【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」

  • 1125/03/18(火) 13:11:46

    「コユキ、今すぐ手伝ってくれる?」
    「うぇ!? ちょ、ちょっと着替えてるんで待ってください!」

     突然叩かれた反省室へのノック音に私は思わず身を竦ませた。
     反省室から出られるなんてミレニアムに入学して来て最初の頃であれば喜んで出ただろう。

     けれども今は違う。
     散らかった部屋を片付けようと慌てて起き上がって証拠隠滅を図ろうとして――ユウカ先輩は無慈悲にも私のことなんて一切待つつもりもなく扉を開けた。

    「…………」

     固まる先輩。冷や汗の止まらない私。中腰のまま手に持つのは内緒で持ち込んだお菓子と現在進行形でCo-op中の携帯ゲームを握る私。ゲーム機から聞こえるのはヴェリタスのマキさんの声。ユウカ先輩が眉を顰めたのが見えた。

    『ちょっとコユキちゃん! 殴られてる! いま殴られてるよ!』
    「あの……ユウカ先輩に見つかりました……」
    『へ?』

     こっちの状況を知る由もないマキさんが困惑したような声を上げた。
     だから私は言わなくちゃいけない。死ぬときは一緒ですよ、と。

    「ユウカ先輩が阿修羅像みたいな顔して私の前に立ってます」

     マキさんがひゅっ、と声にならない悲鳴を上げた。
     ユウカ先輩は笑顔を浮かべている。とても凄い笑顔を浮かべて、「コユキ?」と私に微笑みかけた。

     私は「はい」としか言えなかった。

    「いまの、マキの声よねぇ……? どうして"反省室"にいるコユキがマキと一緒にゲームしてるんだっけ……?」
    「マキさんに誘われました」
    『コっ――コユキちゃん!?』

  • 2125/03/18(火) 13:12:10

     通話越しに何か悲鳴に似た何かが聞こえた気がしたが、多分気のせいだろうと目を――もとい耳を逸らす。
     そもそも昨晩突然ゲーム機を持って押しかけて来たのはマキさんなんだから原因は私じゃない。

    『いやいや! 昨日遊ぼうって連絡してきたのコユキちゃんじゃん!』
    「そんなことしてませんが!? 昨日は大人しく反省室でゴロゴロだらだらと――」
    「へぇ……?」

     突然、ユウカ先輩が剣呑な声を漏らして私は思わず固まった。
     反省室で出された課題をどこまでやったか思い出そうとして――すぐに思い出す。だってまったく手を付けていないのだから。

     だから……私の口から漏れ出したのはきっと、遺言の類いだったに違いない。

    「ユウカ先輩。青春ってきっと――今この瞬間を進み続ける一秒の中にあると思うんです」

     ユウカ先輩は笑顔のまま「それで?」と小首を傾げる。
     私も笑顔で頷いた。諦観に満ちた光の灯らぬ笑顔で。運命を受け入れた家畜のような声で鳴いた。

    「だから――あまりマキさんを責めないで上げてください」
    「ふん――!」
    「あいたぁっ!?」

     振りかざされたげんこつが私の頭に直撃した。
     それから首根っこをひっ捕まえられながらずるずると反省室から引きずり出される。
     その一連の行動に一切の容赦は存在せず――私は叫ぶように涙を浮かべた。

    「うあぁああああああ――なんで――!」

     腑に落ちないながらも繰り返される日常。いつも通りの毎日。
     けれども、日常に思わぬ落とし穴がぽっかりと開いていたのはちょうどこんな日――つまりは今日だったことを、私は後に知ることとなる。
    -----

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 13:59:55

    期待

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 14:08:09

    ハルヒの消失みたいな導入だな、期待せざるをえない。

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 14:13:42

    もう面白そう
    10レス行かないと2時間で落ちるから急ぐのだ

  • 6125/03/18(火) 14:17:28

     そうしてセミナーに引きずられていったのは12時を回った頃のこと。
     自分の席に積み上げられた書類の束を見て、私はげんなりと肩を落とす。

    「あの……なんかいつもより多くないですか?」

     汚いものを触るようにそっと手に取った一枚の書類に書いてあるのはセミナーへの依頼である。
     データの復旧や各種伝票の起票処理。パスワードロックの解除対応など、簡単だがひたすらに手間のかかる仕事がいつもに増して山積みになっていた。目測3倍といったところか、おぞましい限りである。

     そんな私の様子を察してか、ユウカ先輩も額に手をやって愚痴を漏らす。

    「昨日停電があったでしょ? あれのせいよ」
    「昨日……? あー、そういやありましたね。お昼ごろに」

     反省室の電源が一斉に切れたことを思い出す。
     復旧するのに3時間ほどかかっていたが、その時の私は「停電してるんじゃ仕方ありませんね!」と課題を放置してお菓子を食べながら漫画を読んでいたのだ。

     そこでふと違和感に気が付いた。
     トラブルが起きるとすれば停電直後とかその辺りになるわけで、だったら今になってユウカ先輩に引きずり出されたのかと。
     そのことを指摘すると、ユウカ先輩は神妙な顔をして私を見た。

    「……被害規模が大きすぎたのよ」
    「はい?」
    「ミレニアムサイエンススクールの全電力が無くなったのよ。予備電源も含めて」
    「え、めちゃくちゃ大事件じゃないですか?」

     なんて無邪気に首を傾げたら一瞬ユウカ先輩の顔に修羅が宿って、私は小さく悲鳴を上げた。

    「被害規模が大きすぎたから昨日はインフラの再構築と被害状況の確認で手一杯だったのよ。データは全部吹き飛んだしそもそも何が原因なのか全然分からないし……あぁもう!」

  • 7125/03/18(火) 14:20:00

     頭をがしがしと掻き毟るユウカ先輩の心痛はきっと相当のものなのだろう。
     そしてそういう時に「まぁまぁユウカちゃん」と宥めてくれるノア先輩の姿が見えないことに気が付いた。

    「ユウカ先輩、ノア先輩は?」
    「ついさっきまでエリドゥの点検。昨日の夜にエリドゥの電源全部落ちたから念のためね。その後は全部室を回ってデータの修復だから……夜まで帰って来れないわね……」
    「うわぁ……」

     聞けば昨日、電源復旧のためにエリドゥの発電施設をミレニアムに繋げる工事を突貫で行っていたらしい。
     その際に駆り出されたのが、ミレニアムとエリドゥの設計を完璧に覚えているノア先輩。工事を行うエンジニア部。それからセミナーの部員を補佐でごっそり。そこまでやって復旧したは良いものの、夜中にエリドゥ側からの電力供給が上手くいかなかったらしく一部で停電が発生。

     聞けば聞くほど地獄であるし、何ならよく3時間で復旧できたなと感心すら覚える。

    「で、コユキ。一応聞くけど、ミレニアムの電力を根こそぎ持って行くようなことに心当たりない?」
    「いやいやあるわけないじゃないですか……」

     そう言うと「そうよねぇ……」とユウカ先輩は天を仰いだ。

    「いくらコユキだって流石に関わってるわけないわよね」
    「当然ですよ! 私を何だと思ってるんですか!?」
    「その発言には納得いかないんだけど」

  • 8125/03/18(火) 14:20:38

     ともかく、とユウカ先輩は仕切り直す。

    「この後もどんどん仕事が来るから覚悟しなさい」
    「え、えーと……」

     逃げよう。このままでは死んでしまう。
     身を僅かに浮かせた瞬間、それを制止するようにユウカ先輩が笑顔を向けた。

    「逃げてもいいわよ」
    「えっ?」
    「残った仕事に応じて殴るから」
    「殴り殺されませんか私!?」

     あれは本気の目をしている。これは本当に逃げちゃ駄目なヤツだと私でも分かる。
     私はさめざめと泣きながら席に着き直して書類を手に取った。

     せめて徹夜だけは回避したいものである。

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 14:25:29

    エリドゥがどの辺にあるかはともかく、専門でもないのに3時間で現着→一時復旧までかこつけるのバケモンすぎて笑っちゃった

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 14:25:44

    回避できるかな…

  • 11125/03/18(火) 15:32:02

     ミレニアム停電事件は、より正確に言うのであれば『ミレニアム電力簒奪事件』と呼ぶべきものだった。

     昨日の12時53分。ミレニアムの全電力が『何か』で消費されたのだが、何に消費されたのか、どこから流出したのか、その経路は一切不明。
     そこまでの電力を消費する設備の存在はノア先輩だって知らず、ケーブル各種もヴェリタスとエンジニア部を中心に調査したが成果は上がらず。そこまでの電圧に耐え切れるケーブルも無ければ既存のケーブルの破損なども確認できなかったそうだ。

     が、そんなことは本当にどうでも良く、興味なんて当然あるわけもない。

     外はすっかり暗くなって、時刻も20時を回ったところ。休憩なしでここまで仕事をしたのなんて初めてのことで、心は既に瀕死の状態。私は机に突っ伏した。

    「うぁぁあああぁぁ……死にますぅぅぅ……」
    「大丈夫ですか?」
    「んぁ? ノア先輩……とユウカ先輩」

     セミナーに入って来たのは少し顔色の悪い先輩二人で、私の机を見たユウカ先輩が驚いたように声を上げた。

    「三分の一も減ってる!? 凄いじゃない!」
    「無理におだてなくてもいいですよ……。こんなの誰でも出来るじゃないですか……」
    「コユキちゃん。追加で倍以上増えてるのに最初より減らせてるのは充分凄いことなんですよ?」
    「え、そうなんですか? ふふん、まぁ逃げずに頑張りましたからね私!」
    「なんで私の褒め言葉は素直に受け取れないのよ!」

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 16:04:23

    積み重ねてきたものの差か…(ノアも怒る時は怒るしコユキも怖がる)

  • 13125/03/18(火) 17:01:17

    「あのぉ……私頑張ったのでちょっとトイレ行ってきてもいいですか……?」
    「え、なんで!?」

     おずおずと言った私に、ユウカ先輩はぎょっとしたような顔で返した。

    「その、我慢してたんですけど流石にそろそろ限界かなーって」
    「いやそうじゃなくて……え、休憩は? もしかして飲まず食わずでやってたの!?」
    「だって逃げたら殴り殺されるじゃないですか私!」
    「ユウカちゃん……?」

     ノア先輩の顔から笑顔が消えた。なんだかよく分からないけど多分怒ってる気がして思わず漏らしそうになる。
     一刻も早くここから逃げ出したくなってユウカ先輩を見上げると、こっちもこっちで凄く顔をしかめていて、声が震えた。

    「あ、あのっ、私っ、トイレ――っ」
    「ごめん、コユキ。私がもっと気にかけてあげるべきだったわ……」
    「へ?」
    「今日はもう仕事しなくて大丈夫だからね」
    「え……?」

     頑張ったと褒めてくれたかと思えば突然の戦力外通告に驚いた。
     やっぱり終わってなかったから怒られるのか、それともトイレに行きたがったのが駄目だったのか。

  • 14125/03/18(火) 17:01:58

     とはいえ、この際もうどうでもいいから早くトイレに行かせて欲しい。乙女の尊厳と拳なら選ぶのは後者――なんてことを考えていると、ノア先輩が私に笑いかけた。

    「ユウカちゃんが言いたいのは、頑張って凄く助かったけどコユキちゃんも疲れているだろうからゆっくりしててね、ってことですよ」
    「そうそれ! だから……その、コユキがもしまだ手伝ってくれるならすっごく助かるわ」

     ひどく言葉を濁した、というより選んだ声にはいつもの覇気がない。

    「あの、そんなことよりトイレ……」
    「あっ、ごめん……。トイレも行っていいしご飯を食べても良いし飲み物飲んでもいいから、1時間後に戻って来てくれる? コユキとちゃんと話したいことが――」
    「もう漏れます! 行って来まーす!」

     私はすぐさま立ち上がって、脱兎の如く逃げ出した。
     本当に漏れそうだし、あのままあそこに居続けていたらそのまま説教されていたに違いない。

     トイレに駆け込んで尊厳は守られ、手を洗いながら私は溜め息を吐いた。

    「話したいことなんて、どうせまた何かの説教ですよねぇ……」

     心当たりがないときだって説教されがちだから分かる。
     そもそも向いていないのだ。セミナーの仕事が、自分に。

  • 15二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 17:59:36

    怒られないためとはいえ飲まず食わずで仕事しようとするあたりリオユウカの後輩の素質を感じる…自己肯定感の低さも遺伝か?

  • 16125/03/18(火) 19:30:29

     とりあえず廊下の自販機でパンとジュースを買って適当なベンチに腰掛け、夕飯と洒落込み始める。

    「というか、なんで私セミナーに入れられたんでしょう?」

     ふと思い返そうとして、思い返せるだけのことも起こっていなかったなと思い直した。



     あの日はまだ入学したばかりで、適性試験も受けていないような頃だった。
     突然リオ会長がやってきて「黒崎コユキ、セミナーに入りなさい」と言ったのだ。

     初対面で、しかもまだ何もしていないのだから困惑するのも当然だろう。
     だから普通に断ったら「日を改めるわ」とすんなり立ち去って、それから数時間と経たないうちにネル先輩を連れたリオ先輩が現れたのだ。

    『黒崎コユキ。今から鬼ごっこをしましょう。ネルに捕まったらセミナーへ入部してもらうわ』
    『へ?』
    『よろしくなぁ? あたしは美甘ネルだ。あたしから逃げ切れたヤツは誰もいねぇから、先に言っておくぞ』

     唖然とする私を置いて、ネル先輩が凶悪な笑みを浮かべて銃を構えた。

    『たのしいセミナーへようこそ、だ。チビ』
    『そっちだってチビじゃないですかぁ!?』

     そこからは酷いものだった。

     『チビ』の一単語で怒り狂ったネル先輩と地獄の鬼ごっこ。
     逃げながら目に付くもの全てを片っ端からハッキングしてはネル先輩にけしかけ続け、最後の方なんて保安部100人を引き連れたネル先輩に捕まるなんて大捕り物にまでなったのだ。

     そうして、セミナーで働くことになったのだが……改めて思うと「山賊の手口では?」というぐらいには理不尽極まりない。

  • 17二次元好きの匿名さん25/03/18(火) 23:43:57

    保守

  • 18二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 06:08:09

    ミレニアムは山賊だった…?

  • 19二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 09:35:47

    保守

  • 20二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 10:05:15

    前作からこんなに早く新作が来るとか最高かよ

  • 21二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 10:07:16

    >>20

    前作って?

  • 22二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 10:14:05

    このレスは削除されています

  • 23125/03/19(水) 10:14:51

     結局三時間後に捕まってしまったが、今にして思えばあの時三時間も逃げ切れたのは「良くやった方なのでは?」なんて気さえしてくる。

     何せ『あの』ネル先輩からそこまで逃げ切ったのだ。
     後で「いつまで逃げ切ったらセミナー加入を免れるか」の条件が付いてないことに気が付いて散々文句は言ったけれども、ネル先輩の「ルールはちゃんと決めねぇとなぁ?」の一言で完封されたのは今でも覚えている。

    (あの人……割とズルいですよねぇ……)

     スジが通っていれさえすれば搦め手も使ってくるのは酷い話にも程がある。
     それに、そこまでしてどうして私をセミナーに加入させたかったのかも今の今まで分からず仕舞い。

    「本当になんで私、ここにいるんでしょう?」
    「それは、誰かが望んだからですよ」

     廊下の向こうから声がかけられたのは、そんな時だった。
     窓から差し込む月明かりに照らされて浮かび上がるのは、車椅子に乗ったそのシルエット。
     そんなのミレニアムじゃひとりしかおらず、気付いた私は視線を向けた。

    「ヒマリ先輩!」

  • 24125/03/19(水) 10:15:37

    「こんばんは、キヴォトスのあらゆる情報を観測できるこの天才美少女ハッカーである私がやってきましたよ」
    「奇遇ですね。こっちの方に来るなんて」

     こっちの方、とはセミナーの方、という意味である。

     明星ヒマリ。反セミナー、というより反リオ会長の非公式な部活の部長で、そんな立場だからセミナーの本部がある階層まで上がってくることは滅多にない。
     私は「何か先輩たちに用ですか?」なんて首を傾げると、ヒマリ先輩は「それもありますが」と言葉を続けた。

    「先日、あなたに預かった物を返しに来ました」
    「え、何か預けましたっけ?」

     まったく覚えが無くて驚いたが、見れば何か思い出すだろうと一旦様子を見ることにする。
     すると、ヒマリ先輩が取り出したのは大きな懐中時計のような物体で、やっぱり本当に見覚えがなかった。

    「あの、私がヒマリ先輩にこれを預けたんですか? なんだかまるで覚えが無いんですけど……」
    「確かにそうですよ。昨日の夕方にエリドゥの第六発電所の近くで直接お会いしたではありませんか」

     随分と具体的な場所を出されるが、もちろんそんなはずはない。昨日は夕方ごろから今日にかけて、一日中反省室でマキさんとゲームをしていたからだ。

    「誰かと見間違えてませんか? マキさんに聞けばすぐ分かると思いますよ?」
    「あら、そうでしたか。それはそうと、返す約束はしたので受け取っては下さい」
    「はぁ……? それじゃあ……」

  • 25二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 10:54:15

    んん?

  • 26二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 10:54:57

    ばっくとぅざふゅーちゃー…

  • 27125/03/19(水) 11:03:34

    >>26

    スレタイを「ばっくとぅざはっちゃー」にしておけばよかったと後悔し始め……いえ、何でも無いです

  • 28125/03/19(水) 11:08:16

     とりあえず受け取って、まず驚いたのは思ったよりも軽かったことだ。
     そして、デカい。懐中時計をそのまま大きくしましたと言わんばかりの大きさで、とてもじゃないが懐に入るわけがない。むしろ小さめのフリスビーか壁掛け時計ぐらいのサイズだ。
     全体に鈍い金色の塗装がされており、中央には時計の針が五本もある。針は動いておらず、時刻も書かれていないためそれぞれの針が何を指しているのか分からない。
     そして首から下げられるようなチェーンの輪っかが時計の上部についており、長さを調整できるよう皮のバンドが付けられている。

     ひっくり返して裏面を見ると、中央部分がカバーになっている。開けてみるとそこには電卓の画面みたいな細長い表示モニタと見た事もない記号が書かれたボタンが全部で16個。

     "それ"を見て何となく気が付いた。

    「ヒマリ先輩。これ、なんかのパスワードを打ち込む画面にそっくりですね」

  • 29二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 11:43:24

    >>21

    勘違いじゃなければ地下生活者と雷帝とカスミのSSを書いていた人

  • 30125/03/19(水) 12:40:40

     なんて言いながら、とりあえず適当にボタンをポチポチ押していく。
     10回ほど押すと画面にエラーの値が返されて、その作業をもう一度行ったところで正しいパスワードが何か分かった。

     改めてボタンを打ち込むと、表示モニタに出て来たのはエラー表示ではなく14桁の数字。
     画面を覗き込んでいると、ヒマリ先輩が横から覗いて頷いた。

    「どうやら座標のようですね。見たところ旧部室棟の三番倉庫を表しているかと……」
    「え、見ただけで分かるんですか!?」
    「『全知』、ですので」
    「全知すごいですねぇ!」

     私が感嘆の声を上げると、ヒマリ先輩は「そういえば」と口を開く。

    「昨日預かった時に言われたのですが、どうやら大事な宝箱を開ける鍵らしいですよ」
    「私がそう言ったんですか?」
    「はい。だから絶対に明日、コユキに渡してください、と」
    「うーん? 訳わかんなくないですか?」

     なんで私の偽物が『大事なもの』なんて言いながら、わざわざヒマリ先輩に渡したのかが分からない。
     私にとってヒマリ先輩は『友達の入っている部活の部長』みたいなもので、正直仲が良いかと言われると首を傾げざるを得ないのだ。
     実際、マキさんだって遊びに誘うにはちょっとだけ勇気がいる。それを飛び越して部長? 絶対に有り得ない。

  • 31二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 15:50:30

    時計型デロリアン…?

