【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」Part2

  • 1125/03/29(土) 11:03:44

    コユキが元いた時間へ帰ろうとする話。


    折り返し地点ぐらいだと思いますので、もう少しだけお付き合いください。

    ※独自設定、独自解釈多数のため要注意。前回のPartは>>2にて。

  • 2125/03/29(土) 11:04:01

    ■前回のあらすじ

     不思議な時計『ポータルウォッチ』を手に入れた黒崎コユキ。

     うっかり二年前の世界へ飛べてしまったコユキの前にいたのは、一年生の調月リオだった。

     しかも、その頃のリオはウタハやチヒロ、ヒマリたちと共にエンジニア部を立ち上げていたようで……?


    【SS】コユキ「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」|あにまん掲示板「コユキ、今すぐ手伝ってくれる?」「うぇ!? ちょ、ちょっと着替えてるんで待ってください!」 突然叩かれた反省室へのノック音に私は思わず身を竦ませた。 反省室から出られるなんてミレニアムに入学して来て…bbs.animanch.com
  • 3125/03/29(土) 11:05:31

    埋め

  • 4125/03/29(土) 11:07:27

    10まで埋め

  • 5125/03/29(土) 11:08:48

    埋め

  • 6125/03/29(土) 11:12:20

    連続投稿ぉ……

  • 7125/03/29(土) 11:12:39

    埋め

  • 8125/03/29(土) 11:15:20

    10まで埋め

  • 9125/03/29(土) 11:15:48

    これ同じ文章だと連続投稿で弾かれるのか……?

  • 10125/03/29(土) 11:16:13

    夜ぐらいから再開!

  • 11二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 16:12:33

    エンジニア部はどうしてバラバラになってしまったのか…もしかしてコユキのせいだったりしないよね?

  • 12125/03/29(土) 18:17:13

     ミレニアムにおける部費の支給には、大きく分けて2パターンが存在する。

     ひとつが毎月20日までに領収書を提出することで月末に一括で支給されるケースだ。
     最も一般的なケースでもあり、領収書さえ忘れなければ部活動ごとに割り当てられた費用の範囲の中で自動的に指定の口座へ振り込まれる。

     そしてもうひとつが、事前に申請を行うことで当月の部費を前もって支給してもらうケース。
     こちらは使途についてあらかじめセミナーに報告する必要があり、領収書を受け取った時点で事前に行った申請と紐づけるための申請を別途上げなくてはいけない。

     前者と比べて手間が掛かるため利用している生徒はそう多くは無いものの、生徒個人の資金を超えた資材の手配などを行う際にはしぶしぶ使わざるを得ないといった見方が為されている。

     いずれにしても当然のことながら、支給される部費の限度額は一か月に支給される部費までだ。部費の前借りなんてことは出来ない。

     ――そう、セミナーの許可という特例が無ければ。

  • 13125/03/29(土) 18:17:35

    「セミナーの会長はね、良く言えばそう言った特例を出してはくれる人なんだよ」

     作業を一時切り上げたウタハ先輩は、地べたに座りながら頬に付いたグリースを拭った。

     私はチヒロ先輩の学生証を使って自分が食べる分のハンバーガーを注文しながら相槌を打つ。

    「それで、先輩たちは三か月分の部費を前借りしたんですか?」
    「いいや、三か月分じゃない。半年分さ」
    「半年分も!?」

     思わず声を上げると、ウタハ先輩は肩を竦めた。

    「仕方なかったんだよ。倉庫二つ分の借り上げに、開発費用、機材やら資材やらの費用でどうしても最初だけは前借りしてでも掻き集める必要があったんだ」
    「ええ、お金を作るためのお金とでも言えばよろしいでしょうか。なので、借りさえ出来ればどうとでもなったのですよ」

     リクライニングの上からヒマリ先輩が補足すると、ウタハ先輩もそれに続いた。

    「ただ、彼女から特例を貰うのに足元見られてね……」
    「足元?」

  • 14125/03/29(土) 18:17:52

     どさり、と音がして振り向くと、そこには死んだ顔のチヒロ先輩が雑に置かれたソファに飛び込んでいた。

    「何が『認めて欲しいんだぁ? だったら、出すもの出さなきゃねぇ?』だ……。思い出しただけで腹が立つ……」
    「何取られたんですか……?」
    「ドロイドの製造方法に関する発明」
    「発明?」

     発明を取られる、という言葉を直感的に掴み損ねて聞き返すと、ウタハ先輩が口を開いた。

    「特許っていうのはつまるところ発明を守るものだ。それじゃあ発明とは何か。これは全部で3つのカテゴリーから成り立つ。一つ目が物の発明、二つ目が方法の発明、三つ目が物の生産の発明」

     ウタハ先輩が指を三本立てる。それからちらりと作業中のリオ会長へと目を向けた。

    「私たちが取られたのは三つ目、リオが発明した『より簡単により安くドロイドを生産する方法』についての改良発明でね。いまミレニアムに配備されている警備用ドロイドはその発明を使って作られたものなんだ」
    「それ……、もしかしてめちゃくちゃすごい発明です?」

     ミレニアムの治安維持組織として挙げられるセミナー保安部だが、他校に比べてその規模は圧倒的に少ない。
     理由は簡単だ。代わりに警備用のドローンやドロイドがいるからに他ならない。

     数だって数百ではとどまらず数千は配置されているはずだ。
     その全てが特許料として懐に入ってくるのであれば、いまごろ億万長者に違いない。

     そしてその考えは正しかったようで、チヒロ先輩がソファに顔を埋めたまま唸った。

    「多分最初から目を付けられてたんだ……。何処で知ったのかなんて知らないけど『今までセミナーが出したこともない特例を出すぐらいの実績、もうあるんじゃないのぉ?』とか言われて……くっ!!」

  • 15125/03/29(土) 19:06:55

     やり込められたことが余程悔しかったのか、チヒロ先輩はぼすぼすとソファを叩く。
     その様子を見て、ウタハ先輩が呆れたように声を漏らした。

    「でもチヒロだってあの特許を認めさせてやり返しただろう?」
    「え、特許で人を殴ったり出来ましたっけ? 何を出願したんです?」

     当然の疑問を浮かべると、チヒロ先輩は「あぁ」と疲弊した表情に暗い笑みを浮かべた。

    「ブラウザフィンガープリントを利用した新機軸のWEBトラッカーと動画の再生でひとつ。それを防ぐためのアドオンブロッカーで合計ふたつ……」
    「つまり……どういうことです?」

     私の疑問に答えてくれたのは、のそのそと疲労感を漂わせながらこちらにやってきたリオ会長だった。

    「パソコンとかで出てくるWEB広告をより消し辛くしたうえで音も出るようにする特許よ」
    「……………………お前かぁ!!」

     私は叫びながらチヒロ先輩の胸倉に掴んだ。

    「あのやけに消し辛くて邪魔な広告、チヒロ先輩が作ったんですか!? あのウィルスみたいなやつの!?」
    「あはは! 既存のトラッカーの改良版だからちゃんと合法だよ。あれを認めざるを得なかったセミナーと言ったら見物だったね」
    「こ、殺さなきゃ……過去に戻って殺さなきゃ……!!」
    「無駄だよ。一度生まれたものはいずれ生まれるんだ……。私はちょっと時計の針を進めただけだよ」

     二年後はホワイトハッカーとしてミレニアムの中でも常識的な人だったはずなのに。
     そういう人も『昔はやんちゃしてた』とか、このチヒロ先輩もそういう感じだと思っていたのに出て来たのは法で裁けない悪だった。

  • 16125/03/29(土) 19:07:10

    「外道めぇ!!」
    「あはははは! 邪魔なら広告代理店が出してるアドオンブロッカーを使えばいいじゃない!」
    「マッチポンプ商法じゃないですかそれ!?」

     ぶんぶんとチヒロ先輩を振るも壊れた笑い声が出て来るばかりで、その精神は完全にダークサイドへと落ちてしまっている。
     そうしていると、仕切り直すように口を開いたのはリオ会長だった。

    「それよりも考えなくてはいけないのが資金問題よ」
    「あ、そうでした……」

     チヒロ先輩の胸倉から手を放して座り直すと、ヒマリ先輩は頭を抱えるように目を瞑る。

    「既に部費を前借りという特例を使ってしまっている以上、ここから『タイムワインダー』の建設費を捻出することは不可能です」
    「だったらセミナーからこっそり貰っちゃうのはどうです?」
    「出来てもバレるから却下。完成前にエンジニア部が無くなる」

     チヒロ先輩がすげなく言い放ち、私は肩を落とした。
     ウタハ先輩は額をぽりぽりと掻きながらぽつりと言った。

    「一応だけど、皆すぐに通ってお金に変えられそうな開発は無いんだろう?」
    「無いですね」
    「無いわ」

     リオ会長とヒマリ先輩が即答する。けれどもチヒロ先輩は何か考え込むように顎へ手をやっていた。

  • 17125/03/29(土) 19:07:37

    「……エニグマ」

     その言葉に首を傾げる一同。
     だが私は知っている。確かチヒロ先輩が作っている暗号なんちゃらなんちゃらだ。

     そんなことを思い出していると、ふとチヒロ先輩が私を見た。

    「ねぇコユキ。セミナーからこっそり貰うって言ってたけど、どうやってやるつもり?」
    「どうやってって……」

     思い出すのはオデュッセイア海洋高等学校の不良集団が運営していたゴールデンフリース号でのこと。
     セミナー名義で大量の債権を発行させてミレニアムに多額の借金を負わせたことである。

     そのことを伝えると、チヒロ先輩は引き気味に頬を歪めた。

    「やってるね……」
    「チヒロ先輩には言われたくありません!!」

     結局あれに関してはアスナ先輩がSランクを取ったこととC&Cが私を拉致して行ったことで、戦闘行為で生じた被害以外は全部うやむやになって終わったのだ。
     間違ってもチヒロ先輩みたいに後世に名を残すような大罪は犯していないと主張したい。

     しかし、件の大罪人はもっと悪いプランを思いついたようでニヤリと笑みを浮かべた。

  • 18125/03/29(土) 19:07:50

    「……部活動同士での襲撃は事前に保安部へ通達さえすれば容認される。するような会長なんだよ」
    「チヒロ先輩……?」
    「そしてこっちには最強の『万能鍵』がある」
    「ま、まさか……」

     震える声で私が問うと、チヒロ先輩は眼鏡をくいと掛け直した。

    「セミナーに電子戦を挑んでセミナーの資金を奪取する。あの会長なら認めるはず。そして奪取した資金を元に現セミナーと交渉して、セキュリティの脆弱性を論じながらエニグマを売り捌く」

     ふふふふふ……と地の奥底から響く笑い声を上げるチヒロ先輩に、私を含めた全員が唖然とした。

     そして分かったことがひとつだけ。
     チヒロ先輩だけは絶対に、絶対に敵に回してはいけないということだった。

    -----

  • 19二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 20:12:10

    チヒロお前……お前……!!

  • 20二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 21:09:03

    そういえばコユキってやばい能力持ってるやつだった

  • 21二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 21:30:28

    電子戦という合法な債券発行で一体いくらすっぱ抜くつもりなんだろ

  • 22二次元好きの匿名さん25/03/29(土) 22:43:07

    一応保守

  • 23二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 02:16:01

    エンジニア部vsセミナーの戦いが今はじまる!

  • 24125/03/30(日) 08:52:40

    「ふっふっふ……妨害用に防御用、ああ、攻撃はコユキに任せるからそこまでいらないかな……」
    「なんかチヒロ先輩めちゃくちゃ怖いんですけど!?」

     セミナーとの電子対抗戦はいともたやすく受理され、それからチヒロ先輩は自前のパソコンで何かをずっと作り続けていた。怪しい笑みを浮かべながら。

     対抗戦には二つの条件が付けられた。

     一つ、セミナーおよびエンジニア部への攻撃はネットワークを経由したものに限られる。
     あくまでセミナーのセキュリティ検証という名目で行う以上、物理的な攻撃を禁じるというものだ。
     実際、これが許可されると保安部を送り込まれて一瞬で勝敗が付いてしまうため当然のルールである。

     二つ、各陣営の勝利条件は紙に書いて封緘し、勝利条件を満たした瞬間に接続を切って勝利宣言すること。
     ただしこれには、勝敗が決しても勝者が敗者に何かを請求することは出来ないという条件が付く。
     要は、勝とうが負けようがそこで終わり。重要なのは、勝敗が決するまでに相手と交渉できるカードを用意できなければ意味が無いというものである。

    「私たちはセミナーの何を押さえればいいんでしたっけ?」
    「セミナーの校庫管理システムの掌握よ」

     私の疑問にはリオ会長が答えてくれた。
     校庫管理システムを掌握し、エンジニア部へセミナーの資金をありったけ送金する。
     そのままお金持ち、だと思いきや、それは駄目らしい。

  • 25125/03/30(日) 08:53:36

    「ミレニアムが財政破綻したら私たちだって困るわ。だから奪った資金は全て返す前提なのだけれど、1億や2億程度じゃそこまで有利に運ぶことは難しいわね」
    「でも、管理者権限乗っ取っちゃえばすぐ送金できますよね?」
    「そう簡単には行かないね」

     チヒロ先輩が険しい顔をしながら口を挟む。

    「セミナーの会計は電子戦のプロで実戦経験も私より遥かに積んでる。ほら、会長権限で襲撃が許可されてるじゃないこの学校。最初は部活動同士ってルールすらなかったらしいよ。それで、ほとんどの部活が真っ先に狙ったのがセミナーだったんだけど……」
    「ぜ、全部返り討ちにしたんですか?」
    「噂ではね。その実績から会計になったって聞くし。だから管理システムもきっと属人化され切った凄い煩雑な仕様にしてるかも知れない」

     例えば管理者権限を複数に分けて、ひとつの権限で操作できる金額は5000万まで、とか。
     例えば一度に送金できる金額に上限を設けて一回につき1000万までしか動かせないとか。

    「だから正直、コユキがいなかったら絶対に勝てないし、コユキがいてもどれを乗っ取ればいいのかは自力で探すしかないんだよね……」
    「あれ、じゃあ全然楽勝じゃなかったりします?」
    「全然楽勝じゃないね」
    「えぇぇぇぇ……」

     いつもみたいにバッといってガッと取ってダッと逃げればそれで終わりかと思っていたが、全然違ったらしい。
     警報鳴らしてドローンで攻撃される心配も無いと高を括っていたらこれである。

  • 26125/03/30(日) 08:54:11

     それによく考えてみたらここにいるチヒロ先輩はまだ一年生なのだ。二年後のチヒロ先輩が強いことは知っているが、それと比べれば一年生のチヒロ先輩はまだそこまで強くない。

     そう思って眺めていると、電子戦に使うハードを整備していたウタハ先輩が口を開いた。

    「この戦いの肝は、いつ勝利宣言するかって部分だね」
    「え、こっちはお金を取れば勝ちなんですから……」
    「それは終わった後の交渉用だろう? 『試合』の勝利条件なんて簡単でいいんだ。勝利宣言はあくまで試合を強制中断させるためのものだからね」

     ウタハ先輩が言うには、エンジニア部もセミナーも、試合開始と同時にお互いが紙に書いた勝利条件を満たした状態から始まるとのことだった。
     ということはつまり、先ほどチヒロ先輩が予想した「送金上限」などに引っかかって一度で資金を取り切れず、またそのことが露見した瞬間に試合が終わる可能性だってあるということだ。

    「ってぇ!? めちゃくちゃ不利じゃないですか!!」
    「そうでもないさ。セミナーは電子戦に対して絶対の自信がある。だからたかが一度送金されたぐらいじゃ試合を辞めたりしないんじゃないかな」

     あるとすれば、こちらが管理者権限を乗っ取って送金するのと同じように、セミナーもこちらの管理者権限を乗っ取って奪われた資金を再送金させるというもの。
     そこからもしも泥仕合になったら、その時こそが試合の終了だろうとウタハ先輩は予想した。

  • 27125/03/30(日) 08:54:36

    「そういえばウタハ先輩、試合開始はいつなんです?」
    「今日の24時だね。明日の昼だったらヒマリも参戦出来ただろうけど……今回はお休みかな」
    「本当だったら超天才清楚系美少女ハッカーである私も参戦したかったのですが、チーちゃんにドクターストップを掛けられてしまいました……」

     よよよ、と泣く仕草をするヒマリ先輩だったが「まさか天才な上に病弱な美少女にもなってしまうなんて……」などと言っていたため別に落ち込んでいるわけではなさそうだった。

    「ですが、準備ならお手伝い出来ますからね。攪乱用のコードをいくつか用意しておきます」
    「それじゃあ、リオが防衛。チヒロで遊撃してコユキで攻撃の布陣だね。私とヒマリは一緒にみんなの応援だ」
    「ではメガホンで精いっぱい応援を……」
    「それはやめて」

     チヒロ先輩がそう言ったところで、それぞれが作業に戻っていく。
     そんなわけで、特にやることも無い私はぶらぶらと第二倉庫や第三倉庫をうろついたりして……気付けば時刻は23時になっていた。

  • 28二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 10:08:39

    ここ数日続いた規制がようやく消えてようやく書き込める……!
    前スレで知ったけど消えゆく世界の最終戦線とかの人だったの驚き
    頑張ってください

  • 29125/03/30(日) 12:12:57

    (流石に眠くなってきましたね……)

     眠気覚ましにエナジードリンクを買おうとして、ついでに小腹も満たそうと私はカフェテリアへ向かう。
     普段であればコンビニだろう。しかし今はチヒロ先輩の学生証で何でも買い放題なのだから値段なんて気にする必要はない。

     ミレニアムのカフェテリアには出店が許可された外部企業のレストラン以外に、無人販売の自販機も多く並んでいる。ラーメンの自販機にハンバーガーの自販機と種類も豊富で、中にはニーズがよく分からないブランド志向のお高いステーキなど本当に何でもある。

     そしてこんな時間にも関わらず、学生の姿もちらほらと見える。
     大方が昼夜逆転してしまった生徒だろう。眠そうに欠伸を堪えているのは徹夜漬けになっているのかも知れず、私は「大変ですねー皆さん」なんて呟いたりした。

     壁際に並んだ自販機の前まで行き、私は何を食べようかとぼんやり立つ。
     すると、ネル先輩と同じぐらいの背丈の生徒が私に気が付いて「もしかして……」を声を掛けて来た。

    「エンジニア部の人……だったり?」
    「えっ、あ、まぁ……」
    「やっぱり!」

     突然話しかけられて挙動不審になった私に、その生徒は胸の前でパン、と手を叩いた。

  • 30125/03/30(日) 12:13:15

     長い髪とカチューシャについた大きなリボンがふわりと揺れる。見覚えのない生徒だが、何やら興奮したように捲し立てた。

    「あのセミナーと戦うんでしょ! みんな応援してるからね! 絶対勝ってね!」
    「あ、あなたは……?」
    「っとと、ごめんごめん。僕はお料理研究部の部長なんだ! ……ええと?」
    「く、黒崎コユキです……」
    「コユキちゃんね! あのエンジニア部だったらセミナーに勝てるんじゃないかってみんな期待しててさ。僕もそのひとりなんだ!」
    「セミナーってそんなに恨まれてるんですか?」
    「特別好きって人は少ないかもねー。会長ってほら、実績ある部活の部費はガンガン上げてくれるけど実績ない部活の部費もガンガン下げるじゃん?」
    「はぁ……」

     お料理研究部の部長は立て板に水もかくやと言わんばかりに喋り続ける。
     正直あまり得意なタイプではなく、私は「それじゃあ……」と逃げ出そうとするも「せっかくだから奢らせてよ!」と回り込まれてしまった。

    「ねぇねぇ何食べる? ……ってごめんごめん。また、喋りすぎちゃったかな……?」

     たはは、と部長が頭を掻いた。

    「迷惑だったよね……。ごめん。興奮するとつい喋りすぎちゃって……よくそういうの間違えちゃうんだよね」

  • 31125/03/30(日) 12:13:40

     その気持ちは、少しだけ分かる。
     私も人付き合いが得意な方では決して無い。セミナーに入っていなかったらひとりぼっちのままだったかも知れないぐらいには。
     けれども、今はそうじゃない。ネル先輩に捕まった時、いつの日か言われた言葉があった。

    『別に取って食ったりするわけじゃねぇよ! 後輩は黙って先輩に奢られとけ。そういうもんだ』
    『しょうがないですね~! じゃあ奢られてあげます!』
    『どこから目線で言ってんだ馬鹿!』

     それからだったかもしれない。私がネル先輩を『先輩』と呼び始めたのは。

     そんなことを思い出して、私は小さく笑った。

    「にはは! しょうがないですね~! では期待のエンジニア部として代わりに私が奢られてあげましょう!」
    「ほんとに!? じゃあ何食べる!? これ好き? 僕は好き!」

     はしゃぐように自販機に駆け寄る部長は、その小柄な見た目も相まって中学生にしか見えなかった。
     それを眺めながら、私は密かに鼻を鳴らす。

    (私も、大人になったんですね~!)

