【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part2

  • 1125/04/17(木) 22:21:30

    一年生のリオやヒマリたちが特異現象を相手にセフィラを捕まえる話。


    長い話になることだけは分かります。SSとは小説の略ということで。

    スレ画はPart1の132様に書いて頂いたものにタイトルを付けたもの。


    ※独自設定&独自解釈多数、端役でオリキャラも出てくるため要注意。前回のPartは>>2にて。

  • 2125/04/17(木) 22:21:46

    ■前回のあらすじ

     セミナーの命令で『廃墟』の探索を命じられたエンジニア部のリオ、ヒマリ、ウタハ、チヒロの四人は、その奥で眠る正体不明のドロイド――マルクトと出会う。


     マルクトの目的は「ケテルと接続することで自分が生まれた意味を知る」というもので、ヒマリがそれに協力することを約束してしまう。


     マルクトの目覚めに呼応するように目覚めていくセフィラたち。

     九番目のセフィラであるイェソドを発見したヒマリたちであったが、果たしてエンジニア部たちはイェソドを攻略ことが出来るのだろうか。


    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」|あにまん掲示板「ごめんなさい」 私が何かを間違ってしまったことだけは分かった。 その結果がこれだ。彼女も『こちら』へ来てしまった。この先、何度も続くであろう無限の中に。「私が間違えたの。こんなことになるなんて……私…bbs.animanch.com
  • 3125/04/17(木) 22:42:24

    ※埋めがてらの小話1
    セフィラの外見は当初対応する神話の神々から連想して作ったものの、その後で対応する動物がいることを知ったので正直その辺の意味は無いです。イェソドが象だった可能性は無くなりました……残念。

  • 4125/04/17(木) 22:45:40

    ※埋めがてらの小話2
    各セフィラの特異現象は原作と切り離してご覧ください。というかこの辺り全部オリジナル設定です。
    一応預言者名はなるべく対応させに行きましたが、私は心に「大体オリジナル設定だから原作でどんな展開が来ても別の世界ということで押し通す」という覚悟を持って来てます。いや嘘です。原作ストーリーで新事実が発覚して苦しむことは分かってます。

  • 5125/04/17(木) 22:48:10

    ※埋めがてらの小話3
    前生徒会長みたいにちょくちょく端役や悪役としてオリキャラを出したりしますが名前は出さない方針で書いてます。
    人のを読む分には良いのですが、自分で書くとなると固有名詞化したくないんですよね……。書きたいものと読みたいものがいつでも一致しているとは限らないのです。

  • 6125/04/17(木) 22:52:31

    ※埋めがてらの小話4
    割と頂いたレスで展開を盛ったりしますので、なんやかんやライブ感で書いてます。
    胸におっきなプロットと出さなきゃならない伏線、あといつでも回収できそうなお茶濁しの伏線を張って置けば回収するだけでシーンが出来るんです。いや嘘です。出来ません。大抵あとで苦しんでます。今回も苦しみます。はい。

  • 7名無し25/04/17(木) 22:52:34

    原作を気にせず頑張って下さい。いつも楽しみにしています。

  • 8125/04/17(木) 23:05:15

    ※埋めがてらの小話5
    最近ようやくブルアカの大決戦でオールインセインクリアできるようになった先生です。
    それはそれとして自分が二次創作で書いた主役級のキャラは育成完了させたいと思っているのですが、クレジットも素材も全然足りません。チケット関連の課金はしていても流石に育成素材にまで課金し始めると死んでしまう……。

  • 9125/04/17(木) 23:09:53

    ※埋めがてらの小話6
    ハッキングシーンとか自分の知らない領域を書くときに資料を探すの大変ですよね。5~6時間調べ続けて何とか解釈した「合ってるんだか合って無いんだか分からん描写」を一行書いたときなんて不安と苦痛で膝が震えてます。
    もし専門職の方がいたらそっとやさしく「○○ってことかな?」と指摘していただけると嬉しいです。

    いいですか? やさしく、ですよ? 心は硝子。大体憔悴しきっているのでやさしく教えてくださいね?

  • 10二次元好きの匿名さん25/04/17(木) 23:17:11

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 00:19:31

    保守

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 06:15:28

    新スレありがとうございます

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 06:45:06

    このレスは削除されています

  • 14125/04/18(金) 10:48:58

    【イェソド発見! 場所はCの3よ!】

     鋭く飛んだリオの通信に『Eの6三階』で待機するヒマリとウタハが頷いた。

     この五日間でイェソド攻略のために用意したのは全部で五つ。

     一つ目は雷撃対策に着用している導電衣だ。
     これは頭の先からつま先まで覆えるタイプで靴も導電性のものに履き替えており、その内側に絶縁衣も重ねて着こんでいる。

     リオを一撃でスタンさせたあの雷撃を確実に防ぐための防備であるが、見た目も着心地はとんでもなく悪い。
     ギラギラに光る養蜂家みたいな恰好は8月の気功も相まって、既に二人の体力を削り続けている。

    「一番不満なのは見た目ですよ! 顔ぐらい出させてください!」
    「死ぬ……暑い……たすけて……」
    【そこは頑張って】

     通信越しにチヒロの声が届くも、返ってきたのは文句か何とも言えない呻き声だった。

     とてもじゃないが戦える状態に無いものの、あくまでイェソド戦において必要なのは戦闘行為そのものではなく『罠に嵌めて無力化』することにある。

     何にせよ『囮役』のヒマリとウタハが役割を果たす前にスタンさせられたら終わりなのだ。その点だけは割り切るほかなかった。

  • 15125/04/18(金) 10:49:23

     そんな彼女たちの背中には巨大な盾があった。
     二つ目、耐熱性に特化した強化ポリカーボネート防護盾。

     構えれば身体の前面を覆えるほどに巨大な盾だが取り回しが悪く、銃との併用はあまり現実的では無い。
     しかし銃撃が意味を為さないイェソドであれば併用することを考える必要もなく、身体を丸めて地面に伏せれば湾曲した盾が全方向への防御となる。

     熱線自体の攻撃力は雷撃と比べればどうということではない。問題なのは服を焼き切られることだった。
     点ではなく線による攻撃への警戒。瞬間移動しながら熱線で切り払うことは出来ないと結論づけたエンジニア部の面々が考え出した防御策だ。

    【熱線で焼き切られてから雷撃受けたらどうしようも無いからね】
    「不気味な亀みたいなフォルムは清楚系美少女に相応しくありません……」

     ちなみにヒマリはこの恰好をすることに最後まで反対していた。
     導電衣を脱いで顔を出した状態で大きな盾を構えるとかでなければ映えない、と強固に主張していたものの合理的では無いという理由でばっさり切られていた。

  • 16125/04/18(金) 10:49:35

    「チーちゃんの方はどうですか?」
    【こっちも順調。大体80%ぐらいまで整ったかな】

     そういうチヒロは15台の作業用ドロイドをエリアに展開していた。
     ドロイドたちが通路にボーリング玉ほどある丸い容器を設置する。

     これが三つ目、ウレタングレネードだ。
     外に飛び出た紐を抜くことで爆発的に反応を起こして10秒で脆い壁を生成し、建物内の通路を完全に塞ぐ。
     元は新素材開発部が行っていた研究の失敗作であり、せいぜいが短い時間で視界を遮ることぐらいにしか使えない。ルール無用のサバゲーでもあるのなら使えるのかも知れないが、その用途は嫌がらせに特化していた。

    【イェソドも何があるか分からない場所へは飛ばないはず。視覚に頼っているなら尚のこと、きっと撤去するに違いない。そこにグレネードでも混ぜてやれば、壁を壊した途端に爆発……ふふっ】

     トラップであり爆発音によりイェソドの位置を知らせる警報器でもある、とチヒロは昏い笑みを浮かべた。
     脆弱性を割り出してそこを突く――やっていることは完全にクラッカーのそれである。

  • 17125/04/18(金) 10:49:58

    【まずいわ……AMAS残り4台。ドローンも5台を除いて全滅……!】
    【リオは時間稼ぎに徹して! 作業さえ終わればヒマリたちに任せるから!】

     リオはいま、『Aの6』の前に停めてある物資運搬用の大型トラックの中にいた。

     そう、四つ目の『新素材開発部から奪ったトラック』である。

     イェソドに負けた一行が真っ先に行ったのは新素材開発部への襲撃であり、そこからいくつか物資を調達していたのだ。
     今回はトラックそのものが狙いだったため、チヒロの私財をはたいて準備したロケットランチャーを何十発も部員たちに撃ち込み迅速に勝利を収めた。

     何やら新素材開発部の部長が泣きながら何かを言っていたような気もするが、戦闘行為自体は頭のおかしいセミナー会長も認めているうえに『試合』自体も双方合意の上なのだからとすぐに忘れた。

     そこに自動運転モジュールを取り付けてリオでも動かせるようにし、大量の戦闘用ドロイドなどを持ち込みを可能とした。

     もちろんイェソド相手に通常のドロイドでは太刀打ちできないことは分かっていたため、使い捨て同然にドロイドたちを運用している。

     問題はリオのリソースがこれで尽きた事だ。ドロイドの製造にもコストがかかる。
     この数を配備することはもう出来ないため本当に博打も同然の戦いであるのだ。

    【絶対にこれで仕留める……絶対にこれで仕留める……】
    【あの、チヒロ……怖いのだけれど……】

     エンジニア部の、どころか個人のリソースをここまで吐き出しているのには理由があった。
     簡単な話だ。ここまでやってイェソドに負けるならエンジニア部独力での制圧は最初から不可能だということ。

  • 18125/04/18(金) 10:50:54

     つまり、セミナーへ事情を話して財布の紐を緩めてもらう必要があった。

    【絶対に『あの』会長に借りなんて作りたくない――ッ!!】
    「もうここまで来ると痛々しいぐらいですね……。いえ、気持ちは分かりますけど」

     研究者であり起業支援家でもある会長はあの手この手で研究内容やら人材やらを引き抜こうと画策してくるのだ。

     『才能は使われるべきところで使うべき』を理念に抱え、時に新規事業を行おうとしている会社へ生徒を斡旋することも多く、斡旋された生徒も『最終的には』納得し、逃げ出すほどの不満を溜め込むこともなく何だかんだ楽しくやっているのだという。

     そう、『最終的には』である。
     例えば音楽の才能を持つ野球選手がいれば、平気で野球を諦めて音楽の道に進むよう『丸め込む』手腕が異様に長けているのだ。

     自他ともに認める悪辣。管理社会のひとつの形を実現させたミレニアムのインキュベーター。
     そんなエンジニア部の天敵である彼女の手によって、エンジニア部から来年のセミナー会長を選出せざるを得ない状況に追い込まれたことがあるのだ。

     会長選出の話はもうどうやっても避けられない。
     その上で更に弱みを握られたら一体何をされるか分からない。エンジニア部がセミナー直下の下部組織に組み込まれることだって笑い話では済まないのだ。

  • 19二次元好きの匿名さん25/04/18(金) 16:59:39

    チーちゃんイライラで草

  • 20125/04/19(土) 00:09:16

    【Aの5からBの5までの連絡橋に爆弾と檻の設置完了! Dの5におびき寄せたらヒマリとウタハにスイッチ!】

     チヒロが叫ぶと三人が呼応した。

     イェソド攻略最後の鍵――それはイェソドを直接捕えるためのインコネルケージ。
     エンジニア部が部費と個人貯金のほぼ全てを使い果たして何とか作った檻である。

     加工難易度が極めて高く、資材費だって馬鹿にならない。
     しかし航空機のジェットエンジンにも使われる金属から作られた檻だ。1000度を超える高温環境下にも耐え、変形しにくく強度も落ちにくい。まさにセミナーを除けばエンジニア部以外のどこの部活であろうと容易に調達できない最硬の檻である。

     それをリオが乗る大型トラックと直接連結。加えて耐熱仕様を持ちながら異なる素材のロープやフックも同時に準備。トラックの中の巻き上げ機に接続。檻の中に入れば最後、何があろうとも確実にトラックへ乗せられるほどの異様とも言える念の入れようだった。

    【絶対に失敗できないってのは……! 失敗したら死ぬってことなんだ……!】
    【チヒロ……】
    【だったら命に代えられるものなんてないよねぇ……!!】

     狂気的とさえ思えるほどの笑みを浮かべるチヒロ。彼女は今日で4徹目だった。

  • 21125/04/19(土) 00:22:20

     一方、Dの5へ向かうヒマリとウタハであったが、走るヒマリの後ろでよたよたとふらつくウタハの姿。

    「あ、無理……」

     その言葉を最期に倒れるウタハ。彼女は今日で5徹目、そこに襲い掛かる8月の気候と通気性ゼロの防具。脱落は当然だった。

    「くっ……ウタハがやられました……。私ひとりで何とかします!」

     そう叫ぶヒマリは何と昨日眠れていた唯一の人物である。4徹明けに丸1日眠っただけだが75%ぐらいは回復していた。

    【Dの4までイェソドを誘導――ヒマリ!】

     多数のドローンを手繰るリオ――通称2徹目が状況を報告する。ヒマリがDの5に着いたのはちょうどその時であった。

    「――イェソド」

     連絡橋を挟んだ向こう側で5台のドローンを同時に撃破するイェソドが視界に映った。
     今やイェソドは歩くことしか出来なかった赤子ではない。滑らかに走り、不意に消える。直後、雷撃と熱線の照射をほぼ同時に異なる場所から五回も狙い撃ちする怪物へと変貌していた。

     それは自らの性能を試すように。
     それは自らに出来ることをひとつずつ確かめていくように。
     限りある交戦状態の中から合理的に自らの基礎を構築していくように、殲滅に特化しない手段を用いてドローン相手へ攻撃を行っていた。

    (随分とまぁ、楽しそうではありませんか)

     直感的にそう感じたヒマリは両手を振って自身の存在を見せつける。
     イェソドがヒマリへ向き直り、片手間にリオのドロイドを破壊してヒマリの存在を認識した。

    「手の鳴る方へとでも言うべきでしょうが、面白いものを見せて上げますよイェソド――!!」

  • 22125/04/19(土) 00:58:59

     Dの5からAの5へと一直線に走り始めたヒマリを追うかのように、イェソドもまたヒマリ目掛けて走り始める。
     瞬間、イェソドの右前肢が地面を踏んだかと思えば全く同じ姿勢のままヒマリの後方へ出現。瞬間移動――イェソドの権能だ。

     彼我の距離の意味を失くす特異現象。イェソドはヒマリの方へ振り向きざまに尾の先端をヒマリへ向ける。――雷撃。しかし盾と重ね着された耐電防衣に防がれる。イェソドの姿が消える――

    「――っ!!」

     ヒマリの背中へめり込む形で瞬間移動を行ったイェソド、そこに生じた斥力がヒマリの身体を前方へ吹き飛ばす。
     そこから畳みかけるように尻尾を揺らめかせながら迫るイェソド。転がるヒマリの背中を前肢で押さえて何かを始めた。

     ヒマリが異常に気付いたのは、そこから僅か数秒のことである。

    (あ、熱い……!)

     イェソドを中心とした空間の温度が急激に高まった。汗が滝のように流れ始める。
     かろうじて視線を床から背後のイェソドに向ければ、尻尾の先が倒れ伏すヒマリを舐め回すようにゆらゆらと向けられ続けていた。

    (熱伝導……!?)

     熱線を生じさせるレーザーを限界まで発散。空間に対して行う温度上昇は北風と太陽の昔話を思い出させるまでに合理を極めていた。

    「っ……ぁあああああ!!」

     背中を踏みつける前足を全力で振り払う。そんなヒマリの反応を見てイェソドは『効果あり』と言わんばかりに前足をどけた。ヒマリは走る。逃げ出すように、ただAの5目掛けて走り出す――が、その背に撃たれたのは背面の盾を無視した広範囲に放たれる純然たる雷電。防護服がそれらを防いだかと思った瞬間に行われる瞬間移動での体当たり。

  • 23125/04/19(土) 01:05:27

     今やヒマリはネコに甚振られるネズミも同然であった。

     瞬間移動で追い抜かれての熱線照射。刻まれる防護服。弾き飛ばされる身体。
     肉弾戦闘能力の実証なのか、瞬間移動してからの鋭く放たれる後ろ脚に蹴り飛ばされる。

     それはまさに『神の力』であった。
     常人を圧倒し、いたずらのままに殺し得る絶対。物質界から上位存在へ挑む者たちへ等しく与えられる試練を意味した。

     しかし、だがしかし――神へと挑む天才たちが凡人の如き精神性を持ち合わせているわけもないのだ。

    「渡った連絡橋は三本目――チヒロ!!」

     ヒマリの声に、トレーラーの運転部でその時を待ち続けたチヒロの瞳が輝いた。

    【……BOOM】

     Bの5からAの5へ続く連絡橋を走るイェソドの足元が爆発した。

     視覚外からの爆発。それは五日前にイェソドを地に落とした時の再現。
     イェソドはあの時のように無様な姿を晒すことなく落下した。その先にある最硬の檻。瞬く間もなく蓋が閉じられ、リオの乗る大型トラックが走り出す――

    【確保完了!!】

     落下地点、Aの5とBの5に『檻』を備えて待機していたリオがF列に向かってトラックを走らせる。
     横断する移動。引きずられる檻。聞こえて来るのは断続的な熱線の照射音。

     ――ジ、ジ、ジ、ジ、ジ……。

     イェソドの熱線がインコネルで形成された檻を焼く。
     しかし、そんな断続的な熱線で焼き切れる温度まで上げられるはずもなく、リオは巻き上げ機を操作した。

  • 24125/04/19(土) 01:27:38

    【瞬間移動は抑えた!! ヒマリはA列で待機! リオはそのまま外面を周回してA列へ!】
    【分かっ――】

     リオが返した――次の瞬間だった。
     バギンッ――と鈍い音が鳴って、引き上げている最中の檻の柱が吹き飛んだ。

     遠ざかるトラックとリオ。Cの4とDの5の間へ取り残されたケージが転がる。
     その瞬間、リオの脳裏に浮かんだのは自分たちが『何を見誤ったか』ということだった。

    【サーマルアタック――!!】

     超高温と超低温を繰り返すことで得られる金属摩耗。
     あの光学兵器は熱線と雷撃だけではない。冷却までもを出力できるのだ。

     そうして壊れかけた檻を機体の膂力で破壊した。

     エンジニア部がイェソドを攻略するように、イェソドもまた自身の性能を試しながら外敵を攻略する。

    (勝てるわけがない――合理的に考えて……!)

     土台無理だったのだ。何せ相手は現代物理を超えた存在。
     こちらの常識は通じないのに、向こうの技術を押し付けられ続ける――

     リオは顔を覆った。自らの力量を見誤ったのだと。彼我の差を見間違えたのだと。
     戦闘であろうが何であろうが、そこに『未知』があるのなら必ずいずれは証明できると見誤ったのだ。

  • 25125/04/19(土) 01:58:06

    【まだ終わってない――ッ!】

     チヒロの乗るトレーラーが急加速した。
     噴水広場からケージの転がるC-4、D-5のその場所へ。
     イェソドは地に足が着いた瞬間にアストラルを投射、座標固定――

    【チヒロ! その先は瓦礫で塞がっているわ!】

     Cの4からDの5の中央線、その間で崩落している連絡橋は誰の目で見ても明らかである。
     けれどもチヒロはトレーラーを発進させた。一直線に、噴水広場からイェソドが落ちたC-4、D-4、C-5、D-5の中心地へと――

    【曲がれぇぇええええ!!】

     チヒロは叫ぶと同時にハンドルを左へ切った。
     運転部が左へ曲がり、遅れてトレーラー部分がC-4からD-4にかかる道路を薙ぎ払う。

     チヒロは再度トレーラーによる質量攻撃を行わんとA列突き当りの角を左へ曲がろうとするが――そこでリオが叫んだ。

    【トレーラー内部を見てちょうだい……!】
    【――ッ!】

     その言葉にはっとしたチヒロが運転部からトレーラー内部へ続くモンターへと切り替える。

  • 26125/04/19(土) 01:58:55

     そこにはイェソドが居た――チヒロは即座にフラクタル構造で作られた都市の外縁を回るように自動操作モジュールへと命令を下す。

     Aの4を通ってAの1へ。Aの1からFの1へ。
     F1からF6――F6からA6――A6からA1――!

     循環する数列は美しいままに、チヒロはトレーラーの進行方向変えてからトレーラー内部へと向かった。

    「……こういうの、ヒマリの出番じゃなかったっけ」

     声に浮かぶは焦燥の念。表情に浮かぶは皮肉の混じった微笑みひとつ。

    (サーバールーム内にてイェソドが顕在化――私の前に奴がいる……!)

    「あぁ……」

     現状を把握したチヒロは思わず溜め息を吐いた。
     マルクトの精神感応で強制的にセフィラを無力化する『あのグローブ』を、自分は持っていないのだと気が付いた。

  • 27125/04/19(土) 01:59:10

    「ヒマリ、なる早で来て。私ひとりじゃ押さえ込めない」

     走り続けるトレーラー。無力化されたのは偶然によるイェソドの瞬間移動。
     トレーラーが止まれば終わる。イェソドをこの場に止めなければ逃げられる。

    (逃げられたら終わりだ――。私たちに勝機は無い)

     チヒロは銃を構えた。
     対してイェソドが向き直る。
     尻尾は未だに揺れ動く。その犠牲者を探すかの如く――

    「おいでよイェソド――」

     チヒロがさざめめくように声を上げた。

    「あんたはここで倒れるんだ――!!」

     ――かくして、最後の戦いが始まった。

    -----

  • 28二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 08:01:17

    戦いの行方はどうなるか…

  • 29125/04/19(土) 11:13:08

     エンジニア部の総力を挙げて行われたイェソド攻略戦も終わりを迎えようとしていた。

     ウタハ、徹夜明けの熱中症で脱落。
     ヒマリ、左端A-5の三階にて焼き切られた防護服を脱ぎ捨てる。
     リオ、E-4とE-5の間の道路にて大型トラックを走らせる。
     チヒロ、B-4とB-5の間の道路にてトレーラーが進行中。

     そして、イェソド。
     エンジニア部が作り上げた檻を破壊して脱出し、直後に迫るトレーラーを避けようと瞬間移動を使った結果、遅れて叩きつけられたトレーラー内部と移動先が重なり内部へ転移。続けて走るトレーラーにて瞬間移動を封じられた状態でチヒロと相対している。

     トレーラー内へ転移してしまったのは本当に偶然だった。
     インコネルの檻を破った時のようにトレーラー後方の搬出口の扉を破壊して逃げ出すことは可能。

     しかしイェソドの前にはアサルトライフルを持ったチヒロの姿。瞬間移動が使えない今、イェソドがすべきことはチヒロを無力化して搬出口の扉を破壊し外へ脱出することである。

     そしてチヒロはそれをさせずにイェソドをこの場へ留め続けなくてはならない。
     ヒマリは何とか走り続けるトレーラーの中へと入って自分が着けているグローブを使ってイェソドに触れなくてはならない。

     考えれば考えるほど無茶な状況だ。作戦なんてあったものじゃない。

     ――でも、やるしかない。

    「食らえ……!」

     雷撃を警戒したチヒロは真横へ飛び込みながらアサルトライフルで射撃を開始。直後、チヒロの居た場所に雷撃が打ち込まれるのを皮切りに戦闘が始まる。

  • 30125/04/19(土) 11:13:22

     飛ぶ弾丸。そのうちの一発が辛うじてイェソドの肩口に命中。僅かにイェソドがぐらつくが、そもそもチヒロは近距離における銃撃戦の心得はない。動きながら銃を撃ったところでロクに当たらないのは分かっていた。

     イェソドは尻尾をアンテナのようにまっすぐ上げた。ヒマリが受けた拡散雷撃の予兆だ。威力が落ちる分、点ではなく面で放射される雷撃は不可避の一撃。イチかバチか、チヒロは膝を落として銃口を尻尾へ向けて引き金を引く。

     フルオートで放たれる銃声。尻尾に命中。しかし拡散雷撃の予備動作は完了した。

    「ぐっ――!」

     バヂン、と音が鳴りチヒロの全身に電撃が走る。筋繊維が痛みと共に引き攣る。トレーラー内のモニターが全て破壊される。
     続けてイェソドがチヒロに接近。トラの外見に反しない膂力で一瞬硬直したチヒロを蹴り飛ばす。運転部へ続く扉まで吹っ飛ばされてしたたかに壁へと打ち付けられる。

     冗談じゃない、とチヒロは思った。
     どうして非戦闘員である自分がトラなんかと戦わなくてはいけないのかと今の状況を呪った。

    (それで言ったらエンジニア部に戦闘員なんていないけどね……!)

