- 1二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 22:59:35
- 2二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:04:41「あ~~っっづぃぃ~~~!!!」 
 その日はやけに暑い春の日だった。
 彼女……ヘリオスは赤みがかってきた夕日に照らされ、いつもハイテンションな彼女らしくなくトボトボと俺の横を歩いていた。
 「これじゃウチ溶けてスライムになる~~、いやむしろ干上がって茹でスラ的な……干し柿的な……」
 「ははは、名前の割には暑さに弱いもんなヘリオスは」
 トレーニング後というのもあり、ぐでりと腰を折り曲げながら額から汗を流すヘリオス。
 意外だが彼女は暑さに弱いらしく、今日のような猛暑日はこのように少しローテンションになってしまうらしい。
 といっても俺のような並テンションのような人間からすれば誤差のようなものなのだが……
 「う~~っ、太陽ぴまじ塩くてつらたん……てか! 前から思ってたけどトレぴってアツアツも平気な感じ?」
 「ああ、子供の頃は一年の半分が夏みたいな暑さの田舎に住んでたからな」
 「へ~! そいえばトレぴの子供の頃の話なんて聞いたことないっぽ!」
 そう言うと彼女は興味津々でこちらを振り向いてきた。
 ぱあっとオノマトペが聞こえるような顔を向けられるとなんだか気恥ずかしくなってくる。
 「はは、そういえばそうか?まあ俺の昔話なんて聞いても面白くないよ」
 「ちょまっ! つまらないどころかむしろ興味深々ってか☆」
 「はは、まあ話すことといってもそんなに……」
- 3二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:06:25ちらと腕時計に目を落とす。 
 時刻は16時過ぎを指していた。
 「っと、すまんヘリオス。この後理事長の所へ用事があるんだ」
 「ごまかすなし~! 今度ちゃんと昔話聞かせてもらうから! おけまる~?」
 悪戯に笑う彼女の顔を見たとき……ズキリと、胸が痛む感覚がした。
 「ああ……今度……今度な?」
 「ん、どしたんトレぴ?」
 よほどひきつった顔をしていたのか、ヘリオスが心配そうな顔でこちらを見つめてくる。
 「いや、なんでもないよ……またな」
 「え、あ、うん……またね?」
 「んー……? トレーナー、なんか隠してた?」
- 4二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:11:36🔶🔶🔶 
 少し薄暗くなってきた部屋の中。
 俺を目前にして理事長は神妙な顔で両肘を机についていた。
 何か言いたげだが、それを必死に飲み込んでいるような目を向けながら口を開く。
 「トレーナー君、本当にいいのか?」
 「ええ、理事長。もう決めたことです」
 窓越しの校庭から、トレーニング終わりのウマ娘が岐路に着く姿が目に入る。
 その中にヘリオスの姿もあり、理事長は椅子をギィと鳴らしながらそちらへ目線を移す。
 「彼女には話したのか?」
 「いえ……ヘリオスは優しい子です。きっと俺が辞めることを伝えれば必死で止めるでしょうから」
 カラスの鳴き後が時折聞こえて、そしてまた静寂が部屋の中に満ちる。
 「後悔はないんだな?」
 「ええ、ヘリオスは俺と一緒にいるべきじゃない。彼女にはもっと相応しいトレーナーがいるはずです」
 「しかし……」
 再び椅子をこちらへ向ける理事長の顔は、先ほどよりも悲しそうに見えた。
 「現にヘリオスに対するスカウトは多いと聞いています。その中には今プロとして活躍しているトレーナーもいると、理事長の耳にも届いているでしょう」
 「……ヘリオス君だけではなく、君と二人で作ってきた功績のおかげだろう」
 「はは、俺は何の役にも立っていませんよ。すべてヘリオスの力だ」
- 5二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:12:16夕日がまた一段と落ちて、部屋の中に二人分の影を落とす。 
 「トレーナー君……君は……」
 「とにかく、もう決めたことなんです。何度もお話しさせていただいたはずです」
 「そうか……分かった」
 「すみません、ありがとうございます。理事長」
 学園の終わりを知らせるようにチャイムが鳴り響く中、俺は逃げるように部屋を出た。
 太陽は然るべき人間とともに輝くべきなんだ。
