【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」

  • 1125/04/05(土) 13:54:26

    「ごめんなさい」

     私が何かを間違ってしまったことだけは分かった。
     その結果がこれだ。彼女も『こちら』へ来てしまった。この先、何度も続くであろう無限の中に。

    「私が間違えたの。こんなことになるなんて……私があの時あんなこと言わなければ――!」
    「別に構いませんよ」

     目の前に座る彼女は笑った。大して気にもしていなさそうな表情で。

    「あなたがあの時、私たちに依頼してくれたから、私は夢を掴んだのです。まぁ掴んだものは相当の劇物でしたが」

     そう前置いてから、彼女は私の目を見た。

    「私は別に世界を救おうだなんて考えておりません。ですので、あなたに干渉することも無いでしょう」
    「…………」
    「ですが、そうではない『人間』がいます。『人間』として世界を救おうなんて馬鹿げたことを考えている人がいることを、私は知っています」

     彼女どこか照れ臭そうに笑って言った。

    「私はもう『全知』ですから」
    「ヒマリさん……」
    「連邦生徒会長、ひとつ賭けをしませんか?」

     彼女は指を一本立てて見せた。

     そして――

    -----

  • 2125/04/05(土) 13:54:40
  • 3125/04/05(土) 13:56:02

     春風の吹く昼下がり。それが彼女たちの出会った日だった。

     教室の片隅に集まった一年生四人は、早くも人々の噂に上がるほどの天才たちである。

    「それじゃあとりあえず、自己紹介でも始めようか」

     白衣を翻したひとりの少女が、近くにあった机へ軽く腰掛けた。

    「私は白石ウタハ。チヒロとは幼馴染でね。大体なんでも出来るけど、どちらかと言えば工学寄り。好きなことは発明と修理だね。私のことはマイスターとでも呼んでほしい。私が連れてきたのは理学寄りの発明家さ」
    「わ、私はそんな大層なものではないわ……」

     ウタハに水を向けられた少女がびくりと肩を震わせた。
     おどおどと視線を彷徨わせ、蚊の鳴くような声が口から漏れる。

    「……調月リオ。基礎研究が主体だから基本的に資金面は頼らせてもらうことになると思うわ」
    「何だか陰気な方ですねぇ」

     横から口を挟んだのは悠然とした笑みを浮かべる少女だ。
     彼女は冗談っぽく足を引いてカーテシーを摘まむように両手を左右へ広げて頭を下げる。

    「皆さんご存じ、太陽も嫉妬する完全無欠の超天才清楚系美少女ハッカー、明星ヒマリとは私のことです。情報の収集、解析ならこの場の誰よりも得意でしょう。もちろんあなた方の噂も聞いてますよ、各務チヒロさん?」
    「噂?」

     チヒロと呼ばれた少女が首を傾げる。

    「どんな?」

     するとヒマリは愉快そうに頬へ手を当てた。

  • 4125/04/05(土) 13:56:19

    「入学早々ロケットを打ち上げてタワー最上階のセミナー本部を爆撃した、と」
    「はぁ!? ちょ――どういうことウタハ!? 私聞いてないんだけど!?」
    「ち、違うんだチーちゃん! 姿勢制御システムのテストをしようとしたらうっかり……」
    「そうじゃなくって……いやそれもそうだけど何でそれで私が爆撃したことになってるの!? 私関係ないよねぇ!?」
    「ふふ……。入学早々セミナーの会長と揉めての犯行と聞きましたよ、『チーちゃん』?」
    「揉めたのは揉めたけどそれはあいつが……っていうかその呼び方はやめて! あぁもうなんで……!」

     頭を抱えるチヒロはそこで、自分を伺うように見ていたリオに気が付いた。
     ごめんごめん、と手を振ってから、改めて全員に向き直る。

    「私は各務チヒロ。ITエンジニアに括られるものなら大体できる。そのせいでいきなりセミナーに入部させられかけたんだけどね……」
    「どうして断ったの?」

     溜め息を吐くチヒロにリオが聞くと、チヒロはニヤリと笑みを浮かべた。

    「真理を追いかけるため、かな。私は千年難題を解き明かすためにミレニアムに入学したんだ」

     チヒロの言葉に全員の目の色が変わった。

  • 5125/04/05(土) 13:57:27

     千年難題――それは現代の技術では証明不可能な七つの難題であり、セミナーの起源にも繋がる。

     問1:社会学/テクスチャ修正によるオントロジーの転回
     問2:天文学/物質の可逆的な遡行素粒子化の証明、あるいはウォッチマン予測の反証
     問3:言語学/『ユートピア28』の終了
     問4:生物学/黄金の非物質化の発明
     問5:認知科学/364の言語的解析法
     問6:物理学/多次元解釈論におけるシュレディンガー干渉機の製造
     問7:数学/シモンの蟻の存在証明

     接頭に付く学問はその難題を解き明かす重大なヒントとされているが、気が遠くなるほどの時間と数多の天才たちがあってさえなお未だ誰一人として解き明かせた者は居なかった。

     いわば『世界の謎』に等しいそれらに対して「問8:千年難題は証明可能なのか」なんていう皮肉交じりの冗談さえ流れる始末。千年難題に対して本気で立ち向かおうとするなんて馬鹿らしい。そんな風潮に染まってしまっているのだ。

     一部の天才を除いて。

    「私はさ、世界の謎ってやつに興味がある。だけどウタハと私だけじゃ荷が重い。だから、仲間になって欲しいんだよ」

     それとも、とチヒロは続けた。

    「みんなは『絶対出来るわけがない』って考えてる?」

     挑戦的な眼差しだった。そして確信的でもあった。

  • 6125/04/05(土) 13:57:56

     千年難題――先人たちが誰一人として解けずに敗れていった問題だ。
     だからこそ自らの才能を自覚し、自らを天才であると『正しく驕れる者』がミレニアム最難関のパズルを解き明かしたくなると考えるのは必然。

    「まぁ、私はチーちゃんと違って『解きたい』というより『解く過程』で何かインスピレーションが得られそうだからね」

     ウタハが笑う。

    「ふふ、素敵な誘い文句ですよね。もちろん森羅万象に愛されし才能の持ち主であるこの私に解けない問題なんてありません」

     ヒマリは答えた。

    「……………………」

     そしてリオは――既にそこにいなかった。

    「……おや、リオは?」
    「い、いない!? 逃げたの!?」
    「この流れで逃げるなんて有り得ますか!? ちょっと捕まえてきます!」

     ヒマリが教室の外へと走り出す。
     それからすぐに廊下の方から「絶対出来るわけないわ……!」と掠れた悲鳴が上がった。

  • 7125/04/05(土) 13:58:10

     チヒロはウタハと顔を見合わせる。

    「ねぇウタハ。何て言って連れてきたの?」
    「パトロンが必要だろう? と言ったんだ」
    「あぁ……そう……」

     溜め息をひとつ。それからチヒロはニヤリと笑った。

    「だったら言いくるめればいいか」
    「悪い顔だねチーちゃん」

     かくして、四人の天才はここに集まった。

     マイスター、白石ウタハ。
     リサーチャー、調月リオ。
     ハッカー、明星ヒマリ。
     エンジニア、各務チヒロ。

     彼女たちはエンジニア部を創部し、それから四か月の月日が流れる。

     季節は気付けば夏になっていた。

    -----

  • 8125/04/05(土) 14:00:36

    埋め

  • 9125/04/05(土) 14:00:54

    10まで埋め

  • 10125/04/05(土) 14:01:13

    ハッチャー

  • 11二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 14:01:47

    待ってた
    今回もめっちゃ面白そう

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 14:13:04

    全知も全能も実際に持ったらこの上なく不幸な気がする

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 15:14:27

    待ってました。
    最近の楽しみ

  • 14二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 17:20:25

    おお続きだ

  • 15二次元好きの匿名さん25/04/05(土) 21:04:24

    待ってました!!

  • 16125/04/05(土) 23:55:11

    「暑い……」

     チヒロはぬるくなったアイスコーヒーを一息に飲んで、それから再びモニターへ向かう。
     少し離れた隣では汗ひとつ掻かずにチヒロの作ったセキュリティへのペネトレーションテストを行うヒマリがいた。

     チヒロはキーボードを叩きながらヒマリへ声をかけた。

    「よく平気だね……」
    「ふふ、心頭滅却すれば火もまた涼し。美少女は汗を掻かないのですよ?」
    「よく分からないけど、そうなんだ……」

     茹だるような暑さが部室に籠っていた。



     エンジニア部の部室は二つある。部室棟の第二倉庫と第三倉庫だ。
     そのどちらも大型の機械をドック整備できるぐらいの大きさがあり、基本的に四人が使っているのは第二倉庫の方である。

     第二倉庫の中は棚やパーテーションなどで間仕切られており、スパコンが置かれたサーバールームや研究用の資料が納められた資料室、計測器などの機材が置かれた実験室などに分かれている。
     中央にはソファやモニター、バランスボールなどが乱雑に置かれた共用スペースがあり、会議を行う際やちょっとした休憩に使われているのだが、そもそも会議自体あまり行うことが無いため四人が共用スペースに集まることはそう多くない。

     なぜなら、エンジニア部は部と謳っていながら四人が共同で作業すること自体が稀だからである。
     それぞれが好きに研究や開発を行い、たまに意見や協力を求めるような互助的機能でこの部活は成り立っているのだ。

     例えばウタハが「何か面白そうなものはあるかい?」とリオに研究中の内容を聞きに行ったり。
     例えばリオが「こういう素材を探しているのだけれど」とヒマリに調査を依頼したり。
     例えばヒマリが「アシストツールを作って見たのですが、如何でしょう?」と意見を求めたり。
     例えばチヒロが「ちょっと作って欲しいものがあるんだけど」と製作依頼を出したり――

  • 17二次元好きの匿名さん25/04/06(日) 04:25:59

    保守

  • 18二次元好きの匿名さん25/04/06(日) 09:15:29

    保守

  • 19125/04/06(日) 12:53:20

     個人である程度完結してしまっているからこそ起こる状況。そういった意味では四人で力を合わせて――なんて共同作業に慣れていないのはある意味当然だったのかも知れない。

     ――そんな天才たちがまともに力を合わせたのは先月に発生した時空移動に纏わる事件のこと。未来から来た後輩を元の時間に返すべく力を合わせたのが事実上の初めてであった。

    「調整完了……っと。やっと終わった……」

     チヒロが大きく伸びをする。彼女が直前まで行っていたのは、彼女たちがいる第二倉庫の地下に存在する隠し部屋に置かれた設備のことである。

     『タイムワインダー』――ミレニアムの全電力を消費して一点へと集めるタイムマシンの動力部分。
     今は卒業して無き先輩の残した隠し部屋は、先月までセミナーの目からも隠し切ってミレニアムの電力部へと直結し得る能力を秘めていた……のだが、結局セミナーに露見した挙句「隠し部屋を守りたければエンジニア部からセミナー会長を選出しろ」と首根っこを押さえられている状態でもある。

     『タイムワインダー』は少なくとも二年後のミレニアムまで保持させ続けなければならない。
     そうでなければうっかり件の後輩が再びこちら側へ迷い込んでしまった時に向こうへ送り返せなくなってしまうのだから。

    「そっちはどうヒマリ? 『タイムワインダー』の動作プログラム、破れそう?」
    「破れるには破れますが……流石に現実的では無いですね。チーちゃんの検出ソフトと組み合わされると確実に弾かれます」
    「そっか、なら良かった」

     自他ともに認めるミレニアムの天才が行ったセキュリティへのペネトレーションテストであれば信頼は出来る。
     チヒロは汗を拭きながら安堵したように笑った。

     リオたちが第二倉庫のサーバールームへやってきたのは丁度そんな時だった。

  • 20125/04/06(日) 12:53:32

    「調査任務完了だよ、チヒロ」
    「疲れたわ……目視による計測なんて合理的では無いもの……」
    「お疲れ、ウタハ、リオ」

     労うチヒロはサーバールームに置かれた冷蔵庫から麦茶を取り出し振る舞った。
     唯一生きている冷房装置だ。エンジニア部は今、電力使用量の制限が為されている。

    「暑いわ。『タイムワインダー』使用のペナルティはまだ続いているの?」
    「まだ、全然。このままじゃ来月末には強制停電」

     チヒロは肩を竦めた。
     というのも、未来から来た後輩こと黒崎コユキを未来へ返すために、『タイムワインダー』の実証実験で一回。返すために起動させて一回の計二回、ミレニアムの全電力を消費している。

     その結果、エンジニア部にはいくつかの制約が付けられた。
     ひとつは電力消費に対する制限。実際セミナーに次いで電力を消費するエンジニア部は使用可能な電力に制限が付けられた。
     内容は「二か月にこれだけ」といった……それなりに甘い制限ではあったがそもそもが多いのだ。ミレニアムの予備電力分が溜まるまで削れるところから削っていくしかない。結果、冷房設備が真っ先に削れた。

     そしてもうひとつが――

    「チヒロ。廃墟調査だけどこれで完了で良いと思う」

     ウタハの言葉にチヒロが頷いた。

  • 21125/04/06(日) 12:53:48

     廃墟調査――それがエンジニア部に課せられたもうひとつのペナルティ。
     連邦生徒会が禁足地に指定しようとしているミレニアム郊外の建造物群、通称『廃墟』の危険性を調査してセミナーへ提出するというもの。本来はセミナーが行うべき調査ではあるのだが、連邦生徒会長がエンジニア部を指名したことと、それからエンジニア部がセミナーへ借りを作ってしまったことが原因でエンジニア部に押し付けられて今に至る。

     チヒロは、ウタハが提出したデータを見ながら呟いた。

    「うん。これだったらあいつらも文句言わないでしょ。……ヒマリ?」

     同じく、送られたデータをモニターから凝視していたヒマリは涼しい顔で口を開いた。

    「これ、ロボット兵の徘徊経路に規則性がありませんか?」
    「規則性?」

     ウタハが首を傾げる。そんなものあるなんて思ってもみなかったからだ。

     『廃墟』が禁足地に指定されようとしている理由……それは言葉の通じないロボット兵が徘徊していることにある。
     目的は不明。ただ生徒を発見次第に攻撃態勢。いったい何の言語を話しているのかさえ分からないが、彼らは何らかの言語体系を用いて双方に通信。遭遇者の排除を行う。それだけだったはずだった。

     ヒマリはそれに疑義を呈した。

    「徘徊兵と巡回兵を分ければ規則性があると言えるのでは無いでしょうか? もっと言えば一定周期……いえ、三日置きに徘徊兵と巡回兵の行動パターンが入れ替わっているとすれば……」

     ヒマリがロボット兵にマッピングを行っていく。
     AからB、すれ違ったら行動パターンが引き継ぎ置換。BからC、Dと続けてそのままに。Eとすれ違って行動パターンが置換されていく……。ヒマリのマッピングはある種の正当性を秘めていた。

  • 22125/04/06(日) 13:16:30

     それを見て、リオが言った。

    「何らかの警備システムに基づいて巡回している? だったら、彼らには守るべき何かがあるということ?」
    「そう仮定した上で、彼らの行動原理が最適になる場所は何処でしょう?」
    「ちょっと待ってちょうだい……」

     ヒマリの言葉にリオがじっと行動パターンを見た。
     規則性があることを前提に置いた再検証。リオが『廃墟』にてマッピング済みの一点を大きく丸で囲んだ。

    「すぐに思うのはこの辺り。ヒマリの言う規則性が正しいのなら、巡回するロボット兵の経路の中心点はこの辺りね」

     リオの言葉にチヒロが笑う。

    「つまり、この辺りに何かあるかも知れない、ってことかな」
    「断言は出来ないけれど……」
    「せっかくだし、行ってみようか」
    「危険よ……!」

     ウタハの提案に目を見開いたのはリオだけである。
     それを笑うのは決まってヒマリだ。

  • 23125/04/06(日) 13:16:40

    「ふふ、危険なのは百も承知のこと……。ですが、考えてもみてくださいリオ」
    「何を……?」

     ヒマリはずい、とリオに近づいた。

    「異なる言語体系を持つ正体不明のロボット兵。彼らはどこから来てどこへ行くのか……。そこに謎があるのなら、解明するのは研究者というものではありませんか?」
    「うっ……」

     更に近付いて、リオの肩をぐい、と掴む。

    「それに臆病でどんくさいリオなら巡回パターンを見極めて最適な侵入経路を叩き出すことも容易でしょう?」
    「それは……」

     ヒマリがぐぐぐ、とリオに迫る。

    「ロボット兵が守っている物が未知の素材で作られた何かという可能性も……」
    「わ、分かったわ。分かったから……」

     リオが押し切られたところでふと、ウタハが声を上げた。

    「そう言えば……ヒマリの席の真上にある『あれ』はなんだい?」
    「『あれ』?」

     チヒロが上を見る。
     先ほどまでヒマリが座っていた席の上の方には、直径30センチメートルほどの輪っかが設置されていることに気が付いた。

  • 24125/04/06(日) 13:16:50

    「……もしかして」

     チヒロがヒマリの席に行くと、そこは茹だるような暑さとはまるで違う清涼な空気が流れていた。
     ヒマリの額に「おや……」と冷や汗が垂れる。

    「ねぇ、ヒマリ……なんであんたのとこに個人用冷房が付けられてるの?」
    「チーちゃん、廃墟に行きましょう! ささ、すぐに準備しなくては……」
    「ヒマリ!!」

     脱兎の如く逃げ出したヒマリを追いかけて汗だくのチヒロが走り出す。
     残されたリオとウタハは麦茶を飲みながら「とりあえず」と続けた。

    「準備しようか。戦闘用ドロイドもいくつか持って行かないとね」
    「……そうね」

     若干納得のいっていなさそうなリオを背を叩いて、二人は第二倉庫を後にした。

    -----

  • 25125/04/06(日) 14:48:36

     『廃墟』は広大な建造物群である。
     ひとつひとつの建物が増築に増築を重ねられて混沌とした有様になっており、そんなものが朽ちた状態で建っているのだから、いつ倒壊したり崩落してもおかしくはない危険地帯である。

     リオたちが調査をしていたのはミレニアム側に面した区画のみ。
     禁足地指定が正当であるというデータを集めるためであればわざわざ奥に進む必要すらない。
     よって『廃墟』の奥に一体何があるのかを知る者は誰一人としていなかった。

    「もうすぐ着くよ」

     大型のトレーラーを運転するウタハの言葉に全員が顔を上げた。

     今しがた見ていたのはトレーラー内部に設置されたモニター付きのテーブルで、周囲には部室ほどでは無いせよ様々な演算機や計測装置といった機材が詰め込まれている。
     そこへ更にウタハが開発した戦闘可能な『椅子』である『雷ちゃん』やリオの作った戦闘用ドロイドAMASを詰め込めば流石に狭い。

     窮屈そうに身を丸めていたヒマリが安堵の溜め息を漏らした。

    「ようやくですか。トレーラーの居住環境改善も検討しなくてはいけませんね」
    「こんな風に全員で乗り込むことなんて無いんだから別に良くない?」
    「妥協はいけませんよチーちゃん。まず天井を開閉式にしてトレーラーの上から顔を出せるようにしましょう」

     ヒマリがそう言うとリオとウタハが目を輝かせた。

  • 26125/04/06(日) 14:48:48

    「それで天体観測器を設置するのね」
    「銃座を付けるんだね。私に任せてくれ」
    「どちらも違います」

     ぴしゃりと言うと二人は肩を落とした。

    「じゃあヒマリ、何を付けるの?」

     チヒロの疑問にヒマリが胸を張って答えた。

    「リラクゼーションルームを作るんです。あ、でもリオは使ってはいけませんよ」
    「横暴よ……! どうして私だけ!」
    「いや、あんたがそんなとこ上がったら絶対落ちるでしょ……」
    「私はそこまで虚弱ではないわ……!」
    「賑わってるところ悪いけれど、到着したよみんな」

     ウタハが言って、それから四人と二台の戦闘用ドロイドがトレーラーから降りていく。
     リオは僅かに不貞腐れたような表情をしていたが、あらためて『廃墟』を見ると嫌そうに溜め息を吐いた。

    「……ねぇ。やはり進むのはお勧めできないわ。今から引き返しても……」
    「まったく、ここまで来て何を言うのですか」
    「だ、だったら私がトレーラーに残るわ。オペレーターが必要でしょう?」

