ぐへへ、タボシコを見せてやるぜ

  • 1二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:13:55

     ──忙中有閑。
     大きな仕事を片づけて一息つくと、背後の窓から眩しいばかりの光が差し込んでいることに気が付いた。昼下がりのトレセン学園は、様々な声で大いに盛り上がっている。

  • 2二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:14:09

    「もうこんな時間とは……光陰如箭、集中しすぎるのも考え物だな」
    「紅茶をお淹れしましょうか」
    「ああ、頼む」
     二人の間に十分な量の会話を交わして、書類の山を整えてから席を立つ。少し目を細めながら、生徒会室の窓から学園の景色を見渡した。
     昼食を食べに行く生徒。自主トレーニングをしている一団。熱心に話し込むトレーナー。誰もが今というこの一瞬を、取り溢すまいと懸命に過ごしているように見えた。全ては、より早く、より速く駆けるため。その光景は、かつて見た理想と同じでは無くとも、私の顔に笑顔をもたらすに十分だった。
     全てのウマ娘が、笑顔でいる、そんな光景。そう、燦燦と輝く太陽の下で。
     燦燦と……太陽……
    「……なるほど!」
    「準備が出来ました……会長、何かありましたか?」
    「エアグルーヴ、君はこの景色を見てどう思う」
    「どう、とは……」
     彼女はティーカップの並んだ盆を机に預け、私の隣に立って同じ景色を見る。
    「……夏らしい景色です」
    「そうだろう、特に太陽が輝いている。燦燦とな」
    「ええ……」
    「燦燦と、太陽が、な?」
    「……」
    「……サン」
    「ぎゃ~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」
     天を衝くような大音声が生徒会室の寧静を破ったのは、まさにその瞬間だった。
     口にしかけた言葉も紅茶の事も頭から吹き飛んでしまい、エアグルーヴの方を向く。彼女も少し青くなった顔でこちらを見ている。
     しかし、そうしていたのはわずかの間。直ぐにどちらともなく動き出し、焦眉之急の勢いのまま声のした方に向かった。

  • 3二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:14:28

    御託はいいです

  • 4二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:15:15

    >>3

    待ってください、もう少し様子を見ましょう

  • 5二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:15:29

     現場は学園の敷地の端の方にある畑だった。普段はスタッフ以外はあまり立ち入らないその場所に、大勢のウマ娘が集まっているのが遠くからも見えた。
    「失礼、通してくれ」
     人ごみを分けながらその中心部へと向かう。彼女たちが取り巻いていたのは、畑のすぐそばの地面だった。否、正確に言うのなら、畑のすぐそばの地面に掘られた巨大な穴だった。
     想像していなかった光景に頭が真っ白になりかけたが、すぐに気を取り直す。先ほどまではざわめきに紛れていたが、大声で泣いている声がその穴の中から聴こえたからだ。誰かが中にいる。
     一人穴の淵ギリギリから穴の中へ手を伸ばしていた葦毛のウマ娘が、私達の姿を認める。
    「会長、副会長!」
    「どうした、何があったんだ?」
    「そ、それが、この中に、一人……」
     しどろもどろになるウマ娘に場所を譲ってもらい、穴の中を覗き込む。
    「うわあああ~~~~ん!!!」
     そこにいたのは、ひどく小さなウマ娘だった。夏の空にも劣らない程に鮮やかな青色の髪には、私もエアグルーヴも見覚えがあった。中等部の生徒、ツインターボ。
     外見は内面を体現する、と言わんばかりに、速く走ることにかけて一意専心、同年代と比べても頭一つ抜けるほどの向上心を持ち、それを包み隠すことなく自らの恃みとしている、そんなウマ娘だ。
     快活で落ち込むことのない彼女だったが、今穴の中にいる彼女は完全に泣くことだけに意識が向いているのか、こちらのことは気にする素振りも見せない。
    「助けようとしたんですけど、手が届かなくって!」
    「な、何が……どうしてこうなった!?」
    「それは後だ、エアグルーヴ。まずは彼女を助けなければ」
     葦毛のウマ娘が言ったように穴は相当深く、手が届いても彼女を引っ張り出すのは難しいように思えた。ツインターボの両手は顔を覆うのに使われ、塞がれてしまっている。

