- 1二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:11:54
「……えっ?」
トレーナー室の扉を開けたら────着替え中のトレーナーさんがいた。
タンクトップ姿で、今まさにジャージを羽織ろうとしているところ。
首筋や鎖骨が露になっていて、布越しに盛り上がった大胸筋や太い二の腕に視線を奪われてしまう。
……トレーナーさんって、こんな良い身体をしていたかしら?
「やあ、こんにちはヴィルシーナ」
爽やかな微笑みを浮かべるトレーナーさんの声に、私はハッと我に返る。
何を、じっくりと見惚れているのだろうか。私は慌てながら、顔を両手で覆って自らの視界を隠した。
手のひらにじんわりとした顔の熱が伝わってくる中、謝罪を口にする。
「ごっ、ごめんなさい! すっ、すす、すぐに出るわね!?」
「いや、もう着替え終わるから大丈夫だよ」
トレーナーさんは申し訳なさそうな表情でジャージを着込む。
ジィっとチャックが締まる音が聞こえてきて、ようやく、私は手を下ろすことが出来た。
……というかそもそも、私、ちゃんとノックはしたわよね?
それで中からどうぞと返事が聞こえて来て、中に入ったら、トレーナーさんが着替えていて。
落ち着きを取り戻すと、一転してもやもやしたものが胸の中に溜まり、私はじとっと彼を睨んだ。
「トレーナーさん」
「ん、どうかした?」
「……着替えの最中に人を招き入れてはダメよ、ここには年頃の女の子が、多いんだから」
「え? いやまあ他の生徒ならともかく、キミなら大丈夫かなって」
「ダ・メ・よ? 返事は?」
「あっ、はい」
何が悪いのか良くわかっていなさそうな顔で、トレーナーさんはこくりと頷いた。 - 2二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:12:10
「これから、気分転換がてらランニングに行こうかと思ってね」
「そっ、そう……それにしても、その、随分と鍛え直したのね?」
「そうかな?」
「ええ……ほら、ジャージだっていつの間にかパツパツになってるじゃない」
「えっ? あっ、ああ、そっ、そろそろ、買い直さなきゃとは、思ってるんだけど」
「わっ……固くて、太くて……んっ……とっても大きい、わね」
いつの間にか、トレーナーさんの身体はとても筋肉質になっていた。
流石に現役時代のパパには劣ってしまうけれども、立派なモノだと思う、多分。
腕や大胸筋は一回りも太く、大きくなっていて、触ると、とても固い。
パパの身体を見ることはあっても、触ることはなかったから、何だか新鮮な気分。
当然のことだけど、シュヴァルやヴィブロスとは全然違う。
マシュマロのような柔らかさはないし、もちもちとした肌触りもない。
でも、悪い感じはしなくて、むしろもっと触っていたいというか、好みというか。
「えっと、ヴィルシーナ?」
「えっ?」
突然、名前を呼ばれて顔を上げる。
目の前には、少し照れたような困り顔をしながら、私を見つめるトレーナーさん。
彼の瞳には────興味津々な様子で男の人の身体をまさぐる、私の姿があった。 - 3二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:12:22
「……っ!? ごっ、ごめんなさい! 無遠慮にぺたぺたと触ってしまって……!?」
「いや、ちょっとびっくりしただけで、怒ってるわけではないから」
慌てて手を離し、熱くなった頬を隠すように両手で押さえる。
すると、先ほどまで触れていたトレーナーさんの感触と比べてしまい、更に頬は熱くなってしまった。
……私は一体、何をしているのかしら。
ちらりと彼の様子を窺うと、何てこともなさそうな表情で笑みを浮かべている。
「実はちょっと前から筋トレとかランニングをしていてね、成果が出ていれば良かったよ」
「あら、そうだったの?」
「知り合いのトレーナーから誘われてね、それで何だかハマちゃって」
「ふふ、運動の習慣がつくことは良いことよ────」
「最近は、低負荷だったらキミ達用の器具も動かせるようになってさ」
「……それはちょっと鍛えすぎなんじゃ?」
思っていたよりも、人間離れして来ているようだった。
まあ、何か悪いものを使っているとかではないのだし、良いのだけれども。
それにしても、急に筋トレにハマるとはどういう風の吹き回しなのだろう。
ふとした疑問が頭に過った時、トレーナーさんはそれを察したように答えてくれた。 - 4二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:12:36
「知り合いのトレーナーから誘われてね、最近も、良く一緒にトレーニングしているんだ」
「なるほど、私も知っている人なのかしら?」
「あー、まあそんな感じ……ところで今日はどうしたの? 相談とかあるなら遠慮なくどうぞ」
トレーナーさんの言葉に対して、私は言葉を詰まらせてしまう。
今日は休養日でトレーニングもミーティングもない、そして別段、相談することもなかった。
