- 1二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:52:19
「わあ……っ!」
彼女はその光景を見つけるやいなや、目をきらきらと輝かせて驚嘆の声を漏らす。
栃栗毛のショートヘア、桃の花を思わせる桜色の瞳、耳の周りには月桂樹を模した髪飾り。
担当ウマ娘のサクラローレルは楽しげに尻尾を揺らめかせながら、踊るような軽快な足取りで先へと進む。
そして、くるりとこちらに振り向くと、柔らかな微笑みを浮かべた。
「風が気持ち良くて、空気も美味しくて、噂以上に素敵な場所ですね♪」
「うん、自然豊かで広々としていて、本当に良い場所だと思う」
俺はローレルの言葉に同意を示す。
一面に広がる緑の絨毯、木々には青々とした葉が生い茂り、さわさわと静かな音色を奏でていた。
空は雲一つない晴天、暖かな日の光が降り注ぎて、優しい風が肌を撫でつける。
文句ひとつない、まさしく絶好のロケーションである────目的が、ピクニックであるのならば。
やがてローレルは周囲を見回して、少しばかり困ったような表情を浮かべる。
「ただお花見には、ちょーっと遅かったみたいですね?」
「……そうだね」
苦笑を浮かべながら、俺は小さく頷く。。
今日、俺達はこの場所へ、『お花見』に来ていたのだった。 - 2二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:52:35
────学園から離れた場所に、絶好のお花見スポットがあるらしい。
ローレルが友人から教えてもらったという話を聞いたのは、節分の頃だっただろうか。
その友人は大層な話上手だったのか、ローレルは珍しくハシャいだ様子でこのことを話してくれた。
俺もその熱気に感化されて、それなら是非行ってみようということになった、のだけれど。
花見シーズンになった直後、お互いの予定がどうにも噛み合わず、なかなか『お花見』に行くことが出来ない。
延期に延期を重ねて、ようやく時間に余裕が出来て。
ようやく目的の場所に辿り着いたのが、すっかり葉桜の時期となってしまった今日ということである。
「これはこれで、趣があるんですけどね?」
「うん、ただこの木々に桜が咲き誇っていたら、って考えちゃうとね」
「あはは……それはきっと、言葉が出なくなっちゃうくらいに綺麗な光景なんでしょうね」
一番大きく見える桜の木陰。
俺達はレジャーシートを敷いて腰を落とし、木漏れ日を見上げながら話をしている。
正直なところ、桜が散っているのは予想出来ていた。
桜自体は学園の周りにもあるのだ、それらがすっかり散っているとすれば、ここもそこまでの差はないだろう。
ただ、一縷の望みに縋りたかったのと、心残りにはしたくなかったから、足を運んだのである。
「トレーナーさん、お飲み物をどうぞ」
「ありがとう……あっ、これって」
「せめて飲み物で気分だけでも、ということで」
ローレルは魔法瓶を手に、目を細める。
受け取ったカップの中には、淡い桜色のお湯とふわりと広がる桜の花。
いわゆる桜茶、というものだっただろうか。
一口飲むと、口中に広がるほのか塩気と酸味、そして鼻腔を抜ける春めいた華やかな香り。
思わず、ほっと一息ついてしまう。 - 3二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:52:47
「ふう……うん、少しはお花見気分になったかもしれない」
「それなら用意した甲斐がありましたね」
「そういえば、ローレルは今年お花見はしたんだっけ?」
「ヴィクトリー倶楽部の方と、学園のお友だちとで何回か……トレーナーさんは?」
「俺は今年いけなくてね…………正直に言うと、キミとここに来るのは結構楽しみにしてたんだ」
一応、トレーナー間の企画などもあったが、結局予定を合わせることが出来なかった。
そんなわけで、今日が今年最初で最後のお花見ということになる。
もっと早く行ければな、と改めて考えていると、ローレルがきょとんとした顔を向けているのに気づいた。
どうしたのだろうかと思って、声をかけようとした矢先、彼女は嬉しそうに口元を緩める。
そして、ちょんちょんと人差し指で自らを指し示すと、囁くように言葉を紡いだ。
「…………私も、ですよ?」
どこか大人びた、艶っぽい雰囲気。