     それから、私が奢ってもらったのはカップ麺とおにぎりだった。
     自販機から取り出してトレイに乗せ、部長と一緒に席へと着く。

  • 32125/03/30(日) 12:37:43

    「そういえば、部長さんは何でこんな時間に?」
    「夜型でね、目が冴えちゃったんだよ。で、何か食べようかなーって思って。あ、ちょっと待って!」

     相槌を打ちながらおにぎりを食べようとした私を止めて、部長は自分の鞄をごそごそと漁ると金属製の缶を取り出した。

    「それは?」

     私が聞くと、部長は胸を張って答える。

    「これは、お料理研で開発された『おにぎりを美味しくするふりかけ』なんだ! せっかくだからちょっと試してくれない?」

     頷いておにぎりを差し出すと、塩のようなものが数振りかけられた。
     それを一口食べてみるが……。

    「なんか、微妙に甘くなった気はするんですけど美味しくはなってないですね」
    「えぇ!? じゃ、じゃあこっちは!?」

  • 33125/03/30(日) 12:38:02

     次に出て来たのは小瓶に入った緑色の液体だった。

    「こっちはエナジードリンクから抽出した、目がしゃっきりぽんと冴えに冴えまくる新作なんだ!」
    「はぁ……」

     貰って飲んでみるが、目が覚めた気も特にしない。眠いままで、何となくわかってしまった。

    「あー、もしかしてお料理研究部って、実績がない部活だったりします?」
    「えっ――な、なんでそれが!?」
    「だってこれ、全然効いてませんよ。しゃっきりぽんどころか無です。エナジードリンク飲んだ方がマシです」
    「ね、眠気は……」
    「覚めるどころか余計に眠くなった気さえしますよ」
    「じゃあちゃんと効いてるね」
    「こんなんだから部費下げられるんですよ。むしろ下げられて当然……」

     あれ、と思った。
     手に取ったはずのおにぎりがいつの間にかテーブルの上に転がっている。

  • 34125/03/30(日) 12:38:12

     部長はそれを手に取って、私の手に持たせた。

    「ほら、おにぎり落ちちゃったよ。ちゃんと持って」
    「あ、の……わた……し……」
    「持てない? そうだね。僕も眠いんだよね。全然夜型でも無いしむしろ朝型でさぁ。ふあぁぁぁ」

     部長が欠伸を掻きながら電話を取った。

    「あ、やっぱりうちの生徒じゃない? おっけーありがとー。学生証の偽造はされないようにしておいてね。エンジニア部にされたらちょっと面倒だから」

     落ちる瞼に抗えない。眠気が強くなって身体に力が入らなくなる。

    「一応だけど謝っておくねぇ?」

     部長が言った。

    「お料理研究部なんて部活はないし、当然僕も部長じゃないよ。あ、でも『君たち』がギャフンと言わせてくれるのは期待してるんだぁ。だからぁ」

     思考は甘い微睡みの中へと落ちていく。最後に聞こえたのは、くすくすと笑う『誰か』の声だった。

    「ちょっとだけ、お時間ちょうだい」

    -----

  • 35二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 13:01:54

    不穏だ…
    今更だけどサムネが真っ白なのも不穏だ…

  • 36二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 13:03:21

    もしかしなくても現セミナーのトップか?

  • 37二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 13:04:22

    いつだって最大のセキュリティホールは人間……

  • 38125/03/30(日) 14:46:56

    「――はっ!?」

     不意に目が覚めて周囲を見渡す。
     するとそこはセミナーの会長室で、私は拘束もされずにソファで寝かされていた。

    「起きたぁ?」

     会長室の椅子から立ちあがって私に近づいたのはお料理研究部の部長――もとい現セミナーの会長の姿。私は飛び上がって距離を取った。

    「だ、騙しましたね!? というかいま何時です!?」
    「騙したよぉ? あと今は24時5分。絶賛防衛中~」

     会計がね? と付け加えてニタニタ笑う会長は、誰がどうみても性格の悪さが一目で分かる。
     私は震える声で精一杯に会長を睨みつけた。

    「わ、私をどうするつもりですか……?」
    「いや別にどうもしないけど?」
    「はい?」

     きょとんとして首を傾げる。

    「え、じゃあなんで私のこと誘拐したんですか?」
    「誘拐自体が目的でね。その後のことは別に何かするつもりもないよぉ」
    「じゃ、じゃあここに閉じ込めようって言うんですか!? 私を閉じ込めようったってそうは行きません!」
    「うんにゃ? もう帰ってもいいよ? 帰るんだったら直通のエレベーター使わせてあげるよ」
    「……はい?」

     意味が分からなかった。
     本当に誘拐するだけしておいて、それで別に閉じ込めるわけでも無く、それどころか会長室からミレニアムタワーのフロントまで直通のエレベーターまで使わせてくれるとなると、この誘拐に一体何の意味があったのか。

  • 39125/03/30(日) 14:52:05

     増え続ける疑問符に混乱していると不意に会長の携帯が鳴り、会長は電話を手に取った。

    「あ、ウタハちゃん? おっけーいま降りるからちょっと待っててー。……コユキちゃん、迎えが来たから一緒に行こっか」
    「あっ、はい」

     会長がエレベーター脇の装置から指紋認証と虹彩認証を行うと、エレベーターの扉が開いた。
     手招きされて会長室に備え付けられているエレベーターへ一緒に乗り込むと、エレベーターは振動も無くするりと下まで降りていく。

     私は、この会長が悪い人なのかどうかを計りかねていた。
     性格は悪いのだろうし何なら誘拐している時点で普通に悪いのだが、私が思う悪人とは何か違っていて――気付けばこんな質問をしていた。

    「会長さんはなんでリオか――リオ先輩の発明を取っちゃったんですか?」
    「発明? ああ、あれねぇ」

     はぁ、とエレベーターの中に溜め息が響く。

    「あの発明さ、絶対特許通るぐらい完成度高かったし画期的だったんだけど、部内対抗戦での発明の奪い合いを許可しちゃってるんだよこっちはさぁ。もちろんリオちゃん自身に独占されても困るし、何ならあの発明をエンジニア部が取られてどっかの誰かが独占なんてしたら、ミレニアムのドロイド製造技術は随分と停滞することになっただろうねぇ?」

     流石にセミナーも人の発明を理由なく取り上げることなんて出来なかった、と会長は続けた。

    「危険だとか停滞するから程度の理由でいちいち発明を取り上げてたら、それはもうミレニアムじゃないよねぇ? そしたらほら、向こうからカモがネギ背負って来たからさぁ。それじゃあしょうがないじゃん?」

     にひひ、人を食ったような笑みを浮かべるその顔は、やっぱりどう見ても悪人だった。

     悪人で、セミナーの会長の顔だった。

  • 40125/03/30(日) 14:52:29

     軽快な音が鳴り、エレベーターが開く。
     地上1階のフロントには、息を切らせたウタハ先輩が私を見るなり駆け寄って来た。

    「コユキ! 無事かい?」
    「はい! 何かよく分かりませんが何もされませんでした!」
    「仲睦まじきは良いことだねぇ?」

     会長がそう言うと、ウタハ先輩は「うぐっ」と表情を強張らせる。余程この会長が苦手なのか、若干及び腰になっていた。

    「ウタハちゃん? 大事なものはちゃんと手元に置いておかないとさ、無くなっちゃうよ?」
    「うっ――済まな……」
    「事前に電子戦で戦うって分かってたよね? もしかしてエンジニア部とセミナーでネットワーク以外の攻撃を禁じるって言われたから油断してたのかなぁ? エンジニア部じゃない子がいるんだったら攫われるぐらいのこと思いつかなかったぁ?」
    「ぐっ――」
    「君たち頭良いんだから色んな部活に狙われるよぉ? その時に負けて発明奪われたりしたら目も当てられないよね? 自分たちが作れる物の影響力、自覚してるかなぁ?」

     会長はグサグサと煽るように、けれども内容は至極真っ当な正論でウタハ先輩をめった刺しにしていた。

    (そりゃあセミナーのこと好きになる人なんていませんよ!?)

     内心そう思ったが、迂闊に口を開けばこちらにまで飛び火しかねないことだけは分かって押し黙る。
     私は黒崎コユキ。学習の出来る女である。

     すると会長は、今度は私に視線を向けてきたため、思わず後ずさる。

    「ちなみに、コユキちゃんがエンジニア部の秘策?」
    「へ?」
    「おかしいと思ったんだよねぇ? チヒロちゃんが真正面から殴り合いしてくるとか絶対ないでしょ? バックドアでも仕込まれたのかと思って洗い直したけど見つからないし、チヒロちゃんが見つけられるようなセキュリティホールがあったのなら会計ちゃんが気付かないはずがないし……だから余程優秀なハッカーでも見つけて来たのかなーって思ったんだけどぉ……?」
    「ひぃっ!?」

     私の目を覗き込むように、鼻先が触れそうになるほど近づかれて、私はウタハ先輩の後ろに逃げ込んだ。

  • 41125/03/30(日) 14:52:41

    「な、なんかめちゃくちゃ怖いんですけどこの人!?」
    「分かる……分かるよコユキ……」

     その辺りで会長は満足したのか、ニタニタと笑いながら口の端を歪ませた。

    「大いなる力には大いなる責任が伴う。そのことを肝に銘じて、ちゃぁんと自己防衛に努めること」
    「ああ、分かったよ」

     ウタハ先輩が頷く。

    「それからコユキちゃん」
    「私ですか!?」
    「目、覚めたでしょ? そりゃもう、しゃっきりぽんと」
    「あ……」

     気付けば眠気は完全に取れていた。それどころか、何だかんだ疲れ気味だったはずの身体も軽くなっている。

    「それじゃあ、眠いから僕はもう戻るよ。あとあんまり隙を見せないでよぉ? 取って食い物にされたくなかったらさぁ?」

     踵を返した会長は、欠伸混じりにぶらぶらと手を振りながらエレベーターに戻ると、最後に「頑張りなぁ」と言い残して上へと戻っていった。

    「……なんか、どっと疲れる人ですね。関わるだけで」
    「チヒロが嫌がるのも分かるだろう?」
    「はい……とても……って、こんなことしてる場合じゃありません! 急いで戻らないと!」
    「そうだね、行こうか!」

     そうして私たちは急いで第二倉庫まで走っていった。
     苛烈な電子戦が行われている、その戦場へと。

    -----

  • 42二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 20:09:16

    果たしてコユキは間に合うのか

  • 43125/03/30(日) 22:46:10

     第二倉庫に辿り着くと、中では緊迫した空気が渦巻いていた。

    「チヒロ先輩! リオ会長!」

     駆け寄るも二人は端末のモニタから目を離さず、僅かに頷くことで返事をした。
     チヒロ先輩は先ほどから何かをクリックしたかと思えば動きを止め、そうしたかと思えば突然端末に繋がった小さな箱型の機械を取り外すと、テーブルの上を滑らせてリオ先輩の元へと渡していた。受け取ったリオ会長が機械を端末につけ、そこから物凄い勢いでキーを叩き始める。

     状況の説明はヒマリ先輩から行われた。

    「端子情報はまだひとつも割られていないのですが、トレーサーから逃げるためにほとんど相手の解析が行えていない状況ですね。つまり膠着状態です」

     今回の電子戦は言ってしまえば蜘蛛の糸のように張り巡らされた地下通路を通って相手の地下施設に侵入するようなものだった。外から地下へ潜る経路は複数。そのうちの10か所が私たちの選んだ入口で、そこから長い糸を垂らしたドローンを一気に飛ばすといえば分かりやすいのかも知れない。

     地下通路には複数のトラップや扉が仕掛けられており、上手く解除しないと大きな音が出て現在地がバレる。かといって慎重に時間をかけようものなら巡回している警備ドローンに見つかり追いかけられる。こちらが捕まればドローンは解析され、同型の反応を示す別のドローンの居場所もバレる。

     罠の位置や反応を探るソフトウェアはあらかじめ作って持って行くしかない。そして持って行った手札の中から最適なものを選び続けるしかないのだ。リアルタイムで対応してその場で作るなんて言うのは神業に等しく、荒唐無稽な話である。

     扉の鍵もまさに同じく、色んな形の鍵を用意してひとつずつ試すようなもの。だからこその安全保障――即ちセキュリティなのだ。

     セミナーのセキュリティは鉄壁かつ無慈悲な警邏で溢れている。

     ではどうやって戦うべきか。

  • 44125/03/30(日) 22:46:35

     思い出すのは今日の昼。ソフトウェアを作りながら言ったチヒロ先輩の言葉である。

    『その例えで言うなら、色んなドローンを用意したり、こっちに戻って来ないでずっとぐるぐる追いかけさせて相手に負荷をかけたり、自分もろとも通路ごと爆破して使えなくしたりとか手段はいくつかあるにはあるんだけどね。何処まで出来るか……』
    『色々あるんですねー。いままで全然気にしたことなかったですし』
    『それでいくと、コユキは最速のスプリンターみたいなものだからね。扉に阻まれず、罠を踏み抜いても見に行った頃にはそこにいない。だから強い……んだけど、罠は普通に発動しちゃってるから秒でバレる』

     チヒロ先輩は「私がコユキを止めるなら……」と続けた。

    『罠を踏まれた瞬間、どこから入ったか調べるんじゃなくて一番近い場所に大量のドローンを物理的に送り込むかな。あ、これは例え話のドローンじゃなくて、本当のドローン』
    『結局物理攻撃ですか!?』
    『そうでもないと間に合わない。まともな手段じゃ誰もコユキに追いつけない。あんたの『普通』は私たちにとってはこう呼ぶしかないんだから』

     ――最強最速のエクゼキューター。世界の究極の答えを持つ者。

     私は、走るだけなら得意らしい。

    「チヒロ先輩! どの端末使っていいですか!?」

     チヒロ先輩は自分の隣を指で叩いた。置かれた端末の準備は既に完了している。

    「あんたの席! セミナーにぶちかましてやろっか!」
    「はい!」

     さあ、反撃開始だ。

  • 45125/03/31(月) 00:08:58

     私は席に付くと端末を手に取った。
     映し出された画面にポップしているウィンドウからセミナーのイントラネットへアクセス。侵入開始――

     出てくるセキュリティなんて私にとっては無いも同然だった。先輩たちみたいに、鍵やら何やらを複数用意する必要もいちいちどれが合っているかも確かめる必要すら無い。ノブを捻って押せば開く。現実世界でユウカ先輩やネル先輩たちから逃げることに比べればこんなもの楽勝以外の何物でもない。

    「にはは! セミナーのシステムに侵入しましたよ!」
    「それちょうだい!」

     チヒロ先輩が私の使ったPC端末を取り上げると、代わりに別のパソコンが目の前に置かれる。

    「そっちからも開けて!」
    「はい!」

     私たちの使っている端末は全部で10台。それぞれがセミナーへ飛ばしたハッキング用ドローンの各1台と対応しており、さっきの例えで言えば強制的に入口を爆破できるようになっている。
     シューテングゲームで例えるならボムに近い。違うとすれば、一回使うごとにこっちは弱体化していくというところか。

     チヒロ先輩は私から取り上げた端末を使ってセミナーのシステムの走査を開始。
     例えるなら、地下基地に潜入したドローンから更に小型の自走ドローンを展開して、建物の内部構造を暴こうとしているらしい。
     私たちが欲しいのはセミナーの資金がたっぷり詰まった金庫だが、ひとつの大きな金庫にまとめて入っているなら簡単でも複数に分割して、なおかつ出入口も小さいんじゃないかとチヒロ先輩は予想していたのを思い出す。

  • 46125/03/31(月) 00:09:26

     そして、その予想は合っていた。

    「ちっ……管理者権限見つけたけど絶対これ一個じゃない……」

     複数のエリアに分かれた施設で各施設の管理者はひとり。チヒロ先輩が見つけ出した金庫は恐らく小さかったのだろう。そして私が先ほど侵入したのはあくまでそのうちのひとつでしかなく、そうなれば全体像はまるきり見えないままである。

    「チヒロ先輩! こっちも開けましたよ!」
    「ありがと! ちょっと待機で!」

     チヒロ先輩の目の前に私が渡した二つの端末と、それ以外に三つの端末が並んだ。
     私がアクセスした端末二つを使ってそれぞれ走査を続けるが……チヒロ先輩の顔は何故か青ざめていった。
     そして不意に叫んだ。

    「まさか……管理用の中継サーバーなしでこれ管理してんの!? 馬鹿でしょ流石に!?」
    「ひぃっ!? ど、どうしたんですか?」

     それからチヒロ先輩が言ったのはあまりに非合理的な話であった。

     先ほどの例えになぞらえるのであれば、複数のエリアに小さなセミナーがあるとしよう。
     それぞれの金庫には『セミナー全体の資産の何分の一かのお金』が入っていて、一度に沢山持ち運ぼうとしても出入口が小さすぎてそこまで多くは持ち出せない。
     これだけでも充分おかしいが、そんな運用をするのであればドロイドを大量に用意して、色んなエリアの金庫にドロイドを沢山並ばせてただひたすらにお金を一か所に集めて、そこから色んな部活へ部費を支給したり企業へお金を支払ったりする。

     その『一か所に集める場所』、即ち管理用の中継サーバーが仕組みとして存在しないのだとチヒロ先輩は言った。
     つまり、それぞれのエリアで独立して小分けにされたお金を運んだり学園の記録を管理しているため、地道にひとつずつアクセスして処理するしかない極めて原始的な構造をしているのだという。

  • 47125/03/31(月) 00:11:43

    「何がハッカーだ! し――――くぅ!!」

    (いまめちゃくちゃ色んな言葉を呑み込みましたね……)

