- 1◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:42:18日曜・午前 
 「……よっし、上がりや!」
 「ふぃ〜、今日もキツかったぜ……
 さ、トレピッピは何作ってくれたんだ?ゴルシちゃん今日はずっとコレを楽しみにしてたんだぜ♪」
 ゴールドシップのトレーニングを予定通り終わらせ、グラウンドの隅で少し早めのランチと洒落込む。
 おフランスパンを横に割って辛子マヨを塗り、ベーコン・レタス・目玉焼きを挟んだあたし特製のBLTサンド。
 T?玉子のTや。
 「おっ、豪快だねぇ♡」
 「乙女チックなふわふわサンドでも期待してたか?顎も鍛錬してや」
 「ん〜、堪らねぇなこの歯応え。
 ……食ったらすぐ出発だっけ?」
 「待ち合わせしてるからな。新幹線やビジホの手配を事務にしてもろた手前、バラけて行く理由も特にあらへんし」
 あたしを含めた主に若手のトレーナー達が、夕方から地方トレセンとの交流を兼ねた研修会を控え、すでにチラホラと引き揚げ始めている。
 「神戸だったな」
 「せやで。“ついで”のある場所の方が、集まりがエエらしいて……今回やったら中華街とか」
 「いーねー、アタシもついて行きてーなぁ」
 「アンタ来たら騒ぎになるやん……」
 「冗談ジョーダン、マイケルジャクソンだって。アタシも午後から行くとこあるしな。
 ……明日の晩は予定あるか?無けりゃ寮で待ってろよ。サンドイッチの礼に夕飯作ってやるから」
 「お、嬉しいな。ありがとさん」
- 2◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:43:00日曜・夕方 
 研修会はホテルの多目的ホールで開かれた。
 形式ばった長めの挨拶に始まり、スライドを交えた研究発表に協賛メーカーの製品紹介と、良くも悪くも普通に恙なく終わる。
 そして一つ隣のホールで懇親会という名の立食パーティーに移り――少しばかり己の青さを思い知った。
 「やっぱエエもん揃えてるねぇ。こんな肉、自分じゃ買われんわ」
 「そのわりに大して進んでないみたいですが」
 「アンタらかてそうやん……」
 「まあ……ね……」
 皆それぞれの担当を思えば、ナンボでも食べようって気にはならん。経験が浅くとも、いや若いからこそ尚更か。
 自らトレセンの門を潜った身とは言え食べたい・遊びたい盛りの年頃に、我慢の毎日を送るあの子らの辛さを思うと箸も鈍る。
 同期とそんな話をしてる所に、ソイツはやって来た。
 「失礼。貴女がゴールドシップのトレーナー、ですね?私は姫路トレセンの□□□と申します」
 歳に似合わぬ上等そうなスーツ、時計、革靴、ゆるふわパーマ。
 いかにも“着られてる”感が拭えん、成金とかボンボンとか言う表現がお似合いの男が名乗った時にハッとした。
 「……いかにも○○○です。毎度ウチのがお騒がせしまして、お恥ずかしい限りで」
 「ご謙遜を。彼女自身の才覚もさる事ながら、貴女の手腕こそ……
 今年最初のレースでも……」
 ゴルシの事を色々と並べ立てながらも、どこかゴルシを見てないような語り口にやや不審を覚え始めた時や。
 「……あの暴れウマを御して成果を出し続ける秘訣を、是非とも御教示願いたいと思いまして。この後お時間頂けますか?」
 カチンと来る、とは何とも的を射た表現やと思うた。
 自分の頭の奥でまさにそんな音が立った気がして、胃の腑が冷え切ったんやら煮え返ったんやら分からん心地や。
- 3◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:43:30「……おやまぁ、随分と目の付け所が違うお人やなぁ」 
 「えっ!?そ、それはどう言う……」
 借り物丸出しの京言葉にソイツは狼狽を隠せず、わずかに後ずさる。
 「あの子を“御する”やなんて、たとえ三女神でも出来しません。
 私からは実りのある話は差し上げられませんな。……これで失礼しますわ」
 荷物をひっ掴んで振り向く事なく足早に会場を去る。
 泊まり先のビジホの方向を確認してると、慌ただしい足音が近づいて来る。振り返ると――1、2、同期の女トレーナーが全員こっちに向かって来た。
 「なんやアンタら、もう出て来たんかいな」
 「えっと、気になったって言うか……あの□□□トレーナー、○○○さんの事狙ってたと思うんですけど」
 「ちょっと勿体なかったんじゃないですか〜?あの人たしか地元企業の御曹司ですよ〜?仲よくしといて損はないのに〜……」
 あー、その発想は無かったわ。道理でゴルシの事が今ひとつ見えて無い訳や。
 「あ〜っと、いや実はな、アイツの事知っとったんよ。あたしコッチの出やからな……いや知り合いでは無いんやけどな。
