- 1イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 19:23:49
そうだよ……イブキが悪い子だからマコト先輩もイロハ先輩もみーんな死んじゃったんだ。君があの時鍵を掛けていれば!君があの時無意味な好奇心なんて持たなかったら!きっと今頃いつも通り愚かしくも華やかに!愉快に笑い合っていたはずなのにねぇ!あーあ!全部イブキが悪いんだよ?ね?
「わーっ!?」
その瞬間目が覚めた。
あの夢を見ていたと思い出した。
最近見る夢はいつもこれだ。
吹き出した鮮血が、やがて重鈍に垂れ流され、生きようと足掻く瞳が徐々に曇っていき
「はっ……はっ……」
そして後ろから聞こえる声が自身を責め立てる。その声が少しずつ近づいてきている。
誰かに打ち明けたら少しでも楽になるのだろう。でも、口にするのが恐ろしかった。説明するためにあの夢を思い出すのが嫌だった。
そして、その夢を見ていたことも、数分もすれば忘れてしまう。起きるたびに思い出しては自分が信じられなくなる。
何かもっと恐ろしいことも忘れているのではないか、と。
だから、ただ身を屈めて震えていた。 - 2二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:25:19
怖いけど文才あるな
- 3二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:28:44
ヒステリックブルーかと思った
- 4イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 19:36:25
めっちゃ嬉しい。
朝日が昇る。清々しい気分だ。何か怖い夢を見たような気がするけれど、でも忘れてしまったのだからもうなにも怖くない。
「イロハ先輩!」
隣の部屋で寝ていたイロハ先輩に抱き付く。暖かくて良い匂いで、イロハ先輩と一緒にいる時が一番楽しい。一番大好きな人だ。
『でも死んだ』
「どうしました?イブキ、目が腫れてますよ」
優しく、イロハ先輩はイブキの頭を撫でてくれた。心配しているのが手のひらから伝わってきて心が温まるのに
「……なんでもない!」
なぜかゾワっと背筋に冷たいものが走るような気がした。何かを囁かれたような気がする。耳元で何かを……
何か、忘れてるものがとても重要な気がして、意味もわからない焦燥が心臓の鼓動に押し出されるように過呼吸気味に漏れていく
- 5二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:40:12
スレ画の黒イブキすき
- 6イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 19:45:55
マジ?めっちゃくちゃ嬉しいわ
そういえば……鍵は閉めていただろうか。
いや閉めているはずがない。普段からそんなことはしていない。
普段は考えないこんなことが頭の中で妙に気になっている。
なんで?
なんで今イブキは後ろを振り向けないの?
なんで後ろから流れる風がこんなにも恐ろしいの?
「い、イブキ!逃げますよ!」
聞いたこともないほど切羽詰まったイロハ先輩の声が、この嫌な予感を裏付けている。
待って
逃げるってどこから?扉は後ろにしかない。逃げようとしたら、そしたら一度振り向かないと
「イブキ!」
イロハ先輩はイブキの“真横”を見てそう言った。
- 7二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:49:19
なんだかすごいスレを見つけたような気がする
- 8二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:51:36
「私が…私が…。」のタイプが大好物なんですよ私は
- 9二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 19:53:31
何があったのだ
- 10イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 19:57:57
「……ッ!」
急いでイロハ先輩が見ていた方を向かないように、さっき入ってきた扉へ駆け出す。
後ろから追いかける小さな足音はきっとイロハ先輩だ。でもその後ろから来る大きな足音の正体はわからない。
「こっちです!」
イロハ先輩がイブキを抱え上げて、虎丸のある場所まで走り出した。
その時、大きく視点が変わったその時、一瞬だけチラリと見えてしまった。
今まで見たことのない、本当の殺意を込めた瞳というものを。突き刺すようなその視線が恐ろしくて、思わず目を瞑った。
ガクンと上に持ち上げられるような感覚がした。虎丸についたのだ。
「安心してくださいイブキ、なにも怖くありませんから……っ」
いつも余裕そうなイロハ先輩の、必死なその表情は今この事態がどれほど切迫しているのが言外に物語っていた。
そして、なにも怖くないと言うのはきっとイブキに向けてというよりも、自分自身に言い聞かせる意味合いの方が強いのだろうと言うことも。 - 11イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 20:10:47