  • 32二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 16:18:21

    これは神SSに出会ってしまったかもしれないぞ……

  • 33二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 17:07:53

    このレスは削除されています

  • 34125/03/19(水) 17:08:52

     ただ、宝箱の鍵、というのは胸の躍るフレーズだった。
     そしてよく分からないながらも『旧部室棟の三番倉庫』という座標だけは分かっている。

     ――だったらもちろん、行くしかない!

     一切の迷いなく時計を首にかけて、私は立ちあがって……何故だか少しだけ身体がよろめいた。

    「大丈夫ですか?」

     ヒマリ先輩の声に「え、ああ、はい。大丈夫です!」とだけ答える。

     頑張って仕事をしたせいだろうか。
     今になって疲れが出て来たようではあるが、そんなことよりも頭の中は宝箱の在処なんて面白そうなことでいっぱいだった。

    「とりあえず、宝箱を探しに行きますね! なんだか面白そうですし!」
    「ええ、それではまた」

     ヒマリ先輩に見送られながら、私はすぐさま駆け出した。
     どんなお宝があるのか、その期待に胸を膨らませてながら。

    -----

  • 35二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 19:16:04

    >>31

    電力なくなったのってそういう……

  • 36125/03/19(水) 19:19:18

     20時20分を過ぎたころ、私は旧部室棟の三番倉庫まで足を運んでいた。
     旧部室棟は頻繁に増改築が行われるミレニアムにおいて「撤去が大変だから」という消極的な理由から放置された部室棟群である。
     部活動内容においてそれなりのスペースが必要なものであれば別途申請をすることでラボの建設が認められはするものの、私が入学してからそこまでの規模を求める新しい部活動は今のところ存在していない。どちらかと言えば「許諾が降りやすいトランクルーム」みたいな扱いとして使われがちな場所である。

     そんな中で、三番倉庫はずっと使われていない場所でもあった。
     確かユウカ先輩が「昔、危ない部活が使っていたみたいでリオ会長が使用申請を認めなかった」とか言っていた気がするも、正直聞き流していたため三番だったか二番だったかはよく覚えていない。

     ともあれ、お宝探しに向かった私は倉庫の前まで足を運んで、その重たい引き戸に手をかける。
     ぎぎ、と錆びつきかけた鉄の擦れる音が聞こえて中へ。壁際のスイッチを押すと、伽藍な倉庫の内部が電灯の明かりに照らされた。

    「げほっげほっ……埃っぽいですね……」

     内部はエンジニア部のラボぐらいの大きさだろうか。
     中を歩いてみるが、これまでずっと放置されていた倉庫だ。すぐに何か見つかるわけもなく、試しに壁という壁を叩いてみるもよく分からなかった。

  • 37125/03/19(水) 19:20:01

    「分かりやすく音が違う壁とかあったら良かったんですけどねー」

     それに当然、胸元の大きな時計が突然鳴り出す、なんてこともない。
     持ち上げて振ってみたり天井やら壁やらに向けてみても反応なし。その時だった。

    「……あれ?」

     時計の針の位置が最初に見た時と変わっていたことに気が付いた。
     いつ変わったんだろうかと思い、次に他の変化を探すべく裏面のカバーを外して表示板を見るが、そこは特に変わらず14桁の数字が表示されたままだ。

    「うーーーん。なんか面倒くさくなってきましたね……」

     一瞬だけセミナーに戻ろうかと思いもしたが、まだ時間までちょっとある。
     それにユウカ先輩が「話がある」と言っていたことを思い出して戻ることも気乗りしない。
     正直このままこっそり反省室に帰りたいが、今のユウカ先輩は多分、『そういうことしちゃいけないとき』のユウカ先輩だ。

     ちゃんと帰らないと悲しいことが起きる気がする。
     具体的に何が起こるかは分からないが、そんな予感が何故かある。

    「ま、帰りますかね~」

  • 38125/03/19(水) 19:59:31

     と、大人しく踵を返したその時だった。
     ふと部屋の隅の床が目に止まった。いや、というよりも『見つけた』という感覚がした。

     歩いて近づいてみても何てことの無いただの床。
     そこには、指1本分の小さな浅い穴が空いていた。

    「これ……もしかして……」

     恐る恐る指を入れてみると第一関節ぐらいで底に着いた――かと思えば、僅かに指の先に反発がある。
     力を込めて押してみると、第二関節ぐらいまで指が沈み込んだため、穴の中を指で探ってみると……あった。ゴムで保護されたボタンが。

    「こ、これ、隠し床のスイッチですよね絶対!」

     はやる気持ちを押さえるなんて野暮だ。私はすぐに押した。
     するとパチン、と近くの床で音が鳴って僅かに沈む。1m四方で切り取ったよう四角いタイル。手で押して横にスライドさせると、現れたのは下へと続く梯子だ。
     まるで大冒険のはじまりを予感させる『いかにも』な空間を前に飛び上がりたいほど興奮せざるを得ない。

  • 39125/03/19(水) 19:59:48

    「……ユウカ先輩。ちょっとだけ遅刻するかもですけど、お土産少しだけ上げるんで許してください!!」

     そう叫ぶや否や、私はさっそく梯子に足をかける。
     材質はしっかりしており、梯子の留め具もガタつくことなく不安も無い。

     そうして下り始めて20mほど降りたところか、人感センサーか何かを通ったのか梯子の終点に緑色の光がぼんやりと現れる。
     降りた先にはアーチ状にくり抜かれた狭い通路が続いており、道なりに進んで行くと突然壁に突き当たった。

     『行き止まり?』と一瞬考えるもすぐに首を振って壁を叩く。

    「……やっぱり!」

     返って来たのは軽い音。つまりこの先は空洞だと確信した。
     そうであるなら、やることはひとつだけ。私は半身を下げて構えを取る。そして――

    「コユキック!」

  • 40125/03/19(水) 20:00:05

     ガツン、と壁に前蹴りをした。
     しかし想像に反して穴が空く気配はない。

    「あれ? コユキック! コユキック!」

     ガンガン蹴り飛ばすもガタガタするだけで壁が開く様子はないし、押しても駄目。引こうにも掴める窪みがない。『まさかここで万事休す……?』なんて肩を落としかけて――まさかとひとつ思い当たった。

     手を押しあてたまま、ゆっくり横へと力を込める。

     ……開いた。

    「ってなんだー引き戸だったのかー、じゃないですよ!!」

     あまりに安直なオチに地団太を踏むが、それはさておき。

  • 41125/03/19(水) 20:10:44

     開いた扉の先は仄かな明かりに照らされていた。
     中の広さは20m四方と言ったところであまり広くない。床も壁も天井も全てが黒く、唯一の光源は床や天井に沿って格子状に張り巡らされた謎の光るパイプのみ。

     そして一番気になったのは、部屋の中央を貫く太い円柱である。
     ぐるりと回ってみると、私が入って来た場所の反対側に台座のようなものが備え付けられており、台座の中心は円盤状に窪んでいる。
     窪みの前にはスイッチがひとつとランプが三つ。そのどれもが妙に安っぽくて浮いているのが印象的だが、いずれも光は灯っていない。

     しかし、やはり気になるのは台座の窪みである。
     明らかに何かを嵌めろと言わんばかりの形で、これがゲームだったら確実に鍵を手に入れてからもう一度向かうと扉が開くタイプの仕掛けだ。

     そこで私は閃いた。

    「そうです! 鍵ですよ! 持ってるじゃないですか! その鍵を!」

     私の胸元に掛かったよく分からない謎時計。
     ヒマリ先輩も言っていた。これがきっと鍵なのだ。

  • 42125/03/19(水) 20:27:44

     首から外して試しに窪みに嵌めてみると、やはりぴったり収まって、私は「ふふーん」と鼻を鳴らす。

     三つランプが付いたのはその時だった。

    「緑、緑、緑……オールグリーンってことです?」

     ということはつまり、このボタンを押す準備が整ったということだろう。

     私は息を整えて、それからちょっとだけ腕まくりをした。
     そして今セミナーで私のことを待っているであろうユウカ先輩のことを思い出し、心の中でもう一度だけ謝る。
     ノア先輩の顔も浮かんだけれど、話があるのはユウカ先輩だ。すっぽかしさえしなければ多分大丈夫。

    「では……、スイッチオーーン!!」

     勢いよく下ろした指先がボタンを押し込んだ。
     それで恐らくは目の前の円柱がぐるりと回って新たな隠し階段が出て来るのだろう……そう、思っていた。

  • 43125/03/19(水) 20:44:57

    「……んあ?」

     部屋全体から少しずつ低い駆動音が聞こえ始める。
     何故か髪の毛がゆっくりと逆立ち始めて、「わわっ!?」と声を出すも徐々に大きくなり始める音の中に消えていく。
     そして回るかと思われた円柱からはパチン、パチン、と僅かに放電が始まり、慌てて距離を取りかけた。

    「い、いやいや止めないと!!」

     ボタンをもう一度押す。しかし駆動音も放電も止まったりはしなかった。
     窪みに嵌めた時計を引っぺがそうとチェーンを引っ張るも、張り付いたように離れない。

     それどころか、その大きな懐中時計は徐々に光を放ち始めた。装飾と同じく眩い金色に――

    「ちょ、ちょっとぉぉぉおお!? これ絶対ユウカ先輩に怒られるヤツですよね!?」

     悲鳴を上げる私の髪の毛も、今や怒髪天を貫く勢いで真っすぐに逆立っている。
     じきにユウカ先輩もそうなるだろう。私を起こる時のユウカ先輩もたまに髪の毛がぶわっと逆立ってる気がする。

  • 44125/03/19(水) 20:45:20

     時計から放たれる光は留まることを知らず、目を閉じても瞼越しに灼けつく勢いで強さが増していき、私は思わず腕で顔を覆いながら叫んだ。

    「ぎゃー!! 目が! 目がぁぁあああ!!」

     不意に、ぐにゃりと身体が曲がる感触。
     堪らず床に倒れ込んだところで光は止んで、静かな明かりだけが照らす黒色の部屋には私の荒い息だけが残った。

    「な、何だったんですかいったい……」

     目の奥でチカチカと光が散る。
     ゆっくりと身体を起こして周囲を見るが変化は無い。円柱だってそのままだ。隠し階段とか隠し部屋が現れた風にも見えない。ただスタングレネードを間近で爆発させられたような光を浴びせかけられただけで、お宝探しも何も無い。口から漏れるのは大きな溜め息だけだ。

    「はぁぁぁぁぁ…………。さっさと帰れば良かった……」

     もはや気持ちも萎え萎えである。
     時計のチェーンを引っ張るとすぐに時計は外れたが、そんなことだってもうどうでもいい。
     首にかけ直して、むかっ腹の立つ引き戸を開けて、隠し通路を通って梯子を上って第三倉庫に戻る。

  • 45125/03/19(水) 20:45:32

     相変わらず埃っぽい倉庫から出口に向かって重たい扉を開けて……私は目を見開いた。

    「…………へ?」

     外には太陽が昇っていた。
     21時前の夜ではない。昼だ。外はいつの間にか昼になっていた。

     呆けた顔で立ち尽くしながら、無意識に時刻を確認しようと携帯を取り出すが、電源が付かない。壊れている。
     ふらりと歩き出して探すのはミレニアムサイエンススクールに点在する時計付きの電柱。コンマ一秒単位で正確なキヴォトス標準時刻を表してくれる技術の結晶だ。

     それはすぐに見つかった。

     時刻は現在11時33分。私が倉庫に向かった21時前とは大きく異なる。
     何より……問題なのは時間じゃない。日付だった。

    「……………………」

     人は本当に驚くと声すら上げられないのだと、この時に私は思い知った。

     何故なら一秒だって決してズレないミレニアムの時計が示した日付は、昨日のものだったのだから。

    -----

  • 46二次元好きの匿名さん25/03/19(水) 22:37:23

    保守っちゃ

  • 47二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 00:43:25

    なるほどコレが大量の電力を…

  • 48二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 07:41:30

    タイムスリップしてしまった

  • 49125/03/20(木) 12:33:27

     タイムリープ、タイムスリップ、タイムワープ。
     いずれも時間の流れから逸脱することを意味する言葉であり、多くの科学者が挑んだ難題のひとつである。
     過去から未来へと等間隔で続き、積み上げられる時の砂を操ろうとする科学技術の最高峰。
     それは私たちが通うミレニアムサイエンススクールが追い求め続ける千年難題、二番目の問いとして知られている。

     タイトルは『天文学/問2:物質の可逆的な遡行素粒子化の証明、あるいはウォッチマン予測の反証』。

     接頭に付く研究分野はひとつの重大なヒントとも言われ、題名の後に続くレポートは結論すらも保留した論証の出来損ないである。
     観測範囲内においては再現不可。しかしたったひとつ、遥か過去に存在したとされる『忘れられた物質』の持つ性質ひとつで再現が可能となり得る物理式だけが解明されている。

     件の『忘れられた物質』自体は過去の文献を読み取る限り、確かにそれは存在していたらしい。
     けれどもその名は失われ、もはや誰も製造方法すら覚えていない――故に、千年難題。

     可能性の高さなぞ『解決』の前には意味を為さず、科学者たちは揺るがない『絶対』のみを求め続けた。
     そんな科学者たちですら証明出来なかったのだ。『人は時間の壁を越えられるのか』というその難題を。

  • 50125/03/20(木) 12:40:51

     ――と、何だか時間を越えてしまったらしい私は今更にして、リオ会長が言っていたことを思い出していた。

    「いやぁ……これは、ええーと……?」

     思考が止まる。それも当然のことだろう。
     この状況をあえて言うならこうなる。『もしあなたが突然、気が付いたら昨日にタイムスリップしてたらどうします?』だ。

     答えは当然、こうなる。

    「どうしろと!?」

     白目を剥く勢いで私は叫んだ。
     これが実は昨日じゃなくてミレニアムの時計が一斉に日付が遡った、なんて話であればそれで終わる話であるが、そんなわけがない。

     ミレニアムの時計が狂ったという説と、よく分からない時計を持って訳の分からない電気バリバリを受けて過去に飛ばされたというのであれば、断然私は後者を信じる。千年難題が実はいくつか既に解かれているという方がまだ分かる。そのぐらいには信頼できるのだ。ミレニアムの時刻表示盤とは。

     そして問題は最初に戻る。

    『過去に戻ったら何をする?』

     そんなもの、すぐに思いつくはずもな――

    「――あ、今日停電起こるんですよね? それで明日から仕事がいっぱい来るんだったら、今のうちに遊んじゃいましょう!」

     全然思いついた。
     今のうちに『何か』拾っても元の未来に戻れたら多分足も付かない。つまりは『拾い物』し放題!

  • 51二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 17:23:58

    それは結局未来で犯人になるのでは…?

  • 52125/03/20(木) 22:21:55

    「バレなきゃ怒られませんからねー! だったら今のうちにいっぱい借りて未来に逃げれば完璧じゃないですか!」

     千年難題に括られるほどの『すごいこと』だというのは分かっている。
     つまり誰にも私の犯行は証明できない。だったら誰にも見つからなければ何したって大丈夫に違――

    「あれ、コユキちゃんじゃん」
    「はぅあっ!?」

     首が回らん勢いでそちらを向くと、そこには頬をスプレーで汚したマキさんが立っていた。
     肩に背負っている脚立と片手に持ったラッカースプレーから、この辺りでペインティングを行っていたことがすぐさま分かる。

    「あ、あの……なんでマキさんがここに?」

     震える声で問いかけると、少々バツの悪そうな顔をしながらマキさんは曖昧な笑みを浮かべる。

    「いやさ、私の創作魂が抑えきれなくって……」
    「それで人目の付きにくいこの場所で落書きを?」
    「落書きじゃないよ! 芸術って言って欲しいな!」

     憤慨した様子のマキさんだったが、とはいえ互いにここに居たことを告げ口されれば怒られる者同士。
     まずは意識を逸らさねば。そう思った私の口から出て来たのは、自分ですら思いもしない言葉だった。

    「ま、マキさん! BOOMで対戦しましょう!」

  • 53125/03/20(木) 22:22:20

    「対せ――ああ、なるほど!」

     BOOM――それは一人称視点でのシューティングゲームである。
     このゲームの仕様動作は熱狂的なファンの手により大抵の機器において正しく動作することが証明されている。

     例えばコンビニのレジ。例えば街中の宣伝用ホログラム。
     そしてマキさんもまた熱狂的なファンのひとりで、いつでもどこでもBOOMが起動できるようなプログラムを携帯していると聞いていた。

     そしてそれは正しかった。
     近くにあった自販機がすぐさまマキさんのハッキングによりBOOM専用機体に変えられ、飲み物が映っているはずのディスプレイにはレトロチックなフレームワークダンジョンが映し出される羽目となる。

    「じゃあ、これ」

     そう言って渡されたのはコントローラーと化したマキさんの端末。
     それを手に取って、死んだら交代、死ぬまでどこまで進めるかの形式的な対戦がすぐさま始まった。

    「んぁ!? それってありですか!?」
    「あ、拾って拾って!! 死んじゃうから!」

     と、しばし自販機を乗っ取ったゲームをしながら私たちはゲームに熱中していた。
     ライフが削られゲームオーバーになって交代して、また交代して、どう考えても私が負けたという事実だけが濃厚になったところで本来の目的を思い出す。
     私たちは、お互いがお互い、ここに居たことを告げられては困る状況なのだということに。

  • 54125/03/20(木) 22:22:50

     それが分かってか向こうも様子を伺うように私を見ていた。
     ならば、と私はゆっくりとマキさんへ歩み寄る。恐らく悪い顔をしながら、人差し指を口に当てて。

    「マキさん、秘密の交換なんてどうでしょう。共犯者になりましょうよ」
    「いいね。反省室にいるはずのコユキちゃんが何でここにいるのか教えてよ」

     そして私は全部を話した。
     この後停電が起こること、自分はタイムワープをしてきたこと、そしてよく分からない胸元の時計のこと。
     話し終えるとマキさんは「ふぅん?」とだけ言って顎に手をやり、それから言った。

    「そういうの、ヒマリ先輩だったら律儀に返さないでおく気もするけどなぁ」
    「そうなんですか?」

     私が首を傾げると、マキさんは「絶対そう」とでも言わんばかりに頷いた。

    「だって、タイムマシンでしょ? 部長、そういうのすっごい好きだもん。私もちょっと気になるし」

     人間、後悔のひとつやふたつはあるもので、もし今の自分があの頃に戻れたらあの日を失敗を無しに出来るかも知れないなんて考えるのは当然だと、マキさんは言った。言って、それから「でもなぁ」と続けた。

    「私はさ、部長とか副部長みたいに真理? とか追いかけてるつもりは無いけど、でも過去を変えられるなんて持て余す気もするかな」
    「そうですか? 私だったらあの時選んだ台じゃなくって隣の台で打ったら良かったなぁとか考えますよ?」
    「それギャンブルの話だよね!?」

