(SS注意)パドック

  • 1二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:25:49

    「────パドックについて、練習をしたい?」

     ミーティングを終えた後のトレーナー室。
     お願いしたいことがある、と話した彼女から出た内容に、俺は思わず聞き返してしまう。。
     しなやかな芦毛の長い髪、青緑色の透き通るような瞳、左耳にはムーブメントを模した髪飾り。
     担当ウマ娘のクロノジェネシスは、俺の言葉にこくりと小さく頷いた。

    「はい、是非トレーナーさんにお願いをしたいと思いまして」
    「それは構わないけど、急にどうかしたの?」
    「……今まで私は、たくさんのウマ娘達をレンズに収めて、記録してきました」

     そう言いながら、クロノはカメラを構えるジェスチャーをした。
     レース史を好む彼女の趣味の一つは、レースの予想と、写真を撮ること。
     週末になると華奢な体躯に見合わないような大きなカメラを担いで、レース場へと運んでいる。
     
    「ですが────今後は、私が写真を撮られる立場になります」
    「それはそうだね」

     ピンと背筋を伸ばしながら胸に手を当て、クロノは神妙な表情で言う。
     契約をして、共にトレーニングを重ねて、ついにデビューの日が迫って来ていた。
     彼女はその日を想像したのか、少しだけ緊張した面持ちで話を続ける。

  • 2二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:26:02

    「由緒あるトゥインクルシリーズ、その歴史に恥じぬ振る舞いを、私もしなくてはいけません」
    「そこまで気を張らなくても良いと思うけど」

     クロノはレースに対して、ただならぬ想いを秘めている。
     トゥインクルシリーズが刻んで来た歴史に憧れて、自身の脚でもその歴史を刻みたいと考えていた。
     そのためか、レースそのものに対する意識が他のウマ娘達よりも、少しばかり強いのかもしれない。
     緊張感をもって臨むのは良いが、緊張し過ぎるのは良くない。
     素質は秘めているのに、緊張のあまり実戦でそれを発揮出来ず、開花出来なかったウマ娘は五万といる。
     無論、彼女にそんな未来を歩ませるつもりは毛頭なかった。
     どうフォローしようか、と思考を巡らせ始めた瞬間────彼女の様子が少しだけ、変わった。

    「それで、その、なんですが、実は私、写真を撮られる経験が、あまりなくて」
    「えっ」
    「……だから、本番の前に特訓をしておきたいなあ、と」

     もじもじと指を揉みながら、クロノは恥ずかしげに言葉を紡いでいく。
     ……なるほど、レースそのものよりも、そちらの方が心配というわけか。

    「ぷっ」
    「いっ、今笑いましたか!?」
    「ふふ、ごっ、ごめんごめん……! うん、わかった、その特訓に俺も付き合わさせてよ」

     込み上げる笑いを何とか抑えながら、顔を赤くするクロノにそう答える。
     彼女は、俺が思っている以上に、大物なのかもしれないな。

  • 3二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:26:18

    「あの、カメラでしたら、私のをお貸ししますけど?」
    「今回はあくまで練習だし、スマホのカメラで十分だよ」

     トレーナー室の机などを端に寄せて、ちょっとした撮影会場を作りながらそう話す。
     クロノのカメラは確かに高品質のものだが、この練習に使うには過剰な性能だろう。
     まあ、正直なところ、あまりにもガチな代物過ぎて、扱うにはちょっと怖いというのもある。
     
    「それじゃあ、そこらへんに立ってもらって、ここがパドックだと思って」
    「はっ、はい」

     俺の指示に、クロノは慌てた様子で広げた場所の中央に立つ。
     そして何故か、ぴしりと直立不動の姿勢で、ガチガチに固まってしまった。
     ……うん、これは事前に練習をしておいて良かったのかもしれない。

    「……クロノー?」
    「ひゃっ、ひゃい!? あっ、えっと、その、そうだ! アピールを……っ!」

     パドックでウマ娘はこうしなくてはいけない、という決まりは特にない。
     自身の調子の良さを示してみたり、見に来てくれる人達にファンサービスをしたりと人それぞれだ。
     だから必ずしもアピールをしなくてはいけないというわけではない、のだが。
     クロノはその場でわたわたと右往左往すると、無理矢理作ったような笑顔を浮かべて、両手でピースを作った。

