- 1※モブ多め25/03/28(金) 01:55:21
「シリウスシンボリってさー、怖くない?」
「分かる。態度も偉そうだし、この前だってガラが悪そうな娘たちを引き連れてたし⋯」
「⋯⋯」
シリウスシンボリは校舎の裏から聞こえてきた噂話に耳を向けた。最近は新学期にともなう見回り強化月間のためシンボリルドルフ率いる生徒会が校内を練り歩いている。そのため昼休みは校舎の外でやりすごそうと出てきて聞こえたのが、先の会話である。
シリウスはひとつ大きく息を吐いて、斜め上に目をやった。
実にくだらない。麗らかな陽気に誘われた小鳥は姦しいものだ。しかし、そのおしゃべりなくちばしで自分の後輩たちのことまでさえずるなら話は別である。
──所詮、小鳥は小鳥。狼が目の前を歩けば口を閉ざすだろう。
そうしてシリウスがのっそり彼女たちの前に身体を現そうとした時だった。
「オー! シリウスさんは怖くありまセーン! 彼女、ベリベリ良いヒト! ワタシ教えてあげマース!」
シリウスは音速で身体を引っ込めた。
立てばサモエド座ればコリー、歩く姿はレトリーバー。
この世全ての負の感情をハグで収められるタイキシャトルが、噂話をしていた二人に飛びついたのである。 - 2※モブ多め25/03/28(金) 01:55:39
「えっ、タイキシャトルさん!?」
「わ、私たちもう行くね⋯⋯」
「ノー! 今のアナタ方、シリウスさんに対してアンノウンなこと、いっぱいあると思いマース! それはとても寂しいことデス。ソー、ワタシ、シリウスさんの素敵なトコロ伝えタイ! ヒアウィー、ゴー!!」
──何がヒアウィーゴーだ退け退け退け!!!
シリウスは後世の研究家が自国の戦史を見ている時のように心中で叫んだが、あいにくここにエスパーはいなかった。
エスパーはいなかったがネオユニヴァースはいたので、
「⋯⋯ネガティブ。“ インタラクト”は、''ftf''を『おすすめ』。でも、これは──ふふ、''prog''、だね。ネオユニヴァースは、『スイングバイ』に、期待するよ」
と、タイキに引きずられるウマ娘たちとそれを追いかけるシリウスに小さく手を振ったのであった。 - 3※モブ多め25/03/28(金) 01:56:03
「着きました! タノモーー!!!」
「あの、ここって⋯⋯」
シリウスは姿を現すタイミングを完璧に逃していた。というか、二人のウマ娘を抱えるようにして校内を爆走するタイキに話しかけようという気が起きない。
シリウスは爆弾低気圧を抱えているような顔で汗を拭う。
ズケズケと彼女らが入っていくのはシリウスの後輩がたまり場にしている空き教室のひとつである。校舎の端に位置していて前を通る者もそうそういないのを幸いに、シリウスは扉の外から中の様子を伺うことにした。
「あ゛? タイキじゃねーか」
「ひっ⋯!」
小鳥が息を飲むのが聞こえる。無理もない。
学園内のほとんどのウマ娘の例に漏れずタイキより小柄なウマ娘たちだが、彼女たちの前に現れたウマ娘はそのタイキが見上げるほどの長身なのだ。サイドから後頭部まで豹柄に刈り上げていて、高い位置で結い上げた髪にはウェーブがかかっている。耳にも唇にもシルバーのピアスをしていて、シンボリルドルフとは違った意味で天を貫くような威圧感があった。
「ハーイ! トゥデイ、シリウスさんのいいところ勉強パーティしたいのデース!」
「⋯⋯オモシレーことやってんな。いいぜ、時間とってやる」
彼女の言葉にその他の取り巻きたちがヒューウ!と口笛を吹いて囃したてる。
シリウスはもうどうにでもなーれ、と思いながらドアの前で崩れるように座り込んだ。爆弾低気圧が『よっ、兄弟。俺たち仲良くやって行けそうじゃねーか』と肩を叩いてきた時のような顔をしていた。 - 4※モブ多め25/03/28(金) 01:56:22
「──というワケで、困っていたこの娘にヘルプの手を差し伸べたのがシリウスさんだったのデース!」
「⋯⋯照れるぜ」
刈り上げのウマ娘は指で鼻を擦った。
連れてこられた二人は手が痛くなるくらい拍手をしていた。それほどに、彼女の話は感動するものだった。