無敵戦車虎丸の中にいるのに、頼れるイロハ先輩が隣にいるのに、後ろから迫る“ソレ”が今も一歩ずつイブキに、イロハ先輩に近づいてきていると言う事実がそれを塗り消す。
あの瞳が頭の中から離れない。あの重くのしかかるような、それでいて心臓を貫くような、鈍く光を反射する刃物が眼に突きつけられたかのような恐怖が頭の中を覆っている。
「い、イロハ先輩……」
「怖がらなくても大丈夫です……飛ばしますからねっ」
轟音を鳴り響かせ、ゴミ箱や街灯に当たることなんて一切気にしない全速力で、虎丸は走っている。
ガンッと、上から何かを叩きつけるような音が聞こえた。
「っ!?」
イロハ先輩が上を見上げた瞬間、こじ開けられたハッチからあの目がイブキを睨みつけた。 - 12二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:14:12
いやイブキはめちゃくちゃ抜けるだろ
- 13二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:15:45
ワイは昨日イブキで抜いたぞ
- 14二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:17:59
- 15二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:19:09
- 16二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:19:27
- 17イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 20:24:31
いいやイブキは抜けない。
“ソレ”はイブキの体を軽々と持ち上げて、戦車の外に投げ捨てた。
「うわっ!?」
「イブキ!?このっ……」
イロハ先輩の叫び声のような言葉は途中で不自然に途絶えた。
まるでそこから消えてしまったかのように。
不安になって立ち上がり“ソレ”が見えることは恐ろしかったが、反射的に戦車の方を見るとそこには何もなかった。綺麗さっぱり、跡形もなく。
「イロハ先ぱ」
言いかけたところで、空が不気味な赤色に変色していることに気がついた。
「な、なにこれ……」
夕焼けが見えるような時間じゃない。そもそもこんな気味の悪い夕焼けなんて見たことが無い。
なにもかもがわからなくて、ただただ恐怖と困惑に押しつぶされそうなのを必死に堪えていた。 - 18二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:27:06
随分フィジカルの強い強盗だと思ったがなんか超常現象起きてるな
好奇心でなんかの封印解いちゃった? - 19二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:28:56
- 20二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:31:29
な・ん・で!?
- 21イブキじゃ抜けない…25/04/04(金) 20:42:14
何かを忘れている気がする。
取り返しのつかないような何かをしてしまったような、もうどうしようもない何かが起きてしまっているかのような、そんな気がしている。
「……」
よく見ると誰も人がいない。いつも騒がしいのがゲヘナのはずなのに喧騒も銃撃音も、鳥の鳴き声すらも聞こえない。
ゴトッ……と、何かが落ちる音がした。振り返るとそこには腕の千切れたイロハ先輩が虚な目をして立っていた。
カメラを首に掛け、足元には赤く綺麗なツノが転がり、背負っている銃は見紛うはずもないマコト先輩のものだった。
「なんで……」
イロハ先輩はイブキを見ると、急に正気に戻ったかのように驚愕の表情を顕にし、肩に掴みかかって怒鳴った。
「なんでここにいるんですかイブキ!」
「え……だ、だって」
なんで?なにが?なんでイロハ先輩は片腕がないの?虎丸はどこに行ったの? - 22二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:50:10
ぜ、全滅…
- 23二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 20:51:06
今日もイブキで抜こうかな
- 24ごめん本当はイブキで抜いてる…25/04/04(金) 21:03:02
混乱してる中、衝撃的な言葉が耳に叩き込まれた。
「早くゲヘナから出て行ってください!」
えっ……
いつも優しいイロハ先輩が、いつも寄り添ってくれるイロハ先輩が、こんなこと言うはずが……
「早くッ!もうゲヘナにイブキの居場所はないんです!」
そう怒鳴るイロハ先輩が怖くて泣き出して、逃げ出した。
ただただ悲しかった。不安で今一番抱きしめて欲しいイロハ先輩からの初めての拒絶が、正体不明の何かに追いかけられて怖かったことすら、イロハ先輩に突き放されたことに比べればよほどマシだった。
なにもわからないけれど、一つだけわかることがある。きっと今の状況は全て
「イブキが……悪い子だから」 - 25二次元好きの匿名さん25/04/04(金) 21:03:55
ちゃんと言えたじゃねえか… スレ主!
