- 1◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:41:45
街はすっかり静まりかえっていた。
夜の底を、柔らかな風が撫でていく。
月は雲に隠れたり、顔を出したりしながら、静かな夜の帳をゆらゆらと遊んでいた。
俺は部屋でひとり、論文を読んでいた。
海外から取り寄せたばかりで、中々厄介な代物だった。
時折ぱらり、とページを捲る音だけが眠った空間に静かに響く。
と、気配に気づいた。
窓辺に、誰かがいる。
細長い女性的なシルエットは、まるで猫のようで。
腰まで届くような栗毛の髪でさえ、今は黒く染まっている。
カーテンの奥、闇に溶け込むようにして、ただこちらを見据えている。
身じろぎもせず、しかし逃げる様子もない。
不思議と怖さは無かった。
ミスターシービー。
その瞳は、満月の色をしていた。 - 2◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:42:24
「……どうしてここに?」
「んー、月が綺麗だから、かな?」
「それ、答えになってる?」
「キミこそ、こんな時間まで仕事してるの?」
そう言って、机上の紙束を摘み上げる。
いつのまにか彼女は俺のすぐそばまでやってきていた。
難解な英語で書かれたその文章を、彼女が理解できているのかはわからない。
つまらなそうに一瞥をくれるその姿さえ、どこか神々しかった。
ぱさり、と気の抜けた音がして、彼女はそのままデスクに腰掛ける。
手が届くほどの距離で、俺たちは向き合う形になる。
思えばこうやってシービーと話すのは初めてかもしれない。
「これ読んでるくらいならさ、アタシと遊ばない?」
そう言って、彼女は手を伸ばしてきた。
そのままつつり、と俺の胸元をなぞる。
細く白い指が、微かなくすぐったさが、妙に艶かしい。 - 3◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:43:45
獲物を品定めするように指が伝っていき、——そっと俺の手に触れる。
その指先は、ひんやりとして、それでいてじわりと熱を帯びていた。
彼女は掴んだ俺の手を胸元まで持っていく。
そして。
軽く、噛んだ。
指先を甘い衝撃が走る。
痛みではない。
むしろくすぐったさが残るだけ。
ぞわり、と全身の毛が逆立ったのは微かな寒さ故か、それとも。
「…汚いよ」
俺は震える声でなんとかそう絞り出した。
「ふふっ、そんなことないけどね」
彼女はすぐに俺の手を離し、微笑んだ。
唇が、闇の中でわずかに濡れて光る。
艶やかな照らつきに、魅入ってしまう。 - 4◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:43:58
——わからない。
俺の知っている彼女はこんなことなどしないはずだ。
戸惑いを誤魔化すように口を開く。
「…結局何しにきたの?」
「なんだろうね」
「そういう気分?」
「そうかな」
「甘えたかったの?」
「かもね」
シービーは楽しげに笑っている。
まだまだ遊び足りない猫のように。 - 5◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:44:26
呆れた様子の俺に、彼女はひとつ瞬きをして、すっと身を寄せた。
逃げようとする気すら起きなかった。
するり、滑らかな尻尾に、俺の足はからめ取られる。
彼女は微笑む。
「ふふっ、猫だね、キミも」
「…俺が?」
「うん。昼間はお行儀がいいのに、夜になると、ちょっとだけ獰猛になる」
「…俺は、シービーみたいに自由じゃないよ」
「ふうん」
彼女の目が細められる。
鋭く尖った月が夜の闇に溶けていく。
「…ま、そーゆーことにしてあげる」
視線が絡む。
その銀の瞳に全てを見透かされているようで、耐えきれず俺は目を逸らした。
「…まぁ、シービーが楽しいなら良いんだけどさ」 - 6◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:44:49
胸の内に芽生えた、その僅かばかりの反抗心が、間違いだったのだろう。
「へぇ、良いの?」
衣擦れの音とともに視界が暗くなる。
気づけば彼女は俺の膝へと乗りかかろうとしていた。
彼女の手が俺の肩を押さえ、二人分の体重に椅子が軋む。
長い髪が俺の肩をすべり、官能的な甘い香りが強く鼻腔をくすぐる。
呼吸が荒くなる。
自然と腕が伸びていた。
掴まえようとすれば、するりと逃げてしまうだろう。
だというのに。
もはや互いの鼓動が聞こえそうなほどの距離で、俺たちは見つめ合っている。
近づいているのは彼女の方なのか、それとも俺の方なのか。
もうすぐでふたつの吐息は混じり合う。
思考が、沈んで、蕩けて、犯されていく。
「ねぇ、アタシを——」 - 7◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:45:41
そこで、闇は途切れた。
目を覚ますと、俺はデスクに突っ伏していた。
