【SS】繋いだその手の温もりが

  • 1◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:48:05

    「私とした事が……油断した」

    私は保健室のベッドで横になっていた。
    今日最後の授業を終えた辺りで気怠さと寒気に襲われた私。
    普段の疲れが来たのだろう……とそう思っていたが私の様子に気付いたトレーナーが私を保健室に連れて行き診てもらった結果、風邪だという事が判明。
    現在は練習時間終了後、寮長達の迎えが来るまでこの場所で安静にしているのだ。

    「疲労からくるものだとは言っていたが……」

    だが生徒会副会長として風邪を引いたとあれば周りの者達に示しが付かない。そう考えていると部屋のドアが開いてトレーナーが入ってきた。

    「様子はどうだいグルーヴ?」
    「まぁ…疲れからくる風邪だな……」
    「ごめんな、もっと俺が君の事を……」
    「貴様が謝る必要はない。結局のところ、自分の身体の事を一番知っているのは自分自身だからな。私が無理をし過ぎて隠していた……それだけの話だ」

    そう言っているのに申し訳なさそうな顔をする私のトレーナー。全く、日頃の自分の頑張りを褒めてやれと言いたくなる。

  • 2◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:48:26

    「しかしすまない……トレーニングの予定を」
    「大丈夫だよ。次のレースまではかなり時間あるし、丁度いい休息期間と思えば問題ないさ」 
    「そうか……」

    本当はスケジュールやプランの調整が大変だろうに、私の不安に対しても何ともないと笑って答える私のトレーナー。風邪で弱っているのもあるがそんな彼が今は誰よりも頼もしく見えた。

    「できる範囲で生徒会の仕事はやっておくからさ。会長さんにも事情は説明しておくよ」
    「そうか……色々とすまない」
    「いいって、それより身体休めて風邪治さないとな。数日ぐらいで良くなるだろうし、それだったら調子もすぐ戻せるさ」

    そう言ってトレーナーは部屋を出ようとする。
    ……何故だろうか、風邪で弱っているからなのだろうか、離れようとするトレーナーの姿がまるでどこか遠くに行ってしまいそうに見えて……

    (嫌だ……私を置いていくな……!)

  • 3◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:48:42

    「まって……くれ……」
    「グルーヴ?」

    気付けばトレーナーの腕を掴んでいた。

    「いか…ないで……おいて…いかないで……」
    「どうした?どこか具合が……」

    一度心に浮かび上がったその言葉を口にした瞬間、堰を切ったかのように感情が溢れ出してくる。

    「わたしの……そばに…いて……」
    「———ッ」

    心配してくれるトレーナーの言葉を遮って、ありのままの本音をぶつけていく。
    目元が熱く頬に何かが流れる感覚……どうやら無意識のうちに私は涙を流していたようだ。
    そんな私の姿を見て優しく微笑んだトレーナーは近くにあった椅子を寄せて私のそばに腰掛ける。

    「分かった、君が落ち着くまでずっといるよ」
    「すま…ない……」

    まだするべき仕事も残っているだろうに、先程私の仕事もすると言っていたのに、彼の仕事を私の我儘で阻んでしまった……
    そんな事実が申し訳なくて、そんな私が不甲斐なくてまた私の目元から涙が溢れ出す。

  • 4◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:49:01

    「何かできる事はあるかい?」

    そんな私の頭を撫でながら優しく私の望む事を聞いてくるトレーナー。
    普段であればその問いに対して「そんな事より自分の事を考えろ」だのそんな事を言っていただろう。
    全く、我ながら不躾なウマ娘がいたものだ。

    「なら……私の手を握って…繋いで欲しい」

    だが私の口から出たのは手を繋いで欲しいという言葉。きっと心の底で私はそれをトレーナーにして欲しいと望んでいたのだろう。
    そんな私の望みを受け入れて私の手を優しく繋いでくれるトレーナー。大人の男性のゴツゴツとした手が、私の手を優しく握る。
    その手から伝わる暖かさが私の身体を包み込み、私の奥底を温める。