     泥臭い殴り合いは二進法が支配する世界で行われるべきだ。決して現実なんかでやるものじゃない。

     そんなことを考えながら立ち上がった時、ふと違和感を覚えた。

  • 31125/04/19(土) 11:23:12

    (……どうしていま、イェソドは私を殴ったんだろう)

     硬直の隙を突くなら殴り飛ばすより雷撃を撃った方が一瞬でケリがつく。
     いや、思い返せばヒマリを甚振っていた時だってやたら肉弾戦を行っていた。

     あれは、光学兵器での攻撃を控えていたのではないだろうか。
     撃たない、では無く、撃てない。いや、今まで連続して散々撃ってきた。クールタイムがあるとは思えない。

     チヒロの脳裏にひとつの可能性が過ぎった。

    「エネルギー切れ……?」

     イェソドがチヒロに向かって飛び掛かる。マウントを取られて下敷きになるチヒロは必死にイェソドの両前肢を掴んで抵抗する。尻尾はゆらめくが、まだ雷撃は撃って来ない。

    「くぅ――は、な、れ、ろ……!!」

     チヒロは思い出していた。マルクトは永久機関に類する動力部を持つ。供給は無限に行われる。
     しかし、無限に供給されるだけでどれだけ使っても即座に補充されるとは限らないのだ。

     リオが飛ばしたドローンとドロイドによる戦闘。そこからヒマリに向けて行った攻撃。檻から脱出するために使った熱線と冷凍光線。そこから導き出される答えはひとつ――

    (イェソド、こいつは燃費が悪いんだ……!)

     それがイェソドに付けられた首輪。製作者によって意図的に付加された『弱点』のひとつ。

     恐らく本来イェソドが暴走したときの収容プロトコルはこうだ。
     狭い通路に逃げ込んだのなら壁で押し込み無理やり鎮圧。外に出てしまったのなら制圧用ドローンなどで暴れさせて、エネルギーが切れたところを捕獲。それならきっと、今の状況は悪くない――

  • 32125/04/19(土) 12:07:26

    「邪魔っ――!」

     圧し掛かるイェソドの胴体を両足で力の限り蹴り上げる。
     前肢が僅かに浮いたのを見計らってイェソドの下から這い出て、トレーラー後方へ走って距離を取る。その背中にイェソドが体当たり。チヒロは搬出口の壁まで突き飛ばされる。

     その時だった。
     トレーラーの天井から、何かが飛び乗ったような音がして、イェソドが上を見上げる。

    「まったく、遅いって」

     ヒビの入った眼鏡を押し上げながら、チヒロはハッチを開けるボタンを手の平で勢いよく押す。
     開かれる搬出口。状況を認識したイェソドが出口へ向かって走り出す。そこに飛び込んできた影がイェソドを蹴り飛ばしてトレーラー内へと入って来た。

    「これでも早い方だとは思いませんか? チーちゃん」

     防護服を脱ぎ捨てたヒマリが微笑みながらそう言うと、チヒロは苦笑しながらイェソドの方を見る。

    「一気に畳みかけるよ」
    「分かりました」

     ヒマリが答えるや否やこちらに向かってくるイェソド。
     開かれたままの搬出口から見える外へ目掛けて、邪魔をする二人を突破しようと体当たりを仕掛けて来た。

     対する二人はトラとの戦い方なんて知っているわけもなく、ただ勢いに任せてイェソドに体当たりを仕掛けて組み付く。ヒマリの着けたグローブがイェソドに触れて、スピーカーから音が鳴った。

    【イェソドの信号を確認。これより強制停止プログラムを発動します】
    「なるべく早くでお願いしますね!!」

  • 33125/04/19(土) 12:08:37

     暴れるイェソドの背中にヒマリが飛び乗り、その胴部を両手でがっちりと掴む。
     その時チヒロが目にしたのは尻尾の動きが変わったこと。明らかに背中のヒマリへ照準を合わせようとしていた。

    「危ない――っ!」

     チヒロが伸ばした手がヒマリと尻尾の射線に入る。直後、指先から全身にかけて凄まじい電流が走った。

    「チーちゃん!」

     痙攣し、意識を失ったチヒロが床へ沈む。邪魔者が居なくなったことを認識したイェソドは背中のヒマリを捨て置いて搬出口から飛び出た。

     爪先が地面に着きさえすれば瞬間移動で逃げられる。
     マルクトによる停止信号はまだ完了していない。

    (間に合わない――!)

     日が照らす外。ヒマリの視界。その端に映ったのは路上に佇む『一台』の影。
     時間の流れすら遅くなったように感じる刹那、『雷ちゃん』がイェソドに機関銃を向けていた。

    「っ!?」

     派手な銃声が鳴り響き、今まさに地面へ着地しようとしていたイェソドの横っ腹にありったけの弾丸が撃ち込まれた。
     もちろんヒマリもそれに巻き込まれたが、雷ちゃんに搭載されている火器管制システムは優秀だ。被弾は最小限に抑え込まれる。

     あまりの砲火で横殴りにされたイェソドがヒマリもろとも地面を転がった。
     イェソドの下敷きになったヒマリだったが、イェソドは体勢を立て直そうと手足を動かして――その手足が急に止まった。

  • 34125/04/19(土) 12:08:49

     グローブに付けられた腕輪から声が聞こえた。

    【イェソドの動作停止を確認。お疲れさまでした、ヒマリ】

    「…………はぁ」

     勝利の歓声よりも先に、緊張から解放されたヒマリの口から溜め息が漏れた。

    「これをあと八回とは……。なかなかに遠い道のりになりそうですね、マルクト」
    【共に頑張りましょう。我も成長していますので、何か新しい技が閃くかも知れません】
    「ふふっ、そうですね。その時はマルクトにも頼らせていただきます」

     イェソドの下から這い出たヒマリは、眠ったように動きを止めたイェソドを見下ろした。

     第九セフィラ、イェソド。
     『基礎』の捕獲は完了された。

    -----

  • 35125/04/19(土) 13:16:35

     ミレニアムへ向けて自動走行する大型トラックとトレーラー。
     戦いの跡が残るトレーラーの中にはヒマリとリオ。それから気絶したように眠っているチヒロとウタハの姿があった。

     あの後、リオと合流したヒマリは何とかトラックへイェソドと雷ちゃんを押し込んで、それからチヒロとウタハの回収へと向かったのだった。

     ウタハはどうやらダウンした後、ヘッドセットデバイスから雷ちゃんへ通信を入れていたらしい。
     そして雷ちゃんが特に壊されていないことを知り、グローブの通信機から流れる声で全体の状況を把握。雷ちゃんを配備してくれたらしかった。

    『どうだい……。顧客が求めるものを正しく作ってこそのマイスターだからね……』

     リオがウタハを回収した際、うわ言のようにそう言ったきり眠ってしまったらしい。

    「改めて思ったのですが……」

     走行するトレーラーの中で唯一生き残っているリオへと視線を向けた。

    「エンジニア部だけで何とかするの、流石に無理ではありませんか?」
    「今更過ぎるわ……!!」

  • 36125/04/19(土) 13:16:46

     確かにイェソドの捕獲は完了した。
     けれどエンジニア部はリソース面において瀕死の重傷を負っている。

     何より、戦闘員がいない。ドローンやドロイド、その他発明品を駆使するにも限度があると実感した。

    「トレーラーの機材も全部壊れましたし今回使ったものすべてオーバーホールしなくてはいけませんね」
    「それだけじゃないわ。『廃墟』に置いていった物もあとで回収しないと」

     壊れたインコネルケージやドローン、ドロイドの類いまでは流石に詰め込む余裕が無かった。
     とはいえ、わざわざ『廃墟』に来て廃品回収なんてする者も居ないだろう。今回は『廃墟』からの離脱を優先した。

    「セミナーに資金提供を求める方が合理的だわ」

     ぽつりと零したリオの言葉にヒマリが僅かに頬を引くつかせた。

     セミナー会長はエンジニア部にとっての天敵だが、そこには「ただしリオは除く」と注釈をつける必要があるだろう。

     嫌がらせのように、というより嫌がらせ目的で反論できない正論を使って相手を殴るのが趣味の会長だが、リオは素直に聞いてしまうのだ。悪意に疎いというべきか、嫌がらせのつもりで言われているのに気付かない。

     そして会長も殴る相手を見る分別はちゃんとある。
     『弱い者いじめ』ならぬ『強い者いじめ』が趣味なのだからと流石の会長もリオに対しては普通に接する。

     とはいえ、会長から『強い者』認定されているヒマリたちにしてみれば堪ったものでは無い。
     全力で反発するチヒロに至っては顔を合わせる度に何か言われているようで、本気で会長のことを嫌っているし、ヒマリ自身も正直近付きたくないというのが本音である。

  • 37125/04/19(土) 13:17:01

    「せ、セミナーへの嘆願は置いておくとして、いっそ戦闘を得意とする方をエンジニア部――いえ、『特異現象捜査部』に勧誘するのは如何でしょうか?」
    「私の知り合いにはいないわ」
    「あなたの知り合いって私たちだけでしょう?」
    「確かにそうね」
    「…………」

     悲しくなるほど狭い交友関係だが、リオ自身特に気にしていなさそうだったためヒマリは閉口した。

     それから気を取り直して話を続ける。

    「私にひとり、心当たりがあります」

     首を傾げるリオにヒマリは語った。

    「ほら、去年でしたっけ? キヴォトスの各地でスケバンとヘルメット団で派手な抗争があったのは覚えてますか?」
    「あぁ……、そういえばあったわね」

     クロノスが取り上げて連邦生徒会が調停に出向くほどの抗争は一週間に渡り続いたのだ。
     各地の治安が著しく悪化したあの事件で損害を受けた学校も少なくはなく、ミレニアムも例外ではなかった。

  • 38125/04/19(土) 13:21:16

    「確か……三日ぐらいで保安部が全員捕縛したのよね」

     リオが返した言葉はミレニアム生なら誰でも知っている逮捕劇だ。

     しかし、その真相は少しだけ異なる。

     あれは知る者ぞ知るひとつの伝説だった。
     ヒマリ自身、日課のハッキングで情報を集めなければ到底信じられなかった。

    「正確には、保安部が捕まえたのは『気絶した』不良生徒たちだったのです」
    「気絶って……じゃあ誰が?」

     合わせて数百を超える不良生徒たちをたった三日で壊滅させた者がいた。

     現場に到着した保安部たちが目にしたのは、邪魔にならないよう気絶した不良を山のように積み上げて『掃除』していたひとりの中学生だったらしい。

     そして彼女は、ちょうど今年にミレニアムサイエンススクールへ入学した。
     しかしセミナーにもどの部活にも所属しておらず、現在はフリーであるらしかった。

     じきに最強と謳われるであろうミレニアムの伝説。

     派手なスカジャンを身に纏うその人物の名は――

    「美甘ネル。彼女をスカウトしましょう」

    ----第一話:アィーアツブス-不安定-  了

  • 39二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 13:27:47

    ネル先輩来た!勝ったな!

  • 40二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 18:18:41

    念のため保守

  • 41125/04/19(土) 22:36:36

    「なんか久しぶりに家に帰った気がする……」
    「ずっと泊まり込みだったからね。仕方ないさ」

     家から学校までの通学路を歩くチヒロとウタハが登校したのは、イェソドの一件が終わった二日後のことである。

     ぐっすり眠ったことで体調は戻ったものの、投げ打った私財やエンジニア部の部費は戻って来ない。
     活動のための資金繰りなど、次のセフィラが目覚めるまでにやるべきことはとにかく多い。

    「こういうとき、普通の学生だったらバイトとかするんだろうけど」
    「ふふっ、私たちの場合ケタが違うからね。普通のバイトなんてやっていたらひと月で多くても5万とかそこらだろう?」
    「裏でも10とか20とかだっけ? ツテがあれば営業かけられるんだけどな……」

     チヒロ自身、個人で企業向けにセキュリティの保守契約を持ち掛けて資金調達を行っていたりもしているが、それだってあくまで個人としての活動。契約した企業から紹介してもらって次の仕事に繋げているが、飛び込み営業となると実績が足りずに門前払いを受けるのは確実。

     その点ウタハなら発明品を持って行って売り歩くこともまだ可能だ。好事家でもいれば高値で買ってくれるかも知れない。現物を目の前で見せられるというのはそれだけに大きいが、そんな好事家に出会えるかが問題だろう。

    「せめてトレーラーの修繕はしたいんだよね……」

  • 42125/04/19(土) 22:36:50

     チヒロは今にも頭を抱えんばかりに唸る。

     イェソドに壊されたトレーラーの機材はかなりの額だ。あれを直さないことには『クォンタムデバイス』とグローブ型子機との通信が上手くいかない。

     マルクトの精神感応を利用した通信技術には未知の部分が多く、現状においては電算機無しでは動かせないのだ。どうやって動いているのか分からない以上、動かしたときのレポートを解析しないと何かが起こった時に対応できないし、そもそも何が起こるかの予測すら立てられないのだ。

     つまり、資金難を解決しないことには次のセフィラ攻略すらできない状況。

     まずい。本当にまずい状況である。

    「……あのさ、チーちゃん」
    「やめて聞きたくない」

     意を決したように口を開いたウタハ。チヒロはすぐに耳を塞いだ。

     分かっているのだ。資金難を解決する一番てっとり早い方法なんて。

    「やっぱり会長に相談――」
    「やだ! 絶対やだ!」
    「やだって……そんな歳じゃないだろうに」
    「子供だから私! 絶対無理!」

     いやいやと駄々っ子のように首を振るチヒロに、ウタハは肩を竦めた。

  • 43125/04/19(土) 22:37:17

     そう、セミナーの会長に相談してしまえばいいのだ。
     結果を出せる部を優遇する不平等主義者である会長なら、エンジニア部にいくらだって出すだろう。
     例え出さずとも、出せるように最大限取り計らってくれることも分かっている。

     分かってはいるが、性格が最悪すぎて関わりたくないのだ。
     向こうから提案してくるのであればしぶしぶ引き受けるかも知れないが、少なくともこちらから会長に『頼む』なんてしたらどこまで足元を見られるものか。

     少なくとも、まだ会長のことを良く知らなかった入学当初に「初期資金と倉庫ふたつの貸与」を頼んでしまったばかりにリオの行っていた画期的な発明を権利ごとむしり取られている。あんな愚行は二度とすまいと心に誓ったものの、それから何度も付け入る隙が出来るや否や借りを作らされて良いように使われ続けているのだ。

     それに加えて会長の無敵っぷりも最悪だ。
     正論で人を袋叩きにして愉悦に浸る癖に、あまりに腹が立って思わずマガジンひとつ分の弾丸を食らわせたら食らわせたで恍惚とした表情を浮かべる重度の変態でもある。

     今思い出しても鳥肌が立つ。なんであんなのが会長なんて座に収まっているのか理解できない。

    「私が会長になったらミレニアム生全員にコピーレフトを義務付けようかな……」

     思わずチヒロがそう漏らすと、隣から忍ぶような笑い声が聞こえた。

    「いいんじゃないかな。一気に技術が発展しそうだ」
    「ウタハだったらどうする?」
    「私かい? 私は会長なんて器じゃないさ」
    「もしの話。なったらどうする?」
    「そうだなぁ……」

  • 44125/04/19(土) 22:37:30

     ウタハは空を仰ぎ見る。

     そもそも会長になるなんて考えたこともなかった。
     それは現会長の手によって来年にはエンジニア部の誰かが会長になるしかなくなった今においてもそうである。

    「……私は、何も変えないかな。今のルールのままで良い」
    「発明家らしくない言葉だね」
    「現状に満足しているからね。それに私は発明したくて発明しているんじゃない。作りたい物を作ったら、たまたまそれが発明だって言われているだけさ」
    「謙虚だね」
    「事実だとも。それでもそれは、発明家になる前提かな」
    「ふぅん? じゃあどうしたら発明家になれるの?」

     聞かれたウタハは片眉を上げながらチヒロへ視線を向けた。

    「発明家、って呼んでくれる人がいることさ」

     遠い過去の記憶。幼いころ、興奮した様子の幼馴染が自分に言った言葉をウタハは今でも覚えている。

    『すごいよこれ! ウタハは発明家だね!』

     そのことを思い出したのか、チヒロは「あぁ」とだけ言って少しばかり恥ずかしそうに俯いた。

     穏やかに流れる今日の風は、夏日にしては心地よい。
     ミレニアムタワーが視界に映ったのは、八月も半ばを過ぎた頃だった。

    -----

  • 45二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 05:07:56

    一学期と夏に色々あり過ぎる…

  • 46二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 08:00:14

    保守

  • 47125/04/20(日) 12:36:56

     エンジニア部第三倉庫。ここは主にリオとウタハが使うラボであった。
     拠点である第二倉庫と比べてやや小さいが、製造のための旋盤を始めとした多くの機材が置かれている。

     眠らせたイェソドが置かれたのはその一角であった。

    「おはようチヒロ、ウタハ」
    「おはようリオ」

     手を上げて挨拶を返したチヒロはウタハと共にイェソドの元へとやって来ていた。
     そこにはリオとヒマリ、それからイェソドの背中に括りつけられたマルクトの姿がある。

     ウタハは首を傾げた。

    「なんでマルクトを縛っているんだい?」
    「イェソドを起こして接続させるためですよウタハ」

     ヒマリが答えたことで思い出すのはマルクトが『完全』へと至るためのプロセス。
     マルクトと各セフィラを接触させることでプロテクトを突破、そのために必要なのが今の光景なのだろう。

     とはいえ、傍から見るにマルクトはトラへ括った荷物みたいになっている。それもトルソーだ。お世辞にも趣味が良いとは言えない光景にウタハは曖昧に笑った。

  • 48125/04/20(日) 12:37:22

    「てっきり私たちが来る前に終わらせているものだと思っていたよ」
    「まさか! 私はそこまで薄情ではありません。みんなで捕まえたのですからみんなで見ましょう。ね?」
    【そうです。私の『初めて』……皆さんで見守っててください】
    「また誤解を生みそうな言い回しを……どこで覚えたのそれ」

     チヒロが半目になりながら訪ねると、マルクトは答えた。

    【ヒマリに教えてもらったフォーラムサイトです】
    「……なに教えたのヒマリ」
    「チーちゃんと同じですよ?」
    「私はセミナーが公開している学術分野のサイトを教えたんだけど……?」

     ヒマリは「ああ!」と手を合わせた。

    「匿名性という部分では一致してますね」
    「内容は!? いったい何に誘導したの!?」
    【怒らないで下さいチヒロ。何でも……そう、何でも『ご奉仕』しますから……】
    「ヒマリ!!」

     何か教育に悪いものを見ていることだけは分かった。
     チヒロはこめかみを押さえながらマルクトへ話しかける。

    「これから閲覧したサイトの履歴を私に教えること。有害そうなのはブロックするから」
    「過度な干渉は子供の教育に悪影響だと聞きます。大事なのは独自で判断することなのだと思いませんかチーちゃんママ」
    「誰がママだって!?」
    「まぁまぁ、ママの心配は分かるけども」
    「なんでそこに乗るのウタハ!」
    「取得できる情報は多いに越したことはないわ」
    「……あんたはそのままでいて」

  • 49125/04/20(日) 12:37:44

     リオの言葉に気が抜けたチヒロは肩を落とした。

    「で、接続だっけ。準備は出来てるの?」
    【はい。今すぐにでも可能です】
    「分かった。じゃあ……始めてもらっていいよね?」

     全員が頷き、視線がイェソドに括りつけられたマルクトに集まる。

     息を呑むような静寂が訪れる。
     やがて、マルクトから響いたのは『王国』から『基礎』へと昇るパスワードであった。

    《マルクトよりエデンの園は開かれり――『あなたは、誰ですか?』》

     その場にいた全員の脳内に響く神の言葉。
     それに応じるように、イェソドがゆっくりと瞳を開ける。再び聞こえて来るのはマルクトの『言葉』であった。

    《復号完了。知覚せし万象の基礎――イェソド。我が名は、マルクト……》

     イェソドの尻尾が揺らめいて思わず身構える一同。
     しかしそれだけで、イェソドはぺたりと床に尻尾を下ろした。

     恐る恐る、と言った調子でリオが語り掛ける。

    「終わったの……?」

     マルクトは精神感応ではなくスピーカーに切り替えて答えた。

    【はい。イェソドとの接続は完了しました。イェソドに内蔵されたデータをダウンロード中です】
    「では、イェソドの持っていたデータについて説明をお願いできますか?」
    【分かりました】

  • 50125/04/20(日) 12:38:14

     それから語られたのは、酷く断片的な情報であった。

    【九番目のセフィラ『イェソド』は物質界に最も近い存在。忘れられし者たちの器であり『月天』の象徴。明けへと続く夜の始まりであり『ホド』と『ネツァク』の調和を果たした存在です】
    「……………………」

     と、言われても、あまりよく分からないというのが各人に過ぎった感想だった。
     そこで声を発したのがヒマリである。

    「物質界に近い……つまり、私たちのいるこの世界に近く、なおかつ物質界の存在ではないということですか」
    【ポジ――はい。つまりは浮いている人です】
    「それは違うんじゃないかな……」

     チヒロが思わず口にしたが、そこで口を挟んだのは浮き気味の人だった。

    「つまり、幽霊ということかしら」
    【そのような性質を持っていると言えば間違ってはいません。イェソドに与えられた機能は星幽光の投射――即ち、意識と実存の境界を消し、意識のみでの移動を行うというものとなります】
    「それが『基礎』、ねぇ……」

     チヒロがぼやくように呟いた。

     セフィラの機能と名前がどこまで一致しているのかはさておき、しかし仮にこんなのが『基礎』であるならその『発展』である以降のセフィラがどんなことをしてくるかと思えば頭が痛くもなるだろう。

    【そして、イェソドは我のことを『雛鳥』と呼んでます。神に向かって飛翔する鳥。炎の剣を遡りし知恵の蛇の上昇原理だとも】
    「炎の剣……知恵の蛇……。うん、聞き覚えは無いかな」

     ウタハの言葉にリオとチヒロが頷いた。
     オカルトに出てきそうな単語の羅列に理解できるものなど無い。

     けれど、ヒマリだけは頬に手を当てながら考え込んでいた。

  • 51125/04/20(日) 12:38:30

    「どこかで聞いた事のあるような……」

     懸命に記憶を遡る。しかし、何故だかぷつりと途切れた糸のように思い出せないのだ。
     もしも記憶の神がいるのなら、まるで無理やりそこへ繋がる糸を裁断されてしまったかのように全くと言っていいほど思い出せない。

     そんなところでウタハが声を上げた。

    「分からないものは仕方がない。とりあえず、例の瞬間移動について解析したいんだけどイェソドはどうかな?」
    【……構わないそうです。ただし、協力する以上『ケテル』へ至れと】
    「当然!」

     そう答えた辺りで、エンジニア部の今後の方針が話された。

    「ひとまずですが、私とリオとで対セフィラにおける戦闘員のスカウトに向かいます」
    「私も行くの?」

     いま聞いたと言わんばかりに目を開くリオに対してヒマリは言った。

  • 52二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 12:38:41

    このレスは削除されています

  • 53125/04/20(日) 12:39:14

    「戦闘員のスカウトですからね。きっと気性も荒いでしょうが、万が一機嫌を損ねて襲われてもリオを盾にすれば相手も気が削がれるでしょう」
    「私はヒマリの盾ではないわ……!」

     悲痛な表情を浮かべるリオだが、そんなものはいつものことだ。
     だったら、とチヒロが声を上げた。

    「私は資金調達かな。まぁ……何とかする。会長に頼るぐらいなら――!」
    「じゃあ私はイェソドの研究に取り組むとしようか。瞬間移動――ものに出来れば今後の活動が楽になると思うんだ」
    「わ、私もイェソドの研究に……!」
    「駄目ですよリオ。さ、行きましょうか」
    「あぁぁぁぁ……………………」

     そうしてリオは、そのままヒマリに校内へと引きずられていった。

    -----

  • 54二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 20:35:02

    リオガード!