- 26イブキは抜ける25/04/04(金) 21:25:05
気がつくと、空は青色に戻っていた。
「イブキ!探しましたよ!」
後ろからイロハ先輩の声がした。
「ご、ごめんなさいイロハ先輩!すぐに」
早くどこかに行かないと
「心配しました」
でも、イロハ先輩は両腕でイブキのことを抱きしめてくれた。
「イロハ先輩……?」
「本当に無事でよかったです」
「さっきのは……」
さっきのイロハ先輩とは真逆、いや、これが本当のイロハ先輩なんだ。
「さっきの不審者ならどこかに消えていきましたよ、今風紀委員と協力して事態の解決に動いてます」
「よ、よかったー!」
未だ消えない不安感の最中、それでもようやく訪れた平穏を強く抱きしめた。 - 27イブキは抜ける25/04/04(金) 21:49:50
結局犯人は見つからなかった。イブキとイロハ先輩の目撃証言以外に情報のかけらすら無かった。壊した物の修理費用は風紀委員が責務を怠っていたからだと風紀委員会に請求すると、マコト先輩は高らかに笑っていた。
けれど、その顔は引き攣っていて冷や汗をかいていた。
「……ヒナ、わかってると思うが」
部屋から出ると、マコト先輩は真剣そうな顔で電話をかけ始めた。
「行きましょうイブキ、今日は付きっきりで遊びましょうか」
「うん!」
イロハ先輩に手を引かれて、風紀委員会へ向かった。そこには万魔殿の部員達も沢山いて、いつものように険悪な雰囲気は無いけれどいつも以上にピリピリした雰囲気だった。
「悪かったわねイブキ、警備不足だったわ。でも安心して頂戴ここへは怪しい人は誰1人入れないから」
「ありがとうヒナ先輩!」
「……あっ」
なぜか、今の状況とは全く関係がないはずなのにある強烈なイメージが思い起こされた。 - 28イブキは抜ける25/04/04(金) 22:05:48
それは綺麗な箱を開ける直前の記憶だった。
つい最近、百鬼夜行連合学院へ遊びに行った時、木のパズルを開けたら開けられる箱を買って貰って、一日中それで遊んでたらようやく開けれて、確か中には……
箱の中になにが入っていたっけ?
そもそも誰からどうやって買ったんだっけ?
「ひっ!?」
思案の中、イロハ先輩の小さな悲鳴がそれを掻き消した。
「どうしたの?イロハ先輩……って、えっ……」
イロハ先輩の足元にさっきまではなかったはずのボロボロの黒い紙が置いてあった。それにネバネバした赤いもので文字が書かれていた。
丹花イブキ
と。ただその5文字だけがその紙には書いてあった。
「イタズラ……なわけないですよね、風紀委員長!こっちに不審物が!」
しかし、まばたきをするともう既にその紙は消えていた。 - 29イブキは抜ける25/04/04(金) 22:11:18
今日は疲れたので明日再開します。
- 30二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 03:35:48
コトリバコ?