では、何故ここに来たかと言うと────ただ、なんとなく、一緒にいたかったから。
本当に、これといった理由はなかった。
今日はシュヴァルやヴィブロスは忙しくて、ジェンティルさんと勝負する予定もない。
どう過ごそうかしらとぼんやりと考えていたら、何となく、トレーナーさんに会いたいなと思っただけ。
「……ヴィルシーナ?」
「えっと、その、そうね、あの」
……そんなこと、正直に言えるわけもない。
不思議そうな顔で覗き込んでくるトレーナーさんに対して、私はあたふたと目を逸らしてしまう。
どうしよう、かしら。
このまま何でもない、と言って退室するのもおかしいし、何より一緒に居られない。
かといって、ランニングに向かおうとしている彼を邪魔したくもない。
私も一緒にランニング、というのは惹かれるけれど、残念ながら今日は休養日。
何か、何か丁度良い理由はないかしら、そう思って部屋に視線を巡らせていると、あるものを見つけた。
テーブルの上に置かれている、中身が詰まっていそうなリュックサック。
恐らくは重りとして使う、トレーニング用のリュックなのだろう。
私は藁にも縋る思いで、それを手にとった。 - 5二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:12:49
「ウッ、ウェイトを背負ってランニングしているのね……いや、これちょっと、おかしくないかしら?」
とてもずっしりとした重量感。
ウマ娘にとっては大したことないけれど、そうじゃなければ大分重いはずだ。
別の用途のものなのかしら、そう思ってトレーナーさんを見やると、彼は困ったように頬をかいた。
「ああ、最近だとちょっと軽くなってきてね」
「えっ」
「とはいえこれ以上詰め込むとリュックの方がダメになりそうで、これも今度買い換えないと」
気が付かない内に、トレーナーさんは大分、かなり、人間離れして来ているようだった。
何となく、ジェンティルさんを彷彿とさせることに、複雑な気分になってしまう。
とはいえ、良いことを聞いた。
このリュックで足りないのならば、丁度良い重りが、ここに『いる』じゃない。
「ねえ、トレーナーさん、私から一つ提案なのだけど」 - 6二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:13:02
何故、あんなことを提案してしまったのだろう。
激しい羞恥心に苛まれながら、心の中で深く後悔する。
トレセン学園周辺の定番ランニングコースの一つである河川敷。
ゆっくりと流れているその風景を、顔を真っ赤にしながら、私は眺めていた。
「はっ、はっ……これはなかなか……あっ、ヴィルシーナは大丈夫?」
「えっ、ええ、私の方は大丈夫、悪くない心地よ…………貴方の、背中は」
────トレーナーさんに、おんぶをされながら。
彼の走りとともに、私の身体も穏やかに揺れていく。
通りすがりの人達が奇異の目で見て来る度に、顔が燃えそうになった。
それでも降りようとしないのは、言いだしたのが私だからと、単純に降りたくなかったから。
居心地が、良いのだ。
初めての場所のはずなのに、何だか懐かしくて、落ち着いて、穏やかになれて。
恥ずかしくてたまらないのに、ここから離れたくないと、考えてしまう。
「ヴィルシーナ、ちょっと不安定で怖いから、もう少し寄せてもらっても良い?」
「……っ」
トレーナーさんの言葉に、息を詰まらせてしまう。
正直なところ、言われるだろうなとは思っていた。
今の私はおんぶをされながら、彼に少し身体を離した状態を維持している。
……そこまで密着するのは、ちょっと、どうなのかしらと思っていたから。
でも、安全のため、だもの。
これは仕方ないこと、お互い、何の下心もない行為。
そう自分に言い聞かせて、彼の胸の辺りに手を回して、身を預ける。
胸が彼の背中にぎゅっと押し付けられ、顔を彼の後頭部へと寄せた。 - 7二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:13:26
「ん……!」
刹那、トレーナーさんの匂いが、神経をぴりぴりと刺激した。
決して、良い匂いではないと思う。
シュヴァル達みたいに甘い香りはしないし、運動中だからむしろ汗臭い。
でも────吸う度に全身の力が抜けて、甘い痺れが走っていくよう。
ついつい、すんすんと、鼻先をこすりつけて匂いを探ってしまうほどだった。
それに、彼の身体の感触と温もりに感じて、とてもドキドキする。
心臓のドキドキが伝わってしまうのが、不安になるくらい。
……トレーナーさんの方は、私に身体を押し付けられて、どう感じているのだろう。
「トレーナーさんは、どうかしら?」
「ふっ……丁度良い……負荷になってる感じだね……!」
「……」
どうやら、私の胸が当たっていることについては、何も気にしていない模様。
目的からしてそれは仕方ないことなのだが、それはそれとして、イラっとしてしまう。
私はより強く、そしてあからさまに胸を押し付けて、当てつけのように彼の耳元で囁いた。