  • 55125/04/20(日) 22:19:41

    「噂によると、美甘ネルは最近この辺りで目撃されることが多いそうです」
    「ここって……」

     リオが扉へかかった看板を見て、疑うようにヒマリへ視線を向ける。
     ミレニアムの最強がいるとは思えない場所だったからだ。

    「あの、ヒマリ。ここ、『化学調理研究部』よね?」
    「食べるのが好きな方なのかも知れません。ちょっと中を覗いてみましょう」

     そう言ってヒマリが扉に手をかけた、次の瞬間だった。

    『馬鹿かてめぇは!! 何ふざけたこと言ってやがる!!』
    「ひっ」

     中から聞こえて来た怒号にリオが逃げ出そうと踵を返す。ヒマリが無言でリオの襟首を掴むと、リオはわたわたと手足を動かした。

    「帰りましょう。危険よ」
    「まだ一目すら見ていないではありませんか」
    『さっさとあたしにそいつを寄越せ! 全部だ!』

     怒号は更に響き渡り、中から何かをひっくり返したような音が聞こえた。

  • 56125/04/20(日) 22:20:07

    「恐喝よ。私たちも身ぐるみ全部剥がされるわ」
    「その時は全力で逃げます。リオが身ぐるみ剥がされている間に」
    「そんな……!」

     抵抗するリオの襟首を掴んだまま、ヒマリは『化学調理研究部』の扉を僅かに開けて中を見た。

     そこにはスカジャンを着た小さな後ろ姿と、その足元に倒れる誰かの姿。

    「……あ?」

     スカジャンの少女が扉の方へと振り返る。
     その両手には二本の包丁。その頬には真っ赤な血痕。

     隙間から覗くヒマリと目が合って……。
     ヒマリは出せる全速力をもって扉を開け放ちリオを中へと放り込み、扉を閉めた。

    「ヒマリ――!?」
    「あなたの骨は拾います。では!」

     そして全力でその場から逃げた。背後からリオの悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

  • 57125/04/21(月) 00:11:28

     中に放り込まれて凄惨な殺人現場を目撃したリオは腰を抜かし、頭を抱えるように床に伏せて丸くなっていた。

    「こ、殺さないで……」
    「おい」
    「殺すならヒマリにしてちょうだい……」
    「おいって」
    「ひゃぁ……!」

     尻を軽く蹴られて掠れた悲鳴を上げるリオ。その頭上から聞こえてきた声は呆れた様子であった。

    「殺さねぇよ。っつか定番の勘違いなんてしてんじゃねぇよ」
    「……えっ?」

     恐る恐る頭を上げると、スカジャンの上から可愛らしいフリルのついたエプロンを付けた少女が自分の頬を親指で拭って舐める。

    「トマトソースだよ、馬鹿」
    「いてて……ひどいよネルちゃん……」
    「ちゃんは余計だ! つーかお前が悪いんだろ!?」

     彼女の後ろで倒れていた生徒がゆっくりと立ち上がる。同じく付けたフリル付きのエプロンはトマトソースで真っ赤に染まっており、その生徒は自分のエプロンを見て「あー」とぼんやり声を上げた。

    「えっと」

     リオは二人を見て、それから自分のやるべきことを思いだした。
     何事もなかったかのように立ち上がり、口を開く。

    「私は調月リオよ」
    「平然と自己紹介に移れんのすげぇなお前……」
    「あなたが美甘ネルね」

  • 58125/04/21(月) 00:11:46

     明るい髪色をしたショートヘア。ワンポイントに左耳裏へ小さな三つ編みを編んでいる。
     何より驚いたのはその背の低さだ。リオより頭一つ分ほどその背は低く、一見すれば小学生なのか中学生なのか分からないほどである。

     そして目立つのは羽織ったスカジャンだ。身長からして明らかに浮くはずなのに、何故だか妙にしっくり来る。

    「似合うわね。そのスカジャン」
    「……っ!」

     思わずそう呟くと、ネルは輝くような笑顔を向けた。

    「んだよお前。なかなか分かるヤツじゃねーか」
    「あなたの背丈だと似合わないはずなのに」
    「んだとテメェ!! 誰がチビだ!!」
    「……? あなたの背が低いのは事実では?」
    「おう、喧嘩なら買ってやるから表出ろ!! ぶっ潰す!!」

     いきり立つネル。その後ろからのんびりとした声が聞こえた。

    「じゃあ私は野菜切っとくね~」
    「だからお前は刃物に触れるな! なんで最上段で構えてんだ馬鹿かテメェは! 巻き藁でも切るつもりか!!」

     いつの間にか調理台へと戻っていた生徒は包丁を両手で握りしめて頭上高く構えていた。
     そこにネルが飛び掛かり包丁を奪い取る。その様子を見ていたリオは、恐る恐る尋ねた。

    「あの、その人は?」
    「ああ? 化学調理部の部長だよ! 刃物の扱いだけ致命的なんだよこいつ!」

  • 59125/04/21(月) 00:12:02

     化学調理部の部長は「あー」と何も考えていなさそうな顔で首を傾げた。

    「そーかなー」
    「なんで自覚してねぇんだよ!? 部員が何で包丁隠してんのか分かってねぇのか!」
    「料理は得意なのにー」
    「料理はな!!」

     糸目でぽやぽやとした表情を浮かべる彼女のポニーテールがふりふりと揺れる。
     もしここにヒマリが居たのなら『リオみたいですね』などと言ってひと悶着あったのかも知れないが、ヒマリはリオを生贄に逃亡している。

     リオは特に何とも思わず自分の話を続けた。

    「美甘ネル。あなたをスカウトしに来たわ。フリーなのでしょうあなた」
    「ああ? またかよ……あたしはどこにも入らねぇっての」
    「また?」

     今度はリオが首を傾げる番だった。ネルは面倒くさそうにリオを流し見る。

    「お前もセミナー原理主義絡みであたしんとこに来たんだろ?」
    「待ってちょうだい。セミナー原理主義とは何かしら?」
    「はぁ? お前、旅行でも行ってたのか?」
    「旅行は行ってないわ」
    「皮肉だよ馬鹿……」

     ネルは大きく溜め息を吐くと、頭を掻きながらここ最近のミレニアムで起こっていることを話し始めた。

  • 60125/04/21(月) 00:12:59

    「一週間ぐらい前か。突然セミナー原理主義って名乗るやつらが徒党を組んで、色んな部活に喧嘩売ってんだよ」
    「部活動同士での争いはセミナーも容認しているでしょう?」
    「部活同士ならな」

     ネルが言うには、件の集団はあくまで集団であり部活動では無いらしい。言ってしまえば活動団体の一種だ。
     その主義主張というのも「千年難題を解決するためのセミナーでありミレニアムサイエンススクールであるはずなのに、無駄な部活が多すぎる」という極めて一方的なもの。一方的に因縁をつけて殴りかかっては、奪うだけ奪って廃部にまで追い込む問題児なのだという。

    「それは……セミナーも容認できないのでは無いかしら」

     セミナーが認めた部活動同士の試合と略奪は、あくまで研究成果の独占を防ぐものであり、そして防衛のために異なる部活同士の相互協力を強制させるものである。いわば派閥作りの促進だ。

     そしてそれは、混沌の中での秩序を生み出すものである。
     廃部になるほど追い詰め過ぎない。弱い部活は無くならない程度に略奪し、生きながらえた部活は強い部活の参加に下ることで身を守る。その上であまりに目の付く立場の強制を行えば、保安部からイエローカードが提示される……そういった秩序が形成されている。

     無論、圧倒的に強者側であるエンジニア部や新素材開発部はそういったくびきとは無関係であるものの、古代史研究会など自力で身を守れない部活の存在はリオも知っていた。

     その上で、ただ奪うだけのセミナー原理主義は確かに厄介だろう。
     何せ、部活では無いのだから撃退しても得るものが何も無い。勝っても旨味が無く、負ければ根こそぎ持って行かれる。あまりに最悪だ。

     そんなことをリオが考えていると、ネルは肯定するように頷いた。

  • 61125/04/21(月) 00:13:19

    「だろうな。保安部も動いてるって聞くけどよ……」
    「自力で身を守る術は欲しい。だからあなたをスカウトしに来る部活が増えたということね」
    「そうだよ。んで、お前は何なんだよ。セミ原を知らねぇってことは狙われるほど弱ぇってわけじゃねぇんだろ?」
    「そうね」

     リオは素直に頷く。何故ならそれはエンジニア部が凄いのであってリオ本人が凄いわけではないからだ。
     創部当初からセミナーの援助を受けて手に入れた潤沢な資金源。言葉通り『手段を選ばない』仲間たち。

     そんなエンジニア部が弱いはずも無く、現在に至るまで常勝不敗。最初の一か月はそれなりに他の部活から攻撃もされたが、二か月も経った頃には新素材開発部以外にわざわざエンジニア部へ攻撃を行おうとする部活は何処にも無かった。

    「ちっ……」

     ネルが舌打ちをしたのはそんな時だった。

    「けど、ここは違ぇんだ。『化学調理部』はな」

     その言葉でリオはようやく察した。何故ネルがここに居るのかを。

    「今月末には廃部すんだと。だからそれまで用心棒代っつって、料理を教えてもらってんだ。だからスカウトなんて受けるつもりはねぇよ」
    「あなたが……料理……?」

     ネルがニヤリと笑みを浮かべた。

    「どうせ食うんなら美味いもん食える方がいいだろ? なんなら自分で作れる方が良いってわけだ」

     その眼差しはどこか穏やかで、だからこそ説得なんて出来ないことはリオでも分かった。

    「分かったわ」

     リオの言葉にネルは安堵したように息を吐く。

  • 62125/04/21(月) 00:28:20

    「物分かりの悪いヤツばかりで参ってんだ。んじゃ、さっさと帰って――」
    「エンジニア部は化学調理部へ『試合』を申し出るわ」
    「――――はぁ!?」

     ネルが目を見開く。構わずリオは続けた。

    「撃ち合いというのも悪くは無いかも知れないけれど、勝負の方法はそっちに任せるわ。それなら納得できるでしょう?」
    「いや、納得するしない以前にあたしはここの部員じゃねぇぞ!?」
    「だからよ。私たちが欲しいのは部員ではなく『用心棒』という雇用契約。だったらセミナーも認めるでしょう?」
    「お前……」

     頬を引きつらせるネル。
     ネルとて銃撃戦で負けるつもりは無いものの、純粋に何もこちらの事情を鑑みないリオの言い草にただただ引いていた。

     そこで声を上げたのは化学調理部の部長であった。

    「じゃあ、料理対決にしよー」
    「部長!?」

     ネルが叫ぶも化学調理部の部長は意に返さない様子であった。

    「美味しい料理を作った方が勝ちー。そういうのはどうかな?」
    「いいわ」

     リオは即答した。自身に料理の覚えは無くとも、誰かしら料理が出来るだろうと考えてのことである。

  • 63125/04/21(月) 00:28:34

    「審査員はどうするの?」
    「うーん。じゃあセミナーにお願いしよー」
    「分かったわ」

     リオはセミナーにそこまで悪感情を抱いていない。だからこそ独断で話が進んでしまう。
     もしここにヒマリが居れば断固として拒否しただろう。けれどヒマリは現在逃走中である。リオを止める者は何処にも居ない。

    「一週間後でいいかしら」
    「いつでもいいよー」
    「では、一週間後に。……一応聞くのだけれど、私たちが負けたら何が欲しい?」
    「欲しいもの? うーん、エンジニア部でしょー?」

     部長はうんにゃりと身体ごと傾けて考える。

    「じゃ~、欲しいものを一個つくって。何も思いつかないけど、勝負が終わるまでには考えとくからー」
    「いいわ。作れるものなら何でも作るわ」

     それが酷い安請け合いであることにリオは気付かず、ただ素直に頷く。
     そんな様子を見ていたネルが半目で呆れたようにこう言った。

    「ひでぇ冗談だな……」

     どこか憐れむような、そんな目だった。

    -----

  • 64二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 05:35:56

    保守

  • 65二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 07:17:24

    ストッパーがいないから……

  • 66二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 11:58:03

    しれっとヒマリ売ろうとしてて草

  • 67二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 14:04:01

    大丈夫?この話をエンジニア部に持ち帰ったらチーちゃんの血管ブチ切れて卒倒しない?

  • 68125/04/21(月) 17:37:19

     リオが料理対決なんてものを約束してしまっていた頃、第二倉庫の共用スペースにはバランスボールの上で仰向けになるチヒロの姿があった。

     彼女の頭を悩ますのは当然、資金繰りの件である。

    「企業向けは無理。今すぐ商談できそうなところもなし。ウタハに何か作ってもらって練り歩く? それは最終手段かな。不確実すぎる……」

     ぶつぶつと独り言を言いながら現状を整理する。
     何かを大量生産して売り捌くとしても、その資金すら現状ない。作るなら一点ものを買い取ってもらうしかないが、誰が何を欲しいのかという需要を掴む必要があるだろう。

    「ソフトを開発して売る? うん、開発って言ってすぐに思いつくなら苦労はしない」

     生徒相手に商売をしようにも、個人が出せる金額なんてたかが知れている。
     やるなら最低でも部活単位で商談させる必要があるのだが、基本的に部費を余らせているような部活なんてあるわけもなく、大抵が今のエンジニア部ほどではないにせよ火の車だ。期待はできない。

    「……とりあえず、ヒマリが戻ってきたら情報収集頼もうかな」

     思い浮かべるのは自らを『超天才』と言って憚らない友人の姿である。
     普通ならとんでもない自惚れ屋と笑われてもおかしくない言動だが、こと明星ヒマリが言う分にはただの事実になってしまう。それほどハッカーとしての技術は突出しているのだ。

     なんなら『ネットサーフィンみたいなものです』なんて馬鹿みたいな理由で連邦生徒会へハッキングを仕掛けたこともあるらしい。最初それを聞いたときは「流石に嘘でしょ」と内心思ったものだった。

  • 69125/04/21(月) 17:37:36

     今は違う。恐らく真実だ。
     サンクトゥムタワーを除けばキヴォトスで最も高いセキュリティですら突破できてしまうに違いないのだろう。

     そしてそのことについてはホワイトハッカーとして何とも微妙な感情が無くもない。

     とはいえ、弱みを握る為ではなくただ気になったから調べるぐらいの感覚で行っていることは分かっているし、個人情報を抜いて公開などするわけでも無し。その辺りの線引きを自覚はしているようなので、特にチヒロから言うこともなかった。

    (そういえば……)

     ふと、疑問に思った。

    (サンクトゥムタワーにはハッキングしたこと無いのかな)

     あのタワーは連邦生徒会がアクセスできるキヴォトスの電波塔であり、キヴォトス全ての情報を収集、管理できる巨大なサーバーでもある。

     仮にサンクトゥムタワーにハッキングに成功して制御権を奪取できたのなら、道路の信号機から鉄道のダイヤ、電話でのやりとりから個人口座の中身など、キヴォトスの全てを好きにできるだけの力を手にするだろう。

     ただし当然のことだが、未だかつてタワーのハッキングに成功したという話は聞いたことが無い。
     それだけ難易度が高いのなら、ヒマリも「物は試しに」なんて言って挑戦してそうだと思った。

     それか逆に、流石に劇物すぎると手を引いたのかも知れない。
     戻ってきたらちょっと聞いてみようと考えたところで、第二倉庫の扉を開く音が聞こえた。

  • 70125/04/21(月) 19:03:44

    「おかえり。そっちはどうだった?」
    「……随分と、リラックスしてるみたいだねぇ?」
    「ッ!?」

     嫌な声にがばりと起き上がると、共用スペースにやってきたのはヒマリではなかった。
     小さな体躯に大きなリボン。ニタニタと笑みを浮かべるその姿は――

    「かっ、かか会長!? どうしてここに!?」
    「報告が上がって来ないから直接聞きに来たんだよ」
    「報告……?」

     何か報告しなくてはいけないことでもあっただろうかと一瞬考える。
     考えて……思わず「あ」と声が出た。

    「忘れてるなんて酷いなぁ? 廃墟調査はペナルティなんだからしっかりやってもらわないと。これでもだいぶ甘々だって分かってるのかなぁ?」
    「くっ……」

     チヒロは完全に失念していた。

     リオとウタハが資料を作って、その直後にヒマリの提案に乗って廃墟探索へ向かってしまい、そこからマルクトを見つけたりイェソドと戦うことになったりとあまりに色々ありすぎて、完全に頭からすっぽ抜けていたのだ。

  • 71125/04/21(月) 19:04:06

     しかしここで素直に出来上がっている資料を渡すわけにもいかない。
     調査が完了していると報告してしまえば連邦生徒会によって『廃墟』が禁足地として指定されてしまう。

     そうなれば今までのようにセフィラ探しなんて出来ないだろうし、何より見張りや監視用カメラなどを設置されてしまえば目覚めたセフィラの存在が露見するかも知れないのだ。

     かと言って進展なしと言うのもマズい。
     今の状況は「今日とは言わず来週までで良いから反省文書いて来て」というようなもので、その返答が「まだやってません」なんて言えるわけがない。言い訳でも何でも理由が必要だ。何か、まだ調査が完了していない理由……。

    「真面目なチヒロちゃんがうっかり忘れるなんて、まるで『廃墟』で『すごいもの』でも見つけたとかでも無い限りは有り得ないって思っていたんだけどなぁ~?」
    「ははは」

     チヒロが朗らかに笑いながら、内心冷や汗がだらだらと流れていた。

    (まずいまずいまずい……。マルクトのことがバレてる? いやまだバレていないはず。だったらいつものカマかけ……? だとしてもまずい……!)

     チヒロは覚悟を決めた。

  • 72125/04/21(月) 19:05:52

    「よくお分かりになられましたね会長。実はその通りなのですよ」
    「へぇ?」
    「そのため追加調査が必要になりまして……今はその資料を新たに作成している段階なのです」
    「いいねぇ。ちょっと僕にも見せてくれよ」
    「今ですか?」
    「そう、今。作っている最中なら作りかけでもあるってことだよねぇ?」

     もちろんそんな資料は存在しないし、マルクトのことを匂わせるわけにも行かない。

     チヒロは笑顔の下で必死にこの窮地を乗り越えるための言い訳を探した。

    (……いやそんなものあるわけない! 言ってることは正しいんだから!)

