[ss、オリキャラ]朧気なpouring down

  • 1二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:28:10

    あたたかくて柔らかい匂いと固い壁に身を預ける感触が、
    他人事のように俯瞰している自分に何故か違和感を感じない…

    あぁ、これ……夢…だね…

    いつの夢だっけ……たしか当番の時に、熱が出てて……
    それで……なんで壁によりかかって座ってるの…?誰か……いる?

    『大丈夫?えっ、平気…?
     そうは見えないけど……分かった。
     じゃあ、私が寂しいから傍にいてもらますか?』

    聞こえてきた声は優しく私を諭すと目の前のコンロに向かい始めた。
    あなたは………───




    耳元で、つんざく雨音で目が覚める。
    五月蠅い、煩わしいと思うも、それすらも無意味だとすぐに気づく
    だってこの世は、この肉体さえも虚しいのだから……

  • 2二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:29:44
  • 3二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:31:17

    「……ッ」

    コートの中でスマホが震えている
    取り出して画面を見ると、先生から心配するモモトークが一件……

    「……今日、当番。」

    姫とヒヨリに書置きを残して、私は拠点を出る。
    折り畳みの傘を忘れずに……

    「この傘……」

    傘なんて持つような性分だったかな…何かを掴めないまま
    未だ身体から出られない血液が羨む様な流れる雨の中を踏み出した。



    「来たよ……先生」

    雨模様と相まって仄暗い雰囲気のシャーレの室内
    いつもならキーボードが軽快に鳴って、あの人が気楽に呼びかけてくる……
    筈なのに窓から染み出す雨音しか聞こえない。

  • 4二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:32:39

    "ミ…ミサキ……?"

    かろうじて聞こえた声を足早に辿ると、
    いまにも机に倒れこんでしまいそうな先生が肘を支えに
    キーボードの前で俯いている。
    顔を覗き込むと、荒い呼吸に赤く染まった頬…そっと額に手を触れてみると
    火傷しそうなくらいの熱さが冷たい私の手を驚かせた。

    "ミサキ……?"
    「はぁ……」


    熱を出した先生をそっと抱きかかえて運ぶ。
    仮眠室に寝かしてシンクで用意した濡れタオルを額にのせた。

    「37度8分、微熱…」

    手にした体温計を見つめたまま静かに仮眠室から出る。

    「あなたは、大人だから……自分を顧みないんでしょ…
     私達には大事にっていうくせに…」

    呆れたように吐き捨てた言葉は雨にかき消されて
    問いが返ってくる事はない。
    あとは、先生が起きるまで待機するだけ……

  • 5二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:34:03

    『座って壁に寄り添ってて…大丈夫、君は平気…

     私に付き合わせてるだけ……熱は微熱だけど、弱ってるのかな。』


    『ケーキの材料しか…いや、お粥にできるね。

     うん、緩めのポレンタにしよう。』


    雨音が反響するように無意識の片隅から呼び起こされた声に従って

    私は、コンロの前に立った。


    「バナナ、にんじん、牛乳、はちみつ、あとは…粉?」


    備え付けられていた冷蔵庫と戸棚の中に

    偶然というには出来過ぎているように材料が揃っていた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:54:25

    『まずバナナとにんじんの皮を剥いて───』


    「にんじんはラップで巻いて電子レンジに……」


    「柔らかくなったら、バナナと一緒にザルで潰す……」

  • 7二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 02:56:30

    知らない料理だ……
    バナナと人参……?

  • 8二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 03:14:17

    潰したバナナとにんじんを鍋に入れて、


    黄色い粉……コーン、とうもろこし?を


    スプーンでいくらか掬う。


    『よわ中火にかけながら、牛乳をゆるくなるくらいの量を注ぐ。

     あっ、そういえばアレルギーとか大丈夫?』


    「……これくらい?」


    ヘラを動かしながら鍋の中身を回す。

    回る鍋の中身を見続けていると、名前も知らない料理を作っている事に

    正気という銃口を突きつけられた気分になる……けど、

    私はこれを、雨音と共に呼び起こされる声と鍋から香る優しい温かな香りを知っている気がした。


    『はちみつを加えて最後に塩を、ほんの少し…』


    「甘かったら、完成……」


    スプーンですくって一口味見をする。

    覚えていないのに知っている柔らかい甘さ……

  • 9二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 03:19:46

    "ミサキが作ってくれたの?"