  • 6二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:16:45

    「ここは倒行逆施にも、まず穴の中から出すことを考えなければ……エアグルーヴ、悪いが彼女を頼む」
    「会長!?」
     私は副会長の返答を待たずに、穴の中に飛び降りた。柔らかい地面が足を受け止める。どうやら穴の底には柔らかい砂礫が敷き詰められているらしく、足を痛める事の無いようにとの心遣いが見受けられた。
    「ツインターボ」
    「びええええ……え、会長?」
     肩を叩くと、ようやくこちらの存在に気が付いたのだろう。小さなウマ娘はパステルカラーの瞳を丸くして、こちらを見つめた。
     その身体を、両手でしっかりと支えるようにして……
    「……会長、無茶をするのは止めていただきたい。それも突然に」
    「ははは、済まない。君には頭が上がらないな」
     抱え上げ、上からこちらを見下ろすエアグルーヴに受け渡したのだった。

  • 7二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:18:35

    「……それでは、どこにも怪我はないな?」
    「うん……ターボ大丈夫、平気だもん」
     私がエアグルーヴの手によって穴から助け出されて、暫く経った後──
     様子を見に来ていたウマ娘の誰かが、保健室の勤務医を呼んでいた。彼女の診察によって、ツインターボの身体には特に異常が見受けられないと分かった。
     それを聞いた私は一先ず安心したが、それでこの問題が凍解氷釈するわけでは無い。私には、彼女の身に何が起こったのかを聞き出す義務があった。野次ウマ娘たちには席を外してもらい、誰かが穴に落ちないように見張りつつ、私は彼女に合わせて屈んだまま話した。
    「それでは、あの穴の中であんなにも泣いていたのは……」
    「はーなーせー!!!!!!」
     私の言葉は、近づいてくる大声にかき消されてしまった。何か大きなものを引きずるような音と、足で土を蹴って暴れる音。
    「……やはり君か、シンコウウインディ」
    「もう逃げ場はない。観念しろ、たわけ」
    「うがおーーっ!!!」
     シンコウウインディ。野性味あふれる茶色の毛並みを持つ彼女は、それに恥じない自由奔放なウマ娘だ。トレセンの三大トラブルメーカーが議題に上がれば、ゴールドシップと並んで真っ先に名前が挙げられる、所謂問題児。実際、生徒会としても彼女には何度も対応を行っているが、今まで改善が見られた試しは無い。
     エアグルーヴに捕まえられて暴れていたシンコウウインディだったが、私の方を向いてぴたりと動きを止めた。いや、正確には私の対面に立っているツインターボを見ている。

  • 8二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:19:56

    「お前! さては、ウインディちゃんのキューキョク落とし穴に引っ掛かったのだ!?」
     フェイスタオルで拭いたとはいえ、ツインターボの顔やジャージには至る所に土が付着していた。それを認めると、彼女は拘束されたまま快哉を叫ぶ。
    「泣いちゃうくらい悔しかったのだ! やったのだー!」
    「……それでツインターボ、君が泣いていたのは穴に落ちたからなのだろうか?」
    「……全然そんなことないもん」
    「ええーーーっ!!!!!!」
    「ええい、暴れるな!」
     怒ったり喜んだり驚いたりと忙しないウインディとは対照的に、ツインターボの方は幾分かいつもの元気を取り戻したようだった。
    「話してくれるか」
     そう私が言うと、応じてぽつりぽつりと語り始めた。

  • 9二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:21:16

    >>3

    >>4

    自分同士で会話するな!

