【SS】旅を春する

  • 1二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:37:03

    SS書いていきます!
    とりあえず10レス分は書き溜めてきました!
    対戦よろしくお願いします!

  • 2二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:38:38

     6時26分着。

     朝の早いスポーツ部の部員たちとは逆の方向の電車に乗り、トリニティ郊外の駅に向かっている。向かいの車窓から朝陽が目を刺すので、つば広のフェルトハットを目深にし、あたりを見渡してから、小さく。
     なるべく小さく、あくびをする。
     
     下りの車両に人は少ない。
     同じ車両には1人。俯いて、どこをどう見ても深く眠っているトリニティの制服を来た学生。どの派閥かも、どんな部活かも、こんな朝早くからどこへ向かうのかも知らない生徒と、二人きり。

  • 3二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:39:15

     かたんことん。
     かたんことん。

     電車のリズムが眠気を誘う。
     

  • 4二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:40:06

     
     ストロートートに刺していた水筒から紅茶を注ぐと、湯気が立つ。ふわりと匂い立つベルガモット。寝起きの頭で淹れたアールグレイは、水筒の中で閉じ込められていた薫りを苛立ったみたいに私に投げかけてくる。

     湯気が立つということは、それなりに気温が低いはずなのだけど。窓を透過してくる太陽のお陰でむしろちょっと暑いぐらいにも感じた。

     日中は気温が上がるらしい。

  • 5二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:40:38

     かたんことん。
     かたんことん。

  • 6二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:41:01

     それならば、アイスティーにすればよかったなとちょっとだけ、後悔した。

     電車は学校を離れていく。

     日常も、かたんことんと離れていく。

  • 7二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:43:49

     ――……。

     6時47分着。

     電車がぷしゅう、ぷしゅうと音を立てていた。

     着いた駅は郊外も郊外。私が電車から出るのを待ってくれた大人たちは、ゆらりゆらりと吸い込まれるみたいに、入れ違いに電車に乗り込んだ。一緒に乗っていた女生徒は目を覚まさなかった。目的地はここではないのだろうか。それは、わからないけど。

     乗り込んで行く大人たちのだれもかれも、ここが日常の人たちなんだろう。
     
     中央駅の景色となにもかも違う。空が見えるぐらいの住宅街。二階建て、平屋。デザインはどれも違うのに、どこか画一されたように同じに見える住宅街の駅。電線が使っていない物置にかかった古い蜘蛛の巣のように垂れ下がっていて。ときおり車が駅前のロータリーに停まって、静かに、人を下ろしていく。店前に段ボールの特売品が積まれた、駐車場の広いドラッグストアの軒先で、のそのそと店員さんが掃き掃除をしていた。

     
     非日常。
     私からすれば。

     きょろきょろと、あたりを見渡して見つけた、ドットが欠けた電光案内板。快速列車が停まるホームはここの向かい。エレベーターはないようで、少し憂鬱な気持ちになりながら、がらごろとスーツケーツを転がした。肩に提げたストロートートを勢いですこし、跳ね上げる。

     階段を下りるためにスーツケースを両手で持ち上げたところで、今下りた電車が日常を連れ、ホームを離れて行った。

  • 8二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:45:57

     息を上げながら快速のホームへと階段を上り、眺むれば……数人。椅子もあるけれど、そこにはすでに先客が居て。日常を過ごす人たちは、非日常から来た先客のせいで、まるで弾き飛ばされたかのように、遠くに散らばっていた。

     大人の中で、明らかに浮いている、学生の年頃の2人。
     がらごろとスーツケースを転がし。
     散らばった人たちとは反対に、吸い寄せられるみたいにして椅子に座って眠そうに目をこすっていた日常に、声を掛ける。

    「おはようございます。セイアさん、ミカさん」

    「おはーナギちゃーん。――ふわぁ。朝からキメキメだね。わたしもセイアちゃんもノーメイクなのにさー」

    「私は、下地をつくって来ているよ。一緒にしないで欲しいね。おはよう、ナギサ。随分大荷物じゃないか。たかが一泊二日だというのに」

     非日常の中の日常。
     日常の中の非日常。

     フィリウス・パテル・サンクトゥス。こんな郊外だとしても、この場所を。自治区を統べるトリニティの三大派閥。ティーパーティに身を置く親友たちが、あくびとともに私を迎えた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:47:47