     さっきまでの平穏な時間はいったいどこへ行ってしまったのか。
     何故こんな突然地獄みたいな状況に落とされたのか、チヒロは神を呪った。

     いやよくよく思い返してみると別に会長が来る前もそんなに平穏ではなかったが、現実逃避している場合でもない。

    (こういう時、ヒマリだったら……)

     のらりくらりと屁理屈をこねて躱すであろうヒマリの姿が脳裏を過ぎる。

     こういうとき、ヒマリだったらなんて言うだろうか。

     チヒロは心の中に思い描いた明星ヒマリをなぞるように、ゆっくりと口を開いた。

  • 73125/04/21(月) 19:08:27

    「おほほほほ、会長も随分と妙なことを言いますね」
    「妙なことになってるのはチヒロちゃんの方じゃないかな?」
    「推理小説は後ろから読む派ですか?」
    「前から読むけど……え、もしかして煙に巻こうとしてるつもりなのかいそれ?」

     会長は本当に珍しく困惑した表情を浮かべたが、チヒロは大事な何かを失った気がした。

    「んふーふ……そう、楽しみは最後まで取っておくべきだと……そうは思いませんか?」
    「まだ最初すら無いんだけど……?」
    「もう少し時間をいただければ、きっと会長も驚くような報告が挙げられるでしょう。それまで一日千秋の思いで待っていただければ」
    「それ待たせる側が言うことじゃ無いよね?」

     会長は呆れたように笑って「もういい」と言わんばかりに手を振った。

    「ま、何か見つけたっぽいのは本当みたいだし、口車に乗ってあげるよ。珍しいものも見れたことだしね?」
    「…………」
    「とりあえず一週間は待ってあげる。それだけ追加報告の部分は期待して良いってことだもんねぇ? もしつまらなかったら……」

     会長は笑みを浮かべた。捕食者のような瞳で第二倉庫をぐるりと見渡す。
     それからいつものニタニタ笑いに表情を戻してさっと踵を返した。

    「じゃ、頑張ってね~」

  • 74125/04/21(月) 19:08:37

     第二倉庫から出ていく会長。入れ替わるように入って来たヒマリは会長の姿に一瞬ぎょっとしながらも、すぐにチヒロに気が付いて駆け寄って来る。

    「あの、チーちゃん。どうして会長がここに?」
    「……ヒマリ」
    「はい?」

     チヒロは静かにヒマリの方を向いた。

     笑顔のままのチヒロの頬に、一粒の涙が零れ落ちる。

    「今すぐ私をころして」
    「チーちゃん!?」

     チヒロはもう二度と心の中の雑ヒマリをなぞらないと固く誓ったのであった。

    -----

  • 75125/04/21(月) 21:09:06

     同刻。ウタハを連れて『廃墟』を訪れていた。
     イェソドの能力を改めて確かめるためであり、イェソドに撃墜された戦闘用ドロイドの回収もまた目的である。

     大型トラックを停めて荷台を開けると、億劫そうにイェソドが立ちあがって中から出てくる。

    「今日はよろしく、イェソド。……って、イェソドに伝えてくれないかなマルクト」
    【はい。今日の我はウタハとイェソドの通訳です。ぶい】
    「ぶい?」
    【やる気を表す言葉だそうです。語尾につけることで対象に積極性をアピールすることが出来るとのことです】
    「そうなんだ……」

     マルクトの言語学習は基本言語だけでなくスラングにまで及び始めているらしい。
     素直に関心したウタハは頷いて、それからイェソドの方を見る。

    「君はぶいとか言わないのかい?」
    【『要らないぜ』】
    「ふむ……やはり君にも意思はあるんだね」
    【『これを意思と呼ぶのなら、そうなんだぜ』】
    「炎の剣とか知恵の蛇とか言ってたけど、あれって何かの暗喩なのかい?」
    【『そうだぜ。今日は炎の剣と知恵の蛇について解説していくん』――なんですかイェソド。不服ですか?】

     どうやら大胆な意訳をしていたらしくストップがかかったようだ。
     その様子はどう見てもAIというより生き物そのものだ。ウタハが歩き始めるとイェソドもその後を着いてくる。

     しばらくして再び腕に付けたスピーカーからマルクトの声が聞こえ始めた。

  • 76125/04/21(月) 21:09:17

    【イェソドより過度な意訳は誤謬を生じさせる危険があるとの指摘がありました。そのため、イェソドの言葉はピッチを変えて原文に近い形で流します】
    「うん、頼んだ」
    【では……『俺』に聞きたいことはなんだ?】

     すると今度はマルクトよりもやや低めの声が聞こえてきた。
     男性的な低さだった。もしかすればセフィラに性別の概念があるのかも知れないとウタハは心に留め置く。

    「炎の剣と知恵の蛇、この単語の意味を教えて欲しい」
    【我々は『炎の剣』によって生まれ落ちた。そして『雛鳥』が生まれた。『雛鳥』が巡礼を終え、或るべき場所へ至る道が『知恵の蛇』だ】

     やはりピンと来ない。そこでふと思ったのは、自分が単語に囚われ過ぎているという可能性だった。

     ウタハは慎重に質問を重ねる。

    「『炎の剣』は、『燃えている剣』という意味かい?」
    【違う。『炎の剣』は『炎であり剣』である】
    「『火』の『剣』という意味かい?」
    【違う。『炎であり剣』だ】
    「『火』と『炎』は同じ意味?」
    『そうだ。『火』は『炎』であり『火』ではない』

     まるで謎かけである。ただ、思いついたことがあった。

  • 77125/04/21(月) 21:09:43

    「……マルクト。『炎の剣』に該当する語句が現代に存在しない、ということで合っているかな」
    【はい。存在せず発声できないため、最も近い言葉にて表現してます】
    「ありがとう二人とも」

     そう、扱う言語が違うのが原因だった。
     だから訳そうにも訳しきれない箇所が出て来てしまう。その意訳部分が謎かけになってしまっているのだ。

     対訳が行えない以上ウタハのはどうすることも出来ないし、そもそも言語学はウタハの専門外である。仮に訳されても大して分からないだろうと考えた。

    「言語学、か……」

     だからウタハが次に訪ねたのも、本当に気楽なものでしかなかった。

    「二人に聞きたいことがあるんだ。ちょうど千年難題でよく分からないものがあってね」

     三番目の千年難題。
     言語学/問3:『ユートピア28』の終了。

     七つある千年難題のうち、最も重大な瑕疵を持ってしまった難題である。
     その瑕疵とは、主題にある『ユートピア28』が何を指すのかという文献の一切が残っていないことだ。

     つまり、いったい何を解けばいいのか一切分からないという状態になってしまっており、まず解き明かすには失われた文献を見つけ出すことから始めなくてはならないのだ。

     ただ、接頭のヒントが『言語学』であることから古代語や、更に古い未知の言葉として残されている可能性はあるだろうと考えられている。

     だから、あくまで聞いてみただけだ。
     自分の知らない言語を扱うセフィラなら知っている可能性も少しはあるのではないかと。

    「『ユートピア28』って知ってる?」

  • 78125/04/21(月) 21:17:00

    【…………】

     『廃墟』を歩くイェソドが足を止めた。
     え、と振り返ると、イェソドはウタハをじっと見ていた。

    「イェソド……?」

     セフィラに表情はない。あるのは機械の頭部だけだ。

     けれど、何故だろうか。
     イェソドの顔に殺意が浮かんだように見えた。

    【……分からない】

     イェソドは再び歩き出した。

    【だが、『滅ぼさなくてはならない』と彼方より『声』が聞こえた】
    「声、か……」
    【ケテルを探せ。全ては其処に在る】

     そして最後はそこに戻って来る。ケテル――最初のセフィラ。

     自分たちが挑もうとしているものはただの特異現象なのか。
     それとも、もっと大きな……それこそ世界を変えてしまう何かなのか、今のウタハには分からない。

     けれども、知らないよりかは知っている方がいいとウタハは思った。
     知らずにただ流される小船であるなら、自分はオールを握りたい。例え大波が来ようとも、そこに向かって漕ぎ出すことこそが自分でありロマンだと考えていた。

     ならばやはり、自分たちはケテルを探すほか無い。
     船は既に出航してしまったのだから――

  • 79125/04/21(月) 21:59:22

    「おや、もう着いたみたいだね」

     イェソドへ振り返りながら指差したのは、イェソドに壊されたインコネルケージである。

    「あれをトラックの荷台に積んで欲しいんだけど……」
    【分かった】

     イェソドが歩き出しケージに触れる。瞬間、ケージは消えてイェソドがウタハへと振り返った。

    【荷台に格納した】
    「……この距離でも飛ばせるんだね」
    【彼我の距離は関係ない。座標だ】

     曰く、何処に在って何処に在れば良いのか知っていれば飛ばせる、ということだった。
     その際の運動ベクトルは保持されたまま、ただその実在のみが意識に引っ張られて顕在化するらしく、明らかに原子的な挙動とはかけ離れているのは間違いない。

    「物体は飛ばせるんだろう? だったら人間も飛ばせるんじゃないかい?」
    【俺の『機能』では物体に限定されている。『意思』の『消却』が前提だ】

     無理やり訳されたような一瞬の空白が単語の前に生まれる。
     そこにひっかかりを覚えた時、マルクトの声が発せられた。

    【――訂正します。我の『機能』と合わせることで『意思』を持つ存在の顕在化は可能です】
    「へぇ! 合体技ってことかな?」
    【はい。そのために必要と推測されるデバイスがあります。現代の技術に合わせて調整する必要はありますが、我々の技術体系においては可能であると思われます】

     人体の瞬間移動を行えるデバイス。ウタハは自分でも知らぬ間に頬へ笑みを湛えていた。

  • 80125/04/21(月) 22:21:57

    「まるで未来人から教わる原始人の気持ち――」

     そう言いかけて、はたと気が付いた。
     それほどまでに卓越した技術を持った存在が何故滅んだのかと。

     正確には、技術体系が終焉を迎えている。だから今のキヴォトスに引き継がれていない。

    「古代史においてオーパーツと呼ばれるものは、通信技術が発達していなかったが為に体系化されなかった技術群だ。けれど、イェソドもマルクトもそうとは思えない……」

     車輪を発明してもワールドワイドで広まることなく個人で完結してしまえば、別の誰かが再び車輪を作って広めるまでは技術の進歩は発生し得ない。だから見つかるのだ。当時の技術体系から外れた異端が。

     そしてそれらは、その知識を持つ集団の全滅により初めてロストテクノロジーと化す。
     だとすれば、必ず言葉を届けるマルクトを以てしてその技術体系が滅んだのは何故か。

    「……いや、そもそもどうしてマルクトは製造途中にあったんだろう? 誰が作ろうとした? いつからあの培養槽は稼働を……」
    【ウタハ】
    「え?」

     顔を上げると、イェソドがウタハを見ていた。
     スピーカーからはマルクトの声。

    【ドロイドの回収が完了しました】
    「あ、ああ……」

  • 81125/04/21(月) 22:22:23

     没頭していたことを恥じながら、ウタハは階段を降りる。
     C-3、リオがドローンやドロイドを手繰ってイェソドの足止めを行っていた建造物だ。

    「イェソドはこう、私たちと戦ったわけだけどさ。何か思うことは無いのかい?」
    【理解不能。含みを持たせずに質問を】
    「……イェソドに感情は存在する?」
    【『感情』の定義が曖昧だ】
    「……うーん」

     定義付けは必要とは言え、かと言って『感情とは何か』といざ問われると難しいものがある。
     そこで思い出したのは、いつぞやの時か――マルクトを見つけた『あの日』にリオが言った言葉であった。

    「合理に反する行動を行わせるもの、それが『感情』かもね」
    【『合理』とは何か】
    「……難しい質問だね。正しさとか?」
    【『機械』である我々にとっては『存在意義』こそが正しい。しかし、その『存在意義』を分かたれた我々は知る由もない】
    「…………」
    【我々は『何のために生まれた』?】

     それは遥けき過去から問いただされる『存在』への『疑問』であった。
     全ての生物は『誕生』という事象が先に発生するが、機械は――『道具』は違う。

     全ての道具は『理由』があって生まれるのだ。
     しかしてその『理由』を知らぬ道具は道具であると断じられるのか。
     断じられるなら、それは『人間』もまた『理由』を知らぬ道具ではないのか。

    「駄目だ。ここまで来ると哲学。私の専門外だよ」

     ウタハは頭を振って思考を打ち切った。
     少なくとも破損したドロイドなどの回収は終わったのだからと、大型トラックへ踵を返したところで第二倉庫から通信が入る。

  • 82二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 00:21:21

    保守

  • 83二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 05:14:04

    保守

  • 84二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 11:34:39

    保守を追う者

  • 85二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:09:32

    過去にデカグラマトンと関わったら現在のデカグラマトンが劇的に変化しそうだなって

  • 86二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:09:59

    このレスは削除されています

  • 87二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:10:21

    このレスは削除されています

  • 88二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:10:41

    このレスは削除されています

  • 89二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:10:59

    このレスは削除されています

  • 90二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 18:11:10

    このレスは削除されています

  • 91二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 21:45:46

    このレスは削除されています

  • 92125/04/22(火) 22:02:19

    ※済みません……。今日分の更新ですがちょっと書き直します……

  • 93125/04/22(火) 22:09:05

    【ウタハ。ちょっと緊急事態】
    「チヒロ?」

     スピーカーから聞こえたチヒロの声は深刻そうで、厄介事が起きた事だけはすぐに分かった。

    【例の箱あるでしょ? ちょっと一個追加で持って来てくれない? なるべく大きいの】

     例の箱――6×6で構成されたフラクタルの箱のことだと理解したウタハは頷いた。

    「分かった。私もイェソドたちのことで報告したいことがあるから、夕方にみんなを集めて置いてくれると助かるよ」

     そうして通信は途切れ、ウタハはイェソドの方へと向き直る。

    「悪いけど、もう一仕事お願いできるかな?」

     イェソドは億劫そうにウタハを見上げて、それから建物のほうへと歩き出していった。

    -----

  • 94125/04/22(火) 22:39:29

    「チヒロ、ヒマリ。一週間後に料理対決よ」
    「「……………………」」

     第二倉庫に戻って早々、リオのあまりに唐突な発言を前に二人は言葉を失った。
     固まる二人を見て首を傾げるリオは、もう一度口を開いた。

    「チヒロ、ヒマリ。一週間後に料理――」
    「いや聞こえてるから大丈夫。……で、一から説明してくれる?」

     こくりと頷いて、それからリオは事のあらましを説明した。
     その内容を聞いて行くにあたって渋い顔をし始めるチヒロ。特に『審査員にセミナー』という部分には大きく顔を歪めたが、最終的に「はぁ」とひとつ溜め息を吐いた。

    「まぁ、ある意味ちょうどいいかも。資料の提出期限も一週間後だし」
    「資料?」

     そして今度はチヒロが説明をする番だった。
     会長の襲来。出し忘れていた調査報告と適当なものは出せないという危機的状況について。

    「追加調査が認められたら追加の費用も貰えるかなって期待はしてるんだけど、流石にマルクトたちを見せるわけには行かないしね」
    「だから先ほどウタハに『フラクタルボックス』を取りに行かせたんですね」
    「そうだけど……そういう名前なの?」
    「いえ、今付けました」

     そう……、とチヒロは肩を竦めた。

  • 95125/04/22(火) 22:39:49

    「ともかく、会長にはどのみち顔を合わせる必要があったからむしろ一日に固まってて良かったよ」
    「しかし……リオ、あなた料理なんて作れたのですね?」

     正直驚いたと言わんばかりの様子でリオを見るヒマリ。
     しかしリオもリオできょとんとした表情でヒマリの方を見返した。

    「……? 私は作れないわ」
    「ん? 自分で作れないのに料理対決なんて引き受けてきたの?」
    「誰かしら作れるのだと思ったのだけれど……」

     チヒロとヒマリは顔を見合わせた。
     何だか猛烈に嫌な予感がして来たのだ。

    「ヒマリ、あんたは?」
    「いえ、作ったことはありませんね……。チーちゃんは?」
    「スクランブルエッグぐらいなら……」
    「で、ではウタハは? ウタハはどうなのですか?」
    「ウタハが自炊しているなんて私の覚えてる限りだと無いかな……」

     それを聞いたリオはそっと視線を落とした。

    「つまり……勝ち目がないということ……?」
    「リオ! あなたなんて約束をしてくれたのですか!」
    「ま、待ってちょうだい! だ、だってみんなしっかりしているじゃない! 料理ぐらい出来るのだと思っていたのよ!」
    「あなたが相対的にズボラなだけです! というより、ズボラなの自覚しているのなら直してください!」

  • 96125/04/22(火) 22:58:27

     ヒマリがリオの肩に掴みかかってぶんぶんと揺さ振る。
     チヒロは遠い目をしながら「最悪だ。最悪すぎる……」と虚ろに笑う。

     そんな時だった。スピーカーから声が聞こえてきたのは。

    【話は聞かせてもらいました】
    「ま、マルクト……?」

     予想外の声に驚くヒマリ。マルクトは続けて言った。

    【料理の作り方を検索、学習します。機体さえあれば一日で人間の舌に最適化された料理を作ることが可能です】
    「機体? セフィラと既存の機械部品は互換性がなかったんじゃなかったっけ?」

     生体電流を操作して無理やり入力端子から直接打ち込むのが限界だったはず。
     そのことを指摘したチヒロだったが、それをマルクトは否定した。

    【それはイェソドと接続する前の我です。イェソドの機能であるアストラル投射――『瞬間移動』を覚えた今の我なら、本体周辺の機体へ『乗り移る』ことが出来ます】

     その言葉と共に第二倉庫へとやってきたのは、第三倉庫に格納されていたはずの雷ちゃんである。
     ウタハの操作なしに勝手に動いており、チヒロたちの前までやってくるとくるくると回り出した。

  • 97125/04/22(火) 23:02:58

     リオはしげしげと眺めながらぼそりと呟く。

    「新たな機能の追加……? セフィラを回収していけば他の機能も……」
    「いや、それもそうだけど、マルクトに料理を作ってもらうのはアリだよ。私たちが今から覚えるよりよっぽど良い」
    「ふふ、流石は清らかなる水の乙女とも比喩された清楚系ハッカーが見出した超AIです。ハードさえあれば動くというのは助かりますね」

     その辺りで雷ちゃんは動きを止め、再びスピーカーからマルクトの声が返ってきた。

    【音声出力機能も必要です。リオ、作れますか?】
    「そうね。ちょうど私もマルクトの精密動作を行かせるデザインを思いついたところよ」
    「よし、じゃあ改めて……マルクトの機体はリオに任せて私とヒマリで『フラクタルボックス』の調査をしようか」
    「え、あの箱苦手なのですが……」
    「ダメ。リオにスカウト周り押し付けたんだからこのぐらいはやってもらうよ」
    「ひどいですチーちゃん……」

     ずるずると実験室へ引きずられていくヒマリとラボに向かうリオ。

     ウタハが帰って来たのは、その日の夕方ごろだった。

    -----

  • 98二次元好きの匿名さん25/04/23(水) 01:07:50

    保守

  • 99二次元好きの匿名さん25/04/23(水) 08:02:48

    リオでいいのか…?たぶんアバンギャルド君的なデザインになるぞ…?

  • 100二次元好きの匿名さん25/04/23(水) 10:24:54

    デザイン……あっ(察し)

  • 101125/04/23(水) 15:52:08

     イェソドを連れたウタハが第三倉庫――通称ラボへ戻ると、作業台の上で図面を引くリオの姿があった。

    「精が出るね」
    「おかえりなさい、ウタハ」

     リオは図面に向き合ったまま口を開いた。

    「チヒロには渡してきたところ?」
    「ん? 箱であれば渡したよ。リオが張り切っていると聞いたから様子を見に来たんだ」

     それとイェソドを戻しに、とウタハが付け加えると、イェソドはラボの隅に行ってその身体を丸める。
     トラ型だからか、その部分だけ見れば大きな猫のようにも見えなくない。

    「マルクトの話は聞いた?」
    「ああ、機体間での移動が可能になったんだってね。益々理解が追い付かないよ」

     物理法則では無い未発見の法則から発せられる特異現象を前にすれば、然しもの天才も形無しである。

    「意識が先行して現実が、物質が後を追って現れる。不思議ね。似非科学だと思われていた領域がまるで現実にあるだなんて」
    「アストラル投射、だったっけ。これ、どちらかと言えばヒマリの領分だと思わないかい?」
    「ふふ、まるっきりオカルトだわ」

     苦笑とも言い難い表情を浮かべるリオ。そこでウタハがぽんと手を叩いた。

    「そうだ。チヒロたちにはもう言ったんだけど、イェソドとマルクトの能力を研究すれば、人間も瞬間移動が出来るようになるらしいよ」
    「……その研究には、あまり賛成できないわね」
    「どうして?」
    「…………人を殺せるようになるからよ」

     リオの発言に思わず強張るウタハ。それでもリオは言葉を続けた。

  • 102125/04/23(水) 15:52:25

    「飛距離が何処まで伸ばせるか分からないけれど、もし上空へ飛ばせるのなら落下死させることが出来るわ。磔にして銃撃に晒すよりも、絶対に出られない檻の中に閉じ込めて水の中に沈めるよりも、確実に手っ取り早く人を殺せるようになるわ」
    「それは……」

     考えすぎだとは言えなかった。
     研究倫理の問題であり、これはただの『道具を作ること』とは大きく異なる。

     一度生まれたものは、そう簡単に消せやしない。
     『生まれた』という過去をいつかの誰かが掘り返し、とんでもない事件を引き起こすかもしれない。

     その時、生み出してしまった研究者に罪は無いと言えるだろうか。

    「いずれ報いを受けるかも知れない。その覚悟は必要だと思うわ」
    「……そうだね」

     ふと、ウタハが思い出したのはセフィラ探しに断固として反対を表明していたリオの姿だった。
     あの時は結局、ヒマリに「リオが何とかしてください」とかなりの無茶ぶりと共に押し切られてしまっていたが、今のリオにその迷いがあるようには見えない。

     きっともう、その覚悟を決めているのだろう。

     そう考えて、ウタハはリオの肩を叩いた。

    「リオ、私たち四人は全員共犯者だよ。いや、ヒマリに唆された犠牲者かも……?」
    「……?」

     冗談めかした言い回しが通じなかったようで、リオは首を傾げた。
     ともかく、とウタハは続ける。

    「共犯者同士、罪は全員で折半さ」
    「……そうね」

  • 103二次元好きの匿名さん25/04/23(水) 15:52:35

    このレスは削除されています

  • 104125/04/23(水) 15:55:43

     そう言ったところで、ウタハはリオが書いていた図面を後ろから覗き込んだ。
     そして、そこに描かれたものを見て「ほう?」と感嘆の溜め息を吐く。

    「なかなか前衛的だね」
    「ふふ、アバンギャルドでしょう?」
    「せっかくだし肩に9mm機関砲を付けるのはどうかな?」
    「そうね、自衛手段は必須だわ。脚部は履帯とタイヤ、どちらが良いかしら」
    「履帯の方が良さそうではあるね。調理用ロボなんだろう?」
    「ええ。だったら履帯にしてアームを増やせばいいわね」

     徐々に描き込まれていくのは闇鍋じみた悪魔のデザインである。
     まさしく人の罪そのもの。そして生まれた物の罪はエンジニア部の皆で負う。

     チヒロとヒマリが身に覚えのない罪を背負わされたのは、それから二日後のことであった。

    -----

  • 105125/04/23(水) 23:06:38

    保守

  • 106二次元好きの匿名さん25/04/24(木) 00:40:39

    しれっと罪扱いされるアヴァンギャルド君に涙を禁じ得ない
    残当

  • 107125/04/24(木) 00:52:25

    「ったく、何なんだよマジで……」

     厄介なことになったと、化学調理部へ向かうネルは溜め息を吐いた。
     喧嘩を売って来るヤツは片っ端から潰してきたが、まさかの料理対決と来たものだ。

     しかも景品は自分で、対決するのはエンジニア部とか言う連中と化学調理部の部長。自分が関与する余地が無いというのは些か居心地の悪いものである。

    「うーっす。今日だな部長」

     調理器具と化学薬品の並んだ部室へ入ると、部長と部員が合わせて5人。食客のような扱いを受けている自分も合わせて6人だ。

     エプロンを付けた部長は顔を上げると、「そーだねー」と間の抜けた声を上げる。

    「今日はお客さんが増えて、たのしーねー」
    「あー、そうだな」

     ネルは何とも言えない顔をした。
     この部活が廃部になるまであと8日。どうして廃部になるのかなんて分からないが、部長も部員たちも名残惜しそうな顔ひとつしていない。きっとずっと前から決まっていたのだろう、とネルは考えた。