    「暖かいな……貴様は」
    「いやウマ娘の君の方が……」
    「たわけ、そういう事ではない」

    彼らしい反応に私は違うと被りを振りながらそう返す。確かに人よりウマ娘の方が体温は上だろう。だがそうではない、私の言う暖かさは……

  • 5◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:49:18

    「貴様の…優しさが……暖かいんだ」
    「優しさ……」
    「そうだ、常に皆の…私の事を思ってくれるその優しさが暖かくて……私にも伝わってくるんだ」

    トレーナーの手を優しく握り返しながら詩的な言葉で返す私。
    すると握っている手全体がその暖かさに包まれる。トレーナーが両手で私の手を包み込んだのだ。

    「こんな男の暖かさで良ければ……こうして手を繋いで君を暖めよう……ずっと」
    「ずっと……か。良いのか?本気にするぞ?」
    「ああ、本気だ」
    「……ッ。ならずっとこの手を離さない、貴様が離してくれと言っても離してやるものか」
    「なら俺は離れそうになっても絶対に掴んでみせるよ」

    そんな会話を続けていると何だかぼんやりとし始める。風邪を引き、色んな暖かさに包まれているのだから眠くなるのは当然ではあるのだが、この暖かさが今はどんな時よりも心地よい。

    「眠くなってきたな……暫く寝させてもらうぞ」
    「おやすみグルーヴ。しっかりと休むんだぞ」

    もう少し手を握ってもらいたい……そんな事を思いながら私はゆっくりと目を閉じたのであった。

  • 6◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:49:40

    「ん………」

    暫くして私は目を覚ます。視線の先は保健室の白い天井、窓から差し込む茜色の光がどれほど私が眠っていたかを想像させる。

    「もうこんな時間か………!?」

    身体を少し起こして周囲を見渡すとトレーナーが椅子に座ったまま眠っていた。
    私の手をしっかり握りながら、その手が落ちないようにベッドの布団の上に乗せて、眠っていた。

    「全く……たわけ……たわけが……っ」

    彼にも仕事があるだろうに、やるべき事が沢山残っているだろうに……それでも彼は私の事を……
    再び私の目元から涙が溢れ出る。だがそれは申し訳なさや不甲斐なさからくるものではない。
    ずっと私のそばにいてくれた、ずっと私の手を握っていてくれた、その事実が嬉しくて…嬉しくて……

    部屋にある時計を見渡す。まだ寮長達が私を迎えに来るには時間がある。だから………

    「もう少しこのままでいてもらうぞ……ありがとう、トレーナー……もし叶うならば、これからもずっと……私のそばに———」

    目の前ある彼の頭を優しく撫でながら、私はまた眠りについたのであった。

  • 7◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:49:59

    ———暗闇の中、私はそんな事を思い出す

  • 8◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:50:19

    今、私は暗闇の中にいる。
    どこを見渡しても一面黒いペンキで塗り潰されたような世界……光もなく、故に目を開けているのかも閉じているのかもわからない。
    そんな暗闇の中にいる私の身体は指一つ動かなく、少しずつだが脱力感も身体に広がっていく。
    暗闇の中何も感じる事もなく、まるで深海の底へ底へと沈んでいく感覚に包まれていく。
    このまま私は………………?

    (あの光は………星…か……?)

    その時、私の視線の先に……暗闇だけの空間に夜空で輝く星のような光が一つ、瞬いた。
    目を開けている事が分かった私がその光を眺めていると、光が私の方へ猛スピードで向かってくる。身動き一つ取れない私はその光がこちらへ迫ってくる事をじっと眺めている事しかできない。
    だがその光が少しずつ近づくにつれて、私の身体に…何も感じなかった身体に温もりが宿る。

    (この温もりは………!)