 俺のような張りぼての翼じゃなく……優秀な人間と一緒であれば君はもっと上へ行ける。
 ヘリオスは……君は俺と一緒にいるべきじゃない。
 全て君のためなんだ。
 君の行く道に、イカロスはいらない。
- 6二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:12:56🔶🔶🔶 
 4月だというのにやけに暑い。
 暑さには慣れているはずなのに、こんな日は彼女のことを思い出してしまう。
 すべてが刺激的だった3年間の日々と共に。
 「……い!」
 「先生!」
 ビクリと体を震わせそちらへ目を向けると、数人の教え子たちがこちらへ集まってきていた。
 「ん、あ、あぁ! どうした?」
 「もしかして春バテですか? なんだかぼーっとしてましたけど……」
 あの日から3年。
 俺は地元のトレセンでトレーナー兼教員として働いていた。
 地方のトレセンは人手が不足しておりトレーナーが学園の教員を兼ねて働くことも珍しくない。
 教員免許を持っていて、かつ中央でのトレーナー経験もある俺は幸運にもスピード採用されたのだ。
 「ごめんごめん、ちょっと昔のことを思い出しててね……」
 「昔って、中央のトレセン学園にいた頃のことですか!」
 一人のウマ娘が目をキラキラと輝かせながら鼻息を強くしながらこちらに近付いてくる。
- 7二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:13:22「あ、あぁ……まあそうだな……」 
 「それってそれって! あのダイタクヘリオスさんのことですか!? 先生がトレーナーをやってたっていう!」
 ダイタクヘリオス。
 彼女はその名を馳せ、今も第一線でレースで活躍を続けている。
 ウマ娘を追っているものなら当然名前は知っており、注目の的になるのも頷ける。
 のだが……俺はもちろんそんなことを自分で言いふらしたりはしていない
 「何で知ってるんだ……?」
 「ふふん、ウマ娘の地獄耳を舐めないでください!」
 そういう問題か?と思ったが、まあ女の子の情報網は恐ろしいことはよく知っているので深く聞かないでおこう。
 「さ……みんなもうトレーニングも終わっただろ? 今日は解散にしようか」
 「「はーい」」
 教え子たちを見送り、帰路に着く。
 子供の頃から通りなれた町なのに歩いていると不思議と何か物足りなさを感じてしまうのは……やはり俺の中に彼女の影が色濃く残ってしまっているからだろう。
 俺はまだ……あの日々から抜け出せずにいるのだろうか。
 「はぁ……」
 今更になって何を考えているんだ俺は。
 後悔なんて微塵もないと……そう思っているはずなのに、いまだに何かが欠けている気がする。
 いや、あの日から何かが欠けてしまった気がするんだ。
 「帰るか……」
- 8二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:14:10🔶🔶🔶 
 「ふわぁ……」
 適当にテレビをつけるとニュース、バラエティ、ドラマ……どれを見てもウマ娘が映っていた。
 元からウマ娘人気は高かったのだが、ここ数年でさらに人気が上昇しており、日常の至る所で彼女らを見る機会がある。
 勿論ヘリオスも例外ではないのだが、俺は彼女の姿を目に映さないようにしていた。
 彼女を見ていると思い出と罪悪感が蘇り……それらと向き合う勇気など到底なかったからだ。
 「ヘリオスは……俺の事なんて覚えてないかもしれないのにな」
 自嘲気味に笑ってベッドに座ると、机の上に置かれた耳あてが目に入る。
 クリスマスの日にヘリオスから貰ったものだ。
 捨てることなどできるはずもなく、彼女の影を重ねるように俺はそれを机の上にずっと置いている。
 全て忘れ去ることさえできれば楽になれるのに、俺はいまだに何も忘れることができていないんだ。
 「ヘリオス……俺は……」
 ピンポーンと、インターホンが鳴った。
- 9二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:14:38「ん……はい」 
 通話ボタンを押すと、帽子を被った人がカメラに映し出される。
 顔はよく見えないが……おそらく女性だろうか。
 『お届け物でーす!』
 「はい、今ドアを開けに行きます」
 「……ん?」
 なんだろう。
 インターホン越しではあったが、なんだか聞き覚えのある声のような気がした。
 まぁ、気のせいか。
- 10二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:15:02🔶🔶🔶 
