- 1後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:09:32
部屋の照明はつけっぱなしだった。うっすら埃をかぶった書類の山を見下ろすように、アオバは布団の中で身を丸めていた。
「……はぁ……っ……」
いつもの鈍い痛みが、下腹の奥でじわじわと脈打っている。身体の芯が氷のように冷えているのに、額にはじんわり汗がにじんでいた。
手足は重く、思考は霞がかかったように鈍い。ベッドから起き上がろうとするたび、胃の奥が波立ち、吐き気が喉元を突く。
「ま……た、これ……」
誰に聞かせるでもない、かすれた呟き。PMS。毎月のことだ。分かっている。けれど今回は、特にひどい。
「頭……痛いし……背中も、痛いし……」
動悸もする。体が熱い。なのに寒気がする。何より、理由のわからないイライラが胸の奥でうごめいていた。
スマホの通知が光る。見れば、「先生」からの簡単な連絡と、学園からの大量の仕事だった。
学園は論外。無視。しかし、「その名前」を見るだけで、なぜか喉の奥がぎゅっと詰まるようだった。
「……ごめんなさい、先生……今は……ムリ……です……」
スマホを伏せ、アオバは自分の両腕で腹を抱え込むように丸くなる。
寂しさや不安がどろどろと胸に広がり、それがまた自己嫌悪に変わる。
「こんなことで……先生に怒られるわけじゃないって……分かってますけど……。でも──どうせ……期待されてないし……」
声が掠れて、涙が一粒こぼれた。
彼女の中では、いつも感情が遅れて爆発する。理不尽な業務、厳しい現場、それに耐えた日のあと、こうして身体が壊れていく。
けれど、弱音すら誰にも吐けない。
誰かに甘えることもできない。
そしてまた、ひとりきりで夜を耐えるしかなかった。 - 2後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:13:16
声にならない呻きが、布団の中に沈んだ。
アオバはうつ伏せになったまま、動けずにいた。体を少しでも捻ろうとすると、背中から腰、下腹部にかけて圧し潰されるような痛みが走る。冷たい汗が首筋を伝い、髪の毛が肌に張り付いて気持ち悪い。
でも、それを拭う余裕すらなかった。
「……はぁ……は、あ……」
目を開けても視界は滲み、世界がぐらぐらと揺れているように見える。
頭の奥で鈍く鐘が鳴り続けるような頭痛。吐き気。食欲も、気力も、とうに消えていた。
それでも、どこか頭の隅では焦っていた。
今日までに終わらせなきゃいけない仕事があったはずだ。先生からの返答も、まだできていない。
「やらなきゃ……でも……ムリ、ムリなのに……」
声が震えていた。
動けない。助けも呼べない。スマホは手の届かない机の上。
喉は乾いているのに、起き上がる気力がまるで湧いてこない。
孤独と倦怠が部屋の空気ごと押し寄せて、アオバの身体を更に重くする。
自分の体が、まるで他人のもののように感じられた。
「……っつ……! ぁ……ぅ……!」
何度目か分からない腹痛の波が、下腹部から脳天に突き抜けていく。
呼吸が荒くなる。酸素が足りない。心臓の音だけが耳の奥で跳ね続けている。
そして、ふと──涙がこぼれた。
「──先生……」
ほんの一言だけ、名前を呼んだ。助けてほしいとも言えず、ただその存在にすがりたくて。
なのに、それ以上は何も出てこなかった。アオバは静かに身を丸め、濡れた頬を冷たい枕に押し付けた。
あとはもう、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。 - 3後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:17:42
スマホのバイブ音が、机を伝って床の隅からかすかに響いた。
けれど、アオバはその音を聞いたのかどうかも分からない。
意識はすでに霞がかかったように朦朧としていた。
そのスマホは、バイブによって少しずつ移動し、床へと落ちる。
何かの誤操作か偶然か。落下の衝撃で起動した画面は、先生の連絡先だった。
コール音。数回のあと、繋がる。
「────」
しかし、電話口に応答の声があったかどうか、アオバには届かなかった。
ただ、布団の中で身を丸めた彼女の唇が、かすかに動いた。
「……せん、せい……?」
その声は、まるで壊れかけたラジオのようだった。掠れ、途切れ、空気に溶ける。
「……せ……んせい……きて……くだ、さ……い……っ……」
呼吸は浅く、苦しげに震える。
喉の奥から漏れる声は、もはや助けを求める理性さえ通っていない。
「……もう……やだ、こんなの──」
静かな嗚咽が、電話越しに乗ったかは分からない。
だけどその声には、確かに幼い子どもが夜に怯えるような、そんな無垢な哀しみがあった。
そして、アオバはそのまま、通話が続いていることにも気づかずに、眠るように再び意識を落としていった。 - 4後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:26:47
アオバの自室の前に立った先生は、インターホンを押すより早く、扉をノックした。
"……アオバ?"
返事はない。
ふだんなら、それでも数秒後には小さな声で「ひゃっ──い、今行きます……」と返ってくるはずだ。
だが、今は何も聞こえない。
ほんの一瞬の沈黙・逡巡のあと、先生は静かにドアノブを回した。鍵はかかっていなかった。
外よりも少し重い空気が、じんわりと肌にまとわりつく。
薄暗い部屋。足元には落とされた書類、倒れたペットボトル、そして床に落ちたスマホが──痕跡が、散乱していた。
"アオバ……!"
視線が、ベッドに沈んだ小さな身体に吸い寄せられる。
布団の中、アオバは身を丸めて動かない。額には冷たい汗。かすれた呼吸音だけが、耳に届く。
すぐに駆け寄って、肩に触れる。細いその体が、ほんの僅かにびくりと揺れた。
「……せん……せい……?」
夢の中にいるかのような声だった。
アオバの瞳は半分だけ開かれていて、焦点は合っていない。それでも、先生の顔を感じたのか──その唇が、震えながら動いた。
「きて、くれたんですか……?」
その表情は弱く、脆く、壊れそうで──それでもどこか、安心したようにも見えた。
先生はその手を、そっと包むように握った。
アオバの手は氷のように冷たかったが、微かに力を返してくる。
──もう、大丈夫。
そう伝えるように、そっと彼女の髪を撫でる手に、アオバの頬がかすかに寄り添った。 - 5後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:42:47
視界がじんわりと滲んでいた。
まぶたを持ち上げるのが、まるで水の中で動くように重い。
「……ん、っ……ぁ……」
微かな声が喉から漏れた瞬間、誰かの気配が近づいてきた。
「──気がついたんですね。よかった……!」
その声は明るく、どこか母性的だった。
ぼやけた視界の中に、ピンクのナース服が映る。
「は……れ? あ……ここ……」
「ここは、シャーレの管理下にある連邦生徒会所轄の病院です。あなた、倒れていたんですよ。覚えていますか?」
少女はやさしく微笑みながら言った。
その制服と雰囲気──たしか、トリニティの救護騎士団だったか。
「……セリナ、っていいます。はじめまして、アオバさん。いまは、もう大丈夫ですからね」
セリナの声には、心からの安堵だけが滲んでいた。その背後から、もう一人の少女が姿を現す。
紺の長髪と白衣。整った立ち振る舞い。
救護騎士団の、セリナと名乗った生徒よりも年上に見える生徒だった。
「内海アオバさんですね。私は蒼森ミネと申します。今は無理に話さなくて結構です。ゆっくり休んでください」
丁寧な口調。その中に、プロフェッショナルな気配と静かな自信が宿っていた。
「『生徒が倒れている』と、先生から連絡を受けました。私たちが備品の発注のため近くに来ていたのが幸いでした」
「それと、あなたが倒れてから、症状を調べさせていただきました。……PMSによる重度の体調悪化と、栄養失調の兆候が見られましたので、緊急処置を施しました」 - 6後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 09:47:57
「P、M……え……?」
「月経前症候群のことです。ホルモンバランスの乱れから、全身の倦怠感や情緒不安定、強い腹痛などの症状が出ることがあります」
ミネは淡々と説明する。
「……ずっと、我慢していたのですね。周囲に言えずに」
アオバの頬を、一筋の涙が伝う。
「……何がなんだか、わかんなくて……ただ、ずっと、苦しくて……でも……こんなことで、誰かに迷惑かけたくなくて……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと理由がわかれば、対処もできるんです。もうひとりで抱え込まなくていいんですよ」
セリナの声は優しく、ミネもそれに頷いた。
「診断と処置は済んでいます。必要なお薬も出しておきました。後日、ホルモン検査をして対症療法もご相談できます」
アオバは、ふたりの姿をじっと見つめた。見知らぬ相手──普段なら、限りなく警戒するような、他校の生徒。だが、どうしようもなく、安心できる気がした。
「失礼します、先生がいらしています」
看護師と思しき生徒──こちらは連邦生徒会所属の生徒だろうか──がノックの後そう告げると、ドアが静かに開き、見慣れた姿が病室へと足を踏み入れた。その姿を見た瞬間、アオバの瞳から再び涙がこぼれた。
「せん、せい……」
呟いた声は震えていたが、それはもう、ひとりで苦しんでいたときの声ではなかった。
セリナとミネは顔を見合わせ、静かに一礼して病室を後にした。
「私たちにできることがあれば、いつでも」
ミネのその言葉を背に、アオバは、ようやく静かな呼吸を取り戻していた。 - 7後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 10:00:17
ドアが閉まる音が、やけに静かに響いた。
白い病室に残されたのは、アオバと、ベッドのそばに立つ先生だけ。
視線を上げようとして、けれどアオバはうまく顔を向けられなかった。
身体が重たいのではない。心が、重たかった。
「……ごめ、んなさい……」
ぽつりと漏れた声は、どこかに消えてしまいそうなほどにか細かった。それでも、先生は静かに歩み寄り、ベッドの脇にしゃがみこんだ。
「ごめんなさい……倒れて……お仕事、増やして……連絡も、返せなくて……」
必死に言葉をつなごうとするアオバの声は、喉の奥で詰まる。どうしてこんなにも、うまく言えないのだろう。
「先生、は……私が、頼りにならないって、思ってるんじゃないかって……ずっと、そればっかり……」
先生は、何も言わなかった。ただ、アオバの手をそっと取って、軽く握った。そのぬくもりだけで、涙がまた、こぼれそうになる。
「……でも……」
アオバは、ゆっくりと先生の顔を見上げた。
「……先生、ほんとに来て、くれたんですね……」
返事はない。でも、先生の眼差しには言葉以上のものがあった。
驚くほど、やさしい──まるで、最初からわかっていたような、そんな眼差し。
「……さっき、セリナさんと……ミネさんが、言ってました」
「私、ずっと体調悪かったの……わかってなかっただけで……ちゃんと治せるって……」
言葉を繋ぐごとに、胸の奥で何かが少しずつほぐれていく気がした。 - 8後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 10:03:03
「先生、怒ってないですか……? こんな、面倒な生徒で……迷惑ばっかりかけて……」
先生は首を横に振った。そして、少しだけ、手を強く握り返してくれた。
それだけで、充分だった。
「……そっか……じゃあ、もう……ひとりで無理しなくて、いいんですね……?」
先生はまた頷いた。
アオバはようやく、すうっと深く息を吸った。
肺の奥に、新鮮な空気が満ちていく。重く閉ざされていた扉が、少しだけ開いた気がした。
「……せんせい……ありがとう、ございます」
声はまだかすれていたけれど、その瞳には確かに光が戻っていた。
──少しくらい、期待してもいいんだ。
自分の弱さも、苦しさも、伝えてもいい相手がいるんだと。
ようやく、そんなふうに思えるようになってきていた。
先生とアオバは、そのまましばらく何も言葉を交わさずに、手をつないでいた。
言葉がなくても、ぬくもりだけで、すべてが伝わる気がしたから。 - 9後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 10:17:04
退院の日。
病院の廊下にはやわらかな朝の光が射し込み、外の空気の気配が遠くから聞こえていた。
白衣の裾を揺らして現れたのは、あの二人──トリニティの救護騎士団、セリナとミネだった。
「退院、おめでとうございます、アオバさん!」
セリナが明るく声をかけてくれる。笑顔がまぶしい。
アオバは、どこか気恥ずかしそうにしながらも、丁寧に頭を下げた。
「……あの、ありがとうございました。おふたりがいなかったら……たぶん、今も……」
「もう、いいんですよ。私たち、当然のことをしただけですから」
セリナはにこにこしながら、アオバの荷物を軽く持ち上げてくれた。
「ご自身の体、大切にしてくださいね。ちゃんと休むことも、仕事のうちですよ?」
その言葉に、アオバは小さく笑った。
「……はい。がんばりすぎないように……します。たぶん、ですけど……」
少し離れたところに立っていたミネが、一歩だけ近づいた。表情は相変わらず静かだが、声はやさしく響く。
「……何かあれば、遠慮なくご相談ください。治療方針の再確認も、必要であればご対応します。今後は、定期検診でお会いしましょう」
「……ありがとうございます。ミネさんも……その、あのとき、すごく助かりました」
「あれくらい……お安い御用です」
ミネはふっと、目を伏せて笑った。
アオバがその笑みを見たのは、初めてだった。 - 10後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 10:18:10
別れ際、セリナが小さく手を振ってくれた。
「じゃあ、次に会うときは元気な姿で!」
アオバは、軽く右手を上げて応えた。
ぎこちなくても、その動きには確かな意志が宿っていた。
〜〜〜〜〜〜
病院を出たあと、シャーレの車──もちろん、乗り物酔いの酷いアオバの事情を考慮し、出来るだけの配慮がされている──に乗って自室へ送られる途中、アオバは窓の外を静かに眺めていた。
身体はまだ少し重たい。でも、心はずっと軽くなっていた。
「……先生」
隣に座る先生の方をちらりと見て、小さな声で話しかける。
「明日から、また仕事……戻ります。ちょっとずつ……やれる範囲で、がんばります」
先生は何も言わなかったが、ゆっくりと頷いてくれた。
アオバは少し笑って、言葉をつけ加える。
「……でも……ダメそうな日は、休んでもいいですか?──できるときは、ですけど」
それに対する頷きは、さっきよりも少し力強かった。
安心できる場所がある。頼れる人がいる。
そんな、当たり前のようで遠かったものが、ようやく彼女の手の中にあった。 - 11後でちゃんと晴らします25/05/01(木) 10:19:36
一旦ここまでにします。
次はお昼すぎになる予定です。 - 12二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 10:36:50
- 13二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 10:37:14
昼過ぎなら要らんだろうけど期待保守
弱ってるアオバは可哀想可愛いんだ - 14二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 15:02:31
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- 15もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:03:28
お待たせしました。続けます。
- 16もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:11:06
シャーレの医務室。
壁際に観葉植物が並び、清潔感のある部屋には午後の陽が差し込んでいた。
アオバは、備え付けの椅子にちょこんと腰をかけていた。
やがて、扉が静かに開く。
「お待たせしました、アオバさん!」
明るい声とともに入ってきたのは、あのナース服姿──セリナだった。
「……こんにちは。来てくださったんですね……」
「もちろんです! 退院後の経過観察ですからね。今日でちょうど一週間ですし、体調の変化とか、気になることはありませんか?」
問われて、アオバは少し考えてから、小さく頷いた。
「──前より、ずっと楽になりました。薬も……ちゃんと、飲んでます。あと……」
言葉が少し詰まる。だが、それでも勇気を出して、
「休むこと──休息も、悪いことじゃないって……思えるように、なってきました」
その言葉に、セリナはぱっと顔を輝かせた。
「えらいです、アオバさん! それ、大事な進歩ですよ!」
その瞬間、もうひとりの姿が控えめに入室してきた。
「ごきげんよう、アオバさん。……お加減、いかがですか」
ミネ。白衣に身を包んだ静かな姿は、あの日と変わらない。
けれど、その声音はどこか、やわらかく感じられた。 - 17もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:12:34
「……こんにちは。おかげさまで、すごく良くなりました。ミネさんにも、ほんとに……感謝してます」
「いえ、私たちは『救護』という本来の役目を果たしたまでです。ですが──」
ミネは手元のタブレットを操作しながら言う。
「正直、倒れた直後の数値を見たときは、目を疑いました。あれは……普通の勤務状態ではありません。倒れるのも無理はないかと」
「……っ……す、すみません……」
「謝らなくて結構です。ですが……これからは、定期的に検査を受けていただきます」
「えっ」
「月に一度、PMSの状態とホルモンバランスの確認を行います。あなたは我慢しすぎる傾向がありますから、客観的な数値での判断が必要です」
ミネの言葉は厳しくもあったが、そこには確かに“気遣い”があった。
「──わかりました。……ちゃんと、来ます」
アオバは目を伏せながらも、はっきりと答えた。
セリナが横から笑顔で付け加える。
「そのときはまた、私たちが診ますから! あ、今度はお茶でもしながら、ゆっくり話しましょうね」
「……うん。……楽しみに、してます」
小さな笑顔を浮かべたアオバに、セリナも嬉しそうに微笑み返す。
ミネは黙っていたが、その瞳はどこか穏やかだった。
シャーレの午後。
穏やかな空気の中で、小さな信頼と繋がりが、またひとつ積み重なっていく。 - 18もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:25:45
やってきた定期検診の日。アオバ本人の希望で、定期検診は、先生同伴のもと、ミネとセリナによって行われる。
シャーレ医務室の空気は、穏やかに澄んでいた。
アオバは診察椅子に腰掛け、両手を膝の上に乗せていた。
セリナが手際よく血圧計を巻きながら、明るい声で言う。
「体温も安定してますね~。いい感じです!」
「……はい、まあ……体調だけは……なんとか……」
アオバの声はぼそぼそと小さく、そのまま自然と溜め息がついて出た。
「でも……また、昨日も徹夜整備で──」
先生が横で顔をしかめる。アオバはちらりと視線を送ってから、諦めたように肩をすくめた。
「……貨物輸送管理部──私、ハイランダーの所属なんですけど──今週だけで急な列車修理が5件……しかも、動力炉の誤作動とか、絶対幹部が予算ケチって検査すっ飛ばしたせいなんですけど……」
語気が徐々に強くなる。
「……整備マニュアルの更新? 10年前から“準備中”で止まってて……あの老害ども、学年か丸々代替わりしても、自分のポジション守るためだけに居座ってるし……下に丸投げした仕事がどれだけ崩壊してても、誰も現場を見ないし……」
「……アオバさん。ひょっとして、ハイランダーの歪み切った体制に『救護』が必要ですか?」
「ひゃっ!?いえっ、そんなつもりじゃないんですけど……!」
ミネの声が割り込んだ。
アオバははっとして、口を手で押さえる。
「……っ、す、すみません……また、口が……」
セリナが少し困ったように笑う。
「でも、よくそれだけ小声で毒舌言えますよね……」 - 19もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:31:22
「──反射、みたいなもの、です……」
うつむきながらアオバは小さく答えた。
「……でも、もう誰も何も変わんないですよ……未来に期待しても、たいてい裏切られるし……社会って、きっとそういう構造なんですよね……」
その言葉を聞いた瞬間、先生がふと目を細め、ミネがモニターから顔を上げる。セリナは思案顔で首をかしげた。
「……それ、よく言ってるそうですね、アオバさん」
セリナのやんわりとした声。ミネも静かに続ける。
「“社会は期待に応えない”、それがあなたの口癖のようです。ですが、思考の習慣の『救護』は、身体の回復と同じくらい重要です」
「……ごめんなさい……」
反射的にそう言ってしまう。
「別に怒ってるわけじゃないですよ? でも、もうちょっとだけ、自分の未来に“優しく”してあげてもいいんじゃないかなって」
セリナの言葉は、なだらかであたたかかった。
アオバの視線は、まだ下がったまま。でも、その肩からは、少しだけ力が抜けていた。
「……はい。ちょっとだけ、がんばってみます。……思考の習慣……」