- 31イブキは抜ける25/04/05(土) 07:15:00
👀(実際この木組細工はコトリバコで知ったし元ネタではある)
その瞬間、思い出した。あの箱の中に入っていたのは、いや、貼り付いていたのは、真っ黒な目玉だった。
「あ、あぁ……」
箱の底に埋まっていたドス黒い瞳が、開けた瞬間イブキを睨みつけて、怖くなって放り投げたんだ。
「ね、ねぇイロハ先輩前に百鬼夜行連合学院に行った時に買った箱って、どこで買ったんだっけ?」
「箱?記憶に無いですね。でも最近百鬼夜行には行ってませんし騒動が片付いたらまあ旅行に行きましょうか」
えっ?いや、その時はイロハ先輩と2人で行ったはず。行ったのだって本当につい最近のはず。イロハ先輩が忘れるわけが無い。
そう“忘れるわけがない”のだ。
- 32イブキは抜ける25/04/05(土) 09:30:33
「えっ……」
見上げるとそこにいたイロハ先輩に右腕は無かった。窓ガラスから映る空は赤く変色していた。
「イブキ!何ボーッとしてるんですか!?早く逃げますよ!」
でも、左腕のないイロハ先輩はカメラも、ツノも、銃も、何も持ってはいなかった。
何も持っていない左手で、イブキに手を差し伸べた。その手を取って走り出す。
「う、うん?」
さっきとは違う。外からは静寂とは程遠い絶叫と怒声が鳴り響き、聞き慣れている環境音が耳に届いているのに、なぜかその声が怖いと感じた。
そして走っていると、突然掴んでいたはずの腕の感触が消えて、怒声が鳴り止んだ。
「あれ!?イブキちゃん!?なんでここに!?」
万魔殿の部員が驚いた顔でイブキに問いかけた。
「……えっ、イロハ先輩は?」
「戦車長ならちょうど今イブキが失踪したと全体連絡をかけて来たところだよ、一緒に戻ろうイブキちゃん」
そうして、近くにいた風紀委員の部員と3人でイロハ先輩のところへ戻った。
「大丈夫でしたか!?すみせんイブキ、私が目を離さなければ……」
そう謝るイロハ先輩だったけど、多分、目を離したとかは関係ないんだと思う。 - 33イブキは抜ける25/04/05(土) 10:16:45
「目を離した隙に……か、ヒナお前ならできるか?」
「可能ではあるけれど、そんな短時間に見えないところまでとすると直線距離で音を立てながらじゃ無いと無理よ」
「……」
「一応聞いておくが、お前が犯人なんて事は無いよな?」
「信頼してるから風紀委員会で迎え撃つって決めたんでしょう?」
「先生ももう直ぐ到着するそうよ、一度イロハは休ませて先生に交代してもらいましょう」
羽沼マコトは悩んでいた。万魔殿最強のイロハが戦車に乗った上で成す術なくイブキを奪われた、念には念を入れて恥を忍んで頼ったヒナですらこの有り様、ならばいくら戦力が増えても現状では勝ち目が見えない。イブキを守っている誰かがまばたきをしたらそれで終わりかねない。
「……いや、今回は逃げよう」 - 34イブキは抜ける25/04/05(土) 18:40:44
犯人はヒナと同格以上の可能性が高い。当初の風紀委員と万魔殿でイブキの保護とヒナが万が一にも敗れないようにのサポートをさせて倒させる、というのが難しいのだから今は逃げることが最優先だ。そしてイブキがどこにいるのかバレないように散り散りになって各学園に逃げ込む。そしてイブキだけを何度も狙っているということは犯人は私たちパンデモニウムソサエティーのことをある程度知っているはずだ。だからあえて私がトリニティに行き、そのワケを探らせて少しでも時間を稼ぐ。その間に情報部に働かせて有利になってから仕掛ける。これでいいはずだ。
「……マコト?」
「ヒナ、お前は部員を連れてミレニアムに逃げ込め、私はトリニティに行く。2人で揺動してイブキはイロハと先生に守らせて百鬼夜行に避難させる」
「……わかったわ、あまり力になれなくて」
神妙な顔付きでマコト先輩たちが出てきた。
「イロハ、お前はイブキと先生を連れて百鬼夜行へ逃げろ、くれぐれも2人を入れてることには気づかれないようにしろ」
「わかりました、マコト先輩は?」
「私は万魔殿のメンバーを引き連れてトリニティへ向かう」