俺は思わずドキリとしてしまい、誤魔化すように慌てて話を変えた。
「そ、それより! そろそろご飯にしようか! もう良い時間だからね!」
「ふふ、はぁい……花はありませんから団子が大事ということで、今日は腕によりをかけちゃいました」
「おお」
「Bon appétit♪」
ローレルはくすりと微笑んでから、傍らにあったバスケットを真ん中へと置く。
そして蓋を開けると、そこにはバゲット、ハムやソーセージ、チーズ、ピクルスなどの様々な食材が効率良く配置されていた。
そういえばピクニックの語源はフランス語だったな、と何となく思い出す。
今日は、お互いに料理を持ち合うことになっていた。
俺ももちろん用意をしているのだけれど、先にこれを出されてしまうとどうしても気後れしてしまう。
無意識のうちに、持って来た多人数用のランチボックスを隠してしまうくらいには。 - 4二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:53:00
「あれれー? トレーナーさんは、用意してくれなかったんですか?」
するとローレルはにまにまとした笑みを浮かべながら、背後を覗き込もうとした。
何だか気恥ずかしくなって、出すタイミングを逃してしまう。
やがて、彼女はわざとらしい困り顔を作りながら、お臍の下の辺りを両手で押さえてみせる。
「あーあ、私、お腹空いちゃったなー?」
「……わかったよ、はい、あまり上等なものではないけれど」
俺は苦笑しながら観念して、ランチボックスを差し出した。
おにぎりに玉子焼き、そして唐揚げ、形は歪で、所々焦げてしまっている部分もある。
味見はしたから、とても食べられないということはないはずだけれど。
ローレルはそれを見ると、ぴこぴこと耳を反応させた。
「とっても、美味しそうじゃないですか」
「……大袈裟だよ、味はキミに叶わないだろうけど気持ちだけはちゃんと込めたから」
「…………それは、私も負けていませんから」
そう言って、ローレルはバスケットの中から一口サイズのキッシュを取り出した。
彼女の手作りなのだろう、それを箸で摘まみながら、俺の口元へと向けて来る。
「ちゃーんと、味わってくださいね? はい、あーん♪」 - 5二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:53:19
爽やかな風が流れる中、俺達は食事を堪能した。
……正直、ちょっと量は多めだったので、7割方はローレルが食べた形ではあるけれど。
片付けを済ませて、お互い何も喋らないまま、時を過ごす。
気まずさなどは感じない、それどころか居心地の良さを覚えながら、草木の騒めきと風の調べに耳を傾けていた。
これはこれで素晴らしい時間なのだけれど────やはり、あのピンクの花びらが恋しい。
「桜、やっぱり見たいですか?」
ふと聞こえてくる、ローレルの問いかけ。
見れば、彼女は優しげな顔でこちらを見つめていた。
俺はしばらく思考を巡らせてから、思ったことを、たどたどしく伝えていく。
「まあ見たいかな、というより、もっと見ておけば良かったというか」
桜自体は、色んなところで目にしていた。
だけどそれは視界の中にあったというだけで、ちゃんと見ていたわけではなかった。
そのことが色んな意味で勿体なかったなと、今になって思っていた。
それを聞いたローレルは、何故か得意げな表情でぽんと胸に手を当てる。
「そんなトレーナーさんのために────私が、桜を咲かせてあげましょう」
「えっ?」
「ささ、目を閉じて、楽にしてくださいね」
「へ、あ、ああ、え?」
ローレルの突然の言動。
俺は困惑しながらも、ただ彼女の言葉通りに目を瞑り、身体から力を抜いた。
満腹感のせいか睡魔が誘いをかけてくるものの、そこは気合で堪える。
しかし、桜を咲かせるだなんて、出来るのだろうか。
ここには枯れ木もなければ、臼を燃やした後に残った灰もないのだけれども。
そう考えていると、突然肩に手を置かれて────ぐいっと後ろに身体を引かれた。 - 6二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:53:39
「わっ!?」
抵抗する余地もない。
俺の身体は重力に従い、背中からゆっくりと倒れていく。