     内心冷や汗を流しながら呟くも、チヒロ先輩は今にもテーブルを殴りつけそうな勢いだった。

    「じゃ、じゃあ小分けにされてる管理サーバーから管理サーバーへ移動出来たりは……」
    「できない。完全に独立しているから私たちが侵入している経路でなるべく多くのサーバーにアクセスできることを祈るしか――」
    「ちょっと待ってちょうだい!」

     間髪入れずに叫んだリオ会長に全員の目が集まった。

    「ハッキング用ドローンの再配置を行うわ。ひとつのサーバーから送られた先をアドレスを割り出して、なるべく重複しないように配置できれば効率よく侵入できる」
    「そんなの出来るんですか!?」
    「だって、あなたがいれば端末ひとつで突破できるでしょう? トライアンドエラーなんて必要も要らずに」
    「――っ」

     リオ会長の笑みに息を呑んだ。それから私は、それが素直に嬉しかった。
     ギリギリの戦い。死力を尽くしても私だけではまだ足りず、誰にも怒られず、みんながそれを待ってくれていることに。

     チヒロ先輩はリオ会長と言葉すら交わさずに走査したデータの全てを送っていた。
     解析、検証、実証。ミレニアムの天才たちが織り成すは、目標に向かって最適解を出し続けるスタンドプレイにして究極のチームワーク。

    (セミナーに掛けられているのは『鍵穴』で、私たちはそれを突破するための『鍵』――)

     私はいつの間にか、自分が何をすべきか『分かって』いた。

  • 48二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 00:46:23

    なんか熱い展開になってる

  • 49125/03/31(月) 00:46:52

    「リオ会長! そのパソコンとそのパソコンと……これ名前付いてないんですか!?」
    「私から順にアルファ、ベータ、ガンマ……」
    「じゃあアルファ、ガンマ、デルタ、イオタ、カッパを下さい! イータとシータはそのまま走査を続けて、それ以外は再配置をお願いします!」
    「こ、根拠は……?」
    「なんとなくですよ!!」

     受け取った端末でそれぞれ強引にセミナーへと続く分厚い壁をこじ開けては、隣のチヒロ先輩へと渡し続ける。
     チヒロ先輩はゾーンにでも入っているのか反応は薄く、ただ目の前に置かれた複数の端末へ視線を動かし続けた。

     膨大な情報が流れ続けるが、私はそもそも最初からまともに読み取れてすらいない。そういうのは先輩たちに丸投げし続けている。私に出来るのはただ見えざる手によって動かされるように、直感に従って全ての扉を破ることだけ。

    「え……?」

     不意にチヒロ先輩が声を漏らした。

    「罠……?」
    「どうしたんですか?」

     そう尋ねると、チヒロ先輩は困惑したように私を見た。

  • 50125/03/31(月) 00:54:48

    「インターネットに繋げられる端末がセミナーのイントラネットに繋がってる……」

     それを聞いたリオ会長も同じように困惑した表情を浮かべた。

     イントラネット――すなわち内部ネットワークは言ってしまえば鍵のかかった家みたいなものだ。
     それだけでは内側から鍵を開けたりされる可能性があるため、セキュリティを強固にするならそもそもの扉やら窓やらを壁で塞いでしまえばいい。外部と内部の完全断裂。だから私たちはわざわざハッキング用のドローンを飛ばして内部の端子に直接繋いでハッキングを仕掛けているのだが……チヒロ先輩が見つけたそれは外に繋がる鍵のかかった『扉』だという。

     『扉』なら開けられる。開ければ外から大量の強盗を送り込んで、内部の警備員が混乱した隙にいくらでもお宝を盗み出せる。
     これがセミナーで無ければ迷う必要もない。けれどもネットの向こうにいるのは電子戦のプロ。そう考えればこんなあからさまな脆弱性は罠では無いのか。

     そんな疑心暗鬼による逡巡は、2秒もかからず決断された。

    「開けることにする! コユキは私の指示を待って。開けた瞬間トラフィック過多でプロキシを叩き潰す!」
    「はい!」

     チヒロ先輩が準備を始めたところでリオ会長の方で行っていたハッキング用ドローンの再配置も完了したらしい。私に端末を渡すと、飛ばしたドローンではなく防衛用の自陣サーバーの確認に戻った。

    「ベータ、エプシロン、ゼータ……これで一気に突破します!」

     扉を次々を開けて、チヒロ先輩へ。
     チヒロ先輩からは金庫に辿り着いた端末が渡されて、私は開けることなく指示を待つ。

  • 51125/03/31(月) 01:10:42

     扉を次々を開けて、チヒロ先輩へ。
     チヒロ先輩からは金庫に辿り着いた端末が渡されて、私は開けることなく指示を待つ。

     5秒、10秒、15秒……チヒロ先輩がインターネットワークからの侵攻を準備する時間が流れる。
     ぽたりと汗が垂れた。心臓はアイドリングする車のようにドッドッと音を立ててその時を待つ。

     20秒、22秒、24秒……隣で聞こえる打鍵音は打楽器の如く音色を鳴らす。

     そして――チヒロ先輩が端末を私の前に滑らせた。

    「コユキ!」
    「開けます!」

     私の指先が答えを直接叩き出す。
     2秒もいらない。1秒だって必要ない神速の高速演算。直後に起こるのはワールドワイドウェブから流出する大量のトラフィックデータ。開いたサーバーのトラフィックマップは超新星爆発を起こしたかのように真っ白に染まる。

     もはやここまで来れば遠慮はいらない。
     アルファからカッパまで、各端末から金庫の鍵をこじ開けて、一斉に運び出す。私は叫んだ。

    「防衛とかそういうのは分からないんであとは先輩たちにお任せします!」

    「「分かった!」」

  • 52二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 01:20:38

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  • 53125/03/31(月) 01:21:24

     チヒロ先輩とリオ会長が全力で防衛に回る。
     その間にも送金され続けるセミナーの資金。捕まりそうになった端末は順次チヒロ先輩が落としていき、できる全てをやり尽くした。

     私は倦怠感と共にぐったりと適当に置かれたソファへ倒れ込むと、リクライニングシートの上のヒマリ先輩が私に語り掛けた。

    「お疲れ様ですコユキ。私が清楚な病弱美少女で無ければ撫でて上げられたのですが……」
    「いいですよ恥ずかしい……」
    「代わりにウタハに任せます」
    「よぉしよぉし」
    「止めてくださいよー!!」

     わしゃわしゃと頭を撫でられるが何故だか振りほどこうという気持ちにもなれず、私はウタハ先輩に撫で繰り回され続けた。
     しばらくするとチヒロ先輩は携帯に飛びつき何処かへ通話を掛けた。同時にリオ会長は全ての端末を落とし切る。

    「こんばんは会長。勝利条件を満たしたので試合の終了を宣言します。ああ、私たちが侵入したサーバーが管理している校庫については明日にでも話しましょうか?」

     チヒロ先輩はスピーカーモードに切り替えて勝利宣言を行う。
     試合終了。私たちは侵入したサーバーが管理する資金の8割を奪取した。リオ会長が出した推定によれば、これはセミナー全体の7割を超えているとのことで、確実な交渉材料は充分に確保しているとのことらしい。

     そして、スピーカーの向こうから聞こえて来たのは先ほど会ったセミナー会長の声だった。

  • 54二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 01:26:28

    どこで切ったら続きが読みたくなるか心得てらっしゃる

  • 55125/03/31(月) 01:28:26

    >>54

    ※ふふ……引きを意識して書くよう頑張ってるので、そこに目を付けられると素直に嬉しいですね……

  • 56125/03/31(月) 01:56:21

    【いやぁ、流石だねエンジニア部。なんだかとんでもない勢いで突破されたけど、さっきのコユキちゃんかなぁ?】
    「済みませんがそこは企業秘密でしてね。……しかし如何でしょう? 試合にも負けて、その上相当の資金も失われているようですが?」

     チヒロ先輩は余程セミナーに対して腹を据えかねていたらしく、今まで見た事も無いような悪い顔をしていた。
     そんなことを考えていると、セミナーの会長は妙なことを言った。

    【あー、でもちょっとだけ訂正しなきゃねぇ? 負けたのは『私たち』だよ?】
    「は……? いや、だからそう言って……」
    【そして勝ったのはエンジニア部。分かるかなぁ?】

     何を言っているのか私にはさっぱり分からなかった。チヒロ先輩もウタハ先輩もヒマリ先輩も。
     ただひとり、「まさか」と顔色を変えたのはリオ会長。すぐに手元の端末で何かを操作して、それから目を見開いた。

     リオ会長が無言で端末の画面を皆に見せる。
     全員が眺めるや否や固まって、続けて私にこう言った。

    「コユキ……チヒロの学生証は持っているかしら……?」
    「――あ」

     まさぐってもあるはずがなかった。あの時こっそり奪われたのだ。誘拐されたその時に。

  • 57125/03/31(月) 01:57:00

     そしてリオ会長の見せた画面に映るのは、送金したはずの資金が全てセミナーへ『エンジニア部の部長、各務チヒロ』名義で再送金された痕跡。
     加えて続くのは同じく『部長権限』で行われたヒマリ先輩とリオ会長に対する退部申請と、セミナーがそれを受理したことを示す証明証。
     それからチヒロ先輩が『セミナーへの入部を希望する転部届』と、それを受理した証拠が残っていた。

     部長不在により繰り上げでウタハ先輩が部長になっている。
     だから気付くはずもなかった。エンジニア部部長の名前が変わっていたのは恐らく電子戦のどこか一瞬なのだから。

     スピーカー越しに会長のニタニタ笑うような声が聞こえた。

    【大事なものはちゃぁんと手元に置いておかないとねぇ? それと、学生証は人に預けたりしちゃ駄目なんだけどなぁ?】
    「…………」
    【返すから明日の12時にセミナーまで来ること。分かったぁ? チ・ぃ・ちゃ・ん?】
    「……………………」

     通話が途切れた。
     しばらく黙っていたチヒロ先輩は、その拳をテーブルへと叩きつけて吠え狂った。

  • 58125/03/31(月) 01:57:28

    「くそぉおおおお! くそセミナーめ! あいつら最初から分かってたんだ! 殺す! ぶっ殺してやる!!」

     荒れ狂うチヒロ先輩を必死に宥めるウタハ先輩を見ながら、私は思った。

    (セキュリティ対策への高い意識とか、全部会長に付け入られる隙を潰すためだったんじゃあ……)

     思わず白目を剥きかけるが、普段は大人びているチヒロ先輩の乱心が見れたのはもしかしなくても貴重だったのかも知れない。あとチヒロ先輩のヘイトはセミナー会長に向けられていたため私は特に怒られずに済んだ。

    「いいよ……。そもそも最初にあの性格の悪い会長がコユキを誘拐するなんて誰も考えていなかったし……っていうかやるかな普通!? 盤外戦術多用し過ぎでしょあの会長!?」
    「にはは……まぁ明日になったら返して貰えるんですし……」
    「嫌だぁ! 会長に会いたくないぃ!!」

     かくして、自室にさえ戻れなくなったチヒロ先輩を慰めながら、私は第二倉庫で一晩を過ごす。
     長くて面白くて面倒事が降り注いだ夜であった。

    -----

  • 59二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 02:17:39

    これ煽ってるけどコユキが学生証もってなかったら完敗なの笑える
    内心焦りまくってたらいいな

  • 60二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 02:23:55

    試合に勝って勝負に負ける…
    なんか色々と上手く踊らされてる気配が…

  • 61二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 03:00:26

    当時のミレニアム三年生勢とコユキの共同ハッキング戦線熱すぎる…そしてそれを退けた会長さんの格が高くて素晴らしい

  • 62二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 03:40:46

    >>59

    流石に全て読み通りってオチだったらオリキャラ蹂躙みたいになりかねないからそうなんじゃないの

  • 63二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 08:57:53

    正史に収束しだした?

  • 64125/03/31(月) 10:24:44

     翌日の13時。第二倉庫にはリオ会長にウタハ先輩、首のコルセットが取れたヒマリ先輩と、それから現セミナー会長からようやく解放されてソファの上でワラジムシみたいになっているチヒロ先輩がいた。

     バトルリザルト。私たちが何を得て何を失ったのかの話である。
     まず最初に話を促したのはヒマリ先輩だった。

    「チーちゃん、会長との話し合いはどうでしたか?」

     むくりと起き上がるチヒロ先輩。その表情は不満の色がとてつもなく強かった。

    「死ぬほど説教されて、死ぬほど煽られたから殺してやろうと思った」
    「それでは犯行の自供ですよ? 何があったんですか?」
    「……こっちの取り分から話すよ」

     こちらが得た物――というより与えられた物は次の通りとなった。

     一つ、エンジニア部が希望する資材、機材、人材はセミナーが貸与するものとする。
     二つ、部費の前借りの件については一旦リセット。来月から通常通り支給され、既に支給したものについては特別ボーナスとして受け取ったままで良い。
     三つ、退部させられたヒマリ先輩とリオ先輩、それからチヒロ先輩がセミナーへ転部した事実は無かったことにする。

     おや、と気になり、私は口を開いた。

    「え、ほとんど私たちが欲しかったものですよね? 負けたのになんで?」

  • 65125/03/31(月) 10:25:05

    「勝ってたんだよ。会計の処理能力を私たちは完全に超えていた。……実績さえあれば何でも融通するってのがあいつの考えだから、今回の報酬として資材の支給までは行かずとも貸与までは認められたの」

     チヒロ先輩はどんよりと溜め息を吐いた。

     セミナーが電子戦の告知から私たちについて調べ上げた情報なんていうのは、せいぜいが『エンジニア部の倉庫に知らない生徒がいる』ことぐらいで、人というセキュリティホールがあったから突いた……程度の認識で誘拐を決行したのだという。

     そして念のため持ち物検査を行ってみたらチヒロ先輩の学生証が私から出て来て、それこそ頭を抱えたらしい。

     曰く『セキュリティホールを突かれたのだから盗まれたものを確認するべきだった』とのことで、気付いてさえいればウタハ先輩の部長権限でチヒロ先輩の退部申請を行ってエンジニア部に関する権限を凍結できたはずだとネチネチ言われたらしい。

     しかし気付けなかったが故に、チヒロ先輩が一時的にエンジニア部の部長にされたり転部させられたりと好き放題されたとのことだった。

  • 66125/03/31(月) 10:25:19

    「だから、今から言うのは爪が甘かったことに対する私たちへのペナルティ」

     一つ、ミレニアムの電力を奪取できる『あの部屋』についてはミレニアムのセミナー会長が管理すること。
     二つ、『あの部屋』を使った実験を行う際にはセミナー会長に直接申請すること。
     三つ、来月セミナー主導で実施する廃墟調査をエンジニア部が奉仕活動として行うこと。

    「ん? あんまり重くないような……?」
    「そういうことね」
    「どういうことですか?」

     私が首を傾げると同時にリオ会長が納得したように頷いた。

    「『地下室』のことをセミナーに掴まれたのでしょう? コユキのいた元の時間まで『タイムワインダー』を残し続けたいのなら、私たちの誰かがセミナーの会長をやる必要があるわね」
    「……っ」

     私は咄嗟にチヒロ先輩を見た。
     チヒロ先輩は額に手をやって首を振る。

    「コユキがリオのこと『会長』って呼んでた理由のひとつがこれなのかもね……」

     つまるところ、会長の出したペナルティは今ではなく未来にて支払うものだった。
     『タイムワインダー』建設や『ポータルウォッチ』の使用には影響しない。私が帰ったあとの話になるのだ。

  • 67125/03/31(月) 11:43:24

    「ところでチーちゃん。廃墟調査とは何ですか?」
    「ああ、それがね……」

     ミレニアム自治区郊外、外郭に位置する打ち捨てられた建造物群は『廃墟』と呼ばれ、言葉の通じないロボット兵が巡回しているよく分からない場所だ。
     噂ではかつて存在した古代都市がその地下に眠っていると言われているが、ロボット兵に邪魔されてまともに調査が進んでいないのだ。

    「その『廃墟』を連邦生徒会長が禁足地に指定したいらしいんだけど、それについての会合がちょうど昨日の深夜にやってたんだってさ」

     私たちが電子戦をしている裏で行われていた、連邦生徒会長とセミナー会長による極秘の会合。
     連邦生徒会長は電子戦が始まってからは別室で待機していたらしいのだが、その待ち時間に偶然自分の端末をイントラネットに繋いでいたらしい。それがあの時見つけた外部ネットと内部ネットを繋ぐ端末だったようだ。

    「自分の端末のセキュリティが抜かれると思っていなかった連邦生徒会長がね、電子戦の直後に『廃墟』の調査を是非ともエンジニア部に、だってさ」

     本当ならば依頼料も貰えたはずだが、そこは全てセミナーが中抜きしたらしい。
     とはいえ、既に部費三か月分を前借りではなく支給されているのだから、トータルの収支で言えばそこまで損はしていないはずだとチヒロ先輩は言った。

  • 68125/03/31(月) 11:43:36

    「そういえばチヒロ先輩。エニグマは売れたんですか?」
    「当然! 特許として認めさせてそのままその場で年間契約結んでやったよ!」

     それだけじゃない、とチヒロ先輩は続けた。

    「光るパイプの件だけど、『タイムワインダー』建設までは新素材開発部とセミナー会長に働いてもらうことになったよ」
    「新素材開発部は分かるんですけど何でセミナー会長も……?」
    「あの会長、元々新素材開発部にいたからね。それにセミナーの人材も貸与してくれるって言ってたから真っ先に仕事を振ってやったよ」

     他にも建設にはセミナーから何人も協力を取り付けたとのことだった。
     何せもう『地下室』の存在はバレているのだ。隠す必要が無ければ一気に人海戦術で作り上げられる。

     ただ、どうしても中止せざるを得ないものもあった、とリオ会長が続いた。

    「『ポータルウォッチ』の解析や検証は進められないわ。あれの存在はまだセミナーに知られていないし、何より実験しようにも特異現象を引き起こすから手が出せないわね」

     最終的に、『ポータルウォッチ』の解析は全て中止。『タイムワインダー』はエンジニア部、新素材開発部、セミナーの三者で一気に作り上げる。完成の目途は明日の夜になるとのことだった。

    「だったら、最初の目的は全部満たせたんだね」

     良かった良かった、と最後にウタハ先輩が締めくくる。

     それが今回のバトルリザルトの総括。
     そして、私が元の場所へ帰るまでの時間も迫っていた。

    -----

  • 69二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 11:56:27

    まさかアロ…連邦生徒会長も絡んでいたとは…
    読んでいたかコユキのクラックで察したかも?

