんまそれこそ寝技のようにごろんごろんできそう - 16二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 06:34:35
身近にトランとかファルコがいるから目立ちにくいだけで
アキュートもかなりトレウマ勢だと思ってる - 17二次元好きの匿名さん25/03/17(月) 13:23:21
恋人を下着姿にして真っ先に手を出すのが腹筋って
さてはこのトレーナー変態じゃな?