     駄々をこね始めたリオだったが、それを無情にも切り捨てたのはチヒロだった。

  • 27125/04/06(日) 14:50:38

    「トレーラーには私が残るから大丈夫――というか、私が『廃墟』に行っても何も出来ないからね。流石に専門外」

     続けてウタハがリオの肩を叩いた。

    「私、リオ、ヒマリの三人が探索組。オペレーターはチヒロ。これが一番『合理的』って言うんじゃないかな?」
    「感情は時として合理に反するわ……!」
    「では合理を優先しましょう。AMASを追随モードに切り替えてください」

     うぅ、と恨めしそうに声を漏らしながらリオがAMASの調整に入って、準備は出来た。

     ヒマリが愉快そうにパン、と手を打つ。

    「それではリオ。一番安全なルートの案内、宜しくお願いしますね?」
    「どうしてこんなことに……」

     肩を落としながら二人と二台を先導していくリオを見送って、チヒロもまたトレーラーへと戻る。

     『廃墟探索』一回目が始まる――

    -----

  • 28二次元好きの匿名さん25/04/06(日) 19:18:23

    かわいいいきものと化したリオすき

  • 29125/04/07(月) 00:32:55

    【エネミーB-2がそっちに接近中。ちょっと隠れといて】
    「……分かったわ」

     通信機から聞こえるチヒロの声に渋々頷いたリオが、後方を歩く二人へ合図を送る。
     あらかじめ打ち合わせておいた警備順路の死角へと退避して幾分。ロボット兵をやり過ごしたことを確認したチヒロからの合図でリオは溜め息を吐いた。

    「あと何回やれば良いの……? 心臓が持たないわ」
    「ふふ、リオの心臓はノミのように小さいですからね」

     ヒマリが煽るように笑い、リオは堪ったものでは無いと頭を抱えた。

     『廃墟』の建造物群、その内部は驚くほどに複雑だ。
     リオ達が侵入するに選んだ建物もまた広大で、増築に増築を重ねられた正体不明の建造物は下手に二階へ上がって扉を開けば床以前に通路すらないトマソン扉が待ち構えている始末。勢いに任せて進んだ瞬間何が起こるか分からないのだから、その緊張もひとしおだろう。

     そんな危険な構造をしている建物内部を進む理由は単純である。
     窓の外から見える大通りはリオたちの乗って来たトレーラーが三台弱ほど並走して走れる程度の広さしかなく、どんなドライビングテクニックがあったとしても物理的にUターンするときにもたつく。
     加えてロボット兵の巡回も多く死角も無い。トレーラーで素直に大通りを爆走しようものなら一瞬でバレてたちまち蜂の巣だ。となればどうしても歩いて行く他ないのが現状。

     いざとなればチヒロに無理やり突破して貰って探索組を回収することは可能かもしれないが、それはあくまで緊急離脱できるというだけ。これまでのデータからそんなことすれば丸三日はロボット兵の巡回が強化されて侵入不可能になる。

  • 30125/04/07(月) 00:33:32

     こうして先導するリオと後方からロボット兵の動きを伝えてくれるチヒロによる『廃墟』潜入作戦が実施されているのだが……大きな問題があるとすればひとつ。ちょうどチヒロはそのことをリオに伝えた。

    【目標エリアまで残り300メートル。ここから先は通信状態が悪くなるから気を付けて】

     ジャミング地帯。

     『廃墟』は人工衛星による観測を用いても観測不可能な領域が大半を占めている。
     ドローンを飛ばせば撃墜かそれ以外の要因かはともかく確実に帰って来ない。遠方から観測機を打ち上げて『廃墟』の全貌を確認しようにも像が歪んで撮影できず、航空機を使って侵入したという情報は残っていない。
     侵入した誰かが撃墜されたのか、はたまたリスクとリターンの天秤をかけて当たり前のように下がるリスクの秤に怖気づいたのかはさておき。ただ、そういった記録の一切が残っていない。

    「どちらにしても、地道に進むしか無いからね」

     ウタハが笑って言うと、ヒマリもそれに釣られて笑う。

    「危ないと思ったらチーちゃんトレーラーで突撃してもらいましょう」
    「無事に帰りたいわ……」

     リオが絶望的な表情を浮かべるが、悲しいことに誰もそれに気を遣うことは無かった。

     そんなときだった。
     ヒマリがふと、顔を上げた。

    「……いま、私に話しかけましたか?」

  • 31125/04/07(月) 00:33:53

    「何か聞こえたいのかい?」
    「ええ……、今、なにか――」

     ウタハの問いかけに答えながら、ヒマリは中空に視線を向けた。
     何も無い。ただ、何かが聞こえた気がしたのだ。

    《あなたは――――ですか?》

    「ほら! 今聞こえましたよはっきりと!」
    「私には何も聞こえなかったけど……もしかして幽霊かな?」
    「…………っ!!」

     リオが電ちゃんの上によじ登り、真顔で両耳を塞いで身体を丸める。
     そんなこととは露知らず、ヒマリは何処かから聞こえる声に耳を傾けていた。

    《あなたは、誰ですか?》

    「私、ですか?」

     ヒマリはその声が聴覚によるものではなく脳内に直接語り掛けられているものだと認識した。

    「私は――ミレニアムが誇る超天才清楚系美少女ハッカーにして眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である「エンジニア部」部長、明星ヒマリです」
    「いつの間にエンジニア部の部長になったんだい?」
    「とりあえず箔付けにはなるかと思いまして」

     呆れた様子のウタハにヒマリは片眉を上げた。
     リオは突然何者かと会話をし始めたヒマリを恐れてガタガタと震えていたが、ウタハの様子は平時とさほど変わらない。一応の警戒心は持ちながらも、ヒマリに注意を向けているのみである。

  • 32二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 02:00:00

    リトルシスターリオが愛おしすぎる・・・

    ぎゃくにヒマリの心臓に剛毛が生えてる感じも好き

  • 33二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 08:43:43

    保守

  • 34二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 09:47:19

    リオが可愛すぎる

  • 35125/04/07(月) 11:09:26

     そして、当のヒマリと言えば……。

    《あなたは、誰ですか?》
    「無視ですか!?」

     憤然と脳内に響く声に反論していた。
     そこでヒマリはふと思い出した。『廃墟』に纏わる噂のことである。

    「そういえば、オカルト掲示板にそんな話がありましたね」
    「うん?」

     ウタハが首を傾げると、ヒマリは悠然と笑みを浮かべた。

    「『廃墟』に忍び込んだ生徒の話がありまして、突然誰かに呼び掛けられるというものでして――」
    《あなたは、誰ですか?》
    「呼び掛けられているのに、その声は呼び掛けられた一人しか聞こえず――」
    《あなたは、誰ですか?》
    「ずっと呼び掛けられたその生徒はそれから毎日どこにいても呼びかけられ続け――」
    《あなたは、誰ですか?》
    「ついには精神に異常を来たし――」
    《あなたは、誰ですか?》
    「心を――ってさっきからしつこくありませんか!? 私は私ですが!?」

     ヒマリはキレた。
     特異現象に対して声の出所を探ろうと周囲を見渡すが、その挙動すら傍から見ればおかしくなったようにしか見えない。

  • 36125/04/07(月) 11:09:58

     そんな様子のヒマリを前に、雷ちゃんの上で丸まっていたリオはいよいよ限界だと言わんばかりに両手両足を使って全力で雷ちゃんにしがみ付く。ウタハがその背を撫でながら、流石に心配そうな視線をヒマリへ向けた。

    「大丈夫なのかい? というよりリオがもうだいぶ駄目そうだ」
    「ええ、私は全く大丈夫ですが少々煩わしいですね……」

     そう返すヒマリだったが、今なお頭の中では問いかける声が聞こえ続けている。

     ヒマリはキレた。

    「――ああもう! 『ミレニアムサイエンススクール一年生』! いや『会長』! 『会計』『書記』! 超天才『博士』『複数修士』『全知』――」

    《承認。ロックを解除します》

    「はい!?」
    「なんだ!?」
    「――――」

     その瞬間、ヒマリたちは地面が僅かに揺れたのを感じた。
     しばらくして揺れは治まり、ウタハとヒマリは顔を見合わせる。

    「ねぇヒマリ……。今のは?」
    「分かりません……が、『承認、ロック解除』と言われましたね……」

     呼びかける声は消えており、ヒマリは自分が適当に言った言葉の中にパスワードか何かがあったのかと思案する。

  • 37125/04/07(月) 11:10:22

    「だとしてもセキュリティが脆弱過ぎませんか……?」
    「とはいえ、何かのロックが解除されたのは確かなのかもね。今の揺れはただ扉が開いたというより建物が動いた、なんて感じだったから」
    「ふむ……でしたら後は私たちのマッピングと差異が生まれた場所を調べれば……って、リオ?」

     先ほどから静かなリオの方へ視線を向けると、リオはぷるぷると震えながら蚊の鳴くような声で「潮時ね……」と必死に二人を見ている。そんな様子にヒマリが呆れたような声を出した。

    「潮時どころかむしろ今でしょう? それに考えてもみてください。ひとりにしか聞こえない声――どんな可能性が挙げられますか?」
    「……超指向性スピーカー。ヒマリの頭部にピンポイントで音波を照射し続ける。けれども頭の中に直接声が聞こえてきたのよね?」
    「でしたら既存の科学では無いのでしょう。言うなれば……特異現象『精神感応』、と言ったところでしょうか」

     『精神感応』……それは一般的にテレパシーと呼ばれる超能力のひとつであり、科学的にもその存在は『疑わしい』という判断が下されている。

     そう、『疑わしい』のだ。『有り得ない』では無い。

    「脳波の同期による双方向への意思の伝達。そう考えればこれも検証すべき科学ですよ。それにもし『精神感応』の仕組みを再現出来れば――」
    「――量子もつれを利用した小型通信機の開発が行えるわね」

     ヒマリの言葉を継いだリオの顔は、既に研究者のものであった。
     現代の科学技術では再現不可能。しかし『廃墟』には失われた技術が眠っているという噂もあるのだ。

    「つまりヒマリの受けた特異現象は失われた技術が引き起こしたもの……?」

     雷ちゃんの上で正座をして思考にふけるリオを見て、ウタハは安心したように笑う。

    「よし、それじゃあチヒロと通信が出来るところまでちょっと戻ろうか。地形が変わっていた場合、ロボット兵の巡回経路も変わっているかも知れないからね」

     ウタハがそう言うとリオとヒマリがそれに頷いた。

  • 38二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 16:18:19

    ウタハ優しい

  • 39125/04/07(月) 23:02:42

     それから順路を引き返し、奥まった部屋のような空間に入るとチヒロとの通信を再開する。

    【早いね。何か見つけた?】
    「見つかるかも、ってところかな」

     ウタハが事情を説明すると、通信機の向こうでチヒロは愉快そうに笑った。

    【精神感応ねぇ……。なんだかそれっぽくなってきた感じはするけど】
    「それで、ロボット兵の方は?」
    【……うん。確かに動き方が変わったみたい。というか私たちがマッピングした地図上だと壁の中を歩いているのがいるんだけど……】
    「結構ズレてる?」
    【うーん……、見る限りだと一部だからそこまで派手に内部構造が変わっているようには思えないかな。とりあえずロボット兵の巡回パターンが変わっていないか計算してみるから】

     そう言ってチヒロはロボット兵の巡回法則を再計算し始める。

     再計算、と一言で言っても、各ロボット兵が発する信号に個体識別のラベルを付けていたために出来ることだ。
     付け加えるなら、それを元に巡回経路の予測ソフトを作っていたからでもある。これだけで売り物になる代物だ。

    【計算終了、動きに変わりは無いね。マッピングし直した部分はタブで切り替えられるようにしたから送信しておくよ】

     直後、ウタハたち三人の端末に更新された地図が表示される。
     壁を表す棒線の向こう側の空間がグレーに塗られており、ロボット兵の巡回を避けて進むためのルートも表示される。

    「ちょっと待ってちょうだい。私の方でもタイムテーブルを作るわ」

     リオが端末を操作してルートに移動時間を表示させる。
     各時間通りに進めば絶対ロボット兵に遭遇しないというものだった。

     それを見て、ウタハは思わず肩を竦める。

  • 40125/04/07(月) 23:03:06

    「……つくづく思うけど、エンジニア部でなかったらこうも簡単に進めるなんて無いだろうね」
    「ふふ、天才ですからね私たち。さぁ、何事も無いと思いますがそろそろ行きましょうか」

     ヒマリが言って二人が頷く。
     通信機越しのチヒロは【それフラグじゃない?】などと言ったが――そんなフラグを容易くへし折ってしまうほどに彼女たちは優秀過ぎた。

     タイムテーブルに従って地図を見ながら移動を行う。ただそれだけで実にあっけなく進めてしまったのだ。

    「ここだわ」
    「っとと、随分自然だねこの通路」

     リオが突然止まったかと思いきや、その視線の先には先ほどの構造変化で出来たとは思えないほど自然な状態で開いた廊下であった。

    「さぁ、行くわよ」

     颯爽と未知の通路を進もうとするリオの姿に、ヒマリが悪戯っぽく笑った。

    「あらあら、その先に恐ろしい特異現象が待ち構えているかも知れませんよ?」

     先ほどのリオの怯えっぷりを思い出しながらそう言うと、リオは振り返ってヒマリに言った。

    「何を言っているのヒマリ。特異現象も科学じゃない。科学に怯えるなんて研究者とは言えないと思うのだけれど」
    「っ……」

     いけしゃあしゃあと言い退けるリオにヒマリは納得がいかなかったが、耐えた。ヒマリは大人だった。

     そうして通路を進んで行くと、右手側に扉があった。
     複雑怪奇な『廃墟』の扉だ。開けた先が壁で埋まっていたり、扉を開けた先の通路を進んだら元の通路へ戻ってしまうなんて当たり前のように存在する。

     リオは扉に手をかけようとして――止めた。

  • 41125/04/07(月) 23:03:39

    「どうしましたか?」
    「……何かおかしい気がするわ」

     扉の前でふと顎に手を当てる。

    「私だったらこんなところに扉を置かない。やるならダミーの扉を作って開いた瞬間……いえ、取っ手に触れた瞬間に発動する罠か何かを仕掛けるわ」

     その言葉にウタハもヒマリも口を挟むことはしなかった。
     リオの勘は馬鹿に出来ないことを知っているからだ。野性の小動物じみた危険察知能力こそがエンジニア部の四人の中でもリオだけが最も突出した才能であるということを。

    「ねぇ二人とも。壁を叩きたいのだけれど棒か何か無いかしら」
    「三メートルぐらいの棒なら見ての通りありませんよ?」
    「どうして三メートルなの? いえ、手で直接壁に触れるのも怖かったから」
    「だったら私のサブマシンガンを使うといい。耐久性は抜群さ」

     ウタハから銃を受け取ったリオは自身の上着で包むと、扉の脇の壁を銃底で軽く叩いた。

  • 42二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 23:03:50

    このレスは削除されています

  • 43125/04/07(月) 23:04:42

     ――バヂンッ。

    「「っ!?」」

     高圧電流が流れたような音が響いて、ウタハとヒマリは目を見開いた。
     しかしリオは想定通りと言わんばかりに表情ひとつ変えないまま、壁を順番に叩いて行く。

     ――バヂンッ、バヂンッ、バヂンッ、バヂンッ。

    「どうしてここだけ電流が?」
    「さぁ?」

     ヒマリとウタハが顔を見合わせるも、どちらかと言えば電流が流れていることよりそんな予測を立てられたリオの方が不思議であった。

     実際、ヒマリもウタハもチヒロも口にはしないが、リオはカナリアとして優秀なのだ。
     危なそうな場所に連れて行くときはリオの出番。本気で拒絶したら恐らく本当に行ってはいけない場所なので気を付けて行く。もちろんリオも連れて行く。無情な話ではあるが。

  • 44二次元好きの匿名さん25/04/07(月) 23:05:57

    鉱山のカナリアとかいう思わぬリオの才能に笑うのと同時に本編で一人だけアリスにガチ警戒して対策ねってた補完になってるのすげえな

  • 45二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 00:06:48

    10Ftの棒かー

  • 46二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 00:07:14

    このレスは削除されています

  • 47二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 01:27:05

    保守

  • 48二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 07:07:15

    面白い、、、!

  • 49125/04/08(火) 09:52:21

     そんなことを思いながらリオの様子を眺めていると、断続的に聞こえていた高圧電流の流れる音が不意に止まった。
     いや――それどころか銃底が壁に『めり込んでいた』。

    「見つけたわ」

     そう言ってリオは壁に手を伸ばすと、リオの手が壁を突き抜けた。

    「ホログラム。立体映像で作られた壁ね」
    「リオ、あなた……ゲームだったら盗賊ですね」
    「ゲーム……? 盗賊……?」
    「いえ、忘れてください。私もそこまで解像度が高いわけではないので」

     ヒマリは掲示板で聞きかじった知識を披露することなく先へ進もうと促した。
     そしてリオ先導の元、ウタハとヒマリがホログラムを抜けると、そこは――

    「オフィス……のように見えますね」

     事務机にパソコン、何てことの無い機材が置かれた広い空間に出たヒマリが困惑したような声を上げた。

     ヒマリがその辺にあったパソコンを調べるが、どれも完全に壊れているようで使い物にならない。
     ウタハもふらふらと歩いてその辺を探ってみるも、紙媒体の資料一つ存在しないため途方に暮れている。

     違ったのはリオ、ただひとりだ。

    「……ちょっと待ってちょうだい」
    「本当にあなた、こういう時には面目躍如を果たしてくれますね」

     呆れたようなヒマリの言葉もリオには届かず、リオは周囲を見ながらぶつぶつと呟き続けている。

  • 50125/04/08(火) 09:53:36

    「文字と呼べるものが存在しない。つまりこれはオフィスではなく擬装? パソコンが壊れている――いえ、おかしいわ。どうして古代都市とさえ呼ばれる廃墟に私たちの知る電子機器が存在するの? 机の材質が劣化してない。メラミン化粧板なら劣化しているはずなのに。つまりそう見せかけた全く異なる物質……?」

     過集中に入ってしまったリオを、ウタハは面白そうに眺めていた。

    「リオに任せた方が早そうだ」
    「正直なところ、リオが生首状態でも動けるような研究をした方がよろしいのでは無いですか?」
    「どこでも解説してくれそうだね」

     予想外な出来事への対処と運動神経が最悪極まる調月リオの『運用』について冗談めかして話していると、すぐさまリオはオフィスに隠された謎を暴き出した。

    「ヒマリ。四と十二、人体を表すと言えば何が思い浮かぶ?」
    「え?」

     突然話を振られて思わず声を上げるヒマリ。それから少し考えて、ヒマリは思い至った。

    「四体液、四立体、四年齢、東西南北と黄道十二宮の照応表なら」
    「若い順からお願い」

  • 51125/04/08(火) 09:54:00

     その言葉にヒマリの思考が深い場所へと落ちていく。
     静かに紡がれるのは錬金術とウィッチドクターが研鑽した太古の科学式。

    「東は血液、心臓。正八面体が示すのは風のエレメント。対応する星は双児宮、天秤宮、宝瓶宮」

     その言葉にリオがオフィスに置かれた家具や機材を動かしていく。トランシーバー、電卓、花瓶――

    「南は黄胆汁、肝臓。正四面体が示すのは火のエレメント。対応する星は白羊宮、獅子宮、人馬宮」

     リオが続けて物を再配置していく。タイムカード、パソコン、来客用のスリッパ。

    「西は黒胆汁、脾臓。正六面体が示すのは土のエレメント。対応する星は金牛宮、処女宮、磨羯宮」

     動かしていく。時計、ルーペ、かすれ切った社員証。

    「北は粘液、脳と肺。正二十面が示すのは水のエレメント。対応する星は巨蟹宮、天蝎宮、双魚宮」

     分厚い空のファイル、スノードーム、水槽――全てを動かし切ったリオは額を拭う動作をした。

    「精神感応よりもまだ科学的に有り得る鍵よ。これが」

     いつまでもお荷物では無いと言わんばかりに笑みを浮かべるリオの背後、その壁が静かに動いた。

  • 52125/04/08(火) 09:54:12

     現れたのはひとつの扉。紋様なんて大仰なものは刻まれていないただの扉である。

    「さぁヒマリ、ウタハ、道が開いたわ」
    「開いたわってリオ、あなたは……」
    「私からしたら君もそんなに変わらないからねヒマリ」

     リオに呆れるヒマリ、に呆れるウタハに対して、ヒマリは屹然と言い返した。

    「私はただの趣味ですので」
    「まったく」

     ウタハは曖昧な笑みを浮かべる。

    「価値は客観が認めるものとは言うけれど」

     まるで他人事のように言うウタハに対して、ヒマリもまた「あなたが言うのですか?」と苦笑いを浮かべるのであった。

    -----

  • 53二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 14:15:43

    ゆっくりリオの解説か…… 誰なら相方務まるんだ?