「えらい、えらい! まずは“うちの幹部は人間に進化する可能性がある”くらいの希望から始めましょう!」
セリナが冗談っぽく言うと、アオバの口元がぴくりと動いた。
「……それは……けっこう、難易度高い気がしますけど……」
小声ではあるが、確かにそこには“笑い”の色が含まれていた。 - 20もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:39:40
シャーレを出ると、夕暮れの光が街を淡く染めていた。
アオバは制服の袖を軽く引き直しながら、先生の少し後ろを歩いていた。
肩先にふわりと風が当たり、淡い髪がそよぐ。
「……風、涼しいですね」
ぽつりと呟いたその声に、先生がちらりと振り返って、小さく頷いた。
それだけのやり取りだった。
でも──どうしてだろう。
その静かな視線を受け取った瞬間、アオバの胸の奥が、少しだけ、きゅっと縮まった。
彼と並んで歩くのは、これが初めてじゃない。
救われたとき、優しくされたとき、踏切の修理をしたとき──何度も、傍にいてくれた。
だけど、今日の先生は少しだけ違って見えた。
いや、違うのは──たぶん、私の方。
「……先生」
不意に名前を呼んでみたくなった。意味もなく、確かめるように。
先生がまた、振り向いてくれる。
その目は、いつもと同じだった。
静かで、温かくて、何も強制しない──優しいまなざし。
それだけなのに、アオバは思わず目を逸らしてしまった。
「──なんでもないです。ちょっと……言ってみたくなっただけで……」
"そっか"
それきり先生は何も言わなかった。並んで歩く歩幅を、さりげなく彼女に合わせるだけだった。
沈黙が、心地よくもあり、居心地悪くもあった。この感覚が、ひどくもどかしい。 - 21もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:40:41
期待しないようにしていたはずなのに。
自分の居場所はないと、ずっと思っていたのに。
「……変ですね、私。先生にこうしてもらえるの、慣れてきたはずなのに」
アオバはふと、空を見上げた。色褪せた茜色が雲に滲んでいる。
「……なんか、変なふうに、どきどきするんです。さっきから」
先生は歩を止め、アオバの言葉の続きを待つ。
アオバは、ゆっくり言葉を探しながら続けた。
「安心できるっていうのとも、ちょっと違う気がして……。でも、不安とか怖いとか、そういうのでもなくて……」
胸の奥で、何かがじんわり広がっていた。
それが何なのか、名前をつけるにはまだ早くて、でも確かにある。
「……ぇへ。困りますね。──これ、うまく説明できないんですけど」
それでも先生は、何もせずにただ傍にいてくれる。そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
だから、アオバはそっと、小さく微笑んでみせた。
ほんの少しだけ、心がふわっと浮いたような気がした。
たぶん、もう“ただの信頼”ではない。
それに気づいたのは、たったいま。先生と並んで、夕焼けの道を歩きながら。 - 22もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:47:06
その日の定期検診は、先生の立ち会いがなかった。
「今日は先生、お忙しいみたいですね。残念ですか?」
そう言ったのは、体温計を外しながらにこにこしているセリナだった。
「えっ、い、いえ……そんなこと、ないですけど……」
アオバは反射的に首を横に振ったが、言葉の切れがどこかぎこちなかった。
「ふーん?」
セリナがにやりと笑って視線を向ける。
アオバは視線を逸らしながら、やや俯き気味に口を開いた。
「──あの、ちょっと……相談、というか、聞いてもらってもいいですか」
セリナとミネが、動きを止める。
診察室の空気が、少しだけ静まった。
「……最近、先生のこと……見ると、ちょっと変なんです。どきどきするっていうか、胸のあたりが、もやもやして──」
「ふむふむ」
「で……別に怖いとか不安とかじゃなくて、安心はするんですけど……でもそれだけじゃない気もして……」
言い終えた瞬間、セリナが大げさに手を打った。
「それ、恋じゃないですか?」
「ぴゃっ……!?」
アオバの顔が、ほんの一瞬で赤く染まる。 - 23もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:48:18
「え、ちが、違います……! たぶん……え、そういうのじゃ……!」
「“そういうのじゃない”って言う人、だいたいそういうのなんですよね~?」
にやにやと笑うセリナの隣で、ミネが静かに口を開いた。
「冷静に申し上げますが、“信頼から始まる感情の変化”は珍しいことではありません。特に、支えてくれる存在に対して抱く“依存と安心”は、やがて“好意”と交錯することもあります」
「……っ」
アオバは思わず、膝の上で手をぎゅっと握った。
「でも……私、あんまり人にそういうの、向けたことなくて……」
「それは、あなたが“期待すること”に臆病だからです」
ミネの言葉は、冷たくはなかった。むしろ、それは彼女なりの優しさだった。
「ガッカリするくらいなら、最初から期待しない。あなたは、ずっとそうやってきた。でも先生には、少しずつ心を預けてしまっている。それを“違う”と否定し続けるのは、あなた自身を苦しめますよ」
アオバは唇を噛みしめるようにして黙り込んだ。
けれど、その頬に熱が残ったまま、セリナの笑い声が続く。
「なーんだ、アオバさん、可愛いところあるじゃないですか~! もっと早く言ってくれたら、恋バナし放題だったのに!」
「や、やめてくださいっ……、そういうの……むりなんですけど……!」
「定期検診、これから月1じゃなくて週1にしませんか!?」
「検討します」
両手で顔を覆ってうずくまるアオバに、セリナが楽しそうに笑い、ミネはふっと口元を緩めていた。
でもそのやり取りの中で、アオバの中の“もやもや”に、ようやく形が与えられていくのを――
彼女自身、少しずつ理解しはじめていた。 - 24もう大体晴れちゃってます25/05/01(木) 15:52:20
一旦ここまで。
次回は時間を見つけて更新します。
このスレタイで見てくださった方には申し訳ありませんが、今後のメインはアオバたちの恋バナになる予定です。
キャラ崩壊(主にセリナ)が多々見受けられるかと思いますがご容赦ください。 - 25二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 16:26:24
ほう、恋バナに乗り気なセリナですか
- 26アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 19:44:21
お待たせしました。続けます。
- 27アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 19:58:02
次の定期検診の日。
先生はまた不在で、アオバはセリナに体温計を預けながら、椅子にそっと腰掛けていた。
前よりも、部屋の空気がほんの少しだけ柔らかく感じられたのは──きっと、自分の中の何かが変わってきているせいだ。
「熱は……うん、平熱。よかったですね」
セリナが微笑みながら端末に数値を打ち込みつつ、ふと顔を上げた。
「今日は、体調どうですか? 精神面とかも含めて」
「──あの。セリナさんって、恋とか……したこと、ありますか?」
体温計よりずっと鋭い温度差が、部屋に走った。
思わず口をあんぐり開けたセリナが、計測結果の入力を止めたまま固まる。
「な、なんで私に聞くんですか!? そ、そりゃまあ、女の子ですし、そういう話は興味ないこともないですけど──!?」
「……ごめんなさい。なんか、前回のことが、ちょっと気になってて……」
アオバは視線を落としながら、
「私……誰かに好きって思うのが、初めてかもしれないから……どういうのが“普通”なのかも、よく分からなくて」
セリナはぽかんとしながらも、しばらくして小さく息を吐いた。
「──そっか。うん、ごめんなさい。ちょっと驚きすぎちゃった。アオバさんから、そんな風に話しかけてもらえるとは思ってなかったから」
「……私も、思ってなかったです」
「え?」
「こうして、恋の相談とか……誰かにできるようになるなんて、思ってなかった」
それは、どこか照れくさくて──でも、どこかほんのりあたたかい声だった。 - 28アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:02:18
セリナは、しばらく沈黙してから、そっと微笑んだ。
「……いいじゃないですか。そういうの、“思ってなかった”ことから始まるんですよ、きっと」
「……はい。ぇへ」
アオバも、小さく笑った。
声に出すのはまだ少し照れくさいけれど、その笑顔は自然だった。
すると、医務室に近づく足音。
白衣を揺らして、ミネが無表情でファイルを手に現れた。
その姿に、セリナがびくりと肩を跳ねさせた。
「ミネ団長……!」
そして──何かを思い出したかのように、目を細め、ずいっと身を乗り出す。
「……そういう団長は、どうなんですか!?」
「……どう、とは」
「こ、こいですっ! 恋! 誰かに“どきどき”したこと、ありますか?!」
唐突すぎる問いに、アオバも思わず聞き耳を立てる。
だがミネは、動じることなく眉一つ動かさずに答えた。
「ありませんね。少なくとも、自分の感情を“恋”と認識するような経験は」
「うわぁ〜……完璧に想定通りの返答……!」
セリナはがっくりと肩を落としたが、ミネはそれに構わず、静かに続けた。 - 29アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:04:14
「感情というものは、不確かで、環境や相手の反応によって容易に変化するものです。“恋”と断定できるほど明確な動機や証拠が、私には今のところ存在しない。それだけのことです」
「そ、それっぽいけど……なんかズルい気がしますっ!」
セリナがぷくっと頬をふくらませるのを、ミネは淡く見つめていた。
その表情は──ほんの少し、口元が緩んでいたかもしれない。
そしてそのやり取りを、アオバは静かに見ていた。胸の奥に、ぽつんと灯るような感覚を抱きながら。
(“どきどき”って、理屈じゃ説明できないんだ……)
ミネのように、はっきりと“定義”できるわけでもない。
セリナのように、軽く笑って言えるわけでもない。
でも、心の奥にあるものは確かに存在していた。
先生の顔を思い出す。
あの目の優しさ、声の静けさ、そばにいるだけで少しだけ楽になる感覚。
その全部が、自分の中で“特別”になっていることに、もう言い訳できなかった。
(……私、先生のこと、好きなんだ)
その言葉が、頭の中に浮かんだ瞬間。
不思議と、涙が出そうになるほど静かな、でも確かな“納得”が訪れた。
恋、という言葉の重みが、ようやく心にすとんと落ちてきた。
そしてアオバは、まだ少し赤い顔をしたセリナと、穏やかなミネの姿を見つめながら、小さく微笑んだ。
「……セリナさん、ミネさん。……話してよかった、です。ほんとに」
その声は、いつになくやわらかく、確かだった。 - 30アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:13:18
「……で、どうするんですか?」
検診後、休憩室のソファに並んで腰をかけたアオバに、セリナがぐいっと身を乗り出した。
「ど、どうって……」
「先生へのアプローチですよ! 気持ち、自覚したんですよね?なら、ここからどう“攻めて”いくかが重要なんです!」
「せ、攻め……!?そんな……私、そういうの……」
アオバが慌てて視線をそらす横で、セリナは腕を組んで真剣な顔になる。
「いいですか? 恋っていうのは、待ってるだけじゃ進展しません!一歩踏み出してこそ、距離が縮まるんです!勇気、大事! 行動、大事!」
「……どこかで聞いたようなセリフですね……」
横からミネが小さく呟くと、セリナがむっとして振り返る。
「だって、本当のことですし! 団長だって、もし恋したら絶対こう……!」
「わたくしは参考になりませんので、口を慎みます」
「むー……それならその冷静な頭で、“最善のアプローチ”をアオバさんのために考えてくださいよっ」
視線が向けられると、ミネは一瞬だけ考え込み、そして淡々と語り出した。
「……まず、先生の性格を踏まえると、急激な変化や過剰な演出は逆効果と考えられます。むしろ、普段の信頼関係の延長線上で、徐々に“距離の近さ”を演出するのが適切でしょう」 - 31アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:14:02
「なるほどなるほど、で、例えば?」
「例えば、普段よりもほんの少し多めに話しかける。視線を合わせる。報告のときに“先生だから言えるんですけど……”という枕詞を入れる──信頼の中に“個人としての特別さ”を紛れ込ませるんです」
「ぴゃっ……そんな高度なこと……無理なんですけど……」
アオバは顔を覆って俯き込む。
「あと“先生が好きそうなものをさりげなく覚えておいて、差し入れる”っていうのも効果的です! ちょっとした飲み物とか、グミとか!」
「それは実用的ですね。“覚えていてくれた”という事実が、相手の意識に残ります」
「……な、なんか、ふたりとも怖いくらい息ぴったり……」
「アオバさんが幸せになるためですから!」
「そうです。“幸せになってもらうこと”は『救護』の一環です」
「その理屈おかしくないですか……」
ぽつりと呟いたアオバの頬は、真っ赤だった。
しかし不思議と、心は温かかった。
こんなふうに、自分の気持ちを後押ししてくれる人がいること。
からかわれながらも、本気で応援してくれる優しさ。
それが、少しずつ、彼女の背中を押しはじめていた。
「……ちょっとずつ、試してみます。ほんとにちょっとずつ、ですけど……」
「よーし!“作戦名・アオバの恋は貨物より重い!”作戦、始動ですっ!」
「そのネーミングは見直したほうがいいかと」
三人の声が、静かな検診室に小さく響いていく。
そしてアオバの恋もまた、ゆっくりと、動きはじめていた。 - 32二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 20:23:58
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- 33アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:25:45
ある日の午後、シャーレのオフィス。
淡い日差しがブラインド越しに差し込み、デスクに置かれた書類の山々──その縁を、柔らかく照らしていた。
この日の当番であるアオバは、その机の前で、整理された備品リストをタブレットに入力していた。
今日の当番業務は、備品の棚卸と記録の確認。もっと本格的な事務作業である書類仕事たち──アオバが苦手とするもの──と比べ、それ自体は単純作業のはずだった。
はずだったのに。
「──っ」
ペンを持つ先生の指の動きが、どうしても目に入ってしまう。
何気なくページをめくる動作。考え事をするときの、顎に触れるクセ。
時折ふっと息をつくときの横顔──
一つひとつが、妙に気になって仕方がなかった。
(なんで……こんなに、見てるんだろう……)
意識してないつもりなのに、視線が勝手に吸い寄せられる。
頬がほんのり火照っていることにも、自分で気づいていた。
(まずい……こんな顔、絶対見られたくない……)
そう思いながら、ちらりとだけ、視線を戻す。
ちょうどそのとき。
"……アオバ?"
呼ばれて、心臓が跳ねた。 - 34アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:26:21
「な、なんですかっ」
語尾が跳ね上がる。反応が明らかにおかしい。
先生は書類から顔を上げ、やや困ったような笑みを浮かべていた。
"……さっきから、何か気になることでもある? こっちを見てるような気がしたから"
「え、えっ!? そ、そそそんなこと、ないですっ!ないですけどっ!?」
アオバはタブレットを抱えるように持ち直し、顔を背ける。
「データがちょっとだけズレてたから……確認してただけで……たまたま、視界の角度が……あの、その……!」
語彙がどんどん崩れていく。
「ごめんなさい、ぜんぶ嘘です、ちょっとだけ見てました!!で、でも深い意味はなくてっ、たぶん、ほんとに!」
自爆気味の早口に、先生はしばらくきょとんとして──それから、ふっと優しく笑った。
"そっか。なんだか照れた顔が久しぶりに見られた気がする"
「……っ、う……」
言葉が出ない。顔にぽっぽと熱が集まっていくのを感じる。
「あの……すみません……私、ちょっと備品庫、確認してきます……!」
そう言い残して、アオバはそそくさと席を立ち、逃げるように部屋を出ていった。
扉が閉まったあと、室内にひとり残された先生は、苦笑しながらペンを握り直した。 - 35アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 20:27:16
- 36二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 22:02:01
期待
- 37二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 22:06:14
続きはよ
- 38アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 22:44:48
- 39アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 22:45:01
「──で、結局、逃げちゃったんです……」
検診のあとの休憩室。
アオバは湯気の立つカップを両手で包みながら、ぐったりと項垂れていた。
セリナは目を輝かせて、テーブル越しに身を乗り出す。
「それってつまり……“先生に見とれてたのがバレた”ってことですか!?」
「そ、そこまでストレートには言ってないですけどっ……たぶん、ほぼ確実に……気づかれたと思います……っ」
「ひゃーっ、青春ですね〜♡」
セリナは両手を頬に当てて、床を軽くバタバタと蹴る。
「え、なにそれ、ドラマみたい! こっそり見てるの気づかれて、気まずくなって逃げちゃうとか、王道じゃないですか!」
「……ち、ちが……いや、ちがわないかも、ですけど……」
アオバはカップの縁に唇を当てて、小さく息を吐いた。
「──もう、最近……ダメなんです。先生のこと、気になって気になって仕方がなくて……。近くにいると、頭がぼーっとして……何してるか全部目で追っちゃって……」
「ふむふむ、わかりますわかります」
「それで……優しくされたら──もう、あの人が優しいのが悪いんです……」 - 40アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 22:45:35
ぽそりと、ぼやくように漏れた一言に、セリナが机に突っ伏した。
「惚気じゃないですかそれ〜!!」
「ちが……惚気……!? あ、あれ……私、惚気てました……?」
「完ッ全に! むしろもっと言ってください! そういうの、栄養なんで!」
「えっ……そ、そんなに面白い話じゃないと思うんですけど……」
アオバは顔を真っ赤にして再びカップに顔をうずめる。
そのやりとりを、離れたカウンターで書類をまとめていたミネが、ちらりと振り返った。
「……正直な感情の共有は、心理的安定にとって非常に有効です。よろしければ、定期的に記録しておきますか?」
「ぴゃっ!?記録だけは勘弁してくださいっ!」
顔を覆ってうずくまるアオバと、さらに盛り上がるセリナ、静かに頷くミネ。
その様子は、どこか“恋する女の子たちの作戦会議”のようで。
アオバの心の奥に、ふわりと温かな居場所ができつつあるのを、誰よりも彼女自身が感じ始めていた。 - 41二次元好きの匿名さん25/05/01(木) 22:56:53
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- 42アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:00:09
「まず、インパクトが大事です!」
セリナの言葉に、アオバは心底不安そうな顔をした。
「で、でも……この、すごい甘そうなケーキ……先生、そんなに甘党じゃ……」
「そこは“あえて”ですよ! 普段食べないものをもらうと、逆に印象に残るんです!」
(そういうもの……なんでしょうか……)
〜〜〜〜〜〜
その翌日、アオバはおそるおそる、その色鮮やかなケーキ――見た目だけで血糖値が上がりそうな苺のホイップタワーを、包み紙ごと差し出した。
「……あの、せ、先生……いつもありがとうございます、これ……よかったら……」
"わ、ありがとう。これ……すごいね……色が……鮮やかだね……"
先生の笑顔は引きつってはいない──しかし、絶妙に目が泳いでいた。
(……ダメだったかも……) - 43アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:04:52
後日、反省会が行われた。
「じゃあ、次は“実用性重視”でいきましょう」
ミネは自信満々に言った。
「消耗品は喜ばれます。例えば……栄養ドリンク。ビタミンB群のものなら疲労にも効きますし、管理職向けとして妥当です」
「……なるほど……?」
アオバはやや困惑しつつも、翌日、今度は健康成分てんこ盛りのドリンクを3本セットで差し出した。
「これ……最近お疲れかなって思って、その、差し入れなんですけど……」
"あ、ありがとう。これは……なんというか……ありがたいけど……気を遣わせちゃってない?"
