古い話【SS注意】

  • 1◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:49:46

    ——ああ、悪いね。

    つい話し込んでしまって。

    君との話は本当に面白いから時間を忘れてしまうよ。

    こういうの、久しぶりだったんだ。

    嬉しいもんだよ、最近は誘われることもめっきり減ったからねぇ

    なに、こんなご時世だし仕方ないところもあるさ。

    今の若い子は色々忙しいだろうし、昔よりも生きるのが大変なんだろう。

    それとも私がお喋り好きだと思われて、煙たがられてるのかもしれないがね。

    ははは、お喋り好きも否定してくれるとなによりだったんだが、そうもいかないか。

    ちょっとだけ反省はしてるよ。

    それにしても、今日はどうしたんだい?

    酒がないと話せない悩みでもあるのかと思ったんだが……。

    あぁいや、悩みがなかったら飲みに誘っちゃいけないなんて規則はないさ。

    君のことだから仕事の方は心配していないし、今の話からすると、どうやらプライベートの方も充実しているようだ。

    だから、こんな家内の尻に敷かれてるオジサンに何か聞きたいことでもあるのかなってね。

  • 2◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:50:00

    ……え、ウマ娘の話? 

    そういえば君も好きだったね。

    そりゃあ、もちろん知ってるけど……。

    え?

    ……ミスターシービー、か。

    まさかその名前が出てくるとはね。

    なんで彼女を知ってるんだい?

    ああ、昔のレースを見返してるのか。

    えらいねぇ。

    最近の子はどうしても、今活躍してるウマ娘ばかり追いかけるもんだと思ってた。

    それこそ今話題のあの三冠バの子とかね。

    ……うん、好きだったよ、すごく。

  • 3◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:51:22

    古い話だけどね。

    初めてレースで見たときのことは今でも覚えてる。

    もう30年も前のことになるかな。

    あれはたしか、まだ私が20代前半の、レースに熱中し始めた頃だった。

    ——まるで、風みたいだった。

    ……なんて言えばいいのかな、まるで時が逆流してるみたいだった。

    皆が前へ、前へと進んでいる中で、あの子だけが時間の外にいたんだよ。

    ひとつ、ふたつと前を抜いていって、いつの間にか最後方から中団、そして気づけば先頭を射程に入れてた。

    追い風が、ひとりのウマ娘にだけ味方してるみたいだった。

    勿論彼女はデビュー前から注目の的だったさ。

    ただ、あのときの風景だけが焼きついて離れなかった。

    あの子は、なんというか……“いる”だけで空気が変わった。

    黒い髪が濡れていて、瞳だけが静かに燃えていてね。

    誰よりも遅れていたのに、なぜか、誰よりも余裕があるように見えた。

    周りがどうあれ、自分のペースで、自分のタイミングで、ちゃんと世界を捉えてみせる。

  • 4◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:52:09

    周りがどうあれ、自分のペースで、自分のタイミングで、ちゃんと世界を捉えてみせる。

    本当に楽しそうに走る彼女に俺は胸が締め付けられてさ。

    ラストの直線であの子がぐんと伸びたとき、俺は思わず立ち上がって叫んでた。

    「シービー!」

    ってね。

    不思議なことに、あの子の走りにはちゃんと、誰かの期待とか、祈りとか、そういうものがこもってるように見えたんだ。

    もっとも本人は、そんなことなど全くと言って良いほど気にしてなかっただろうけど。

    ……あぁ、ごめんごめん。

    少しあの時の興奮を思い出してしまった。

    それで、彼女の話か。

    うん、それからもずっと追っかけてたよ。

    数十年ぶりの偉業を達成して、その翌年に新たな怪物が現れて、勝ったり負けたりを繰り返して。

    それでもいつも、楽しそうでね。

  • 5◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:52:53

    彼女の走り方は博打そのものだった。

    あの頃は私も未熟だったよ。

    彼女が負けるたびに、俺のシービーはこんなもんじゃないって当たり散らしてね。

    「安定感がない」だの「ピークが短すぎる」だのそんな声にいちいち反応してね。

    ついには本人の前でも怒りをぶちまけた。

    あれは今でも本当に失笑ものだよ。

    きっと自分の思い通りにいかない彼女のことがどこか憎らしかったんだろう。

    おかしいだろう?

    あそこは、どこまでも自由な場所なのにさ。

    だがね、そんな私を彼女は否定しなかった。

    独りよがりだった私とはまるで違った。

    きっと彼女は私のことをずっと見ていて、それでも私を認めてくれた。

    あの時の彼女は、世界そのものだったよ。

    「確かさ」なんていらない。

    一度でもあの景色を見せてくれた、それだけで——いや、それ以上の何が要る?