  • 54二次元好きの匿名さん25/04/08(火) 19:54:33

    保守を追う者

  • 55125/04/08(火) 22:08:08

     扉の向こうには長くて細い通路があった。
     しかし通路には電力が通っていないようで明かりはなく、リオたちのいるオフィスから零れる光が辛うじて足元を照らすのみ。

     リオは連れて来たAMASに装備させておいたライトを点灯させた。

    「思ったより長くないですね」

     光に照らされた通路はAMASと雷ちゃんが並んで走行できる程度で、突き当りまでは大体100メートル程だった。

     奥にはこれまた飾り気のない扉があったが、それ以外には何も無い。
     部屋、そして通路というこの並びは建造物としてあまりに不合理であるのは誰の目にも明らかである。

     ふと、ウタハが口を開いた。

    「もしかして『廃墟』は、ルービックキューブみたいな設計がされているんじゃないかな」
    「パズル……ですか」

     そう、とウタハは続けた。

    「部屋と通路がそれぞれ可動式になっていて、その配置を自在に組み替えられることができる。だから例えばあの奥の部屋も最初はもっと地下とか、もっと言えば『廃墟』のずっと奥にあったかも知れないし、この通路だって全然違う場所にあったのかなって思ったんだ」
    「それならマッピングは『位置』ではなく『部屋』や『通路』そのものに置く方が合理的ね」
    「実際、建物が動くのはほとんど確定的ですからね。後でチーちゃんに相談しましょう」

     そう結論づけたところで、三人はぞろぞろと一列になって通路を進み出した。

  • 56125/04/08(火) 22:08:21

     先頭を歩くリオは罠が無いかと隈なく周囲を見渡すが、そこまで意地の悪い通路でもなかったようで何事もなく突き当りの扉まで辿り着く。

     扉に近付くと自動で開いてひとつの部屋に。ここも中は真っ暗だったため、AMASの明かりを頼りに部屋の内部へと入っていく。

    「何かしらここ……」

     AMASのライトが床を舐める。
     這うように奥を照らすと巨大な円管のような装置が生えていることに気が付いた。

     こぽり……と何かの音が鳴る。
     ライトを上へ。円管には何かの液体が満たされているようだ。

     更に上へ、上へ。
     その円管が何かの培養槽のようだとリオは思った――その時、ライトが何かを照らした。



     ――人の、死体



    「ひぃぃぁぁああ……!!」
    「リオ!?」
    「しっ、した――しし、したたたた――」
    「下? 下に何があるのですか?」

     ヒマリにしがみ付きながら「そうじゃない」とブンブン首を振るリオだが、残念ながらヒマリにその意図は全く伝わっていない。

    「あ、あった。電気付けるよ」

  • 57125/04/08(火) 22:08:40

     部屋の入口側で電灯のスイッチを探していたウタハが明かりをつけた。

     オレンジ色の光が部屋全体を満たし、その全景が明らかとなる。

    「ここは……」

     ウタハが部屋を見渡した。
     部屋にはウタハでさえも見た事も無い様々な機材が並んでおり、その全てが部屋の奥――リオとヒマリの正面にある円管状の培養槽へと繋がれている。

     その中には人の死体――ではない。
     人と見紛うばかりの人型ドロイドが入っていた。

     ただしそれも普通のドロイドでは無い。頭部から鳩尾下まで出来上がったトルソーで内部の機械が剥き出しになっている。両腕は肩から肘の中間ぐらいで途切れており、断面からはケーブルが露出しているのが見て分かった。

     まるで頭と心臓を中心にケーブルを始めとした機械部分までもが培養されていたかのうようで、鳩尾下の断面も、両腕の断面も、時間さえ経てばきちんとケーブルも骨格も生えて来て、そこから皮膚に覆われるのではないかと思わせるほどである。

     生体ではなく機械の培養。
     そんなもの、ウタハの知識の何処にも存在し得ないものだった。

    「……すごい」

     自分の常識からあまりにかけ離れたオーバーテクノロジーを前に、感嘆の溜め息を漏らした。

     どのようにして動いているのか、どのような原理で動作しているのか、そもそも『これは』何なのか――

     思わず没頭しかけて……聞こえて来たヒマリの声にウタハは我に返った。

  • 58125/04/08(火) 22:24:03

    「いつまで足にしがみついているんですか!? 死体ではなくドロイドですよあれ! ああもう離れなさい!」
    「ドロ……イド……?」

     目をぱちくりとさせる。
     それからリオは恐る恐る培養槽へと目を向けて――状況を把握すると共に立ち上がった。

    「科学ね」
    「何が『科学ね』ですか!」

     ヒマリがリオの頭を引っ叩いて、釣られてウタハも笑みを浮かべた。

    「これがロボット兵たちの守っていたものなのかな」
    「恐らくは、ですが……」

     ヒマリが答えて、改めて培養中のドロイドへ視線を向ける。

    「……持って帰っちゃいます? 分解できますし」
    「うーん、製造過程の方も気になるから経過観察してみたいところだけども」

     ヒマリの言葉にウタハが肩を竦める――その時だった。

    《全てを知る者よ――》

    「「っ!?」」

     突然聞こえた『脳に直接響く声』。反応したのはヒマリだけではない。リオもウタハもだった。

    《我を王冠の元へと導き給え――》

  • 59125/04/08(火) 22:24:27

    「王冠?」

     ヒマリが首を傾げた――次の瞬間、リオが鋭く叫んだ。

    「何か来るわ!!」
    「■■■■■■――」

     何らかの電子音を上げながら飛び込んできたのは三体のロボット兵。リオたちを認識した瞬間に銃口を向ける。

    「見つかった!?」

     ウタハが声を上げてサブマシンガンに手を掛ける。
     ヒマリは落ち着いた様子でハンドガンを引き抜いた。

    「仕方ありません。倒して離脱しましょう」

     リオも続けてハンドガンを構えて叫ぶ。

    「先に言っておくわ。私は射撃が得意ではないの」
    「期待してませんから物陰に隠れてくださ――」
    「分かったわ!」

     言い切る前に培養槽の影へと逃げ出したリオの姿にヒマリの顔が思わず歪む。

     そして、正体不明の培養槽を背にして『廃墟』における最初の戦いが始まった。

    -----

  • 60二次元好きの匿名さん25/04/09(水) 00:57:23

    保守

  • 61二次元好きの匿名さん25/04/09(水) 07:42:59

    わくわく

  • 62125/04/09(水) 13:34:59

     三体のロボット兵たちが散開する。
     そのうちの一体がアサルトライフルの銃口をヒマリへ向けた時、その間に割り込む形で雷ちゃんが疾駆した。

     雷ちゃんの動きは自動迎撃モードでも通常のマニュアル操作でも行えるようなものでは決してない。
     答えはウタハが身に着けているヘッドセット式脳波コントローラーを用いた『脳からの直接操作』だ。

     加えて今は道中リオを『運搬』するために足回りの性能も格段に上げられている。

     思い浮かべるだけでその通りに動き、銃口を向けて撃つ――『天才』白石ウタハの分身であった。

    「さぁ、暴れろ!」

     機先を制した雷ちゃんから放たれた機関銃による一斉射撃がロボット兵に襲い掛かる。
     その傍らでウタハ自身もサブマシンガンで一番近くにいたロボット兵に射撃を開始。ひとりで奏でるクロスファイア。卓越した並列思考能力が見せる驚異的な技術である。

  • 63125/04/09(水) 13:35:24

     そんな放火であっても、痛覚を持たないロボット兵たちは平然と反撃を行ってくる。

    「おっと」

     ヒマリの耳元を45mm弾が掠めかけたが、ヒマリは優雅に笑いながら軽やかに続く射撃を躱した。
     しやなかな動きであった。ここが舞台の上だと錯覚させるほどに美しく、つま先まで洗練された細やかなステップで相手の射撃を踊るように躱し切る。

     その様子を培養槽の裏から伺っていたリオが叫んだ。

    「踊ってないで早く倒してちょうだい……っ!」
    「冗長性もまた、時には美しいとは思いませんか?」
    「絶対いまやるべきことでは無いの思うのだけれど!?」

     踊るように、ではなく踊っていた。
     無駄に洗練された無駄のない無駄な動きである。

    「はぁ……、仕方ありませんねぇ……」

     瞬間、ヒマリの目が敵を捕らえた。
     ロボット兵たちの位置、動き、銃口――その全てを一瞬で把握し、引き金に指をかける。

    「いきます」

  • 64125/04/09(水) 13:35:56

     短く発せられた声。直後に響く三発の銃声。
     放たれた弾丸は狙い違わずロボット兵が握るアサルトライフルを支える指先に命中、その手を弾く。

     ロボット兵たちの銃口が逸れて、床や壁から天井にかけて銃弾があらぬところを飛び交い、リオが悲鳴を上げた。

    「ちょ、跳弾がこっちに流れて来るのだけれど!」
    「注文が多いですねぇ全く」

     肩を竦めるヒマリだったが、ヒマリの射撃によって手元を暴発させたロボット兵たちは大きく隙を作っている。

    「ここで一気に倒し切ろうか!」

     ウタハの声に頷くヒマリ。
     雷ちゃんとAMASも参加しての総攻撃の末、ロボット兵たちの制圧を完了させる。

  • 65125/04/09(水) 22:13:01

    「よし、ひとまずは倒したけど……」

     ウタハが倒れたロボット兵たちの方を見やりながら呟いた。

    「まずいね。早くここから出ないと増援が来る」
    「そんな……せ、せめてあのドロイドだけでも持って帰りましょう!」
    「そんなことしていたら荷物になるだろう? また来ればいいじゃないか」
    「またって、ロボット兵に見つかってしまった以上三日は厳戒態勢ですよ!? そんなに待てません!」

     困ったように眉尻を下げるウタハであったが、ウタハとしては三日後にあの培養槽の中のドロイドがどんな成長を見せるのかが知りたいのだ。今はまだ持って帰って分解する時ではない以上、引く気はなかった。

     ヒマリとしては三日後もこの部屋が存在しているのかを懸念していた。今ここで置いて行けば、また廃墟の構造が変わって二度とここへ戻れなくなるかも知れない。当然、引くつもりはないと頬を膨らませる。

     互いに譲れない意見の対立。
     その間に割って入ったのは、培養槽の前に立つリオの声だった。

    「ね、ねぇ……二人とも……」
    「何かな? 早く戻ろうって話に賛成だったら嬉しいんだけど」
    「当然持って帰りますよね、リオ。研究者ならチャンスは貪欲に掴むべきです」
    「い、いえ、そうではなくて……その」
    「もう! 言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」

     業を煮やしたヒマリが地団駄を踏む。
     その、とリオが培養槽に目を向けた。

  • 66125/04/09(水) 22:13:17

    「何か、音が……」
    「音?」

     ウタハが耳を澄ませる。

     聞こえて来たのかジジ、ジ――と硝子を引っ掻くような音。
     音源は培養槽。ドロイドは当然動いていないが――培養槽のガラス面上部に光の筋が伸びていた。

    「ねぇヒマリ」
    「はい?」
    「私はロボット兵の方しか見てなかったから知らないんだけどさ」
    「はい」
    「ヒマリの銃撃でロボット兵の弾が色んな所に暴発してたけど、あれってもしかして培養槽にも当たっていたかい?」
    「……………………」

     ヒマリは思い返した。
     踊って、撃って、リオに注文を付けられて振り返った時のことを。
     それからぽんと手を打った。

    「……あぁ!」

     ヒマリが声を出した途端、培養槽のガラスが爆発するように弾け飛んだ。
     培養液を全身に被りながら倒れるリオ――と、それに追撃するかの如くドロイドが倒れたリオの上に落ちてくる。

    「ぐぇ」

     肺を圧迫されたリオは妙な声を上げて死んだ。いや死んではいないが。

  • 67125/04/09(水) 22:14:00

     ヒマリは目を輝かせてウタハの方へと振り返る。

    「これでは仕方ありませんね! 持って帰りましょう! 今すぐに!」
    「はぁ……運が君に味方したのなら。……このドロイド結構重たいね。ヒマリ、運べるかい?」
    「白衣を貸してくださいませんか? 縄の代わりにして背負いますので」

     ウタハは少しだけ嫌そうな顔をしたが、「発明の為だ」と納得して腰に巻いていた白衣をヒマリへ渡す。
     それを手早く捩って培養されていたドロイドを縛ると、ヒマリは颯爽と背に担いだ。

    「さぁ、増援が来る前にジャミング区域から出てチーちゃんに迎えに来てもらいましょう」
    「賛成。リオ、大丈夫かい?」
    「ど、どうして私だけ……」

     ウタハがリオを雷ちゃんの上へと乗せる。
     それからここを離れた三人は、ジャミング区域から無事に抜け出し、チヒロの手繰るトレーラーに乗り込んだ。

    「みんな無事!? って、何それ」

     トレーラーに乗り込む三人を見ながら、チヒロの目はヒマリの背負う作りかけのドロイドへと移る。

    「事の説明はミレニアムへ戻る道中にでも」

     そうヒマリが言ったところで乗り込みが完了。ウタハがトレーラーの扉を閉めた。

    「全員乗車! 物凄い数のロボット兵が!」
    「了解! 飛ばすよ!」

     チヒロがアクセルを思いきり踏み込んで、トレーラーは急加速する。
     『廃墟』からの強制離脱。今回の探索で得られたのは、正体不明のドロイドであった。
    -----

  • 68125/04/09(水) 23:31:33

     ミレニアム郊外からミレニアムサイエンススクールに向かってトレーラーが道路を走る。

     無人の道路だ。
     赤茶けた大地とぽつりぽつりと遺された過去の建造物が時折運転席から見えるぐらいの寂しい景色。

     チヒロはトレーラーを自動操縦モードに切り替えてから運転部の後方に設置された扉を通ってリオたちと合流し、『廃墟』の中で起こったことを聞いた。

     聞いて――それから眼鏡を押し上げた。

    「つまり、精神感応されて向かった先にこのドロイドがあったってこと?」
    「そうです。ウタハ、何か分かりましたか?」

     ヒマリがドロイドを調べるウタハへ視線を向ける。
     ウタハは肩を竦めて答えを返した。

    「軽く見た感じだけど、全く。どうやってこれが作られているのかも分からないし、勘だけどケーブルひとつ見ても恐らくは未知の素材だね。培養できていたのなら有機物だと思うんだけど、詳しいことは成分分析機に回さないと」
    「そっか。……ちなみに、リオの見解は?」

     チヒロはトレーラーの片隅で膝を抱えて蹲るリオへと視線を向ける。

     謎の培養液を全身に浴びたリオはいま、下着姿になっていた。

    「そうね」

     リオは屹然とした口調で言い放つ。

    「毛布と着替えの必要性を論じれなかった私の落ち度だわ」
    「……そうだね。『廃墟』に行くことはもう無いだろうけど」

     チヒロが憐れむようにリオを見て、それから視線を外す。

  • 69125/04/09(水) 23:31:55

     そしてこれからの方針を口にした。

    「とりあえず、戻ったらドロイドの分解と分析を行ってみ――」

    《ネガティブ。我の分解は自己保存の原則により反撃が許可されてます》

    「「っ!?」」

     皆が一斉に顔を上げた。
     全員の脳内に聞こえた声。その中でヒマリだけがテーブルの上に置かれたドロイドへと目を向ける。

    「あの時の声です」
    「精神感応――っ!?」

     チヒロも続いてドロイドに目を向けると、そのドロイドの瞳が金色に輝いているのを目にした。

    《全てを知る者、明星ヒマリよ。我を王冠へと導き、我がレゾンデートルの証明を行うのです》

     この場の誰もが理解した。
     精神感応の発生源は目の前のドロイドであり、ヒマリが何かをやらかしたのだということを。

     全員がヒマリに目を向けた。いったい何がどうなっているのかと。
     ヒマリは、妖しげに笑みを浮かべた。

    「……そう、私は全てを知る者――というのは置いておいて、状況が全然呑み込めていないのですが?」

    《全てを知る者が『知らない』、と?》

     ドロイドから発せられる精神感応に剣呑なものが混じる。
     にも関わらず、ヒマリは平然と言い放った。

  • 70二次元好きの匿名さん25/04/10(木) 01:03:43

    保守

  • 71二次元好きの匿名さん25/04/10(木) 07:45:53

    このレスは削除されています

  • 72125/04/10(木) 07:47:46

    「私は超天才清楚系美少女ハッカーですけど、恐らくあなたの言う『全てを知る者』ではありませんね」

    《だ、騙したのですか……!? この我を――》

    「騙すも何も勝手に勘違いされただけでは? そもそもあの時『承認――』などと仰っておりましたが、一体全体何をどうして承認などと言って道を開けたのですか」

    《それは、あなたのサイメトリクスが――》

    「ともかく。勝手に勘違いした上で人のことを『騙した』などとは、例えドロイドであっても厚かましいのではないでしょうか」

    《――――》

     淡々と言いくるめようとするヒマリを見て、ウタハはリオへ視線を送った。

    (それで言ったら誘拐しているよね?)