  • 70二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 17:43:47

    戻ってもそれはコユキの知る未来なんですかね…

  • 71二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 20:51:18

    廃墟調査…アリスが眠ってた場所かな

  • 72125/03/31(月) 21:25:57

     夕暮れに照らされた第二倉庫は、いつもに増して賑やかだった。

     リオ会長と新素材開発部、それからセミナーの会長が光るパイプこと『タイムワインダー』の光源作成に当たっており、せっせと試薬を作っては成分を調査して、薬品を通すパイプの素材の検討を行っている。

     チヒロ先輩はウタハ先輩と一緒に『タイムワインダー』の本体、電力を『ポータルウォッチ』に送る機構設計を行っており、動作テストは明日の昼に一度行うとのこと。まぁここに関しては一回テストする度にミレニアムが停電するため、明日中に完成させてそのまま私を送り込みたいというのがセミナーの意向らしい。

     いずれにせよ、セミナーは半日以上停電しても被害が出ないよう、既に今の時点でミレニアム中を奔走しているとのことだった。会長がここにいるのは手伝いもそうだが監視の意味もあるような気がしてならず、相変わらず気が休まらない。

     そしてヒマリ先輩はちょうど今、『タイムワインダー』の部屋自体の建設についてセミナーの工務部と話を終えたようで、これから突貫で部屋を作っていくらしい。
     あの黒い部屋も、最初は電磁波の影響を防ぐためだと思っていたが、実際は『ポータルウォッチ』が引き起こす特異現象を部屋内部に封じ込めるためのものだった。この四日間、色んなことがあって色んなことが分かった気がする。

     私は第二倉庫をひとり出る。
     夕陽が眩しくて、思わず手で遮った。

    (なんか、長いようで短い時間でしたね……)

     二年前のミレニアムは私の知っているミレニアムと比べて本当におかしなことばかりだった。

     校内で起こる爆発は事故じゃなくて部活同士で発明の奪い合いをしている過激なものだし、リオ会長はポンコツだしチヒロ先輩はゴリゴリのファイターだしヒマリ先輩は何か立って歩けてるし、ウタハ先輩は……まぁいつものウタハ先輩だった。

  • 73125/03/31(月) 21:26:24

     それに多分私も、元の時間軸より馴染めていた気がする。
     だって全員めちゃくちゃだから。私に怒るよりもっと先に怒らなきゃいけない人が沢山いる。

     だからなのか、「帰りたくない」とまでは思わずともいつの間にか「帰りたい」とも言い切れないことにたったいま気付いてしまった。

    「もう、帰らなくちゃですねぇ……」

     ぽつり、と言葉が零れる。

    「まるで月にでも帰るお姫様みたいですねコユキ」
    「ヒマリ先輩……」

     零れた言葉を掬い上げたのは話を終えたヒマリ先輩だった。

    「美少女と愉快な仲間たちと、まだまだ一緒に居たいですか?」
    「さらっとそう言えるのほんとすごいですよね……」
    「ええ、何故なら『天才』ですから」
    「あー、はい。そーですね」

     適当に流すとヒマリ先輩は、まるで清楚系美少女のように夕陽に照らされながら静かに笑みを浮かべた。

    「しかし未来に帰っても私たちに会えないわけでは無いのでしょう? ならコユキにとって会えない時間は一瞬ではありませんか」
    「…………」

     何故だろうか。私はその言葉に頷けなかった。
     いや、きっと私はもう『分かっている』からだ。だからちゃんと言わないといけない気がした。

  • 74125/03/31(月) 21:26:51

    「多分、もう会えません」
    「あら……何故でしょう?」
    「ここ、私の居た『世界』じゃないと思うんです。『時間』とかじゃなくって、そもそも違う『世界』なんです」

     何故そう思ったかは分からない。
     ただ、何となく『分かって』しまったのだ。

     だからきっと、『元の世界』に帰ったらここで過ごした日々を覚えているのは私だけかも知れない。

    「何も急いで帰らなくても良いのではありませんか? 『タイムワインダー』があればいつでも帰ることが出来るではありませんか」
    「にはは……そしたらきっと私、三年生になっちゃいますよ」

     ユウカ先輩たちがいる『元の世界』か、ヒマリ先輩たちがいる『この世界か』。
     私は自分に逃げ癖があることは理解している。だからきっと決断から逃げ続けて、この世界に居続けるかも知れない。

    「それの何が悪いのですか?」
    「……え?」
    「決断とは重たいものですよ。決めて断つと書くのですから……断つなんて酷い話ですよね? せっかくならもうちょっと自由に行き来できればいいものを」
    「自由、になりたいですねぇ……」

     そんな、どこまでも取り留めの無い話を二人でのんびりとしていると、第二倉庫の方から声が掛かった。

    「おーい! ヒマリ、ちょっと手伝ってくれないか?」
    「おや、ウタハに呼ばれてしまいましたね」
    「じゃあ私も部屋に戻ってますね」

     ヒマリ先輩と別れて、私はそのままセミナーが手配した空き部屋へ向かう。
     心は未だ決まらないまま一日を終えて、それからは特に何もなく、ただ部屋でのんびりと過ごした。

  • 75125/03/31(月) 22:28:46

     そして、『タイムワインダー』が完成する日がやってくる。

     昼に一度停電があり、それから一度も停電が無かったことから『タイムワインダー』で一番重要な電力供給装置は完成したのかも知れない。

     そうして時間だけが経つ。
     私では第二倉庫へ行ったとしても何の力にもなれず、かと言って外を出歩く気にもなれなかった。
     まるでこの空き部屋が普段過ごす反省室のようにも思えてくる。

     反省室……何か私は悪いことをしたのだろうか。

    「……あー。そういえば、最初に時間を飛び越えたの、確か夜の21時前ぐらいでしたっけ」

     ということは私が飛んだ瞬間、ミレニアムでは大停電が起こったはずだ。
     二日続けて大停電。それも皆にとっては原因不明の。

    「これ、バレたら叱られるぐらいじゃ済まないですよね……にはは」

     土気色に疲弊していたユウカ先輩の顔を思い出して、果たして今度は何色になってしまうのだろうと考えるが、もしかしたら一周回って七色に光り出すかも知れない。だったら明るくて丁度いい。停電させてしまった私の代わりにミレニアムでも照らしてくれないかな、なんて考えたらちょっとだけ面白かった。

     ノア先輩は……よく分からない。たまに優しいときもあるけど、基本的に何考えてるのか分からないからちょっと怖い。でも、嫌な先輩では決してない。ないのだが……停電の原因が私だということは一瞬でバレる気がする。何となく。

    「……はぁ。帰ったところできっと真っ暗になってるミレニアムみたいに私の未来も真っ暗ですね~」

     そう口に出したところで扉がノックされた。
     返事をすると中に入って来たのはリオ会長だった。

  • 76125/03/31(月) 22:31:30

    「コユキ」
    「にはは……完成しましたか」
    「ええ」

     私が立ちあがると、リオ会長はさっと背を向ける。

    「行きましょう」
    「はい」

     第二倉庫に行くまでの間、リオ会長は一言も話さなかった。
     ただ時折、鼻をすするような音が聞こえて私は悪戯っぽく笑った。

    「もしかして、泣いちゃいましたか~?」
    「な、泣いてないわ! 泣いてないもの……」
    「ほんと、私の知ってるリオ会長とは全然違いますよねー? リオ会長はもっと大人っぽくって……」
    「今は同い年じゃない……! 私は会長でも先輩でも無いわ……!」
    「じゃあ、友達ですかね?」

     私はリオ先輩の隣を歩いて手を繋いだ。

    「友達のリオさん! いまはその……それで」

     なんだか恥ずかしくなってきて目を逸らすと、隣から「ふふ」と笑い声が聞こえた。

    「そうね、友達のコユキ」

     赤く目を腫らしたリオさんの頭に手を伸ばす。
     頭を撫でると、リオさんは私にされるがままで、それから笑った。

  • 77125/03/31(月) 22:59:51

     そうして第二倉庫へ着くと、昨日の賑わいなんてなかったかのように元の静寂が倉庫に満ちていた。
     リオさんに続いて『タイムワインダー』のある地下へと降りると、部屋の一角に黒い壁が出来ていた。その前にはチヒロ先輩にウタハ先輩、それからヒマリ先輩が立っている。

     『ポータルウォッチ』を手に持ったチヒロ先輩が一歩前に出た。

    「コユキ。どうする?」

     もうちょっとだけここで過ごすか、それとも今すぐ帰るか。

     ここで帰るのが『綺麗』なのは分かっている。
     ただ、惜しくないといえばそれは嘘だ。惜しい。すごく惜しい。

    「今日はバタバタして疲れたからさ、このまま『タイムワインダー』の完成祝賀会しない? 別に明日でもいいでしょ」

     それが分かってか、チヒロ先輩は理由をくれた。
     明日でも良い。明後日でも良い。別に今すぐ帰る必要は無いと。

     だから私は首を振った。

    「……私、多分このままここに居たら、『元の世界』だと失踪扱いになると思うんですよね」

     確かにここではユウカ先輩が怒ることもなければ、妙な圧を発して怖いノア先輩もいない。
     私がこのままここで三年生になれば、ユウカ先輩もノア先輩も私を怒らないかもしれない。
     何なら、『タイムワインダー』がある部屋を管理するために私がセミナーの会長になることだって夢じゃない。

    「でも違うんですよ。そしたらきっと、『元の世界』で私を捜し続ける先輩たちを困らせちゃいますから」

     私は帰らないといけない。
     それはユウカ先輩やノア先輩、ヴェリタスの皆のためだとか色々理由はあるけれど、何よりも私がそうしたかった。

  • 78125/03/31(月) 23:00:39

    「あの、私……この時間軸で過ごした日を忘れません。だから――」
    「分かってるよ」

     チヒロ先輩が私の首に『ポータルウォッチ』を掛ける。

    「コユキの未来に今の私たちがいなくても、人の本質なんてそんなに変わらないんだから」
    「チヒロ先輩……は暴力的なままなんですか?」
    「はぁ!?」
    「まぁまぁチヒロ。未来じゃ案外いまより大人になってるかも知れないよ」
    「そうですね。ウタハ先輩は未来でもチヒロ先輩に叱られてます」
    「なっ――」
    「案外子供のままなのですねウタハも。まぁ私は清く澄んだ清流のような清楚系美少女ハッカーのままですけど」
    「でも車椅子生活ですよね?」
    「病弱属性が付加されてるようでしたねそういえば……」
    「わっ、私は、コユキのこと――!」
    「もはやリオ会長に至っては別人ですけど」
    「会長じゃないって言ったじゃない――!!」

     なんて。
     そんなことを言ったら皆で顔を見合わせて、それから笑った。

  • 79125/03/31(月) 23:01:00

    「それじゃ……」

     私は『タイムワインダー』への扉を開いて中へと入った。

    「さよなら!」

     二年前の別世界を旅した私の旅は、ようやくここで帰路に就く。
     目すらも眩む光が『ポータルウォッチ』から放たれて、『タイムワインダー』の中を満たした。

     瞳を閉じて、浮かぶ髪はそのままに。
     ここからようやくエピローグ。時空を越えた不思議な旅は、遂に終わりを迎えたのだった。

    -----

  • 80二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 23:34:20

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  • 81125/03/31(月) 23:35:17

    「う~、なんで全く毎回毎回こんなに眩しいんですかねー」

     仄かな光源に照らされる『タイムワインダー』の中で目を擦る。
     ただでさえ『ポータルウォッチ』起動のためにボタンを打ち込んでは具合が若干悪くなるのだから、正直その辺りは考慮して欲しいものだ。

     第二倉庫へ上がるためのエレベーターはこの時間軸に置いて無いようで、仕方なくあの面倒な第三倉庫への出入り口を目指す。
     『タイムワインダー』の台座、円柱の裏側にある隠し引き戸に手を掛けると、ガタリと音を立てて横へスライドするように引き戸が開く。先に進むが、最初は人感センサーで足元を照らしてくれた光すら無く本当に手探りで前へ進むほか無い。

     当然だろう。今は21時10分。私が最初に飛んだ時間よりもう少しだけ先の時間に飛んだとはいえ、当たり前ながらミレニアムは停電中である。

     梯子を登って第三倉庫の外に出ると、一陣の風が私の髪を揺らした。

     停電したミレニアムは暗く、電柱の明かりはひとつだって灯っていない。
     月明かりですら雲に覆われて、手を伸ばせばその指先だって見えないぐらいの真っ暗闇が広がっていた。

    「いてっ」

     大きな石に足が躓き転んで手を突き擦り剝けた。
     ツイていないと溜め息を吐いてミレニアムタワーへ向かう。



     ――それからセミナー本部に戻ると、ユウカ先輩は怒った顔で「今までどこ行ってたのコユキ!」と約束の時間に遅れたことを怒るのだ。
     ――面倒だなぁと内心思いながら謝ると、ノア先輩は「コユキちゃん?」と笑顔で詰め寄る。それから秒単位で私の言った言葉を繰り返しては完膚なきまでに詰めてくる。
     ――たじたじになったところでユウカ先輩は「ともかく!」と打ち切って私を反省室へ閉じ込めるのだ。まぁ、あの反省室にも色々持ち込んだので『逃げたい欲』はあっても居心地が悪いわけではないけれど。

     そう、あるべきはずだった。

  • 82二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 00:05:58

    引くタイミングがうますぎる。寝れないじゃん

  • 83二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 07:47:11

    保守

  • 84二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 08:35:36

    くっ!
    続きが気になる!!

  • 85125/04/01(火) 09:17:00

     風が吹く。草木がざわめく。
     月を隠した雲が流れて、僅かな切れ目から零れた月光が大地を照らす。

     微かな光に照らされて、瞬く寸前、ミレニアムに月光が灯って私の瞳にミレニアムを映し出す。

    (ミレニアムが――)

    「ユウカせんぱーい!」

     私は思考を打ち切った。
     タワーの前で私は声を上げる。

    「ユウカせんぱーい!」

     いないのかな。いないのだろう。
     私の頭にあるのはそれだけだった。

    「にはは! セミナーの債権なんて私はいつでも発行できちゃいますからねー!」

     だから足元に落ちている『大きな石』も、いつものミレニアムの騒動で何かが壊れた破片に違いない。

    「ノアせんぱーい! ノア先輩の部屋にマキさん入れて現代アートに変えちゃいますよー!」

     暗いのだって私が起こした『停電』せいだ。まだ復旧できていないから暗いのは当たり前なんだ。

  • 86125/04/01(火) 09:31:34

    「………………………………」

     声は返って来ない。



     風に揺られた木の葉のざわめきが大きくなる。
     暗い。風が吹く。ざわざわと草木がさざめく。人の声も、虫の声も生きてる何かの音が聞こえない――



     ――――――――――――。



    (――ミレニアムが、滅

    「うあぁあああああああ――!!」

     獣のように叫んで走る。第三倉庫へ向かって。
     ただ自分の思考を掻き消そうと叫び続けて、叫んで――けれども返って来るものは何も無い。

    「なんで――なんで!!」

  • 87125/04/01(火) 09:31:54

     倉庫の扉に縋りつく。梯子を下り、開けづらい引き戸に手を掛ける。
     指先が震える。開かない――開かない! ガリガリと爪を立てると指先が一瞬冷たくなって熱くなる。それでも私は引き戸に指をかけて、開くと同時に首元の『ポータルウォッチ』の操作盤を開いて探す。押すべきボタンを。探すべき答えを――

    「っ――」

     見つからない。何も『分からない』。
     ボタンをめちゃくちゃに押しても出て来るのはエラー、エラー、エラー。何も変わらない。
     『ここ』でさえなければどこでもいい。認めたくない。考えたくない。ただ一刻も早く『ここ』から離れたかった。リオ会長たちが居たあの世界でも、ユウカ先輩が居るあの世界でも。

     瞳に焼け付く痛みは恐怖で塗り固められ、私はひたすらに『答え』を探し続ける。痛み。頭の中が膨れ上がるような熱と痛みを無視して何度も探し続ける。けれども、何度やっても見つからな――

    「なん、ごぼっ――」

     ぼたり、と血が『ポータルウォッチ』に零れ落ちる。

    「ぁえ――?」

     ぼたり、ぼたり、ぼたり――。

     鼻から、目から、何かが焼き切れて血が落ちる。
     頭が痛い。目も、その奥もじくじくと針で掻き混ぜられているかのように痛み続けた。

    「……ぃ、やだ」

  • 88125/04/01(火) 09:32:16

     今になって私は、先輩たちの言葉を思い出していた。

    『とにかく! 大いなる力には大いなる責任が伴うの。自分の手に収まる範囲を自覚して!』

     ユウカ先輩の声だ。私は自分の手に収まらないものに触れてしまった。あの時の好奇心が私の未来を閉ざす。取り返しが付かなくなってから、今になって初めて後悔し始める。

    『本当に最悪なのは対処できる人が誰もいない時間に行った場合だよ』

     チヒロ先輩が言っていたことの意味を今更ながらに思い知った。
     何故なら今ここにあるミレニアムに『停電』なんて起こっていないからだ。ミレニアムタワーが『へし折れている』のだからそもそも停電以前の問題なのだ。

     誰もいない。

     ここには誰も――

    「――ぁぁああああああ!!」

     『ポータルウォッチ』を叩きつけるように『タイムワインダー』の台座へと嵌め込んだ。
     当然ランプは光らない。私は何度も『タイムワインダー』の起動ボタンを押す。カチカチと、震える手で何度も何度も押す――

    「動いて……動いて……動けッ! 動けぇぇぇ!!」

     反応はない――

    「あ、あぁ…………」

     認めるしか無かった。
     私は最悪を引いたんだ。

  • 89125/04/01(火) 09:33:16

     私の知らないこの未来において、ミレニアムサイエンススクールは滅んでいた。
     電力なんてあるはずがない。片道切符の打ち上げロケットが不時着した先は脱出不可能な終わった世界だった。

    「……ま、まだ」

     それでも足掻こうとするのは私の性質なのか。
     私はゆっくりと立ち上がる。

    「い、生き残りがいるに決まってます! みんなで力を合わせれば……きっと!」

     それが単に現実から逃げているだけなのは分かっていた。
     それでも、何かに縋りついていないと耐え切れないだけだとしても、私はまだ諦められなかった。

     通路を越えて倉庫の外へ。
     ふらつく足取りで、生命の気配がひとつもない夜を彷徨う。

     これはエピローグだ。
     私の、この世界を彷徨い続ける黒崎コユキのエピローグだ。

    「誰かぁ! 誰かいませんかぁ!!」

     叫び声だけが、空っぽのキヴォトスに響き続けた。
     答える者はもう、この世界の何処にもいなかった。

    -----

  • 90二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 09:35:19

    大団円かと思ったら…どうなってるの!!?
    不用意に廃墟に立ち入っちゃったのがマズかったか…

  • 91二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 10:08:09

    うあーーー!なんでーーー!


