- 1◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:11:49
- 2◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:12:36
どこか遠くで、踏切の音がぼんやりと滲んでいた。
世界の向こうから聴こえるようなその音は、やけに優しく響いていた。
誰もいないバス停のベンチで、アタシは空を仰ぐ。
白く濁った雲の底からは、細い針のような雨粒が延々と降り注ぐ。
それはまるで、天の糸を引いているみたいだった。
アタシはひとつ、ため息をついた。
「ねぇトレーナー、見てる?」
問いかけるように、アタシはつぶやいた。
いつもの癖だった。
返事はない。
当然だった。
アタシの知ってるキミは、そんなに都合よく現れたりはしない。
キミは今日、学園の資料室にこもってる。
雨が降るのなんてお構いなしに、きっと厚い書類の束を読み耽ってる。
几帳面で、融通が利かない。 - 3◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:13:10
だけど、それでいて妙に優しい。
気まぐれなアタシの散歩に付き合ってくれたり、アタシの目を見て困ったように笑ったりする。
アタシの隣に、空間がひとつ空いている。
それは昔から、ずっと決まってそこにあったもの。
他の誰かじゃ埋まらなくて、名前も知らない何かでさえない。
多分アタシがずっと求めていた、ほんの少し。
ぬるい風が吹き抜けて、アタシの髪を揺らした。
「……やっぱり来ないか」
アタシは膝を抱えるようにして、少しだけ身を丸めた。
雨が止んで、陽が射して。
それでも心の中には水たまりのように冷たく沈んだものが残っていた。 - 4◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:13:53
それでもここに来たのは、何かが起こる気がしたから。
夢で見たの。
虹のふもとに、キミがいた。
濡れた髪で、アタシのことを見てた。
それだけで、何も言わなかったけれど、すごく嬉しそうな顔をしていた。
夢はすぐに溶けてしまったけれど、それでもアタシの足は、このバス停へ向かっていた。
面白そうだと思った。
少しだけ待ってみようと思った。
こんなワガママな私でも、キミだけは、待っていられると思った。
たとえ来なかったとしても、ほんの少しでもここにいたいと思えた。
だから、きっと。
ほら、ね?
唐突に、何の前触れもなく、空からの音が途切れた。
どこか遠くで、鳥が鳴いた。
その瞬間、世界に色が戻り始める。 - 5◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:14:25
私は立ち上がって、空を見上げた。
「……ああ」
そこには、虹があった。
こんなに綺麗な虹を見たのは、いつぶりだろう。
まるで、どこかの神様が空に描いた通行証のような、そんな虹。
遥か遠く、でも確かにそこにあって、空と地面とを繋ぐように、しなやかなアーチを描いている。
ふと、思った。
——虹のふもとには、何があるんだろう。
本当に、素朴な疑問。
アタシたちが見てきたもの。
アタシたちがまだ知らないこと。
それとも、アタシたち自身。 - 6◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:14:56
「ねえ、キミはさ。虹のふもとってさ、もし本当に辿り着けたら——」
「何があると思う?」
背後から聞き慣れた声がした。
驚きもせずに振り返れば、キミはそこにいた。
黒い傘を片手に持って、バス停の柱にもたれていた。
「……トレーナー」
「びしょ濡れだよ、シービー。風邪ひく」
「ふふっ。キミだって、ずぶ濡れじゃん」
前髪から水がぽたり、と落ちて睫毛を濡らす。
「……どうしてここが分かったの?」
「なんとなく。シービーのことだから」
「ふふ、本当に?」
「いや、実は結構迷った。待った?」
「うーん、そんなにかな。百年くらい」
キミは笑って、小さく頭をかいた。 - 7◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:16:26
「……それは、随分待たせちゃったかな。悪かったね」
「ううん。ねえ、見て」
アタシは、指差した。
空には、まだ虹がかかっている。
少し薄れてはいたけれど、確かにそこに、淡く、輝いていた。
「行ってみようか、ふもとまで」
アタシがそう言うと、キミは目を丸くした。
「……今から?」
「うん。虹が消える前に」
傘もないアタシに、少し困った顔をして。 - 8◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:17:11
だけど次の瞬間、キミはすっと傘を差し出した。
「だったら、行こうか」
アタシはその傘に身を寄せる。
ふたり分には少し狭いけれど、それでも構わなかった。
キミのシャツからは雨の匂いがした。
それは街の匂いであり、旅の匂いであり、放課後の匂いだった。
初めて嗅いだはずなのに、どこか懐かしい彼の匂いだった。
並んで歩き出すと、キミの肩にアタシの髪が触れた。
キミは何も言わず、それをそのままにしていた。
雨は止んでいた。
アタシたちの足元には、まだしっとりと濡れた世界が残っている。 - 9◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:17:28
世界は相変わらず静かで、時々ひどく冷たくて。
けれど、少しずつ少しずつ、繋がった所から温かくなっていく。
それで十分だった。
たとえ虹が見えなくなっても——そのふもとがどこにもなかったとしても。
辿り着く。
そんな気がした。 - 10◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:19:57
終わり
なかなか時間が取れませんであまり長くは書けませんでした…(1敗)
前作と違って今作はシービーが「待つ」のもアリだよね?ということで書かせていただきました
楽しんで頂けたなら幸いです
前作はこちらからどうぞ