  • 9◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:50:38

    あの日私が感じた温もり
    あの日から常に私を支えてくれた温もり
    そしてあの日から私と共にあった温もり
    光が近づくにつれて感じる温もりが強くなり、暖かい思い出が蘇る。
    そして光は私の目の前にまで近づいた。
    しかし、それ以上光は私の方へ近づかない……いや近づこうとしている、まるで手を伸ばして私を掴もうとする様に……だが、届かない。

    (触れたい…あの光に……あの温もりに……!)

    そう思えば思うほど、今動かせないこの身体がもどかしい。だが私は諦めない、諦めてなるものか……!

    その瞬間———
    私の指が、手が、腕が……私の身体が動いた。

    (いま…なら……っ!)

    動かせるといえ大きい重力に押さえつけられる様に感じるほど重い。だが私はこのチャンスを見逃さない。
    少しずつ腕を上げ、手を伸ばす。

    (絶対に…諦めない……掴んでみせる……!)

  • 10◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:50:57

    すると目の前の光から沢山の小さな光の粒が溢れ、一つ一つ私の身体に入り込んでいく。
    そして他から遅れて一際大きい光の粒が私の身体に入り込んだ瞬間、私の身体に力が戻って……いや、普段の私以上に力が漲ってくる………!

    「いまだ………っ!!!!」

    全ての力を振り絞り、身体を起こして腕を伸ばし…ようやく光に…光の中央に私の手が届く。
    その瞬間、私の手が強く握りしめられる感覚がした。まるでもう離さないと言わんばかりのその力、痛いと思うほどのその力、だが今の私にはそれが何よりも嬉しかった。
    やがて私はその光に包まれる。抱きしめられる様に、掴んだ手から感じていた温もりが身体全体に広がっていく。
    ああ……この温もりにずっと私は………

    「そうだな…ここでこんな事をしている場合じゃない……早く目を覚まさなければな………!」

    そうして強くなっていく光の中、私はゆっくりと…しかし確固たる決意を秘めて瞳を閉じたのであった……

  • 11◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:51:15

    「………ここは」

    目を開くと視界には真っ白な天井と私のすぐ近くから一定で刻まれる電子音。そしてここが病室である事をすぐに思い出す。

    「そうか…私はあの子を……それで私は………」

    私が目覚める前…子供を出産しそれを見届けて意識を失って…あの時の暗闇に沈んでいった記憶が蘇る……その後あの光に私は……
    少し首を起こして辺りを見回すとカレンダーの日付が、あの日の記憶と照らし合わせるとどうやら目が覚める前の間、三日ほど経過していたようだ。
    そして私の横にはトレーナー……愛する夫があの時のように私の手を優しく握りながら眠っていた。
    私の手をしっかりと温めるように包み込むその両手と彼の姿はどこかやつれている様にも見えて……

    「そうか……あの時からずっとそばにいてくれたのだな……また、貴様に…あなたに助けられた……」

    ありがとう———

    そう囁きながらあの時の様に夫の頭を優しく撫でると気付いたのか目を覚ます。ここで自分が誰かに頭を撫でられている……その状況を理解した彼は勢いよく顔を上げ、目を見開いて私の方をじっと見つめる。

  • 12◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:51:32

    「夢…じゃないよな……本当に目を覚ましたんだな……!?」
    「ああ、なんなら頬をつねってみるか?」

    そう揶揄ってみると彼は俯き身体を震わせる。

    「バ鹿野郎……心配かけやがって……!どんだけみんなが心配したと………っ」
    「あなた……」

    顔を上げた彼は、泣いていた———

    「勝手に"向こう"に行こうとするな……みんなを…"あの子"を…俺を置いていくな……たわけが……!」
    「…まさか"たわけ"と呼ばれる日が来るとはな……」
    「ああ!たわけだ!おおたわけだ!……だけど………」

    握る手の力が少し強くなり、一つまた一つと熱い雫が私の手に零れ落ちてくる。

    「よかった……ほんとうによかった……!」
    「あなた……ごめんなさい……そしてありがとう……!」

    気付けば私も泣いていた。彼の事を抱き寄せていた。二人だけの病室に私達の泣く声が、隣の機械の電子音を掻き消すように響き渡り続けていた……

  • 13◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:51:52

    暫くして医師がやってきて私の姿を確認すると三日で回復するなんてと大層驚かれた。事実は小説よりも奇なりとはまさにこの事だろう。
    その後一人のウマ娘の赤ちゃんを抱えた看護師が私の方にやってくると私はその赤ちゃんを抱きかかえる。

