忘れずの雨模様フィーカ

  • 1二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 14:50:28

    窓を静かに叩く雨の音にまじって
    タップダンスのように打鍵を奏でるキーボードが
    白を基調としたオフィスに響き渡りディスプレイに文字が紡がれていく。



    "ふぅー……"

    ずっと睨めっこしていたパソコンの画面から顔を上げて眉間を揉む。
    目を閉じたことにより、窓で遮られているはずの雨音がすぐ隣で降ってきているようだ。

    『先生……』

    不意に彼女の声が頭の中で再生された。
    ピントが直っていないまま、普段当番に来た生徒が使っている机に目を向ける。
    誰も座っていない、資料もパソコンも筆記用具でさえも展開されていない空席…
    それもそう、今日は当番に来る生徒はいない…けど、だからこそ
    今日の様な静かな雨の日によく当番に来ていた彼女が思い出される。

    『雨の日は…嫌いじゃない
     むしろ…ちょっと憧れてる…かな…?』

    視線を机から外すと壁掛け時計の針が
    14時と43分を回ろうとしている。

  • 2二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 14:54:40

    『透明になりたいんです…私。』


    雨が降る肌寒い日に

    コーヒーの入ったマグカップを両手で包んだ彼女はそういっていた。

    私は、仕事を一時中断して

    コーヒーを淹れ直すために腰を上げる。

    思い出ついでに彼女が好んで作ってくれたケーキも作ってみよう

    時間もお腹の具合も丁度良いし材料も余っていたはずだ…


    小ぢんまりとしたコンロに小鍋を置いて、

    粗く挽かれたコーヒー粉を大さじ2杯…


    『雨のコーヒー……そう、私が勝手に言ってるだけなんですけど。』


    恥ずかしさを誤魔化すように苦笑した彼女は続けて

    言うのも披露するのも先生が初めてですよ?と可愛らしいことを言ってくれた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 14:58:11

    "水道水と硬水を1対1…だよね。"


    コーヒー粉が散らないように静かにゆっくりと

    被るくらいの水を注いでいく。

    注ぎ終わったら粉が馴染むまでしばらく浸水させておいて…

    その間に一度コップを洗っておこうかな。


    蛇口を上げて一度水に通したコップを

    洗剤をつけたスポンジでこすっていく。


    『すいません、その…なんていうか…

     今が苦しいとか人間関係に悩んでるとかじゃなくて

     私は、その他大勢になりたいんです…特別な1人じゃなくて

     居ても居なくてもいい思い出にならない人に…。』


    手に当たる冷たい水の感覚が私の意識をハッキリさせた。

    浸るのは私じゃなくてコーヒー粉だ。

    コップを軽く拭いて水切りに吊るしておく。

  • 4二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:18:46

    お料理×SSやったー!!!
    この鍋は……ユズの人だ!!

  • 5二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:22:20

    "今からだと早いかな?"


    コンロのツマミに這わせていた指を引っ込めて

    先に付け合わせのケーキの下準備をするため、

    戸棚から、ボウルを2つと泡だて器、フライパンとターナーを取り出す。


    ボウルにホットケーキミックス1袋と作るのに欠かせない粉、


    『コーングリッツ、トウモロコシの粉です。

     このケーキにはこれが必要なんですよ。』


    コーングリッツをだいたい80gほどボウルに足す…

    膨らましが足りないかな、ベーキングパウダーも少し足しておこう。


    泡だて器で粉同士を混ぜたら、もうひとつのボウルに

    カップ1杯強の牛乳と卵を入れて泡だて器でよく混ぜる。

    混ざった卵液を粉が入ったボウルに数回に分けて入れて

    ダマがなくなるまで混ぜる。


    生地が用意出来たら、フライパンに油を塗って煙が出る寸前まで火にかける。

  • 6二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:26:06

    コーングリッツ……コーンフレークの原料なんか……
    初めて知った。美味しそう、かおり良さそう

  • 7先生×オリ生徒を付け忘れてた…25/04/20(日) 15:35:21

    "おっと…忘れるところだった。"


    一緒にコーヒー粉を入れていた小鍋を弱中火にかける。

    フライパンが温まったら火を止めてコンロから離し、濡れ布巾の上で一度冷ます。

    冷ましたら再びコンロにかけて温める。


    "もういいかな。"


    手を近づけてフライパンの温度を確認する…うん、温まってる。

    生地の入ったボウルを持って高い位置からフライパンに流しいれる。

    こうすると、空気が抜けると彼女が言っていた。


    生地を触らず表面にぷつぷつと気泡が出きるまで

    中火で熱する、時折触って焼き加減を見るのをわすれてはいけない…忘れると…


    『あっ……ごめん、焦がした。

     火加減、気を付けてたんだけどね…。』


    少し焦げたケーキも味わい深かったな。

    ふとコーヒーの香りが強くなってきた。

    隣の鍋を見るとふつふつと沸き上がってきている

    一度火を止めて水面が落ち着いたら再度、火にかけ中火で沸かす。

    これを2回繰り返す。

  • 8二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:40:03

    ターナーを生地に当てると良い感じに焼けている…

    さて、問題はこれをひっくり返すか

    蓋をして蒸すか……彼女は両方のやり方で作ってくれたが……

    挑戦してみよう大人の力を見せる時だ!


    生地の底にターナーを差し込み

    フライパンにくっついていないことを確認して…

    手首を返して……!!