    この言葉が真に絶望の慟哭になるとは、このリハクの目をもってしても読めなった。

  • 92125/04/01(火) 10:21:56

     ぱきり、と頭の上で音がした。
     何かにひびが入って、脆い歯車が砕けるような冷たい音だった。

    「って言う夢を見たんですよ~」
    「そうなの? ってほら、手が止まってる!」

     席に着いたコユキが肩を竦めると、ユウカはぴしゃりと言った。

    「午後からみんなで映画会でしょ? ほら、私も手伝うから頑張って」
    「ふふ、そんなこと言って一番楽しみにしていたのはユウカちゃんじゃないですか」
    「ちっ――がくはないけどぉ~!」

     ノアの言葉にユウカが恥ずかしそうに叫ぶ。
     コユキはそんないつもの光景が大好きだった。

    「にはは! 今日の私は一味違いますよ~! スーパーコユキですから!」
    「スーパーコユキ? いつもとどう違うの?」
    「逃げ足が速くなります!」
    「なんで逃げる前提なのよ!?」
    「それからずっと逃げ続けられます! 持久力もアップですね!」
    「そんなもの上げる前にまず逃げなくてもいいように振る舞いなさいよ!!」

  • 93125/04/01(火) 10:22:14

     かちり、かちり、かちゃり――
     頭の上で聞こえる音は捻じれて歪んで止まらない――

    「……帰りたい」
    「どうしたのよ急に」

     ユウカがコユキの顔を覗き込む。

    「帰りたい」
    「コユキちゃん……?」

     ノアが心配そうな様子でコユキを見つめる。

     聞こえる音が増えていく。
     歪んだ歯車が不気味な音を立てて、無理やりにでも回ろうとする。

    「帰りたい、帰りたい、帰りたい――」

     コユキが顔を覆った。

     ユウカとノアを構成していた数字が身体と一緒に崩れ落ちる。
     廃墟と化したミレニアムタワーの正面で、コユキはひとり。

    「帰り……タ……」

     何かが壊れた音がした。
     そしてそれは、同時に起こった。

  • 94125/04/01(火) 10:36:25

    「帰エ……シ、テ……」

     ミレニアムをその人影は彷徨い続けた。

    「先パ……イ……」

     トリニティをその人影は彷徨い続けた。

    「ド……コ……?」

     ゲヘナをその人影は彷徨い続けた。

    「ミン……ナ……?」
    「誰、カ……」

     レッドウィンターを、山海経を、アビドスを、シラトリD.U.を、彷徨い続ける影だけがそこにはあった。

    「帰……リタ……」
    「……あにはからんや」

     目の前の『何か』が言った。

    「自力で此処に辿り着く者が居るとはのぅ?」

  • 95125/04/01(火) 11:06:47

     ふむ、と『何か』が人影を見る。
     人影は陽炎の如く、ただ其処に在り続けた。

    「侵されぬよう自らを夢と現に切り離したんじゃな。其れが如何様な手段であるかは故知らぬが……謂わば実体を伴う夢というものか」

     『何か』は愉快そうに「かか」と笑い、それから煙管に口を付ける。
     吐き出された乳白色の煙がその場に満ちて、徐々に景色が揺らめき始める。

    「ならば、其方の絶望は妾が預かろう。其方に此方は早すぎる。いずれ来たりし時が在ろうとも、其れは今では無い」

     靄が全てを覆い隠していく。
     甘き微睡みが人影を包み込んでいく。

    「誰も居ないことと何も残っていないことは別物じゃろう? 暗い森にも今はまだ、先達が残したパン屑ぐらいは残っておる」

     かん、と煙管が音を立てる。

    「幸運にも、其方の所には記録庫の娘が居たはずじゃ。帰り道は直ぐにでも見つかるじゃろうて」

     そして――『私』はゆっくりと目を覚ます。

    -----

  • 96125/04/01(火) 12:25:19

    「あ、あれ……私……」

     気が付くと私は『タイムワインダー』の台座の前で倒れていた。
     それから思い出す。『ポータルウォッチ』から『答え』を探し続けて、見つからなくて、それでも無理やり台座に嵌め込んで起動ボタンを押し続けて……それから力尽きて意識を失ったことを。

    「にはは……私、帰れないんですかね……」

     呟いた言葉の重さに息が止まりそうになる。
     どうすることも出来ない。顔を拭うと血と涙が袖を汚す。

    「ユウカ先輩……。ノア先輩……」

     台座から『ポータルウォッチ』を外して、それから台座にもたれかかった。



     ――目の前に真っ黒い人がいた。



    「うぉわぁぁあああっ!?」

     手足をバタつかせながら転がるように『それ』から離れる。
     真っ黒い影に何もかも塗り潰されてしまった人に見える『それ』は、身じろぎひとつせずに第三倉庫へ繋がる通路をじっと見ていた。私に一目もくれることなく。

    「だっ――だれ、というか何なんですか!?」

  • 97125/04/01(火) 12:25:43

     ――――。

     『人影』は音ひとつ発さずに通路を見続けている。
     私は唯一武器になりそうだった物――即ち『ポータルウォッチ』を首から外してチェーンの部分を握り締めながら身構える。時計をぶんぶんと振り回しながら「てぁっ!」と声を上げて威嚇してみるが……反応はない。

    「そっ、そうやって油断させようとしても無駄ですよ!? ゲームとかだと背中向けた瞬間襲い掛かってくるタイプの化け物ですよね!? 少しは反応したら――いや反応はしなくていいのでちょっと先に行ってくれませんかねぇ!?」

     せめて私をゆっくり追いかけて来るとか、そういう感じの方が怖くない。
     私は『ポータルウォッチ』を振り回して『人影』にぶつけようとしたが……本当に影のようですり抜けてしまった。

     触れない? なら何もされないのでは……?

     そう考えて恐る恐る近付く。反応はない。
     ゆっくりと手を伸ばす。掴まれるわけでもない。

    「お、お身体に触りますよぉ……」

     すっ、と手が影に呑まれるが、影は影だった。熱いも冷たいも一切の感覚もなく、ただ目に見えているだけの『何か』。『誰か』の影……。

    「というかよく見たら私と同じぐらいチビですねこれ……うわっ!?」

     そう言った瞬間、『人影』は突然腕を上げた。
     驚いて即座に後ろへ飛びずさるが、影は通路の先を指さしただけだった。

  • 98125/04/01(火) 12:25:53

    「……早く行けとか、そういうのです?」

     影は別に頷きもしないが、何だかそうやって見るとモタモタしているプレイヤーにぶち切れたホラーゲーム作者の仕組んだギミックにも見えてきて……怖いもののようには思えなくなっていた。

    「あー、はいはい。分かりましたよ行きますって。突然驚かせるのは無しですからね!」

     私は『ポータルウォッチ』を首にかけ直して、通路へ向かう。

    「いいですか? 着いて来られても困るので今から引き戸を閉めますが、閉め終える瞬間に目の前まで瞬間移動とか無しですよ!」

     言い聞かせるように声に出してみるが、やはり反応は無い。
     引き戸を閉める。影が突然動き出すことはなかった。

    「……なんなんですかね?」

     真っ暗闇の通路を進んで梯子を上る。
     倉庫を出ると、外は朝になっていた。

    -----

  • 99二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 17:25:35

    >>97

    某暁のせいで「お体に障りますよ」って言葉でちょっと笑いそうになってしまった

  • 100二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 19:20:14

    >>35

    故意なのか画像が破損しているだけなのか・・・・

  • 101125/04/01(火) 20:22:06

     普段は騒がしいミレニアムの校内も、滅んだミレニアムでは人の声なんて聞こえるはずもない。
     視界に映る建造物はそのことごとくが激しい攻撃を受けたような痕跡を残し、それ以外には人間の姿は何一つ残っていない。

     そう、『人間』の姿はなかった。

    「うわぁ……これは……」

     思わず頬が引きつった。
     先ほど見た『人影』が居たからだ。それもひとりふたりではない。至る所で静止しているそれは、例えば歩きながら周囲を見渡す最中に時間を止められてしまったようにも見えるし、あるいは大きな声で『何か』に呼び掛けている最中のもののようにも見える。

     『誰か』が『何か』を探す際に残った映像。もしくはその最中に切り離された影、か。
     背丈は全て私の同じぐらいで小柄。何とも奇妙なオブジェクトである。

     数こそ多いが、今が朝なのもあってかそんなに不気味とは思えない。
     近づいて触ろうとするが、これもやはり手がすり抜ける。ならば思い切ってと、試しに重なって見たりもするが、『人影』から見る景色に何か意味があるようには思えなかった。

    【313930】
    「うん?」

     『人影』に重なった時、脳裏に一瞬『言葉』が過ぎった。

  • 102125/04/01(火) 20:23:02

    「何か探してるんですか?」

    【313930】

    「あ、音声認識とかそういうのじゃ無いんですね」

     何か返ってくるかと思えばただの暗証番号みたいなもので、『いつも』やっているような解析作業と特に変わらず肩を落とす。
     とはいえ、この『人影』が『鍵穴』であることは分かったため、他の影にも同じようにぴったりと重なって見るのを繰り返した。

    【333635】
    【323038】
    【343731】

    「……うーん。大した内容でも無いですね……」

     何処かにあるはずだの何処に行ったのだの、探しているということ以外は何も分からない。

     そうこう歩いているうちに、私は倒壊したミレニアムタワーの前まで着いた。
     タワーは上部から完全に折れており、生徒の寮が集まる居住区画が剥き出しになっているのが分かる。

     しかし、ここも同じく『人影』がいるだけでやはり何も変わらない。

     ただひとつだけ、タワーの前で項垂れるように頭を抱えている『人影』を見つけた。
     なんだか少し気になって重なって見る。すると――

    【353037323036】

    「『ノア先輩』……が、何ですか?」

  • 103125/04/01(火) 20:46:24

    【343337】

    「『全部覚えてる』……? あっ――」

     私はこの『人影』たちが探していたものに心当たりがあった。
     ノア先輩が普段使っているデジタルなタイプのメモ帳だ。

    「そういやノア先輩、本当に何でもかんでも記録しますからね……。自力で覚えられる癖にわざわざなんか書いてますし……」

     ただ今はそれが有難い。
     少なくとも、ノア先輩のメモ帳さえ見つければ『この世界』に何があったのかなんてすぐに分かるだろう。

     改めて周囲の『人影』たちを見る。
     この影たちはノア先輩のメモ帳を探した痕跡なのだ。ならば少なくとも、身体の向きや言っている『言葉』で時間が分かる。外れの道を避けて『答え』に向かって進めばすぐに見つかるはずだ。

    「これも、『私』じゃないと出来ないこと……なんですかね……?」

  • 104125/04/01(火) 20:47:03

     私の世界は『答え』に満ちている。
     私はそれが当たり前だと思っていた。けれども、当たり前では無いということを今は薄々理解し始めている。

     何せ、あの電子戦の時なんか『あの』チヒロ先輩やリオ先輩が私を待っててくれたのだ。

     期待してくれた。そして活躍できた。皆が褒めてくれた。
     あの瞬間だけは、先輩たちと肩を並べてセミナーと戦ったあの瞬間だけは、皆と違う私の『普通』が好きになれた。

     『万能鍵』――そう呼んだチヒロ先輩は私についてこんな推察をしていたことを思い出す。

    『鍵穴だと認識する存在が居た上でコユキもそれを鍵穴だと認識すれば『万能鍵』になる』

     なら、『世界が滅んだ理由』こそが解くべき『謎』であり『鍵穴』だ。

     誰にも解けない『謎』は私にも解けない。
     『鍵穴』たりうる最低要件は「条件付きでも誰かが解ける」ということ。

     周囲には謎の『人影』。
     そして眼前には壊れたミレニアムタワーが聳え立つ。

     ――生塩ノアのメモ帳は見つかるのか。

     その全てを視界に入れて、私は景色を眺めた。

     ――『答え』は、上にあった。

    -----

  • 105125/04/01(火) 21:33:06

     ミレニアムタワー、居住区。多くの生徒が生活する寮を備えた区画である。
     荒れ果てているのは殺風景で無機質な部屋。ノア先輩の部屋はミニマリストを超えて本当に何も無い。

     天井は壊れて青空が見える。
     へし折れたタワー階層が近かったのだろう。剥き出しの鉄骨が見えており、突けば今にも瓦礫が降って来そうだ。

     ――その鉄骨の一本にロープが掛かっていた。
     ロープの下には横倒しになった椅子。ノア先輩の手帳は、そのすぐ傍に落ちていた。

     そして――中に記されていたのは世界滅亡までの記録であった。

    【・クロノス報道部がサンクトゥムタワー崩壊を報道。キヴォトス全域で通信障害が発生】
    【・シャーレより緊急声明発表。避難勧告が出される】

    「これって……確か……」

     あれはちょうど私が反省室に閉じ込められていたときのことだったか。
     実際は後から知ったのだが、赤い空が広がってキヴォトスが大変なことになって、それからシャーレから避難勧告が出されていたらしい。
     反省室に閉じ込められていたせいでそう言ったニュースが私には全く届いておらず、ユウカ先輩が帰還してから文句を言ったのを思い出した。

    【・早瀬ユウカより連邦生徒会作成の資料を受信。作戦名は「虚妄のサンクトゥムタワー攻略戦」】
    【・「シャーレコントロール」0号として第1サンクトゥム、アビドス砂漠へ随行。対策委員会および便利屋68主軸の下、守護者「ビナー」への攻撃を開始】
    【・第5サンクトゥム、ミレニアム近郊にて問題発生。守護者「ホド」の位置の特定が困難。調月リオのセキュリティ突破のため明星ヒマリに依頼】

    「……あれ?」

     その違和感にすぐに気が付いた。
     あのとき突然呼び出されたのは私であってヒマリ先輩ではなかったはずだと。

     記録は続く。

  • 106二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 21:36:56

    もしかしてそもそもコユキがいない世界線だったのか?

  • 107二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 21:37:04

    あっこれ…ノア…

  • 108二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 21:44:09

    いやいやいやいや、ロープがひっかかった状態で現存しているのに人が何の痕跡も残していないとかないよ…
    無いって言って…

  • 109125/04/01(火) 22:29:03

    【・D.U.シラトリ区にペロロジラ出現。補習授業部および美食研究部と交戦。攻略完了】
    【・ペロロジラ再出現。連邦生徒会、機能停止。先生負傷】

    「ど、どういうことですか……!?」

     そんなこと、私の知る限りでは起こっていなかったはずだった。
     ペロロジラが再出現したとき、迎え撃つように巨大化したカイテンFXなんたらロボがペロロジラを倒したは――。

    「――あ」

     違うのだ。何故ならあれはヒマリ先輩が作った巨大化装置あってのことで、『この世界』のヒマリ先輩は第5サンクトゥムの攻略に向かってしまっている。

     その僅かなラグが致命的だったのだ。
     この時に先生が受けた傷が、後に続くはずだった未来の歯車を大きく変えてしまう。

    【・ウトナピシュティムの本船の離陸準備が完了。以下搭乗者――】
    【・オペレーター:浦和ハナコ、天雨アコ、奥空アカネ、早瀬ユウカ、鬼方カヨコ、明星ヒマリ、由良木モモカ、岩櫃アユム】
    【・統括責任者:七神リン】
    【・特殊作戦遂行:小鳥遊ホシノ、黒見セリカ、十六夜ノノミ】
    【・主砲:天童アリス】
    【・志願者:才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ】
    【・補給部隊:愛清フウカ、黒舘ハルナ、鰐渕アカリ、獅子堂イズミ、赤司ジュンコ――21名】

     ウトナピュティムの本船は離陸する。
     そして――狂った歯車が導いた先は悪夢だった。

  • 110125/04/01(火) 22:29:55

    【・離陸から3分後、先生の心肺停止を確認。心肺蘇生措置へと移行】
    【・多次元解釈システムにエラー発生。通信途絶】
    【・通信復旧。多次元バリアの無力化に成功。先生および天童アリスの死亡を確認】

    【・アトラ・ハシースの箱舟内における敵性勢力の迎撃を確認。対策委員会、ゲーム開発部、美食研究会にて防衛を開始】
    【・砂狼シロコの襲撃により才羽モモイの死亡を確認】
    【・砂狼シロコの襲撃により才羽ミドリの死亡を確認】
    【・砂狼シロコの襲撃により黒見セリカが負傷。一時撤退】
    【・ウトナピュティムの本船、自爆シーケンス再稼働】

     それは、あの赤い空が広がった後に続いた戦いにて、如何にしてキヴォトスが滅んだかというログだった。

  • 111125/04/01(火) 22:47:57

    【・ウトナピュティムの本船の自爆を確認。以下、推定死亡者――】
    【浦和ハナコ、天雨アコ、奥空アカネ、鬼方カヨコ、明星ヒマリ、由良木モモカ、岩櫃アユム――】
    【小鳥遊ホシノ、黒見セリカ、十六夜ノノミ――】
    【愛清フウカ、黒舘ハルナ、鰐渕アカリ、獅子堂イズミ、赤司ジュンコ――以上15名】

     そこにどうしてユウカ先輩の名前が入っていなかったのか、私は考えたくも無かった。

    【・アトラ・ハシースの箱舟より同心円状に広がる光輪を確認。ヘイローの消失を確認】
    【・上空にて正体不明の発光体を確認】
    【・発光体が降り注ぎミレニアムの壊滅を確認。死者――】
    【・発光体が降り注ぎトリニティの壊滅を確認。死者――】
    【・発光体が降り注ぎゲヘナの壊滅を確認。死者――】

     出席名簿のように列挙される死亡者の名前が何行にも何十行にも何百行にも……それこそ数えきれないほどに続く。ノア先輩はこれをどんな気持ちで記述し続けたのか、想像することすら私には出来ない。どんな顔で、どんな気持ちでこれを書いたのか、考えるだけでも怖かった。

    【・調月リオへエリドゥからの避難勧告を行うもこれを拒否。メッセージを受信。解読不可。生存者にてD.U.シラトリ区への避難を開始】
    【・D.U.シラトリ区の壊滅を確認。エリドゥへ避難開始】
    【・調月リオの死体を確認】
    【・早】
    【・ごめんなさい】

    「………………………………」

     記録はそこで終わっていた。

  • 112二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 22:59:19

    えぐいわ…
    記録対象がなくなったら客観性も何もないわな…

  • 113二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:21:54

    コユキってどうしてこんなに他人の遺書を読まされるポジが似合ってしまうのか

  • 114二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:23:25

    ミレニアムだとコユキとモモイが遺書関連のでよく見る印象

  • 115二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:24:48

    誰もいないから某エンドゲームよりも更に絶望的だな

  • 116125/04/01(火) 23:36:21

    「私……なんですか?」

     ノア先輩の記した記録には私の存在が何処にもなかった。

    「私がいなかったからなんですか……!? だからこうなったんですか――!? 私が!!」

     どうして、という気持ちと、ああそうか、という気持ちが同時に浮かんだ。

     前者はあの時第5サンクトゥムという戦場に無理やり引っ張り出された自分。
     後者は今の自分。自分にしかできないことがあるという、もっと早く気付くべきことに気付いた自分だ。

    「それじゃあ……この世界の私はセミナーに入っていなかったんですか……?」

     だったら何をしてたのか。
     嫌でも分かる。『自主退学』したのだ。馴染めず、あぶれて、嫌気が差して、私はそのままミレニアムを辞めてしまった。

     それで要注意人物のリストにひとつでも残って入ればまだいい方だ。
     きっと無かった。私は失意の果てに居なくなって、そして私の青春もまたそこで消え失せたのだ。

    「それじゃあ……救いはどこにあったんですかね……」

     この世界における私も、それ以外の人たちも、みんな苦痛に呑まれて消えていった。

     その時だった。
     私は先ほどのメモ帳に妙な一文を見つけ出していた。

    【・調月リオへエリドゥからの避難勧告を行うもこれを拒否。メッセージを受信。解読不可。生存者にてD.U.シラトリ区への避難を開始】

  • 117二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:36:54

    てかこれ下手したら本編世界線でも有り得たかもしれないっていう恐怖

  • 118125/04/01(火) 23:44:43

    「メッセージを受信……?」

     調べると、受信したメッセージは幾多の桁で表示された数字だった。

    『333333333333333733333334』

    「…………にはは」

     私にはそのメッセージの意味が分かった。
     私以外の誰にも解かせるつもりの無いメッセージだった。

     そしてそれは、リオ会長はもう分かっているということの証左であった。
     私が見ている『世界』が何なのか、リオ会長は『分かって』いるのだ。

    「エリドゥで待っててくれてるんですね。じゃあ……今行きます」

     この世界で何があったかは既に分かった。

     だから――次が最後だ。
     リオ会長が残した遺言が私に渡される最後のバトン。その先に、私が求めるべき答えがある――



     ――そして『私』は録画を開始した。
     ウタハは死んだ。チヒロも死んだ。ヒマリは――生きているだろうけれども『この世界』においては死んだも同然だった。

  • 119二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:46:22

    ……なんだ!?