先生は苦笑しながらも、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
(……また……ズレた……)
〜〜〜〜〜〜
その夜、アオバは自室で紙袋を見つめ、小さなため息をこぼしていた。
中にあるのは、彼女がこっそり一人で選んだ、シンプルな白いマグカップ。
無地だけど、ほんの少しだけ縁が淡いブルーに染まっている。
先生の静かな雰囲気に、きっと似合う気がした。
セリナにもミネにも相談しなかった。
これは──自分で決めた、はじめての贈り物。 - 44アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:08:25
翌日。
「せ、先生……あの、これ……差し入れっていうか、その……」
紙袋をそっと差し出しながら、声が震える。
「──えっと、私が……選んだものです。たぶん、そんなに特別なものじゃないですけど……」
先生は静かに袋を開け、中のカップを見て――目を細めた。
"……すごく、いいね。こういうの、好きだよ"
その一言に、胸がじんわり熱くなった。
嬉しい。
伝わった。
“自分で選んだ”ものが、ちゃんと届いた。
「……よかった、です……」
小さく呟いたアオバの声は、ほんのわずかに震えていた。
でもそれは、不安ではなく、喜びの表れだった。
その日の帰り道。
アオバは胸元で手をぎゅっと握りながら、ひとり静かに笑った。
(……ちゃんと、伝えられたんだ……)
わずかな一歩。けれど、彼女にとっては、心が前に進んだ確かな一歩だった。 - 45アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:21:09
「──で、先生、喜んでくれたんです。ちゃんと、“こういうの好きだよ”って言ってくれて……」
毎週と化した定期検診のあと。
いつものように用意されたお茶を前に、アオバはぽつりと報告を終えた。
それは、ほんの小さなエピソード。
でも、彼女にとっては、心が熱くなるほどの大きな出来事だった。
「ひゃーっっ!! それって、それって、それってもう大成功じゃないですか!!」
案の定、セリナはテーブルに身を乗り出して大興奮。
「わー! カップって“日常に溶け込む特別”ですよ!? しかも“自分で選んだ”って……うわぁー、それ絶対、先生、毎日使ってくれますって! そこから“このカップ見るとアオバさん思い出す”ってなって、自然に想いが募っていって……」
「えっ……えっ、えっ……」
「そしたら、ある日突然『最近よくアオバのことを考えてるんだ』とか言われたりして! 間接的な告白ルート、これです!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、そんな……なにそれ、何段飛ばしですかっ……!」
「だって! 青春ってそういうものでしょう!? ぎゅーんって進むんですよ、感情って!」
「進まないでほしいです、むしろ! ちょっとずつがいいです、私の心がついていかないですっ……!」
顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振るアオバの姿に、セリナはさらに満面の笑み。
「わぁ、顔も赤くなってる! やーん、恋してるぅ!」 - 46アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:21:41
「い、言うんじゃなかった……」
アオバは椅子の背もたれに崩れ落ちるようにもたれ、天井を見上げた。
羞恥、後悔、そしてちょっとした呆れ――あらゆる感情がぐるぐると胸を巡る。
「これはもう、次は手作りお弁当で勝負ですね!」
「やりません!! 絶対にやらないですけどっ!?」
騒がしいやり取りの向こうで、ミネは静かに湯飲みを置いた。
「……記録としては、セリナの過剰反応を除けば、順調な進展と言えそうです」
「過剰って言いました!?」
「事実です。ですが……確かに、“嬉しそうなアオバさん”を見るのは、悪くありません」
「……ふたりとも、もう少し静かにしてください……」
うつ伏せたまま、アオバがぼそりと呟く。
けれど、その頬には、消えきらない熱がじんわりと残っていた。
“嬉しい”という気持ちが、ちゃんと形になったこと。
誰かに伝えて、共感してもらえたこと。
騒がしいけど、温かい。
そんな時間が、ほんの少しだけ、恋を前に進めてくれていた。 - 47アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:37:29
シャーレの執務室は、いつもよりちょっと静かだった。
今日はセリナが当番で、書類整理と端末の定期バックアップを任されていた。
(よーし、ちゃちゃっと終わらせちゃおう!)
気合を入れて、資料の山に手を伸ばす――そのとき。
ふと、先生のデスクの端にある、見慣れないマグカップが目に入った。
「……ん?」
それは、シンプルで落ち着いた白地に、縁だけが淡くブルーに染まったもの。
どこか控えめで、でもじんわりと目を引く、そんな雰囲気。
そして──思い出す。
(これ、アオバさんが言ってたやつ……!)
間違いない。彼女があのとき「自分で選んだ」って恥ずかしそうに話していた、あのカップだ。
しかも、先生の手元にあって、温かそうな湯気を立てているということは──
(使ってる!! これ、毎日使ってるやつだ!!)
テンションが一気に跳ね上がる。
思わず胸元で手を合わせ、小さくジャンプ。
(やばい、可愛い、進展してる、ほんとに使ってるなんてもう尊すぎる……!!)
すっかり書類の整理の手も止まり、ひとりで盛り上がっていたセリナは、心に誓った。
(これ、絶対報告しなきゃ。次の検診、ぜったいネタにする……!!) - 48アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:43:00
「それでですね、聞いてくださいアオバさん!!あったんですよ!例のやつ!!」
いきなり声を張り上げるセリナに、アオバはお茶を飲みかけてむせかけた。
「この前、私がシャーレ当番だったときに、先生の机の端に───例のマグカップが!」
アオバの動きが止まる。
「で、しかも! ちゃんと使ってたんです! 中にお茶入ってて、湯気ふわふわで、“使い慣れてる”って感じだったんですよ!!」
「え、え、えっ、ちょ……それほんとに……!? 間違いじゃなくて……!?」
「間違いないです! 白地にブルーの縁、あれはアオバさんがプレゼントしたやつですよね!?」
心臓が、どくんと跳ねる。
(ほんとに、使ってくれてたんだ……。毎日、普通に……)
「ひゃー、これはもう……進展ですね~! “先生の日常に溶け込んだアオバさん”という尊い現象、ここに証明されました!」
「ま、待ってください、そんな大げさに言わないでほしいんですけど……!!」
「だって本当のことですしー!」
頭を抱えながらも、頬が熱くて仕方がなかった。
そして、そんなやり取りを聞いていたミネが、手帳を閉じながらひとこと。
「……記録としては、“贈り物による距離感の縮小”が確認されましたね」
「ミネさん、記録しないでください……!」
恥ずかしさに悶絶しながら、それでも心の奥では確かな喜びが膨らんでいた。
──ちゃんと届いている。
その事実が、アオバの恋をそっと後押ししているように感じた。 - 49アオバって体調不良が似合うよね25/05/01(木) 23:46:47
- 50二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 00:42:15
気に入った 上げます
- 51二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 02:36:56
めちゃくちゃ好きなのになんでこんなに伸びないんだ
頑張って欲しい - 52二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 06:09:06
アオバに焼かれた先生が多すぎる
- 53アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:10:57
- 54アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:12:41
定期検診のあとの午後。
シャーレの一室、いつの間にか“恋愛作戦会議室”と化していた休憩室で、三人の集会が始まっていた。
「では、本日の議題です!」
セリナが胸を張って言い放つ。
「“先生への次なるアプローチ、何が効果的か!?”会議、開幕~!」
「あの、これ『救護』?の話じゃないんですか……?」
アオバが呆れ半分で呟くと、セリナはぴしっと指を立てて言い返した。
「恋愛は心の健康に直結します! よってこれは“心療的活動”なんです!」
「なんかそれっぽい理屈つけましたけど、ただの恋バナですからね、これ……」
隣のミネは既にタブレットを開いており、淡々と進める。
「まず、“使用された贈り物”という実績は、感情的な好印象の確定要素として記録されます。これを踏まえ、次段階として“非日常的な体験の共有”を推奨します」
「非日常……?」
「具体的には、“ふたりで出かける”や“一緒に何かを食べる”など。視覚・嗅覚・味覚を共有することで、親密さがより深く記憶に定着します」
「……ミネさん、恋愛指南書でも読んできました?」
「論文です。トリニティの生徒会書庫にありました」
「さすが真面目すぎて逆にちょっと怖い……!」
「まあ、でも……先生とふたりで、どこか行くって──」
アオバは言いかけて、顔を赤らめた。
「緊張して、心臓が口から出ると思います……」
「そこは慣れですよ、慣れ! 最初は軽く、“差し入れを一緒に食べる”とか、“用事ついでにちょっと寄り道”とかでいいんですって!」
「それ、慣れてる人のやつじゃないですか!?」 - 55アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:13:41
「じゃあアオバさん、逆にどこなら緊張しないですか?」
「シャーレの廊下とか……」
「狭っ!? 範囲狭すぎじゃないですか! 恋愛ビギナーにもほどがありますよ!!」
「うるさいなもう……そういうセリナさんだって、経験豊富なわけじゃないくせに……!」
「ぐぬっ……!」
その場が一瞬静まり、ミネがふっと笑った。
「冗談を言い合えるようになったのは、いい傾向ですね。三人の距離も、だいぶ近づいた証拠です」
「いや、これは冗談じゃなくて本気のツッコミなんですけど……」
アオバが頭を抱えると、セリナがけらけらと笑いながら肩をぽんと叩いた。
「でも、アオバさん。前はこういうの──恋バナは少し違うかもですが──全部ひとりで抱え込んでたと思うんです。今こうやって、私たちと一緒に“恋バナ作戦会議”してくれてるの、私はすっごく嬉しいですよ」
「──。……そんな言い方ずるいです……照れるじゃないですか……」
ぽつりと呟きながら、アオバは小さく笑った。
確かに──今なら、こうして何でも話せる。セリナにも、ミネにも。
「……じゃあ、次は……“先生と、さりげなく何かを一緒にする”ってことで……作戦考えてみます」
「了解ですっ! “初ふたり行動大作戦”始動ですねっ!」
「……コードネーム、せめてもう少しまともなものにしてもらっていいですか……」
そのツッコミにも、三人の笑い声が重なる。
恋を通じて、心の距離は確かに、ゆっくりと――でも着実に、縮まっていた。 - 56アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:18:57
「では、“さりげなく一緒に行動する”アプローチについて」
ミネはタブレットを操作しながら、真剣な表情で言った。
「最も強力かつ即効性の高い方法として、“先生が用意したものと同じお弁当を用意して、無言で机の向かいに座る”作戦があります」
「……は?」
セリナが一瞬止まった。
「わたくしの提案は、言葉ではなく“同調”による心理的共鳴の強化。まったく同じものを食べることで、自然と“共通の感覚”が形成されます」
「えっ……いや、それただの“怖いシンクロ現象”じゃないですか!?ホラー寄りですよ!?」
「それに“無言で向かいに座る”って……それ、いきなりだと怪しすぎるやつじゃ……」
アオバも慌てて追従する。
その様子に、ミネは軽く首を傾げた。
「“存在を自然に感じさせる”という点では効果的ですが……?」
「発想は分かるんですけどっ、せめて“無言じゃなく向かいに座る”ところから段階踏みましょうっ!」
「……では、“先生が行くところをあとからそっと追って、同じことをする”などは?」
「「それもホラーですから!?」」
ふたり同時のツッコミに、珍しくミネが目を瞬かせた。
「……なるほど、世間の感覚は難しいですね」 - 57アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:26:54
今日は、アオバのシャーレ当番日。
シャーレでの業務はいつもどおり──の、はずだった。
(“自然に一緒に行動する”……できるかな、私……)
先生がキャビネットの書類を取りに立ち上がる。
アオバ、後を追う。
先生が棚を開ける。
アオバ、棚のひとつ隣を開ける。
"……アオバ?"
「い、いえっ!?たまたま私もこの辺、確認しようかと……!」
先生は微笑む。優しい。でも、その微笑みが今は刺さる。
次――先生が給湯スペースでカップを手に取る。
アオバもカップを取りに行く。なぜか同じサイズ。同じ色。
(ちょ、ちょっと待って……これ……)
自分でも、なんだか変な感じになってきたと気づいてきた。
でも止まらない。 - 58アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:28:02
先生がそっと窓辺に立ち、外を見やる。
アオバもそっと隣に立つ――が、無言。
"……アオバ、今日、なんだか……ついてくる?"
「ち、ちがっ……! あっ、いえ、違わないかも……で、でもその、ミネさんが“シンクロ作戦”って言ってて、あっ!?これは言っちゃだめなやつで──」
"……"
ひとしきりの混乱。
先生は「仕方ない」とでも言うように、優しく笑ってから、デスクへと戻っていった。
その背中を見送りつつ、
(あ……絶対、怪しまれた……)
そして、カップを胸元に抱きながら、小さく呟いた。
「……せっかくの作戦、なのに……変な風にしちゃったな……」
こうして、セリナの名付けた“初ふたり行動大作戦”は、失敗に終わってしまったのだった。 - 59アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:36:56
定期検診のあと。
もはや恒例となった“恋愛作戦会議”は、いつもの休憩室で始まっていた。
「──で、結局、“先生のあとをついて回る”作戦なんですけど……」
アオバは湯のみを抱えながら、項垂れていた。
「……すごく、怪しまれました」
「っっぶふっ!」
セリナが、お茶を盛大に噴きそうになった。
「え、えっ!?本当にやったんですか、“影のように追従作戦”!?あれ、冗談かと思ってたのに……!」
「名前変わってるような……。わたしも……やらないつもりだったんですけど……やってみたらなんか止まらなくて……気づいたら先生と同じカップ持って、隣で無言で外眺めてて……」
「ひぃぃぃ、ホラーじゃないですかそれ!」
「やめてくださいぃぃっ!ほんとに……穴があったら入りたい……」
顔を覆って崩れ落ちるアオバに、セリナは笑いながら背中をぽんぽん叩いた。
「でも、アオバさん……言っちゃなんですけど、それ先生にバレたのって、むしろプラスじゃないです?」
「プラス……?」
「だって、わかりやすく“意識してます”って伝わってるわけじゃないですか。むしろ先生、気づいてなかったら怖いレベルだし!」
「そ、そうですけど……!でも、私、絶対変な子って思われました……」
そのとき、静かに話を聞いていたミネが、手元のメモにさらさらと何かを書きながら口を開いた。
「今回の行動は、実行者の精神的負荷と対象の困惑度において、やや過剰反応を誘発する傾向が見られました」
「うぐっ」 - 60アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:37:26
「反省点として、“自然さ”と“間”の調整が次回以降の課題となりますね。失敗ではありません。あくまで、実験的観測としては価値のある一手だったかと」
「失敗じゃなくて観測って言いかた、余計つらいんですけど……」
うずくまりながらも、アオバの肩が小さく震えた。
……笑っていた。
「……ぇへ。でも、なんか……もう、ここまで来たら、開き直って笑うしかないですよね……」
セリナも、口元に手を当てながらくすくす笑った。
「うんうん、それでこそアオバさん! 恋は失敗してなんぼですから!」
「……それ、励ましなのか煽りなのか分かんないんですけど」
けれど、胸の奥には、変な充実感があった。
バレたっていい。空回ったっていい。
こうして誰かに話せること、笑って共有できること──それ自体が、これまでの自分と大きく違う。
「……じゃあ、次こそ“自然にふたりきりになる”作戦、成功させます。ちゃんと、距離感も、呼吸も見て……!」
「おおっ、宣言来たー!」
「次は“無言シンクロ”じゃなくて、ちゃんと“会話付き接近”ですからね……!」
三人の笑い声──主に1人の恋愛脳と、それに振り回される当事者の声──が、午後のシャーレに心地よく響いていた。
アオバの恋は、空回りながら、確かに前へと進んでいた。 - 61アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:52:23
そして訪れた当番の日、朝のシャーレオフィス。
アオバは制服の裾をぎゅっと握りながら、ゆっくりと深呼吸していた。
(今日は……ちゃんと“自然に”ふたりきりになる……!距離を詰める……!)
あの後も相談──もとい作戦会議を行なったことで得た、ミネの「会話付き接近」、セリナの「タイミングを逃さず一気に仕掛ける!」というアドバイスを思い出しながら、胸の内で静かに気合を入れる。
最大の問題は……先生がそういう“距離感の変化”にまったく無頓着なことだった。
「おはようございます、先生……!」
"あ、おはよう。今日も当番よろしくね"
(まずは第一段階、挨拶……成功……!)
そのまま隣のデスクで備品の計数作業を始めたアオバだったが──
(あれ……“自然に会話”って、どうやるんだっけ)
タブレットの文字が目に入ってこない。先生の指の動きにばかり意識が向いてしまい、ついボールペンを落とす。
「……あっ」
カラン、と乾いた音。
先生がすっと手を伸ばし、ペンを拾ってくれる。
"はい。落としたよ"
「っ、あ、ありがとうございます……」
(ち、ちがうっ! これは“自然な会話”じゃなくて“お世話されてるだけ”だっ!)