  • 55125/03/20(木) 22:23:11

     私は胸を張りながら「そうです!」と肯定するが、マキさんは呆れた顔をするばかりだった。
     それからマキさんは、思い出したかのように言葉を漏らした。

    「……『大いなる力には大いなる責任が伴うこと』」

     それはハッカーが一度は必ず耳にする言葉だった。

     一つ、他人のプライバシーを尊重すること。
     二つ、タイプする前に考えること。
     そして三つ、大いなる力には大いなる責任が伴うこと。

    「ああ、ユウカ先輩もよく言ってましたねそれ」
    「うちの部長も耳にタコが出来るぐらい言ってたよ」

     正直なところ、そんなこと言われなくても分かっている。
     プライバシーを尊重。要は隠してあるものは無理やり暴いちゃいけないということだ。

     けれどもちゃんと隠してないならバレちゃうのも仕方がない。だって路上で全裸になってそれを見るなと言われても目に入ってしまうのはしょうがないことだろう。
     タイプする前に考えること、なんて言うのも『何を』考えれば良いのかなんて書いてない。とりあえず慎重に打てばいいのだろうとしか思えない。
     それに最後、大いなる何たら。大いなる力が何を指しているのか不明瞭だし、少なくとも、誰にでも出来ることは大いなる力なんかじゃない。アリスさんのなんかよく分からないビームとかなら分かる。あれはきっと『大いなる力』に入るだろう。

     けれども私はそんなものない。
     だから私には大いなる責任なんてないから考えなくても良いことだ。

  • 56125/03/20(木) 22:45:14

    「ともかくですけどマキさん、これ、使うとしたら何に使います?」
    「えぇ……? うーん、そうだなぁ……」

     マキさんはしばらく考えて、それからぽつりと言葉を漏らした。

    「チヒロ先輩に怒られないように証拠隠滅……とか?」
    「うわ、ちっちゃくないですかそれ?」
    「ちっちゃい言うなよぉ!?」

     マキさんのクリエイティブな感性にクリティカルヒットしたのか、マキさんは「チヒロ先輩怖いんだからしょうがないじゃん!」と反論していた。

    「だったらさ!」

     マキさんは声を荒げた。

    「コユキちゃんだったらどう使うの!? 当然、凄いことに使うんだよね!?」
    「ふっふっふ……もちろんです! 凄いこと……凄いこと――」

     凄いこと――そう聞いて閃いたのは、私史上とんでもなく凄いことだったに違いない。
     そうだ、と手を打って口から出したそのアイデアはまさしく凄いことに違いなかった。

    「セミナーの会長になります!」
    「……えぇ!?」

  • 57二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:45:27

    このレスは削除されています

  • 58二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:46:17

    このレスは削除されています

  • 59125/03/20(木) 22:50:19

     驚いた顔をするマキさん。けれども私にはもう素敵な未来予想図が見えていた。

    「まず会長になる前のリオ会長と会うんです。それから仲良くなって、会長の座を譲ってもらえるように交渉しましょう! そうしたら私がセミナーの会長です! きっとユウカ先輩も私のこと今よりもっと甘やかしてくれるかも知れません!」
    「それは無謀なんじゃ……」
    「やらなきゃ分かりませんよ! 頑張れコユキ! 負けるなコユキ!」
    「いやセミナーの会長だよ!? 出来るのコユキちゃん!?」

     悲鳴のような声を上げるマキさんだけれど、私にはひとつ確信があった。
     いいですか、と至極穏やかな顔をしてマキさんに語り掛ける。マキさんはごくりと唾を飲んだ。

    「今だってリオ会長いませんけど何とかなってるじゃないですか。ってことは、ユウカ先輩とノア先輩がいれば何とかなるってことですよ」
    「すっごい他力本願じゃん!?」

     それじゃ、と私はすぐさま踵を返した。
     こうしちゃいられない。私は私のセミナー征服大作戦を遂げる使命があるのだから。

     更に過去へ飛んで入学したてのリオ会長に会う。
     それから私が入学したときに会長の座に召し上げてもらうよう何か良い感じにする。

     全てはユウカ先輩に甘やかしてもらうため。
     三食おやつ付き、労務を排した素敵な学園生活のため――!

    「にはは! 未来を変えちゃいますよ!」
    「ちょ、ちょっとコユキちゃん!」

  • 60125/03/20(木) 23:41:09

     走り出した私のことは、もう誰にも止められない。
     私の後を追おうとしたマキさんが「はぁ……」と溜め息を吐いて足を止めたところまでは分かった。
     そしてそれ以降はきっと引き返したのだろう。気にする必要なんて何処にも無い。

     重たい倉庫の扉を開けて、梯子を下り、するりと開いた引き戸を開けて、辿り着いた『あの部屋』で、私は時計を窪みに嵌めた。

    「さぁ! 私をリオ会長の入学当初まで連れて行ってください!」

     そう叫びながらボタンを押そうとして――私はランプが二つしか点いていないことに気が付いた。
     点いていないランプは一番左端。ボタンを押しても変化は無し。

    「あれぇ……?」

     いったい何が違ったのか。
     時計を取り外してひっくり返して時計盤を見返して、何が違うか分からない。
     それからもう一度ひっくり返して裏面のカバーを外すと、そこでようやく気が付いた。14桁の数字が表示されていた表示板には何も映っていなかったのだ。

    「なるほど? ポチポチすればいいんですかね?」

     私は表示板を見た。
     それから、不可思議な記号が書かれた16個のボタンを見た。

  • 61125/03/20(木) 23:59:16

    「…………………………ええっと」

     何かに導かれるように押される指先。沈むボタン。
     ただの一度もエラーは表示されず、表示板には再び14桁の不可思議な数字が並んで映る。

    「これでいいんで――げほっ、げほっ!」

     激しくむせて、思わず口に手を当てる。
     息を整えるが特に何かあるわけでもない。変な埃でも吸ったのだろうかと訝しむも、それ以外の変調は見受けられない。

    「まぁ……地下ですし」

     そんなことを言いながら再び窪みへ時計を嵌めると、今度は三つのランプが正しく光った。
     あの時と一緒だ。私が昨日である今日へ来た時と。

    「それじゃあ……」

     私は拳を振り上げる。

    「新しい未来へ、レッツゴー! ですよ!」

     振り下ろした指先がボタンを押したのは、奇しくもミレニアムの大停電が起こった12時53分のことであった。

    -----

  • 62二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 05:24:25

    うむむ…どうなるのか…

  • 63二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 09:48:44

    めっちゃ感想書きたいけど、これ具体的な感想書くと自分の中で味がなくなる面白さだ・・・。
    めちゃくちゃ惹かれる内容だから続きを期待。

  • 64125/03/21(金) 12:48:21

     眩い閃光、歪む視界。それから続くは私の悲鳴。
     時間移動という既存の摂理を越えた奇跡は科学的プロセスを経て実行される。

     が、そんな話は私には難しすぎる。

    「んぎゃー―!! 目がーー!」

     私からすれば如何に凄いことかなんて過程についてはまるで興味も無いし、むしろワープするときにとんでもなく眩しいことや髪の毛が電気で逆立つことへの不満の方が強い。

     光でチカチカする目をゆっくりと開ける。
     するとそこはあの黒い部屋ではなく、もっと広い何処かの空き部室のようだった。

    「……あれ?」

     改めてきょろきょろと周囲を見る。
     空っぽの棚が置いてあるだけの広々とした部屋だ。誰もいない。

    「ねぇ、あなた――」
    「うわぁっ!?」

     突然声をかけられ、驚いた私は飛び上がる。

  • 65125/03/21(金) 12:51:29

     慌てて声の出所を探すと、空っぽだったと思っていた棚の二段目に人が『収納』されていた。

     短く切りそろえられた黒髪とそこそこ大きな身長。そんな人が窮屈そうに身体を棚に捻じ込んでこちらを伺っていたのだ。
     視線からは強い警戒心が感じられるが、そもそも何でそんなところにいるのか意味が分からな過ぎて思わず尋ねた。

    「な、なにしてるんですそんなところで……?」

     そう聞くと、その人は怯えたように声を震わせて、ぽつりと一言。

    「お、驚いたから……。その、突然あなたが現れて……」
    「……それで、棚に収納されてしまったんですか?」
    「に、逃げ込んだのよ……。収納されているわけでは無いわ」

     と、話しているうちに警戒心が解けてきたのか、その人はぬるりと若干気持ち悪い動きをしながら這いずり出て来て立ち上がる。その姿に私は「もしかして……」と恐る恐る声を掛けた。

    「り、リオ会長……ですか?」
    「会長では無いわ」
    「その喋り方! やっぱりリオ会長じゃないですか!! わぁ! ほんとにリオ会長だ!」

     三年生のリオ会長と比べて小柄だし全体的に細い上に雰囲気も全然違うけど、顔にはちゃんと面影があった。

  • 66125/03/21(金) 12:52:07

     二年前のリオ会長だと確信を得た私は、何だか上がったテンションのままリオ会長に駆け寄った。

     するとリオ会長は、無言で私に背を向けて全力で走り出した。

    「ちょ、なんで逃げるんですか!?」
    「突然追いかけられ――あぐぅ!?」

     私がそう叫び終えるや否や、リオ会長は足をもつれさせて私の目の前で派手に転んだ。しかも顔面から行った。
     涙目で鼻を押さえながら頭を上げると、今度は近くの棚の縁に頭頂部を強打して再び頭を押さえて床を転げまわる。その姿は死にかけのミミズにも似ていた。

     それだけでは終わらない。
     頭がぶつかった棚が大きく揺れてゆっくりとリオ会長の元へと倒れ込んでいく。

    「きゃあ――!!」

     派手な音を立てながら倒れた棚と、その下敷きになったリオ会長の姿を見た私の気持ちを、いったいどう形容すれば良いだろうか。ちょっと追いかけただけで、どうしてこんなことになってしまったのか。

     呆然と眺める私に、リオ会長が手を伸ばした。

    「た、助けて……」
    「無様過ぎません!?」

     私は確信した。
     この人は確実に一人では生きていけないタイプの人だと。

  • 67二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 14:22:55

    1年リオ、こうやって見ると「ちょっと気を張りすぎてる小動物」みたいでかわいいな…

  • 68二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 17:53:50

    やっぱ昔からこうだったんだろうなって納得感が

  • 69125/03/21(金) 20:06:33

    「と、とりあえず助けますのでちょっと待っててください……ふぬぬ!」

     そう言ってひとまず倒れた棚を起こそうと力を入れてみるのだが、棚が大きいせいか上手く力が入らない。
     棚の下からはリオ会長が蚊の鳴くような呻き声を上げているが、苦しんでいるわけではなさそうだったため無視した。

     いずれにせよ、私一人じゃちょっとこれはどうしようもない……そんな時だった。

    「リオー。棚の組み立てはちゃんと終わりま……って何ですかこれ!?」
    「ははっ! 流石だねリオは。予想を軽く超えて来るから見てて飽きないよ」
    「はぁ……。とりあえず早く助けるよ」

     声に振り返ると入口の方。ちょうど三人の生徒が部屋に入って来てこの惨事から何が起きたかはすぐに理解したらしく、私の方に近づいてきた。

    「リオを助けようとしてくれたんだね。ありがとう」

     そう笑いかけながら礼を言う彼女の姿を見て、私は目を見開いた。

  • 70125/03/21(金) 20:06:59

    「あ、あの……」
    「ん? なんだい?」
    「もしかして……ウタハ先輩ですか?」
    「白石ウタハであれば私のことだけど、先輩……? 君は中学生なのかい?」
    「いっ、いや……じゃ、じゃあ……?」

     と、私は順々に残る面々の顔を見た。

    「眼鏡をかけてるのがチヒロ先輩で……」
    「私、あなたと会ったことあったっけ?」
    「そっちのしゃがみこんでリオ会長を煽ってるのがヒマリ先輩……?」
    「あら、天才の名を知る者がここにも居たとは」

     ヒマリ先輩が立ちあがって満足げな笑みを浮かべる。

     ってそんなことよりも――

    「ヒマリ先輩が立ってる!?」

     顎が落ちんばかりに叫んだ私を、ヒマリ先輩は不思議そうな顔で私を見返した。

  • 71125/03/21(金) 20:08:01

     どうしてこの四人がこんなに仲が良さそうなのかも含めて、私の知ってる先輩たちとは思いもしない状況である。それに、やはり足の件がひどく気になった。

    (え、ヒマリ先輩って元から足が動かなかったんじゃなかったの!?)

     ということはつまり、ヒマリ先輩はこの後『何か』があって足が動かなくなるということではなかろうか。
     そんなことを考え込んでいる私に、ウタハ先輩が声をかけた。

    「ねぇ、君の名前は?」
    「あ、私は黒崎コユキです」
    「コユキ……コユキ……。うん、やっぱり初対面だね。二人も初めましてかな?」

     ウタハ先輩の言葉に頷くヒマリ先輩とチヒロ先輩。
     次に口を開いたのはチヒロ先輩だった。

    「この部屋は私たちぐらいしか知らないはずだし厳重にロックしていたはずなんだけど、どうやって入ったの?」
    「え、あ、タイムマシンを使ってやってきました!」
    「タイムマシン?」

     チヒロ先輩が怪訝な顔を浮かべたあたりで、足元の方から声が聞こえた。

    「あの……早く助けてちょうだい……」

    「「……あ」」

     完全に忘れられていたリオ会長に全員の視線が集まり、それから全員呆れたように肩を竦めた。

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  • 72二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 20:28:01

    おっと思った以上に重大なタイムトラベルになりそうだぞ???

  • 73二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 23:03:43

    保守

  • 74二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 00:57:46

    ミレニアム三年生達の一年生概念か、いいね……コタマはどうしてるかな?

  • 75二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 04:15:15

    保守

  • 76125/03/22(土) 08:47:44

    「ええーと、じゃあ改めて話すんですけど……」

     私がそう切り出すと、先輩たちはこくりと頷く。その目に宿る感情は様々でこそあるが、根底に浮かんだ好奇心だけは皆が共通していたに違いない。

    「ヒマリ先輩からこの時計を渡されて、裏面のボタンをポチポチ押してたら何か数字が出て来たんです」

     話しながら時計を首から外して裏返そうとして、「あれ?」と気が付いた。
     時計に塗られた金色の塗装が、最初に見た時と比べて黒ずんでいたのだ。

     袖口で拭ってみるも綺麗にはならなかったが、とりあえず裏返してカバーを外して皆に見せた。
     するとチヒロ先輩が顎に手をやりながら口を開く。

    「16個のボタンね。えっと、コユキ……さん?」
    「コユキでいいですよー! なんかチヒロ先輩にさん付けで呼ばれるのむず痒いです」
    「じゃあ、コユキ。何回ボタンを押したの?」

     10回です、と答えると、チヒロ先輩は「ヒマリ」と一言、視線を向けた。
     ヒマリ先輩は微笑みながらそれに応えた。

    「重複なら大体1兆1000億通りですね」
    「早っ!? もう計算したんですか!?」
    「ただの暗記です。あ、失礼。世界のすべてが詰まった頭脳を持つ私の暗記です」
    「あ、はい」

  • 77125/03/22(土) 08:48:03

     ちょっと面倒くさいなこの先輩、なんて思っていると、ウタハ先輩とリオ先輩がボタンに刻まれたよく分からない文字や表示板を見ながら二人で話しているのが聞こえた。

    「この表示板。液晶ディスプレイかと思ったけど何か変だね」
    「文字の方も見覚えが無いわ。古代語とも違うようね」
    「二人とも、一旦そういうのは後回し。とりあえずコユキの話を聞いてからにしよう」

     チヒロ先輩が手を叩いて注意を私の方へと向けた。
     その様子が現代のチヒロ先輩がマキさんたちにやる仕草を想起させて、少しだけ面白くなってしまう。

    「続けますね。それで旧部室棟の三番倉庫にあった隠し通路から真っ黒な部屋についたんですけど、何か変な台座があって、ちょうど時計が嵌められそうな窪みがあったんで嵌めて、台座のボタンを押したんです。そしたら髪がぶわって浮き始めるわ時計が光り出すわで大変で……」
    「……黒い部屋だけれど、光源はあったのかしら?」
    「あ、はい。なんかパイプみたいのが部屋中に通ってて、それがぼんやり光ってました」

     そう答えると、リオ会長は納得したように頷いた。

  • 78125/03/22(土) 09:57:12

    「電気ね。それも大量の」
    「電気?」

     リオ会長は「ええ」と言って話を続けた。

    「髪の毛が逆立ったのは室内に強力な電磁界が発生したからだと考えられるわ。その黒い部屋というのも発生した電磁界の影響を外に漏らさないためのものだったんじゃないかしら。光源として使われているのは恐らく化学発光を利用したものね。時計が光ったと言っていたのは……過充電のせい?」

     ぶつぶつと呟き始めたリオ会長だったが、そんなことより私は一瞬だけ嫌な想像をしてしまった。
     電気。大量の電気。ミレニアムの大停電……。

    「あの……私、それを使って昨日に飛んで、それから二年前に来たんですけど、不思議なことに昨日ミレニアムの電力が全部無くなったんですよ。これって……」

  • 79125/03/22(土) 09:57:57

     恐る恐る口に出すと、先輩たちが顔を見合わせて一斉に頷いた。

    「間違いないですね」
    「間違いないわ」
    「間違いないね」
    「間違いないよ」
    「わぁぁぁ……」

     半ば白目を剥きながら思い出したのはユウカ先輩の言葉だった。

    『いくらコユキだって流石に関わってるわけないわよね』

    (済みません。めっちゃ主犯でした)

     流石に一瞬だけ反省した。

    「ま、まぁ知らなかったんだから仕方ないですね!」

     そう気を取り直すと、チヒロ先輩が神妙そうな顔をしていることに気が付く。
     どうしたのか聞いてみると、チヒロ先輩は「いや」とだけ言ってそれから続けた。

    「ミレニアムが停電するぐらいってことは、予備電力も含めて持って行かれてるから……大体上限1500キロワットぐらいの電気が一度に使われたのかな、って」
    「ああ――だからこの部屋か!」
    「あの、この部屋ってどういう意味です?」

     ウタハ先輩が突然合点が言ったように声を上げるが、どういうことなのか私にはさっぱりだった。
     素直に尋ねてみると、ウタハ先輩は満足げな笑みを浮かべて腕を組んだ。

  • 80125/03/22(土) 09:59:13

    「この部屋はね。卒業していった先輩が残した未練の結晶なんだよ」
    「お化けか何かの話してます?」
    「あながち間違ってもいないかもね」

     そうして語り出したのはこの部屋の小さな歴史だった。

    「まず、偉大なる先達は雷雲を消す研究をしようとこの学園に入学したんだ」
    「雷雲、ですか」
    「避雷針とかで雷が落ちる位置を誘導するってのが今の雷害対策だけど、誘導だって絶対じゃない。直接上空に滞留する電力を消せたら確実だろう? それが避雷針よりコストパフォーマンスに優れるのであれば世紀の発明と言って良いほどだ」

     可能か不可能かはともかく、目の付け所自体は悪くないと私でも分かった。
     だけどその発明は成就しなかったのだろう。そんなもの聞いた事が無いのだから。

     そんな感想が脳裏を過ぎったところで、ウタハ先輩は「続けるよ?」と私を見る。

    「その研究をするのにまず必要なのは雷に匹敵する電力、っていうのは分かるだろう? けれどもそれだけの電力を調達するためには自分たちの発電所が必要だ。もちろん、とてもじゃないがそんなもの自前で用意することなんて出来ない。ではどうするか」
    「ま、まさか……」
    「そう、ミレニアムの電力をそっくりそのまま使おうとしたんだ」