     ――……。
     
     7時08分着。

     到着前にわずかに増えた人たちと、快速電車に乗り込んだ。

     ホームと電車の段差に引っかかったスーツケースに慌てた私に「非力だなあ」なんて笑って、ひょいと片手で、車内まで運んでくれた。ミカさんは力が強い。腕の細さも、足の太さも私と変わらないくせに。どこからあんな力が湧いてくるのだろう。

     一番人がすくない車両を選んでボックスシートを確保。一番大きなスーツケースを持って来た私は一人席。セイアさんとミカさんは二人並んで座り。頭上の棚に荷物を入れたり、ブラインドを調節したりなどしていると。

     がたん、と動き出す電車に、私たちの体が揺れる。

     かたんことん。
     かたんことん。

     音は段々と高くなり。
     ここに来るまでに乗っていた各駅停車の電車とは明らかに違う走行音に変わっていくのが、ハンドバッグを漁るミカさんのガチャガチャ騒々しい音と一緒に、耳にゆったり入り込んでくる。

  • 10二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:49:06

     
     ……それにしても。

    「なんだい、きみのその恰好は」

     私が口を開こうとしたその瞬間。セイアさんが不満げに聞こえるような、眠たげな声色で、私に言った。

    「なん……どういうことでしょう?」

    「私たちはあらかじめ『集合場所へは変装して来るように』と決めたはずだろう? 変装というのは姿身分を偽らなければ意味がないと言うに、その恰好ではせいぜいイメージチェンジ……お洒落じゃないか。遠目から見てもきみがきみだとわかってしまうのは、変装とは言わない」

    「これでも、あまり着ないブランドの服を選んだつもりですよ。見てください、髪だって……」

     そう。いつもはパンツスタイルなどしない。それにグレードも2ランクほど下げた上、髪だって巻いてきた。どこからどう見てもいつもの「桐藤ナギサ」ではない。ないはずだ。鏡を見て、満足する出来栄えになったと自信があったのに。

  • 11二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 01:58:25

     
     とはいえ、セイアさんを見れば。彼女がどれほど”変装”に力を入れたのか伺い知れるというもの。
     普段の清楚な格好とは程遠い。キャップから飛び出た大きなお耳とポニーテール。体のラインが浮き出るTシャツに、ゆったりとしたカーディガン。黒いタイツとショートパンツ。スポーティで絆創膏が似合うような恰好は、病弱なセイアさんのイメージとは真反対。

     ……というか、頬っぺたに実際に張られた絆創膏が、なんというか。コスプレ然としている。

    「自分が持たれている印象から遠く離れたものを身に着けてこその変装じゃないか。ミカを見てみろ。――くふっ。か、完璧な変装だろ。けほっ。けほっ」

    「……セイアちゃん、私を絶対見てくれなかったんだよ。ひどくない?」

    「……くくっ」

     意識してしまうとダメだ。
     私も、お腹の底から、笑いがこみあげてくる。
     さらに、ブラインドを透過する朝陽が見事にスポットライトのように働いたおかげで、私はもう、限界を迎えた。

    「あっははは。み、ミカさんはっ。確かに、これを見せられたら……くふ、くふふふっ。私の負けです」

    「セイアちゃんだって言ったじゃん! 変装でしょ!? 私が一番”変装”やってると思うんだけどなあ!」

    「やめろナギサ……ふふっ、くっくっく……つられてしまう……けほっげほっ。うぅ、くくっ」

    「もー!」
     

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:01:20

     ぷい、と顔を背けてしまうミカさんの顔を、姿を、私は真正面から見なければならないのが本当に辛い。セイアさんは隣だから、意識しなければ視界に入らない。でも、私はどうしても視界に入ってしまう。
     
     タイダイ染めのサイケデリックなハートの下に書かれた『I LOVE TRINITY』という大きな筆文字。サイズが合ってるのかわからない、中途半端な太さのジーンズ。挙句に足元はサンダル……。まさしく”つっかけ”とでも言えそうなものを、裸足で履き。さらに髪の毛は位置高めのツインテール。
     