 『何かにつけて親の会社自慢、金持ち自慢の薄ッッすい男』やて、近隣中の中学に知れ渡っとってん。
 会うたんは初めてやけども、アレやな……『三つ子の魂』何とやら、やなぁ……」
 「え〜その話、もうちょっと聞きたいです〜」
 「ね、ファミレスかどこか腰を落ち着けてね、じっくりとね?」
 「万一にも研修会のメンツに会うたらなぁ……ほな、コンビニ寄って泊まりの部屋行こか」
 「やった!」
 ――こうして、些かの不快は同期との女子会でキレイに吹っ飛ばせましたとさ。
- 4◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:43:59月曜・午後 
 頭が重い。さすがに夕べは羽を伸ばしすぎたか、いくら呑んだか憶えてない。同期達も今朝は似たような有様で、帰りの新幹線は二度寝大会となった。
 午後のトレーニングまではサウナで酒を抜く者、有酸素運動に望みを託す者と様々の中、あたしはひたすら水分を摂って横になる作戦に賭ける。
 グラウンドでゴルシと会う頃にはどうにか格好がついた。と思う。
 「よう、夕べはお楽しみだったか?」
 「オッサンくさいて……まあ女子会は楽しかったけどな」
 「晩の約束忘れてねーよな」
 「期待してるで」
 月曜・夜
 寮部屋を一応軽めに掃除し終えた辺りでゴルシはやって来た。
 「へいお待ち!ゴルゴル亭の出前一丁!」
 「はい、お入り。エエ頃合いや」
 蕎麦屋か寿司屋のような出で立ちに大ぶりな岡持ちを構えた姿は、ネタでありつつサマになっていて――やり切るから美しいんやな。
 「一体何を作ってくれたんかな?ノーヒントやから難しいな」
 「さっそくご対面といくぜ、そぃ!」
 テーブルの上で開かれた岡持ちから姿を現したのは全く予想だにしなかったモノやった。
 いや、正確には予想のしようはあったハズやが、まさか――
- 5◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:44:32「ゴルシちゃん特製、焼きスパゲッティ・ネエロだ!冷めないうちに食ってくんなよっ、と」 
 丼に盛られた真っ黒い麺の山に、所々短冊状の具が覗く。ラップを外すと磯の香りがブワッと溢れ出た。
 「アンタ……今日が何の日か……」
 「昨日、夏合宿ん時のイカに脚とスミを分けてもらいに行ったんだぜ。活きが良くって切る時にまだ動いてたくらいさ」
 「そんな事やなくてな……イヤミか貴様ッッッ!?」
 相変わらずどこまで本気か判らん口上は置いといて、まさか知らん訳は無いやろう。近年作られたこの記念日、この料理に込められた意味を。
 「今日はシングルが自虐するだけの日じゃねぇぞ?『自分はフリーです』ってアピールする機会でもあるんだからな」
 「アンタは引く手あまたやろうに」
 実際、奇行を差し引いてもこの子は素材がエエからな。女子校特有のアレとは言え、バレンタインもホワイトデーも忙しそうやった。
 と、ゴルシが麺の山にフォークを刺してクルクルと巻き出す。
 「誰から誰へのアピールだと思ってんだよ……?アタシが欲しいのはな、たった一人だ」
 「んっ……」
 唐突にスパゲッティを突きつけられ、そのまま口に入れてしまう。なるほどイカスミの風味と身の弾力が絶妙なハーモニーを――って、ちゃうやろ。
 「アンタはホンマ、いつも人を煙に巻くような事ばっかり……美味い。コレは美味い」
 「アタシのウソは意味のねえウソだけだ。でも本当の事はただの本当なんだぜ」
 ゴルシが巻いたフォークを自分の口に運ぶ。白い肌の中、赤い舌の上に黒い麺が乗せられた。チュル、と小さな音を立て、やはり赤い唇に僅かな黒い筋が残る。
 ――今度突きつけられたのは、海の味わいだけや無かった。
- 6◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:45:03黒い山を平らげる間、あたしらは何も喋らんかった。ただ行儀良く、一本のフォークで互いに腹を満たしただけ。 
 「……ご馳走さん」
 「コッチこそ、すっかりご馳走になっちまったな……♡アタシらもうシングルじゃねぇんだよな?へへっ、なんだか変な感じだぜ」
 「何を言うとんねん、今のは単なるお戯れや。女の子同士はノーカンと古事記にも書いてあるやろ」
 「何だとぉ?ゴルシちゃんを受け入れてくれたんじゃねーのかよ〜、もしかして嫌だったのか?」
 途端に捨てられた仔犬のような上目遣いをする。ホンマ自分の武器をよう知っとる事で。
 「嫌な訳……アンタそんなん言えるかいな」
 「じゃあ好きか?好きだろ?」
 「……ズルいわ」
 「お戯れでもいーよ。ノーカンにしてもいーよ。でも好きでいて構わねーだろ?