    「いっ、いえーい」
    「……」

     パシャ、とスマホのシャッター音が響き渡る。
     動画にしておけば良かったなと思いながら画面を確認しようとすると、すごい勢いでクロノが迫って来た。

  • 4二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:26:35

    「トッ、トレーナーさん! 今のは無しで! 消してください! 今すぐに!」
    「えー、でも可愛かったと思うけどな」
    「かわ……!? そっ、それなら…………やっ、やっぱりダメですーっ!」

     涙目でクロノから懇願されて、俺は泣く泣く画像を削除した。
     個人的にはとても良かったと思うけれど、本人としてはダメだったのだろう。
     いくら歴史を刻むといっても、黒歴史を刻み込んでしまっては仕方がない。
     真っ赤に染まった頬を両手で隠している彼女に対して、俺はアドバイスを伝えることにした。

    「とりあえず、誰か近しい人の真似をしてみるのはどうかな?」
    「近しい人、ですか?」
    「うん、本番もそのままってわけにはいかないけど、まずは慣れということでさ」
    「なるほど……本人に見せるわけではありませんし、思い付きでやるよりも良いかもしれません」
    「そういうこと、それじゃ早速…………3、2、1、はいどうぞ!」
    「ええ!? そっ、そんな急に……!? 誰かの、真似、真似といえば……!」

     突然のフリに動揺を隠せないクロノ。
     しかし、それでも何とか思考を巡らせて、スマホのカメラに視線を向けながら笑顔を作る。
     その笑顔は、やはり引きつっていたのだけれども。

    「おっ、おはマイルです! あなたに花束を! らぶみー、らぶゆー!」
    「……」
    「…………トレーナーさん、後生ですから、写真はまた削除していただけませんか?」
    「ん、ああ、大丈夫大丈夫、写真は撮ってないから」
    「……ほっ」

     安堵のため息をつくクロノ。
     俺はそんな彼女を微笑ましく眺めつつ、録画の停止ボタンを押した。

  • 5二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:26:50

     その後も練習は続いたが、どうにも上手く行かない。
     というよりも、クロノの納得するような振る舞いが出来ない、と言った方が正しいのだろうか。
     少し疲れたのか、精神的なダメージが大きいのか、彼女はがっくりと項垂れながら椅子に座っている。
     俺は容量がパンパンになりかけているスマホを一旦仕舞って、隣へと腰掛けた。

    「まあライブはしっかり出来るんだし、パドックやレースの振る舞いなんてそれなりで良いと思うけど」
    「……それじゃあ、ダメなんです」

     クロノは、思いつめたような表情でぽそりと呟いた。
     ぎゅっと悔しそうに拳を握りしめて、小さく震わせながら。

    「私は、レース場でたくさんのレースを見て、たくさんの写真を撮ってきました」
    「うん、それは俺も知ってる」
    「そこには、後々でも語り継がれるような、歴史に残るレースもありました」

     契約してからというのも、俺はクロノと毎週のようにレース場へ通っている。
     彼女の趣味に付き合うことは、俺のトレーナーとしての見識を深めることにも繋がっていた。
     そしてそこには、レースの最高峰であるG1も含まれ、俺達の目に、脳に焼き付いて離れないレースもあった。
     クロノは顔を上げて、真っ直ぐな視線をこちらへと向ける。
     その瞳には、熱く燃えるような憧れが灯っていた。

    「その時の写真は、今見ても、心が震えるほどに輝いて見えます、パドックでも、発走直前でも」
    「……そっか」
    「だから私も、そんなウマ娘でありたいと、思っているのですけど」

     そう上手くはいきませんね、そう言ってクロノは困ったような笑顔を浮かべる。
     なるほど、どうしてここまでこだわるのか、納得は出来た。
     レースそのもの以外にも目を向けて、しっかりと記録し、分析する彼女だからこその視点。
     それ故に────少し、考え過ぎているのかもしれない。