    「こんにちは、あなたのお母さんですよ」

    その呼びかけに答える様に手足を動かす彼女の姿を見てまた涙が溢れてくる。きっとあの時、あの光を掴まなければこの姿は見られなかっただろう……あの時の自分がいかに危なかったかと思うと背筋が凍る。そして同時に今自分がここで生きている事の有り難さやその重みが込み上げてくる。
    皆のためにも、この子のためにも生きなければと改めて私は気を引き締めたのであった。

    そして私が目覚めた連絡を受けて私の親友や家族が…子供達が駆けつける。皆私の姿を見て涙を流して喜ぶ人がいた、夫の様に心配したと言ってくれた人もいた。そんな中でも夫は私の手を握り続けてくれている。

    ああ、本当に私は果報者だ———

  • 14◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:52:14

    その後暫く安静にし、問題ないと判断された私は退院した。今は赤ちゃん……"ショパン"と名付けた我が子を抱きながら夫と共にソファで座っている。

    「もう大丈夫なのか?」
    「ああ、皆のおかげだ。それにあの時……」

    私は夫にあの時の…暗闇にいた時の事を……そして光を掴んだ所で目を覚ました事を語り出す。

    「きっとあの時の光はあなたの手だった……そして私が掴みたい…生きたいと思った時に溢れてきた光は家族や友…そして最後に遅れてきた光はこの子……皆が私に生きる力をくれた…そう思える」

    ———ありがとう

    そう伝えると黙って聞いていた彼は涙を流し始め、それを見た私もあの時をまた思い出して泣いていた。……全く、夫婦揃って涙脆いものだ。
    そんな私達を見ていたのかショパンが泣き出した。急いで私達二人であやして泣き止んだ後、ほっとした私達の顔を見たショパンが笑った……気がした。

  • 15◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:52:36

    「きっとこの子は人の事を思いやれる……寄り添える子になるだろうな」
    「そうだな……だから私達で、皆で互いに支えていこう」

    夫が私の手に自分の手を重ねると彼の温もりが伝わってくる。その手をショパンを抱きかかえながらしっかりと繋ぐ。
    きっとこれからもこの温もりに支えられて、助けられていくのだろう……
    だからもう、離さない。
    彼が私を助けてくれるように、私が彼を支えるためにも絶対に絶対に離さない。

    気付けば私達の子供達がショパンを見ようと部屋に入ってくる。そして手を繋いでいる私達の手を見て自分たちもと一緒に握り、子供達の温もりも伝わってくる。そんな温もりと共に私は再び決意する。





    これからも私は……私達は生きていく
    繋いだこの手の温もり……
    私達が生きているその証と共に………

  • 16◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 00:52:58

    以上となります
    本日はエアグルーヴ号の命日
    実馬では出産後亡くなってしまったエアグルーヴ号ですがウマ娘の世界ではきっと乗り越えていくことが出来るでしょう……

    長文失礼しました

  • 17◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 01:11:32

    ちなみに余談ですが別作品のあるシーンのオマージュ的なものがあったり(詳細は感想会の時にでも)

  • 18二次元好きの匿名さん25/04/23(水) 01:36:45

    途中から流れ変わったな…と思ったらまさかの今までの全て回想シーンでびっくりした
    どんなつらい時でもたわけは絶対グルーヴの手を繋いでくれるよな…
    ちょっと感傷的になる夜中に読むと涙出そうになるから困るわ

  • 19◆L4ZMCvnBxQ25/04/23(水) 01:43:38

    >>18

    読んでくれてありがとうございます

    なんてったってたわけは女帝の杖ですからね……!

スレッドは4/23 11:43頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。