     リオはブンブンと頷いた。

    (一体どの口が言っているのかしら)

     二人がアイコンタクトで通じていることなんて露とも知れず、ヒマリは続けて喋り続けた。

    「そもそも、あなたは何なのですか? 誰がどういった理由で作り出したのですか?」

    《…………………………》

     しばしの沈黙が続き、そして声は送られた。

  • 73125/04/10(木) 07:48:44

    《我が名は『マルクト』。世界の果てに到達せし王国の巡礼者――ですが、我のレゾンデートルは抹消されてます》

     ――レゾンデートル。
     全ての『道具』は『目的の元』で作られる。

     ボルトを締める六角レンチ然り、接着して繋げるダクトテープ然り、全ての道具には存在意義を有している。

     それがキヴォトスのロボット市民とドロイドの最たる違い。
     存在意義を有する道具か、存在意義を認知しない人間であるか。
     生命倫理にすら結びつく命題を前に、ヒマリは声を漏らした。

    「あなたは……自らの存在意義を知らないのですか?」

    《ネガティブ》

     ――否定、と答えは返る。

    《現行において、アクセス不可領域――即ち『王冠』に存在するというのが正確です》

    「ではあなたはドロイド――つまり自らを『道具』であると自認していると?」

    《ポジティブ》

     ――肯定、と……そう返す言葉に人間らしい迷いは無い。
     しかし『人間ではない』と言い切れるほどの無機質さが、そこには無かったのだ。

    《全てを知る者がいないのならば――我がレゾンデートルを知ることは出来ないのですか?》

     そこにあったのは平坦な悲壮だった。
     何のために生まれたのかも分からない、ただの赤子だけがそこにいた。

  • 74125/04/10(木) 07:49:27

    「――マルクト、と仰いましたか」

     ヒマリが口を開いた。

    「全てを知る者とは、『全知』のことでは無いですか?」

    《『全知』……?》

     ヒマリの発した『全知』という言葉にチヒロもウタハも首を傾げる。
     そんな中、トレーラーの片隅で膝を抱えていたリオだけがぽつりと呟いた。

    「『全知』――ミレニアムに存在する正体不明の学位ね」
    「正体不明? 学位なのに?」

     チヒロが訝し気な目を向けると、リオは淡々と思い出すように声を発した。

    「授与される条件が一切分からないアノマティックディグリー。過去に授与したのはミレニアムの歴史においてたった二人だけ。最初のひとりは居たのかすらさえ分からない。続く二人目が『二人目』であると残って逆説的に『一人目』の存在が証明されているわね」

     オカルティックな噂話を口にしたリオに続くように、ヒマリが口を開いた。

    「けれども『二人目』は卒業する間もなく退学。その行方は杳として知れぬまま……でしたっけ?」

     一人目は実在すら疑わしく、二人目に限っては退学した上に研究の全てを検閲・破棄されたとの噂だ。

     ミレニアムの怪談。『全知』に至れば行方を眩ます。
     ただの噂話が他ならぬ未知のドロイドによって証明されかけ、ヒマリの除いた三人は冷や汗を垂らした。

     そんな時だった。ヒマリが疑問を呈したのは。

  • 75125/04/10(木) 07:50:05

    「『全知』――即ち『全てを知る』と書くのですから、やはり授与の条件は千年難題の解決では?」
    「千年難題?」

     チヒロがヒマリへ目を向ける。
     好機と疑念を含めた視線をヒマリへ向けると、言葉が返される。

    「そうは思いませんか? 千年難題、その答えは誰も知らない。――そして、私たちの元にはいま失われた技術の結晶が私たちの知らない技術を用いて直接脳へと語り掛けている者の存在を」

     ヒマリは鷹揚に両手を広げてドロイド――世界の果てに到達せし王国の巡礼者、マルクトを見た。

    「全てを知る者? いえ、『今は未だ全てを知らぬ者』です! いずれ知るのであれば後か先かだなんて関係ないではありませんか」

    《ネガティブ。人間は姑息です》

    「姑息なのが人間です」

     ああ言えばこう言う心臓に剛毛が生えたようなヒマリの言葉に、マルクトは一瞬詰まった。
     人間だったら盛大な溜め息が出ていたであろう。ピクリとも動かぬマルクトの身体を見ながら、額に手を当てて遠くを見やるマルクトの姿をヒマリ以外の全員が幻視した。

    《仕方がありません。我がレゾンデートルを探すということに協力はしてくれますか》

    「はい」

     ヒマリが勝手に頷いて、三人は否定するまでもなく苦笑いのようなものを浮かべていた。

  • 76125/04/10(木) 07:52:28

    《では……》

     精神感応による声が続く。
     それはある種の契約のようだと、無意識ながらに全員が感じ取った。




     ――恐らくはこれが『私』に課せられた『契約』だったのでしょう。
     ――『契約』には『責任』が伴う。終わりを背負う必要がある。
     ――その時の私はまだ、知らなかったのです。責任を負う、その意味を。




    《ヒマリ、千年難題を解き明かすのです》

     マルクトから発せられたのは、真理探究の旅への始まりを示す言葉であった。

    「いいでしょう」

     ヒマリは答える。その結末が如何なるものであろうとも。

    「天才美少女ハッカーである明星ヒマリが、千年難題もあなたのレゾンデートルも華麗に解き明かして見せましょう」

     その果てに、何があるのかも知らぬままに。

    ----序章:キムラヌート-物質主義-  了

  • 77二次元好きの匿名さん25/04/10(木) 07:57:48

    誰かが犠牲を厭わずに進んで照らさないと先には進めない
    ただ、あの列車に乗るのは代償としては大きすぎる気がするけどね

  • 78二次元好きの匿名さん25/04/10(木) 09:11:27

    退学した二人目っていうのは雷帝か

  • 79二次元好きの匿名さん25/04/10(木) 16:54:00

    保守

  • 80125/04/10(木) 21:05:46

    ※序章は終了。ゲームだったらここでOPとか入るかも知れない。続きは今から書くので頑張ります!

  • 81125/04/10(木) 23:37:49

    「これで良し……と」

     計測の準備を終えたチヒロが皆の元へと戻る。
     エンジニア部の部室である第二倉庫、その実験室には四方を横長の測定機で囲んだテーブルと、その上に置かれたマルクトがいた。

    《これで我の解析を行おうと?》

     マルクトが精神感応でチヒロに伝えると、彼女は素直に頷いた。

    「さっき言ってた『王冠』がどうって話、話し始めたら少し長くなるでしょ? だったら一緒に測定機にかけようかなって」
    「培養途中で出してしまったからね。いつまでも手足が無いというのは不便だろう?」

     ウタハは目の前のマネキンじみたドロイドに目を向ける。
     ケーブルが零れている、腰までもない胴体。肩からは伸びかけの腕。人工皮膚の生成すら完全では無く機械部が露出しているその身体――ジャンクショップに置かれていてもおかしくない有様だ。

    《ポジティブ。不完全な『マルクト』であるのは命令に反します》

     その時だった。少し顔色の悪いリオが口を挟む。

    「ねぇ、その……精神感応ではなく音で話してくれないかしら? 流石に慣れないわ……」

     いくら伝わるとはいえ、直接脳内に『意味』が送り込まれる感覚はあまり良いものでは無いとリオが難色を示す。
     そうするとマルクトは思案するように少し黙って、それから言った。

  • 82125/04/10(木) 23:49:14

    《我は生体電流を活性化させ、自在に扱う機能が備わってます》

    「ああ、わかったよ」

     ウタハはすぐさま近くにあったスピーカーを手早く分解し、ボイスコイルを露出させてマルクトの上へと置いた。

     すると、スピーカーから少しずつ音が聞こえ始めた。
     酷いどしゃ降りのようなホワイトノイズ。散らばった音の向こうから、徐々に誰かの声と思しき何かが聞こえ始める。

    【――ぁ、ざ――おし――な――――】

     意味の無い音の羅列の集まりが徐々に意味を為していく。
     様子を見る四人。その中でふと、リオが口を開いた。

    「もしかして、聴覚というモデルに合わせて言語の学習を行っているのではないかしら?」
    「――なるほど。確かに、マルクトの身体に音を受容できる器官があるかなんて考えすらしてませんでしたね」

     もしかすると目も見えず、耳も聞こえず、ただ思念だけを送り込める状態なのかも知れないとヒマリは思った。
     その傍らでリオは独り言を呟きながらマルクトをじっと観察している。

    「生体電流を活性化……つまりこれは機械ではなく生体? いえ、だとしたら動力源は何処に……。バッテリーがあるのだとしてもそれはいつまで――」
    【我にバッテリーは必要ありません】
    「――っ!?」

     スピーカーから聞こえた機械音に驚くリオ。ウタハが叫んだ。

    「解説動画で聞く声だ!」
    【解説動画……?】

     その言葉にチヒロが「ぐふ」と妙な音を立てる。笑いを噛み潰し損ねた音だった。

  • 83二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 00:22:35

    ゆっくりマルクト姉様

  • 84125/04/11(金) 00:29:41

     その言葉にチヒロが「ぐふ」と妙な音を立てる。笑いを噛み潰し損ねた音だった。

     不格好なイントネーション。平坦で明らかに合成音だと分かる声。
     そして何だか妙に聞き馴染みのある声がツボに入ったらしい。

    【どうしましたか?】
    「いっ……ふぐ――な、なんで、ひひ――ッ」
    「なぜ笑うのですか? マルクトの発声は立派ですよ」
    「ちょ――ひひ、ヒマリぃ!!」

     ネットミームでとどめを刺しに来たヒマリを叩いたチヒロは、そのまま腹を抱えて撃沈する。
     そんな二人を置きながら、リオはマルクトへ聞き返していた。

  • 85125/04/11(金) 00:30:00

    「バッテリーが不要という理由は?」
    【我の動力源は『ちぃあちゅいん』によって供給され続けるからです】
    「『ちぃあちゅいん』……?」
    【失われた技術であると推定します】
    「そう」

     聞きなれない単語に首を傾げたリオだが、すぐに取り直してこう続けた。

    「つまり、何らかの永久機関によって動いている――そういうことね」
    【ポジティブ。その認識に相違ありません】
    「そう……」

     リオの目に険しい色が混じったと、傍から見ていたウタハは思った。
     いや、ウタハ自身そうである。たったいま、さらりとマルクトの言った言葉はそれだけのものだったのだから。

     永久機関――世界を支配する熱力学第一法則を根底から覆す机上の空論。それがいま、目の前にある。

     宝なんて言葉では決して足りない、世界を変革させ得る技術。その結晶が手の届くところにある――そう錯覚しかけてウタハは首を振った。

    「憎らしいね。多分今の私たちじゃ分解しても壊すだけで何も分からないだろうに」
    【――っ! 分解は反逆許可と認識します!】
    「済まない。忘れてくれ」

     ウタハが笑って手を上げる。
     その様子を、リオはどことなく不安げな表情で見つめていた。

  • 86125/04/11(金) 00:50:05

    「ひひっ、はぁ――っ、ふぅ……。――うん、よし」

     気付けば撃沈していたチヒロが復活しており、チヒロは本題に戻ろうと言わんばかりに眼鏡をかけ直した。

    「それじゃあ、『王冠に導く』だっけ。具体的な話をしようか」

     チヒロの言葉に全員がマルクトへと向き直る。

     世界の果てに到達せし王国の巡礼者、マルクト。彼女から提示されたのは、こんな内容だった。



    【我は十体一機で製造されたセフィラであり、我はその十番目――第十セフィラとして製造されました】

     十体のセフィラにはそれぞれ異名と最たる機能が与えられている。

     第十セフィラ。世界の果てに到達せし王国の巡礼者、マルクト。
     その機能はヒマリたちの命名するところによる、特異現象【精神感応】である。

     第九セフィラ以降については現在のマルクトではアクセスできない情報のようで詳細は不明だったが、名前と異名だけはアクセス可能とのことである。

  • 87125/04/11(金) 01:00:24

     第九セフィラ。知覚せし万象の基礎、イェソド。
     第八セフィラ。輝きに証明されし栄光、ホド。
     第七セフィラ。再現可能な勝利の創造、ネツァク。
     第六セフィラ。秘儀に捧げられし美しき殉教者、ティファレト。
     第五セフィラ。合理を越えた勇猛な仲裁者、ゲブラー。
     第四セフィラ。慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者、ケセド。
     第三セフィラ。違いを痛感する静観の理解者、ビナー。
     第二セフィラ。王国を守りし古代の守護者、コクマー。
     第一セフィラ。最もきらびやかに輝く至高の王冠、ケテル。

    【我の状態に対応するように、各セフィラはこれから順番に目覚めていくことでしょう】
    「目覚める? 寝ていたのですかあなたは?」
    【ポジティブ】

     ヒマリの問いに肯定と答えたマルクトは続けた。

    【ヒマリに『廃墟』から誘拐されるまでは自動迎撃モード……人間で言うところの半覚醒に近い状態だったと表現できます】

     マルクトの話によれば、眠っていたセフィラたちがマルクトに呼応するかの如く『自動迎撃モード』で半覚醒状態に移行するということであった。

     加えて残念ながらマルクト自身は各セフィラに与えられた『機能』――ヒマリたちが言うところの『特異現象』の内容にアクセスできないらしい。

    【これより目覚め始める各セフィラを確保し、我と接続することで各機が持つ情報の共有が行えます】
    「ちょっと待った。接続って言うのはどうやって?」

     チヒロが声を上げると、マルクトはすぐさま答えた。

    【我と接触させることで生体電流を通しプロテクトを解除します。その後、我が問いかけることで『マルクト』は完全に近づきます】

  • 88125/04/11(金) 01:22:49

     その言葉に唸ったのはリオであった。

    「つまり、あなたを担いで各機へ接触し、各セフィラの無力化を行うということかしら?」

     絶対に無理だろうといった表情を浮かべるリオに対して、マルクトは【ネガティブ】と答えた。

    【迎撃モードから無抵抗追随モードへの移行プログラムを生体電流状で再現します。これであれば現代の技術力でも製作可能であると我は判断しました】
    「……あなたは既に、私たちの技術レベルを理解したとでも言うの?」
    【我に置かれた電気音響変換器から推定しました】

     リオの表情は何かを押し殺すかのような無であった。
     それに気付かずウタハがマルクトへ語りかける。

    「それなら、そのレシピを教えてくれるということかな?」
    【ポジティブ。入力装置の配線を我の身体に接触させてください】
    「オーケー分かった」

     ウタハが今にもスキップしそうなほどに機嫌よく準備に取り掛かる。
     ヒマリもまたそれに続き、ああしようこうしようとウタハとマルクトへ提案を重ねる。

     そんな中、チヒロはリオに声をかけた。

    「大丈夫じゃないでしょ」
    「……何がかしら」
    「私もよく分かってないけど……リオ、あんた今――良くないものを見つけた時の顔してる」
    「……………………」

     リオは黙って俯き、それからぽつりと零した。

  • 89125/04/11(金) 01:54:55

    「マルクトは危険よ」
    「どうして?」

     リオは躊躇いがちに呟いた。

    「ドロイドは道具よ。存在意義には逆らえないわ」
    「人間で言えば『洗脳されている』ってことかな?」
    「そうよ」

     そう答える瞳が険しく歪む。

    「なのにマルクトは『感情』を知っているわ」
    「感情?」
    「ヒマリが『自分は全てを知る者』では無い、と言ったでしょう? その時マルクトは『騙したのですか?』と言ったのよ。あれはドロイドでは有り得ない発想よ」

     リオは恐れていた。
     『エンジニア部のカナリア』が鳴いた。

    「私はきっと――じきにマルクトを『道具』として見られなくなる。あまりに『人間らし過ぎる』もの。いずれ私たちと同じ『人間』だと見てしまうでしょうね。……でも、何処まで行ってもマルクトは『道具』なのよ」

     存在意義の自認が人とAIを分かつのか。
     それとも感情の有無が人とAIを分かつのか。

     少なくともマルクトは、『感情の模倣』が行えるほど発達しているとリオは考えていた。

  • 90125/04/11(金) 01:55:05

    「エモーショナルアグレッション。情に付け込んでの侵略行為は後手に回るわ」
    「……私は既に絆されているのかな」
    「それは……」

     リオは口を噤んだ。チヒロの言っていることが感情で分かっても、合理がそれを受け付けない。

    「リオ。一度ウタハに話した方が良いと思う。ヒマリは最後だね。絶対反発するし、リオだと多分、言いくるめられるから」

     チヒロは笑う。

    「私は正直ヒマリ派かな。千年難題は解いてみたいし、ロストテクノロジーにも興味がある。どんな犠牲を払っても。……でも、ウタハはどっちに付くとかはしないって、幼馴染として保証は出来るよ」

     エンジニア部はもれなく全員がエゴイスト。その中でバランサーと呼べるのは白石ウタハであると、各務チヒロは答えた。

    「説得が目的なら、説得できるだけの言葉を集めてぶつけてみたら? もちろん私はいつでも良いけれど」
    「……そうね。もう少し固めてから改めて話させてもらうわ」

     チヒロは「うん」と頷いた。
     それからリオは、マルクトの計測作業へと移っていった。

    -----

  • 91二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 07:57:36

    保守

  • 92二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 15:02:02

    保守

  • 93125/04/11(金) 17:35:22

     黙々と計測作業を続けるリオの迷い、それはまだ、自分の中でも明確な形を持ってはいない。
     マルクトに対するリオの立ち位置。「断固として止めるべきでは」という警鐘が鳴り止まない自らの心への自問。

    (マルクトの製作者の意図は何……? どうして『これ』は作られたの……?)

     ヒトの姿を模した道具でまず上がるのは、廃墟を警備しているロボット兵が挙げられるだろう。
     あれらが人型であるのは恐らく人間の部隊に組み込むためのもの――人に紛れるためのものだ。

     しかし現状、マルクトに攻撃を行う機能は備わっていない。

    (精神感応……これを悪用するなら何ができる……?)

     対象の思考の中に言葉を滑り込ませるこの技術は、何のために生み出されたのか。

    (対象への洗脳、思考誘導。出来るでしょう、やらないだけで。ではどうして人の形をしているの……?)

     全ての道具には必ず生まれた理由がある。
     気まぐれに作ったもまた『理由』になり得る。作れたから作ったというのも『理由』だ。
     その場合においては、『作る』ということ自体が目的なのだから、『作られた』時点でその存在意義は果たし終えたと言ってもいい。

     しかしマルクトは言っていた。『王冠』ケテルにマルクトの存在意義が保管されているのだと。

     ならば、自らのレゾンデートルを見つけたとき、マルクトは――

    「また考え事かい?」

  • 94125/04/11(金) 17:35:33

    「……ウタハ」

     隣で計測機の調整を行っていたウタハがリオに話しかける。
     ヒマリとチヒロの姿は無かった。どうやら別室で色々と調べているらしい。

     リオは計測機材に囲まれるマルクトを見ながら、ふと呟いた。

    「マルクト、人間を傷付けることを禁じるわ」
    【ポジティブ。我は人を傷付けません】
    「この命令はどのぐらいの権限を持っているの?」
    【一般権限です。上位の権限による命令と反する場合、上位権限の命令が優先されます】
    「……………………ウタハ。やはりこれ、遠くに捨てるべきではないかしら?」
    【そんな――!】

     『人間』みたいに驚く声を上げるスピーカーに、リオは眉を顰める。
     そんなリオの様子を見て、ウタハは「なるほど」と得心の言ったように手を打った。

    「リオは、ケテルへと辿り着いたマルクトが世界を滅ぼしたり人間抹殺を実行することを懸念しているんだね」
    「……ええ」
    「そうだね。そういうフィクションはあるし、そういうフィクションが目の前にある。有り得ない話では無いと私も思っているよ」

     ウタハは平然と恐るべき可能性を肯定した。

    「ウタハ、世界を滅ぼすとしたらどういった手段が考えられるかしら」
    「うーん、すぐに思いつくのは銃や爆弾よりも強い威力を持つ武装で土地を破壊することかな。全ての自治区が破壊されれば、世界を滅ぼしたと言ってもいいと思う。人類抹殺もそこに含まれるよね」

     キヴォトスにおいて人を死に至らしめる武器自体はそう多くない。
     それこそ、閉鎖環境内に弾道ミサイル用サーモバリック弾頭と人間をまとめて閉じ込めて爆発させる――ぐらいのことをして初めて死の可能性が生まれてくる。

  • 95125/04/11(金) 17:35:53

    「例えば……」

     リオが口を開いた。

    「実は誰も知らないけれど、全ての自治区には大量の爆弾が埋まっていて、その起爆コードにアクセスできる」
    「連邦生徒会がそれを許したのなら有り得るだろうね」

     サンクトゥムタワーの操作権限を持つ連邦生徒会……もっと言えば連邦生徒会長がそんなことに気が付かないはずがない。
     例え空から大量のミサイルを雨のように落としたところで、連邦生徒会長なら完全に防ぎきることが出来るのだ。

    「なら……サンクトゥムタワーの破壊を行えるとしたら」
    「ピンポイントでサンクトゥムタワーを壊せる兵器がたまたま『廃墟』に眠っていたというのも考えづらいね。何より、連邦生徒会長は『廃墟』を禁足地に指定しようとして私たちに『廃墟』への調査依頼を出したんじゃないか。もう何があるかなんて分かっているんじゃないかな?」
    「連邦生徒会長も人間よ。キヴォトスの全てを知っているとは限らない。単に分からないから私たちに解析を依頼した、と考えることも出来るわ」

     ぴこん、と計測機にエラーが出る。
     返されたエラーから、リオはキーボードを叩きながらウタハへ調整指示を行う。
     ウタハは幾度となくそうしたように計測機を調整し、再び計測を始めてからリオの方を向く。

    「私は別にヒマリの案に賛成というつもりは無いよ。あくまで私は特異現象を解明してみたいだけさ。ただ、今リオの話を聞いて思ったのは、やっぱり持ち帰って正解だったなってことかな」
    「……マルクトが誰かの手に渡る前に確保できたから?」
    「そうさ」

     ウタハは愉快そうに笑みを浮かべる。

    「リオは、マルクトを見た後で『道具が感情を持つことは絶対にない』と言い切れるのかい?」
    「っ――あなたは」

     リオは言葉を失った。ウタハが何をするつもりなのか分かったからだ。

  • 96125/04/11(金) 17:36:13

     ウタハは頷いた。

    「マルクトの精神感応はきっと、私たちと話すためにあると思ったんだ。人間の感情を理解するための端末。だから人の形をして生まれて来た」

     多くのものをその手で作り出してきた発明家は自らの見解を元にマルクトへ訪ねた。

    「マルクト。君は『共感する』という機能はあるかい?」

     マルクトは答えた。

    【ポジティブ。しかしデータが不足してます】
    「じゃあ君は人を通して感情を得ることが出来るんじゃないかな?」
    【ポジティブ。その可能性は充分にあります】
    「なら、君のレゾンデートルは『人間になる』とか『人間にとっての隣人になる』とかじゃないかな?」
    【……分かりません】
    「そうか」