     幼馴染とはいえ、そこまではっちゃけた髪型にしたミカさんを見たことがないし、それがなんだか妙にマッチしているものだから、もうおかしくて仕方ない。

    「ど、どこに売ってたんですか、そんなTシャツっ。うくくっ。だ、だめです、上着かなにか羽織ってくださいっ」

    「中央駅に売ってるよ、知らないのナギちゃん! 890円! お土産コーナーとかちゃんと見ないと!」

    「あっはははは! 890円! だ、だめ、お腹が……ひひひっ」

    「ナ、ナギサ、釣られるから……げほっ、ごほっごほっ。ひ――ひゅう、ひゅっ」

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:06:12

     
     洒落にならない咳をし始めたセイアさんの背中をさすり、吸入器を口に当てたミカさんは「なんでよ。裏切ものどもめー」なんて言いながら、慣れた手つきでカシュっと薬を噴出させる。ただ、体の向きが変わったばかりに『I LOVE TRINITY』を直視してしまったセイアさんは、薬を噴き出していた。

    「あー! ちゃんと吸わなきゃだめじゃん!」

    「はっはっは――げほ、ぐふっ。む、無茶を言う……ひゅっ。ごほっごほっ!」

    「ふんだ! ナギちゃんよろしく! わたし着替えて来るから!」

     わたしの手に吸入器を握らせ、ぷりぷりとツインテールを揺らしながら、車両に設えられた化粧室に向かうミカさん。私たちは笑い声と咳で見送る。ああそうだ。変装と言うなら、まさしくミカさんが優勝。この距離で、今まで話していたのに。とてもじゃないけどあの後ろ姿はミカさんに見えない。
     
     背中を向けられたせいで、ポップな文字で書かれている「LET'S GO TEA PARTY!」の文字をモロに見てしまった私は、もう足をばたばた踏み鳴らして、大きな声が出ないように耐えるのが限界。きっと顔が真っ赤になっていることだろう。延々とむせ続けているセイアさんの背中をさすりながら、カシュっと。吸入器を作動させた。

    「――ひゅう、ひゅう……けほっ。ふう。ありがとう、ナギサ。楽になったよ」

    「いえいえ……。セイアさんはよく耐えられましたね。私よりも早く、ミカさんと合流されたのでしょう?」

  • 14二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:13:45

    「視えていたんだ。だからなるべくミカの方を見ないように過ごしていたんだけどね。具体的に言えば、左隣の姦しいミカの声を聞きながら、電線に留まる小鳥の数を数えたりして。ただ人の笑いには釣られてしまう。想像というエネルギーが溜まっていた分、発散される力も高まってしまったのかもね。――くふ。いや、だめだ、忘れよう」

    「それはそれは、すみませんでした……。よろしければお紅茶を淹れてきましたが、お喉の調子を調えるためにいかがです?」

    「いただくよ、ありがとう。……水筒に、とは。鉄臭い代物になるだろうに、紅茶を愛するナギサにしては珍しいね」

    「ふふ。これは魔法瓶タイプでありながら、内容物が触れる部分に陶器を使用させた特殊な機構なのです。アルミの臭みは感じません」

     ストロートートから水筒と紙コップを取り出し、ふわりと車両にベルガモットの香りが立ちのぼる。

  • 15二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:16:02

     快速の電車はあっという間に、辛うじて残っていた都市部の景色を、置き去りにしていた。

     車窓の向こうはすでに広大な麦畑。出穂をむかえ緑の強い茎を、ピンとまっすぐ、天に伸ばしている。初夏のころには麦秋となり、辺り一面は黄金色の海が出来上がることだろう。点在する小屋やサイレージ。起伏なだらかな丘にすら植えられている麦は、すくすくと。電車の音を聞きながら、季節をむさぼっていた。
     
    「アールグレイだね。ありがとう。――うん。おいしい。持ち運びができ、保存も効かせながらこの味を楽しめるというのなら、素晴らしい代物じゃないか。その水筒は」

    「ええ。とてもよい買い物をしました。さすがに、沸かしたてのお湯で淹れるものには敵いませんけれど」

     こぽこぽと、水筒にかぶせていた付属のコップではなく。私も紙コップに紅茶を淹れて、香りを楽しんだ。

     ……しかしやはり、紙コップだと紙の匂いが鼻に付く。純粋な紅茶の香りでないことに少し不満を覚えたが、それでもやはり。今この場では、皆さんと合わせるのが一番。

     一人だけ、違うものを使うというのはよくない。なんだか、仲間外れになってしまった気がするから。

  • 16二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:19:12

     サンクトゥスの聖女。奇跡の才女。預言者。

     セイアさんは一年生の頃から学園各派の話題をさらっていた。
     顔を合わせたのは、はじめてティーパーティーの務めに出たとき。先代のサンクトゥス派リーダーがそばに侍らせ、どこか自慢げに紹介されていたのが、セイアさんだった。
     