    後ろから聞こえてきた声に思わず肩が撥ねる。

    振り返ると、まだ顔が赤い先生がどこか申し訳なさそうに立っていた。


    「なに……いたずら…?」


    存外に低い声で、調子は良くなった?と意味も込めて

    私は先生に呆れた視線を向ける。


    "ごめん、ミサキ…そんなつもりは無くて"

    「はぁ…分かってる……食べる気ある?」


    出来たばかりの鍋を指さすと、先生は一瞬だけ目を丸くしたかと思うと

    すぐに、食べると頷いた。


    病み上がりどころか現在進行形の先生をソファに座らせて

    お皿に盛りつけた乳白色のお粥をひと匙掬って、先生の口に近づける。


    "ミサキ、自分で食べられるから…"

    「いいから、少しは言うとおりにして。」


    先生は観念したように、口を開けてスプーンに乗った

    お粥を食べた。


    「………」

    "うん、美味しい。

     素朴な甘さが染みるよ。"

  • 10二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 03:21:16

    味はどうかと聞く前に、先生は感想を言った。
    レシピ通り?に作れていたみたい……
    もう一口、先生にスプーンを向けると何も言わないで
    また口に運んだ。

    「ねぇ、この料理…食べた事……ある?」

    それは、どっちに聞いたのか分からないけど……

    "…あるよ、食べた事。"
    「じゃあ……いや…」

    誰が作ったの?と聞こうとして何故かやめていた。
    いま作ったこれだってデジャヴのように偶然が積まれただけの産物…
    いまが誰かのために温かい料理を作ったとしても、結局は無意味で虚しい…───

    『雨に嫉妬する気持ちは分かるよ。
     でも、戒野さんが器から解放されたとしてもさ
     残された人は、虚しい…なんて思わないんじゃないかな?』

  • 11二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 03:23:24

    "ミサキ?"
    「…なんでもない、早く……ごめん、ゆっくり食べて。」

    食べ終わった食器と当番の仕事を軽く片付けて、シャーレを出る。
    鈍色の空は、世の中を洗い流すには不十分な雨を降らせていた。



    「全ては虚しい……それは、あなたも……?」

    誰に呟いたわけでもない無意味な言葉は雨に流れていく。

    『傘…使っていいよ。上着だけだとまた風邪を引いちゃいます。
     あぁ、私のことは気にしないでください…この雨のように。』

    私は、忘れてしまった傘を開いて雨の中に紛れていった。


    朧気なpouring down  fin.

  • 12二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 03:29:05

    以上、前回よりも短いですがお付き合いいただきありがとうございました。
    今回作ったのは、ポレンタという前回も使ったコーングリッツを
    水で炊いた主食とも呼べる食べ物です。
    劇中ではケーキを作ろうとしたのを変更して、バナナとにんじんを入れた甘めのお粥にしています。
    ケーキにするには小麦粉とバター、卵を足すとケーキになります。

  • 13二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 04:27:58

    煮込み時間、倍は必要だったかも…

  • 14二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 12:38:52

    なにこれ美味しそう

  • 15二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 19:02:17

    食べ物と傘という体を気遣って渡されたものが名前も知らない誰かとの間をつなぐ糸になっているのがいい

  • 16二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 21:39:56

    >>14

    そういって貰えてひとまず安心です。

    ほんとは、30分とか1時間くらい煮込んでかなりもったりさせるらしいです。

  • 17二次元好きの匿名さん25/04/30(水) 21:41:37

    >>15

    ちょっと今回見返して、文脈端折りすぎたような

    読者任せなようなって感じだったので、そう感じ取ってもらえてよかったです。

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