「……正気ですか?あんなにトリニティを嫌っていたというのに」
「最優先はいつだってイブキだ、守れる確率を少しでも上げられるのなら私1人の好き嫌いなど些細な問題だ。それがパンデモニウムソサエティーの議長、羽沼マコト様なのだからな」
「…………わかりました。行きましょうイブ……キ……?」
そう言ってイブキのいた場所は振り返る。
しかし、そこにいたのはイブキではなかった。 - 35イブキは抜ける25/04/05(土) 19:03:00
さっき私たちを、いやイブキを追いかけてきたあの女が、殺意も敵意も感じさせない目だけ笑った無表情で立っていた。
「な……あ……」
息が止まる。マコト先輩に風紀委員長までいる。なのに、身を隠せる戦車がない。守るべきイブキがいない。生身で、暗闇の中たった1人でそこにいるかのような錯覚が、恐怖が、この身を包んだ。
「まさか……貴様ァッ!イブキになにをした!?」
滅多に使われることのないマコトの銃口が、今にも飛び出しそうなほどの激情とともに向けられた。
「……ごめんなさい」
すると、その女は目を逸らして謝り、消え去った。
数十秒後、マコト先輩が口を開いた。
「……山海経だ、イブキを見つけ次第連れ込んでそこへ逃げろ、連れて行くのは先生からヒナに変更だ」
「ヒナ!私が風紀委員を……」
命令だけは聞き取れた。でもそれ以降がなにも頭に入ってこない。混乱と恐怖で頭がいっぱいだが、まずなによりもイブキを探さなきゃ - 36二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 19:07:25
イブキが別世界行ったり来たりを繰り返してる……のか?理解力ない
- 37イブキは抜ける25/04/05(土) 19:29:23
ネタバレになるから言えないわ
また誰もいなくなったかと思ったけど、今回は空は青いままだった。走ってるうちに先輩たちを見つけた。
「い、イロハ先輩!」
「イブキ!」
「行け」
抱きつく間もなくマコト先輩の声に押された私達は突貫工事で直した虎丸に乗り込み、山海経へ向かった。
風紀委員会から出る数々の戦車、装甲車、まるで戦争にでも行くのかと思えるほどの戦力は、私たちを隠すために去勢を張って威風堂々と、車道を走り出した。
行き先は山海経、閉ざされた学園。逃げ込みさえすればこれ以上ない要塞の学園だ。
- 38イブキは抜ける25/04/05(土) 20:01:44
しかし、その要塞が最初に拒むのは当然、ゲヘナの生徒会だ。
「おや?見慣れない戦車ですね」
ハッチから身を乗り出し、力強くも鈴のように響くその声の方を見ると、そこに立つのは黒い衣装に身を包み、狐面で顔の右半分を隠した女性が1人。
「……」
私はその女性を知っている。山海経の伝統を体現したかのような京劇部の部長。学内だけにとどまらず学外でもコアな人気を博しているが、本人は自治区外の生徒に対してあまりいい印象は抱いておらず、一度クーデターにより生徒会長代理の座に上り詰め、余所者であるレッドウィンターの生徒会を追い出した、と。
どこまでが噂でどこまでが本当なのかはわからないが、今聞いた声には少なからずの敵意を感じた。
「それで、ゲヘナの生徒会がなぜ戦車に乗って山海経へ?」
「……気分転換がてら旅行へ」
「そうですか、ですが学内ではそのように戦力を誇示するような真似は控えていただきたい」
……それはダメだ。2人の姿は見せてはならない。特に風紀委員長が来たとなれば間違いなくどこかしらに情報が行く、混乱も招きかねない。かと言ってここでゴネて事態を大きくするのはもっとヤバい。どうする棗イロハ、見つけ出せ最適解を、こんな程度切り抜けられると信じられてるから私は託されたんだろう。
「……では」 - 39イブキは抜ける25/04/05(土) 20:14:52
「随分とその……珍妙な見た目になりましたね」
仮面のお姉さんは苦笑いをしながらそう言った。
いまイブキとヒナ先輩は2人で一つ。ヒナ先輩に背負ってもらいながら長い防寒具とお面で顔と体を隠して立っているのだ。
「仕方ないじゃ無いですか、じゃあくれぐれも詮索はせず、そしてこのことを他言しないでくださいね」