     私もミカさんも、まだ小間使にすらなっていなかったときの話。入学早々からすでに派閥の中枢に立っていたセイアさんは、どこか違う世界の人に見えたものだ。未来視という、未来を識る事ができるなどという人外じみた力を持っていると聞いたとき「ああ、この人はすでに、派閥のトップへの道が約束されているんだ」と、他人事のように思ったことを憶えている。

  • 17二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:20:21

     ずっぺた。
     ずっぺた。

     聞き慣れない履物の音。かかとを引き摺るみたいな、ヒールを履くことが多い私にはまさに聞き慣れない足音と共に、着替えを終えたミカさんが戻ってくる。
     
    「ねえねえナギちゃん、ちょっと髪やってくれない? あとが付いちゃって……」

     ショートのテーラージャケットに合わせられたフレアスカート。淡い緑に統一されているのはセットアップだからかもしれない。ただし、足元はつっかけのまま。

     わたしに背中を向けて座り込んだミカさんの髪を編んでいく。大きめの三つ編みに。昔から甘え上手で、自分勝手で、優しい子。

     今日だって、全部ミカさんが計画したものだ。

    「うわあ! すごい、一面真っ平ら! ナギちゃんちゃんみたいっていたたたたたっ!? 髪引っ張んないでよお!」

    「だれが麦畑みたいな身体ですか、ええ? ミカさん」

    「痛い痛い、あ! ねえいまブチってゆったよ!?」

    「君たちは本当に仲がいいね。どれ、ナギサ。そっちは私が編もう。きみはもう片方を編んでくれ」

     するりと編みかけの髪を私の手から受け取ったセイアさんは、手際よく。緩みなく。ぴっちりとミカさんの髪を編んでいく。

     無駄に女性らしい体つきを手に入れた幼馴染の失言に、いつものようにお菓子を詰め込んでやりたくとも。あいにく今日はロールケーキの持ち合わせがない。

     春を旅する。

     2年生となった私たちはミカさんの発案で。
     学校をズル休みして、旅に出た。

  • 18二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 02:21:25

    (とりあえず書き溜め分は終わりです)

  • 19二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 03:16:28

    やったぜ

  • 20二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 11:17:45

    (トリ3人はいいぞ……)

  • 21二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 11:28:08

    二年生のティーパーティーか…良いね…

  • 22二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 14:40:33

    期待age

  • 23二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 14:43:42

    意図してたらアレだけど旅を春するって逆じゃね?

  • 24二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 16:01:04

    まあ疑問は伏せとこうぜ
    この文章力でそんなヘマしないだろ

  • 25二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 16:27:46

     10時39分着。
     
     環状線が通る百鬼夜行の中央駅から鈍行電車に乗り換えて、さらに20分。にぎにぎしいお祭りの雰囲気も少しは和らいだ、観光地というより、生活圏の雰囲気が漂い始める駅。
     やおら支度を整え電車を降りると、車窓に見えていた絵画のような景色に参加できる喜びを、ミカさんは隠すことなく発散する。

    「う、わぁ。すごいね。すごいね!!」

     ずっぺたずっぺた。

     つっかけをひきずりながら、ミカさんがホームの際の、ぎりぎりまで。薄桃色に色づいた枝に少しでも近づくみたいに、身を乗り出した。

    「ミカ、危ない。改札を出ればいくらでも見られるのだから落ち着きたまえよ」

     大きい黒のホーボーバッグを前掛けにしたセイアさんは、それこそ少年然としたたたずまいで、放っておけば線路を下りてしまいそうなミカさんのリュックを掴んで引きずった。引きずられている間もミカさんは「すごい」「綺麗」と、他にはなにも目に入っていないみたいに、線路際に植えられたサクラの花に目を奪われている。
     