  • 120125/04/01(火) 23:48:02

     左目は負傷し包帯を巻いてはいるが、ヘイローが消える前より痛みはずっと酷い。
     左手も簡単に潰れてしまった。こんなに脆いのかと驚くほどで、左足も無理やり義足に置換したもののまともに動いてくれはしない。

     エリドゥ、コントロールルーム。
     一人残った私は最後の記録を始める。

     もうじき終わる世界を、未来から遡及して『無かったこと』にするために。

    「これから――録画を開始する」

     スイッチを入れて椅子に座り、それから最初に言うべき言葉はひとつだけだった。

    「黒崎コユキ。きっと――あなたにとっては久しぶり、というべきなのかも知れないわね」

     語り掛ける言葉は遥けき彼方からのメッセージ。この私はただの代弁者であり、あなたを知っている調月リオでは決してない。

    「今から、オカルトの話をするわ」

     私でさえ信じ切れていない――けれども信じるほかない『星を追う者』からの伝言。

     それが「この状況に陥った際の」調月リオの役目なのだから――

    -----

  • 121二次元好きの匿名さん25/04/01(火) 23:54:36

    いきなり別の人物の回想に入るのカッコ良すぎ

  • 122二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 00:12:03

    コユキがコユキにしかできないことがあるって気づいてしまったが故にこの惨状になってるのか?

  • 123二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 00:20:50

    ふとスレタイトルを見直す

  • 124二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 05:42:58

    つまり「地獄の未来を変えちゃいますよ」ってコト!?

  • 125二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 11:04:57

    保守

  • 126二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 16:20:25

  • 127125/04/02(水) 18:54:19

     私には、前世の記憶がある。
     前世と言っても生まれ変わりだとかそう言うのではないの。文字通り『前の世界』の記憶。
     キヴォトスという世界は様々な要因で何度も滅びを迎え続けていて、私が知っているのは『何があったか』という部分だけ。

     オデュッセイアの『島』、ゲヘナの『門』、山海経の『龍』、トリニティの『柱』……恐らく、全ての自治区には世界を滅ぼし得る要因を秘めている。まるで滅ぶべきはずだった世界をひとつの箱庭の中に強引に収めたような、そんな歪な世界なのよキヴォトスは。

     記憶の連鎖の始まりは『星を追う者』――即ち、あなたが現れた二年前の世界の私たちなのだそうよ。
     あなたと出会ったことで、人知れず発生していた世界の滅亡は対処可能な事象へと変じたのよ。

     そして二つ、『滅亡』そのものに関係しない記憶を私は持っている。

     ひとつはあなたのことよ。黒崎コユキ。

     ……ねぇ、あなた。本当は既に『解決』しているのでしょう? 千年難題のひとつを。

     なら、分かるはずよ。【523】……これが私とあなたのゲマトリア。
     私たちは互いに代入可能な変数。どちらかが欠けてもどちらかで要件を満たすことが出来る存在のだと。

  • 128125/04/02(水) 18:54:41

     けれども、『色彩』によって観測された『虚妄のサンクトゥム攻略作戦』は全ての世界において確実に発生するイベントとなってしまった。

     そして第5サンクトゥムの攻略に私とあなたのどちらも立ち会えない可能性が残っていた。
     それは滅んだ後のミレニアムにあなたが迷い込んでしまって抜け出せなくなるという可能性でもある。

     だから備えた。同様の事象が発生しても『再起動』をかけてやり直せるように。

     ――プロトコル1074:『白兎』による現実改変シーケンス。それが家に続く道となる。

     私の首に掛かっているこの時計は、『星を追う者』の心臓とも言えるバックアップ装置で『ポータルウォッチ』と呼ばれているわ。世界が滅亡の危機に瀕した際、その時点における私の知識を別の世界の私へ転送させる『名もなき神』の技術の最高峰。

     私の『エリドゥ』に仕組まれた強力な電磁場による自壊装置を発動させれば、『ポータルウォッチ』は真の意味で目を覚ます。

     目覚めた『ポータルウォッチ』は第一種永久機関を内部に保有するウタハの装置――『ゼウス』に溜め込まれた電力を捕食しようと周囲の物質の再構築を始めるはずよ。

     これらのプロトコルはチヒロの『エニグマ』によってあなたにしか開けられない鍵がかけられている。

  • 129125/04/02(水) 18:55:03

     チャンスは一度切り。失敗してまたここに来てしまえば、その時は再び電力が溜まる20年はここに閉じ込められてしまうでしょうけど……あなたなら間違えないはずよ。このキヴォトスという巨大な『暗号式』の解答を。



     最期に、もしヒマリに会えたらこう言ってくれないかしら。

     『星を追う者』は残り二問。それだけでいい。それで全部伝わるはずよ。



     ……どうやら私のところにも死神がやって来たようね。

     あなたはいきなさい、黒崎コユキ。私の『友達』―― 



     ――録画は、そこで途切れた。



     それがリオ会長からの最期のメッセージだった。
     私が家に帰れなかった時の為の、『あの世界』のリオ会長たちが世界を超えて残した最後のピース。

  • 130125/04/02(水) 20:21:34

    「……私は、本当に色んなものから守られてここにいるんですね」

     そんな簡単なことにようやく気付いた。
     私は私が知らないだけで、実は色んな人たちにずっと守られてきたのだ。

     コントロールルームの椅子の近くに落ちていた『リオ会長のポータルウォッチ』を拾い上げる。

     使っていくうちに黒ずんでいった胸元の『ポータルウォッチ』とは違って、私がヒマリ先輩から最初に受け取った時と同じような色合いをしていた。

     これをヒマリ先輩に渡せば、私の主観的矛盾は発生し得ない。
     これがゴールだ。私の行うべき最後の仕事。

     私は『リオ会長のポータルウォッチ』を小脇に抱えて、コントロールルームの操作パネルに触れる。

     傍目に見れば壊れているようにしか見えないそれは、ウタハ先輩の『ゼウス』から電力供給を受け続けていた。
     第一種永久機関――それは熱力学第一法則を否定する千年難題六番目の答え。

     ジジ――と微かにノイズが鳴って、私はチヒロ先輩の暗号式『エニグマ』を破ろうとする。
     サイメトリクス認証――魂と概念を量子的に証明する千年難題五番目の答え。

    「にはは……、あの時のテストよりすっごく難しくなってますよこれ」

     『エニグマ』で封印されていた『エリドゥ』の自壊装置を起動させると、建物全体が鳴動するような音が聞こえ始めた。

     私は首から下げた『ポータルウォッチ』のカバーを外して、16個のボタンに手を掛ける。

  • 131125/04/02(水) 20:21:52

     ――見るべきは『ポータルウォッチ』じゃない。この『世界』だ。

    「キヴォトスが巨大な暗号式なら、こんな終わり方をした『結末』はただの『エラー』ですよねぇ……!」

     私の瞳が捉えたのは、私が真に進むべき道。この結末を変えるための『答え』。
     ボタンを打ち込んで表示板に出てくる数字は『答え』じゃない。答えに至るまでの途中式だ。

     ――523、674、853、378、80、15、148、1081。

     私は正しき順番に従ってボタンを押していく。
     表示板に様々な数字が流れては消えて、また現れる。

     ――216、72、67、73、620、474、339、507、125。

    「起きてくださいよ『ポータルウォッチ』! お仕事の時間ですよ!」

     ――523……そのゲマトリアは1074。
     
     最後のボタンを押した瞬間、『ポータルウォッチ』が熱を帯びた。
     直後、『ポータルウォッチ』による『エリドゥ』の再構築が始まる。

     組み替えられていくコントロールルーム。周囲に屹立する八本の柱。私の足元に出現したワイヤーは魔法陣めいた紋様を床に描き、そこから壁や天井へと標を浮かび上がらせた。

     『ポータルウォッチ』から放たれる金色の輝きと共に、私の髪がふわりと重力の枷から解き放たれる。

  • 132125/04/02(水) 20:22:02

    (私は『世界の究極の答え』を知っている)

     記憶のみを送るはずだったこの装置の、本当の使い方を知っている。
     私にしか出来ないやり方。私にしか解き明かせない根源回帰の手段。それはまさしく大いなる力だ。

     大いなる力には大いなる責任が伴う。
     今こそ、その責務を果たすときが来た。

     私は『ポータルウォッチ』を手に掴んで自らの真上へかざす。
     全ての光は世界門。流出する神性の流れに逆らい行うは、私のみに許された自己概念に対するハッキング。

    「にはは! 未来を変えちゃいますよー!」

     徐々に強くなる光は、世界と世界を繋ぐ無限光。
     王冠を超えし者のみが到達し得る、神位創造への逆流が果たされる。

     物質、魂、その神性を分解。
     身体も存在も全てが無となり失われる。しかし意識だけがそこにはあった。
     分解された全てを異なる時空へ照射。自らを再錬成。自己同一性の完全なる保障。

     向かうべき答えは過去にある。
     それはリオ会長が私をセミナーへ勧誘した『あの日』だった。

    -----

  • 133二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 20:56:27

    おぉぉ佳境!オラワクワクしてきたぞ!

  • 134二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 21:08:54

    タイトル回収最高だよ

  • 135二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 23:12:23

    究極の答え=42

  • 136二次元好きの匿名さん25/04/02(水) 23:50:01

    保守

  • 137二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 00:11:18

    コユキの成長を感じられて涙

  • 138二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 02:30:43

    真夜中から読んだけど…
    …スゲェヨ(褒めるための語彙力消失)

  • 139125/04/03(木) 02:57:12

     セミナー、会長室。
     ここにはミレニアムの全てのデータが保管されている。そのセキュリティはミレニアム最高峰の頑健さを持ち、あのヴェリタスでさえも会長室のセキュリティを打ち破るのは現実的でないと評されるほどである。

     その会長室の壁に置かれた姿見の前に立つ姿がひとつ。調月リオである。

    「私は『星を追う者』として千年難題を解き明かさなくてはいけない」

     鏡に映ったリオの姿は非情にして完璧だ。
     世界滅亡の夢を現実に変えないために、合理的な判断を行える姿をまさしくそこへ体現していた。

    「私は世界を滅亡なんてさせたりしない。ミレニアムも、キヴォトスも、私が守る」

     自分に暗示をかけるように、ここ数日から何度も繰り返してきた。
     その原因は今年入学した生徒の中にあった。

     黒崎コユキ。知識の中に存在する世界の鍵。コユキとコネクションを結ぶことは必要不可欠なのである。

    「私が知っているのは、『黒崎コユキ』という存在が私にとって重要なファクターとなり得ること。大丈夫、私なら出来る」

     パン、と頬を叩いたリオは颯爽と身を翻し、会長室の扉を開く。

    「あ、会長。今日もお出かけですか?」
    「ええ、ユウカ。今日こそは勧誘して見せる」
    「そんなに手強いんですか? その子」
    「……ええ、強敵だわ」

     リオがセミナーに勧誘しようとしている新入生の噂は、セミナーの部員にとっては公然の秘密である。
     何せ、あの『調月リオ』が何度も会いに行っているのだ。それなのに効果が上がらず、それでも何度も会いに行く――こんなこと、噂にならないわけがない。

  • 140125/04/03(木) 02:58:44

     けれども不思議なことにその新入生が誰なのかは未だ誰にも知られていなかった。
     リオの徹底した情報管理。ユウカとノアが部員たちを抑えに抑えた結果である。会長が勧誘しているのだから、じきにセミナーへやって来るだろうと。その上で誰が来るのかを楽しみに待とう、と。

     ユウカは純粋な気持ちでリオを鼓舞した。

    「今日でもう20回目ですからね! 応援してます!」

     それに対するリオの反応も、実に淡泊なものであった。

    「……そうね」

     そうしてリオはセミナー本部からミレニアムタワーを降りていく。
     全てに通ずる天才――それがミレニアムにおける調月リオという生徒に対する印象だ。

     だが、実のところはそうでない。

    (今日こそは黒崎コユキに『話しかける』のよ……!)

     調月リオ、セミナーの会長。
     黒崎コユキが入学してからこれまで19回も会いに行こうとして、途中で引き返して今日まで過ごしてしまったポンコツである。

     1回目……即ち入学式のとき、そのまま勢いで会いに行こうとしてコユキの姿を見たとき、リオはコユキに声を掛けようとした。しかしふと、思ってしまったのだ。

    (……なんて話しかければいいのかしら)

  • 141125/04/03(木) 02:59:13

     前世で知っているから? いやそれは合理的でないと首を振る。

    (前世の話はあくまで私の主観でのみしか証明できない事実。恐らく黒崎コユキは私の言葉を信じない)

     なんて声を掛けるべきかも決まらないうちに話しかけるのは合理的でないと考え、その日はセミナーへ戻ることにした。

     そして翌日。リオは黒崎コユキの行動パターンを解析しながら最適な勧誘スポットの検証を開始する。
     会長室から出て、エレベーターのボタンに触れたとき、リオは考えた。

    (まだ二日目……行動パターンの解析にはどうしても不十分。ならば、今日より明日の方がサンプル数が増えるのでは)

     リオは引き返した。

  • 142125/04/03(木) 02:59:32

     それから更に翌日。再びリオは黒崎コユキの勧誘に向かった。
     エレベーターの前に向かうとそこにはノアがいた。

    「会長? 珍しいですね。こんな時間にわざわざここを使うなんて」
    「そうかしら?」
    「はい。普段だったら直通のエレベーターを使うではないですか」
    「……そうね」

     リオは引き返した。何か今日は良くない気がしたからである。

     それから翌日も、翌々日と、大体同じような理由で引き返し続けたリオだった。
     しかし流石に1週間も経てば分かる。もうそろそろこの言い訳も厳しくなってきたということに。

    (8回目……なかなか手強いわね。黒崎コユキ)

     そんなことはない。というよりも、リオはまだセミナーのある最上階からコユキの勧誘目的では一切降りられていない。合気道の達人ならばともかくただの逃避だ。拳のひとつも交えていない。

    (今日こそ、行くわ――!)

     内心に決意を抱えてリオは歩き出した。
     その姿を見て、セミナーの部員たちが密かに囁いた。

    「もしかして、例の?」
    「多分そう。大型新人の勧誘だよ」
    「あの会長の誘いを断り続けているって噂の……?」

     リオは引き返した。

  • 143125/04/03(木) 03:00:43

     それからリオは何度も引き返し続けた。

    (下手に注目が集まるのは良くないわ。私にも、コユキにも)
    (今日は天気が悪そうだもの。途中で雨が降ってファーストインプレッションに悪影響を及ぼす可能性があるわ)
    (占いの順位が低かった。これはきっと、何かの暗示ね)
    (なんか急にお腹が痛くなった気がする。万全のコンディションでないときに勧誘を行うのは合理的では無いわ)
    (なんか今日は……良くない気がする)

     そうして気が付けば二週間が過ぎていた。
     黒崎コユキの行動パターンを収集する上で知ったのは、リオが引き返し続けたこの二週間でコユキがあまり学校に馴染めていないという事実。

    「そ、そんな――」

     リオは愕然とした。
     機を伺い続けている間にコユキが孤立し始めているという事実に。

    「わ、私は、そんなつもりじゃ――」

     この時点でリオは既に、コユキを単なるファクターだとは見なしていなかった。
     あぶれてしまった天才が多く集まるこの学園にて、保護しなければならない対象なのだと認識し始めていた。

     かつて自分がそうであったように。

    「今日は、頑張るわ……」

     鏡の前に立って自分に自己暗示をかける。それこそが極めて合理的選択だと、リオは疑わなかった。
     どんなに遅くとも三週間が経つ前には何としてでも勧誘する。そう奮起して――20日目。リオは腹を括った。

  • 144125/04/03(木) 03:01:38

    (今日こそはコユキに話しかけて見せる。話しかけるまで私は屋根のあるところで眠らない――)

     ミレニアムタワーから出たリオは迷うことなくミレニアムの一角へと向かう。
     この20日間で解析した黒崎コユキの行動パターン。コユキはすぐに見つかった。

     ひとり、ぽつんと花壇の前でしゃがみ込むコユキの姿。リオは一歩踏み出した。

    「ねぇ、そこのあなた」
    「……私、ですか?」

     コユキが顔を上げた。困惑したような表情だった。
     リオは何て声を掛けようか迷って――それから思わず零したのはこんな言葉だった。

    「黒崎コユキ、セミナーに入りなさい」
    「……………………はい?」

     コユキが戸惑ったように首を傾げた。それだけでもうリオは返りたくなった。
     が、何とか踵を返そうとする足を留めて、何とかリオは踏み留まる。

    「あなたには才能があるわ」
    「……何のです?」
    「分からないわ」
    「冷やかしですか!?」

     まずい、とリオは思った。
     これは何だか上手くいっていないぞと、流石のリオもそう感じた。

  • 145125/04/03(木) 03:02:39

    「冷やかしでは無いわ。あなたはセミナーに入らなくてはいけないの」
    「だからどうしてですか!?」

     どうして、と言われても「前世の記憶に従って」なんて言えるわけもない。
     だから、当然こうなる。

    「言えないわ」
    「だからなんで!?」

     さて、どうしたものか。
     リオはそう考えて、結論を出した。

    「日を改めるわ」
    「改められましても!?」
    「では、どうしろと?」
    「はいぃ!?」

     コユキはあまりの理不尽さに悲鳴を上げた。それにリオは気付かなかった。

    「黒崎コユキ。反論には結論を持ったうえで行うべきよ」
    「いやなんで私が説教されるんですかこの状況で!?」
    「あなたにはその力があるじゃない」

     リオがそう言った瞬間、コユキの目の色が変わった。

  • 146二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 03:04:59

    このレスは削除されています

  • 147125/04/03(木) 03:05:30

    「力ってなんですか」
    「コユキ……?」
    「大いなる力とか――もううんざりですよ!!」

     コユキは憤然と立ちあがる。そして――

    「コユキック!」
    「あ"ぁ"ッ――!」

     コユキの蹴り上げた爪先がリオの向こう脛に突き刺さった。
     リオは脛を抱えてうずくまる。

    「おっぱいもデカければ態度のデカいんですねあなたは!! バーカバーカ! どっかいっちゃえ!」

     コユキは遠くへ逃げ去っていく。
     脛を蹴られた以上の精神的なショックを受けたリオはそれを追いかけることが出来なかった。

    (――――っ)

     リオは引き返した。というかもう無理だった。
     黒崎コユキが重要なファクターだとしても、多分今じゃない。いつか来る。そうであって欲しいと心の底からリオは思って、引き返す。

    (これは――屋根が無くても快適に過ごせる空間を作り出す研究を始めるべきだわ……)

     そんな因果の捻じ曲がった決意を抱いた――その時だった。

  • 148二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 07:06:06

  • 149二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 10:21:09

    リオのコミュ障でキヴォトスがヤバい
    ……とは言うものの四馬鹿の誰が会長になってもそれなりに問題起きそう

  • 150125/04/03(木) 10:41:36

    「リオ会長」
    「誰……?」

     リオは悠然と振り返る。
     木々の向こう。そこに隠れた誰かは躊躇いがちに言葉を紡いだ。

    「あの……ですね。『あの子』は、その、実は寂しがり屋なんです」
    「…………」

     ぽつりと零れるその言葉には、一体どれだけの感情が込められていただろうか。
     それは郷愁と言えるものであったのかも知れなければ、少しばかり照れ臭い……なんてものかも知れない。