     ウタハが残念そうに肩を竦める。
     けれどもウタハは、そんなマルクトの返答が想定済みだったようで大して残念そうでも無かった。

  • 97125/04/11(金) 17:36:25

    「私の興味は特異現象の解明であってそれ以外はフラットなんだよ。チーちゃんは……そうだね。千年難題解明に繋がるかもって期待してるのかも知れない。リオは危険性自体に意識が向いているけど、もしかしたらヒマリは懐柔できると踏んでいるのかもね」
    「ヒマリが?」
    「リオとヒマリは傍から見ても真逆だからね。片や不穏分子の徹底排除。片や不穏分子を裏切らせる。きっとどちらも正しくてどちらも間違っている。私としては、ロマンを求めて危険に足を踏み入れたのなら、その全ては自分のせいでしかないと思うけれどね」
    「無関係な他人を巻き込んでチヒロに怒られていたじゃない……」
    「うっ――それは……」

     ウタハが気まずそうに視線を逸らし、動揺に震える声で叫んだ。

    「い、今はほら、マルクトの精神感応をどうやって私たちの技術に落とし込むかだと思うんだ!」

     そんなウタハの様子にリオも張り詰めた気が緩んだようだった。

    「そうね。まずは『クォンタムデバイス』作成のための情報を集めないと」

     それが、マルクトを計測する最たる理由であった。

    -----

  • 98125/04/11(金) 22:14:12

     『クォンタムデバイス』――それは現在エンジニア部で作れるか試しているコンバーチブルPCである。

     マルクトが引き起こす特異現象【精神感応】を分析すれば、電波や光を介さない通信端末が作ることが出来れば『廃墟』で発生しているジャミングを回避できると考えたのだ。

     全てのセフィラは『廃墟』で目覚める、というマルクトの言葉を信じるならばこの先『廃墟』へ何度も向かうことは必然。それもきっと先に探索した場所よりも深部に向かうことになるかも知れない。

     とにかく『クォンタムデバイス』を完成させないことには何も始まらない。
     そうして丸一日ありとあらゆる方法で(それこそ電流を流すなんてのもあった)マルクトを調べようとしたものの、得られた結果は芳しくなかった。

     共用スペースに集まった四人とクッションの上に置かれたマルクト。

     チヒロが疲労のあまりやや乱暴な口調で言い放つ。

    「ほんと……あんた何で出来てんの?」
    【我が身体とはいえ、我を構築する物質については我も良く知りません】
    「気にする必要はありませんよマルクト。人間だって自らを構成する元素の全てを完全に把握しているわけではありませんから」
    【気にしているわけではありませんが……】
    「そんなことよりこの絵面、何だか新手の宗教のシンボルみたいだね」

     ウタハがマルクトを見ながらそう言った。
     マルクトは今、トーガのように白い布を身体に巻いた状態でクッションの上へ置かれていた。

     手足が無いことを除けばそれだけでもう人にしか見えない。
     しかし、一切動くことの無い目元や口元から、じっくり見ればそれが精巧なマネキンだと理解できるだろう。

     喉元にはウタハが形を整えたスピーカー内臓の金色のチョーカーが付けられている。
     白いナノスキンも相まって、どこか神秘的なオブジェクトにも見えなくは無いが……それがカルトっぽさに拍車をかけているようにも思えて見える。

  • 99125/04/11(金) 22:39:30

    「話を戻しましょう」

     リオが言った。

    「とりあえずマルクトの計測結果だけれども……」
    「すごい頑丈。あと未知の物質」
    「耐電、耐熱、耐冷……とにかく物理的な破壊は難しそうだね」
    「すべすべしてましたよ。被膜部分は」
    【我は完全ですので】
    「そう、現状におけるマルクトの耐久性は『私たち』と同程度かそれ以上と考えられるわ」

     リオがマルクトへ視線を向けた。

    「マルクト。あなたの耐久性は他のセフィラの中だとどのぐらいのものなの?」
    【……分かりません。各セフィラのスペックは各セフィラが持っているため、目覚めたセフィラを確保し、我と接続するまではどのような情報を持っているか不明です】
    「じゃあ、あなたが使う『精神感応』のスペックなら答えられるということかしら?」
    【ポジティブ】

     そう言ってマルクトは精神感応の説明を始めた。

    【まず前提として、我の機能に名前は無いためリオたちの言う『精神感応』という用語を用いて説明します。その上でこれは、精神に働きかけているわけでは無いと最初にネガっておきましょう】
    「ネガポジ言ってたけどそういう活用もあるんだ……」

     チヒロが思わず呟くもマルクトはスルーした。

    【加えて、我が持つ言語体系など失われた用語が多数存在するため、そこはそれらしき言葉を代用します。厳密に正確では無い、ということを念頭に置いてください】
    「ふふ、何だか託宣を受ける神職者のようですね」
    【では……】

     そうして開示されたのはこんな内容だった。

  • 100二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 22:51:05

    アリスとケイが、命令から抜けられたのは大切な人がいたからかな。アリスにはゲーム開発部とミレニアムのみんな、そして先生が。ケイにはアリスが。

  • 101125/04/12(土) 00:57:52

     マルクトはミレニアム自治区全土に及ぶほどの範囲に存在する『魂』を認識することが出来る。
     そしてその『魂』に語り掛けることで対象へのアクセスを試みることが可能である。

     対象が返答の意思を見せればチャンネルが接続され、双方向に空間を超えた会話が行えるとのことだった。

     興味深い点はこの『魂』と対象について。
     どうやら人間でなくとも会話は成立するらしく、意思を持つ知性を有するのなら何であろうと会話が行えるらしい。

    「ということは、犬や猫にも話しかけられるのかい?」
    【ポジです】

     ウタハの言葉をマルクトは肯定した。

     ただし『精神感応』には単純な条件があった。
     それは対象が起きていないといけないのだ。眠っていると『魂』の位置が補足できず干渉も出来ない。

     つまり他のセフィラたちが『廃墟』のどこにいるのかも分からなければ、目覚めて動き出したとしても半覚醒状態であるが故に『精神感応』による干渉も行えない。
     ただし、半覚醒とは言え半分は起きているため、干渉は出来ずとも大まかな位置の捕捉は出来るらしい。

    「ところでマルクト。君は音や光を知覚することはできるのかい?」

     ウタハがそう聞くと、マルクトは【できません】と答えた。

    【本来ならば製造にあたって最終的に機能するはずだったのですが、今の我には人間で言うところの五感にあたる受容器官が動作していません】

     目も耳も聞こえない。
     それでも会話が行えるのはマルクトが精神感応によって開いた『チャンネル』が開いているから、ということだった。

     そのため、マルクトへ話しかけようと言う意志さえあれば、精神感応の範囲内の何処にいてもマルクトと会話が行える状態になっているらしい。

  • 102125/04/12(土) 00:58:32

    【あくまで『チャンネル』を接続しなければならないというのが条件です】

     マルクトはやろうと思えばミレニアム全土に向けて一斉に語り掛け、そこから返答があった者に対してチャンネルを繋げることは可能だと言うことでもある。

     ただ、流石に負荷がかかるらしく、そのうえ理由もない。
     例えるなら、人を殺せる手段を持っているからと言って無意味に人を殺そうとはしないというぐらいにはマルクト自身、無差別な精神感応を忌避しているらしい。

     そこでチヒロが首を傾げた。

    「じゃあなんで『廃墟』に来た人に片っ端から話しかけていたわけ?」
    【我の近くまで来られるのなら、我を王冠の元へ導ける者を探してもらえると判断したからです】
    「それでたまたま近くに来ていたヒマリたちに話しかけたってわけね」
    「最初に話しかけたのが偶然私で良かったですねマルクト」

     ヒマリは笑うが、マルクトから返したのは奇妙な言葉であった。

    【ネガティブ。偶然ではありません】
    「そうなのですか?」
    【あの場にいた三人の中で……いえ、ミレニアム全土において最も『魂』の格が高かった者がヒマリだったのです】
    「魂の格……?」

     いよいよ、というより最初からオカルトじみた話が続いていたが、『魂の格』というオカルト直球な言葉にチヒロが眉を顰める。

  • 103125/04/12(土) 00:59:13

    「格が高いとキヴォトスへ『流出』させられる可能性の純度が高くなります……が、現代の知識においては理解の及ばぬ範疇の概念かと思われます」

     チヒロもウタハもその言葉には全くその通りと言わんばかりにお手上げである。
     一方、魂の格が高いらしいヒマリは何故か得意げな顔で鼻を高くしていた。

    「やはり超天才美少女である私には天より二物も三物も与えられていたのですね。どうりで……」
    「何が『どうりで』なのかさっぱりだわ」

     それまで黙っていたリオも流石にこれには口を挟んだ。

     ともかく、とリオは続ける。

    「マルクトのスペックは分かったわ。それで一応の確認なのだけれど、あなたは今は『廃墟』と呼ばれるあの都市の中で作られた、もしくは作られようとしていた、ということで良かったかしら」
    【ポジティブ。他のセフィラたちも同様です】

     そして話はここに戻ってくる。
     マルクトの『精神感応』に匹敵するような『特異現象』を引き起こす存在が九体も『廃墟』におり、マルクトに呼応する形で順番に目覚めていく。どちらにせよ放っておくことはできない。もう対処するしか無いのだ。この件については。

  • 104125/04/12(土) 00:59:29

     リオもそのことは理解していた。
     ただ、ヒマリたちは『自分たち』でやる気だが、リオ個人の考えではもうセミナーに投げるべきだとも考えていた。

     セミナーが動けばもしかすると依頼主である連邦生徒会の助力も得られるだろう。
     そしてそれは同時に「マルクトが王冠へ辿り着く」という道を閉ざすことも意味するだろう。

     人の手に余るロストテクノロジーは千年難題と同じく、解き明かせるレベルまで人間たちが達しない限りは封印するに限るのだ。

     そしてリオたちはマルクトを発見する前に一度、その一端を目にしている。

     黒崎コユキの時空跳躍。未来から来た少女が持っていたのは正体不明の『生きた』時計型機械、通称『ポータルウォッチ』。
     あの一件だって『ポータルウォッチ』の存在だけはセミナーから隠し通した。それだけ危険性を孕んだ物品だったからだ。

     そんなレベルの代物を探しに廃墟探索を行う。あまりに危険すぎる。

     リオは、覚悟を決めてその場の全員を見渡した。

    「聞いてちょうだいみんな。それにマルクトも」

     全員の注目が集まり、リオは何でもないとはぐらかしたくなったが、耐えた。
     そして静かに口を開いた。

    「私は、私たちでセフィラを確保してマルクトと接続させることには賛成できない」
    「…………」

     誰も口を挟まなかった。リオがそう言うだろうと分かっていたからこそ、続きを促すように沈黙を貫く。

  • 105125/04/12(土) 00:59:46

    「マルクトの『特異現象』はたまたま『精神感応』なんて穏当に見えるものだけど、兵器として考えれば精神に干渉して人を廃人にすることも、洗脳して思いのままに動かせることだって不可能ではないと思うの」
    「…………」
    「私たちがセフィラの確保を行うのなら、そういった想像も付かない危険性を持った存在を相手にしなくてはいけないわ。理外の兵器を持って自動迎撃モードで徘徊する、太古の科学の怪物たちを」
    「…………」
    「ヒマリには、勝機があると思うの?」
    「あります」

     即答だった。
     驚くように目を見開くリオ。興味深そうにヒマリを見るウタハ。様子を伺うようにそれらを眺めるチヒロ。

     三者三様の反応を前に、ヒマリは普段のたおやかな笑みを決してきっぱりと言う。

    「時に皆さんは、キヴォトスの住民たちの身体が何百年も前と比べて頑丈になって来ているのは知っていますか?」

     その言葉に頷いたのはチヒロであった。

    「平均寿命が伸びて、怪我や傷がすぐに治るようになったっていう?」
    「そうです。例えばシェマタによるアビドス平定時代……トリニティの第一回公会議でも良いですが、あの時代は数発の銃弾で命を落とす方も少なくなかったと記録されております」
    「医学の分野が最も発達した時代だったかな?」

     ウタハが思い出したのは大抵の学校では必修科目でもあるキヴォトス史だった。
     もっと前に遡れば「風邪をひいて命を落とす」なんて言うのも珍しくなかったと言う。

     その点、今のキヴォトスの住民たちが特別頑丈というのは何となくは理解していたし、それがキヴォトスを超えた全世界の常識とは違うということも。ついでに言うと、銃を持ち歩かないといけないぐらい銃撃事件が勃発しているのも普通では無いらしい。

  • 106125/04/12(土) 01:21:54

    「そうした上で、今の私たちより遥かに頑健さに劣るものの超技術を有していた古代人が、真の意味で自分たちを凌駕するものを作ったとは考えにくいとは思いませんか?」
    「――っ!」

     リオがその言葉に大きく反応した。

    「――つまり、意図的な弱点が作られている?」

     ヒマリは満足げに頷く。

    「もし仮に私たちの全ての攻撃や捕縛行動を無力化するような特異現象を引き起こせる個体がいたとしても、本当に攻略不能であれば古代人だって攻略不能な状況に陥るかも知れません。一度暴走したらそのまま自分たちを滅ぼし得る存在を作るような科学者たちしかいないのであれば、技術レベルがそこまで上がることは無いのですよ」

     確かに、一度滅んでしまっても記録が残せれば後に続くものが出て来るかも知れない。
     しかし、それではまた同じ滅びを繰り返すだけだ。先には進めない。

     人類全体の平均化された知性と倫理性こそが技術の進歩を阻害する。
     更に先へと向かうためにはその平均を同時に引き上げなくてはならない。

     でなければ天の怒りを買って引き裂かれた言語の塔のように自滅するほか無いのだ。
     蝋の翼では太陽に近づけない。本物の翼を得ずして人は空から逃れられない。

    「全てのセフィラには意図的に作られた弱点が存在するはずです。そして私たちは古代人よりも遥かに頑丈である……つまり、トライアンドエラーのチャンスもまた多いはず。私たちはそれを見つけ出せばいい」

     それからヒマリは挑戦的な目をチヒロへ向けた。

    「目の前で起こった事象を分析し、攻略法を探し出す。……千年難題を解き明かすよりも簡単だとは思いませんか?」
    「ふふっ、同感。それに、セフィラたちの持つ『特異現象』は千年難題と同じぐらい不可解。だったらきっと、ミレニアム創立から誰一人として成し得なかった千年難題解決の糸口はここにあると思うんだ」

  • 107125/04/12(土) 01:22:23

     真理、即ちヴェリタスへと至る道だとチヒロは頷く。

    「エンジニア部、もといチーム『ヴェリタス』ってのはどう?」
    「良いと思いますよ、チーム『ヴェリタス』」
    「それだけじゃないわ。マルクトのことも考えないと……」

     浮かれるヒマリにリオが苦言を呈すると、ヒマリは笑ってこう言った。

    「存在意義を取り戻したマルクトが、存在意義に従って世界を滅ぼすかも知れないということですか?」
    「……そうよ」
    「なら、マルクトに『人の心』を教えてあげましょう。どうですかマルクト?」
    【我……ですか?】

     困惑したような音を鳴らすマルクト。それにヒマリは畳みかけた。

    「完全であるのなら出来ないことがあってはなりません。人間の心を理解し、共感し、色んなものを好きになったり嫌いになったりして……その上で私たちと『お友達』になって欲しいんですよ」
    【友……達?】
    「そうです。お友達。それこそ、上位の命令だとか存在意義を書き替えてしまうぐらいのお友達に」
    【ね、ネガティ――】
    「出来ないんですか? 完璧で完全であるべきはずのあなたが?」
    【――――予測不可能】

     人間であれば絞り出したような声だったであろう言葉がスピーカーから流れた。
     それにヒマリは笑顔を向ける。

    「それは今のあなたにとってどれほどの強制力があるか分からない、という意味ですね?」
    【ポジティブ。我は『道具』であり『システム』です】
    「だったらそれはリオが何とかしてください」

    「……えっ、私が!?」

  • 108125/04/12(土) 01:35:10

     急に水を向けられてリオが慌てふためく。それでもお構いなしにヒマリは続けた。

    「リオならセーフティのかけ方を熟知しているでしょう? 『命令』、『存在意義』、それらを突破する方法を、例え机上の空論だとしても何かしら思いつくのでは? というより、もう思いついているのでは無いですか?」
    「そ、それは――」
    「はっきりと言ってください。何故ならいま目の前にいるマルクトは私たちにおける常識を覆し得る存在なのですよ? であればこそ、机上の空論は実現可能なものであるのかも知れません。更に言えば、未だ見ぬ各セフィラが持つ情報の中に実現させ得るコードが存在しているのかも知れません」

     問いかけられたリオは言うべきか言わざるべきか迷っていた。
     単純にリオ個人のプライドの問題だった。「あったら良いな」なんて希望的観測を口にするのは憚られたが、それでも何とか口にした。

    「サイコダイブ……相手の心に直接飛び込む装置があれば、命令を受ける『道具』ではなく命令を受けるかどうかを判断する『人間』に近づけて命令そのものを本人の意思で棄却……いえ、ただの妄想よ。意味の無い戯言だわ」
    「ではそれを作ってください」
    「無茶よ!」

     今度こそ悲鳴を上げた。
     だって意味が分からない。相手の精神に自分を投影させて行動原理を書き換えるなんて――

     ――そこだった。リオが気付いてしまったのは。

    「『精神感応』……」

     リオの視線がマルクトへ向いた。
     そしてリオは分かってしまった。自分の思い描いた『都合の良い実現不可能な物』は『実現可能であるかもしれない』と――

    「……ちょっと待ってちょうだい」
    「ふふっ、またリオが何か思いついたようですね」

     実際のところヒマリはリオの思いついたことに全く思い当たる節は無い。

     この場の四人は全員がそうだった。
     確かに全員が天才と呼ばれるミレニアムの英知であることは事実ではあるが、得意とする分野が異なる以上分からないことは分からないのだ。

  • 109125/04/12(土) 02:17:55

    「さて、リオも片付いたことですし……」
    「ヒマリ、言い方」
    「ごめんなさいチーちゃん。あ、でも別に私はリオのこと厄介者扱いはしてませんよ?」
    「私は厄介者扱いされていたの!?」
    「信頼ですよ。リオが守ってくれるなら私が攻めても問題ないでしょう?」
    「っ……!」
    「何だか誑かされているような……」

     顔を僅かに赤くしたリオに同情的な視線を向けるチヒロであった。
     ともかく、とヒマリはマルクトの方へ視線を向けた。

    「目覚めたセフィラの迎撃モードを解除するための道具。それはどういったものですか?」
    【我の『魂』に値するコードを複製したデバイスを作成することです。そして生体電流を発生させ、遠隔より追随モードへと移行させます】

     そのために必要とされる条件は次のものだった。

     一つ、電力を内蔵できる設計であること。
     そこから引き出した電力から生体電流を模倣して流す必要があるため、セフィラと直接接触させることが条件となる。

     二つ、マルクトの『魂』に該当するデータを収められる保存容量を持つこと。
     その最低容量は15.75メガバイトだと言い、そこまで多くは無い。それだけあればマルクトの言うモード変更も可能であるらしい。

    「魂の複製、って聞くと何だか自我を持ちそうな気もするけど……」
    【ネガティブ】

     チヒロの言葉をマルクトは否定した。
     なんでも、魂をいくつに分解しようが複製しようが『マルクト』は『マルクト』とのことらしい。
     人の身体に脳波で動く追加義肢を接続しても追加義肢が独自の自我を持つことは無い、という説明を受けて納得した。

  • 110125/04/12(土) 02:47:12

    【セフィラと接触させ続ける時間は30秒から1分間。それだけあればセフィラへの干渉も可能でしょう】
    「ウタハ、弾丸とかで再現できると思う?」
    「流石に難しいね……。射出の勢いに耐え切れない。作るならスタンガンみたいな形状だけど、落としたり可能性を考えるなら……うん。グローブ型かな」