     そこにあったから使う。落ちているものを拾って使うことに私は何の抵抗もない。
     けれどこれは違うと私は思わず慄いた。だって落ちてるものじゃない。これは大変な労力を割いて銀行の真下まで穴を掘るようなもので、私だったらちょっとは掘るかも知れないけどすぐに辞めるだろう。

    「先輩たちは二年と半年の歳月をかけて誰にも気付かれないようミレニアムの地下にこの部屋を作ったんだ。それから慎重に発電ケーブルをこっそり切り替える装置まで仕組んだ」
    「そこまでやって残り半年じゃないですか! え、間に合うんですそれ?」
    「先輩たちもギリギリだっただろうね。けど勝算がなかったわけじゃないんだよ。何せ理論上では既に完成していて、あとは検証するだけだったんだから」

     検証からもスタートライン。そうユウカ先輩が言っていたことを私は思い出した。
     その上で半年間で実用可能レベルまで持って行ける算段を付けられていた件の先輩たちが優秀だったのか、それとも理解していなかっただけなのかを私は知らない。

  • 81125/03/22(土) 09:59:52

    「でも、結局間に合わなかったんですよね? 検証できても完成しなかったら意味ないですし」
    「いいや、検証する前に頓挫したんだ」
    「え?」

     私が首を傾げると、ウタハ先輩は曖昧に笑った。

    「仕掛けを作るための建造費で、研究費を使い果たしたんだよ」
    「え!? 馬鹿じゃないですか!?」

     どうして途中で止めなかったのか。というより、作っているうちに気が付くものじゃないか。
     そう思って叫ぶが、ウタハ先輩の表情は共感というより同情だった。

    「人間の心理ってのは怖いものでね。研究費が底を尽きるのは分かっていても、ここまで大規模な工事を秘密裏に敢行してしたんだ。お金が足りないって事実から目を背けて最後までやりきってしまったのさ」
    「なんかギャンブルみたいですね」
    「穿った見方だね。まさにその通り」

     かけたお金も時間も戻らないけど、一発逆転を夢見て死ぬのを愚かと呼ぶか勇者と呼ぶかは人それぞれなのかも知れない。
     だから、私が漏らした言葉もまた、ある意味では穿ったような言葉だったのかも知れない。

    「ロマンと心中ってやつですね……。まぁ、気持ちは分かりますけど」

     そう言うとウタハ先輩は「いいね!」と目を輝かせた。

    「ロマンと心中……良い言葉だね。私もそう在れるよう面白みを忘れないようにしないと」
    「いや、ウタハ先輩は二年後も変なロボばっか作ってますよ。ロマンだとか言って」
    「それは良かった!」

  • 82125/03/22(土) 10:58:13

     と、ウタハ先輩が満足したところで、おもむろにリオ会長が口を開いた。

    「……ちょっと良いかしら」
    「はい、なんでしょう?」
    「あなた、ヒマリを見て『立っている』ってことに驚いていたわよね」
    「…………あぁ」

     皆が気まずそうに視線を逸らした。
     きっと私の反応で全員何か察してしまったんだとようやく分かる。

     その上で、空気を読まずにぶっこんでくるリオ会長に私も思わず冷や汗が垂れ始めた。

    「ええーと、ですね。その……」
    「リオねぇ、そういうのは――」
    「いいですよ。聞きましょう」

     嗜めようとしたチヒロ先輩の言葉を、ヒマリ先輩が遮った。

    「コユキ、二年後の私は半身不随ということですか?」
    「え、ええーと……」

     すごく言いづらい。そして言い淀んだ時点で肯定してしまっているのも事実である。
     私が「まぁ、はい……」と頷くと、ヒマリ先輩は「ふむ」と何かを考えるような仕草をした。

    「手は動いているのですか?」
    「手? はい、動かないのは足だけだって言ってましたよ」
    「じゃあ問題ないですね」
    「問題ないんですか!?」

     思わず叫ぶが、意外にもそれに同調したのはリオ会長だった。

  • 83125/03/22(土) 10:58:32

    「脳が無事で手が動くのなら大して支障は無いわね」
    「そうです。私の真価は身体では無くこの繊細にして天才と呼ばれる頭脳なのですから」

     それに、とヒマリ先輩は続けた。

    「このミレニアムで半身不随を解消する方法なんていくらでもあるんです。ね?」

     ヒマリ先輩が見たのはチヒロ先輩とウタハ先輩の方だった。二人は頷く。

    「チヒロと私とでちょうど、強化外部骨格を作っているからね」
    「強化外部骨格?」
    「パワードスーツ、って聞き覚えない?」

     ウタハ先輩の言葉に続くように、チヒロ先輩も口を開く。

    「脳からの電気信号に反応して動く外付けの身体って言えばいいかな。腕を追加で2本は生やせるし、足が動かなくなっても疑似的に動かせるようになる開発はもう出来てるよ」
    「量産体制にはまだ遠いけれど、目途自体は立っているとも。特許申請も通っているから、あとは医療関係に流すだけさ」

     それがどれぐらい凄いことなのかは分からなかったけれど、ただとにかく凄いことをしていることだけは分かった。

  • 84125/03/22(土) 10:58:47

     一年生のうちに社会へ明確な貢献ができるような実績を積める生徒はまずいない。
     ミレニアムサイエンススクールは入学こそ誰でも出来るが、進級や卒業は難しいと言われる学校でもある。
     成果物や実績が無ければ即退学の実力至上主義。だから年度末の生徒たちは死に物狂いで某かの成果を捻り出す。

     けれども、ここの四人は違う。
     成果物だとか実績だとか、そんなものはきっと片手間に作り上げてしまえるのだ。
     ミレニアムの天才たち――いつだったか、ユウカ先輩がそんなことを言ってたことを思い出した。

    『リオ会長だとかヒマリ先輩だとか……チヒロ先輩もウタハ先輩もそう。あの人たちは目標にしちゃ駄目よ』

     知れば知るほど自分が馬鹿らしくなる。だから自分のやりたいことに集中した方が良い。
     そう言っていたのは諦観か挫折か、それを知って余りある憧憬か。

     私はユウカ先輩が口酸っぱく言っていた言葉を理解出来ていなかった。

    『コユキ、あなたのその摩訶不思議な演算能力は確かに才能だけどね』
    『才能? 私にそんなものあるわけないじゃないですかー』
    『とにかく! 大いなる力には大いなる責任が伴うの。自分の手に収まる範囲を自覚して!』

     何度も言っていたユウカ先輩の言葉の本質の、その一端に触れた気がした。
     ……まだ意味は分からないけど。

  • 85125/03/22(土) 10:59:01

    「コユキ?」
    「え、ああ、はい!」

     チヒロ先輩の声で現実に帰った私がチヒロ先輩に目を向けると、チヒロ先輩は何だか気まずそうな顔をして言った。

    「二年後のヒマリって、その、どんな感じだった?」
    「どんな感じ、って?」
    「元気だとか、そういうの……」

     それを聞いてようやくチヒロ先輩の言いたいことが分かった。
     要は心配してるのだ。半身不随になったヒマリ先輩の様子を。

     私は苦笑を浮かべて頷いた。

    「めちゃくちゃ元気ですよ。この前なんて学園のマラソン大会があったんですけど、自走式の車椅子に乗って乱入して四位でしたから」
    「大人げなっ!?」

     チヒロ先輩があんぐりと顎を落とすも、ヒマリ先輩は「流石です。未来の私」と鼻を鳴らすばかりで空気が緩んだ。

     ――ちなみに、あのマラソン大会はスミレ先輩とネル先輩の首位争いが白熱していた。
     僅差で一位をもぎ取ったネル先輩がゴールテープを切った途端に倒れ込んだのを二位のスミレ先輩が抱きかかえたスナップショットは、ミレニアムでも飛ぶように売れたとのこと。
     覚えている範囲だとヒマリ先輩は「走っていない」「いや自走式の車椅子なのだから走っていると言える」と醜い問答を行った結果、当然ながら失格扱い。アスナ先輩は終盤でコースアウトして失格。トキさんがちゃっかり三位に収まったと記憶している。

  • 86125/03/22(土) 10:59:13

     そんなことを考えていたら、ぐぅとお腹が鳴った。

    「お腹空いたんですけど……何か食べません?」

     その提案にチヒロ先輩が頷いた。

    「だったらカフェテリアでサンドイッチでも頼もっか。すぐ出て来るし」
    「でも高いじゃない……。スーパーで弁当を買った方が安いわ……」

     恨めがましく睨むリオ会長に、チヒロ先輩は笑顔で返した。

    「今日は奢るよ。もうすぐ収入も入ってくることだし」

    「「チーちゃん……!」」

     三人が目を輝かせたのを見て私は納得した。
     多分、そういうところで面倒見がいいから問題児を押し付けられるんだろうなぁ、と。

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  • 87二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 17:28:27

    なおその問題児の1人は3年生という

  • 88二次元好きの匿名さん25/03/22(土) 20:15:28

    続きが読みたい

  • 89125/03/22(土) 23:21:53

     外に出ると、時刻は15時を回ったところだった。
     カフェテリアでは何人かの生徒が軽食を取っており、私たちが来るとちらちらと視線を感じた。

    「あの、なんか見られてません?」
    「好奇心半分、警戒半分ってところかな」
    「はぁ……あんなことしでかしちゃね」

     ウタハ先輩の言葉に溜め息を吐いたのはチヒロ先輩だった。
     テーブル席に着きながら「あんなこと?」と聞いてみると、チヒロ先輩は苦い顔をしたまま話してくれた。

    「適性試験のときにね、こいつらが教室を爆破したの」
    「…………ぇぇえええ!? あの、筆記試験ですよね!? なんで!?」

     一瞬理解できず固まり、叫んだ。
     適性試験に教室が爆発するような要素は微塵たりとも存在しないのだから当然だろう。

     ミレニアムでは入学してからひと月経つと適性試験が行われる。
     自分の知識がどのレベルのものなのか、自分の性格はどんな活動に向いているかを測るもので、別に点が悪くても追試のようなものは存在しない。

     むしろ、満点を出すと追試を受ける権利が与えられるのだ。
     追試では難易度が引き上げられたテストが出され、そこでも満点を出すと更に難易度の高いものが……といった形で、言葉通り自分の上限まで試すことが出来る。

     そして、チヒロ先輩が言うにはこの四人の中で誰が一番追試を受けられるか競争をしたとのことだ。

  • 90125/03/22(土) 23:22:09

    「ヒマリとリオが二回目の追試で満点を叩き出してね。それで三回目をやるってときにヒマリが……」
    「チーちゃん! あれはただちょっと驚かそうとしただけで別に攻撃するつもりではなかったんですよ!?」
    「……とまぁ、教室にスモークグレネードを仕掛けたんだけど、それにリオが『対処』しようとしてさ」
    「テロリストの襲撃だと思ったのよ」
    「だからってなんで自衛用のドローンをあんなあちこちに隠してるの!? 試験中にテロリストが攻めて来るときの備えなんて要らないでしょ!?」

     白熱し始めた三人を見ながら、ウタハ先輩は肩を竦めて要約してくれた。
     要は、ヒマリ先輩が仕込んだスモークグレネードに驚いたリオ会長が、「こんなこともあろうかと」と言わんばかりに設置していたドローンを使って教室内を制圧。それに抗う形でヒマリ先輩もドローンを呼び寄せて教室内が戦場になったらしい。
     その後、試験を終えてたまたま通りがかったウタハ先輩がドローン同士の戦闘を目撃し、「テストに丁度いい」とか何とかで自分の警備ロボ、衛(まもる)くんを投入。

     事態に気付いたチヒロ先輩が教室内で暴れ回っているメカたちを何とかしようと無線機にハッキングを仕掛け、強制停止命令を出させた――ところまでは良かった。
     問題だったのは、ウタハ先輩が投入していた衛くんには「強制停止命令を受信したら即座に自爆する」という機能が搭載されており、直後、爆発。

     上空を飛び交うドローンたちもその爆発に巻き込まれ、結果として誘爆しながら教室のあちこちに吹っ飛んだそうな。

    「って、一番被害出してるのウタハ先輩じゃないですか!?」
    「はっはっは、照れるじゃないか」
    「褒めてませんよ!?」

  • 91125/03/23(日) 00:02:56

     その辺りでちょうどサンドイッチが届き、誰が一番悪いのか揉めていた三人も一時休戦となったようだった。
     ハムとチーズを挟んで焼いたトーストを食べながら、私はふと四人に聞いた。

    「そもそも皆さん、どういう集まりなんです?」

     それに答えたのはチヒロ先輩だった。

    「同じ部活の仲間かな。名前は――」
    「エキセントリック開発部よ」
    「違う、エンジニア部。……『エ』で気付けなかったら申請書類全部書き直しだったからねあれ」

     すげなくぶった切られたリオ会長は何やら悲しそうだったが、流石に同情の余地はない。
     そして話を継いだのはウタハ先輩だ。

    「私が一応部長だけど、私含めて皆好き勝手にやってるからね。実質的にはチヒロが部長みたいなものだよ」
    「ま、私も好きにしてるからそれは別に良いんだけどね」

     チヒロ先輩はそう笑ってから、「そういえばさ」と少しだけ深刻な表情をしながら私を見た。私も思わず身構えるとチヒロ先輩は静かに口を開いた。

  • 92125/03/23(日) 00:03:06

    「さっきさ、『リオ会長』って呼んでたよね? まさか……」
    「なんだ、脅かさないで下さいよー。リオ会長はセミナーの会長ですよ」
    「み、ミレニアムは無事なの……?」
    「ああ、はい。むしろ驚きましたよ。リオ会長、昔はこんなんだったんですね」
    「こんなん……!?」

     愕然とした様子でリオ会長が口を挟むが、私だってリオ会長のあまりのポンコツっぷりに驚いているのだ。
     少なくとも、セミナーで見る限りではそんな様子全然なかった。

    (いえ、思い返すとちょくちょく片鱗はあったような……)

     今にして思えば、セミナーがいつも整理整頓されていたのはリオ会長がすっ転んでピタゴラ破壊をしないようにだったのかも知れない。そう思うと、何だか遠いイメージだった会長にも親近感が湧き始めていた。

    「さて、ではそろそろ本題に入りましょうか」

  • 93二次元好きの匿名さん25/03/23(日) 00:03:16

    このレスは削除されています

  • 94二次元好きの匿名さん25/03/23(日) 00:04:10

    このレスは削除されています

  • 95125/03/23(日) 00:11:17

     話もひと段落したところで、ヒマリ先輩が立ちあがって手を叩いた。
     私が「本題?」を首を傾げると、チヒロ先輩が頷いた。

    「どうやってコユキを元の時間に返すか、だね」
    「え、あの部屋を使えばすぐ帰れるんじゃないんですか?」
    「あのねぇ……じゃあその部屋、どこにあるの?」
    「え……、あっ!」

     そこでようやく気が付いた。
     まだ無いのだ。あの装置そのものが、この時間には。

    「最悪じゃないですか! 帰れないんですか私!?」

     そう叫ぶと、チヒロ先輩は首を振る。

    「いや、最悪じゃない。本当に最悪なのは対処できる人が誰もいない時間に行った場合だよ」
    「……え?」
    「私たちはエンジニア部だってこと」

     困惑する私に、三人は同時にニヤリと笑みを浮かべる。
     チヒロ先輩は眼鏡をかけ直して私を見る。そして――

    「無いなら、作ればいい」

     それは、あまりにも頼もしすぎる宣言だった。

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  • 96二次元好きの匿名さん25/03/23(日) 04:14:45

    保守

  • 97125/03/23(日) 10:13:23

     この時間軸におけるエンジニア部の部室は二つ存在する。
     ひとつは私が隠し部屋に行くのに使った部室棟第三倉庫。こちらにはほとんど物が置いておらず、聞けば後のことを考えて先んじて申請し、使用権を押さえたとのことだった。
     加えて、また隠し部屋に行くための地下通路は存在しておらず、いずれ作られることとなるのだろう。

     そしてもうひとつが第二倉庫。あの隠し部屋の真上に位置する倉庫で、今はこちらを主に使用しているらしい。
     隠し部屋直通になっている二人乗りの昇降機が作られており、先ほどカフェテリアへ行くために使ったのもこれに依るものだ。

     第二倉庫には見た事も無い実験器具が数多く設置されていた。
     私には分からない計算式が沢山書かれたホワイトボードに、作りかけのよく分からない機械。流石にコポコポ言ってるビーカーなどは無かったけれど、科学者のラボと聞いて想像されるような光景が広がっている。

     ……そんな科学者のラボで今、比喩表現では無く物理的であまりに凄惨な殴り合いが行われていた。

  • 98125/03/23(日) 10:13:35

    「だっかっらっ!! どうしてこの洗練された美しさが分からないのですかチーちゃんは!?」
    「何でもかんでも短くすればいいってものじゃないでしょ!? 肩書きだけは長い癖に!」
    「あーー! 言いましたねそれ!? 言ってはいけないこと言いましたね今!?」

     ヒマリ先輩がやたら切れのあるジャブをチヒロ先輩に叩き込む。
     しかしそれを読んでいたと言わんばかりにチヒロ先輩が華麗にブロックする。代わりに返すは鋭いヤクザキックだ。

     リオ会長は殴り合いが始まってから早々にヒマリ先輩のパイルドライバーで床に沈められ、先ほどからピクリとも動いていない。流石に死んではいないだろうが、ユウカ先輩やネル先輩とは違う毛色の生々しい暴力を前に私は「あわわわわ……」と離れたところで眺めることしか出来ない。

    「と、止めなくて大丈夫なんですかあれ!?」

     私の隣りでキャットファイトを観覧するウタハ先輩は、「無理だね」と肩を竦める。

    「まぁ、疲れ果てれば止まるから今日は解散しようか。私の部屋で良ければ貸すよ」
    「それは助かりますが……」

     ちらりと二人を伺うと、マウントを取っての掴み合いが始まっていた。

    「うがぁ!!」
    「がるるるるる!!」
    「……なんか、野生に帰ってません?」
    「ロマンのぶつけ合いだね」
    「あれじゃあケダモノですよ!!」

     こんなことになってしまったのは、遡ることカフェテリアからこの第二倉庫に戻った後。
     チヒロ先輩が始めた会議がきっかけだった。

  • 99125/03/23(日) 15:21:03

    「じゃあ、今回の設計にあたって決めなくちゃいけない一番大事なことがあるけど……」

     キャスターの付いた大きなモニターを引っ張って来たチヒロ先輩が、画面の電源を入れた。
     私たちはそれぞれ適当な椅子を持ってきてモニターの前に座ると、チヒロ先輩は話を続ける。

    「その前に、一旦ここまでの情報について軽く再確認しようか」

     モニターには白いキャンパスが映し出され、そこには四つのカーソルが画面を踊った。
     カーソルには四人の名前が表示されており、気付けば四人とも手元にはタブレットPCを用意している。どうやらそれぞれがカーソルを動かしているようで、チヒロ先輩のカーソルを他三人のカーソルがぐるぐると取り囲んでいた。

    「ほら、遊ばないの」

    「「はーい」」

     チヒロ先輩の言葉に従う三人は、各々で付箋をキャンパスに置き始めた。
     時計の形、五本の針、金色の塗装、裏面のカバーに時計自体の材質で思い当たるものなど、現時点での所感が付箋に書き込まれていく。