  • 10二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:22:19

     曰く、きっかけは次のレースの作戦についてクラスメイトと話していた時の事。
     やはり王道の先行か、上り坂まで足をためるために差しか、或いは追い込みか……そんな会話の中、ツインターボは一人叫んだ。
    「大逃げするーっ!」
     大逃げ。スタート直後から先頭をキープし続ける逃げの、更に極端な形。コーナーも坂もスタミナも一切考慮せず、その時出せるだけの全速力を出し続ける、という作戦。
     作戦とも言えないものかもしれない。長いレースの中で全速力で走り続け、ペースを維持したまま一位でゴールする……そんなことが可能ならば、ウマ娘のレースは単純に一番速いウマ娘だけが確定的に勝つものになるだろうから。
     そんな横紙破りの大逃げを、堂々と打ってみせることで有名なのが、ツインターボだった。
     周りの娘たちもそれは承知していただろう。だが今日は、一人のウマ娘が言った。
    「それ、やめた方が良いんじゃない?」
     実際のところ、大逃げを打つことで有名な彼女ではあるが、それはレースの実績と結びついているとは言い難い。最初こそ圧倒的に先頭を独走するが……コーナーを曲がり切る頃にはスタミナが切れ、バ群に沈む。そんな光景が一種の風物詩ともなっていた。
     だから、このウマ娘は、恐らく善意で、アドバイスをしたのだろう。多少はスタミナを考えて逃げてみる、とか、その程度の意図だったと思われる。
     しかしツインターボには、それが自分を否定する言葉のように思えてしまったのだ。
    「やだやだ! ずっと先頭がいいもん!」
     そう言って、強く拒否した。すると言われた方は、善意のアドバイスを無碍にされたような気がしてムッとする。
    「そんなこと言ったって、それで勝ててないんじゃん!」
     つい、そんなことを言ってしまったのだ。
     その言葉に傷ついたツインターボは、泣きながらその場を飛び出し、訳も分からず走り続け……シンコウウインディの掘った落とし穴にはまってしまった後も、泣き続けていたのだった。

  • 11二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:23:44

    アッ、そういうことかあ!!

  • 12二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:28:30

    「ターボ……大逃げするんだもん。それでいつか……勝つって……」
     涙混じりの声に対し、私は何と返したらいいか分からなかった。
     作戦を決めるには様々な要素がある。スピード、スタミナ、パワー、冷静さ……しかし、それよりも何よりも、ウマ娘には自分にとってしっくりくる走り方というものがあるものだ。
     そうして勝てるのなら、問題は無いだろう。しかし、それが余りにレースに向いていない、そして、結果を残せない物だった時……その辛さは、私の想像できるものでは無かった。後方のエアグルーヴからも、先ほどとは違う、どこか思いつめたような雰囲気が漂っていた。
    「会長……」
     ツインターボが私を見る。
     彼女の脚質を矯正し、一線で戦えるようにすること。それは、トレセンの力があれば可能だろう。しかし……その先に、笑顔があるか? ウマ娘が走るのは、義務や、栄誉よりも……根元を辿れば、自分のための筈なのに。
     私は言葉に詰まって、唇を嚙むことしかできなかった……
    「なんだ、そんなこと!」
     静寂を破ったのは、荒々しくも無邪気な声だった。

  • 13二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:30:23

    意味を理解してクスッとした

  • 14二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:32:36

    「ウインディ?」
    「いーか、お前! トリプルアクセル!」
    「ツインターボ!」
     私やツインターボの声には構う事もせず、シンコウウインディが話し始める。エアグルーヴが私の方をちらりと見る。私は彼女に、手を放すよう伝えた。
    「自分が大逃げで勝ちたい、そう思ったのだ!? だったらもう大逃げで勝つ、それ以外無いのだ!」
     天頂に達しつつある太陽を指差して、ウマ娘は吠える。
    「一度自分でやりたいことを決めたのなら、後はその獲物を追い続けるだけ! 牙は折らない、道を逸れない! それがハンターってものなのだ!」
     そう言ってのけたのだ。