 ドアの前へ辿り着く。
 が、何故だろう。さっきまであれほどまでに暑かったというのに。
 空気が一気に冷えたような錯覚に襲われる。
 このドアを開いちゃいけないような。
 なんだかそんな気がする……虫の知らせとでもいうのだろうか。
 どうしてか分からないが、俺はこのドアを開けるのがひどく怖い。
 開けると全てが変わってしまうような……
 「あのー……ドアを開けていただけませんか?」
- 11二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:16:15ドア越しの声を聴きビクリと身体が震える。 
 やっぱりだ、俺はこの声をよく知っている。
 いや、でも、まさか……
 疑念を振り払うようにドア越しに声をかける
 「ヘリオス……か?」
 「……」
 空気が冷え、静寂が訪れる。
 先ほどまで蒸し暑さで汗が流れ出ていたというのに、凍えそうなほど体が震えている。
- 12二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:17:15「……あはっ☆ トレぴ、ウチの声覚えててくれたんだ」 
 笑い方、息遣い。
 姿を見なくてもわかる、これは……
 「ヘリオス……なんで」
 「ね、トレぴ……開けてよ、ドア」
 「……」
 開けちゃだめだ。
 これを開けちゃだめだ。
 全てが変わる、これを開けたら俺は……
 「ヘリオス……どうしてここに来たんだ?」
 「ん? トレーナーとウマ娘が会うのに理由なんかいらないっしょ☆」
 「俺とお前は、もう……」
 ドンッ
 「……ッ!?」
 金属の扉が音を立ててガクンと揺れる。
- 13二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:17:39「ね、トレーナー……開けてくれないの?」 
 「……」
 「お願い……開けて」
 俺は……
 俺、は……
 ガチャ
- 14二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:18:13ドアを開けると、そこには。 
 少しだけ雰囲気は大人びていたが、俺の良く知る……3年間を共にしたウマ娘が立っていた。
 「……ヘリオス」
 「あはっ……☆ トレぴ、やっぱり優しいね……」
 見知った彼女の顔のはずなのに、その目はどこか黒く歪んで見えた。
 俺は何故かひどく……その目が怖かった。
 「ここに……何を……?」
 「さっきも言ったっしょ? トレーナーとウマ娘が会うのに理由なんていらないって」
 「……」
 「ずっと。ずっと。ずーっと会いたかったよ、トレーナー」
 言葉に詰まった。
 怨嗟の言葉であれば理解できる、ヘリオスの元から一方的に離れ、あれから連絡をつけることもなかった俺に対してそういった感情が湧くのは当然だ。
 だが……彼女は俺に会いたかったと言った。
 「ヘリオス、俺は……」
 「ん……いいよ、全部理事長から聞いてるから」
 「……そうか」
 「ね、とりあえず入るね?」
 「あ、あぁ……」
 今の俺に、断ることなどできるわけがなかった。
- 15二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:18:39🔶🔶🔶 
 「めちゃ片付いてんじゃん☆ ウチの部屋はジャンジャンバリバリなのに……」
 「ヘリオスは……掃除が苦手だったもんな」
 「そそ☆掃除してる最中にバクアゲしちゃって部屋めちゃくちゃにしたらカミナリ落ちてきたし!」
 そんなことを話しながらヘリオスは俺の部屋を漁り始めて逐一リアクションを取る。
 あんまり女の子に漁られたくはないが……ただ、今のヘリオスに何かを言うことは俺にはできなかった。
 態度はずっとあの頃のままだが、時折彼女の目に光がないように感じるのは気の所為なのだろうか。
 と、その時彼女は机の上に目を落とした。
 「これ……ウチがあげた耳あて……はは、捨てられたかと思ってた」
 「……捨てられないよ」
 ヘリオスは耳あてを見たまま、こちらに顔を向けずに肩を震わせ俯く。そんな彼女に俺は言葉をかけることができなかった。
 一方的に離れた俺には、彼女にかけられる言葉など何一つなかったのだ。
 「……ね、トレぴ?」
 「なんだ?」
 「ウチ……トレぴ、トレーナーの事ずーっと好きだったんだよ」
 「え……」