「それは、私が重いということかしら?」
「そっ、そうじゃなくて……それと、ちょっと寄せすぎ……じゃないかな」
「……ふふ」
トレーナーさんは、少し狼狽したように答える。
ようやく私の胸のことに気が付いたのか、少しだけ耳が赤くなっていた。
それと見て、私はついつい、小さく笑みを零してしまう。
もっと困らせてしまおうかしら、そう考えて、更に身体を寄せようとして。
その刹那、私達の横を誰かが追い越して行った。 - 8二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:13:47
「……えっ?」
「あっ、こんにちは……って行っちゃったな、いつもより妙に早いけど」
トレーナーさんはぽかんとした顔でそれを見送る。
通り過ぎて行った男性には、私も見覚えがあった。
そして、その彼の腕の中で、いわゆるお姫様抱っこをされていたウマ娘にも。
「トレーナーさん」
「……はい」
「一緒に良くトレーニングをしているトレーナーって、あの人なのかしら?」
「…………ああ、そうだね、元々レースのこと以外では良く話す仲だから」
「へえ」
なるほど、トレーナー室で聞いた時、微妙にはぐらかされたのことにも納得がいった。
あの人の名前を出せば、私が意識してしまうことが、わかりきっていたからだろう。
滝のような汗を流し、激しく息を切らせながら走っていた彼の腕の仲には────ジェンティルドンナさんがいた。
どこか勝ち誇ったような、自信ありげな微笑みを浮かべて、私のことを見ていたと思う。
何も言っていなかったが、その真紅の瞳は何よりも雄弁に語っていた。
『ほほほ、可愛らしいことで────私達の勝ち、ですわね』、と。 - 9二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:14:01
「……トレーナーさん」
「……ああ、あの二人に頑張って追いついて」
「一旦、降ろしてくれる?」
「えっ? いや、それは構わないけど」
そう言うと、トレーナーさんは立ち止まって、困惑した表情を浮かべながらもその場で屈みこんだ。
ジェンティルさんに対抗意識を燃やし続けてる私のことだ、追い越すように言われると思ったのだろう。
半分正解で、半分不正解。
追い越すだけじゃダメ、追い越さなければ意味がない。
トレーナーさんの走りでも、トレーナーさんとの信頼関係でも、だ。
彼の背中から名残惜しくも離れた私は、立ち上がった彼の前に回り込んで、両腕を捧げるように持ち上げた。
「抱っこを、しなさい」
その日、トレセン学園においては珍しい、トレーナー同士の壮絶なマッチレースが繰り広げられた。
お互いの担当ウマ娘を抱えながらのそれは、長く生徒達の間で語り継がれることとなる。
…………そして私は一週間ほど、シュヴァルから口を利いてもらえなくなるのだった。 - 10二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:14:37
お わ り
待ち遠しい - 11二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 01:16:50
- 12二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 04:23:07
- 13二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 11:06:21
姉のことでからかわれたかな
- 14二次元好きの匿名さん25/03/30(日) 20:53:02
- 15二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 06:12:17
>>「そっ、そう……それにしても、その、随分と鍛え直したのね?」
>>「ええ……ほら、ジャージだっていつの間にかパツパツになってるじゃない」
>>「わっ……固くて、太くて……んっ……とっても大きい、わね」
姉さん……部屋の中でナニを……!?
- 16二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 07:17:41
- 17二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 16:59:28
「「「推せるー!」」」
- 18二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 19:39:10
恥ずかしいのかな
- 19二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 20:30:48
奇行する身内ほど関わりたくないものはないだろうよ>シュヴァル
- 20二次元好きの匿名さん25/03/31(月) 20:46:37
シュヴァルもやってもらえ
- 21125/04/01(火) 06:03:06