壁に掛けた時計はちょうど二時半を指している。
読みかけの論文は、先ほどと同じページで止まっていた。
どうやらそのまま寝落ちしてしまっていたらしい。
側に人の影はなく、窓は全て閉めきられていた。
全てが嘘だったかのように、あたりは静寂に包まれていた。
全身を生ぬるい汗と妙な倦怠感が支配している。
寝起きにも関わらず依然頭は冴えている。
耳元で響く微かな鳴き声も、指に刻まれた鋭い牙の余韻も、眼前へ迫る色濃い匂いも、俺は何もかも覚えている。 - 8◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:45:56
では一体、あれはなんだったのだろうか。
それ以上に思考を進めようとすると胸が痛くなる。
動悸と頭痛で、おかしくなってしまいそうになる。
あの満月のせいだろう。
きっとそうに違いない。
そう自分を納得させて、顎下にべっとりと粘ついた汗を拭った。
もう夜も遅い。
眠らなくては。
俺はデスクの電灯を消した。 - 9◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:48:08
翌朝、トレセン学園。
あの後俺は一睡もすることが出来なかった。
おまけに汗をかいたまま寝てしまったせいか、どうにも熱っぽい。
今日も片付けなければならない仕事が山ほどあるのだが。
ため息をついていると、突然頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「よっと。おはよ、トレーナー」
「うわっ⁉︎」
「あははっ、びっくりした?」
仰け反る俺を彼女はくすくすと笑っている。
シービーの目はいつも通り碧のままだった。
「…ってどうかしたの?キミ顔赤いよ?」
心配そうに覗き込む彼女に、俺は言葉を詰まらせる。
まさか「シービーとの夢を見てしまって眠れなかった」などとはとても言えない。
昨夜の光景が脳裏に浮かんでくるようで、さらに頬が熱くなる。 - 10◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:48:20
「い、いや、なんでもないよ。ちょっと体調が悪くてね」
「ふうん、そっか」
「う、うん。今日は少し休ませてもらうことにするよ」
「お大事にね。夜遅くまで仕事なんかしてちゃダメだよ?」
彼女は軽くキスを投げ、微笑んだ。
口端にちろり、と鮮紅の舌が見えた気がした。 - 11◆GfmocIZ7xY25/03/27(木) 22:51:50
前作に続いてシービーSSです!
シービー本当に猫っぽいよねということで書かせていただきました
最近花粉症がきついですね
皆さんも気をつけてください
前作SSもどうぞ
どうか見てやってくださるととても嬉しいです
桜が綺麗な理由【SS注意】|あにまん掲示板ふと嵐が吹いた。歩み続ける俺の隣を、一息に疾風が追い越していく。光の速さで駆け抜けゆく衝動。この風もまた、どこかへと消え去ってしまうのだろう。ばさり、と前髪が瞼を撫で、その眩しさに俺は目を瞑る。眼下に…bbs.animanch.com - 12二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 22:53:59
CBならこういう事やる
甘い世界でほんと良かった
ありがと - 13二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 22:56:06
猫っぽいシービー助かる
いい雰囲気だった - 14二次元好きの匿名さん25/03/27(木) 23:34:19
結局夢なのか現実なのかはわからないけどシービーならやりそう(偏見)
もっとイチャイチャしろ - 15二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 00:30:25
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- 16◆GfmocIZ7xY25/03/28(金) 02:57:42
- 17◆GfmocIZ7xY25/03/28(金) 11:45:13
一度だけ保守を…
- 18二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 19:19:00
幻想的な雰囲気がいいですね
- 19二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 19:55:58
“理”を越えた“夢”を信じさせてくれるロマンティックな一本でした シービーは夢路を通って逢いに来たのかも知れませんね
- 20二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 21:51:47
最後やっぱりあれ現実だよね?
攻め攻めなシービー可愛い
あと実は夢現のことむげんって読んでた(小声) - 21◆GfmocIZ7xY25/03/28(金) 23:19:48