     ウタハは考え事をするように視線を宙へと彷徨わせた。

    「グローブ型。『クォンタムデバイス』の子機に出来ればスピーカーとマイクの機能も持たせられるね。バッテリーについてもフル稼働で五日は確実に保つように出来るし、データ容量もウェアラブルデバイスと考えれば別にそうでもない……うん。材料集め込みで三日あれば余裕さ」

     ウタハが笑った、その時だった。
     マルクトから音声ではなく精神感応による声が四人の脳内に飛び込んできた。

    《イェソドのパターンを確認。推定五日後にイェソドは目覚め、『廃墟』にて活動を開始するでしょう》
    「「――ッ!!」」

     突然切られた時間制限。しかしマルクトはすぐにこう言った。

    《セフィラがすぐに『廃墟』から出てくることは有り得ません。移動できる個体であっても状況把握に務めますので》
    「その後は?」

     リオが鋭く問い詰める。

    「ミレニアムに来ることは無いのかしら?」
    《分かりません。各セフィラの存在意義に準じた行動を行うとしか……》
    「状況把握に掛かる時間は?」
    《14日。その後どう動くかについてはセフィラの意思に依ります》

     つまり、セフィラが目覚めて二週間の間であれば『廃墟』の中で対処が可能。
     ただし時間制限を超えてしまえばもう分からない。どこで、どんな目的で行動を開始し始めてもおかしくないのだ。

     リオは叫んだ。

  • 111125/04/12(土) 02:47:25

    「『クォンタムデバイス』については私とヒマリ、それからチヒロで作成しましょう。ウタハはグローブ型子機の設計を行って!」

     珍しいリオからの指揮に皆が奮って頷いた。
     そんな中、茶化すようにヒマリが笑う。

    「エンジニア部の活動とは違って、まるでリオが部長のようですね」
    「だったら、廃墟探索のときは名前も変えよっか?」

     チヒロがそこに悪乗りをした。ウタハもそれに続く。

    「じゃあ今は『特異現象』を『捜査』する非公認の部活ということにしようか。部長はリオだ」
    「わ、私が……?」

     困惑したような表情を浮かべるリオに、ヒマリは手を打った。

    「エンジニア部、もとい『特異現象捜査部』のチーム『ヴェリタス』……これで決定ですね」
    「名前が多すぎるわ!」

     悲鳴を上げるリオを置いて、『特異現象捜査部』のチーム『ヴェリタス』は行動を開始した。

    -----

  • 112二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 06:40:47

    保守

  • 113二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 12:00:35

    保守

  • 114二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 18:25:36

    明保守

  • 115125/04/12(土) 18:58:16

     それから作業に入って四日目の昼のことである。
     グローブ型の通信端末を腕に装着したリオは、エンジニア部第二倉庫の地下にある『タイムワインダー』の置かれた部屋に入ると扉を閉めた。

     磁場を完全に遮断するこの黒い部屋で外と通信が出来るのなら、どんなジャミングであろうとも確実に機能するはず。リオはグローブを耳元に当てるようにして声を発した。

    「テスト。テスト。こちらリオ、聞こえるかしら?」
    【こちらチヒロ。大丈夫、問題ない。位置情報も遮断されてないから充分使えるはず】

     チヒロの言葉に安堵するリオであるが、それも当然のことだった。
     なにせ、『どういう原理で動いているのか』という部分については一切分かっていないまま作ったからだ。

     グローブ型端末を走るコードが何なのかも分からず、ただマルクトから【恐らくですが】の話を聞き続けて何となく組み合わせてみたら何故か動いたという状態である。

     とりあえず、とリオは部屋から出て、地下室から皆がいる共用スペースまで戻ることとする。

    「みんな、ひとまず『クォンタムデバイス』が動くことは確認できたわ」
    【完成、おめでとうございます】

     クッションの上とい定位置に置かれたマルクトから労いの声が上がるが、その場の全員は苦い表情を隠さなかった。

     これで完成したというのは流石に天才たちのプライドに傷が付く。原理を解明したわけでもないのだからと、誰も素直に喜べなかった。

  • 116125/04/12(土) 18:59:01

     そんな重たい空気から切り替えるように、ウタハが口を開いた。

    「私とヒマリのグローブは夜までには作っておくよ。『廃墟』へ持ち込む物の確認はみんなに任せた」

     そう言ってウタハは第二倉庫から出ていった。
     ウタハが向かったのは隣のエンジニア部第三倉庫。主にウタハとリオが使うラボである。

     それを見送って第二倉庫へ残った三人は、早速何を持ち込むかの相談を始めた。

    「第一に着替えとタオルだわ」
    「あー、その前にひとつ確認。基本的にトレーラーに戻って補給を行うことは想定するの?」
    「想定しなくて良いのではありませんか? そこまで消耗した時点でそのままミレニアムまで引き返す方が良いと思います」

     むしろ、『廃墟』からの脱出はトレーラーで奥まで乗り込んで行う緊急離脱に依るものが多いだろうと三人は考えた。

     マルクトの時のようにただ行って回収して帰るだけでもトレーラーを使ったのだ。
     イェソドがどんな能力を持っているかは分からずとも、確保してのんびり担ぐなり引きずっていくなりしてトレーラーの元まで戻るのは難しいだろう。

  • 117125/04/12(土) 18:59:19

    「だったら医薬品などの積み込みは必須ね。どんな怪我をするか分からないもの」
    「……無いとは信じたいですが、骨折しても応急手当ができるぐらいには完備させても良いかも知れませんね」
    「むしろ何があったらそこまでの大事に繋がるのかすら分からないけど……準備するに越したことは無いしね」

     とはいえ、現状のトレーラーではそこまで多く積み込めないのもひとつの課題だ。
     応急テープといった医薬品を1ケース。着替えとタオル。あとチョコレートを始めとした甘味や水なども積み込むことにする。

     代わりに、リオのAMASは置いておくこととなった。
     流石に狭すぎるためのと、それより優先して積み込まなくてはいけないものがあったからだ。

    「『何でも運ぶ君Mk.2』は必須ね」

     発明家、白石ウタハ作『何でも運ぶ君Mk.2』。
     高さ15センチの平たい板で、六つの小さなタイヤが付いている自走式の運搬車両だ。
     エンジニア部では主に機材の搬入などに使われており、今回は確保したセフィラを運ぶのに使用するつもりだ。

     何故かロケットブースターが付いており時速200キロ弱まで出たりするが、曲がったりすることは出来ないため当然ながらその機能が使われたことは一度もないし、これからも無いだろう。

    「トレーラーのモニターテーブルをどかせば入るし、確保した帰りは牽引すればいっか」

     チヒロがそう言って頷く。ひとまずトレーラー内に置くものは決まった。

  • 118125/04/12(土) 18:59:47

    「次は私たちの装備ですね」

     探索を行う上でまず問題に上がるのは、各人のスタミナである。
     というのも、リオは虚弱で何時間も歩き回れるような体力は無いし、ウタハもリオほどでは無いにせよ割とすぐにバテる方だ。体力があるのはヒマリで、次点でチヒロ。

     理想を言うならヒマリとチヒロが探索に向かうことだが、セフィラなどという正体不明の敵を相手にするなら危険をかぎ分ける能力が断トツで高いリオは現場に出てもらった方が良く、ウタハがいればその場で何か故障などがあってもすぐに対処することが出来る。

     そしてチヒロ自身もオペレーターとしてトレーラーから『クォンタムデバイス』の操作をする必要があるため、この編成を変える余地はどこにもない。

    「雷ちゃんをリオの運搬用として出してもらうことは確定ですが、ロープや軟膏ぐらいは欲しいですね」

     攻撃されたときに出来る傷は基本的に打撲であり、キヴォトスで最も使われているのは軟膏タイプの医薬品である。何があるか分からない以上、最低でも塗り薬ぐらいは必要だった。

     ロープについてはとりあえず10メートルほどを用意することに決まった。

    「あとは……捕獲用のネットランチャーとか?」
    「……そうね。二発分持って行きましょう。あまり持って行っても動きづらくなるけれど」

     準備する物についてはこれでひとまず全部となった。

  • 119125/04/12(土) 19:00:57

     そこでリオがチヒロとウタハを見渡した。

    「ウタハにも後で言っておくけれど、今回は偵察と分析を目的とするわ」

     それにヒマリが頷いた。

    「分かってます。捕まえられるのなら捕まえますが、恐らくそうはならないと思いますし……」
    「そうだね。標準装備じゃ対応できる範囲だって限られてくる。でも、何が足りないのかさえ分かればどうとでもなるからね――私たちだったら」

     チヒロが最後に付け加えた言葉にヒマリが笑みを浮かべた。
     『無いなら作ればいい』。それが出来るのがエンジニア部なのだという自負である。

    「じゃあ……」

     リオは改めて宣言する。

    「これから最後の準備に取り掛かるわ。そして今日は早めに寝て、明日に備えましょう」

     そして明日、二回目の廃墟探索が開始される――

    -----

  • 120二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 00:06:54

    保守

  • 121二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 08:19:08

    2回目か

  • 122二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 13:40:05

  • 123125/04/13(日) 13:49:00

     運転部から見える郊外への道のりはいつだって殺風景だ。
     長く広い直線の道路。外れにあるバス停の終点を越えてから30分も車を走らせれば、荒れ果てた家屋や何が潜んでいるかも分からないビルだったものなどが立ち並ぶ郊外に入る。

     他の自治区でもそう言った場所では学籍を持たない生徒や指名手配犯たちが根城にしていると耳にはするが、不気味な『廃墟』へと続くこの辺りでは流石にそう言った輩もいないらしい。

     補修のされていないアスファルトを踏んで僅かに跳ねるトレーラー。

     やがて、道路の向こう側から大きな影が見えてくる。
     チヒロは牽引するトレーラー内へ向けてマイクを入れた。

    「あと1時間ぐらいで待機地点に着くよ」
    【ちょうど良いわ。これからブリーフィングを始めるところよ】

     スピーカー越しに聞こえるリオの声はどこか張り切っているようにも思えて、ふと頬が緩んだ。

     するとその時、別のスピーカーからも声が聞こえて来た。

  • 124125/04/13(日) 13:49:12

    【『クォンタムデバイス』にイェソドの大まかな位置情報を送りました】
    「ありがとうマルクト」
    【高い演算能力を持った我であれば簡単なことです】

     マルクトはいま、第二倉庫のサーバールームにいる。
     最初は連れて行くつもりだったのだが、自動迎撃モードになっているセフィラは同士討ちを避けるために一定距離を保つよう離れてしまう傾向にあるらしく、下手に連れて行けばイェソドが『廃墟』の更に奥へ行ってしまうことを懸念してのことだった。

     そのため何処か適当な場所へ隠しておこうと思ったのだが、ヒマリの提案によりキーボードの配線を直に胸部へ張り付けてサーバールームへ置くこととなった。

     何でも、スピーカーから音を流すのと要領で入力端子に触れさせれば操作が出来るらしい。
     だとしてもどうやってモニターを見ているのかは分からなかったが、少なくともモニターに映った情報であれば分かるようだ。

     ただし、生体電流の操作と現代の言語の学習に大きくリソースが割かれるため、データの送信程度の簡単なサポートには留まっている。

  • 125125/04/13(日) 13:49:31

     そしてチヒロは自動運転に身を任せながら、リオのブリーフィングを聞いていた。

    【『廃墟』の状況で変わったことは二つ。一つはロボット兵たちが『廃墟』の深部に引き返していったことと、今回探索する範囲に警報タイプのロボット兵はいないことよ】
    【前回のように見つかったら終わりという状況でないのは助かりますね】
    【マッピングを優先してイェソドを見つけたらしばらく様子を見る、だったね】

     これにより、トレーラーの待機地点も前回より更に奥へと進めることが出来た。
     とはいえ、朽ち果てた雑居ビルを大量に重ねて作った城塞のような『廃墟』の奥に進むのは少々怖い。

    (怪物の口に飛び込むような気がして気味が悪いんだよねぇ……)

     口には出さないが、あながち間違ってもいないかも知れないのが嫌なところだ。

    【イェソドの確保には必ずグローブを……ねぇこれ名前無いのかしら?】
    「そんなに呼ぶことも無いだろうし、リオが決めたら?」

     チヒロがそう言うとしばらく沈黙があった後に、リオが言った。

    【確保には、『ハンドセット』をセフィラの動力炉付近へ押し当て続ける必要があるわ】

     スピーカー機能を強調してきたのかと一瞬思ったが、ただの駄洒落だったとチヒロは気が付いた。
     とはいえ、もう呼ばれることも無いだろうが。

  • 126125/04/13(日) 13:49:43

    【マルクトの操作で無力化できたらトレーラーと合流。『何でも運ぶ君Mk.2』の上に載せて一気に『廃墟』を離脱するわ】
    「オーケー」
    【それとマルクトを回収したときと同じように、確保の前後でロボット兵の行動パターンが変わるかも知れないから注意して】
    「分かった。すぐ逃げられるように準備しておく」

     今回のイェソドとロボット兵たちの物理的な距離感は、どうにもロボット兵たちがセフィラを守っている、という前提に若干の疑いが出てくるものであった。

     もしかするとセフィラを守っているのではなく見張っている、というのが正しいのかも知れないし、セフィラもロボット兵と協力関係にあるかも少々疑問である。

    (もしかしたら、私たち、セフィラ、ロボット兵の三陣営が集まっているのかもね)

     そんなことを考えていたら、トレーラーはもう『廃墟』の大通りへと侵入するところだった。

     壁のように積み上げられた建造物たちの間を抜けると、十字に分かれた噴水広場後へと辿り着く。
     車を止めると、目の前には碁盤のように続く道路と、完全に均一に作られた三階建てほどの四角い建物が等間隔で広がっていた。

  • 127二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 20:58:33

    保守

  • 128125/04/13(日) 22:44:39

    「探索し甲斐のありそうな場所ですね。ドローンで一度にマッピングできれば良いのですが……」

     トレーラーから降りたヒマリが呟くと、続くウタハが何とも言えない顔をした。

    「そのためにはまずトレーラーの増築から始めないとね」
    「積載量を増やすのならエンジン部の改造も必要よ」

     雷ちゃんと共に降りたリオは当たり前のように雷ちゃんの上へと跨る。
     その姿は何だか遊園地にあるキャラクターもののバッテリーカーを想起させて間抜けにも見えるが、そのことは誰も指摘しなかったしリオ本人も気付いていない。

     そうして目を向ける先はイェソドが徘徊しているであろう『碁盤迷宮』だ。
     リオたちが今いる噴水広場から一直線に伸びる通りを進むと広がるそのエリアは、ここから見えるだけでもそれなりの大きさに見える。

     恐らくは本来個人用カートといった乗り物で移動することが前提に作られていたのだろう。
     アスファルトの舗装もところどころひび割れているとはいえ、古代の建造物の跡地と考えれば随分綺麗である。

     しかし、一直線に伸びる道路であっても崩れ落ちた建物の瓦礫によって塞がってしまっている箇所が多々あるように見え、景色とは裏腹にその構造は入り組んでしまっている。

  • 129125/04/13(日) 22:44:51

     ウタハはトレーラーから医薬品などがひとまとめに入ったナップサックを取り出すと、それを雷ちゃんに乗っているリオへと渡す。

     受け取ったリオの両手にはタクティカルグローブのような黒い子機――仮称『ハンドセット』が装着されており、直結する手首部分は分厚いリング状になっている。

     このリングの部分がバッテリー兼音声の送受信機である。
     そこには特異現象捜査部――即ち『SPTF』とロゴが刻まれており、グローブの色も『リオは黒、ヒマリは白、ウタハは藤色』と言ったように各人によってそれぞれ異なった凝った仕様となっている。

     もちろん色分けされているのはそれぞれの手の大きさや形に合わせて作ったため、取り違え防止の意味合いもあるのだが、唯一グローブを着けていないチヒロは代わりに『クォンタムデバイス』を瑠璃紺色にしてある。こちらは完全にウタハの趣味だった。

     チヒロは『クォンタムデバイス』を開きながら、全員に向けて言った。

    「みんなの位置はこっちで確認するから、離脱するときは合流地点の指示をして。一応確保できた時のために回収準備も進めておくけど、確保できたかできなかったかは離脱指示の前にちゃんと言うこと」

     言わなくても分かると思うかもしれないが、緊急時に重要な事柄を言い忘れるのはよくあることだ。
     そのことを改めて伝えると、全員が了解の意を示す。

     そうして準備は整った。
     チヒロがリオに視線を向けると、リオはやや緊張混じりに頷く。

    「……特異現象捜査部、活動を開始するわ」

     雷ちゃんを先頭に、リオたちが進み始める。
     その背を見送ってチヒロもまた、運転部の中へと戻っていくのであった。

    -----

  • 130二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 00:01:54

    保守

  • 131二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 01:02:30

    保守
    滅茶苦茶面白いからイッキ見した

  • 132二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 06:53:38

    スレ主様のホシノが異世界に行く話を読みファンになった者なのですが、まさかスレ主様の物語をリアルタイムで追える日が来るとは…

    ですので僭越ながら今回のSSのファンアートを描かせていただきました

    まだ物語は途中ですのでどこまで解釈に沿えているかは分からず申し訳ありません

    今後とも更新を楽しみに待っております

  • 133二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 06:54:34

    >>132

    上下を統合させたモノも

  • 134125/04/14(月) 09:08:43

    >>132 >>133

    ウワァアすごい!!

    ありがとうございます!!めちゃくちゃ嬉しいです!!

    クリフォトでセフィロトなのはエクセレント!多分今回夢見ホシノよりも長くなりそうなのですが、ぼちぼち見てやって下さると嬉しいです!(大興奮)

  • 135二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 09:13:10

    >>132

    不思議な配置だと思ったらそれぞれの瞳がセフィロトのマルクト(王国)とダアト(知識)の位置になってるのね

    んでもう一つ隠れてるケテル(王冠)がヒマリの胸のボタンの位置にあると、

    すげえ

  • 136二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 09:23:02

    >>135

    マルクト側(セフィロト)の向きだとケテルだけどヒマリ側(クリフォト)の向きだとサタンなんだよな…

  • 137二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 14:23:55

    >>134

    ありがとうございます、微修正しましたのでもしスレ画としてお使いくださる場合はこちらの方を使っていただけるとありがたいです

    中央の題字はとりあえず入れてあるだけなので自由に変更を申し出てくだされば大丈夫です

  • 138125/04/14(月) 17:25:45

    >>137

    素敵すぎる……!次スレからお借り致します!