    うっ……失敗してしまった…彼女が見たら笑うかな…

    まぁ、気を取り直して…あとは、焼き色がつくまで焼くだけだ。

    お皿を用意しておこう。

  • 9二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:50:30

    フライ返しってターナーって言うんか……
    にしてもよくこれひっくり返せたなあ

  • 10二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:51:41

    切り分けたケーキを盛り付けて

    粉が入らないように茶漉しを敷いたカップにコーヒーを注ぐ。

    久しぶりと言いたくなる苦い香りが漂ってくる。


    "いただきます。"


    横倒しにしたフォークの先端をケーキに沈めると程よい弾力を持ちながらもサックリと生地が切れる。

    口に運ぶと、表面の香ばしい焼き色と素朴でほんのりとした控えめな甘さが口の中を満たす。


    "うん、美味しくできた。"


    コーヒーに手を伸ばす

    息を吹き掛け水面を冷ます、コップを傾けて一口…

    懐深く強い苦味が襲ってくるが、意外な程に後味は波のようにスゥーと引く味わいが

    舌に残った甘さを外の雨のように洗い落とす。

  • 11二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:54:50

    窓の向こう側の空模様は、灰一色から青のグラデーションが差し始めていた。


    『私は、誰かの重しになりたくないんです。

     この雨のように、降って、溜まって…

     そしてどこかに流れていく、ほんの少しの通過点…

     その方が、私も誰かも傷つかない…傷つくのは嫌です……』



    "そういえばフウカが、蜂蜜をくれたっけ…

    忙しくても何も付けない食パンよりはいいって。"


    止まっていた食指を進めるように、私は一人言を呟いていた。

    冷蔵庫から、スティックタイプの蜂蜜と

    ついでにマーガリンを持ってきてケーキの上にかけた。


    まだ、ほんのりと温かいケーキは乳白色の塊をじわっと溶かして、

    黄金色の蜂蜜をゆっくりと染み込ませる。

    たまらず、フォークで大きめに切り込んで口に運ぶ。


    じゅわりと染み込んだマーガリンと蜂蜜の

    まろやかなしょっぱさと風味良い甘さが口一杯に広がる。

    多幸感っていうのはこの事かも知れない…

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:57:56

    フウカ……フウカだったのか!!

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 15:59:52

    なんて事を考えていたら

    いつの間にかケーキは皿の上から消えていた。


    "まだまだ、私も若いなぁ…"


    再びコーヒーに手を伸ばす。

    教えてくれた彼女は、もう……キヴォトスにも"外"にもいない。

    彼女を知る人物はみな悲しんだはず…けど、一週間もすれば初めから無かったかのように元通り…

    望んだように彼女は……透明になった。


    すっかり温くなったコーヒーを傾ける。


    "うん…このコーヒー、あんまり…好みじゃないかな。"


    窓に目を向けると、雨粒伝うガラスの向こうに

    透き通った青空が何処までも続いていた。




    忘れずの雨模様フィーカ   fin.

  • 14二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 16:04:38

    以上になります。
    スレタイに付け忘れていましたが
    先生と彼女(オリキャラ)の料理ssとなっております。
    ご存じの方もいるでしょうが、料理しながらss書いてる人をパクりました
    これ難しい…あらかじめ文を用意していたとはいえ…
    そんなこんなで、お付き合いいただきありがとうございます。
    私は残りのケーキを食べます。
    もし、気が向いたら夜かGWにユズ引っ張り出します。

  • 15二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 16:11:57

    うあ、なるほど
    フウカははちみつ置いてったってだけだったか
    この透明感ありまくるキャラ誰だって思って読んでた……

    最後ほんとに透明になっちゃったけど
    料理とレシピがあれば記憶だって思い起こされるし、と思ったところで思いついたのが
    ……これがいてもいなくてもっていう状態かあ
    哀しいね
    え、ほんとに死んじゃったん……

    乙!

  • 16二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 16:24:38

    >>6

    お湯で溶いて粥状にすると、ポレンタという主食になります。

    アメリカ、ブラジル、イタリア等で食べられてるらしいです。


    >>15

    はい。いなくなったって感じの表現してるけど

    ぶっちゃけ故人です。

    その最期は誰が見ても、穏やかで安らかな表情でした。


    あと、やっぱりスレタイにオリキャラってつけなかったの痛手。

  • 17二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 17:10:56

    >>14

    ふふ、難しいよね。

    だからリアルタイムで書くのは早々に諦めたですよ。

    でもこの形式を読ませてくれたおかげで、いつか「キャラが生きてるって感じがしていい」って言ってもらったけど、その感覚が理解できた気がする。


    また書いておくれ。

    楽しみにしてるから! してるからね!!!


    ……スウェーデンのティータイムが”フィーカ”って言うのは知ってるけど、彼女.さんの名前って見ても違和感ないのお洒落。コーングリッツ売ってるとこどこだろ。香り高そうで作ってみたいけど、見たことない。通販するか……。



    >浸るのは私じゃなくてコーヒー粉だ。

    ここすき

  • 18二次元好きの匿名さん25/04/20(日) 20:12:56

    >>17

    ありがとう。

    ネタ思いついたら、またやるかもしれない…多分…


    コーングリッツは輸入食品店か、こっちだとドンキにも売ってましたね。

    結構外国人いる土地なので、そういうコーナーが常設してるっていうのもあるかも…


    >スウェーデンのティータイムが”フィーカ”って言うのは知ってるけど、彼女.さんの名前って見ても違和感ないのお洒落。

    ハハハ……

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