- 1二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:01:45
- 2二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:02:12
🔶🔶🔶
「さ……もうひと頑張りか……」
トレーナー室の中、俺はいつも通りパソコンを開き仕事を進めていた。
直近のレースの確認およびデータ収集。トレーナー業に関わる先方とのやり取りやそれに付随した書類整理。
そして今後のトレーニング方針の構築や研究等……トレーナーとしての業務は多忙を極めていた。
「……気合を入れ直すか」
段ボールの中に入ったコーヒーを1つ取り出し、口から一気に流し込む。
眠気で鈍った思考が多少はマシになるのを感じながら、再度パソコンへ向きなおす。
そうしてまた暫く仕事を進めていると、扉が開く音と同時に声が響いてきた。
「あーーっ!! トレぴ、帰ってないじゃん!」
声の方向を見ると、ヘリオスがそこにいた。
しまった……という感情が顔に出ていたのか、彼女は傍までやってきて俺の肩を掴んだ。
「毎日働きアリすぎだしたまには休んでって言ったっしょ! 目がパンダみたいになってんじゃん!」
「はは、目の周りにできてるのはクマだけどな」
「ウェイウェイ、それな☆ ……じゃね~し! 誤魔化そうとするのやめなー!」
流石に無理があったか……と思いつつ、ふと思い出した。
彼女には今日トレーニングが無いことを伝えていたはずだが……
「ヘリオス、今日はトレーニング休みって伝えたよね?」
「ん。でもトレぴがまた無理してるかと思って見に来たら……やっぱしいた☆ みたいな」 - 3二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:02:31
彼女は勘違いされがちだが本当によく周りを見ている子だ。
ここのところ働き詰めている俺の事を心配してくれていたのだと思う。
「ごめんごめん……もう帰るから」
「……本当?」
心配そうな声と眉を下げた目を向けられてしまった。
彼女の事だ、ここでまだ残ると言えば腕を引きずってでも一緒に帰らされてしまうだろう。
「本当だよ。だから、ヘリオスも心配しないで大丈夫だ」
「……ん、分かった。トレーナー! 本当に無理しちゃだめだかんね!」
「はは、分かってるよ」
ヘリオスはそう何度も念を押し、トレーナー室から出ていく。
……彼女には悪いが今日はもう少し仕事を進めてから帰るつもりだ。
まあ、少しくらいならバレないだろう。 - 4二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:03:09
🔶🔶🔶
「……ふー」
あれから一時間ほど経っただろうか。
思ったより時間がかかってしまったが、ようやく一区切りついた。
グラグラと回る頭を起こすようにピシャリと両頬を叩き、荷物をまとめて部屋を出る。
窓の外を見るともうすっかり日は落ち、無数の街灯が蛍のように光を作り出していた。
(うーん、それにしても……)
気のせいだろうか。
今日はいつもよりも頭がガンガンと痛むような気がする。
それに、心なしか足元が揺らいで見えるような……見える、ような……
「あ、れ……?」
刹那、視界がグニャりと大きく歪んだ。
歪んで、歪んで……やがて横に大きく崩れおちていく。 - 5二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:03:25
(あ……やば……)
歪みの後、ぼやけてやがて端から黒くなっていく。
床にぶつかってしまったのか、肩に大きな衝撃が走った。
(意識……が……)
「……ナー」
「ト……ナー……! し……り……て…!」
遠くから声が聞こえるような気がする。
良く知っている声が聞こえて、聞こえて………
ああ、だめだ、意識が…… - 6二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:04:38
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「……ここ、は?」
目を開けると見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
キョロキョロと見渡すと、やはりここは……トレーナー寮の自室のようだ。
「おはよ。気がついた?」
ベッド横から聞こえてきた声の主は……ヘリオスだった。
表情はいつもと変わらないが……なんだか目が笑っていないような気がする。
「お、おはよう……ヘリオス、どうしてここに? というか俺、いったい……」
彼女はコホンと一息つくと俺の目の前までやってきた。 - 7二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:04:56
「トレーナー、帰る途中で倒れたんだよ。保健室にも寄ったけど、過労で倒れただけだって先生が言ってた。それでウチがここまで運んできたの」
「鍵は……」
「ん。胸ポケットの中に入ってたから借りた」
「そ、そうか……」
なんか、ヘリオス……怒ってないか?
いつもと喋り方もちょっと違うし、なんだか凄く気まずいぞ……!