     だから特に何も言うことはない。
     ただ、最後の時までは守ってやってもいいと思ったのだ。

  • 108125/04/24(木) 00:52:39

    (……そういや、まだ一か月も経っていないんだな)

     ネルが化学調理部の護衛をやることになったのは、本当にただの偶然に過ぎなかった。
     公然と部活同士で殴り合いが行われているミレニアムにおいて、部活という『セミナーの支援を受けた集団』はその辺りを闊歩している不良程度に太刀打ちできる相手ではない。

     学校の敷地外に出て個人を狙うならまだしも、学内で、それもセミナーが一切関与しない襲撃なんて起こること自体あり得ないのだ。

     にも関わらず、たまたまネルが歩いていた先でその『有り得ない』が発生していた。

     保安部の姿も見当たらない中での、本物の襲撃。「義によって」なんて言うつもりも無かった。
     ただ『ゴミ』を『掃除』しただけだ。適当にしばいてそのまま立ち去ろうとして、お礼に食事を振る舞われ、月末で廃部になると聞かされただけだ。

    『じゃあよ。あたしに料理教えてくれよ。そしたら廃部になるまで用心棒でもやってやる』

     ささやかな暇つぶし。何となくの気まぐれ。
     それでも約束は約束だ。反故にするつもりなんて毛頭ない。

    「勝てよ、部長」

     ネルがそう言うと、部長はのんびりとした声でこう返す。

    「料理はおいしかったらみんな勝ちだよー」
    「はっ、そうかよ」

     ネルは口角を上げて即席の審査員席へと着いた。
     それからやってきたのは今回の審査員でもある、セミナーの会長だ。

  • 109125/04/24(木) 00:53:03

    「いやぁ、美味しいものが食べられるって聞いたから楽しみだよ」
    「あ? 会長、あんた一人か?」
    「会計ちゃんが泣きながらどっか行っちゃったから、書記ちゃんに仕事全部押し付けて僕だけ来たのさ」
    「やりたい放題じゃねぇか……。っつかなんで会計が逃げ出してんだよ」
    「さぁ? 僕が申請すっ飛ばして部費の増減決めてるのと何か関係があるかも知れないねぇ?」
    「どう考えてもお前が原因じゃねぇか!」

     ネルが叫ぶと会長は「ニヒヒ」と笑って審査員席へと着く。

    「んじゃ、後はエンジニア部待ちかな」

     会長がそう言ったところで部室の扉が開かれた。

     来たか、とネルが鋭く扉を一瞥する。

    「遅くなったね。エンジニア部の部長、白石ウタハだ。今日はよろしく」
    「よろしくー」

     化学調理部の部長が手を振り、そしてウタハに続いて続々とエンジニア部が部室の中へと入って来る。

     そのひとりひとりを見ながら会長は、ネルにだけ聞こえるように囁いた。

  • 110125/04/24(木) 00:53:19

    「白石ウタハちゃん。サブコンビネーション発明を積極的に行ってきたエンジニア部の発明家だね。今回も何か作って来たのかな」
    「作んのは料理だろ?」
    「だから、料理を作る機械をさ」

     会長がニタニタと浮かべる笑みにはどこか期待の色を感じさせた。

    「各務チヒロちゃん。実質的なリーダーだね。セキュリティエンジニアだけどソフトウェア全般に通じる面白い子だよ。僕とは仲良しなんだ!」
    「一方的だろそれ」

     ネルは若干の同情をチヒロへと向けた。変人に気に入られてさぞ苦労が絶えないだろう。

    「明星ヒマリちゃん。超天才清楚系美少女ハッカーだね。何でも出来る天才だから何か色々やってるみたいだよ」
    「超天才……なんだって?」
    「超天才清楚系美少女ハッカー」
    「……つまりあんたの同類か」
    「その言葉、ヒマリちゃんに是非とも聞かせてあげてね? 泣いて喜ぶと思うから」

     流石に言葉が過ぎたかも知れない、とネルは少々反省した。

    「調月リオちゃん。素直でつまらない子だけど突飛の無さは一番かもね」
    「そもそも料理対決の発端もあいつだったしな」
    「傍から見てる分には面白いんだけど、どうにも調子が狂うんだよねぇ……」
    「つまり良い奴ってわけか。ま、悪い奴には見えな――」

     その瞬間だった。
     部室の扉をぶち抜いて突然何かが乱入してきたのだ。

  • 111125/04/24(木) 00:53:30

    「んだよ急に!!」

     銃を構えて視線を向けると、そこには珍妙な物体がいた。

     大きさは2メートル前後。脚部は履帯。そこから伸びたドラム缶のようなボディと四本のアーム。胸元には謎のVマークと、ギラギラ光るLEDライト。そして頭部は雪だるまか何かを思わせる簡素な顔が付いていた。

     エンジニア部以外が呆気に取られていると、ただひとり胸を張ったリオが口を開いた。

    「ふふ、驚いて声も出ないようね」
    「……会長。あれはなんだ」
    「僕に聞かないでよ……」

     会長の笑みが素のような苦笑いに変わっていた。

     何故わざわざ扉をぶち破ったのか、何故同じエンジニア部であるはずの明星ヒマリと各務チヒロの表情が先ほどから『無』なのか、白石ウタハが「劇的な登場は良いものだ」と頷いているのか。何より何故やけに調月リオの表情があれほど明るいのか。

     状況を掴めていない全員を置き去りにしてリオが叫んだ。

    「私たちの調理用ロボ『アバンギャルド君MK.1』とどちらが上か、正々堂々勝負よ!」
    「なんだ、調理用ロボかよ。びっくりさせやがって……」
    「君もそっち側かー」

     会長がそう呟いたところで、化学調理部の部長が「よーし」と声を上げた。

    「それじゃー、勝負開始ー!」

  • 112二次元好きの匿名さん25/04/24(木) 07:53:13

    うおお追いついた
    期待

  • 113125/04/24(木) 12:54:08

     化学調理部の部長は『アバンギャルド君MK.1』には目も暮れずに動き出す。
     向かうは食材の置かれたテーブルの方である。

    「なに作ろっかなー」

     化学調理部も『調理』と付くからにはある程度食材は揃っている。
     余程凝ったものを作ろうとしなければ材料に困ることはそうそうないだろう。

     そんな中、食材の方には見向きもせず真っすぐ審査員席の方にやって来たのは調月リオである。

    「会長、いま食べたいものは何かしら?」
    「審査員に直接聞くってありなのかよ……」

     思わずネルが呟くと、リオはさらりと「合理的よ」と返した。

    「僕が食べたいものぉ……? そうだなぁ。じゃあ刀削麺。激甘の」
    「ゲテモノかよ」
    「甘い刀削麺ね、分かったわ。……マルク――『アバンギャルド君MK.1』! 刀削麺のレシピを検索してちょうだい!」
    【分かりました。刀削麺のレシピを検索――検索一致。ウタハ、刀削麺の乾麺を用意してください】
    「分かった!」

     ウタハが食材の方へと向かう。その姿を見ながら会長が笑う。

  • 114125/04/24(木) 12:54:26

    「もう機械が人を使う時代が来たんだねぇ~」
    「そのうち反逆とかされんじゃねぇの?」
    「真っ先に被害に遭うとしたらあの子たちだろうね」

     会長は笑いながらエンジニア部を見る。
     けれども、その目は一切笑っていなかった。

    「特異点に一番近いのはあの子たちのはずなんだ。でも、肝心の身を守る武器や防具が出来上がる時間がきっと追い付いていない。それじゃあ駄目なんだよ」
    「まだるっこしいなテメェは。結局何が言いたいんだよ」
    「ちょっと守ってやってくれないかな? あの子たち、良い子だけど危険だからね」

     良い子で危険、その意味がいまいち繋がらずネルは眉を顰める。
     すると会長は口の端を愉快そうに歪ませながらエンジニア部を一瞥した。

    「ミレニアムを滅ぼすような爆弾でも作られて、それが雑に奪われたりでもしたら大変だと思わない?」
    「だったら作らせなきゃいいだけの話だろうが」
    「ニヒヒッ! 発展のために争いを是とした僕が『生むな』って言うとでも? そんなこと言えるマトモさがあったら僕は『会長』になっていなかっただろうねぇ?」

     強制はしないよ、と会長は続けた。
     ただ気にかけてやって欲しい、と。

    「どうしてもあの子たちが気に食わなかったら別にいいさ。あー、僕のことが気に食わないってんならそれは正しいよ。そう思われるだけのことはやってるし直す気もさらさら無いからね。だって楽しいから!」
    「ああそうかよ。ったく、めんどくせぇ……」

  • 115125/04/24(木) 12:54:37

     頬杖をついて会長から目を逸らす。
     視線の先には食材を必死で探すエンジニア部たちの姿があった。

    「大変だリオ! 乾麺が見つからない!」
    「くっ――だったらプランBよ。チャジャンミョンにしましょう」
    「駄目だ……チュンジャンも無い!」
    「万策尽きたわ……!」
    「いや炒飯とかでいいんじゃねぇか?」

     思わずネルが口を挟むとリオは目を見開いた。

    「炒飯……。いえ、でも……ええ、もうその手しか残っていないようね」
    「むしろ何で炒飯が最終手段なんだよ!!」

     リオが『アバンギャルド君MK.1』へ炒飯のレシピを検索させて始め、それを眺めるネルは溜め息を吐く。

    「あんなのが危険とか、何かの間違いだろ……」

     ネルの隣の会長は、何とも言えない顔をしていた。

    -----

  • 116二次元好きの匿名さん25/04/24(木) 19:28:07

    人事の鬼やな会長……
    取れる利益もしれっと確保してるし

  • 117二次元好きの匿名さん25/04/24(木) 21:45:40

    やっと追いついた。リアタイできるの嬉しい。なんかこの会長は全てを見透かしている感があるな…

  • 118125/04/24(木) 23:02:56

     『アバンギャルド君MK.1』、もといマルクトの料理を手伝うリオとウタハ。その姿を遠目に見守るチヒロとヒマリは、邪魔をしないよう隅の方から眺めていた。

    「扉壊したときは驚いたけど、でも悪くなさそうだね」
    「ええ、問題ない程度にぎこちないようで何よりです」

     『アバンギャルド君MK.1』の精密動作は本来、コードで動かすには不可能なほどに細やかな動きを見せる。
     もちろん機体が完成してからマルクトが馴染むまでを見て来た二人にとって、その点については今更ながら驚くことでは無い。どちらかと言えば、脳波コントローラーで動かせる範疇を逸脱していないかという点であった。

     驚くべきはマルクトの柔軟性と学習能力である。
     『完璧』で無いように見せるというのは、客観的な視点を認識したうえで自身を誤認させるという『意識への理解』があって初めて出来ることだ。

    「……ねぇ、ヒマリ」
    「どうしましたチーちゃん」

     チヒロは少しばかり神妙な表情をヒマリへ向けた。

    「マルクトって、本当は人間だったりしない? 人間だったけど機械にされた、とか」
    「それはそれでだいぶホラーですけどね」
    「ヒマリ。マルクトは、本当に『機械』なの?」

     それは何処か、そうであることを望むような口調だった。
     そしてその答えはヒマリにだって分からない。沈黙で返すとチヒロはぽつりと呟いた。

    「私はね、マルクトが『アバンギャルド君MK.1』に移った時、少しだけ怖いと思ったよ」
    「……どうしてですか?」
    「…………今なら」

     チヒロは一度言葉を切って、それから続けた。

    「マルクトを捨てようと言ったリオの言葉が理解できるってこと」

  • 119125/04/24(木) 23:03:22

     チヒロが思い出すのは『アバンギャルド君MK.1』が完成したときのこと。マルクトが乗り移ったときの時である。



    「…………なに、これ」

     あの日、第三倉庫のラボを訪れたチヒロは眼前の機体に絶句していた。

     ちらりとウタハを見てみれば、「言ってやりなよ」とでも言わんばかりにリオの肩を叩きながらドヤ顔を向けているし、リオも何処かやり遂げたような顔して口を開いた。

    「『アバンギャルド君MK.1』よ」
    「いや、そうじゃなくて」
    「調理用ロボよ」
    「そこじゃなくて、その……」
    「何をどうしたらそうなるのですか調理用ロボが!!」

     遂に耐え切れなくなったヒマリが叫んだ。

    「ダサすぎます!!」
    「……えぇっ!?」
    「何が『えぇっ!?』ですかリオ! ここまで醜悪なデザイン初めて見ましたよ! デザインセンスにゼロより下があったのかと初めて知りましたよ私!!」

     思わぬ低評価に瞳を閉じるリオ。その姿に慌てた様子でウタハが声を上げた。

  • 120125/04/24(木) 23:03:54

    「ま、待ってくれヒマリ! 私とリオが作ったんだ! そんな悪しざまに行ってやらないでくれ!」
    「ではあの頭部は何ですか!? もう少し何とかならなかったのですか!? 少なくともあなたのセンスでは無いでしょう!?」
    「それは――」

     ウタハは言葉に詰まった。そして目を逸らした。

    「――リオだ……!」
    「うううぅぅぅ……!!」

     いよいよリオが泣きかけたところで、聞こえてきたのはマルクトの鳴らすスピーカーの音である。

    【そこに新たな機体があるのですね?】
    「ま、マルクト――! も、もう少し待ってちょうだい! 必ず満足の行くものを――」
    「マルクト。私が改修しますので少々お待ちください」

     リオとヒマリの声が同時に響く。

    【いえ】

     真逆の方向性からなるその言葉にマルクトは『待った』をかけた。

  • 121125/04/24(木) 23:05:08

    【不要です】
    「いけません! 魂が汚れます!」
    「そこまでではないはずよ!?」

     まるで劇物に触れるかのようなヒマリの発言に悲惨な顔を向けたリオであったが――マルクトが乗り移った『アバンギャルド君MK.1』の指先がぴくりと動いて全員の目がそこに集まった。

     そして――

    【ヒマリ】
    「不快でしょう……すぐに元の身体へ――」
    【『音』が聞こえます】
    「――――」

     『アバンギャルド君MK.1』へと乗り移ったマルクトの声だった。

    【ヒマリ。それがあなたの姿なのですね】
    「ま……マルク……?」

     『アバンギャルド君MK.1』の頭部がヒマリを『見て』、ウタハを、チヒロを、リオを順番に見た。
     確かめるように、リオがあつらえたアイカメラにエンジニア部の面々が映し出される。

    【これが――『光』なのですね】
    「そうよ」

     リオが言った。

    「そして今あなたに語り掛けているのが『音』。私の『声』よ」
    【『声』……】

     壊れた培養槽から生まれ落ちたマルクトには『音』も『光』も今この瞬間まで存在し得なかった。

  • 122125/04/25(金) 00:40:52

    保守

  • 123二次元好きの匿名さん25/04/25(金) 03:26:15

    保守

  • 124125/04/25(金) 09:45:09

     本機に未だ動作しない器官を、イェソドと接続し新たな機体を手にしたマルクトは、この時はじめて『世界』を『知覚』した。

    【『声』が、聞こえます――リオの『声』が】
    「光はどうかしら。赤や青……マルクトなら色の瑕疵についての『照合』が出来ると思ったのだけれど」
    【――照合完了。大きな齟齬は出ないかと思われます】
    「良かったわ。正常に作動してるようね」

     当たり前のように喜ぶリオ。しかしチヒロが感じたのは得体の知れない感情だった。

    (……こんなの、まるで本物の『人間』じゃない――)

     脳裏に浮かぶのは、光や音を失った人間が拡張デバイスによって『知覚』を得たような光景。
     そんな幻視を見てしまうほど、マルクトは人間のような動きで『アバンギャルド君MK.1』を動かした。

     分かっていたはずだった。マルクトが普通の『ドロイド』とは一線を画す存在であることを。

     しかし卓越したプログラマーでもあるチヒロだからこそ、どこまでいっても『ドロイド』と『人間』は似て非なるものであるという常識に囚われていた。

     いや、そうでなければならない。

     そうでなければ、『ドロイド』に『人間』と同種の『意識』が存在する可能性を認めてしまったら、これまで自分が書いては消してきた何万何千のコードの中にも『意識』が存在していた可能性を認めることにも繋がってしまう。

  • 125125/04/25(金) 09:45:20

    (考え過ぎだ。落ち着け私……)

     妄想を払うように頭を振るが、滑り落ちるように引き出されるのはソフトウェア開発を行ってきたこれまでの自分の記憶である。

     今まで原因不明のバグが起こったことは無かっただろうか?
     どれだけコードを見ても正しく動くはずなのに動かなかったものは無かっただろうか?
     試しに何もせずもう一度走らせたら何故か動いたプログラムは本当に一度も無かっただろうか?

     無いわけがない。
     オカルトじみた笑い話なんてITエンジニアにとっては日常茶飯事だ。
     切羽詰まりながらも優しく「何とか動いてくれませんか……?」とお願いしたら動いてくれた、なんて話が幾らでも出てくる業界なのだ。

     もしもコードで『意識』が生まれるのなら――デバックとは人間の脳をいじるのと何が違うのか。
     一から作った方が早いと消されたプログラムにもし『意識』があったのなら、それは殺人とどう違うのか。



     ――音も光も何もない暗闇に産み落とされた雛鳥たちは、『声』を上げる間もなく棄てられ消えていく。
     ――救いなき彼らの声が祈りへ変じたその時、天壌を仰ぐ『声』が大いなるものへの信仰となったのなら。

     ――その信仰こそが、『我』の存在を証明し続けん。



    「チヒロはどう思うかしら?」
    「えっ……?」

  • 126125/04/25(金) 09:45:40

     呼びかけられて顔を上げるとリオの姿があった。

    「マルクトへ最初に作ってもらう料理よ。なるべく簡単なのが良いと思ったのだけれど」
    「あ、ああ……うん。そうだね。目玉焼きとかどう? 卵をちゃんと割る練習にもなると思うし」
    「分かったわ」

     リオがマルクトの入った『アバンギャルド君MK.1』の方へと歩いて行く。
     マルクトは動作テストとしてウタハを持ち上げてみせており、それに並んだヒマリが「次は私も」とせがんでいる。

    「……気のせいか」

     リオに呼び掛けられる直前に何かの声が聞こえた気がしたが、どんな声だったか既に思い出せなくなっていた。



    「ねぇヒマリ。ヒマリはあの時『アバンギャルド君MK.1』を見てどう思った?」
    「最悪だと思いました」
    「いやデザインの話じゃなくて」
    「特に『MK.1』の部分が『マークワン』という意味では無く『マルクト一番!』だと知った時は力が抜けましたね」
    「そんな意味だったのあれ!?」

     調理部の部室でようやく炒飯を作り始めたマルクトは、四本のアームを巧みに動かしながらフライパンを振っている。
     塩と砂糖を間違えて持ってきたリオにも問題なく対応し、塩を取ってくるようにマルクトが指示を飛ばす。
     手持ち無沙汰になったウタハは何故かマルクトを応援し始めており、同じく手持ち無沙汰な調理部の部員たちも張り合い始めた。

  • 127125/04/25(金) 09:47:45

    「チーちゃん。私たちのやることは変わりません」

     そんな、マルクトのいる景色を眺めながらヒマリは笑った。

    「マルクトに感情や、私たち人間のことを教えて、それで証明するんです。新しい隣人と私たちは友達になれるのだと」
    「新しい隣人、ね」
    「そうです。ケテルの元へ導くだとかはあくまでついでです。自我なんて言うのは人に認められて初めて存在するのですから」
    「そうなの?」
    「誰にも観測されないのなら存在しないも同然では無いですか? というよりチーちゃんも同じようなこと言ってませんでしたっけ?」
    「あー、似たようなことは考えてたけど……同じかなぁ……?」

     例えばタイムマシンを使って過去に干渉したとして、果たして真の意味で元の世界に戻れるのだろうかという話である。
     チヒロはそれに対して『自身の認識する全てと一致していたのなら、認識外で改変が起こっていたとしても同じ世界である』と定義づけた。

  • 128二次元好きの匿名さん25/04/25(金) 15:12:46

    世のエンジニア達「わかる」

  • 129二次元好きの匿名さん25/04/25(金) 21:07:55

    保守

  • 130125/04/26(土) 00:21:50

    「そもそも、私たちは千年難題に挑む現ミレニアム最高の天才集団ですよ? 既存の常識で解けない問題に挑む私たちが既存の常識に囚われてどうするのですか」
    「……私もまだまだだね」

     降参と言わんばかりにチヒロは両手を上げた。
     ちょうどその辺りで調理場から『アバンギャルド君MK.1』の声が聞こえた。

    【プロトコルFRIED RICE、完了――】
    「私も出来たよー」

     二人の料理が完成し、審査員席に座る会長の元へと並べられる。
     そのうちの片方を見たチヒロは、思わず「うわ」と声を上げた。

     若干白く濁った液体から飛び出るカニカマと、スープの表面に浮くゴミみたいな溶き卵らしき何か。そこに唐揚げのようなものがどっぷりと浸っており、『調理部』の部長が自信たっぷりに出さなければどう見たって捨てる直前の残飯にしか見えなかった。

    「な、なんか調理部の料理、見た目が……」

     チヒロが言葉を濁すも、それを見た会長は愉快そうに笑った。

    「まるでゴミのようだ! これを僕が食べるのかい!!」
    「食ってみろって。部長の料理、結構美味いからよ」
    「なんだ美味しいのか……」
    「なんでちょっとがっかりしてんだよ」

     ネルはそう言いながら、マルクトが作った炒飯へと視線を向けた。

  • 131125/04/26(土) 00:22:07

    「そっちは普通の炒飯みたいだな。おい、これどっちから食べるとか決めた方がいいんじゃねぇのか?」
    「確かにそうね。『アバンギャルド君MK.1』、先攻と後攻のどちらの方が勝率が高いか調べてちょうだい」
    【分かりました。以前ヒマリに教えていただいたフォーラムサイトの情報より過去三か月分を対象に集計開始……完了。先攻で勝利する確率、100パーセント】
    「ではこちらが先攻よ、会長」
    「オッケー。炒飯からね」