  • 6二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:27:02

    「順番が、逆なんじゃないかな」
    「……順番が逆、ですか?」
    「うん、歴史に名を残すウマ娘達も、パドックから伝説を残したいと思ってはいなかったはずだよ」

     パドックはレースにおいて大事な要素ではあるが、パドックはパドック。
     そこでの振る舞いに全力を注ぎこむようなウマ娘など、いるわけもない。
     では何故、彼女の目には、その姿が輝いて見えていたのか。

    「彼女達が輝くようなレースをしてきたからこそ────キミにも輝いて見えたんじゃないかな?」
    「……っ」

     クロノは言葉を詰まらせて、目を大きく見開いた。
     評判とは、後から付いて来るもの。
     パドックでの振る舞いを疎かにして良いわけではないが、まずはその走りで示さねば意味がない。
     そして俺は、彼女の走りであれば、間違いなく歴史に名を残せると信じている。
     
    「だからさ、出来るだけ自然体で、ファンからの声に応えられればそれで良いと思う」

     そう言いながら、俺はクロノにスマホのカメラを向ける。
     そしてきっと、これからたくさんの人から何度も、彼女へと向けられるであろう言葉を伝えた。

    「頑張れ、クロノ」
    「……はい」

     クロノは少しだけはにかみながらも、柔らかな微笑みを浮かべる。
     それは、今日一日で一番素敵だと思える、彼女の笑顔。
     パシャリと、スマホのシャッター音が響いた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:27:17

     メイクデビュー、当日。
     俺はあえて、一般のお客さんと同じ位置から、パドックを眺めていた。
     勿論、担当トレーナーの立場であれば、裏からその姿を見守ることも出来る。
     けれど、最初のこの日だけは、いつもクロノが写真を撮る場所から、彼女の姿を収めてあげたかった。
     だから今日は、使い方をしっかりと叩き込んだ彼女のカメラを担いで、ここに立っているのである。

    「さて、そろそろだけど」

     クロノの調子は、まさしく絶好調。
     油断は出来ないけれど、実力さえ発揮出来れば間違いなく勝ち負けにはなるだろう。
     後はパドックで緊張し過ぎなければ良いのだけれども。
     少しばかりの不安を抱えていると、周囲からにわかに沸き始める。
     視線を向けると、丁度パドックにウマ娘達が現れるところであった。
     メイクデビューだけあって、皆、初出走のウマ娘。
     緊張でガチガチになってる子、どこかビクビクしている子、陽気に手を振り返す子。
     それぞれ様々な反応を示す中、クロノとはいうと────。

    「んー……?」

     彼女は俯きがちに口元へ手を当て、真剣な表情で何かを考えている様子だった。
     時折、何かを呟くように唇を動かして、深い集中状態にあるかのようにも見える。
     ……しかし、それが誤りであることが、俺にはわかる。
     いや、集中していることは間違いないのだが。

  • 8二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:27:39

    「…………またレースの予想について考え込んでるな」

     あれは、レース場でクロノが良くする振る舞いであった。
     まるで周囲の状態に反応を示さない彼女に、他のウマ娘や観客が騒めいていく。
     やがて、おもむろに顔を上げた彼女は、びくりと身体を跳ねさせながら我に返る。
     そして少し顔を赤らめながら、慌てて頭を下げ始めた。

    「まっ、あの様子なら心配はいらないかな」

     これもまた、彼女の自然体といえるだろう。
     俺は苦笑いを浮かべながら、パシャリと、彼女の姿をカメラに収めるのであった。

     ────頑張れ、クロノ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:28:02

    お わ り
    クロノのパドックかわいいよね・・・

  • 10二次元好きの匿名さん25/03/20(木) 22:37:54

    すき
    あのわたわたする感じいいよね……

  • 11125/03/21(金) 06:36:28

    >>10

    いいよね…

  • 12二次元好きの匿名さん25/03/21(金) 07:15:21

    トレーナー
    おはマイルとあなたに花束をとらぶみーらぶゆーするクロノジェネシスの映像をバッグから出しなよ

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