「あの……ヘリオス、さん……?」
「んー?」
「その、もしかして……怒ってますか……?」
「……うん。すっごく」
「あ、えと……そうですか……」
「トレーナー。悪いけどちょっとそこに座ってくれる?」
拒否権など当然なく、言われるがままそこに正座するしかなかった。 - 8二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:05:12
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で、今に至るというわけだ。
「トレーナーさ……帰るって言ってたのに、ウチに嘘ついてたんだね」
「いや、あの……あとちょっとだけやって帰ろうと思ってただけで……」
「ふーん、1時間ってちょっとなんだ? 時間感覚が随分ウチと違うみたいだね」
「はい……本当にすみませんでした……」
彼女は小さくため息をつき、俯き加減でこちらを向き直す
「トレーナー。ウチ、本当に心配だったんだよ? 最近毎日遅くまで仕事してて、見る見る元気がなくなってた。自分では気づいてなかったんだろうけどさ……」
「……ごめんなさい」
「謝るのはもういいから……ん!」
ヘリオスは俺の前に右手の小指を突き出してきたが、意図が読めなかった。
頭に疑問符を浮かべているとヘリオスが見かねたように口を開く。
「指切り。トレーナー、もう無理しないってウチと約束して?」
「ゆ、指切りか……」
「そう。それとも、また無理する?」
「いや……うん。そうだな、約束しようか」
彼女と同じように右手の指を差し出し、小指を結ぶ。 - 9二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:05:31
「「指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます、指切った」」
「……約束したからね、トレぴ?」
「ああ、もう約束は破らないよ」
「……絶対、だからね?」
「ああ、絶対だ」
そういうと彼女はようやく安堵したような表情を浮かべ、笑みを浮かべた。
いつも通りの……ヘリオスの優しい笑顔だった。
「……ちょっと待っててね?」
「え? あ、ああ」
ヘリオスはキッチンへ向かい、またこちらへ戻ってくる。
手にはお椀が握られ、湯気が揺らいでいた。
「これ、ヘリオスが?」
「そそ、作った☆ 簡単だけどお粥。ほら、口開けて」
「うん……え?」
思わず、一度頷いた後に素っ頓狂な声が出てしまった。
ヘリオスは何の疑問も持たない顔でスプーンをこちらへ向けている。
「いや、えっと……自分で食べられるから……」
「……トレぴ、嫌だった?」
そんなことを言うと、彼女は悲しそうな顔をして俯いてしまった。
こんな反応をされては断ることなどできない。 - 10二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:05:56
「あ……全然! 嫌じゃないんだ……ただ、ちょっと恥ずかしいだけで……」
「ウチらしかいないから、恥ずかしがらなくても良いよ。ほら、あーん……」
「あ、あーん……」
「えへへ……☆」
誰も見てないとはいえ、とてつもなく恥ずかしいぞ……!
だけど、まあ……ヘリオスが嬉しそうだから良いのか……?
「はい、あーん☆」
そうして結局……ヘリオスの手からお粥を運ばれ続け、食事を終えてしまった。
「食べ終わったね……それじゃ、そろそろ寝ようね、トレぴ」
「あ、あぁ……ヘリオスもそろそろ寮に帰らなくて大丈夫か?」
「ウチ、今日は外泊届出してきたから大丈夫☆」
「え……?」
またもや素っ頓狂な声を上げてしまった。
外泊届ってことはその……
「もしかしてここに泊まっていくってことか……?」
「もちもち!☆」
「いやでも、流石に……」
「……嫌?」
ずるいだろ、それ。
断れなくなるからやめてほしいと思いつつ、首を横に振るしかなかった。 - 11二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:06:22
「……嫌じゃないよ、大丈夫だ」
「へへ……☆」
「じゃあ、俺はソファで寝るから……」
「病人はベッドで寝なきゃダメっしょ!」
と、ヘリオスは有無を言わせず俺の身体をベッドへ押し込む。
「あ……うん。ごめん……ありが」
お礼を言いかけたとき、ベッドにヘリオスが入り込んできた。
頭の中が疑問符と感嘆符で埋め尽くされる。
「へ、へ、ヘリオス……!? なんで……!?」
「いーじゃん☆ ここ、ウチらしかいないんだよ……?」
「そういう問題じゃなくて……こういうのはよくないよ……!」
「ん? どうしてよくないの?」
キョトンとした顔でヘリオスが訪ねてくる。
至近距離で密着する彼女の息遣いが聞こえて、今にも心臓が破裂しそうだ。
「……ヘリオス、よく聞いてくれ。友達にならまだしも、こんなこと誰にでもしちゃだめだ」
諭すように彼女に目を向けて言葉を吐く。
が……ヘリオスは一つため息を吐いてぎゅうと俺の身体を抱きしめてきた。 - 12二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:06:38
「誰にでもするわけないじゃん、こんなん。トレーナーにしかしないよ」
「……ヘリオス! そういうのは、勘違いされるからやめるんだ……!」
「ふーん……勘違いしても良いよ、トレーナーなら。勘違いじゃ、ないかもだけど……」
彼女は何を言ってるんだ?
まずい、このままだとおかしくなりそうだ、いろいろな意味で持たない。
「ヘリ……!」
声を上げようとすると、口が手で塞がれる。
そしてヘリオスは自身の額と俺の額をピタリとくっつけ、小悪魔のように笑った。
「トレーナー☆ おやすみ……」
そう囁いて寝息を立て始めるヘリオス。
何故か俺はそれ以上何も言うことができず、鼓動の高鳴りを抑えることしかできなかった。
……結局、俺が眠りにつけたのはそれから数時間後の事だった。 - 13二次元好きの匿名さん25/04/29(火) 15:07:35
終わりです。
読んでいただきありがとうございます。