「えぇこちらの要望は聞いてもらえましたから。安心してください、これでも口は硬い方なので」
そして仮面のお姉さんと別れて少しして
「風紀委員長の背が低くて助かりました」
「……………………えぇそうね」 - 40イブキは抜ける25/04/05(土) 20:40:51
宿に着く頃には外はもう真っ暗だった。少し霞がかったような中朧げに明かりが灯る山海経の夜は幻想的で、とても綺麗だった。
「今日はもう一緒に寝ましょうか、色々あって疲れたでしょう」
「うん!」
イロハ先輩の布団へ入り込む。なんだか新鮮な気分だ。でもいつもの落ち着く匂いがするからとっても安心できて、すぐに眠たくなってきた。
「……イブキは寝ましたし、これからどうするのかの作戦会議を」
「貴女も寝た方がいいわよ、一番疲れているのは貴女でしょう?慣れないコンディションで冷静な判断はできないわよ」
「……すみません、ではお言葉に甘えて」 - 41イブキは抜ける25/04/05(土) 21:12:02
その夜、変な夢を見た。抱いているイロハ先輩から強烈な鉄と火薬の匂いがした。疲れているのかなと、気にせずに眠って、また夢から覚めた。
起きた瞬間なにか違和感があったが、気にせずに着替えて朝の支度を終えた。
「とりあえず今日は一日この宿から極力出ないようにしましょう」
「はーい!」
ゲヘナから持ってきていた食べ物を食べて、久しぶりにゆったりとした時間を過ごした。
「あれ?」
そんな時だった。部屋の片隅に、なにか四角いものが落ちているのを見つけた。昨日はあんなものなかったはずだけれど、眠かったのと暗かったのとで見逃したのだろう。
その四角いものに近づいて、それが木製の箱であることに気がついた。
「ひっ……!?」
その箱は、昔開けてしまった箱とそっくりだった。 - 42二次元好きの匿名さん25/04/06(日) 02:11:02
保守
- 43イブキは抜ける25/04/06(日) 07:04:53
寝落ちしてたから保守感謝
慌てて後ずさるも、その箱は既に空いていた。
「あ、あぁぁあぁああああ!」
箱の中の目がイブキを睨みつけたその瞬間、何もかもを理解してしまった。
上からヘイローが捻じ曲がっていく音が聞こえる。
「なにがあ」
そして、同時にまたあの不思議な空間に入り込んだ。でも、今の自分にとってそれは好都合だった。
「逃げなきゃ……」
今すぐ逃げなくてはならない。ここにいては、イブキのせいで全員死んでしまう。
逃げようとしてもヒナ先輩には絶対に追いつかれる。だから、誰も“今”のみんながいないうちに少しでも遠くへ、できるのなら誰もいない地へ、逃げなくては。
- 44二次元好きの匿名さん25/04/06(日) 07:13:48
イブシコは合法
- 45イブキは抜ける25/04/06(日) 10:19:44
最初に箱を開けた時、びっくりして、怖くて、頭がおかしくなりそうになって飛び出した。
空は赤く染まっていた。わけもわからず走っていると、イブキの周りで色んな人が争い合って、何人も死んだ。銃弾なんかで人が死ぬ光景が理解できなかったけど、身を屈めて弾に当たらないように震えていた。
死体に囲まれて怖くて泣いていると、イロハ先輩が助けに来てくれた。でも、どこからか落ちてきた鉄板に腕を切り落とされて、それでもイブキのことを抱きしめてくれて、一緒に万魔殿に戻った。
万魔殿でも人が死んだ。最初に死んだのはサツキ先輩だった。小さな弾丸で何度も手足を撃ち抜かれた姿で見つかった。折られたツノが丁寧に横に添えられていた。手足の血はとっくに乾いているのに、たった一発心臓に空いた穴からはまだ血が流れていた。
その次はマコト先輩だった。ゲヘナから逃げ出そうと計画している時に部屋に火炎瓶が投げ込まれて、一番火の近くにいたイブキを助け出して、自分も部屋から出ようって瞬間に床が焼け焦げて抜け落ちた。助け出す前に酸欠で死んでしまった。
次はチアキ先輩が死んだ。寝ている時に誰かに首を絞められて殺されたらしい。写真を撮るのがチアキ先輩は死ぬ直前、暗闇の中で死んだんだ。