     正直見ていても退屈ではあるが、今回ばかりはそうも言っていられない。
     何せ実物を知っているのは私だけで、完成するまで家に帰れないともなれば流石に私だってちゃんとする。

  • 100125/03/23(日) 15:21:33

     と言ったところで、ふと疑問が浮かんで、私は口を開いた。

    「あのぉ、この時計が電力で動くってことは分かってるじゃないですか」
    「うん?」

     ウタハ先輩が催促するように私を見た。

    「だから、その、電力を引っ張ってくる仕掛けはもう隠し部屋にあるんですよね? だったら会議なんかしなくてもすぐ作れるんじゃないですか?」
    「そうだね。それ自体はあながち間違いでもないさ」
    「じゃあ……!」
    「ちょっと待ってちょうだい」

     すると今度はリオ会長が口を挟んで私に視線を向ける。
     リオ会長は随分と渋い顔をしていて、「へ、変なこと言いましたか……?」と身を縮めると「そうじゃないわ」と首を振った。

    「コユキ。あなたはその時計の危険が分かっていないようね」
    「へ? 歴史を変えるーだとかの話です?」
    「いいえ、もっと根本的な話よ」

     そう言ってリオ会長は指を四本立てた。

  • 101125/03/23(日) 15:22:18

    「ひとまず四つ。その時計を使ったときにあなたの身体に起こるであろうケースが存在するわ」
    「四つも? ワープして終わりですよね?」
    「それは四つの内の最初のケースね。『無事に成功しあなたは時間を移動した』……これで済まないことも想定され得るわ」

     リオ会長は小指を曲げる。
     いや、薬指も半分ほどつられて曲がってしまい、何とか薬指をしっかり立たせようと奮闘し始めた。

    「……っく!? つ、つったわ……」
    「なんでちょくちょくポンコツ挟んでくるんですか。ちゃちゃっと話してくださいよ」
    「コユキはなかなか辛辣だね」

     ウタハ先輩が笑って、ヒマリ先輩は「まったく手のかかる……」とぼやきながらリオ会長の手を揉みほぐす。
     気を取り直して、リオ会長が話を続ける。

    「次のケースは移動先の座標に物体、土でもコンクリでも、それこそ人でもいいわ。……がいた場合、時計に依る移動は可能なのか」
    「それは……なんか上手い感じにちょっとズレる、とかじゃないんですか?」
    「気体も液体も固体もあくまで分子の状態を表すものでしかない。なら、その『上手い感じ』はどこまで移動先の状況を考慮してくれるのかしら」

     そんなこと言われてもリオ会長が何を言いたいのか、頭がこんがらがって来て分からなくなる。
     ちょっと面倒くさくなってきて、私は顔をしかめた。

    「ええーと……その、言いたいことがよく分からないんでもっと簡単に出来ませんか?」

  • 102125/03/23(日) 15:22:46

     あんまりな言い方かも知れないが、私は先輩たちみたいに頭が良いわけではないのだ。
     とはいえ、「ちょっと怒られるかな?」ぐらいのことを覚悟していたが、リオ会長は怒りもせず「……そうね」と言って、それから続けた。

    「移動先が水没してたら溺れて死ぬわ」
    「死ぬんですか!?」
    「何かで埋まっていたら生き埋めになるか光の速さで何処かに射出されて死ぬわ」
    「なんですかその死に方!? 嫌すぎます!」
    「移動できなかったら感電して死ぬわ」
    「死んでばっかじゃないですか私! え、これそんなに危ないものだったんですか!?」

     危険なんてレベルじゃなかった。
     というか、二回も無事にワープ出来たこと自体かなりの奇跡だったんじゃないかと思い始めて背筋に冷たいものが走る。

    「いい? それは、誰が、どんな目的で、どのようにして作ったのかも分からない打ち上げロケットみたいなものよ。そんな危険なものにあなたはもう一度乗らなくては行けない。元の時間に帰るために」

     リオ会長は最後に「そのことだけは肝に銘じて起きなさい」と締めくくり、私はこくこくと頷く。
     すると、ヒマリ先輩が笑って言った。

    「心配する必要はありません。この立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と評される天才美少女ハッカーである私がついているのですから、必ずコユキを元の時間へ戻して差し上げますよ」
    「ヒマリ先輩……」

     なんだかんだ言ってもミレニアムが誇る天才たちが一堂に集結しているのだ。
     きっと先輩たちであればどんなに不確定な未来も『絶対』にしてくれる。そう心から信じられて頼もしく感じた。

  • 103125/03/23(日) 15:23:17

    「話もまとまったみたいだし、コユキ帰還大作戦にあたって最も重要なタスクをこなそうか」

     チヒロ先輩の言葉に皆がモニターに意識を向ける。
     それからチヒロ先輩は私の時計を指さした。

    「その時計と、例の部屋……その名前を決めよう!」
    「……へ?」

     なんでそれが「一番大事なこと」なのか分からず周囲を見るが、ウタハ先輩を除いて皆の顔はやる気に満ち溢れていた。

    「え、い、いや、そこなんですか? 安全性を~とか時計の作り~とか、もっと重要なこといっぱいありませんか!?」
    「何を言っているのですかコユキ。名前は重要でしょう?」
    「そうよ。固有名詞化しておかなければ意志の疎通に余計なコストが生じるわ」
    「先づ隗より始めよ、って言うでしょ? 何を言ってるのコユキ」
    「いやなんで私が常識外れみたいな感じになってんですか!?」

     そこから始まったのはまったく収拾のつかない命名会議である。

  • 104125/03/23(日) 15:23:47

    「『門』、それから『渡』、というのはどうでしょう?」
    「それでは抽象的過ぎるわ。『エレクトリックハイパーチャージャー』とか『ミレニアムブレイカー』とかの方が合理的よ」
    「合理的って意味分かってるの? それなら『超電磁充電機』とかの方が合理的でしょ?」
    「それのどこに個性があるのですか。堅苦しさより柔軟性、それこそがエンジニア部でしょう?」
    「それには同意ね。チヒロの名づけには華が無いのよ」
    「リオには言われたく無いんだけど!? そっちは華どころかバカの考えたバイキングみたいなものじゃない!」
    「そうです! あんなドブみたいなネーミングセンスは一体どこから汲み上げてきたのですか! ガラスと混ぜて地層処分するレベルですよ!?」
    「私のネーミングセンスは放射性廃棄物じゃないわ! ヒマリなんて味のない高級フレンチモドキみたいな名付け方するじゃない!」
    「そうだよ! 自分が一番優れてるみたいな顔してるけどヒマリも相当だからね!?」

     徐々にヒートアップしていく悪口雑言。会議は踊る、されど進まず。
     三人が立ちあがって互いに詰め寄り始めたのを見て私はそっと物陰に隠れたし、気付けばウタハ先輩も私の隣に退避していた。

    「あっ、チヒロ先輩がリオ会長を突き飛ばしましたよ」
    「だいたい喧嘩になるとチーちゃんかヒマリが先に手を出すからね」
    「ヒマリ先輩がチヒロ先輩のこと殴りましたよ……?」
    「名づけだと大体リオが真っ先に落ちるから先手を打ったんだね」
    「……なんかリオ会長やられっぱなしじゃないですか!?」
    「暴力を奮うことに慣れてないからね」

  • 105125/03/23(日) 15:23:59

     そうこうしているうちにチヒロ先輩がヒマリ先輩にドロップキックを食らわせて派手に吹っ飛んだ。
     起き上がったヒマリ先輩は一番近くに居たリオ会長をパイルドライバーで沈めてからチヒロ先輩の元へと向かう。
     チヒロ先輩がその辺にあった椅子を持ち上げて……ギリギリ理性が働いたのかゆっくり下ろしてヒマリ先輩に拳で殴りかかった。

    「み、醜すぎます……! これが天才とか呼ばれてる人たちの姿ですか!?」
    「まぁ、天才かどうかはさておきそれだけ熱量があるとぶつかる時も派手になるものさ」
    「派手ってレベルじゃありませんよこれ!?」

     そうして、叡智もクソもない殴り合いが続いて、私は先ほど感じた頼もしさなんてものをすっかり忘れ始めていた。

    「だっかっらっ!! どうしてこの洗練された美しさが分からないのですかチーちゃんは!?」
    「何でもかんでも短くすればいいってものじゃないでしょ!? 肩書きだけは長い癖に!」
    「あーー! 言いましたねそれ!? 言ってはいけないこと言いましたね今!?」

     ほどなくして野生に帰ってしまったケダモノたちを置いて、私はウタハ先輩と共に第二倉庫を離れた。

  • 106二次元好きの匿名さん25/03/23(日) 16:23:30

    >>29

    申し訳ないけどそれのリンクを教えてくれない?

  • 107125/03/23(日) 17:17:37

    >>106

    手前味噌で恥ずかしいですが……なんか色々頑張ってる来歴をご査収ください……


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  • 108二次元好きの匿名さん25/03/23(日) 19:18:44

    >>107

    どれも名作やんけ!!!!

  • 109二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 01:25:02

    保守

  • 110二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 01:47:24

    このレスは削除されています

  • 111125/03/24(月) 06:32:44

     気付けば外は完全に夜だった。
     春が終わり夏と入り混じる夜の穏やかな風が私の頬を撫でる。
     隣を歩くウタハ先輩は鼻歌を歌いながら瞳を瞑って歩き続ける。帰るべき場所へ、悠然と。

     そんな横顔を見ながら、私はふとウタハ先輩に尋ねていた。

    「ウタハ先輩は参加しなくて良かったんですか?」
    「ん?」
    「あの命名会議です」

     チヒロ先輩にヒマリ先輩、リオ会長が殴り合いにまで発展したあの命名会議に、ウタハ先輩は最初から距離を取っているように思えた。
     そのことを聞くと、ウタハ先輩は機嫌よく笑みを浮かべてこう答えた。

    「私は職人だからね。人命に関わるような君のケースなら、設計はあの三人に任せた方がいい」
    「はい……? それと命名会議に参加にしないことに何の関係が?」
    「あるさ」

     ウタハ先輩は夜風に靡く髪を押さえて笑う。
     それは何だか遠いものを見るような表情だったと、その時何故だかそう思ったのだ。

    「名前は設計者が付けるべきだ。今回私は皆の指先に務めるつもりだからね」
    「それって、言われたものを作るからどうでもいいってことですか?」
    「……君はきっと、全ての物事に対して本質を穿ってしまう性質があるんだろうね」
    「…………?」

     私が首を傾げると、ウタハ先輩は「間違いとも言えるし間違いじゃないとも言える」なんてよく分からない言い方をして、それから前を向いた。

  • 112125/03/24(月) 06:33:48

    「私はね」

     一瞬途切れて言葉は続く。

    「皆と一緒に何かを作るのが好きなんだ。そして皆の困難な要望に応えられるのも今は自分だけだと自負している」
    「はぁ……」

     そんなことを言われても、私の知っているウタハ先輩はいつも変なロボを作ってはチヒロ先輩に怒られている変な人だ。
     急に何を言い出すのだろう、と思ったところで、私は「あ……」を声を漏らす。

     そう、少なくとも私の知る二年後のミレニアムにおいて、リオ会長もヒマリ先輩もチヒロ先輩もウタハ先輩も、皆で何かを作っているわけではないのだ。
     全員バラバラ。いや、ヴェリタスとしてヒマリ先輩とチヒロ先輩は同じ部活に所属はしているけれど、けれども二人が一緒に活動している姿は滅多にない。今だけなのだ。この四人が共に活動していた時期は。

     そんな私の考えを見透かすように、ウタハ先輩は寂しく笑った。「やっぱりね」なんて言わんばかりに。

    「ずっと一緒だと思ったんだけどなぁ」

     その表情があまりに寂しすぎて、私は思わず叫んでいた。

    「そ、そういう世界もあるかも知れないじゃないですか!」
    「そういう世界?」
    「そうです! 私のタイムワープも、本当は昔に戻ったんじゃなくて別の世界に来ただけかも知れないじゃないですか! そしたら、私が見た二年後じゃない別の二年後が待ってるかも知れませんし!」
    「君は――」
    「そうですよ! だってリオ会長があんなポンコツなわけありませんし、ヒマリ先輩が元気に殴り合ってるなんて有り得ません!」
    「それはそれで全方面に失礼じゃないか?」
    「あぅ……」

  • 113125/03/24(月) 06:34:19

     私が肩を落とすと、ウタハ先輩は私の頭をポンポンと叩きながら「ふふ」とだけ笑った。
     少しだけ続く沈黙。それからウタハ先輩はおもむろに口を開いた。

    「チヒロとは昔馴染みでね。ずっと一緒に過ごして来たんだ」
    「ウタハ先輩とチヒロ先輩が?」

     私は顔を上げる。
     ウタハ先輩の目は遠い過去を見ているように、どこか儚げだった。

    「私は手先が器用だったみたいで、思うままに色々作っていたんだよ。そしたらチヒロが『これも作って!』なんて言い始めてさ」
    「チヒロ先輩が?」
    「昔は可愛いものだったよ。いつか二人で人工衛星を打ち上げようなんて言って……気付けば高校生だった」

     ウタハ先輩は「その時かな」と続けた。あの日を懐かしむような、そんな顔で。

    「専門分野が偏ってると、どうしても作りたいものを作るための知識がカバー出来なくなる。それで、チヒロが連れてきたのがヒマリだったんだよ」
    「え、凄い息合ってそうでしたけど、付き合い浅いんですかあの人たち?」

  • 114125/03/24(月) 06:34:43

     私がそう言うとウタハ先輩は頷いた。

    「何ならリオもさ。私が見つけて連れて来て、それで今のエンジニア部が生まれたんだ」
    「なんか……奇跡みたいな話ですね」
    「奇跡さ、きっと。だから私は、そんな奇跡みたいな集まり方をした皆の作りたい理想を、現実のものとして創り出したいんだ」

     その吐露にいったいどれだけの想いが詰まっているのか、私は知らない。
     けれどもきっと、そのことは共に生きるあの三人に対して吐き出されることは無いのだろうと――何となくそう感じた。

     だから私はふと、こんな提案をしていた。

    「今日、同じベッドで寝ますか?」
    「コユキは寝相が良い方かい?」
    「……多分悪いです」
    「それじゃあ遠慮しておこうかな」

     それとなく顔を見合わせて、それから笑った。
     夜風の心地よいある夜のことである。

    -----

  • 115二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 10:21:41

    >>112

    ここのウタハとコユキのやり取り、タイムリープ物のキモを感じてとても良い。

  • 116二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 18:26:47

    さて…

  • 117125/03/24(月) 20:15:33

     翌日の8時頃。ウタハ先輩と一緒に第二倉庫へ向かうと、リオ会長たちが例の時計を囲んで何かを話していた。
     その様子も、昨日の醜い争いなんてなかったかのように極めて普通だ。

    「あ、ウタハ。おはよう」
    「おはようチヒロ。……昨日はそのまま作業していたのかい?」
    「本当は帰って寝るつもりだったんだけど、気になっちゃってさ。それとコユキに聞きたいことがあるんだけど」
    「はい? なんでしょう?」

     小走りで駆け寄っていくと、チヒロ先輩は時計を前に何やら小難しい話をしている二人に向けて「ちょっと使うよ」と言いながら時計を手に取る。
     それから裏面のカバーを外して私に差し出した。

    「これ、正しくボタンを押したら14桁の数字が出てくるって言ってたよね。ちょっと押してくれない?」
    「いいですよー」

     受け取ってボタンを見て――「あれ?」を首を捻った。

    「なんか……、押す順番が分かりにくくなってるような……」
    「分かりにくくって?」
    「分かりにくくは分かりにくくです」

     試しにボタンを10回押す。
     エラー。数字が出てこない。

    「……あ、これですか」

     もう一度10回押すと、今度は正しく14桁の数字が表示された。
     出来ましたよ、とチヒロ先輩に返すが、何故かチヒロ先輩は時計ではなく私の方をじっと見ていて、それが少しだけ怖く感じる。

  • 118125/03/24(月) 20:15:46

    「あ、あの……どうしましたか?」
    「……なんで分かるの?」
    「うげ……」

     またか、と思った。
     だって暗証番号とかそういうのを開けるといつもこうなのだ。

     チヒロ先輩のことだけじゃない。これまでずっとそうだった。
     どうせこの後に続くのは「なんで開けられたの?」とか「どうやって開けたの?」とかだと私は知っている。それからは大抵「気味が悪い」で終わる。
     それか、「これもやってみて」とか「どこまで出来るの?」とか言ってつまらないことをやらされ続けて、具合が悪くなってもずっと繰り返し繰り返しそれだけをさせられる。まるで、私を実験するかのように。

     なんで分かるの? なんて言われても困る。
     視力検査の紙を目の前まで持って来られて「右」と答えたら「なんで右だって分かったの?」と言われるぐらい意味が分からない。だって「右」は「右」なのだから。なんで分からないのかが私には分からなかった。

     『分かること』で嫌な思いをするなら、同じぐらい『分かること』で好きにしたっていいはずだ。
     なのに私は怒られてばかりで、かと言って隠し通すような器用な真似も私には出来ない。

    (ああ、嫌だなぁ……)

     嫌なことを思い出したせいか、起きたばかりだと言うのにもう気持ちが悪くなっていた。

  • 119125/03/24(月) 20:15:57

    「コユキ?」
    「……………………」

     黙ったまま俯いていると、チヒロ先輩はガシガシと頭を掻きながら「あー、その……」と言って私に向き直った。

    「ごめん。嫌なこと聞いちゃったんだよね、私」
    「いえ……その」
    「多分だけど、どんなものでも正しい順番が分かるとか、そういう感じ……だよね?」
    「まぁ、その……そうです」
    「そっか……。じゃあ、色んな人に攫われたりしたよね」
    「……へ? 私がですか?」
    「うん? 違うの?」

     何かが噛み合っていなかった。
     私が思わず顔を上げると、チヒロ先輩はきょとんとした表情で私を見ている。

    「あの、私に攫うだけの価値なんてないと思いますけど……?」
    「え? てっきりどんな暗証番号でもこじ開けられるんじゃないかって思ったんだけど……?」
    「それは……そうですよ?」
    「……ちょっと待って」

  • 120125/03/24(月) 20:44:19

     チヒロ先輩は眼鏡をかけ直す。何かに困惑しているようだったが、いったい何がそんなに引っかかっているか分からない。

    「コユキ。もしかしてコユキが何でも開けられることって誰にも知られていないとか?」
    「いやいやそれはないですよ。何ならセミナーに失くしたパスワードを開ける仕事とか結構来ますし、ミレニアム生だったら誰でも知ってるんじゃないですかね?」
    「待って、今セミナーって言った? え、コユキってセミナーに所属してるの?」
    「あれ、言ってませんでしたっけ……?」

     そう言えば言ってなかったかも……と思い返したところで、チヒロ先輩は額に手をやる。
     呆れたような様子の先輩は説教する直前のユウカ先輩に何処か似ていて――思わず私は身構えた。

    「どこまで開けられるのかは分からないけど、コユキ自身なんで『皆が』開けられないか分からないって感じだよね?」
    「……っ! そうですよ! なんで分からないのかが分からないんですよ!」