夢現にて【SS注意】|あにまん掲示板街はすっかり静まりかえっていた。夜の底を、柔らかな風が撫でていく。月は雲に隠れたり、顔を出したりしながら、静かな夜の帳をゆらゆらと遊んでいた。俺は部屋でひとり、論文を読んでいた。海外から取り寄せたばか…bbs.animanch.com - 11二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 22:21:31
自宅周辺がリアルに雨で雨音も聞こえていたので、抜群の雰囲気に浸りながら読ませてもらった、最高。
- 12二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 22:35:01
すき
シービーこういうの似合うね - 13◆GfmocIZ7xY25/04/11(金) 22:58:46
- 14二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 23:17:45
必ずいつかトレーナーが来るって思ってそうなところもそれでもちょっとだけ落ち込んでるのも乙女って感じでよかった
シービーいい… - 15二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 23:26:59
スレタイみた瞬間に嫌な予感がした
虹ってこの世とあの世を繋ぐ橋だって聞いたことがあるから
読み始めたら軽妙で緻密な描写に引き込まれたけどやっぱり最初に持った不穏な先入観が拭えなくて最後までドキドキしながら読んだ
百年待ったってシービーの台詞は案外冗談じゃないのかもとか色々思っちゃった
なんか作者の意図した感じで読めなかったのかもしれないけどそれでもよかった
いいSSをありがとう - 16二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 23:38:10
そうか……雨の中傘を差さない自由があるなら晴れ間を傘を差して歩く自由もあるのか……
しっかし雨の日ってか寒い日って手先から真っ先に冷えるもののような気がするんだが反対に手先だけ温かいってのはどういうことなんかねぇ…それだけ毎日のように手をとっているか取られているかしてるからということも思ったけど余熱と断言してないのよね
来てくれるだろうと思いながらもどこか確信を待てないからこそ隣にいて手を取ってくれていると思ってないと辛いということなのかしら? - 17二次元好きの匿名さん25/04/11(金) 23:53:53
良き…雰囲気が最高
- 18二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 00:03:11
良いSSだ…
二人が出会えたのは神様の導きだったのかな
あと読んでる時違和感感じたんだけどもしかして途中の雨が上がる時の地の文と最後の地の文って繋がってる?
もし勘違いだったらごめんだけどすげぇなあって - 19二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 04:16:27
トレーナーは100年待たせた責任をとって最低でも200年は添い遂げるべきだと思われるが
- 20二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 04:27:47
虹のふとももに見紛うたわい
シービーの生き様は文字さえ筆を彩らせる力があるんじゃなー - 21二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 06:23:48
感想たくさんだ…ありがとうございます!
シービーいいですよね…
なんだかんだシービーも乙女なので(そうであってほしい)多分トレーナーと再会したら表情はいつもの感じでも無意識に少し感情が尻尾に表れてそうですね
…めちゃくちゃカンのいい方がいらっしゃいますね
実はシービーの日常の話、に加えて死語の世界での話としても意識して書きました(この構成を思いついたのは書いている途中ですが)
シービーがバス停にいる理由をぼかしたりとか情景描写の範囲を極端に絞ったとかくらいしかしていませんがどちらとでも読めるようにはしているので解釈次第かなとは思います
僕は断然前者です(途中で入れ込む構成にしては随分と雑な出来なので)
シービーなら雨の中傘をささないで逆に今⁉︎って時に傘をさすくらいは全然やります本当です信じてください
手先だけ暖かいのはいつもにぎにぎしてもらっているからなのかそれとも先ほどまで誰かの手の温もりで温められていたからなのか…ご想像にお任せします
まぁどうせ傘さしてもらってる時にちゃっかり手は繋いでいるんですが
ありがとうございます…本当にその一言がめちゃくちゃ励みになります
はい、そうです…
少しあからさますぎでしたかね
もう少しバレないように小細工すべきだったかな…
それは本当にそうですね
なんなら100年200年と言わず永遠に添い遂げてもらいましょう
…こちらが言わずともずっとひっついてそうではありますが
すみません、めちゃくちゃ笑ってしまいました
通常シービーのパンツスタイルの下に伺える太ももも、正月シービーの裾から見える太ももも、どっちも虹みたいに綺麗だと思うのでその解釈でも合ってますね
- 22二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 07:36:34
雨は少し苦手だけど、今の時期は空を洗ってくれるようで好き 透き通った空に浮かんだ虹の美しさは万人に通ずる
死後の世界は思いつかなかったけど、けして辿り着かない虹のふもとへの道程は二人だけの終わらない旅なのかも - 23二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 11:07:52
おれはあほだから何も考えず雰囲気がすごく良いなと思いながら読んでましたまる
すごいよかったです - 24◆GfmocIZ7xY25/04/12(土) 13:17:59
- 25◆GfmocIZ7xY25/04/12(土) 21:50:16
一度だけ保守を…
- 26二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 00:51:17
地の語りがシービーらしくて好き
主の書くシービーはなんか儚げな感じあって良いよね - 27◆GfmocIZ7xY25/04/13(日) 09:26:21