     自治区の境界から中央駅に近づくにつれ、ずらりと並ぶようになるその木は。確かにトリニティ内でも見ることが出来るものであったとしても、都市部の公園に”そのように”植えられているものとは違って見えた。

     花の匂い。目の前に見えるのはたった2本のサクラ。この時期の百鬼夜行には、春の薫りが満ちている。

  • 26二次元好きの匿名さん25/04/12(土) 16:31:20

    (保守替わりにちょっとだけ投稿……と思ったら大丈夫そうだった、ありがとね)


    >>23

    >>24

    (いいよいいよ……わちゃわちゃお話しながら読んでおくれ。誤字脱字祭りかもしれないけど補完してくれるとうれしいな)

  • 27二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 01:18:57

     
     改札を駆け出て行く三つ編みおさげを輪っかに結んだミカさんと。

     ポニーテールをぴょこぴょこ揺らすセイアさん。

     ティーパーティ所属の三人が、非公式に、事前通告もなく、他自治区の土を踏む。緊張状態にある勢力ではないとはいえ、礼節を重んじるトリニティの文化からすれば、あまりにも不躾な、恥ずべき行為。

     これがゲヘナだとするならば、問答無用で戦争の火種になってもおかしくない。なぜなら”雷帝”と呼ばれる非常に過激な生徒会長が、奇妙な兵器をいくつも開発し、各自治区に対する示威行為を行っている真っ最中なのだから。私たちと同い年の、ゲヘナの二年生がある程度抑えを効かせているらしいとはいえ、もしあの思想と軍事的行動が続くのならば、トリニティは動かざるを得ないだろう。愛と正義のために、銃を取り、旗を靡かせねばならなくなる。

     とはいえ、ここ百鬼夜行はそういった中央のいざこざとは一線を置いている。どちらかと言えばトリニティと親睦の深い自治区だから、そう構えることもないのだとわかってはいるのだけど。

  • 28二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 01:22:44

     改札に切符を通す。身分を明かすことになってしまうから、生徒証のクレジット機能は使えない。

     二人の軽装を見て、身長の半分もあり、体重の半分ほどになったスーツケースにトートバッグまで提げて来た自分が恨めしい。というか、二人とも荷物が少なすぎやしないだろうか?
     
     着替えと予備の着替え、羽の手入れ道具にドライヤー、洗顔機、ヘアアイロン。寒さ対策のコートと充電器、モバイルバッテリー。弾薬、爆薬一式。一応、ずぼらなミカさんのために、彼女の分の弾薬も少し。カメラ、アフタヌンティーセット、リラックス用のポータブルミュージックプレイヤーと折りたたみ椅子が三人分。セイアさんのお薬の予備に、清潔なタオル。タブレットに、いざと言う時の身分証明書が三人分。化粧品、シャンプー、コンディショナー。

     必要な品を詰めればおおよそこのぐらいになると思うのだけど。

     がらごろがらごろ。
     ごろごろ。
     
     涼しくも暖かい陽気に昼寝しているハイランダーの生徒を横目に駅舎を出ると、舗装すらされていない土の道。正面には小川が流れていて、清けし音が聞こえた。堤防際にもサクラが植えられていて……というより、生えていて。そのサクラは、ホームから見えた二本のサクラよりも小さく、色が濃く、かつ、満開。

     駅舎の横には一台の車が停まっていた。思わず、トートバッグで隠した脇のホルスターに手が伸びる。

  • 29二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 01:30:23

     運転席に座っていた人と目が合うと、彼女は朗らかに笑って、ゆっくりと車から降りた。百鬼夜行の伝統的な服装の鳥人は、私に深々と頭を下げ、はつらつとした声で、こう尋ねる。
     
    「藤園セミナさまご一行さまでいらっしゃいますか?」

    「――くっ!」

     あまりに雑過ぎる偽名に噴き出してしまい、怪訝な顔をする鳥人の女性に、堤防に生えた木をまじまじと見つめていたミカさんが答えた。
     
    「そうでーす!」

    「やあやあ、遠いところどうもお疲れ様でございました。本日、皆様をお世話させていただきます宿で、女将をしているものでございます。お荷物はトランクに積ませていただきますので、どうぞ車の中へ。あ、お持ちの得物は身に着けたままでかまいませんよ。ほほほ」