     ずっと思っていたことをずばりと当てられた私は、気付けば力説していた。

    「ただ目の前にあるから分からないはずないのに、どうしてかみんな『分かるはずない』って言ってきて、おかしいですよね!?」
    「オッケー、そこは分かった」

     ひらひらと手を振られて、話は一旦そこで止まる。
     それからチヒロ先輩は口を開いた。

  • 121二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 21:14:57

    セキュリティに詳しい人がコユキ知った時のリアクションってだけでもう面白い

  • 122125/03/24(月) 21:16:51

    「私だったら、もし私がコユキと同じことが『分かる』状態だったら、確実にキヴォトスという社会を何回か壊せるし、好きな学校を廃校にすることだって出来るかな」
    「……怖っ!?」
    「何なら私が悪い人で、コユキが『分かる』ってことを知っていたら絶対に誘拐する。それで脅してでも無理やり『何か』を開けさせる」
    「めちゃくちゃ悪じゃないですかチヒロ先輩!」
    「もしもの話だって。それに、『分からない人』なら同じことを思いつく人なんて幾らでもいるよ」

     そしてチヒロ先輩は言った。私のことを「歩く黄金」だと。

    「コユキが自分のことをどう思おうが、周りも同じように思うわけじゃないんだよ」
    「それは……」

     言い淀みながらも、脳内にある言葉はこれだ。
     私は、私が思う以上に便利な『道具』なのかと。

     チヒロ先輩は頷くことも首を振ることもしないで、ただじっと私を見ていた。

    「コユキのそれはまさしく『大いなる力』だよ。そして、力に付随する『大いなる責任』の所在を誰が持っているのか、コユキは知らないといけないんじゃないかな」
    「……説教みたいですね」

     そういうとチヒロ先輩は「ふふ」と笑って頷く。まさしくその通りだと。

  • 123125/03/24(月) 21:17:15

    「ま、でも『大いなる力』なんて言ったところで、あんまり良い思い出は無さそうだね」
    「散々ですよ!」
    「だったら、散々ついでにもし気が向いたら私の研究に付き合って欲しいかな」
    「そ、それは……」

     嫌な言葉だ。そう言って大体へとへとになるまで付き合わされるに違いない。
     そう思ってるとチヒロ先輩はニッと笑って眼鏡を光らせた。

    「私のセキュリティを破れるかどうか。一回解いたら一回何でも好きなものご馳走するよ」
    「な、何でも……!?」
    「高級レストランでも何でも、一回は一回。現物支給のアルバイトだって思ってくれればそれでいいから」
    「う、ぐ、ぐ……」

     眼鏡越しに笑みを浮かべるチヒロ先輩は大悪党に違いなかった。
     だってそんなこと言われて「絶対に嫌!」なんて言うのは無理だ。高級レストランも有りだって言うのだから酷い。
     マネーイズパワー。なんだか社会の縮図を見た気がして、私も「き、気が向いたら……」と口走っていた。

    「いつでもご馳走するからね」

     そう言ったチヒロ先輩は、誰がどう見ても悪魔か何かに違いない。
     なんだか新手の詐欺か何かにあった気がするが、丁度その辺りでウタハ先輩が声を上げた。

  • 124125/03/24(月) 21:17:46

    「チーちゃ……チヒロ。やっぱり駄目だ」
    「あぁ……じゃあ時計の解析は無理だね」

     妙なやりとりを前に首を傾げると、チヒロ先輩が説明してくれた。

    「さっきコユキが打ち込んだボタンの順番で、ウタハにも同じようにボタンを押してもらったんだ。そしたらどうなったと思う?」
    「……その前振りからして、エラーだったんですか?」

     チヒロ先輩は頷いた。

    「そう、同じ順番で押したのにエラーが出たんだ。一応聞くけど、どうしてか心当たりはある?」
    「いや無いですけど……」

     そう言うとウタハ先輩はビシッ、と指を三本立てた。

    「ひとまず三つ。どうして同じ順番でボタンを押したのに同じ結果が返されないケースが存在するわ」
    「それ、さっきのリオ会長の前ですよね」
    「ご明察。だから結論から行くとしようか」

     ウタハ先輩が挙げた原因は次の三つだった。

     一つ、ボタンを押す順番には押した時間が関係している。
     二つ、ボタンを押す順番には押したときの場所が関係している。
     三つ、上記二つの特性を同時に有している。

    「なんにしたって、私たちじゃ押したボタンと表示される数字の関連性を調べることは不可能だってことだね」
    「それで……何が分かったんですか?」

     そう結論づけたウタハ先輩の言葉に、私は戸惑った。すると――

  • 125125/03/24(月) 21:44:08

    「分からないということが分かった。だからこれは『今の』私たちでは手に負えない。考慮すべき材料から外さざるを得ない」
    「そんなの分かっても意味なくないですか!?」

     当然みたいな結論を出されて思わず叫ぶと、横から割り込んできたのはヒマリ先輩だった。

    「いいえ、理解できないことと使えないことは決してイコールではありません。大事なのは、『コユキだけは時計を使える』ということと、『コユキに足りないのは電力だけ』と言う事実のみ。だったら、その電力の部分にだけ意識を向ければ良いだけのこと」

     ヒマリ先輩の言葉に続いたのはリオ会長だ。

    「思考も物資も時間も何もかも、そこに割けるリソースは無限じゃない。だったら、割かなくていい部分が分かるだけでも助かるわ」
    「はぁ……」

     なんだかよく分からないが助かったらしい。
     それから、チヒロ先輩はまるで世話話でもするかのように「ああ、そうそう」と作業していた全員に向けてこう言った。

    「主にウタハとコユキ向けだけど、『時計』と『部屋』の名前が決まったから以降はこの命名に従うこと」
    「あー、決着ついたんですねあれ」

     私がそう言うと、ウタハ先輩を除く三人は同時に笑っているんだか悔しがっているんだかよく分からない表情を浮かべた。
     何とかの折衷案だったのだろう。ウタハ先輩が頬に笑みを湛えながら座り直したのを見て私も同じく背筋を伸ばす。

     そして、チヒロ先輩が発表した。

    「『時計』の方は時間を越える門を見る時計ってことで『ポータルウォッチ』。『部屋』の方は時間を巻き上げる装置で『タイムワインダー』ってことになったから、今後はこれに合わせること」

     その言葉に渋々頷くリオ会長とヒマリ先輩。
     ウタハ先輩がこっそり囁いてくれたところに依ると「全員の案を無理やりひとつにまとめたんだね」とのことだった。

     正直なところ本当にどうでも良かったが、「固有名詞化しておかないと意思の疎通に手間が生じかねない」という意見の元でそうなったらしい。
     ――が、昨日の争いを見るにどう考えても自分のエゴを押し通すためなんじゃないかとも思えるも、それを口にする勇気を私は持っていなかった。

  • 126二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 21:50:06

    コユキにしか使えない鍵…厳密には「コユキと同じ能力を持った人間にしか使えない」鍵?
    誰が何のためにそんなもんを作ったのかと考えればと、色々可能性が思い浮かぶのが不穏だなあ…

  • 127125/03/24(月) 22:08:38

     それから、先輩たちは何だか小難しい話をずっとしていた。

    「電磁充電ということはワイヤレス電力伝送と同じ仕組みね」
    「絶縁で考えるならコンクリに電磁シールド構造を付与すれば……」
    「組み立てならプレハブ構造で行った方が早いですね」
    「発光物質については相当長持ちするんじゃいかな。思い当たるものは特に無いけど」

     合間合間に何処かへ電話をする先輩たちを見ながら、私は第二倉庫に置かれた懸垂器具にぶら下がっていた。
     懸垂器具もバランスボールも、全てヒマリ先輩が持ち込んだらしい。

     この倉庫内において暇を潰せるものがそれしかなかったというのもあるが、皆あまりにストイック過ぎやしないかとも思うのが凡人の感想だ。

    (勉強が好きな人たち、って感じですねー)

     もっとゲームとかすればいいのに――なんて思いもするけど、もしかしたらあの人たちにとっては部活動がゲーム感覚なのかも知れない。

     信じられない。正直私はそう思った。
     勉強が趣味とか意味が分からないけど、多分先輩たちは勉強を――これを嫌なこととも思っていないんだろうな、なんて――そういった隔絶とした感覚も無い真面目な人だろうと私は思った。

    (なんだか、違う世界の人たちって感じですね)

     和気藹々と、その知性をぶつけ合うその環境。
     そんな光景に対して言葉に出来ない妙な寂しさを覚えた、その時だった。

  • 128125/03/24(月) 22:08:48

    「コユキ!」

     リオ会長が手を振っていた。
     私は思わず目を向ける。

    「昼食を摂ったら新素材研究部を襲撃しに行くわ!」
    「――はい?」
    「身支度だけでも整えておいてちょうだい!」
    「なんで……!?」

     私が愕然としていると、チヒロ先輩がやけに悪そうな笑みを浮かべているのが目に映る。
     チヒロ先輩はこう言った。

    「そういえば……コユキはこの時間じゃミレニアムの生徒じゃないよね?」
    「え、あ、はい……。そうですけど」
    「ブレックファーストは報酬かな?」
    「あっ――!!」

     この時間軸において私は学籍が無い。つまり一切の支払いが出来ない。
     ニタリと笑みを浮かべるチヒロ先輩を見て私は気付いた。誰かに出してもらえないとご飯すら食べられない事実に。

    「鬼! 悪魔! チヒロ先輩!」
    「今晩まとめて支払いで良いよ」

     かくして、チヒロ先輩の奸計に嵌められたりした私は、どうやらこれから新素材研究部を襲撃することに決まったのであった。

    -----

  • 129二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 22:20:50

    チーちゃんが緑色になってしまう

  • 130二次元好きの匿名さん25/03/24(月) 22:23:40

    >>126

    理論上リアルタイムで変わる条件に合わせて正しい順番でボタンを押せばタイムトラベルできる装置を作ったけど、その条件をクリアする前に予算が尽きて死蔵されてたのかもしれない

    光の剣みたいに

  • 131二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 04:22:38

    保守

  • 132二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 09:07:57

    一文無しコユキ…

  • 133二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 09:47:16

     戦争は科学技術を発展させ得るか。

     それは科学に携わるものであれば必ず一度は耳にする問い掛けである。
     そしてその問いを完全に否定することは極めて困難であることもまた事実。

     例えば通信技術なんて言うのはその代表例だろう。
     戦争によってもたらされた通信技術は現代において、その『副産物』こそが日々の生活を豊かにしていると言っても過言ではない。

     しかし、戦争という政治的手段はあまりに多くの代価を求める。
     そして、戦争がなくとも科学技術は発展させられる。
     故に、技術の発展に戦争は必須では無いということは皆がそうだと頷くはずだ。

     けれども、けれどもだ。
     戦闘行為そのものは技術の向上を強制させるという性質を持っているのもまた確かなのである。

     そしてこの時間軸におけるセミナー会長はそれを容認した。
     保安部に連絡さえ入れておけば、部活動同士での戦闘行為を認めたのだ。
     もちろんやりすぎれば保安部が強制介入して戦闘行為は中断されるが、その前提の元でなお襲撃すること自体については罰則が与えられない。

    「フハハハハハ! 来たなエンジニア部! 今日こそは貴様らの研究内容を全てもらうぞ!」
    「いつもにまして暑苦しいですね。汗も滴る超絶美少女のこの私とは大違いではありませんか」

     こうして、今。
     私の目の前ではエンジニア部と新素材開発部の戦いの火ぶたが切って落とされた……のだが。

  • 134二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 11:49:19

    モモイが他部活を襲撃したのは旧体制のルールに従った、正当な襲撃だった可能性が出てきたな・・・。

  • 135125/03/25(火) 13:05:46

    「あの、リオ会長は行かないんですか?」
    「どうして?」

     保安部が封鎖した戦闘区域は新素材開発部の部室前の廊下だった。
     前線に突っ込んでいったヒマリ先輩とチヒロ先輩。後衛でメカの整備や指揮を執るウタハ先輩。
     対して私とリオ会長は戦闘区域ギリギリの、要は保安部の真横で遠目に戦いの様子を眺めていた。

     もちろん戦いに参加するつもりのなかった私の手にあるのは爆弾などではなく、お昼に買って食べきれず、未だちまちま摘まんでいるホットケーキなんて有様だ。
     ……ちなみにこのホットケーキ、アイスや果物がふんだんに乗せられた一皿1800円のお高いもので、溶けたアイスを吸ったホットケーキは一口食べるだけでも頬が落ちそうになるぐらい美味しい。

     それを横からちょくちょくつまみ食いしているリオ会長は、手元の端末を操作しているばかりで目の前で起こる戦闘には一目だってくれていない。

    「私が前に出てもやれることは無いわ。念のため試作型AMASを呼び戻しておくけれど、使うことは無いでしょうね」
    「……ちなみにですけど、もしかしてミレニアムのあちこちに隠しているんですか?」
    「ええ、テロリストに備えて40体ほど」
    「どちらかというとリオ会長の方がテロリストっぽいですけど……」

  • 136125/03/25(火) 13:06:11

     そうこう話しながら戦場へ目を向けると、ヒマリ先輩が新素材開発部の部員へ一気に走り寄り、スタンロッドで脇腹を殴打したのが見えた。
     接触の瞬間、バヂン――と高電圧の光が走り、殴られた部員がもんどりうって転げまわる。

    「ヒマリ先輩は銃すら使ってないんですね」

     私がそう言うと、「当然ね」とリオ会長は口を開く。

    「銃弾を何発も打ち込んで気絶まで持ち込むのはヒマリの戦闘用ドローンで事足りるわ。それに相手もセミナーから戦闘用ドローンを購入している。ドローン同士の撃ち合いになる。だったら、ある程度走れるヒマリがスタンロッドで直接相手の部員を叩いて一時的にでも動けなくさせる方が合理的よ」
    「なるほど……? じゃあなんでチヒロ先輩も前に出てるんですか?」
    「……すぐに分かるわ」

     リオ会長がそう言ったとき、戦場から新素材開発部の部員が高笑いを上げていた。

    「今回は前回みたいに行くと思うなよ! 我ら新素材開発部の手によって完成したミレニアム防衛マシーン、名付けて『エンジニア部ぶっころ丸三号』がお前たちを葬るだろう!」

     その声と共に新素材開発部の部室から出て来たのは腰ほどの高さぐらいしかない小型の戦車だった。
     無骨なデザインの走行には何の素材かも分からない真っ黒な塗装が為されており、ヒマリ先輩の戦闘用ドローンが放った銃弾を軽々と跳ね返す。

    「弾力装甲ね」

     リオ会長が言った。

    「前回の襲撃を踏まえての対策かしら」

     淡々と話すリオ会長に、何だか嫌な予感がして思わず尋ねる。

  • 137125/03/25(火) 13:07:07

    「……ちなみに、何やったんですか?」
    「始まった瞬間に自爆用ドローンを30機突撃させたのよ」
    「ひぃぃぃ……!」

     酷い話だ。「さあ戦うぞ!」と万全の準備をして来たのに突然ドローンが突っ込んできて自爆するのだから。
     トラウマにならない方がおかしい。そりゃ戦闘用ドローンに『エンジニア部ぶっころ丸』なんて名前を付けられてもおかしくないほどに。

    「ちなみに前々回は戦闘区域に地雷を仕掛けて爆破。更に前回は新素材開発部に毒を盛ったわ」
    「先輩たちに人の心は無いんですか!?」
    「ど、毒はヒマリよ! 私はあらかじめ高圧電線を引いただけで――」
    「そういうことじゃないです! 全員極悪過ぎませんか!?」

     流石に私だってそこまではしない。
     ……そう思いかけて、「いや一回だけやったな」と思い出した。

     確かあれはセミナーに拉致された時だ。
     全力で追いかけて来るネル先輩を撒くために何か危なそうなものを片っ端から動かした記憶がある。

     今にして思えば、あのときだったのかも知れない。
     『分かる』ことが嫌だったけれど、それで自分も楽しんだっていいと吹っ切れたのは。

    (あの時は死に物狂いでしたけど、まぁ、悪くはなかったかもですね)

  • 138二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 13:32:59

    この世界線だとこれだけ愉快なことやってたのに、いつの間にかリオは一人ぼっちになってC&Cを立ち上げたことになるのか…

  • 139二次元好きの匿名さん25/03/25(火) 19:10:38

    コユキが過去に関わった時点でそこから狂い出してる可能性…

  • 140125/03/25(火) 21:12:57

     そんなことを考えていたら、いつのまにか戦局は徐々にこちらの劣勢へと追い込まれていった。
     原因は次々と部室から現れる『エンジニア部ぶっころ丸』の存在である。

    「四号も五号も進め進めぇ!! フハハハハハ! ようやく……ようやくエンジニア部とまともに戦えてる! やっぱり戦闘区域を部室前に指定したのは正解だったなぁ!!」
    「指定? 指定とか出来るんですか?」

     私がそう聞くと、リオ会長は頷いた。

    「正確にはセミナーへどれだけちゃんと根回し出来ていたかに依るわね。今回は急な襲撃予告をしたけど、向こうはあらかじめ私たちの襲撃に備えて次の戦闘区域の場所をあらかじめ指定していたみたい」

     聞くところに依れば、保安部への襲撃予告は「いつ、だれと、どこで攻撃するか」を宣告する必要があり、その際に先手を打って「この部活が襲撃予告をしてきたら戦闘区域はここにしてください」と申請をすることが出来るらしい。

    「おかげで今回は事前に爆弾も仕掛けられない上に、絨毯爆撃でもしようものなら新素材開発部の部室まで吹き飛ばしてしまう可能性があるわ」

     だから開幕速攻で勝てなかったとリオ会長は言った。

    「じゃあ……もしかしてピンチです?」
    「いいえ。ほら、もう始まったみたいね」

     何が? と視線を戦場に戻すと、そこでは妙なことが起こっていた。

  • 141125/03/25(火) 21:13:11

    「ど、どうしたんだ『エンジニア部ぶっころ丸三号』! 何故私たちの方に戻って来て……」
    【エンジニア部を発見。粉砕します】
    「なっ――!?」

     直後、『エンジニア部ぶっころ丸三号』が新素材開発部の部員たちへと攻撃を始めた。
     それだけではない。追加で出て来た四号も五号も――いや、最初から登場していた向こうの戦闘用ドローンまでもが一斉に新素材開発部へと牙を剥いたのだ。

     それを見て、リオ会長は言った。

    「あれがチヒロも前線に出ていた理由よ」
    「もしかして……遠隔で直接ハッキングしたんですか?」

     それはおかしいはずだった。
     妨害電波で相手の無線指示を混乱させることが出来るのは、相手が手動で遠隔操作をしているときに限るはず。
     今回の戦闘はどう見ても自動操縦だ。無線指示そのものが出ていないのだからハッキングなんて出来るはずがない。

     そう考えているとリオ会長は「そうよ」と頷いた。

    「自動操縦でも、あらかじめ『この無線指示には服従する』というプログラムをドローンそのものに仕込んでおけば可能よ」
    「そんなの、一体いつ……?」
    「前回の襲撃の時よ」

     あっけらかんと言うリオ会長を前に、私は目を見開いた。
     前回から? どこに?