    「自分に全然自信がなくって、自分なんか全然、誰かに求められるような存在じゃないって思ってるんです」
    「…………」
    「会長にセミナーへ勧誘されたのだって、罰ゲームか何かだと本気で思っちゃうぐらい、自分に何の価値もないって……そう思ってるんです。だったらひとりの方がまだマシだって……」
    「……私も」
    「へ?」
    「私もよく、そう思うわ」
    「にはは……そっくりですね。私たち」

     その言葉にリオは頷く。

    「私はきっと、怖かったのね。手を振り払われることが、誰かに拒絶されることが」
    「大丈夫ですよ」

     木陰の声は肯定する。
     その声ひとつ取ってみても、声の主が勇気を振り絞って自分に話しかけているとリオは分かったからこそ、その言葉をすんなりと受け入れることが出来た。

  • 151二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 10:41:51

    このレスは削除されています

  • 152125/04/03(木) 10:43:44

    「ちょっとだけ厄介かも知れませんけど、それでも。リオ会長。あなたの想いはちゃんと伝わります。ですから、一歩ずつ段階を踏んでもう少しだけ話してあげてください。きっと必ず、黒崎コユキはその想いに応えます」
    「…………」
    「それじゃあ会長、頑張ってください! にはは~!」

     がさがさと音がして、声の主は姿を現すことなく何処かへと消えていった。
     残されたリオは届けられた言葉を何度も咀嚼する。それから反省した。

    「そうね……私は、人との向き合い方というものを少しばかり忘れてしまっていたのかも知れないわ」

     人とは『未知』である。『未知』とは恐ろしい。
     けれども飛び込まなくては何も得られない。何も掴めない。恐怖に足が竦んで立ち尽くすなんて『科学者』としてあまりに『非合理的』だったと自戒した。

    「一歩ずつ……段階を踏んで、ちゃんと話す……ね」

     躊躇いがちなアドバイスが心に染みわたる。
     リオは懐から携帯を取り出すと何処かへ電話を掛けた。そしてこう言った。

    「コールサイン『00』、黒崎コユキの捕獲任務を命ずるわ。今すぐ来て」

     なんもわかっちゃいなかった。

     リオのそれは巨人の一歩で、人との向き合い方以前の問題だった。
     段階どころか相手を踏み潰さんばかりに発せられたのはミレニアム最強による新入生の拉致。

     かくして、正気とは思えない「セミナー勧誘作戦」の火蓋が切って落とされる――

    -----

  • 153二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 10:56:16

    最初のセミナー入りの話がちゃんと伏線回収されてしまっててクソ笑った。

  • 154二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 12:22:19

    デカい妹がよ……

  • 155125/04/03(木) 12:40:03

     メイド服を着た小柄な生徒が早足でミレニアムを歩いていた。

     それだけの情報ならば、恐らく大抵の者は可愛らしい姿を思い浮かべるかも知れないが、その実態はまるで違う。
     メイド服の上から袖を通された派手なスカジャン。両手に持つはチェーンで繋がった二挺のサブマシンガン。そして明らかに機嫌の悪そうなその表情――ミレニアム最強、セミナーが保有する秘密エージェント『C&C』のリーダー、美甘ネルであった。

    「んで、なんで急に呼ばれてんだあたしは。大体黒崎コユキって誰だよ」

     ネルは不機嫌そうにリオを見上げた。
     リオは静かに口を開く。

    「黒崎コユキは、セミナーに入るべき人材よ」
    「へぇ、珍しいな。お前がそこまで人を買うってのは。んで、捕獲ってなんだ?」

     ネルの疑問は当然のことである。というか誰でも首を傾げる。
     勧誘という行為に捕獲のいう手段が用いられることは無いからだ。

    「コユキと話をしたのだけれど、激しい抵抗を受けて逃げられてしまったの」
    「激しい抵抗だぁ?」

     コユキックのことである。

    「私も負傷したわ」
    「どこをだよ」
    「ここよ」
    「無傷じゃねぇか」
    「心も傷ついたわ」
    「お前の心いっつも傷だらけだな」

     ぐっ、とリオが言葉に詰まった。
     傍目にはすまし顔に見えるかも知れないが、付き合いの長いネルには分かる。

  • 156125/04/03(木) 12:40:19

    「……それだけじゃないわ。あれは極めて獰猛よ」
    「どのぐらい獰猛なんだよ」
    「カピバラよりも獰猛よ」
    「獰猛界の最下層と比べられても分かんねぇよ!!」
    「獰猛界……聞きなれない単語ね。詳しく聞かせてちょうだい」
    「例えだよ例え! どこ食いついてんだ!」

     呆れながらも叫んだネルだったが、リオは不意にその表情に陰を落とした。

    「私は……コユキと話さなくてはいけないの。とても大事なことよ」
    「内容は?」
    「……言えないわ」
    「ちっ、まぁそう言うだろうとは思ってたけどよ」

     頭をガシガシと掻きながらネルは大筋を理解する。

    「つまり、落ち着いて話したいからちょっとセミナーまで面貸せって言えばいいんだろ? 勧誘がどうとか以前に」
    「……! そ、そうだわ。それよ。でも入部してくれる方がありがたいわね」

     リオは自らの目的を思い出した。
     黒崎コユキと友誼を結ぶのが目的なのであり、セミナー勧誘は手段でしかないのだと。
     そんなことに今更ながら思い当たったのだろうと察したネルは「任せろ」と胸を張った。

    「鬼ごっこで勝負ってんで早いとことっ捕まえりゃあ全部解決ってわけだ」
    「ええ、期待しているわ」

  • 157二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 18:03:46

    セミナーがミレニアム生の倫理観ドーピングを行う場に見えてきた
    所属するにしても対立するにしても

  • 158二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 19:48:23

    これでコユキが尋常ならざるハッキング三昧で逃げ回るんだからネルパイセンも楽しいだろうな

  • 159125/04/03(木) 19:48:49

     それからリオは迷うことなくコユキの元へと再び戻る。無駄に洗練されてしまった無駄に高い行動予測の賜物であった。

    「な、なんでまた来たんですか!? セミナーなんかに入りませんよ!?」

     怯えるコユキを無視してリオは言い放つ。

    「黒崎コユキ。今から鬼ごっこをしましょう。ネルに捕まったらセミナーへ入部してもらうわ」
    「へ?」

     コユキは困惑した。
     突然見知らぬ人物から「セミナーに入れ」と一方的に言われ、当然「嫌だ」と断れば「日を改める」と勝手に話を続けようとし、その上今度は日を改めることすらしないで「鬼ごっこをしよう」と言われたのだ。

     こんなの困惑しないわけがない。というよりも意味が分からなすぎる。
     捕まったらセミナー入部、という横暴に怒ることすら忘れて、コユキは呆然とリオを眺めてしまった。

    「よろしくなぁ? あたしは美甘ネルだ。あたしから逃げ切れたヤツは誰もいねぇから、先に言っておくぞ」

     混乱から復帰できないコユキを置いて、ネルが言った。

    「たのしいセミナーへようこそ、だ。チビ」
    「そっちだってチビじゃないですかぁ!?」
    「んだとコラァ!!」

  • 160125/04/03(木) 19:49:22

     あまりの剣幕に慌てて逃げ出すコユキ。しかしネルはすぐには追いかけなかった。

    「鬼ごっこ、っつったしなぁ……。30秒ぐらいは待ってやるか」

     美甘ネルは『C&C』のリーダーである。そしてミレニアム最強の個人である。
     そんな彼女がただの一般生徒ひとりを捕まえられないわけがない。本気でやれば一瞬でケリがついてしまうことはこの場の誰もが知っていた。

    「ま、へとへとになるまで追い掛け回して捕まえれば抵抗もできねぇだろ」
    「そうね」

     頷いたリオにネルは笑って、少し遅れて走り出す。

    「とりあえず30分ぐらいかけて捕まえるからちったぁ待ってな!」

     そうして走り出して約4分。ネルはミレニアムから出ようとするコユキをすぐに見つけた。

    「ひぃ!? な、なんでもう追い付いてるんですか!?」
    「言ったろ? あたしからは逃げられねぇってなぁ!!」

     学校の敷地内から出られるのは流石に困ると、ネルはサブマシンガンを乱射した。
     コユキが悲鳴を上げながらミレニアムタワーの方へと追い込まれていく。

    「こっ――こうなれば徹底抗戦です!」
    「誰にもの言ってんだぁ? やってみろ!」

     コユキが懐から爆弾を取り出して後ろのネル目掛けて投げつける。
     しかし投擲されてすぐにネルがそれを撃ち落とす。コユキのすぐ後ろで爆発してコユキは耳を押さえた。

  • 161125/04/03(木) 19:49:44

    「うわぁあああ! ヤバすぎます!」
    「はははははは! おらおらぁ!」

     サブマシンガンから放たれる銃弾がコユキの足元を右から左からと削り続ける。コユキは悲鳴を上げた。

    「私なんか悪いことしましたか!?」
    「知らねぇ! ただ運が悪いのは確かだなぁ!」
    「どうしてぇぇええ!!」

     付かず離れず、いや、やや距離を取りながらもコユキを追いかけるネル。
     コユキが物陰に飛び込むのを見て、ネルもそれに追随しようとした――その時だった。

    「こっちですよ~!」
    「っ――!?」

     突如ネルの背後からコユキの声が聞こえたのだ。
     咄嗟に振り返るとそこには逃げ出すコユキの後ろ姿。呆気に取られてネルも一瞬立ち止まる。

    (こいつ、いつの間に――!?)

     瞬間、頭上から派手な爆発音が聞こえて視線を向けると、ネルの立つすぐ脇の棟の三階部分から真っ赤なスポーツカーがガラスを突き破って飛び出していた。

    「くそっ――!」

     状況を理解し、すぐさまネルはその場から駆け出した。降り注ぐのは強化防弾ガラスの破片、それからスポーツカー、オートバイ、配膳ドローン――自動制御実験が行われていた試験用機材が雨あられのように落ちてくる。その全てを転がるように避け切った……はずだった。

  • 162二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 20:05:12

    あああ、そうくるのね!そりゃそうだ!
    ネルVSコユキだもんねえ

  • 163125/04/03(木) 20:23:39

    「はぁ!? マジか!!」

     道を塞ぐように前から三台の大型トラックが全速力でネル目掛けて並走。後ろも同様に三台。計六台に挟みこまれている。運転席には誰も乗っていない。自動操縦。車高は高く、トラックの全面は平坦。

     ――トラック同士が衝突すれば爆発しかねない。
     ――下にくぐってもやり過ごせねぇ。
     ――上に飛んでも流石に飛び越せねぇ。普通に轢かれる。

     思考は一瞬。ネルはすぐに両手のサブマシンガンを正面中央の車両、そのフロントガラスに向けた。

    「おらおらぁ!!」

     息もつかせぬ連続射撃をモロに受けたフロントガラスにヒビが入ってホワイトアウト。それでも続けて削るように撃ち続け、ガラスに握り拳大の穴が出来る。すぐ後ろには迫り来るトラック。ネルはその穴目掛けて走り出して飛び上がる。そして穴の縁を足掛かりにして更に真上へ飛ぶ。

     衝突する合計六台のトラックが、飛んだネルを追いかけるように真上へ押し上げられ――そこを更にネルは足場にして飛び――爆発。驚異的な身体能力から繰り出される三段ジャンプを披露したネルだったが、空中で身を翻すネルが見たのは自分に迫る暴走ドローンの群れである。

     ――二時の方向に三機、四時の方向に三機、十時の方向に四機。

     落下しながら状況を確認したネルは即座に攻撃を開始する。両手のサブマシンガンで二機ずつ正確に銃弾を撃ち込み落とす。その絶技によって集まって攻撃するはずだった暴走ドローンは一発たりとも撃つことなく破壊された。

     壊れたトラックの残骸の上に着地したネルは、サブマシンガンで肩を叩きながら愉快そうに口の端を上げた。

  • 164125/04/03(木) 20:30:07

    「思ったよりやるじゃねぇか。褒めてやるよ黒崎コユキ」
    「ひぃ!?」

     物陰から様子を眺めていたコユキがびくりと肩を震わせる。

    「な、なんで無事なんですか!?」
    「トラックあんなに並べりゃ勝てるとでも思ったのかぁ?」
    「そっちは知りませんよ! ただの事故じゃないですか!!」
    「だったらあたしがちったぁ本気出してやるかって思ったのも事故みてぇなもんだよなぁ!!」
    「ちょっと何言ってるか分からないんですけどぉ!?」

     コユキがそのまま部室棟へと逃げ込んで、ネルはそれを追いかける。

    「おいおい! どこへ行こうってんだぁ!?」

     ミレニアムタワーとは別に建てられた部室棟は、大掛かりな装置を使うような部活の多くが部屋を借りている。
     そのうちの一部屋に逃げ込んだコユキを追いかけて、続けてネルも部屋に入った。

     ネルが気が付かなかったのは、その部屋が『三秒クッキング部』の部室だったことだけである。

  • 165125/04/03(木) 20:30:24

    「はっちゃ!!」

     どん、と低い音。巨大な空気銃。そこにあったのは三秒で巨大な唐揚げを作る装置だった。

    1、空気銃で材料を射出します。

    「どぅっ!?」

     部屋に入った瞬間、空気銃から放たれた空気がネルに直撃。ネルはとんでもない速さで真横にすっ飛んでいく。

    2、片栗粉をまぜてとろみをつけた調味液に材料をくぐらせます。

     噴出し展開した調味液の壁に頭から突っ込んだネルにとろみと下味が付けられる。

    3、点火したバーナーで表面をこんがり焼きます。

     バーナーの炎で炙られたネルから美味しそうな匂いが漂ってくる。

    4、お皿に盛りつけたら完成です。

     全身から美味しそうな匂いを漂わせた唐揚げが壁に叩きつけられて、すぐ下に置かれた皿の上に落ちる。当然皿は割れた。

     コユキは呆然とした様子でネルの唐揚げを見て、それから自分がいま何を動かしたのかを理解した。

    「……た」

     コユキは震えた。

    「たいへんなことが起こってしまった……」

  • 166二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 20:42:21

    ミカモサクサクができてしまった

  • 167125/04/03(木) 20:51:19

     揚がりたてのネルは無言でゆっくりと立ち上がる。
     パラパラと剥がれ落ちる唐揚げの衣。頭の先からつま先までこびりついた衣を払うことすらしない。

    「…………おい」

     無表情のネルからは一切の感情が見えない。
     コユキの震えが一層酷いものになる。

    「いっ、いやっ――こっ、これっ、こんな――」
    「お前、死んだな?」
    「ひぃぃいい!?」

     コユキがすぐさま逃げ出して、それを本気でキレたネルが追いかける。
     ひとつコユキにとって都合が良かったのは、ここがそう言った大型で危険な機器を大量に置いていることと、人がそれなりに多かったことだろう。

    「ぶっ潰す!! ぜってぇ潰す!!」
    「うあぁああああああ――なんで――!」

     コユキが窓から飛び降りる。続けて降りるが姿がない。

    「どこに隠れやがったぁ!!」

     そう叫んだ……そんなときだった。
     タワーの入口で待機するリオからの通信。ネルは苛立ちを抑えながら通信に出た。

  • 168125/04/03(木) 20:52:00

    「おいリオ! あいつあたしのこと唐揚げにしや――」
    【コユキック!】
    【あ"ぁ"ッ――!】
    「……おい。なんでリオがやられてんだ……?」

     通信機越しに聞こえた悲鳴。ネルの声は怒りで震えていた。

    「つーかてめぇ……、どうやってこんな短時間でリオんとこま――」
    【にはは! 頑張ってくださいね~】

     ぶつん、と通信が途切れた。
     ネルは通信機を耳から外す。それから無言で通信機を握り潰した。

    「……黒崎コユキぃぃぃいいい!!」

     ネルは決めた。倍返しだ、と。
     黒崎コユキは例え何があろうとも必ず磨り潰すと、そう心に決めた。

    -----

  • 169二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 21:22:34

    殺してやる…
    殺してやるぞ陸八魔アル

  • 170二次元好きの匿名さん25/04/03(木) 22:55:27

    何も知らないこの当時のコユキと未来を変えるために時代を超えてきたスレコユキがいて状況をひっかきまわしながら煽るからネルパイセンの怒りがマッハで草生える
    当時のコユキは泣いていいw

  • 171125/04/04(金) 00:03:33

     ミレニアムタワー最上階。
     セミナー本部には多くのセミナー部員たちによってミレニアムサイエンススクールとその自治区の運営が行われている。
     その日もユウカは、セミナーの役員として会計の業務にあたっていた。

     異変に気付いたのは、何気なく外を見た時のことだった。

    「……ねぇ、なんか煙上がってない?」
    「確かに……部室棟の方ですね」

     最上階から眼下に見えるミレニアムの空はノアの記憶のものよりも確かに少し黒かった。それも特に部室棟の方から、きっと黒煙が上がっている。
     それを聞いたユウカがげんなりとした様子で溜め息を吐いた。

    「またぁ? 今度はいったいどこの部活がやらかしたんだか」
    「ふふ、また仕事が増えちゃいますね」
    「もう……他人事だと思って」

     ミレニアムで爆発騒ぎなんていうのは別に珍しいものでもなんでもない。
     流石に一棟まるまる吹き飛ぶようなものはそうそう起こらないが、壁やら天井やらが吹き飛ぶのはいつものことだ。
     おかげで、建材のリサイクル技術と再建築のオートメーションメカの進歩は目覚ましい。
     しかし、どれだけ技術が進歩してもタダは無い。コストはかかる。ならかかった費用の行く先はどこに向かうのか。

    「本当、頭が痛くなるわね……」
    「私も手伝いますよ、ユウカちゃん」

     ノアがユウカに笑いかける。会長室の扉が開いたのは、そんな時だった。

    「あ、会長。戻ってたんで――」

  • 172125/04/04(金) 00:03:47

     ユウカはそれ以上言葉が紡げなかった。
     会長にしか入れないはずの部屋から現れたのは会長ではない。見知らぬミレニアム生が俯いたまま立っていたからだ。
     首からは大きな時計を二つ下げている。ひとつは黒ずんだ壊れかけの物で、もうひとつは鈍く光る金色の。

     そして何か紙袋を抱えている。中身が何かは分からないが……。

    「だ、誰――?」

     ユウカの誰何にその生徒は「にはは」と笑って、きっかり90度で頭を下げた。

    「はじめまして! 私はミレニアムサイエンススクール一年生の黒崎コユキです! 今日からセミナーでお世話になります!」
    「え?」
    「それじゃあ、行きますよー!」

     コユキと名乗った生徒は身体を起こしながら紙袋の中身をぶちまけた。
     ミレニアムの中枢、セミナーの本部に投げ込まれたそれらを見て、ユウカは絶句した。

     大量の――爆弾――

    「ちょおッ!?」
    「あいどべー!!」

  • 173125/04/04(金) 00:04:00

     ばら撒かれた爆弾が煙と爆風でセミナーを満たす。同時にセミナーへ大量に流れ込んできたのは警備用のドローンやドロイド。その数、三十。しかも本来襲撃者を制圧するはずだったそれらが攻撃対象に選んだのは、セミナーの部員たちの方であった。