    「ああ、ありがとう。ありがたく休ませていただくよ」

     促されるままに車に乗り込んで行くセイアさんに呆れる。もうすこし、トリニティ内において重要人物であるということを理解していただきたいものだ。

  • 30二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 01:38:07

     
     辺りを見渡し、刺客や不埒者が潜んでいないかを、そうとはわからないように観察する。しかし、唯一手荷物以上のものを持っている私に、女将と自称した人が近づき。「さあさ、お荷物を」と、勝手に手を掛けた。

    「大丈夫ですよ。とても重いので、自分でトランクに積ませていただきます」

     と、やんわりとお断りをした。車に爆発物が取り付けられていないとも、追いはぎとも限らない。なにかものを落としたフリをして、車の下を――。

    「ナギサ」

     車の中で深く腰掛け、キャップのつばをつまんで上げながら、セイアさんが私を呼ぶ。

    「”おもてなし”というやつだ。人の好意は無下にすべきではないよ」

    「……」

    「ナギサ」

    「……そうですね。失礼しました。とても重いですが、お任せしてもよろしいでしょうか」

     荷物から手を離して微笑みかけると、差し伸べた手を気まずそうに彷徨わせていた女将さんは「ええ、もちろんですとも。このぐらいなんてことありません!」と意気込み、勢いを付け、あっという間にトランクに投げ入れた。車に乗っていたセイアさんの体が軽く浮かび「一体何を持って来たんだそんなに!」と一人、耳を怒らせた。

  • 31二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 01:45:36

     
    「ねえねえ、こっちのもあれと同じお花? なんだかちょっと違うような気がするんだけど」

     片やミカさんといえばのんきに川辺の小さなサクラの木に執心していて、香りを楽しむのに枝を引っ張り、背伸びなどをしていた。

    「それは”河津桜”というんですよ。あちらで八分に笑っているのは”染井吉野”という品種でして――」

     話に興じているミカさんと、接待する女将さんの声に小さく息を吐いて、私が乗るスペースを空けてくれたセイアさんの隣に体を潜らせる。車の中は少しだけ饐えた匂いがした。エアコンのフィルターまでは掃除が行き届いていないのかもしれない。シートも革ではなく布張りで。窓の内側に指紋がついていたり、床には砂が少し散らばっていたり。

     まったく、トリニティであるならば、客人のもてなしには瑕疵なく最高級のものを用いると言うのに。百鬼夜行は礼儀はなっているが、細かいところがなっていないようだ。地方であるから仕方ないとはいえ。

    「キミはいちいちそういうところを気にするクセを直した方が良い」

     いつの間に手なづけたのか、一匹の雀を指に乗せたセイアさんがとても小さな声で言った。
     
    「疑うことを是とする政治の道を選んだ我々ではあるけどね。それでも、人のやさしさを拒絶するような人間にはなりたくはないだろう。愛を教えるトリニティ総合学園のトップを目指すのならば、愛を拒絶してはならない」

    「……その通りではありますが、セイアさん。いま、私たちは全くの無防備。ミカさんがいるとはいえ、猪突猛進かつ直情的な性格ですから、いざと言う時取り返しのつかないことをしでかすかもしれません。ならば、そうならないよう事前に、こちらが警戒をしておかないと」

  • 32二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 02:19:43

     
    「だからそういうところだよ。大丈夫だ。少なくともこの旅は、平穏無事に終わる」

    「視たのですか?」

    「ああ」

     ミカさんの服装で一緒に笑っていたセイアさんは、まったくの無表情に。窓の外の、トリニティでは決して見ることが出来ない非日常の景色すら見ることなく。細く華奢な指の上で羽を手入れする雀をぼんやりと、ただぼんやりと眺めながら、生返事をした。

     自分では制御することのできない未来視の力。サンクトゥスの聖女と呼ばれた彼女の無聊。

     あの電車内の笑いすら、ミカさんを見たからではなくて……。

     ”釣られてしまう”と、セイアさんは言ったから。

  • 33二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 02:23:50

    2年だからか外交とかの場馴れが足りないのか
    まあこれは遊びできてるんだろうけどね

  • 34二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 02:53:21

     
    「近ごろは、よりはっきりとものが視えるようになったんだ。この旅もまるで二度目かのよう。色も、空気も、匂いも、会話すら。よりにもよって今日を視なくてもいいとは思わな――いやまあ、このようなことを託つのはまったく詮の無いことだとはわかっているんだけどね。……さて」