     答えはすぐに出された

  • 142125/03/25(火) 21:13:21

    「正確には、前回勝って新素材開発部の研究内容と試料を少し貰った時に、チヒロが部室の端末全部にウィルスを仕掛けていったのよ。それが感染経路ね」
    「死体に毒撒くとか鬼畜の所業じゃないですか!?」
    「でもチヒロが言っていたのよ。『また素材欲しくなったとき用に』って」
    「新素材開発部をレアドロップする無限湧きのモンスターか何かと勘違いしてません!?」

     私が叫んだところで、戦場の方の勝敗は既に決していた。
     その辺りで突然、リオ会長は「あっ」と声を出して慌てたように私を見た。

    「すぐに行かないとヒマリに全部持ってかれるわ!」
    「なんで同じ部活内で素材の奪い合いが発生してるんですか……」
    「ほら、急いで食べて! ……ああもう、私が全部食べるわ!」
    「あぁ……そんなに急いで食べると……」
    「――んぐっ!?」

     新素材開発部との決着はついた。
     向こうの方からはチヒロ先輩の「せっかくだから部費も少し貰うね」という言葉と、敗北した部員からの「鬼! 悪魔! チヒロ!」という嘆きの断末魔が聞こえて来て、私は大きく同意した。

     ちなみに、エンジニア部の損害はホットケーキを喉に詰まらせたリオ会長一名。
     呆れた様子のヒマリ先輩による背部叩打法により一命(?)は取り留めたとのことである。

    -----

  • 143125/03/25(火) 23:25:46

     戦闘の後、エンジニア部の第二倉庫へと戻って来た私たちは早速戦利品の確認を行っていた。

    「これは使えそうだけど『タイムワインダー』の建設には関係なさそう」
    「これなんか『ポータルウォッチ』の素材を調べるのに使えそうなんじゃないか?」

     チヒロ先輩とウタハ先輩が見ているのは新素材開発部が行っていた研究資料である。

     一般的に――というより当たり前の話ではあるのだが、各部活が行っている研究内容は発表のその時まで完全に秘匿される。検証途中で公開なんてされれば他の部活が後追いで研究を初めて追い抜かれる可能性があるからだ。
     また、一定の成果が出ているものの完成には至っていない研究となれば奪われたときのリスクがあまりに高すぎる。自分たちが公開する前に特許申請でもされれば最悪だ。故に、襲撃戦への敗者となればそのペナルティも重たいものとなる。

     そう考えれば、何度も負けてはまだ存続している新素材開発部は中々の強豪なのかも知れないと思ってそのことを指摘してみると、チヒロ先輩からは予想外の言葉が返って来た。

    「ああ。私だって新素材開発部を企業へ紹介してるからね」
    「え、そうなんですか?」

     聞くところによれば、どうやらチヒロ先輩は既にフリーランスのエンジニアとして何社かと契約しているようで、そこで奪った研究資料を使って新素材開発部を紹介しているとのことだった。

    「紹介料はちゃんと貰ってるからね。起業資金は今の内から貯めてるよ」
    「チヒロ先輩起業するんですか?」
    「多分ね」

  • 144125/03/25(火) 23:26:05

     研究資料を目に通しながら、チヒロ先輩は言う。

    「いまは経営も勉強中だけど、収支をちゃんと立てられるなら起業も出来るかなって。どうするかはまだ決めてないけど、選択肢は多い方がいいでしょ?」
    「はぁ……」

     そう聞いても「なんかすごいなー」ぐらいにしか思えないのは私だけじゃないはずだと思う。
     将来のことなんて考えたことも無い。何ならミレニアムに入ったことだって一番簡単に進学できるからぐらいの考えからだ。

    「なんか、色々考えてるんですねチヒロ先輩は」

     すると、チヒロ先輩は気まずげに苦笑した。

    「案外、考えてる『フリ』なのかもね」
    「フリ?」
    「まだ具体的に何がしたいっていうのは分かってないからさ……」
    「出来るけどしたくない、ってことです?」

     そう言うと、チヒロ先輩はむず痒そうに口元を歪めた。

    「なんか凄い傲慢な言い方だけど……後悔したくないかなって」

     少しばかりアンニュイな表情をチヒロ先輩は浮かべたが、私もそこで何が言いたいかようやく分かった。

    「あ、ウタハ先輩みたいに開発バカで居られたら良かったって話ですかね?」
    「誉め言葉として受け取っておくよ」

     ウタハ先輩が苦笑しながら資料に目を通す。

  • 145二次元好きの匿名さん25/03/26(水) 00:14:27

    保守

  • 146二次元好きの匿名さん25/03/26(水) 07:59:34

    保守

  • 147二次元好きの匿名さん25/03/26(水) 10:43:43

    よくよく考えなくても、このまま進むとミレニアムの代表格に並ぶ3年生コユキが誕生してしまうのか。なんかそういう未来もちょっと興味深いな。

  • 148二次元好きの匿名さん25/03/26(水) 13:00:14

    もうすでに面白い
    リアルタイムで見つけられてよかった

  • 149125/03/26(水) 19:44:32

     その辺りで、先ほどまで苦しんでいたリオ会長とその看病にあたって不満顔のヒマリ先輩がこちらの方へと復帰して来た。

    「『タイムワインダー』のヒントになりそうなものはありましたか?」
    「当然あったとも。黒い壁と光るパイプはこれだろうね」

     ヒマリ先輩の言葉にウタハ先輩が答えて、その資料をテーブルに広げた。

    「なんですこれ?」

     私とヒマリ先輩が資料を覗き込むと、ウタハ先輩は解説を始めた。

    「例の黒い塗料は吹き掛けた物の対爆性能を飛躍的に向上させるものだね。アプローチの方向性は物体の弾力装甲化ってところか」
    「どうしてそんなものを?」
    「散々爆撃を受けたからじゃないですかね……?」
    「ああ、そう言えばそんなこともありましたね」

     きょとんと首を傾げるヒマリ先輩に、私の頬は引き攣った。
     仇敵にその程度の認識しかされてないのかと思うとあまりに新素材開発部が浮かばれない。

    「それで、この弾力装甲化で面白いのが、なんと電磁波を遮断してしまうことなんだ」
    「……あれ? さっきチヒロ先輩、無線で『ぶっころ君』ハッキングしてませんでしたっけ?」
    「だから未完成扱いだったのかも知れませんね」

     横からヒマリ先輩が口を挟む。

    「軍事用と考えれば電波を遮断されてしまうのは困りますから。あの時の『ぶっころん』も受信アンテナが突き出てましたし、これへし折ったらどうするんだろうなとは思いましたね」

  • 150125/03/26(水) 22:09:42

    「どんどん名前が可愛くなっていくね」

     良いね、とウタハ先輩が笑ってそれから続ける。

    「規格外の電磁波を発生させる以上、『タイムワインダー』本体の電磁的防御策は必要だ。だからこそ、この黒い塗料――仮称『弾力装甲スプレー』の精製は必要だね。ヒマリ、このあとちょっと精製に必要な素材と金額の算定を手伝ってもらえるかな」
    「もちろん」

     ヒマリ先輩が頷いたところで、ウタハ先輩は広げた資料のもう片方へと指を差す。
     どうやら、話は次へ移ったようだ。

    「こっちは蛍光関連の新素材だね。ケミカルライト……ライブとかで振ってるあの棒って言えば分かりやすいかな」

     そう聞いて私の脳裏を過ぎったのは、あのパキッと折って光り出すあの棒だ。
     ライブを見に行ったことは無いけれど、存在だけは知っている。なんか振ったりするアレ、ぐらいには。

    「基本的にケミカルライトの化学発光は20時間を越えたりはしない。だからこそか、新素材開発部は中身と同時に容器となる部分に対して蓄光素材の研究を重ねていたみたいだ」

     あまり進んでいないようだけど。
     そう続けたウタハ先輩の言葉を聞いて、私は直感的に妙な想像をしてしまった。

    (新素材開発部が作りたかったのって、『これ』なんじゃないですかね……?)

     より長い時間発光する反応を。その光を容器そのものに溜め込める素材を。
     それはきっと、夜闇を退ける光という概念に対する研究であった。

     ――闇で光が閉ざされるなら、いつでも必ず光り続ける確かな標を。

     もしかすれば、そう言った研究こそが新素材開発部の根源だったのかも知れない。しかし残念ながら今はエンジニア部への妄執に憑りつかれているようで、だからいまいち進んでいないのではなかろうか。

  • 151125/03/26(水) 22:27:32

    (これは、『間違っている』気がします……)

     気付けば私は声を上げていた。

    「これ、先輩たちと新素材開発部で共同研究した方がいいですよ」
    「ん……? 唐突だね」

     何か理由でも? とウタハ先輩が私を見るが、その答えを私は持っていない。
     ただなんとなく。そう思ったということだけを伝えると、ウタハ先輩は「そうか」と言って頷いた。

    「だったらそうしよう」
    「いいんですかウタハ。せっかく独占できるというのに」

     ヒマリ先輩が頬を膨らませると、ウタハ先輩は柳のようにそれを受け流した。

    「ヒマリだってそう思っているんだろう? 直感は馬鹿にならない。そしてコユキのそれはもっと慎重になるべきだって」
    「むぅ……」

     ヒマリ先輩は少々不満げに、けれども満足げな笑みを浮かべる――のだが、私にとってはウタハ先輩の言葉の意味がよく分からなかった。
     私の思い付きを何故だか重要視しているようで、それがエンジニア部の総意であるかのような振る舞いで、私はそうそうに考えることを放棄した。

  • 152125/03/26(水) 22:27:45

    「とにかく、その『弾力なんとか』と『蓄光なんたら』を使えば私は帰れるってことなんですかね?」
    「過言ではありませんね。それが鍵となるのは間違いないでしょうが、少々お待ちいただく必要がある、とまでは言わせてください」
    「待つ……ですか」

     私が不安に思うと、ヒマリ先輩は微笑みの中に壮絶な自信を秘めて頬を歪めた。

    「四日です」
    「え?」
    「四日――それで私たちは『タイムワインダー』を完成させられます」
    「ヒマリ。それ、最終的に徹夜の突貫工事を前提とした最短工数の話だろう?」
    「そうです」

     ヒマリ先輩の言葉にウタハ先輩は肩を竦めた。

    「了解。じゃあヒマリも設計は今日中によろしく」
    「ふふっ」

     ヒマリ先輩は不敵な笑みを浮かべた。そして――

    「とりあえずリオは二徹ですね」
    「リオ会長にどんな恨みがあるんですか!?」

     あわれリオ会長。
     何も知らないリオ会長は遠くで新素材開発部から押収した『エンジニア部ぶっころなんとか』を眺めながら「ん?」とこちらを振り返っていた。

    -----

  • 153二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 07:56:08

    保守

  • 154125/03/27(木) 13:32:23

    保守

  • 155二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 17:33:58

    リオ…

  • 156二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:05:36

    このレスは削除されています

  • 157125/03/27(木) 23:05:57

     『タイムワインダー』建設のため、リオ会長たちはそれぞれの分担を決めることとなった。

     ヒマリ先輩は私が持っている『ポータルウォッチ』の解析だ。具体的には、何処までの電力が必要なのか、その他に何か性質を持っていないのかを調べるため、照射実験を行うらしい。

     ウタハ先輩は『タイムワインダー』の外殻とも呼ぶべき部屋の作成に取り掛かった。規模感については既に見通しが立っているらしく、後は頑張って材料を集めて組み上げるだけとのことだ。

     リオ会長は新素材開発部から押収した研究成果を何とかして『タイムワインダー』用に最適化し、更に何とかして使う分の量を精製するという仕事を押し付けられたらしく、文句に近い悲鳴を上げていた。

    「『何とかする』が二回も入っているじゃない……! どうして私が……!」
    「私たちの中で一番向いているからに決まっているではありませんか」
    「え、皆さん得意分野っていうか苦手分野があるんですか?」

     純粋な疑問をぶつけてみると、四人は互いに顔を見合わせて何とも言えない顔をした。
     そしてチヒロ先輩は肩を竦めながら「今更だけど、ちゃんと自己紹介しようか」と言った。

    「私は各務チヒロ。ウタハの幼馴染で、ソフトウェアの設計と開発が出来るITエンジニア。あと電子戦は得意だね」
    「白石ウタハ。チヒロの幼馴染。大体なんでも出来るかな。それにリバースエンジニアリングなら得意な方だよ。好きな物は発明さ!」
    「調月リオよ。デザインエンジニアで、実験、観測、最適化なら一応できるわ」
    「デザイナーとしては壊滅的ですけどね」
    「そ、そんなことないわ……!」

     ヒマリ先輩に茶々を入れられて必死に否定するリオ会長だったが、そんな様子を見て、私はひとつ確信を得た。

    「やっぱり、この時間軸って私のいた現代の過去じゃないですねこれ」

  • 158125/03/27(木) 23:06:25

     その言葉に反応したのがウタハ先輩とヒマリ先輩だった。

    「んん?」
    「そうなのですか?」

     困惑したというよりも純粋な疑問を浮かべた二人に対して、私は言った。

    「だって、私の知ってるリオ会長は何でも出来る人でしたよ? ミレニアム最高峰の技術者で孤高の人で、こんなよわよわな人じゃありません!」
    「よ、よわよわ……?」

     今にも泣きだしそうな顔をするリオ会長だが、「やっぱりそうだ」と私は頷いた。

    「そうです! こんな自信なさげで、そのうえ猫背で、人前で『一応できるかもにゃぁ』とか言い出しそうなよわよわな人は私の知るリオ会長ではありません!」
    「そ、そんなこと言わない……!!」

     びしっ、と指を突き付けると、リオ会長はびくりと肩を竦ませて縮こまった。
     そんなリオ会長をヒマリ先輩が「大丈夫かにゃ? 大丈夫かにゃ?」と煽るように撫でていたが、そこで何かを考え込むようにしていたチヒロ先輩がぽつりと声を上げた。

  • 159二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:43:34

    このレスは削除されています

  • 160二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:44:02

    このレスは削除されています

  • 161二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:44:19

    このレスは削除されています

  • 162125/03/27(木) 23:47:56

    「コユキ、その話。あんまり続けないでくれるかな」
    「へ?」
    「お願い」
    「あ……はい」

     思わず頷くも、チヒロ先輩は怒っているわけではなさそうだったからますます不思議だった。
     すると、先ほどまでリオ会長を煽っていたヒマリ先輩がぽつりと零した。

    「この二年間で何かがあったからそうなったんじゃないかって、チーちゃんはそう思ったんですよね?」
    「ヒマリ……」

     チヒロ先輩が嗜めるように言うが、既に遅かった。
     さっと青ざめたように顔色を変えたリオ会長がヒマリ先輩を見る。ヒマリ先輩は「まったく……」と呆れたようで少しだけ嬉しそうに笑った。

     それで分かってしまった。
     思い出してしまった。二年後のヒマリ先輩が今の状態とはまるで違うことを。
     そのことを分かってしまったから、私は叫んだ。

    「違いますよ! 絶対違います! この『世界』は私のいた『世界』と違うんです!」

     そんな、まるで、『ヒマリ先輩が車椅子で生活するような事件があったからリオ会長が完璧を目指した』なんてそんなこと――あっていいはずがない。

    「世界はひとつじゃないんです! 私にとっての過去だって、皆さんにとっての未来じゃないですか! 未来が無限だって言うなら、ヒマリ先輩だってそのはずで――」
    「違いますよコユキ」

     微笑みながらも冷たい声が響いた。

    「時間というのは大きな樹に例えられます。過去が根本で、未来は枝葉。今という分岐点からどのように派生しようとも、過去は変わらないのです」

     ヒマリ先輩の言葉はあまりに冷たいものだった。

  • 163125/03/27(木) 23:48:11

    「コユキが『此処』に来れたのは、恐らく分岐の全てが『剪定』されていたから、とは思いませんか? 過去は変わらないのです。もうどうしようともパラドクスが発生し得ない状況だからこそ此処に来られた――と」

     であるならば。
     そう続けた明星ヒマリという先輩こそが何処までも『合理的』だったのかも知れない。

    「私は足を失う。けれども、この稀代の天才たる脳髄もそれを出力する両手も残っている。まぁポンコツなリオが私のためにとっても頑張ったという可能性はありますが……少なくとも私に一切の損害はありません。どんくさいリオが『無駄に』頑張ったという以外については」
    「~~~~!」

     リオ会長が僅かに眉を顰めながらもブンブンと拳を振っていた。
     やりきれないほどの不満があるらしいことは分かるが、本人とてその感情の宛て先に困惑しているようでカロリーだけが消化されていく。

    「つまり」

     ヒマリ先輩は言った。
     リオ会長をぎゅっと抱きしめながら。

    「それぐらいには、私のことを想ってくれていたんですね?」
    「ち――違うわ!」

     ヒマリ先輩に撫で繰り回されるリオ会長、なんていう想像に絶する光景を見ながら、私は思った。

    (ヴェリタスって、反セミナーと言っているだけのリオ会長を愛でる会なんじゃあ……)

     ――後にそれは、明確に間違いだったといつかの私は気が付くだろう。
     ――ただの仲違いなんて『次元』ではないことを、いつかの私は知ったとしてもどうすることも出来ないのだ。

     その後はヒマリ先輩の自己紹介も有耶無耶に流れて――私はチヒロ先輩の自室へと連れられて行った。
     目的はもちろん、奢る約束の対価を支払うためである。

    -----

  • 164125/03/27(木) 23:50:26

    ※今日はここまでです。三連削除は申し訳ない! コピペミスってダブついてたのがどうしても許せんかった……!

  • 165二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:51:26

    おつです
    みんなに何があったんだ…?