  • 15二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:35:17

    「さあ、サウザンドアイズ! 言ってみせるのだ! お前のしたいことは!?」
    「ターボ……ターボは──」
     問いかけられた青髪の少女は、一瞬だけ言葉に詰まると……
    「大逃げしたいーっ!」
     呵々大笑しながら、空に向かって叫んだ。

  • 16二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:40:18

    腹筋しにきたらSSスレだった

  • 17二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:40:54

    やさしいせかい

  • 18二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:41:36

    これはいいですね あらぬ誤解をかけて申し訳ないです

  • 19二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:41:37

     先程までの悲痛な空気が嘘のように、無邪気に笑い合う二人。そんな姿を見ながら、私は傍らのウマ娘に声を掛ける。
    「……エアグルーヴ」
    「はい、会長」
    「私達は……未だ、色々なものに縛られているのだな」
    「それもまた、必要な事ではあると思います」
    「……その通りだ」
     くすり、と笑みが漏れて。
    「しかし、たまには彼女たちのように、一意専心、目の前の物事に狂気的にのめり込むのも、悪くは無いだろう」
     返事は無かった。しかし、彼女がどう思っているかは、よく分かった。
    「そう、まさにウインディのように、深い穴を掘るように、そんな情熱を、な」
    「ええ」
    「……穴を、掘ぉるようにな」
    「? ええ」
     エアグルーヴは短い返事を返したが、すぐに大声で叫んだ。
    「ウインディ! お前はこの穴の後始末だ! それが終わったら反省文!」
    「げーっ!! なのだ!」
     遠くなっていく副会長の姿。私は青空を仰いで、また笑った。
     夏の青空を、一機の飛行機が、雲を残しながら飛び去って行った。

  • 20二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:41:54

    オワリ

  • 21二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:42:36

    いいじゃないですか…

  • 22二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:43:12

    【その夜】

    「……」
    「…………?」
    「………………」

    「!!!!!!」


    [エアグルーヴのやる気が下がった]

  • 23二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:43:13

    >>20

    先ほどは私が申し訳ありませんでした。

  • 24二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:43:17

    まぁそれはそれとしてターボでシコるね

  • 25宮沢賢治やマジレス釈迦も宜しく21/09/15(水) 22:46:43

    本当の本当に終わりです。ここまで見てくれた南坂Tの皆様、ありがとう。
    はい。ターボ×シンコウの一発ネタです。視点がルドルフなのはメイン二人のエミュが無理過ぎたのと、元々はターボ×シンボリ×ゴルシを予定していたからです。SSは初めて書いたけど、大変だね。未実装のエミュとか。早く実装されて欲しいです。カフェ。

  • 26二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:46:47

    うむ。ほっこりした。ダジャレのクオリティも高い

  • 27二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:52:50

    穴……ホール……気づかねえよ!

  • 28二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 22:54:18

    お疲れ様〜
    面白かったよ

  • 29二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 23:00:39

    >>26

    高い(低い)

  • 30二次元好きの匿名さん21/09/15(水) 23:04:55

    タボシコってターボ×シンコウのことか
    一本取られたね

  • 31二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 06:36:50
  • 32二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 06:41:19

    なるほどこれがタボシコかぁ!
    うおおお5分タボシコ!

  • 33二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 06:47:56

    タボシンでは?

  • 34二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 07:08:42

    >>33

    それだとバクシンゴルシンの系列に誤解されるかもだし…

  • 35二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 08:57:40

    釣られた

  • 36二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 09:04:09

    これは良いタボシコ

  • 37二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 12:18:30

    SSで扱いにくいウインディを上手く表現できていて、良かった
    新作出来たらまたやって欲しい

  • 38二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 12:32:25

    南坂同士で牽制し合ってて笑った

  • 39二次元好きの匿名さん21/09/16(木) 12:33:43

    南坂を一体なんだと思ってんだ

オススメ

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