(はぁ……もう、今日も空回ってる……) - 62アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:53:02
そのとき、計数の様子を見ていた先生が、ふと声を上げた。
"あれ、在庫リストの備品、もうすぐこれ在庫切れか……買い出し行かないといけないな"
アオバの目が一瞬で輝く。
千載一遇のチャンス。思わず椅子をぎぃっと音を立てて引いた。
「……あ、あのっ!」
"ん?"
「わ、私、行きます! その、買い出し! 先生と、いっしょに……行けたら、って……!」
一瞬の沈黙。先生が目を瞬かせる。
"……え?あ、でも、買い出しは今日の話じゃないし、アオバは整備の仕事で忙しいんじゃ――"
「だ、だいじょうぶですっ!先生のお手伝い、させてください!」
勢いで言い切ってから、ハッと口元を押さえる。
「……す、すみません、急に……ただ、先生だけに任せるのも、その……大変かなって思ったんですけど……」
"そっか。じゃあ、手伝ってもらえると助かるよ"
「──はいっ……!」
その瞬間、アオバの顔がぱぁっと明るくなる。
(やった……やった……!ふたりで出かける約束、できた……!)
表面上は“業務の買い出し”という、ただのシャーレの日常。
けれど、アオバの胸の内では、そこにほんの少し――恋という名前の、ときめきが灯っていた。 - 63アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 08:55:34
朝は一旦ここまで。
続きはまた後ほど。 - 64アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:23:48
- 65アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:24:11
定期検診の日。
医務室のカーテン越しに差し込む午後の光は穏やかだったが、アオバの表情はどこか曇っていた。
セリナが体温計を回収しながら、ちらりと様子を伺う。
「アオバさん?なんか……顔色悪くないですか?緊張してます?」
「……ちょっと、相談があって……」
アオバは、言い淀みながら、タオルの端を指でくしゃくしゃに握った。
「……さっき話した、買い出しの件なんですけど……行き先、まさかのバス移動で……」
「バス?あー、確かにあそこ、直通電車ないですもんね……」
「……わたし……乗り物──特にバスと車が、ほんとにダメなんです……」
「えっ?」
「ちょっと揺れただけで、すぐ酔って、吐き気がして……ひどいと降りてからも一日中気持ち悪いです……」
「そ、それは……かなり……」
「電車なら、まだマシなんですけど……。でも、先生と一緒に行けるのに……バスだけで無理って言いたくなくて……」
そう言って、視線を伏せるアオバの頬には、ほんのりと羞恥の赤みが滲んでいた。
セリナはしばらく驚いた顔をしていたが、すぐにぱちんと手を叩いた。
「よーしっ! じゃあ“恋のための酔い止め大作戦”、今ここに始動ですねっ!」
「ま、待ってください、そんなタイトルにしないでください……!」
「薬はもちろん──ツボ押し、呼吸法、視線の向け方、あと香りも大事ですよ! ミント系のアロマ、バッグに入れておくだけでもけっこう効くんです!」
「……そ、そんなに種類あるんですか……」
「ありますあります!だって恋と戦いは準備がすべてですから! - 66アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:24:37
その勢いに押され、アオバが反応に困っていると、背後の椅子で記録を整理していたミネが口を挟んだ。
「補足しますと、“空腹を避け、乗車前に水分をとりすぎない”ことや、“耳の平衡感覚を意識し、首を固定する姿勢を取る”ことも有効です」
「首を、固定……」
「はい。あとは、“景色の先を一定方向に見続ける”のが基本。吐き気が来たら深呼吸、そして“先生の存在に意識を集中する”ことです」
「え……それは……効果あるんですか……?」
「ある意味で。プラシーボ効果の一種ですね」
「……先生が……酔い止め……」
思わず呟いたその言葉に、セリナがくすっと笑った。
「ね?先生って“精神安定剤”みたいなところありますよね」
「そ、そんな言い方……」
顔を覆って項垂れるアオバ。
でも――それでも、心のどこかで、ほんの少し“なんとかなるかもしれない”という気持ちが芽生えていた。
「……じゃあ、準備、がんばります。ぜんぶ試してみます」
「えらいえらいっ! その意気です!」
「でも、失敗して途中でぐったりしたら……」
「そしたらそのときは、先生に甘えればいいんですっ!」
「ぜ、絶対むりですけどっ……!」
診察室に響く笑い声と、ちょっとだけ高鳴る鼓動。
恋は、今日もまた、不安と期待を乗せて少しずつ前に進んでいた。 - 67アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:43:05
待ち合わせの朝、アオバは制服のリボンを鏡の前で何度も結び直していた。
いつものハイランダーの制服。でも、アイロンは念入りにかけた。
ブーツの革は磨いたし、ほんの少しだけ目元に薄くチークを入れている。
(……気づかれないくらいでいい。けど、ちょっとだけ……可愛く、見えたら……)
そんな淡い願いを胸に、集合場所に到着すると、すぐに先生の姿が見えた。
"おはよう、アオバ。……なんか、今日いつもより少し雰囲気が違うね。似合ってるよ"
「――っ……!」
その一言に、アオバの頭の中で何かが爆発した。
「い、いやっ、そ、そんなこと……べ、べつに……っ」
口ごもりながらも、顔は真っ赤。
けれどその目は、嬉しさを隠しきれず、潤んでいた。
(……や、やばい、もうこの時点で帰りたくなるくらいテンパってる……)
浮かれと緊張のままバス停に着くと、突如として現実の壁が立ちはだかる。“乗り物”。
アオバの大の苦手。車もバスも、ちょっと揺れただけで地獄の様相を呈してしまう。
(……でも、今日は逃げられない……!) - 68アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:44:43
乗車直前、バッグの中に仕込んでおいたミントのアロマをそっと嗅ぎ、首にスカーフを巻いて固定する。
(準備は万全。落ち着け、落ち着け……)
やがて、バスのドアが開き、アオバは先生の後ろについて乗り込んだ。
席に腰掛け、そっと窓際にもたれる。エンジンの音が響き、車体がゆっくりと動き出した。
(……うぅ、きた、ゆれる……)
最初は我慢できる程度の違和感だった。
だが道が曲がり、加速し、ブレーキを踏むたびに胃の奥がきゅうと軋むようになる。
(だめ、だめ……吐きそう、けど、まだ目的地まで……)
冷や汗が額を伝う。
頭の中で、セリナたちの声がよみがえる。
『ミントの香りで気を逸らして!』
『視線は遠くに!』
『最悪、先生の顔を見て落ち着いて!』
(……そんな無茶な……っ)
でも――今は、なんでも試すしかなかった。
アオバはそっと顔を上げ、横に座る先生をちらりと見る。
静かな横顔。どこか安心感のある目元。無駄な動きのない、落ち着いた呼吸。
(うん、そう……先生は、静か……まるで、電車みたい……)
例えはおかしいが、それでも、見ているだけで少しだけ吐き気が引いていく気がした。 - 69アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:45:36
(先生の存在、ほんとに……効くかも……)
それからは、ひたすら先生だけを見つめていた。
話しかける余裕はない。でも、視線を向けて、呼吸を合わせて、意識を繋げて――
そして、ようやく。
「次は──」
バスのアナウンスが流れた瞬間、アオバの胸に安堵が溢れた。
目的地に到着したときには、膝に置いた手が汗で少し湿っていた。
けれど、吐かなかった。乗り切った。ちゃんと、“ふたりで”来ることができた。
"大丈夫だった?"
先生の優しい声に、アオバはぐっと拳を握って答えた。
「うん、だいじょうぶ、でした……!」
ぎりぎりの笑顔だったけれど、それは確かな“達成感”に満ちていた。
小さな一歩。でも、それは大きな一歩。
恋と、弱さと、努力と。全部を背負って、アオバはちゃんと前を向いていた。 - 70アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:55:56
「──というわけで……無事、吐かずに往復できました」
検診室のベッドに座りながら、アオバはほんの少し誇らしげに言った。
視線はうつむきがちだったが、口元はいつになく柔らかく緩んでいる。
目の前のセリナが、ぱちぱちと拍手をしながら顔を輝かせた。
「すごーい! アオバさん、よくがんばりましたねっ!」
「ほんとに、ギリギリだったんですけど……行きはとにかく、ずっと先生の横顔見て落ち着こうと必死で……」
「うわっ、実践してるー!“先生視線集中法”、ちゃんと効いたんですね!」
「恥ずかしいから名前つけないでください……」
照れたように頬を染めながらも、アオバの目元には、どこか誇らしげな色が宿っていた。
背後ではミネが淡々とカルテに書き込みながら、軽く頷く。
「セリナのアロマ療法と、わたくしの姿勢調整指導、どちらも効果が出たようですね。正しく実行できた証拠です」
「……おふたりのおかげです。ほんとに。もしひとりだったら、乗る前にリタイアしてたかも……」
小さく、けれどはっきりと、アオバはそう言った。
「……わたし、今までずっと、体調のことも、苦手なことも、誰にも相談できなくて……“我慢して当たり前”だと思ってて。でも、こうして相談して、アドバイスもらって、ほんとに助かったんです」 - 71アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 15:58:12
セリナの顔がやわらかくほころぶ。
「アオバさんが素直に頼ってくれたから、ですよ。ちゃんと“助けて”って言ってくれたから、私たちも手を貸せたんです」
「……うん。ありがとう、ございます。セリナさん、ミネさん……ほんとうに」
ぎこちなく頭を下げるアオバに、ミネは軽く首を振った。
「感謝されるほどのことではありません。ただ──」
一瞬だけ、ミネの視線が、ふと優しく揺れた。
「……こうして前進するあなたを見るのは、少し誇らしく思います」
「ふふっ、ミネ団長にそこまで言わせるなんて……アオバさん、やりましたね!」
「やめてくださいぃ……照れるんですけど……」
思わず顔を覆ってうずくまるアオバに、セリナがくすくすと笑った。
けれど、その姿は明らかに――以前よりもずっと、肩の力が抜けていた。
乗り物に乗れただけじゃない。
不安を話せた。誰かに頼れた。
そして、ほんの少し、“好きな人と過ごす時間”を増やせた。
それが、何よりの収穫だった。 - 72アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 16:09:40
定期検診の終わり、カーテン越しの午後の光が柔らかく差し込む中。
「アオバさ〜ん! 本日は“重要報告”がありますっ!」
セリナが満面の笑みで、診察ベッドに腰かけるアオバの前に立った。
その手には、なぜかシャーレの書類用バインダーと、デコレーションされた謎のレポート用紙。
「……いやな予感しかしないんですけど……」
アオバが顔を引きつらせながら言うと、ミネが背後からさりげなく補足する。
「“シャーレ探偵団・特別調査班”より、恋愛進捗状況の監察報告です」
「勝手に作らないでくださいそういう班っ!」
「では、読み上げます。セリナ調査員、報告をどうぞ」
「はい、ミネ団長!」
気合十分な声で、セリナが謎のレポートを読み上げ始めた。
「調査対象:シャーレ指導担当“先生”――観察対象との買い出し後、タブレットを操作しながら“今日はアオバが一緒で助かった”と述懐。さらに、昼休みに自席にて“あの子、最近がんばってるな”と独り言を言ったのを記録!」
「っ……!?」
「さらにさらに、件の“白いカップ”は現在、“書類作業時用マグ”として完全定着しており、ほぼ毎日使用を確認!」
「や、やめてくださいっ!なんでそんな……監視みたいなことしてるんですかっ!」
アオバは顔を真っ赤にして、これ以上は聞きたくないというように手で耳を覆う。 - 73アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 16:10:08
「これは調査です。恋の進行度は、客観的データで測定されるべきです」
「そうそう!ほらアオバさん、ちょっと嬉しいでしょ!?“がんばってる”って褒められてたんですよ!」
「うぅ……うれしいけど、うれしいけどぉ……!!」
羞恥と喜びがぐるぐる混ざった声が、診察室に響く。
「……ちなみに、先生の使用カップの洗浄頻度も確認しました。大事に扱われている様子」
「そこまで見てっ……!?ミネさんこそ何してるんですかっ……!!」
セリナとミネがふたりで頷き合うのを、アオバは全力で顔を伏せてやり過ごす。
けれどその頬には、微かに笑みが滲んでいた。
「……ほんとに、変なひとたち……」
ぽつりと漏らしたその声には、あたたかい感情が滲んでいた。
恥ずかしさも、呆れもあるけれど――
それでも、「好き」という気持ちを大切にしてくれる誰かがいる。それが、嬉しかった。
「……ありがとう、ございます。ふたりとも」
そう口にしたアオバの声は、いつもよりちょっとだけ、照れくさそうだった。 - 74アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 16:19:26
「……というわけで、次のアオバさんの当番、再来週以降らしいです」
セリナがタブレットを操作しながら、やや深刻そうな表情で言った。
「え……そんなに先なんですか」
「はい……シフト表、もう確認しました。これは由々しき問題ですよっ」
セリナが真顔で拳を握る。
「“自然な会話の機会”も、“ふとした接近”も、しばらくなし。つまり、このままだと“関係停滞期”に突入する恐れが!」
「そ、そこまで言います……?」
ミネは静かに頷いた。
「接触頻度の低下は、感情の記憶定着率を著しく下げます。今こそ、次なる作戦が必要です」
「というわけで、作戦会議開始です!」
セリナは空いている診察台の上に資料を広げ、シャーレ探偵団・臨時戦略本部を即席で開設。
「作戦名は――“間接接触維持戦略《メモリアルリンク》!”」
「えっ、名前がいきなり横文字……!」
「でも内容はシンプル。“会えない日こそ、存在を思い出してもらう”。つまり、ちょっとした手紙とか、置きメモとか、差し入れメモとか……」
「……地味ですけど、効きそう……」
アオバがぽつりと呟く。
「地味だからこそ、先生の記憶に残るんですよ。“いつもそばにいる”って、そういう距離感を作るんです!」 - 75アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 16:19:54
ミネがタブレットにデータをまとめながら補足する。
「他にも、備品の整頓ラベルにひとこと添える、共有ファイルのコメントに軽く挨拶文を入れるなど、間接的な介入手段は多数あります」
「間接的介入って言い方、なんか怖いですけど……やってみたいです、そういうの」
アオバの声は小さかったけれど、どこか楽しげだった。
「よし、次回までの目標は、“週1回は間接リンクを形成する”!手始めに、備品棚の整理ラベル、ちょっと可愛く書き直しときましょう!」
「えっ、それって業務上の改ざんじゃ……」
「“心の共有”です!!」
セリナの勢いに押されて、アオバは思わず笑ってしまった。
たとえ直接会えなくても、できることはある。
先生に伝えたい気持ちも、仲間と一緒なら、少しずつ形にできる。
「……がんばります。ちゃんと、忘れられないように」
その決意に、セリナが親指を立てて答えた。
「任せてください、“探偵団”は、いつだってあなたの恋の味方ですっ!」 - 76アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 16:22:24
一旦ここまで。
次回は作戦実行からの再開です。
もしよければ感想等いただけると励みになります。 - 77二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 17:03:51
続けたまえ
- 78二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 21:02:23
アオバの日常、いいですねぇ。恋バナ救護もイイっすねぇ。
アオバが優しさを受けて、恋を知って、これからが楽しみです。
先生も素敵な先生ですね。ちゃんとマグカップも使って一緒に買い出しも行って、ワイもにっこりです。
☆スレッドお気に入り登録させていただきました★ - 79アオバって体調不良が似合うよね25/05/02(金) 23:50:00
- 80二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 23:50:35
このレスは削除されています
- 81二次元好きの匿名さん25/05/02(金) 23:51:32
このレスは削除されています
- 82セリナの当番時・匿名の差し入れ25/05/02(金) 23:58:06
その日、シャーレには、ほんのり甘くてやさしい香りが漂っていた。
セリナが当番で備品チェックをしていた昼下がり、給湯スペースに見慣れない箱が置かれているのを見つけた。
「……んん?」
箱は丁寧な包装紙で包まれ、控えめなリボンがちょこんと乗っている。中には紅茶とクッキーの詰め合わせと、小さな一筆メモ。
『いつもありがとうございます。ご自愛ください』
署名はなし。ただ、メモの隅に、小さくパイプレンチのイラストが描かれていた。
アオバが書類の端っこにこっそり描いていた“秘密のサイン”。セリナにだけ、すぐわかった。
(やった……来た、間接リンク作戦……!)
そこに、ちょうど先生が現れる。
"おや、これ……誰かの差し入れ?"