やがて、後頭部を柔らかくて暖かな感触に、ぽふんと受け止められた。
「……ローレル?」
目を開けると、そこには上から覗き込むローレルの顔。
そして、頭の裏から感じるハリのある肉感。
どうやら、俺は彼女に膝枕をされているようだった。
ぽかんと言葉を失っていると、彼女はにんまりと満面の笑みを浮かべる。
そのまま両手の人差し指で自らを指し、口を開いた。
「トレーナーさん見てください、満開の、サクラですよー?」
時が、止まった気がした。
可愛い、愛くるしい、突飛すぎる、太腿柔らかい、様々な思考が混線し、言葉が発せなくなる。
しばらくの間、俺達の間に沈黙が走った後、ローレルは頬を赤く染めて恥ずかしげに顔を逸らした。
「何か、言ってくださいよ」
「今の、もう一回やって欲しいな」
「……もっ、もう!」
「はは、冗談だよ、うん、こんなに綺麗で可愛らしい桜が間近にあることをすっかり忘れていたな」
「…………トレーナーさん、顔が赤いですよ?」
「…………キミもね」
慣れない、舌が浮くような台詞を口にして、ついつい頬が熱くなってしまう。
確かに、目の前に広がるこの光景は、俺が求めてやまない景色の一つではあった。
だけど。 - 7二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:53:54
「でも、これだけじゃあ足りないかな」
「足りない、ですか?」
「うん、俺はローレルと一緒に桜を見たいから、これだとちょっと物足りないね」
「……っ!」
俺は、ただ桜を見たかったわけじゃない。
ローレルと一緒に桜を見て、記憶を刻んでいきたかったのである。
まあ、今年はもう諦める他ないけれど、来年は必ずシーズンに来ようと俺は心に決めた。
「…………トレーナーさんって、案外、欲しがり屋さんですよね」
「うん?」
「仕方ありませんね、ちょっと、頭を降ろしますね」
「あ、ああ、わかったよ……!?」
ローレルの両手によって頭を持ち上げられて、太腿の上から降ろされる。
その時、声をかけられたせいか、俺は反射的に彼女の方へと視線を向けてしまった。
視線の先には────女の子座りをしている彼女の足元と、その隙間が見えてしまいそうになる。
俺は慌てて、目を閉じて顔を逸らした。
「……ふふっ」
鼓膜を揺らす悪戯っぽい微笑み。
しばらくの間がさごそと小さな物音が響き渡り、やがて、柔らかな手が両頬に触れた。 - 8二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:54:10
「もう、大丈夫ですよ」
妙に近くで聞こえるローレルの声と、微かに顔へかかる暖かな吐息。
まさかと思い目を開けると、文字通り目と鼻の先に、ローレルの笑顔がある。
彼女は、俺と向かい合う形で、ごろんと横になっているのであった。
ふわりと漂う、甘い香り。
再び心臓を固まるのを感じながら、俺は喉から声を絞り出す。
「ロ、ローレル?」
「こうすれば、貴方の綺麗な瞳に映る、サクラが見えますから」
じっと、真っ直ぐ見つめて来るローレル。
顔を逸らそうにも、顔を両手で押さえられていて、動かすことが出来ない。
だったら目を瞑れば良いのだけれど────その選択肢は、何故か浮かんでこなかった。
サクラを、見ていたいから、かもしれない。
「それじゃあ、トレーナーさん」
ローレルは更に身体を近づけて、顔を寄せて来る。
密着しそうなほどに距離を詰めて、しゅるりと尻尾が脚へと巻き付く中、彼女は言葉を紡いだ。
「もっと、私を見つめてくださいね? もっと、貴方を見つめさせてくださいね?」 - 9二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 00:54:40
お わ り
花見とか何年も行ってない - 10二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 01:07:31
よ か っ た
トレロレは見つめ合うのが似合う… - 11125/04/27(日) 08:18:00
なんか似合いますよね…
- 12二次元好きの匿名さん25/04/27(日) 09:42:32
かわええなあ・・・
- 13125/04/27(日) 18:52:59
ローレル可愛いよね……