- 16二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:19:18こちらを向き直したヘリオスは目から大粒の涙を流しながら、笑っていた。 
 それを見てズキリ、ズキリと自分の心が痛むのが分かった。
 「だからさ、トレーナーがウチのとこから居なくなったとき……いなく、なった時ね……」
 「……」
 「ウチのことが嫌いになったんだ……って……ね。だから、レースで一杯一杯活躍すれば、トレーナーまたウチのとこに戻ってきてくれるって……」
 「ヘリオス……」
 「でも、でもね……ウチがどんなに頑張っても……トレーナー戻ってこなかった……!」
 ヘリオスが一歩、また一歩と俺に向かって近づいてくる。
 身体は金縛りにあったように動かすことができなかった。
 「ね……トレ…ナー……」
 やがて、今にも顔が触れそうなほどの至近距離にヘリオスが立つ。
 俺の身体はそれでもなおそこから動くことができなかった。
- 17二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:20:10「ウチの気持ち……受け取ってくれる?」 
 「ヘリオス……俺は……俺もずっと、お前が……ヘリオスのことが……好きだったよ」
 「……! へへ、じゃあウチら好きピ同士だね。でもトレーナーに対しての好きピは他の人と同じのじゃなくて、一番の好きピ☆」
 ヘリオスは人差し指を俺の口へ置き、耳へと顔を近づけてきた。
 甘いと息が顔全体に降りかかって、いまにも太陽に溶かされてしまうような感覚に襲われる。
 「ね、トレーナー……ウチのこと好きにしていーよ……?」
 そんな甘美な囁きを受け、身体がゾクリと震える。
 「……ヘリ、オス」
 「だって……ウチのこと好きピなんでしょ? ね、証明してよ」
 ヘリオスが指を身体に這わせて身体をベッドに押し倒してくる。
 吐息、肌の柔らかさを全身に感じて、視界が彼女で埋め尽くされる。
 「ヘリオス……ヘリオス……!」
 「あは☆ おいで、トレーナー……」
 今度は俺が彼女を押し倒す形になり、ヘリオスが右手で俺の頭を撫でてくる。
 その仕草が何より愛らしくて、そして何より扇情的に映った。
 「ヘリオス、いいんだな……」
 「ん。いいよ、トレーナー、なら……」
- 18二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:21:01🔶🔶🔶 
 曰く。
 イカロスは自らの高慢さから太陽に近付き過ぎた末、翼をもがれて深い海の底へ沈んだそうだ。
 だが、神話とは違い俺たちは二人そろって深い海の底へ落ちた。
 それは後悔や懺悔を含んではいたものだったが、少なくとも悲劇的な結末ではなかった。
 深い深い海の底には愛し合う二人がいた。
 「トレーナー……もう永遠に離さないからね」
- 19二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:22:31終わりです。 
 pixivにあげたやつをこっちでも上げました。
 ここに投稿するのが初めてなので不備があったら申し訳ないです。
- 20二次元好きの匿名さん25/04/19(土) 23:48:09堕ちていく二人めっちゃ良い… 
 退廃的な海へと沈んでいくのは息苦しいでしょうが多分不思議と包まれるような心地よさがあるんだろうなぁと思いました
- 21二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 01:33:26
- 22二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 01:41:55一度は距離を取って逃げ出したのに、追われて告白されてもがくことすらせずにあっさりと堕ちてしまうあたり、トレーナーの翼の蝋はもうとっくに溶け落ちていたんだろうなと思ってしまう 
 嘘で抵抗するよりも美しい
- 23二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 02:20:583年越しの両思いが成就したハッピーエンドですな! 
 なんか高温多湿超えてサウナだけど
- 24二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 03:39:32
- 25二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 04:15:02大逃げはヘリオスのほうが得意だからな 
 逃げ切れるわけがなかった