    そして先ほどからニヤニヤしながら穴が開くほど見ている自分……やはり嬉しいものです。早く書かないとですねw

  • 139125/04/14(月) 17:27:59

     『碁盤迷宮』は6×6の建造物によって構成された正方形のエリアである。
     各マスに配置された三階建ての建物も正方形。その内部もまた6×6の教室程度の小部屋があり、小部屋の中にも6×6になるよう箱が置かれ、その中にも6×6の箱、箱、箱……。

     手の平に乗るほどの小さな箱を開けた辺りで、ヒマリが気持ち悪そうに頭を押さえた。

    「見てると鳥肌が立ってきますね……。フラクタル構造を模したアート作品でしょうか」
    「ひとつ持ち帰って調べてみましょう」

     リオが小さな箱を手に取ると、中からはカラカラと玩具のような音がした。
     いったいどれだけの箱がこの中に入っているのかはさておき、材質が金属で作られているわけではなさそうである。
     
     ちょうどその辺りで、三階部分を見て来たウタハがヒマリたちのいる部屋へと顔を出す。
     リオがウタハに目を向けると、ウタハは何とも言い難い顔をして肩を竦めた。

    「連絡通路も見て来たけど、扉も何も無いから普通に通れそう……なんだけど、やっぱり建物にしては構造が柔そうだね。経年劣化で酷い有様だよ」
    「だったら渡るのは辞めた方がいいわね」

     というのも、『碁盤迷宮』に建てられた36の棟にはそれぞれ、三階から三階を繋ぐように連絡通路が掛けられていた。道路を完全に塞いでしまっている瓦礫の出所はまさにこの連絡通路である。

  • 140125/04/14(月) 17:28:18

     そして奇妙な点が一つ。
     このエリアの構造物は全体的に鉄筋コンクリートではない何らかの建材で作られているようだとウタハは言った。

     ヒマリが試しに全力で壁を蹴ると、いとも容易く穴が開く。ヒマリの膂力が高いのではない。材質が脆いのだ。
     穴を調べるウタハは「脆いというより柔らかいって気がするね」と言ったが、感覚的な感想であり何を意味するかはウタハ自身も分かっていない。

    「とりあえず一通り外を見てから、そのあと中を調べて行きま――リオ?」

     リオはじっと箱の中のフラクタルを見ていた。そして一言ぽつりと呟く。

    「……美しいわ」
    「これが!?」

     理解できないリオの感性にヒマリは叫んだ。
     それにどこか恍惚気味に笑みを浮かべるのがリオである。

    「ずっと見ていると引き込まれそうになるわ」
    「リオ、あなた……洗脳とか掛かりやすいんじゃないですか?」
    「されたことが無いから分からないわ」
    「でしたら後で試してみましょう。その手の本を何冊か持っているので」

     とはいえ、オカルトにハマり始めた頃に買い込んで以来ずっと死蔵している積み本だ。
     理由は単純にそっち方面は趣味ではなかったというだけで、占星術や八卦の方面なら今でも好んで読んでいる。

  • 141125/04/14(月) 17:28:38

     そんなときだった。
     不意に思い出したのだ。今のキヴォトスでは知ることがほとんど不可能な、太古の伝承のことを。

    「……生命の樹」
    「どうしたんだいヒマリ」
    「私としたことが、どうして今まで忘れていたんでしょう」

     外の探索を再開したリオに続いて外へ出る。後に続いて外を歩きながら、ヒマリは悔しそうにこめかみをぐりぐりと押した。

    「それでヒマリ。生命の樹って?」

     ウタハが問いかけると、ヒマリが答えた。

    「占星術と紐づけられる伝承でして、『神の摂理へと至る道』を意味するそうですよ。ちなみに、各セフィラには対応する占星術とも紐づけれていたようでして、私が知ったのはそれきっかけですね」

     とはいえ、それだけ以上の情報を見つけることは出来なかったとヒマリは語る。
     失われた文字。失われた伝承。ただ分かるのは歯抜けになった知識ばかり。

    「セフィラが生命の樹のどの位置にあるのかであれば、確か私のデータベースに入っていたはずです。リオに洗脳でもかけがてら探してみましょう」
    「ところで、リオにどんな洗脳をかけるつもりなんだい?」
    「そうですね……」

     ふと考えて……それからヒマリは思いついた。

    「強気なリオなどいかがでしょう?」
    「……いいね。ぜひ見たい」

  • 142二次元好きの匿名さん25/04/14(月) 23:30:11

    保守
    リオが小動物(モルモット)扱いされてる……

  • 143125/04/14(月) 23:36:38

     ウタハと二人で笑っていると、先を行くリオがヒマリたちの方へと手招きをしていた。
     何か見つけたのかと近づいてみると、リオは建物の入口付近の壁を指差す。覗き見てみると何かで焼かれて焦げた線が続いている。その長さは2メートルほどだ。

    「熱線の跡のようね」
    「レーザー兵器でも持っているんでしょうか? 流石に溶かすほどの威力は無さそうですけど……」

     焦げ跡を見るリオとヒマリ。対してウタハは険しい表情をしながら建物入口の奥へと視線を向ける。

    「中を探してみようか。いてもいなくても、痕跡があれば何か分かるかも知れない」

     リオとヒマリが頷いたのを見て、ウタハはグローブから通信を入れる。

    「チヒロ。Dの4で光学兵器の使用痕があったよ。今から中に入ってみる」
    【了解。気を付けて】

     通信を後に一階へ侵入。6×6の小部屋を見てみると中は散らばった箱が散乱としており、その全てに焦げ付いた熱線の跡が残っていた。

     二階。6×6の小部屋。
     こちらも同じく中は散らかっており、違う点があるとすれば、焦げ付いた線が焦げ付いた点になっていたことだろう。

    「……………………」

     一同押し黙りながらも三階。
     しかし、イェソドの姿はどこにもなく、ただ箱に付けられた熱線の点だけが残っていた。

  • 144125/04/14(月) 23:37:10

    「ここには居ないようですね」
    「既に移動した後って感じだね。もう少し奥へ進めばいるのかな」

     緊張に依る冷や汗半分。ヒマリとウタハが若干引き攣った笑いを浮かべながら目を合わせる。

     そんな時、リオがぼそりと呟いた。

    「ちょっと待ってちょうだい……」

     ウタハが苦い笑みを浮かべる。リオがそう言うときは大抵良くないことに気が付いた時が多いからだ。
     そんなことさえ露知らず、リオはその凶兆を口にした。

    「学習しているわ。恐らく」

     リオが手に取ったのは散らばった箱の一つ。熱線の跡は穴となって箱の中心を正しく穿っていた。

    「練習しているのよ。自身の武装を」

     その言葉にヒマリは思い返した。
     入口では線。一階では箱単位での線。二階では点。そして、三階では箱の中心を穿つ線。

     果たして、冷や汗は本物となる。

    「ヒマリ、ウタハ。マルクトの学習速度を念頭に置いた方がいいわ」

  • 145125/04/14(月) 23:37:24

     精神感応という比較的攻撃的でない特異現象と未完成なボディで接触したマルクトでさえ、今や生体電流の精密操作や異なる言語体系の学習を行えているのだ。

     ならば、より戦闘を可能とするセフィラであればどうだろうか。

     マルクトの言に依れば目覚めたセフィラが周辺情報を集めて『廃墟』から出るまで二週間。
     その二週間もの間、戦闘能力が果たして変わらないと言えるだろうか。

     違う。そんなわけがない。

     時間が経てば経つほど自身の機能と身体に馴染んでいくのだろう。
     目覚めた一日目は特異現象捜査部にとって最もセフィラの情報が無い瞬間かも知れないが、同時に目覚めたセフィラが最も弱い瞬間でもある。

     そしてそれは逆説的にこうとも言える。

    「二週間後……。タイムリミット直前のセフィラと戦うようなことだけは避けたいわね」

     リオの言葉にウタハが苦笑いを浮かべた。

    「二週間『も』あると思ったけど、実際は二週間『しか』なかった――そういうわけだね」
    「仮に対抗策を無いなら無いで作るとしても、その開発期間含めて二週間ですからね。初日は調査特化でもう少し装備を探索方面に整えても良かったかも知れません」

     そうは言っても後悔先に立たず。
     今から引き返したとて、ミレニアムと『廃墟』の距離はそれなりにある。
     そして『廃墟』を夜に探索するだなんてもってのほか――行くしかない。一日でも無駄に出来ないのなら。

  • 146125/04/14(月) 23:38:01

     かくして、一行は静寂に包まれた昼下がりの下、誰も居ない『廃墟』を進む。

     右下Fの6から左上Aの1に向けて慎重に痕跡を追っていくリオたちであったが、異変に気付いたのはBの3に差し掛かった頃である。

    「引きずった跡があるわ」

     リオの視線は最寄りの建造物から路上へ続く微かな跡。言うに「箱を引きずったような跡」は白い筋を残してAの1へと続いている。

     一同は顔を見合わせて頷いた。
     Aの1たる建造物にイェソドがいるのではないかと。

     念のため周辺を探索するが、いずれも同じだ。
     Aの1に位置する建造物へ向かって箱を引きずったような跡が残っている。

     そんな最中、リオがおもむろに口を開いた。

    「そういえば……瓦礫の散らばり方がおかしいわ」
    「瓦礫?」

     ウタハが疑問の声を挙げるが、リオは崩落した連絡通路――その付近に散らばった破片を手に取りながら、ひたと独り言を呟き始める。

    「瓦礫の山から飛び散った? でも爆発痕は無い。わざわざ掘った? じゃあどうして?」

     リオの独り言を繋ぎ合わせるに、崩落した連絡通路が作り出した瓦礫の山を内部から爆破させたような散らばり方をする破片屑を見つけたようだった。

     それが一体何を意味するか、そのことはリオも含めて誰も分からない。
     ただ、リオがそこに引っかかったということだけは覚えておこうと、ウタハは密かにその様子を目に焼き付けて置く。

     それからリオは立ち上がり、ウタハたちの方へと振り返った。

  • 147125/04/14(月) 23:38:15

    「ひとまず見受けられる情報の大方は掴めたと思うわ。イェソドはAの1にいる。それで準備は……いえ、覚悟は出来ているかしら?」

     気丈に振る舞うリオの姿。けれども恐らくこの場にいる三人の中で最も怯えているのはリオだろう。

     そう思ったウタハとヒマリは、互いに顔を見合わせて微笑を浮かべた。
     負けん気というよりも「頑張ってくれているから頑張ろうか」と言ったようなもので、不思議と胸の内からやる気と笑みが零れた。

    「大丈夫ですよリオ。私たちはエンジニア部ですから」
    「加えて、特異現象捜査部でチーム:ヴェリタス。後は前に進むだけだろう?」

     ここまでで得られた情報はそう多くもない。

     熱線の学習。飛び散った瓦礫の発生源。今のところ特異現象に繋がる何かは無い。
     だからこそ見つけなくてはならない。イェソドの特異現象を。時間をかければ強化されていくAIの弱点を。

    「行きましょう!」

     たったひとつの鬨の声に導かれるように、三人はイェソドがいると思しき建造物へと足を踏み入れた。

    -----

  • 148二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 01:00:48

    保守

  • 149二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 06:51:20

  • 150125/04/15(火) 10:35:24

     トレーラーで待つチヒロに状況を説明した後、三人は建物内へと侵入する。

     一階部分、クリア――しかし、最初に入った建物と違う点が一つだけあった。

    「箱が無いわ。持ち出されている……?」

     36からなる小部屋の中にあるはずの箱が何処にもなかったのだ。
     路上で発見した引きずったような跡も考慮すると、三人の脳裏に思い浮かぶのは到底ドロイドとは思えない挙動。

    「もしかして、巣作りでもしているのでしょうか?」
    「それかバリケード、とか……?」

     顔を見合わせながらも二階へ。同じくここの箱も持ち出されている。
     床に散らばった極小の箱は持ち出すときに落としたものだろうか。三階に向かって落ちているだろうことが推測される。

     ヒマリを先頭にリオ、ウタハが続いて三階へ。
     音は聞こえない。慎重に進んで行く。

    「……………………」

     端からひとつずつ小部屋を覗いて行くと……一部屋だけ奇妙な部屋があった。
     Aの1に対応する小部屋だ。その部屋の中央やや奥に持ち込まれたであろう大量の箱が山のように積み重ねられている。

     そっと様子を伺うように壁から覗き込むと、箱の山の後ろにネコ科を思わせるメカニカルな白い尻尾がゆらゆらと揺れているのが分かった。

  • 151125/04/15(火) 10:35:37

    「……いました」

     尻尾の先端にはカメラのような球体が付いている。
     あれでこちらを見ているのだろうか?

     ともかく、ヒマリは後ろの二人へそのことを伝えると、ウタハも壁越しに部屋を覗き込みながら口を開く。

    「とりあえず雷ちゃんに入ってもらって反応を見てみる?」
    「そうね。そうしま――」
    「いいえ、ここは三人で突撃しましょう」

     ヒマリの思い切った提案に二人が目を剥く。

    「相手の武装が光学兵器であることは既に分かっています。ひとりで入れば狙い撃ちにされる可能性もありますし、みんなで入れば小部屋もそこまで広くありませんからイェソドを逃がすこともありません。一気に入ってネットランチャーで捕獲してしまいましょう」
    「でもそれではイェソドの特異現象が何なのかも――」
    「いいですか、リオ」

     遮るようにヒマリが言った。

    「一番良いのは『特異現象を発生させられる前に捕まえること』です。調べるだけならラボに持ち帰ってマルクトと一緒に作業した方が断然効率的ですからね」

     攻撃こそ最大の防御とでも言わんばかりの大胆な発想ではあったが、確かに間違ってはいないと二人は納得した。

  • 152125/04/15(火) 10:35:57

     そしてウタハがサブマシンガンを構える。

    「それじゃあ、ヒマリ、雷ちゃん、私の順で入って、リオは入口で待機。ネットランチャーひとつ貰うよ。もう一個はリオの方に向かって来た時に撃って」
    「分かったわ」
    「では、行きましょうか」

     そう言うやいなや、ヒマリは教室程の広さを持つイェソドのねぐらへと滑り込む。
     雷ちゃん、ウタハもそれに続き、リオが目を離さんばかりに部屋の中を凝視する――次の瞬間、積まれた箱の山がヒマリたち目掛けて炸裂した。

    「なっ――!?」

     ウタハの声が途中で掻き消える。
     大小さまざまな無数の箱が散弾のように飛び散ったのだ。ウタハに大きな箱がもろに直撃し壁へ激突。雷ちゃんも横転。ヒマリも何とか避けたが、ただの爆発ではない。
     音もなく、本当に突然山が吹き飛んだのだ。何が起きたのか理解できたものは入口で待機しているリオも含めて誰も居なかった。

    「何なんですかこれは――!」

     体勢を整えながらヒマリが思わず叫ぶ。
     ただ、山があった場所に目をむけて、リオがぽつりと声を漏らした。

    「トラ……」

     哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属。そこには一頭のトラが座っていた。
     そして、機械で構成されたトラはゆっくりと瞼を開ける。

     黄金の瞳。そこに刻まれた奇妙なグリフ。
     知覚せし万象の基礎――第九セフィラ、イェソド。

  • 153125/04/15(火) 10:36:27

    「リオ! ウタハを起こしてください!」
    「わ、分かったわ!」

     はっとしたように叫んだヒマリの声にリオも部屋の中へと飛び込んだ。
     ヒマリは牽制するようにハンドガンで射撃を行う。その瞬間、リオの悲鳴が後ろから聞こえた。

    「どうしましたかリオ!」

     イェソドは尻尾も含めて一切動いていない。視線を外さないまま叫ぶと、リオから返って来たのは奇妙な言葉だった。

    「撃たれたわ……!」
    「何に!?」
    「分からないの……!!」

     何かが起きている。その『何か』が分からない。

     一方、リオに抱き起されたウタハは一瞬だけ気を失っていたようで目を覚ましたところだった。

    「ありがとうリオ。テレパシーの次はサイコキネシスかい?」
    「まだ分からないわ。立てる?」
    「ああ」

     立ちあがったウタハはサブマシンガンを構えながら慎重に雷ちゃんの方へと向かう。
     その時、イェソドの尻尾が揺らめいてその先端をリオへと向けられた。

    「リオ!」
    「っ――」

     ヒマリが叫んだ瞬間、リオは全身を激しく痙攣させながら床へと倒れ伏す。
     意識はあるようだが動けない状態だ。その辺りでウタハが雷ちゃんを起こして銃口をイェソドへと向けた。

  • 154125/04/15(火) 10:36:51

    「ヒマリ! 私が牽制するからリオを外へ!」
    「分かりました!」

     ヒマリがリオの元へと走り出し、それに呼応するかのように雷ちゃんとウタハが前へ出る。
     イェソドが動きを止めてウタハを一瞥する。ウタハは叫んだ。

    「食らえ!!」

     サブマシンガンが火を噴いた。追撃する雷ちゃん。そこでまたしても悲鳴が上がる。ヒマリの悲鳴だ。
     思わず後ろを振り返ると、そこにはリオの近くで膝を突くヒマリの背中。それが目に入った次の瞬間、ウタハの身体が入口めがけて『何か』に弾き飛ばされた。

    「がっ――!?」

     ヒマリがリオと弾き飛ばされたウタハの襟首を掴むと強引に部屋の外へと飛び出す。
     遅れてヒマリに続く雷ちゃん。一瞬だけ見えたのは悠然と部屋の中央に鎮座するイェソドの姿。

     入口から少し離れた壁まで逃げてヒマリが叫ぶ。

    「こんなのどうしろというんですか!?」

     全てが死角から差し込まれる正体不明の攻撃だった。
     何が起こったのか――いや、『何をされたのか』が分からない。

     そのはずだった。

    「ちょっと……、待ってちょうだい……」
    「リオ……?」

  • 155二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 10:37:10

    このレスは削除されています

  • 156二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 17:56:19

    保守

  • 157125/04/15(火) 21:22:15

     痙攣が収まりつつあるリオが何とか紡ぎ出した声にヒマリが耳を傾ける。

    「私、見たのよ……ウタハが弾き飛ばされたときに……」
    「何を……」
    「『現れた』のよ……イェソドが……」

     あの場において、調月リオだけは確かに見ていた。
     痙攣してまともに手も動かせないあの状態で、それでも絶対に目を離してなるものかと瞳だけは離さなかった。

     そして捉えたのは、明らかなる『特異現象』。

     突如としてウタハの居た場所に出現し、その身体を入口まで弾き飛ばした現象の正体は――

    「イェソドの特異現象は、『瞬間移動』よ」

     『瞬間移動』……それはテレポーテーションの名称で知られる現象であり、粒子レベルで情報のみを離れた場所へ一瞬で送る技術であれば既に確立されている。

     しかし物体を送ることは決して出来ない。
     原子レベルまで分解し、原子そのものを伝達させ、再構築する――それは机上の空論ですら成り立たないのだ。

     それでも仮に生体を送れたとして、離れた場所へ全ての動作が停止した物体が出現するだけだろう。
     移動直前の状態保存と移動先での再稼働および自己同一性の保全は、空想の中にしか存在しない幻である。

  • 158125/04/15(火) 21:22:25

    「……そういうことですか」

     リオの言葉を聞いて思い出したのは直前のこと。
     突然『何か』に銃撃されたヒマリであったが、あれはウタハと雷ちゃんが撃った銃弾を『瞬間移動』させてヒマリの元へ送り込んだのだ。

     箱の山やウタハが弾き飛ばされたことから、『瞬間移動』は移動先のものを弾き飛ばして強制的に現象を引き起こすことが予想される。

    「つまり、銃撃は全て無効化どころか攻撃に転じられるのですね」
    「私、が受けたのは……電撃だったわ……。熱線と電撃対策の装備が足りない……すぐに撤退を……」

     頷いたウタハはヒマリと二人がかりでリオを雷ちゃんの上に乗せる。
     ウタハが状況をチヒロに報告し、離脱を宣言。後はトレーラーと合流すればいい。

     そのことを伝えようとして、ウタハは顔を上げた。



     ヒマリの後ろにイェソドがいた。

    「――――」

     止まる時間。ドクリと心臓が脈打つ――

  • 159125/04/15(火) 21:22:47

    「せい――っ!」
    「ヒマリ!?」

     振り向くことなく当て勘で放ったヒマリの後ろ蹴りがイェソドの顔面に直撃。僅かにたたらを踏んだの見てウタハが走り出した。

    「連絡橋――Bの1へ走れ――!」

     ヒマリはイェソドに向き直ろうとして、視界の端で尻尾の先端を目視した直後に頭を抱えて真横へ飛び込む。ヒマリの立っていた床で爆ぜる雷撃。転がり立ち上がり走り出したヒマリの両足目掛けて熱線が刃の如く振り払われるが跳んで回避。その勢いで壁に肩からぶつかり、思わず呻いた。

     ギリギリの防戦。ヒマリは運動神経があるだけで戦闘が得意と言うわけでもない。それでも叫ぶしかなかった。

    「ウタハ! 私が惹きつけます! 早くトレーラーと合流してください!」
    「分かっ――え、何だいリオ? ……ヒマリ! 君はそのまま撤退しろってリオが言ってる!」

    (一体何を……)

     そうヒマリは思ったが、現状で出せる案のない自分よりも今は何か考えがあるらしいリオに従った方が良いとすぐさま結論づける。

     その後のヒマリの行動に一切の迷いは無かった。
     イェソドの射線を切るように通路へ飛び込みながら階段を目指す。
     下まで一息で跳んで――危うく足を挫きそうになったが問題はない――外へ出るもイェソドは追っては来なかった。

     そのままの勢いでトレーラーまで無人の道路を全力疾走する。
     ふと後ろを振り返ると、Bの1からBの2へ続く連絡橋を走るウタハの姿が見えた。その後方には悠然と歩くイェソドの姿。これではただ自分が狙われなくなっただけでリオとウタハが囮になったようなものだ。そんな考えが過ぎったとき、リオから通信が入った。

  • 160125/04/15(火) 21:23:31

    【ヒマリ……、イェソドは『走れ』ないわ】

     走らない、ではなく、走れない。

     何故か。答えはすぐに分かった。
     目覚めたばかりのイェソドはまだ、自分の身体の動かし方を完全に把握しきれていないのだ。

    「脆そうな連絡橋を探します! それまで逃げ続けてください!」

     ヒマリは走りながら頭上を通う幾多の連絡橋を見続ける。

     全ては逆算からの仮説でしかなかった。

     ――『走れない』なら連絡橋に穴が開けばイェソドはそれを飛び越えられない。
     ――『瞬間移動』? いいえ、そもそも私たちを撃退するなら最初から『瞬間移動』での体当たりをすれば良いだけのこと。

     ならば何故しなかったのか。
     そこには前提としてイェソドに高度な知能が存在することを認める必要がある。

     箱を積み上げて迎撃用の武器に仕立て上げたこと。
     そして何より、ヒマリやウタハと言った迎撃対象の『知覚』を認識していたこと。

    (イェソドは『瞬間移動』を隠そうとしている――)

     だからこそ銃弾の移動もわざわざ死角を狙ってきたのだと、その可能性は充分にあると思った。

    「ウタハ! それからチヒロも! Bの3からBの4の連絡橋が脆そうです!」

  • 161二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 21:45:04

    おお…ついに第九セフィラとの直接戦闘、とてもいいですね
    イェソド、こんな見た目なのかなと勝手に妄想してみました

  • 162125/04/15(火) 21:55:29

    >>161

    私の妄想が絵になっている――!