     そう言ってセイアさんは、おしり半分ぐらい、奥に進んだ。私が首を傾げようとすると、首がもげそうなぐらいの勢いで、ミカさんが車に飛び乗って来た。

    「ねえ、知ってた!? 百鬼夜行ではお花が咲くことを”お花が笑う”って言うんだって! おっしゃれだよねえ、かわいいよねえ! あ、それでね、今晩のお夕食は宿の庭にもサクラがあるからその下で是非って! それからそれから――」

     私に体当たりをかまして自分のスペースを無理矢理作り、挙句そのバカ力で肩を掴み、ぐるんぐるん揺らしてくれたおかげでイヤリングが一つ吹っ飛んだ。セイアさんの指でくつろいでいた雀は車の中を飛び回り、ため息を吐きながら開いたドアから勢いよく飛び出して行く。
     
     ああ、ロールケーキかマカロンを持ってくればよかった。
     持ってきていれば、この姦しい幼馴染の口をふさぐことが出来たのに。

  • 35二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 02:56:14

     
    「ドアを閉めさせていただきますね。お気を付けください」

    「あ、はーい!」と耳がきんきんするぐらいの声で返事をしたミカさんは、それ以上詰める必要があるのかと言うぐらい詰められ。まさにセイアさんが奥に移動した分ほど、私の体が押し込められる。「でね、今年はあんまり気温が高くないから、まだあんまりお花が”笑って”ないらしくて」私の太ももをバンバン叩きながら、留まることを知らないマシンガントークが車内を満たす。

     でも、眩しいばかりの笑顔で話し続ける幼馴染に、正反対ともいえる性格のセイアさんは、たしかにその大きなお耳をこちらに向けていて。心なしか楽しんでいるように見えた。
     
     再上映された映画の気付けなかった部分を楽しむみたいに。ノリと勢いで押し切ってくるミカさんはきっと、セイアさんの無聊を慰める、一つの希望なのかもしれない。
     
     ……ならば、私は。私だって。と意気込んで空回りしたところで、きっとそれはただの再上映。無理に無理をすることは、ない。私の分野は、そっちではないのだから。

  • 36二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 03:01:33

     運転席の扉が開き、ピーピーと、車が鳴った。
     
    「うふふ。皆様大変仲がよろしいんですね。では、出発いたしますのでシートベルトをお願します。今代の百花繚乱紛争調停委員会は素晴らしい方々ですが、かと言って輩がいないというわけではありません。いざとなれば車を飛ばして振り切りますので!」

    「まっかせて! 私これでも結構強いんだよ!」

    「あらあら、それはとても頼もしいですね。ですがお客さまに火薬の匂いをまとわせてしまったら、私の恥でございます。というわけで。狭い車ではありますが、到着までしばし御辛抱を」

     キッキッキッキとセルが回り、エンジンが掛かる。

     タイヤが土を踏みしめる音がする。

     窓の外のサクラがゆっくり過ぎ去るのを眺めていたセイアさんは、けたたましく話し続けるミカさんにお耳を向けながら、パワーウィンドウを半分だけ開ける。

     ふわりと。

     冷たい風が、車内の――いや。ミカさんの熱気を、少しだけ、拡散させていく。
     

  • 37二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 03:14:53

    (今回分は以上です)

    >>33

    (ティーパーティ(生徒会)の一員になって数か月程度、ぐらいの感覚です。セイアは入学当初からティーパーティ入り、ミカとナギサは一般的な参入の仕方をしてるみたいな。ミカはともかく、政治的成績で上り詰めていくナギサは各方面に警戒心MAXだった……とか。この旅行ではおっしゃる通り、ただの遊びなので、だからこそ誰も助けてくれないからめっちゃ気を張って悪いとこ出ちゃってる、余裕のないナギサさま)

  • 38二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 06:22:19

    やっぱ文が上手いな…
    癒し

  • 39二次元好きの匿名さん25/04/13(日) 07:06:09

    この文章力は歴戦の猛者としか考えられん
    以前どこかで書いてらっしゃったり…?

スレッドは4/13 17:06頃に落ちます

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