「さぁ……差出人の名前はないですが、心当たりは?」
"いい匂いだね……ありがたいけど、誰が……"
そのとき――先生が自分の席へ戻り、紅茶を淹れるために、いつものマグカップを手に取った。
それは、白地に淡いブルーの縁が入った、あのカップ。セリナの目が、ほんの少し潤む。
(先生……気づいてるのか、気づいてないのか……でも、ちゃんと“使ってる”……)
クッキーとカップ。匿名と記憶。
直接は繋がらない。でも、そこに確かに“アオバの存在”がある。
先生が紅茶を注ぎながら、ふと、カップを見つめていた。優しく、思い出すように。
"……いい時間だな、こういうのも"
その独り言に、セリナはふっと微笑んだ。 - 83ミネの当番時・“記憶”と“言葉25/05/03(土) 00:02:40
シャーレのオフィスは、午後の静けさに包まれていた。
ミネは当番として定期書類の点検をしていたが、ふと向かいの先生の手元に目をやった。
手にしていたのは、例のマグカップ。白地に、淡く優しいブルーの縁。
ミネは静かに話しかける。
「先生、そのカップ……随分、大切にされていますね」
先生は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに口元を緩めた。
"ああ、これ。……アオバにもらったんだよ"
「……そうでしたか」
"使いやすくて、気に入ってるんだ。アオバのセンス、実はけっこう好きでさ"
ミネは頷いたまま、記録端末に何も書かず、ただ目を細める。
「……なら、きっと彼女も嬉しいでしょうね。その言葉を、聞いたら」
先生は少しだけ照れたように笑って、カップを両手で包み込んだ。
"……そうかな。そうだといいな"
ミネはそれ以上、なにも言わなかった。
けれどその瞳には、確かな観察結果と、静かな微笑みが宿っていた。 - 84アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:06:25
アオバが医務室の椅子に腰を下ろした瞬間、セリナがいつもの元気な調子で言った。
「アオバさん、報告がありますっ!」
「……な、なんですか、改まって……」
「この前の、私の当番の日――先生に差し入れ出してましたよね?」
「っ……う、はい。匿名で、って……」
「ちゃんと、先生困惑してました!」
「えっ、そ、それ……成功なんですか?」
「ばっちり!“誰だろうな”って言いながら、すごく丁寧に扱ってましたし、しかも紅茶淹れるとき――」
セリナがぐっと身を乗り出す。
「アオバさんがあげたマグカップ、使ってたんです! それも、ごく自然に、当たり前みたいに!」
「っ……!」
アオバの心が、一瞬で熱を帯びた。
「あのときの先生、なんだか嬉しそうで……ほら、言葉にはしないけど、ちょっとだけ柔らかい雰囲気になるじゃないですか、あの人」
「……うん、なんとなくわかるかも……」
「つまり、しっかり“記憶と気持ちに残ってる”ってことです!」
その言葉に、アオバは照れたように俯きながら、小さく笑った。
「……嬉しい……思ってたより、ずっと……嬉しいかも……」 - 85アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:06:58
そこへ、ミネが静かに補足を入れる。
「わたくしの当番時にも、確認が取れました」
「え……確認……?」
「先生に、カップについて何気なく尋ねました。“それは誰かからの贈り物か”と」
アオバが目を見開く。
ミネは淡々と、けれどわずかに柔らかい声音で続けた。
「即座に“アオバにもらった”と答えました。迷いなく。そして、“気に入っている”とも」
「……っ……」
言葉が出ない。
確かに、伝わっていた。匿名のままでも、無意識だとしても――
自分自身の存在そのものが、先生の中に残っている。
「……ちゃんと、届いてるんだね……わたしのこと、覚えててくれてたんだ……」
「当然ですよ~、あれだけ心こめて動いたんですからっ!」
セリナが満面の笑みでガッツポーズ。
「でも、本番はこれから! 来週の当番、ついに“直接リンク”のチャンスですよ!」
「……うん。がんばりたい、です。まだ怖いけど……ちゃんと、話したいなって」
「その気持ちが大事です!」
「……応援します。無理はさせません。でも、“あなたらしさ”は、ちゃんと伝わるはずです」
ふたりの励ましに、アオバは思わず小さく笑った。
静かに、けれど確かに心が前へ進んでいくのを感じていた。 - 86アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:15:54
当番日、午前9時過ぎ。シャーレの扉の前で、アオバは一度立ち止まった。
制服の袖を軽く直し、深呼吸をひとつ。
手には、先生のために選んだ新しい茶葉の小袋と、小さな封筒。
『この前のクッキー、じつは私でした。これも、よければ』
ほんの数行。震える手で何度も書き直した文字。
手渡しじゃなくていい。カップの隣に、そっと添えておければ――それで。
でもそれすら、勇気がいる。アオバは静かに、扉を開けた。
「おはようございます……当番、来ました」
"ああ、おはよう。助かるよ、今日ちょっとバタついててね"
先生が振り返り、いつもの穏やかな声で迎えてくれる。瞬間、胸の奥に、またあの“もやもや”が浮かんだ。
書類整理を始めたものの、心は落ち着かない。
ふと、過去のやりとりが頭をよぎる。
――セリナの言葉。
『存在を思い出してもらうだけじゃなくて、“ちゃんと伝える”ことも大事ですよ!』
──ミネの言葉。
『あなたの“らしさ”が、何より強い印象を残します。小さくて構わない、正直な言葉で十分です』
(……そうだった。わたし、伝えたいんだ……)
深呼吸。ゆっくり、気持ちを整える。
作業の合間、先生がマグカップに紅茶を淹れに立ったのを見て、アオバも立ち上がる。
そして――
「せ、先生……!」 - 87アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:16:23
思わず、少し大きめの声が出た。先生が振り向く。
アオバは、おずおずと封筒と茶葉の包みを差し出した。
「こ、これ……前の、クッキーとかの……差し入れ、じつは、わたしでした……」
"あー……"
先生の目が、やわらかく細まる。
"やっぱり、そうだったんだね"
「っ……ば、バレてました……?」
"うん。セリナがやたらニヤニヤしてたから、なんとなく察した"
「やりそう……」
そう言いながらも、アオバは笑ってしまった。
先生が茶葉の袋を受け取り、丁寧に封を撫でるように触れた。
"ありがとう。嬉しいよ"
その言葉だけで、全身がふわっと軽くなった気がした。
(ちゃんと……届いた)
照れくささと、安堵と、ほんの少しの誇らしさ。
アオバは頬を赤く染めながらも、少しだけ胸を張って席に戻った。
今日の紅茶は、なんだかいつもより、ずっと甘い気がした。 - 88アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:20:45
定期検診の午後、シャーレ医務室。
アオバは、いつもよりほんの少し緩んだ表情で、ベッドの端に腰掛けていた。
「……で、その……直接、言えました。前の差し入れがわたしだったって」
その一言に、セリナが勢いよく身を乗り出した。
「ええっ!?言ったんですか!?ちゃんと!?口に出してっ!?」
「ち、ちゃんと言えたんですけど……!しかも、ちゃんと受け取ってくれて……紅茶の茶葉も……“嬉しいよ”って」
「ひゃ~~っ!!アオバさんすごい!えらいっ!それもう、大勝利じゃないですか!!」
セリナは診察机を叩いて大喜び。テンションは完全に爆発寸前。
アオバは顔を真っ赤にしながらも、どこか恥ずかしそうに笑った。
「……でも、バレてたみたいで……セリナさんの顔がニヤニヤしてたからって……」
「そ、それはっ……っ、しょうがないですよっ!? そりゃニヤけますって!!」
「……一応、私からも謝罪します。演技は得意ではありませんので」
ミネが淡々と口を挟んだが、セリナは聞いていなかった。
彼女の視線は宙を彷徨い、妄想のスイッチが完全に入っていた。
「でも、それって、先生の方も……アオバさんのこと、ちゃんと“気にしてる”ってことじゃ……!?え、え、ひょっとして……」
ハイテンションでくるくる回っていたセリナが、ぐるんっと上体をアオバのほうに向ける。
「先生も、アオバさんのこと……好きだったり……するのでは!?!?」 - 89アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:21:06
「なっ……!?」
アオバの顔がまるで湯気を噴き出したかのように真っ赤になる。
「ち、ちが、そんなわけない、です、ぜったい……っ!!」
「でも“やっぱりそうだったんだね”って、優しく笑ったんですよね!?それってもう……」
「やめてええええええ!!そういうの、まだ、むりですぅぅ……!」
セリナの妄想が絶好調に加速し、アオバが全力で顔を覆ってもがき始めた。
その様子を、ミネは静かに見つめながら、一言。
「ですが、少なくとも好意的に受け取っていることは確かです。ここから先は、あなたの一歩次第ですね」
「ミネさんまで真顔で言わないでくださいぃぃぃ……っ」
悶絶しながらもうっすらと笑ってしまう自分に、アオバは気づいていた。
こわい。はずかしい。けれど――
どこか、少しだけ期待してしまう自分も、たしかにいる。
“伝えてよかった”という気持ちは、いまも胸の奥で、あたたかく灯っていた。 - 90アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:24:45
その日、シャーレの医務室は、いつもと同じように──厳密には、数か月前までのように、静かだった。
現在と比べると――少しだけ、空気が物足りなかった。
「……セリナさんと、ミネさん……しばらく来れないんだ……」
備品整理のついでにスケジュール表を見ていたアオバが、ぽつりと呟く。
《※トリニティ側の調整により、医療部人員の派遣は次回以降、隔週対応へ変更》
目立たない備考欄に、そう記されていた。
(まあ、仕方ないよね……向こうも忙しいし……)
理解はしている。けれど、胸の奥にじわりと広がる空白が、妙に落ち着かない。
以前なら、それは“ただの検診”に過ぎなかったはずだ。
けれど今は違う。アオバにとって、あの時間は――
『恋の進捗、確認しましょうねっ!』
『状況報告と観察記録、お忘れなく』
賑やかで、ちょっと騒がしくて、それでいてあたたかい。
(……会いたいな。セリナさんの、あのまっすぐな声……ミネさんの静かなアドバイス……)
自分の手帳に、いつの間にか「次の検診予定日」が小さくメモされていたことに、アオバは自分で驚いた。 - 91アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:25:14
(あの時間が、わたしの中で……“大事な時間”になってたんだ……)
“恋愛対策会”――セリナが勝手にそう呼んでいた。
最初は気恥ずかしくてたまらなかった。
けれど、今ではその時間が、日常の中の小さな心の支えになっていた。
「……今のうちに、なにか……報告まとめておこうかな」
誰にともなく呟いて、アオバは自分のメモ帳を開いた。
“先生がマグカップを使っていた日数”。
“最近の先生の紅茶の銘柄傾向”。
“話しかけられた回数と、その内容”。
自分でも引くほど細かく書いてあって、思わず赤くなる。
「……はぁ、セリナさんに見せたら絶対、笑われる……」
それでも――書き留めておきたかった。次に、ふたりに会えたとき、ちゃんと伝えたかった。
“先生との日々”が動いていることを。
そして、自分の心も、少しずつ変わっていることを。 - 92アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 00:28:40
- 93二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 02:32:40
セリナってこんなに恋バナ好きだっけ?と思ったけどかわいいからいいや
- 94アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:10:08
- 95アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:10:27
久々の検診日。医務室の扉を開けた瞬間、アオバは思わず声を弾ませていた。
「……セリナさん、ミネさんっ!」
「アオバさん~っ! 会いたかったですよ~~!」
「ご無沙汰でした」
セリナが元気いっぱいに手を振り、ミネは淡く頷いて、いつも通りの静かな微笑みを浮かべていた。
アオバの胸に、じわりとあたたかさが広がる。
(やっぱり……会えると、安心する……)
検診が始まると、アオバはいつものように体温計を渡し、簡単な問診に答え――そして。
「その……あの、最近、ちょっと進展があって……!」
唐突に話し出していた。
「えっ、なになに!? ちょっと待ってください、順を追って、順を!」
「えっと……この前の当番の日、先生と話す機会があって……差し入れのことも、ちゃんと伝えられて……それで、先生が嬉しそうで、それから……っ」
アオバの口からは、言葉が滝のようにあふれた。
これまで見せたことのない勢いだった。
「それで、紅茶の銘柄が最近変わって、わたしのおすすめにちょっと似てて……もしかして覚えてくれてるのかなって……」
「はわ~……アオバさん、めっちゃ恋してる顔してる……!」 - 96アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:11:00
セリナがうっとりと呟く中、アオバは耳まで真っ赤に染めながら、それでも止まらない。
「あと、マグカップ、週5以上で使ってて……わたし、さすがに数えてて……っ」
「数えてたんですね!?」
「……だ、だって気になるじゃないですかっ!」
思わず声を上げてしまい、自分でその勢いに恥ずかしくなって口を押さえる。
「……でも、本当に……嬉しかったんです。先生が、わたしのこと……覚えててくれるって思えただけで……」
声が少しだけ震えた。
「セリナさんたちに話したくて……この日がずっと、待ち遠しかった……」
「うんうん、もう……最高の報告でしたよ。大丈夫、アオバさんの気持ち、ちゃんと届いてるから!」
セリナがそっと手を握ってくれる。
その言葉に、アオバはぎゅっと唇を結んで、頷いた。 - 97アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:13:46
アオバが言葉を次々と口にしていく様子を、ミネはカルテに記録する手を止め、そっと視線を向けていた。
珍しいことに、彼女の声は明るく、表情はくるくると変わり、身振り手振りまで忙しない。
そのどれもが生き生きしていた。
少し前までの彼女なら、ここまで自分の感情をまっすぐに語ることはなかったはずだ。
思いを押し殺して、静かにやり過ごしてしまっていた、あの頃の面影はもうない。
(……ずいぶん、変わりましたね)
セリナに手を握られて、恥ずかしそうにしながらも笑う姿。
報告したくて、会いたくて、積み重ねてきた小さな思いのひとつひとつが、今日のこの瞬間に花開いている。
「……このままいけば、あとは自然と……」
ミネはそう小さく呟き、端末に“心理的進展 良好”とだけメモを残した。
救護騎士団としての立場以上に、
今はただ――ひとりの先輩として。
(……このまま、幸せになってくれればいい)
診察室に広がるあたたかな空気の中で、ミネは静かにそう願っていた。 - 98アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:38:31
この日のシャーレは、いつもより静かだった。連日続いていた貨物管理部の補修作業につぐ作業、深夜でも早朝でも、お構いなしに舞い込んでくる幹部からの指示。
終わりの見えない絶望的な労働に、アオバの体は、限界に近づいていた。それでも、書類を抱えた彼女は笑っていた。
「大丈夫です、これくらい。……いつものことですから」
そう言っていつものように仕事に向かった。
しかし、足取りは徐々にふらつき、呼吸も浅くなり、視界はじわじわと狭まって――
そのとき、廊下に、書類がどさどさと雪崩れる音が響いた。
アオバの体が、壁にもたれるようにずるりと崩れる。
「……あれ……からだ、動かない……」
冷たい床に頬が触れた瞬間、ふっと意識が暗く沈んだ。
~~~~~~
"アオバ……!?"
異変に気づいたのは、ちょうど通りかかった先生だった。
廊下に倒れていた彼女を抱き起こし、その顔色に息を飲む。
"……っ、アオバ、しっかり……!"
声をかけながら、すぐに腕に力を込めて抱きかかえる。彼女は驚いてしまうほどに軽く、それがかえって痛ましかった。
(どうして……ここまで我慢してたんだ)
抱き上げた彼女の額は熱く、息は微かに乱れている。
そのまま医務室へ運び込み、応急措置を取りながら、連絡端末を開いた。 - 99アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:41:23
数十分後、駆け込んできたのは、制服の裾を乱したセリナだった。
「アオバさん……っ!?」
ベッドに横たわるその姿に、一瞬で顔から血の気が引く。
「……どうして……こんなになるまで……!」
ミネもその後ろから入り、無言のままベッド脇に立った。
瞳だけが、静かに怒りに揺れている。
"過労と、睡眠不足、それから……気づかれないくらいの発熱が数日続いてたみたい"
セリナが唇を震わせる。
「そんなの……そんなの、なんで、誰にも……!」
彼女の手が、ベッド脇のシーツを強く握った。
「――私たち、いたのに……!アオバさん、どうしてずっとひとりで抱えてたの……?」
アオバの顔には、苦しげな疲労の影が残っていた。 - 100アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:51:24
やわらかな午後の光が、カーテン越しに差し込んでいた。
目を開けたアオバの視界には、天井と、見慣れたふたつの顔があった。
「アオバさんっ!」
ベッド脇でセリナが声を上げたかと思うと、ぐっと身を乗り出してきた。
「……セリナさん……」
「も~……ほんとに心配したんですから!」
「あの……ご心配をおかけして、すみません……」
アオバは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「……無理してるって、なんで言ってくれなかったんですかっ……!」
「少し元気になってきたので……このくらいなら平気だと思ってしまって……」
「……ありがちですが、それが一番危ないんですよ」
ミネが静かに言葉を添えた。
「倒れるまでやらないと止まれない、というのは一種の癖です。早いうちに改めるべきです」
「……はい……本当に、その通りですね……」
アオバはぎゅっとシーツを握る。
「……せっかく皆さんがそばにいてくださったのに、頼ることができなくて……ごめんなさい……」 - 101アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:52:20
そのとき、コンコン、と控えめなノック音。ドアが開いて、静かな足音が近づいてくる。
"気づいてよかった"
現れたのは先生。アオバがいちばん心配をかけた相手だった。手には保温ポットと紙袋。
"様子を見に来たよ。お茶でも飲むかと思って"
「……先生……」
"無理させたまま気づけなかったのは、こっちの落ち度でもある──本当に、ごめん"
「そんな……先生が謝ることじゃ、ないんですけど……」
先生の口調は、あくまで自然で穏やかだった。
紙袋の中から取り出されたのは、白地に淡いブルーの縁――アオバが贈った、あのマグカップだった。
"せっかくだから、これで飲んで。あったかいのがいいでしょ?"