チアキ先輩が死んでから少しして、全ての原因がイブキだったことがわかった。あの箱を開けたせいで世界がおかしくなってしまったのだと、その情報は瞬く間に拡散された。
イロハ先輩は最後までイブキを庇ってくれたけど、自分1人ではもう守りきれないから、ゲヘナの外に逃げてくれと、泣きながらそう言った。
ゲヘナの外で放浪の旅をしているとイロハ先輩が死んだという情報が入った。
もう、誰もいなくなった。
それでも希望がやってきた。数年後、あの箱が手元に戻ってきたのだ。その中には古ぼけた紙が入っていた。 - 46イブキは抜ける25/04/06(日) 10:50:22
その紙には三つのことが書かれていた。
一つ目、私には過去に戻る権利を渡された。そして過去に戻った際、少しだけ私と過去の私の周りの世界が捩れるということ。
二つ目、イブキが箱を開ける未来を回避すればみんなが生き返るが、ただし箱自体には干渉できないということ。
三つ目、もしもそのために誰かを傷つけたり殺したりした場合、その傷は生き返った人たちにも反映されるし、死んだ場合は生き返らないということ。
私はまたあの日々に戻りたかった。できることなら私だって私を殺したくなかった。だから夢の中で箱を開けさせないようにした。あの箱の鍵は閉めたままにするように、憎い過去の私に皮肉たっぷりに。でも、箱は私が過去に戻った時点ですでに空いていた。だから、空いた箱とイブキを合わせないように、もう殺すしか無いと思った。
追いかけた。追いかけた。
過去に戻っていく途中で見つけた私に対する呪いを込めた血文字の紙すらも注意を引かせるための道具として使った。
でもダメだった。過去が未来に近づくにつれて、まるで磁石のように今が引き寄せられていく。過去と未来が迫るほどタイムリミットが近づいていくのを感じていた。
そしてとうとう、過去の私は箱と出会ってしまった。 - 47イブキは抜ける25/04/06(日) 11:11:59
追いかけてきた未来の自分がなにを考えていたのがわかった。未来の自分がどんな思いだったのかもまるで自分が体験したかのように理解した。
悪あがきかもしれないけれど、まだ誰も死んでいない今なら、どこかへ身を隠せばゲヘナの崩壊を防ぐことができるかもしれない。もしも世界が戻った時に空が赤くなっていたのなら、その時は覚悟を決めて自殺しよう。未来の自分がそう決めたように。
気がつくと、山海経のはずれまで来ていた。
「おや?先日の……外に出てはいけないのでは?」
昨日聞いた声に振り返ると、そこには仮面のお姉さんがいた。
昨日の事情を知っている、ということは今は自分が元々いた世界だ。
空は青い。良かった。だけどまだ安心はできない。
「じ、事情が変わったの!」
「……お嬢さん、あなた今何を考えてます?」
「えっ?」 - 48イブキは抜ける25/04/06(日) 11:53:41
「自己犠牲で大義を成そうとする人の顔は知っています。今のあなたのような顔です。その考え方自体を否定する気は毛頭ありませんが、あなたのように幼い子供がそんなことをするのはどう考えても間違っています」
真剣にそう諭す仮面のお姉さんに、なぜか思いの丈を吐き出してしまった。きっと、他人だったから話せたのだと思う。
「……つまり?その、とりあえずゲヘナに戻らなければ一旦は大丈夫、ということですか?」
「そう、だと思う」
仮面のお姉さんは天を仰いで考え込み、結論を出した。
「わかりました……一度私の家に来てください、外は冷えますから」
「いいの?」
「流石にそんな思い詰めた幼子を放置できませんから。そういえば自己紹介がまだでしたね、私の名前は漆原カグヤといいます、あなたは?」
「イブキの名前はイブキだよ、よろしくねカグヤさん」
「はい、ではいきましょうかイブキさん」 - 49イブキは抜ける25/04/06(日) 13:37:51
カグヤさんの家に着いてから、ゲヘナの現状について調べて何の時間も起きてないことを確認してから、イロハ先輩への置き手紙を書くことにした。
【イロハ先輩へ、イブキは大丈夫です。絶対に探さないでください。イブキより】
「できた」
置き手紙はカグヤさんが宿の店主さん経由で渡してくれるらしい。