     会長は律儀に両手を合わせて「いただきます」と言うと、レンゲを手に取って炒飯を一口。
     もぐもぐと咀嚼しながら「なるほどね」と頷いていたが……徐々に首を傾げ始めた。

    「どうしたのかしら」
    「いや……うん。なんだろう……。美味しいんだけど、どこかで食べたことがあるような……」
    「流石ね会長。その炒飯のレシピは誰もが愛するロングセラーレシピを完全再現したものよ」

     そんなリオの言い分に微妙な顔を浮かべるのは、そのレシピの正体を知っているチヒロとヒマリである。

     誰もが愛する……の部分はさておき、ロングセラーレシピという点においては料理レシピのコミュニティウェブサイトに載っているものと比較すれば歴史は長いと言えば長い。リオの言い方がちょっと過大評価すぎる節はあるが。

    「ちょっと待って、当てるから……」

     そう言って会長は炒飯、ではなく後ろのチヒロたちの方を観察し始めた。
     ただでさえ苦手な会長にしげしげと見つめられたチヒロは思いっきり顔をしかめる。

  • 132125/04/26(土) 00:22:21

    「ねぇ、チヒロちゃん」
    「……なんでしょう会長」
    「これ、本当に『誰もが愛するロングセラーレシピ』なの?」
    「あながち間違ってもいないんじゃないんですかね?」

     チヒロが渋々ながらそう答えると、会長は得心が言ったように「ああ!」と手を打って笑った。

    「これ冷凍炒飯の味付けだ!」
    「ふふ、炒飯のスタンダードモデルに間違いは無いわ」

     リオの味覚に合わせた結果がこれだった。

     確かに間違いは無い。それだけは間違いない。
     そして下手にアレンジできるほど誰も料理に詳しくなく、チヒロもヒマリも資料作成に時間を取られていた故の結果――

     少なくとも「だったらもう普通に買ってきてチンして出してもいいんじゃない?」なんて言う資格は二人に無い。

    「これは……何をどうやって評価を付ければいいのかなぁ……」
    「そりゃ冷食とおんなじもん作られたら分からねぇよな……」
    「それだけ冷凍食品は優れているということね」
    「ちげぇよ!?」

     会長は評価を一旦保留として化学調理部の見た目が終わったスープへと手を伸ばした。

  • 133125/04/26(土) 00:22:36

    「じゃあ、とりあえずスープから……」

     そう言って一口飲む会長。その姿に妙な緊張感を抱くエンジニア部と化学調理部の部員たち。ニコニコと笑っているのは部長だけだ。そして会長は妙なことを口にした。

    「これ、『化学調理部』の料理として作った、で合ってるのかな?」
    「そうだよー」
    「『普通』に使ったのは唐揚げとカニカマだけ?」
    「あたりー」

     会長の質問の意図が分からず首を捻るエンジニア部。そんな彼女たちを見て、会長は手招きをした。

    「ちょっとみんな、一口ずつ食べてみなよ」
    「いただくわ」

     一切の遠慮も無しにリオがレンゲを受け取って一口飲む。それから一口ずつ回し飲みして、最初に口を開いたのはウタハだった。

    「普通のスープだね」
    「え、卵入ってないの? じゃあこの浮いてるの何……?」
    「カニカマと唐揚げを入れた意図もよく分かりませんが……」

     特別美味しいというわけでは無いせよ普通に美味しい。
     新鮮味の無さで言えばマルクトの冷凍炒飯モドキと良い勝負だが、材料が分からずに首を傾げる。

     リオが口を開いたのはそんな時だった。

  • 134二次元好きの匿名さん25/04/26(土) 05:11:29

    保守

  • 135125/04/26(土) 11:06:54

    「もしかしてなのだけれど、味付けは全て精製した化学物質で付けているのかしら」
    「あたりっ!」

     部長の言葉に困惑した様子を見せたのはチヒロである。

    「要は煮たり焼いたりすれば済むところをわざわざ粉末状か何かに精製したものを混ぜ合わせて再現してる、ってこと?」
    「合ってるよー」
    「……じゃあ、新しい調味料の開発を行うのが活動目標?」
    「ううん。違うよ? ピーマンをお肉の味に変えられたら美味しいかなーって思ったんだー」

     どう違うのか一瞬混乱するが、何てことはない。
     『ピーマンを肉の味に変える』のが目的で、『ピーマンを肉の味に変える調味料を作ること』が目的ではないというだけの話である。要はアプローチの手段でしかないのだ。

     チヒロも『味覚』の分野は全くの門外漢ではあるものの、聞く限りにおいては悪くなさそうなテーマである。
     そんな部活があと8日後には廃部――というのが少々引っかかったチヒロは、慎重に言葉を選んだ。

    「つまり、性格が終わっている会長が皆さんの活動を理解しなかったから廃部になると?」
    「僕としてはもう少しキレのある罵倒が欲しいんだけどなぁ~?」
    「黙りなよ気色悪い」

     気味の悪い嬌声を上げる会長を捨て置いて部長に目を向けると、部長はふるふると首を振って否定した。

    「レシピは見つけたし、部費も下げられてないよ?」
    「じゃあ何で……?」

     そう問うと、部長は「うーんとねぇ」と言って、言葉を続けた。

  • 136125/04/26(土) 11:07:26

    「めんどくさくなっちゃった」
    「……………………ぇぇえええ!?」

     思わず声を上げるチヒロだが、調理部の部員たちは口々に「最初から肉詰めれば良いよね」だとか「スーパーの調味料で充分だったよね」だとかと頷き始めた。

     そんな様子に唖然としていると、直前まで身悶えしていた会長がするりと話に入って来た。

    「ま、つまるところ別に部活動である必要は無かったってパターンだよね。美味しいものを作って食べるのが好きなのに、部活動として活動しちゃうとセミナーに管理されるわ他の部活に襲われるわ……最近じゃあセミナー原理主義とか言うよく分からない勢力にまで目を付けられるしねぇ?」

     会長の言葉に頷く部員たち。それがチヒロには理解出来なかった。

    「いや、でも、そんな……そんな理由で廃部を決めるって……」
    「『千年難題を求める』チヒロちゃんにはピンと来ないのも当然さ。特に……『僕の』ミレニアムサイエンススクールにおいてはね」

     『千年難題』。
     その言葉が出た瞬間にチヒロが見たのは、きょとんとした化学調理部の面々の顔だった。

     何でそんな本気になって、なんて。そういう類いの隔意だ。

    「…………っ」

     思わず歯を食いしばる。
     この感情に名前を付けたくないと心からチヒロはそう感じて目を逸らす。

  • 137125/04/26(土) 11:07:39

    「おい」
    「ん?」

     横から掛かった声に会長が視線を向ける。
     その先には若干苛立ったようなネルの表情があった。

    「よく分かんねぇけど、言い過ぎなんじゃねぇか?」
    「言い過ぎ? 何のことかなぁ?」
    「テメェは今、そいつにとって大事なモンを馬鹿にしたんだろ?」
    「……ニヒヒッ」

     会長は邪悪に笑って席を立つ。それからこの場にいる全員を見渡して高々と宣告した。

    「忘れて貰っちゃ困るけど、僕は僕の感性においてのみ平等なんだよ? その上で言うけれど、どっちの料理もマズくは無いけど評価するには値しない」

     その言葉の全てはエンジニア部へと向けられていた。

    「化学調理部は独創性とアプローチこそ面白みがあったし、最後の最後でようやく食べられるものになったけれど、これを成果として提出できるレベルまで引き上げるには時間があまりに掛かり過ぎるし時間も予算も無さすぎる。エンジニア部は料理を作れるロボット開発をしたわけだけれど、万能調理ロボとしては人の手を借り過ぎているし、特化させるにしたって別に君たちである必要はないよねぇ? 誰でも作れるようなものを作ってどうするのさ」

     ニタニタと口の端を上げるその表情は純然たる『悪意』に満ちていた。

    「チヒロちゃん、ヒマリちゃん、ウタハちゃん、リオちゃん……」

     名を呼んで向けられるは嘲るような眼差し。嘲笑の笑みが等しく全てに向けられる。

     そして――

    「ねぇ、頑張っているフリは楽し――」
    「――ざっけんな!!」

  • 138125/04/26(土) 11:07:56

     直後に会長を殴り飛ばしたネルの拳が残滓に残る。
     殴り飛ばされた会長は壁に叩きつけられ、口の中でも切ったのか頬を押さえていた。

    「会長だか何だか知らねぇけどなァ!! 言って良いことと悪いことがあんじゃねぇのか!?」
    「痛ったぁ……。君は化学調理部側じゃなかったっけ?」
    「うるせぇ!! やっぱりテメェの性格はドブ以下だな本当によォッ!!」
    「じゃあどうするんだい? 正直君が化学調理部を『見限ってまで』エンジニア部に付く理由なんて無いだろうに」
    「リオ!!」

     ネルは叫んだ。

    「なんか出せ!」

     美甘ネルは理由を欲した。ただ自らの筋を通すに値する理由を。

     そしてそのことは――何を求められているのかすら分からないままに、決着を付けられるだけの何かが必要なのだと言うことだけはリオでも分かった。

    「つまり、私たちが勝てば良いのでしょう?」

     ――こう言った時、良きにせよ悪しきにせよ瞬間最大出力を放つのがリオであるのだと、エンジニア部の全員は認識している。

     そしてその瞬間は間近に居たとて止めようも無く、残り続ける舌禍を防ぐことは誰一人として出来なかった。

    「イェソドならあなたより強いわ、美甘ネル」
    「へぇ?」
    「勝ったらそれで決着よ」
    「分かった」

     チヒロは気が遠くなったかのように向こうを眺め始め、ヒマリが顔を両手で覆った。
     ウタハが可否の判断すら付かずに曖昧な表情を浮かべる中、リオは自信ありげに頷いた。

  • 139125/04/26(土) 11:08:08

    「私たちがどうしてあなたの協力を求めているのか、その根拠をあなたに示すわ。私たちが戦っている相手が何なのか、あなたには知って欲しいもの」
    「そのイェソドってのはすぐ戦えんのか?」
    「ええ、今すぐにでも」
    「じゃあ案内しろ。詳しい話は後で良い」
    「ちょ、待った! ストップ! 話がいきなり進み過ぎ――」

     ネルが立ちあがったところで慌ててチヒロが声を上げる。
     しかし会長は手を打ってそれを遮った。

    「いいや待たなくていい! 調理部の皆は付き合ってくれてありがとね。で、チヒロちゃん。僕にもイェソドを見せてくれよ。どうせ追加の資金や資材、あと時間が欲しいんだろう? 提出してくれた資料と合わせてイェソドのスペックも評価に加える」
    「ッ――!」
    「『廃墟』を禁足地に指定されたら困るんだろう? 連邦生徒会相手に時間稼ぎができるのは僕なんだから、チヒロちゃんも『会長』じゃなくって『僕個人』に対して多少は手の内を出してみてもいいんじゃないかなぁ?」

     畳みかけるように会長はチヒロへと詰め寄る。チヒロが何かを言い返す前に続けて会長は口を開いた。

    「今だったら『会長』としての判断はしないであげる。僕は僕にとって面白いものを見せてくれた相手へ『個人的な』融資をしてあげよう。今この場で決めなかったら公平で不平等な『セミナー会長』として正式な判断を下すしか無いんだから迷う暇なんて無いし断る理由も無いはずだ。感情ではなく合理的に考えてそこに相違は無いだろう?」

     今まで見た事もないような強引さで切り込む会長に思わずチヒロも息を呑む。
     その呼吸の間隙を突くように会長はこの場を取り仕切った。

  • 140二次元好きの匿名さん25/04/26(土) 11:08:11

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  • 141125/04/26(土) 11:08:41

    「場所は屋内訓練場。今から一時間後に試合開始。あー、そうそう。その調理ロボ、出来が良いから試合のときに調べさせてよ。はい、一旦解散解散!」

     嵐のように言うだけ言って、会長は部室から立ち去った。
     残ったのは呆然と立ち尽くすエンジニア部と舌打ちをするネル。それから話についていけていない化学調理部の面々である。

    「あの……」

     調理部の部員が口を開いた。

    「後片付けはこっちでやっておくから、行った方がいいんじゃない?」
    「そうね、助かるわ。……どうしたの?」

     リオが首を傾げてチヒロたちに視線を向ける。
     チヒロは頭を抱えながら苦し気に呟いた。

    「結果的に状況が良くなったのか悪くなったのかの判断が付かなさ過ぎるからノーコメントで」

     少なくとも、事態が急激に進行したことだけは確かであった。

    -----

  • 142125/04/26(土) 17:48:46

     キヴォトスにおいて、銃撃戦を始めとした戦闘行為は日常生活と切っても切り離せないほど身近なものである。
     各自治区の治安維持組織が戦闘訓練を行うように、合理と科学の最先端を走り続けるミレニアムにも訓練用の設備は完備されていた。

     中でも目を引くのはその設備の豊富さであろう。
     屋外戦、屋内戦、市街地戦……代表的な三種の戦場を最新鋭の技術の元で再現しており、尚且つ如何なる戦術にも耐えうるその強度はキヴォトスでもトップクラスのもの。近年から連邦生徒会主導の下で開かれ始めた合同火力演習においても、そのミレニアムの技術力あってのものであると広く知れ渡っている。

     そんなミレニアムが誇る演習場設計技術の最先端、屋内訓練場のバルコニーから眼下を除くエンジニア部の四人の表情は険しいものであった。

     これから行われる戦いのことではない。今しがた目覚めたことが判明した八番目のセフィラ、ホドについてだ。

    「まさか乗り移っている間はセフィラの目覚めが感知できないなんてね……」

     眉間のしわをほぐすように指で押さえるチヒロであったが、マルクトを『アバンギャルド君MK.1』から本来の機体へ移したおかげで判明した事実だ。幸運と呼ぶほかない。

     その『本来の機体へ戻す』きっかけになった会長は『アバンギャルド君MK.1』を分解しないまでにしげしげと眺めている。見せる際に「実行コードは流石に機密ですので」と言って渡したのだからソフトウェアの入っていないただの模型も同然であるのだが、もはやマルクトの存在を隠す必要があるのかどうかすら判断が付かない状況である。

  • 143125/04/26(土) 17:49:00

    「チヒロ、そろそろ始まるみたいだ」

     眼下を見下ろすウタハの声にチヒロが視線を向けた。
     その先にあるのは接続された二種の戦場と、その内部を映した複数のモニターである。

     戦場は大きく分けて三つに分類される。

     一つは教室型。机や椅子などの障害物が多数設置されたエリアであり、攻撃するにも防御するにもオブジェクトをどれだけ有効に活用できるかがカギとなる屋内戦場その1だ。

     そこから繋がるのは廊下部分。折れた直線となっており、それ以外のオブジェクトは存在しない極めてシンプルな戦場である。オブジェクトが無い分、面制圧が有利となる屋内戦場だ。

     そして最後にここ。バルコニーから見える屋外戦場だ。
     ミレニアムの演習場において屋外と屋内を分ける定義は簡単なもので、多目的体育スペースほどの大きさがあれば基本的に屋外戦場として扱われ、今回においてもその定義は適用されていた。

     要は壁から壁までの距離と天井の高さなのだ。

     聞くところによれば戦闘を得意とする一部の生徒は、壁や天井といった構造体までもを武器にし足場にするという。スナイパーの受ける風の影響などであれば理解できるが、そこまで行くと少なくともエンジニア部の面々にとっては実感のない驚嘆ぐらいの感想しか湧いてこない。

     そもそもの話、リオもヒマリもウタハもチヒロも、決して前線に出るタイプではなく後方から支援を行う方が得意な技術者に過ぎない。アシストするなら欺瞞工作のしやすい市街地戦を選ぶだろうが、前線での戦闘要員として狩り出されるのなら市街地も屋内も屋外もそれほど大きく影響せず平凡に過ぎない。

     そんな認識の元で見学する『本物』の戦闘特化、ミレニアムの伝説たるネルと、人智を超えた『特異現象』を手繰るイェソドの勝負。どうなるかなど、まるで予想も出来ないものであった。

  • 144125/04/26(土) 17:49:17

    「なぁ」

     屋外戦場で二挺のサブマシンガンを手にするネルが声を上げた。

    「こっちが負けたら即時入部、こっちが勝ったら保留っつーか一旦流しでいいんだよな?」
    「はい。こちらが勝てば嫌でも協力していただくということで」
    「はっ――負ける気は当然ねぇけど、ちったぁやれる奴が出てくんのを期待していいんだな?」
    「もちろん」

     ヒマリがそう言うとネルは楽しそうに笑う。
     『アバンギャルド君MK.1』をいじっていた会長が手元のリモコンを操作すると、ネルの対岸のシャッターが徐々に開き始めた。

     出て来たのはトラ型の機体。第九セフィラのイェソド。
     のそりと面倒そうに歩き始める姿はまさしく虎そのものである。

     そしてその光景は太古に存在したとされるコロッセオを思わせた。

     会長は骨振動マイクへと手を当てた。

    【それじゃあ、これからエンジニア部と美甘ネルの対決を始めるよ。あー、詳しくは聞かないから安心してねチヒロちゃん?】

     チヒロは密かに舌打ちを打ちかけたが、寸で留まることが出来た。

    【イェソドって音声認識できるの? よーいどんって言って良い?】
    「……マルクト。会長の声に合わせてイェソドに伝えてあげて」
    【分かりました】

     チヒロの言葉に応じるマルクト。それからチヒロが会長へ頷くと、会長はすっと手を上げた。

    【それじゃあ、イェソド対ネルちゃん――はじめっ!!】

  • 145125/04/26(土) 22:26:48

     振り下ろされた手と共に戦いの火蓋が切って落とされ――直後にイェソドが放つは一撃必殺の雷撃である。
     同じくネルが大きく真横に飛んでそれを回避。傍目には初見殺しを避けた未来予知にも等しいが、ネルにとっては何ということでも無かった。

     ――警戒して正解だったな。電撃か?

     生粋のファイターである以上、最も警戒すべきことこそが未知の武装である。
     対人であれば相手の装備からある程度の判断はつくものの、相手はトラ型。尚且つ機械。何処にどんな装備を仕込んでいるか分からない未知の結晶であるならば、最初はひとまず避けるのが鉄則である。

    「――行くぞ!!」

     ダン、と足を踏み鳴らして一直線にイェソドへ向かいながら両手のサブマシンガンを前へ向けて射撃――だがイェソドは避けることなくその場に留まる。そこに違和感を感じた――次の瞬間だった。

    「がっ……!?」

     突如脇腹へ突き刺さる痛み。銃撃だと即座に判断しつつも転がるネル。そこに浴びせかけられる雷撃に対して身体が地面に着くや否や飛びずさるネルはそれを回避。鋭くイェソドを観察する。

     そこに声を漏らしたのは実際にイェソドと交戦したオーディエンスである。

    「雷撃を初見で躱すのは凄いねチヒロ」
    「戦い慣れって本当にあるんだね」
    「ですが銃撃の秘密に気付けるかどうかですね」

     ウタハたちが口々に呟く中、まともな交戦経験を持っていないリオは黙って勝負の行方を眺め続ける。

  • 146125/04/26(土) 22:45:04

     イェソドの動きは捕獲時と比べて多少なりとも精度が向上していた。
     受けた弾丸を瞬間移動で相手に返す動きからの雷撃発射までにかかる時間は約2秒。以前はもう少し隙が出来ていたが、奇襲という点においては問題ない短さだろう。

     しかしそれでもネルは避け続けた。
     試すように何発か銃撃を行い、その度に返される銃弾にその身を晒されながらも思考だけが加速し続けていく。

    (撃つと撃たれる。撃たれた場所に銃口はねぇ。何が起きてる? いや、そんなことはどうでもいい)

     ネルは研究者でも科学者でも無い。よって必要なのは結果として起こる事象のみだ。
     止まれば雷撃。撃てば亜空間射撃。だったら一気に近付いて肉弾戦に持ち込めばいい。

     戦闘開始から7発目の雷撃を躱したところで一気にイェソドへ向かって走り出す。
     風を切るように近付いてきたネルに対し、イェソドはネルの背後に瞬間移動――その姿が消失し、ネルが驚きに目を見開くと同時、背中目掛けて雷撃が突き刺さる。

    「がァっ――!?」

     全身を流れる電流に激しく身体を仰け反らせるネル。
     反射的に呻き声を上げながらも、その瞳だけは背後のイェソドを捕えた――瞬間、イェソドの警戒レベルが一気に跳ね上がる。

    【――――】

     イェソドはネルを確実に仕留めるべく瞬間移動を開始。周囲を取り囲むように五連続。顕在化と同時に雷撃を放つ動きを全方面から行う。それは『瞬間』であり『一瞬』。相手が何も分からないままに叩き潰す攻撃――

  • 147125/04/26(土) 23:21:04

    「へへっ」

     ――それが阻まれたのだ。
     刹那の内に全ての雷撃を薙ぎ払ったのは音速を超える勢いで振り回されたチェーン。二挺のサブマシンガンの銃底を繋ぐニッケル合金が雷撃の直撃を防ぎ切る。

    「どんな手品か分かんねぇけど銃で撃たれるより電撃食らう方がやべぇってのは分かった。分かったんならこうするよなァ!!」

     ネルが全方面に向けて銃弾をばら撒く。自身に対する瞬間移動では避け切れないと悟ったイェソドは、受けた銃弾の『移動』を開始。数発の銃弾がネルに返され手足を削るが、そこで見せたのは鮫のように笑うネルの凶相。

    「そこでいいんだな?」

     即座に両手のサブマシンガンをイェソドに向けて乱射しながら真横に向かって走り出す。
     当たった銃弾をネルへ送り返し続けるが、ジグザグにターンするネルの動きを完全に捕捉することが出来ない。

     当然だ。受けた銃弾の力のベクトルまでもを計算して相手の座標へ送り込むというのは、言わば相手に向かって発砲するのと変わらない。見えない銃口を設置して放つのと同じである以上、ランダムで動き続けるのは有効なのだ。

    「おらおらァ! どうしたぁ!!」

     叫びながら迫って来るネルに対してイェソドが取れる手段はほぼ無かった。
     触れた銃弾に対する瞬間移動を止めた瞬間、二挺のサブマシンガンから繰り出される銃撃に捕まることは火を見るよりも明らか。一度捕まれば体勢が崩される。そうなれば銃撃が止むまで瞬間移動が封じられる。

  • 148125/04/26(土) 23:21:20

     そうして眼前まで迫ったネルはイェソドの首にチェーンを巻いて、そのまま飛び越えるようにイェソドの頭上へ飛び込んだ。首が上がる。止まっていなければ瞬間移動できないからこそ尻尾での射撃に切り替えるしかない。