「……ありがとうございます……」
手渡されたマグカップをそっと受け取り、アオバはその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
セリナが肩をすくめて笑う。
「“仕事しないで休む用ブレンド”だそうですよ」
「そう呼ばれてたんですか……」 - 102アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:53:02
アオバが苦笑すると、ミネがそっと一言。
「意味は非常に分かりやすいです。今日はしっかり飲んで、しっかり眠る。それでいいかと」
「……はい。皆さん、本当にありがとうございます」
アオバはふわりと笑って、カップに口をつけた。
そこには、やわらかくて、少し甘くて――気遣いの味が、確かにあった。
ちゃんと見ていてくれる人がいる。
ちゃんと叱ってくれる人がいる。
それの、何と安心できることか。
「……これからは、倒れる前にちゃんと相談します。今度は、本当に」
"……うん。そうしようか"
短く、でもしっかりと返ってきたその一言が、何より心強かった。 - 103アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 09:56:11
「うん……脈も落ち着いてきましたし、熱ももう平熱ですねっ」
セリナが体温計を受け取りながら、記録用紙に数値を書き込んでいく。
「経過は良好です。回復力の高さは、評価すべき点ですね」
ミネも隣で、静かにカルテを確認していた。
診察を受けるアオバは、ベッドに座ったまま、どこか少し緊張気味な顔をしていたが――
セリナの「退院は明日で大丈夫そうですよ!」の一言に、表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか……?」
「はいっ! ただし、すぐにフル稼働するのは禁止ですよ? しばらくは軽めの業務からでお願いします!」
「了解です……。無茶は、しません。ちゃんと、加減しますので」
ミネがその様子を見て、静かに頷いた。
「言葉にしてくれて、安心しました。以前のあなたなら“もう大丈夫です”と言っていたでしょう」
アオバは、少しだけ肩をすくめて笑った。
「……はい。今回は、ほんとうに……反省しましたから」
「よろしい!」
セリナが満面の笑みで親指を立てる。
「退院したら、またシャーレで一緒に作戦会議しましょうね!」
「……はい。楽しみにしてます」
アオバの声は、少し照れながらも、どこかあたたかかった。 - 104アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:01:07
制服に袖を通すのは、少し久しぶりだった。
少しだけ緩んだスカートのウエストに、やっと本調子ではないことを思い知らされながら、アオバは自分の足で医務室を出た。
廊下には、待ってくれていたセリナとミネ。
その後ろに、先生の姿も見える。
「アオバさん、退院おめでとうございますっ!」
「お疲れさまでした。無理せず、少しずつ戻ってください」
「……ありがとうございます。本当に、おふたりにはお世話になりました」
アオバは丁寧に頭を下げた。
それから、先生へと視線を向ける。
「先生も……ご迷惑とご心配をおかけして、ごめんなさい。……それと、ありがとうございました」
先生は、優しく目を細めてから、首を横に振った。
"いいんだ。無事に戻ってきてくれて、それが一番だから"
「じゃあ、これで“完全回復祝い”と“復帰恋愛作戦”、両方スタートですねっ!」 - 105アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:01:29
「――……っ!」
セリナが、隣でパッと明るく声を上げる。
アオバの顔が、瞬時に茹でたてのように真っ赤になった。
「セ、セリナさん!? な、なにをっ……!?」
「……あら?私には、“復帰業務作戦”と聞こえましたが?」
ミネがさらりと補足するように口を挟む。
「そ、そうですっ、あの、業務的なやつでしてっ……業務復帰の……えっと、段取りを、再確認する……的な……っ」
アオバは完全にしどろもどろになりながら、先生の方をちらちらと確認する。
先生は不思議そうに瞬きをしたが、特に詮索することもなく「……そっか」とだけ答えて、紙袋を差し出した。
"とりあえず、これは少し甘いもの。復帰祝いってことで"
「あ……ありがとうございます……」
安堵と羞恥と喜びが混ざったアオバの声が、ひときわ小さく響いた。
セリナはと言えば、自分の発言の意味を今さら理解して、そっと口元に手を当ててごまかしていた。
ミネは視線を外したまま、小さく溜息をついていたが――
その口元には、かすかに苦笑のような表情が浮かんでいた。 - 106アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:05:39
退院から数日後。軽めの業務に復帰したアオバは、自己検査の書類を届けに医務室を訪れていた。
そのとき、セリナに背後から声をかけられる。
「ねえねえ、アオバさん!」
「……はい? なにかご用ですか?」
「あの入院騒ぎのあと!先生に助けられて、看病もされて、あったかいお茶まで淹れてもらって……」
セリナがぐいと身を乗り出してくる。
「――なにか、心境の変化とか、ありましたよねっ!?」
「っ……っ……え、えっ……!?」
アオバの手がぴたりと止まり、体が固まる。
「い、いえ……特に……そんな……変化というか、その……なんといいますか……」
「目が泳いでる! 声も震えてる! これは間違いないですね~~っ!」
「や、やめてくださいっ……!」
アオバは赤くなった顔を両手で隠しながら、机の端へと小さく逃げる。
「べ、別に……先生は、あのとき、ただ大人として……!当然の対応を……!」
「でも、その“当然”が刺さってるんでしょ~~?」
「っ……!」 - 107アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:06:03
言い返そうとしても、できない。
心の奥で、あのときの先生の声や手の温もりが、何度も思い出される。
(――優しかった。あたたかくて、安心して……)
それを思い出すだけで、胸がきゅうっと熱くなる。
「……やっぱり」
セリナは両腕を組み、満足げに頷いた。
「では! シャーレ探偵団・恋愛作戦部隊、ここに本格始動を宣言しますっ!」
「ちょっ……待ってください、それ本当にやめてほしいんですけど……!」
「大丈夫ですっ! 今回はもう、“気持ちが芽生えている”って確信が取れましたので!」
「そ、それは確信じゃなくて、妄想です……っ!」
真っ赤になりながら否定するアオバをよそに、セリナのテンションは急上昇中。
その様子を診察机の向こうで見ていたミネは、ため息をひとつ。
「……これで、しばらくは落ち着きそうにないですね」
「ミネさんまでっ!?なにか言ってくださいぃぃ……!」
シャーレの医務室には、またひとつ、にぎやかで甘い気配が戻ってきていた。 - 108アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:10:34
「さて、アオバさんの恋愛作戦――ここからが本当の本番ですよ!」
セリナは、手元のメモ帳を机の上に勢いよく広げた。
アオバは、すでに一歩引いた姿勢で警戒していたが、セリナのテンションはお構いなしに跳ね上がっていく。
「作戦名は、“距離感ゼロ・ドリンクオペレーション”!」
「……は?」
「要するに、先生がいつも飲んでる紅茶やコーヒー――あれを、アオバさんが“さりげなく淹れてあげる”んです!」
「えっ、ええっ!? そんな、いきなりハードル高すぎでは……!?」
アオバの声がひときわ高く跳ねる。
「だってですよ! 毎日先生が自分で淹れてるんですよ!? そこにアオバさんが“今日は私が”って差し出したら、もう完ッ全に意識すること間違いなしじゃないですか!」
「い、意識されるとかじゃなくてっ……それ、完全にバレますよ、わたしの気持ち……!」
「“バレる”んじゃないです、“届ける”んです!!」
セリナの両目は、作戦立案者の情熱に満ちて輝いていた。
そして、ミネが横から静かに手を挙げる。
「実行可能性と効果の両面から見ても、有力な案です。飲み物は日常的な行為の中に含まれる“個人的ケア”の一環。好意の表現として自然で、抵抗も少ない」
「ミ、ミネさんまで……!?」 - 109アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:11:05
アオバは両手で顔を覆いながら、じりじりと椅子を後退させる。
「そ、そんな大胆なこと……っ、緊張で手が震えて、絶対カップ落とすと思うんですけど……!」
「そこは特訓しましょうっ!給湯室で模擬訓練を――!」
「それ本当にやるんですか!?」
慌てふためくアオバに、セリナがにこりと笑ってウインクを飛ばす。
「大丈夫です。最初の一歩が大きいほど、心の距離は縮まるんですよ」
ミネも小さく頷く。
「戦略的恋愛行動、フェーズ2――“日常接触の深化”。開始時期は……次回の当番が適当ですね」
「む、無理無理無理……!」
耳まで真っ赤に染めたアオバが、ふたりの間でひとり浮き足立つ。
けれどその胸の奥で――
「自分でお茶を淹れてあげる」という行為が、なんとなく甘く響いていたのも、また事実だった。 - 110アオバって体調不良が似合うよね25/05/03(土) 10:12:39
今回はここまで。次回はドリンクオペレーション実践編からの再開です。
今日は午後に予定があるためあまり更新できないかもしれませんが、感想・保守等いただけると大変嬉しいです。 - 111二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 15:08:09
あげ
- 112二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 16:32:50
- 113二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 20:32:47
- 114二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 20:47:44
ここのセリナとミネ団長、一応はアオバの救護って話だけど恋バナに乗り気なあたり年相応の女の子って感じがしてかわいい
- 115二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 21:35:13
- 116二次元好きの匿名さん25/05/03(土) 22:21:10
ミネ団長、紅茶を淹れる腕はあのトリニティでも屈指らしいのでアオバに教えてあげて。
- 117二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 00:09:11
- 118二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 04:31:16
ほしゅ
- 119二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 09:52:10
ほし
- 120二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 10:15:35
このレスは削除されています
- 121二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 12:55:35
少女マンガパワーマシマシの乙女アオバが見られるのはここですか
- 122アオバって体調不良が似合うよね25/05/04(日) 15:15:23
保守・感想ありがとうございます。
今日も予定が立て込んでおり更新できなさそうです、すみません……
この(?)概念を語りながらでも気長にお待ちいただければ……。 - 123二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 21:55:05
恋が成就したときに2人はどんなプレゼントを渡すんだろうね
- 124二次元好きの匿名さん25/05/04(日) 22:53:03
- 125アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:21:46
- 126アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:22:38
午後、オフィスでの仕事が一段落し、先生が別室に書類を届けに出たタイミングだった。
アオバは、先生のマグカップをそっと手に取り、給湯室へと向かっていた。
「……よし、今日は……やってみよう……」
手元には、あらかじめ用意しておいた茶葉。蒸らし時間、湯温、分量──何度もセリナたちと練習したとおり。
なのに。
(手が……震えてる……)
先生のマグカップは、いつもよりも少し重く感じた。
紅茶を淹れ終えたとき、不意に胸がざわめいた。湯気の向こうに映る、自分の顔が少しだけ赤い。
(……だったら……もし……)
指先が、わずかにカップの縁をなぞる。
(……もし、わたしが、この口で……)
カップの縁に、自分の唇を触れさせる──ほんの一瞬の出来心。
(……だめ、そんなこと……)
けれど、止まらなかった。
ほんの微かに、唇をカップに落とす。触れただけ。しかし、確かに“自分”の感触がそこに残った。
「──っ……なにしてるの、わたし……っ」
カップを置いた手が、震えていた。
背筋を冷たいものが走る。何をしているのか、自分でもわかっていた。 - 127アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:23:09
(こんなこと……ずるい。最低……)
それでも──その行動が、ただの“いたずら”や“気まぐれ”ではないことも、痛いほど理解していた。
(先生のこと……想いすぎて、変になってる……)
ほんの一滴でも、“自分”がそこに混ざることを願ってしまった。
届かない想いを、形に残したかった。
そんな風に思ってしまった自分が、苦しかった。
急いで熱湯を注ぎ、茶葉を蒸らす。
表情を整える間もなく、タイミングを見計らったかのように、先生がオフィスへ戻ってくる気配がした。
"……アオバ?"
「っ、はいっ! ちょうど、今お茶をお淹れしたところですっ」
"そっか。ありがとう、助かるよ"
何も知らず、いつも通りの優しい声で──
先生がカップを手に取り、そして一口。
アオバは、その様子を黙って見つめていた。
心の奥で波のように打ち寄せる、罪悪感と、どこかに滲む微かな満足感。
(……ごめんなさい……でも、今だけは……)
その温もりが、先生に届いている──そんな錯覚に、胸が苦しくなるほどときめいていた。 - 128アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:27:50
「アオバさん、今日はちょっと……落ち着かない顔してません?」
セリナがぽつりと漏らしたのは、何気ない会話の合間だった。
アオバは、反射的に体をこわばらせる。
「そ、そんなことないです……よ?」
「うーん……?でもなんか、ちょっといつもより反応が遅いというか、あと顔が赤いというか……」
「気のせい、です。はい。すみません、ちょっと疲れが……」
ぎこちなく笑うアオバに、セリナは「ふ~ん……?」と疑念を濁しつつも、それ以上は追及しなかった。
しかし――
その様子を隣で見ていたミネは、静かにペンを置いて言った。
「“疲れ”にしては、視線の泳ぎ方が不自然ですね」
「えっ」
「たとえば、何か後ろめたいことをした直後に、誰かと顔を合わせると──そういう微細な反応が出るものです」
「そ、そんな……なにもしてませんけどっ!」
「……なるほど。“なにもしてません”が即答で出るのは、むしろ“何かをした”の逆証明になりますね」
「ミネさん、それ探偵小説の読みすぎでは……!?」
セリナが慌ててフォローを入れつつも、視線はアオバに戻る。
「でも、確かに……“何かした”って感じはするんですよね~……なんだろうなぁ……」 - 129アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:28:11
アオバは黙って、そっとお茶を啜るふりをしながら、顔を伏せた。
(……言えない。絶対に、言えない……)
罪悪感がないわけじゃない。むしろ、ずっと胸の奥で疼いている。
──先生の「ありがとう、助かるよ」と言ったあの微笑みが、頭から離れない。
(あの人は、知らないまま、笑ってくれた……)
その事実が、どうしようもなく胸を締めつけると同時に、温かくもあった。
セリナがにっこり笑ってウインクを送る。
「……まぁ、言いたくなったらいつでも言ってくださいね? 私たちはそういうの、得意なんですから」
「……そうですね。焦らずでいいです。ですが、心の整理はしたほうがいいですよ」
ミネも淡々と告げて、再び記録端末に目を戻す。
アオバは、返事をすることができなかった。
その代わり、指先でそっとカップの縁を撫でる。
触れたあの感触を、誰にも知られぬように──
心の奥にしまい込んで。 - 130アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:33:02
「──それで、その……お茶は、ちゃんと先生にお渡しできました」
アオバは、カップを両手で包むように持ちながら、そっと報告を終えた。
机の向かい、セリナの目がキラッと光る。
「えっ!? えっ!? つまりっ……“距離感ゼロ・ドリンクオペレーション”、成功……!?」
「……はい、一応……それっぽく」
「ひゃ~~~~っ!!来たこれっ!!第一段階突破!!大成功じゃないですかぁぁ~~~っ!!」
セリナは椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、ぐるぐる回りながら歓喜の舞に突入。
ミネは腕を組んだまま、口角をわずかに上げて頷く。
「……想定以上にスムーズだったようですね。よくやりました」
「いえ、そんな、大したことは……」
アオバは小さく笑ってみせたが、どこか視線は落ち着かない。
そして、その沈黙が少しだけ長くなったとき──
「……あの」
ふいに、アオバがぽつりと口を開いた。
「……本当は、ちょっとだけ……その……よくないこと、してしまって……」
セリナとミネの視線が同時にピタリと止まる。
「よくないこと……?」
「……その……カップを、お茶を渡す前に……私……ちょっとだけ、口を……つけて……」
瞬間、室内の空気が真空になったかのように静まり返った。 - 131アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:33:25
「……………………」
セリナは、椅子の背もたれに手をかけたまま、完全に固まっていた。
「セリナさん……?」
「……」
「セリナ?」
「くっ、くく、くっ……く、口づけ……!?!?!?!?」
声が裏返りながら跳ね上がる。
顔が一瞬で真っ赤になり、目の焦点がどこにも合っていない。
「え、え、えっ、えっっ!?!?待って待って、それってもうほとんど間接キスとかそういうレベルじゃなくて、あの、えっ、えぇぇえええっっ!?!?」
セリナは全力で口を押さえたまま、その場をぐるぐると回りはじめる。
「……ふむ。倫理的な是非はさておき、心理的には“飛び越え”の一手と見て差し支えないでしょうね」
ミネの冷静な分析が追い打ちのように入り、セリナの顔は今や湯気が立ちそうなほどの茹で上がり具合に。
「アオバさん……こっ、ここここれは、えっと……っ、ちょっと落ち着いて、深呼吸を……っ!!」
「す、すみません……私もなんか、魔が差してというか、その……」
アオバは頭を抱えながら縮こまっていた。
しかし、その頬には──ほんのわずかに火照った、恋する少女の赤みが残っていた。 - 132アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:37:15
「──ふぅ。落ち着いた……ような、気がします……」
口づけ告白の余波をなんとか乗り越え、セリナはようやく椅子に座り直していた。
とはいえ、その頬はまだほんのり赤いままだ。
そしてなぜか、じっとアオバを見つめている。
「……?あの……セリナさん?」
「……アオバさん……」
「は、はい……?」
「──流石です……っ!!」
「えっ」
セリナは突然、机をバン!と叩いて立ち上がった。
「やっぱりアオバさんは違います!恋の一歩の踏み出し方が根本からレベル違いですもん!!」
「……?」
「普通だったら“お茶を淹れる”だけで満足しちゃうところを、そこに“魂”を宿す──つまり、“想いを込めて口をつける”という……!」
「いやこれ、魂とかそういう話じゃないと思うんですけど……っ」
「“無自覚に大胆”っていうやつですよ!これぞ、恋に身を投じる者の覚悟っ……!」
セリナは胸に手を当て、どこか感動している様子だった。
「……すごいなぁ、恋の大先輩……!」
「……」
アオバは、じっとセリナを見つめた。
そして静かに、
「……“先輩”って、なんですか……」 - 133アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:37:42
「えっ、えっ、いや、あの、その、経験値的な?尊敬の念的な……っ!」
「私、恋愛歴ゼロなんですけど……!」
「でも、そのゼロからの一手が!こう、刺さるっていうか、衝撃っていうか!」
「セリナさん落ち着いてください……!」
呆れ半分、照れ半分の声でアオバが諭すと、ミネが淡々と追い打ちをかける。
「“大先輩”というより、“事故的な踏み込み”と呼ぶべき事案ですね」
「ミネさん、それはそれで刺さります……!」
それでも、どこか笑ってしまうこの空気が、アオバには少しだけ心地よかった。
ドキドキも、罪悪感も、気恥ずかしさも全部──
友達に話せるのなら、少しは軽くなる気がしていた。 - 134アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:43:46
アオバは、いつも通りのはずの報告書を両手に抱えて、オフィスに入った。
違う点を挙げるとするなら──その声も、足取りも、ほんの少しぎこちないところだ。
(落ち着いて……いつも通り、いつも通り……!)
しかし――
(先生が、このあいだ、あのカップでお茶を……)
その記憶がよみがえった瞬間、顔からじわりと熱が上がっていく。
"アオバ、ありがとう"
先生が笑って受け取る。その表情がまぶしすぎて、まともに目が合わせられない。
「……っ、い、いえっ、こちらこそ……!」
どこかうわずった声に、先生が首を傾げる。
"……アオバ?"
「は、はいっ!?」
"……なんか、元気ないように見えるけど……体調、大丈夫?"
「だ、だいじょ――」
言いかけたその瞬間、先生の手がすっと伸びてきた。
"ちょっと失礼"
「────」
気づけば、先生の指が、そっとアオバの額に触れていた。 - 135アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:44:10
(っっっっ……!!?!?!?)
その指は驚くほど優しく、柔らかくて。
それだけで、頭の中が真っ白になる。
"……うーん、熱は……"
「だ、だめですっ!!!」
"……えっ?"
アオバは反射的に両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまった。
「ムリですっ、ちがうんですっ、びょうきじゃないですっ、ぜんぜんげんきですっ、むしろげんきすぎて死にそうですっ……!」
"そ、そうなの……?"
先生は困惑したように首を傾げるが、それ以上は追及しなかった。
"じゃあ、無理しないように。何かあったらすぐ言ってね"
「は、はいぃぃぃ……!」
しゃがみこんだまま、アオバは頭を抱えて震えていた。
(さっきの……触れた、手が……もう、しぬ……)
耳の奥まで真っ赤になりながら、彼女は心の中で全力で叫んだ。
(どうしよう……こんなの、ぜったい、慣れないんですけど……!) - 136アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:46:21
時を同じくして、シャーレの廊下。
セリナは、検診用の物品を持ってシャーレのオフィス近くまで来ていた。
ちょうどドアが少しだけ開いていたのをいいことに、声をかける前に中を覗き込む──その瞬間。
「……ちょっと失礼」
(……ん?)