身一つで海外からこのトレセン学園に入学したはいいものの、言語も習慣も違う環境で遅れていく授業やトレーニング。
そんな中、シリウスは選択を迫った。
そしてその手を取った彼女は、四六時中シリウスの取り巻きにもみくちゃにされた。いつでも誰か一人は彼女のそばにいて、絶えず話しかけた。
上手く喋れないことがコンプレックスで次第に誰とも話さなくなっていた彼女は、しかし奮起して拙い日本語を駆使し、会話に努めた。誰も対話を諦めなかった。
男勝りな口調は、彼女の努力と周囲の心尽くしの結晶なのだ。
いつか彼女は、取り巻きにどうしてここまでしてくれるのか聞いた。
「そりゃ、アタシたちだってアンタと似たようなモンだし」
国籍が同じでも、言語が同じでも、孤独から逃げられなかった。そんな仲間が、大勢いた。
「それに、アンタに誰かくっついてずーーーっと話しかけてろってのは、シリウス先輩が言ったんだ。絶対日本語上手くなるからって。──やっぱあの人の言った通りだったぜ!」
そんなこともあったなあ、と周りに座る取り巻きたちは笑った。きっと彼女たちにも様々な背景があるのだろう。けれど、それを感じさせないような、夏の空のような大きな笑い声だった。 - 5※モブ多め25/03/28(金) 01:56:43
そんな話を聞きながら、タイキシャトルもウンウンと頷いていた。
「シリウスさんは世話焼きな人デース。それに、アニマルも大好き!」
「そうなんですか?」
「ハイ! ワタシ、彼女がパピーちゃん可愛がってるのよーく知ってマース!」
その瞬間、タイキシャトルと連れてこられた二人以外の全員がバッと顔を背けた。彼女の称する''子犬''の正体を知っている者たちである。
「ワタシ、実家のアメリカに大好きなドッグいマス。とってもグッドドッグ。でも今はファミリーの送ってくれるピクチャーしか見れまセン⋯」
しょも、とタイキシャトルは耳を折る。
「けれど! ワンデイ、ワタシ、シリウスさんが『パピーちゃん』を褒めるの聞こえマシた! 駆けつけたけれどどこにもパピーちゃんはいなくって⋯。シリウスさんに聞いたら、良い子だけど恥ずかしがり屋だそうデス! いっつも尻尾を振ってくるらしいので、ワタシの実家のドッグみたいにペロペロしたりするんですカ?って聞いたら、何故か隣にいたシリウスさんのトレーナーさんが顔をレッドに──」
「──お喋りがすぎる子犬がいるようだな?」 - 6※モブ多め25/03/28(金) 01:56:59
圧。
シリウスの取り巻きと連れてこられた二人は、地獄の底から手を伸ばすような声に背筋を伸ばし、一切の音を殺した。あまりの恐怖に、なんなら心音まで止めたかった。
「オー! シリウスさん!グッドタイミング!!!」
頼むから黙ってくれ。
ここに来て初めて二人と取り巻きたちの意見が一致した。
「ああ、グッドタイミングだ。私もちょうど用があったんでな。タイキ、付き合ってくれるか?」
「イエース! お手伝いならドンとウェルカム! がんばったら今日こそパピーちゃん、合わせてくれマスか?」
「それはお前の頑張り次第だな」
そして二人は去っていった。
残されたウマ娘たちは偉大なマイラーのために十字を切った。
通りすがりのネオユニヴァースが、
「──''EDG''」
と呟いて、軽やかに去っていった。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 01:58:01
おしまい
今回のシャッフルは犬繋がりでやりやすかった - 8二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 02:19:19
乙!面白かった!
通りすがりにネオユニを出せるのエミュ難易度的な意味ですごい - 9二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 02:59:46
こんな取り巻きもいるんだろうな⋯と思えて良かった
- 10二次元好きの匿名さん25/03/28(金) 07:51:59
そういえば世界への挑戦という意味でも共通点があるんだな