  • 166二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 07:13:02

    保守

  • 167125/03/28(金) 09:11:13

    「あの、ごめんなさい。チヒロ先輩……」

     チヒロ先輩の自室に招かれた私は差し出された椅子に座り、それから気付けば頭を下げていた。
     ヒマリ先輩とリオ会長に何があったかなんて分からない。けれど、今回ばかりは言うべきではなかったと明確に反省していた。

    「まぁ、しょうがないよ。少なくとも、そっちのヒマリは車椅子でマラソン大会に乱入するぐらいには元気なんでしょう?」
    「それは……そうですけど……」
    「だったら気にしなくていい。下手な気遣いは暴力と変わらないから」

     チヒロ先輩は言った。「本当はリオに気付かれたくなかったんだけどね」と。

    「ヒマリはそこまで気にしてなさそうだし、それどころか一番気にするリオにもわざわざ伝わるようにしてたんだから時間が解決してくれるってことなんだろうね」
    「時間……時間、ですか」

     時間とは何だろうか、と私は思った。
     私の起こした時間移動とはそもそも何なのか。

     ヒマリ先輩が言っていたように『過去は変えられない』というのであれば、それは私がこの後どうするかも決められているのではないか、と。

  • 168125/03/28(金) 09:11:39

     例えば私は、このまま元の時間へ戻らずリオ会長たちと共に二年間過ごすという『選択』を取ることだって出来るはず。その時点で私にとっての『過去』は既に変わっているのだ。そうなれば私はこの時間に来ることもない。パラドクスが発生する。
     だったら『タイムワインダー』が完成すると何かが起きて必ず私が『未来』に帰ることになる?
     それだって、私なら完成しないように妨害することだって出来る。何なら、プロテクトを突破してシステムを破壊し続けることだって可能だ。

     じゃあ私自身が消えるというのは?
     それこそおかしい。いつか見た映画ではパラドクスを発生させた未来人は消えかけていたが、人が消えて、そのうえ人の記憶からも消えるという方が大事件だ。そんなことよりも、色んな世界があって、時間移動ではなく世界そのものを移動していると考えた方がしっくり来る。

     だとしたら、これはただ私にとっての『過去』から『現在』へ戻るだけの話では済まないのではないだろうか。
     『現在』に戻った気でいただけで、何かが致命的に違った別の世界に向かってしまうことだってあるのではないのだろうか。

    「コユキ?」
    「……え、あ」
    「……ホットココアでもいれようか」

     何らかの機材を準備していたチヒロ先輩がキッチンへと向かう。
     しばらくして、ホットココアを二人分用意したチヒロ先輩が戻って来て、私に渡してくれた。

    「…………ありがとうございます」

     マグカップを両手で握り込むと、じんわりと手の平に熱が伝わってくる。
     何度も息を吹きかけていると、チヒロ先輩は優しく笑った。

    「大丈夫。コユキはちゃんと帰れるよ」
    「……そうですかね」

     にはは、と力なく笑う。するとチヒロ先輩は言った。

    「主観的な辻褄さえ合っていれば、それは元の世界と変わらないんじゃなかな」

  • 169125/03/28(金) 09:11:52

    「……どういうことですか?」

     ベッドに腰かけたチヒロ先輩がずず、とホットココアに口を付ける。

    「例えば、元の世界じゃ実はゲヘナが水面下でキヴォトス征服のため今まさに戦争を始めようとしていたとしよう。そんなこと、コユキは知らないよね?」
    「知りませんしそんなことしないと思いますよ?」
    「でもコユキが戻った『現在』ではそんな計画も最初からなかったことになってて、それ以外はコユキが知る限り全てが同じ。だったら、コユキにとっては『元の世界』と同じでしょ」
    「なんだか騙されてるような……」

     ホットココアを一口飲むと、熱いぐらいに温かくて、甘かった。

    「元の世界だと証明してくれる絶対の観測者がいるならまだしも、そうでないのなら今の自分を騙し切れるように整合性を合わせる方が確実だよ」

     それからチヒロ先輩は私にタブレットPCを渡した。
     受け取った私が首を傾げていると、チヒロ先輩はにやりと笑う。

    「ブレックファーストに夕飯、それからホットココアで今日は三回かな?」
    「これ有料だったんですかぁ!?」

     愕然とした表情で手元のホットココアに目を向ける。
     油断も隙もあったものじゃない。というか、そんなやり方あまりにも外道が過ぎる。

     そんな様子の私を見て、チヒロ先輩は声を上げて笑った。

    「冗談冗談。まぁ、場合によっては先払いしてもらうことになるかも知れないかもしれないけど」

  • 170二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 17:14:50

    コユキが知らない事は改変が起きてても誰も分からないって事か…

  • 171125/03/28(金) 18:05:09

     なんだか弄ばれている気もしなくはないが、ひとまず私は画面へと視線を移した。
     そこにはコードではなく大量の数字が並んでおり、そこから段を分けて6桁の数字が並んでいた。

    「あの、なんですこれ?」
    「最初の腕試し。RSA暗号を使って私が開発している公開鍵暗号の名前を暗号化してみたんだ」
    「はぁ……つまりこれを解けばいいんですか?」

     面倒だな、なんて思いながらチヒロ先輩を伺うとチヒロ先輩は笑顔で頷いた。

    「それじゃあ、最初の数字は――」
    「いーえぬあいじーえむえー。ってこれ、なんて読むんですか?」
    「――――」

     私が顔を上げると、チヒロ先輩は愕然としたように目を見開いていた。

    「あの……もしかしてまた私、なんかやっちゃいました?」
    「…………なるほどね」

     眼鏡をかけ直して私からタブレットPCをさっと取り上げると、何だかすごい勢いでタイプし始めて、それから私に見せた。
     先ほどよりも短いが、またしても画面の半分ぐらいを埋めつくす大量の数字が並んでいる。

    「これ、今すぐ素因数分解してみて」
    「えぇっ!? 今すぐは無理ですよ!!」
    「今すぐじゃなければ解けるんだね?」

     ぐっ、と言葉に詰まった。
     出来なくはない。けど2時間ぐらいかかる。やりたくない。絶対にやりたくない

  • 172125/03/28(金) 18:05:37

     そう思っていると、チヒロ先輩の鋭い視線が私にズブリと突き刺さった。

    「どれぐらいかかる?」
    「……2、いや5! 5時間かかります!!
    「5時間……?」
    「でも絶対やりたくありません!」

     素直に叫ぶが、チヒロ先輩は顔色ひとつ変えずに「やらなくていいよ」とあっさり引いてくれたのだった。

    「代わりにあと2問だけ付き合ってくれない?」
    「駄目です! 今日はもう閉店しました!」
    「いま付き合ってくれたらいくらでも奢ってあげるし、もう私のテストを受けなくていいから」
    「やりまぁす! やらせてください!!」

     首がもげるぐらいの勢いでぶんぶん頷くと、チヒロ先輩は再びタブレットPCを取り上げて何かの操作を始めた。
     見せられたのは、よくある認証パスコードを打ち込む入力欄が映った画面だ。
     上と下、それぞれひとつずつ入力欄があり、「上から開けてみて」とタブレットPCが手渡される。

     私は言われた通り、じっと上の入力欄を眺めた……のだが。

    「うーん?」

     いつもならすぐに『分かる』はずなのに、何故かすぐに分からない。
     しかしそれもすぐのこと。文字を打ち込むと、入力欄の隣に『OK』とだけ文字が表示される。

  • 173125/03/28(金) 18:06:29

    「……はぁ」
    「どうしたの?」
    「いえ、ちょっと眩暈が……続けますね」

     続いて二つ目。下段の入力欄を見たが、これもすぐには分からなかった。

    (上段より難しいんですかね?)

     そう思って見続けるが、何故か『分からない』。
     見る。見続ける。じっと、ただ見続けて、そして――

    「痛っ……」
    「コユキ?」

     突然目の奥で何かが焼けたような痛みが走り、私は咄嗟に目を押さえた。
     眩暈は先ほどよりも酷くなっており気持ちが悪い。私は息を整えながら、チヒロ先輩へタブレットPCを返した。

    「下の入力欄ですけど、これ、絶対に開きません」
    「……どうして?」
    「壊れてるんです。だから何を入力しても必ず弾かれます」

     イメージとしては、南京錠の差込口の一番奥に何か詰まっているようなものだ。
     だから鍵が最後まで入らない。鍵は回らず、錠も落ちない。そういう類いのものだった。

  • 174125/03/28(金) 18:06:40

     私がそう言うと、チヒロ先輩は「正解」と言って――それから水の入ったペットボトルと湿らせたタオルを持ってきてくれた。

     キャップを外して口を付け、それから私はくぴくぴと喉を鳴らす。
     湿ったタオルで瞼を押さえると、湯だった頭が多少は冷えて心地良い。

    「ごめんね」

     チヒロ先輩は言った。

    「おかげで予測が立てられた」
    「何のです?」
    「コユキの超能力」
    「はい?」

     突然何の話だろうか、と首を傾げる私に語ってくれたのは、チヒロ先輩の見立てであった。

  • 175125/03/28(金) 18:26:10

    「コユキは鍵穴があれば確実に開けられるスケルトンキーなんだと思う」

     スケルトンキー。つまり『万能鍵』のことである。

    「それに加えて尋常じゃない演算処理能力も持ってると思うんだけど……気になったのは『演算処理』と『万能鍵』、どっちで解き始めるのかってところかな」
    「私は別にどっちでも……」
    「二問目は私が適当に打ち込んだ数字だったから私も答えは知らない。そして四問目は『答えがない』という『答え』を私が持っていた。判定は答えを知っている存在? 違う、鍵穴の定義だ」
    「あのぉ……」

     チヒロ先輩は私の顔を見ながらも私のことを見ていなかった。
     あれだ。机の上に置かれたアヒルのおもちゃに話しかけてる人と同じ目をしている。

    「鍵穴だと認識する存在が居た上でコユキもそれを鍵穴だと認識すれば『万能鍵』になる……うん、一旦そういうことにしておこう」

     そう言ってチヒロ先輩の目が現実へと帰ってくる。
     私は若干呆れながらも「おかえりなさい」と言うと、チヒロ先輩は小さく笑って「ただいま」と言った。

  • 176125/03/28(金) 18:26:27

    「ちなみにコユキ。ちょっと目を見せて」
    「あ、はい。どうぞ」

     チヒロ先輩はまだちょっと痛みの残る私の目を観察するように見た。

    「白目の部分、ちょっと赤くなってる」
    「え!?」
    「今までこういうことはなかったの?」

     そう聞かれて頷いた。
     無い。一度も。たまにずっと仕事をさせられて凄く疲れたり気持ち悪くなったりするぐらいだ。

     そう訴えるとチヒロ先輩は口を開いた。

    「何かを解くときに重たい負荷が掛かってるんだろうね。特に、答えが無いっていう『答え』を出すときが一番身体に影響が出る。『ポータルウォッチ』を使う時も気持ち悪くなったんじゃない?」

     言われてみれば、と思い出したのは、これまで『ポータルウォッチ』で数列を表示させたときのことである。
     確かに具合が悪くなっていた。仕事疲れだと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。

  • 177125/03/28(金) 20:34:14

     使えば具合が悪くなるし、使ったら使ったで間違いひとつあれば即死の時計。
     最悪である。もはや私を苦しめる専用の道具にしか思えず、溜め息を吐いた――その時だった。

    「……あれ?」

     何かが引っかかってもう一度思い出そうとする。

    (なんでこれ、ヒマ――)

    「チーちゃん! ちょっと手伝ってくれ!」
    「ウタハ!?」

     部屋に飛び込んできたウタハ先輩は息を切らせながらチヒロ先輩に叫んだ。

    「測定器が爆発した!」
    「え!? 『ポータルウォッチ』は無事なんですか!?」

     私も思わず口を挟む。あれが無ければ帰れないのだから。
     しかしウタハ先輩はこう言った。

    「『ポータルウォッチ』だけは無事!」
    「だけ、って……」

     じゃあ、何が無事じゃなかったのか。
     恐る恐るチヒロ先輩を見ると、その顔は今まで見たこと無いぐらいに淀んだ目をしていた。
     死んだ魚の目……いや、死後三週間経って腐り落ちた目だ。これは酷い。

    「今すぐ行く……けど、これだけ聞かせて。全部壊れたの? あの倉庫の機器が」

  • 178125/03/28(金) 20:34:40

     ウタハ先輩は第二倉庫の惨状を思い返したのか天を仰いだ。
     それを見て、チヒロ先輩は顔を覆った。

    「三分だけ時間を頂戴。顔洗ってくる」
    「ああ」

     短いやりとりの後、チヒロ先輩が洗面台に向かう。
     その間、ウタハ先輩はまるで自分の部屋かのようにチヒロ先輩の部屋を漁って荷造りを始めた。
     開封されていない電子機器や、作りかけのラップトップPC。何らかのリムーブバルディスクなど面白いほど物が出て来ては鞄の中へと消えていく。

  • 179125/03/28(金) 20:34:51

     それからウタハ先輩は、机に置いてあったチヒロ先輩の学生証を持つと私に投げてよこした。

    「コユキ。数日私たちは第二倉庫に籠るから、チヒロの部屋は好きに使っていいよ」
    「え、そんなにヤバいんですか……?」
    「未曽有の危機ってやつだね。食事もそれで好きに摂るといい」

     私は手元の学生証に目を落とすが、流石に気が引ける。
     だって学生証は持ち主の物だ。名前だってちゃんと書いてあるのだから。

     そう考えてると、洗面台から出て来たチヒロ先輩がウタハ先輩の整えた鞄を手に取って私に視線を向けた。

    「何でも奢るって言ったからね。自分でいま食べる物に限定するんだったら幾らでも使っていいよ」

     それじゃあ行ってくる、と言ってチヒロ先輩とウタハ先輩は第二倉庫へ向けて走っていった。
     後に取り残されたのは私ひとりである。

    「…………とりあえず」

     今日は寝よう。数日眠れなさそうな先輩たちの分まで。
     そうして私は、二年前についてから二日目の眠りに就いた。

    -----

  • 180二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 20:49:23

    公式に天才と明記されるだけあって脳の処理能力は高いな

  • 181125/03/29(土) 00:05:07

    保守

  • 182二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 07:41:12

    保守

  • 183125/03/29(土) 11:00:38

     翌朝、第二倉庫へ向かった私が見たのはゾンビのように復旧作業を行い続ける先輩たちの姿だった。
     研究資料といった類いも殆ど無く、どうやら徹夜で第三倉庫へ壊れた機材などを移していたらしい。
     『ポータルウォッチ』自体はというとその辺の机の上で、ガラス製の箱に密閉された状態で置かれていた。

     ウタハ先輩は疲労感を滲ませながら機材の修理に取り掛かっているし、チヒロ先輩は地べたに座り込んで周囲にラップトップPCをいくつか並べながら作業をしている。
     リオ会長は昨日に引き続き新素材開発部の素材の検証実験を行っていた。修復作業から外されたというよりかは、リオ会長の作業が終わらない限り『タイムワインダー』建設が進まないため続けさせられていたようだ。

     そして、ポータルウォッチの照射実験を行い手元で爆破させたヒマリ先輩はというと……。

    「あら、コユキでは無いですか」
    「あの……、大丈夫ですか……? 保健室で寝てた方がいいんじゃあ……」
    「そうしたいのはやまやまですが、作業できないわけでもないので」

     ヒマリ先輩は限界まで寝かせたリクライニングシートに寝そべりながら、タブレットPCで作業を行っていた。
     顔や手にはいくつも絆創膏が貼られ、首にはコルセットが巻かれている。割と重傷だ。

    「何があったんですか?」

     そう聞くとヒマリ先輩はことのあらましを説明してくれた。

  • 184125/03/29(土) 11:01:37

     そう聞くとヒマリ先輩はことのあらましを説明してくれた。

     昨日ウタハ先輩の言っていた『爆発した』という表現は相当に穏便なものだったらしく、実際は照射装置が『大爆発した』というのが正確なところのようだった。

     あまりの爆発にヒマリ先輩が派手に吹っ飛んで棚に激突。むち打ちはその時に出来たらしく、起き上がろうとするとまだ痛むとのこと。それ以外については銃撃戦と比べれば何てこともなかったようだが、問題だったのは他の機材の方である。

     何故か照射装置と同じく次々と爆発したのだ。

     リオ会長は最初の爆発が起こった瞬間、第二倉庫のブレーカーを落としに走ろうとして転倒。
     ウタハ先輩がリオ会長の意図に気付いてブレーカーを落としに行くも、落とした時には全ての機材が壊れた後だったらしい。

     聞き終えた私は眉を顰めた。

    「機材に爆弾でも仕込まれていたんですか?」

     そうじゃなきゃおかしい。そう言うとヒマリ先輩は「いいえ」と当たり前を否定した。

    「コユキ。今から私はオカルトの話をします」
    「はい?」
    「『ポータルウォッチ』はロストテクノロジーで作られた生き物です」
    「――――っ!?」

     一瞬、何を言われたのか理解できず、ヒマリ先輩の顔を見た。
     冗談を言っているような顔では無かった。

    「一定の電磁場内にて活性化。食事をするように電力を吸い上げようとするのですが、足りなかった場合は周囲の機器へ侵食を開始。内部構造を作り変えてより効率よく電力の補給を行おうとするのですが、『ポータルウォッチ』自身の再構築の知識が甘かったのか、その過程で爆発を――」

  • 185125/03/29(土) 11:01:58

    「ちょ、ちょっと待ってください! あれ生きてるんですか!?」

     私はガラスの箱で密閉されている『ポータルウォッチ』に視線を向けた。
     昨日までただの時計だと思っていたそれが、途端に気味の悪いものに思えてならない。

    「ミジンコのような知性はあると思いますよ。自我の有無は確認できませんし、何より何らかの信号を発しているわけでもありませんから」
    「…………どうしてヒマリ先輩たちはそんな平然としてられるんですか?」

     怖い。気持ちが悪い。そう言った感情がどうしても出て来てしまう。
     そう言うと、ヒマリ先輩は笑って言った。

    「コユキ。それは『分からない』から怖いんですよ」
    「分からないから……?」
    「そうです。人は『未知』を恐れる。『正体不明』を遠ざけようとする。……でもこれって、人間でもそうではありませんか?」

     知らない人、言葉の通じない人、何をするか分からない人。
     怖くて当然だ。遠ざけたくなるのが普通だ。自分に何が起こるか分からないから。

    「しかし、そう言った『未知』を探求する者がいます」

     如何に特異な現象、理解の及ばぬ謎であっても、解明されれば技術になる。
     その暗闇に立ち向かう者こそが――

    「そう、即応性の高い才色兼備の美少女である私のことです」
    「あっ、科学者とか言いだすのかと思ったんですけど違うんですね」

  • 186125/03/29(土) 11:02:10

     ヒマリ先輩の様子に何だか気が抜けた。
     どちらにせよ、『ポータルウォッチ』が生きていようが何だろうが、それを調べるのは先輩たちでそれを使うのは私であるということに変わりはない。

    「そんなことよりもコユキ。あのゾウリムシよりも恐ろしい事態が起こっています」
    「え、リオ会長よりも恐ろしい事態?」
    「どうして突然リオが出てくるのですか!? というより流石にゾウリムシは言い過ぎでは!?」

     私の言葉にヒマリ先輩が思わず叫ぶ。
     リオ会長は愕然とした様子で私を見た。

    「あ、違ったんですね。よくヒマリ先輩がリオ会長のことそんな風に呼んでいたので」
    「とんでもない拗れ方をしているではありませんか未来の私たち!!」

     リオ会長は今にも泣きそうだったが、ぐっと前を見て作業に戻った。強い子だ……。

     ヒマリ先輩がこほんと咳ばらいをして仕切り直す。
     それからさらりと言った。

    「コユキ。このままだと資金不足で三か月後まで『タイムワインダー』が完成しません」
    「……ぇぇえええええ!?」

     先輩たちの頭を悩ませていたのは、機材が壊れただけではなかったのだ。
     エンジニア部では今、オカルトなんかよりも現実的な大問題が発生していた。

    -----

  • 187125/03/29(土) 11:05:01
  • 188二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 12:42:21

    おつ
    再構築ってなんか聞き覚えのあるワードだぁ……

  • 189二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 12:59:24

    建て乙


    >>107

    おいおいおいおい消えゆく世界のそんときいたけど全部同じ人だったのかよ!?

  • 190二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 13:28:47

    うめうめ

  • 191二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 15:51:53

    うめ

  • 192二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 18:32:35

    うめうめ

  • 193二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 18:42:44

    >>187

    スレ立ておつです

  • 194125/03/29(土) 19:54:46

    チラ裏ですが、本作の生徒たちはこんな感じかなーで書き始めてます。自分の中でもよく忘れますが……

    コユキ:混沌にして中立
    リオ:中立にして善(後にローフル)
    ヒマリ:混沌にして善
    チヒロ:秩序にして悪(を自覚した上でのホワイトハッカー)
    ウタハ:真なる中立

    セキュリティ防衛が強い=悪意への理解度、ということで本作におけるチヒロはちょっと悪い子属性を追加してます。
    癖なんだ。しっかりしてる子の昔が荒れ気味なのとか。不快に思ってもブラウザバックして見逃してくれ。

  • 195二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 20:36:24

    うめ
    チーちゃんあまりに悪辣で好き

  • 196カレー好きノ匿名25/03/29(土) 21:05:57

    >>29

    雷帝 カスミと聞いて参上しました

  • 197二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 02:01:55

    part1読了
    「時計」は雷帝の遺産とかか……?
    続きが気になる!

  • 198二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 06:14:29

    うめ

  • 199二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 08:56:35

    >>27

    『Back To The Future(未来へ戻れ)』みたいに何か意味を持たせられるなら問題無いでしょうけど、そもそも「はっちゃー」自体の意味が曖昧だからなぁ…

  • 200二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 18:32:45

    うめ

オススメ

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