これでやれることはやった。あとはじっくりと、これからどう過ごすかを考えなくちゃいけない。
『……マシな結末になったね』
うん。みんなともう会えないのは寂しいけど、でも誰も死なない世界になった。未来の、いやもう別次元の私も、きっとこれで満足できるだろう。 - 50イブキは抜ける25/04/06(日) 13:52:07
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
一通り探し終えて、もしかしたら帰ってきては無いかと宿に戻って、受け取った手紙にはイブキからの家出宣言が書かれていた。
「お、落ち着いてイロハ、そもそもこれがイブキのからとは限らないわ、誘拐犯が書いた偽物かもしれないし」
「この筆跡は間違いなくイブキです!犯人が脅して書かせたものかもしれませんし、なにはともあれ絶対に探し出します!」
「冷静になりなさいイロハ、当てもなく探し回ってもイブキは見つけられないわ、いなくなっただけでなく隠されているのだから、まずは冷静になりなさい」
「……っ落ち着けるわけないでしょう、イブキが変えたんですから。……でもそうですね、まずはマコト先輩への連絡と情報収集から始めましょうか」 - 51イブキは抜ける25/04/06(日) 18:12:37
調べてみてちょうど良い場所が見つかった。アビドスにはもう人が使っていない建物がたくさんあるらしく、そこなら身を隠しながら生活ができるはず。
「カグヤさんお世話になりました!イブキはこれからアビドスで暮らします」
「わかりました、お元気で」
そしてカグヤさんの家から出た瞬間
イロハ先輩と遭遇した。
「イブキ!?」
「わーっ!?」
そして逃走劇が始まった。
幸いヒナ先輩とは一緒に行動してなかったので、すぐに捕まることはなかった。 - 52イブキは抜ける25/04/06(日) 19:55:28
『あっちに隠れる場所がある』
もう別次元のイブキは姿を表せない。喋ることしかできない。
「わかった!そっちだね!」
でも判断力は今のイブキよりも高いから、逃げ道の案内ならできる。
「ふー……」
物陰に隠れて一息をつく。
どうしよう。イロハ先輩に見つかった。もう会っちゃいけないのに。
「イブキー!お願いです出てきてください!」
泣きそうなイロハ先輩の声に耳を塞いで、ただじっと時が過ぎるのを待った。
「……見つけましたよ、イブキ」
「うわぁ!?」
でも結局見つかってしまった。 - 53イブキは抜ける25/04/06(日) 21:01:01
「なんで逃げ出したんですか」
『逃げて』
「…‥だって、イブキがいるとみんなが殺されちゃうから」
空間が少しずつ捻れていく
『早く』
「誰にですか?あの誘拐犯にですか?」
『お願い』
「あれは……未来のイブキだったの。みんなが死ぬ未来からみんなを救うために来たの」
周囲の風景が少し揺らいだ。
『イロハ先輩とこれ以上いたら』
「……どういうことですか?」
それから、イブキの知ってる全てを打ち明けた。
「あの箱を開けたらイブキの周りで何人も殺されるようになっちゃうの!これからそうなっちゃうの!イブキが箱を開けたせいで……」
『イブキのせいで』
その時、イロハ先輩の片腕が少し、透けて見えた。
「だったら悪いのはイブキじゃなくてその箱じゃ無いですか!」
『……!』
「その箱っていうのはどこにあるんですか?安心してくださいイブキ、万魔殿の戦車長にとってたかが箱の一つや二つなんて何も怖く無いんですよ」
そういうイロハ先輩の頬には冷や汗が伝っていた。でも、その声にはなんの怯えもなかった。 - 54イブキは抜ける25/04/06(日) 23:05:04
そろそろ終わりますけども、本当は土日中に完結させるつもりだったのだ。明日完結させられるように頑張ります。
- 55イブキは抜ける25/04/07(月) 06:44:35
すまぬ保守をしもうす
- 56二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 06:57:45
タイムトラベラーイブキ…