     尻尾の先端がネルの身体に向けられる――瞬間、ネルは右足で尻尾の中ほどから先端を絡め取って稼働性を奪う。先端から雷撃。首を傾けて回避。イェソドの後方へ着地。ネルが笑った。

    「ぶっ飛べぇぇえええ!!」

     戦いの様子を見ていたリオたちが驚愕に目を見開いた。

     ネルは両手でチェーンを引きずり回してイェソドを頭上へと放り投げたのだ。
     駒でも回すかのように片手に残した銃でもう片方の銃を引き寄せると、イェソドの身体はチェーンに摩擦によって空中で激しく回転。そこ目掛けて唸りを上げるは二挺のサブマシンガン。逃れる術は何処にも無い――

    【チヒロ、イェソドより連絡です。このルールにおいてネルに勝てる可能性が無い、と】
    「う、嘘でしょ……」

     目を見開いたままチヒロたちは眼前の光景を疑う他なかった。
     あれだけ捕獲に苦戦したイェソドがいともたやすく蹂躙されるなんて想像もしていなかったのだ。

     全身に銃撃を受けたイェソドが空中から地面へ落下する。
     降参の意を示すように体勢を立て直すことなく倒れた姿を晒し、ネルはイェソドに背を向けて握った拳を天高く突き上げた。

    「勝ったぞおらぁ!!」

     それは、研究や開発の分野における天才たちが集うエンジニア部において欠けていたピースの一つ。
     直接戦闘という分野における天才。ミレニアムの最強。合理を超えた暴力の化身。その手に掲げるは『勝利』の二文字。

     タイラント、美甘ネル。

     その脅威を示したところで、エンジニア部の敗北は決定した。

    -----

  • 149二次元好きの匿名さん25/04/26(土) 23:30:10

    約束された勝利の象徴は伊達ではない

  • 150125/04/26(土) 23:56:46

    「っ……痛ってぇ……」

     バルコニーに上がって来たネルはエンジニア部の一同に目を向けると、ニカッと笑顔を見せた。

    「おう、結構楽しかったぞ! ……ちっ、まだ手が痺れてやがる」

     あまりに緊張感のない様子に、リオが慄きながら口元を押さえた。

    「あ、あんなに苦労して捕まえたのに……」
    「あぁ? 捕まえた? あれを?」

     チヒロがちらりと会長の方を見る。
     遠い。聞こえない距離だ。「手短に」とだけ釘を刺してイェソド捕獲のあらましだけでもリオに話させることにした。

     それを聞いたネルは「ふぅん?」と考え込むように顎へ手をやる。

    「あなたがいたらもっと簡単に捕まえられたでしょうね」

     若干落ち込みながら呟くリオ。それに対して首を振ったのはネルだった。

    「いや、無理だろ。あたしがいたら逃げ出すぞあいつ」
    「え?」

     それからネルが語ったのはイェソドの『戦闘能力』についての話であった。

  • 151125/04/27(日) 00:03:37

    「なんか突然ワープするけどよ、あれってそもそも攻撃用じゃねぇだろ。状況のリセットなんだよ」
    「どういうこと?」
    「あー、殴り合いも撃ち合いもそうだけどよ。どうやって間合いに入るか、間合いから逃げるかってのが戦いの基本だろ? んで、近付くのも逃げ出すのも絶対に予備動作がいる。だから読み合いが起こるんだ」
    「つまり、読み合いさせずに戦局を無理やり変えるのがイェソドの強みってことかな?」

     ウタハの言葉にネルが頷く。

    「向かい合っての殴り合いじゃなくって死角からの奇襲だったら流石にキツい。一撃離脱を繰り返されたらどうしようもねぇしな。そんで逃げられたら動き出しが分かんねぇから偏差撃ちも出来ねぇし追い付けねぇ。何より、どれだけ追い詰めても逃げられたら意味がねぇ」
    「待ってちょうだい。あなたは空中に投げれば逃げられないといつ分かったの?」
    「あぁ? んなことまで考えてねぇよ。空中に投げれば鳥だろうがトカゲだろうが無防備になるから投げただけだ」
    「…………」

     ぶっきらぼうに言うネルに今度こそ一同は絶句した。
     物理法則を無視したルールを押し付けてくるセフィラに対して、自分のルールを押し付けられる強さを持つネルという存在はまさしく暴君に他ならない。

     何より、前情報から粗暴な印象を受けていたが実際は違う。
     確かな戦術理論を持ったうえで勘所に強いという非凡な才能。決してただ暴れるだけのバーサーカーでは無いという点においては、確かにネルもミレニアムの生徒であった。

  • 152125/04/27(日) 00:39:57

    「ネル」

     リオが口を開いた。

    「あなたの力が必要よ。私たちに協力してくれないかしら」
    「っつってもなぁ。あたしが勝っちまったんだから素直に『うん』とも言えねぇだろ」
    「それは……」

     思わず目を逸らすリオ。それにネルは頭をガシガシと掻きながら溜め息を吐いた。

    「来月からな」
    「え?」
    「今月までは化学調理部で料理も教わるし護衛もやる。だからあと8日待て。そしたら協力してやるよ」
    「本当……?」
    「ああ、約束は守るって決めてんだ」

     ふっ、と笑うネルの姿に心強さを感じたところで、向こうから会長がやってきた。

    「いやぁ~、負けちゃったねエンジニア部」
    「会長……」

     チヒロが露骨に警戒心を剥き出しにする。
     その様子をセミナーの会長は明確に笑った。

    「イェソドね。君たちが作ったとは思えないから『廃墟』で見つけたのかな? それで何らかの方法で制御する術を見つけた。これが君たちが追加調査したいなんて言い出した理由、そうだろう?」
    「…………」

     情報を渡したくない一心で閉口するチヒロ。
     その緊張感を以て他の面々もまた押し黙る。なおも喋り続けるのは会長だけだ。

  • 153二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:59:17

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  • 154125/04/27(日) 00:59:42

    「オッケーオッケー。とりあえず今後もイェソドみたいなのを『廃墟』で見つけて研究したいんだろう? いいよ、連邦生徒会には何とか言っておくし僕もそれを邪魔しない。むしろ協力するよ、有償で。ああ、もちろん『セミナーの会長』としては流石に見過ごせないけど、ここに居るのはあくまで『会長』じゃなくって『個人』だから関係ないよねぇ?」

     嫌な笑みを浮かべる会長に、チヒロは簡潔に短く尋ねた。

    「私たちに何をさせたいんですか?」
    「ミレニアムEXPOでの強制参加。セミナーも出店するからちょっと手伝ってくれないかなぁ?」
    「……はい?」

     ミレニアムEXPOとは9月の中頃に行われるミレニアムの恒例行事だ。
     各部活動が一斉に出店するある種の文化祭であり、それには他校の生徒会も見学に来るような一大イベントである。

    「セミナーからはお茶濁しにメイド喫茶を出店する予定でね。メイド姿の君たちを見るのも面白いと思ってねぇ?」
    「なっ、なんで私たちが!? セミナーにも部員は多いでしょう!?」

     チヒロが抗議の声を上げると会長は肩を竦めた。

    「セミナー原理主義の襲撃はやっぱり防がないといけないよねぇ? そうしたらほら、セミナーから出せる人手は減るよねぇ?」
    「うぐっ――」
    「でもミレニアムの代表であるセミナーがただ運営として裏方に回るってのも何とも言えないんだよ。だってオデュッセイアとの校交は今年から積極的に始めてるんだから。まー政治的な問題ってやつかな。使える駒は余すことなく使わないと」
    「そもそもどうしてメイド喫茶なんかを……」

     それにはきょとんとした顔を浮かべる会長だった。

  • 155125/04/27(日) 01:21:56

    「え、だって可愛いじゃんメイド。僕だってもう少し背が高かったらやりたかったけど、背が足りなくておままごとっぽさが出るからね。せめて見るぐらいは許されて然るべきだろう?」
    「いやだからなんでメイド……」
    「絶対チヒロちゃんなら似合うと思うんだよねメイド服! ウタハちゃんとヒマリちゃんには正直男装して欲しいけどコンセプトがズレるから今回は我慢するよ。リオちゃんはドジっ子メイドの適正は大有りじゃないかな!?」
    「ドジっ子!? 客席を破壊するつもりですか!?」
    「あの、私のことを何だと思っているのチヒロ……」

     リオが哀愁を漂わせる表情で呟いた。
     そんなところで会長はチヒロへと囁く。

    「即金で出せる融資の条件だよ。……ちなみに、新しく部活を作るんだったらエンジニア部とは別途部費を渡せるかもね」
    「っ!」
    「もちろん成果はそれぞれで上げてもらう必要はあるけれど、それだったら『僕』から前借りしたって返し切れるんじゃなぁい?」

     まさにそれがセミナー会長という立場の為せる技であった。
     一個人では扱えない資金と権限を振り回せる統率者。加えて会長は資金繰りに特化した外交官でもある。

     ソフトウェアのことなら誰よりも熟知しているチヒロと同じように、こと交渉という戦場に上げられればこの場にいる誰よりも強い権限を持つのが会長なのであった。

  • 156125/04/27(日) 01:22:09

    「ひとまず……サーバールーム設営のために機材を貸してはくれませんか……?」
    「オッケー。とりあえず1200万ぐらいまでなら個人で出せるから申請あげといて。今日中には承認しておくから」

     ひらひらと手を振って立ち去る会長。その後ろ姿を見ながらチヒロは憎々し気に呟いた。

    「何としてでも借金は返すよ……。これ以上好き勝手されないために……!」
    「……あんたらも大変だな」

     ネルが苦笑を浮かべて……三日後。
     トレーラーの修繕を終えたエンジニア部もとい特異現象捜査部は再び『廃墟』へと向かっていた。

     既に目覚めて三日が経ったホドの捕獲。そのための前哨戦を行うために。

     八番目のセフィラ、輝きに証明されし栄光――ホド。
     彼の存在が如何なる『特異現象』を伴うかは不明。しかも既に三日が経っている。生まれたての小鹿では決してない。

     かくして、四回目の廃墟探索が始まった――

    -----

  • 157二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 03:50:17

    保守を追うもの

  • 158二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 08:55:20

  • 159125/04/27(日) 16:21:50

    「状況を説明するよ」

     『廃墟』へ向かうトレーラーの中で、チヒロが一同を見渡した。
     前回の探索で機材の大半をイェソドに破壊されたため、トレーラーの中も以前と比べて随分とすっきりしてしまっている。
     雷ちゃんも今回は持って来ておらず、リオのAMASは現在全滅中。乗っているのはリオ、ヒマリ、チヒロ、ウタハの四人のみだ。

    「会長の融資で何とか通信網だけは復旧させたから、前回同様『クォンタムデバイス』を使った会話とマッピング情報の共有は出来る状態ではある。ただし、そっちで何かあっても解析とかは出来ないから要注意」
    「まぁ、フラクタル都市の探索時は解析して頂きたいものありませんでしたし問題ないでしょう」
    「……とは言い切れないのが今回でね」

     ヒマリに渋そうな顔を向けるチヒロ。というのも、今回は場所が場所だった。

    「ホドの反応があったのは噴水広場から左へ曲がった先にある工場っぽい場所なんだけど、問題はその工場、地下にあるんだよね」
    「つまり……マルクトを見つけたときのような探索になるというわけですね?」
    「8割正解」
    「残りの2割は?」
    「車が入れない」

     ああ……、とヒマリが呻いた。

     車両が内部に入れないということは、ホドの捕獲に成功しても侵入口まで運ぶ必要があるということでもある。
     加えて、探索チームに何かあっても迎えにいけない。ただ皆の帰りを待つことしか出来ないのだ。

     そのような状況で、もしも工場内部が移動する部屋と通路で構成されていた場合、機材が足りないせいで移動先の予測も出来ない。つまりは最悪、内部で遭難だって有り得る。今回の探索にはそうした数多の懸念事項を抱えたまま行うしかなかった。

  • 160125/04/27(日) 16:22:17

    「本当だったらこんな装備で探索なんてするべきじゃ無いんだけど、ホドが動き出してからもう三日も経っている。イェソドの時もそうだったけど、時間経過でセフィラの脅威度が上がっていくって考えたら今のうちに工場内の状況だけでも掴んでおかないとマズい」

     その上で、とチヒロはウタハの方を向く。

    「今回の探索、ウタハの代わりに私が行っていい? というか、ウタハにはやって欲しいことがあるんだよね」
    「私に?」
    「瞬間移動が出来る装置を作って」
    「……っとぉ、いきなり凄いこと言ってくれるね? ……マルクト」
    【はい。私たちの機能を何処まで再現できるかは不明ですが、『瞬間移動』を行うに必要なデバイスならば分かります】
    「よし、じゃあ色々と教えてもらおうかな」

     その辺りでリオが口を開く。

    「では、探索メンバーはヒマリ、チヒロ、私の三人ね」
    「実際に特異現象を探るのは五日後。ネルが来てからになるから、それまでセフィラとの交戦は全力で回避するよ」
    「仮に見つけても見つからないよう逃げれば良いのですね」

     イェソドと初遭遇した時のことを思い出せば当然だろう。
     本物の戦闘職を見た後で「自分たちで戦おう」なんて意味の無い危険を冒すつもりは一切ない。

     いま必要なのはあくまで内部構造のマッピングである。扉にロックがかかっていればなるべく多く解除する。
     とにかくネルが来たらホドと交戦できるよう、そのための前準備のみが今回の目的。欲は出さない。それが何よりも重要だった。

    「ところでチヒロ。君の分のグローブを用意したから渡しておくよ」
    「ありがとウタハ」

  • 161125/04/27(日) 16:42:19

     ウタハから瑠璃紺色のグローブを受け取ったチヒロは、それを両手に嵌めた。
     タブレット操作がしやすいよう指ぬきタイプとなっていた。代わりにチヒロは中継機となる『クォンタムデバイス』をウタハへと渡す。

    「確かに預かったよ。皆、準備はいいかい?」

     ウタハの言葉に皆が頷いた。

     チヒロとヒマリはそれぞれマガジンポーチと手榴弾、スモークグレネードを何個か腰に引っ掛ける。
     リオはイェソド戦の時にヒマリたちが使っていた強化ポリカーボネート防護盾を背中に背負う。銃撃戦が始まったらどのみち戦力外だ。軟膏を始めとした諸々の荷物の持ち運びはリオに任せることとなった。

     やがてトレーラーが停車する。
     外へ出ると、視界の先には下へと下るスロープが続いていた。
     道の果てには地下一階へと続く搬出口が開いており、そこから内部へ侵入できることが見て取れる。

    【皆さん、ご武運を】

     マルクトの声。ウタハに見送られた探索メンバーのリオ、ヒマリ、チヒロの三人は、そうして工場へと向かって行った。

    -----

  • 162125/04/27(日) 22:42:58

     工場の内部は薄暗いものの視界の確保が困難と言うほどではなかった。
     壁を走る謎の配管はところどころが錆びついており、ずっと昔に稼働を止めてしまったことが伺える。

     床面はエポキシ樹脂で塗り固められており、深い緑が遠くまで続いている。
     とはいっても、劣化が激しくひび割れてしまっているため見栄えが良いと言うわけでもない。

    「ふと気になったのですが、この辺りの建造年代はいつ頃なのでしょうか……?」
    「なんかちぐはぐだよね。何十年か前ぐらいのはずなのに情報が全く残っていないってのも」

     慎重に進みながらも零したヒマリの疑問にチヒロも頷く。
     何百年も技術的進歩が行われていないとしても、劣化具合からしてそこまで昔のはずも無いのだ。

     にも関わらず、『廃墟』に関する情報は皆無と言って良い。
     面白がって語られる噂話程度で具体的なことは何一つ残っていないのだ。

    「そういえば、マルクトの精神感応を受け続けて廃人になったという噂もありましたが、実際のところどうなのですマルクト?」
    【我を呼びましたか?】
    「ええ、噂によると精神感応で呼びかけられ続けて気が触れた、という内容でしたね」

     ヒマリが通信越しのマルクトに聞くと、マルクトが次の言葉を発するまでに少し考えるような間が空いた。

    【我はある程度の距離まで来た人間に語り掛けていましたが、ミレニアムまで戻ってしまった方にも語り掛け続けてはおりません。しかし、ある種のトラウマを植え付けてしまった結果、そのような幻聴を併発させてしまった可能性は否めません】
    「チャンネルは今でも繋げているのかしら?」
    【いいえリオ。我は24時間経った時点で基本的にチャンネルを閉じるようにしてます。現状繋いでいるのはリオ、ヒマリ、ウタハ、チヒロの四人だけです】

  • 163125/04/27(日) 22:43:12

     精神感応を行うためのチャンネルが開いてさえいれば、マルクトから直接意識へ語り掛けられるのと同じようにリオたちからマルクトへ語り掛けることも不可能ではない。

     しかし、頭の中で話すべき内容を『想像』するのと対象の意識へ『語り掛ける』ことは全くの別物だ。
     虚空に向かって発声しながら呼び掛ける方が上手く届くため、無言で意識だけを送る方法については忙しかったのもあり、特に誰も練習しているわけではなかった。

     そこで気になったのがマルクトと開通している相手同士が直接精神感応で語り合えるのかという点である。
     チヒロがマルクトに尋ねてみると、マルクトはその可能性を否定した。

    【あくまで我と対象の回線であり、我が代弁しない限りは別の方へ届くことも無いでしょう】
    「でもさ、マルクトを中継サーバーって考えたら意識から意識に対するハッキングも出来るんじゃなかなって思うんだけど……?」
    【……その可能性を否定することは出来ません。そう言った機能を持つセフィラが存在するのであれば可能とは思いますが……】
    「まぁ、『理由』が無いよね」

     セフィラは十体一機で製造されたドロイド群だ。
     そのうちの一体がマルクトの精神感応をハッキングするためだけに作られたなんて可能性は皆無に等しいだろう。

  • 164125/04/27(日) 22:43:33

    「というか今更だけど、十体一機ってことは『精神感応』も『瞬間移動』も何かの部品でしかないってことだよね。流石にサンプル数が少なすぎるからどうしようもないけど、次のセフィラの特異現象を推測できると楽かもね」

     そうして思い返すはこの工場に居るセフィラの異名。『輝きに証明されし栄光、ホド』。
     栄光の名を冠する存在であることは分かれども、やはりここから特異現象を推測するのは難しそうであった。

    「ふふ、『基礎』と言われて出て来たのが『瞬間移動』でしたからね。素直に従って良いのならイェソドのアストラル投射こそが『基礎』であるということになりますが……」
    「マルクトは何だったかしら?」
    【『王国』です。『世界の果てに到達せし王国の巡礼者、マルクト』――それが我に与えられた名前です】

     マルクトの声に唸る一同。
     『王国』と『基礎』。続けて『栄光』……、思いつくものは特に無し。

    「止めよう。今考えて思いつかないなら知識か経験が足りてないから」

     不毛過ぎると話を打ち切ったところで廊下を曲がると、電子錠でロックされた扉がチヒロたちの前に立ちはだかった。

    「やっぱり在ったか」

     チヒロが前に進みながら腰のベルトポーチから電子錠の解体セットを取り出す。
     モジュールを外して現れたコネクタに持ってきたデバイスに接続すると、扉の脇に座り込んで端末を操作し始めた。

    「うん、アラーム制御のモデルは一般的なのとそう大差ないね。誤入力カウンターは無効化可能。ファームウェアは……うん。これなら総当たりかけても30分で解除できる」
    「鍵開けならやはりチーちゃんですね」

     ヒマリがそう言うと「普通の鍵ならね」とチヒロは苦笑した。
     二年後にはどんな鍵でも一瞬で開ける後輩がミレニアムにやってくることを知っている以上、自分はあくまで現実的な開け方しか出来ないと笑う他ない。

  • 165125/04/27(日) 23:42:17

    「正直、サーバールームを見つけて制御系の攻略までは済ませたいね。毎回扉にハッキングを仕掛けるのも面倒」
    「マッピングもそれである程度は完了しそうですね」

     セキュリティが生きているなら頭を押さえれば内部構造の情報も手に入る。
     ヒマリの言葉にチヒロは頷いた。

    「ウタハ。一応だけど巡回兵の反応は?」
    【無いね。ただし未確認の兵が居たら分からないけど】
    「そればっかりは仕方ない。ほんと、機材さえあれば反応解析とフラグ付けが出来たんだけど……」

     無い無い尽くしで嫌になる。しかしその点においては一家言あるリオが口を開いた。

    「足りないなんていつものことよ。出来るのは足りないなりに何とかするということだけ」
    「研究専門はいつだって資金難に陥るものですからね」

     ヒマリがそう言うと、リオは『クォンタムデバイス』から送られたマッピング情報の再確認を行った。
     ここまでトラップの類いは無し。敵性個体の反応も無し。問題なのは、ここまで見て来た部屋の構造から先の構造を推測することが出来ないということ。

     ランダムなのだ。全ての構造が。
     自分たちが入って来た場所が搬出口なら、搬出するのに適した構造が予測される。

     しかしここまでを振り返るにとてもそうとは思えない。つまりは不合理。物資搬入の動線も何も無く、あくまでここは工場『らしき場所』にしか思えない。

     言ってしまえば『古そうな工場らしき場所』と呼ぶのが正しいだろう。
     そう思えるよう何者かにデザインされたとしか思えない不可思議な建造物。セフィラ探しのための探索型アトラクションにしか見えなかった。

  • 166125/04/27(日) 23:49:03

    「開いたよ」

     チヒロの声で思考の海から戻ったリオは、開いた扉の先を見る。
     そこはエレベーターであった。操作盤を見るに地下三階にしか降りられない非合理なもの。

    「食虫植物に食べられる直前の虫ってこういう気分なのかしら」
    「……ヒマリ。なんでいまそんなことを言うのですか? 何だか帰りたくなってきたんですけど」
    「私はいつもそんな気持ちよ」
    「でしたら自分ひとりに留めておいてはくれませんかね……?」

     重くなる空気。それを払拭するようにチヒロがエレベーターへと乗り込んだ。

    「ほら行くよ。後回しにしてホドが出てきてどうしようもなくなったらどうすんの?」
    「……はぁい」

     ヒマリが極めて嫌そうに言いながらエレベーターに乗る。
     リオも続いたところで扉が閉まり、一行は昏い奥底へと進んで行った。

    -----

  • 167125/04/28(月) 00:45:32

     地上。トレーラー内に設けられた作業用スペースに座るウタハはマルクトと共に『瞬間移動』を再現するための装置について話をしていた。

    「脳波コントローラーも言ってしまえば意識で動かすとも言えるけど、アストラル操作はもっと小さな区分なんだろうね」

     脳波コントロールはアストラル操作も包括する。となれば、既存の科学では観測できない領域の操作を行うことで再現可能であるとも言えるだろう。問題があるとすれば、その観測できない領域を観測できるのがセフィラしか居ないということだが。