 この世で一番、アタシと解り合ってるアンタをさぁ」
 突如、昨日の事を思い出した。あたしは何であんなに頭に来たんやろうか、その理由の一端が解った気がする。
 あの男があたしをどう見ようが知った事や無いが、この子をよう知りもせん輩が好き勝手に語り、ダシに利用する事が我慢ならんかったんやな。
 「なぁ、そうだろぉ」
 「……ホンマに一番か?」
 「違うのかよ」
 「あたしらは……まだまだ解り合う余地があると思うで」
 ゴルシがズルい子なら、あたしは悪い大人か。――全てを無かった事にしてしまえるやなんて、そんな都合のエエ話は無いのにな。
- 7◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:45:33「……大好きだぜ」 
 「……あたしもや」
 「スミ、残ってる」
 「んっ……」
 僅かにザラついた柔らかい感触が頬を撫でてゆく。
 昼間までのあたしなら飛び上がってたかも知れん。
 「そろそろ風呂入るわ。アンタも寮の門限近いで」
 「ゴルシちゃんに抜かりは無いんだぜ、ちゃんと外泊届は出してるさ。まさか帰れとは言わねえだろ?」
 「まったく敵わへんなぁ。ほんなら先に入っといで」
 つっ、と頬のヒンヤリした部分をゴルシの指が撫でる。
 「ここは抜かりがあるんだよなぁ♡洗ってやろっか?」
 「遠慮しとくわっ」
 学生と指導者。子供と大人。言葉遊びでは許されん事が確固として存在する。
 しかし――もし三女神が居て、慈悲を頂けるなら。
 どうかこの子とあたしの想いに自分でケリを付けるまでは、誰にも邪魔をさせんで下さい。
 いやコイツ子供か?まぁ子供かなぁ?
- 8◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:46:40終了 本来の記念日は昨日でしたが当日の投稿が出来ませんでした 
- 9二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 23:48:57リベンジおつかれでした 
 関西弁トレーナーがいい味出してますね
 ゴルシはいつも通り
 これからもめげずに頑張ってくださいね
- 10二次元好きの匿名さん25/04/15(火) 23:57:53SSはなんぼあってもええですからね 
- 11◆rRSKfk6hIM25/04/15(火) 23:59:41感想と応援ありがとうございます! 多くは語れませんが……とても……力になります! ※百合と独自設定注意を入れ忘れました はるか前スレ(辻SS) 
- 12二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 07:09:20イイネ! 
 ゴルシがブラックデーを知ってるのも、それすらトレーナーとのふれあいの時間にしようと絶品イカスミパスタを作ってみせたのも、全部がかわいいな。あの場面でカッとなるほどゴルシを真剣に大切にしてるトレだからこそゴルシは惚れてるんだろうなぁ……
 二人に幸あれ……
- 13二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 07:15:20例の荒らしかと思ったら本物だった 
- 14◆rRSKfk6hIM25/04/16(水) 07:27:07
- 15二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 16:57:12イカの墨って、確か逃げる場合の身代わり・分身みたいな効果があったよな 
 つまりゴルシが「自分をプレゼントする」的な思いを影に忍ばせている可能性も…?(無闇な深読み)
- 16◆rRSKfk6hIM25/04/16(水) 20:46:23
- 17二次元好きの匿名さん25/04/16(水) 22:32:46いい… 
- 18◆rRSKfk6hIM25/04/17(木) 06:23:10良いよね……ゴルシ……