先生の声。続いて――
ぽん、とアオバさんのおでこに触れる先生の指。
(っっっっっ!!?!?)
セリナの全神経が、一気に跳ね上がった。
(いまっ、いまいまいまいま!!なにあれ!!おでこに!!先生の手が!!)
ドアの陰から見つめながら、彼女は震えそうな手を口に当て、絶叫しそうな声をなんとか封じ込める。
そして──アオバがその場にしゃがみ込み、真っ赤になって小さくなる姿まで確認したところで、
「……これは……これは……!!」
思わず踵を返して、医務室までダッシュした。
「ミネ団長~~~っっ!!と、とんでもないもの見ちゃいました~~~っっ!!!」 - 137アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:50:08
その夜、アオバの部屋。
ベッド脇で小さなノートを開き、彼女は今日の出来事をひとつずつ綴っていた。
【今日の報告】
・書類提出 → 先生から「ありがとう」
・紅茶の件、たぶんまだバレていない(でも心臓には悪い)
・そして先生が私のおでこに触れた
→触れた(直で)
→素手(防御なし)
→意識が飛ぶかと思った(実際一瞬記憶飛んでる)
→そのあと、叫びながらしゃがみ込んだ(最低)
「──あああああ~~~っ!!!」
アオバは布団の中でゴロゴロと転がりながら、ノートに顔を押し当てた。
「もうだめです……終わりです……顔見られないです……!」
(でも……うれしかった、あったかかった、優しかった……)
思い出すたび、頬が熱くなっていく。
「ちがう……これは事故です、たぶん事故です……」
そう唱えながらも、ノートの余白に無意識に書き足していた。
『先生の手、優しかった』。見てはいけない気がして、慌ててページを閉じる。
(……どうしよう……これ、もう、ほんとに……好きって、ことじゃないですか……)
顔を真っ赤にして枕に突っ伏すアオバの部屋で、誰にも届かない声が静かにこだました。 - 138アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 00:59:44
- 139二次元好きの匿名さん25/05/05(月) 06:50:00
やりやがった!この子やりやがったッ!!
- 140二次元好きの匿名さん25/05/05(月) 09:50:41
わりかしブレーキの壊れた暴走特急アオバ、恋バナ大好きおたんこナースセリナ、冷静だけど救護のためならまぁ倫理観はとりあえず横置き団長、みんなかわいい。静かだけど頼れる団長すき。
- 141二次元好きの匿名さん25/05/05(月) 11:44:02
- 142アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:31:27
お待たせしました。続きを投下していきます。
- 143アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:31:40
穏やかな午後。
アオバは検査報告の書類整理をしていたが、背後からの“気配”に背筋をピンと伸ばした。
「アオバさん、聞きましたよ」
それは、静かに、確実に刺さる声──ミネだった。
「な、なにを……ですか……?」
恐る恐る振り返ったアオバに、ミネはごく簡潔に返した。
「“おでこ”です」
「…………っ!」
顔面がみるみる真っ赤になっていくアオバ。
とっさに何か言い訳を口にしようとしたそのとき──
「ア~~~~オバさんっっっ!!!!」
扉を勢いよく開けて乱入してきたのは、テンションマックスのセリナ。
「い、い、いや~~~~~っ!!もうっ、無理ですっ!!私、耐えられません~~~っ!!」
「な、なにがですか……!?!?」
「見ちゃったんですよ!?あの!あの!!おでこピトッ!!!先生の優しい手がアオバさんの額に~~っっ!!」
「…………!!?」
アオバは一瞬で膝から崩れ落ちた。 - 144アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:32:07
「……っ、見てたんですか……!?うそ、どこから……!?」
「ちょうど扉がちょっとだけ開いててっ!のぞいたらっ!もうちょうどその瞬間で!!」
「うぅぅ~~~~っ……!!」
アオバは机の下に顔を埋めて、丸まってしまった。
一方のセリナは、その場でぐるぐる回りながら、テンションと感情を同時に爆発させている。
「いやほんとにもう!その場で悲鳴上げそうでしたからね!?しかもアオバさんがそのあと崩れ落ちて“しにそうですっ”って言っててっ、私も一緒に昇天するかと!!」
「言わないでぇぇぇぇ~~~っっ!!」
「だってあれ!あれ!もう恋の火山が大噴火してるっていうか、いや、むしろ核融合!?!?あの空間、尊すぎて時空ゆがんでましたよ!?!?」
「ミネさん……たすけて……!」
机の下から半泣きの声で助けを求めるアオバに、ミネは淡々と返す。
「……目撃者が当事者を超えて錯乱しているケース、珍しくはありません。いずれ落ち着くでしょう」
「落ち着かないです~~っ!だっておでこですよ!?優しいタッチですよ!?アオバさん反応かわいすぎなんですよぉぉ!!」
「だからやめてって言ってるのにぃぃ……!!」
アオバは机に顔を押しつけながら、これ以上ないほど赤面しきっていた。
その姿を見て、セリナは胸を押さえながらふるふると震えていた。
「……好きが……あふれてる……ッ!」
アオバの心臓が、さらに限界を迎えた瞬間だった。 - 145アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:39:24
呼吸を落ち着けたあと、セリナはずいっと身を乗り出した。
「でもでもでもっ、アオバさん、最近すごくいい感じですよ!恋の追い風、吹いてますって感じです!!」
「風が強すぎて、逆に飛ばされそうなんですけど……」
「むしろ飛びましょう!恋の向こう側へ!」
「やかましいな本当に……」
アオバは再び顔を伏せかけたが、ふと口をついて出た。
「──その、最近……記録、というか……日記、つけてまして……」
「…………」
一瞬でセリナとミネの視線が集中する。
「日記!?まさかっ、もしかして、例のカップ事件とか先生の手とかの感想とか書いてあるやつですか!?!?」
「ちょっ、そんな限定的な……!?べ、べつに、そこまでじゃ……」
「読ませてくださいっ!!いや見せるだけでもいいですっ!!写真でもっ!!」
「えっ、えぇぇ!?いや、無理、無理ですって!!」
アオバは慌ててカバンを抱え込んだが、セリナのテンションは完全に爆発状態に突入していた。
「アオバさん……いいですか……!?」
「な、なんですか……!?」
「そんな日記が書けるくらい、先生との思い出が積み重なってるってことは──」
「……?」
「次は、もうっ、手を繋ぐ番ですねっ!!」
「はっ?」
アオバの声が裏返った。 - 146アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:39:43
「な、なんでそうなるんですかっ!?話が飛びすぎですけど!!」
「いや、でも順当です!お茶→マグカップ→口づけ→おでこタッチと来て、次は物理的接触の王道、手!!」
「“口づけ”って言い方やめてくださいぃぃぃ……!!」
ミネが書類の記入を止め、淡々と挟んでくる。
「……その手を取ってどうするか、までプランがあるなら聞いてみてもいいかと」
「団長っ!?……ま、まだ考えてませんっ!でもでもでも、自然な流れってあるじゃないですか!?!」
「わたしがいま一番自然に感じてるのは羞恥と限界なんですけど……!」
アオバは赤面を通り越して、すでに机に顔を埋めながらわずかに震えていた。
「……ほんとにもう、わたし、どうして日記なんてつけ始めたんだろう……」
「いや、それが“恋する乙女の証”ですよっ!」
「ちがう……こんなの、ただの……ただのバカです……」
セリナはその横でノートを持ち出して、すでに「次の作戦名:フィンガータッチ大作戦」と書き始めていた。
ミネはその様子を見て、ごくごくわずかに目を伏せる。
(……でも、アオバさんがこうして揺れて、悩んで、心を動かしてるのは──きっと、いいことですね)
恋はときに重すぎて、照れすぎて、笑いすぎる。
でも、誰かと共有できるなら──それはきっと、とても幸せなことなのだ。 - 147アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:45:34
「──と、いうわけで!」
セリナはホワイトボードを勢いよく回転させて、マーカー片手に満面の笑み。
「目指せ次なる段階っ!“恋の触感革命”!!」
「ま、待ってくださいセリナさん……そのネーミング、なんかすごく恥ずかしいんですけど……」
「え、じゃあ“フィンガータッチ大作戦”のほうが良かったですか?」
「どっちでも恥ずかしいですけどっ!?」
アオバが頭を抱えるなか、すでにホワイトボードには【自然に手を繋ぐには?】と大きく書かれていた。
「さて、まずは“きっかけ”が重要です!」
「そんな、きっかけなんて……どうやって……」
「はい、ここでアオバさんのライフスタイル分析から入ります!」
セリナは資料の束(自作)をばさっと机に広げる。
「荷物持ちすぎ→バランス崩す→先生がとっさに手を取る!このパターン、王道です!」
「それ転びかけるやつじゃないですか!危ないですってば……!」
「ならば階段作戦!?手すりのないところで“危ないですよ”ってふわっと!はい手ぇ~~っ!」
「そんなタイミング計ってわざと危ないことできませんって……!」
そのとき――
アオバとセリナの間で静観していたミネが、すっと手を上げた。
「提案です」
ふたりが振り向くと、ミネはホワイトボードの下に新たな案をさらさらと書き加えた。
『先生の手に絆創膏を貼る → 必然的に手を取る』。 - 148二次元好きの匿名さん25/05/05(月) 18:46:05
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- 149アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:46:39
「ミネ団長……意外と、ノリノリですね……?」
セリナの問いかけに対し、ミネはマーカーを戻しながら、何事もないように言った。
「当然です。可愛いものは見たいですから」
「……」
「……」
アオバとセリナ、思わずそろって沈黙。
「……あの、ミネ団長」
「なんでしょう」
「“恋バナの熱量が高い無表情策士”って、破壊力すごくないですか……?」
「計画は冷静に、観察は的確に、記録はこまめに。それが基本です」
ミネはすでに、端末に“手接触シミュレーションA~C案”と入力していた。
アオバはというと、椅子の背に倒れ込んで完全に打ちひしがれていた。
「もうやだ……このチーム……つよい……」
それでも、内心のどこかで思っていた。
(もし、ほんの一瞬でも……先生の手を、自然に取れるなら──)
想像しただけで、胸の奥が熱くなる。
それが、怖くて、嬉しくて、くすぐったかった。 - 150アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:57:54
「……よ、よし……深呼吸、して……落ち着いて……」
アオバは手帳を胸に抱えながら、先生の横を歩いていた。
「急ぎじゃないから、周囲の安全確認を中心に見て回るだけでいいよ」
「は、はいっ……了解しました……!」
(……今日こそ、“自然に手が触れる”瞬間を……!)
そう、今日は“作戦実行日”。
しかもその背後では──
~~~~~~
「──見えてます見えてますっ!あそこですっ!」
茂みの中で、双眼鏡を構えているセリナの声が弾んでいる。
2人はアオバには内密で、彼女の様子を尾行していた。
「ミネ団長、準備は!?」
「録画は開始済み。風の強さも良好。帽子が飛ぶと想定した場合、タイミングはあと15秒以内」
「よっっしゃあああ!!ここです、ここっ!!今ですよアオバさんっ!!風、吹いてるぅぅ!!」 - 151アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:58:29
(いまだ……!風で、先生の書類が飛んだら……拾うときに、自然と手が重なる……!)
風がふっと吹く。紙の角が、ぴらりと浮いた。
(よし……っ、次の一歩で!)
アオバがタイミングを計って、ほんのわずかに身を乗り出した、その瞬間──
"うわっ!"
予想以上の風圧で、紙束はばさっと真上に舞い上がった。
「わああっ!?」
"あっ、書類が……"
先生が手を伸ばすよりも先に、アオバが勢いよく飛び出した──が。
足がもつれて、そのまま派手に転倒。
"アオバっ!?"
「~~~~っっ~~~!!」
真っ赤になりながら地面にうずくまるアオバ。
先生が駆け寄って、書類を拾いつつ、手を差し伸べる。
"だ、大丈夫?手……じゃなくて、足打ったんじゃ……?"
「い、いえ……無傷、です……!むしろ心が折れました……」 - 152アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 18:58:53
「わぁぁ~~残念っっ!!でも惜しいっっ!!今あとちょっとでした!!」
「……物理的には“接触”に至ってません。落下地点の誤差、1.2メートル」
「次、次いきましょう!!風のシミュレーションパターンBです!!」
「アオバさんが立ち上がれるようになるまでは待機ですね」
~~~~~~
アオバは顔を真っ赤にしたまま、手帳でそっと顔を隠す。
(なんで、なんでわたしだけこんな……!)
でも、先生は変わらず優しく、心配そうな目でこちらを見てくれていた。
(……でも、もうちょっとだけ……頑張ってみようかな……)
遠くの茂みで、葉の揺れと双眼鏡のレンズがきらりと光っていることには、まだ気づいていない。 - 153アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 19:07:34
"……このあたり、落ち葉が多いね。足元、気をつけて"
「は、はいっ……!」
(今度こそ……自然に……落ち着いて……!)
アオバは自分の手のひらを、制服の裾でそっと拭っていた。
心臓が、少し早く打っている。
そのとき。
「……っ!」
小さな段差に気づかず、アオバの足元がぐらついた。
(まずい、また──!?)
とっさに前に出た足がもつれそうになった、その瞬間──
予期した転倒の衝撃がやってこない。
"っと……大丈夫?"
先生の手が、すっと伸びていた。 - 154アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 19:08:15
指先と指先が触れる──それだけじゃない。
先生の手が、アオバの手を包むように、軽く握っている。
「あ──」
ほんの、数秒。
でも、それは確かに“手を繋いだ”のだと、アオバの頭が認識するまでに十分すぎる時間だった。
(や、やっちゃった……やっちゃった……っっ!!)
~~~~~~
その瞬間、双眼鏡の向こうで見えた“手の接触”に──
「いったぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
セリナのテンションが爆発した。
ジャンプしながら両手を振り上げ、大地を踏みしめて狂喜乱舞。
「ついに……ついに……成功ぉぉ~~~~っっ!!アオバさんんんんん!!!」
その隣では、ミネがひとつ、静かにガッツポーズ。
「……想定内。観測成功。記録──録画も、完了しました」
「ミネ団長……あなた最高です……!!」 - 155アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 19:08:37
"気をつけて。ここの段差、意外と危ないからね"
「……あ、あの、ありがとうございます……っ」
手が離れたあとも、感覚が指先に残っている。
ぽかぽかして、でもくすぐったくて、どうしようもなく恥ずかしい。
(さ、さわっちゃった……さわられた……!?)
(どうしよう……ちゃんとくっついた、先生と、わたしの、手が……っ)
顔が熱い。心臓が喉まで上がってくるような錯覚。
(……しぬ……!うれしいけど、しんじゃう……!!)
"……アオバ?"