  • 6◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:53:23

    彼女のレース映像を集めて、繰り返し見て、思いを馳せる。

    本当はそれだけで私は十分だった。

    ……これはナイショだがね、実はウマチューブのチャンネルまで作ったんだ。

    ははは、友人みんなに笑われたよ。

    「お前流石にシービーに入れ込みすぎだ」ってね。

    ただね、当時の私はそんなことお構いなしだった。

    再生数なんて三桁、四桁止まりだったけど、それでも楽しかった。

    いつのまにかまた自分語りになってしまってすまないね。

    だいぶ私も肝臓が弱くなってしまったようだ。

    おや、いいのかい?なんだかすまないね。

    ありがとう、じゃあもう少しだけ。

    ──うん、あれから何年も経った。

    気がつけば、私は結婚して、子供ができて、転職して。

    家を建てて、ローンを返して、白髪が混じって、老眼が進んで。

  • 7◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:53:55

    でも、不思議なもんで、彼女のことだけは色褪せなかったんだ。

    人生の節目節目で彼女のことばかり思い出してしまってね。

    ははは、確かにね、本当にその通りだよ。

    なんで今もこんなに彼女に入れ込んでいるのか、私でさえよくわからないんだ。

    ただまぁ、生きるのって、なんだかんだ色々消耗するだろう? 

    でも、彼女の走りを思い出すと、また少しだけ頑張ろうって思えたんだ。

    もっと自由に生きてもいいってね。

    ……ああ、これは余談だけど、その後一度だけ、すれ違ったことがあるんだよ。

    うん、駅のホームでね。

    あれは偶然だった。

    くたびれたサラリーマン達がごったがえす車内で、彼女はあの時とちっとも変わらなかった。

  • 8◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:54:22

    隣にいたのは、たぶん彼女のトレーナーだったと思う。

    話してた内容までは分からなかったがね、雰囲気で分かったんだよ。

    あの小さな帽子を頭に乗せて、お揃いの指輪をつけて、目を伏せたまま、でもなんだか楽しげでさ。

    ──ああ、この子は、いまも幸せなんだなって。

    あの時、私は声をかけられなかった。

    かけるべきじゃないと思った。

    彼女にとって、私は「観客」でしかない。

    それでいいんだって思ったんだ。

    きっとあの瞬間、ようやく私の青春は終わったんだ。

  • 9◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:55:33

    ……随分とクサいセリフを吐いてしまったね。

    君がシービーの名前を出してくれて嬉しかったよ。

    本当はこういう話はずっと胸の内にしまっておくつもりだったんだ。

    職場じゃなかなか話せないだろ? 

    50にもなるオジサンが一昔前のウマ娘の話なんて、下手すりゃ冷やかされるからな。

    こんな私の戯言を若い子が真剣に聞いてくれるなんてね。

    ……本当にありがとう。

    うん?あぁ、本当だ。

    いつのまにかとっくりも空になってしまったかな。

    ははは、まだ飲むのかい。

    若いっていうのは良いねぇ、君を見てるとこっちも嬉しくなってくるよ。

    いやいや気にしなくていいんだ。

    今日は私の奢りだからね。

    よし、私も久しぶりに君と同じ生中でも頼もうかな。

    まだまだ夜は長いからさ。

  • 10◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:58:10
  • 11◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 22:59:35

    またコピペミスってる…

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 23:15:29

    おっさんが昔語りを気持ちはあんまりわからないけど自分の推しを語るのとおんなじと思ったらすんなり理解できた
    おっさん脳焦げ焦げじゃん…

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/21(月) 23:22:17

    シービーシナリオにに出てくる茶髪の青年!シービーシナリオに出てくる茶髪の青年じゃないか!
    ああまで入れ込んだ男がしとしととウマ娘を語る、一個一個の言葉の重みが違うな

  • 14◆GfmocIZ7xY25/04/21(月) 23:47:16

    感想ありがとうございます!

    >>12

    脳を焦げ焦げにされた推しを語りたい気持ちはおじさんであれ誰であれ持っているはずです(断言)

    それを心の中で留めておくのもたまに誰かと語らいあうかだけの違いなのです

    >>13

    あのシービーシナリオの茶髪の青年のキャラかなり好きなんですよね

    僕もどんなオジサンが理想的なのかはわかりませんが良い感じの含蓄を含んだ言葉を言えるようなオジサンになりたいなと思いました

  • 15二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 00:30:03

    多分この青年は恋をしてたんだろうね
    BSSとはまた少し違うんだろうけど

  • 16二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 00:44:06

    心を囚われる事はある種の幸せなのかも知れない
    その相手が自由たらんとするシービー、というのはなんとも皮肉だけど

  • 17二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 00:51:40

    >>16

    自由とは、自由であるように呪われていることである


    …って名言があってな

    シービーは育成でもわりとそんな感じのところもあるし、それでも自由なんだ


    このおじさんみたいな人が山ほど…いや星の数ほどいるのがウマ娘の世界線なんだろうなぁとぼんやり取り留めのないことを思ったりした

    そういうあの世界の群像を思わせるいい文体だと思う

  • 18二次元好きの匿名さん25/04/22(火) 03:30:35

    これ実馬でも言えることだよな…
    ありがとう、なんか推し馬との向き合い方がわかった気がする

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