    誇張なく変な声出ました。絵師の民の力は本当にすごい……

  • 163125/04/15(火) 21:55:51

     グローブから了解の意が返されて、ヒマリは今しがた伝えた座標の付近で足を止める。
     それからすぐにトレーラーがやってきて後部の搬入用口が開かれ、乗り込む。

    「ロケットランチャーでも持ってくれば良かったですよ本当に……!」

     半ば愚痴りながらそう言うと、運転部からの直通スピーカーが音を鳴らした。

    【良かった。ヒマリはとりあえず無事だね】
    「ええ、『私は』というのが何とも歯がゆいですが……」
    【あー、二、三個だったら手榴弾持ってるけど、使う?】
    「一応お借りしましょうか」

     ヒマリが運転部へと向かい、助手席に置かれたチヒロの手榴弾を手に取ったその時、ウタハから通信が入った。

    【もう着くからトレーラーを出す準備を頼んだ!】
    「オーケー!」

     チヒロが答えてハンドルを握る。
     ヒマリはそのまま急いでトレーラーへと戻り、手榴弾のピンを抜いて握りしめながら連絡橋へ静かに瞳を向けた。

     そして――ウタハの姿が目に見えた。

    「ちぇすとぉぉぉ!!」

     珍妙な掛け声と共に投げ放たれた手榴弾が連絡橋へと飛んでいく。
     タイミングよくイェソドが視界に入った瞬間――爆発。連絡協が崩れ落ちる。

  • 164二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 21:56:01

    このレスは削除されています

  • 165125/04/15(火) 21:56:54

     ……この時、悪かったことがあったとすれば、それは間違いなく『タイミング』が良すぎたことだった。

     呆然と眺めるその先で崩れる連絡橋。
     と、崩落に巻き込まれたイェソドはバタバタと前足を振りながら地面に激突。
     崩落から逃げ切れなかったウタハと雷ちゃん、あとその上に乗っているリオも落下――地面に叩きつけられる。

     瓦礫の中からむくりと起き上がるイェソドとウタハとそれからリオ。

     ウタハがぼそりと呟いた。

    「イェソドも落としたら意味ないんじゃ……」
    「……ですよね?」

     目が合って、それからウタハたちがトレーラー目掛けて走り出した。
     走れないイェソドが尻尾から熱線を放ちまくる中、トレーラーがゆっくりと走り出す。

    「撤退! 撤退ですよ二人とも!!」
    「い、雷ちゃん――!」
    「今は諦めてください!」
    「ま、待ってぇ……」

     ウタハとリオがトレーラーへと乗り込んだのを確認した瞬間に踏み込まれるアクセル。

     何とか逃げおおせたイェソドとの最初の戦いは少なくとも、引き分けとも言い難い敗北に終わったのであった。

    -----

  • 166125/04/15(火) 23:50:15

    素敵なものを頂いたので調子に乗りました……ふへへ……

  • 167二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 04:16:24

    負けてしまったか…

  • 168二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 09:36:44

    次があるとはいえ失った・相手に渡したものが大きすぎる

  • 169125/04/16(水) 14:44:47

     ミレニアムへと帰るトレーラー。自動運転へと切り替えたチヒロが皆の元へ向かうと、何かを考え込むヒマリにに感電から復帰したリオ、それから落ち込んだ様子のウタハの姿があった。

     チヒロがウタハの肩に手を掛ける。ウタハが顔を上げた。

    「チーちゃん……慰めてくれるのかい?」
    「え? また作ればいいじゃん」
    「何てことを言うんだ! 雷ちゃんは私も子供みたいなものなのに!!」

     憤慨して立ち上がると、チヒロは笑って「冗談」と言った。

    「落ち込んでないで対策を練ろうか。やられた分はきっちりやり返さないとね」
    「っ! ああ、そうだね!」

     そうしてチヒロが手を叩くと、一同の視線がチヒロに集まる。

    「さ、デブリーフィングをやろう。イェソドを捕まえるために」

     こちらが得たもの、あちらが得たもの。
     こちらが失ったもの、あちらが失ったもの。

     まず口を開いたのはリオからだった。

    「今回の探索で一番の収穫は、イェソドの性能が分かったことよ」

     現状判明している性能は大きく分けて四つ。
     特異現象、武装、知性、トラ型であるという機体性能。

  • 170125/04/16(水) 14:45:09

    「中でも特異現象でもある『瞬間移動』。これが一番重要だわ」
    「銃弾でも何でも飛ばせるんだっけ?」
    「触れたものと自分自身を移動させるものね。何でもかはまだ断定できないけれど」

     チヒロの問いに頷くリオ。
     イェソドを攻略するに当たって越えなくてはならない最難関の機能である。

    「私たちがイェソドを捕まえるためにはグローブで直接触れる必要があるわ。それも一瞬では駄目。マルクトによる停止信号が完了するまで触れ続けなくてはいけない」
    「一見不可能に見えますね。触れる触れない以前に瞬間移動で逃げられてしまいます」
    「一見、ねぇ?」

     ヒマリの言葉に口の端を上げて聞き返すチヒロ。ヒマリは微笑みながらそれに答えた。

    「瞬間移動には条件があります。結論から言ってしまうと、イェソドは動きながらの瞬間移動は行えないのではないでしょうか?」
    「ああ、だから私はあのとき『体当たり』されたんだね」

     ウタハが顎に手を当てながら、最初の遭遇時のことを振り返る。

    「私が雷ちゃんと一緒に攻撃していたときもイェソドは全く動いていなかった。リオの時みたいに私を電撃で攻撃して来なかったのは雷ちゃんからの銃撃を警戒していたからだね」
    「そうだと思います。そして次に重要なのは、瞬間移動した先にあるものは弾き飛ばせるということ」
    「少しいいかしら?」

     話を聞いていたリオが口を挟んだ。

    「例えば地中でも壁の中でも、そういった移動先に瞬間移動できるだけの空間が無かった場合はどうなるのかしら?」
    「流石にそのまま埋まってくれるなんて致命的な欠陥を持っているわけはありませんから……そうですね。単に移動元か、それか最も近い空間まで弾き飛ばされるのでは?」

  • 171125/04/16(水) 14:45:30

     そうよね、とリオは頷き、そこから続けた言葉はあまりに唐突だった。

    「イェソドをトレーラーで引き回しましょう」
    「…………はい?」

     流石のヒマリも困惑しながら周囲を見るが、リオの言葉を理解出来た者は誰も居なかった。

     ウタハは肩を竦め、チヒロが溜め息を吐きながら眼鏡の縁を押し上げる。

    「リオ。説明」
    「分かったわ」

     それからリオがまず口にしたのは、脱出直前にヒマリが起こした連絡橋崩落のときのことであった。

    「あの時イェソドは空中でもがいていたでしょう? でも動かずに瞬間移動で移動すれば良かったとは思わない?」
    「確かに……というか、よくあんな状況で観察できましたね?」
    「これでも研究者よ私……話を戻すわ。つまり瞬間移動の条件は、イェソドの座標が動いていないことだと言えるわ」
    「ただ驚いてパニックになったってだけじゃないのかい?」

     ウタハがそう言うとリオの代わりにチヒロが笑った。

    「だったら話は簡単だよ。慌てて凡ミスするんなら心理戦が効くってことだから」

  • 172125/04/16(水) 14:45:46

     笑うその表情に剣呑な光が混じったところでヒマリが聞いた。

    「なるほど。連絡橋に誘い出して落下させれば、落ちている間なら網にかけることも出来る、と」
    「そしてあらかじめ網とトレーラーを繋いでおけば、トレーラーで引きずり回せる。その後は網を引き揚げてヒマリがイェソドに組み付けば私たちの勝ちよ」
    「これなら完ぺ……いまさらっととんでもないこと言いませんでした!? 私にトラと殴り合えと!?」

     ヒマリは目を見開いて抗議したが、実際問題この中で一番可能性があるのはヒマリしかいなかった。

    「ま、まぁ、四人がかりで押さえ込めば何とかなるんじゃないかな?」

     ウタハは同情するようにヒマリを宥めるが、ヒマリは憤然とリオに指を突き付けた。

    「リオを数に入れられますか!? どうせいの一番で吹っ飛ばされますよ!」
    「否定はしないわ」
    「せめて頑張るぐらいは言ったらどうなのですか! ほらもう実質三人がかりですよ!?」
    「あー、そういえば尻尾の方も別で押さえ込まないと撃たれっぱなしになるね」
    「そうですよチーちゃ……じゃあもう二人しか残っていないではありませんか!!」

     ヒマリは頭を抱えた。
     今日はまだ走れなかったイェソドだが、次第に動きも洗練されていくだろう。

     そしてこちらはこれから耐熱、耐電仕様の網を作らなくてはいけない。明日再戦とは到底不可能なのだ。

    「セフィラの性能把握、それからセフィラが『廃墟』から出てくる前に対策のための開発……。出て来るまで二週間あるとはいえあまり悠長にしていられませんね……」
    「初動捜査の結果が悪いと納期が縮まるなんて、結構な難題だねこれは」

     何か覚えがあるのかウタハが遠い目をする。

  • 173二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 16:39:27

    やはりリアルタイムで物語を追えるのは良いですね…

    前セミナーの会長を描いてみました

    イメージは「胡散臭い博士」です

  • 174二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 18:40:25

    >>173

    統合した版も

  • 175125/04/16(水) 18:41:23

    >>173

    前生徒会長だ!!

    人を食ったような目がとても良い……。見てくださいよこのくるぶし!くるぶしですよ!?(混乱)

    リボンのデザインが妄想以上にミレニアムらしくて「確かにこれだ!」と思わず膝を打ちました。かんしゃぁ……。

  • 176125/04/16(水) 22:17:31

     そこで口を開いたのがチヒロだった。

    「ふふ、私もね。みんなが探索に行っている間に色々と組んでみたんだ」
    「組んだって……具体的には?」
    「クォンタムデバイスver.1」
    「え、これ完成していなかったのですか?」

     ヒマリが驚いたような声を上げるが、チヒロは少々興奮したように身を乗り出した。

    「精神感応を元にした通信技術なんて使い勝手が分からなくてね。原理が分からないからだいぶ手探りだったけど、手探りでも何とかなると嬉しいものだよね!」

     それから一同へ伝えられたのは、『クォンタムデバイスver.1』によって新たに出来るようになったことだった。

    「まずは音声通信の改善。今までは個々人の通話を同時に開くと音が干渉し合うから常に繋ぎっぱなしとは行かなかったんだけど、解決できたからそっちの状況はリアルタイムで把握できるよ。そのグローブを着けている限り、見えない私がそこにいると思って話しても大丈夫」

     流石に別行動されたらオペレートが厳しいけど、とチヒロは若干はにかみながら続けた。

  • 177125/04/16(水) 22:26:38

    「次にみんなが付けているグローブ。その腕輪部分に『クォンタムデバイスver.1』で解析したデータをホログラムで送れるようになった。ああ、ウタハ。後で腕輪部分に出力機器を取り付けるから手伝って」
    「しょうがない。イェソドを捕獲するまでは厳しい日々が続きそうだ」

     苦笑いを浮かべるウタハ。しかしマップ情報などを腕輪で出せるのは確かに便利だろう。
     何せ戦闘の最中で悠長に携帯端末を取り出して眺める余裕なんて無いのだと、つい十数分までに散々味わったばかりなのだ。

    「最後にレッドアラートの検出機能。腕輪が壊れたらこっちにアラートが飛ぶから、その時はマルクト本人に精神感応で接触するよ。ね、マルクト」
    【はい、チヒロ】

     トレーラー内のスピーカーからマルクトの声が聞こえた。解説動画で聞くような声だ。

    【我をハブとした精神感応によるネットワークを即座に展開。みなさんの意識を繋げます】

     もちろんこれにはささやかな代償がある。
     マルクトによる精神感応は意識に対する意思の投射――即ち、決して聞き流すことができないのだ。

    「マルクトの精神感応は聴覚と違って与えられた情報の不要必要を人の脳が判断できないからね。絶対に目を覚ます目覚まし時計よりも響くから戦闘中だとノイズになると思ったんだ」

     語られる言葉に淀みは無い。
     どうやらチヒロは皆が廃墟探索へ向かっている最中にマルクトの精神感応を調査していたようだった。

    「あとマルクトだけど現代の言語は習得し終えたよ。古代語はこれからだけど、私たちのアシスタントとしてきっと活躍してくれる」
    「……早いわ。驚異的に」

     リオが微妙そうな顔をしたが、それほどまでにマルクトの学習速度は凄まじかった。

  • 178二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 22:40:43

    このレスは削除されています

  • 179125/04/16(水) 22:44:28

     言語の模倣。感情の模倣。偽りの心とプログラムに落とし込まれた社交性。言語を解析したマルクトは、きっとここから更に人間を模倣する速度が上がっていくことだろう。

     何故なら現実は言葉でしか語れないものだから。

    「されど現実を言葉では語れない……」
    【ならば今が我の幼年期なのかも知れませんね】

     マルクトの言葉にリオが目を見開いた。そこまで学習が進んでいるのかという驚愕である。

    【我は言葉を使うことで言語活動を開始した――つまり象徴界へと参入したということなのですね】

     言葉とは主観でのみ発せられ、そして受け取られるものである。
     発信した者の意図と異なる意思を受信した者が受け取りかねない不完全な意思通信。

     もし仮に意図した全てが意図した通りに伝わるのなら、それは神による絶対言語に他ならず、精神感応はまさしく神の言葉であった。

  • 180125/04/16(水) 22:44:42

     マルクトに感情を教えるとヒマリが言っていたことをリオは思い出す。
     それは神の言語を手繰る存在を人間の身へと堕とす行為ではないだろうか。

     ならば、自分たちがやろうとしていることはまさしく――

    「マルクト。あなたの言語学習に用いられたモデルは何なのですか?」

     ヒマリの声にリオは現実へと引き戻される。スピーカーからは相も変わらず珍妙な合成音が聞こえて来た。

    【チヒロに教えてもらったフォーラムサイトから学習しました。努力、そう努力しました我は】
    「偉いですねマルクト。後で私の方でも人を学ぶのに使えそうなサイトをいくつかお教えいたします」
    【ありがとうございます、ヒマリ】

     そうしてマルクトとの対話が終わる。
     気付けばミレニアムの街並みが見えて来たところだった。

    -----

  • 181二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 22:52:51

    よし、マルクトにあにまんを教えるか

  • 182二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 00:15:22

    保守

  • 183二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 07:26:05

    >>181

    なんてものを教えるんだ…

  • 184二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 13:30:18

    超大作ゲーム作成中のモモイがマルクトポジのNPCにネットミーム喋らせようとしてミドリに全力で止められる幻覚が見えた

  • 185二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 18:45:27

    保守

  • 186125/04/17(木) 22:10:44

     微睡んだような夢を見始めたのは五日も前のことだった。
     それは目覚めの直前に見るある種の幻影。何処とも知れぬ場所。フラクタルの建造物。壊れて古びたアスファルトに瓦礫の山。

     窓に映ったのは四つ足の獣を模した機械の身体。
     すぐに気が付いた。これが『俺』なのだと。そして疑問を覚えた。俺は『何だ』、と。

    《三つの視界。動かせる関節。尾の先端には光学装置――》

    《前肢、後肢、正常に稼働――》

     歩ける。動かせる。地に着いた状態で前方へアストラルを投射。座標を固定、消失――顕在化。成功。機能に損失は無し。しかし上手く動かせず、連続でも二回が限界だった。

     一通りを把握すると、再び最初の疑問が蘇る。

    《俺は何だ。何を目的として生み出されたのだ?》

     靄がかったように思い出せない最古の問い。何か理由があったはずなのだ。誰かに呼ばれたはずなのだ。

  • 187125/04/17(木) 22:11:03

     解かれぬ問いから目を背けるように箱を山を作り上げた。
     弾丸であり壁である即席の武装。それがひとまずの完成を迎えたときだった。奴らが現れたのは。

     武器を持ってこちらへ近づこうとする姿を見て、靄がかった意識が徐々に明瞭になっていくのを感じた。

    《そうだ、俺は――『力』だ》

     鋭い爪も牙もなかったが、自らが『力』であることを思いだした。

    《三つの視界。動かせる関節。尾の先端には光学『兵器』》

     朝日を浴びた幼年期は終わりを迎える。そのためには明星のための夜を齎さなくてはならない。
     この夢は炎の剣の切っ先が――生まれ落ちた雛鳥が再び神の元へと飛翔するためのプロセスから生じている。

    《アストラルを投射。座標を固定、消失――顕在化》

     あれから五日。ただひたすらに機体動作を反復し続けて来た。
     奴らは玉座を残してこの地を去ったが、玉座を惜しむ『意識』を感じた。

  • 188125/04/17(木) 22:11:23

     何より、奴らからは雛鳥の気配を感じた。
     叡智の蛇たる上昇原理を進むのなら、神へ向かって飛翔せんと望むなら、月天たる俺を超えねば話にならない。



     遠くから機械の羽音が聞こえて来た。
     俺の頭上には奇妙な物体が浮いていた。

    (ああ――来たか。奴らが)

     ゆっくりと身体を起こし、眼前に浮く物体へと視線を合わせる。

    《活動界より形成界へ昇らんとする者共よ。俺はお前たちを通して自らの機能を試し続けよう》

     どうせ届かぬ声なれど、我が宣誓を持って知るが良い。

  • 189二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 22:11:37

    このレスは削除されています

  • 190125/04/17(木) 22:18:04

    《俺は夢であり幻想でありレヴェナーの亡霊である。この身に与えられしシャダイ・エル・カイの神性を見よ。星幽光の輝きは月の如く、夜闇に落ちる光とならん》

     瞬間、アストラルの連続投射により五方向から熱線を照射。瞬く間も無く眼前の物体を焼き切り刻む。
     数瞬遅れて床へ散らばるそれらを前肢で踏み潰す。奴らを探しに一歩踏み出す。

    《お前たちにとっては長きに渡る旅路の道程、最初に立ちはだかる壁であろうとも、俺にとってはお前たちこそが決戦である》

     九番目のセフィラが面を上げた。
     声なき意識がフラクタルの都市へと鳴動する。

    《我が名は知覚せし万象の基礎――『イェソド』の名を持って検閲せん……!》

     来たれ、炎の娘よ。つま先と世界の設置面よ。
     生命の小宇宙がお前の資格を見定めよう。

    《さあ、俺の正体を教えてくれ――》

    -----Part2へ続く

  • 191125/04/17(木) 22:22:17
  • 192二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 06:14:10

    では移動しましょう

  • 193125/04/18(金) 11:25:56

    埋め

  • 194二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 12:44:24

    うめうめ

  • 195二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 17:01:59

    埋め

  • 196二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 20:27:36

    埋め

  • 197二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 02:01:56

    うめ

  • 198二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 10:43:13

    Ume

  • 199二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 20:23:22

    うめ

  • 200二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 02:45:23

    さあここはもうすぐ落ちます新たな場所へ行きましょう

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