    「保安部に要請を! くぅっ!?」

     ユウカを含めた部員たちは、慌てふためきながらも机を盾に応戦を始めた。

     ミレニアムでは治安維持の大半は警備用ドロイドなどに依存している。そして当然のことながら、ミレニアムを守る保安部はセミナー本部に常駐しているわけではない。
     当たり前だ。ミレニアムで最も堅固なセキュリティがセミナー本部なのだ。金庫の周りに警備員を置いたとて、金庫の中にまで警備員を置く者なんて居ないのだから。

    「ユウカちゃん! コユキちゃんが居ません!」
    「コユキ……ってさっきの子!? どこに行ったの!?」

     探そうにも探せない。この混乱では。
     その時だった。

    「あっれー? なんか大変そうだねー?」
    「アスナ先輩!」

     本部に雪崩れ込んだ警備ドロイドをなぎ倒しながら現れたのは、C&Cのナンバーツー、コールサイン『ゼロワン』の一之瀬アスナだった。

    「もしかして掃除の時間?」
    「そうです! お願いします!」
    「はーい」

     ミレニアム最強を美甘ネルだと疑う者はミレニアムに存在しない。だからミレニアム最強なのだ。
     一之瀬アスナはナンバーツー。最強ではない。ただ『自分より強い人間がミレニアムにひとりだけ』という意味である。

  • 174125/04/04(金) 00:04:29

    「あっはは!!」

     空中からばら撒かれるドローンの十字砲火をスライディングで避けながら、アスナは的確にドローンのカメラを破壊していく。
     近接戦闘用のドロイドがアスナを取り押さえにかかる。それに対するは長躯から放たれる回し蹴り。吹っ飛ばされたドロイドが別のドロイドたちにぶつかって横倒しになる。

    「ストラーイク! いやスペアかな?」

     笑うアスナ。しかし背後から迫るドロイドには無警戒だ。

    「後ろです! 後ろ!」
    「大丈夫だよー」

     ユウカの方を向いて笑うアスナ。その背後で起こったのは、床をぶち抜いて行われる神懸かり的な狙撃。

    「カリン、ナイシュー」
    【アスナ先輩……あまり私を当てにされても】
    「だってもう増援は来ないでしょ? だったら大丈夫でしょ!」
    【ええ、階下は私が制圧しました】

     アスナの付けた通信機からはカリンとアカネの声が聞こえる。
     C&C、コールサイン『ゼロツー』と『ゼロスリー』にである。

     それからは瞬く間に暴走ドローンたちは排除された。
     全てを倒したアスナが言う。

    「ねぇ会計。次は誰を倒せばいいの?」

     ユウカは叫んだ。

  • 175125/04/04(金) 00:04:57

    「黒崎コユキ! うちの一年生! この襲撃の犯人よ! ヴァルキューレにも要請してさっさと矯正局に送って――」
    「ちょっと待ってくださいユウカちゃん!」
    「っ――!?」

     ノアの大声にユウカが目を丸くする。それからノアは言った。

    「会長室から出て来たということは、会長室のセキュリティが突破されているということじゃないですか!?」
    「……っ、セミナーにハッキングを仕掛けられた可能性があるわ! 今すぐ調べて!」

     答えは、すぐに出た。

    「ユウカ会計……セミナーのセキュリティにハッキングの形跡があります……」
    「そんな――有り得ない!!」
    「ユウカちゃん、矯正局は……」
    「くっ――」

     ユウカは一瞬躊躇い、そしてヴァルキューレへの要請を保留とした。

    「ミレニアムの機密を奪われた可能性があるわ! 黒崎コユキを絶対にミレニアムから出さないで!! それと会長に急いで連絡! セミナーが襲撃された!」

     黒崎コユキは絶対に他校の手に渡ってはならない。それは連邦生徒会直下のヴァルキューレも含めて。

  • 176二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 00:05:15

    このレスは削除されています

  • 177125/04/04(金) 00:05:50

     しかし、問題はそれだけではなかった。
     ばづん――と突然、ミレニアムが大停電に見舞われたのだ。

    「もう! 次から次へと!」

     エレベーターは使えない。ドロイドやドローンはハッキングが掛けられている可能性がある。下手に再起動なんて出来ない。

    「だったら数よ!」

     ユウカは叫んだ。

    「保安部100名での人海戦術で黒崎コユキを捕獲する! 会長と合流次第、会長の指示に従って!」

     それが事の次第。
     黒崎コユキへのセミナー勧誘に向けて保安部100名およびC&Cが動き出した。

    『主観的事実に矛盾しなければ、元の世界へ帰還できる』

     それが全てで、それが現実。
     かくして、幾月の時が流れた――

    -----

  • 178125/04/04(金) 01:10:16

     黒崎コユキが入学してから起こった大停電は、入学してから20日後に一回。そして二回目の大停電が起こったその日の夕方、明星ヒマリはヴェリタスの部室にいた。

    「停電とか困るよねー」

     マキの言葉にヒマリは笑みを浮かべた。
     今日の昼に起こった大停電はミレニアムに混乱をもたらし、セミナーとエンジニア部が共同で何とか復旧したのだ。――たった三時間で。

    (まぁ、リオのことですからあらかじめ準備していたのでしょう。エリドゥとミレニアムを繋ぐ電力供給装置を)

     その考えは正しく正鵠を射るものだった。
     施工途中で止まってしまったが、ミレニアムとエリドゥを秘密裏に電力供給を行う工事は既に進んでいたのだ。

    (『調月リオ』は『星を追う者』なのですから)

     未来を見ていたような動きだって別に特段不思議ではない。ヒマリはそう思った。
     自分の未来と『星を追う者』の過去は矛盾しない。自分が未だ歩んでいない未来が『星を追う者』にとっての過去にもなり得るのだと知っている。

     ――ぽこん、と。そんな時だった。
     マキの携帯から着信音が流れて携帯を手に取る。

     画面に映ったのは宛先不明のメッセージだった。

  • 179125/04/04(金) 01:10:49

    【脱出! 脱出ですよ!】
    【XDXDXDXD】
    【昼の決着を付けましょうXD】
    【武器を持て! 生き様を見よ!】
    【XD】
    【XD】
    【XD】
    【XD】
    【XD】
    【一狩り行きましょう!】

    「ヒマリ部長。私……行かなきゃ」
    「いったいどこへ?」
    「狩りの舞台が私たちを待っているんだよ!!」
    「ふふっ――そんな装備で大丈夫ですか?」

     マキは笑ってこう言った。

    「大丈夫。問題な――って、これ負けフラグだよね!?」

     そう言いながらもマキはゲームをするべく自室へと帰っていった。
     残されたヒマリはその後ろ姿を微笑ましく眺めながら、改めてエリドゥの監視作業へと戻る――その時だった。

    「ヒマリ先輩」
    「…………コユキ?」

     入れ替わるように入って来たその姿はセミナーの黒崎コユキであった。
     けれども俯いたまま、目を合わせない。コユキの首に掛かった二つの時計が揺れた。

  • 180125/04/04(金) 01:11:57

    「……あ、の」

     かすれた声がヴェリタスに響く。

    「これ……」

     コユキがヒマリへ差し出したのは鈍く輝く金色の時計であった。

    「すごく大事なものなんです。私の大事なもので……大切な宝箱を開ける為の、げほっ、鍵なんです……。必ず明日の私に渡してください。20時から21時の間、絶対に……必ず」
    「コユキ」

     ヒマリの言葉は有無を言わせぬほどに冷たいものだった。

    「顔を見せてください」
    「……………………はい」

     コユキが顔を上げる。
     その顔を見て、ヒマリは身体を強張らせた。

    「あなた……」
    「治療は明日でお願いします」

     コユキの顔には何度も血を拭った跡があった。なによりコユキの目は、白目の部分も含めて兎のように真っ赤に染まっていた。

    「頑張りすぎちゃいましたかね。でも、必要なんです」

     繰り返し酷使された『人の身にあまる権能』は、コユキの身体を確かに蝕んでいた。
     けれどもこれは時空を越えるという奇跡に対する回数制限。それ以上の意味は持たない。

  • 181二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 01:13:19

    このレスは削除されています

  • 182125/04/04(金) 01:15:25

    「ヒマリ先輩。私、明日の21時30分にエリドゥの第六発電所で倒れているので、助けてはくれませんか?」
    「……………………」
    「それと先輩、『星を追う者』から伝言です。『残り二問』ですって。分かりますか」
    「…………分かります。分かりますとも」

     ヒマリは頷いた。そこにどんな気持ちを込められていたか、それはきっとヒマリのみが用いる感情であった。
     だから聞いた。『ヒマリからコユキへ』、過去から未来へ届けられるメッセージはこのひとつに集約されていた。

    「あなたは宝箱を見つけましたか?」

     ヒマリの求めて来た究極の問い。コユキは答えた。

    「もちろんです!」

     そして――それから、エリドゥにて電力供給が追い付かなくなるという不備が発生した。
     翌日、ノアが調査へ向かう電力異常を以て、全ての主観は整合性を保って続く。

     白兎は家へ帰ることが出来た。
     穴から落ちて元へと戻る冒険も、結局はこの場所へと帰還する。

     ――コユキ!

     薄らぐ意識の向こうで聞こえた先輩の声に、『私』は頷いた。

    「死にそうなんで、助けてくれませんかね……?」

     全ての意識は遥けき彼方へ。
     最後に聞こえたのは、ヒマリ先輩とユウカ先輩、それからノア先輩の慌てた様子の声だった。

    -----

  • 183二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 01:21:21

    この感じだと次の投下がエピローグかな?

  • 184二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 02:05:36

    全力で保守

  • 185二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 09:05:12

    続きを読みたい気持ちと終わってほしくない気持ちが鬩ぎ合ってる…

  • 186125/04/04(金) 10:55:20

     それからの話。つまりは今度こそ本当にエンディング。
     
     ミレニアムの大停電、その原因は全部私だったという安易なオチが待っていた。
     最初の大停電は私が入学する前の二年前。次の大停電は私が入学してから20日目。更にその次が『今の私』から見た昨日の昼に1回と、こっそりエリドゥで起こった夜の一部停電で1回。そして私が反省部屋から出された今日の20時55分に1回で計5回。正直大目玉を食らうと思っていたけれど、そこはヒマリ先輩が上手くやってくれたらしい。

    『これまで起こった停電は全て特異現象が起因するもの。何故分かるって? それはもちろん、『全知』ですから』

     あながち嘘でもなければ本当でもないヒマリ先輩の言葉はすんなりとユウカ先輩たちは信じたようだった。
     むしろ大変だったのはその後。エリドゥ第六発電所付近で血塗れになって倒れているのを発見した直後は、それはもう大変な騒ぎになった。

     幸いにしてミレニアムの停電はエリドゥからの電力供給を受けていたため、それこそ一時間もしないうちに解消されたらしい。
     医務室に運び込まれた私はそのまま治療を受けて全治三日と診断されて、私はその間さぼりにさぼりまくった。
     ベッドに潜り込みながらゲーム機で遊び、ユウカ先輩やノア先輩が監視を兼ねたお見舞いに来るたびに寝たふりをしてみたりと……まぁ、それなりに楽しい休日となったわけだ。

     そして、退院の日。
     ユウカ先輩とノア先輩が私のところまで迎えに来た。

    「コユキ、身体の具合はどう?」
    「あー、まだ悪いかもです」
    「コユキちゃん? もう顔色は良くなっているようですよ」
    「ぎく……!」

  • 187125/04/04(金) 10:55:35

     速攻で仮病がバレて、私は反射的に頭を押さえた。ユウカ先輩から雷が落ちるからだ。
     ……けれども、いくら待ってもユウカ先輩のげんこつは飛んでこなかった。
     目を開けてユウカ先輩を見ると、何だか何かを逡巡しているようにも思える。

     そしてユウカ先輩はゆっくりと口を開いた。

    「あのね、コユキ。私もその、悪かったって思ってるの」
    「……はい?」
    「だから、その……コユキを怒る時、すぐに手を上げたり反省部屋に入れてたなって」

     なるほど、と私は理解した。
     ユウカ先輩はこれまで散々私に奮って来た魔王が如き所業を反省しているのだ。私は「そうだそうだ」と抗議した。

    「そうやくそのことに気が付きましたか! ユウカ先輩はもっと私のことを甘やかすべきだと思うんですけど~? ちょっとぐらい目を瞑ってくれたっていいじゃないですか~!」

     そろそろ『調子に乗ってぇ!』と怒り出すところだ、と思いちらりと伺うが、ユウカ先輩の様子がおかしい。妙に悲しそうな笑みを浮かべてこう言った。

    「そうかも、知れないわね」
    「……え、いやいやいや、ちょっと。ユウカ先輩?」

     一瞬嫌な想像が頭を過ぎる。実は元の世界に帰っていなかったという、嫌な想像だ。

  • 188125/04/04(金) 10:55:50

     ユウカ先輩は私の手を握って続けた。

    「……だから、まずコユキに模範的なミレニアムの生徒としての生活を教えてあげなきゃって思ったの」
    「模範的な……?」
    「だから一か月、コユキは私と一緒に生活しよっか」
    「へ……? 痛ったぁ!?」

     ユウカ先輩は妙に悲しそうな笑顔を浮かべながら私の手を握り潰さんばかりに握った。
     よく見ると悲しそうな顔をしているだけで額には青筋が浮かんでいるように見えた――というか怒った表情を隠そうとしているだけでめちゃくちゃブチ切れていた。

    「私ね、ヒマリ先輩から聞いたの。コユキが特異現象を引き起こしてミレニアムを三回も停電させたって。一回ならまだしも三回。ねぇ、事故じゃない故意の停電だってあったでしょう?」
    「まま、待ってくださいユウカ先輩!! 一緒に生活ってそれ、もう24時間監視ってことじゃないですかぁ!!」
    「そうよ」

     ユウカ先輩の『悲しそうなだけの顔』が引きつった。私は死期を悟った。

  • 189125/04/04(金) 10:56:00

    「あっ、あのっ! 反省しているので反省部屋に戻してください!」
    「反省しているなら反省部屋はいらないわね」
    「そっ、そんな――」
    「良かったですねコユキちゃん」
    「全然良くないんですけど!?」

     見ればノア先輩の目元にも隈がはっきりと浮かんでいる。
     それで今更ながら分かってしまった。私が安静にしている間、セミナーがどれだけ忙しかったのかを。
     ユウカ先輩の表情がバグっているのも、極限に達した疲労が怒りの更に向こう側へユウカ先輩を誘ってしまったのだということろ。

    「大丈夫。私、これからの一か月間は絶対に手を上げたり反省部屋に入れたりしないから……安心しなさい。黒崎コユキ」

     ギリギリと握りしめられる手を押さえながら私は言った。
     冒険の最後、物語の幕を引く言葉を、私は叫んだ。

    「うあぁあああ――! もう冒険なんてコリゴリだ~~!!」

     そんな安直な終わりこそが、私の宝箱の中身だったのだから。

    --完--

  • 190二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:21:26

    完結乙です!
    ミレニアムのクソガキはこうやって人格者になっていくんやなって

  • 191二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:27:31

    保守

  • 192二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:31:55
  • 193125/04/04(金) 11:32:42

    >>192

    丁度いいので助かります!

  • 194125/04/04(金) 11:35:06

    ※以下!おまけの話!

  • 195125/04/04(金) 11:35:16

    「残り二問、ですか」

     コユキから『ポータルウォッチ』を受け取ったヒマリは、特異現象捜査部の部室の中でしげしげと手元の時計を眺めていた。
     昼の停電のときはすぐに思い出せなかったが、流石に実物を見れば思い出す。『あの日』のことを。

    「随分と懐かしいですね。何年前でしたっけ?」

     考えようとして、ヒマリはすぐに諦めた。存在しない時間を数えることに意味は無いからだ。
     それからテーブルの上に置かれたホットココアに手を伸ばして一口。常に凍えるこの身体に、ココアの甘味とその熱が染み渡る。

     ほとんどの臓器が『停まりかけた』この身体はあまりに虚弱だ。心臓から肺、内臓に至るまで、生存できるギリギリの動きしかさせていない。慣れてしまえばどうということでも無く、自らそうであることの望んでいるのだから文句は無いが。

    「まったく。『星を追う者』に比べて『こちらのリオ』は一体何をしているのだか……」

     カップをテーブルに戻そうとしたとき、カップの底がテーブルの縁に引っかかった。
     あっ、と思った時にはもう遅く、ホットココアの入ったカップが手から床へと滑り落ちていき――



     同時刻。ゲーム開発部。

    「ねぇ、お姉ちゃん。このプロット、駄目だよ」
    「な、なんで!?」

     モモイの提出した新作ゲームのプロットに早速文句を言ったのが、妹のミドリだった。

  • 196125/04/04(金) 11:35:39

    「異世界に飛ばされた人が四人の魔法使いと一緒に元の世界に戻る。うん、これはいいよ。でもさぁ……なんでこれがチュートリアルなの!? チュートリアルだけで六時間ぐらいあるんだけど!?」
    「ちょ、超大作だから!」
    「アリス知ってます! 超大作は完成しません!」
    「それに主人公はこの飛ばされた方じゃなくって実は魔法使いの方ってなに!? もうどの目線でゲームしたらいいか分からないよ!」
    「意外性を突いてみました」
    「そんなとこ突かないで!」

     叫ぶミドリにユズが懸命に宥めるようとするが、ミドリの怒りはユズにも向けられた。

    「ユズちゃんもユズちゃんだよ! モモイと共同で書いたって言ってたけど、ボスの難易度が全部おかしい!」

     バッと広げられたのはボスの設定集。そこにはめちゃくちゃなことが書いてあった。

    「瞬間移動しながらずっと引き撃ちするとか、全部の攻撃を回避するとか、HP無限とかそもそも攻撃できないとか……クリアさせる気ないよねこれ!?」
    「まぁまぁミドリ。落ち着きなって。たまにはユズも心のリブドー……リベ、リビ……?」
    「リビドー?」
    「そうそれ! を解放させたいかなーって」
    「これをアリスがテストプレイするのですか? 流石にクリアできる気がしません!」

     10体のボスと10個のチート能力。それを相手にする四人の魔法使いの物語。
     あまりの作業の膨大さにミドリが頭を抱えた。

    「それで、最後に突然出てくるこの『魔王』って何? どこから湧いてきたのこれ?」
    「ふっふっふ……聞いて驚くがいい妹よ……」

  • 197二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:36:26

    このレスは削除されています

  • 198125/04/04(金) 11:37:04

     不敵に笑うモモイはこう言った。

    「実はね――」



     ――ガシャン。
     そんな音が鳴るはずだった特異現象捜査部では、何の音も響かなかった。

     おや、と思ったヒマリがカップが落ちたはずの床を見る。
     そこには――床に触れる寸前の空中で『停止』したカップがあった。

    「……おっと」

     ヒマリがそう呟いた途端――ガシャン、とカップは床に落ちて砕けて割れた。
     ホットココアが床に広がっていく様子を見ながら、ヒマリの顔が割れたカップに反射して映る。

    「うっかりで世界が滅んだら流石に何も言えなくなってしまいますね」



     ――モモイは言った。
     ――四人の魔法使いのひとりが魔王になるんだよ、と。

    ----次回【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」

  • 199二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:40:39

    マジか…マジか!

  • 200二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 11:42:25

    >>200ならコユキは反省部屋送り

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