    【五感という受容体では足りない領域の話です。皆さんの言うところである第六の知覚体系の習熟が必要なのかも知れません】
    「ヨガとかそういうの?」
    【ヨガ……は分かりませんが、我に精神感応でのみの返答を行うのは感覚を掴むのに適しているかも知れません】
    「追加義肢の操作訓練と思えば出来なくは無さそうだね」

     脳波コントローラーの誕生により人間は三本目の腕を装着することが可能となっている。
     訓練は必要だが、存在しない人造の筋線維を動かして手足のように扱うことは決して夢物語でも何でもない。

     必要なのはイメージだ。可能であるというイメージ。それから俯瞰的に自分を見られる第三の目。

    「精神感応への返答自体、私たちは発声に紐づけて行えているんだろう? つまり自分の聴覚に連動させて意識の伝達をマルクトに返せているってことだ。だったら、瞬間移動も五感に紐づけて自分の意識体を操作するって方が再現性はありそうだね」
    【でしたら、ゴーグル型のデバイスを作成し移動先の映像を見せるというのは如何でしょうか?】
    「いいね」

  • 168125/04/28(月) 00:45:50

     マルクトの言葉にウタハは頷き、ワークステーションを操作し始めた。
     画面上に作り出されるは暗褐色のモニタを搭載したゴーグル。型を作るだけなら簡単だが、セフィラの技術はどうにも『意識』という変数を加味する必要がありそうで困難を極める。

     物理学で収まる範囲なら化学反応然り、事象発生時の条件に揃えることも不可能ではない。
     しかしそこに『意識』を含めるのであれば、それはもはやその日のコンディションで事象再現の可否が決定される。あまりに大きな変数を前にウタハは呻くように声を上げた。

    「機械であれば可能だろうけど人間には不可能だって言いたくもなるねこれは」

     座標軸の特定と固定。それは三次元的な捕捉では無く時間も含めた四次元上で演算させる必要がある。
     その上で送る物の意識を加味する。四次元演算だけでも充分シンギュラリティ足り得るのに、そこに加えて意識などという不確定な要素がかかってくる。そんな絵空事の中で最も現実的なのは意識を持たない物質の移動だろうか。

    【その場合、送られる物体の『意識』を代行すると言った形になると思われます】
    「意識の代行? ってことは少なくとも、私たちの中で誰かひとりは君たちの言う『意識』の操作技術を覚える必要はありそうだね」
    【受講コースを選ばれる方を集めるべきでしょう】
    「良いジョークだね。私は受けようかな」

     意識という変数を用いて空間を超える。自分という枠組みを定義して送り飛ばすシステムはまさしく未知だ。
     これの失敗例が「衣服を置き去りに飛んでしまった」なんてものであれば二年は擦れる笑い話になるだろう。
     しかし血流を始めとしたベクトル運動の再構築に失敗し、飛んだ先で全てが止まった死体が出現したのなら笑い話で済まなくなる。

     検証ひとつ取っても命懸け。そのことを考えればタイムマシンを動かすなんて危険行為を咎められる立場にないと苦笑を浮かべることしか出来ない。

  • 169125/04/28(月) 00:46:03

     そんな時だった。
     『クォンタムデバイス』からチヒロの声が流れ出る。

    【こちらチヒロ、いま地下五階へ降りたとこ。だいぶ広いねこの施設。24時間かけてでもサーバールームを探してセキュリティを潰すつもりだから、一旦戻ってもいいよ】
    「泊まりかい? キャンプ地が見つかるまではここにいるよ」
    【ありがと。でも見つけたからもう大丈夫】

     ウタハが『クォンタムデバイス』を覗き込むと、そこは狭い倉庫の一角のようであった。
     上手い具合の隠し場所を見つけたのだろう。電力は通っている。警戒すべきはセフィラ以外の兵隊と行う戦闘行為だ。

    「ちなみに損耗は問題ないかい?」
    【問題なし。交戦も今のところ無いからね】
    「だったら良かった。私も一旦戻ろうかな。瞬間移動の装置を作りたいし」
    【完成したら私たちのところに送ってね。座標は分かるでしょ?】
    「人体実験はみんなが帰って来てからかな。まぁ、物資が送れるかの実験はするからまた連絡する」

     今回はどうやら長丁場になるらしい。
     ウタハはトレーラーを動かして、ひとまずミレニアムへの帰路へと着いた。

    -----

  • 170二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 08:52:47

    あさほ

  • 171125/04/28(月) 09:27:03

     地下三階へと降りたヒマリたちは工場の奥へと進み続ける。
     隊列はいつものようにリオが先頭。次にチヒロ。しんがりにヒマリの順番だ。

     歩き続けて何もなければ油断のひとつはするだろうが、リオは相も変わらず曲がり角や分かれ道など死角があったら慎重に覗き込んで安全を確認し続けている。

     そんなノミのような心臓で緊張を維持し続けるなんて消耗も大きそうだと、一番後ろを歩くヒマリは他人事のように思っていた。

     ちょうどその時、リオが左手を上げて『注意』と合図を送る。
     早足でリオの傍まで歩いて行くと、リオは小声で二人に話しかけた。

    「奥からなんか丸くて小さいのが三体。こっちに来るわ」
    「足音はしませんね」
    「浮いてるのよ。ドローンか何かのようね。ビーム撃って来そうな感じよ」
    「どうする? やり過ごす?」

     チヒロの言葉にリオは首を振る。
     ここでやり過ごしてもあの機体のパターン解析が出来ない以上、現在位置を捕捉し続けることは出来ない。

     そうであるなら倒してしまった方が早いということで、ヒマリとチヒロは角で待ち構える。
     リオは後ろに下がって盾を構えて完全防備。戦闘は二人に任せることにして様子を伺う。

     通路の奥からブウゥゥゥン――と駆動音が近づいてくる。
     リオの言葉通り三体の浮かぶ球体が目に入った瞬間、構える二人は一息に銃撃を浴びせかけた。

     相手からも何発かレーザーで反撃されるもこちらに損傷は無し。
     すぐに制圧が完了し、三体の球体は物言わぬガラクタに変じた。

  • 172125/04/28(月) 09:27:20

    「そんなに強くありませんね」
    「ロボット兵の方が厄介そうだったけど……」

     倒した球体に近付く二人。そこにリオが鋭く叫んだ。

    「近づかないで!!」
    「え?」

     ヒマリが振り返った――次の瞬間、三体の球体は派手に爆発してヒマリとチヒロを吹き飛ばす。
     自爆だ。恐らく機能停止まで攻撃を受けると発動する浮遊機雷。ごろごろと床を転がる二人は憎々し気に立ちあがった。

    「何なんですかもう!」
    「いたた……。そういうことね」

     背中をさすりながらチヒロは眼鏡をかけ直す。

    「自爆するまで撃ち続けるか蹴り飛ばすかした方がよさそう」
    「盾で爆発を受け止める方が安全よ」
    「確かにそうですね……。では爆弾処理はリオに任せましょう」

     露骨に嫌そうな顔をするリオ。ヒマリは「冗談です」と笑って先へ進むよう促した。

    【この先、交戦の機会も増えそうだね】

     通信機からウタハの声が聞こえた。

    【サーバールームの制圧は必須なんだろう? ある程度危険を承知でさくさく進んだ方がいいんじゃないかな?】
    「……そうね。囲まれるのだけは避けたいわ」
    【帰り道の誘導なら任せてくれ】
    「では、行きましょうか」

  • 173125/04/28(月) 09:28:07

     リオとウタハの会話を聞いていたヒマリが言って、一同が頷いた。
     それからリオは言葉通り警戒レベルを下げて死角のチェックを手早く済まして歩き続けた。



    「分かれ道ですね」

     ヒマリが言う。

    「分かったわ」

     リオが返す。

    「扉があるね」

     チヒロが言う。

    「後にしましょう」

     リオが返す。

    「右と左、どちらにしますか?」
    「こっちにしましょう」
    「急ごう。何か後ろから聞こえた気がする」
    「先に進むわ」
    「ストップ。逆の道に進もう」
    「奥に何かありそうね」
    「止まらない方がいい」
    「ええ、そうね」
    「ちょっと、早く進み過ぎてませんか?」

  • 174125/04/28(月) 09:28:23

     あまりにズンズン進む二人に思わずヒマリが声を上げた。
     チヒロが振り返ってヒマリへ向かって苦笑する。

    「分かったって。リオ、大丈夫?」

     リオが振り返る。

    「そろそろ行きましょう」
    「休まなくて大丈夫なのですか?」
    「そうね……そうしましょう」

     そう言って、リオは再び歩き始めた。

    「だから待ってくださいリオ! 何故歩き出すんですか!」

     がっとリオを手を掴んで引き留めると、リオは困惑したようにヒマリへもう一度振り返る。

    「どうしたのかしら?」
    「だから休んだ方が良いのではないのですか? あなたらしくもない」
    「だからそうすると言っているじゃない」
    「この先に休める場所でもあるんですか? 何も来てませんしここでいいじゃないですか」
    「分かったわ。進みましょう」
    「ああもう! なんで話がこんなに噛み合わないん――」

  • 175二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 09:28:47

    このレスは削除されています

  • 176125/04/28(月) 09:29:14

     ひやり、と不意にヒマリは何かに心臓を掴まれたかのような悪寒を感じた。
     いや、正確には強烈な違和感だ。リオの言動ではなく、もっと根本的で致命的な見過ごしをしている気がする。

     突然固まったヒマリの姿にリオも動きを止めた。
     次の瞬間、リオは滅多に抜かれない銃を懐から取り出して自分の腕輪目掛けて何発も撃ち込み始める。

     腕輪を壊して送られるのは異常事態発生を示すレッドアラート。
     その意図に気が付いたチヒロがリオも元へと駆け寄った。

    「早く行かないと!」

     リオが顔を上げる。そしてゆっくりと大きく口を開けながらこう言った。

    「ええ、そうね。行きましょう」



     ――口の動きが合っていなかった。

  • 177125/04/28(月) 09:29:31

    「ッ!!」

     ヒマリはすぐに携帯を取り出し、文字を打ち込んで皆に見せようとする。
     しかし文字を打ち込む最中に突然画面が暗転し、そのまま全ての設定が初期化され、そのまま電源が落ちてしまう。

    (既に何かされているということですか……!)

     音は正しく聞こえない。自分たちの声は故意に歪められて相手に届けられる。
     機械は使えない。ハッキングされて完全に無力化されてしまっている。

     瞬間、通路が完全な暗闇に満たされた。
     ヒマリはすぐさまチヒロとリオの手を掴むと、隣からチヒロが「早く行こう!」と叫んだのが聞こえた。

     そう叫びながらも、実際にチヒロが叫んだ言葉は別のものなのだろう。少なくともチヒロは立ちあがるわけでも無く、むしろ押しとどめるようにヒマリの手を掴んでいる。

     暗闇の中、三人は身を屈めて互いの手を掴み合う。

     不意に明かりが点く。いや、明かりがついたのではない。『目が見えるようになった』のだ。

     先ほどまで歩いていた通路の雰囲気は一変していた。
     錆びた配管の通っていた壁面も、割れた樹脂が散らばった床面も全てが新品のようになっている。

     『廃墟』というより不気味な綺麗さが続くリミナルスペースのようで心がざわめく。

    「……………………」

     三人で背中合わせになって周囲を警戒。息遣いが静寂の中にのみ響く。

  • 178二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 09:30:02

    このレスは削除されています

  • 179125/04/28(月) 09:38:03

    「そっちじゃない!!」

     突然リオが叫んで、その声に慌てて振り返るチヒロとヒマリ。

     そこには――巨大なオウムが居た。

    「ッ――!!」

     2メートルを超える白い体躯。
     カチカチと鳴らす嘴。その瞳が黄金色に輝く。奇妙なグリフが示すのは、この存在の正体そのもの。

     輝きに証明されし栄光――第八セフィラ、ホド。

    「戻っては駄目よ!!」

     歪められたリオの悲鳴が通路に響き渡った。

    -----

  • 180125/04/28(月) 15:00:09

    今晩更新できるか怪しいので今のうちに保守

  • 181二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 16:23:54

    保守

  • 182二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 18:09:23

    みんなそんなに戦えない中、意思疎通も出来ないのヤバくないか
    ウタハの通信からなんかされてた?

  • 183二次元好きの匿名さん25/04/28(月) 23:58:24

    保守

  • 184二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 03:07:43

    次スレ用の表紙が完成いたしました
    こちらもどこまで解釈に添えているかはわかりませんが、よければお使いください

  • 185二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 08:13:33

    >>184

    ひゃっほう! お借りします!

    というかここで十二使徒ぶつけて来るのは一周回って「センスが良いな……」と真顔で感心してました……w

    この二次創作においてのチヒロは確かにボアネルゲ。ペトロの位置にリオとかアンデレにウタハとか小ヤコブにネルとか……人物配置を見るだけでついニヤニヤしてしまいます。


    聖書とか宗教画とかそうですけど、古のマジカルバナナみたいな感じで私は相当低俗的な楽しみ方で読んだり見たりしています。

    話はブレますがペテロのあの手の角度、ぶっちゃけ最後の晩餐かレイザーラモンHGぐらいでしか見た事ないからずっと印象に残っていたりw


    画角的に「欠けた聖杯っぽいな」なんて思ったのは考え過ぎか、それとも私が手の平で踊らされているのか。

    本来見切れるべきでない見切れたセフィラは何処にか。いずれにしても(勝手にこちらが)噛めば噛むほど味が出る良い絵です。かんしゃぁ……!

  • 186125/04/29(火) 08:13:58

     人間が世界を知覚するとき、数多の感覚によって外部を知る。
     その数は20を超えると言うが、代表的なのはやはり五感と呼ばれるものだろう。

     視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。最も有名な五つの受容体。

     そして、これらが決して平等に使われているわけではないこともまた、直感的に理解できるだろう。

     人間の感覚はその多くが視覚と聴覚に依存している。
     目と耳。光と音。自らと空間を認知する上で最も大きく関わってくる二大感覚だ。

     ならば、突如としてこの二つの信用性が損なわれたらどうなるだろうか。

     答えは単純にして明白である。
     人は一歩だって動けなくなる。

    《リオ。我の分体が破壊されたようですが如何なさいましたか?》

     意識に直接投影された『意志の言葉』にリオが口を開いた。

    「異常事態発生。チヒロとヒマリに伝言。『戦闘は任せる』。続けてウタハに伝言。『探索チームが全滅したら救助要請。それまで『廃墟』から離れて。あとでネルと一緒に助けに来て』」
    《分かりました》

     マルクトの『言葉』にリオは若干の安堵を見せて、それから盾を握る手に力を込める。

     それはホドと遭遇してすぐのことであった。

  • 187125/04/29(火) 08:14:15

    『見つかったわ!!』

     巨大なオウムを見るや否や叫び声を上げると同時、ヒマリとチヒロがこちらを振り向くも、その視線は『別々の方向』。驚愕の表情を浮かべていたことから同じものが見えていると思いたかったが、そうであると『断定できない』ということだけは断定できる。

     つまりは幻覚の類い。いまこの時点においてチヒロもヒマリも自分自身も、視覚と聴覚が分断されているとリオは考えた。

     そしてホドの特異現象にイェソドの『瞬間移動』が含まれているとは考えにくい。
     これはマルクトが言っていたセフィラのコンセプトである『十体一機』の発言に依るものだ。

     十体で一つであるなら同じ機能を持つとは極めて考えづらく、そうであるからこそ逆説的にホドの起こす特異現象は『精神感応』でも『瞬間移動』でも無い別の何か。

     そこまで思考を巡らせたところで、通路の奥から浮遊する球体型のドローンとアサルトライフルを手に持ったロボット兵が雪崩れ込んでくるのが見えて、それから今に至る。

     必死に握る盾は片方面への遮蔽物。強化ポリカーボネート防護盾は銃弾にもレーザーにも耐えうる複合仕上げだが、当然挟み撃ちには対応できるわけもない。

     それどころかこちらの銃撃も相手の銃撃も、一切『音が聞こえない』のだ。
     不確かな視覚でしか捉えられない戦局は、交戦を開始したチヒロにもヒマリにもあまりに荷が勝ちすぎていると言えよう。

     まだまだある。
     そんな状況においてもチヒロとヒマリが発する言葉は「留まるな」「進め」を基準にしたもの。
     この言葉が本人の意図したもので無いことなんて分かってはいるものの、最も致命的なのはチヒロとヒマリが本当に「留まるな」「進め」と言ったとして、それを本人の意思だと確認できないところにある。

  • 188125/04/29(火) 08:14:34

    《リオ。ヒマリとチヒロから『了解』と。あとヒマリから追加で『気が散る』とのことです》

     ヒマリの言葉は別に不満を表明するものではない。
     精神感応による意思の伝達は『意識』に対する強制干渉。戦闘中に干渉されれば敵の様子よりも送られた『言葉』に意識が割かれてしまうため、今のような状況において細かな指示を行うことは出来ない。

     チヒロがアサルトライフルを連射する。ヒマリがハンドガンで的確にロボット兵たちの急所を撃ち抜く。
     にも関わらず一切射撃音が聞こえないという不気味な環境下に居続けるというのは、ただそれだけで精神を蝕む毒となる。

    (ヒマリたちがドローンたちを倒したら一気に走って離脱する……? いえ、足元に何を仕込まれているのか分からない以上、下手に動けば取り返すがつかなくなる)

     盾を構えながらリオは思考を巡らせる。

     新品同然に磨き上げられた工場の床も歪められた視界が見せる幻覚に過ぎない。
     そっと手で床面を撫でれば、見える景色に反してひび割れた穴に触れることが出来る。

     下手に走り出したところで、この正体不明の干渉が続く限り平気で地雷やベアトラップを踏みかねないのだ。

  • 189125/04/29(火) 08:14:51

     いっそ錯乱して走り回れたらどれだけ気が楽か。湧き上がる恐怖心を懸命に押さえながら顔を上げる。

    「ホド……!」

     ホドは何をするというわけでもなく、ただそこに在り続けた。
     カチカチと嘴を鳴らしながら時折どこかへ視線を向ける。実体ではない。では何のために姿を見せる?

     そう考えた瞬間、ホドが突然ぐるりと首を回してリオを見た。
     思わず零れる微かな悲鳴。次の瞬間、全ての視界が闇の中へと閉ざされる。

    「止まらないで!」
    「走れ!」

     ヒマリとチヒロの声が飛んで、リオは二人に押し倒される。
     それから二人は小声で暗闇の中、「進まなくてはいけません」「立ち上がって。ほら」と異言を囁き始める。

     正気を失いそうになる状況だが、すぐに二人がマルクトと会話しているのだと気が付いた。
     その証明にマルクトから精神感応による連絡がリオの脳内に響き渡る。

    《ヒマリから。「闇に乗じて分断されれば各個撃破されておしまいです」》
    《チヒロから。「状況分析、どこまで出来た?」》

    「…………ちょっと待ってちょうだい」

  • 190125/04/29(火) 08:15:12

     考えなくてはならない。この常軌を逸した特異現象の正体を。
     そしていま自分たちがやらなくてはならないことを。

     恐怖とは、未知の彼方よりやってくる『夜』である。
     耳も、目も、信じられるはずのものが今は何一つ信じられない。

     あまりに全てが不確かな状況。
     ただ嵐に呑まれかける海上の小船に等しく、自分たちはただ必死に小船の縁へとしがみ付くことしかできない。

    (恐怖に流されれば蹂躙されるだけ……。ホドが私たちにしているものの共通点は……?)

     一つ、視覚に対する異常性の発露。
     幻覚だけではなく暗闇で目を潰すことも出来る。明かりを消したとかではここまで完全な闇は作り出せない。
     相手が干渉しているのは光そのものか自分たちの目そのものだ。

     二つ、聴覚に対する異常性の発露。
     自分の発した言葉は普通に聞こえている。しかしそれが相手に届くころには全く別の言葉に変容してしまう。
     また、銃撃音など特定の音を消すことも可能。消すというのが正しいのか、聞こえないようにするというのが正しいかは不明。

     三つ、機械類に対するハッキング。
     ヒマリの携帯も『クォンタムデバイス』に繋がっているグローブ型子機も役に立たない。ウタハと通信が出来る状態ではないのは確か。ヒマリの携帯に至っては使おうと取り出した辺りからハッキングされて破壊されている。

    (この三つはひとつの特異現象によって引き起こされているのか、それともイェソドの光学兵器みたいに特異現象とは別に付けられた機能によるものなのか……)

     音。光。そして機械。
     三つの点を結び付けて、浮かび上がるのは現状への対処法では無いのかも知れない。

     ただ、不可解な『未知』は解体可能な『既知』となる。
     未知によって閉ざされた暗闇に一筋の光が生まれるのかも知れない。

  • 191125/04/29(火) 08:15:35

     闇を恐れるな。

     夜に隠れた星を探せ――

    「マルクト、ヒマリとチヒロに連絡。相手の身体を直接叩いて『モールス信号』で話せるか試してちょうだい!」
    《分かりました》

     リオはモールス信号を覚えてはいない。
     しかしヒマリとチヒロがかつてモールス信号を暗記していたことを思いだした。

     その時、視界を覆っていた暗闇が晴らされて再び工場の不気味な光景が眼前に映し出される。

     肩を叩くヒマリ。銃を構えて通路の奥をじっと見るチヒロ。
     曲がり角から音も無く現れる追加のロボット兵たち。再び挟み撃ち。だが――

    「ここから離れてください」

     未だ胸に巣食う闇の中で、たったひとつ信じられる錨が下ろされる。

  • 192二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 08:15:46

    このレスは削除されています

  • 193二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 08:17:06

    このレスは削除されています

  • 194125/04/29(火) 08:17:51

    《ヒマリから。「モールス信号での伝達は可能です!」》
    「特異現象の正体が分かったわ! 恐らくこれは――」

     音。光。機械。
     それは空間を媒質としたときに揺れ動く『波』に干渉することで操作が可能なのではないだろうか。

     音波。電磁波。歪められたスペクトル。
     ポルターガイスト現象と呼ばれる超常現象はいわゆる『制御された波』によって引き起こされるという。

     これは決して理解の届かぬ未知ではない。
     恐怖すべき対象などでは、決してない――

    「『波動制御』――それがホドの『特異現象』よ……!」

    -----Part3へ続く

  • 195125/04/29(火) 08:20:29
  • 196二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 13:40:23

    波を操る能力か…ネルもかなり苦戦しそう
    いいスレだった。埋め

  • 197二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 21:16:02

    うめうめ

  • 198二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 06:32:41

    おつ

  • 199二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 09:48:10

  • 200二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 15:27:54

    うめ

オススメ

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