「っ、だっ、大丈夫ですぅぅ……っ!!」
『手が触れた』という状況だけでも脳が処理できない。もう、わけがわからなくなっていた。
でも。
確かにいま、想いが“触れた”ことだけは、忘れられそうになかった。 - 156アオバって体調不良が似合うよね25/05/05(月) 19:11:01
今回の更新はここまで。
どうしても描きたい展開があるのですが、本スレ完走までの間にそこまでたどり着けなさそうなので、キリのいいところで次スレに移動します。 - 157二次元好きの匿名さん25/05/05(月) 19:38:42
- 158二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 00:01:08
ここの狂喜乱舞するセリナの後ろでガッツポーズしてるミネ団長かわいすぎる そんなにノリノリだったんだね……
- 159二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 00:08:50
常時真顔でノリノリなの想像するとシュールでかわいいよね
- 160二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 05:09:58
ほし
- 161二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 08:09:57
恋バナ狂いのセリナといい、クール系データキャラのミネといい、あんまり見ないタイプのキャラ付けしてて見てて楽しい
- 162アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 14:55:52
お待たせしました。再開します。
- 163アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 14:56:19
「こんにちは……今週も検診、お願いします……」
アオバが医務室に入った瞬間、空気が何かを待ち構えていたかのようにピンと張り詰めた。
「アオバさんんんんっっっ!!!!」
その張り詰めを破壊する大声とともに、セリナが突進。
「いきましたよね!?!?いってましたよね!?!?手ぇ!!繋ぎましたよね~~~~っっ!!!」
「ちょっ、声がでかすぎっ……!?」
アオバが慌てて両手でセリナを押し返すが、すでに彼女のテンションは振り切れていた。
「やばいやばいやばい!あれは完全に、『感触記憶級の接触』です!!私、双眼鏡越しでも心臓止まるかと思いましたからっ!」
「み、見てたんですか!?」
「そしてこちらが、その瞬間の記録映像です」
ミネが、無表情で端末をスッと差し出してきた。
「っ、録ってたんですかミネさん……!!」
「はい。記録として当然です。──再生します」
画面には、例の瞬間。
先生が手を差し出し、アオバがそれを受け、ほんの数秒、手が触れ合っている──その映像が、鮮明に映し出された。 - 164アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 14:56:39
「ほらっ! ここ!! ここですよっ!!!」
セリナが画面を指差しながら、ループ再生。
「いったぁ~~~っ!!今ので“カチッ”て恋が噛み合った音が聞こえた気がしましたもんっ!!」
「や、やめてくださいっ……もうホントに無理なんですけど……っ」
アオバは顔を覆って後ずさり。
「ほら、表情も見てください、アオバさんの“あ……さわっちゃった……”みたいな顔っ!」
「み、見なくていいですぅぅぅっ!!見たくないぃぃぃ~~っ!!」
それでもセリナは止まらない。ループ、ループ、またループ。
「見れば見るほど良い……この数秒にすべてが詰まってる……!」
「ミネさんっ、止めてくださいっ!その動画っ、消してくださいっ!」
「バックアップは何重にも取ってあります」
「ぴゃぁ!?バックアップまで!?」
アオバは机に崩れ落ちた。
羞恥、後悔、でもどこか少しの“うれしさ”が入り混じって、どうにも処理しきれない。
その背中に、セリナが満面の笑みで一言。
「さっ、次は自然なスキンシップフェーズへ……ですね!!」
「もう無理ぃぃぃ~~~っ!!!」 - 165アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:03:55
ミネは今日も、いつもと変わらない手つきで医務室のデータの受け取りに向かっていた──が、その足取りはほんのわずかに“遅く”なっていた。
(……少しだけ、観察の時間)
理由は単純。アオバと先生のあの“接触”から、わずかに日が経っていた。
(アオバさんは、明らかに反応していた。では──)
その反応に、先生は気づいているのか。
もしくは、それに似た何かが、心に引っかかっているのか。
それを確かめるため、ミネは医務報告の名目で、さりげなくオフィス前に立ち寄った。
ドアの隙間からは、わずかながらに先生の姿が見える。
いつも通り、静かに書類を読み、紅茶を口にする。
……ただ、その合間──
先生の手が、一度、止まった。
そして、もう片方の手。
ちょうど“アオバの手を取った側”の手を、じっと見つめている。
指先をわずかに動かし、まるでそこに残る感触を思い出すかのように。 - 166アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:04:13
(……あれは……)
ミネの目がわずかに細められる。
瞬間的な仕草。
普通の目では気づかないような、ごく僅かな違和感。
だが、彼女にはわかる。
(思い出している……触れた感触を)
ほんの数秒後、先生はまた何事もなかったように書類に視線を戻した。
まるで、無意識に手を動かしていたことすら忘れているような、自然な仕草。
ミネはゆっくりと踵を返し、データ端末に新たなメモを加えた。
【観察記録:先生側】
・左手(アオバさんに触れた手)への注意反応あり
・表情変化はごく微細
・自覚的なものか、無意識か要検討
そのまま医務室へと戻りながら、ミネはごくわずかに口元をゆるめる。
(……やはり、何かが“動き出して”いる)
それは、静かに進行するもう一方の変化。
誰もまだ、口に出してはいない。
でも確かに、それは芽吹き始めていた。 - 167アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:17:54
「セリナ」
「はひっ!?は、はいっ!?」
昼の休憩中、突如として名前を呼ばれたセリナは、手にしていたプリンを盛大にスプーンごと落としそうになりながら振り向いた。
この日の2人は、トリニティでの救護騎士団の活動に勤しんでいた。
「ミネ団長──な、なにかありました?もしかして急患ですか!?廊下で転倒!?心臓マッサージっ!?」
「落ち着いてください。情報共有です」
ミネは変わらぬ無表情で、手元の端末をセリナへと差し出す。
そこには、先日の観察記録──ミネが先生の様子を記録したものだ──のメモが表示されていた。
【観察記録:先生側】
・左手(アオバさんに触れた手)への注意反応あり
・表情変化はごく微細
・自覚的なものか、無意識か要検討
「えっ、えっ、これって、えええっ!?」
セリナの口が開いたまま閉じない。
「つまり、先生も……!?ちょっと……思い出しちゃってるってことですか……!?アオバさんとの……あの……接触を……!!」
ミネは首肯して、
「確定ではありませんが、無関心であればあの仕草は生まれないかと」
「う、うっわぁ~~~~っっ!き、来てますねこれは!!風、来てますっ!!」
突如として立ち上がり、ぐるぐる回り出すセリナ。 - 168アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:18:23
「やばいっ、やばいっ、ついに!!両思いの芽が……!!ふたりの心が指先でつながったってわけですねっ!!」
そのテンションのまま、セリナは机をドン!と叩く。
「これはもうっ、第2段階“両想いブースト作戦”の準備が必要ですっ!!ミネ団長、いますぐアオバさんを――」
「セリナ」
「はいっ!!」
「――もう少し、静かに」
「あっ」
気づけば、周りのトリニティ生たちが、広間の隅で興奮のあまり語彙力を失っているセリナを怪訝そうに見つめていた。
「……また何か始まりまして?」
「話の内容的に“恋バナ発作”ってやつですわね……」
「お仕事中ですのよ……?」
セリナは椅子に座り直し、小さくなりながらスプーンを拾った。
「……は、はい……診療業務、戻ります……」
ミネは端末をしまいながら、ぽつりとつぶやく。
「……ですが、タイミングは確実に迫っています」
セリナは黙って、ぶんぶんと力強く頷いた。 - 169アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:19:03
その日の夜。
部屋に灯る、ひとつの明かり。
アオバは机に向かい、手帳を開いていた。
(……結局、あの手の感触、忘れられない)
ペンを握る手が、少しだけ震える。
【今日の記録】
・先生とすれ違った
・目は合っていない(でも、こっち見てたような気がする)
・手の感触は、まだ残ってる。というか、思い出すたびに顔が熱い
「……はぁぁぁ……」
ページの隅に、意味もなく“先生”の文字を三回書いて消した。
(わたしだけが、こんなに気にしてるのかな……)
(先生は、もう忘れてるのかも……)
それでも、思い出してしまう。
あの、包み込まれるような優しい手のぬくもりを。
「……だめです。やっぱり、好きです……先生のこと……」
アオバは顔を手帳に伏せながら、真っ赤になって呻いた。 - 170アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:26:09
「じゃあ、心音は問題なし、体温も正常……よし、今回も概ね健康ですねっ!」
セリナがぴしっと記録端末にチェックを入れる。
その隣では、ミネが無言で血液検査のデータをまとめていた。
ベッドに腰かけていたアオバは、検診が終わった空気のなかで、ふと口を開いた。
「──あの」
「うん?どうしましたか?」
「……その、仕事のあとなんですけど……鉄道車両の整備に入った日って、やっぱり……身体に、油の臭いが、残っちゃって」
「ああ~、確かにありそうですね。がっつり作業した日とかは特に」
「……それが、ちょっと、気になってて」
セリナは何気ない様子で頷きかけ──
「それって、やっぱり……先生絡みですか?」
「っっ!!?」
アオバは反射的に肩を跳ねさせ、手帳で顔を隠しかけた。
「え、えっと……その……っ」
「ほらほら~やっぱり~~っ!!当たりですねこれは!!」
セリナが身を乗り出してきたその勢いに、ついアオバの口から、ぽろりと本音がこぼれる。
「……だって、好きな人に会うのに……少しでも、かわいいって……思われたいじゃないですか……。女の子なら、普通のことだと思うんですけど」 - 171アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:26:36
「~~~~~~~っっ!!」
セリナの瞳が、一瞬で熱を帯びる。
「いまっ!!いま、恋の真実、出ました~~~~っ!!」
「ひゃっ!?声が大きすぎるんですけど……!!」
アオバが耳まで真っ赤にしながらうずくまる中──
いつも冷静なミネが、ほんの少しだけ口元をほころばせた。
「……ようやく、素直になってきましたね」
「ミネさんまで……!」
「いい傾向です。“恋愛の進行における自己意識の変化”は、関係の深まりを示す重要なサインですから」
淡々としながらも、その目にはわずかに優しい光が宿っていた。
(……アオバさんは、ちゃんと、進んでる)
「じゃあ、整備明けの日は一緒に香りケアしましょうねっ!今度、おすすめのボディミスト持ってきますっ!」
「え、ええっ!?そ、そこまで……!」
「勝負前の身だしなみ、大事ですよっ!!」
どこか楽しそうに、わいわい盛り上がる診療室の空気。
その中心にいるアオバは、照れながらも──ほんの少しだけ、嬉しそうに微笑んでいた。 - 172アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:37:35
(よし……匂い、変じゃない……よね)
アオバはシャーレ・オフィスの扉の前で、そっと制服の袖口を鼻先に寄せた。
今日は鉄道整備の日。
車両下に潜っての作業で、髪にも服にも、どこか油のにおいが染みついてしまう。
だからこそ。
セリナが貸してくれた、ほんのり柑橘系が香るボディミストを出かける前に使ってみたのだ。
(べ、別に……気づいてほしいとか、そういうんじゃなくてっ)
自分に言い聞かせながらも、歩幅がいつもより気持ち小さくなる。
扉を開けて、先生のデスクに向かって資料を差し出した。
「……先生、お疲れ様です。今日の当番は午後からにしてもらっちゃってすみません。……これ、定期業務報告です
"お疲れ様。……うん。ありがとう、ばっちりだね。今日も整備だったの?"
「はい。午前中いっぱい、車両点検でした」
"……あれ?"
先生がふと、何かを思い出したようにアオバを見た。 - 173アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:38:00
"……なんだか、今日のアオバは……いつもと少し違う雰囲気が……"
「そ、そうでしょうか……?いつも通りだと思うんですけど……」
"う~ん……香りが変わった?"
「っっ……!?」
一瞬、時が止まった。
アオバはぎこちない動作でほんの一歩後ずさる。
「あ、あのあのあの、気のせいかと……整備のあとだったので、匂い対策というか、えっと……!」
「うん、いい香りだよ。……ちょっと、さっぱりしてて」
「っ~~~~~~!!」
言われたその瞬間、顔に熱がぐぐっと上がってきた。
「あ、えと、その……そ、そ、それでは失礼しますっ!!」
資料を置くや否や、アオバは早歩きでオフィスを後にした。
背中に先生の引き留める声が届いても、振り返る余裕はなかった。 - 174アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:38:20
ベッドに倒れ込むように戻ったアオバは、すぐさま手帳を取り出して日記を開いた。
【本日の記録】
・整備後、香り対策実施(セリナさん提供のミスト)
・シャーレにて先生から“香りの変化”を指摘される
・「いい香り」と言われる(本人談)
アオバは、そこまで書いたあと──
ペンを握ったまま、しばらく動けなかった。
「っ……もう無理ですって……」
手帳に顔をうずめる。
でもその口元は、悔しそうなような、照れくさそうなような、柔らかな笑みを浮かべていた。
※補足:整備のあとに気を遣ってるって、伝わった……かも
※……もしかして、ちゃんと、見てもらえてるのかな
少し行を空けて、そう書き加える。
「……よし。次は、もっと自然に……がんばる」
そうつぶやいて、ページの端に、ひとことだけ──
『香りも、想いも、届きますように』と書き添えて、アオバはそっと日記を閉じた。 - 175アオバって体調不良が似合うよね25/05/06(火) 15:38:55
今回はここまでになります。
続きは夜に再開予定です。 - 176二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 17:16:56
……甘酸っぱい!!甘酸っぱいよ!!青春があるよ!!
- 177二次元好きの匿名さん25/05/06(火) 21:56:14
おかしいな、ブラックコーヒーが甘く感じるぞ
- 178アオバって体調不良が似合うよね25/05/07(水) 01:13:00
そろそろ次スレに行きそうだったので、レス数調整のための修正で今夜は更新できなさそうです。
続きは明日、修正が終わったら投下します。 - 179二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 06:00:55
とても甘酸っぱい青春やな
- 180二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 08:03:16
最高だわ…!
- 181二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 17:18:17
ただただ砂糖吐かされててニヨニヨしちゃうな
- 182二次元好きの匿名さん25/05/07(水) 23:13:23
待機してるぜ…!
- 183アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 00:55:31
お待たせしました。続きを投下していきます。
- 184アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 00:55:45
「アオバさん、この資料──あら?」
ミネは、いつものように診療記録の控えをまとめるアオバのデスクに近づき、書類をひとまとめにしようと手を伸ばした。
そのとき。
ファイルの隙間から、小さな手帳がひょっこりと滑り落ちる。
「……ん?」
拾い上げたミネの目に飛び込んできたのは、「〇月×日」の手書きタイトルと、その下に続く細やかな筆跡。
『香りも、想いも、届きますように』
ミネの指が一瞬止まる。
「……これは」
ページをそっと閉じる。
そして、何の迷いもなく、向かいで血圧計を消毒していたセリナに差し出した。
「セリナ。これを」
「はーい!──って、えっ?何この……っ、えええっ!?!?!?ちょ、ま、まさか……っ」
手に取った瞬間、セリナの顔がぱっと赤くなる。
表紙をそろりと開いて数行読むだけで、テンションは急上昇。
「こ、こ、こ、こここここれって……!!!アオバさんの日記じゃないですか~~~~~っっ!!!!」
「っっ!?!?!?!?」
奥で荷物を整理していたアオバが、弾かれたように振り向いた。 - 185アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 00:56:02
「ミ、ミネさん!?なんでそれをっ!!?セリナさん、それ返してっ!?」
「む、無理っ!!これはもうっ、恋の一次資料としての価値が高すぎます~~~っ!!ああっ、しかも“いい香り”のページ!ここがですね──」
「やめてっ、そこ一番恥ずかしいところなんですけど!?」
「“届きますように”って……もう、これ……純愛小説のラスト一行じゃないですかっ!!」
「うわぁぁぁあ~~~~~っっ!!」
アオバは顔を真っ赤にして、机に顔を突っ伏したままバタバタと足をばたつかせる。
ミネは淡々と一言。
「……油断大敵です」
「ミネさんっ、ちがっ、これは、そのっ、思わず書いちゃったというか、あのっ……!」
「“恋愛心電図”とでも呼びましょうか」
「っっ、もうむりぃぃぃ~~~~っっ!!」
机に沈みきって動けないアオバの横で、セリナが鼻息荒くページをめくりながら叫ぶ。
「いや~~これは貴重っ!永久保存版っ!読みながら紅茶飲んだら泣いちゃうやつですよ~~~っ!!」
「せめて!読むなら!声には出さないで……!!」
そんな喧騒の中、ページの隅に書かれた一文──もとい単語がセリナの目に留まった。
『先生』とだけ書いてから消されたと思しき筆跡。
「……うん、がんばりましょう、アオバさん……!!」
「だから見ないでってばぁぁ~~~~!!」 - 186アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:01:39
「はいっ、脈拍正常、血圧も安定……体調、ばっちりですねっ!」
セリナがいつもどおり明るい声で診断結果をまとめながら、にこにことアオバを見つめる。
その笑顔の奥に、アレが潜んでいる──アオバは察していた。
「でっ!最近の先生との進捗はどうですか!?日記にも書いてありましたけど──前回の“香りが届いた日”から、なんかあったんじゃないですかっ?」
「……ちょっ、検診の話どこ行きました……っ」
案の定だった。
横ではミネが淡々と体温計の記録を打ち込みながら、口元に手を添えて小さく咳払いをひとつ。
「本来なら診察記録に集中する時間ですが、恋愛問診もこの場の恒例化が進んでいますね」
「ミネさんまでっ……!」
セリナはぐいっと椅子を引き寄せ、机に身を乗り出した。
「ねっ、アオバさん、なにかあったでしょっ!?先生と二人きりでどきっとしたとか、手が触れそうになったとか、視線が……!」
その瞬間。
アオバが、そっとセリナを見つめた。
そして、ゆっくりと――
「……そういうセリナさんは、どうなんですか?」
「──えっ?」
ぴたり、とセリナが止まる。 - 187アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:01:55
「え、えええ!?わ、わたし!?!?」
「はい。いつも私のことばっかり聞いてますけど……セリナさん自身の恋愛事情、って、聞いたことないですよね?」
「う、うわあぁっ……っ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ……そ、それはちょっと、心の準備が……!」
慌ててメモ用紙をかき抱えるセリナ。
「だ、だって私は、その、応援側っていうか、記録係っていうかっ……あっ、でも好きなタイプとかはっ……あっ、やばっ、言っていいのかっ、これ今診療中だしっ……」
「診療中にテンション上がってるの、いつもそっちが先ですけど……」
アオバは、ほぼ勝利の笑みで腕を組む。
珍しく“攻め”の姿勢に立ったアオバに、ミネも少しだけ口元をゆるめた。
「……反撃に転じましたね。観察対象から観察者へ」
「ミネ団長!? なんでちょっと嬉しそうなんですか~~~っ!!」
「データは双方向から取るべきです」
「わああぁぁ~~っ、やめてぇぇ~~~っ!!」
アオバは、小さな肩を震わせながら笑いを堪え──
すこしだけ、照れくさそうに視線を落とした。
(でも……こうして笑って話せる場所があるの、すごく……ありがたい) - 188アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:05:51
「わ、私のことは置いといてですねっ!アオバさん、最近はお肌の調子も良さそうですし、ビタミンの摂取も……!」
「あっ、話題そらしましたね、今」
「っ!!し、してませんっ!今までがちょっとだけ脱線してただけです!!」
アオバはじっとセリナを見つめる。
目がきらきらしている──明らかに“興味”を隠していない。
「……で、結局どうなんですか?」
「え、な、なにが……?」
「セリナさんの“好きなタイプ”とか、“気になる人”とか──もしかして、もう誰かいるんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと~~っ!?逆質問は反則ですってぇぇぇ~~!!」
「いつも質問攻めにされてるのはこっちなんですけど……」
「ぐぅ……っ」
セリナがぎゅっとメモ用紙を握りしめている横で、ミネが静かに口を開いた。
「情報交換の場において、提示した側が相手に開示を求めるのは当然の権利です。バランスが大事ですから」
「ミネ団長までぇぇ~~~っ!!」
アオバは、ますます好奇心を露わにしてセリナに身を乗り出す。
「ほらっ、私はもう日記まで読まれた身なんですよ?少しぐらい教えてくれてもいいじゃないですか」
「そ、それは……それはぁぁ……!」
セリナは顔を真っ赤にして、必死に視線を泳がせる。 - 189アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:06:08
「で、どういう人がタイプなんですか?包容力ある人?それとも頼れる上司系?意外と年下好きだったり?」
「うわああああっっ!!アオバさんがいきいきしてるぅぅ~~~っ!!」
「それはそうでしょう。貴重な反撃機会ですから」
ミネが隣でひとこと添える。
アオバは口元に手を当てて、少しだけ照れながら言った。
「だって……セリナさん、いつも私の話ばっかり聞いてくるんですもん。たまには、こっちが聞いてもいいですよね?」
その素直な言葉に、セリナの赤面がさらに加速。
「わ、わ、私だって……!だって……!ちゃんと好きになったら、がんばりますもんっ!!たぶん……!!」
「ほう……」
「ミネ団長、メモ取らないでぇぇぇ~~~~~!!」
笑いと赤面が入り混じる医務室。
そこには、健康診断では測れない、心の成長と、少しずつ深まっていく“距離”があった。 - 190アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:07:36
更新は一旦ここまで。
次スレを建ててきますので少々お待ちください。 - 191アオバって体調不良が似合うよね25/05/08(木) 01:17:56
- 192二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 07:36:43
次スレ感謝〜
- 193二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 17:39:04
埋め
- 194二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 21:37:58
ここすき。アオバはもっとたくさんお友達作って愚痴れ愚痴れ。たくさん笑え。
- 195二次元好きの匿名さん25/05/08(木) 22:00:02
このレスは削除されています
- 196アオバって体調不良が似合うよね25/05/09(金) 00:51:49
もういっちょうめ
- 197二次元好きの匿名さん25/05/09(金) 01:13:06
- 198アオバって体調不良が似合うよね25/05/09(金) 01:19:17
「埋め」ですね 分かりにくくてすんません
- 199アオバって体調不良が似合うよね25/05/09(金) 01:19:51
埋め埋め
- 200アオバって体調不良が似合うよね25/05/09(金) 01:20:08
埋め終わり。続きは次スレで。